2 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/03(木) 15:42:43.97 ID:2rhgDyLL0
すいません、超読みづらかった
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彼があの部屋で忽然と消えてからどれほどの時間が経ったろう。そう思うくらい、長い長い一年だった。
あの日から、一度もあのパソコンを消していない。
彼が画面に映った------私にはよく分からない設問。『Ready?』 にEnterを以て応えたあの日。あの時。あれからこのパソコンはずっと、ブルースクリーンを保っている。
とてもWindowsのものには見えなかったあの画面だから、パソコンとしては本来予定外の動作だったのだろう。
そして、私には確信があった。
きっと、もしパソコンの電源を落としてデータを探したとしても・・・彼の実行したあのプログラムは現れないだろう。
よしんばそうでなかったとしても-----彼が文芸部室の住人だったという、最後の保証がここに残っているのだ。それを賭けてまで私はあのプログラムを見たいわけではない。
彼の見ていたあの画面。彼の言ったあの言葉。拒絶するように彼自身がその手で拾った、私のクセそのままの字体で書かれた、私の知らない栞。
彼が選んだのは、そっちなのだ。私に似た字を書く誰か。その誰かが彼と一緒にいて、彼と時を共にする。
私の手元あるのはただ-------白紙の、しわくちゃになった、入部届。大事に大事に、引き出しの奥で眠っている。
3 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/03(木) 15:46:49.56 ID:2rhgDyLL0
* * *
彼の残していったものはそこら中に有った。その一つが、これ。
「さて、今日も不思議探索に出るわよ! 有希と鶴谷さん。みくるちゃんと古泉君とあたし、で別れて、駅の東西を廻りましょう」
彼が居なければ存在することもなかった、それこそ不思議そのものと言えるこの一団。涼宮さんと、古泉君が彼から聞いて、それをなぞるように行っている。
「有希っこ、よろしくねっ」
「・・・・・」
生来の人見知りで知らない人に声を掛けることすら出来ない私は、せっかくの元気良い挨拶にも軽い首肯しか返すことが出来なかった。けれど、鶴谷さんは満足そうにしてくれている。
彼が------いえ、涼宮さんによれば、別の世界の涼宮さん自身が集めたこのメンバー。この集まりは本当に優しい空間だ。
「ほらほら、有希っこはただでさえ寡黙なんだから。ちゃんと喋らないと助けも呼べないうちにお姉さんが食べちゃうにょろよ〜」
頭の横でツノのように手を構える彼女。手を顎に当てつつ見守る古泉君。同じようにじゃれている朝比奈さんと涼宮さん。
部室の中だけにいた時よりもずっと、私の世界は開けている。
* * *
鶴屋先輩と私は指示された圏内にある図書館に居る。
「有希っこの行きたいところくらい、私にも判るよっ」
そう言って彼女は私をここに連れ出してくれた。まともに不思議を探そうとしていないようにも見えるし、実際にその通りだ。涼宮さんもきっと鶴谷さんのこの態度を殊更に責めることはしないだろう。
涼宮さんが探しているのはきっともう、不思議だけじゃない。目的は居なくなった彼であり、日常に潜む幸せそのものでもある。いつ訪れるか判らない超常を諦めないでいても、幸せの青い鳥を見失わない。
一旦彼という最高の不思議を見つけてしまった涼宮さんは、焦燥を失ったんだろう。古泉君から聞くに、彼女は不思議というものを周りの迷惑すら顧みずに全力で追い続けていた。それはきっと不安の裏返しでもあった。団員だけにと教えてくれた、七夕の日に涼宮さんが校庭に書いた宇宙へのメッセージ、「私はここにいる」。それを見つけてくれた、『地球から来た異世界人』が居たからこそ、自分の周りに目を向ける余裕も出てきたのに違いない。言えば世界は応えてくれるという、簡単だけれど得難い真実が涼宮さんを解き放ってくれたのだろう。
私の交友関係は未だに広いとは言い難い。
朝倉さん。古泉君。涼宮さん。鶴谷さん。朝比奈さん。この小さな輪の中でしか私はまだ生きてはゆけないけれど、きっとこうした彼の影が世界のどこかにある限り、私は悩んでも生きていけるだろう。
じんわりと暖かくなった心を抱えて、私は受付に本を出した。
4 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/03(木) 15:49:26.60 ID:2rhgDyLL0
「貸し出しを・・・お願いします」
「はい、この二点で宜しいですね?」
「はい・・・」
職員さんはバーコードを読み取って、本の状態をチェックした。すると突然、妙な顔をしだした。
「・・・・? すみません。もしかして、こちら・・・」
貴方のものでは? と、きっと繋げたのだろう。しかし、その言葉は私の耳には入らなかった。
「あっ・・・・・! すいません、私の・・・」
嘘だ。でもそれは誰のものでもない。持って良い人なんか、この世のどこにも居ないだろう。でも、私はそれが欲しい。その栞を見る。間違いない、見間違うはずもない。
「はい、ではそのまま貸し出し処理をしますから」
「・・・・・すみません。やっぱり、貸し出しは、止めておきます」
区切りながら言う。もう、今日は読めそうにないから。
その後のことはよく覚えていない。駅への道中、鶴谷さんが私にいつもより一層明るく私に構ってくる。よっぽど暗い表情をしていたのだろうか、でも申し訳ないことに鶴谷さんに何か弁解をする余裕も私にはなかった。
駅前に着いて涼宮さんが期待を込めた目で私達に語りかける。
「有希、鶴谷さん! 何か不思議はあったかしら?」
「あー、悪いけどハルにゃん。図書館に・・・」
「あった」
「・・・え?」
鶴屋先輩が怪訝そうな顔をする。それはそうだ、私はずっと鶴屋先輩と一緒に居て、しかもずっと本を読んでいた。全くと言っていいほど動かずに不思議を見つけたなんて、嘘くさく出来すぎだろう。この集まりが始まってから一年弱は経っているし、その間不思議なんて言う者は一回も見つからなかったということもある。
「有希?」
涼宮さんは、私がこんなことを言い出したのに面食らってしまっているようだ。不思議を探しているのに、不思議が見つかると驚くだなんて。少しおかしくなってしまって微笑みながらその眼前に、みんなにも見えるように私はそれを差し出す。
「?」
朝比奈先輩は全く感付いていないが、涼宮さんは蒼白になって、更に複雑そうな表情で古泉君が言う。
「それは・・・・」
『プログラム起動条件:なし。12/18迄。部室にて待つ』
あの時、彼の落とした------
「期限は今日までだから、団活を可能な限り延ばしたい」
そうすれば狂騒的だったあの数日間が、戻ってくるのに違いないから。
5 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/03(木) 15:52:45.04 ID:2rhgDyLL0
私と涼宮さんの意思が、言葉と同意とで繋がろうとした。瞬間、空が入れ替わった。灰色の濁りが全天を覆った。
全員が表情を一変させた後、直ぐに涼宮さんと古泉君だけが眉を引き締めた。
「どういうことかは、全く判りかねますが-----」
「北高に行きましょう。有希、朝倉さんを呼べるかしら」
私が携帯電話を取り出すと、それを制止する人がいた。
「その必要は無いわ。呼んでも出ないもの」
私たち全員が声のした方を向くと、ショートカットの少女がくつくつと音を鳴らし笑っていた。
「あんた何? 見も知らない奴に忠告される覚えは無いんだけど」
「くつくつお互い害意があるわけでもなし、仲良くやりましょう。やっぱり涼宮さんは、どこでどうしていても涼宮さんね。
その部室に居るはずの待ち人はもちろんあの彼。けど、彼は用事ができてしまって・・・というか、元々用事がある予定だったのに自分だけ関係ないと思いこんでいたのね。だから、ここにいる私が代理なの」
「ということは、貴方はあのジョンさんの」
古泉君が話しかけると、彼女は一転して少年の口調になった。
「っくく、ジョンって言うのはあのいつも気怠そうな彼のことでいいのかな? くつくつ、くくくくく。なるほど、その呼び名を彼が教えてくれなかった理由も分かろうものだ。
過去で出会った涼宮さんにまさか本名で名乗るまいとは思っていたが、未来人といえばジョンなんていうのは多少どころか過分に安直だろうに」
「ちょっと待って。ジョンを知ってるの?」
それは当然の問いだった。彼が私たちの前から消えてから奇妙なことに-----彼はその痕跡の殆ど一切合切を消失させていたのだから。まるで、最初からそこにいなかったかのように。
「ねぇ、君はそれで、一体誰なのっさ?」
鶴屋先輩が疑問の声を上げる。当たり前だ。彼女だけが、殆ど彼と接点を持っていなかった。鶴屋先輩はあまりに奇妙すぎる彼の消失について朝比奈先輩から聞き、そして彼を単なるたちの悪い後輩とも思えなくなったため、朝比奈先輩と共にまた彼が帰ってきたらということで団との親交を保っているのだ。彼を邪険にしすぎたかな、という反省の意もあってのことだそうだ。
よってあまり詳しいことまで知らせているわけでもなく、むしろ涼宮さんなどにしてみたら遊び仲間といった方が正しいくらいだろう。
少女は未だ声を上げずも笑いつつ、宣った。
「ああ、彼の親友だよ。何だったら、彼に習ってメアリー・タイターとでも名乗ろうかな?」
6 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/03(木) 16:30:17.74 ID:2rhgDyLL0
「君たちに頼みたいことがある。そう、彼は言っているの。ちなみにその彼は------現在、地球上に居ないわ。というか、閉鎖空間に取り込まれているらしいの」
「『閉鎖空間』・・・・彼の言う、こちらの涼宮さんが創るというもの。随分、とんでもない話になってきましたね・・・・」
古泉君は憮然とした表情で佐々木さんの語る続きを待つ。朝比奈先輩は概ね理解していない様子で、鶴屋さんは話の概要をつかもうと頭を働かせているようだ。
「とんでもなくはないさ。彼や僕らは傍観者というか、単なる事態の見届け人に過ぎないから何か苦労をするでもないからね。この世界の長門さん、朝比奈先輩、鶴屋先輩、涼宮さん、古泉君、そして、彼。
SOS団主要団員並びに名誉顧問は現在閉鎖空間内に於いて長門さんの親玉と共に、天蓋領域-----さらなる異質な知性との最終決戦とやらに及んでいるらしいね。
まぁ事ここに及ぶと僕にはどんな戦いなのかも想像も付かないけれど、ともかく君たちにやってもらいたいことはたった一つ。『その間、彼らの代わりに日常生活を送って欲しい』ということさ」
もう一人の私たちがいるということ? つまり、ここは--------はっとして彼女に目を向けると笑みを返してきた。
「ご名答、長門さん。ここは君たちと知り合ったあのキョンの居る世界なの」
「パラレル・ワールド?!」
涼宮さんが素っ頓狂な声を上げた。
「はい、涼宮さんもご名答ね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよぅ、そんなこと、というか本当だったら私たちの本来の生活は? その時間は、どうするんですかぁ?」
朝比奈先輩は至極常識的な心配をするも、彼女は笑って受け流す。
「さほど苦労はしないはずさ、ほとんどいつも通りに行動してもらえば良いだけだからね」
「つまり、多少は行動に制限がかかると?」
「そうだよ。くつくつ、聞き上手というなら彼だが、話し上手がここには多くて助かるね。ま、その制限は追々話していくよ。けれど、相当入念な準備をしたから日常生活に齟齬をきたすような事態は無いと思ってくれて良いよ」
7 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/03(木) 17:52:18.89 ID:2rhgDyLL0
「さて、協力してくれるかな? 出来ればそうあって欲しいのだけれど」
「協力しない、なんて言っても始まらないんでしょうね」
「いやいや、協力しないと一言言ってくれれば君たちは強制送還してお仕舞いさ。強制できる立場ではない。
でもただ、彼は君たちに対して呵責を感じているらしいんだ。どうあれ、彼は君たちを切り捨てた。だから、君たちにも非日常と日常の選択権を与えたいんだそうだ。
義理堅さもここまでくると余計なお世話かもね」
切り捨てた。その一言に、のどがきゅっと締まる。
「その自ら救われない方向に自分を追い込む偽悪的なところが、まさに彼だと言えるけれどね。あの状況でああすることは必然だったろうに。
まぁ、さておき。希望者だけで良いけれど、貴方達はこの不思議に関与してみる気は無いかしら? 体験してみれば至極つまらないものかも知れないけれどね」
「ふむ、困りましたね・・・」
如才ない笑みを浮かべて古泉君は嘆息した。
「僕は涼宮さんに従う、ということにしておきましょう」
「その涼宮さん。あなたはどうなのかしら?」
「ちょっと待って。考えておくから」
「ふぅん」
佐々木さんは意外そうな顔をした。きっと、この世界の涼宮さんも聞いたとおり不思議が大好きだから-------二つ返事を期待したらしい。
「・・・私と、みくるもきっと、希望するっさ」
「・・・・はい、そうします」
そうこうしているうちに先輩の二人組は決断した。
「少し悪いことをしたからねっ。こうして実際巻き込まれてみるまで半信半疑だったけど、事実と判ると・・・変わってしまった世界に一人きり。
見知った相手には拒絶され、教室では居ないはずの相手が居て、居るはずの知り合いが消えている・・・半狂乱になって怪訝な目で見られる。
辛そうだし、可愛そうっさ」
「私も、そう思いますから」
「んん〜、みくるはやっぱ優しいにょろね〜」
「では、二人決まったところで。後は三人だけね、どうしたいかしら?」
「あたしは---------やっぱり、もちろん、行くわ。
流されやすいみくるちゃんがあたしの意見を聞いてから判断するってのも悪いと思っただけだから、異存はないわ」
「では、僕もそのように」
あれよあれよという間に私だけになってしまった。どうしよう、どう言おう。
「長門さ------」
彼女が話しかけてきて、
「私はっ!」
と、焦って強く遮ってしまう。顔が熱くなっていくのが判る。
「・・・・ごめんなさい」
「構わないわ。自分の気持ちを言ってくれさえすればいいから」
なるべく急かさないように言ってくれている気遣いへの申し訳なさに、逆に急かされるように。
「私は、行きたい。判らないことが多すぎるから」
「・・・良し。じゃあ、決まりね。携帯の番号を教えて頂戴、バックアップするために必要だから・・・・くつくつ」
全ての返答を聞いて、彼女は本当に愉快そうに笑った。
「くつくつ、未来人と宇宙人と超能力者に振り回されたことはあるけれど、その僕が誰かを振り回す役に回れるなんてね。
さんざん自分たちを振り回してきた憎き異星人を打倒しようという彼らもだけれど、この世はつくづく都合良く、劇的に出来ているみたいだね」
9 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/03(木) 18:15:19.96 ID:2rhgDyLL0
また改行編集forgot ごめんなさいの極み
* * *
ひとまずそれぞれの家を教えられ、私たちは『翌日に北高で落ち合おう』と別れた。朝比奈先輩は鶴屋先輩に、涼宮さんは古泉君に、私は彼女・・・彼の親友に送られて家路についた。
「長門さん。貴方は、どういった縁で彼と知り合いに?」
「え・・・あ」
やっぱり初対面というのは苦手だ。それでも話すわけにはいかないし、知りたいこともある。
「・・・去年の五月、彼が図書カードを作ってくれた。その年末に突然彼が文芸部室を訪れてきた。その後、沢山の友達が、彼のおかげで出来た」
「それが異世界人の彼だった・・・と、成程。鼻が高いわ、そういうことが出来る人の友人だなんて」
「あなたは?」
「私は中学校が一緒だったの。塾も一緒でね、話し好きと聞き上手だったからかしら、妙に馬が合ったのよ・・・そうだ、貴方には教えておこうかしら。私の名前は佐々木。そっちの涼宮さん達には教えないでね」
「なぜ?」
「シャクじゃない。ああも楽しそうに毎日を過ごされると、親友としてはもっと僕に構ってくれてもいいんじゃないかと思うわ」
「じゃあ、何で私に?」
「貴方はなんだか・・・彼に似ているから」
そうなんだろうか。だとしたら悪い気はしないというか、寧ろ嬉しい。
「・・・くつくつくつ。まぁ貴方も聞き上手みたいだし、手が空いていたら私の話し相手にもなって欲しいわ。この名前は友誼の証みたいなものよ」
「!・・・・はい、佐々木・・・さん」
この新しい友人の押し殺したような笑い声は、好きになれそうだった。
それからは昔読んだ本の話をした。
あのSFはどうだ、あの恋愛小説はどうだ。
佐々木さんは読むだけしかしないそうで少し残念だったけれど、話が合うことが無性に嬉しかった。
「彼は読書家でこそ無いけれど、その手の話をすると喜んで聞いてくれるのさ。君も仲良くなりたいならそうするといい」
私の顔が赤くなるのを、佐々木さんは面白そうに眺めていた。
11 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/03(木) 18:34:54.20 ID:2rhgDyLL0
* * *
家に帰ると朝倉さんが待っていた。
「あら、長門さん。お帰りなさい」
「っ!」
「あらあら、驚かせてごめんなさい。合い鍵、前に貰ったでしょう? ご飯、お裾分けに来たから」
「・・・そう。いつも有り難う」
「いいのよ、好きでやってるだけなんだから、気にする事なんて無いわ早く食べましょう?」
「わかった」
「そうそう。お風呂は良いの?」
「冬だから、まだ」
「深夜になると寒くて辛いわよ。食べたら直ぐ入った方が良いわ」
「・・・そうする」
「はいはい、じゃあ食べましょう。いただきます」
「いただきます」
カチャリと音を立て箸をとる。メニューは・・・珍しく一品だけの、カレー。
「ごめんなさいね。手を抜きたかったわけじゃ無いんだけど、今日は時間が無くって待たせるくらいならこれを作ろうかなって」
「ありがとう。これ以上を求めたら、罰が当たる」
「ふふふ・・・・長門さん。何か良いことでも有った?」
「・・・有った」
「そう。良かったわね」
にっこりと朝倉さんが笑う。いつもながらに思うが、やっぱりこの笑顔は一生かかっても真似できそうにない。
本当に、朝倉さんは羨ましい。
「あら何? どこ見てるの私の顔に何か付いてる?」
「何も。眉毛が少々」
「・・・いいけど、長門さんって私には遠慮がないわよね」
「友誼の証」
「っぷ、ふふふふふふふふ」
「・・・どうしたの?」
「ううん、長門さんがこのままこんな風に変わっていったら、私は嬉しいなって思うの。もしかしたら、今日は新しい友達でも出来たのかしらね?」
その通りだったけど、あまりにその言い方が確信めいていて私はむすっとしてご飯に集中した。
それでも、朝倉さんは笑っていた。
17 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 00:24:45.04 ID:8cQHTaIl0
* * *
佐々木さんは昨日の夜に集めたメールアドレスを使って、生活上の注意の要項を纏めてくれていた。
簡単に挙げてゆくと、
1、自分の知り合いといっても、そう安易に話しかけない。こちらの世界でも知り合いである保証は存在しないため。話しかけられたら対応していく姿勢が望ましい。
尚、全校生徒のうち話しかけない方が良いだろう人物と、話しかけるべき人物、そしてその関係性については別紙を参考。調べ上げられた限りの情報については記載する。
2、性格上の違いというものは異世界上の同一人物である以上些末なとであり、あまり気にする必要はないが、能力については差異が有る。
ゆえに、その点に付いても注意すべき人物をは別紙参考。何らかの依頼をされてそれを能力上遂行出来ないとしたら、その始末は機関が受け持つ。
今度はその別紙資料とやらを熟読しつつ私は学校への長い坂を上っていく。
メールの差出人は『メアリー・タイター』・・・気に入っているのかもしれない。
こういう時間はとても好ましい。考えることもなく何かを読んでいられるということは、その間は精神だけの世界に生きていられると言うことだ。
別にネガティブな意味じゃない。本の世界だけが全てだと言っている訳でもない。
ただ、音楽を聴きながら見る風景が素晴らしいように、文字が躍る紙面は何気ない道を、たとえば冒険小説なら艱難辛苦の待ち受ける魔境に。恋愛小説なら愛する人を迎えに行くための赤絨毯に。SFなら天の川へと、色づかせてくれる。
18 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 00:26:25.76 ID:8cQHTaIl0
* * *
「・・・・さん」
「・・・・・・」
「・・・門さん」
「・・・・・・」
「長門、さん!」
「ゎっ・・・・!」
「驚かせてごめんなさい。一生懸命何を見ているのかしら?」
「あ、えっと・・・秘密、だから」
「あらあら、ならしょうがないわね。私はお邪魔みたいだし・・・何より日直だから。今日は悪いけど先に行くわね」
「そう。・・・いってらっしゃい」
軽く、手を開閉させるだけのようなぎこちない『いってらっしゃい』に、朝倉さんは大振りで返してくれる。
「じゃあ、また夜にね!」
「そう」
やっぱり素っ気なくしか返せない、いい加減自己嫌悪だなぁ。
「長門さん、お早う御座います。ここで挨拶を交わすのも中々奇妙な気分ですね」
「お早う、有希!」
古泉君と、涼宮さんが後ろに居た。
「さっきの方は?」
「・・・朝倉涼子。マンションが一緒で、仲良くして貰っている」
「ふぅん・・・一度話してみたいわね。それよりちょっといいかしら」
涼宮さんが私の頬をなにやらぐにぐにと弄ってくる。
「・・・・なに?」
「有希、やっぱり学校でも無口キャラなの? 私はそれでも良いし、むしろ有希はそうあるべきなんだと思うわ。
でも、余計なお世話の十回自乗でしょうけど、笑ってる方が友達ができるってのも確かよ。有希は笑ったら可愛いんだから」
「・・・・・・・」
顔にまんべんなく血が通っていくのが判る。私の周りの人たちは、よっぽど私の顔が赤くなるのを見たいらしい。
「からかわないで欲しい」
「からかってなんかいないわ」
「それと、私はそうそう表情を出さないタイプだと、資料にあったから、これは不味いはず」
「あら、有希。貴方まだ最後まで読んでいないのね? それは昨年度分資料の記載、今年度分では『表情の乏しさに変化あり』とあったわ。
だからきっと大丈夫よ。寧ろ、そうやって赤くしてるのに無理矢理表情だけ固めてる方が面白い顔になっちゃう。
それにしても年度ごとにこうやって資料を作るなんて、機関だっけ? こっちの古泉君の後ろ盾もよっぽど暇なのかしら」
「涼宮さん、そうでもないようです。僕もこっちの僕に多少の興味がありましたから、挨拶に伺おうかと彼女-----メアリー・タイター嬢でしたか、にメールで打診したのですが・・・・生き馬の目を抜くというか、師走に相応しいと申しましょうか。『最終決戦』とやらが関係しているのでしょうかね、そう言う顔合わせに使う時間も惜しまざるを得ない様相だそうです」
「そういえば、それにも文句があるの。留守番を私に押しつけて楽しそうに『最終決戦』だなんて。不思議の一つや二つ、見せてくれるかと思ったのに。平行世界移動なんて、やってる方からすると至極退屈よ!」
そうなのかな。私は夢があって楽しいと思うけど。
22 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 10:33:50.45 ID:8cQHTaIl0
* * *
「長門、問二番」
「ピコ・デラ・ミランドラ」
「正解」
これが唯一、まともな会話。
* * *
一限目。二限目。--------中休み。
----------------------------------------------------
長門有希行動要項1(日中の行動について)−3(休み時間について)
*必ず真っ直ぐに部室に行くこと。もともと毎日欠かさずそうしていたため、変更はひどく危険である。
----------------------------------------------------
「・・・ふぅ」
何とかばれず乗り切ったとか、そう言うほどのことですらない。なんと私は一度も話しかけられずに休み時間を迎えてしまっていた。
「はぁ・・・・」
これが、いつも通りなのだろうか。物語のタイプとして、こういうときはシンデレラとして華やかにデビューを飾るものじゃないのだろうか。
おとぎ話というのは得てして都合良く出来ているものだと判ってはいるけれど、それでも目に見えた違いがないと、物語は成立しない。
まぁそれでも宇宙人と私が入れ替わっても気づかないなんて、知っている私にはコメディじみた面白さがある。
でも気づかれないと言うことはもしかして・・・・私はそんなに宇宙人っぽいのかな?
憂鬱と、溜息。
「・・・・・はぁ」
そもそもこんな性格だって好きでなった訳じゃない。いやいや、誰かに責任を押しつけられるような悲劇のヒロイン然とした理由なんて有るはずもないんだけれど。
ただ何となく暗くなってただ何となく話しかけられなくなった。朝倉さんみたいな子と、せめて小学校の頃くらいから友達だったら少しは変われていたのかも知れない。
性格が暗くなって。
人があまり多いと辛いから、廃部寸前の文芸部に入って。
市立図書館でだって、一人では何も出来なかった。
「・・・・・・・」
まぁ、でも、あんな手助けが得られるなら一人で居るのもいいのかもしれない。
彼は、いつ帰ってくるのか。
彼は、私に会ってくれるのか。
「はぁ・・・・・」
中休みの文芸部は、最初から最後まで私一人だった。
25 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 12:34:53.77 ID:8cQHTaIl0
* * *
三限目。四限目------LHR。
今日は幸いにして学期の終わりも近く、午前のみの短縮授業だった。
「-----------谷口、ああ、東中で一緒だったバカなんだけど、この北高だと結構仲が良いみたいでさ。
オッカシイっていうか、ちょっとは友人考えなさいよねぇ、こっちの私。国木田っていうジョンの友達は-----そう言えば、今日はジョンをキョンって言うのに苦労したわね、何度も間違えそうになったわ-----結構友達甲斐の有りそうな奴だったけど。
それにしても、こっちのあたしは五分でフッた奴と仲良くお喋りできるだなんて、相当に図太いみたいね」
いや、それはどっちの涼宮さんにしろ、そうじゃないのかな。
「僕は-----なんと言って良いのでしょう。元居た組、そのまんまなんですよね。
光陽園学院の僕の居た組がそのままこちらの九組、特進クラスになっています。却って不自然なほど、教室と制服だけを張り替えた様な感じです。
それにもともとの僕が超能力者である以外ただの人間だったこともあって、演技する必要もなく本当に変わり映えがしない。涼宮さんが羨ましく思えます。
長門さん、あなたは?」
「・・・・いつも通り。きっと、他の二人も」
「ふむふむっ、有希っこの言うとおり。お姉さんには全く変わりないっさ」
「ぁ、でも私は書道部に行こうと思ったら、こっちではSOS団の為に辞めていたそうで・・・・ちょっぴり残念です」
「あはは、バカね、みくるちゃん。いつも通りを異世界に来てまで期待してどうするのよ。たまにだから、違ってても良いって思えるはずよ」
「ふぇ、別に嫌ってことは何も無いですっ」
26 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 12:35:56.66 ID:8cQHTaIl0
ガチャリ-------扉が開いて、ガラリ。空気が変わった。
「くつくつ------------さて、放課後だ。誰一人欠けることなく集まって重畳。いいかな?」
皆一斉に、まだ聞き慣れない声を発する闖入者を見つめる。
「なんだい、あたかもまるでさも一見するとふと察するに、『幽霊を見たかのような』顔じゃないか」
「・・・・そうでもないわ。何か用、タイターさん?」
「せめてファーストネームで呼ばれたかったものだったけど。貴方たちには午前の間、振る舞いにだけ気を遣って貰いたかったの。
だから放課後にもやって貰いたいことが有るというのは言ってなかったんだけど・・・・これも希望者参加制だから、身構えないでいいわ」
「それって、何にょろか?」
鶴屋先輩は睨むように彼女を見る涼宮さんを押しとどめて、笑顔で友好的に問うた。
「くつくつ。涼宮さんはエキセントリックで私も好ましいと思うけど、やっぱり話し合いの席では損だと思うわ」
「貴方を信用しないわけじゃないけど、団員を護るのはいつだって団長の勤めなの」
「そういうところは、私には無い美点ね。やって欲しいことというのは全く難しくも変わったことじゃなくて、言わなくても貴方達は勝手にするんじゃないかしら-------そのぐらいのこと。
こちらの世界でも、不思議探索を行って欲しいの」
「何よ、そんなの言われるまでも無いじゃない」
涼宮さんは、団活に無意味に口を出されては団長としての沽券に関わるとでも思ったのかも知れない。怒っている訳ではないが、不機嫌そうだ。古泉君がそれをなだめすかす。
「いえ、涼宮さん。きっとこちらの世界では-------」
「!」
聞いて何かに感づくなり、百万ワットの笑みを浮かべた涼宮さんが佐々木さんに迫った。
「ねぇ、もしかして!」
「理解してもらえたようで何よりだわ。そう-------この不思議探索は、単なる不思議探索じゃない。この世界には貴方の想像の翼の落としていった羽根そのもの。
つまり、かつての貴方の思い描いた不思議が沢山溢れているの」
「・・・・たとえば?」
「そう言うほど大した物じゃないわ。物は季節外れに咲く桜。神社の境内で群れる数十匹の白い鳩。------喋るオスの三毛猫。
他にもいろいろ有るけれど、後のお楽しみにしておく方が、いいんじゃないかしら?」
「喋る、猫・・・・・・。っかぁ〜〜〜〜っ!」
タマラない、と言った表情で涼宮さんは拳を握って力を込める。
「SOS団の伝説は、ここから始まるっていうことね!」
こうなったら誰も止めることは出来ないだろう。
はぁ、やれやれ-----私は心の中で一人ごちた。
27 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 12:58:40.98 ID:8cQHTaIl0
* * *
それからの不思議探索はいつも通りだった。喫茶店に集まって、班分けをする。けれど私は平時のごとく図書館に、今回は古泉君と一緒に、行った。
不思議なんてものは見つからなかった。けれど、涼宮さんはひどく機嫌が良かった。
(多分、簡単に見つかるものなんて不思議じゃない、とか思ってるんじゃないのかな)
そう思っていると、解散の時に涼宮さんは言った。
「今日も徒労に終わるなんて、団員諸君の落胆は団長としてよくよく深く、理解しているつもりだわ。
けれど、そう悲観的になっちゃいけないわ。簡単に見つかるものなんて、不思議じゃないのよっ!
目と鼻の先にある、けれど見つからない。それこそが不思議なの。決して楽して手に入れて良いような物じゃないわ。
少なくとも、私はそうやって不思議を見つけるのが楽しいと思うの!」
やっぱり。私は呆れるような気持ちになって皆を見る。
すると、古泉さん、朝比奈先輩、鶴屋先輩。三人とも予想通りといった顔でその言葉を聞いている。
そういえば古泉君は公平そうに見えるけれど結構涼宮さんのシンパというか、イェスマンみたいなところがある。
その古泉君が、私が希望する前に『図書館に行きましょうか』と提案してきたことを鑑みるに、きっとこれはみんなにとっても予定調和だったのだろう。
言わずとも心が通じるという、私にとってこれ以上なくありがたい現象。それが本の中のことだけに思えたあの頃。
今ではその幻想は、活字を飛び出し私を取り巻いている。
----------------------じんわり。
高校最初の一年間で得た寂しさは、この一年でどんどん埋められている。
願わくば、最後まで皆仲良くあれますように。
28 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 13:18:58.22 ID:8cQHTaIl0
* * *
「長門さん。今日は腕によりを掛けたわ」
「・・・・そこまでしなくてもいいのに」
「何言ってるの? 私だって食べるんだから。粗末なものを食べたいだなんて、お互い思わないでしょう?」
「まぁ、そう、かも」
「ふふふ・・・」
「・・・・」
毎日、世話を焼いてくれるのは嬉しいのだけれど。それでも疑問は残る。
彼女は、もっと他にしたいことは無いのか。私の世話ばかりしていても、可哀想じゃないか、とか。
でも、私にそれを言ってこの心地よい空間を危険に晒すほどの度胸はない。
せめてお互い気持ちは清々しく付き合いたい・・・・こんなことを考えている時点で私には無理なのかもしれないけれど。
きっと友人が増えて、朝倉さんへの依存が少し薄まってきているのかもしれない。・・・・・このままなら、いつか対等の。本当に対等な友人になれるかもしれない。
その想像は心が躍った。
「長門さん。はい、おつゆ」
「有り難う」
「どういたしまして。もう私、ここに住んだ方が良いんじゃないかしらね」
「・・・・」
「あらあら、赤くならないで。冗談よ、冗談。女の子同士だって節度は大事なんだから」
「当たり前。からかわないで」
「うふ、長門さんってやっぱりちょっと子供っぽいかも。そういうところ、好きよ-------だから、冗談だから。赤くならないで」
「〜〜〜〜〜〜〜っ」
「ほらほら、おつゆがさめちゃうから。お椀出して頂戴」
ごまかされたようで・・・・事実、ごまかされて、釈然としない気持ちで私は戸棚に手を掛ける。
この家財道具は涼宮さん達が親戚から貰ってきて、置いていってくれたものだ。涼宮さんは行く先々を手ずから住み心地よく改造していく。非常識かも知れないが、私はそれを美点だと思う。
ほんの少しの本と、通学鞄と冷蔵庫が殆ど全部。食器は二人分、流しにいつも干してあるだけだった。
けれど今は七人分。戸棚に仲睦まじく収まっている。
『何? 有希の部屋、こんなに殺風景じゃ幽霊も無い足裸足にして逃げ出しちゃうわ』
・・・・くすり。
「長門さん、どうしたの? なんだか楽しそう」
「ううん、なんでもない」
やっぱり、友達は大切だ。
涼宮さんも。朝倉さんも。先輩達も、古泉君も。
・・・・そして、彼だって。
「一人で赤くなっちゃって、変な長門さん。食べちゃうわよ?」
29 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 17:27:34.14 ID:8cQHTaIl0
* * *
12/20
* * *
「さて、不思議探索二日目、行くわよっ!」
土曜日、全国で進学校を除いた高等学校は、須く休校している。例外に漏れず北高も休みであった。
私たちの元居た方の世界では、こう毎日不思議探索をすることはなかった。特に休日は尚更だ。
朝比奈さんと鶴屋さんの書道部が無い都合の良い日だけを選んでいたし、休日をいつも共にするには高校を跨ぐ形式はかなり不便でもあったから。
加えて光陽園の物理教諭が基礎からの教育を旨とし、レポートを週末ごとに大量に出題してくるとか。だから週末の探索は基本的にしないこととなっている。
「籤を取って頂戴。短く折られた楊枝の二人チーム、長いままの楊枝のチームの二つに分けるわ。あたしは先に引いておいたから」
「・・・・じゃあ、まず僕から引きましょう。」
手で取っている様子を隠して、古泉君が抜いた。
「分かりましたぁ。じゃあ、これを・・・・」
続いて同様にして朝比奈先輩が一本を引いた。
「・・・・・」
私が一本。
「余り物には福来たるっさー!」
全員が引いたところで、奇妙なことが起こった。引いた順番に開示したのだったが・・・
「何? あたし、一本多く折っちゃったのかしら?」
私、涼宮さん、古泉君。短い楊枝が三本になっていた。
「おやおや。奇妙なことも有るのですねぇ」
とぼけた彼が、後で後ろ手に隠して折り取った楊枝の切れ端を捨てるのを見てしまった。言わぬが花、なのかも。
まあ私が口を出しても迷惑だろうし、放っておく。
「さて、午前の探索は桜並木と、神社方面に分かれるわ。
あの子の言った言葉をヒントに探すのはちょっとシャクだし、殆ど有ると判っているのに見に行くのは不思議探しとしていかがなものか、とも思うわ。
けど、一つここで見ておくのもいいと思わない? 本当は喋る猫が一番見たかったんだけど、手がかりが無いからしょうがないわ。
午後はね、とびっきりの情報を鶴屋さんから貰っちゃったの。そっちに行くから、楽しみにしておいて」
30 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 17:28:42.48 ID:8cQHTaIl0
悪ぶった笑みを鶴屋さんと交わす涼宮さん。つくづく、こういうのが似合うなあ。涼宮さんは腕を組んで------
「じゃあ、」
と言ったところで声を掛けてくる者がいた。
「おい、静かにしてくれないか? 涼宮」
眼鏡の似合うでも口調がぞんざいな男がぶしつけな忠告を放ってきた。
「は? 何、あんた。勝手に呼び捨てにしないでくれる」
「ふん、まさか俺が誰だか知らんわけでもあるまいな」
「知らないわよ。それで?」
つっけんどんに返されても皮肉下に上げた男の口角は下がらなかった。
「どうやら聞いたことは事実らしいな。精々世のため人のため、頑張るといいさ」
「あんた・・・・・いえ、やっぱいい。誰だか思い出したわ、生徒会長さん」
「ふん、中身が変わっても記憶力は良いとみえる。お前と話すのもそれはそれは魅力的で楽しい提案に他ならないが、俺は見ての通り-----」
目の前の書類の山を指して、
「忙しい、副会長急病の煽りを受けてな。さっさと行くといい」
「あんたにいつまでも構ってるほど暇じゃないし、言われるまでも無かったわ」
「そうしましょう、失礼します」
古泉君が挨拶すると、男は面食らったような表情をした。
「・・・何か?」
「いや、お気楽なSOS団とやらの連中は、どんな時も変わり映えのしないツラを並べているなと思ってな。
身代わりの偽物が入ると聞いていたが、愉快なほどに似てるじゃないか」
「はぁ・・・・」
「有希、古泉君、みくるちゃん、鶴屋さん。こんなのに構ってないで行くわよっ!」
「ほいほいっ!」
「はい〜」
三人が外に出てまとめて会計をしようという時、古泉君が財布を見て固まった。
「・・・・どうしたの?」
私が聞いたら、困ったように財布を差し出してきた。
「いえ、随分羽振りが良いんだな、と思いまして」
その財布-----佐々木さんに出る前に渡されたもの-----は、必要以上に重く、ぎっしりと中身が詰まっていた。
「おそらくこちらの僕のバックアップ組織、例の『機関』から出たのでしょうが、それにしてもこれは-------高校生を高校生と思わない所業じゃないでしょうか。
こっちの僕が心配になってきましたよ、上司の管理能力を疑います。福利厚生、大丈夫でしょうか」
「・・・・・・そもそも女子高生を神と崇めている時点で。土台、まともとは言えない」
「-----------そう言うと怪しく思えますね。さて、長門さんは涼宮さんのところに先にどうぞ。払っておきますから」
33 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 19:29:57.75 ID:8cQHTaIl0
* * *
一緒に回ることになった組は、
私、涼宮さん、古泉君。
鶴屋先輩、朝比奈先輩。
この二つだったのだけれど、古泉君はさっき細工をしていた。
(そんなになってまで涼宮さんと一緒になりたかったのかな?)
ううん、言わぬが花なのは判っているけれど、私だって世間一般の平均くらいには好奇心旺盛だ。
あぁ古泉君、涙ぐましい。私を押してずんずん歩く涼宮さんの斜め後ろを、つかず離れず歩いているわ。最近気づいたことだけれど、古泉君はいつも遠慮がちに、意図してその位置をとっている。
SOS団の副団長にこちらでも就任しているらしいけれど、きっとこういう資質を見込まれたのかな。
もしかして、こっちの古泉君も涼宮さんが好きだとか・・・・・考えすぎかもしれない。
私は二人を観察したかったから、それとなく後ろに下がった。
観察しながら想像の中の古泉君人形と涼宮さん人形を遊ばせて、涼宮さん人形が古泉君人形をどこかに投げ飛ばしちゃったところで二人は立ち止まった。
「さて、着きましたよ・・・・・これは、これは」
「わぁ、綺麗・・・・・・」
「・・・・・」
私も何かを言おうと思ったけれど、涼宮さんの言っているそれ以上に相応しい言葉もなかったので、開きかけた口をそのまま閉ざした。
そこには、春を待ちきれなかったにちがいない-----------桜が咲いていた。
「白い鳩なんかよりこっちの方が良かったじゃない。二人には悪いことしちゃったかも。時間があったら、花見をしましょう?」
「そうですね。でも僕は、雪が降っている時にここに来てみたいものです。きっと紅白乱れて落ち、散る様は綺麗でしょう」
私も雪は嫌いじゃない・・・・寧ろ好きだ。名前が同じだというのもあるし。
できるなら、また来て、古泉君の言った通りのことをしよう。
36 名前:松本晶[sage] 投稿日:2011/03/04(金) 19:51:33.96 ID:8cQHTaIl0
* * *
『はてさてお集まりの諸君っ! 寄らば聞け、聞かば見るっさ!
ここに取り出したる箱の内側にはなんと先祖代々鶴屋家の受け継いできた元禄小判の宝の地図。
その指し示す場所に埋まっていたものっさ!
どうやら、地図の指し示す場所とは厳密に言うとズレていたらしいんだけれど、そんなことは些細なモンダイさ!
どうして知ったかあの彼の、『ジョン君』教えたそのまんま、『ここ掘れワンワン』掘り出せば、出土したるはもっと貴重な、トンデモ奇妙な代物っさ!』
鶴屋さんがマイクをこちらに向ける。
「おおーっ・・・・」
「古泉君、サクラがそれじゃ物足りないわよっ!」
「は、はい・・・・・」
健気だ、古泉君・・・・。
『見たいにょろか? 見たいにょろか?』
「鶴屋さん、ノリノリですぅ・・・・」
ちなみにこのショウ(茶番とルビを振ることができる)の為にバニーガールを着せられそうになっていたけれど、朝比奈先輩は堅く拒否をしていた。
そう言えば、朝比奈先輩も大分気丈になったように思える。いつだったか彼女自身から聞いたのだけれど、彼を怖がるばかりで話を聞くこともしなかったのが、ほんの少し後ろめたいらしい。
消える直前に部室で笑いかけてきたときに、理知的そうでとても害意が有りそうに見えなかったから、そういう風に最初から正しく見てあげることができていたら良かった。
そう反省できるのは、素直すぎて危ういほどに、素晴らしいことだと感心させられた。
「おおおおおおーっ!」
「古泉君、その意気よ!」
私がしみじみと考えている横でまた声が上がる。
古泉君は見た目の感じほどもてないのよ、と不思議そうに言っていた涼宮さんだけど、こういうことをさせているのが何より問題なんじゃないのかな。
39 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 21:57:49.58 ID:8cQHTaIl0
失礼、あまりに早いですがちょっとワケがあって。
想像より早く場面の区切りに到達してしまったので、先に投下します。
予定通り12:00に更に落とすか報告はしますのでとりあえず三回分
--------------------------------------------
『じゃあ開けるにょろよ〜、にょろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ・・・・・』
ドラム・ロールを口ずさみながら、丁寧な梱包を解いてゆく。
『ろんっ! ばばーんっ!』
「「おぉーっ!」」
涼宮さんは古泉君をけしかけていたその口で、そのまま歓声を上げる。
『鶴屋山名物、合金オーパーツにょろよっ! はい拍手っさー!!』
パチパチというより、パラパラと天気雨のような拍手が鳴った。
さっきまで盛り上げようと苦心していた涼宮さんと古泉君は、オーパーツを注視してすでに手を休めているのだった。
「はぁ、もーう少し、盛り上がってもいいじゃないかっ、まーぁしょうがないけどねっ。
こいつはさっきに言ったとおり。一度SOS団で宝探し大会があって、その資料がウチのご先祖様の宝の地図だったのさ。
あたしも佐々木さんを通じて又聞きしただけだからもちろん実際知ってたワケでもないけどねっ。
ケド、一日がかりで掘ったところで何も見つからなかった・・・・まぁこりゃ重要じゃないね。本当の目的は宝じゃなかったらしいから・・・・こりゃ、余計にょろね。
ともかく、その後にジョン君が教えてくれた場所が不思議とこドン、ピシャリ!
これはセシウムとチタンの合金で、見たまんまに変な模様が有るっさ。
言うまでもないけど宝の地図を書いたご先祖様は三百年は昔のヒト、こんなもの作れる時代のヒトじゃなかったっさ!」
「成る程。要するにそれは江戸時代に作られた、江戸時代に作れるはずもない-------」
「オーパーツって、ことですかぁ?」
「そういうことにょろ」
「すごいじゃない!」
「そうそう、すごいにょろよ。鶴屋大明神に不可能はないっさ!」
言って、いきなり鶴屋先輩は真面目な表情になった。
「これを、SOS団に預けたいっさ。できればハルにゃん。時点で有希っこにねっ」
「え?----------」
どういうこと?
「どういうこと? 鶴屋さん!」
私の考えていたこととちょうど同じことを言いつつ、涼宮さんがすごい勢いで詰め寄った。
「そんなの貰えないわよ、悪くて!」
涼宮さん。そんな溌溂とした口調で言っちゃうと、実は欲しいと思っているのが判っちゃうのに。
40 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 21:58:49.50 ID:8cQHTaIl0
「あはは、ハルにゃん。口はそーでも体は正直だねぇっ!
欲しいならあげるんだから、別に構わないにょろよ。
『これはなるべくSOS団の中心に近い人物に預けて欲しい』そう、例のメアリーちゃんに言われたのさっ」
どういうことだろう。私たちが持っていて、何かがあるとも思えない。
「はっはっは。有希っこが聞きたそうだから応えるたいところだケド、あたしにはさっぱりっさ!
でも元々がそう金銭的価値の付きそうにないモノだし、辿っていくと手に入れたのだってジョン君の功績っさ。
団員のものは団長様のもの。遠慮せずに受け取ってほしいっさ」
「〜〜〜〜〜〜、しょうがないわね。鶴屋さん、遠慮せず貰っちゃうからね!」
涼宮さんは勝手に受け取ってしまった。別に欲しいワケじゃなかったから・・・・
『ジョン君の功績っさ』
「涼宮さん・・・・!」
「へ、有希。何かしら」
「やっぱり、私が・・・・」
「え、え、え? どうしたの有希。目が結構マジなんだけど・・・・・」
「それ、欲しいから」
「わわわわ、判ったから。あげるから。珍しく本気にならないでよ。別に意地悪しようってんじゃないのよ、こっちも」
ひょいと渡されたそれは、しかしずしりと重かった。
「・・・・有り難う」
「長門さん、どうしたんでしょう・・・具合でも」
朝比奈先輩が心配そうに目を向けてくる。けれど、その理由は恥ずかしくってとても言えない。
41 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 22:00:28.15 ID:8cQHTaIl0
* * *
「長門さん、今日も遅かったわね」
「そう?」
「そうよ。あ、べつにそれにどうこう言いたいワケじゃないの。ただ、夜道は危ないから気をつけて欲しい、それだけ言いたかったの」
「ありがとう」
「別に御礼は良いのよ。ただ、ちょっぴり心配でね。長門さんは今、幸せかしら?」
「・・・まあ」
「だったら、より一層気をつけた方がいいじゃない。絶対にいつまでも幸せでいられるように。そういうことよ」
「どういうこと?」
「判らなくたっていいの。それでも、一応言っておきたくてね」
「・・・・・」
「私はいつまでも長門さんと一緒にいたっていいわ。そうしたいくらいだもの。
けど、長門さんがもう少し頼もしくなってくれないと危なくって見てられないんだもの。
少なくとも一人でシチューのひとつやふたつ、ものぐさせずに作ってくれないと」
「やる気がないだけ」
「うふふ。やっぱり長門さん可愛い。・・・あ、すねないですねないで。
まあ、私が言っていることは全て本気だから。長門さんの為にならないことはあるかもしれないけど、全部長門さんの為になると信じて言ってるわ」
「・・・・・・ありがとう」
「いいのよ。私なんて、長門さんにしかお節介を焼かないつまんない人なんだから。博愛じゃなくって、相手が長門さんだからやってるの。
じゃあ代わりに、今日はどんなことがあったの? 聞かせてくれないかしら」
それから、いつものように今日有ったことを話した。朝倉さんは学校が休みで一日勉強詰めだったから私が喋りっぱなしだったけど、退屈しなかったかな。
暫くして朝倉さんは、自分の部屋に帰っていった。
そうしていつものように眠った。きっと明日もいつも通りだと思って。
***
12/21
The DAY1
***
42 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 22:03:00.99 ID:8cQHTaIl0
プロローグと、導入に当たる一章が終了したのですが、ここでちょっと悩んでいるんです。
僕の脳内ではノベゲーのようなものという定義づけで書いているのですが、
1、若干の安価で変化をつけつつ薦める
2、安価無しで普通に書き進める
どっちにしようかな、と思いまして。見ている方がいらっしゃったら、少しお伺いしたかったり。
43 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/04(金) 22:38:42.34 ID:4zDCFBJJo
ふつうがいいな
面白いよ
44 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 22:49:20.18 ID:8cQHTaIl0
>>43
ご意見ご感想どうもです。
なんかノリが悪い文ですいません。読みづらいところをどうも読んでくださってm(_ _)m
やりたい気持ち、やらない方が良いだろうなという客観的意見がせめぎ合ったので、とりあえずやってみて、それでもいま考えているいくつかの分岐をまだ書きたかったら安価verをやりたいと思います(但し実際にやる保証無し)
45 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/04(金) 23:54:21.64 ID:GcVMzszNo
無しで進めて気が向けば完結してからIFルートで安価すれば良いんじゃね?
47 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 23:58:50.32 ID:8cQHTaIl0
>>45
オッスオッス有り難うです。そう言う方針で進めまするー
この投下分動きが無くて多分超退屈です。ごめんなさひ
---------------------------
***
12/21
The DAY1
***
[7:10]
「う、うん・・・・」
PRRRRRRRRRRR..............
「うう・・・・」
RRRRRR............カシャリ。
「止まった・・・・」
[7:15]
「・・・・・・」
シャコシャコシャコシャコシャコシャコ・・・・・・・・。
ガラガラ、ペッ。
[7:23]
朝ご飯は一枚のパンケーキ。
作り置きのジャムを乗せて頬張った。
「・・・・・・・」
眠い。しょぼしょぼと重い目を私は目で擦り上げ、何とか覚醒する。
「・・・・・・・」
駄目だ、やっぱり眠い------------------
* * *
48 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/05(土) 00:01:34.29 ID:NaU/bfWq0
[16:03]
「それにしても、有希がカゼなんてねぇ」
「あわわ、長門さん。寝ていてくださいよぅ」
「・・・・ずっと寝ていても申し訳ないから」
「長門さん。養生だって義務のうち------涼宮さんはそう言いたいのでしょう」
「そうよ。団員が来て倒れ、来て倒れじゃあ誰も楽しく無いじゃない」
その気持ちはありがたいのだけれど、どうにも落ち着かない。
お客さんが来ているというのに・・・・殆ど友達を部屋に招いたことは無かったから、その所為も有って寝ているのは悔しい。
「良いから。動かれても迷惑だわ」
「涼宮さん。もう少し、優しく・・・・」
「みくるちゃん。駄々こねる有希は、こうでも言わないといけないわ。気ぃ遣いなんだから。・・・・・有希。
SOS団団員だって年中無休でこき使うつもりはないわ、偶の休みがあったって、罰は当たらないの。
それにあたし達、暇なんだから! 有希を欠かして不思議探索なんて、やりたくないもの。
鶴屋さんだって今日は来れないって言ってるし、貴方が気に病むことはないの
今日は看病してあげる、遠慮なんかいらないわ」
「わかった、けど」
「けど?」
私にも、涼宮さんの性格が掴めてきた。断るよりもここはこう言っておくべきだろう。
「・・・・・冷蔵庫のパンケーキ、食べない? 御礼」
涼宮さんは、雨に打たれて居たのを拾ったのは良いけれど、中々エサを食べてくれなかったトラ縞の猫がとうとう懐いてくれた。そんな風に、喜色を表した。
「有希、それでいいのよ! 今日は・・・・そうね。SOS団読書週間にするわ!」
『日間ですけどね』。私の思いついた至極当然の突っ込みは、病床の身には辛かった。
-------病気じゃなくっても、そういう冗句じみた真似は出来ないけれど。
「ふふふ・・・・・」
朝比奈先輩は楽しそうな涼宮さんを見て、猫のように笑っていた。
49 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/05(土) 00:02:48.70 ID:NaU/bfWq0
* * *
ペラリ。・・・・ペラリ。ペラリ。
やっぱり本は良い。
古びた岩波。ちょっと白すぎて、子供っぽいかもしれないけど-------青い鳥。手に馴染む新潮・・・・角川は、あまり買わないな。
ハードカバーも嫌いじゃないけど、文庫はそれぞれ特色があって好きだ。
最初こそ人を避けるように入った文芸部だったけど、お陰で沢山の本を読むようになった。
今ではこんなにも本の虜になった私が居るのだから不思議。彼の本、『ハイペリオン』は・・・・読んだし、嫌いじゃないけどちょっと怖いし取っ付きにくい。どうせなら好きになりたかったのだけれど。
隣の古泉君はボード・ゲームの定石についての本を読んでいる。私と彼は普段こそあまり積極的に喋らないけれど、盤上では好敵手なのだ。
対手が精進している時に趣味の本を----今日の私の本は、『上と外』だ-----読んでいるというのは少々気が緩んだ振る舞いかもしれない。
けれど、構うまい。皆が来てくれてとても気分が良い今日の私。小説の世界に耽溺していたい気分なのだ。
お茶を淹れてくれている朝比奈先輩。
『お茶汲みって言ったらこれでしょ!』
などと言い、涼宮さんは断固メイド服を着せようとしたけれど(何で持ってきていたんだろう)、朝比奈さんはお茶の様子を見るからと言ってしれっと拒否していた。
面と向かって押されると弱いけど、こういうのは得意なのね。
一応読書週間の面目を保つべく、お茶の淹れ方のハウツー本を見ていた。
パンケーキと、湯飲みに注がれた紅茶で優雅と言うより豪毅なティータイムを営んでいるのは涼宮さん。
ニヤリと笑みを浮かべながら、食い入るように本に夢中になっている。
背表紙を見ると・・・
『最後の事件』
・・・今度の合宿は、水場に気をつけておいた方が良いみたい。
ペラリ、ペラリ・・・・・。
* * *
50 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/05(土) 00:04:57.09 ID:NaU/bfWq0
[19:33]
「涼宮さん。そろそろお暇しませんと・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「涼宮さん?」
「・・・・あ、古泉君?」
「・・・・・・・・・・ハァ」
ラーマ王子のあまりの万能さに惹かれてラーマーヤナに熱中している涼宮さんに対して、古泉君は呆れ気味だった。
「幾ら長門さんが一人暮らしとはいえ、そろそろ僕たちの方が不味い時間になってきました。とりあえず、帰りましょう」
「うぅ〜、でもちょうど、意地悪なオバサンが出てきて話が盛り上がりそうなところなのよ」
涼宮さん。その後息子に諭されあっさり改心するのよ、そいつは。言わないけどね。
「貸してあげる」
「涼宮さん。長門さんもああ言ってますよぉ。今日は、帰りましょう?」
朝比奈先輩も加勢する。
「うーん、しょうがないわね。いまいち看病し切れた気はしないけど・・・・有希。ちゃんと養生しなさい。ビタミンミネラルタンパク質、炭水化物脂肪。みんなバランスよく摂るのよ!」
「そうする」
私の首肯に、涼宮さんは一本締めで応じた。
「じゃあ、SOS団特別読書週間、これにて閉会よ。立つ鳥後を濁さない精神で、帰りましょう!」
「-----------はい。では長門さん、そういうことで」
まず古泉君が挨拶をして、
「ちゃんと体を温かくしてくださいねぇ。今日も冷えそうですから」
朝比奈先輩も心配してくれた。
私は玄関まで三人を見送りに行く。
「・・・・ありがとう」
今日一日の万感を込めて言う。
「何言ってるのよ有希。団員の心配をするのも団長の勤め、ここで御礼を言われるようじゃあ、本末転倒だわ!」
私に力を与えるように、涼宮さんは力強く笑っていた。
55 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/05(土) 12:32:14.17 ID:NaU/bfWq0
予告した今日の昼投下分。
これからは予告なしで投下していきます。
投下は一日二回、十二時・零時となります。よ。
-----------------------------------------------------
* * *
12/22
The DAY2
* * *
[9:02]
「名誉革命と呼ばれたこれは---------」
「・・・・・」
カリカリカリカリカリカリカリカリ-----------------。
流石に学校まで休むのはどうかと思ったから。私はきちんと登校した。
一限目、世界史。苦手ではないけれど---------塩野七生先生とか、ヨーロッパ史を扱う作家にはさほど興味が無い。
でも、そういえばロードス島戦記は小学校の頃好きだったな。最近はそういうノベルに手は出ないけれど・・・・。
中世ヨーロッパというのは未知を探す手段が少なく、けれど未知を求める心が根付き、そして手の届く未知が沢山あった。
それは現代だって変わらない。けれど、知識が無いと手が届かない。その程度に未知は遠くに行ってしまった。
だからみんな未知が遠くにあるものと錯覚して-------必然。夢を追い求めるときは古き良き中世に思いを馳せるのだろう。
うんうん、80年代ブームとか、世にも溢れるリバイバルとか。そういうものの根源はそこにあるに違いない。
未知故の楽しみ・・・・確かにものを知りすぎてしまったキャラクターが絶望し、最後の敵になるという展開は漫画・アニメでもありふれている。(これでも昔は人並みに読んだのだ)
生きて行くには知識を求められる時代だけれど、知識ばかりでは行き止まりに突き当たる。
だから、この授業だって無意味---------いや、その知識を制御させる為の倫理を植え付けるのがこの白い箱なわけだ。
それに友達だっていっぱい出来る。友達の居る世界を滅ぼそうなんて考える人はバカだ。
言い方をいちいちもっともらしくし過ぎているけれど。もしかしたら、水際で世界を守り続けているのは、この学校なのかも知れない------------------
「ふふ・・・・・」
後で聞いたところでは、長門有希が喋るとその日一日幸せになれる--------そんなジンクスがあるそうだ。
『声を出して笑ったら、それはもう神の国と弥勒菩薩が一遍に到来するような幸運でなければ、釣り合いがとれないだろうね』
佐々木さんの言によれば、そうらしい。
------------涼宮さん。やっぱり、マズいんじゃないの。
あまりちょっかいを掛けるといけないと言っておこう。別にそこまで嫌というわけじゃないが、この世界の日常の安寧には代えられまい。
* * *
56 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/05(土) 12:34:05.21 ID:NaU/bfWq0
* * *
[15:03]
「いっち番乗りー! ・・・・って、有希が先だったのね。感心感心!」
私は律儀に行動マニュアルに従って、必ず最初に部室に入っている。小さく涼宮さんに礼をする
と、涼宮さんは大きな身振りで返礼した後、頭をわしわしと撫でてきた。・・・・こういうことに関しては、貰ってばかりだ。
頭に残る心地よい体温に気を向けながら、私は手元の本に目を向けた。
「・・・・」
黙。黙。黙・・・・・・・・・。
普段は年中お祭りの涼宮さんも、病人に気を遣ってか勉強に没頭している。
光陽園、流石だなぁ。やっぱり育ちが出てる。
* * *
[15:29]
「すみません、遅れてしまって。積もる話が有りましてね・・・・」
「古泉君。珍しいわね、まぁ集合時間が明確に定まっているわけでもないんだから」
さほど気にした様子もなく、ちらっと古泉君を見て、椅子を差し出して目を教科書に再び落とす。同時に、古泉君が寂しそうな表情をする。
(やっぱり、構って欲しいのね・・・・・)
古泉君は再び涼宮さんに声を掛けた。
「涼宮さん。なんと言いますか・・・・奇妙な偶然。いえ、そう言うべきではないでしょう。からかってくるような故意がありまして・・・」
「おやおや、それは僕の事かい?」
涼宮さんがうんざり、と言った表情で声に反応する。
「またあんたなの? メアリー -----------------」
目を向けた瞬間、呆然とする。
「え-----------確かあんた、市外の進学校に」
「行ってたわ。けれど良い機会だから転校しようかと、思ってね」
佐々木さんが、北高の制服を纏ってそこにいた。
「すいませぇん、教室の掃除が・・・・ふぇ、何でメアリーさんが・・・・」
「こんにちは、朝比奈先輩。・・・・そろそろその呼び名も、もういいわね。
よろしく。私の名前は、佐々木。本日付で県立北高二年九組、出席番号十七番よ」
* * *
[15:41]
「ふむ、有り難う。私もこれで晴れてSOS団の一員、というわけね」
『SOS団門外顧問』という腕章を受け取った佐々木さんは嬉しそうだ。
「彼が楽しそうに話すものだから羨ましかったの。ようやく・・・・、いや、もう、と言うべきかしら。末席に加われて嬉しく思うわ」
彼、と一回口にする度に涼宮さんの眦がきつく上がってゆく。
「顧問・・・・高く買ってくれたようで何よりだけど、門外というのはちょっと寂しくていただけないわ。ヒラの団員の方が性に合うのだけれど、駄目かしら? 涼宮さん」
「・・・・悪いけど、名誉ある団員の地位はまだあげることが出来ないわ。もう少し功績を立ててからじゃないと、秩序の崩壊を招くもの」
これはきっと本音だ。SOS団のルーツになった彼の言う五人と、ちょっとでも彼と関わった鶴屋さん、朝倉さん。それら以外に勝手にメンバーに加えてしまうのは、抵抗が有るのだろう。
「じゃあ、早速功績の方を稼がせて貰うわ。ちゃん仲間に入れて貰いたいから-------------喋る猫。見に行きましょう?」
「・・・・・・そうね」
あっという間にSOS団に馴染んでしまいそうな彼女を見て、唇をとがらせながら涼宮さんは同意した。
57 名前:松本晶[sage] 投稿日:2011/03/05(土) 12:37:13.16 ID:NaU/bfWq0
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また投下終了。
すみません、小刻みで。一回一回頭を整理するために今はこうさせて貰っています。
設定をStory Editorでガリガリ綴ってるんで、ちょくちょく投下してその分の設定を纏めることで固めていかないと、直ぐ混乱しちゃうんです。
慣れるか、設定が完全になったら日に一回投下する形にしていきたいと思います。
58 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/05(土) 14:24:57.14 ID:NaU/bfWq0
ぐぬぬ
今日の夜投下は無しにします。
この後、シャミが出てきます-----しかし、家の倉庫を漁っているのですが、どうにも溜息が見つからない。口調に関する資料なしで書き進めるのはどうにも落ち着かない。
探せるところはもう、壁の中しか残ってないだろうくらいには入念に探したので、恐らくは紛失してしまったようです。
良い機会なので今日はパノラマカバー新装版をざっと買ってくることにしますが、故に夜投下分を書くことが不可能になってしまいました。
申し訳ありませんが、次回投下は明日の昼。乞うご理解。
60 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/05(土) 15:07:28.28 ID:NaU/bfWq0
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ぐ、また改行編集ミス。
これはシャミ登場直前までは書けたので区切りとして投稿しておくものです。
不慣れでこういったミス頻発しているのは申し訳ないッス。
今後は気をつけますので・・・・
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* * *
[16:10]
RRRRRRRRRRRRRRRRRRR.......
インターホンの音が来訪者を告げる。
年配では、無い----くらいに年齢を重ねているだろう、その分深みのある女性の声が応対してくる。
「すみません。---君の友達の、佐々木です。 いえ、いえ。病院にお見舞いにはもう行きました。
はい。それで、私に取ってきて欲しいものがあると-------」
そこで話は通じたらしく、専制君主もかかる程かといった即断で、玄関に降りてくる足音がする。
「ねぇ、誰なの? 入院って。三毛猫の飼い主でしょ?」
プランク定数ほどの一瞬しか間を置かず、
「ああ、彼ね。ジョン・スミスと言った方が、通りが良いのかしら。・・・・くつくつ、本当に面白いわ。ジョン・スミスの名前の通りが良い-------っていうのは既に自己矛盾すら孕んでるようにも聞こえる。
それじゃまるで『世界のイチロー』ね」
「ジョン? 待って、確かここには居ないんじゃ------」
涼宮さんが気がかりそのものと言った表情を浮かべる。古泉君はその聞きたいだろうところをフォローするように尋ねる。
「彼は大丈夫なのですか? そもそも彼がいらっしゃるなら、僕としては是非そちらに参りたいところです」
「違うの、涼宮さん。彼は入院しているけれど-----本物じゃない。情報統合思念体の作った、偽物を寝かせているだけよ。
意識を持たない彼の肉体を配置しているわけなの、ご家族に余計な心配を掛けないようにね。
もちろん植物状態という設定になっているから、『余計な心配』も何も、彼の妹は沈んで口をきけないほどだったように-----これ以上なく心配を掛けているわ。
けれど、彼自身がそうしようと言ったからには、私達に口出しをする権利は無いと思わない?」
「------そうね。それに、そういう状態で会いに行ってもしょうがないどころか、この上なく情けないわよね。あいつが本当に居るワケじゃないんだから」
「ご理解感謝するわ、涼宮さん」
・・・なら、良かった。
私は、人に知られぬよう安堵の息を吐く。やっと会えたのに、意識は混濁したまま------だ、なんて誰も望まないもの。
けれど、意識が無くても、偽物でも、私は彼を見ておきたい。少し、そう思った。
* * *
62 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/05(土) 23:59:53.45 ID:NaU/bfWq0
* * *
[16:14]
佐々木さんが彼のお母さんを相手にしている間に、私たちは先に彼の部屋に通して貰った。
そこに居た猫の模様を確認するなり、涼宮さんは抱き上げる。
「----------こいつね! 礼の猫ちゃんってのは。ホラ、喋りなさい!」
猫は涼宮さんに喉を撫でられて、気持ちよさそうに鳴いている。
「涼宮さん、私にもいいですかぁ」
「うーん、なんか喋ってわね。もしかして、許可無く喋っているところを誰かに見せることないように、躾けているとか?」
「それは素晴らしい。そうなると、この沈黙も金の価値を持っているようにも見えますね」
「ごろごろ〜♪」
雷様の象徴たる文句を言いながら猫を撫でる朝比奈先輩は、喋ろうと喋るまいと可愛ければ良いみたいだ。寧ろ、一般的に見てそれが一番賢く正しい生き方なのだろう。
涼宮さんと古泉君はああ言っているけれど、それだったら猫に喋る能力があろうとあるまいと、あの人達は楽しめてしまうのだろう。
どんなことも楽しく考えられる---------涼宮さんは初めて会った時からそういうきらいがあったけれど、古泉君も近頃どんどん明るくなっている。
きっと、涼宮さんの影響だろう。笑っている涼宮さんの近くにいれば、古泉君も笑うようになる。
「・・・・・」
私がいつも通りに人間関係に考えを巡らせつつ黙っていると、猫が鋭い目でこちらを見てきた。
「ありゃ、どうしたのかしら」
「あんまり睨んじゃいけませんよぅ、ほら、こっちこっち」
朝比奈先輩は猫を左右に揺らして私から視線を外させようとしているけれど、どうにもうまくいっていない。
「猫は人間には見えないものが見える、と言いますが。さりとて今は関係が無さそうですし・・・・」
古泉君が理屈をつけようとしている、その努力も馬鹿馬鹿しい位に涼宮さんが大岡越前が兜を脱いで田舎に引っ込みそうな、明快すぎる屁理屈をつける。
「ふふん、SOS団の無口キャラに感じ入るところがあったんでしょう。流石喋るだけあって、この猫も見所がありそうね。門外顧問くらいになら、してやっても良いくらいだわ」
63 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/06(日) 00:03:07.95 ID:iTwG4iVw0
「・・・・・だったら、せめて私は名誉顧問くらいに昇格させて欲しいわね。猫と言うのも神秘的と見なされることも少なくないし、軽んじるつもりもないんだけれど、それでもそう言われると純粋に悔しいわ」
佐々木さんが部屋に入ってくる。
「終わったの? ・・・・あと、名誉顧問ってのはこっちの鶴屋さんがもう成ってるらしいわ」
涼宮さんが尋ねると、困った生徒に質問攻めにされて困っている英語教師の挙措で答える。
「うん。それにしても、やむを得ないとはいえ他人の入院に関わる書類を預かるとは、心が安まらないね」
「それも聞きたかったの。入院のための書類って、ダミーでしょ? だったらなんのためにここに来たの? 佐々木さんは」
「くつくつ、そういう風に言われると哀しいね。何でも目的ありきに見られているようでね。単に新たな友人とより深く交流したかった、それだけよ。ガラにもないけど。
そもそもこうやって黒幕じみた真似をするのは初めてだから、私の行動にあまり意味を求めない方が良いわ。
彼と同じよ。知らず知らず妙なことに巻き込まれることが、私の特技なの」
「・・・・そう。だったら、悪いことを言ったわね、ごめんなさい」
「-----驚いた。違う違うと思っていたら、ここまで違うとはね」
涼宮さんの謝罪を聞いた佐々木さんは、あたかも実は居た腹違いの姉に対するかのように思わず取りはずした顔をした。
「こっちの涼宮さんのああいう磊落さも気を遣わないで言い合える分、私は美点と思っていたけれど-------知る限り、涼宮さんはこういう場合の素直で迅速な謝罪とは、無縁な人物だったよ」
「そっちはそっち、こっちはこっちじゃない」
世界を跨いだら人も変わるわ、そう言って、涼宮さんは呆れた表情を作った。
「それこそ、『そういう風に言われると哀しい』ってところね」
「------ふふ、ごめんなさい。なんだか元の涼宮さんには悪いけれど、私たちは仲良くなれそうだと思うわ」
「そう? まぁ悪い気はしないわね。その調子でみくるちゃん達ともね」
この二人はお互い、特に佐々木さんはこの世界の彼に関して当人同士も名状し難いような感情を持っていたようだけれど、どうにか氷解してくれたようだった。
「そもそも嫌う理由もないわ。・・・・そういえば、シャミセンはどうしたの?」
「ああ、それね。なんだか一言も喋らなくって。きっとうかつに喋らないように躾けられてるんじゃない?」
「そうなのかしら。私も直接喋るところを見たワケじゃないけれど・・・・私の方に遣ってくれる?」
佐々木さんも交えて、文字通り猫かわいがりをしたが----------その日、その猫が喋ることは無かった。
64 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/06(日) 00:03:57.29 ID:iTwG4iVw0
* * *
[23:25]
「・・・・・・・・」
布団に入って暖をとる。当然ながら天の巡りは平常運転で、異常気象にも負けず季節は真冬だった。
どうにも眠くならないそんな不思議な夜。
なんだか寂しい気がした。それは、この夜の冷たさの所為だけじゃなかっただろう。
* * *
12/23
The DAY3
* * *
65 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/06(日) 00:05:52.51 ID:iTwG4iVw0
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今回投下分、終わり。
シャミは話さないことにしました。
衒学的なオス三毛猫・・・ステキとは、思いますけどね。
70 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/06(日) 23:48:33.07 ID:iTwG4iVw0
少々前倒しで投下。
DAY3までは一応出来申して、でも以外と短くなっちゃったかも。
原稿用紙換算で十三枚とちょいです
71 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/06(日) 23:49:19.15 ID:iTwG4iVw0
* * *
12/23
The DAY3
* * *
[6:23]
私は既に起床していた。
学校に遅れないようにと気をつけていたら、これである。この寒い季節にこんなに早く起きてしまった。
身だしなみにそう時間を使う方でもなければ、そう極端に家と学校は離れていない。-----けれど起きてしまったものはしょうがない。
このまま、早く学校に行こう。
* * *
[6:40]
昨日の夜作り置いた朝食を食べ、私は玄関から出発する。
何かを忘れていたような気がしたから部屋と鞄を漁ったけれど、そう言うこともない。今日も万事、事も無し。
* * *
72 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/06(日) 23:51:05.82 ID:iTwG4iVw0
* * *
[15:02]
いつも通り一番乗りで、私は定位置のパイプ椅子に座る。今は気をつけてより早く来るようにしているが、そもそも私は十五時を十分と過ぎずに部室に来ていたからそうは変わらない。
毎日使い方に迷ってしまう、この皆が来るまでの時間。私はいつも本を読む。涼宮さんが北高生になってからはそう言う時間も少なくなったけど、今日は五組の掃除当番になってしまったらしい。l
「・・・・・・・」
どれを読もうか-------背表紙に指を這わせ吟味していると妙なことに気付く。ここの本棚は私たちの部室より更にSFが多い。『ハイペリオン』を見るに彼の趣味、なのかも知れない。
だからこそ、ちょっと読もうかな。そう思っていると、『ハイペリオンの没落』が目に入る。そう肌に合うモノでもなかったから読んでいなかったけれど、たまにはこういうのもいいかもしれない。
似たような本を読むにしても、新しい発見があって楽しいと言うのも本の魅力だしね----------そうして開くと、一枚の紙が挟まっていた。
ハイペリオンに、挟まる-----紙?
驚いて、そして期待して、私はその紙を取ったけれど。どうやら期待していたものではなかったようだ。
その紙には、かなりの悪筆でこういう表が書かれていた。
グリッドラインで横に十数列、縦に参列の区切り。ちらりと見ると、
○、○、○・・・・・・。
×、×、×・・・・・・。
○と×がそれぞれ一列に並んでいた-------これが何かの暗号というわけでもあるまい。
この空回りした胸の期待を、いかにして埋めようか・・・・その答えを、私は本の中に求めた。
* * *
73 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/06(日) 23:52:00.92 ID:iTwG4iVw0
* * *
[15:10]
「・・・・おや、長門さんお一人でしょうか」
「・・・・そう」
「ふむ、涼宮さんは判りますが・・・鶴屋さん、朝比奈さんのお二方はどうしたのでしょうね。まあ」
言いつつ、机の上に目を向ける古泉君。するとその、アヒンサーの主義を感じる程の柔和な笑みが、驚きで若干崩れる。
「・・・・・どうしたの?」
問うと、
「いえ・・・・これは恐らくこちらの僕が書いたものでしょう」
古泉君が見つめているのは、さっき私の見た紙------机の上に放っておいたのだ。古泉君はそれを手にとって私に示す。
「ほら、見てください。表の一番左に○で囲った文字-----上の『キ』と下の『古』。これが恐らく、僕と彼のことです。対抗心を燃やすつもりではありませんが、あまりに戦績が芳しくなく少し驚いてしまいました。
彼はこういった事を得手としているのでしょうか」
私と勝負するときは見せないような表情をしている。ああは言うけど対抗心-------男の子だというわけだ。
「ああ、すみません長門さん。読書の邪魔をしてしまって」
「構わない。それに、二人いるなら話した方が良い」
「そうですね。いえ、この対戦表を見て悔しくなってきてしまいました。どうです? オセロなどをひとつ」
「わかった。望むところ」
しかし、妙に調子が良かった----------鶴屋先輩と朝比奈先輩がお茶を買ってきたと言って部室に来るまで、全勝してしまった。心なしか寂しい背中の古泉君に私は掛ける言葉もない。
その後は平時と変わらない、いつも通りのSOS団だった。
* * *
74 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/06(日) 23:53:17.49 ID:iTwG4iVw0
* * *
[17:22]
「映画を撮るわよ!」
そう、これもいつも通りのエキセントリック。
「涼宮さん、どうしたんですかぁ・・・・」
こういう見せ物に関わる団活に於いて、真っ先に犠牲となる朝比奈先輩は、流石にそろそろ危機を察知できるようになったようだ。
「えっとね。あたしの家でこんなの見つけちゃって・・・あ、このお茶貰うわ」
「はい。雁音って言うんですよ?」
「ありがと。それでね・・・」
取り出したのは・・・去年の北高の文芸部誌。
「あたし達もコレ、作ったじゃない。コレがまたね、あたし達の書いた奴とコレで同じトコ違うトコ入り交じってて面白くってねー。
でね。佐々木さんとその話をしてたら教えてくれたの。なんと! こっちのあたしたちはどうやら北高祭で、映画まで撮っていたらしいの。自分たちだけでね。
で、佐々木さんにその映画について、根掘り葉掘り谷口や国木田に訊いてもらったの! で、あたしは思い出にふけるフリをしてその内容を聞いていたワケ。
まあそりゃもうクダラナイんだけど----------谷口の撮影への愚痴を聞いてると、なんだか面白く思えちゃって。
あたしも撮りたくなっちゃった。いつまでこっちに居れるか分からないし、なるべく早く済ませられるように機材・台本はあるもので。
完成したビデオを、こっちのあたしたちに知らせずにさりげなく部室に置いておく------面白いと思わない?」
涼宮さんに付いて入ってきた佐々木さんが後をつぐ。
「私も、面白そうだと思ったの。-------長門さん。そっちの段ボールを開けてくれる?」
椅子の横に有ったそれを開けば、白いレフ板に・・・・・カメラ。
「それはこっちの涼宮さんが口八丁で手に入れたもの。貴方たちはこういう用具と、全員が北高生ではないことからこうした団活をするのはほとんど不可能だと言って良い。
ここに居る間にそれをするのも、また一興とは思わないかしら?」
その言葉の後に、否定するでも肯定するでもなく、しかしひどく予定調和的な沈黙が訪れた。
-----------反論する理由も、意味もないからだ。誰かが止めてそれで止まれば、市内一の変人は他の誰かで決まりだったろう-------それが涼宮さんの涼宮さんたる所以。
覆水盆に返らず。昨晩図らずも、文芸会誌が団長様の興味を誘った時点で、こうなることは必然だったのだ。
「・・・・・・?」
でも、お祭り好きの彼女に相応しいはずのこの撮影決行について、なぜだか私は違和感を覚えた。
その理由はまだ、分からない。
* * *
78 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/07(月) 00:58:42.34 ID:Agt6ImDA0
酷いミスと、分かりづらい箇所、あと抜けがあったので、>>75修正
* * *
[18:09]
明日から始まる撮影に備え、全員英気を養いなさい-----とのことで、あの後直ぐに団活は終了して、私は図書館に来ていた。
部室から持って帰り、道中少しだけ『ハイペリオンの没落』を読んだのだけれど、なんだかとてもするすると頭に入ってきた。
だからダン・シモンズの他の著作を当たってみようと思った。どういう心境の変化か------涼宮さんと一緒にいるからかしら。私の脳はいつの間にか、SFを受け入れる下地を整えていたらしい。
人生経験の年輪を一枚一枚剥がして展開していく作業が執筆だというなら、他人の作ったその頁を自分の年輪に重ねていくのが読書だ。
その頁が自分の年輪とあんまりに違う形をしていたら、哀しいことにそれをきちんと受け入れることは出来ないけれど-------類似するなら自分の年輪を一層厚くできる。
現実に実体験で経験を積むのも良かろうけれど、私は人と人との関係性の中だけで全てがキレイに完結している読書というものも素晴らしいと思う。
読書とは他人の見方を知ることであり、それはひいては人を知ることそのものに違いない。
そう考えつつ数冊の小説を物色していると、読んでいる最中の一冊が不躾に、まるで人間のこういう個人的活動に概ね適用される、不干渉のルールを知らないかのように、目の前の人物の手で閉じられる。
「-------------ねえ。あなたは------------聞こえない?」
その影は、人物と言うにはあまりにも異様で------風景と言うには酷く目を引いた。
「・・・・・・」
何よりこちらの萎縮を誘う、革のブーツを溶かして煮詰めたような目の色。私は完璧に言葉を失ってしまった。
「----------そう、喋りたかった。本当に知りたいのはあなたじゃない・・・・彼だけれど」
こちらの目の奥、眼下の向こうを視線で抉るように。
「この状態はつまらない。-------------終わったゲーム」
指を一本立てて。
「ヒント------------彼は、ここに居るわ」
その指はきちんと張られていない。どこを指しているわけでもなく、ヒントの数-----1という数だけを表しているようで------なら、彼女の言うこことはどこなのか。
「---------------さようなら」
瞬きの瞬間、その黒は瞼の裡の闇に溶けた。
彼女が話しかけてきた時間、見つめてきた時間。合計にすれば三十秒あるか、無いか------あると言っては分の悪い欠けになるくらい。
刹那の邂逅に過ぎなかった。
でも、怖い------------------。
私は、こういう時に頼るべき佐々木さんのことも忘れ、ただ手元のSF小説を返して、作者の底が知れるような話題の恋愛小説を本屋に寄って買った。
一時、その甘い夢でこの恐怖から逃れようとした。
* * *
[18:54]
けれどやっぱり読みもせず、毛布を被って、眠る。
布団と毛布で暖まると、心許なさに拡散した『自分』というものが、ほんの少し-------形を取り戻したような気がした。
それでも、未だ夜は寒い。
* * *
The DAY4
12/24
* * *
76 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/06(日) 23:57:41.65 ID:iTwG4iVw0
----------------------
さて、これから一週間、投下は不可能になります。
受験生の俺にとって、このSSの存在自体が破格の親不孝なので。
申し訳ありませんが、それまでお待ちください。
では3/14、受験日の後まで失礼します。
89 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/13(日) 23:24:58.52 ID:xi+WcDx30
* * *
The DAY4
12/24
* * *
[12:30]
「その風体・・・疑いようもないわ。間違いなく、私の知人、周防さんね。渡した要注意リストに入っていなかったと思うけど・・・なぜだか判る?」
私は佐々木さんに相談を持ちかけるべく、朝に下駄箱に手紙を入れていた。下駄箱に手紙、だというのに色っぽい事情が無くてなんだか我ながらガッカリだけれど、あの人物には否が応にも『異常』というものを連想させるだけの、見ているだけで心を揺さぶる何かがあった。
そして聞いてみればズバリ、佐々木さんは彼女のことを知っていた。
「・・・・わからない」
私がそう言うと、佐々木さんは明るくない顔でありつつも、こちらを試す様な笑みを浮かべるという奇妙な真似をしてきた。
「でしょうね。けれど、こちらの長門さんだったら誰よりも、私よりもずっと、彼女のコトを知っているはずよ。何せ彼女たちとの対話の最前線に居たのは、彼女だったんだから」
佐々木さんは言う。
「天蓋領域・・・・・覚えてる?」
それはなんだったか。
「長門さんを作った情報統合思念体と同じ地球外知性。そして、情報統合思念体とは異なる思惑を、涼宮さんの周りで巡らせている存在。一度しかまだ言っていなかったと思うけれど・・・・この世界の貴方達が敵対している、まさにその相手よ」
・・・・その言葉の意味を反芻する。
地球外知性、対話。その二つのキーワードだけでも何となく大枠の想像くらいはつく。
ある二つの地球外知性。涼宮さんを求めて接触するその二者が邂逅したならば、コミュニケーションの手段から異なるだろう二者はきっと、友好的な一次接触を持つことは出来ない。
けれど知性を持つ以上、そして相手も知性らしきものを持っているように見える以上、分かり合えない客体との対話を試みるのは必然・・・・使い古された物語の類型だ。
「長門さんは天蓋領域との対話を試み、それを実現させた。・・・・けれど、意思持つ他者との接触は天蓋領域にある初めての指向性を与えた。
-------------天蓋領域はその名の示すとおり、酷く遠い宇宙から来た知性体だったの。この宇宙では遙か昔から、涼宮さんがこの地球に生まれ出ることを知っていたかのように、知性体の分布はこの惑星を中心に、遠心方向に等比級数的な減少を見せている・・・・・こっちの長門さんの受け売りね。
すなわち遙か星の向こうから来た天蓋領域は、知性体が分布しない宙域に、生まれてからずっと存在したため、他の知性というものを知らなかった。
そしてそれがどうしてこの地球に来たかと言うと、正確を期して表現するなら涼宮さんの力そのものの為じゃなくって、巨大な情報の氾濫を観測したから------自身以外に、エントロピーを恣意的に大きく歪めることが出来るもの・・・すなわち知性持つ何者かが居ることを知ったからなの。
長門さん、ここまでは理解できる?」
「概ね」
91 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/13(日) 23:26:49.71 ID:xi+WcDx30
「なら続けるわね。そして地球に辿り着いた天蓋領域は、この星に存在する多くの生命体が知性を悉く有していることに驚愕した。
けれど、群体を成す知性の全てが自分と同様に意思を持つ知性とは思えなかった-------自分以外の知性を見たことがなかったから、六十億を越える個体全てに知性が宿っているということを経験的に否定したということね。
『今まで一度も遭遇しなかったものがこうも都合良く沢山現れようか-----否、そうではない』という論法で疑って掛かって、そして人類を背後に居る単一の知性体の、何かの目的の為に創造された傀儡と見なして、情報の改変の痕跡からその知性体を炙り出そうとした。
--------ちなみにこの情報の改変って言うのは、情報統合思念体も持つ、涼宮さんの力のような類の『世界を物理的干渉という工程無しに変化させる』もの全般を指すものね。
地球上の人類が傀儡ならば、その改変の痕跡が残る。そして全てを調べてゆき・・・・情報の改変の痕跡を持たないものが、知性体の本体となるという理屈。そうなった時、この地球に唯一情報改変の痕跡が無い存在を発見した」
それが、涼宮さん?
「・・・・その解答を出せるのは賢いと言うに値するけれど、残念ながらそうじゃないわ。------これは宿題にしておくわ。何れこれはと言う答えを出せたら言って頂戴?」
「どういうこと? 教えて欲しい」
佐々木さんは手の平を天に向けて、おどけた仕草でとぼけている。
「くつくつ、そうはいかないわ。焼き餅なんて食えたものじゃないからね。
-------とにかくその後試みられた長門さんの対話で"彼女とは"コミュニケーションを正しく行えるようになった。そういうことで、彼女、周防さんは私たちを害することはないの。
だけれど他の問題として、異なる思考を対話で深く知った天蓋領域の内部で、情報統合思念体から得た外界観測の様式ともとあるそれとの統合の過程で思考の分裂が起き、複数の人格と個性が一つの知性の中で生じた。そのうちより大きな割合を占めた敵対的思考こそがこの世界の貴方達の対手、というわけ。
けれど貴方達に何か関わってくることでもないから安心して。こんなのは所詮、バックボーンを説明したに過ぎないの。何が有っても天蓋領域は敵対意思を含め-----これ以上地上の何も脅かすことはできないわ。
この世界の貴方達と、その中心の涼宮さんが居ればあらゆる意味でそんな相手は敵じゃないから。・・・気休めなんかじゃないわ、なにせ理不尽な神様が、全面的に味方してくれるんだもの」
「・・・・・・・」
「愉快な話をしたものだから、熱が入って喉が渇いちゃった。長門さん、そのお茶を少しくれる?」
* * *
94 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/14(月) 23:21:51.57 ID:cPC8LGP90
* * *
[15:22]
今日の撮影はカメラが壊れていたために中止にすることとなった。
「あー、もう解散!」
月からの光が届く位の間に不機嫌になってしまった涼宮さんは即座に宣言した。
いそいそと荷物を持って涼宮さんが出て行った扉から
「では、僕もこれで」
と、古泉君は出て行く。意外と薄情な真似をするんだな、少し寂しい。
「はぁ。せっかくお茶を淹れたのに・・・」
「まぁまぁ、みくるっ! ハルにゃんはしょうがないから私が飲んであげるっさ」
「もう三杯淹れちゃってますし・・・・・長門さん、要りますか?」
せっかくの好意を無碍に撥ねつけるのも忍びない。
「・・・・・貰う」
「是非暖かいウチに飲んでくださいね」
そう言う朝比奈先輩の格好は・・・・
「そういえば、どうして」
「みくる、あたしもそれを聞きたかったのさ」
鶴屋先輩も同じコトを思っていたらしい------後を引き継いで言う。
「ハルにゃんがいくら言っても着なかったメイド服、今日はヤケに素直に着てるのは、どうしてだい?」
「・・・・そう言いたかった」
「へ?」
訊かれた当人はまさしく虚をつかれたと言う風な様子だ。
「そうですかぁ? そんなに嫌でもなかったから別に良いかなぁ、って」
「まぁ、あたしはみくるに似合ってるし眼福なだけだから寧ろ歓迎っさ。けど、どういう心境の変化なのかなって心配だったにょろ」
そうだった。朝比奈先輩はいつも頑なにその類の衣装を着せられることについて、涼宮さんの提案を拒絶した。
それがどうして、今日に限って・・・・
「涼宮さんがあんなに頼むから、どうしてか気になってはいたんですよぉ。だから試しに着てみるのも良いかもって。
・・・・着てみて、思ったより動きやすいし・・・・・エプロンが有るからお茶を淹れる時とか、お湯を扱うのに良さそうです」
朝比奈先輩は、その服を当然そこに有るべきものだとでもいう風に着こなしている。いっそその姿の方が自然とも思えるほど-----
不意に涼宮さんの出て行った、その扉が叩かれた。
「いいかしら? 長門さんを借りて」
* * *
96 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/14(月) 23:28:50.73 ID:cPC8LGP90
一つ前の投稿最終行訂正
* * *
[15:49]
「どうしたの-----? 佐々木さん」
「いいから、長門さんにしか話せないわ、こんなこと。いくらSOS団全員が当事者だからって」
「何なの-----?」
「ごめんなさい。私も落ち着きを取り戻せないでいる。だから、せめて長門さんだけでも相談相手に成って貰わないとどうしようもなくて------」
この佐々木さんはらしくない。らしくなく強引で・・・・らしくなく周りを気にしない。らしいというなら・・・・これではまるで、あの団長様だ。
「周防さんのこと?」
「違う!」
「・・・・ひっ」
違う。これは佐々木さんらしさでも、団長様らしさでも、ましてや私の知る誰らしさでもない------少なくともSOS団らしさで無い。あってなるものか。
一体何があれば佐々木さんがこうした振る舞いをするようになるのか-----
「・・・・・・ごめんなさい。長門さんに当たってもしょうがないわね。
・・・・・昔話をするよ。さほど昔じゃない、寧ろ最近と言って語弊無いだろうね。涼宮さん達は想像も、涼宮さんが神ということを考慮に入れるなら、その創造すらも凌駕するような、宇宙規模の宿敵を討ちに行ったわけだ」
男性じみた、時折見せる、しかし面と向かって私に対しては初めて見せるその口調は・・・ひどく説明慣れしていた。
「けれど、それに応じて自分たちの代役を立てる必要があった。それが貴方達のSOS団だったと言うわけ。
涼宮さんは当然の如く君たちに土産も用意せず、きわめて身勝手と言ってもいいだろう---------それを許されるのも彼女の人徳なのだけれど------即座に君たちを呼び寄せようとした。その神のごとき、ひょっとしたら神そのものの力を行使してね。
しかしそこで二三の忠告が入った。当然ながらそれを成せる人物は君たちのSOS団二は居ない。君たちのSOS団では彼女の思いつきは直ぐに実現を見るだろう? それを止めるのはいつだって彼だ。
キョン------彼は言った。不躾に呼んでコトが済んだらさようならじゃあ、いくら何でもつれなすぎるだろうと。
涼宮さんは反駁した。SOS団にはそんなことを気にする人間は、平行世界の果てまで見渡しても居ない-----と。
それからの議論で出された折衷案は、先ず途中で口を出してきた古泉君の意見より採用されたものだが------僕を案内役として君たちに接触させることを含んだ。
そしてもう一つ、やれやれ---------こう独りごちてからキョンの出した提案は遊び心に溢れ、僕としても流石親友と誇りたい代物だった」
97 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/14(月) 23:32:27.67 ID:cPC8LGP90
その提案の内容とはきっと、佐々木さんが私たちにしたこと。それは-----まず一つ、説明。それが古泉君からの提案。
もう一つ、何をした? 佐々木さんの発言で私たちが何かをしたか? ・・・多分先週の土曜日と、一昨日のあの時。
つまり、そういうこと?
彼は不思議を背負って私たちの世界に来た。そして、不思議を求めて帰って行った。
そして彼は向こうの世界で想像するのだ。
妙なことばかりしてから出てきちまったから、向こうのあいつらはさぞや驚いたろうな、俺が消えちまって。
不思議を求めて北高にわざわざ来たハルヒ。あいつはさぞ不満を抱えて帰途につくだろうよ。おお、その背中はT2ファージの如く小さく、ソクラテスに言い負かされたが如き寂寥感に満ちているだろう。おまけに三年越しの再会も意味不明瞭に終わったわけだ。
それを慰める古泉も大変だ。何が何だか判らないまま連行された朝比奈さんは夢か現実か、はっきりしない思いを暫く抱いたままだったろう。
そして、突然押しかけられた長門は驚いて、ひょっとしたら俺が入部しなかったことを少しは残念がってくれるだろう。文庫本のページをめくる手もいつもほど速く動かなかったろう・・・・。
それから、きっとこう考える。
そうだ。だったら今回ホストとして、俺が客人のあいつらに出来ることをしてやろう。そうだ、普通に暮らしてはお目に掛かることのない、とびっきりの不思議でもてなしてやろう-----
「今日、部室のカメラを壊したのは僕さ。あまり知られたくないことが、撮影場所にあったから。
出来ればこれからも撮らないでいて欲しいところだけれど、確信にふれず涼宮さんを納得させるのは骨が折れそうだ。
------着いたわ、ここ」
そこはこの間の桜並木。しかし、その桜はこの季節に相応しい、随分すっきりとしたシルエットをしている。
「判る? キョンが提案し涼宮さんが実現させた散らない桜が散った。これははっきり異常事態と言える。
私の心配はこの異変と----彼らとの関係性に、あるの」
* * *
103 名前:松本晶[sage] 投稿日:2011/03/15(火) 12:17:04.75 ID:rI5O3EzZ0
* * *
[16:10]
「・・・・・ここが長門さんの部屋? いつだったか、彼に聞いたそのままの生活感の無さね。私は衒学的に振る舞う人間の例に漏れず、人嫌いのきらいがあるから」
「・・・どうぞ」
私はお茶を差し出す。
「やあやあ、可愛い給仕にお茶のサービス付きだなんて、ここは北高文芸部室かと錯覚してしまいそう。ありがたく頂戴するわ」
「・・・・」
私の分の湯飲みを取って、ごくり。
彼女も湯飲みを取って、ごくり。
コポリコポリと自分の、彼女の湯飲みにお茶のお代わりを注ぐ。
「飲んで」
「ああ、もう十分だから」
「きっと、落ち着くから」
「・・・・そう言われるなら、私はまだ大分動揺を見苦しく晒していると言うことね。逆説的に、普段の私は冷静な人物と捉えられているということね。それは、名誉と言って良いわね。
他人の心配を辞退するのも人間関係を味気なくする一因だろうし、やっぱり飲ませて貰うわ」
コポリコポリ。ゴクリ。
コポリコポリ。ゴクリ。
コポリコポリ。ゴクリ・・・・・・
* * *
[16:21]
飲み過ぎたのは言うに及ばず。際限なく出してみると際限なく飲むもので、つきあいで私も相伴に与って・・・・・十分の一時間経ってから、お互い青い顔をしながら我慢しだしたのを、やはりお互いが見かねて、小用を足してから話をすることにした。
* * *
104 名前:松本晶[sage] 投稿日:2011/03/15(火) 12:19:16.85 ID:rI5O3EzZ0
* * *
[16:26]
「・・・・・さて、現状を整理するわ。ここ数日で随分と、とりわけ長門さんには、解説をしてきたものだから昔を思い出しちゃうわ。中学校時代の、特に、塾の帰り道--------まあそんな話は閑話休題の類にしかならないし、割愛しましょう。
まず、私が思うに、私たちを取り巻く異常を取り纏めるとき、いつだってその核には涼宮さんが居る。くつくつ、私が彼女のオルタナティブになりうるだなんて言ってきた友人が居たけれど・・・・・そんなのは未だに信じられないわ。
少なくとも、私は自分の手に核爆弾を凌駕する何者かがあったとして、それを持っていても平生通りの自分を保てる自信を持っていない」
なんの話だろう? それは。
「ああ、長門さんにはこの話もまだだったか。まあナビゲータとしての信頼を得るため意図して隠した事実だけれど-------腹を割って話し合うには顕在潜在問わずしこりなんてものは邪魔者だろうし、ここらで全貌を説明して置いた方がいいわね。涼宮さんを取り巻く人間関係を。
あなたは、どこまでそれを知っているの?」
それは、彼が涼宮さんと古泉君と、それから少しだけ私と朝比奈先輩にもその片鱗を話したその分だけ。-----ああ、あとこちらに来てから知った出来事も有った。
涼宮ハルヒ。神に等しい力を三年前に振るって、それこそが『その彼ら』にとって重要な意味を持つ-------
『神』であると。
『時空の断層』であると。
『進化の可能性』であると。
そのほかにも多くの認識の下、無数の思惑が彼女を中心にして駆けめぐり------そのなかでも強く涼宮さんに共にあって欲しいと認められた三人が。
『宇宙人』
『未来人』
『超能力者』
異世界人の椅子はまだ、埋まっていないようだけれど------遊びたいというただそれだけの理由で無邪気に招集された。
SOS団唯一の一般人・・・『鍵』が彼である。
そして私の知るのは。
一つめ。神が鍵について嫉妬をした憂鬱。
二つめ。映画を撮って走り回った神の横暴に鍵が吐いた溜息。------これは涼宮さんの、映画を撮ろうと言い出した時の話から知った。
三つめ。彼が現れて私たちを振り回し、そして消失した冬の日。
「それだけ知っているなら十分ね。そうしたら、私が説明するべきは一つだけ。かつて彼女を中心に策謀を巡らせた組織のうち三つが、神に成り代わりうる存在として私に目をつけた。
なんでも、涼宮さんが生み出す閉鎖空間というものを、彼女のそれより比較的安定した形で私は創造できるらしいの。
偽物の----ああ、その構成員は今でも私の友達だから、偽物というのはあまり良い気分じゃないわね。もう一つのSOS団の、涼宮ハルヒのイクイヴァレントが私。
つまり、この世界の貴方達にかつて敵対していた者が、私や周防さん。もちろん未来人と超能力者もいるけれど、会っていないなら紹介する意味もない、か---------」
その態度は堂々としていて、その事実から私が佐々木さんを拒絶することは無かった。信頼に値する・・・・それが佐々木さんへの私からの、少なくともこの程度じゃ揺るがない評価だった。
105 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/15(火) 12:20:28.74 ID:rI5O3EzZ0
佐々木さんは言う。
「私の話は今回の事態にとって重要なものじゃないから、ここまでで良い?
重要なのは涼宮さんの性格とその力の性質について。
・・・ポケットに良い物があった、コレを使おう」
彼女はレシートを取り出した。
「カメラの配線を破壊するために買ったねじ回しとニッパーのレシート、別々の店で買ったから二枚有るしちょうど良いわね。
-------たとえば、私たちがある神社に白い鳩しか寄りつかなくするにはどうしなければいけないか。先住の鳩が居る以上、確実を期すならそれらを駆除し続け、白い鳩の安寧をその土地だけでまかなうべく、気温を保ち十分な美味しい餌を置いておく。ここには維持への努力が必要だ」
そう言って、レシートの一枚を軽く指で押す。
「指を離せばほら・・・・・このねじ回しのレシートは、元通り真っ直ぐになる。私たちの努力は維持する努力を放棄すると、容易に打ち消されるわけだ。種々の要因の中でね」
もう一枚のレシートを出す。
「しかし、涼宮さんの力によると、白い鳩しかそこには寄りつかない。そういう小法則がその空間には適用されることになり、その法則は涼宮さんがその法則を自ら打ち消さない限り無くならない」
レシートを強く折る。そして両手をレシートから離す。ねじ回しのレシートは真っ直ぐに戻るけれど、ニッパーのレシートは折り目故形は戻らない。
「この折られた紙を元通り真っ直ぐにするには、他のところから同様のレシートを持ってきて置き換えるか、ぬらして真っ直ぐにするとか-----何らかの手を加えなければならない」
つまり?
「涼宮さんの力で桜は咲き続けた。それは他ならない涼宮さんがその法則を上書きしない限り、いつまでも咲き続ける。喋る猫が今や喋らないのも、鳩が皆黒いものに置き換わっているのも同様・・・涼宮さんがその不思議を打ち消したからと考えられるの」
涼宮さんが、不思議を打ち消す?
「涼宮さんが不思議を望まなくなる? そんなことがあり得るかしら? ねえ、まともな状況下の涼宮さんが、そんな大人しい思考をするのなら、貴方達SOS団はそれこそこの世界にも、貴方の世界にも、平行世界の果てまでも-----存在し得ないでしょう?
つまり、涼宮さんが不思議を望まなくなるほどの何かがあったということになる。ねえ、長門さん。これは心配し過ぎなのかしら? 彼らの身が危ういように思えるの」
涼宮さんが不思議を望まない? そんなことになるわけがあるだろうか。
不思議を渇望するあまり中学校の頃に北高のジョン・スミスを探し、彼を見つけるやいなや北高に乗り込み・・・・あまつさえ、こっちの世界では無意識にそれら不思議を生み出し、一度は不思議が見付からなくてつまらない世界に飽いて、それを滅ぼしかけた。
そんな彼女が不思議を望まないようになる? それこそ、世界最大の不思議だ。
佐々木さんの心配は心配し過ぎではない。むしろもっと危惧すべき重大事項であるようにすら、私には思えた。
喋る猫よりも、咲き続ける桜よりも、白い鳩よりも何よりもありえないことが涼宮さんに起きているのは間違いなく思えた。
* * *
114 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/18(金) 00:46:03.97 ID:K/Zx1GwK0
* * *
[17:31]
あの後に佐々木さんを送って、私はそのまま図書館への道程を急いだ。
そして昨日と同じ場所でSF小説を読む。黙。黙。黙。
暫くすると、やはりあの影が現れた。
「--------------こんにちは」
「・・・・こんにちは」
「------彼女から聞いた?」
ひとつひとつ、微妙に会話のステップを一段飛ばししているような話し方だが----佐々木さんに聞けば、もともと周防さんはもっと筋の通らない話し方をしていたらしく、これでも大分こっちの世界の私の手で改善されているそうだ。
彼女とは、佐々木さんのことであろう。
「そう」
答えると、しかし周防さんは手をどうでもよさそうに放り出しつつこちらを見据えて言ってきた。
「-------聞いたことは、正しい。けれど------彼女の知らないことがある」
反駁するだけの材料も無く、とりあえずは耳を傾ける。
「------彼女の意図と行動は乖離している」
「・・・・」
「それは情報の不足に因る。--------------彼女の行動は彼らSOS団の妨げ」
「・・・・どういうことか理解しかねる」
「------------理解は求めた--------追々説明する」
理解を求めたとは言い難い。佐々木さんの意図とは?
「------------SOS団と--------この地球の安寧」
私には彼女はそれを最大限保とうと努めている陽に見えるけれど?
「そう----------でも-----------違う。これ以上は-----------明日がある---------また-----」
刹那の後、彼女は消えた。
* * *
The DAY5
12/25
* * *
115 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/18(金) 00:48:19.76 ID:K/Zx1GwK0
* * *
The DAY5
12/25
* * *
[13:54]
「このpig-headedという形容詞は------」
英語の授業は退屈に終わる。
* * *
[15:02]
「有希、居るわね!?」
涼宮さんがいたく上機嫌で入ってきた。昨日、むすっと解散を宣言して以来だったため、あまりの変化に驚いた。
「・・・・どうしたの?」
「ふふ、後のお楽しみよ」
ルンルン、とサンバのリズムでコサックを踊りかねないほど陽気な調子で言う。
* * *
[15:29]
「今日は良いニュースがあるの。なんと・・・・新しい転校生が来たの!」
「へぇぇ、こんな時期に珍しいですねぇ・・・・」
「確かにそうね。学期の終わりとは、五月の中頃よりもよっぽど妙な時期と言えるわ」
佐々木さんは言いながら・・・・・元・転校生古泉一樹の居る方向をちらっと見やり、当人は少し面食らった表情をしていた。
『妙な時期の転校生』というアイデンティティすらもこれで失われた訳だ、気の毒に。そんな古泉君の内情も知らず、涼宮さんは明るい顔で言う。一端部室の外に下がってから、
「一年五組に本日やってきた、即戦力の転校生。その名も・・・・・」
「--------------よろ--------------------しく」
周防さん、そこは名前を言うところ。
* * *
118 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/18(金) 01:27:44.70 ID:K/Zx1GwK0
一部修正
-----------------------------
* * *
[15:45]
「それで、この周防さんをどうするか・・・・・困ったところね」
周防さんに女子トイレの場所が分からないというフリをして貰って、三人連れ添って出た。佐々木さんはまた増えた悩みの種になんとか対処するべく思案する。
「佐々木さんも、知らなかったの?」
「・・・・そうなるね。今回の件は彼女の独断だ」
「私という個体は-----------干渉においての利便性から--------近い位置を確保する必要性を感じた」
「ふぅん、周防さんが、ねぇ・・・・・・何か重要な出来事がやはりあったんだね?」
佐々木さんは直ぐに桜が散ったことと関連づける。
「---------貴方の思う件とは無関係。現状-------------脅威は--------無い」
「つまり、天蓋領域の端末として今回の事態にさほど大きな意味合いは感じられないと、断定したということね?」
「そう」
ノギスで測れと言わんばかりの小さな首肯。
「私について----------涼宮ハルヒへ説明はしないほうが良い」
どうして? 周防さんの言葉に疑問を返す。佐々木さんが答える。
「私は長門さんに説明したけれど、天蓋領域とその端末は元々敵性的接触を図ってきた一団なの。だから事情を知る人間でも地球に拠点を置く者は未だ、友好的な端末の個体にすら、天蓋領域には良い感情を持っていない。
そして、涼宮さんたちが・・・・きっと大丈夫とはいえるけれど、必ずしもその説明から周防さんに悪感情を抱かない、その保証は無い。いらないリスクを抱くよりは良いという考えだと思うわ」
「じゃあ、どうして私に?」
天蓋領域について説明したのか。
「長門さんはあのメンバーの中で一番良く話したし、私の相談相手として知っておいて欲しかったの。
私は聞き上手と馬が合うの。そこで、涼宮さんと鶴谷さん、古泉君は・・・・種類は違えど話し上手になるわ。朝比奈先輩はどちらかというと聞き上手だけど、こういう話なら長門さんの方が良さそうだったから。
こういった舞台裏の事情は、不利な事実ではないにしろ、愉快な話とは言い難いからあまり広めるのは良くないと思ったけれど。流石に桜の件は私の許容量の限界を超えていたから・・・・どうしても誰かに相談をしたくてね」
成程。事情を深く共有することは一定の信頼関係を保証することとも言え、悪い気もしない。
「・・・・・ふむ。じゃあ、『周防さんはただの季節外れの転校生。宇宙あるいは形而上の存在とは関わりなく、ましてやとんでもない力など行使出来やしない』-------ということで通そうか。長門さんを連れてくるまでも無かったわ、ごめんなさい。
あまり時間が経つと怪しまれちゃう。早く戻りましょう」
既に長いくらいだが----------帰ってから、ついでに校内を案内していた、という言い訳を述べたところ、果たして団長様に許容され事無きを得た。
* * *
122 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/18(金) 23:48:58.71 ID:K/Zx1GwK0
* * *
[16:43]
さて、SOS団なる珍妙な団体と雖も、その振る舞いが定常的に春真っ盛りのお花畑かというと、そうでもない。
イベントのある時期や、他にも間を開けて不思議探索なるものを行うときだけ俄に忙しく動き回るものの、普段の活動はお遊びサークル真っ青の緩みきったもので、この文芸部室は人的資源------光陽園学院の中に於いてすら秀才である二人、我が北高のアイドル、良家の子女---------を腐らせ浮かせておくまっこと勿体ない木場と化している。
入って正面のデスクトップPCに涼宮さん。並んだ四台のノートPCがそれぞれこっちのSOS団正式団員四人の席を占めているらしい。文芸部の活動を多くしなければならなくなった新生徒会成立からこっち、パソコンは机の上に常備しておくようになったそうだ。ボードゲームをしたい時等、必要に応じて、それを退けるということにしているらしい。
それぞれのPCは小規模なイントラネットを構築しており、会誌原稿のアップロードなどはその通信網を介して送受信されている。
一応同一人物ではあるものの、別々の個人である平行世界の私たちとの間のプライバシーを構築すべく、管理者権限を持たないユーザが私たちには割り当てられている。
そして外様の周防さんと佐々木さんはというと、やはりそれぞれまた別にノートPCと机を持ち込んで、そこで作業している。
その作業とは何か、という疑問があるだろう。それはある企画にまつわるものなのだが・・・・・その内容はともかく、発起人は言うまでもない。
カメラが壊れてしまった涼宮さんだが、転校生を引き入れたことで勢いを得たのか、また新たな活動を提案してきたのである----------
* * *
[16:51]
『さあ、皆。全員そろったところで今後数日にわたって行うべき活動とその目的、目標を説明するわ!』
その時点で、目敏い団員は・・・・・つまり団員漏れなく全員が、であるが・・・・気づいていたろう。(周防さんはいまいち何を考えているか読めないから例外とせざるを得ないけれど)
涼宮さんの手には例の文芸会誌。前は映画についての話だったが、それが無い以上代案となりうるのは・・・・
『こっちの世界で、私たちの文芸会誌を作るわよ! 期限は一週間。心して掛かりなさい! 佐々木さんと周防さんは新米だけど、時間がないからビシバシ働いて貰うわ。良いわね?』
* * *
123 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/18(金) 23:50:33.95 ID:K/Zx1GwK0
* * *
[16:45]
回想、終わり。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ・・・・・・・・・・。
タイピング音と時々のクリック音だけが静寂を拒むこの場に於いて、事件も、語るべきことも有ろうはずもなし。
* * *
[17:55]
皆が光る画面に向け穴よ開けとばかりに熱視線を注いでいる中、団長様が不意に手を叩き、私はびっくりして手を乱し、わけの判らないアルファベットがワープロソフトの画面の、文章末尾に表示された。
「いいかしら? そろそろこの部室の使用許可時間外になってしまうわ。荷物を纏めて帰りましょう!」
「はぁい」
朝比奈先輩の緩みきった風船に開けた穴から出る空気のような声を皮切りとして、全員が席を立ち、ハンガーのコートを身につけるなり、小説のメモの為に用意された筆記用具をしまうなり、それぞれの準備を始めた。
* * *
[18:01]
帰途、校庭にて。
「------------------」
周防さんはコートも鞄も無い男らしすぎる帰宅スタイルを採用したようだ。単なる置き勉だと信じたい----------というか、こんなところで物質の転送なり圧縮なり宇宙的イロモノパワーを気軽に使わない出欲しいという一人の創作文学愛好者としての切なる思いがそう願わせる。なんだって少し勿体つけて使うくらいが夢があっていいじゃないかと思うのだ。
その願いを聞き届けたのかも知れない------まず、ひときわ強い風が校庭の土を舞い上がらせた。
ふわり---------周防さんの歩く体育館側で特に濃く砂塵が浮いた。周防さんの制服は未だ光陽園のそれで、黒いものだったからまだましな方とはいえ、確かに汚れた。
「あ、九曜さん、大丈夫ですかぁ?」
朝比奈先輩がよっていくと、周防さんは核戦争が起きてもそのままでいそうな調子で、
「--------問題---------確認できない」
と無機質に答えた。けれど、朝比奈先輩はそれでも気になるらしく、きっちりとその服についた砂を落としてあげていた。丁寧だけど迅速に、そして相手が動かないその様は・・・・春が来て取り出したお雛様の人形に付いた埃を落とすようだった。
そうして周防九曜さんの服は丁寧に整えられ、砂埃に吹かれる前よりも綺麗になった位だった。周防さんはそれを一瞥して、
「------衣服の汚穢の除去-----------確認」
さらに、とても意外な一言を放った。
「--------あり------がと--う」
朝比奈先輩は「どういたしまして」とにっこりヒナゲシの笑みで答えたが・・・・彼女の正体を知る私としては驚きを隠せなかった。
--------ああ。宇宙人も、人なのか。寧ろ違う部分の方がずっと少ないだろう。そう感じ入る私の横でくつくつと笑っているのは佐々木さん。
「・・・・・長門さん。まあ、確かに彼女も一定の人間性を得たが・・・・・気づかなかったのかい?」
なんのことだろうと私は再び周防さんの方を見る。すると、朝比奈先輩がすっかり狼狽している。
「だだだ、大丈夫じゃないじゃないですか、この目!」
周防さんの大きな目は、ガラス玉に絵の具を垂らしたんじゃないかと言うほど土で汚れておきながら、本人にはそれを気にした風もない。
朝比奈先輩は周防さんの手を引いて水飲み場に向かった。
「くつ、くつくつくつ・・・・・・まさか、一度も瞬きすらしないなんてね」
私は溜息を吐く。一種異様な雰囲気に眼を瞑れば可愛らしい少女然とした周防さんも・・・・・やっぱり宇宙人なんだな。
* * *
The DAY6
* * *
130 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/20(日) 12:36:49.85 ID:HkCrVJSd0
* * *
The DAY6
* * *
[07:10]
私の朝は焼いたトーストから始まる。今日は、昨日安かったシーザー・ドレッシングで海藻サラダをいただく・・・・・なんておまけがあるけれど、それでもマーマレードと食パンは欠かせない。
・・・・・焼いてから、サラダを作る時間で少し堅くなってしまった・・・・・とりわけ耳の部分など鋼鉄もかくやという燦々たる有様----もちろん誇張だが---である。
それでもマーマレードをつければ、いわばスナックの様なもの-------クラッカーにクリームを挟んで食べる様な感覚で食べることが出来る。やはり、ジャムは偉大なものだ。
華奢な体つきを自負する私は、朝は冷えて体が思うように動かない。それを緩和するためのホットカフェ・オ・レを、眠気覚ましをかねて一杯飲む。
コーヒーというものの嗜好品としての価値については未だ理解出来ないが、飲みやすくして眠気覚ましに飲む理由は十分にある。
学生の朝は早く、その一分は一生に等しい重みを持つ。具体的に言うと、喩え一分一秒だけでも二度寝をしたくてしょうがないのだ。
夢の中から出で、布団へと私の後ろ髪を引く『睡魔』という悪魔を追い払う聖水-----カフェ・オ・レとは、さしずめそんな存在だろう。
聖水---------そういえば狂犬病の犬も水を恐れる、と言う。滝行というのも水による禊ぎであるし。
どうしてありふれた液体に価値を見いだすのだろう。水晶、宝石----透き通ったもの。水もその一つ、ということなのかもしれない------とと、そんな時間は無かった。
鞄を拾おう。私はテレビを見ながら、直下の黒い物体に手を伸ばす----------
「----------状況-----不明。推測する-----挨拶--------違う?」
「・・・・・・っ?!」
掴んだものは彼女の髪の毛だった。
「・・・・・え? どうして-------」
相手は『今まで気づかなかった』という文を補足したようだ。
「クオリア------干渉-------この部屋における私-----当然のものと認識させた」
いやいや、それが出来るのはさぞ凄かろうけれど。
「どうして------この部屋に?」
春宵レートで1金に相当する沈黙の後。
「------元来。唯の---端末、部屋は------無い----」
「・・・・ホーム・レス?」
「------語弊-----------」
無いだろう。
「-----ある。老廃物は-------出さない------」
「風呂に入る必要が無くても、ホーム・レスはホーム・レス。定義された通り」
「-------------」
顔には笑顔泣き顔怒り顔の、不可思議分の一程の変化も起きていないように見えるが------もしかしたら、恥ずかしいのかな?
「-------そう、恥ずかしい」
ヤケに素直な宇宙人だ。
「------貴方は----私に近しい-----から」
それは元々の長門さんは貴方と同じく宇宙人だったけど。私は純正地球人だから、違うと思うわ。
「-----意図不明。-------同一個体である以上-------」
前提から違う。この宇宙人、もしかして知っているように見えることも知らないのかもしれない。-----と、なると。先日の佐々木さんがどうとかいう話はそのまま彼女自身に突き刺さる。
彼女の話はどうやら話半分に聞くべきものらしい。
* * *
131 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/20(日) 12:37:42.18 ID:HkCrVJSd0
* * *
[08:02]
授業直前、私は特進クラスの扉の前にいた。
・・・・・用事があるのだけれど、それでも他のクラスに突然入ることは躊躇われる。
私という人間は、『君子危うきに近寄らず』の下、最低限の四端の心のみを発揮して、事なかれ主義の元に生きてきた。波瀾万丈なのは本の中だけで良い。
けれど、いざこうしてみれば対人関係の不得手というものが恨めしくなってくる。
「おや、長門さん。ここでお見かけするとは------なにか御用ですか? この時間帯では手早くしないと遅刻してしまうでしょう」
そこに来たのは天からの助け、もとい、古泉君。
「・・・・・佐々木さんを、探してる」
「と言うことは・・・・・きっとこっちの世界の涼宮さん周りの事情と言うことですね-------あ、そうと決めつけるのは失礼というものでしょう。単なる友人への訪問だったということもあり得ますし、申し訳ありませんでした。
さて、佐々木さんは------あちら、窓際の一番後ろの席にいらっしゃいます」
古泉君は一緒にそこまで行ってくれた。気配りが出来るのはやはり長所だろう。
「佐々木さん」
「やあ、古泉く-------成程。用があるのはそっちみたいだね。------何かしら? 長門さん」
「その前に・・・ごめんなさい、古泉君」
「・・・・・ああ、確かにガールズ・トークに僕が居るというのも奇妙で野暮な話でしょう。退散するとしましょう」
「ああ、申し訳ないね・・・・・それで長門さん、どうしたの?」
言葉を選ぶ必要もないし、ましてや時間もないので率直に言う。
「周防さんが、私の家に来た。それに、居座るつもりみたい」
「・・・・・手短にお願い」
言い終わると、佐々木さんは緊張を解いた。
「何だ、そういうことなら泊めてあげるといいと思うわ」
「・・・・言いたくはないけれど、元は敵だって」
「長門さん。貴方にそれを求めるのはまだ早いと思うけれど、私は彼女を信用・・・・・いや、信頼していると言ってもいいかもしれない。
目的は違えど、私たちのSOS団は、団体行動-----まあ、不思議探索の真似事みたいに喫茶店に四人で集まったこともあったわ。
加えて、彼女が貴方に害を及ぼそうとするなら、それこそ一秒とかからず一通りのことが出来てしまうわね。だから、やるならもうやってる・・・・・小説の常套句だけど、そうは思わない?」
132 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/20(日) 12:39:17.66 ID:HkCrVJSd0
けれど、別の目的が存在しない保証は無い------
(たとえば、この間の図書館での二度目の邂逅の時の話に関わるような、ね)
佐々木さんはそれでも余裕の笑みを崩さない。
「それに貴方を選んだのには理由があるわ。対話の相手であった長門さんから彼女はあまりに多くを学んだ。ほとんど他との接触を持たなかったものがある時、他から大きな干渉を受け、そして良くされた・・・・小説的には、どういう展開が待つものだと思う?」
・・・・・それは、こういう置き換えで語れるのではないか。小さい頃から軟禁されていた少女を助ける、ヒーローのお話。少女は英雄を愛すようになる-------
「まあ、それと同じね。但し『愛』というのは彼女にはまだ相応しくない感情だろうと思うわ。それが芽生えるには彼女の自我はあまりに未発達だから。
だから別の例えにさせてもらうけれど、生まれて直ぐの雛。それが・・・・・ああ、そうだ。僕の持っている生物資料集に良い写真があった」
彼女が取り出し示したそこにはドナルド・ダックの人形について回る雛の姿がプリントしてあった。
「雛は最初に見たものについて行く修正がある。それは対象が親であるという認識によるものかどうかは判らないけれど、今回はそう言うことにしましょう。
無明の宇宙という卵の中で育った天蓋領域に初めて接触した長門さんという存在は、まさに彼、あるいは彼女の親と言える存在になるわ」
でも、私はその長門有希じゃない。
「このドナルド・ダックの人形が他のドナルド・ダックの人形に置き換わっても、サイズと形が同じなら雛はついてまわるだろう、そういうことだと思うわ。」
それに、それほど高次の知性がそんな稚拙な本能的行動をとるものなの?
「彼女の自我はあまりに未発達と言ったわよね、少なくとも他者との接触が無かったため、他との関係性には疎いと言えるはずだわ。
少なくともこっちの長門さんと周防さんの関係はとても良好だった、というのもこの『刷り込み』の裏付けの一つよ。
今回の転校の件を良いチャンスだと思ったのかも知れないわね------長門さんの家に泊まりたかっただけなのよ、きっと」
でも、情報のみの存在だという天蓋領域にそんな人間的な感覚があるの?
「長門さんが天蓋領域の親のような存在と言ったのは、精神の話でもあるんだ。長門さんの得た四年間の稼働の間のデータは天蓋領域にも多くが渡され、結果彼らは多少人類というものを理解したんだと思うわ」
・・・・・成程。
「安全性については僕とこちらの世界の長門さんが保証する。彼女は入念にチェックした結果、周防さんに危険は無いと判断していたからね」
でも、周防さんが天蓋領域の敵対意思に支配される可能性や、自主的にそういう意見を持つようになる可能性は?
「それは・・・・長いスパンでみれば、判らない。
けれど、先ず一つ。敵対意思に支配されることは現状あり得ないわ。
長門さんの調査の結果、周防さんに敵対の意思は現在なく、そしてそれを拒む姿勢すら有るとわかったの。天蓋領域の端末はスタンド・アローンが基本になっていて、端末側から接触を図らない限り本体との接触は行われない用になっているの。だから周防さんがそうしようと思っていない今、その心配は無い。
二つめの自発的に持つようになるか-----というのは、周防さんの自我の発達スピードと、そして何より天蓋領域の敵対意思の性質から否定できる可能性よ」
意思というものの移り変わりが、予測できるの?
「つまりね。天蓋領域本体はあまりに膨大な情報処理能力ゆえ、あまりに早くその時期を迎えてしまった。故に長門さんと、その属すTEFIと、彼女の中で育っている自我のベースとなった地球人類に敵対意思を抱いている。
対して、周防さんは情報処理の能力は一端末としての域を出ず、自我の発達に至っては人間のそれと同じ。その時期を迎えるには十年はかかると予想できるわ」
その時期、とは?
佐々木さんは地震のノーベル賞を受賞した論文について地方講演で紹介する科学者のように、言った。
「少年少女の反抗期よ。人類誰もが通る道ね」
---------HRの鐘が鳴った。
* * *
138 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/21(月) 14:56:55.40 ID:h4+KU5ws0
* * *
[09:30]
『あなたに会ーえたしあーわーせ、感じてー・・・』
音楽の授業。だけれど、私の口は形を成すばかりで声を出さない・・・口パク、だ。
これは別に教師が疎ましくてやっているのでも、音楽が嫌いなのでも、はたまたその他思春期のわけのわからない理由無き反抗の産物でもない。
こっちの世界の私はそうしていたらしい、というだけの理由だ。
いくら私でも、普段なら合唱の時ぐらい申し訳程度の声を出すことはする。・・・・まあ、歌わない方が気が楽で良くはあるのだけれど。聴く方はあまり嫌いじゃない。
クラスの人ともあまり話さないし、SOS団の人ともそう言う話はしないから、流行の曲の一部と、後は図書館に出向いて気になったアルバム位しか聴かないけれど。
『風にーなりーたいー・・・・』
歌というものはこういう風に言葉のつながりが曖昧で、広がりがあって好きだ。私にとっては、歌詞が楽曲の八割を占めていると言っていい。
このように詩的ながら前後の繋がりのある歌詞も有れば、脈絡の無いような、言葉の更に奥の--------語感というものだけを繋げていくような歌詞もある。
表現したいもの・ことありきで作られるのが歌なのだろうが、恐らくはそれを二重三重と言葉で包んでいっているというわけだ。。修辞技巧というものは、一種の魔法である。
友情とか、愛とか、恋でも良い。創作の多くの根底にはテーマが有って、それを伝えるために、そのメッセージを受け取りやすいように包装していくのが創作者。それは面と向かった生の言葉よりも時に響くものである。
・・・・・この考えを、会誌の小説に活かそうかな。
* * *
139 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/03/21(月) 14:58:04.71 ID:h4+KU5ws0
* * *
[12:43]
カタカタカタ・・・・・・・・・・。
カタカ・・・・。
煮詰まってしまった。アイデアの尽きが筆の停止である。
所詮高校生の身で有るからにして、インクにのせる人生経験はそう多くないのだ。
(ましてや、普段から多少書いてるし・・・・こういう時、そうネタに余裕が無い)
・・・・・煮詰まってしまったものは、どうにかして解すしかない。気分転換・・・・・文芸部室の本は、概ね全て読み終わっている。
部室を見渡すと・・・・・・同じように筆が止まった人物が居た。・・・・・朝比奈先輩である。
「・・・・・」
後ろから覗き込んでみると、頬に手を当て考え込んでいる。
「・・・・ひゃ?! 長門さん?」
「・・・・・・御免なさい、勝手に覗いて。私も筆が止まってしまったから」
「長門さんも、ですかぁ・・・・意外ですね」
「文芸部も書けないときは、書けない」
「ふぅん・・・・・」
しばし思案して、朝比奈先輩は手を打ってこう提案してきた。
「お互いの作品を見せ合って刺激にする、っていうのはどうでしょう?」
「?!」
それは、考えていなかった。それは良い、素晴らしい。前回の会誌制作・・・・何かが物足りなかった。今もそうだった。
ずっと一人きりの文芸部・・・・・ライバルも居ない、仲間も居ない。SOS団という仲間を得ても満たされないその胸の穴は・・・・・
「ぜひ、やりたい」
私は-----これはきっと頬が上気しているだろう-----興奮して、申し出に応えた。
「はぁい。古泉君も、どうですかぁ?」
「そう、しましょうか。そろそろ僕もアイデアが尽きかけているところです」
これで、今部室にいる全員が参加することになる。
・・・・・『作品の見せっこ』。なんと甘美な響きだろう。文庫の小説大賞に一人送り続ける日々はもう遠いものとなったのだ。これもまた、SOS団様々かしら。
* * *
147 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/07(木) 23:47:16.31 ID:sq+27WPP0
* * *
「題未定」古泉一樹
僕が朝に飲むのは決まって一杯のフルーツ・ジュースだ。フルーツと呼ばれうるならば、林檎、蜜柑、梨、桃。何でも構わない。氷とそれらを、時々は豆乳・牛乳・あるいは製菓用のエッセンスも入れ、ミキサーで砕いたフレッシュなジュースである。
そうやって飲むことで、かつて生きていたそれらの息吹を体に取り込むことが出来るような気がするのだ。
探偵失格な、酷くオカルティックな考えの気もするけれど、たとえば化学調味料-----単一目的で抽出されたなんらかの純物質、あるいは数種の混合物。無機質なそれらをまぶされた冷凍食品なんかよりはよほど健康的に栄養分を摂れるだろう。
餅は、餅屋。モノはふさわしいところで求めるべきであり、たとえば生物に必要なものは生物に求めるべきだと言う考えである。
栄養学も、生物学も、必要以上の興味は無い。口に入れるもののそれら学問に則ったバランスなど考えたこともない。僕にとって体とはただ動くものであり、動かそうと保とうとするようなものではないのだ。
そんな僕にとってのたった一つの申し訳程度の体への労いこそが、この一杯のフルーツ・ジュースなのである。単に美味しいから、というのが一番の理由でもあるが------
その僕のフルーツ・ジュースを他人に飲ませるのは初めてだ。
理由は単純。僕から薦める理由がまず無い上に、そもそも僕がそれを飲むところの朝に尋ねてくる非常識な依頼人は未だかつて居なかったからだ。
その少年は早朝五時に僕の事務所を訪ねてきて、開口一番「依頼をしたい」ときたものだ。
月より遅く眠りにつき、太陽のもっとも明るいときに気持ちの良い目覚めをする主義の僕は多分に苛ついていた。
『そもそも、推理小説を食べてしまいたいほどに愛している僕であるが、近頃の日本において時々あるような物語の類型だけはいかな推理小説に於いても許し難く思っている。
なけなしのお金で依頼をする子供。引き受ける主人公。大団円。なんだそれは、吐き気がするではないか。プロがプロであるためにはそんな甘い幻想を横行させておいてはいけないのではないのか?
僕はこういったわざとらしい美談が嫌いだ。だから推理小説を読む。
推理小説の殆どは殺人事件を伴う。推理小説における人の死というものは、明らかにそのほかの小説におけるそれと一線を画す。その場に於いて、死とは要素に過ぎなくなるのだ。
推理小説はもっとも死をあるがままに取り扱う創作の一つである。たとえば、殺人事件は既に起きていて、その真相を解明するとか。そうでなくとも、特に刑事モノなどで顕著だが、被害者の死を日常と仕事に埋没させて酷く淡泊に処理してしまう。
それこそが有るべき世界の姿だと僕は考える。
死は死である。生は生である。全てはあるがままの自然体で認識されるべきだ。
作品を公に発表するならば、それを認め現実に必要以上の脚色をせずにいろと、そう思う。叙情的な表現など以ての外だ。ドラマティックな展開も御免被る。
仏師が木を削るとき、そこに仏師の自己表現という因子は存在しないと聞く・・・・・木の中に存在する仏の姿を彫り出すのが仏師だというのだ。超常であるところの仏は仏師の腕を借り己の自画"像"を作り出すという思想が根底にある。僕は創作にも同様の態度を求める。
創作で本当に見るべきは作品の世界そのものだ。作者の手腕ではない。彼らが筆で現実を濁していくから、現代人類は自己・自我に悩むのだ。
人間の心を半端に浮き彫りにする叙情的な筆を振るう作家は、読者に自己を再認識する営みをさせることになる。・・・・それは馬鹿らしい。思い悩むことをしなければ、彼らの自我はあるがままにあり、そこに問題など無いはずだというのに・・・』
失礼。長く、ややこしい話をしてしまったようだ。ともかく子供の依頼だから、と安い代金で請け負うような甘い真似はしたくないというだけのことだ。
目の前でふうわりと沈み込むソファに腰掛け、頬をへこませ幸せそうに今朝のパイナップル・ジュースを吸い上げる『依頼人』である子供にその旨を主張し、怒鳴りかけたところ・・・・少年の背後の事務所の出入り口から一人の老紳士が現れた。
「申し訳ありません、少々訪ねるにも早すぎたようで・・・しかし、どうあってもお受けしていただきたく存じ上げます」
窓から見れば、路肩に止まっているのは黒塗りのベンツ。老紳士は続ける。
「謝礼は満足ゆくまでお払いしましょう。場合によっては、此度の失礼も額の考慮に入れましょう」
そう言われては、僕に否やは無かった。
* * *
[12:55]
「どうでしょう、長門さん」
「・・・主人公が偏屈なのはとても好み。はっきりとした描写は無いけれど・・・・どうやら舞台は現代。過去よりは考証の手間も無く、良いと思う。始まったばかりで評しようもないから、こんなところ」
「私も、悪いところは無いと思います。けど、もしかしてこの段階で止まっちゃうってことは・・・・展開、考えてなかったりするんですかぁ?」
古泉君は余裕のある慇懃な所作で否定のポーズを作る。
「いえいえ。いくつか考えていますけれど、そのどれにするか、の決め手が無く、悩んでいました。僕の目当ては作品を見て貰うことよりも、見て刺激を貰うことですね」
「ふぅん、そうですかぁ・・・・・じゃあ次は長門さん、お願いできますかぁ?」
「・・・・出来れば、最後が良い」
流石に見ず知らずの審査員に見せるのとは違う、緊張もしようものだ。その内心を汲み取ってくれたのか朝比奈先輩はすんなり了承してくれた。
「ふふ、じゃあ、私の作品の番ですね」
* * *
150 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/09(土) 00:00:31.19 ID:KVi9e6J40
* * *
「題未定」朝比奈みくる
むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがくらしていました。
そこにあるひ、がいこくからたびびとがたずねてきたのです。
たびびとはいいました。
「わたしのこどもを、あずかってほしい」
おじいさんとおばあさんはたいそうおどろきました。そして、おじいさんはこういいました。
「それは、なんにちかのあいだのことなんですか?」
たびびとはこたえました。
「いいえ、これからずっと、です。そだてるためのおかねはていきてきにわたしにきましょう。おれいのおかねもおわたしするつもりです」
「だからといって、たにんにそうそうあずけるのはいけませんよ。おやがあるだけでこどもはしあわせなものです。わたしのおやも、はやくになくなってしまったものです」
おじいさんはいいました。たびびとはあわてていいかえします。
「べつにすてたいわけでもありません。ただ、このこをそだてることはできないりゆうがあるのです。みっかにいちどだけはあうこともできましょう。けれど、それいじょうはいけません」
じじょうあってのこととわかり、おじいさんはかれをこまらせることをするつもりもなく、こどもをあずかることにしました。
おじいさんとおばあさんはこだからにめぐまれず、かえってたびびとにありがたくおもっていたのです。それにひとがいいので、たびびとがちゃんとそだてるためのおかねをもってきてくれるとしんじていました。
はたして、たびびとはきちんとこまめにおかねをもってきてくれました。ことばどおり、みっかにいちどこどもにあいにきました。
たびびととおじいさん、おばあさんはこどもがねたあとに、おきるまえにたびたびあいました。そしてはなしをしました。
かれのいままでのはなしもたくさんききました。
かれはうみのむこうからきたこと。とりのいろが、みずのながれが、やまのきがちがうこと。みんなみんなはなしてくれました。
おじいさん、おばあさんはとしをとってみよりもいないので、むすこができたようでたいそううれしがりました。
それでもたったひとつかれがはなさなかったことは-------どうしてじぶんでこどもをそだてることができないといっているのか。それだけでした。
* * *
151 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/09(土) 00:01:53.51 ID:KVi9e6J40
* * *
[13:03]
「・・・・朝比奈先輩。これは、後で画をつける?」
「そうですよ。童話の絵本にしようと思って・・・・うふ、すこし恥ずかしいですね」
朝比奈先輩は口をきゅっと、頬を上げて微笑み顔を赤くした。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。童話というのもまた、立派な文化の一つと言えるでしょう。僕のそれと同じく、やはり展開はまだ明確になってはいませんけれど、童話としての展開は緩やかながらも謎・人物共に出そろっているように思います。
けれど、少し文字数が多くなってはしまいませんか? このペースでは」
「うぅ、そうですよね・・・・けれど、折角高校で出すのですからボリュームを少し多めにとろうかな、なんて思ったんです」
「ああ、成る程。そういうことなら問題は無いでしょう」
「・・・印刷をカラーにするのは難しい。そこは涼宮さんと相談をしておくと良いと思う」
「そうですねぇ、長門さん。カラーじゃなくっても、それはそれとして大丈夫ではありますけれど・・・・早め早めに動くことにします」
朝比奈先輩は本当に素直で羨ましい。荒廃二人の助言を何の屈託も無く受け入れられるあたり器が大きいとすら言えるだろう。
やっぱりそういった素直さが、校のアイドルの地位を支えているのだろうな。
「次は長門さんですね、楽しみですぅ」
・・・・やっぱりそうなるだろうけれど、引き延ばすつもりで先輩に先に見せて貰ったのだ。ちょっと、狡いかも。だけど、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
我が校の昼休みの終わりは、13:10。終鈴はぴったりだが、予鈴はその五分前に鳴るのだ。
電子音が、スピーカーから伝わってくる。
「・・・・おやおや、どうやら惜しいところでお仕舞いですね。遅刻しないうちに急ぎましょう」
「そうですね・・・・少し、残念です。長門さんの作品はきっと素敵なものだと思っていましたから。後でまた、見せてくださいね」
「・・・・」
こくり。伝わったのか不安になるような私の肯定に、先輩は笑顔を返してくれた。
こういう内面を見せるようなことは苦手だけれど。それでも朝比奈さんがああ言ってくれているから。私自身、やっぱり見せっこをしてみたいから。
後で財産となる文芸部としての思い出のために、今少しだけ頑張ろうと、改めて思った。放課後までに心の準備をしておこう。
* * *
157 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/10(日) 16:52:42.53 ID:R3zmanRe0
* * *
[14:33]
現代国語の授業は退屈ではない。けれど、決して必ずしも好ましいモノではない。
それが作品を読んでゆくような授業なら良い。しかし、このぐらいになってくると問題演習-----それも、記述式のものを行うことがある。
『ただ、授業の量を減らす』ような間違ったゆとり教育を敷延する人間の様な立場をとるつもりはない。
それでも文章というのは、それが特に当人の考えを問うものならば、数百文字でおさまる量で書かせ採点するべきではないと思う。それならいっそやらない方がずっと良い。
文章というものは、人間の思考の代弁をするものであると同時に、ぼやけた思考をデジタル的に表し、要素のあいまいな部分をカットするという点から人間の思考と全くの別物であると言える。
人間の思考の、ほんの一部分だけしか言葉には乗っていない。
例えば貴方が本当に大切に思っている人への想いは、語り尽くせるものだろうか。
例えば貴方が本当に憎く思っている人への心臓でどろどろ渦巻く憎悪は、言葉に出来るようなものだろうか。
言葉とは、点に過ぎない。たくさんの人間と人間が触れ合うとき、その関係性の糸が編み上がってゆくにつれて・・・・一つの織物ができてゆくだろう。
あるいは、本当に親しい、例えば伴侶などと一生を共にするならば、そのかけがえのない一人との間には、強固な縄が編み上がってゆくのだろう。
けれど、筆と紙と出版社と印刷所と書店とを介して作家と読者が繋がるとき、そこに強固な関係性はない。
作家があるとき書いた本が、『誰に』『いつ』伝わったかは、書いた当人には知る由もない。読み手と書き手は究極的な他人に過ぎない。
それでも、名著は誰かの人生に寄り添ってゆき、各人だけの『聖書』というものが存在する。
人生に、主張に、思考に、嗜好に、長く、深く、関わっていく本は存在する。
どうして単なる一冊の、そう大したものでもない------文庫本にだって、ある人間の人生を左右できるというのか。それは長い文章を通じて編み上げられた物語というものは、既に単なる点ではないからだと考えている。
パソコンを見る。一つのドット、それでも十万百万と集まればなにものをも表現出来るほどになる。
物語を、人生を、主張を、言葉という点を連ねて、例えば砂絵のように緻密に描いていくのが文章なのだ。
記述式の狭い回答欄を見る。私のほんの百二十文字の回答がある。文章としては成り立っている。多分そう悪くない得点を取れるだろう。
けれど、この回答欄の行の間。さらにはマスの間。そして外側・・・・そこには価値ある何かが切り捨てられ眠りについている。
だから授業は嫌いなんだ。
もちろん、その指定の文字数に考えをまとめ上げる能力を問うているのだろう。
それは判っているが----それでも、私はどうしようもなく、文芸部に所属している。
本の世界に解答用紙はない。同じレーベルですら千頁たっぷりと書く作家も居れば、二百頁に己の全てを込める作家も居るのだ。
私のパソコンのテキストファイルはまだ執筆途中。これからどれだけ書くか。何を書くか。全ては私の方寸に委ねられているのだ。
* * *
158 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/11(月) 00:47:57.01 ID:TZ6drM1O0
* * *
[15:12]
カタカタカタ・・・・・・
今日も今日とて、文芸部員の手は忙しい。
* * *
[16:00]
またも、筆が止まる-------と、昼休みの二人が声を掛けてきた。
「あの、長門さん・・・・・」
「宜しかったら、昼の続きを・・・・」
すると当然残りの三人が興味を示してきた。・・・・いや、厳密に言うとそのうち一人、周防さんについては興味がこっちに向いた気配がしたような・・・気がする、程度に過ぎなかったが。
ともかく、佐々木さんはこちらを一瞥。涼宮さんは耳がピクリと動き出しそうな、「聞いたわよ!」と言いたげな好奇心の宿った瞳でこちらを凝視している。
「みくるちゃん、古泉君。何の話かしら?」
団長机のデスクトップPCごしに声を掛けてくる。
「私も気になるところね」
と、佐々木さんが重ねた。
「いえ、大したことではありませんよ。長門さんと僕、そして朝比奈さんで作品の見せ合いを、昼休みにしていましてね・・・・」
「長門さんだけまだ見せてくれていなかったから、今からそうするんですぅ」
「・・・・・みくるちゃん」
涼宮さんが語気を落として語りかける。・・・・人生でも最高潮に嫌な予感がする。
「はぁい?」
朝比奈先輩の罪のない笑顔が憎い。
「私は、哀しいわ・・・・・」
「へぇ? えぇ?」
涼宮さんはこの世の全てを悟り全てを受け入れる僧のように、目を瞑り穏やかな説教を始めた。佐々木さんは成り行きが読めたと言うような表情をしていて、今は敢えて口を出さないで居るようだ。
「SOS団は神聖にして不可侵。ありとあらゆる意味で冒しがたいものよ。私はただ考え無しにそう言っているんじゃないの。古泉君、どうして私がそう言うのか、わかる?」
「いえ、皆目見当も」
古泉君は命を尊ぶこと菜食家より尚厳格なる生命倫理家である、と言っても信じられそうなその人畜無害な笑みを浮かべたまま即答した。これは恐らく、だいたい何を言い出してどうしたいかは判っていて、的確な回答も心得ているが、ご機嫌取りのため敢えて答えていないのに違いない。
「ダメね、古泉君。このくらい汲み取ってくれないと・・・・。良い?
団員は、今で八名。計算すれば簡単だけど、日本人のうち、同じ八人でもこの八人が集まる確率は、宝くじなんかじゃ目じゃないほど小さい。奇跡中の奇跡と言えるわ」
良いことを、言っているように見える、明らかに意地悪く笑っている口元を見ている私はそれに騙されはしないけれど。
「そう。この八人集まれたことは素敵なことだと思うし、代え難いことだと思うの。みくるちゃんは、どう?」
「涼宮さん、なんだか今日は輝いて見えます・・・・そうですよ、そういう考え方、大事だと思います!」
涼宮さんは不意に黒板に白チョークでものを書き出す。内容は、『第一回----------
「流石みくるちゃん。じゃあ、第一回SOS団作品品評会の開催にも賛成してくれるわね?」
「はい!・・・・え?」
勢いというのは恐ろしい。熱くなれば、内容が斜め上に飛んでもそれに気づかないことだってあるのだ。
「代え難い団員の間に秘密は相応しくないわ! お互い作成途中の原稿を見て、アドバイスをし合いましょう!」
せっかく覚悟を決めた矢先に、見せる相手が増えるとは・・・どうせ止められないことだ。だから、一つだけささやかな抵抗。私は言った。
「・・・・・・・涼宮さん。第一回『文芸部』作品品評会、にしないと」
「判ったわよ、文芸部部長さん? ----------各自、作品を七部ずつ印刷しなさい!」
* * *
163 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/11(月) 23:36:47.34 ID:TZ6drM1O0
改行せず投稿してしまいました。失敬
* * *
[16:18]
「うんうん、一人につき七部ずつ行き渡ったわね。じゃあ、次は製本をするわよ!」
「・・・・涼宮さん。ここにそんな設備、有ったかしら?」
佐々木さんが訝しげに問うと、涼宮さんはしたり顔で返答した。
「北高ではね。文化祭の時期になると、小冊子を発行するの。そのとき製本用のホチキスを借りることが出来るのだけれど、それを暇を見て借りてきておいたわ。
ついでに製本用テープの買い出しを古泉君に頼んでおいたから、抜かりは無いわ。本当は会誌を正式に製本する為の物だったけれど量に余裕が有るからこのくらいはできるわ! じゃんじゃん作りましょう!」
古泉君の財布からそのお金は出たのだろう・・・言わない方が丸く収まるので、そうするけれど。
涼宮さんは机の上に二つの製本用ホッチキスを置いた。針をセットして、それからこう言った。
「鑑賞の順番を決めましょう。で、その順番にまとめてから製本するの決める方法は・・・」
周防さんがそこで割って入ってきた。
「あみだ--------くじ------------」
「周防さん?」
佐々木さんはぎょっとした表情で周防さんを見つめた。涼宮さんは周防さんを取り巻く事情を知らないため、似合わない自己主張を不自然に思わず提案を受ける。
「あみだくじ、ね。確かに良いかも! 久しぶりでなんだか逆に新鮮ね!」
------------っ。
子供らしいことほど、却って真新しく思える、その気持ちは分かる------でもそれだけじゃ、ない? なにかずれを感じる。記憶と、感覚とが噛み合わない。
『久しぶり』
その言葉に違和感を覚えた。久しぶりだ。はっきりと覚えている最後のあみだくじは小学生の頃のそれだ。しかし--------
「じゃあ、第一回文芸部作品品評会のための、SOS団あみだくじ大会を始めるわよ!」
考え込みそうになったところを、涼宮さんのヒグラシの鳴く音の様に耳に残る大声で現実に引き戻された。
涼宮さんがペンを紙の上に走らせ、積み上がった煉瓦のような柄にも見える籤を作っている間に、佐々木さんは周防さんに話しかけていた。
こそこそと、十数秒間。話し終わると、佐々木さんはいつもの余裕有る笑みを取り戻し、今度は微笑ましそうに周防さんを見つめていた。
---------彼女は私が周防さんの母であるという。しかし、佐々木さんこそまるでお母さんのように見えた。
涼宮さんの声が再び響き、私は現実に呼び戻される。一人一人、名前を書いてゆく。そうして、数本のレールの上から自分の運命をつかみ取る・・・・。
果たして。私の発表は、最後になった。
* * *
170 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/15(金) 23:31:19.52 ID:t/xACpuM0
* * *
「幸福について」涼宮ハルヒ
エヌ氏は冒険家であった。現在は少年時代を過ごした生家に戻り細々暮らしているものの、若き日はテレビで見ない日が無いほどだった。。
ある番組の企画で、彼にインタビュアーが尋ねた。
「旅をしてきて、一番に素敵な土地はどこでしたか?」
好奇心のまま赴いた全ての土地を彼は思い返して、それから指をぴんとたて右を指さした。
インタビュアーは尋ねた。
「あちら、ですか・・・・? ブラジルの方角ですが・・・・厳密にはどこでしょう?」
すると彼は今度は左を指さした。
インタビュアーが口を開こうとすると、彼は前を指さし、後ろを指さし、そして手を下ろした。
でたらめな仕草にインタビュアーは戸惑った。
「つまり、どこだったんでしょう・・・?」
エヌ氏は言った。
「真っ直ぐ歩いて道を見失わなずに進めば、どっちに行ったって着くさ」
* * *
[16:27]
「・・・凄く短い」
「いつまでこっちに居られるか怪しいものだから書く時間はそう期待できないし、製本用具の調達とかまえがき・あとがきを書くとか、やることが沢山だからそっちに力を入れようと思ってね。
------それに、書きたいことはそれだけだから。書きたいだけ書くのが一番じゃない?」
ごもっとも。
延ばしても意味はない。短くしたら最悪だ。ありのままでこその作品だ。
「くつくつ。涼宮さんの精神分析として読み解けそうでもあるわね」
「・・・・」
涼宮さんは精神を丸裸にされる予感に寒気を覚えたのか、ぶるりと一度身震いをした。
では、次は・・・・朝比奈先輩ね。
* * *
174 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/23(土) 23:51:53.39 ID:fYEWavnr0
* * *
「題未定」朝比奈みくる
むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがくらしていました。
そこにあるひ、がいこくからたびびとがたずねてきたのです。
たびびとはいいました。
「わたしのこどもを、あずかってほしい」
おじいさんとおばあさんはたいそうおどろきました。そして、おじいさんはこういいました。
「それは、なんにちかのあいだのことなんですか?」
たびびとはこたえました。
「いいえ、これからずっと、です。そだてるためのおかねはていきてきにわたしにきましょう。おれいのおかねもおわたしするつもりです」
「だからといって、たにんにそうそうあずけるのはいけませんよ。おやがあるだけでこどもはしあわせなものです。わたしのおやも、はやくになくなってしまったものです」
おじいさんはいいました。たびびとはあわてていいかえします。
「べつにすてたいわけでもありません。ただ、このこをそだてることはできないりゆうがあるのです。みっかにいちどだけはあうこともできましょう。けれど、それいじょうはいけません」
じじょうあってのこととわかり、おじいさんはかれをこまらせることをするつもりもなく、こどもをあずかることにしました。
おじいさんとおばあさんはこだからにめぐまれず、かえってたびびとにありがたくおもっていたのです。それにひとがいいので、たびびとがちゃんとそだてるためのおかねをもってきてくれるとしんじていました。
はたして、たびびとはきちんとこまめにおかねをもってきてくれました。ことばどおり、みっかにいちどこどもにあいにきました。
たびびととおじいさん、おばあさんはこどもがねたあとに、おきるまえにたびたびあいました。そしてはなしをしました。
かれのいままでのはなしもたくさんききました。
かれはうみのむこうからきたこと。とりのいろが、みずのながれが、やまのきがちがうこと。みんなみんなはなしてくれました。
おじいさん、おばあさんはとしをとってみよりもいないので、むすこができたようでたいそううれしがりました。
それでもたったひとつかれがはなさなかったことは-------どうしてじぶんでこどもをそだてることができないといっているのか。それだけでした。
* * *
-----ここまでは読んだ。ここからだ-------
* * *
175 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/23(土) 23:52:33.99 ID:fYEWavnr0
* * *
おじいさんとおばあさんは、そのりゆうをたしかめようとしました。みっかにいちど、たびびととどんなはなしをしたのかをこどもにたずねたのです。
けれど、いつもきまってこたえはこう。
「たびをした、くにのはなしをされました」
そういうわけで、けっきょくわかることはありませんでした。
ちょくせつたびびとにきこうにも、かれはいつもそれをいやがります。そしてそのたびいづらそうになって、すぐにかえってしまうのです。
おじいさんとおばあさんはたびびとのこどもをまごのようにおもっていましたし、たびびとをこどものようにおもっていました。だから、こうやってこどもにいづらいおもいをさせるのはよくない、とこのことをたずねることをやめました。
それからななつひがたちました。
そのひ、あんまりにあまかぜがつよいので、おじいさんはあまどをしめたかふあんになって、みてまわっていました。そこでたまたま、たびびととこどもがはなれではなしをしているのをみてしまいました。
のぞきみはよくないだろう、とおもっておじいさんはうしろをむこうとしましたが------そこでみてしまいました。
たびびとはこなぐすりをこどもにのませたのです。それをみて、おじいさんはふあんになりました。あのこはおもいびょうきをしているのだろうか------おもわずふたりをじっとみます。
いっぷんほどして、こどもはいきなりねてしまいました。それをたびびとはおんぶして、へやにつれてかえります。
おじいさんはそこでいまにかえり、たびびとがくるのをまちました。
やがて、たびびとがかえってきておじいさんはたずねました。
「みるつもりはありませんでしたけれど、みてしまってはきになります。あのこにのませたこなぐすり・・・あのこはびょうきをしているのですか」
たびびとはすこしいきをのんで、けれどすぐにこたえました。
「だいじょうぶです。うつるようなびょうきではありません。そうだったら、おじいさんにあずけたりしませんよ」
たびびとのへんとうがきづかいにみちたものだったため、おじいさんはしつもんするのをやめました。
けれど、やっぱりきになるものです。おじいさんはもっとくわしくきこうか、まいばんなやんで、けれどたびびとがいやがることをしたくもなかったのでついにたずねることはありませんでした。
* * *
176 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/23(土) 23:55:42.79 ID:fYEWavnr0
* * *
[16:35]
「ふぅん・・・なんだか、筋がみくるちゃんらしくないわね。それに、後ろの方の文章がなんだか変よ。言葉がだいぶ難しいのになっているわ。子供じゃ分からないものもあるし、童話失格よ?」
涼宮さんはそう、腑に落ちないといった風な表情で言った。佐々木さんがそれに反駁を返す。
「多分これは、朝比奈先輩らしさじゃなくって、人間らしさというものなんだと思うわ。倫理学における『原型』の存在を信じれば、納得の出来る理屈がつけられるでしょうね」
生き生きと説明をする佐々木さんに涼宮さんは『フン』と鼻息で返答する。
「分かってるわよ、そのくらい。それってあれでしょう---神話・物語において同じような筋・人物が多く登場するのは人間の心に普遍的な『原型』があるからだ---っていうやつ。
でも、原型がいくらあったってそれを選んで行くのも、物語として仕上げるのもあたしたちなんだし・・・やっぱり、みくるちゃんがこういうのを書くのってなんだか違和感ね」
「ふぇ、なんだか、すみませぇん・・・・・」
二人の言葉に朝比奈先輩はしないでいい反省をしてしまっている。
それを横目に見つつ、私は一足先に次の文章に目を通そう------と、した。
* * *
* * *
[16:36]
そこにあったのは全くの白紙一枚。
書いたのは? 自問したが、何となく分かっていた。あらかじめ決めた発表の順番からしても明白だ。
「周防さん?」
「----------」
彼女はそこはかとなく居心地悪げに沈黙した。見た目にその内心を表す動作は無かったけれど、同じくそう表情豊かではない私には何となく感じ取れた。
そこで私が訝しげに見つめると、これまたどこか言いづらそうに答えた。
「-----------思いつかなかった」
「・・・・」
あみだくじを乗り気で提案した当人が、まさかこの様とは・・・・。私は流石に呆れてしまった。けれど、彼女の出生を考えると、もしかしたら創作にあまり触れたことが無く、想像力に欠けている・・・ということもあるのかも知れないし、あんまり責めるわけにもいかない。
--------だが、他の団員も白紙を見て虚を突かれているみたい。いっそう周防さんは可哀想だけれど、そのいたたまれない気持ちは因果応報と諦めて貰うしかないかな。
次になるのは鶴屋さんだけれど、まだ来ていない。品評会の開催を決めたときも鶴屋さんは何か用事があるということで居なかったのだ。涼宮さんがメールで呼びかけて、来たら発表して貰おうということで一応順番は決めていたのだが、どうやら無理そうね。
作品を勝手に印刷して品評するのもデリカシーに欠ける行いだから、ここは諦めるしかない。
周防さん、鶴屋さんと、涼宮さんは随分出鼻を挫かれた。けれど気を取り直そうといつもの声で言う。
「次は、佐々木さんの作品よ!」
* * *
181 名前:松本晶[sage] 投稿日:2011/04/24(日) 20:36:41.25 ID:EyOtgRlwo
>>177
修正
* * *
「題未定」 佐々木 某
私の体は松の材木で出来ているそうだ。お父さんが言っていた。
私のお父さんは人形師だった。それはもう大変人形作りに熱中して、いつしか完璧な人間を木で作り上げようという信念を抱いたほどだった。
その五十年の職人生活の集大成として、私は生を授かった。それを期に、お父さんは人形作りを止めたそうだ。止め時を心得た鮮やかな引き際だと贔屓無しでも思う。
やりたいことをやったからコレでお仕舞いだと、お父さんは私を作り上げたその日の内に工場を畳んだ。そうして森の中に隠れ住んだけれど、それでも国で一番の人形師の作り出した奇跡を目の当たりにしようと訪ねてくる人は跡を絶たなかった。私を作った時、お父さんは大陸全土に届くほどの名声を得ていたのだ。そして今や伝説にすらなった。
そういう人たちをお父さんはどう遇したか・・・・お父さんは自分の人嫌いで山にこもったが、私が成長する上で人と接するのは重要なことだと思っているらしい。だからこそ、訪問者と私が会うことを止めはしなかった。無論父親としての心配のため、お父さんは必ず付き添っていたが、それが私には心地よかった。
訪問者と話すことは興味深かったし、お父さんとも一緒にいることができるのだからなんの不満もあるはずは無かった。そもそも人形である私にそういった負の感情は無かった。
そうして私が十六歳に育った頃、ある時の訪問者に人攫いが混じっていた。
殴られたお父さんは、今まで過ごした十六年はなんだったのかと言うくらいに簡単に死んでしまった。けれど、涙は出なかった。私はそう作られている。
私は娼館に売られた。お父さんと私の名前は知られていたから、あまりおおっぴらに出来ないと主要な顧客にのみつけられた。普段から身だしなみを整えておくように指示もされた。娼館の他の女性より格段に扱いが良かったように思う。
娼館の女性達のうち特に苦労をしている人たちからは酷く妬まれた。そして客の予約の入ったある日の一週間前、そうとは知らず私の頭を強く殴りつけた女性が居た。当然娼館の主は激怒して、放っておけばその女性を殺してしまうんだろうなと私は思った。『人形の傷は直らない、これから奴に客をつけることは不可能になった』という考えも彼の怒りを強くしたろう。
そこで私の痣は自然に治るから心配ない、と私は彼に言った。彼は信じなかったが、私は父によりそう作られているのだとなんとか説得した。国で一番の人形師の名前は奇跡を信じさせるほどのものなのだ。そうして女性の処分を保留させた---果たして一週間後、私の痣は綺麗に消えていた。女性からは死なずに済んだことで反省と感謝の言葉を聞かされた。
その後、私は予約の主である上客の待つ部屋に来た。
無遠慮な手が体を触るが不快ではない。私はそう作られている。
決して人にさわらせなかった部分をはい回る蚯蚓の様な手も気にならない。私はそう作られている。
私があんまりに無抵抗、無反応だから客は怒り出した。けれど、私はそう作られているからしょうがない。
客は娼館の主に抗議した。すると主はこう言った。そいつを痛めつければ気持ちも晴れるでしょう。お客様は商品を傷つけることを気になさるやもしれませんが、実は傷が付いても自然に直る凄い人形なんです、そいつは。
客は驚いた。その後、私を鞭で打ち出した。声を上げない。私はそう作られている。
客は未だ無反応な私に更に怒った。強く殴られる。私は動じない。そう作られている。
首を絞められた。私は動じない。そう作られている・・・・。
そうして私は死んだ。人形だからと、死体を荒野に放逐された。-----そこで禿鷹に内腑をむしられる私を見て、誰が人形だと思うだろう。
私は人形だったのか。人間だったのか。
今思えば、名声の為にお父さんが嘘を吐いて私という人間を人形に仕立て上げた可能性は大きい。人形師が作るのは人形だ、完璧な人形を作れる完全な人形師などいるものか。
正直に言ってしまうと、そんな疑問は物心ついた頃からずっと抱いていたものに過ぎない。けれど、結局はどうでもいいことなのだ。
どちらにしろこの私は間違いなく、無感無痛の人形なのだ。なぜならば、お父さんの手でそう作られてしまったのだから。
* * *
[16:45]
「・・・・」
『人は見かけによらない』。その言葉を切実に思い知った。こういった作品を出してくるとはまるで予想の外だった。ある意味、『らしい』けれど。色々言いたいことがあるけれど・・・・
「佐々木さん。どうしてこれは、題が未定なの? 完成しているのに」
訊くと、佐々木さんはばつ悪そうに笑って答えた。
「書いてみたら随分短くなってしまったの。だから尺稼ぎに三本くらい連作形式で書いて、それを総括するタイトルを考えようってことね」
「・・・・」
まだこんなのが増えるのね。文芸部誌が怪書になってしまうかもしれない・・・・頭が痛い。しかし、他人の創作を否定する権利は誰にも無いし、口出しはしないでおこう。
さて、次は古泉君。発表も大詰めだ------
* * *
187 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/27(水) 00:07:31.67 ID:tkRsvh530
* * *
「題未定」古泉一樹
僕が朝に飲むのは決まって一杯のフルーツ・ジュースだ。フルーツと呼ばれうるならば、林檎、蜜柑、梨、桃。何でも構わない。氷とそれらを、時々は豆乳・牛乳・あるいは製菓用のエッセンスも入れ、ミキサーで砕いたフレッシュなジュースである。
そうやって飲むことで、かつて生きていたそれらの息吹を体に取り込むことが出来るような気がするのだ。
探偵失格な、酷くオカルティックな考えの気もするけれど、たとえば化学調味料-----単一目的で抽出されたなんらかの純物質、あるいは数種の混合物。無機質なそれらをまぶされた冷凍食品なんかよりはよほど健康的に栄養分を摂れるだろう。
餅は、餅屋。モノはふさわしいところで求めるべきであり、たとえば生物に必要なものは生物に求めるべきだと言う考えである。
栄養学も、生物学も、必要以上の興味は無い。口に入れるもののそれら学問に則ったバランスなど考えたこともない。僕にとって体とはただ動くものであり、動かそうと保とうとするようなものではないのだ。
そんな僕にとってのたった一つの申し訳程度の体への労いこそが、この一杯のフルーツ・ジュースなのである。単に美味しいから、というのが一番の理由でもあるが------
その僕のフルーツ・ジュースを他人に飲ませるのは初めてだ。
理由は単純。僕から薦める理由がまず無い上に、そもそも僕がそれを飲むところの朝に尋ねてくる非常識な依頼人は未だかつて居なかったからだ。
その少年は早朝五時に僕の事務所を訪ねてきて、開口一番「依頼をしたい」ときたものだ。
月より遅く眠りにつき、太陽のもっとも明るいときに気持ちの良い目覚めをする主義の僕は多分に苛ついていた。
『そもそも、推理小説を食べてしまいたいほどに愛している僕であるが、近頃の日本において時々あるような物語の類型だけはいかな推理小説に於いても許し難く思っている。
なけなしのお金で依頼をする子供。引き受ける主人公。大団円。なんだそれは、吐き気がするではないか。プロがプロであるためにはそんな甘い幻想を横行させておいてはいけないのではないのか?
僕はこういったわざとらしい美談が嫌いだ。だから推理小説を読む。
推理小説の殆どは殺人事件を伴う。推理小説における人の死というものは、明らかにそのほかの小説におけるそれと一線を画す。その場に於いて、死とは要素に過ぎなくなるのだ。
推理小説はもっとも死をあるがままに取り扱う創作の一つである。たとえば、殺人事件は既に起きていて、その真相を解明するとか。そうでなくとも、特に刑事モノなどで顕著だが、被害者の死を日常と仕事に埋没させて酷く淡泊に処理してしまう。
それこそが有るべき世界の姿だと僕は考える。
死は死である。生は生である。全てはあるがままの自然体で認識されるべきだ。
作品を公に発表するならば、それを認め現実に必要以上の脚色をせずにいろと、そう思う。叙情的な表現など以ての外だ。ドラマティックな展開も御免被る。
仏師が木を削るとき、そこに仏師の自己表現という因子は存在しないと聞く・・・・・木の中に存在する仏の姿を彫り出すのが仏師だというのだ。超常であるところの仏は仏師の腕を借り己の自画"像"を作り出すという思想が根底にある。僕は創作にも同様の態度を求める。
創作で本当に見るべきは作品の世界そのものだ。作者の手腕ではない。彼らが筆で現実を濁していくから、現代人類は自己・自我に悩むのだ。
人間の心を半端に浮き彫りにする叙情的な筆を振るう作家は、読者に自己を再認識する営みをさせることになる。・・・・それは馬鹿らしい。思い悩むことをしなければ、彼らの自我はあるがままにあり、そこに問題など無いはずだというのに・・・』
失礼。長く、ややこしい話をしてしまったようだ。ともかく子供の依頼だから、と安い代金で請け負うような甘い真似はしたくないというだけのことだ。
目の前でふうわりと沈み込むソファに腰掛け、頬をへこませ幸せそうに今朝のパイナップル・ジュースを吸い上げる『依頼人』である子供にその旨を主張し、怒鳴りかけたところ・・・・少年の背後の事務所の出入り口から一人の老紳士が現れた。
「申し訳ありません、少々訪ねるにも早すぎたようで・・・しかし、どうあってもお受けしていただきたく存じ上げます」
窓から見れば、路肩に止まっているのは黒塗りのベンツ。老紳士は続ける。
「謝礼は満足ゆくまでお払いしましょう。場合によっては、此度の失礼も額の考慮に入れましょう」
そう言われては、僕に否やは無かった。
* * *
-----ここまでは読んだ。ここからだ-------
* * *
188 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/27(水) 00:12:15.73 ID:tkRsvh530
* * *
依頼人の話をよくよく聞いてみると、それは実につまらない良くある話だった。
我が家の主である母が悪い教えに傾倒してしまっている。それをどうにか出来はしないか------ということだ。
依頼人の母は未亡人らしい、夫を失った衝撃が彼女の精神を歪めたことは想像に難くない。そして、明確な理由のあるその歪みは家人の忠告を拒絶する。いくら言ってもどうにもならないため、悪い噂も数多くあるその教団の悪事の証左を掴んで欲しい。そうした現物を目の前に差し出されては、母親もぐうの音も出ないだろう・・・だそうだ。
それにしても僕は個人の調査に関してはなかなか経験もあり能力を自負しているが、相手が団体の場合ついては確信できない。警察にでも任せた方が、確実ではないか----その旨を伝え依頼をはねつける手はあったものの、いかんせん報酬額が諦めるには惜しいほどに多かった。
傾きかけたこの探偵事務所の屋台骨を支えることができるのは、金銭しかないのだ。僕は一抹の不安を抱きつつも依頼を承諾した。
すると、今度はベンツに乗せられた。どうやら、さっそく仕事に取り掛からねばならぬらしい。
敵を知り己を知れば百戦危うからずとは孫子の兵法であるが、その格言に従うように僕は依頼人の母親と会うことになった。依頼人が、そうしたらいいと薦めてきたのだ。
確かに僕としてもどれくらいの信心深さで、どれだけのスキャンダルを教団について掴めば納得するのか知っておきたいところであったのだ。
依頼人の母親というのは中々に感じの良い婦人であった。僕は依頼人の友人という触れ込みで、晩餐を共にすることになった。
豪華な邸宅の晩餐会に招かれて、恥をかかずに済むほど僕は育ちが良いはずではなかったが--------それでも、この家の人物はそういった格式を左右する部分に寛容な気質らしい。僕のしでかす品のない行動に何か言われるようなことは無かった。
良好な待遇を受けておいて失礼な詮索だが、きっと所謂『成金』という奴なんだろう。この館は建てられてから日が浅いように見受けられる。そう考えられる程度にはこの館の家具の色は全て全く鮮やかであり、年月を感じさせないものだったのだ。
ふむ、と僕はしみじみ思案する。成金というと格式ばった行いを神経質に遵守して、なんとかありもしない良家の誇りという奴を守ろうとするくだらない連中だという想像があったが、どうやらそれは的はずれらしい。
晩餐が終わった後、僕は直ぐに床についた。
暫く頭の重みを枕に預けていると、部屋に来訪者があった。誰かな、きっと依頼人に違いないだろうが・・・・そう思いつつ僕は起きだし扉に歩み寄った。
「どなたでしょうか」
僕が訊くと、実に意外な人物が返答してきた。
「夜分遅くにすみません。少しお話をしたいのですけれど」
その声は少し潤いを失ったものだったが、紛れもなく館の主、依頼人の母であった。
僕が驚きつつ慌ててドアを開けると、声の主は見たことのない貫頭衣を纏っていた。宗教の戒律でも関係しているのだろかとアタリをつけつつ、無遠慮に眺めていると彼女は言った。
「入っても宜しいかしら?」
拒むつもりが無いからドアを開けたのであって、直ぐに僕は玄関を遮っていた体を横にして道を空けた。
彼女は洋館らしく靴を履いたまま中に入り、僕の部屋の二人用の小机に腰掛けた。
「すみませんね。けれど、こうして話すことは息子には秘密にしたくって」
ああ、この人は心の底から言っているに違いない----そう信じさせるような、頬に手を当てる穏やかな所作を見るに、この女性はよっぽどの悪人か、よっぽどの正直者か。宗教に嵌ってしまう様な人間だから、後者なのだろうが。
「あなた、明日の朝には出るつもりなんでしょう? でも、息子の友達に碌な挨拶も無しに返してしまうのは、ちょっと気が引けるし・・・・何より私も寂しくって。
できるなら、三十分くらい話し相手になってもらえないかしら」
----------『寂しい』。この温厚な母親が宗教に傾倒するまで至ったその感情の重みを知る僕には、拒絶の術は無かった。
* * *
189 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/27(水) 00:15:56.31 ID:tkRsvh530
* * *
[16:52]
「どうでしょうか? いやはや、他人に自分の作品を見られているというのは何とも心細いものですね」
古泉君はとぼけた風にしているが、少しぎこちない振る舞いに緊張が見いだせる。
「まあ、何とも言い難い。起承転結の起だけに口を出すのはナンセンス。特に推理小説に於いては、違和感からたまたまトリックの根幹に関わる部分を突いてしまえばもう読者としての楽しみが無くなってしまうから」
「・・・成る程。厳しい批評を受けずに済み一安心といったところです-------が、助言が無く先が見えないのもまた心許ない。当てのない航海のさなか、コロンブスに逆らおうとした船員の心理が今ならよく分かりそうです」
古泉君はそわそわと気持ちが落ち着かないでいるらしい。だけれど、それも文章を書く醍醐味のひとつだろう。
「さて、次は有希ね」
不意に涼宮さんが手を打って言った。
「そうね。世界を跨いで大きく人格が変わった長門さんの作品には非常に興味があるわ」
続いて佐々木さん。あまり言われてプレッシャーがかかるのも嫌なのだが---------
「普段から書いている人のを読むのもためになりそうですし」
「僕も、かなり楽しみで。昼休みからの悲願ですよ、そもそも見せっこの提案は長門さんの作品目当てのようなものでしたから」
いや。そう、あまり期待されても・・・・・
せめてこの期待から逃れようと周防さんを見ると、
「-----------」
明らかな期待のこもった目が冊子に蕩けそうな熱視線を注いでいた。
どうやら、逃げ場は無いらしい。観念して私も冊子に目を向ける。私の綴った数ページに、目を落とす------------
* * *
193 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/27(水) 23:44:37.86 ID:tkRsvh530
* * *
「ショウガイ保険」長門有希
今日から僕の初仕事が始まる。一日とて怠けることは出来ず、一挙手一投足すらも全て業務の内に入る。
労働と対価を照らし合わせてみればその条件は厳しいどころか、まともな人間扱いとも言えないだろう。けれど、僕が生まれたのは---------
「こんにちは。生涯保険担当官のウエダと申します。此度は弊社のプランを御利用いただき誠に有り難う御座います」
僕は敬礼をする、それは訓練期間に身に付いた習慣である。生涯保険会社LLSAにおいて社員は例外なく厳しい上下関係を強要される。それは誰が誰を憎くてするのではないと、誰もが知っている。僕たちの仕事はそのくらいの上下関係を、息をするような自然さで受け入れることもできずに果たせるようなものではないのだ。
けれどこの家の住人はそんなことを知るはずもない。ぎょっとした表情を見て僕はすこし不味いことをしたなと反省する。
「-----失礼しました。人の癖とは中々抜けることが無いようです、いつになったらこの敬礼も止められるやら」
自分なりの快活な笑いを作って目の前の男性------お爺さんに語りかけると、彼もまた笑った。
「いえいえ。雇っている身とはいえ、その笑顔を見るとつい顔が緩みますな」
緩んだのは顔だけでなく涙腺でもあったらしい。彼の目は少し潤んでいた。
「心中ご察しします。私が言うのもどうかと思いますけれど、家族を失った悲しみは何かで贖えるものではありませんし、あってはいけません」
「はは。勿論私もそう思いますよ? だからこそ貴方を呼んだんです」
心の傷を笑顔で覆い隠すその様は見ていて気分が良いものじゃない。ましてや、自分がそれを食い物にするような人間であるのだから尚更心は痛む。僕のような出自の人間でも人並みの良識があるんだ----けれど、僕は自分の仕事にもまた誇りと責任感を持っているんだ。
「心得ています。固より、生涯保険制度はそのために存在します」
「うん、何とも頼もしいねぇ。まぁ、そうして一つ頼むよ? 契約通りにゆけば長いつきあいになるからね」
老人は皺をなぞりつつ涌く涙を隠すように目を細めた。
194 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/27(水) 23:45:32.58 ID:tkRsvh530
夜、僕は応接間でのんびりと休んでいた。割り当てられた部屋もあるが、LLSA社員として業務初期、部屋に長時間籠もることは禁止されている。
-----と、不意に外から言い争うような声が聞こえてきた。
何かと思い耳を傾ければどうやら家主の夫妻の声らしい。鍵を解いて扉を軽く開け放すとぼやけた響きが鮮明になった。
「私は嫌です。代わりを招くような真似、あの子に申し訳ないと思わないのですか?」
この声は年老いたものだが紛れもなく女性のものだろう。対する男の声は、先ほども聞いたあのお爺さんのものに違いない。
「そうじゃあない。私はね、君がいつまでもあの子に後ろ髪を引かれ、自分の幸せに気を配っていないのが我慢ならないんだよ」
「それで良いじゃありませんか。私たちに出来ることはそれだけしかないでしょう? ともかく、余所の人が食べる夕食なんて私には作れやしませんよ」
「とは言うがね・・・・」
僕はこの家では確かに余所者だ。それに、この展開は僕たちの仕事では良くある類型の一つに過ぎない。------だから僕は冷静に、マニュアル通りにある品を持ち出してから、彼らの仲裁に出た。
「とにかく。彼は客人だから、家長としてそんな処遇は・・・・」
「いえ。お爺さん、結構です」
そう言いながら僕が現れるとお婆さんはとても驚いていた。それは僕が先ほど持ち出し、そして被ったマスクに対してのものが大きいだろう。飾り気のないファントム・マスクの様な外見のそれは少なくとも安心を誘うものではあるまい。
「素顔を隠してお目に掛かる無礼、申し開きようもありません。ですがLLSA社員の義務づけの一つとして、初期段階では対象者様----つまりこの場合ご婦人の前ではこの仮面の装着を義務づけられているのです」
「・・・・・ほら! 顔を晒しもしない他人に家にずかずかと踏み込まれて、御馳走までしてあげるだなんて私は嫌です」
「とは言ってももう契約をしてしまった。ここは私の顔を立てて・・・」
「そのことでしたら心配は要りません。というより、ここであまり便宜をはかられると僕が困ってしまいます」
二人、とりわけ拒絶していたお婆さんがかえって驚いている。
「LLSA社員は、契約者様よりサービス対象者様の意向を重視することになっております。こういう事態も想定して、幾らかの金銭も与えられています」
「とは言うけれどね。君は客人であって・・・」
「お気持ちだけは受け取りましょう。けれど生涯保険こそが僕の使命です、ここは僕の事情を優先させてもらいます。
----あなたは、その旨明記された契約書にサインしたのですよ? ・・・・LLSAの社員は公明正大たるべしとの理念があります。故に契約の対等性の保持の観点から僕は貴方------契約者様にもう一度の契約内容の確認を薦めます」
言葉を切って、僕は二人に一度ずつ礼をして、鍵を掛けておいて欲しいと頼みつつ玄関から外に出る。肌を責める冬の夜の空気が心地よい。
僕の仕事の最初の晩餐はコンビニ弁当----身分相応といったところだが、すこしがっくり来る。僕のような出自の人間でも食へのちっぽけなこだわりは無いではないのだ。
* * *
195 名前:松本晶[saga] 投稿日:2011/04/27(水) 23:47:48.63 ID:tkRsvh530
* * *
[17:00]
「ふむ、やはり経験者の文章の方が具体性が高いように見受けられますね」
「そうね。設定が示されているから物語展開が大きく広がる予感もするわ」
「でもやはり、始まったばかりね。物語の全貌が明かされたわけでもなし、評価などはまだ無意味かしらね」
私はすこしがっくりとした。おそるおそる読んで貰ったものの、それでももう少し積極的な良い評価を貰いたいとどこかで期待していたのだ。
まあ言われたとおり評価するには短すぎるのであるけれど。
しかしそれを埋め合わせる喜びはあった。数人を,数分とはいえ私の作品が皆の目を奪っていたのだ。
それだけで十分以上の幸福を、私は感じていた。
* * *
199 名前:松本晶[] 投稿日:2011/06/12(日) 23:41:44.53 ID:/KeYMGW10
* * *
[18:07]
私たちは団活を終えて、そろって下校していた。
「そうそう、団活っていうのはこういう生産的でやりがいのあるものであるべきなのよ! 佐々木さんも、そう思わない?」
「くつくつ。私も-------団活に限った話じゃなく-----そう思うわ。やはり同じなにかをするでも歩み去った道程に何かが残っていれば、後で懐かしむ余地も出てくるから」
「けれど、なかなかに骨が折れますね」
古泉君の顔には疲れが見えないが、推理小説を書いているのだから少々手こずることもあるのだろう。彼は続けて言う。
「そう言えば、今回の締め切りはいつと言うことにするんですか? そう時間があるものか、判然としませんから早めに早めの期限を設けるべきかと」
古泉君のその言葉に応えたのは------なんとも意外なことに、私たちのSOS団の中ではもっとも新顔である周防さんだった。
「一週間後-----------------そのぐらい」
驚くと共に、意図が読めなかったらしい。涼宮さんは周防さんに尋ねる。
「何? もしかして、何かそれ以降だと不味い事情があったの?」
「---------そう」
いまいち煮えきれない態度の周防さんというのは、この短いつきあいだが初めて見た。言いたく無さそうな気配を察して涼宮さんは提案を受け入れた。
「・・・そうね。あんまり時間を長くとってもしょうがないわよね! 期日は一週間後! みくるちゃんは・・・・多分ちょっと絵を描く時間が足りないわよね。私が手伝ってあげる!
作品が集まったら直ぐに印刷するから、そのつもりでいるといいわ!」
私の中には、不可思議な周防さんの行動についての違和感が残った。こんな積極的に何かを決める子だったのかな・・・? しかし、その当人は涼宮さんと話がついて、もと居た私の隣に戻るなり本を差し出してきた。
「--------------」
無言で差し出してきているが、これは読んで欲しいと言うことだろう。ブックカバーに包まれたそれを私は鞄の中に入れた。
「・・・・ありがとう、周防さん」
言葉を返したけれど、周防さんは何か感情を表すようでもなく、小さく首肯しただけだった。
* * *
200 名前:松本晶[] 投稿日:2011/06/12(日) 23:45:14.85 ID:/KeYMGW10
* * *
[00:07]
ところで人が夢を見る仕組みをご存じだろうか。睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の二種類があって周期的に繰り返されるわけなのだが、眠りばなの数時間は深い眠り、ノンレム睡眠が多く訪れる。この時の脳は活動を休止しており、身体は眠っているが脳が軽く活動しているレム睡眠時に我々は夢を見るのである。朝方になってレム睡眠の構成比は増えていき、つまり夢というものはほとんど寝起き直前に続けて見るものなのだ。私は毎日のようにとまではいかないけれど、それなりに夢を見るが、ゆったりと朝の準備をしている間にするりと脳から夢の記憶は抜けていくのだ。ふとした時に気になっても、ほとんど思い出せないのがもの寂しい。
閑話休題。それはあまり関係ないことだった。
そうやって二つに大別される睡眠というものに、日本の多くの人は落ちているはずだ。もちろん一生懸命に働いている人もいるかもしれないし、寝る前の一杯を楽しむ人もいるだろうが・・・・多数の人々が既に眠りに就いていて、だから街の建物からは生活の灯りが絶たれている。
自慢ではないが私は結構優等生で通っていて(無口が過ぎてそちらの印象が濃いようにも思えるだろうが)こんな時間に外出することはあまりない。しかしそれでも出ざるを得なかったのは相応のわけがあった。
私が家に帰ったところでふと周防さんに借りた本を読んでみようかと頁に指をかけたところ、先ず一番に目に飛び込んできた『経済学・哲学草稿』の題が私の頭を痛ませたのは至極自然な流れであり、周防さんはその出自来歴からさぞ人類への興味が尽きず、こういった形からも地球人類の文化に近づきたいのだろうが、私にしてみれば創作文学の方が簡素で好みであるというか------言葉を飾らずに言えば要するにその本は私にとって読破が厳しいだろう難解なものだったのだ。
すでに寝室で寝る直前であった私だが、その本を四苦八苦して読もうとしている内に時間だけが過ぎて、しかし収穫は雀の涙どころか目やにほどもあるまいといった惨状だった。幸いにして周防さんは私に家に泊まっていた-------私がちゃんと許可して一室を貸したのである-----から悪いと思いながらも本を返却しようと私は考えて部屋の扉をノックした。
しかし反応は無く、彼女はきっと寝入ってしまったに違いないと推測した私はどうせだから今晩だけでも頑張って読んでみようかなと再び本に目を向けた。
そうしてベッドに寝転がり仰向けで読み進め、五十頁ほど読み終えたところで------落ちてきて私の鼻を文字通り突いたのは、一枚の栞だった。
201 名前:松本晶[] 投稿日:2011/06/12(日) 23:46:13.19 ID:/KeYMGW10
その栞にはこう書いてあった。
『市内の総合病院、二十四時十五分丁度に正門を越える』
その不躾な文体の指示を私は無視しても良かったし、さらに言えば日が高くなるのを待ってから佐々木さんと相談しても良かった。けれど私は今、押し入れで埃を被っていた折り畳み自転車を引っ張り出してまで焦り走っている。
それは佐々木さんからこちらに来てから聞いた、「彼」の話による部分が大きいだろう。なんでも五月度彼はこのような伝言の類で三回も呼び出しを受けていて、それを一つでも欠かしていたら、ぞっとしないことにこの世がこうしてあったかも分からないのだそうだ。
かと言って、私がこうして指示を聞くことで却って悪い方に傾くこともあるかもしれないけれど、昔から諺というほどハッキリとしたものじゃないけれど、言われる言葉があるではないか。『やらなくて後悔するよりも、やって後悔したほうがいい』と。今の私はその言葉に従ってみようと思う。
-----ひょっとしたら軽率だったかもしれないけれど、良いじゃないか。まず、この栞を信じられないということは、周防さんを信じないと言うこと。私は自分を慕ってくれる人をそう無碍に突っぱねることはしたくない。
もう一つ、エゴイスティックな動機もあるのかもしれない、と私は自嘲的に考える。きっと私は耐えられなかったのだ。今のつかの間の夢のような生活に不満は無い。どころかとても楽しいけれど、楽しむ度に笑う度にどうしたって私はこの世界にとってよそものでしかないという事実が頭を過ぎる。つまり、私は「彼」にとって何者でもないのだ。彼はそのように思わないかもしれないし、少なくとも私にとっての彼は大事な存在に違いないけれど、厳然たる事実として私と彼は全くの赤の他人・・・・というだけならともかく、本来なら交わることもないような、平行な関係でしかないのだ。交わらないから平行世界、二人同じ人間が存在する矛盾は、二つの世界が決して交わらないからこそ許容される----。
つまり、彼にとっての長門有希は、どうしようもなく宇宙人で、私にとっての彼は、どうしようもない異世界人だということ。
だからせめて少しだけでも彼の居るこの世界に関わっていきたい-----それだけのことなんだろう。
* * *
202 名前:松本晶[] 投稿日:2011/06/12(日) 23:50:13.72 ID:/KeYMGW10
* * *
[00:15]
すいっ、と公道と敷地の境界線を跨ぐ。私立の総合病院の大きな鉄門は不用心に開いていた-----それは周防さんの仕業なんだろう。警備員が居ないところを見ると、この出入り口は深夜には閉ざされ、急患には別の出口があてがわれる・・・そういうものなのだろうが、その掟を破るように正面から入っても何も言われなかったばかりか、私が間抜けにも正面から入ってしまってもとがめられることがなかった。それどころか、気付かれたそぶりすら無かった。周防さんが手を回しているのだろう。流石に宇宙人ともなれば、この程度おは手の物らしい。
入った後の指示というものは受けていなかったけれど、明記しないと言うことはあちらから来てくれるということだろうと私はロビーの椅子に腰を下ろす。大きな時計の秒針が動く音。コチ、コチ、コチ。それを聞くとなんだか儚い気分になるのはここでは命の流れが盛んだからだろう。病院では沢山の命が生きて、失われる。だからこの一秒は失われる命の目安にもなるし、得られる命の尺度でもあり得る。----まぁ普段の生活でもその本質は変わらないのだから、こういうところに来たときだけ思い出したようにしみじみ感じ入る私は寧ろ愚かなんだろうけれど。
なんだか落ち着かない気分になってしまって、私は病院内をうろついてみることにする。娯楽というには寂しい場所だろうけれど、座っているよりは歩いているほうが退屈するまい。周防さんも私が歩いた位で見つけられなくなるようなアナクロ宇宙人じゃないだろう・・・・と、思う。
歩いて、着いたのは休憩所だった。喫煙スペースこそ無いけれど、各種自販機が充実していて憩うにはもってこいだろう。・・・・・・・そこで座っている内に、奇妙なことに気付いた。
詳しく知るわけでもないけれど、入院患者というのは大なり小なり症状の所為で日常生活に影響をきたしているものだろう。故に、急速が長いにこしたことはないだろう。だから、恐らく当直だろう数人の職員が居るスペースと以外は軒並み消灯している。-----ここで、「全て」と言わなかったのがミソである。ここで私が見る限りどうやら扉が開け放されている病室があるようなのだ、しかも灯りが点いたままに。
考えにくいけれど、見落としているのかな? 私のいる場所から見て右手の通路にその病室は有って、正面の通路に事務室然とした例のスペースが有る。だから職員からは直接その病室が見えない、ということになるし---見落としくらいありえないとは言えないだろう。放っておいても気付いて消灯し閉めるんだろうけれど、大した手間でも無いから私がやってしまおうかな。うん、どうやら周防さんのお陰で石ころ帽子を被ってるみたいな状態になってるようだし、私が見付かる心配も無い。ちょっとくらい、良いんじゃないかしら。
誰に対してかも分からないような言い訳を並べて私はその病室に向かった。名前は-----?
「白紙?」
その病室のネームプレートには何も記載されていなかった。更に、部屋番号の有るべき部分もまっさらのまま。
もしかしたら病室じゃなかったのかも・・・と思うけれど、中でベッドに寝ている人がいることは間違いない。頭まで布団を被っているようだけれど、足がしっかり見えているのだ。奇妙に思って私は更に中に踏み込んだ。何に使うのかも分からないほどにまっさらな、直方体のその部屋。布団以外の何もないその空間。それは明らかに病院のなんでもないいち病室とするには逸脱したものだった。
(もしかしたら・・・周防さん?)
私は彼女に呼ばれてここに来たのだ。ならば当然、この病院の異常は、彼女の意思によるものだろうと考えられる。・・・・だけど。こんな部屋で何を伝えようと言うんだろう?
私は考え込もうと腰を落ち着けようとしたが、椅子もない部屋では座るにも不自由だった。しょうがなく私はベッドに腰掛ける。
「・・・・はぁ」
わざわざここまで来たのは良いけれど、本当に良かったんだろうか。もう少しうまいやり方もあったのかもしれない。今更だけれどなんだか肝心な所で考えたりていない自分に溜息が出てしまい、ついでにベッドに大きく体重を掛けると、使われている掛け布団がずれてしまった。患者さんは呻いて寝返りをうつ。
「・・・・」
流石に入院患者さんに迷惑を掛けるのは人道に悖るだろうな。しょうがないから直しておこう。私は、ベッドから立ち上がって、患者さんを見る-----------
「え?」
ずれた布団から覗くその顔は、私がずっと思い焦がれて止まなかったあの顔だった。
* * *
206 名前:松本晶[] 投稿日:2011/06/14(火) 07:16:55.96 ID:9jOCY3140
* * *
「・・・・ん」
妙に寝苦しい。夏場にシャミセンが布団に入ってきた時のように、やけに暑く感じる。目に入った汗を瞼のしばたきで追い出して、俺は頭を掻いた。まるで周りが見えない。それだけでなく、顔に布団がくっついている感触がある。それが寝苦しさの正体だと気付いて布団を少しどかす。するとなぜだかSOS団一の才媛の顔が、すぐそこにあるではないか。目を見開いたが、視線の先のあいつの方がよっぽど呆けた顔をしていて却って冷静になれた。こういう顔をするあいつっていうのは一年半以上のつきあいになるが、とても想像できない。ならば・・・・・考えられるのは
「そういうケース」だろう。
「------よう。また会ったな」
「・・・・・・・っ」
息を飲まれて、少し傷つく。しかしもう会えないと思っていた相手に思いがけず会えたときは、やっぱり少しくらい固まってしまうのが当然だろう。よく親しんだその顔つきにはあり得ないはずの驚愕の表情を張り付かせて、あの「あいつ」はもうしていない眼鏡をかけて、かつて切り離した日常の残滓であるところのこの「こいつ」は、周防九曜を病室の外に伴って俺の寝るベッドの前に居た。
とりあえずは二年の内の経験上、最初に事情を聞くべきは宇宙人だろうな。こうやって冷静に行動を起こせるのは成長したということなんだろうか。昨年の十二月あたりの俺が同じ目に遭ったら、さぞ派手に取り乱していただろうぜ。
「ここはどこなんだ? 九曜」
「----------病院-----」
返事をした九曜の方へ驚いたように振り返る長門。さしずめいつの間にか音もなく背後に立たれていた、っていうところだろう。
・・・・で、病院だって? そんなものは見りゃ分かる。俺が聞きたいのは果たしてどれどれどういう訳で俺がどこの病院にいるかってことだ。
「-----把握している」
だったら話せ、そう詰め寄ろうかとも思ったが、目の端に気の毒なほど狼狽している長門が居るのに気付いてそちらに視線を向ける。
「ああ、長門。訊くのが遅いようだが、おまえは「あの」長門で良いんだよな」
「・・・・・・」
そう言ってもまるで落ち着かず言葉も出ないその様子から、やはり俺のよく知る長門ではないとみえる。返事がろくに返って来もしないので会話が進まないったらないが、長門もどうやらトンデモに巻き込まれてるようだし、細かいことは後にしよう。俺だって一年の五月に身の回りで起きたコペルニクス的転回の折にはとても平静にはいられなかったもんで、痛いほど気持ちは分かるさ。
「とりあえず、外に出ようぜ。布団が暑くって堪らないし、風に当たりたい気分だ」
* * *
208 名前:松本晶[] 投稿日:2011/06/20(月) 09:04:53.10 ID:X/5SrVeo0
「それは-----推奨できない-----」
そこで、九曜が口を挟んできた。
「あなたと----この病室は-------同質-----互いに有機的な相補関係」
「つまりは、その関係とやらがこの病室を出たら崩れる。そして、俺にも良いことは起こらないと、そういうことか?」
「--------正しい。この病室において----------存在を保証される」
「成る程な。けどさ、お前も分かってるだろ? ハルヒがいるんだ」
「-----影響はそれに止まらず、涼宮ハルヒの力の及ぶものでない。-----推奨出来ない」
「どうしてだ?」
「--------ここでの伝達は不適切」
「それこそどうしてなんだよ」
「------齟齬が生じる-----伝達しかねる」
逆に言えば、俺が知りたいなら調べるしかないのだろう。
「・・・・そうか。じゃあ、俺に出来ることは無いってことか?」
「------長門有希に知ることを伝えると良い」
知ることを伝え、肝心なことは蚊帳の外、か。それは古泉の役割じゃねぇかと思っていたんだけどな。まぁ、俺はこっちの世界を望んだのだけれど-------望んで苦労をしようというわけではない。他人に苦労を押しつけて満足するような人間では無いつもりだけれど、ここで手出しをすれば足手まといにすらなりかねないことを素直に認められるくらいには、九曜のことを信用している。
「そうだな。長門」
長門は俺のつま先辺りを見つめていた目をついと上げた。
「俺達についてはどこまで知っているんだ?」
「・・・・天蓋領域の下へ戦いに向かったと」
「そうか、それならさほど説明は必要ないな。けれどそれは適切じゃないんだ。俺達は話し合いに向かったのさ。天蓋領域をへこませようってんなら、地球にいたって出来る。ハルヒが望めば一発だ。それでも俺達は周防九曜を知ってしまったんだ。じゃあ、天蓋領域が居なくなればいいなんて思えないだろ。
・・・俺はな。去年の今頃までは唯の高校生だった。実際今だって俺はツマラン高校生なんだ。けど周りがいかれたことになっちまって、でも俺自身だってそのいかれたことを望んじまったからな。例えば普通の高校生が自分を害する奴をぶっちめるのは別に当然の成り行きで誰が責められるモンでもないだろうが、俺やハルヒはそんな当然や、ましてや普通なんて望んでやしないんだ。
だからこっちのお前らとその仲間が九曜とわかりあえたように、俺達だって天蓋領域とわかりあわなきゃいけなかった。けど、すぐ解り合おうなんて虫が良い話だったらしい、天蓋領域の抵抗にあった------そこまでは覚えている-----そして俺はこの地球に戻されてしまったみたいなんだ」
209 名前:松本晶[] 投稿日:2011/06/20(月) 09:06:02.19 ID:X/5SrVeo0
「・・・」
「頼めるか? まず、俺はどうしたらこの病室から出られるようになるのか。そして、他の連中は今どうなっているのか、調べて欲しいんだ」
「・・・分かった。けれど代わりに・・・」
長門は足下に手を伸ばしたけれど、その手は空を切った。すると九曜はいつの間に持っていたのか、平たい包みを長門に渡した。
「これ、でしょう---------?」
「・・・ありがとう。あなたには、一つ小説を書いて欲しい」
長門の突き出したそれは原稿用紙だった。
「小説?」
そういえば、こっちの長門は普段から小説を書いているみたいだったな。
「私だけじゃない。私の側の涼宮さん、古泉君、朝比奈先輩、鶴屋先輩もこちらに来ている。それに加えて佐々木さんとそこの周防さんで小説冊子を作っている」
断る理由があるでもなし、俺は二つ返事で引き受けようとしたけれど、少し考え込む。これはつまり、俺がかつて切り離した日常が結びつきを求めているのだ。一度選んでしまった選択肢へは戻れない、そのくらい考えた上で俺はEnterキーを押した。ここで引き受けることは卑怯にもズルけてやり直すようなことに思えたのだ。いや、どういう言い方をしたところでつまり俺が卑怯さの汚名を被りたくないということに過ぎないのだろうな。そんな自分勝手な理屈で断るのは、大したプライドもない俺に許されることではない。
「解った。いつまでだ?」
長門が目配せをすると、九曜が言う。
「----------一週間後」
「オーケー・・・おっと、長門? 時間は良いのか?」
「時間?」
長門は気付いていないらしいが、既に時間は一時を回っていた。
「俺は外出できないから別に良いけれど、お前は遅刻しちまうぞ?」
「---------名残惜しいけれど、また明日」
長門は心底残念といった風でそう言った。
「おいおい、明日も来るのか? 長門が遅刻なんてクラスの連中はたまげちまうぜ」
長門は俺の知らない表情でいたずらっぽく言う。
「小説の出来を見せて貰うから」
「はは、怖いな。精々書き進めておくさ」
* * *
210 名前:松本晶[] 投稿日:2011/06/20(月) 09:21:00.45 ID:X/5SrVeo0
* * *
[7:10]
「・・・・」
PRRRRRRRRRRR..............
「・・・・」
RRRRRR............。
「・・・・」
* * *
[9:30]
PRRRRRRRRR................
「・・・・・え」
RRRRRRRRRR................
RRRRRRRRRR................
RRRRRRRRRR................
RRRRRRR.......カシャリ。
「・・・・・・」
あまりの大遅刻に思わず身体が固まってしまった。
「どうしよう・・・・・」
私は遅刻をしたことがないため、遅刻の仕方がわからない。教室に半端な時間に入ってみたとして、そこで向けられる多数の視線を考えるととても陰鬱な気分にさせられる。
っていうか、九曜さんは昨日も私と帰ったし、家で寝たよね。起こさないで行っちゃったのかな? 白状だわ。
「休む?」
普段ならとてもそんなことできないだろうけれど、唯でさえ妙な状況にあるのに昨日の夜に彼と会ったことで舞い上がっていたのだろう。彼に言われた調べ物に取り掛かりたいというのもあった。
私は学校に欠席連絡を出した。涼宮さん達には心配を掛けないようにしておこうと、周防さんに不審がられない適当な説明をしておいて貰いたい旨をメールで伝えた。
* * *
213 名前:松本晶[] 投稿日:2011/06/23(木) 02:53:30.17 ID:1AFXtePP0
* * *
[10:27]
とはいっても、全く以て普通の人間で通してきた私にしてみれば調査する手段も心当たりも無かった。まずは彼の居た、病院。綻びが存在するとしたら、そこじゃないだろうか。この当て勘は相当に頼りないけれど、火のないところに煙は立たないとかいう誰が言い出したかも解らないような諺に則ってみることにする。
昨日のように病院の境界線を跨ぐ。けれど、薬と思しきものを運搬している職員さんの視線がこちらに向いているあたり、九曜さんの石ころ帽子処理は働いていないとみえる。
そのまま病院の入り口に入っていく。・・・あまり時間をかけるわけにはいくまい。うろうろして職員さんに声を掛けられてしまったら、人見知りする私ではいなせる自信が無い。
エレベータに乗りこむ。昨日の病室は-------------確か、三階であったはずだ。記憶を頼りにあの病室があった場所を目指す。
しかし、ネームプレートの無いその病室の影は、どこにもなかった。
私は落胆したけれど、「やはり」という思いの方が大きかった。
第一、あんな殺風景で妙な病室があったら職員さん達も我関せずじゃ居られないだろうし、通常の入院患者では無いだろう彼は見付かったら追い出されかねない。周防さんがしたというなら当然の処置・・・あるいは、もともとそういう風な病室なのかも知れない。話に聞く、涼宮さんの起こせる事象は涼宮さんを基準にしているだけあってやけに人間から見て解りやすくて、その価値が明確だ。あの病室も涼宮さんに類する力で作られていたのだとしたら、それは何らかの理由でもって不都合を生じないように、夜のある時間帯だけ、気付かれないように出現するということもありそうなものだ。いずれにせよ、彼が病院の中で右往左往するはめになるようなことが無くて良かった。
----------彼との再会は、さりげないものにしようと決めていた、まるで昨日も会ったみたいな風に。私にしては上手くそういう真似ができたのは、ずっと前からそうしようと思っていたからだ。なぜそうしようと思ったのか。それは、いつかの去り際の彼がきちりと文芸部入部を断って去っていったことが原因だと思う。彼はあの時何も言わずに帰っても良かった。どうせこの世界とは直ぐにお別れするのだから。事態をよりよく理解した今となっては尚更そうであると確信できる。そこで私に決別の事実を突きつけてくれたのは、きっと罪悪感か------あるいは、誠実さだろう。そのどちらにしろ、彼にとって私たちの世界は、私たちは何の意味も持たないようなちっぽけなものであったわけではなかったと言える。確かにお互いがお互いのことを気に掛けていた。それは人間の生きるうえで最も大事なことの一つであり、彼のそれに応えるには、彼が心苦しくないように、さりげない振りをしてみせるくらいはしようと思ったのだ。
昨日、彼はあまり私の目を真っ直ぐには見なかった。それはそうだろう、彼は私たちではない私たちを選んだ身で、その事実は消えまい。彼にとっては已むを得なかったことだが、選択肢がそれだけだった訳ではない----きっと、だから彼は彼のせいでもあるまいに、悔やまないといけないんだ。けれど、私たち人間の手が及ぶものは未来だけだから、そんな過去に拘って存在するかも知れない幸せを手放すべきじゃない。その願いが、昨日の態度で少しでも伝わってくれていれば良いんだけれど。
* * *
214 名前:松本晶[] 投稿日:2011/06/23(木) 02:55:12.61 ID:1AFXtePP0
* * *
[11:53]
川沿いの桜並木。次点として探すべきは、ここだろう・・・・けれど。ここは何も無くなってしまったのが問題なのであって、そこで何かが見付かるとはあまり思えなかった。もちろん寒々とした葉さえない桜があるのみで、これはこれで風情があるけれど、ここには何の不思議も残っていなかった。
他の二カ所、佐々木さんに教えられた涼宮さんの力の振るわれた場所も探すべきなんだろうけど・・・・鳩なんて毎日違うのが来るからとても手がかりになるとは思えないし、猫に至っては居るのが他人の家なのだから気軽に足を踏み入れられたものじゃない・・・・と、そこで思い当たる。
猫を見に行った彼の家で佐々木さんが言っていた、「偽物の彼」の存在についてだ。入院状態という部分では被るものの、しかし佐々木さんが思っている現状と、私の昨日見た現状にはだいぶ違いがあるのかもしれない。・・・そう言えば、周防さんに図書館で会ったときに彼女はこう言っていた。
『-------聞いたことは、正しい。けれど------彼女の知らないことがある』
『------彼女の意図と行動は乖離している』
『それは情報の不足に因る。--------------彼女の行動は彼らSOS団の妨げ』
今にしてみれば、彼女は最初からこのことを言っていたのだろう。
『ヒント------------彼は、ここに居るわ』
これも、やはり彼女が言っていたことだけれど・・・・つまり、あの時にはもうあの病室は出現していたということか。ならば。一つ、疑問に思う。
『この状態はつまらない。-------------終わったゲーム』
あの時の中でもこの発言の意味の種明かしは、まだ行われていない。つまり、今の私も知らないことを彼女はまだ知っているのだ。
涼宮さんを取り巻き、彼を捕らえて離さないこの不思議の核心にもっとも近い・・・・ひょっとしたら全てを知っているのは、周防さんだ。
(問いつめてみる・・・・?)
いや、止めておこう。昨日の口ぶりからすれば、彼女が話してくれるとは到底思えない。私は与えられた情報を元に、考えるべきなんだと思う。
周防さんは敵じゃない。そのくらいはつきあいの短い私にだって感じられる。それにあえて問いつめて壊してしまうには、SOS団の輪は魅力的すぎる。-----私には少し、眩しすぎるくらいだけど。
少年漫画みたいに「信じる」「信じる」と希望を持って連呼することは生来の性質からできないけれど、信じたいと心で思っている。自画自賛になるけれど、それは冷めた現代っ子としては上出来なんじゃないかしら?
* * *
218 名前:松本晶[] 投稿日:2011/06/25(土) 11:25:44.71 ID:PtBoK7Cs0
* * *
[12:32]
結局何も発見できないままに、私は市立図書館に戻ってきた・・・・少しは何か見つけられるだろうと思っていたのだけれど。
私はごく一般的な女子高生だけれど、彼や涼宮さんに関わっている人間だ。佐々木さんに聞いた、この世界で起きた事件の顛末によれば-----涼宮さんは無意識的だろうと、SOS団の難事には対応策を打つことがあるらしい。私はそのSF的作用の助力が私にもたらされないかな、と密かに期待していた・・・・結果はこれであるが。
なにも無根拠ではなく、昨日彼が「涼宮さんが居る」ということを言ったのもつまりそういうわけであろうことが考えられたという裏付けがあってのことだったが、あてが外れてしまった。・・・いや、そもそも「こっち」の涼宮さんの安否も解らないのだ、その宇宙的超パワーを使えない窮地にあるということも、考えられないではない。それは最悪の予感だけれど、それを考えてもしょうがないことで、私に出来ることなんてほとんど無い。
けど本当に今のまま、ただ悪あがきのようにあるかも解らない手がかりを探すしかないんだろうか・・・・。いや、多くを考えては上手くいくものもダメになる。地道に------と、考えているところで携帯電話が振動する。
BRR---BRR---BRR---BRR---
私は二つ折りの携帯電話を開いて差出人を確かめる。
「涼宮ハルヒ」
液晶にあった名前は、期待通りのそれだった。一人で居るときにこうしてメールが来ることの嬉しいこと------そこで、今回の問題を解決する近道を思いつく。彼が病院に居ることを話して、SOS団皆で手がかりを探せばいいのだ。諺に曰く、足が多いのは「蛇足」かも知れないが、それが猫の手だろうとも、多いにこしたことは無いのだ。
私がそう考えるのを見計らったようなタイミングで、もう一件のメールが届いた。差出人名の表記は無くでたらめな英数字の羅列された購入時のデフォルトのものらしきメールアドレスが記されているのみだったので、件名を見る。
「周防九曜」
・・・・連絡先を教えてもいない相手からのメールだった。内容を確かめてみる。
『「推奨しない」』
状況から考えると涼宮さん達に彼のことを教えることは芳しくない、ということだろうか? 目の前にいるわけでもないのに考えていることを察知されるとは・・・・こうまで人間離れされた真似をされると驚く気も失せる。返信のメールを書いて、送る。
『どうして? 人手が足りないからどうしても教えたかったんだけど』
『「こちらに手の空いている者が居る。言語での伝達による無視できない情報欠損のため理由は伝えない」』
こうまであれこれと隠されると、あまりいい気はしない・・・・周防さんに敵愾心や猜疑心を抱くわけじゃないけれど、そう何でもかんでも鵜呑みにしていてはいけないだろう。いざとなって、取り返しが付かないことになったら後悔するのは自分なんだ。
『情報がどうとかはいいから、せめて説明をして欲しい』
『「推奨しない」』
『して。納得できない』
すると、今まで即座に返ってきた返信が不意に十秒ほど途切れた。丁度それは目の前で話している場合に、話しがたいことについて口を結び躊躇するような間だった。
『「私の一義的定義を使用する表現能力では、抽象性が高すぎて原因となる思考の表現が不能」』
『出来ないのなら私は涼宮さんに伝える』
『「待って。あなたにとっても信頼に足るだろう人間が手伝うのなら問題は無いはず」』
『誰のこと?』
『「それは-------」』
* * *
219 名前:松本晶[] 投稿日:2011/06/25(土) 11:26:36.63 ID:PtBoK7Cs0
* * *
[12:51]
「彼女から説明は受けているわ。いやぁ、今までの事件と違って私が積極的に、気軽な立場から関われるのは何とも嬉しいものね」
「-----ふん。まさか僕がこのような下らない、しかも関係のないことに付き合わされるとはな」
周防さんは、自分と共に二人の人間を連れてきた。
片方は私も知る佐々木さんで、もう一人は見たことのない背の高い優男だった。
「おい、何を見ている?」
私の視線が気に障ったようで、男は攻撃的な物言いをした。
「ふん。能力的には見るところもあったお前だが----------こうなると、未開の時代の遅れた人間に過ぎないな」
「・・・・・」
「何だ、文句の有りそうな目をして。このぐらいでそんなに怒るのなら、あの鍵の方がまだマシだろうよ。勘違いしないで欲しいが、僕は何もお前を助ける義理もつもりも無い。駄賃のためにやることをやらせてもらうだけのことだ」
「・・・・そう」
この人に関わることで、お互い良い目を見ることは無さそうだ。
「長門さん、気を悪くしないで・・・・と言っても無理かしら。遺憾ながら彼の気性はあまり褒められたものではないわ。だからこその外連味を気に入っている私というものがあるから、そう他人事みたいに言えはしないけれど。------ああ、決して彼が好ましい人間だという意味じゃないわ。けれど、感情を交えないほどほどのつきあいをする分にはそう悪い相手じゃない、舌も無駄に回るからね」
「・・・・随分とぬけぬけと言ってくれるな、「なりそこない」が」
「藤原君、僕は神のごとき力を持たされそうになったけれど、それを頼んだ覚えは無いよ。むしろ彼のお陰で僕はなりそこなうことが出来たんだ、だからそんな言葉は僕に対しての悪口にはなり得ないよ」
佐々木さんはそう言って、目をスと細めて藤原というらしい男を睨んだ。
「それでもね。僕は他人をあまり嫌いたくはないけれど、君のことを恨んでいる心情は少なからずあるよ。幸いにして目の当たりにはした訳ではないけれど、僕の親友とその友達を随分な目にあわせてくれたらしいじゃないか。あの時の君の目的は十分に理解できるものだし、それを果たせなかったことは気の毒にも思ったけれど、にしてもあれだけのことをしてくれた分だけ僕は腹の底でしこりと彼への負い目を抱えているんだ。・・・あまり舐めた口を訊いて欲しくはないね」
佐々木さんらしからぬ露わな感情を、藤原は視線を逸らして受け流した。
「・・・そうか」
そのまま彼は黙り込んだ。
「----------」
「・・・・・」
その一部始終を、私と周防さんはただ眺めているだけだった。
「・・・・人選、もう少し考えて欲しかった」
私がそう言うと、周防さんは顎を少し下げ、こう答えた。
「---------ごめんなさい」
* * *
231 名前:松本晶[sage] 投稿日:2011/06/26(日) 12:17:21.38 ID:vyDPTz2IO
>>225
何度もすいません。あんまりに酷かったのでやっぱ直してまた書きます
* * *
[13:33]
餅は餅屋とはよく言ったものだ・・・あてどなく彷徨った私の午前の戦果はゼロだったけれど、佐々木さん達三人が来てからはちゃんと意図ありきで正しい調査が進んでいるようだ。少なくとも藤原君は、きちんと何かを計測しつつ探しているらしい。周防さんが連れてきただけの理由があったというわけだ。
「・・・・ここだ。異なる未来への指向性を持った時間線がより強い形で混在している」
神妙な顔をして彼が指さしたのは、神社の境内の一角だった-----------ここは話に聞く、「白い鳩の境内」じゃあないかしら。
「間違いない。-----なぁ、おい。お前、ここで涼宮ハルヒの能力の行使があったとか、そういう事実はあるのか?」
「・・・・そのはず」
「ならばここがほつれだ。三次元的な意味合いではないからお前ら旧人類には解りようもないだろうが、僕達には感じ取れる歪みが存在するのさ。概念的な説明だけでは到底理解できないだろうから、現象的に示してやる・・・」
そう言って、藤原君は手を示した場所に重ねた。
「今回は特別だ。僕自身の目的の為になら、僕は骨を折ることを厭わないからな」
すると、彼の手が、「ブレた」。例えるならサイバー・パンクものの電脳世界でしかお目に掛かれないようなふうに、彼の手の像の輪郭にかすれさざ波が立つみたいな動きがあった。
彼は手を引っ込めて付け加える。
「今のはTPDD-----極めて初期的な、その概念が生まれたばかりの抽象的な単語で言い換えるとタイム・マシンを起動することによって起こったものだ。
TPDDには時間移動に際して、当然ながらその渡航者の安全を保証するために技術も組み込まれている。それが無ければ僕は今頃この世にいない・・・それほど危険な異変がここらに生じているのさ・・・・時空間のほつれを観測した形からすると、鳥類に見えるが・・・・ああ、そこにいるじゃないか。おそらく涼宮ハルヒの能力によりこの神社のあの鳥類が何らかの変化を起こしたその際に、影響が生じたのさ。奴の能力を使用すれば人間の考えることなどほとんど全てが出来る。例えばこの瞬間に地球を小惑星帯のように粉々に砕くことだって、指一本動かさずに行える------けれどな。無意識的故にその現象の実現方法が、いまいち安全なものじゃない。時々はこういう風に失敗の跡を残してしまうようだな。-------さて、現象に対応する理屈を説くことにしようか。
まず、時間というものは不連続な時間平面の集まりであるが、人間だろうと、そのほかの生物だろうと、無機物だろうと、とある主体が辿った時間平面上の点を繋げていくと、時間線というものが成り立つ----理解できているか?」
「なんとなく」
いまいち一足飛びな解説だけれど、単語の意味から簡単なイメージは浮かぶ。
「・・・つまり、電磁波にエネルギーの最小単位が存在すると言われるのと同様に、時間にも最小の単位が存在しているのかい?」
佐々木さんはよほど興味があるのか、さっきまでの険悪さは何処へやらといった風で訊いた。
「そうとも見なせるということだ。・・・少し知っていい気になるなよ、これはあくまでお前ら蛮人にも理解できるような、極めて乱暴な言い換えだ。禁則に頼らないで時間の概念を正確に伝えることは不可能であり、これはお前らの知りたい一面を説明する為のモデル化をした解説だ。とある学者による、巧妙に本質を覆い隠したモデルでな・・・過去人への説明をやむを得ずするならば、これを使うことになっている。------ま、そもそも過去人に時間の概念を説明することは殆ど無いから、厳密な体系化はされていないがな。これは概念的な部分を更に概念的に言い換えているようなもので、僕がこのモデル上での情報を与えたところで、それは禁則の域を出ることは無い程度の・・・未来線に極度の変質を与えることのない程度の誤差だ。
-----続けるぞ。そして、ここの時空間の不自然な繋がりは、涼宮ハルヒの改変が同一時間平面上の他の時間線から事象を持ってきたが故に生じる。本来時間線というものは無数に分岐していて、時間平面はとても大きい広がりがある。俺達の技術ではある時間線とある時間線がどれほどかけ離れているのかを数値化する技術がある・・・・本来の呼び名では禁則がかかるだろうな。仮に、「時間抵抗」としよう」
彼は大きな四角形を書いて、それの一カ所にC記した点を打った。
「C点を現在俺達が居る時間線の、この時間平面での座標としよう。ここで-----」
彼は、地面の砂の一粒を手に取った。
「この砂の一粒はとても脆弱で、些細なことに直ぐに影響を受けるだろう。これを、投げ上げる」
すると、砂はどこかに飛んでいってしまった。
「この砂の着地点にだって、時間線の分岐というものが関わってくる。この世の根底に乱数的要素・・・お前らの時代の物理学で言い表すなら、確率でしか表せない素粒子的な世界が存在するがゆえ、この投げ上げた砂ですら、必ず同じ場所に着地するとは限らない・・・・が、今投げた奴はおそらくどこかに着地しただろう。この付近に砂が落ちた未来をC'とする。便宜上砂を投げ上げた時間平面と砂が着地した時間平面をそれぞれα、α'としよう」
彼は隣にもう一つの四角形を書いてその近傍にα'、先ほどの四角形にαと記し、その一点にC'と記した。
「そこであの砂粒は脆弱性を持っていたが、一定の質量と小さな面積という、風に飛ばされる際にその距離を小さくするような要素もある。これがここから投げ上げたまま市外に飛ぶようなことは殆どあり得ないと、納得できるな?」
「・・・・」
232 名前:松本晶[sage] 投稿日:2011/06/26(日) 12:22:13.21 ID:vyDPTz2IO
>>226
「この砂が市外に飛んでいった時間線の、α'での座標をDとしよう」
今度は、C'から五十センチほど離れたところに点を打って、言った通りのアルファベットを書いた。
「このC'は、Cからかなり到達しやすい未来の一つだ。一方・・・Dは相当に可能性の低い未来の一つだ。これをCC'間の「時間抵抗」は、CD間の「時間抵抗」より小さいと言い表せる。時間抵抗を元にした確率から選択的に、ある時間から次の時間平面の特定座標へ飛び移り続けることが時間の推移だと言うことができる。
・・・しかし、涼宮ハルヒがどうやらやったらしいことはこんな程度じゃない、歴史の改ざんとも言えるだろう行いだ。・・・・一つの時間平面から次の時間平面へと推移する際に、移動できる未来の範囲は限界値が存在する。これは立証されていることだ。例えば何もしていないのに不意にこの惑星の全てが前触れ無く消失するなどと言うことはあるまい。それは「殆ど一定の値を示す時間の流れとある値の時間抵抗」という確定した値を持つ系の未来が、決められた因果律の下で決定されているからだ」
要するに、この世にはあり得る未来とあり得ない未来があって、あり得ない未来へと行くことは、短期的には不可能だ、ということか。
「だが涼宮ハルヒの力は因果律に縛られない。この境内であの鳥類に何をしたのか知らんが、痕跡から察するに、本来実現されるはず無い事象を、極度に離れた「直近の未来では訪れ得ない」時間線から引っ張ってきたということだ」
そういえば、例のことを教えていなかった----私は軽い説明をする。
「・・・・彼女がしたのは、鳩を白い鳩に変えたこと・・・そしてもしかしたら、それを黒い鳩に戻したこと」
「・・・ふむ、ならば「白いハトがこの空間に居る」時間線の事象でこの時間線の事象を上書きしたのだろう。そしてまた「黒いハトが居る」時間線が居る時間線へと戻した、ということか。しかしその書き換えで済むのなら良いのだが、時間線上の事象・存在には全てスカラだけでなくベクトル的なパラメータが存在する。・・・・これはお前達には解らんことだろうな。要するに現象としては、白い鳩を呼び出しても、「一瞬」つまり、一つ先の時間平面に移る過程でこの時間線からその白い鳩が消失するということだ。」
「でも、白い鳩は暫くとどまっていたと聞くよ? 藤原君、そこはどうなんだい」
佐々木さんが口を挟む。
「簡単なことだ、佐々木。涼宮ハルヒはな、この時間線にハトが存在する限りにおいて、同一時間平面上の黒いハトの存在を、白いハトに置き換え続けた・・・・ということだ」
「ならば、涼宮さんには時間の最小単位というものが認識できているというのかい?」
「涼宮ハルヒ本人はそうでなくとも、力が知っているのさ」
「・・・・聞けば聞くほど、僕の手には余る力だよ。キョンには感謝をしないとね
彼女はくすくすと笑い、耳に掛かる髪をいじくった。
「これも涼宮ハルヒの神のごとき力の本質ではないだろうがな。ごくごく一端だ------続けるが、この空間に異常が見られるのはおそらく涼宮ハルヒが途中でその改変を放棄したからだ。涼宮ハルヒは白いハトを黒いハトに戻した。そこで確認もせず、力の行使を止めてしまったのだろう」
「それに問題があるの?」
私が問うと、彼は腕を組んで面白くも無さそうに応えた。
「どうしてこんなに半端な修復しか行わなかったのかは疑問の一言だが、この空間の一部は白いハトが居る時間線の領域ともまた違う、この時間線に隣接する別の時間線に置き換えられたままだ。時間線があまりに近いために収束しようという力が別の未来へ進もうという反発が上回って、一見通常通りの時間線としての機能をしている。しかし-------もう一度見せてやろう」
先ほどと同じように、彼は手を伸ばしてある位置で止めた。
「TPDDはその空間の時間線がどういう未来を辿るのか、それを読み取って時間平面を跳躍する機能がある。さらにこの空間には、この時間線とは別の未来へと進もうとする指向性がある。そこでTPDDを使うなら------」
彼の手がブレる。
「禁則--------ちっ、これも禁則だってのか。つまり、涼宮ハルヒの手によって混在させられている隣接時間線による干渉で僕という存在が揺るぐのさ。本来なら僕は身体の各所が別の時間線に跳躍してばらばらになってしまうところだが、幸いにしてTPDDにはそれを感知して、全身を同一の時間線に跳躍させる機能もある。それで何とか生きながらえているような状態さ」
「聞く限りでは、君のTPDDの仕組みは涼宮さんが白い鳩を存在し続けさせた力と同一の性質のものに思えるね」
「その通りさ。TPDDには、自身が隣接しない時間平面に跳躍するためのものと、隣接した時間平面に移動し続けるするためのものがある。前者は大して必要がないが、後者は無くなったとたん・・・僕の運命は涼宮を失ったハトと同じさ。時空間の迷子になってどこの時間線でも無いどこかに僕は放逐されるだろうよ」
「・・・待って」
「何だ?」
声に反応して、藤原君は私を見る。ずっと説明をしていた所為で敵意を忘れているのか、表情に最初ほどの険はなかった。
「跳躍をしかけて手がブレる・・・なら、貴方にとって異なる時間線への跳躍は、可能なこと-------ということ? それは、好きな未来を選べるっていうことなの?」
「・・・・ああ」
彼はタートルネックの襟を弄って、言う。
「そういう考えかたもあるだろう。異なる時間線への跳躍は規定事項の保持のため本来禁止されているが、僕の時間線のTPDDではその限りではない----が、それは逃げじゃないのか?」
彼は私を鋭く睨んだ。
「好きな未来を選ぼうなんてのは自分の時間線を見捨てる傲慢さだ----それをしないのが、僕たちのプライドだ」
そして黙り込んで、彼は立ち上がった。
「行くぞ。次だ」
* * *
234 名前:松本晶[] 投稿日:2011/07/08(金) 20:55:07.80 ID:SnzSBtlF0
* * *
[14:02]
三カ所の「涼宮さんの力の痕跡」を巡り終わった後、私たちは駅前の喫茶店に来た。---ここはよほど常人ならざる人間に好かれる要素があるのだろうか、そう思って藤原君にどうしてここを選んだのか訊いてみたが、帰ってきたのは現実的な答えだった。
「単に涼宮ハルヒが好むのがここであり、奴がらみの人間からすれば奴を張るにもただ来るにもここに来るのが何かと都合が良いからな。必然、あの巫山戯た女の事情に通じた人間にしてみれば、ここの知名度はかなり高いのさ・・・ま、今回はそれだけじゃない。確かめたいこともあったんだ。佐々木」
「何だい?」
「お前がここに来たときに居た、TEFI端末の女を覚えているか?」
間を入れず、佐々木さんは応じた。
「勿論。喜緑江美里さんと言うらしいね、なにやら北高の生徒会役員らしいけれど」
「そう、その女が今日は居ない・・・それもまた異変の一つになるかもしれない」
「----------」
どうやら藤原君は、現状の推論を既に立てているような態度だった。
「どうして? 喜緑さんは、アルバイトをしているだけ。居ない日だって、当たり前にあるかもしれない」
「宇宙人がそんなファジーな感覚を持っている、融通の利く人種なら----それはもう地球人といっしょだろうよ。こちらの長門や九曜ほどに人類を理解している個体ならばともかく、TEFI端末のほとんどは原因に対して一対一対応の結果を導き行動をする---機械じみた行動原理を持っているんだろうと考えられる。
それは旧人類のお前らだって解るだろう? 奴らの大半は表面上は一般人類として振る舞うだけの能力を持っているがゆえ、上っ面で人間と接し、そこから大いに学習していくことができないのさ。長門に九曜くらいに白紙の人格から生まれた連中ならば、赤子の成長するように人間としての人格を育てようもあろうが、大半は人間としての交感能力に欠如した無機質な人格しか持たない」
「・・・まぁ、それはうなずけるね。あの喜緑さんという人物は感情と行動とが乖離しているように感じさせるものがあったよ。素早く放たれた九曜さんの手をにこやかに掴み上げるあの仕草は失礼ながら人間性をあまり感じないものだったよ。----いや、この場合彼女らが人間たらんとしているとは限らないから、失礼には値しないのかもね」
その応えを肯定して、藤原君は続ける。
「そうさ。奴らの覗かせる感情は、言ってしまえば演技----むしろそれ以前か。この時代に流行している下位文化の類の映像・・・アニメーションのようなものだな。登場人物とは言うが、あの手の作品は全て単なる色相の配列パターンと音声で表されたキャラクターや舞台の描写楽しむものだと定義できる。しかしそれは視聴者の想像力で補われた人物像でしかなく、実在のものですらない。それを楽しむ旧人類の文化的価値観を否定する訳ではないが、奴らTEFI端末も同じく「人間らしく見える動き」をなぞっているだけに過ぎんのさ。そこにある理由は「それらしく見える、便利である」というだけであり、だから奴らは情報統合思念体としての理由さえあればその振る舞いを止め人殺しすら無表情で行えるのさ」
すると、佐々木さんはどこがおかしいのか含み笑いをした。藤原君は話の腰を折られたことに対しての反感からか、佐々木さんを睨み据えた。
「・・・くつくつ、藤原君にしては現代人類の文化に対して中々好意的な言い方じゃないかい? 僕の記憶違いでさえなければ君はこういう時にも欠かさず挑発的な物言いをしていたが、今回はなかなかに公平だ」
それになんだか少しばつが悪そうにして、藤原君は無視をした。
「つまりこの場合、喜緑江美里がアルバイトをする理由というものが明確に存在すると考えられる。奴らは感情じゃなく動機ではなく、理由で動く存在だからだ。それはお前が先ほど訊いたように異端者の社交場と化している、この店の監視任務というのが妥当だろうな」
「-----その見解は正当」
周防さんが藤原君の息継ぎの間を縫うように言った
「そうか。ならばこの店は情報統合思念体にとっても何らかの価値を持つ場所だと言える---だからその監視任務は理由が無しに中断されることはない。だからこそ、喜緑江美里が居ないなんてのは決定的におかしいのさ」
「-------」
「そうかい? 例えば生徒会が忙しいとか、そういう理由があるならば、いかな宇宙人も強行にサボタージュを行ってまでアルバイトはしないと思うけどね。それに彼女も全シフトにバイトを入れているわけじゃないだろう? 今日がたまたま休みだったのかも知れない」
「いいや、奴はこの時間帯の全シフト働きづめさ。かつて僕がここで涼宮ハルヒを利用しようと暗躍していた折に連中の調査も行っていたから確定情報だ。シフトが変わった可能性についても、さっき言ったとおり「それだけの理由が無いなら、奴らは何もしない」からあまり現実的じゃないな。端末個々の事情については人間を装うためだけの形ばかりのものでしかない私生活から任務に影響を来すようなことはしないだろうし、逆に涼宮ハルヒに関わる事情を考えても、九曜に渡された情報の限りではあれから情報統合思念体側に影響のあるようなさほど出来事は起きてはいない。なんせ、奴らとしてもかなりの大物だった天蓋領域の処理係をおせっかいにもあのSOS団とやらが買って出たのだからな」
「でもそれは断言できないだろう? 論旨は解るけれど、こちらには彼らの思惑を全て理解することはできないんだからこっちのあずかり知らないところで情報統合思念体の人事改革があったって不思議じゃないよ」
佐々木さんは冷静に論の欠点を突いた。それは私にも判る程度の綻びで、藤原君の雰囲気からして話す前に自分で気付いても良さそうなものだと思えて、違和感を覚えた。
「その言葉は尤もなものだな。もちろん、これが推論の一つでしかないというのは自覚しているし、第一に挙げるほど可能性の高いものでもないということも当然理解しているさ」
「だったら、どうして?」
私の言葉に対して、嗜虐心の点った様な瞳でこちらをシニカルな笑みで捉える。
「そういう些細な違和感ひとつひとつであるはずのものだって、現実になりうる様な状況だと思い知らせようとしただけだ」
佐々木さんは珍しく、疑問を浮かべていることを隠しもしない表情で問うた。
「藤原君、どういうことなんだい? 申し訳ないけれど、ついて行けてないみたいだ」
235 名前:松本晶[] 投稿日:2011/07/08(金) 20:58:00.03 ID:SnzSBtlF0
「くく、本当、お前らは何で学校に通っているんだろうな」
「・・・流石にそこまで露骨に馬鹿にされると、怒らないまでも笑えないよ」
「悪かった。そう言う意味じゃないんだ」
らしくなく素直に謝る態度ですら嘲笑を隠そうともしないようなものだった。
「佐々木。今は何曜日だ?」
「やっぱり馬鹿にしているじゃないか・・・学校に通っていてもいなくてもそのくらいわかるさ」
呆れたような溜息をこぼす佐々木さんだった。
「じゃあ、お前。今は何曜日だろうかな?」
私を不躾に呼ぶその様に反感を覚えなかった訳ではないが、大人しく応えないと話を進めてくれそうになかった。
「今は・・・・」
考える------けれどどうにも出てこない。
「くく、やはり思い出せないように「なっている」ようだな。そうでなくともお前たちは時間に鈍すぎるというのに。じゃあ、一週間前は? そう、お前らがちょうど今日みたいに桜を見た日だ」
「土曜--------」
土曜? そんなわけ-----------
「長門さん?」
「ああ、佐々木。そういえばお前の学校は進学校だったな」
「・・・? ねえ、突然どうしたって言うんだい?」
「だから、お前は気づけないのさ。骨身に染みついた感覚じゃあないからな」
佐々木さんが読みかねている藤原君の意図を、私は既に汲み取っていた。
私は乱暴に携帯を取り出して、昼に着信した涼宮さんのメールを見る。
『「有希、欠席だったら直接言いなさい。却って気を遣わせちゃうだろうからお見舞いは止すけど、こっちも心配なんだから」』
「どうした? メールでも読んでいるのか」
私は余裕を持てないまま、簡潔に応えた。
「涼宮さんから来ていたメール」
「ふん。----何だって?」
「『欠席なら連絡しなさい』って--------」
聞いて、よほど可笑しかったか、藤原君はいきなり大声で笑い出した。
「ははは、おあつらえ向きの内容じゃないか! 案外奴はこの事態を知って居るんじゃないのかと、疑念を抱いてしまうくらいだ!」
「-----------」
周防さんはずっと押し黙っている。佐々木さんがこちらに寄ってきて、尋ねてくる。
「----長門さん。説明してくれる?」
「・・・・・今日は、土曜日」
「それは解る--------」
『土曜日、全国で進学校を除いた高等学校は、須く休校している。例外に漏れず北高も休みであった』
そう、それが一週間前のあの日。
私は佐々木さんの言葉を遮って続ける。
「だから今日は本来、学校が無いはずの日-----------」
桜が元に戻ったとかとか、そういうのだって小さなことだった。もっと身近なもの-------時が、暮らしが、学校が既に-------どこかおかしくなっていたんだ。
* * *
236 名前:松本晶[] 投稿日:2011/07/08(金) 21:04:31.30 ID:SnzSBtlF0
* * *
The DAY7
12/"27"
* * *
240 名前:松本晶[] 投稿日:2011/08/10(水) 13:21:01.10 ID:THe1ZiM60
* * *
The DAY7
12/"27"
* * *
[14:10]
「----でも、それがそんなに大変なこと?」
私が尋ねると、藤原君はいかにも気怠そうな溜息を吐いた。
「はっ、僕からしてみればお前らがそんなことを言うのも、思うのも意外に過ぎるね」
「確かに普通じゃありえない。けれど涼宮さんが居る限り、その程度のことは今までもこれからもあって当然のことのはず」
「そう、涼宮ハルヒにとってこの程度のことはやろうと思えば簡単なことだ。けれどあいつが『やろうと思う』のか?」
藤原君は続ける。
「天蓋領域との決闘の最中とはいえ、お前らの生活は普段通りのそれだ。そして古泉の組織の開催する『推理合宿』なんてのも、長期休暇恒例行事として控えている。
二年間で自分勝手さもだいぶ薄れてきたらしい涼宮ハルヒは本来ならきっと、『鍵』の望むとおりにお前らを楽しませてやることを第一に考えるだろうよ。それを取り上げてまで三学期を長引かせる理由が何処にある?」
佐々木さんは尤もだという風に、聞き入っている。
「加えて----俺は九曜から聞いているし、お前らも知っているだろうが、涼宮ハルヒの桜が散り、白い鳩は失せ、猫は元通りになっている。佐々木が憂慮しているらしい涼宮ハルヒの安否はいよいよもって危ないだろうな。
しかも涼宮ハルヒの望むはずのない大規模な改変まで起きている-----この時間の認識を阻害する改変は、事象自体は大した物でないにしろ水面下で全世界的に行うにはクリアすべき条件が多すぎる。しかも俺のような外部からの来訪者を除けば全く気付かれることは無いなんて馬鹿げた代物だ。
この世界を好きに出来る神のような存在の手に依らなければ実現することはできない。そう、『まるで』涼宮ハルヒのような、な」
「じゃあ、やはり」
佐々木さんの一言に藤原君が素早く返す。
「ああ。本物の涼宮ハルヒは何者かによって精神かその能力の正常性を失わされているだろう・・・そして他の存在、この場合天蓋領域の可能性が高いが、の制御下に置かれていると見て良い。未来人として、涼宮ハルヒに関わる者としての僕の見解だ」
「・・・それほどの事態だなんて」
取り乱しては居ないにしても、佐々木さんの絶望は見て取れた。
「この事態を収めることは、涼宮さんをなんとかするっていうことだろう? そんなものは未来人だろうと、宇宙人だろうと、超能力者だって背負える荷物じゃない」
「そうだな。おまけに天蓋領域の存在を考えると、涼宮ハルヒ本人だけよりもよっぽど有効な力の使い方をしてくるだろうな? そうなれば今この瞬間に僕達がどうなったっておかしくはないくらいだ。
気にくわない相手を消し去ることをすら、一切の手続き無しで行えるということが、涼宮ハルヒであるということだからな」
「・・・なら、そうしないのは?」
『出来る』ということは、特別な理由が無ければ実行するということだろう、それほどの理由なんてものがあるのか。
「それは簡単さ、涼宮ハルヒの力を生け捕ったりしたところで制御出来るかは解らんだろう。だからせめてその際有用な『鍵』は通常の状態で保管しておかなければいけない-----」
「この地球は、彼を保存しておくための籠だってことかい?」
241 名前:松本晶[] 投稿日:2011/08/10(水) 13:22:16.82 ID:THe1ZiM60
「だろうな。涼宮ハルヒの能力に対して急進的な姿勢をとったことのある組織ならば、先ず間違いなくその方策を考えたことがあるはずだし、実際に僕達も同じことをしようとしたからこそ、今こうして言えるわけだ。断言は出来ないがこれがもっとも相応しい推測だろうな」
藤原君はかつて敵だったという経緯もあってか、随分無機質なものの言い方をしてくれる。
「あまり愉快な話とは、言い難い」
「だがこうして効率的に成らざるを得ないっていうことも、解るだろう?」
もちろん、解っているからこっちの言い方も控えめなんだけれど。
「状況から考えて、当面の目標はもともとの僕が来た理由であるそれと同じく、『鍵』の開放たったひとつに尽きるな。行動を起こすのは明日の零時十五分からだ、良いな? どうせ明日もまともに出席できはしないだろうから、九曜は学校の出席を何とかする算段を付けておけ。あまり不自然に振る舞って面倒が増えるのも困るからな」
「----大丈----夫」
周防さんは久しぶりに口を開いて、一言だけ喋った。佐々木さんがフォローする。
「周防さんが、偽物の僕達を作ってくれたんだ。いやあ、流石宇宙人ってのはなかなかにいろいろとできるものだね。今はまだ授業中だから心配ないが、三時を過ぎたらむしろ本物の僕達こそがSOS団に見付からないように気をつけなければいけないよ」
「・・・そうか」
藤原君は少し考えを纏めるように口を結び、それから言い放った。
「正午の時点で偽物をわざわざ作るほどのことだったのか、このひとつっきりの欠席が? もともと正直に欠席を告げれば良いぐらいのことだったはずだろう。奴らに涼宮がらみのことを特別秘密にしているわけでもないのに、よっぽどお前はこのことは知られたくないらしいな、九曜」
「-------」
周防さんは微動だにさえしない。藤原君の疑問はあのとき周防さんに涼宮さん達に事態を教えることを止められた、その時の私の考えそのものだった。
「それはどうしてだ? 何を隠している?」
「あまり人数を増やすのは好ましくない」
「それがどうしてかを訊いているのだが、伝わらなかったのか?」
「答えられない」
「・・・・・フン。お前が何を考えているかは知らないが、何にせよお前の力無しには始まらないからな。今の内は放っておくが、いつまでもそう黙りではいかんとだけ覚えていろ。もしかしたら僕の話したことだって、お前は最初から知っていたんじゃないのか?
なぁ、佐々木。もしかしたら本当の敵とはこいつのことかも知れないぞ?」
「-----------」
今すぐ面打ちでも始めかねない睨み合いを見かねたか、佐々木さんがなだめるように口を出す。
「藤原君、言動の動機はわかるけれど、それにしても言い過ぎだよ。それにこうしていても埒があかない。一端解散をして、藤原君の行ったとおりの時間に病院に集まろう。それで良いじゃないか」
「------------」
「僕の言い出したことだ、異論はない」
九曜さんと藤原君は矛を収めて、別々の方向を向いた。
* * *
246 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[] 投稿日:2011/09/12(月) 17:13:21.08 ID:a0SOBHkN0
すみません、完全にスランプです
他のSSを書いたりとなんとか刺激を入れようとしましたが、受験勉強に尻をたたかれている現状では気がかりで筆が進みません、HTML化します
受験が終わり次第完結させます・・・