1 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/12/07(金) 02:06:06.61 ID:Of1TA0oY0
昼間の暑い日差しも弱まり、少し涼しくなってくる時間帯である。部活動に精を出している生徒たちのかけ声が聞こえる。夏の香りとでも言うのだろうか、心地よい風が日中汗ばんだ俺の肌を撫でる。何とも趣深いと思う。春の桜ももちろん風情があるが、一高校生としては、こちらもなかなか季節を感じさせるものである。そんな柄にもないことを考えていると、聞き慣れた爽やかすぎる声が聞こえた。
「おや、ここにいらっしゃったのですか」
ここはどこかと言えば、いつだったか古泉がサイキッカーであることを告白された食堂の屋外テーブルである。現在は放課後であり、本来は団活動に精を出しているはずなのだが……という冗談はさておき、何が言いたいかと言えば、今日は団活は休みなのである。年中無休であるはずのSOS団にとっては数少ない貴重な休暇であるため、さっさと家に帰って押し入れに追いやられた未クリアのロールプレイングゲームを久しぶりにプレイするべきなのだが、今日はどうもそういう気分じゃない。何故だろう、昨日、というよりは今日未明に見た夢の内容が思い出せなくてモヤモヤしているからだろうか。なんだかすごい夢だった気がするが……まあ、こういうときはたいてい大したことじゃないのが定説だ。ともかく、こうやって人がいない学校のスペースで黄昏たいという中学生のうちに捨てておくべきだったこっぱずかしい痛い感傷に耽るのも悪くない。誰にも見られなかったらの話だが……。
「古泉、今日は団活は無いぞ。誰もいなくて捜しに来てくれたのかも知れんが、そういうことだ。じゃあな」
コーヒーを片手に、校舎に優しい日差しを降り注ぐ夕日を目を細めながら見ているところを知り合いに見られるなど、ちょっとした黒歴史である。こういうときは、下手に話し込んじまうと相手の思うつぼだ。さっさと切り上げて帰宅し、レベル上げに励むとしよう。
「ええ、それは存じ上げています。昼休みに涼宮さんから連絡を承ったので」
「じゃあ何の用だ。まさかまたハルヒが何かやらかしたのか。今日が休みなのも関連しているのか」
「いえ、そうではありません。今のところ、閉鎖空間の発生は見受けられません。今日の団活が休みなのは、恐らく悪いことが影響しているからではないと思われます」
「そうか、そりゃ良かった。だが、ますます分からんな。お前の目的が」
「目的なんてものはありませんよ。ただ、たまには雑談でもどうかと。深い意味はありません」
コイツの言葉はやけに意味深長なところがあり疑わしく思えてしまうのたが、今日の俺はどうやらおかしいらしい。なんたって雑談くらいしてやってもいいなんて思っちまって、コイツと何の意味もない雑談を本当に始めてしまったんだからな。
「僕が予想していたより、SOS団の存在が果てしなく大きいものであったことを、最近つくづく実感させられますよ」
古泉は、雑談も熱が冷めてきてそろそろ終わろうとしてきたときにこんなことを言い出した。
「どう予想していたんだ?」
「もちろん、涼宮さんが結成した団である以上、重要なものであるとは考えてしました。ただしその重要性は、涼宮さんに対して、及び『鍵』となるあなたに対してのものに過ぎませんでした」
口を挟めないことでもなかったが、挟むべきではないと俺は判断した。古泉の表情には、若干の憂いが見え隠れしていた。
「長門さんと朝比奈さんは、明確な敵対関係にあるわけではないにしろ、対立する組織の面々であるわけですから、警戒をする必要はありました。しかし当時、正確に言えば僕が入団した当初の段階では彼女たちに対して重きをおいてはいませんでした」
直接的な言い方を避けてはいるが、言ってしまえば古泉もとい『機関』の面々は長門や朝比奈さんは注意対象でしかなく、それどころか俺やハルヒも機関の目的にとってこそ価値があり、そこに人間的なものは関与してこなかったのだろう。
「しかし、それは過去の話です。かつてあなたに、『朝比奈みくるはあなたを籠絡するためにキャラクターを演じている』と申し上げましたが、最近では案外彼女はデフォルトであのような性格をされているのではと思うようになりました。僕自身、このような考えに至るとは驚きです」
「長門さんもそうです。万能な者などは存在し得ないとは思っていましたが、彼女がそれに近しい存在であると考えていました。それ故に、彼女に対しては警戒しようのない畏怖を抱いていました。」
「しかし、それは結果として間違いだったようです。彼女も窮地に貧することがあり、そして微笑ましい感性を持っていらっしゃるのです。……恐らく彼女は以前より変わりつつあるのではと思います」
コイツも気づいていたらしい。長門の些細な変化を。
「変わりつつあるのは彼女たちだけでなく、あなたも、もちろん涼宮さんもです。SOS団というものが、各々に変化をもたらしました」
2 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/12/07(金) 02:08:27.85 ID:Of1TA0oY0
「おっしゃる通りです。かく言う僕も、変化した一人です。いつだったかあなたに申し上げたかもしれませんが、僕はこのSOS団に好意さえ抱いています。これはちょっとした奇跡かもしれません」
「我々は互いに敵対関係にある組織の一員ですが」
すると、古泉は一呼吸おいて、
「それ以前にSOS団の仲間である、と思うのです。涼宮さんの力に惹かれて集まったわけではなく、彼女の力で集められたわけではなく」
「僕たちは集まるべくして集まったのではないか、とね」
「というのは少々論理の飛躍でしょうか」
今日おかしいのは、どうやら俺だけでなく、古泉もだったらしい。まあ、たまにはそういう日あったっていいだろう。イレギュラーな日常を送っているわけだ。感傷的になるときだってあるさ。
俺は特に意識することなく言葉を発していた。
「まあ、お前らしくないとは思うが、SOS団団員その1から言えることは、だ」
「これからも自由気ままな団長閣下のサポートよろしく頼むぜ、副団長」
「これは、友達としての頼みだぜ」
古泉はいつものハンサムスマイルでこちらを見て、
「友人からの頼みとあれば、聞かないわけにはいられませんね」
おまえはそんなに友情に厚い奴だったのかと軽口を叩いてやろうとすると、古泉は続けて、
「命を懸けても、不肖古泉、団長をお守りして見せましょう」
そう言ったコイツの笑顔に、若干の陰りが見えたのは気のせいだと信じたい。
3 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/12/07(金) 02:13:17.15 ID:Of1TA0oY0
古泉との談笑を終えた俺は今更家に帰ってゲームをする気にもなれず、帰宅の途中に寄り道をしていた。
俺はとある川の河川敷に向かって歩いていた。ここ一年で、いや、俺の人生の中で最も思い出深い川と言っても過言ではない。いまだにその時の記憶は鮮明に思い出すことができる。あの麗しい美少女朝比奈さんが時をかける少女であることを告白されたのだから。ほんわかしていて、難しいことなどあまり考えてなそうなメルヘンな雰囲気を醸し出している彼女から時間の概念を語られたときにはそれなりの衝撃を受けたものだ。きっとその時には自分が身を持って時間遡行を体験することになるとは思わなかっただろう。残念なことに、何度も経験していながら理論らしい理論は全く理解できないままだが。
よくよく考えてみると、それ以外にも朝比奈さん(大)からの指令で亀を流したりしたこともあり、何かと朝比奈さんと縁がある川である。
そんなことを考えながら、朝比奈さんに会えるのではないかと淡い期待をしつつ歩いていたのだが、いやはや、俺にも願望実現能力が身についたのだろうか、朝比奈さんが俺の進行方向から歩いてくるではないか。これはこれは。日頃の善行が幸いしたのだなんていうハルヒ的ご都合主義は避けつつも、少々心が躍るのくらいは誰も咎めまい。
俺が走って近づこうとする前に、朝比奈さんがぎこちなく駆けてきた。転けるのではないかと気が気ではないのだが。心配になり駆け寄ろうとすると案の定、
「ふぎゃ!」
という子猫の断末魔ような声とともに、SOS団の癒やしであるお方は地面に伏した。
「大丈夫ですか!朝比奈さん!」
「うぅ……、キョンく?ん……」
いたいけな少女の模倣回答を示すかのようなその可憐な姿は可哀想と思わせながら、庇護欲をもかきたてる。
なんていう間の抜けた感想を考えていると、
「あ!こんなことしている場合じゃないっ!キョン君、急いで付いて来て下さい!」
朝比奈さんにしては、力強く、勢いづいた話し方だった。
「何かあったんですか?」
「えーと、『禁則事項』が『禁則事項』して、『禁則事項』になってしまって……、とっ、とにかくっ、付いて来て下さい!事情は後でお伝えします。……駄目ですか」
駄目なわけがない。『禁則事項』のオンパレードということは、何か未来的事象に関わる重要なことだろうし、何より朝比奈さんの頼みだ。一つ言わせてもらえれば、これからあまり良いことが起きるとは思えないが、それは些細なことだ……と思いたい。
「分かりました。とりあえず行きましょう」
「……!ありがとう、キョン君!」
「いえいえ」
理由も分からず朝比奈さんについて行ってあまり良い目に遭ったことがない、というかむしろ右往左往した思い出ばかりなので気は進まないはずなのに、ついて行ってしまうのは男の性なのだろうか。何とも情けない話である。
始めは同じペースで駆けていたが、すぐに朝比奈さんがバテ始め、気づいたときには朝比奈さんのペースに合わせていた。
ひいふう言いながら走っている朝比奈さんを見ていたたまれなくなり、
「朝比奈さん、そんなに急がなくても大丈夫なのではないですか?事情も知らないので偉そうには言えませんが」
「ひい、ひい、だっ、駄目ですぅ!いっ、急がないとっ、ふぅひい……」
心配ではあるが、本人がそういう以上仕方がない。朝比奈さんの様子を見て気を揉みつつ、走るというか半ばジョギングのスピードで目的地に向かった。
十数分後、見覚えのある建物の前に到着した。
そうか、そういえばあの河川敷からこの分譲マンションはそう遠くない位置関係にあったのか。
移動した時間は十数分だが、朝比奈さんの様子を見ると一時間走ってきたのかと錯覚するほどである。
息も切れ切れな朝比奈さんに俺は素朴な疑問をぶつけた。
「長門に用があるのですか?」
ぜーぜー言いながら、
「はいぃ、そうです!でっ、でも急がないと!はっ早く!」
有無を言わさず俺たちはマンションのエントランスに入った。どうやらこれから長門に会うらしい。SOS団の活動は休みであっても結局団員たちと鉢合わせになった。嫌と言うわけではなく、やはり俺はSOS団の一員なのだと改めて認識させてくれる。パネルテンキーを708と入力し、これまたいつぞやのようにベルのマークのボタンを押す。数秒の刹那、インターホンが接続する。
7 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/08(土) 02:04:36.53 ID:A/0z/boe0
「よう、長門。俺だ」
「事態は緊急を要する。……入って」
「……なんだかよく分からんが、とりあえず入るぞ」
正直どれくらい緊急性があるのか分からないが、長門がそういうのだ、余程のことだろう。
「朝比奈さん、入りましょう」
「……は、はい!」
少々緊張している様子だ。そういや朝比奈さんは長門のことが苦手なんだったな。理由は未だ分からないが。
エレベーターに乗っている時、ふと思ったことがある。俺は何度長門の部屋に入っているのだろう。別に変な意味があるわけではない。……まあいい。今はこれから聞かされるであろう厄介事の詳細を冷静に認識する事ができるよう努めるだけさ。
横では、呼吸が整ってきた朝比奈さんがあたふたしていた。「どうすれば…」とかブツブツ言っているのが気になるが、聞いてもきっとあの常套句で返されるだけだろうから止めておく。
708号室の前に到着すると、ひとりでにドアが開いた。
長門が中から顔を出し、目で入室許可のサインを出している。長門が自分から迎えてくれるのは恐らく初めてのことだ。それだけエマージェンシーな事態なのだろう。俺の朝比奈さんはそそくさと上がり込んだ。
「これからあなたには時間遡行をする」
簡潔に説明された。だが、予想はできたことだ。朝比奈さんと長門。この二人が介した際は十中八九タイプリープをする相場なのだ。これは俺の経験が主張している。
「理由は聞けないのか?」
「時間がない。本来あなたが来るべきだった時間より11分25秒遅れている。説明するための時間は失われた」
そういうと長門は漆で塗られたような瞳で朝比奈さんをじっと見つめる。まるで目から冷却光線でも出しているかのようだった。朝比奈さんは、「ひっ!」といった後、本当に冷却光線を浴びてしまったのか固まってしまった。
「ならしょうがないな。分かった、と言いたいところだが、何も知らない状態で時間遡行して何とかなるのか?」
「心配は必要ない。遡行先の時間軸にいる私と同期して説明をする。ただ……」
「ただ……、なんだ?」
「今回の時間遡行は今までのものより不完全なもの。時間座標を合わせるので精一杯。空間座標に正確性が欠如している」
「おいおい……。ということはどこに転移されるか分からないのか」
「そう。しかし、国内規模での話。日本国外に転移されることはない、安心して」
安心しかねるが、まあ目的地に向かうのにパスポートがいるかいらないかは大きな違いだ。今のパスポートが使えるわけもなく、あちらで偽装パスポートを作らなくてはならないはめになるのは御免だ。
「ごめんね、キョン君……」
「……いえ、仕方ないのでしょう。今まで二人には助けてきてもらっていますし、信頼もしていますよ。これくらいどうってことないですよ」
とは言うものの、択捉島や与那国島に着いてしまったときのことを必死に頭でシミュレートしていたが突然の演算開始に俺の頭は対応出来ていないようだ。やれやれ、どうしたもんか。
「もう時間がない。時間遡行を開始する」
その刹那、突然のブラックアウト。やれやれ、何度も経験しているとはいえ慣れないもんだ。それにしても……
8 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/08(土) 02:06:58.52 ID:A/0z/boe0
意識が戻ったとき、しばらくは前後不覚だったものの、何度かの経験の成果か、以前より早く覚醒する事ができた。辺りを見渡してみると……良かった、どうやら無人島ではないようだ。大分暗くはなっていたが、民家があちらこちらにある。どうやら山奥の農村でもないようだ。だが、まだ本州にいるのかさえ分からない。そういや肌寒いな。俺は今北高の夏服姿であるが、どうやら現在夏ではないらしい。
バカの一つ覚えみたいで面白くないが例に倣ってコンビニを探すことにする。と言っても歩いて数分で大手コンビニエンスストアが見つかった。中に入り、時計を見る。午前1時25分。警察に見つかったら補導確定だな。説明不要かもしれないが、俺は今日、いや今は遡行して違う日時にいるわけだから……ええい、まどろっこしい。ともかく俺は制服なのだ。学校が終わってから帰宅はしていないのだから。あまり迂闊にうろちょろできんな。だが、まだ確認しなければならないことがある。これもまたいつぞやの模倣と言わんばかりにカクンター横に備え付けられている新聞棚に目をやった。ふむ、いぞやのハルヒ『消失』事件の際のタイムワープは四年前の七夕だったが、今回はそんな特徴的な日ではない。二年前の秋某日であり、俺にとって何か記念すべき……少なくとも未だに記憶に残っているほどの日付ではない。
転移すべき時間を間違えたのだろうか。いや、長門に限ってそんなことはない。第一、場所は不確定にしろ、時間座標は正確であると言っていた。きっと何か意味があるのだろう。
この頃の俺はと言えば、高校受験が迫っていながら塾の勉強を除いてはろくに学習に励んでおらず、成績は塾のおかげで上がったにしろ相変わらず俺を生み育て慈しんでくれたご母堂に心配をかけていたのだ。今では申し訳ないと思う。しかし、現在進行形で赤点少し上という墜落スレスレの低空飛行をやってのけている俺が過去の自分を責められはしないだろう。そんなくらいのエピソードしかこの当時にはなく、ましてやこの日付になんの思い入れもない。
まあそれならそれで仕方ない。次に調べるべきはここがどこであるかだ。場所まで調べるのは今回が初めてなのでどうしたものかと考えている。店員にここはどこですかと訊くわけにはいかないだろう。こんな夜中に、制服を着た高校生らしき体をなした男にそんな不躾な質問をされれば不審がられることこの上ないだろう。インターネット喫茶に行くことも考えたが、この風貌では通報されかねない。服を買おうにも、俺の財布の中身はこの前の市内不思議探索の罰ゲームによって風前の灯火であり、そもそもこの時間に服屋などやっていない。そう考えると、もし沖縄の離島にでも転移していたらどうなっていただろう。長門は俺にヒッチハイクでもさせるつもりなのだろうか。ヒッチハイクなど一昔前のバラエティーで使い古されたネタであり、第一個人で行うのは無謀である他ない。まあ、いくら考えても不安になるだけだ。とりあえずコンビニを梯子しながら時間つぶそう。時間の猶予がないのでは、と思ったが、沖縄の離島からでは長門のマンションにたどり着くのに相当の時間を要するのは言わずもがなであり、たかだか数時間の浪費など微々たるものであろう。ただしそうすると、何であれほど急いでいたのだろう。よくよく考えてみると、不審な点がいくつかある。何で朝比奈さんと長門が一緒でなければいけなかったのか。そもそも長門の部屋でやる必要があったのか、エトセトラ……やれやれ、ともかく、その過程で情報が得られれば良いのだが。
コンビニを巡っているうちに、さほど時間もかからずに大まかな居場所を特定する事ができた。まさか地域のフリーペーパーに救われることになるとは。地域のフリーペーパーに書かれていた地名が聞いたことも見たこともないような地名だったら大した意味があるわけではないだろう。しかし、そうではなかったのだ。そこに書かれていた地名は俺が住んでいる市から私鉄で二駅ほど離れているだけの隣の市であった。俺は肩の力が少し抜けたようで、どうやら安堵したようだった。自分の居場所が分からないのはこんなに心細いものであったのか。
長門め、思わせぶりなことをいって、なかなか正確に転移をしてくれているじゃないか。長門にしちゃ大きな誤差なのかもしれないが、それにしたって大げさである。ともあれ一安心である。一方で、まだ懸案事項は山積みである。それに、そもそもここは俺の居るべき時間平面ではなく、孤独感は否めない。時間平面を超えた罪悪感からのものであろうか。今までの時間遡行は朝比奈さんや長門、中学生ハルヒなど見知っている人物がそばにいてくれたが、数時間にしろ取り残されているのは心細いものである。何ともみっともない話ではあるが。ともあれ、早く長門に会いたい。
転移地点からの最寄り駅にたどり着き、始発の電車に乗ってもはや俺の庭と言ったら少々言葉が過ぎるかも知れないが、よく見知った市内の北口駅に着いた。電車の中に人がいないのは当たり前だったが、早朝ということもあり、駅もまた閑散としていた。普段は賑やかな時ばかり見ていたので、新鮮である。とは言っても、見慣れた建物や風景を見ると安心する。修学旅行を終えて家に帰ってきたとき、「何だかんだいっても家が一番いいなぁ」と思ったときの感覚に似ている。十数年という浅い人生経験では深みのある表現ができないが、分かってもらえたら幸いである。
まともに人に出会ってないので長々としたモノローグになってしまった。だが、目的地である高級分譲マンションの708号室に着けば、それも終わりである。このごく僅かな期間で気持ちのアップダウンが激しかった気がする。
そんな風に気を抜いていると、突然後ろから肩を叩かれた。振り向くと、紺濃色の上下という特徴的な服装をし、これまた紺色の帽子を被っている二人組に話しかけられた。俺は落胆した。詰まるところを言えば彼らは警察官であろう。面倒なことになったとはいえ、彼らが俺に声をかけるのは仕事を全うしていると言える。朝日が昇って間もない時刻に私鉄のターミナル駅で季節はずれである夏服の高校生の格好をした男が一人、これは声をかけざるを得ないだろう。だが、だからと言ってこのまま大人しく連れて行かれるわけにもいかない。現在のこの時空に俺の存在を証明してくれる書類等何一つ存在しない。現在の北高には俺なんていう学生はいないわけだし、第一俺と同姓同名の異時間同位体が存在するのだ。やれやれ、どうしたもんか。
10 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2012/12/08(土) 02:59:31.34 ID:A/0z/boe0
すると、警察官の一人が突然笑い声をあげた。
「ハハハッ、これは驚かしてしまったかな。すまないね。別に私たちは君を補導したりはせんよ」
ん?どういうことだ?
混乱する頭で思索に耽っていると、もう一人の警察官が、
「おや、おかしいな。君は僕たちのことを既に知っていると聞いたのだけど。写真に間違いが会ったのか?」
会ったことがある?ふむ……
数秒の間があり、俺はようやく理解した。
一人は中年の男、もう一人は二十歳過ぎくらいの青年。二人組で警察官の格好……
ああそうだ、この人たちは……
「……田丸裕さんと、圭一さんですね?」
孤島でハルヒのために一興に付き合ってくれ、朝比奈さん誘拐事件の際もお世話になった方々だ。忘れては罰が当たると言うものだ。
「なんだ、知っているんじゃないか。一安心だよ」
人の良さそうな笑顔で圭一さんは言う。壮年の男性とは彼のことだ。
「君は、未来から来たことになるんだよね。ふむ、そうすると感慨深いね」
あまりにも自然とそう言うので一瞬認識しかねたが、少し間をおいて奇妙な点に気づいた。
「どうしてそれを知ってるんですか?」
俺は素朴な質問をした。
「……あ、ああ、長門さんから古泉を介して事前に話を聞いていてね。そうだった、この話をしなければ不自然だったね。いやいや不安にさせて申し訳ない」
人の良さそうで気さくな笑顔で圭一さんは言った。ふむ、でもそうなると長門はなぜ機関に情報を流したのだろうか。また一つ疑問が増えた。
「どうだい、時間遡行ってやつは。どんな感覚だい」
「なかなか新鮮ですよ。……と言っても不安が残るタイムトラベルですけど」
本音を言えば、何度か経験しているので新鮮味もないし、そもそも気を失ってから行われるので感覚と言ったらブラックアウトするまでのものしかなく、あまり実感は湧かない。だがいまそんな愚痴をこぼしてもしょうがない。取り繕った言葉を発した。
「ハハハハ!そうだろうな。……さて、ここで君の未来トークに花を咲かせてたいところなのだが、残念ながら時間がない」
また時間がないのか。事情もよく知らないまま事が進展していくのを指を加えてみているしかないのかね、俺は。何が起きてるというのだ、一体。
「とにかく、車に乗ってくれるかい。話はそれからだ」
彼らにはお世話になった覚えもあり、『機関』の関係者が俺に危害を加えるとも思えない。
しかし、長門に受けた唯一の指示は、この時代にいる長門に説明を仰ぐことだ。このまま彼らについて行けば長門に会うことは先になりそうだ。
「長門に会いに行かなきゃいけないんです。事情も分からない以上、的確な状況把握をしておきたいので、長門に会ってからじゃ駄目ですか?」
圭一さんたちは、目に憂いを帯びさせていた。
「長門さんか……そのことなんだが、落ちつ……」
11 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2012/12/08(土) 03:00:46.08 ID:A/0z/boe0
裕さんが言い終わらないうちに、突然の轟音が俺たちの耳を塞いだ。後方から聞こえた。俺が振り向こうとしたときに、
「急ぐんだ!向こうに車を停めてある。ここは危険だ」
そう言うと裕さんは俺の背中を押しながら走っていく。SPさながらのその動きは『機関』の底知れなさを感じさせる。まあ、俺はVIPには程遠いが……
なんてジョークをかましている隙もなさそうである。俺たちの横で、後方確認をしながら圭一さんが電話をしている。どうやら「予定より早かった!」とか何とか言っていたが、何の予定なのだろうか。
いつだったか見たパトカーに乗り込んだ俺たちは、休む暇もなく移動するらしい。
「どこに行くんですか?」
「君の身の安全が第一だ。僕たちの任務は君を無事に送り届けることだ。だから、君の安全が確保されるところに行く」
「今何が起きているのか、教えてもらえませんか?」
「僕たちが説明しても、伝わりにくいものがある。君を余計に混乱させるだけだ」
「……分かりました」
俺と裕さんのやり取りの最中、圭一さんはと言えば、道路標識などどこ吹く風とでも言わんばかりの速度で車を飛ばしている。新川さんほどにはないにせよ、相当な運転技術だ。
車が走っている中、時折後方から先ほど聞いた轟音が聞こえる。何が起こっているというのだ。
その刹那、車に急ブレーキがかかった。高速で走っていた車は不快な音を立てながら減速し、俺たちには慣性が働き体が持って行かれそうになる。シートベルトをしていなかったら即死だったな。
「なんてこった……」
目の前に広がっていた市内の公道は折れ曲がったように俺たちの前に立ちふさがり、絶壁と化していた。笑うとこか、ここ。
「車を降りよう、今すぐ!」
言われるがままに俺は圭一さんたちと共に車を降りた。頭が混乱している。だが、今起きていることがあまりに突発的かつ非現実的だ。
「やっと追いついた」
その軽やかなソプラノは、本来ならば美声とも言うべきものだ。だが何故だろう、俺の防衛本能が警鐘を鳴らしている。
「何で逃げるの?私悲しいなあ」
凛としながらも悪戯っぽく言うその声は、谷口が高評価するに値するだけある。まあ、谷口はこの声の持ち主の本性を知らんからな。暢気なものだ。
「私たちじゃTFEI端末には歯が立たない……追いつかれたら負けだったのだが……」
圭一さんが下唇を噛みながら言う。お手上げってことか。
俺はそのTFEI端末とやらに聞いてみることにした。
「なあ、ちょっと聞いても良いか」
「なあに、キョン君?」
コイツの本性を知っている以上、話すだけでも背筋が凍りそうなんだが。
「また俺を殺しにきたのか……」
「……朝倉」
12 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2012/12/08(土) 03:07:40.55 ID:A/0z/boe0
朝倉は俺の顔を見て、悪戯っぽく笑った。
「そんなに顔を青くしなくても大丈夫よ。あ、そういえば、どうして地球人は恐怖に満ちた表情を『青い』と考えたのかしら。不思議だなあ」
「……さあな」
そんなことは一高校生なんぞに訊かずにどこぞの大学教授かなんかに訊けばいい。いや、もしこの質問が「あなたは何色が好きですか?」なんて質問だったとしても質問者がお前である限り答えなかっただろう。
「そう、残念。……まあいいわ。そんなことより、お願いがあるのよ。私について来てくれない?長門さんのことで話があるんだけど……」
何だと?長門のこと?……そう言えば、先ほど裕さんが何かを言いかけていたな。長門に何かあったのだろうか。
「……」
気にならないわけはなかった。しかし、相手は朝倉だ。長門とは相容れない考えを持ち、俺を二度も殺そうとした奴……まあ、この話を何度も持ち出すのは肝が小さいようで恥ずかしい話なんだか──ともかく、簡単に信用できる相手ではない。すぐには返事が出せなかった。
「あら、聞こえてなかったかしら。それとも私、無視されてるのかな。ひどいなあ、キョン君」
そんな声でそんなことを言ったところで俺はだまされんぞ。まだ、谷口の信憑性のない話の方が信じられる。まあ、あくまで相対的な話で、ハナからそれも信じるつもりはないが。
「以前にあなたの命を救ってあげたじゃない。言わば私は命の恩人よ。頼みを無碍にできる相手じゃないと思うけどなあ」
恐らく九曜に襲われたときの話をしているのだろう。確かに、あのときは曲がりなりにも助けてもらったと言えるだろう。……しかしだ、それ以前に俺はお前に命を脅かされているのだ。二度も。一回の救出がその免罪符になるとは到底思えない。プラマイゼロだ。むしろマイナスだろうな。
「……遠慮しておく」
「あら、残念。じゃあ諦めるわ……というわけにもいかないの。あまり気は進まないけれど、無理やり連れて行く他なさそうね」
むしろ初めからそのつもりだったんじゃないだろうな。ともかく、冷静さを欠いている時に安易な判断は良くないだろう。
16 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/08(土) 17:11:39.98 ID:A/0z/boe0
朝倉は俺の顔を見て、悪戯っぽく笑った。
「そんなに顔を青くしなくても大丈夫よ。あ、そういえば、どうして地球人は恐怖に満ちた表情を『青い』と考えたのかしら。不思議だなあ」
「……さあな」
そんなことは一高校生なんぞに訊かずにどこぞの大学教授かなんかに訊けばいい。いや、もしこの質問が「あなたは何色が好きですか?」なんて質問だったとしても質問者がお前である限り答えなかっただろう。
「そう、残念。……まあいいわ。そんなことより、お願いがあるのよ。私について来てくれない?長門さんのことで話があるんだけど……」
何だと?長門のこと?……そう言えば、先ほど裕さんが何かを言いかけていたな。長門に何かあったのだろうか。
「……」
気にならないわけはなかった。しかし、相手は朝倉だ。長門とは相容れない考えを持ち、俺を二度も殺そうとした奴……まあ、この話を何度も持ち出すのは肝が小さいようで恥ずかしい話なんだか──ともかく、簡単に信用できる相手ではない。すぐには返事が出せなかった。
「あら、聞こえてなかったかしら。それとも私、無視されてるのかな。ひどいなあ、キョン君」
そんな声でそんなことを言ったところで俺はだまされんぞ。まだ、谷口の信憑性のない話の方が信じられる。まあ、あくまで相対的な話で、ハナからそれも信じるつもりはないが。
「以前にあなたの命を救ってあげたじゃない。言わば私は命の恩人よ。頼みを無碍にできる相手じゃないと思うけどなあ」
恐らく九曜に襲われたときの話をしているのだろう。確かに、あのときは曲がりなりにも助けてもらったと言えるだろう。……しかしだ、それ以前に俺はお前に命を脅かされているのだ。二度も。一回の救出がその免罪符になるとは到底思えない。プラマイゼロだ。むしろマイナスだろうな。
「……遠慮しておく」
「あら、残念。じゃあ諦めるわ……というわけにもいかないの。あまり気は進まないけれど、無理やり連れて行く他なさそうね」
むしろ初めからそのつもりだったんじゃないだろうな。ともかく、冷戦さを欠いている時に安易な判断は良くないだろう。
そんな最中、見覚えのある黒塗りタクシーが俺たちの方に向かって猛突進してきた。
やがて凄まじいブレーキ音を鳴らし、世界と戦えるくらいのドライビングを見せた車からこれまた見覚えのある白髪の壮年男性が姿を現した。
「どうも、ご無沙汰しております。事情は後で。今はひとまず車にお乗りください」
「新川さん!?」
なんだなんだ、今日はハルヒを取り囲む関係各位大集合とばかりに知り合いに会うな。
よく分からないまま車に乗ってよいものかとも考えたが、朝倉と『機関』の構成員、それも顔見知りであり一度俺の手助けをもしてくれた人たちのどちらを信用するかといえば、言うまでもなかった。
「分かりました。……あれ?」
17 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/08(土) 17:12:42.82 ID:A/0z/boe0
そういえば、田丸さんたちはどこにいったのだろう。まさか朝倉を恐れて逃げ延びたのではあるまいな。
「……ああ、田丸兄弟なら私と入れ替わるような形で一度離脱しました。ご安心を」
そうか、それなら一安心だ。朝倉に有機情報なんたらの解除なんかされていたら一巻の終わりだ。
俺はそそくさと新川さんの車に乗り込んだ。……あれ、おかしい。朝倉が絡んでこないぞ。
「あーあ、残念。キョン君は私のこと全然信用してくれないんだね」
呆れたように言ってくる。というか、車の中にいるのにどうやって外から声を届かしているんだ。
新川さんはすぐさま車に乗り込みギアを全開にし、前回同様凄まじい速度で車を走らせた。いったい何Gかかっているのだろう。
「うふふ、そう簡単には逃げられないわよ。キョン君も分かっているくせに」
ぞっとした。背筋が凍った。鳥肌が立った。新川さんが居るのは心強い。だがそれはあくまで対人間のときであって、人外の存在を相手取る際に頼りになる人物など、それと同等の力を持った長門有希しかおらず、現在、というかこの時間平面ではまだ接触できていないのだから頼ることはできない。これは相当な恐怖である。
しかし、そんな状況でも冷静な表情で巧みなドライビングテクニックを披露する新川さんは尊敬に値する。
不安ではあるが、運転の邪魔をするわけにはいかない。以前は森さんが同席していたが、今はいない。
その刹那、後ろから再びの爆音。後部座席から振り返ってみると、地面がなんとも言いようのない形に変形していた。おいおい、こんな攻撃をしてたら俺を連れてく前に車ごと俺もお陀仏だぞ。
しばらく朝倉が優勢であったが、突然朝倉の猛攻が止んだ。
なんだ?なにが起きた。
よく分からないがひとまず助かったのだろうか。
「間に合ったか……」
新川さんがそうつぶやいた。俺は反射的に、
「何がです?」
と聴くと、
「……ああ、今高速に乗りましたので、後一息と言うことです。何故か攻撃も止んだことですし、ひとまず安心でしょう」
その言葉回しに若干の不穏を感じながらも、俺は思わず一呼吸おいた。そしてこう切り出した。
「ところで、いったいどこに俺を連れて行こうと言うんです」
荒川さんは間をおいた後、
「恐らく、あなたにとって現在一番安全な場所にですよ」
一番安全かどうかは分からないが、『機関』お得意のパワースポットといえば一つに限られてくる。少なくとも俺の知る範囲では。
「閉鎖空間ですか」
「ええ、その通りです。あそこならTFEI端末でも簡単に手を出せないでしょうから。ご安心ください。『神人』からあなたへ危害を加えられるような事態には致しませんよ」
もうなんて言ったらよいか分からない。なんでこんなことになっているのか……
あんな薄気味悪い閉鎖空間にまた出向かなければならないとはな。まあ、朝倉に付け狙われるよりは幾分かましだな。
しばらくすると、偶然なのか、以前連れて行かれた市街地のターミナル駅に着いた。初めて閉鎖空間をこの身で体験した場所だ。
これまた見覚えのあるスクランブル交差点で、以前と違うのは季節と時刻くらいか。肌寒い季節の朝っぱらから夏服でいる俺はそれなりに体を冷やしていた。
18 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/08(土) 17:13:27.34 ID:A/0z/boe0
スクランブル交差点の前には黒ずくめのスーツを纏った見知らぬ男が立っていた。
「彼が閉鎖空間までご案内いたします。さあ、どうぞ」
いやいや、さあどうぞと言われてもな……
せめて顔見知りである古泉に連れて行ってもらえれば安心だと思ったが、悠長なことを言ってはいられない。
「新川さんはどうするんですか?」
「私は外で待機しております。万一のときはまた私の車で護衛いたします」
そうですか、と軽い返事をした後、一通りお礼を述べて黒スーツの男のもとへ向かった。
俺が近づくとその男は、
「いらっしゃいましたか。さあどうぞ」
と言って手を差し出した。よく知らない男の手を握るのは些かはばかられるが……まあこの下りはいいか。
俺は素直にスッと手を差し出すと男は手を握り、ふと気づいたときには見覚えのある灰色空間にいた。
男は俺をあるビルの屋上へと案内した。その途中辺りを見渡したが『神人』の姿は見あたらなかった。あれ?アイツがいないとこの空間は崩壊するんじゃないか。
案内されたビルの屋上では、見覚えのある制服姿の男性が立っていた。
やれやれ、ようやく団員に出会うことができたか。
19 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/08(土) 17:14:57.91 ID:A/0z/boe0
「やあ、どうも」
このモノクロな灰色空間で、不似合いとも言える軽快な挨拶をしてきたのは、俺がよく見知っている人物だった。だが同時に、ここに存在するはずのない存在でもあった。
「……古泉。お前は高校二年生の古泉だよな。違うのか」
そうだ、コイツはついこの前俺とオセロをし、完敗した古泉一樹だ。この時代にいるはずのない、二年後の古泉だ。
「ええ、その通りです」
古泉は平然と言った。
「驚かれましたか?まあそれも無理ないでしょう。時間遡行は未来人宇宙人の特権だと思われているでしょうから」
古泉はまるで劇の登場人物を演じるかのようにスラスラセリフを述べる。
「もちろん、その予想は間違っていません。お察しの通り、我々超能力者がタイムリープをすることも、ましてや『機関』の全総力を上げたとしてもタイムマシンを作ることなどかないません。少々部外者に助力を願ったのですよ」
「それにしても、生まれて初めて時代遡行を経験したのですが、なんとも呆気ないものでした。期待して損してしまいましたよ。まあ、人によって、というより組織によって方法も異なるようですが」
世間話でもするかのようにあっさりとネタバレしやがった。いつものように、狂言回しには徹しないのか。
「ふふ、そうですね、まあ色々思うところもあって少々冷静ではなくなっているというのも理由の一つですが、言ってしまえば時間がないからです。あなたと哲学的屁理屈による雑談をしても良いのですが、あなたの理解を得られないまま話に興味を持たれなくなってしまうのは避けたいのでね」
20 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/08(土) 17:17:24.79 ID:A/0z/boe0
今回に限っては、お前の詭弁を聞いてやっても良かったのだが。時間がないというのは俺の周りではやっているのだろうか。最近、いやごくごく最近よく耳にする気がするのは気のせいではないだろう。
「『機関』の協力者、それはもちろん未来人か宇宙人だよな。まさか異世界人の新キャラクターでもいるってのか。これ以上ハルヒの愉快な仲間たちの補強をしないで欲しいのだがな」
古泉は乾いた笑い声を鳴らした。笑い声じゃないぜ。
「安心してください。異世界人ではありませんよ。あなたが知っている人物に協力を依頼しましたから。……と言っても、彼女に異世界人という属性がないとは言い切れませんので、仮にそうだったとしても、悪しからず」
そう言って古泉が手を差し伸べた先にあるビルの屋上に黒い人影が見えた。遠いからぼやけて黒く見えるのではない。そのビルはこのビルから道路を挟んで反対側にあるので、かなりの至近距離にある。そうさ、何の大げさな表現でもない。ソイツは全身黒づくめの格好をしているんだから。
「……周防……九曜……か?」
そこには、人形のように無機質に佇む制服姿の長い髪を持った女子生徒の姿があった。その制服は北高のものではなく、近くのお嬢様学校のものである。
「──聞かなくても分かっているはず。あなたな質問は意味をなさない」
ああそうさ、せいぜい数ヶ月前のことだ。あんなに印象深い出来事は俺の凡庸な海馬でも簡単に忘れそうはないさ。長門を活動停止にまで追い込んだのは俺の知る限りコイツが初めてだった。これから脅威になる存在があるとすれば、コイツが真っ先に挙げられるだろう。
だが、何故だ。何故、古泉がコイツと一緒にいる?時間遡行の協力者だと?長門や朝比奈さんを差し置いてコイツに協力を仰ぐとはどういう魂胆なのか。
「古泉、これは一体どういうことだ。正気なのか?」
古泉は口元を緩めた後、
「あなたはこう思っているでしょう。なぜ彼女に協力を依頼したのか、と。先日の『驚愕』させられた事件があったのにも関わらず、そのとき敵対していたはずの存在と協力関係にある。なぜ長門さんや朝比奈さんに懇願しないのか、と」
ああ、分かっているんだったらさっさと説明してくれ。頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「理由は簡単です。周防さんにしか頼むことができなかったからです。こう言っては何ですが、妥協案ともとれますね」
九曜にしか頼めなかった。それはつまり、長門や朝比奈には協力してもらうことが不可能だったということだ。もっと言えば、情報統合思念体、及び朝比奈さんが所属する未来人組織にとって不都合なこと、もしくは利益のないことであるとも受け取れる。
「ということは、だ。長門や朝比奈さんの組織と相容れない行動をとったということか」
古泉は困ったように笑い、
「ええ、言ってしまえばそうなります。しかし、我々も望んでそうし向けた訳ではないのです」
「どういうことだ?」
「先ほども申し上げたように、これはあくまで妥協案です。本来ならば天蓋領域に属する存在に協力を仰ぐなどできれば避けたいところですよ。しかし、そうせざるを得なくなったのですから仕方ありません」
コイツは仮にも協力者の前で嫌々助けを求めたことをカミングアウトしてやがる。相手が宇宙人だから容赦というものを忘れているのかもしれない。まあ確かにコイツには少々強い態度で応対するくらいの心構えじゃないと痛い目を見るからな。コイツの考えていることは情報統合思念体のインターフェースのそれをはるかに上回る不可解なものだからな。
21 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/08(土) 17:19:29.12 ID:A/0z/boe0
「以前も似たような話をしたかもしれませんが、例えば、明確な敵対関係となった相手がいて、なおかつ我々一組織で対抗するにはあまりにも心もとない。そんなときには、一時的な妥協案として、本来それも対立する組織ではあるのですが、協力を仰ぐ形となる。利害の一致があれば、たとえ対立すべき存在でも同盟を組む。『敵の敵は味方』ですよ」
……?つまり、『機関』と情報統合思念体、または未来人組織、もしくはその両方が明確な敵対関係あるというのか。だから、周防九曜と組むだと?おいおい、正気を失ったのか、古泉。
「ええ、ですから、今回のは妥協案ですよ。苦渋の選択です。ただ、このまま単独で敵対するのと、天蓋領域と組む。天秤に掛けた結果、組む方が被害が少ない、不利益を最小限に抑えられる可能性が高い。そんなマイナススタートからの判断です」
古泉は軽妙な面もちで語ってはいるが、節々に見せる陰りのある表情には深刻さが感じられる。コイツらだって九曜の意味不明さを理解していないわけではないらしい。その上で、リスクを承知で手を組む。何がそこまでさせるんだ?
「我々の目的は『現状維持』です。涼宮さんを取り巻く環境が今のまま保たれ、彼女の精神をより安定した状態にする。世界の安定のためにね。この目的が阻害されない限り、基本的に我々が表立った行動をとることはないでしょう」
「だが、今回は九曜と組むというイレギュラーな行動をとった。と、いうことは……」
「ええ、お察しの通り、我々の目的が阻害されているのです。涼宮さんの精神に直接的な影響を与える存在がいるのです。それはもちろん良い方向に、というわけではありません。までは小康状態を保ってきた組織でも、目的の不一致、不利益を被るとしたら、それは迷いなく敵対せざるを得ません。たとえそれが宇宙的情報改変能力をもつ情報統合思念体のインターフェースだったとしてもね」
「……」
長門がハルヒに直接的な精神影響を与える……それによって『機関』は不利益を被る。……閉鎖空間の発生は、ハルヒの、どちらかというと負の感情によって引き起こされるらしい。敵対するようになるようなことだ。きっと世界崩壊を起こしかねないことなのだろう。
「情報統合思念体の目的は、涼宮さんの観察、だそうです。しかし、あなたのご存知な通り、情報統合思念体には複数の異なる意志を持つ派閥が存在する。今まで主流派として活動してきたのが、長門さんの属する『中道派』、つまり現状を保った状態で涼宮さんの観察に臨むという考えです。他にもあなたが既に知っているだけでも、『急進派』、『穏健派』のインターフェースに接触したことがあるはずです」
ああ、そうか。コイツは朝倉だけでなく、喜緑さんの正体にも気づいていたのか。
「我々『機関』と『中道派』は、結果にたどり着くプロセスは違えど、とどのつまり『現状維持』を望んでいた。利害の一致です。だから小康状態を保ってきた。しかし……」
「情報統合思念体は方針変更をしたんだな。主導権を握って争いでもして、『急進派』やらが実権を握ったとか」
古泉はまるで俺の答えを予想していたかのような顔でこちらをみた。どうやらそうではないようだな。
「そうだったらまだ良かったのです。『急進派』はあなたと接点を持たない。だからあなたに付け入ろうとも簡単ではない。情報操作で懐柔しようにも、涼宮さんの力によって阻害される。つまり、あなたを介して涼宮ハルヒに影響を与えるには、地道にあなたとの距離を縮めていくしかない。あなたの理解を得るには───」
「何が言いたいんだ、古泉」
と言いつつ、コイツが言いたいことは何となく分かる。ここまで言われりゃ誰でも分かるさ。ただ、それに納得するかは別だ。前もコイツは似たようなことを言っていた。あのときは朝比奈さんの事だったが。そんなに言うんだったら『機関』だって籠絡させようとすればいい。俺はそんなのに引っかかるつもりはない。朝比奈さんは可愛らしいとは思うが、それで世界をひっくり返すようなことにホイホイ協力するほど純粋な心は持っていない。
22 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/08(土) 17:20:43.76 ID:A/0z/boe0
「もうお気づきだと思いますが……つまりですね、情報統合思念体の『中道派』は考えを変え、長門さんに新たな任務を与えたわけです。それが我々にとって非常に不都合なことなのです。しかし、直接彼女を止める術はない。だからあなたにお願いしようと思ったのです」
「そのためにわざわざタイムリープしてきたのか。ご苦労なこった」
とんだ追っかけ女房だぜ。どうせ追いかけられるなら朝比奈さんが良かったなんてこんな状況で考えちまう自分が情けない。
「あはは、……と、つい話し込んでしまいました。あまり時間に余裕はありません。……あなたに、伝えておかなければならないことがあるのです。落ち着いて聞いてください」
先ほどから険しい顔をしつつ話しているが、古泉はそう言うとよりいっそう険しい顔になった。そんなに重大なことか。今話したことも中々の問題だったがな。さて、どうやって解決すればよいのかなんて暢気なこと考えていると、
「これから話すことは非常にショッキングなことです。恐らくあなたは二度驚くことになるでしょう。……残念ながら非常に悪い意味で」
おいおい、何だってんだ。そんなに前置きをおいて脅かそうとすると、大して驚かなかったときに変な空気になるぜ。そんなことを日常茶飯事に繰り返している奴が知り合いにいるからよく分かるぜ。……言うまでもなく谷口のことだが。
「……いえ、恐らくその心配はないでしょう。僕が信用できないはずである周防さんに協力を仰いでまでこの時間平面に来た一番の理由でもありますから、異常事態と言えるでしょう」
古泉にしては歯切れが悪く、いつもの饒舌さが半減している。……なんだろう、非常に嫌な予感がする。とてつもなく嫌な予感が。
古泉はしばらく沈黙を保ち、やがて重々しく口を開いて言葉を紡いだ。俺は、こんな軽い気持ちで聞いてしまったことを死ぬほど後悔した。本当に、冗談じゃなく。
「……朝比奈さんが、亡くなられました……」
26 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/09(日) 15:30:18.73 ID:v1Lz7D4y0
一瞬、何を言われたか理解できなかった。古泉が放った言葉が難解な語句に溢れていたからではない。その言葉は非常にシンプルなものだった。だか、あまりに非現実的な言葉に俺は唖然としていた。……おかしいな、非現実的なことなんてとっくに慣れちまったと思ったのに。
「……驚かれるのも無理はありません。恐らく、冗談を言っているとさえ思われたかもしれません。……そうであったらどれほど良かったでしょう」
古泉は俺の次の言葉を予想したように言う。だが俺はこいつがからかっているとしか思わなかった。いや、そう思うしか無かったのかもしれない。
「俺はタイムリープをする直前まで長門と朝比奈さんと一緒にいたんだぞ。そこで朝比奈さんにおかしな様子なんてなかった。もしあの後問題があったとしても長門が何とかしてくれたはずだ」
俺は気持ちを冷酷に保つために、古泉にこう言った。だが、古泉はその言葉を否定するようにこう言った。
「やはり、長門さんたちと一緒にいらっしゃったのですね。恐らくあなたのおっしゃられていることに間違いはないのでしょう。……ただ、あなたがタイムリープをなされた後のことは……どうでしょうか」
含みを持たせた「どうでしょうか」だな。何が言いたい。……いや、何となく分かる。だが、それを認めるわけにはいかない。古泉を信用していない訳ではないが、それでも認められない。
第一、朝比奈さん(大)が存在しているのだ。この古泉が知っている朝比奈さんと言うのは、高校三年生の朝比奈さんだろう。少なくとも大人な朝比奈さんはそれよりも年上だ。このことだけでこいつが言っていることは矛盾する。
段々心に余裕が出てきた。そうだ、そうじゃないか。こいつは何か見間違いが見当違いをしてしまったのだ。閉鎖空間での『神人』退治などで疲弊しているのだ、それくらいは仕方のないことだろう。冗談でもいってはならないが、まあここは大目に見てやろう。
「どうやら信じてくれてはいないようですね。見間違えではありませんよ。『機関』で遺体を確認しましたから。恐らくあなたもお気づきでしょうが、現場は長門さんのマンションです。直接現場は確認していませんが、犯人は言わずもがな……」
古泉はどうも本気で言っているらしかった。また頭が混乱しだした。
「……なぜ周防さんに助力を願ってまでこの時間軸に跳んできたか、お話ししましょう。僕は朝比奈さんが殺害された直後、閉鎖空間に車で向かっていました。かなり久々の発生でしたよ。車での移動中、後から爆音が聞こえてきました。窓を開けて確認するとそこにいたのは長門さんでした。移動中の車を飛行しながら追いかけてきていました。僕もそのときは混乱していましたよ」
何となく話は見えてきた。……その後九曜に何らかのきっかけであって命からがら逃げてきたということか。
「……その通りです。閉鎖空間へ逃げている途中周防さんが長門さんの攻撃を防いでくれました。確かにおかしなことです。タイミングも不自然だ。しかし、現に長門さんが我々を襲ってきている。さらに朝比奈さんは亡くなられ、あなたの存在が消失している……となれば、彼女に頼るほか無かったのです。面目ないことです。ですが、まだ僕は死ぬわけにはいかないのです。あなたと涼宮さんだけは守り抜かねばならないのですから」
世界のためにか。
「……どうでしょうか」
俺は子供がひっくり返したおもちゃ箱を見た気分だった。めちゃくちゃな頭の中を整理しようと思考し始めた。
その刹那、閉鎖空間の上方から爆音が聞こえた。三人がその音源に顔を向けた。その数秒後、閉鎖空間の天蓋はひび割れをし、崩壊し始めた。そこには一つの人影があった。
青いセミロングの人影ではなく、紫がかった短めのボブカットの姿だった。
そこにいた長門は俺のよく知る長門の姿をしていたが、体感時間で一日前に見た長門とは大きく様子が違っていた。
──長門の制服は、血にまみれていた。
「……長門、なのか?」
俺は意味のない質問をした。分かりきっている。コイツは長門だ。だが、雰囲気がいつもと違う。それは単に血だらけだからではない。
長門はこちらに飛行してきた。そして……とんでもない言葉を言い放った。
「パーソナルネーム、古泉一樹を敵性と判断。これより攻撃を開始する」
27 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/09(日) 15:32:38.37 ID:v1Lz7D4y0
閉鎖空間はすんでのところで九曜が修復した。どんな力を持ってるんだこいつは。
だが、今はそれどころではなかった。
「さすがに閉鎖空間内では我々の方が優勢だろうと高をくくっていましたが……浅い考えだったようですね」
「……」
「しかし、さすがのあなたでも、この空間内では情報操作を制限されるようですね。このまま行けば消耗戦になりそうだ」
「……」
古泉が一方的に話し、長門は終始無言。これだけならよく見る光景だ。決定的に違うのは、両者が殺し合っているということだ。
「僕が死ぬか、あなたが機能停止をするか。二つに一つです。情報操作の制限がかかっているこの環境下では、あなたも体の損傷を無視するわけにはいかないはずです。つまり、あなたも事実上『死ぬ』ということです。天蓋領域の妨害によって情報統合思念体に対するアスセス制限もあいなって、あなたという存在が再構成されることはないでしょう。我々は天蓋領域とあくまで一時的協力関係にあるだけで、一度行動を始めた彼らを止める術を持ち合わせていません。ここで死んだら本当にお終いなんです。もちろん僕も同じです。……どうです、ここは一度和解をするというのは?」
古泉が衝撃的なことを言いやがった。……天蓋領域に手助けしてもらったのは時間遡行だけじゃなかったのか。あくまで情報統合思念体を封じるつもりなんだな。……だが、和解とはどういうことだ。いや、俺にとっちゃ手放しで喜びたいことだが、天蓋領域が攻撃を仕掛けている今、和解したところでどうなるものでもない。
「……」
長門は相変わらず沈黙を維持したままだ。
「それは肯定ととればよいのでしょうか。それとも交渉決裂でしょうか」
その刹那、いつの間にか長門が居なくなったかと思いきや、古泉の背後に現れ、ハイキックを古泉に喰らわせた。
「グフッ……どうやら後者のようですね。……誠に残念ですよ……」
古泉も迎え撃つように片手にハンドボール大の紅い球を作り出し、長門に向かって投げた。もはやその速度は投げたと言うより撃ったというのが相応しい。このままではまずい、取り返しのつかないことになる……。
28 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/09(日) 15:33:44.61 ID:v1Lz7D4y0
「やめろっ!古泉!長門!マジで死んじまうぞ!」
なんとも頭の悪い発言をしてしまったがそんなことはどうでもいい、考えていたら間に合わん。何としてもこの状況を打破しなければ。
「何でこんなことをするんだ。……組織のしがらみ?目的の対立?そんな事はどうでもいい、……こともないだろうが……それでもっ!俺たちは仲間じゃないのか!」
古泉が驚いた表情をこちらに見せる。顔には所々血痕があり、着ている制服はボロボロだ。しかし、その表情は今まで見たことのない複雑なものだ。怒っているような、それでいて今から泣きそうな顔でもあった。しかし、俺がその表情を不審がっているのに気づいたのか、きりっとした精悍な顔に表情を正した。
長門もこちらに目を向けた。あくまで長門は無表情だ。だが、目の様子だけがちがった。その黒曜石のような瞳は濁って暗くなっており、まるで覇気がない。絶望しているようにも見えた。一体何を見据えているのだろうか。
「SOS団ってのは、そんな薄っぺらい存在だったのかよ!そりゃ結成当初はそうだったかもしれない。正直俺だってそうだったさ。自分はつくづく巻き込まれ型の人間だと思った。でも今は違う。二人だってそのはずだ」
ああ、とことんらしくもないことを言っているな。さぶいぼが立ちそうだ。だが、そんなのは後で思い出したくない恥ずかしい過去になる程度の問題でしかない。些細なことだ。軽薄でもいい。少しでも、コイツらにその気持ちがあるなら。
古泉は何か考えているのか、少し俯いた。一方長門は、相変わらずこちらを見つめたままだ。
しばらくの沈黙の後、古泉は会話を切り出した。
「……あなたらしくない意見ですね。事なかれ主義とでも言いましょうか、あなたはその類にカテゴライズされると考えていたのですがどうやらそうではないようです」
先ほどまでと比べれば、少しはいつものような飄々とした口調に戻ってはいたが、やはり勢いがない。
「……あなたが言っていることはもっともだ。正論の他なりません。我々SOS団の面々はこの一年で変わりつつあります。あなたも涼宮さんも、朝比奈さん、長門さんさえもその傾向が見られる。……もちろん僕もその例に漏れません。我々には一種の結束のようなものがあると言っても過言ではないでしょう」
少し間をおき、しかし、といった後、古泉は乾いた笑い声を上げた。
「それはあくまでSOS団内での話ですよ。我々はあくまで他の組織に所属し、対立する者。そう簡単に相容れません。個人としては好意を持ったとしても、それは全て意味をなしません。現実はそんなに甘くない。あなたはもっと冷静に現実を見据えていたと思っていたのですが、それは僕の思い込みでしょうか?」
そう言って古泉は笑顔を浮かべる。だがそれは、いつも部室で見かける爽やかスマイルではなく、諦めに満ちた、皮肉を込めた苦笑だった。
やめろ、そんな顔をするな。俺まで諦めそうになるじゃねえか。過去に跳ばされてきてからいろんなことがありすぎて頭の中がぐちゃぐちゃだ。もう考えるのをやめにしたい。直面している事態から逃避してしまいたい。俺はそんな強い人間じゃない。どんな事態にもくじけず向かうなんてことは出来やしないさ。
……それでもな、ここで逃げてちゃ後悔するんだよ。一生もんのな。
「ああそうさ、俺は今まで面倒なことから逃げて楽してりゃいいと思ってたさ。でもそれはハルヒと関わってからどんどん変わっていった。ハルヒの『暴走』によるエンドレスサマー、ハルヒ『消失』事件、それからこの前の世界が『分裂』するしかないような危機。それらに巻き込まれる度に俺は疲労を感じつつも、なんとか切り抜けてきた。何故か、初めは俺にもよく分からなかったさ。あんな苦労をしても、どうしてまた文芸部部室に向かうのか。朝比奈さんのお茶が飲みたいから?ノーと言えない日本人だから?とてつもなく俺がお人好しだから?───いや、どれも違うな。いや、朝比奈さんのお茶は飲みたいが、そういうことではない。それもひっくるめてだが───」
29 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/09(日) 15:34:31.26 ID:v1Lz7D4y0
俺は呼吸を整えて、思いの丈を述べる。
「……SOS団が、そこで起こる非日常的日常が、それを取り巻く団員他関わるすべての人たちが───」
「どうしようもなく愉快で最高だったのさ。こんな簡単なことに気づくのに、一年以上費やしちまった。一時は正反対なことさえ考えていることもあった。でも今は清々しいぜ。遠回りでも気づけたんだからな」
古泉は下を向いていた。何を考えているのかは分からない。俺の言葉は届いているのだろうか。もし届いてなくとも仕方ないのかもしれない。都合のいい時だけこんな悦に入った言葉を言い連ねたところで説得力もないだろう。
長門は、と思い先ほどまで長門が居た方向に目を向けると……いない、どこに行ったんだ?
「僕は……それでも───」
古泉の声が聞こえてきたので振り向くと、その刹那、その声をかき消す衝撃が古泉の肢体を貫いた。
「……ぐあっ!」
断末魔が無機質な空間に響き渡る。思わず耳を塞ぎたくなるような悲痛の声だった。時は待ってくれなかったのだ。
……長門の作り出した槍状の物体が古泉を貫いていたのだ。あまりにも非現実的な光景。目がチカチカする。目眩なのだろうか。もう駄目か。
「うわあああああ!!!」
思わず叫んでしまった。目の前でエキセントリックな事態を共にしてきた友人が、同じくその事態を共有してきた友人に殺されたのだ。大量の血を地上に降り注がせつつ古泉は落ちてきた。たまらず近寄ってその姿を確認したが、目を背けたくなるほど凄惨で、俺にとってあまりにも残酷な姿だった。
「……なんでだよ」
どうしてだよ。なんでお前がこんなところで死ななくちゃならないのだ。『機関』なんていうけったいな組織に所属してからというもの、ハルヒのストレスの後始末を散々やらされてきて、それでもやっと、SOS団が楽しいと感じられるようになったんだろ。いつもように胡散臭い哲学モドキでも聞かせてくれよ。お前がいなかったら誰がハルヒの言うことにイエスと言ってやるんだ。誰が孤島や雪山に連れてくんだ。……誰が俺のオセロの相手をやってくれるっていうんだよ!
「パーソナルネーム、古泉一樹の死亡を確認。任務を遂行した」
俺の背後から無慈悲なる報告が聞こえてきた。
長門……お前は壊れちまったのか。それとも、お前にとっては感情がないことが正常なのか。エラーとやらは完全に排除されちまったのか。
「長門!ふざけてるのか!」
いや、きっとこいつは至って真面目なんだろう。くそ真面目に情報統合思念体からの指令に応えただけなのだろう。
俺の問いには答えず、長門はこちらを向いた。
「今から次の任務を開始する」
次の任務?……おい長門、もしかして俺まで殺すのか。……それならそれで良いか。俺はもう疲れた。
「パーソナルネーム───」
長門はそう良いかけた後、言葉を紡ぐのを止めた。しばらく後、俺は驚くべき光景を目にした。
「長門……泣いてるのか?」
長門が涙を流していた
30 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/09(日) 15:37:49.01 ID:v1Lz7D4y0
「泣く?私にはその感情が理解できない」
そう言いながら、長門は涙を流し続けている。
「お前は今、どうしようもなく悲しいんじゃないのか?」
「悲しみ?解らない。しかし、現在重大なエラーが生じている。任務継続不可能。直ちに原因の検索、分かり次第エラーの削除に移る」
長門、そんな簡単に悲しみってのは忘れられるもんじゃない。原因が分かったところでどうしようもないことが沢山ある。
ああ、俺も涙が止まらん。正直発狂しそうだぜ。
「───長門有希、あなたは今何を感じるの───あなたのエラーはどんなものかしら」
カラスよりも黒い姿をした九曜が長門に話しかけた。こいつは一体何を考えてやがるんだ。
「解らない。私には、それを理解するだけの情報がない」
「銀河の情報を統括しているはずである情報統合思念体の端末でありながら、情報が不足してるの───不思議ね」
さっきまで無言だったのが嘘だったように饒舌に話し出す九曜に、俺はただ、たじろいていることしかできなかった。
「───解らないなら教えてあげる。あなたが何をしたのかを───あなたは仲間である朝比奈みくるを無抵抗な内に惨殺し、あなたから逃げ延びた古泉一樹を過去まで追いかけて刺殺し、さらにはイレギュラー因子である───彼まで殺そうとしたの」
「止めろ!九曜!それ以上喋るな!」
俺はかすれかけてきた声で全力で叫んだ。
「私は、私は……解らない。どうすればいいのか、解らない」
「───そうやって自分の所業から逃げるの?───無様ね、感情を持たないことを良いことに言い訳するのね──」
「止めろっ!」
止めろ、止めてくれ。長門が壊れちまう。再生不可能なくらいに。
「私は、私は、私は私は私は私は私はわたしはわたしはわたしはワタシハワタシハワカラナイワカラナイワカラナイ……」
「おい長門!しっかりしろ!」
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……」
「エラーエラー甚大なエラー。修復不可能。これより????????驍顕衝?????????蠏塵????籐??????堪????????嘉」
「長門!おい、本当に壊れちまったのかよ。しっかりしろ!」
「───壊れてしまったのね──残念、これ以上彼女から得るものはない───用済みね──」
なに言ってやがる、この欠陥品アンドロイドは。用済みだと?ふざけるな。おまえの方が用済みだ。
「もっと感情の解放が得られると思ったけれど───自律進化とは難解なものね───さよなら、宇宙人製アンドロイドさん」
それはお前もだろうが。……そんなことはどうでもいい。さよならってどういうことだ。
「おい、九曜。何を言っ───」
言い終わる前に、既に長門の体の脚部は砂状の結晶になっていた。
「止めろ、止めてくれ!……長門、置いてかないでくれ。俺はハルヒになんて言ったらいいんだ。待て!長門」
そんな俺の叫びも虚しく、長門はやがて全身が結晶の粒となり、姿を消した。
「アハハハハハハッ」
九曜は笑いさざめいている。もはやこいつの言動を理解しようとは思わない。
「……あ、……ああ……」
うまく喋ることができなくなっていた。終わった、何もかもが。
九曜はしばらく笑っていたが、その笑いはだんだん小さくなっていき、カラカラ笑っていたと思えば次の瞬間にはクスクスと、やがて微笑になり、終いには無表情となった。その表情の変化に、俺は形容しようのない恐怖を感じた。
その後、冷酷な口調でこう言い放った。
「あなたはどんな反応をするのか楽しみだったけど、長門さんと大差ないわね───つまらないわ、あなたも用済み、また次の機会に会いましょう。さよなら」
……!……もうどうでもいい。さっさと殺せ。──
31 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/09(日) 15:38:19.56 ID:v1Lz7D4y0
……ただ、一つだけ心残りがある。俺まで居なくなったら、一人になっちまうかもしれん奴がいる。もうそうなりそうだったら、谷口、国木田、鶴屋さん、その他関係各位の方々にあいつのサポートを頼みたい。あいつは誰よりも傲慢でわがままなくせに、誰よりも寂しがり屋だからな。
……すまん、ハルヒ。許してくれ。
その後まもなく、俺は意識を失った。
32 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/09(日) 16:32:21.91 ID:v1Lz7D4y0
「あっさだよー!キョンくーん!」
「ぐふぁ!!」
妹が自室のベッドで寝ている俺に対して飛び込みマウントポジションをとり、俺は眠りを妨げられることとなった。……妹よ、頼むから普通に起こしてくれんか。まあ、目覚まし時計があまり効力を発揮しない俺にとっては起こしてくれるだけでありがたいので文句は言えんか。
「朝ご飯できてるよー。早く来なさいってお母さんが言ってた」
そんなこんなで俺を起こすという母から与えられしミッションをコンプリートした妹はそそくさと俺の部屋を去った。
俺は何気なく頭を掻きながら壁に備え付けられた時計に目をやる。7時くらいか、言うまでもなく朝の。学校の支度は珍しく昨日に済ませてしまった。飯を食って歯磨きその他支度を終えても余裕がある。今日はのんびり登校できそうだ。
ふむ、眠気が覚めてきてふと思ったのだが、俺は先ほどまで夢を見ていた気がする。ただ内容は思い出せない。時々あるだろ?そんなこと。無性に気になってしょうがないのだが、こういうときは思い悩めば悩むほどどつぼにはまっていくって寸法だ。さっさと下らん思考は切り上げちまうのが得策と言える。
……さて、飯でも食うか。
ばっちり目が覚めて、清々しい気分で登校していたのは良かったのだが、いかんせんこの一学期末考査が近づいてきたこの時期は初夏も過ぎて本格的に夏を迎え始めているようで、俺の快適度数をたちまち小さくしていく。坂を登り切る頃には額に汗がにじみ、こめかみにも汗が伝った。はあ、少しばかり気分がダウナーだぜ。
「よお、ハルヒ」
教室に入りいつものように何気ない挨拶を交わす。
「ああ、キョンか」
どうやらこいつも暑さには参っているらしい。
「ああとはなんだ。どうやらお前も暑さにへばってきているようだな」
「あたしが暑さ程度にへばる訳ないじゃない!そんなの関係ないわ」
「へえ、じゃあ何かあったのか?見たところあまり元気があるようには見えんが」
ハルヒは俺の方を一瞬じっと睨み付け、またそっぽを向いてしまった。初見の人にとってはただ睨まれたようにしか思えないだろうが、俺が察するに、こいつは俺に言われたことが図星で、どんな表情をしていいか困ったのだろう。こいつはそういうときには決まって怒ったような表情を作るのだ。
「……変な夢見たのよ」
「夢? 」
夢か、ふむ、そういえば俺も見たんだっけ。内容が思い出せないから見たと言っていいのかわからんがな。
「どんな夢だったんだ?」
元来他人の夢などに興味は微塵もなく、他人の夢の話などを延々と聞かされた日には退屈極まりないのだが、何故だろう、今だけはこいつの夢の話にちょっとばかし興味が湧いたのだ。まあなんてったってこいつには願望を実現してしまうトンデモパワーが備わっているんだ。夢で見たことを具現化される可能性だって否定できない。聞いておいて損はないだろう。
ハルヒはしばらく考えているような仕草をとった後、つまらなそうに目をそらして
「……あんたには関係ないわ。……まあ、どうしても教えてほしい、教えてくれなきゃ発狂するって言うんなら近隣に迷惑だから教えてあげても良いわよ」
近隣への迷惑なんておまえの分だけ考えてろ。……別に良いさ。そこまで知りたい訳じゃない。こんな暑い中でそんな高圧的な態度をとられてまで人の夢の話を聞くほど暇じゃねえ。夢判断ならフロイト先生にでもしてもらうといい。
「ああそうか、なら別にいいさ」
「あっそ」
俺はそこから昼休みまでの授業をほとんど寝て過ごしてしまった。
33 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2012/12/09(日) 16:34:05.09 ID:v1Lz7D4y0
昼休み、俺が飯を食う支度をしていると、
「キョン!今日の団活は休みにするわ。せいぜい鋭気を養ってなさい!」
「ああ、そうさせてもらおう」
ふむ、ハルヒもたまには粋な計らいをしてくれるじゃないか。今日は些か暑すぎる。真夏日だ。別に特に体を動かしてもないのに汗がにじみ出る。
「なあ、キョン。団活が休みなんだったら遊びに行かねえか?たまにはこの三人でゲーセンに行くのも悪くねえと思うんだが」
昼飯を一緒に食うために席を寄せて向かいに座っていた谷口が言った。
「ああ、俺はパス」
こんな暑い中どこかに遊びに行くほどバイタリティに溢れてはいない。それにこいつと遊びに言ってもナンパの補欠要員にさせられるのがオチだ。
「ちぇっ、連れねえなぁキョンはよ。仕方ねえ、国木田、二人で行くか」
「僕も遠慮しておくよ」
昼食を一緒に食べていた友人のもう一人である国木田がすぐさま断った。まあ妥当だろう。
「今日は塾があるんだ。それに、谷口と遊びに行ってもナンパに付き合わされるのが目に見えてるよ」
国木田は全てを見透かしたように言った。
「なっ!なんだと!失礼な!……まあ否定はしないけどよ」
しないのかよ。なんと浅はかな奴だ。
「まあなんだ、谷口」
「なんだよ」
「国木田はお前と違ってぜ前途洋々、明るい将来が待っているのさ。その邪魔をしてくれるな」
「ほっとけ!というか、お前も俺と似たり寄ったりじゃねえか。人のこと言えたもんか!」
「それを言うな、悲しくなるだろ。……まあせいぜい、俺だけでもお前の赤点ギリギリの低空飛行に付き合ってやるさ」
俺がせめてものフォローをしてやると谷口は、
「おう!それでこそキョンだぜ。だが、墜落しちまったら元も子もないからよ、国木田、本当に危ないときは助太刀頼むぜ」
なんて調子の良いことをぬかしやがった。まあ俺もそれに便乗させてもらおうかね。
「はあ……都合良いね、谷口は。まあ良いけどさ。誰かさんとは違って、谷口には勉強を教えてくれる優しい女子がいないから」
なっ……国木田よ、それは俺への当てつけか。誤解しているようだが、俺は半強制的に教えられる結果となったわけで……いや、そりゃ分かりやすくてためになったが……
「うるせー!……誰かさん?おい国木田、それは誰のことだ?……もしかして……キョン!お前か!抜け駆けとは良い度胸じゃねえか」
なんか色々反論してやりたいが、面倒なので無視しよう。
「おい、キョン聞いてるのか!俺は悲しいぞ、お前が仲間を裏切るとはな……」
「やかましい」
と、俺は谷口の頭を軽く小突いた。
「ははははは!」
俺たちはほぼ同時に笑った。
さて、午後の授業も午前のそれに倣って惰眠を貪ることとなった。全く、俺の脳みそはどれだけ睡眠を必要としているのだろうか。
そんなこんなで、ふと気づいたときには帰りのホームルームも後は挨拶を残すのみとなっており、挨拶をして俺は放課後を迎えた。
日中かなりの時間寝ていたのと、昼間に比べるとだいぶ涼しくなったこともあってか、俺は普段より少々元気があった。今の体調なら多少の無理難題もつき合ってやるのに、なんてハルヒに言ってやりたくなるぐらいに。
とは言ったものの、さてこれから何をしようか。せっかく元気があるのに、家に帰ってダラダラするのもなんだかな。谷口に付き合ってやってもいいとも思ったが、アイツと二人きりでナンパの手助けをするのはゴメンだな。そんなことで時間を浪費したくない。
特に何も考えず校内をフラフラ散策していると、時間をつぶすのに適した場所を発見した。結局だらけることにはなってしまうが、家で鬱々としているよりは幾分かましだろう。
近くにあった自販機で缶コーヒーを買って、そこでしばしのブレイクタイムを過ごすことにした。