キョン「7月8日」


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1 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2011/08/13(土) 12:22:22.22 ID:Gu3hpdcq0

ふと、気がついた。
思えば毎年この日は必ず晴れている。いや、毎年ではないな。
この、煩悩で溢れかえってむしろ叩けば「パコーン」と乾いた音がしそうな
俺の脳内の引き出しをなにやらガサゴソとまるで空き巣に入った泥棒のようにあさると
それが正確には3年前からである、ということに驚きあきれる。
それと同時に、なんだか胸の、両肺の真ん中あたりがくすぐったく感じられ
あわてて俺は思考回路にルート変更の届出を出すことにした。

そのことに気がついたのはあと少しで昼飯にありつけるが、
しかしその「あと少し」の時の流れがなんとも石の上を箒でなで続けるくらい
とてつもない長さに感じられる、かのアインシュタインも相対性理論を考えたとき
こんな気持ちが最初のきっかけだったのでは?と思わせるくらいの4限目の終わり近くであった。

昨日とは違った自分の思考に少しほっとさせられながら、
それでも、少しぐらいはデジャブでもあっていいはずなのに、
毎度ちんぷんかんぷんの化学の授業内容理解をさいさんに諦めた俺の身体は
授業開始直後に眠気に負け、授業終了間際には空腹に負けて目が覚める、といった体たらくである。

教室の中の鬱陶しい暑さのせいで少々汗ばんだ身体にまとわりつくYシャツの感触が、
いかにも夏らしくて、それでいて不快だった。


2 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 12:23:58.38 ID:Gu3hpdcq0

教室の窓際、後ろから2番目の席からの眺めは、もう、見飽きてしまった。
流れる雲を見上げてでもして、徒然なるままに時がうつろふ様をあはれに感じてみたいものだが、
いかんせん、雲にかげりどころか動きが全くない。
上空は風があまり吹いていないのだろうか。

そして「動きがない」ということは俺の後ろの席のやつにも言えたことであった。
いや、こいつの場合、もう「動きがない」という「動きがある」のかもしれない。
雲が動いていないのは俺にとってさほど気に留めたことでもないのだが、
動いていても色々と様々なイベントが否応なしに立ち上がり自分の意思とは無関係に巻き込まれるうえ、
おとなしくしていてもそれはそれでやっかいな物事というものがこの世には存在しており、
尚且、その根源と謂わざるをえない人物が平凡極まりない俺の傍にいる、というのはどういうことなのかね。

台風の目が一番おだやかであり、その静けさの去った後には
必ず何かしらの被害がおこることこの上ない、
むしろ風が吹き荒れるなんて当たり前だのクラッカーといった具合に、
やっかいなことが待ち受けているであろうことが手にとるようにわかってしまう自分が嫌だ。
そして日常をあっけらかんと蹴り飛ばす不条理に順応しつつある自分自身がもっと嫌だ。

現に今、昼飯を待ちながら化学担当の高校教師の声を右から左へと受け流す、ありきたりな存在の俺はその影響の真っ只中にいた。












―――今日は、俺にとって142857回目の七夕である。


3 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 12:26:09.80 ID:Gu3hpdcq0

教室の窓際、後ろから1番目の席のやつにとって一体「ジョン・スミス」とはどのような存在なのだろうか。

少なくとも、「あの日にたまたま通りすがった北高生」では・・・ないのだろう、なんだろうな。
もう1度繰り返す。142857回目の、七夕である。

朝比奈さん(小)も朝比奈さん(大)も、もう俺に説明をしてくれない。する必要がないからだ。
何もかもをお互いにルーティーンワークのように夜な夜なこなす。
長門の顔にもさらに表情がなくなったように思う。
今回のことは長門の手にもおえない事態らしい。
長門があのマンションの一室を凍結すること142856回。
一体、142856人の俺はどうなっているのだろう。

いや、そもそも142856人の俺は存在しているのかどうか。
すべてがリセットされてまた7月7日が繰り返されているのなら、
142856人の俺は存在しないことになるのだろうが、
長門にですらそこらへんがよくわからないというもんだから困ったものである。

「困った」という単語を口の中でもごもごさせていて思い出したのだが、
古泉は47619回目の七夕あたりから姿を消した。
お前が消失したってこっちはさみしくなんてないんだからね!てめー1人だけこのやろう。


4 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 12:28:37.51 ID:Gu3hpdcq0

ふと、毎晩出会っている真後ろの席のやつ(中学生バージョン)のことを考える。
142856回会っているが、中学生バージョンが校門を乗り越えようとしている後ろ姿は、どうにも俺をざわつかせる。
こう書くとただのロリコン野郎のようだが、そうではない。

142856回だ。

142856回会う俺の何が当時の真後ろの席のやつ(中学生バージョン)の心に残ってしまったのだろう。
昨日も一昨日もそしてその昨日のその昨日の一昨日のその昨日だって。
俺は特段、何かを後ろの席のやつ(中学生バージョン)にしてやった覚えはない。
それなのに・・・・・・WHY?なぜ?

終業を告げるチャイムとともに、俺はため息を一つつき、
142857回目の弁当の中身に思いをはせる。
すでに食への欲望というものは消え失せて久しいのだが、それでも俺の胃袋は食物を欲する。
本能に抗っても仕方がない。
やんちゃな胃袋を飼いならしつつ、大人しくシャーペンの先で背中をつつかれるのを待つことにした。

1回目の俺の願いは、そろそろアルタイルには届いてくれているだろうか。
届いているほどには、同じ時間が繰り返されていてほしくないのだが。


5 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 12:35:44.65 ID:Gu3hpdcq0

さて。「あの日あの時あの場所で」とは歌えども、
この歌詞をこれほどうらめしく思うこと10989回目。その思いが日に日に強くなっていることをひしひしと感じながら、
俺は今宵も1人、校門の上でもぞもぞと動く、嫌でも見慣れてしまった、しかし昼間とは一回り小さなヒトカゲを見ていた。

朝比奈さん(小)は27回目ぐらいから公園のベンチに置いてきている。
そのことで未来が変わるわけがないことは体感済みだ。
朝比奈さん(大)も最近(といっても同じ7月7日だけどな)俺を見る視線が凍りのように冷たい。
未来人にとってこの現象はどのような意味をもち、そしてどのように禁則事項なんだろうか。
未来人ですら、その瞳のうちに宿る光がほそぼそと小さくなっていくほどの時間の流れの内で
それでも俺はどうしてここまで正気を保っていられるのだろう、という疑問を自身の中に禁じぜずにはいられない。

そんな疑問を再び臭いものにふたをするかのように押し込めると
ここにいるのは、俺と、そしてこの現象の源泉、真後ろの席のやつ(中学生バージョン)だけである。


・・・・・・そろそろ声をかけねばならない。
ここでこのまま街中の自動販売機が如くぼけっと突っ立っているわけにもいかない。
それでなくとも俺はこの世界で不審者極まりないのだから。
142857回目のセリフを口にした。


「おい」

6 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 12:38:04.52 ID:Gu3hpdcq0

その声によって、そいつは142857回目の驚きを、その小さな背中のわずかなびくつきによって俺に示す。
俺にとっては毎夜毎夜の別に人目を忍んでいるわけでもなんでもない逢瀬まがい。
そして、こいつにとってはそれでもやっぱり初めての顔合わせである。

「なによっ」

「はやくそこから降りろ」

「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ」

何回目かのデジャブに逆らう術もなく、
うすらぼやけた街灯の明かりに照らされたその幼げな顔に不振な光が灯ったのを俺は見る。
なんでお前にそんな目でみられなきゃならないのかね。

「何をやってるかは知らないが、さっさとそこから降りろよ」

「はぁ?っていうか、あんた誰?」


7 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 12:41:05.33 ID:Gu3hpdcq0

もうこのやり取りを繰り返すのもめんどうだ。
999回目に朝比奈さん(大)に教えてもらったのだが、この場面での言動はけっこう融通が利くらしい。
つまり、このいけすかない中学生バージョンに「出会う」という条件さえクリアしてさえいれば、
ある程度はアレンジが可能であるというわけだ。
というか、この現象、今回のループ。
SF的な展開につきもののタイムパラドックスなるものが一切生じることがないらしい。なぜかって?
[あいつがそう望んだから]


だそうだ。
この事実は長門の動向を1ミリほど収縮させたように俺は記憶している。
そういうこと、早く教えてください・・・・・・朝比奈さん(大)ってば、ちょっとぬけたところがあるんだから。
でも、俺はあなたのそんなところすら許容できるような気がするのです。
このループから抜けだせさえ出来たのならば。

俺は中学生バージョンの質問には答えずにそいつのいる鉄扉の上に同じようによじ登った。

「ちょっと!?あんた何をして!?」

そのまま勢いを殺さずに内側に飛び降りる。


8 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 12:42:43.91 ID:Gu3hpdcq0

「おい」

「な、なによ?」

俺を見下ろす、街灯の逆光のせいでさっきよりもかげりのある相変わらずの無愛想に声をやる。

「南京錠の鍵をかせ。開けてやるから」

「な、なんであんたが私が鍵を持ってること知ってんのよ!?」

「禁則事項です」

「はぁ!?」

「いいから鍵をかせ。時間は有限だぞ?どうせなら有効に使おうぜ」

「・・・・・・」


9 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 12:45:00.83 ID:Gu3hpdcq0

中学生バージョンは無言で俺に鍵を投げた。投げるな。手渡せよ。危ないだろうが。
1回目のこいつのように閂を固定していた南京錠を開け、校門の鉄扉を中学生の女の子1人ぐらいが通れる程度ずらした。
1287回目に初めてこの校門の鉄扉を開けてみた。

それは見た目以上に重く、よく1回目にこいつはこの扉をこんな小さな身体であけたもんだなと感心したもんである。
1288回目以降、俺がこの鉄扉を開けるようにしている。
どうしてそんなことをしてしまうのか、まさかこいつに対しての同情とか感じてるのかとか、
自分でもよくわからない。納得のいく答えは見つけられないまま、とりあえずロリコンではないことをまたここに断言する。

母校の中学のグラウンドもこんなに横切ったことねーよ。
いつものように小さな背で、暗闇の中かすかに揺れている毛の穂先を見つめつつわざわざグラウンドのど真ん中を歩いて横切る。

体育用具倉庫へ、無言でついて行った。
倉庫の裏には、錆びだらけリアカー氏、車輪つき白線引きくん、そして石灰の袋さんが今日もひっそり横たわっていた。

「夕方に倉庫から出して隠しておいたのよ。いいアイデアでしょ」

ふふん、と自慢げな中学生バージョンを尻目に俺はさっさと石灰さんを荷台に積み込む。
「え・・・・・・」と驚きの声をあげるこいつのリアクションもなんだかもう当たり前すぎて面白みがない。
もしあるなら、明日はもっといいリアクションを頼む。


10 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 12:45:50.09 ID:Gu3hpdcq0

「さっきから、あんたなんなの・・・・・・?」

これから自分のする行動をすべてお見通しであるかのように行動する俺は、
こいつに毎晩どのように思われているんだろう。
まだ、不審者のままなのだろうか。それは少しものがなしいが、まぁ、仕方のないことではある。

俺は俺とて、ただやみくもに7月7日を過ごしてきているわけではないのだ。
石灰さんの重みの分、リアカー氏を押すたびに聴こえる錆ついた車輪の音分くらいは
少しはこの現状を変えるべく、夜な夜な自分の行動コマンドを広げたりしている。

こいつにこれを押すのは難儀だろう、とかそういう感情が全くないといえば嘘になるかもしれないが、
それを言葉にして今日初めて出会っているのであろう女の子に言って聞かせるほど、俺はまだ社会的に人間をやめるつもりはない。
こんな状況で悪あがきのように選択した行動がどれほどの効力を持つのか、
はたまた、村人に話しかけて同じ会話を続けること同程度の価値しかないことなのか、それはまた、明日の俺が悩めばいいだけのことだ。

俺の今の現状に限って言うと、時間は無限であり、その大半を空想に費やすことすら有効な使い方なのである。

「なにしてんだ。線引きはお前が持て」


11 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 12:47:23.17 ID:Gu3hpdcq0

まるでさっきの俺のようにぼけっと突っ立っている中学生バージョンに声をかけた。
が、しかし、その沈黙もつかの間であることすら俺は知り尽くしてしまっている。

それから、「ふ、ふーん、やるわね」だかなんだか言った後、
中学生バージョンはピラミッドを作る奴隷が如く俺をこきつかった。
アメとムチの、アメのないばかりか、やたらととげのある物言いでムチのような言葉を俺へとただひたすらに振り下ろし続ける。

「あっ、そこ歪んでいるわよ!何やってんのよ!」

もう142856回、このメッセージを俺はこのグラウンドに書いてきた。
さすがの俺でもこのメッセージはこいつの指示なしでも書けるのだ。

人間の脳というのはやたらと不思議なもんで、教科書の文字というのは一切覚えていない代わりに
どうでもいいことはやたらと覚えているもんである。
たとえば、小さい頃に食べたさほどうまくない駄菓子の味や、
2人で雨宿りをしたときの、佐々木の言ったなんてことない一言が、
いまでもどうしてかふとした瞬間に思い出されたりする。

そのような人間の脳の特性を生かさずに、
142857回目の指示をそれでもやっぱり必要とするのは
俺の胸のうちのどっかで、こいつに接していたいという思いがあるからなのだろうか。

そんな考えが頭の脳細胞中を駆け巡りシナプス間隙から神経伝達物質が分泌される頃、
俺はパブロフの犬のように、たまらずこの一言をどうしてかもらしてしまうのである。

「やれやれ」


13 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 12:49:28.84 ID:Gu3hpdcq0

「ほら、そこはもっとしっかり引いて!!線の太さは均一にしなさい!!」

「・・・へいへい」

俺としては、どんなに同じ時間を繰り返したとしても犬ではなく人間として
こいつに出会いたいものであるが。

さて、そろそろ作業も終わりに近づいたころに、
いつもこうして中学生バージョンは横に来て、俺の手から白線引きくんを奪い取り
142757回目でもまだ俺の書いたそれが、自身のイメージのトレースとはかけ離れているといわんばかりに微調整を施しながら


「ねぇ、あんた。宇宙人っていると思う?」

と、俺に質問を投げかけるのである。

「いるんじゃねーの」

「じゃあ、未来人は?」

むしろ、今の俺はお前にとって未来人だ。

「まあ、いてもなんざおかしいことはありゃしねーよ」

「超能力者なら?」

「それはきっと、コンクリビルに囲まれた都会の空を見上げながら満天の星空を探すことと同値だな」

何回か繰り返していると、かっこいいことのひとつは言いたくなるものである。

「異世界人は?」

1回目の7月7日を世界Aとし、142857回目のこの世界が世界Aとは違う世界だとするならば
俺は・・・・

「それは、まだ知り合ってはいないな」

「ふーん」

嘘は言っていない。
「俺」はそうかもしれない可能性を持っているだけで、「俺」自身は異世界人に会ったことはないのだから。


14 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 12:51:25.88 ID:Gu3hpdcq0

「まっいっか」

そう言うと、こいつは俺を上目遣いに見上げてくる。
しつこく言うが、俺にロリコン趣味はない。

「それ北高の制服よね」

「はたしてそうだな」

「あんた、名前は?」

「ジョン・スミス」

「・・・・・・ばっかじゃないの?」

そう言って俺から再び視線をそらし、微調整に戻る。
ここまでの俺の行動に昨日となんら差異はない。
つまり、このままこいつを帰してしまえば、また俺は7月7日を向かえることになるということである。


突破口を開こうにも、それはきっとこの暗闇の中で蟻の巣の出入り口を見つけることに等しいだろう。
クソゲーと賞されるRPGの世界に迷い込んだ気分である。

が。

だからといって苦肉の策もなく、
魔法がつかえたり特攻に優れてたりだなんていうチートなやつであるわけでもなく、
青い狸の黄色い妹が「助けにきたわよ」と
ちょうどいいタイミングで現れるパラレルワールドでもなんでもない俺のこの世界を、
俺はまだクソゲーと呼びたくはない。
こいつが俺の前に現れる限り、俺は何度でもリセットボタンを押して同じ道を辿ってやる。
たとえ繰り返されるBGNに新鮮味とそれを聴く喜びを見出せなくなったとしても。


15 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 12:53:35.46 ID:Gu3hpdcq0

「・・・それで、これはいったい何なんだ?」

「見れば解るでしょ。メッセージ」

「まさか、織姫と彦星宛とかいうんじゃないだろうな?」

そのまさかなもんだから、こいつの驚きは今日見せたもののどれとも比べものにはならないのである。

「どうして解ったの?」

何度見ても笑いそうになるそのかすかな動揺を、いつからか微笑ましく思う俺を俺は嫌いではない。

「・・・・・・まあ、七夕だしな。似たようなことをしているやつを知っているだけだ」

「へえ。ぜひ知り合いになりたいわ。北高にそんな人がいるわけ?」

「・・・・・・まあな」

「ふーん。北高ね・・・」

長門のしおりを見なくとも、そのメッセージが何を言っているのかを知っている。
こいつが運動場ひとつを丸々占領し、いるかいないかもわからない(実際いたけど)
どこぞの誰かさんが見ることを願いながら、そいつに伝えたいことを知っている。

だけど、それは言わない。言えない。
142857回こなした単純作業。
文字の意味を知っていても、この文字に込めた、こいつの孤独がいかほどのものなのかを俺は知らないままだ。


16 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 12:56:47.80 ID:Gu3hpdcq0

しばし考えごとをするかのように顎に左手を当て、伏し目がちになる。
沈黙がやたらと耳にうるさくなったかと思えば、いきなり行動に出て、その沈黙を急激にしり込みさせる。

「帰るわ。目的は果たしたし。じゃあね」

そう言ってすたすたと門のほうへと歩き出す。

まずい。これでは本当に昨日の再現VTRを見ているようなもんである。
なにか変化をおこさなければ。

たとえそれが編集の目に留まらずにあっけなくカットされることになるシーンであるとしても、
とりあえず、無能は無能なりにそこらへんに落ちている木の棒でも拾い上げて、
突如現れたモンスターに振り回し続ければ、
1回や2回のその場しのぎも、立派な攻撃になりえると思わないか?

それにしてもなにをすればいい。
なんでだろう。突発的なアドリブは利かない俺である。
こうしているうちにも、小さな後姿が暗闇でさらに小さくなる。

ええい、ままよ。

「お、おい!!」

「なによ」

「7月8日に、また会おうな」

「わけわかんなーい」

遠くのほうで、いつも一方的に言われる口調を、少し幼くした叫び声が聴こえた。


17 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 12:57:51.31 ID:Gu3hpdcq0

その後の俺はといえば、
もはや心の友といっても過言ではないくらいの錆びだらけリアカー氏、車輪つき白線引きくん、
そして石灰の袋さんを体育倉庫へお返しした後、
公園へ赴き、朝比奈さん(小)と合流して長門のマンションに向かった。

さすがに142857回目といえども朝比奈さん(小)とともにお布団の中に入るというのは
どうもへんに胸の辺りがざわつく。
これは中学生バージョンを見たときに感じるざわつきとはまた別のものである。
ということは、なにかい。俺はやっぱりロリ・・・、いや、なんでもない。
これ以上言葉にするとなにやらとんでもない事実に直面しそうだからやめておこう。
明日、あいつにどういう顔をして会えばいいのかわからなくなる。

「寝て」

「え、あ。お、おう」

「・・・・・・」

長門の声もなんだかなまめかしく震える今宵の俺の鼓膜に、うずまき管もびっくりだ。


18 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 13:01:15.70 ID:Gu3hpdcq0

三人そろえば文殊の知恵だかなんだか知らないが、
もうとっくにお手上げ状態のお葬式モードの中で眠りについた。

電気が消えた。と思ったらまた点いた。これを人は点滅という。それくらいの時間の隙間だった。

あたーらしいあーさがきたー きのーとおなじあーさーだー

だなんて心の中で歌いながら起きる俺は隣で、スヤスヤと寝息を立てる朝比奈さんの肩を揺らす。
朝比奈さん、あの短い時間の中でグッスリ寝すぎです。なんですかそのチート。

すでに長門から選択的時空がどうたらで空間が固定されてて3年の月日が流れてすったもんだという説明は聞かなくてもいいのだが、
長門は毎回律儀にそれを俺に説明してくれる。

そのことを知っているから朝比奈さんはいまだにスヤスヤと寝息を立てて起きる気配がないのである。
というか、言われたのだ。あれはたしか351回目だった。
「長門さんのお話が終わってから私を起こしてください」と。

眠たげに目元をゴシゴシとこすりながら朝比奈さんは、無言で身なりを整え始める。


19 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 13:03:14.33 ID:Gu3hpdcq0

俺は思ったね、ああ、朝比奈さんですら行動の短縮化を行っている。
女ってのはこうやってだんだん要領がよくなっていく生き物なんだ、と。
俺の妹もいつかはこんな風に少女から女へと、その階段を登っていってしまうんだろうか。

それに比べて、男の俺の無様なことである。
何度同じことを繰り返して、俺はここにいるのだろう。
夢と現実をいまだにおもちゃだとでも思っているのだろうかね。
いつか、妹にすら追い抜かれてしまいそうな自分を想像すると、ほぅ、とため息がもれる。

でも、まあ、いいさ。俺はきっとそれでいい。
変わっていくものばかりだと、人は自分の居場所がどこなのかわからなくなっちまう。
あいつがいつかそんな状況に陥ってしまったときに、
「俺は、ここにいるぞ」と指し示せれば、それでいい。

俺はここにいる、だからきっと、お前は俺の隣かその前か後ろか・・・。
とにかくあいつは俺の周回軌道上、360度内にいる。必ず、きっと。


20 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 13:05:49.53 ID:Gu3hpdcq0

帰り際、長門と目が合った。
そのタイミングで目が合ったことが今までなかった。
朝比奈さんは「また同じ朝ですか・・・」とつぶやきながら俺の横を通りすぎて先に歩いていってしまった。
朝比奈さん、せめて待っててほしかったな。新鮮みがなくなったとしても一緒に帰りたかったぜ。

「・・・・・・」

「どうした長門。まだなにか用か?説明はいつも通り全部聞いたと思うんだが」

「情報統合思念体は、今回のことを、効率的に処理できないでいる」

「ん?そうなのか。意味はよくわからないが」

「そう。そしてあなたを、イレギュラー的存在として、再認識した」

「・・・よくわからんが、まぁ、お互い今日もがんばろうぜ」

「・・・・・・」

「同じではない」

「なんだって?」

「もう、今日ではない」

「・・・・・・」


21 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 13:07:50.64 ID:Gu3hpdcq0

長門の言葉はそれで終わった。
俺はいぶかしく思いながら、142858回目の家路に就いた。

短い睡眠時間ではさして変わらない倦怠感でが詰まっている頭の中で
長門の言葉が、
崖から突き落とされつつあるにもかかわらずかろうじて指一本でもちこたえているかのように
俺の煩悩につきまとっていた。

同じではない。一体なにが?

なんとなく、無意識のうちにその意味を心のうちに言語化しそうになる。
いや、まさか。そんなことがおこるわけがない。
でも、もしそうなら一体なにがどうしてそうなった。
俺はまだ、なにもしていない。

家の玄関を出たときは亀にも抜かされそうなスピードでのろのろと歩いていたが、
あの忌々しい坂を登る頃には、俺は普段の俺からは想像もつかないくらいの速度で歩いていた。
むしろ、駆け上がっていた。

なぜだろう、はやく会ってみたかったのだ。


22 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 13:11:34.84 ID:Gu3hpdcq0

いつも通り部室に向かおうと思ったがやめた。
あとで鞄は取りに来られる。そんな時間はいくらでもある。
だから、それよりもまず・・・。

教室の俺の後ろ席はすでに埋まっていた。
なぜかゴクリとつばを飲んでしまった。いや、興奮していたけどそういう興奮ではない。
なれないことしたせいで息があがった。
肩で息をしつつ、窓際の一番後ろの席から2番目の席に窓に背を向けてどかっと腰を下ろす。
汗で額に前髪が張り付いている気がしたが、今はそれどころではない。

右側では、憂鬱そうな顔が頬杖をついて窓の外を眺めていた。

「なに、あんた、朝から息切らしてんの?」

「おい、今日は何日だ?」

「はあ?」

昨晩のうちにこもった熱気を開放するために開けたのであろう窓からは
心なしか風が吹いて俺のYシャツの襟元をくすぐる。
今日もまた暑くなることだろうことが見て取れるような朝の空には、雲が悠々と流れていた。


23 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 13:12:45.66 ID:Gu3hpdcq0

「だから、今日は何日だって聞いているんだ」

「なんで聞くのよ。黒板見なさいよ。書いてあるじゃない」

「いいだろ。ほら、教えてくれよ。今日は何日だ?」

「・・・8日。7月8日」

それが一体なんなのよ、と言いたげな顔をして、憂鬱から不機嫌に表情をチェンジした顔が頬杖をやめて俺を凝視する。
やめろ、そんなに俺を見るんじゃない。
こいつに横目でチラチラ見るというような中途半端なかわいらしさは期待しないほうがいい。

「・・・・・・そうか。8日か」


24 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 13:15:55.36 ID:Gu3hpdcq0

本当は叫びたいくらいの衝動に駆られているのだが、どうしてか息とともにその勢いを飲み込んでしまった。
もともとこいつが根源のことだ。なにがあっても不思議ではないし、唐突に終わりが来てもそれはそれで自然な気がしないでもない。
ただ単にこいつが飽きただけなのかもしれないしな。
肩透かしをくらったような気もするが、それでもとりあえず、俺は

「なによ。いきなり神妙な顔しちゃって・・・8日になにかあるってわけ?」

「いや、会いたい人がいたんだ。8日に。7月8日に」

「なにそれ・・・・・・」

俺から視線を窓の外の方へ移し、再び頬杖をつく。
妙にこっぱずかしいことを言っているような気がするのはなんでだろうか。

「別に。たいした意味はないのかもしれんが。俺は会いたかった」

「・・・・・・わけわかんない」

幼い頃の面影を残した横顔で、涼宮ハルヒはそう呟いた。

25 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/13(土) 13:17:10.09 ID:Gu3hpdcq0

終わりです。

読んでくれた方、ありがとうございました。
>>1の時間には自分でびっくりしました。



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