ドラえもん のびたと最強の鬼


メニュー
トップ 作品一覧 作者一覧 掲示板 検索 リンク SS:ハルヒ「暇ね」 宗介「肯定だ」 士郎「俺はそうでも…」

ツイート

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/12(火) 21:53:40.80 ID:7smsU2HH0

都内、高級ホテルの一室。高価な調度品に囲まれた一室で
ドラえもんはソファーに腰をかけていた。
表情にはいつもの能天気さが消え、アニメ版というよりは、
むしろ映画版のクライマックスのそれの雰囲気に近かった。
約束の時間はすでに30分は経過しているが待ち人は来ない。
ドラえもんは職務柄、いい加減な少年の子守をしているため、
ルーズな男というものが大嫌いであった。
しかし、今日の待ち人は今のドラえもんには必要不可欠な存在
である。
多少の苛立ちは感じたものの、それを待ち人に伝えることは
しないつもりであった。
噂によると、ひどく偏屈な性格であるらしい。心象を悪くし、
依頼を断られでもしたら大変なことになる。
ドラえもんには、今、時間がない。依頼達成において、
待ち人を代替する適格者は現状、存在しない。



3 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 21:54:45.16 ID:7smsU2HH0

時計が約束の時間を1時間経過した後、乱暴にドアが開いた。
ドアを開いた瞬間から感じる圧倒的な威圧感。

黒装束の男がドラえもんの対面のソファーに座った。

成人女性のウェストほどはある鍛え抜かれた太い腕。
服の上からでも分かる胸部と背部の異常な筋肉の発達。
赤茶かかった長髪は男の顔を合わさって、鬼を連想させた。

男の名は、世界最強の生物と比喩される男、範間勇次郎である。

「で、光成のジジイからは内容は聞いてないが、依頼ってのは何だ、
青ダヌキ?」
勇次郎はドラえもんにそう語りかける。
「はじめまして、ボク、ドラえもんです。お話というのは、
この少年のことです。」
この少年・・・メガネをかけた少年の写真をテーブルの上に差し出す。

「今回の依頼は、この少年に格闘技を教えてもらいたい。ということです。」


4 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 21:55:46.30 ID:7smsU2HH0

刹那、勇次郎に殺気が走った。腕力のみで全世界に己が我が侭を
押し通し続けた男に対し、冴えない少年の格闘技の稽古をつけろと
依頼することはあまりにも礼を逸する。
衝撃が走り、100キロあるドラえもんの体が3Mほど先にある
窓ガラスに叩きつけられた。何をされたかも分からないが、
勇次郎が何かの打撃を繰り出した事は想像に難くなかった。
直後、男が入り口から退室しようとした所にドラえもんが語りかける。

「あなたは闘争を求めている。あなたは強すぎて、
現在の地球上にはあなたと比する者はいないでしょう。
ボクが用意してあげますよ。ギリギリの戦いを・・・
宮本武蔵・・呂布奉先・・歴史上の豪傑たちとの闘争の場を、
時と空間を捻じ曲げて、このボクが。」

勇次郎の歩みが止まり、再度ソファーに座り、つぶやいた。
「何でもできるって触れ込みは本当らしいな。」
ドラえもんは足元がおぼつかない足取りでソファーに座る。
平衡感覚が麻痺していることから部品がいくつか故障したらしい。



5 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 21:56:40.09 ID:7smsU2HH0

ドラえもんの依頼は、のびたに格闘技を教え、
一ヶ月の間にジャイアンを打ち倒す。それだけの単純なものであった。
「野比のびた、身長143、体重28、50M走14,6秒、
握力10キロ、1500M走・・・そんなに長く走れない・・
 戦績32戦32敗、戦歴の原因は主に剛田武のイジメによるものか・・」
「剛田武、身長152、体重55キロ、50M走7.5秒、握力53キロ、
1500M走6分25秒。戦績456戦422勝。
 負けの主な原因は高校生以上との喧嘩によるもの。
中学生との勝率は9割、・・化け物みたいな小学生だな。」
渡された資料を元に勇次郎がニヤニヤしながらドラえもんに語りかけた。
「で、依頼は達成可能でしょうか?」

勇次郎は答えた。
「分からん、が、手段によるが、可能性はある。
相当無茶することになるが、それでも確約はできん。」
「かまいません。最悪、死ぬことになっても。」と、ドラえもん。
ニィッと笑い、勇次郎は言った。
「すぐにのびたって奴のところに案内しろ、時間が惜しい。」


6 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:00:22.70 ID:7smsU2HH0

いつもの学校の帰り道、いつものようにジャイアンにいじめられた。
帰路につきながら、のびたは考えていた。
いつものようにドラえもんに助けてもらい、
いつものように、出してもらった道具を悪用し、いつものように
トラブルを起こし、いつものように解決する。
そんな、いつもの日常、いつものパターンを予想しながら帰っていた。
今日はどんな道具を出してもらえるんだろう。
と、いじめられた事を半ば言い訳として、
既に出されるであろう道具の事を考え、その悪用について考えていた。
いじめられた直後は泣きながら、悔しさも感じていたが、
家の玄関の前では新しい道具のことを考え、ニヤニヤしている自分に気づき、
我に返った。こんな表情ではドラえもんに道具は出してもらえない。
哀れみを誘うように、母性本能をくすぐるようにお願いしないと。
そう考え直し、一瞬で涙を再度流し、顔をクシャクシャに
した。
「ドラえもーん!!」絶叫と号泣をわめきちらし、2階に上がり、
ふすまを開けた。

「よお、お前が噂の・・・のびたか」
そういうや否や、黒尽くめの大男はのびたの襟首を掴み、
勉強机の引き出し、つまりはタイムマシンへの入り口にのびたを突っ込んだ。



7 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:01:07.47 ID:7smsU2HH0

「ここ・・・どこ?」
タイムマシンから降りたのびたが問いかける。
「無人島だ。俺は今日から1ヶ月間ここでお前を鍛える範間勇次郎だ。
目的は、打倒、剛田武!」
黒尽くめの大男が答える。

「え、嫌だよ、鍛えるって何?何かの冗談?ドラえもんは?ドラえもーん!」
と、叫んだ瞬間に頬に衝撃を感じ、横倒しに倒れた。
痛いと感じる余裕もなかった。
ジャイアンのパンチとも違う。
パパの拳骨とも違う。生まれて初めて感じた衝撃。
鬼の平手打ちを食らった瞬間だった。

「うるさい、わめくな、命令に従え。殺すぞ。」
そこから、のびたの修行は始まった。


8 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:04:12.61 ID:7smsU2HH0

3日目の朝、何十回目の平手打ちがのびたに襲い掛かった。
なすすべもなく、横倒しに倒れる。何度食らってもこの衝撃には慣れない。
のびたは自分の運命を呪った。
ドラえもんのせいでこうなっている。
大体、何でボクがジャイアンをやっつけるためにこんな事しなくちゃ
ならないんだ。道具を使えばなんでもできるのに・・・なんでなんだよ、
ドラえもん。
こんなことを考えたのは幾度目であろうか、
倒れながら思考しているうちに勇次郎の怒声が飛ぶ。
早く起き上がれと、勇次郎はそう叫んでいる。

「いいか、お前に足りないのはまず、根性だ。今の打撃はお前が意識を
飛ばない程度には調整してある。何故起き上がらない?
 剛田武に殴られているとき、ギリギリまで食い下がったことはあったか?
闘争を諦めた瞬間に、それは喧嘩ではなく、イジメになるんだ。
 ガキの喧嘩のレベルでは、勝敗はどうあれ、気持ちで負けなければ、
奴隷にはならん。」

9 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:05:49.71 ID:7smsU2HH0

勇次郎が何かを言っている。のびたは聞く耳を貸さなかった。
1日目、2日目は勇次郎の言うとおりにしていた。
恐怖と制裁に支配され、物理的な痛みから逃れるために体裁をつくろった。
しかし、もう限界だ、のびたは決意した。このまま、僕は立ち上がらない。
ギリギリまで粘ればドラえもんが助けてくれる。
なんだかんだいって助けてくれる。
だって、ドラえもんは友達だから、友達のピンチにかけつけないわけがない。あいつはそういうやつだ。
さあ、早く来い、青ダヌキ。早く俺を救え。


10 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:06:45.48 ID:7smsU2HH0

勇次郎は倒れているのびたの髪の毛をつかんだまま投げ飛ばした。
水平方向4Mほどのびたは放物線を描き、落下した。
ぽたぽたと赤いものがのびたの顔をぬらした。
髪の毛の一部が頭皮ごともっていかれていた。
何が起きたのか理解できなかった。
思考回路がパニックを起こしている。数瞬後、鋭利な激痛が走った。
泣いた。わめいた。叫んだ。しかし、状況は何も変わらなかった。

「あー、そういえば言ってなかったな。俺が引き受けた依頼の条件として、
お前を鍛えるのに手段は問わない。
 最悪、死んでも良いってな。青ダヌキもそこは了解してるぜ。」

絶望。そこにあるのはその一言だった。
ギリギリまでねばるなんて悠長なことは言ってられない。
殺される。この男から、早く逃げないと。




11 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:07:48.17 ID:7smsU2HH0

その日の訓練は応急処置だけを施され、数時間の休憩の後、夕方まで続いた。
のびたと勇次郎は海辺沿いに設置された少し離れたテントで別々に寝ている。
深夜2時、のびたは脱走した。
朝、勇次郎が起きると、のびたはいなかった。勇次郎は何も言わず、
のびたのテントから立ち去った。


12 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:09:40.88 ID:7smsU2HH0

無人島と勇次郎は言っていたが、本当にそうだろうか、
ドラえもんがした依頼だ。
ボクを殺すことはドラえもんの本意ではないはずだ。
勇次郎は殺す気だったとしても、どこかに逃げ道を用意してくれてるはずだ。
のびたは脱走とともに、現状確認を行った。無茶な筋肉トレーニングのせいで
全身が痛い。頭部の怪我もしゃれにならない痛みだ。
泣きながら島を探索する。
とりあえず、テントのある海辺とは別の反対側に進んだ。
海辺から草原、そして森に入った。森を歩いている最中に不安に駆られた。
この島で食料もないまま時間が過ぎれば自分は餓死してしまうのではないか。急にのびたは怖くなった。
疲労と痛みの限界で立ち止まり、近くの岩に腰をおろした。夜の闇のなか、
何かの鳴き声が聞こえる。自分はこのまま鳴き声の主に
食われてしまうのではないかと考えた。
ひとつ不安に駆られると妄想が次から次にとまらない。のびたは泣いていた。
恐怖と、自分の無力につつまれながら。


13 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:10:31.46 ID:7smsU2HH0

気がつくと、岩にこしかけたままのびたは寝ていたようだ。
頭部の痛みで目をさました。もう陽はあけている。
勇次郎は怒っているだろう。
見つかったら今度こそ殺されるかも知れない。
死にたくなかった。何としてもこの島から脱出してやる。
少し睡眠をとったことで気力が回復しているようだった。
2時間ほど森を歩いた後、海岸に出た。やはり、海岸には人気がなく、
脱出の糸口は見えなかった。
のびたは悟った。本当にここは無人島だと。逃げ道は無いと。
そして、ドラえもんは本当にボクを見捨てたんだと。
 

15 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:11:52.73 ID:7smsU2HH0

のびたに残された選択肢はいくらもなかった。
この島では自分は生きることも、逃げることもできない。
自分は本当に何もできなかったし、何かできるとも思えない。
いつのまにかドラえもんという万能者が近くにいることで、
自分まで万能になったような気持ちがしていなかったのか。
何がおきても、何とかなると。
そんなボクに、いつもドラえもんに頼りっきりのボクに嫌気がさして、
ドラえもんはボクを見捨てたんだ。
セワシ(のびたのおじいちゃん。ドラえもんの派遣者)の手前、
のびたを鍛えるためだと偽り、ボクを捨てた。
そして、サドスティックな黒尽くめの大男にボクを預けた。
殺されることが分かってて。

このままでは餓死確定だ。勇次郎に頭を下げるしかなかった。
ドラえもんがボクを見捨てたならそれでいい、
ボクは、勇次郎の訓練を受け、耐え切る。
体裁をつくろい、できるだけ楽に、
そして、手心を加えてもらう。見せてやる。ジャイアンで鍛えた僕の・・・
弱者の生き様を!

そして、帰ったら、ドラえもんに、復讐する。

そう、結論を下した。

 のびたは一昼夜海岸線を歩いた。のびたの飢えと渇きは限界を迎えていた。
 もう・・・ダメだと思った瞬間、勇次郎とのびたのテントが見えた。


16 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:13:27.35 ID:7smsU2HH0

5日目の昼
「ほんと、すいませんでした。勇次郎さん。
ボク、逃げようとしたんだけど、やっぱり逃げれなくて、
どうしようもなくて、で、どうしようもなくなったとき、
考えたんですけど、ドラえもんと勇次郎さんはボクの事考えて
色々やってくれてたわけで、そう考えたら逃げ出した
自分が情けなくってきて・・・
ほんと、すみません。もう一度、訓練させてください、お願いします。」

一昼夜歩きながら考えた言い訳だった。
一度、逃げようとした、この事実は変えられない。
なら、本当のことをいう、その上で、改心したと伝える。
ここでもっとも重要なのが、「自分が情けなくなってきて」、の
くだりで迫真の演技で泣くことだ。嘘泣きはドラえもんから
道具をせびるためにいつもやっている、淀みはない。
歩きながら、セリフを何千回とシミュレートした。
ジャイアンはおろか、学校の先生でも騙せる自信はあった。
多少の制裁は覚悟しなければならないが、
勇次郎もドラえもんから依頼を受けている身だ、
基本的に訓練を続けるという一点に対しては
利害は一致する。なら、いける。酷い結果にはならない。確信があった。


18 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:16:07.28 ID:7smsU2HH0

「あー、もういいから、俺、帰るからお前も好きにしていいよ、
明日にでも青ダヌキ、迎えに来るから、お前も帰れるぞ。」
予想外のセリフが勇次郎から飛び出した。
のびたは狂喜した。帰れる。帰れる。やった、帰れる。

「でも、なんで急に・・・?」のびたが問いかける。

「あいつ、近いうちに未来に帰るんだ。それで、
俺に今回の依頼をしたんだよ。
で、お前が脱走したって事情を説明したら、
俺とお前を回収にくるんだって。青ダヌキ、泣いてたぞ。
まあ、俺には関係ないが。」


19 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:17:29.15 ID:7smsU2HH0

「ドラえもんが未来に帰る?」
家に帰れるということよりも、そちらの方にのびたの興味は
完全に移行していた。
ドラえもんが自分を殺しても良いって言ったことも、
結局は本心ではなかったようだ。ドラえもんは自分を見捨てるどころか、
最後の最後に、やり残したこと、つまりはのびたの自立を案じて
荒療治を行った。1ヶ月という期間も、未来に帰る時間の都合だろう。

それなのに自分は、家に帰ってドラえもんに復讐するなどと考えた。
本当に復讐するべきはジャイアンであり、
のびた自身の卑屈な心だった。
強者に逆らうことを最初から諦め、勇次郎でもジャイアンでもなく、
怒りの矛先を優しいドラえもんに変えた自分の心だった。

力強く、演技ではなく、のびたは言った。
「勇次郎さん、ボクを、訓練してください。ドラえもんにはボクがそうしたいって言ってるって、伝えてください。
あと、ボクがドラえもんが未来に帰るって、そのことを知ってるって事は、
言わないでください!」


20 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:18:46.53 ID:7smsU2HH0

6日目
「いいか、のびた、お前の筋力で剛田武を圧倒することは無理だ。
訓練は施すが、1ヶ月ではどうにもならん。
今回のお前の目的は剛田武を倒すこと。
その一点だ。格闘には色々なファクターがあり、筋力も重要だが、
今回は所詮はガキの喧嘩だ。体力で無理なら技術を覚えろ。それで何とかなる。」

そういうと、勇次郎は、空手で言う正拳突きを繰り出した。

「最初に教えるのが、これだ。基本中の基本、
お前の今の打撃は上半身の力だけに頼っている。
完全にガキの喧嘩のレベルだ。お前の筋力で、そんな打撃では蚊も殺せない。
重要なのは回転だ。足からの回転力を腰に伝え、
腰からの回転力を上半身に、そして体重を乗せ、打撃を繰り出す。
これを一日5000回繰り返せ。そうすれば付け焼刃だが、
剛田武に通用する打撃を手にすることが可能だ。」


「ハイ、勇次郎先生!」

21 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:20:20.11 ID:7smsU2HH0

勇次郎が立てた戦略は一つ。
ジャイアンはのびたを舐めきっている。そこに突け込む。
ジャイアンの打撃を一度受け、その後、後の先を制す。
のびたが打撃を受けた時点でジャイアンの油断は最高潮に達する。
今までの、のびたはただの被捕食者であり、暇つぶしにいじめる
対象でしかなかった。
そんな相手からの反撃は想定の範囲外。異次元からの刃だ。
その状態のジャイアンをタックルで引き倒し、
マウントポジション(いわゆる馬乗りの体勢)を取って、
ジャイアンの圧倒的打撃力をすべて無効化し、後はひたすらに殴る。

立ち技は子供でもできる。
体重60キロの空手家は140キロのラグビー部に打撃で負ける。
人は本能で人を殴る術を知っている。それゆえ、技術で補強しても、
圧倒的筋力差にはくつがえされてしまう。
しかし、寝技で戦う術を人は本能では知らない。
その術を知らないものは寝技の引きずり込まれると、
再度立ち上がるために、もがくことしかできない。

勇次郎はタックルとマウントポジションの取り方、
その後に相手を立ち上がれないようにする術のみに特化した
技術を教えた。


22 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:23:30.62 ID:7smsU2HH0

25日目
日課である打撃での組み手をしている際、勇次郎は異変を感じた。
のびたの打撃センスが良い。それも、半端ではなく。
本来は打撃に対する防御を教えることを目的としていた訓練だったが、
時折見せるのびたの打撃は才能の片鱗を見せ付けていた。
元々、射撃に天性の才能を持っていたのびたであることが影響しているの
かもしれない。
対象の狙ったところに完璧なタイミングで打撃を打つことが
できるようになっていた。
相手が普通の小学生であれば既に打撃だけで圧倒できるだろうが、
ジャイアンを圧倒するには、あまりにも、のびたの筋力は脆かったため、
おそらく、決戦では決定打にはなりえないだろう。
モノになるには、時間が足りなかった。
「よし、休憩だ。」
勇次郎がそう告げた。
とたんにのびたは地面に寝転び、ぐったりとしたかと思えば眠る。
 

23 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:25:30.63 ID:7smsU2HH0

他人の稽古つけるなんて、いつぶりか、と勇次郎は考える。
幼少の刃牙にも稽古をつけたことはあったが、
ここまで長期間、寝食を共にしたことはなかった。
つい、3週間ほど前までは、心の底までクズだったこの少年も、
変わりつつある。
肉体も、そして、精神も。彼の打撃の才能の一端を引き出すことも成功し、
正直、自分でも最近は稽古をつけることが楽しくなりつつある。
こういうのも、たまには悪くないな、と思っているときに気がついた。
自分の顔が、少し、笑みを伴っていたことに。

「いつまで寝てるんだ、早く起きろ」
勇次郎はそう叫び、のびたをランニングに促した。

「チっ、らしくねえな・・・・・」
「・・・・・・・・今度、刃牙の奴の家にでも顔を出してみるか」
そう、勇次郎はつぶやいた。


  

24 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:27:49.56 ID:7smsU2HH0

30日目
「のびたくーん、訓練どうだったー?ジャイアンに勝てそうー?」
ドラえもんが尋ねる。今日は最終日、ドラえもんが迎えに来た。
「勝てるかどうかは、わからないけど、ありがとう、ドラえもん、
この1ヶ月で、何かを成し遂げるってこと、そのために努力するって
こと、その事の意味が分かったよ。」
すぐにドラえもんは気づいた。この少年は、変わった。
たった一ヶ月でどれほどの苦労を重ねたのだろう。
自分がずっとやろうしていた事、それを勇次郎は一ヶ月で成し遂げた。
少しの嫉妬があったが、それ以上に歓喜の感情が上回った。
「ありがとうございます、勇次郎さん、あなたに依頼して良かった。」
ドラえもんは頭を下げた。
「じゃあ、俺はこれで帰る。報酬については、後日、俺の携帯に連絡しろ。」
「え?先生、ジャイアンとの決闘、見ないの?」
不安そうにのびたが尋ねる。

「別に、見ても見なくても同じことだ。」
「そうですか・・・今まで、ありがとうございました。
絶対、ジャイアンに勝ちますから。
今回、負けても、いつか、もっと強くなって、
絶対勝ちますから!!」
のびたは強いまなざしで勇次郎に言う。

勇次郎は去っていった。のびた達から離れた後、
誰にも聞かれないように、小さな声でこう呟いた。

「ふっ・・・じゃあな、頑張れよ。」

25 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:29:16.87 ID:7smsU2HH0

「おい、のびたー、この前買った漫画貸せよー。」
今日の日付は、のびたが勇次郎と初めて会って、
タイムマシンに放り込まれた翌日。
ドラえもんが1ヶ月もいなくなることの弊害を考慮して、
最初からこうしていたようだ。本当に、お人良しで優しい僕の友達だ。

ジャイアンの言う「貸せ」は、ジャイアンに献上しろということ。
「お前の物は俺の物、俺の物は俺の物」
誰にも逆らえない小学校内の絶対法律、いわゆるジャイアニズムだ。

ジャイアンの恐ろしさは知っている。だが、今日はボクは勇気を出す。

とたんに足がすくむ、数年もおびえ続けたジャイアン。
言葉が喉まで出そうになって、そこで止まった。
ダメだ、怖い。折れそうになる心。その時、勇次郎の声が胸に響いた。

「いいか、お前に足りないのはまず、根性だ。何故起き上がらない?
 剛田武に殴られているとき、
 ギリギリまで食い下がったことはあったか?
 闘争を諦めた瞬間に、それは喧嘩ではなく、イジメになるんだ。
 ガキの喧嘩のレベルでは、勝敗はどうあれ、気持ちで負けなければ、
 奴隷にはならん。」

 あの時は、勇次郎から逃げた。戦うことを拒否し、逃げ出した。

「そうだね、勇次郎さん。ボクは、もう、昔のボクじゃない。」
心でそう呟き、大きな声でこう言った。

「ジャイアン、君に貸す漫画は無い!!!

26 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:30:38.79 ID:7smsU2HH0

「なんだと、こらー、のびたの癖にー!!!!」
ジャイアンの一撃がのびたの顔面に炸裂する。
勇次郎との組手の成果か、ジャイアンの攻撃の軌道は完璧に読めた。
ガード、あるいは回避。その両方とも、
今の、のびたはできたがしなかった。
より確実に、ジャイアンの隙を誘うために。
あえて、モロに受けた。握力53キロの怪物小学生の打撃を。

予想していたよりもジャイアンの攻撃は軽いものだった。
勇次郎の平手に比べれば・・
後、何発かなら・・・耐えられる!

直後、ジャイアンの顔が弛緩する。勝利を確信した、
捕食者の目。完全なる、油断。

ここだ!のびたはジャイアンの太股にタックルを仕掛ける。
ジャイアンは対応できない。何が起こっているのかパニック状態だ。
完全に頭の中のイメージどおりにジャイアンを押し倒す。
そして、ジャイアンの上にすばやく馬乗りになり、
完璧なマウントポジションが完成する。
何千回と繰り返した動き、失敗しようはずもない。


27 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:31:45.33 ID:7smsU2HH0

「なにやってんだよ、のびた、のびたの癖に!」
状況を認識したジャイアンが怒りの咆哮をあげる。

鈍い打撃音が十回以上続いている、ジャイアンは動けない。
ただの小学生に勇次郎直伝のマウントパンチから逃れる術はない、
起き上がることも、打撃を防ぐ事もできない。
なすがままに殴られるジャイアン、しかし、のびたの打撃は軽い。
沈めるには、数ダース単位で打撃を叩き込む必要があった。

32発目の打撃がジャイアンにめりこんだ。
すでにジャイアンは鼻血が口と鼻を塞ぎ呼吸ができない。
打撃から逃れる為に、もがいたせいで急速にスタミナを消耗させ、
抵抗する力も弱くなってきた。


28 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:34:00.36 ID:7smsU2HH0

「勝てる!」確信したのびたの股間に激痛が走り、
痛みのあまりのびたは立ち上がってしまった。

勝利の確信が油断を生み、ジャイアンの腕の動きを見誤った。
マウントポジションの最大の弱点。
股間又は眼球への攻撃。いつでも攻撃を察知した瞬間に
防御する自信も技術もあった。
ジャイアンの油断を誘った自分が油断をしてしまうとは・・・
のびたは焦った。

「不意打ちから馬乗りパンチなんて、卑怯なことするじゃねーか、
のーびーたー、ギッタンギッタンにしてやるからな!!」
立ち上がったジャイアンの目は狂人の目になっていた。
この目をしたジャイアンはやばい。
一度、高校生とジャイアンが喧嘩した際、ジャイアンが劣勢になったとき、
この目をしたことがあった。
その後、高校生は意識が飛ぶまで殴られ、
ジャイアンは警察に連れて行かれた。
小学生ということと、諸般の事情でお咎めなしということだったが、
高校生は骨が何本か折れていたらしい。

のびたは股間へのダメージが抜け切れず、足元がおぼつかない。
ジャイアンは鼻血でまともに呼吸ができそうになく、
スタミナも消耗しているが、勝負を決する数発の打撃を繰り出す
余力はありそうだ。
数発の打撃の後、大勢は決し、後はゆっくりと、
意識が飛ぶまで殴られるだろう。


29 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:35:16.23 ID:7smsU2HH0

「これは、不味い!」
そう思った瞬間、ジャイアンの必殺技、最終兵器、
グルグルパンチが飛んできた。
肩を中心軸として、拳を振り回す、幼稚園児の必殺技。
威力が無さ過ぎて、誰もが小学校時代には捨てる技。
しかし、ジャイアンが使えば話は別。
彼には、圧倒的筋力があるのだ。
元々の打撃フォームもむちゃくちゃなので、大して
打撃効率は変わらないのだろう。
そして、のびたの顔面に、右グルグルが振り下ろされる。
軌道は単純すぎるため、見えすぎるほど軌道は見えた。
がッ、回避しようにも足が動かない。

ボゴッっという音と共に、のびたはつんのめる。刹那、左のグルグル。
右、左、右、左、右、規則的にのびたの顔面に食い込む。
ジャイアンの喧嘩はいつも見てきた。
この無限に続くグルグルに飲み込まれた者は、
その脅威から逃れる術は・・・無い。

ドサッとのびたは崩れ落ちた。
「勇次郎先生・・・もう、だめっぽ・・・」
ジャイアンに一矢報いた。あと、数ヶ月、自分で訓練すれば、
ジャイアンを圧倒する力を手に入れることも、簡単に手に入れることは
できる。もういいじゃない、ボクは頑張った。
今度、勝てば、それでいい、心は、負けてない。


30 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:39:08.63 ID:7smsU2HH0

そう思った瞬間、のびたは思い出した。何のために戦っているのか、
ドラえもんが帰る。彼を心配させないために、
勇気を振り絞ってここでボクは戦っている。
確かに、ここで諦めても、彼はもう心配しないだろう。
努力することを覚えた。それだけで、多分、彼は満足する。

「諦めるのか?」
勇次郎の声が聞こえた。

「もういいよ、君は頑張った。」
ドラえもんの声が聞こえた。

「違うだろ?」
・・・の声が聞こえた。

「違うさ、ドラえもん!」
のびたの声が響いた。

「ドラえもんが良くても、このボクが認めない!!!!」



31 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:41:32.89 ID:7smsU2HH0

一瞬の意識のフェードアウトから、のびたは帰還する。
ジャイアンはのびたに対し、とどめをさすために
大きく足を踏みつけようとしている。
目標は頭。頭のすぐ下はコンクリート。
下手すれば障害が残る攻撃だ。何を考えているんだ、このゴリラは。
現状を冷静にのびたは分析した。
股間のダメージは既に無い。
グルグルのダメージも戦闘に支障をきたすほどではない。

股間のダメージ。睾丸、つまりは内臓への直接のダメージは
一時的に甚大であったが、外部へのダメージはそれほどでもなかった。
ありがとう、勇次郎先生。あなたの平手が鍛えたタフネスで、
まだ、動ける!!

のびたは転がってジャイアンの踏み付けを回避し、立ち上がった。

しかし、勇次郎の授けた策はもう通用しない。
ジャイアンも歴戦の猛者。油断を前提としたタイミングでなければ、
おそらく、寝技には持ち込めない。

33 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:46:03.02 ID:7smsU2HH0

「のーびーたー!普通に戦って俺に勝てるとでも思ったか!」
ジャイアンの怒声が響く。
正直、痛いところを突かれているが、それほど、のびたは動じなかった。

「勝てる気しないけど、なんで立ち上がったんだろうね。
ほんと、ボクって馬鹿だ。」

「お前が馬鹿なのは知ってるよ!」
ジャイアンが渾身の右ストレートを出してきた。

早い!!軌道が・・読めない。
今日のジャイアンの一撃の中で最高の打撃だった。

ボクができること。タックル?違う。もう通用しない。
マウントパンチ?否、そもそも寝技に持ち込めない。

もう、あれしか残ってない。 

34 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:48:27.55 ID:7smsU2HH0

>>32
間接系は確かに勝敗決するの簡単なんだけど、
俺の経験上、締めと間接使うと、小学生では納得しないんだよね。
折るわけにも締め落とすわけにもいかないからなー。
それ系で中途半端にやっちゃうと、卑怯だぞ、で終わってしまう・・・orz


35 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:51:03.30 ID:7smsU2HH0

「最初に教えるのが、これだ。
基本中の基本、お前の今の打撃は上半身の力だけに頼っている。
完全にガキの喧嘩だ。
お前の筋力で、そんな打撃では蚊も殺せない。
重要なのは回転だ。足からの回転力を腰に伝え、
腰からの回転力を上半身に、そして体重を乗せ、打撃を繰り出す。
これを一日5000回繰り返せ。そうすれば付け焼刃だが、
剛田武に通用する打撃を手にすることが可能だ。」

のびたはジャイアンに向かって正拳突きを繰り出した。
天性のセンスで、寸分たがわず、ジャイアンの鼻柱に。
完璧なタイミングで。

勇次郎も教えていない、カウンターという手法によって。

ド、ス、ン。

倒れていたのは、握力53キロ、400戦以上のキャリアを誇る、剛田武だった。


36 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:52:08.49 ID:7smsU2HH0

剛田武はギリギリだった。
マウントから脱出した時点で、既に呼吸困難により、
筋肉に酸素を供給することが困難だった。
そこで、出した結論が、自分がもっとも信頼する必殺技。
スタミナを浪費するが後先考えずに繰り出す最後の技。
1発、2発、3発、奴は倒れない。4発、5発、6発、倒れない。
これ以上はもたない。最後の一発。奴は倒れた。
今まで自分が捕食していたものから受ける反撃。
武はギリギリのところで競り勝った。
おそらく、今後、奴は俺の捕食物ではない。
同ランクにまで上がってきたのだと実感し、少し悲しくなった。
勝利を確信した後に繰り出したとどめの一撃をかわされ、
奴は起き上がった。
もう、スタミナは0だ。グルグルは使えない。
渾身の一撃を放った。かわされれば、スタミナ切れで後は敗北。
やぶれかぶれだが、当たれば確実に倒せる一撃だった。
かわされることのみを危惧した一撃。

数分後、気がついたときには、武は空を見上げていた。
同年齢から受ける初めての敗北の洗礼。

武は思った。奴とは、友達になれそうだ。
映画版の時だけしか恥ずかしくて出せなかった。本心の優しい自分。
次からは、普通に、のびたを心の友だと、言えそうな気がした。


37 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 22:59:39.24 ID:7smsU2HH0

エピローグ
のびたは勝った。家路についた。ママが怪我について
何か言ってるがどうでも良い。
無視して2階に進む。彼と、ドラえもんの部屋に。

「のびた君へ、突然ごめんね。
ボク、未来に帰らなくちゃならなくなっちゃたの。
初めて会ったときから君は甘えん坊で馬鹿で我が侭で、
ボクは甘やかしてばっかりで、
世話役として失格だったね。最初から勇次郎さんに頼めばよかったかな、
なんて、笑。
今日の決闘は見たよ。これで、ボクは安心して未来に帰れる。
さよならって言ったら帰りたくなくなるだろうから、手紙でごめんね。
楽しかったよ。のびた君」

のびたは泣いた。泣くだけ泣いて、
涙が枯れたころ、少しだけ、大人になった。


38 名前:1[] 投稿日:2010/10/12(火) 23:01:52.12 ID:7smsU2HH0

ってことで、終了です。まともに読んでくれた方がもしもいれば、
ありがとう。

初めて小説的な何かを書いたんだが、やっぱり才能ねーなwwww



ツイート

メニュー
トップ 作品一覧 作者一覧 掲示板 検索 リンク SS:提督「明石のスリット」