谷口「憂鬱だ」


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1 名前:にょろーん名無しさん[] 投稿日:2011/02/28(月) 14:15:30 ID:yRZw0VAM0

以下、谷口のSSです。

2 名前:にょろーん名無しさん[] 投稿日:2011/02/28(月) 14:17:18 ID:yRZw0VAM0

 サンタクロースや宇宙人や未来人や異世界人や超能力者をいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが、それでも俺がいつまでそんな想像上の存在を信じていたかと言うとこれは確信を持って言えるが最初から信じてなどいなかった。

 若人なら、そんなものに現を抜かしてないで堅実に好きな女でもつくって青春を謳歌するべきなのだ。美少女の幼馴染と恋してもいい、街角でパンを咥えた美少女とぶつかってもいい、突然隣に美少女が引っ越してきてもいい。ありもしないフィクションを信じるくらいなら、可能性は低くとも一応ノンフィクションたる美少女の存在を願ったほうが健全だろう。

 しかし、現実ってのは意外と厳しい。

 実際のところ、俺のいたクラスに美少女の転校生が来くることはなかったし、空から美少女が降ってくることもなかった。
 小学校を卒業する頃には、さすがの俺もそんなガキ臭い夢を見ることから卒業して周囲の女の平凡さにも妥協するようになった。美少女なんているワケねー……でもちょっとはいて欲しい、みたいな最大公約数的なことを考えるくらいにまで俺も成長したのさ。
 そんな感じで、俺はたいした感慨もなく中学生になり――、

 涼宮ハルヒと出会った。

3 名前:にょろーん名無しさん[] 投稿日:2011/02/28(月) 14:35:22 ID:yRZw0VAM0

 入学式が終了し、俺は配属された一年五組の教室へ入った。まず担任の先生が色々と喋る。その後は、ありがちな展開だ。

「みんなに自己紹介をしてもらおう」

 クラスメイトが名前の順に各々自己紹介をしていく。俺も流れに身を任せて最低限のセリフをなんとか噛まずに言って、着席した。替わりに後ろのやつが立ち上がり――ああ、俺は生涯このことを忘れないだろうな――後々語り草となる言葉をのたまった。

「東小学出身、涼宮ハルヒ」

 俺は何気なく振り向いた。えらい美人がそこにいた。

 正直に言う。その一瞬で俺はそいつに心を奪われた。

 要するに、一目惚れの、初恋だ。

 しかし……悲しいかな。

「ただの人間には興味ありません」

 その美少女は頭がイカれていたのだった。

4 名前:にょろーん名無しさん[] 投稿日:2011/02/28(月) 14:37:48 ID:yRZw0VAM0

 そして、あれから三年が経った。

「東中学出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません……」

 涼宮の変人っぷりは高校に入っても相変わらずだった。前の席に座っているやつなんか大口開けて涼宮を見上げてやがる。どうせ、これってギャグなの、とか思ってるんだろう。それは大きな間違いだ。

 涼宮ハルヒは常に大マジなのだ。

 その数日後、朝のホームルームの前、涼宮の前の席の男は愚かにも涼宮に話しかけた。

「なあ、しょっぱなのアレ、どのへんまで本気だったんだ?」
「あんた、宇宙人なの?」
「違うけど」
「だったら話しかけないで」

 予想通り、涼宮は冷徹にその男との会話を打ち切った。男はしおしおと前を向く。やっぱりそうなるよな。俺はそいつに半笑いで同情するように頷いてやった。

5 名前:にょろーん名無しさん[] 投稿日:2011/02/28(月) 14:42:44 ID:yRZw0VAM0

 その男と俺は席が近かったので、ほどなくして昼食で机を同じくするような間柄になった。

「お前、この前涼宮に話しかけてたな。わけのわからんこと言われて追い返されただろ」

 俺はゆで卵の輪切りを口に放り込み、もぐもぐしながらその男――キョンに言った。

「もしあいつに気があるんなら、悪いことは言わん、やめとけ。涼宮が変人だってのは充分解ったろ」

 俺は、中学で涼宮と三年間同じクラスだったことを前置きし、続ける。

「あいつの奇人ぶりは常軌を逸している。高校生にもなったら少しは落ち着くかと思ったんだが全然変わってないな。聞いたろ、あの自己紹介」

「あの宇宙人がどうどうか言うやつ?」

 そう聞き返したのは、同じく昼食の卓を囲んでいる国木田だ。

「そ。中学時代にもわけの解らんことを言いながらわけの解らんことを散々やり倒していたな」

 その後、俺は滔々と涼宮の奇行列伝を語った。

 語りながら、俺は改めて思った。

 たとえ一瞬でも、どうしてあんな女に恋しちまったのだろう、と。

 やることなすことわけわからん。いいのは面だけ。性格は最悪で極悪。

 しかし、そんな女でも、三年間も一緒にいると愛着みたいなものが湧いてくる。放っておけない。他人のフリもできない。中学のとき、気がつくと俺は涼宮ハルヒの近くにいて、なんでか常時苛々しているあいつの八つ当たり先になっていたりした。

6 名前:にょろーん名無しさん[] 投稿日:2011/02/28(月) 14:46:19 ID:yRZw0VAM0

 言っとくが、現在の俺の涼宮に対する気持ちは恋じゃないぜ。

 俺の涼宮への恋――俺の初恋――は、涼宮と出会った瞬間に咲いて、涼宮が二言目を発した瞬間に散った。そこのところをよく理解しておいてほしい。俺は確かに涼宮に恋をしたかもしれない。しかし、その恋は次の瞬間には終わったのだ。なら、以降俺が涼宮に抱いてきたこの愛着のような感情は、恋ではない何かだろう。いや、間違っても愛なんかじゃないから安心してくれ。

 実際、俺は涼宮に恋した後、驚くほど惚れっぽくなった。きっと、俺の中にあった美少女幻想を涼宮が粉々に砕いたからだろう。涼宮に比べれば、別に顔が今一つだろうがいい女はいっぱいいる。世の中美少女だったらなんでもいいってわけじゃない。女は総合力なんだよ、総合力。

 ってなわけで俺は女を客観的に分析する癖がついていった。その一つがランク付けである。顔や性格を総合的に判断して女子にランクをつけるのだ。

「このクラスのイチオシはあいつだな、朝倉涼子」

 朝倉涼子。AAランクプラス。我らがクラスの委員長様だ。どうせ美少女と出会うなら涼宮じゃなくて朝倉のようなやつと出会いたかった。朝倉は性格もいいに決まってる。完璧じゃないか。

 つっても、まあ、俺には高嶺の花だろうがな。

7 名前:にょろーん名無しさん[] 投稿日:2011/02/28(月) 14:50:31 ID:yRZw0VAM0

 四月は授業も中学の復習なんかをやっていて勉学はからっきしな俺でもなんとかついていくことができ、春の穏やかな気候もあいまって要するにわりにゆとりがある時期だった。

 が、人間、心に余裕があるとロクなことをしない。

 俺の場合、暇ができるとつい癖で涼宮の観察なんていう死ぬほど頭の悪いことをやってしまう。まだ高校生活が始まったばかりだからか、涼宮にしては大人しくしている方だった。しかし、それでも涼宮ハルヒという女は変なことをしたがるのである。

 その一。髪型変化の術。どういうわけか髪型を毎日変えてくる。そしてこれがどんな髪型でも可愛いんだから腹が立つよな。

 その二。体育の授業前の自主的ストリップ。まさかとは思っていたがやっぱ高校でもやりやがった。中一ならまだしも、いい加減自重しろっての。しかしあいつまた育ちやがっ……なんでもない。

 その三。部活巡り。そう言えば三年前もやってたっけ。高校の部活は中学よりずっと多いから大変だろうに。結局どこにも入部しないくせしてなんでそんな無駄なことをするかね。

8 名前:にょろーん名無しさん[] 投稿日:2011/02/28(月) 15:06:39 ID:yRZw0VAM0

 そんなこんなで五月がやってきた。

 その日、ゴールデンウィークが明けた一日目。俺は登校中にキョンを見つけ、声をかけた。キョンは随分としけた面をしてたので、俺はとっておきのゴールデンな話を聞かせてやった。バイト先で出会った可愛い女の子の話だ。俺は、もしキョンが話に食いついてきたら、そのカワイコちゃんを紹介してやるつもりだった。どうもこのキョンって男は女っ気がないからな。少しくらい青春の手助けしてやるのが友人の務めだろう。

 しかし、キョンは俺の話に全く興味がないようで、まるでこの世で最もどうでもいい情報を聞いているみたいな顔をしていた。

 そんなことをしているうちに、俺とキョンは学校に着いた。

 俺とキョンは教室に入る。いつもの癖で俺はまず涼宮を見る。今日はお団子頭か。悪くない。俺は、哀れにも涼宮の前に座らなくてはいけないキョンと別れて、自分の席に着く。

「曜日で髪型変えるのは宇宙人対策か?」

 俺の耳に、そんなキョンのセリフが飛び込んできた。おいおいキョンよ、どうしちまったんだ? そんないかにも頭のネジが吹っ飛んだようなセリフを、お前は一体どこのどいつに向かって吐いてんだ? そんなイミフぶっちぎりなことを唐突に言って喜ぶやつなんて、同じイミフぶっちぎりなイカれ女くらいしか……。

「いつ気付いたの?」

 俺が振り返ると、ちょうど、涼宮ハルヒが仏頂面でキョンにそう聞き返しているところだった。

9 名前:にょろーん名無しさん[] 投稿日:2011/02/28(月) 15:08:38 ID:yRZw0VAM0

 驚天動地だった。

 あの涼宮が人とあんなに長い間喋ってるなんて、初めて見た。

 キョンのやつ、どんな魔法使ったんだ?

「適当なことしか訊いてないような気がするんだが」

 バカな。ありえない。

「キョンは昔から変な女が好きだからねぇ」

 ひょっこり現れた国木田がそんなことを言う。

 いや、キョンが変な女を好きでも一向に構わん。俺が理解しがたいのは、涼宮がキョンを相手にちゃんと会話を成立させていることだ。だって涼宮は頭のイカれたキチガイ女のはずだろ? やることなすことわけ解らん、おおよそ正常とか普通とかいう概念からはかけ離れたトンデモ女、それ即ち涼宮ハルヒ。世界の常識だ。そうだろう?
 それが、どうして……?

「キョンも変な人間にカテゴライズされるからじゃないかなぁ」
「そりゃ、キョンなんつーあだ名の奴がまともであるはずはないんだがな。それにしても……」

 納得がいかん。

 ……はて、待てよ……?

 俺は、一体何に、納得がいかないのだろう。

 ………………。

 いやいや、まさか、な。

10 名前:にょろーん名無しさん[] 投稿日:2011/02/28(月) 15:13:19 ID:yRZw0VAM0

 驚天動地はなおも続く。

「気がついた! どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのかしら! ないんだったら自分で作ればいいのよ!」

 授業中に突然キョンの襟を掴んで立ち上がってそう言った涼宮ハルヒ。

 なあ、このとき、涼宮がどんな顔してと思うよ?

「何を」
「部活よ!」

 これまた初めて見る。燃えるような――笑顔だった。

 そして、涼宮はその笑顔を、ただ一人キョンに向けていた。

 おいキョン、お前は今、非常に貴重な体験をしているぜ?

 お前は、三年間ずっと同じ教室に通っていた俺でさえ見たことがない涼宮の笑顔を、唾が飛んでくるくらいの至近距離で目にしているんだぜ?

 つーかキョンよ、お前は本当に涼宮と知り合って一、二ヶ月なのか?

 もっと深い因縁があるんじゃないかと勘ぐっちまうぜ。

「ただ、今は落ち着け」
「なんのこと?」
「授業中だ」

 俺はそんな涼宮とキョンのやり取りをただ呆然と見ているしかなかった。



 授業後、あいつらは二人で教室を出て行った。涼宮がキョンの手を引っ張って強引に連れ出したのだ。もう言い飽きたが、これまた驚天動地。あの涼宮が自分から積極的に他人に関わろうとしているんだ。その場合、おそらくその他人ってのはアンチ普通な野郎に違いない。

 キョンよ、お前は本当に何者だ?

 さらに放課後。もう驚天動地でも驚地動天でもなんでもいい。

 涼宮とキョンが物凄い勢いで教室を出て行った。涼宮がキョンを強制連行したのだ。何がどうなってんだよ、おい。

 次の日に至っては、俺と国木田が一緒に帰ろうと誘ったらなんとキョンのやつ丁重に断りやがった。その理由はわかってる。涼宮だ。なんだっけか? 『先に行ってて!』だっけ? それでキョン、お前はそんないかにも気乗りしないといった足取りでどこに行くんだっつーの。



 数日後、俺はキョンに直接問い質すことにした。なんでそんなことをしたのか。よくわからん。たぶん、涼宮に振り回されているキョンをなんとか救ってやろうという俺の熱い友情がそうさせたのだと信じたい。

「お前さあ、涼宮と何やってんの?」

 続けて、俺は言わんでもいいことを言ってしまった。

「まさか付き合いだしたんじゃねえよな?」

 アホなことを訊いちまった後悔だろう、俺の胸が一瞬だけ苦しくなった。

「断じて違う」

 それを聞いて俺はほっと一安心した。なぜって、そりゃキョンが涼宮と付き合うようなイカレポンチでないことが確認できたからに決まっている。

「ほどほどにしとけよ……」

 対涼宮に関して先輩を気取るつもりはないが、俺は全力でキョンを諭してやった。長い付き合いだからわかるが、涼宮の暴走ってのはこんなものじゃない。きっと、お前だって涼宮と一緒にいればいずれわかる。涼宮は常人の手に負える存在じゃない。

 いつか投げ出すことになるのなら早い方がいい。その方がお前だって傷は浅くて済む。

 いいか? 俺は止めたからな? 釘を刺したからな?

 このあと、涼宮からどんな害を被っても、それは、お前自身のせいだぞ。

 もしお前にその覚悟がないのなら悪いことは言わん。

 涼宮ハルヒだけは、やめとけ。

11 名前:にょろーん名無しさん[] 投稿日:2011/02/28(月) 15:17:47 ID:yRZw0VAM0

 結局、キョンは俺の忠告を聞かなかった。それが能動的なものであるにせよ受動的なものであるにせよ、である。

「キョンよぉ……いよいよもって、お前は涼宮と愉快な仲間たちの一員になっちまったんだな……」

 俺は本当にこれからもこいつと友達でいられるかな……とか思いながら憐れなるキョンに餞の言葉を送った。

 しかし、涼宮にまさか仲間が出来るとはな……。やっぱ世間は広いや。

 にしてもSOS団ねえ。救難信号なんて出してどうするんだっつーの。

 『不思議なことを募集する』だって?

 俺に言わせりゃ、涼宮とその仲間たちが世界で最強の不思議だよ。ああ、間違いないね。



 涼宮とキョンはそれからも仲良く何かをやっているみたいだった。放課後になるとキョンはせっせとどこかへと出掛けた。ここのとこ、俺はずっと国木田とばかり帰った。

 せっかくだから――何がせっかくなんだかてんで意味不明だが――SOS団のホームページとやらがあるらしいので見てみた。俺が抱いた僅かながらの興味と関心と好奇心を利子つけて返せってくらいの手抜きサイトだった。バカを見るとはこのことである。

 また、あるとき。休日なので暇潰しに昼頃から駅前に遊びに行ってみた。と、キョンを含む涼宮の一味が駅前のハンバーガーショップから出てくるのを見かけた。俺は急いで回れ右をした。君子は危うきに近付かないし、三十六計は逃げるに如かないのだ。

 しかしまあ、涼宮が楽しそうにしているようでよかった。

 その手段こそ常人とは一線を画しているが、最近の涼宮は人並みに幸せそうだった。中学の頃の追い込まれているような危うさは見る影もない。SOS団ってのも噂だけが一人歩きしているが、要するに仲良しグループみたいなものなんだろう。まさに涼宮と愉快な仲間たち。楽しそうで何より。涼宮がそれでいいのなら俺は何も言わん。言う義理もない。俺と涼宮は、ただクラスが四年連続で一緒だったっていう、それだけの他人同士だ。



 が、しかし。

 さすがは涼宮、と言うべきか。

 万人の予想の斜め上を行きやがる。

 土曜は楽しくお仲間と遊んでたんじゃないのかよ? え?

 週明けの月曜日。涼宮は珍しく始業の鐘ギリギリに入ってきて、どすりと鞄を机に投げ出した。

「あたしも扇いでよ」
「自分でやれ」

 涼宮の顔は――俺はもう見慣れて見飽きてる――ひどい仏頂面だった。

「あのさ、涼宮。お前『しあわせの青い鳥』って話知ってるか?」
「それが何?」
「いや、まあ何でもないんだけどな」
「じゃあ訊いてくんな」

 剣呑な雰囲気の涼宮とキョン。

 どうにも雲行きが怪しかった。



 それからしばらく、涼宮ハルヒは不機嫌全開だった。少しは隠そうとしろよ鬱陶しい。お前の陰気は感染力が強いから、一緒の空間にいるとこっちまで気が滅入ってくるんだっての。

 何が原因なんだろね。お仲間と何かあったのかな? あれだけ気を許して(いたように見えた)キョンとも、なんだかちぐはぐな会話をしている。

 どうにも涼宮が憂鬱だと俺も憂鬱になってくる。どうしてだろね。はん。知りたくもない。

 つーか頼むぜ、キョン。さっさといつだかみたいに魔法を使ってくれよ。なんでだか知らんがお前はきっと涼宮に気に入られてんだから、もっと頑張ってくれって。それともなんだ、今は魔法が使えないってのか? ホワイ、なぜ?

 果たして、その理由は明らかになった。

12 名前:にょろーん名無しさん[] 投稿日:2011/02/28(月) 15:24:55 ID:yRZw0VAM0

 涼宮が元のダウナーな調子に逆戻りしてからいくらか経ったある日のこと。涼宮のせいですっかり調子を狂わされていた俺は、アホなことに学校に忘れ物をした。

 時間も遅かったし、もうほとんど家に着きかけていたので取りに行こうか行くまいか迷ったが、結局行くことにした。これは後々考えると正常な思考回路じゃなかったと思う。でもしょうがない。きっと何もかも涼宮のせいなのだ。

 俺はとぼとぼと学校に戻った。学校に着く頃には空がオレンジ色に染まっていて、坂の上から見たその空は存外に綺麗だった。そのおかげか、単純にも俺はテンションが上がった。

 そうだ。涼宮じゃあるまいし、気分がよくないからって陰鬱に振る舞うことはない。気分が沈んでいるときこそ、バカみたいにはしゃいでいればいいんだ。

 俺は自分を奮い立たせるために自作の『忘れ物の歌』を歌った。ネガティブな事柄をポジティブな歌として昇華するなんて、我ながら最高に気が利いている。

「わっすれーもの、忘れ物ー」

 歌っているうちにいい気持ちになってきた。俺は、スキップしてもいいくらい軽い足取りで教室に向かう。

「ういーっす、WAWAWA忘れ物〜」

 曲の俺的サビに当たる部分を華麗に歌い上げながら、俺は教室の扉を開けた。

 全世界が停止したかと思われた。



 見慣れた一年五組の教室を西日がオレンジ色に染めていた。机は規則正しく並び、床はほどよく掃除されていてワックスが艶めいている。

 そこまでは別にいい。

 問題は、そのほどよく掃除されてワックスが艶めいている床に転がっている二人の男女。

 そう、俺は家政婦でもなんでもないのに見てしまったのだ。

 一人の男と一人の女の愛憎渦巻く(?)ワンシーンを。

 簡単に言うとこうだ。

 キョンが長門有希を押し倒していた。



「すまん」

 俺は勢いよく教室の扉を閉めて、その場から走り去った。

 ああ、そういうことか。そういうことかよ。

 なるほどな、涼宮が不機嫌な理由がわかったぜ。

 いや、しかし、まさかあの涼宮が、そんな人間らしい感情を持っていたなんてな。

 ここぞとばかりに言わせてもらう。

 驚天動地だ。

 まあ、でもな、涼宮、しょうがねえよ。

 お前と長門有希だったら百人が百人長門を選ぶぜ。キョンを責めちゃあいけない。それよりも、キョンがお前とあくまで友人として付き合っているという事実を、お前は喜ぶべきだ。お前のことをダチだと思ってくれる人間がこの世に一人でもいたことにお前は感謝すべきなんだよ。

 まあ、確かに今は辛いだろうが、元気出せ。

 元気になったお前ならどんなやつでもイチコロだよ。

 俺が保障する。

 最近のお前は最高に輝いていた。

 マジもマジよ大マジだ。

 だから、自信を持て、涼宮。

 何も男はキョンだけってわけじゃない。世界の半分は男なんだ。

 だから悪いことは言わん、一人に縛られるような真似はよせ。

 そんなのはマジで笑えねえからよ。

 あれ……?

 おい待て待て。なんだよ。こりゃどういうこった?

 廊下を走りながら気がつくと――、

 俺は泣いていた。

13 名前:にょろーん名無しさん[] 投稿日:2011/02/28(月) 15:27:47 ID:yRZw0VAM0

 どうして俺は泣いているんだろう。

 キョンが長門有希といい関係にあったからか?

 否。それは確かに悔しいが、別に泣くことなんてないだろう。

 なら、涼宮がキョンにフラれたからか?

 否。涼宮が悲しもうと苦しもうと俺の知ったことじゃねえ。ざまーみろべんべんだ。

 それじゃあ、涼宮がキョンを好きだったからか?

 否。おかしいだろ。それで俺が男泣きするなんて、まるで俺が出会ったときからずっと涼宮を影ながら想い続けてきたみたいじゃねえか。

 断じてありえん。そんなことは天地がひっくり返ってもありえん。

 ありえちゃいけねえんだよ。

 そうだろ?

 俺は今の今までずっと、涼宮をただの頭のイカれた女だと思って拒否し続けてきたんだからよ。

 あいつだって普通に誰かとお喋りをする。

 あいつだって笑顔を見せるときがある。

 あいつだって気の合う友達を作って遊んだりする。

 あいつだって一人の男に振り回されることもある。

 そんな、涼宮ハルヒって世界一頭のぶっ飛んだ女の内側にある、真っ当な人間らしい感情を。

 三年間も一緒にいて俺は一度も見抜くことができなかったんだ。

 涼宮にイカれた女ってレッテルを貼り付けて。

 あいつだって一人の女の子であることを俺は認めてこなかったんだ。

 そんな俺に涼宮を好きになる資格なんてあるわけねえ。

 あるわけねえのに、どうして俺は……。

 ああ……そうか。わかったぜ。なんて論理的で合理的な解答だろう。

 俺ってやつはたぶんアホなんだな。

 アホ、か。

 アホじゃあ……しょうがねえよな?



 家に帰り着いて、俺は夕飯も食わずに布団に入って寝た。

 翌朝。自分がアホで本当によかったと思った。

 綺麗さっぱり忘れたのだ。俺は俺にとって不都合な事実だけをすっぱりきっぱり忘れて目覚めた。朝、鏡を見て、なんで俺今日は目が赤いんだろって本気で首を傾げたくらいだ。

 その日はなんだか大声で笑いたくなるほど清々しい気分だった。昨日の俺はやっぱどこかおかしかったんだな。それもこれも何もかも全ては涼宮ハルヒというイカれ女のせいで精神が参ってたせいだ。

 オーケー、落ち着いたところで状況を整理しようじゃないか。

 一、涼宮はキョンに気がある。

 二、キョンも涼宮のことを気にかけている。

 三、しかしそれはあくまで友達として。

 四、キョンの本命は長門有希。

 五、涼宮が最近不機嫌なのはそれに嫉妬しているから。

 なんて簡単な相関図。いわゆる一つの三角関係。

 いいね、よくよく考えれば非常に喜ばしいことじゃねーの。

 ん、喜ばしい……?

 どこが……?

 なにが……?



 まさか俺は涼宮がキョンにフラれたことを喜んでいるのか? いやいや確かに少しは涼宮ザマアって思ったけど、いくら俺だってそこまで人間腐っちゃいない。まあ、だからって人間ができているってわけでもないがな。

 じゃあ、そんな腐ってもいないしできてもいない一般人間の俺は、一体何を喜んでいるんだろうね。

 いや、待て、違うぞ。これは喜びとかじゃないな。

 言うなら、そう――安心だ。

 俺は安心しているんだ。そうだよ、この安心感には覚えがあるぜ。確か、

『まさか付き合いだしたんじゃねえよな?』
『断じて違う』

 ちょうどこのときの気持ちに似ている。

 そっか、そうか。わかった。なんだそういうことか。

 俺は友達のキョンが真性のイカレポンチじゃなくて安心したんだ。

 徐々に普通から遠ざかっていくキョンが、そうは言ってもクレイジー涼宮ではなくAマイナー長門を選ぶような比較的マトモなやつで改めて安心したんだ。

 わかってみりゃこんな単純なことはないぜ。

 頑張れよ、キョン。俺は友達として全力で応援するぜ。

 教室で逢引はいただけないがな。ま、世界が終わるまで長門と末永くお幸せにな。涼宮のことなら大丈夫。あいつは失恋ごときで参るようなタマじゃねえよ。

 そう――涼宮はそんなやつじゃない。

 それは俺がよく知ってんだ。

14 名前:にょろーん名無しさん[] 投稿日:2011/02/28(月) 15:30:03 ID:yRZw0VAM0

 その通り。次の日になって、涼宮は持ち直した。いや、実際に涼宮が何を考えているのかはサッパリだが、昼休みにキョンとどっかに行ったりしていたから、まあ問題はないだろう。

 俺もなんとなく嬉しくなって、後日キョンと雑談している途中、長門のことでやつをからかってやった。
「あのな、普通の男子生徒は、誰もいなくなった教室で女を押し倒したりはしねえ」
「お前が考えていると思われるストーリーは妄想、夢想、完全フィクションである」
「嘘つけ」
 俺はキョンの言い訳を一蹴した。

 そんな感じでけっこういい感じに憂さが晴れてきた俺だったが、涼宮はどうも違うようだった。朝倉がいなくなった日は溌溂としていた涼宮が、しばらくするとまたぐったりとした様子に戻っていた。一応キョンと雑談しているくらいだから大丈夫だとは思うけどよ。

 ま、つーか涼宮の情緒不安定なんて今に始まったことじゃないしな。心配するだけ損である。

 心配……?

 あのな、俺が涼宮の心配なんてするわけないだろ? 他人巻き込み型の超絶自己中女である涼宮が情緒不安定だと、周囲にいる人間が否応なく被害を受けることになるからな。それで俺は中学のとき何度も痛い目に遭ってんだ。即ち、俺は俺の身を案じている。わかってくれたかな?

 しかし、こと最近は平和だな。

 涼宮に八つ当たりされることもなくなって平和そのものだ。

 なにせ涼宮はご執心のキョンの気を引くのに必死だからな。

 せいぜい適度に頑張ってほしいものだね。この俺たちの平凡な世界を揺るがすようなわけの解らんことなどせず、普通に、学生らしく、女らしく、さ。



 それは、なんだか寝苦しかった夜が明けた、ある日のことである。

 朝教室に入って、いつもの癖で涼宮を見ると、ここしばらくやめていたはずの髪型変化の術を発動していた。

 何か心境の変化でもあったのかね。

 心境の変化と言えば、なんだか涼宮の前に座るキョンも雰囲気が少し変わっている。

 どこがどう変わったというわけではないが、

 強いて具体例を挙げるなら、

 キョンが涼宮を名前で呼ぶようになっていた。



 はてさて。

 どうしてだろうね。

 さっぱりだ。

 わからない。

 わかりたくもない。

 だが、

 しかし、

 けれど確かに。

 キョンが涼宮を名前で呼んだことで、

 ちょっとばっかり本当にほんのちょっとばかりだが、

 俺は――憂鬱になった。

15 名前:にょろーん名無しさん[] 投稿日:2011/02/28(月) 15:31:05 ID:yRZw0VAM0

以上です。読んでくれた方はありがとうございます。失礼しました。



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