涼宮ハルヒの吉星


メニュー
トップ 作品一覧 作者一覧 掲示板 検索 リンク SS:中島「磯野ー……や、野球……」

ツイート

2 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 11:43:47.17 ID:y6EOMxea0


“God knows...” 平野綾

4 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 11:52:05.13 ID:y6EOMxea0


 ハルヒ 「アキバよアキバ!SOS団は事象の本質に迫る気迫を

      常に持たなければならないわ!コスプレのメッカに行

      くわよ!」

連休を利用した、ハルヒ以下4名、我々SOS団の「調査旅行」の

行き先は、例によって団長の鶴の一声で即決されてしまった。わざ

わざアキバまで出向かなくとも、ちょいと足を伸ばせばコスチュー

ムプレイ用の衣装など、比較的近郊の市街地で手に入りそうなもの

だが、これまた例によってそれは覆らないのだった。

6 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 11:56:51.17 ID:y6EOMxea0


そもそも何でまたコスプレの買い出 しになど出掛けなければなら

ないの かと言うと、これにはハルヒお仕着せの衣装を朝比奈 みくる

さんが、そろそろ本気で泣いて嫌がるようにな ってきたという喫

緊の事情がある。

7 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:00:33.68 ID:y6EOMxea0


それならみくるちゃん、あなたが自分で着る衣装を選 びなさい、

あたしも付いていってあげるから、と、ど う見ても今と同じ結果

になるようなことを言い出す奴 がいて、何故か俺は二人のキャリ

ーケースのように引 きずられて行くことになってしまい、長門と

古泉は、 こちらも例のごとく、各々能面と満点スマイルを引っ

さげ付いてきたのである。

9 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:09:21.96 ID:y6EOMxea0

夜九時に北口駅前に集合し、二十分程電車に揺られた

後、この都市圏の中心駅に到着し、夜行バスのターミ

ナルまで歩いて向かう。

既に夜遅いにも関わらず、駅構内は連休前に浮き足立

ったサラリーマンが行き交っていた。雑踏をやっと通

り抜けると、独特の緊張感の漂う乗り場へと着いた。


10 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:12:25.51 ID:y6EOMxea0


 ハルヒ 「さあ、いよいよ出陣よ♪」

 キョン 「さあ、寝るか」

 ハルヒ 「あんた本当にやる気無いわね」

 キョン 「朝早いんだし、せめて車中で寝ないと始ま

      らんだろう」

 ハルヒ 「何言ってんの!今からこうして地図広げて

      、どこ廻るか計画立てないと…」

11 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:14:37.36 ID:y6EOMxea0


現時点で予めのプランが無いのなら、何も今わざわ

ざ立てる必要は無いだろう。俺はもう、アクビが出て

きたぞ。

ふと横を見ると、朝比奈さんは人酔いでもしたのか、

疲れ気味の様子だ。

長門は立ったまま分厚い文庫本の頁に目を落としてい

る。

古泉はハルヒに付き合って、地図を一緒に覗き込んで

何やら話している。

朝比奈さんに、観光のつもりで気楽に楽しみましょう

と声を掛け、二人で雑談していると、やがてバスが乗

り場に進入してきた。


12 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:16:40.42 ID:y6EOMxea0


早朝に都内のバス乗り場で降り、電車に乗り換える。

…まあ、アキバに着くまでは何事もなかった。とりあ

えず、ただ寝てるだけでもシンドい道中、蛇行もせず

に目的地まで我々乗客を運んでくれたバスの運転手に

は、感謝と敬意の念を表しておきたい所だ。


問題は皆で街を歩き出してからだった。計画の方なら

勿論立たずじまいだが、そっちの問題じゃない。

13 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:19:11.34 ID:y6EOMxea0


何か周りの様子がおかしい。今言ったように、団員は

全員揃っている。問題とはその、俺達全員に−−ハル

ヒや朝比奈さんや長門がそうなのは不自然ではないが

、俺や古泉までもが−−道行く人の視線がやけに集ま

っている、ということだった。

わざわざ振り返ってまで見ることはないだろう。俺は

そんなに田舎者風情をしているのか?

14 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:20:54.60 ID:y6EOMxea0


極め付きは声を掛けてきた少女だ。見ず知らずの小学

高学年か中学一年位の少女が、いきなり慣れ慣れしく

呼び掛けてきやがった。

こなた 「おーい、あんた達、『ハルヒ』でしょ!?」

まるで旧友を見掛けたかのような表情で、走って近づ

いてくる。

ハルヒは、明らかに不審そうに眉をひそめながら、少

女に尋ねた。

ハルヒ 「ハルヒはあたしだけど、なんであんた、あ

たしを知ってるの?」

こなた 「分かるよ!凄いねえ、私服なのにSOS団っ

て判らせるセンス!」

SOS団と聞いて、ハルヒの表情が変わった。

15 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:22:51.95 ID:y6EOMxea0


ハルヒ 「へえ、SOS団の名がここまで轟いてたとは

     ね、正直嬉しい驚きだわ」

こなた 「くーっいいね、そのセリフ!どっから来た

     の?アキバ案内しようか?」

ハルヒ 「ありがとう、丁度どこ廻ればいいか皆目見

     当がつかなくて困ってたのよ。頼むわ」

どうしてこうなったか分からんが、このナンパ少女が

街を案内してくれることになった。

16 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:25:00.40 ID:y6EOMxea0


こなた 「あ、友達と待ち合わせてる場所に行くとこ

     ろだったから、まずそっちからでいい?」

こちらは一向に構わないが、普通友達と待ち合わせる

のは、何処の誰だか判らない連中を案内する為ではあ

るまい。向こうは俺達を知ってるかのような口ぶりだ

ったが、SOS団のホームページには誰の写真も載せて

はいない。

17 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:26:18.04 ID:y6EOMxea0


或いは新手の勢力かと思って長門の反応を

窺ったが、少し驚いてはいるものの、どちらかと言う

と興味深そうな目で少女を見ている。

果たしてその場所にいたのは見るからに−−友達らし

かった。

18 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:28:36.73 ID:y6EOMxea0

 こなた 「かがみんー、つかさー。『ハルヒ』の人達連れてきたよー。

      アキバ初めてみたいでさ、案内したげよ?」

 つかさ  「え?」

 かがみ  「なっ?!遅いと思ったら…!観光で来た人達を変な所に連れ回

       すつもりじゃないでしょうね?」

ああ、この人、ハルヒの検索にもろにヒットするようなワードを言っち

まった。

 ハルヒ 「変な所って?」

目を輝かせたハルヒが会話に割り込む。

19 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:33:39.14 ID:y6EOMxea0


 かがみ 「!?そ、その‥コスプレとか‥」

ワクワクした顔に詰め寄られ引き気味の子に更に畳み掛けていく。

 ハルヒ 「正にそれが目的よ!あなた詳しいの?」

 かがみ 「わ、私よりこなたの方が…」

視線を我々を招いた少女に移しながら言った。

ハルヒはパッと横を向いて、この場で唯一ハイテンションを共有す

る少女と固い握手を交わした。

 ハルヒ 「あなた、こなたって言うの?あたしは涼宮ハルヒ。よろしく!」

      やっと同志を見つけたと言わんばかりの口調に、少女は熱く応

      える。

 こなた 「おーし、任せとけ!」

 つかさ 「こなちゃん?」

20 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:36:57.55 ID:y6EOMxea0


案内してくれる人がいるのは嬉しいが、ツインテールの女の子とその隣

のショートカットの子は巻き込まれてるっぽい。

しかし、「ハルヒの人達」って言い方は何だ?

その時、後ろから古泉に肩を叩かれた。

  古泉 「ちょっとお話したいことがあります」



  古泉 「これを見て下さい。さっき通りがかった店先で配られていたチ

    ラシです」

 キョン 「…て、何じゃこりゃ!?『涼宮ハルヒの憂鬱』って何だ?ハル

     ヒの奴いつアニメなんか作ったんだ?」

  古泉 「涼宮さんが制作したものではありません。この世界ではそのタ

    イトルのアニメーション作品が有るようです」

21 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:39:02.98 ID:y6EOMxea0


 キョン 「この世界…?」

見ると、朝比奈さんが泣きそうだ。

 みくる 「キョンくん‥未来と連絡が取れなくなりました…」

 キョン 「ま、また時間のループですか?」

  長門 「そうではない」

 キョン 「?!」

  長門 「我々は、バスから降りた時、この世界へ転送された」

  古泉 「つまり我々は、異世界へきてしまったのです」

 キョン 「何でまた‥」

  古泉 「涼宮さんですよ」

 キョン 「やっぱりあいつか!!全くしでかしてくれたな」

  古泉 「今回の旅行の目的を思い出して下さい。コスプレとは2次元と3

     次元の世界をつなぐ、いわば異世界への飛躍です。涼宮さんの高揚した

     気持ちが引き起こした異世界移動によって、我々はこの世界へ舞い降り

     てしまったのでしょう。天衣無縫な方ですからね」

22 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:42:01.18 ID:y6EOMxea0


 キョン 「ついにあいつ、異世界人まで呼んじまったってわけか」

  長門 「この場合、我々の方が異世界人の側であると言った方が適切」

 キョン 「‥だろうな」

 みくる 「どうしよう…あたしが衣装を着るのを嫌がったせいで…」

 キョン 「あ、朝比奈さん、大丈夫ですよっ。今までだって何とかなっ

     てきたじゃないですか?5人揃ってるんだし、元の世界へ帰る方法は見

     つかりますよ」

  古泉 「とりあえずそれまでは、こなたさんと言いましたか、彼女に合

     わせてコスプレーヤーに成り切って振る舞った方が良さそうですね。た

     だし涼宮さんに気づかれずに」

古泉は、肌にぬるくまとわりつく微風に前髪を揺らせながら、向こうで

友達二人とハルヒに囲まれて、生き生きとした表情で地図に何やら書き

込んでいる少女を見やった。

23 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:50:02.20 ID:y6EOMxea0


 キョン 「コスプレーヤーに成り切る?」

  古泉 「分かりませんでした?こなたさんは恐らく我々を『涼宮ハルヒ

     の憂鬱』のコスプレをしている人達だと思い込んでますよ。…それに」

チラリと古泉が流した視線の先には。

いつの間にか長門や朝比奈さんの周りに、リュックを背負ったお兄さん

方が集まってきて人だかりが出来ていた。

朝比奈さんはか細い悲鳴を上げて怖がってるし、長門はよく解らんとい

う顔で求められるまま握手に応じている。

  古泉 「お二人は人気のキャラのようですねえ」

 キョン 「って止めろよ古泉!」

24 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:52:27.51 ID:y6EOMxea0


中には、この眼鏡を掛けてみて下さいとか、その他初対面の人間にある

まじき台詞を長門に言わせようとする輩まで現れ、俺は怒り心頭滅却に

ハルマゲドンで両腕を振り回し、大声を上げながら人だかりの中に飛び

込み、必死の思いで長門と朝比奈さんを連れ戻した。

 ハルヒ 「キョン、あんた何バカみたいに騒いでんの?」

 キョン 「父性本能の命じる所に従ったまでだ」

 ハルヒ 「何よそれ。ほら、こなたが案内してくれるんだから早く行く

     わよ」

 こなた 「キョン、いくぞー」

おいおい、いつの間に俺と打ち解けたんだ、あのアホ毛でロングの少女

は。



25 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:57:25.41 ID:y6EOMxea0


ハルヒが簡単に俺達を、三人の少女達に紹介した。

彼女達はそれぞれ、ロングのツインテールの子は柊かがみ、その妹のシ

ョートヘアをリボンでカチューシャ風にまとめている子が柊つかさ、そ

してロングにアホ毛で背の低い、やけに慣れ慣れしいのが泉こなたと言

うのだそうだ。

お互いの紹介が済むと、俺達はこなたに従い、街を歩き出した。

26 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 12:59:52.76 ID:y6EOMxea0


昼過ぎ、テイクアウトのファーストフードを片方の手に、店がある場所

に赤印のついた地図をもう片方の手にしながらハルヒがぼやいて、汗を

滲ませる真上の太陽を見上げた。周りのビル群も日陰を作ってくれない。

 ハルヒ 「う〜ん。コスプレの衣装を扱ってる店って結構たくさんある

     のねえ。全部は今日一日じゃ廻れそうもないわ」

 こなた「泊まる所もう決まってるの?そうじゃないなら家に来なよー」

 かがみ 「おいおい、あんたの家にいきなり5人も雪崩込んできたら、

     おじさんがビックリするでしょうが!」

 ハルヒ 「それなら、あたしあなたの家に泊まっていいかしら?実家が

     神社って、一度見てみたいわ!」

 かがみ 「えっ」

 つかさ 「お姉ちゃん、いいじゃない。ハルちゃん来たら楽しくなりそ

     うだし」

27 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:01:25.85 ID:y6EOMxea0


いみじく親切なる申し出と電話で双方の家の了解を得た結果、俺と長門

、朝比奈さんは泉家の方に、ハルヒと古泉は柊家の方にそれぞれ宿を借

りることになった。巻き込まれた側に一番厄介なのが行ってしまったが。

ともあれ、朝比奈さんとのお泊まりが決定した瞬間から夕方までの時間

経過が、俺の相対的感覚にして二倍程長くなったのは言うまでもない。


28 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:04:02.87 ID:y6EOMxea0


辺りも暗くなった頃に、突然押し掛けた俺と長門、朝比奈さんを、この

家の主人である泉そうじろう氏は快く迎え入れてくれた。むしろ、長門

と朝比奈さんを前にして、これほどストレートにハッスルした感情を表

現してくれる大人は初めて見たかもしれない。最も、インテリアのよう

に、家中の彼方此方にフィギュアが所狭しと配置されていることから、

かなり特殊な趣味をお持ちの方であることが窺えたのだが。

奇妙と言えば、玄関に入ってからの長門の様子もそうだった。いかに異

様な光景を目の当たりにしても平然としているはずの長門が、さすがに

目のやり場に困るのか、何も無い所に視線を逸らせているようだった。

普通の女の子らしくなってくるのは嬉しいことだけどな。

一方の朝比奈さんはと言うと、意外にもしげしげと見て、

みくる 「凄い。精巧に造られてますねえ…」

と感嘆しきりだった。自分のフィギュアを発見するまでの話だが。

29 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:06:32.60 ID:y6EOMxea0


夕飯の時になると、長門が更に変になっていた。

こなたと朝比奈さんが、美味しいチキンカレーを作ってくれて、こなた

の親父さんも気さくな人で会話も弾み、盛り上がってたんだが。

そうじろう「いや〜見ての通りウチの娘は身体の成長が遅くてね、俺の

      目の黒い内に花嫁姿が見られるかな、と思って」

  長門 「それは充分に可能。あなたは長生きする」

そうじろう「?」

  長門 「ただし、今でも原稿の締め切り前には徹夜を続けているが、そ

     れは推奨できない。それではあなたの身体が保たない」

長門。おい。

 キョン 「す・すいません!普段はこういう事言う奴じゃないんですが

     、人様の家にお邪魔するって多分あまり機会が無いもので…失礼しまし

     た!」

30 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:14:48.65 ID:y6EOMxea0


長門は、澄んだ目をそうじろう氏に向けたままだ。

そうじろう「いや…。何だか久し振りに嫁に諫められたみたいで、正直

      嬉しかったよ。ありがとう、有希ちゃん」

  長門 「わたしも」

そうじろう氏とこなたに語り掛けるように話し出した。

  長門 「父娘互いに信頼を礎として、長年に渡って築き上げてきた、愛

     情深い関係性を見受けたことに感謝する。これからも二人が幸せである

     ことを願う」     

31 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:16:31.46 ID:y6EOMxea0


ここで、こなたが朗らかに笑い出した。

 こなた 「長門さんにそう言われると照れるなあ」

こなた、俺はお前の懐の深さに感謝する。

そうじろう「…ありがとう。‥さあさあ、君達の話をもっと聞かせてく

      れないか」

全く幸いなことに、長門の泉家披露宴のスピーチはやっと終わってくれ

たようだった。

その後、長門の読書好きが判明し、丁度書き上げた原稿があるから見て

感想を聴かせてくれ、と長門が書斎に連れられていった所で、アットホ

ームな晩餐会はお開きとなった。

32 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:19:51.38 ID:y6EOMxea0


後で朝比奈さんから聞いた所に拠ると、どうやらこの時長門は蕎麦でも

喰うようなスピードで原稿を読み、且つ文意を精確に理解した上で、氏

に感想を述べていたらしい。その後何時間も、泉氏と長門は文学談義を

闘わせていたようだ。淡い草色のワンピースを着て、畳にちょこんと正

座した少女が滔々と意見を述べるのを、作務衣姿で腕を組みあぐらをか

いた四十代半ばらしい小説家が、真剣な表情で諦聴しているというシュ

ールな光景が目に浮かんでくる。

書斎まで何度もお茶を運びに行かされる役を、朝比奈さんは快く買って

出てこなしていた。

食後の片付けが終わった後も、俺達はそのまま居間で寛いでいた。こな

たが冷蔵庫に飲み物を取りに席を外した時、俺はようやく戻ってきてい

た長門に、夕食の席でのことを聞いてみた。

 キョン 「なあ、長門。お前が人の生活や関係に干渉するようなことを

     言うのは、いつものお前の様子からみて不思議に思うんだが」

33 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:21:10.14 ID:y6EOMxea0


  長門 「…」

 キョン 「もしかして、こっちの世界に来てからおかしくなっちまった

     のか?」

  長門 「大丈夫。異常動作は起こしていない。普段通り」

 キョン 「そうか。それならいいんだが」

実際、長門が変わった様子を見せたのは、夕食の時までだった。

こなたが、人数分飲み物が注がれたコップをお盆に載せて戻ってきた。

34 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:23:35.76 ID:y6EOMxea0


 こなた 「時にキョン、ハルヒちゃんとはうまくいってるのかい?」

 キョン 「うまくいってるも何も、タダの人間には興味ありません、て

     言っといて、俺や周りの連中はさんざん無料奉仕させられてるよ」

こなたは目を細めて、

 こなた 「どんだけー。あ、そろそろ『ハルヒ』が始まる時間だな」

と言い、テレビをつけた。

俺と長門、朝比奈さんに緊張が走る。

恐れていたことがと言うべきか、予想通りと言うべきか、それは俺達の

体験をそのまま、ダイジェストでアニメ化したものだった。

35 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:25:14.15 ID:y6EOMxea0


 みくる 「あ、あたし…こんな…」

朝比奈さんが蒼ざめている。ムリもない話だが。

 キョン 「だっ大丈夫ですよ朝比奈さんっ。これはこの世界だけの絵空

     事として、この世界では認識されてるんですから!!そうだろう長門っ」

フォローになってるのか、俺。

長門はと言うと、この深夜アニメに釘付けになっている。

こなたは、そんな俺達を見てニヤニヤしていた。

36 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:26:30.68 ID:y6EOMxea0


場面は、「涼宮ハルヒ」がテンション上げての独擅場のシーンだった。

 キョン 「それにしてもこのアニメのハルヒの声、ハルヒのとそっくり

     だな…」

 長門  「声紋が一致する。本人と特定できるレベル」

 キョン 「!?」

俺が言葉を失っていると、話を聞いてるのか聞いてないのか、こなたが

割り込んできた。

 こなた 「あーやは声の幅が広いからねえ」

 キョン 「あーや?」

 こなた 「…。いいよ、いいよ、あんたも厳しい道を選んだんだねえ」

平野あやという人物について一通り説明してくれるこなたを、長門は興

味深そうに注視していた。

37 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:28:16.98 ID:y6EOMxea0


 キョン 「ところでこなた、物は相談だが」

 こなた 「んん?何だいキョン」

 キョン 「ハルヒにこのアニメのこと、言わないでいてやってくれない

     か?」

 こなた 「?ああ、オッケー!私もそこまで無粋な女じゃないよ♪あん

     た達、型から徹底するんだねえ。その入れ込んでる姿勢、嫌いじゃない

     よ!」

 キョン 「ま・まあ、…分かってくれると助かる」

俺は古泉に言われたようにコスプレーヤーに成り切っている、とは言い

難い状態だ。しかし、こなたの玄人が故の深読みが、双方にとって幸せ

な誤解をこなたにもたらしたようだった。

38 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:30:38.32 ID:y6EOMxea0


今、玄人という表現を用いたが、俺はこの泉こなたというオタク少女と

、何故か妙に馬が合った。ゲーム以外のその方面にはさほど造詣の深く

ない俺だが、こいつの二次元哲学とでも言うべきシロモノは傾聴に値す

る。と言っても内容は分かるような分からんようなことばかりだが、生

来のユーモアのセンスがあるんだろう。時間さえあれば、もっと話聞い

てみたかった。

39 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:31:34.97 ID:y6EOMxea0


それにしても赤の他人なのに、ハルヒとこなたが同胞のように思える感

覚が、街を案内されてる時もそして今も度々あった。これは俺だけじゃ

なく、もしかしたらハルヒも感じてるのかもしれない。声を掛けてきた

のはこなたの方からだが、こなたを(柊姉妹もだが)コスプレ衣装探し

に巻き込んだのはハルヒだ。そして、それがこなたの得意分野のせいも

あるかもしれないが、こなたも億劫がらずにハルヒにそのテの店がある

場所を教え、自ら率先して街を案内してくれた。また、当然のこととは

言え、一同の行き先等の主導権がこなたに渡ることを、ハルヒが嫌がる

でもない。いわばハルヒとこなたは期せずして、お互いを等分に巻き込

み合ってる状態だ。

40 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:32:32.33 ID:y6EOMxea0


いや、最初の内こそハイテンションに任せて、それこそ怒涛を被せ合う

ような二人だったが、やがて同じ水が溶け合って凪ぐように、気がつく

とお互いハイテンションを維持する必要も無く、コスプレ衣装の事を抜

きにして何気なく歩調を揃えて話してる感じだった。俺は、ハルヒにと

って今回の調査旅行の一番の収穫は、こなたと出会えたことだという予

感さえしたね。元の世界に戻れればの話だが、少なからず俺にとっても

な。

41 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:34:27.02 ID:y6EOMxea0


こなたの話を聞いてる内に、今日一日の疲れがどっと出たのか、朝比奈

さんがそろそろ目を開けているのが難しそうな様子を見せ始めた。

それを見計らったように、こなたは腰を浮かしながら皆を促した。

 こなた 「そろそろ寝る用意しよっか」


考えてみれば、昨日の今頃は体を伸ばすのもままならない高速バスの座

席の上だったんだよな。勿体無くも一人だけ使わせてくれた部屋で、宛

がわれた布団を敷きながら俺は思った。電気を消して、横になる。しみ

じみと有り難さを味わう間もなく、眠りに落ちていく時、こなたの部屋

から誰かトイレにでも起きたのか、引戸を開けて廊下に出る微かな音を

聞いたような気がする。

42 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:36:47.19 ID:y6EOMxea0


翌朝目が覚めた時、窓の外の明るさで今日もまた天気に恵まれたことを

知った。

昨日柊姉妹がいた場所に再び集合すると、ハルヒは何とあのアニメのこ

とを知っていて、昨夜も観ていたという。考えてみれば、こなたが言う

までもなく、街のあちこちで『涼宮ハルヒの憂鬱』は宣伝してくれてる

のだ。良かったなあ、ハルヒ。ただ、

 ハルヒ 「まあSOS団の知名度上昇に貢献してくれてるんだし、肖像権

     の侵害は告訴しないでおくわ。それにしても、あたし達の行動からああ

     いう風に話を膨らませるイマジネーションには感心するけど」

と何か勘違いしてくれていたので、そのままにしておいた。傍若無人は

時に人を救う。こいつは自分自身が如何に有名であるかという点につい

ては無頓着だからな。内容にしても、実話を基にした想像豊かなフィク

ションだと思い込んでるらしい。

43 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:39:15.81 ID:y6EOMxea0


俺も実は、あのアニメが一体どこまで俺達の行動をトレースしたもので

あるか、非常に気になる所ではある。しかしここで古泉なんぞに解説を

頼んだりしたら、様々な仮説を並び立てた挙げ句、逆に俺達の存在の方

があのアニメのトレースである可能性云々、更にその他余計に不安や混

乱を招くようなことを言い出しかねん。

元の世界に戻るという目的に関係が無いのなら、どうでもいいのさ、そ

んなことはな。

44 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:40:09.10 ID:y6EOMxea0


団員の異世界移動を引き起こしたのが、古泉の言う通りハルヒなのなら

、結局ハルヒの意志次第ってことだ。そうなると俺に出来ることと言え

ば、ハルヒと朝比奈さんが会心のコスプレ衣装を探し当てられるように

、せいぜい協力すること位なのだが…。

 みくる 「?」

後ろの方を歩いていた朝比奈さんが、俺の視線に気づいて微笑みを返し

た。とりあえず俺も笑顔を見せておいて、再び前へ向き直り、溜め息を

ついた。

こうしてアキバにまで買い出しに来てるのは、それが非常に難しいから

だったぜ。

俺が前途に思いを巡らせて閉口していると、横でこなたと何やら話して

いたハルヒが、こなたの頭越しに俺に尋ねてきた。

45 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:43:06.55 ID:y6EOMxea0


 ハルヒ 「ねえ、あんたも観てたの?」

 キョン 「何をだ」

 ハルヒ 「昨日のアニメよ!何ボーッとしてんのよ」

 キョン 「ああ、あれか。よく出来てたな」

 ハルヒ 「そうね。でも正直SOS団が、アニメを作られる程有名になっ

      てたとはね、全く知らなかったわ」

 こなた 「ラノベが先だよ、私は読んだことないけど」

 ハルヒ 「小説まであるの!?書いた人に会ってみたいわね‥そうい

     えば 、あのハルヒ恰好良かったわ」

 キョン 「なんつーナルシストだお前は」

 ハルヒ 「あたしの事じゃないわよ。絵もよく描いてくれてると思

     う けど、吹き込んでる声がね、よくぞ演じてくれたと思

     う位なのよ」

46 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:46:35.02 ID:y6EOMxea0


 キョン 「普段のお前の喋りまんまだったじゃねえか」

 ハルヒ 「違うわよ。分からない?断然あっちの方がカッコいいわ。ま

     ず、あたしの方がもっとキンキン声何だけどそれは措くとして、何て言

     うのかな、確かに演技の声だけど、魂が籠もってるのよ。たとえばあん

     た、キョン役の台本ハイッて渡されて、前に意識せずに喋ってたことを

     、もう一度同じ様に違和感なく、聞き取り易いように言える?」

 キョン 「…フム」

 ハルヒ 「凄いことでしょ!?しかも、それを違う人がやるのよ。誰って

     言ったっけ、平野‥」

 こなた 「平野あや。今度ライブがあるよ」

 ハルヒ 「是非行きたいわね。というか、一度会ってみたいわ」

 こなた 「本当に今まで行ったことないの?一緒に行こうよ!」

 ハルヒ 「ええ、そうしましょう!」

ややこしい事になってきたな。隣で携帯の番号とメールアドレスを交換

している二人を横目で見ながら、俺はそう思った。

47 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:49:48.07 ID:y6EOMxea0


皆で歩いていると、柊さんが古泉に一緒に歩かないかと誘った。古泉が

「衣装を‥」と口にするや否やハルヒが、

 ハルヒ 「みくるちゃんの衣装ならあたしたちで大丈夫だから行ってい

     いわよ」

どういう風の吹き回しか、珍しくあっさりと団員の一時離脱を認めた。

 古泉  「は。しかし」

と古泉が戸惑を見せると、途端に大声で、

 ハルヒ 「いいから行きなさい!!」

 古泉  「あ、では…」

48 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:51:20.74 ID:y6EOMxea0


古泉がハルヒに怒鳴られるなんてことは記憶に無いな。

見るとハルヒは、額に右手の指先を揃えて当てて目を瞑り、大げさに溜

息をついている。なんだ、こいつ。古泉の事を好きだったのか?

て、おい、何故俺を睨む。俺は何もしてないぞ。

 ハルヒ 「行くわよ」

その後、変にはしゃいでるこなたとつかさちゃんに加わって、ハルヒも

やけに楽しそうにしていた。訳が分からん。

 長門  「即時に理解しようとするよりは、ここは見守ることを優先する

     べき」

何だよそれ。ていうか朝比奈さん。何であなたも楽しそうに口に手を当

てて笑ってるんです。

49 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:54:52.41 ID:y6EOMxea0


ところで、或る店内におけるハルヒと朝比奈さんの攻防戦の一幕を紹介

しよう。根本的な価値観の相違が、いかに不毛な結果をもたらすかを示

す良い例だ。

 ハルヒ 「みくるちゃん、これならどう?」

 みくる 「さっきのよりは恥ずかしくないですけど…」

 ハルヒ 「あなたの好みは考慮するけど、これは普段着じゃないのよ。

     いかにアピールするかが勝負所なの、つかさちゃんだってそう思うでし

     ょう?」

 つかさ 「え‥ええ!?何か大会に出るんだったの?可愛いだけじゃだめ

     なのかな‥」

俺の意見など悉く片方の奴に「あんたが口を挟むな」と一蹴されるので

あってみれば、協力できることと言えば荷物持ちに集約される訳だが、

一日半かかって只の一点も購入していないのであった。強引に押し切っ

て買い込まないだけ、ハルヒも進歩したと言うべきなのだが、街中を探

し回った結果がこれだ。

50 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:57:08.69 ID:y6EOMxea0


俺の荷物はと言えば妹への土産に買った、ご当地コスプレ根付けくらい

のものである。あいつも妹にシャミセン並に可愛がられればいいさ。

ところでこれを買った店でのことだが、こなたに付き合って興味半分に

訪れたアニメショップで、店員のお兄さんにかなり強くテレカの購入を

勧められたのだが、とても妹への土産にできるような図柄ではなかった

のでやめた。どんな図柄だったかについてはあまり思い出したくないの

で問わないでほしい。

それにしても、こなたが来店するや店員全員が色めき立っていたんだが

、余程のお得意様なのか?こなたは結局何も買わずに店を後にしたんだ

が。俺まで冷やかしではさっきのお兄さんになんだか悪いような気がし

て、とりあえず目に止まったものを買った次第である。それにしたって

、ポケットに収まるから、荷物と呼べるほどのものでもなく、両手はガ

ラ空き状態のままだ。

51 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 13:59:32.14 ID:y6EOMxea0


要するに俺は手持ち無沙汰以外の何物でもなく、焦燥感が募るばかりだ

った。

 キョン 「さっきの長門のゴスロリは、結構似合ってたんだけどな。と

     もかくハルヒがあんな調子じゃ、朝比奈さんが気の毒なだけだぜ」

 こなた 「んふふ、それにしてもあの娘よくつかまえてきたねえ。大丈

     夫!朝比奈さんなら、どのタイプだって着こなせるよ。モノが違うから

     。生地が安っぽ過ぎないように注意はしなきゃいけないけど、二人とも

     見る目があるしね。後は何を選ぶか、てことだけ」

52 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:04:01.48 ID:y6EOMxea0


 キョン 「まあ、それはそうだな」

 こなた 「敢えて言うなら、逆にね。むしろ朝比奈さんは、胸を強調し

     ない衣装の方が、映えるんだよ。その方が本人の好みにも合ってると思

     う」

 キョン 「胸ねえ…ところでこなたは、どういう衣装が好みなんだ?お

     前もコスプレしたりするのか?」

急に会話のテンポが途絶えた。こなたは商品を陳列している棚に顔を向

けたまま無表情に、

 こなた 「‥あんたがどんな連想して、私に話振ってきたのかは訊かな

     いでおくけど。好みって私が?それとも朝比奈さんが着る分?」

 キョン 「お前が自分で着るとしたら、の方だよ」

こなたは納得とも、拒絶とも取れる感じで鼻を鳴らした。

 こなた 「ふん。そうだね、私は‥」

53 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:05:54.77 ID:y6EOMxea0


その時、こなたのポケットの中から、聞き覚えのある電子音のメロディ

が流れてきた。

 こなた 「はい もしもし。 アレッ?どうしたの? うんうん。…え

     ぇっ!?駄目だよ無理しちゃ。分かった。今丁度近くにいるから。ううん

     。とにかく大事にね。はあい、気をつけて、じゃ」

切った携帯の画面を、見てるのか見てないのか分からないような顔をし

ているこなたに俺は尋ねた。

 キョン 「どうした?何かあったのか?」

こなたは済まなそうに俺を見上げて、

 こなた 「‥うん。私のバイト先の今日入ってる子がね、昨日からどう

     も調子がおかしかったんだけど、今朝起きたら熱出てて、でも気合いで

     出てやるって玄関のドア開けたはいいんだけど、気がついたら学校行く

     バスに乗っちゃってたんだって」

54 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:07:09.96 ID:y6EOMxea0


 キョン 「中々根性のある人だが、大分マズい症状だな、それは」

 こなた 「うん。それで悪いんだけど、今から私その子の代わりに行く

     ことにしたから‥。最後まで案内できないでごめんね」

 キョン 「お前が謝ることじゃないよ。それどころか、こっちはまだ礼

     も言ってない。ここまで詳しく店の場所や衣装のことを案内してもらっ

     て、大助かりだぞ」

 つかさ 「こなちゃん、どうしたの?」

55 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:08:46.35 ID:y6EOMxea0


こなたと俺の様子を見て、ハルヒ達も集まってきた。

 こなた 「ハルヒちゃん…」

 キョン 「急に行けなくなった子の代わりに、今からバイトに行かなき

     ゃいけないらしい」

 ハルヒ 「あらそう、どんなバイト?」

今それを聞いてどうする。

 こなた 「この近くの、コスプレ喫茶だよ」

 ハルヒ 「へえ!?あたし達も行っていいかしら!」

行くのかよ!

 こなた 「うん、もちろん歓迎だよ。でも今日は混んでるかも。それに

     衣装探しはいいの?」

 ハルヒ 「なんとかなるわよ。待ったっていいわ!第一、そっちの方が

     ためになりそうじゃない!」

そっちの方が面白そう、の間違いだろ。

56 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:17:50.72 ID:y6EOMxea0


こなたは俺達を伴って入店し、運良く空いたテーブル席に着かせサービ

スの説明をすると、自分は着替えの為に入口の方へ戻っていった。

各自が取る飲み物が決まると、俺は改めて周りを見回して、店員の衣装

を眺めていた。

ハルヒ 「つかさちゃんの前で、変な目つきするのやめなさい、キョン」

つかさ 「?」

キョン 「なっ…!俺はだな、朝比奈さんの衣装の参考に…」

ハルヒ 「ふーーーん?」

57 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:20:34.93 ID:y6EOMxea0


ハルヒ、お前もその目つきはやめろ。朝比奈さんも苦笑気味だ。

俺が憮然としてこの変質者捏造女との睨めっこに付き合っていると、ハ

ルヒは今の俺の言葉の内容を思い出したように朝比奈さんに向かって話

し掛けた。

ハルヒ 「確かにみくるちゃんも…」

しかし、再びハルヒは、視線と言葉を俺の前で停止させた。だからこっ

ちを見るなと言いたい所だが、おかしい。口を「も」の発音時に形作っ

た、そのままの状態にしている。どうした、ハルヒ。

59 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:23:03.79 ID:y6EOMxea0


その時、突然後ろからハルヒの声が降りかかってきた。

 こなた 「もうメニューは決まってるわよね?」

いや、ハルヒは向かいの席で、驚きと苦笑の混じった表情を浮かべてい

るぞ。

振り返ると、ハルヒがいつも学校にいる時の恰好をしたこなたが立って

いた。カチューシャに、「団長」と書かれた腕章、表情まで変えてやが

る。不覚にもちょっとカワイイ。

60 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:24:50.71 ID:y6EOMxea0


 キョン 「びっくりしたぜ。一瞬、ハルヒが二人いるのかと思った」

俺だけじゃない。この中で、驚いてないのは長門くらいだ。

こなたは自分の表情に戻って、

 こなた 「丁度今日この衣装なんだ」

 ハルヒ 「ふふん、似合ってるわよ、中々」

 みくる 「泉さん、声真似が上手なんですね」

 つかさ 「かっこいいよ、こなちゃん」

 こなた 「ありがとう。好きなだけくつろいでいって」

と注文を取り始める。

61 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:27:10.91 ID:y6EOMxea0


朝比奈さんは、部室での振る舞いに役立てようとしているのか、店員さ

んやら、色々な種類の駄菓子が用意された棚やら、ゲーム用のパソコン

など、店内全体に目を配っているようだったが、ふと、

 みくる 「泉さん。あの場所は何に使うんですか?」

とこなたに尋ねた。

 こなた 「ああ、あのステージで歌や踊りをお客さんに演じて見せてる

     よ。最近は…あ、そうそう、『ハレ晴レユカイ』もやる時あるよ」

62 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:28:39.94 ID:y6EOMxea0


 キョン 「ハレ晴レ…って、ハルヒの考えたあのダンスか?」

 こなた 「そう」

 ハルヒ 「へえ、あれまで広がってるなんて、創作した甲斐があったわ」

 こなた 「そうだ!良かったら皆でそれを踊らない?きっと凄くいいス

     テージになるよ」

 ハルヒ 「いいわね、やりましょう!」

 みくる 「えぇっ!?」

63 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:29:53.05 ID:y6EOMxea0


思いも寄らない展開に、朝比奈さんが小さい悲鳴を上げている。いささ

か藪蛇である感は否めないが…ともかくここは阻止せねばならんな。

 キョン 「しかし、店のステージは勝手に使えないんじゃないか?」

     だが、こなたは考えありと言わんばかりにウィンクして、

 こなた 「大丈夫。ちょっと待ってて」

と、まず店内のウェイトレスの所まで歩いていき、何やら俺達を紹介す

るような仕草を見せた。するとその店員の顔がパッと輝いて、俺達に手

を振っている。こなたは同僚に伝票を渡すと、次に入口横の事務室へと

入っていった。そして間もなく、この仮装喫茶の店長と覚しき男性と共

に出てきて、オーバーアクション気味な身振り手振りで時折俺達を指し

ながら、熱っぽくその男性に主張やら説得をしているようだった。

64 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:32:18.81 ID:y6EOMxea0


男性はこなたの説明を聞いて考え込んでいる様子を見せていたが、顔を

上げてチラリと俺達を見定めるような視線を向けた。ハルヒが隙の無い

スマイルを返す。

やがて、男性がおもむろに戻っていくのと同時に、こなたが満面の笑顔

を携えてこちらに足早に引き返してきた。‥これは覚悟を決めた方が良

さそうだな。

 こなた 「やったよ!!今日休んだ子のステージの時間、空いてるから

     使っていいって!」

やはりな。だが一応聞いておきたいことがある。

65 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:34:06.38 ID:y6EOMxea0


 キョン 「えらくすんなりと許してくれたな。お前、どう説明したんだ?」

 こなた 「簡単だよ。みんなが、路上でやらせとくには勿体無いくらい

     の凄いパフォーマンスしてたから、是非一度ウチのステージに立たせた

     い、て言ったら、やってみろって」

ペロッと小さく舌を出す。

 ハルヒ 「凄いのはあなたよ。ここのバイト最近始めたばかりって言っ

     てたのに、そんな説明で許可が降りるなんて、よっぽど信頼されてるのね」

 こなた 「えへへ」

 ハルヒ 「さあ、そうと決まったら、早速だけど練習させてくれない?

     こなた、あんたその恰好だからあたしのパートやるんでしょ?じゃあ、

     あたしは古泉くんのパート踊るわ」

 こなた 「OK、こっちに来て!つかさ、一人にしてごめんね」

 つかさ 「ううん、楽しみにしてるよ。こなちゃん、ファイト!」

66 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:36:39.09 ID:y6EOMxea0


何がえへへ、だ。何気に自分をシリアスな状況に追い込んでるって分か

ってるのか、あいつは。

仕方ない。親切に街を案内してくれたばかりか、家にまで泊めてくれた

こなたの顔を立てる為に、俺も一肌脱ぐしか無いじゃねーか。

 キョン 「朝比奈さん、ここは堪えて下さい」

ハルヒとこなた達に続きながら、横を歩く朝比奈さんを見ると、腹を括

ったのか、

 みくる 「はい。あたし、頑張ります」

と前を見ながら言い切った。恐らく、性格的にこの中で一番、人前に立

つことは避けたいと思っている筈なのにな。そのいじらしさに、こっち

の方が涙出そうになるぜ。

 キョン 「長門も頼んだぜ。前やった通りでいいんだからな」

 長門  「そう」

67 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:39:09.25 ID:y6EOMxea0




 こなた 「これが長門さんと朝比奈さんの衣装だよ」

こなたはそう言って、今自分が着ていのと全く同じ衣装を、自分の胸の

前で広げてみせた。

 キョン 「うわ!北高の制服まんまだ!」

 こなた 「はい、これハルヒちゃんとキョンのね」

 キョン 「このブレザーもそのままだなー、って、お前が着たら結構見

     物になりそうだな」

 ハルヒ 「馬鹿なこと言ってダンス間違えるんじゃないわよ」

たしなめたハルヒだったが、袖を合わせる俺を見るなり吹き出した。

 ハルヒ 「キョン、何よそれ」

 キョン 「やっぱり短いな」

 こなた 「ええーっと、二人分二人分っと…あった!ほら、もってけ!」

68 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:41:09.74 ID:y6EOMxea0


長門と朝比奈さんにも衣装が手渡され、ご丁寧にも長門にはカーディガ

ンまで付いてきた。

簡単に振り付けの打ち合わせをした後、練習開始。

俺や長門や朝比奈さんは、自分のパートだから思い出すだけでよかった

し、ハルヒも十五分程で古泉のパートをすっかりこなせるようになって

いた。元々こいつが考えた振り付けだからな。

闇の中ステージ上に全員配置に着き、待機。

静寂の中、スポットライトが俺達を照らした。

69 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:43:04.93 ID:y6EOMxea0




一方、かがみと古泉は街をそぞろ歩いていた。

 かがみ 「‥あの、名前、本当は何て言うんですか」

 古泉  「古泉一樹です。そういうことにしておいて下さい」

 かがみ 「そう…」

 古泉  「高校二年、というのは昨晩申し上げた通り本当ですよ」

 かがみ 「じゃ、そこは私と同じでいいのね」

 古泉  「ええ、そうですね」

70 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:45:37.17 ID:y6EOMxea0


 かがみ 「とてもそういう風には見えないな。雰囲気が大人びているっ

     ていうか…」

 古泉  「ああ、それは仲間の手前、多少無理してキャラを作ってはい

     る次第です」

 かがみ 「へえ?でもそれって疲れない?」

 古泉  「疲れます。でも最近は、大変だけど楽しい、と思っています

     。言葉遣いの面でまで馴れ合ってしまったら、却って自分の立場を忘れ

     てしまうんじゃないか、と危惧する位、それくらい、一人の人として交

     流を深めるに足る人達なんですよ、僕の仲間は」

71 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:47:04.15 ID:y6EOMxea0


立場ってリアルのこと?でも、こなたも古泉くん本人もコスプレをして

いる、て言うけど、何か自然過ぎる。端整な顔立ちに浮かべた微笑も、

自分では洗練されたのを狙ってるつもりみたいだけど、あどけない人懐

っこさが覗いてるのを本人はきっと気づいてない。これで騙されてるん

だったら、一つ勉強になる。

 かがみ 「そうなんだ。‥聞いてもいい?」

72 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:48:35.01 ID:y6EOMxea0


 古泉  「何でしょう」

 かがみ 「古泉くんって高校卒業したらどうするの?」

 古泉  「そうですねー、その時の状況次第ですが、今してるバイトで恐

     らく身を立てていくことになると思います」

 かがみ 「すごい。バイト先にそのまま就職するくらい入れ込んでるんだ」

 古泉  「はは。まあ、なんちゃって大学くらい行くかもしれませんが、

     生活の中心ですから。…どうしました?」

 かがみ 「古泉くん、同じ年なのに凄く偉くて。私は…あのね?」

 古泉  「はい」

73 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:51:35.88 ID:y6EOMxea0


 かがみ 「あいつ‥こなたなんか、別のクラスで、変な奴だけど、自分

     の世界を持ってて、色々と話題に事欠かないの。こなたと同じクラスで、

     私と委員仲間のみゆきはね、女性らしくて優しくて、いい人過ぎるく

     らいだけど、他の人が分からないことを聞くと何でも答えてくれる…。

     それを思うとね、私って自分や委員会のことだけで精一杯で、その、一

     人の人として周りの人達にこちらから何かを与えられる、してあげられ

     ることが無いの」

 古泉  「涼宮さんからの又聞きによると、泉さんの宿題がピンチの時よ

     く教えてくれるとか」

 かがみ 「あいつ自分の恥をさらしてどうするんだ…!そりゃ頼まれれ

     ば仕方なく…私から能動的にしてるんじゃないのよ」

74 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:54:28.06 ID:y6EOMxea0


 古泉  「宿題のことはともかく…そうは思いませんが?」

 かがみ 「え?」

 古泉  「会ったばかりで何が分かる、とお思いになるかもしれませんが、

     泉さんや妹さんのあなたへの親愛の情って言うんでしょうか、あなた

     が少なくともご自分の言葉通りの人とは理解できませんね。徳は孤なら

     ず、失礼ついでに言わせて頂くと、いいんですよ、そのままで。人には

     それぞれ役割がある」

 かがみ 「役割?」

75 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:56:37.58 ID:y6EOMxea0


 古泉  「性格や功績からくる立ち位置、とでも言い換えましょうか。大

     体自然にそうなってるでしょう?話題を振りまく役、知識が豊富で、人

     の質問に答える役、委員という役…それぞれの立場があって、誰が偉い

     というわけでもなく、役割を外して考えれば、お互い対等な人間同士で

     す。それは煎じ詰めれば、人に優しいか、そうでないのか、なのだと思

     います。その優しさですが、表し方は人それぞれで…ご自身ではお気づ

     きでないみたいですが、少なくとも泉さんと妹さんは、あなたから与え

     られていますよ」

76 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 14:59:56.04 ID:y6EOMxea0


 かがみ 「それは分からないな。自分でもキツい言い方してると思う時

     あるし。…私の役割って何なんだろ?」

 古泉  「しっかり者のお姉さん。じゃないですか?」

 かがみ 「そうじゃなくてもっとこう…」

 古泉  「…平素は何とも思われないでいても、危機的な時が訪れ

     ると、思い出される。そういう人がいます。あなたはその

     素質をお持ちだと僕は思います。真面目で、誠実で、友達

     思い・妹思いだ。それに…」

77 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 15:01:27.71 ID:y6EOMxea0


 かがみ 「それに?」

 古泉  「可憐です」

 かがみ 「…」

 古泉  「‥最後の言葉は余計でしたかね」

 かがみ 「古泉くん」

 古泉  「はい?」

 かがみ 「‥ちょっと、来てくれる?」

 古泉 「構いませんが」

かがみは古泉をとある雑居ビルの屋上まで連れていった。

78 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 15:02:56.85 ID:y6EOMxea0




決めのポーズの一瞬の間の後、客席からは拍手喝采が湧き起こった。と

ころでこの後どうすればいいんだ?舞台の上での振る舞いなんぞよく解

らんが、とりあえずこなたのすることの流れに合わせるか。あ、朝比奈

さんはどうなってるか?‥上気した顔で、でも嬉しそうに共演者の顔を

確認するように見回してる。良かった。

79 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 15:04:31.82 ID:y6EOMxea0


中央のこなたはハルヒと俺にアイコンタクトで成功を分かち合うと、そ

んな朝比奈さんと、片膝をついた状態から立ち上がったままの長門の、

それぞれの片腕をつかんで、自身が跳ね上がらんばかりに頭上に振り上

げ、客席に笑顔で二人を誇示し、そして深々とお辞儀をした。そして俺

はハルヒとしっかと抱き合った…りしない。ともかく互いの健闘を称え

合おうぜ。

改めて全員で客席に一礼した後、退場する。テーブルの側で立ってるつ

かさちゃんと皆でガッツポーズを交わし合うと、遅れてやってきた安堵

と興奮を俺達は味わっていた。

80 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 15:06:47.19 ID:y6EOMxea0


 みくる 「長門さん、あの…みんな喜んでくれてましたよ?良かったですー」

と今頃涙ぐむ朝比奈さんが言えば、

 長門  「そう」

とハンカチを差し出している。きょとんとする朝比奈さんに、

 長門  「お疲れさま」

81 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 15:15:16.32 ID:y6EOMxea0


それにしてもこなたには驚かされた。ハルヒもそうだったようで、

 ハルヒ 「凄いわ、こなた、完璧よ!あんた相当踊りこんでるわね!」

と興奮を隠さない。しかし当の本人は、

 こなた 「ありがとう。みんなさすがだったね!一緒に踊れて楽しかったよ」

とまたマイペースな調子で応えている。こいつがイマイチ自分の凄さに

気づいてないっぽいのがもどかしいな。思わず俺は口走っていた。

82 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 15:21:06.97 ID:y6EOMxea0


 キョン 「こなた、もっと自分を誇れよ。お前、マジで凄かったぞ」

背丈の低さを、キレがあってつながりに無駄のない、滑らか且つエネルギッシュ

な動きでカバーし、途中長門と二人で奥に回り込む所も、ピッタリ息が

合っていた。

そんな感じに、俺はしばし、こなたへの称賛を惜しまなかった。こいつ

が照れてちゃかしたりするもんだから、俺も更に力説したりしてな。

だから俺は気づかなかった。

俺とこなたに向けられたハルヒの視線に。

83 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 15:26:54.94 ID:y6EOMxea0



電機機器内部部品の細部の選択に、膨大な知識量に裏打されたこだわり

を込めようとこの街を訪れた人。この国に住まう人の心の、明るさ、

優しさ、そして哀しみを結晶化させた美術や、それを身をもって体現

するという文化に触れることを求めてこの街を訪れる人。この街が醸し

出す雰囲気を観光しに訪れる人。

歩行者天国を行き交う人々に思いを馳せながら、古泉は感慨を新たに

していた。

84 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 15:38:21.47 ID:y6EOMxea0


 古泉  「はー、あのビル群や人混みも、こうして眺めのいい

      所から見ると壮観ですねえ。…柊さん?」

 かがみ 「あ、うん」

 古泉  「どうしました?」

 かがみ 「あの、あのね、古泉くん…」

その時、古泉の顔色が変わった。

閉鎖空間の発生を感知したのだ。

85 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 15:45:53.88 ID:y6EOMxea0


それも今まさに自分が立っているこの街にだった。

目の前で口篭もるかがみの表情から、薄々何を自分に告げようとしている

かは察せられた。そして、その言葉に対する答えが、自らの意思とは別の

所で初めから定められていることに、古泉は胸を締め付けられる思いがした。

同時にかがみが自分以上に苦しまぬことを願ったが、ともかく今はそれどころ

ではなく、まず務めを果たしにいかなければならない。

86 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 15:49:53.16 ID:y6EOMxea0


 古泉  「柊さん」

かがみがびっくりしたように応える。

 かがみ 「何?」

 古泉  「随分歩いたし、喉が渇いたでしょう。何か飲み物を

      買ってきますから、ここで待っていて下さい」

可能な限り平静を装って話したが、果たして飲み物を買ってくる

くらいの間に戻ってこられるだろうか。

89 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 16:31:00.60 ID:v4BGLigHO


かがみ 「え?ええ‥」

虚を衝かれたかがみの同意を得て、古泉は屋上出入り口のドアを開けた。

ドアを閉め、階段の手前まで進むと、一度目を瞑り、深呼吸した。

そして、自戒する。異世界に来たことで、涼宮ハルヒが力を発揮するこ

とはない、と思い込んでいなかったか。いかなる時も気の緩みは許され

ない。ましてここでは機関の応援も無いのだから。

92 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 16:49:04.65 ID:v4BGLigHO


古泉は覚悟を決め、左手に神経を集中し、見えない境界を開くべく空に

差し出し、前へ向かって歩を進めようとした。

その瞬間、突然背後でドアが開き、飛び込んできた人物に右手が握られ

た。

かがみ 「待って、古泉くん!」

古泉 「!!ーーー」

94 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 17:01:54.51 ID:v4BGLigHO


そして二人は、灰色の闇が覆う一切の他人が消えた世界にいた。

かがみと手を繋いだまま再びドアの外へ出ると、そう遠くない所で既に

三体の神人が、先程眺めていた街並を無残なまでに瓦礫の山へと変えて

いくところだった。よりによってかがみをこの悪夢のような空間に連れ

てくるとは。

95 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 17:09:18.38 ID:y6EOMxea0

かがみ 「ここは…」

そのまま絶句しているかがみを見て、古泉は我に返った。もっとかがみか

ら離れた場所から侵入するべきだったと今さら悔やんでも仕方ない。忸怩

たる思いの清算は、神人を倒し、かがみを無事元いた世界に還ることがで

きるようにしてからすればいい。そのためには状況から考えて、長引かせ

ず一気に狩ることだ。

96 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 17:15:24.57 ID:y6EOMxea0

解除されました!

古泉  「柊さん」

繋いでいる手にもう片方の手を重ねて包み、古泉は茫然としている

かがみに落ち着いた口調で語り掛けた。

古泉  「時間が無いので今何が起こっているか説明して差し上げ

     ることはできません。ですが、これだけは約束します。

     あなたを無事元いた場所へ必ず帰します」

古泉の真摯な瞳に一瞬だけ映し出された厳然たる決意を感じ取って

かがみは尋ねた。

98 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 17:23:36.94 ID:y6EOMxea0


かがみ 「古泉くん、あなたもしかして…本当にこなたの言うアニ

     メの…」

古泉  「それを含めて、今はお話できません。ここで待っていて

     下さい。必ず戻ります」

まるで単なる事実だけを淡々と伝えているような、日常的な平然と

した顔で古泉は話し、そっと手を離してから、飛翔に備えてかがみ

から距離を取った。

かがみの見つめる前で、立ち起こる雷電と旋風に包まれて古泉の体

はゆっくりと宙に浮き上がり、赤い球状の発光体になったかと思う

と、瞬時に神人達の元へと飛び立った。

100 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 17:34:08.44 ID:y6EOMxea0


驚愕しながらも、かがみの目は見たものを受け入れ、受け入れた上

で一つの現実として認識し、何らかの判断を下そうと更に周囲の状

況、わけても赤い球体となった古泉の遠ざかる先に気を張り、凝視

した。

無音・無人の世界で、青く光る巨人たちが体を揺らしながら、休む

ことなく手当たり次第といった感じでビルを破壊し続けている。

104 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 17:43:52.54 ID:y6EOMxea0


そして、巨体の割にとても鷹揚とは言えない者たちにたった一人で

接近していく古泉は、残していった言葉から察するに、彼らと友好

を結びにいくのだとは思えなかった。

古泉がたとえ何者であっても。

切羽詰った状況下で、それでも必死に自分の身の上を案じていた。

ついさっきまでアキバの街を語らいながら歩いていた古泉と、今薄

暗い一面灰色の空を舞っている古泉が別人だとは思えない。

そんなことよりも、先程の古泉の言葉はそのまま、古泉の身に迫る

危険大であることを示していた。しかし自分には何もできず、古泉

の無事を祈るしかない。

かがみ 「古泉くん…」

106 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 18:01:49.65 ID:y6EOMxea0


 神人達の所へ向かいながら、古泉は今までの閉鎖空間内における経験を

思い返していた。

 いかに『機関』に属する者がフォーメーションを組んだチームプレーを

是としていても、神人は、全く不規則な場所に発生する閉鎖空間の中で出

現するので、時に近くに居合わせた者が、若干の人数で相手をせねばなら

ない場合がある。また、現れた神人が複数である時も、同様な対応を強い

られることも珍しくはない。

 しかし、一対一どころか、単独で三体の神人を相手取るなど、古泉自身

聞いた例もなかった。

 一人自嘲気味にほくそ笑む。

(森さんや新川さんに話しても、信じてもらえないだろうな)

 しかし、一対一どころか、単独

107 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 18:10:02.69 ID:y6EOMxea0

こうでしょうか?

 突如自分に宿った能力とすべき事の恐ろしさに、戸惑い怯えるだけだった自分を迎え入れ、

導き育ててくれた人々。その面々を思い出すにつれ、感傷よりもやや無鉄砲なほどの勇気が沸沸と沸いてくるのを感じた。

 (機関の妙技一端ここにあり、といくか)

109 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 18:17:28.19 ID:y6EOMxea0


 無意識に満面に広がっていた笑みを引き締め、柱のように並び立つ三体の神人のうち、

片端の一体にまず古泉は狙いを定めた。サイドワインダーのように弧を描いて一気に間合いを詰めると、

神人の懐から突如、中天目指して急上昇し、注意を引きつけられた神人を棒立ちにさせる。

 捨て身の一撃の前に古泉は、今一度己の心に語り掛けた。

 (かがみさんを無事に還す)

110 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 18:37:01.03 ID:y6EOMxea0


 神人の真上で静止し、閉じていた目を開くと、鉛直方向を軸に地表までを往復し、

DNAの分子構造の様な二重螺旋を残像で描いた。

そろばん珠が連なったような形状のオブジェと化して散じていく神人を残し、

間を置かず次の神人へと向かう。一定の距離まで近付くと古泉は、

三次元を不規則に走り巡る鼠花火のように、捉えられにくい回転運動を重ねた。

そして神人の、傍若無人に力任せに振り回す腕をかいくぐり、狙い済ますと、

背後から肩口を巻くように切り裂き、その流れのまま一気に、正面から背後へ、

袈裟斬りの優美な曲線で、始点と終点を結んで勝負をつけた。

111 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 18:49:29.80 ID:y6EOMxea0

 崩れ落ちる巨体を上空から見届けると、残りの一体に古泉は目を向け、

にわかに迫る危機を見て取った。今し方までこちらで暴れていたはずの、

最後の神人は、かがみのいるビルの間近まで来ている。それにも関わらず、

かがみは古泉を信じて、屋上で見守っていた。

 古泉は咄嗟に地表擦れ擦れをすくい上げるように降下し、足止めのため神人の片方の足を切り裂いた。

 神人は仰向けに倒れ込みながら上体をひねって、横ざまに背後のビルを叩き斬った。

 鉄筋コンクリートの塊と化したビルの上部は道路に落下、轟音と共に凄まじい土煙が立ち上る。

112 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 19:00:22.80 ID:y6EOMxea0


 古泉の背筋に冷たいものが走る。今破壊されたのが、かがみの立つビルであったら。

 地響きが収まった後に不気味な静寂が訪れ、戦況が一時停滞した。

 上空にまで拡散していく砂煙に視界が遮られ、古泉に神人の動きがつかめないのだ。

すぐにでもかがみの元へ駆けつけたいが、そんなことをすれば、

自分がレーザーポインタの役割を果たすことになりかねない。

はやる心を抑え、後の先を取る構えでひたすら神経を研ぎ澄ます。

 だがそれも束の間、再び戦慄すべき事態が生じた。

113 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 19:11:35.72 ID:y6EOMxea0


 次第に薄まりつつある黄土色の煙の間から神人がゆっくりと頭をもたげ、

そしてかがみの存在に気付き、異物と認識したのだ。

古泉は神人の攻撃対象が転換されたことを感知したが、まだこちらから仕掛けられる程には視界が回復していなかった。

 事態は一触即発の様相を呈したまま、かがみに迫る危険だけが膨らみつつあった。

 一方、神人と対するかがみは、目の無い視線から発せられる敵意を受け止め、

冷や汗を流しながらも、アドレナリンの働きを借りて必死に思考を巡らせた。

ツインテールの揺らめく頭にやがて或る考えが閃く。

114 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 19:21:21.42 ID:y6EOMxea0


 (今自分がこのまま引きつければ、古泉くんから注意を逸らせられるかもしれない)

再び戦局を動かしたのは、かがみの方からだった。

かがみその場に仁王立ちになって、両腕を円を描くように振り回し、神人に向けて大音声に呼ばわった。

 かがみ 「来やがれ化け物!!」

 その叫びに反応するかのように、神人はねじるように巨体を後ろに逸らし、

片腕を振り上げた。一瞬の後に自分は、今立っているこのビルごと薙ぎ払われてしまうだろう。

 お父さん、お母さん。いのり姉さん、まつり姉さん、つかさ。

 …こなた。

 自分の最期を見まいと、固く目を瞑ったが、その数秒の内にビルの崩れる轟音は訪れず、

代わりにスパンと鋭い音が上空から弾けて、古泉の呼ぶ声がその方向からした。



115 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 19:31:20.03 ID:y6EOMxea0


 古泉  「かがみさん、手を!」

 目を開けると、鋭利な切断を受け落下していく神人の腕を背景に、眩いばかりに赤く輝く球体が、

見る見る内に自分の方へ迫ってくる所だった。発光体の中では古泉が、

かがみに向かって精一杯の長さで手を差し伸べている。

 かがみが手を伸ばしかけた瞬間、目前を神人の残った片腕がうなりを上げて通り過ぎ、

鈍い音を立てた。同時に古泉の身体は回転が掛かってビルの屋上面を水切りのように反跳し、

屋上出入り口の壁面に叩きつけられた。

116 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 19:41:40.81 ID:y6EOMxea0


 かがみ 「古泉くん!」

 赤い光が消えて、壁を背にもたれ掛かり足を投げ出してうなだれている。

 かがみが駆け寄り、傍らに両膝をついて顔を覗き込むと、古泉は不敵な笑みを浮かべようとした。

 古泉  「あんな単調な攻撃をかわし切れないとは、僕もまだまだですね…ゲホッ!」

 かがみ 「喋っちゃ駄目よ。体を動かさないで」

 古泉  「あなたをまず安全な所に…」

 かがみ 「その体じゃ無理!て言うか自分のこと後回しにするの、やめなさいよ。

      二人とも生きて帰らないと意味ないでしょう!?」

 古泉  「なるほど」

 かがみ 「なるほどって!」

 古泉  「あの神人を倒せば、それは可能です」

 言いながら古泉はかがみに向けていた目を、正面へずらした。

117 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 19:50:58.23 ID:y6EOMxea0


 かがみ 「だから無理しちゃ駄目って…?」

 かがみが振り返ると、先程の攻撃で自らバランスを崩して、地面に倒れ込んでいた神人が、

三度こちらと向かい合って、起き上がってきた所だった。

 かがみ 「ああ、しつこいわね!壊すんなら他に幾らでもビルがあるのに」

 古泉  「全く同感ですね。あれだけ切り刻んだ僕が言うのも何ですが」

 数秒の間、二人は半ば呆れたような目を神人に向けていたが、

 かがみ 「古泉くん」

 かがみは古泉の方に向き直り、心からの微笑みを浮かべて言った。

 かがみ 「あなたに会えて良かった」

 古泉  「‥僕もですよ」

 神人が真上に腕を振り上げる。

 かがみは古泉をかばうように覆い被さった。

118 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 19:58:08.21 ID:y6EOMxea0


 (かがみさんだけは)

 古泉は残された生命の炎全てを右手の平に集中して球状にうねらせ、

更に凝縮して浮かび上がらせた。

 振り下ろされた神人の巨大な腕が迫り来る。

 (無事に還らせる)

 カッと目を見開き、神人へ向かって振り絞るように投げつける。

 その情景は巨体に対して余りにも矮小な人間の、絶望的な状況に対しての愚かな抵抗であるかに見えた。

119 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 20:06:51.05 ID:y6EOMxea0


 しかし、右腕の振りから放たれた初速が一度静止するかのような慣性の抑圧を見せると、

次の瞬間、流星のような尾を引きながら神人の腕へ一直線にベクトルの矢を示し、

同時に視界に入る光景を一瞬にしてそれに集めるかのような求心の渦を造り出した。

刹那、音速の傘を大音響と共にまとったかと思うと、

その青白色の熱はまるで無抵抗に神人の腕と延直線上にある頭部を通過し、

その跡に生じた同心円状の真空の穿孔からは、

視認による捕捉不能な速度で天蓋の彼方へ飛び去る流星の瞬きを残すのみだった。

120 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 20:13:55.65 ID:y6EOMxea0


 古泉は、かがみと自分が天上へ吹き上げられるかのような大気の流れに逆らって耐えるように、

かがみの肩を抱えた左腕に力を込めた。

 灰色の空に一つだけ浮かび上がる光。

 幼き頃、初めて父に買ってもらった天体望遠鏡で、家族で交互に見た淡く夜空に輝く星。

 両親が交わし合っている笑顔をうっすらと思い出しながら、古泉は目を閉じた。

 動かない古泉の両肩を掴んで、かがみが呼び戻すようにその名を泣き叫ぶ。

 二人を、無数の光芒が包み込んだ。

123 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 20:34:39.58 ID:y6EOMxea0

 古泉が目を覚ますや、柊さんは緊張の糸が切れたように目を見開き、

確かめるように話し掛けた。

 かがみ 「古泉くん」

 古泉  「ここは…」

 キョン 「都内の病院だよ。つかさちゃんに柊さんから電話が掛かってきて、

      そのまま俺達がつかさちゃんに付いて駆けつけた時には、

      お前はビルの屋上でケガして倒れてた」

124 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 20:36:44.26 ID:y6EOMxea0


 まあ実際は幾つかの過程を経ている。

 「古泉」「ケガ」という言葉が通話中のつかさちゃんの口から発せられるや否や、

ハルヒが横からきびきびと、つかさちゃんに、いつ、どこで、救急車の必要性の有無ともう呼んだかを確認するよう促した。

その返答を得ている間にこなたは事務室に引っ込んで、すぐに戻ってきた。

そして、肝心の場所が俺達には判らないことを見て取ると、こなたはまたもや案内役を買って出て、

皆着替える間も無く店を飛び出す。

 土地勘のあるこなたと、心が折れそうな姉を必死に励まし続けるつかさちゃんを先頭に、

即行で俺達は街を駆け抜けた。

125 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 20:43:15.44 ID:y6EOMxea0


 きっとこなたは、同僚や店長にまた無理を言って押っとり刀に出てきたのに違いないが、

そんなことはおくびにも出さず、ハルヒ同様突っ走る女となっていた。

それこそ通行人全員が俺達を何事かと振り返ったが、そんなこと構っちゃいられない。

こなたのお陰で俺達は、先に呼ばれていた救急隊員より早く、柊さんと古泉の元へ辿り着くことができた。

126 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 20:49:57.10 ID:y6EOMxea0


 古泉  「ところでその服装は一体どうされたのですか?」

 長門が季節外れのカーディガンまで羽織らされて、長門有希のコスプレをしているとか、

もう本当にどうでもいいことだった。俺は寸足らずのブレザーを脱いで、

ネクタイも外していた。

 キョン 「話せば長くなるがあまり重要なことでもない。…お前一人で閉鎖空間で戦っていたらしいな」

 

127 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 20:56:33.24 ID:y6EOMxea0


 古泉  「そのこと、涼宮さんには…」

 キョン 「電話でケガの原因が分からずじまいだったと言うか、

      柊さんもお前がひょっとしたら俺達にも隠してることなんじゃないかと推察してくれてたんでな。

      お前が蹴躓いて壁に頭を打ちつけたのか、と俺が現場でとっさに話を作って、

      柊さんにも合わせてもらった。それで不自然さが無かったとは言えんが、

128 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 21:01:55.84 ID:y6EOMxea0

      ハルヒも、何よりお前の容態を心配してたし、柊さんを気遣ってた。

      腑に落ちない点があったとしても、立ち入らずに丸ごとお前と柊さんを信じてるよ。

      まあ、ここにいると色々と訊いちまいそうになるって自分で思ったのか、今は外してるけどな。

      …何せ、誰よりもお前のことを心配してたから」

 俺はそう言いながら柊さんの方へチラリと目を向けた。

129 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 21:11:34.72 ID:y6EOMxea0


 かがみ 「ごめんなさい!古泉くん、私のせいで…!」

 古泉  「謝らなければならないのは僕の方です。あなたを巻き込んですみませんでした」

 古泉はいたわるように柊さんを見つめていたが、俺の方に窺うような視線を送った。

俺は静かに頷く。古泉が眠っている間に、彼女には全てを話していた。

 古泉  「そうですか…」

 再び柊さんを、今度は申し訳無さそうな目で見た。やがて目を戻し、

 自分に言い聞かせるようにポツリと呟く。

 古泉  「それにしても…次に閉鎖空間が発生するまでに、鍛え直さないといけませんね」

130 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 21:23:12.09 ID:y6EOMxea0


 柊さんの血の気が引く音が聞こえるようだった。古泉はベッドの上で、

 全身の状態を点検するような仕草をしていたが、すぐに怪訝な表情を浮かべた。

 十二月のあの時の俺を見るみたいだな。

 キョン 「この病院に運んできたところが、ケガの痕すら無くて、

      救急隊員も不思議がってたそうだ」

 多少不審の目を向ける医師に、ハルヒがもっとよく調べろと喰ってかかる一幕もあったらしいからな。
陰の最大の功労者は、今俺の前で、猫のように我関せず、という目をしている。

131 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 21:33:05.41 ID:y6EOMxea0


 キョン 「お前から聞いた話だと、お前みたいな能力を持った奴がいないと、

      世界がヤバいんだったよな。で、この世界には『機関』とやらの人間はお前以外いないわけだ。

      だったら、お前一人で全部処理しようとすんのは、

      世界にとってもリスキーなことじゃないのか?」

 古泉  「しかし、それ以外には」

 キョン 「長門、どうかな」

 長門  「…」

 キョン 「カマドウマ空間の時みたいに、古泉と組んであの青白い巨人を倒せないか?」

 古泉  「神人の事で長門さんに迷惑を掛けるわけには」

 長門  「了解した。私の干渉が許される範囲で、古泉一樹をサポートする」

 古泉  「…」

132 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 21:38:47.83 ID:y6EOMxea0


 古泉に自負する所があるのは分かるさ。しかしだ。

 キョン 「今は俺達全員にとっても、柊さん達の住む世界にとっても非常事態だろ。

      お前一人で戦おうとしないでくれ」

 本当は最後の一言だけ言いたかったんだけどな。俺を軽蔑するならしろ。

 俺がそう思っていると、意外にも古泉はフッと笑って、あっさり折れた。

133 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 21:46:29.11 ID:y6EOMxea0


 古泉  「分かりました。お願いします。…しかし、僕一人で戦っていたのではありませんよ?

      柊さんを守ろうとしたからこそ、一度に三体もの神人を相手にできたのですから」

 古泉の言葉を聞いて、柊さんの泣き腫らした目にやっと微笑が戻った。

 古泉  「そうそう、神人にあんな挨拶をした方は、あなたが初めてですよ」

 かがみ 「必死だったんだから、いちいち言葉を選んでられないわよ」

 笑顔を交わし合う二人だった。

 その様子を見て、俺もようやく心が安らぐのを感じた。伴侶と書いて、

「とも」と読むのは、こういうのを指すんではないかな、とアホなことまで考えていた。

134 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 21:56:25.01 ID:y6EOMxea0


 キョン 「それにしても幾ら柊さんを守るためとは言え、お前のとこの仲間と一緒じゃなくて、

      よくあのデカいのを倒せたな。元々一人でもできるもんなのか?」

 古泉  「いえ。打ち明けたところ、神人一体相手でも、独りで相手にするのは通常はまず有り得ない、

      一か八かといったラインです。…それが不思議なのですが、

      最後の神人を倒したのは僕自身も未知の能力でした」

 長門  「それは涼宮ハルヒがあなたに与えた力」

 古泉が怪訝な顔をした。

 古泉  「長門さん、お言葉ですが我々『機関』の者は、

      涼宮さんから各々与えられた自身の能力については熟知しているつもりです」

135 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 22:06:24.83 ID:y6EOMxea0


 長門  「それとは別。あなたが所属する組織とは無関係に、あなたにだけ」

 ハルヒが古泉だけに、だって?一体いつ与えたっていうんだ、そんな力。

 長門  「映画撮影のとき」

 長門の言葉に、俺と古泉は同時に驚きの声を上げると共に、

文化祭に公開されたハルヒ超監督のあの映画撮影時にまつわるドタバタを、

脳内の解決済みファイルの棚から引き出そうとしていた。

136 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 22:17:33.55 ID:y6EOMxea0


 柊さんへの解説がてら、ハルヒの映画内設定がそのまま現実に反映されて起こった様々な事象を拾っていく。

危ないビームが朝比奈さんの左目に着けているコンタクトから発射され、

危うく俺の頭が撃ち抜かれる所を長門に救われたこと、秋だというのに川沿いの桜並木が満開になったこと、

今は俺の家で(宇宙由来のナントカ素子の宿主になってはいるが)ただの飼い猫となっている、

シャミセンが哲学めいたことをしゃべり出したこと、

神社で群れている鳩が白鳩になったりはたまたリョコウバトになったりしたこと、

地球の歳差運動が微妙にズレたりしたらしいこと、など。

 そして確かに映画のラスト近くに、古泉演ずる超能力者の少年が、長門扮する敵役を、

突如解放させた潜在能力で宇宙の彼方へ吹き飛ばすシーンがあった。

137 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 22:26:30.68 ID:y6EOMxea0


 長門  「それ」

 だが、あのシーンの古泉を撮影してる時は何も起こらなかったし、お前もあの時何もいわなかったぜ。

 長門  「それで良かった。流星群の運動エネルギーを凝縮したもの。もしあの時放たれていたら、

      あなたもわたしも跡形も無く消し飛ばされていたはず。

      エネルギー量を考慮すると、わたしに防御できる範囲を遥かに越えていた」

 悪い宇宙人の魔法使いは淡々と語った。

138 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 22:34:53.34 ID:y6EOMxea0


 長門と仲良く塵に帰るのも悪くない話だが、なぜ朝比奈さんの時みたいに、

そんな危ないパワーを封印しなかったんだ?

 古泉  「それに先程の、何故あの時は何も起こらなかったのか、

      という疑問にも答えていただいてませんね」

 長門  「無効化する必要が無いと判断した。なぜなら、

      あなたの能力には初めから制限がかかっていたから」

 古泉  「閉鎖空間内でしか使用できない、ということですか」

 長門  「そうではない。あなたが心から大切に想う人を、

      生命を賭して守るという時にのみ発動する。それがこの力の条件」

      

139 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 22:43:02.54 ID:y6EOMxea0


 その時の古泉の顔といったらなかった。携帯で撮って保存しときたい所だったぜ。

柊さんまでパッと顔を赤らめて俯いているばかりだ。長門にしてはやけに答えをはぐらかしてると思ったら、

そういうことだったのか。

 キョン 「だが長門、ハルヒは映画撮影が終了した時に、映画の内容は全てデタラメのことだって納得したはずだぜ。

      その証拠に、異常な現象は全て起こらなくなったじゃないか。

      なぜ古泉だけはそれが残ってたんだ?」

 ややあって長門は口を開いた。

 長門  「それがあの映画の核。涼宮ハルヒが込めた、最も切なる願いだったから」 

140 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 22:53:04.47 ID:y6EOMxea0


 病室に沈黙が流れた。

 …何だか解らんが、俺まで恥ずかしくなってきたぞ。

 まず最もあいつに似つかわしくない話だが、しかし、つまり俺達…俺はあいつのことを判ってなかったんだな。

 古泉  「完敗です。涼宮さんの性格傾向は分析し、おおよそ分かったつもりでいましたが。

      心の奥底に、そこまで純粋で素直なロマンティシストの一面をお持ちだったとは。

      お陰で命を救われました」

 しかし…と古泉が考え込むような目をして長門を見ていたので、俺は言ってやった。

 キョン 「とっといてやれよ、その力。お前の主義には反するかもしれんが、

      お前に迷惑掛けてばっかりのあいつが、せめてもの礼に、少々押しつけがましい保険を与えたんだと思ってさ」

 ハルヒ 「あいつって、誰の話?」

141 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 23:02:56.02 ID:y6EOMxea0


 背後でガラッと引戸が開いて、心配そうな面持ちの朝比奈さんを伴ったハルヒが入ってきた。

 キョン 「‥まあ、お前の話だ。古泉のケガに対するお前の対応がだな、

      スムーズかつ的確で、つまりナイスだと言いたかったわけだ」

 ハルヒはどうせ本当は自分の悪口を言ってたんでしょ、とでも言いたげに、

意地悪く皮肉めかせて憎まれ口を叩いた。

 ハルヒ 「まあ、前に似たようなケースがあったからかしらね。団員に間抜けが一人いると、

      否が応にも周りの人間の経験値が上がるってワケよ」

 この…抱くぞ!ムッとして黙る俺を尻目に、今度は室内の皆に向けてやや呆れて怒ったように言った。

143 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 23:11:51.92 ID:y6EOMxea0


 ハルヒ 「それにしても起きてるなら一声掛けてくれたっていいじゃない。

      あたしもみくるちゃんも、こなた達が戻ってきた時分かるように、

      下の待合所にずっといたってのにさ。

      ちょっと様子を見に来たらみんなの話し声がするじゃないの」

 場合が場合とはいえ、その恰好で待合所にいたんじゃ目立ってただろうな。

しかも横に朝比奈さんがいるから、勘繰りの目で見られたかもしれんが、

俺もあえて言おうとは思わない。

 始終、ハルヒは真剣だったからだ。

144 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 23:27:15.29 ID:y6EOMxea0


 古泉が頭を下げる。

 古泉  「すみません。僕が意識を失う前と後のことを状況確認したかったので、

      つい色々と話し込んでしまいました」

 ハルヒ 「まあいいわ。調子悪いところが無いならね。後でお医者さんも呼んでこないと」

 朝比奈さんがおずおずと尋ねた。

 みくる 「古泉くん、痛い所はない?」

 古泉  「はい、ありがとうございます。大丈夫です」

 ハルヒ 「お医者さんが、診たとこ寝てるだけだから大丈夫だろうけど、

      頭打ったのなら目が覚めても今日一日は様子見ないとって言ってたわ。

      古泉くん、あなた一人暮らしなの?ご両親にも連絡しないと…」

 

145 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 23:44:31.35 ID:y6EOMxea0


 古泉  「ご心配掛けて申し訳ありません。ここまで涼宮さんのお世話になっておいて、

      わがままを言うのは心苦しいのですが、親にまで心配を掛けたくないので…」

 ハルヒはハアーッと下を向いて溜息をつく。

 ハルヒ 「そういうことなら仕方ないわね。回復が確認でき次第、なるべく速やかに帰りましょう」

 古泉  「僕ならすぐにでも…」

 ハルヒ 「頭打ってるのよ。とにかく今日一日はここで、安静にしてなさい。

      全く、ドジで救急車に運ばれるのはあんた一人で十分よ」

 俺に流し目をくれるハルヒに、古泉は苦笑している。俺も少なくとも俺の記憶では、

 階段から転げ落ちてなどいないのだが、あの時といい今回といい、こいつは本気で心配したんだろう。

 古泉、お前もマジックショーでも開催しないといけないぞ。

147 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/09(金) 23:53:16.58 ID:y6EOMxea0


 古泉  「ならば明日にでも。しかし、朝比奈さんの新しい衣装は見つかったのですか?」

 ハルヒ 「何言ってんの、それどころじゃないでしょう?…まあ、あたしもみくるちゃんも、

      実物で色々見られたし、後学のためにはなったわ。なら、明日ね。

      皆で荷物持ってまたここに来るわ。キョン、あんた今日は柊家の方に泊めてもらいなさい。

      明日、古泉くんの荷物も持って出るのよ。かがみさん、構わないかしら?」

 かがみ 「うん、いいわよ、人数が増えるわけじゃないから。…明日…」

151 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 00:04:57.57 ID:XlvhQrS20

 俺が病室を出ると、一旦柊家に帰宅していたこなたとつかさちゃんが丁度戻ってきた所だった。

 キョン 「悪かったな。こなたとつかさちゃんには迷惑掛け通しになっちまって。

      服、わざわざ持ってきてくれてありがとな」

 こなた 「ううん。古泉くんの様子はどう?」

 キョン 「今さっき意識取り戻した。具合悪い所無いし、もう大丈夫だろう。

      柊さん達が側についてる」

 つかさ 「よかったあ」

152 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 00:17:12.37 ID:XlvhQrS20

 こなた 「キョン達はどうするの?」

 キョン 「とりあえず医者に知らせて診てもらおうとしてた所だ。突然なんだが、

      明日、古泉があれだからな、医者の許可が下りればだが、皆で帰ることにしたよ。

      今晩、俺、古泉の荷物取るために柊さんの家に泊めてもらいたいと…つかさちゃん、いいかな」

 つかさ 「私は…構わないけど…」

 つかさちゃんは歯切れ悪く言いながら、隣のこなたをチラッと窺った。そうだ、こなたに礼を言うのが先か。

 キョン 「こなた、色々世話になったな」

 こなた 「…え?あ、うん。…そっか。…あ、みんなに声掛けてくね。

      今日は一緒に帰ろう」

153 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 00:32:51.90 ID:XlvhQrS20



 診断結果はすぐには出ないとのことで、あまり遅くなっては、と古泉に俺達は帰され、

長門と朝比奈さん、こなたと共に俺もいったん泉家の方へ寄った。

長門と朝比奈さんはそのままここにもう一晩泊めてもらい、俺は名残惜しかったが夕飯の誘いを断った。

 そして自分の荷物を取りまとめ、軽く部屋の掃除を済ませると、こなたの親父さんに泊めてくれたお礼の挨拶に伺った。

すると、親父さんはわざわざ表まで見送りに出てきてくれた。

 外は夕映えの頃だ。

そうじろう「君達ならいつでも大歓迎だ。是非又来てくれたまえ」

154 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 00:38:01.85 ID:XlvhQrS20


 キョン 「ありがとうございます。こちらに来ることがあったら、又寄らせて下さい。

      こなた、ありがとな」

 こなた 「あ。キョン」

 キョン 「何だ?」

 沈みかけた夕日に頬が照らされ、赤く染め上げられている。

 こなた 「…ハルヒちゃんのこと、大事にするんだぞ」

 それまで見たことの無い真っ直ぐな視線と声に圧されて、俺は頷いていた。

 キョン 「ああ」

155 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 00:43:49.90 ID:XlvhQrS20



 暮れ果てる中、柊家最寄りの駅まで、ハルヒは迎えにきてくれた。二人で歩きながら、

俺はふと思い出したことをハルヒに伝えた。

 キョン 「あの時は悪かったな」

 ハルヒ 「何?いつの話よ」

 キョン 「俺がドジ踏んで階段から落ちたことがあったろ」

 ハルヒ 「はあ?今頃何言ってんの?」

156 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 00:52:20.80 ID:XlvhQrS20


 キョン 「そうだな。救急車に運ばれてく古泉に付き添うお前の顔見てて、

      改めて思っちまったんだ。心配掛けたんだな」

 ハルヒ 「当たり前でしょう?そんなこと、わざわざ気にして言わなくていいわよ、

      又怪我さえしなければ。それより…」

 ハルヒ 「こなた、あんたに何か言わなかった?」

 キョン 「ああ。お前のこと、大事にしろってさ」

 ハルヒ 「…そう」

 キョン 「お、おい ハルヒ」

 ハルヒ 「何よ」

 キョン 「そんなに手、引っ張らなくても、柊さん家急がなくていいんじゃないか?」

 ハルヒ 「うるさいわね。お夕飯待たせたらどうすんの。早く行くわよ」

      

157 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 01:05:29.81 ID:XlvhQrS20


 星空の随に浮かんで千切れ棚引く雲が渡っていく。たゆたいうねる静かな大気が、

作物の畝が数多く並ぶこの辺りの平地へ撫で下ろすように、夜風を送り届けている。

それは懐しさ、優しさ、そして幼い頃の憧れを胸に込み上げさせるものを伴って、

頬に当たり続けていた。

 その為肌寒いほどに、俺の前髪は絶えず掻き上げられているし、

それは俺の手首を掴んで黙々と前を歩いているハルヒにしても同じ状態だろう。

 ハルヒは今どんな表情をしているのだろう、とふと思った。

 知らない土地の夜道を、ただ二人手を繋いで足早に歩いている。

 俺は何故か急に、薄暗い電灯に照らし出された無愛想な後ろ姿を見せるこの女が、

無性にいとおしくなった。

158 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 01:18:47.67 ID:XlvhQrS20


 柊家の枕上にて朝を迎えた俺は、珍しく未だ早朝であることを知った。

洗面所を借りながら、三文の徳とやらを探しに散歩でもするかと思いつき、靴を履いた。

 外に出ると、東雲の上にぽつんと白く浮かび上がる金星が見られた。

ふと視界の端に人の気配を感じて顔を動かすと、向こうの方から神妙な面持ちで歩いてくるのは、

ハルヒだった。どうやら鷹宮神社でお参りを済ませてきた所らしい。

 キョン 「ほう、お前が早朝から神社に詣でるとはな」

 と声を掛けたが、ハルヒはまるで取り合わずに、チラリとだけ目を向けると、そのまま俺の横を通り過ぎた。

こいつにしては珍しく顔に疲労の色を浮かべていたので、何か聞くべきか迷っていると、

ハルヒは足を止めた。そして半身だけこちらに振り向いて、この時間帯でなければ聞き取れないような声で言った。

159 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 01:32:52.42 ID:XlvhQrS20


 ハルヒ 「あんたも祈ってきなさい」

 何をだ。

 ハルヒは黙って俺を見つめた。そして、

 ハルヒ 「‥世の人全ての幸せよ。そういうこと祈れるの、こういうとこしかないじゃない」

 そう言うと静かに玄関の中へと姿を消した。

 ‥全身が一気に粟立ってるのは、放射冷却の済んだ朝の大気のせいか。

今のは一体何者だ?いつからあんな怪しいほど殊勝なこと言えるようになったんだ、あいつは。

 境内の鬱蒼とした常緑樹林の木の間から、雉鳩の咽び泣く声が聞こえていた。

160 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 01:44:33.51 ID:XlvhQrS20


 朝食を囲む頃には、ハルヒはいつもの調子に戻っていたが、

俺はすれ違った時の様子が気になっていた。あの人並み外れて大きく、普段は爛爛と見開かれている黒い目が、

これまでの記憶にない憂いの色に抑えられていたのは確かだ。

また何かをしでかす前兆ではないかと、俺が考え込んでいると、

 ハルヒ 「ボケーッと箸止めてないで、冷めない内に早く頂いたら?」

 先程のことなど全く無かったように、怪訝な顔をしてハルヒが言う。

 キョン 「あ、ああ‥」

161 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 01:55:04.65 ID:XlvhQrS20



 再び俺達SOS団員は古泉の病室に集まった。

 ハルヒ「古泉くん、身体の具合はどうなの?」

 古泉 「ええ、お陰様で検査結果も異常無しでしたし、

     帰ったら地元の病院でもう一度診てもらうようにとの条件付きですが、

     退院の許可をもらって手続きも済ませました」

 そう言って古泉は長門に目礼を送った。重ね重ねで悪いが、ここは『機関』の無い世界であって、

つまり、保険証とか入院費用とか、その他諸々どうしてこうもスンナリ退院できたのか、

については…まあ結果オーライ、ってことだ。

162 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 02:01:19.57 ID:XlvhQrS20


 ハルヒ 「何ともなくて本当に良かったわ。それならきっと大丈夫ね」

 古泉は、天秤の如く両肩に荷物を提げている俺の方を向いて言った。

 古泉  「あなたも悪かったですね、重かったでしょう」

 ハルヒ 「向こうに着くまで持たせといて構わないわよ」

 鬼かこいつ。朝比奈さんの荷物なら喜んでそうさせて頂くが。

 ハルヒ 「さあ、行きましょう!」

163 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 02:14:29.57 ID:XlvhQrS20


 夜行バスの発車時間には、丸一日と言っていい程の時間が余っていたので、

古泉の再度の提案により我々5人はまたアキバまで揃って向かった。

 ハルヒと朝比奈さんは折衝の末、数点のコスプレ衣装を買い漁った。

 キョン 「やれやれ、これで今回の旅行の目的がカタチにはなったな。

      これで帰れそうか、古泉?」

 古泉  「…」

 キョン 「古泉?」

 古泉  「あ、すみません。そうですね、実は僕にもはっきりそうだとは申し上げられないのですよ」

 キョン 「まあ、お前は今回ハルヒにつきっきり、てわけじゃなかったから、

      今のハルヒの精神状態は分かりにくいかもしれねえな。

      お前がそれじゃどうなるか読めないが」 

165 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 02:27:57.20 ID:XlvhQrS20


 古泉  「もし…今回、ずっと涼宮さんの傍で見ていたとしても、

      分からなかったかもしれません。昨夜、涼宮さんと何かありましたか」

 キョン 「何もねえよ、お前が何を想像してるか知らんが」

 古泉  「ああ、そういう意味ではなく。何か、涼宮さんが違ったように見えるというか…

      一回り、いや二回り大きくなられた、と言っては失礼なんですが」

 キョン 「ん?お前もハルヒが変わったように見えたのか?」

 古泉  「やはり何か心当たりがあるようですね。無事帰ることができたら、

      一度あなたや長門さん、朝比奈さんに、今回の涼宮さんの件をお伺いしたいものです」

166 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 02:48:23.72 ID:XlvhQrS20

 キョン 「しかしこのまま北口駅前で解散したら、俺達の居場所が無かった、

      なんてことになるかもしれないだろ」

 古泉  「そうなったら、そうですねえ…皆で原作者のお宅にお邪魔して、

      この窮状を訴え出るのはどうでしょうか」

 正しく最終手段だな、それは。まずその時ハルヒがどうなってるか分からん。

原作者の先生に迷惑を掛けただけ、というオチが容易に想像できる。

そう危惧する俺を古泉は可笑しそうに笑った。

 古泉  「我々の存在を生み出された方なら、もう少し信じても良いのではありませんか?

      ともかく希望はありますよ。

      朝比奈さんに、昨晩鶴屋さんから電話が掛かってきたそうですから」

167 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 03:00:10.96 ID:XlvhQrS20

 キョン 「俺達の世界と繋がっている、てことか」

 こういう所に不都合が無いのはあいつらしい。電話回線の接続やら、

電話会社との契約なんかを全く無視してやがる。

 古泉  「二つの世界が重なるように並存してしまう危険性も内包していますが、

      長門さんによると、繋がったのはその通話に限るそうで、

      まだ世界は別々のまま存在しています。僕が言いたいのは、

      この現象も涼宮さんの意識を反映しているわけで、つまり涼宮さんがあちらの世界、

      というよりは生活に帰属している自覚がある限り大丈夫なのではないかと」

168 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 03:10:09.70 ID:XlvhQrS20


 キョン 「ちょっと待て。それなら別に俺達がやきもきしなくても、

      最初から普通にバスに乗って帰れば、元の世界にも戻れた、てことじゃないのか」

 古泉  「それは結果論ですよ。まだどうなるかは分かりませんし」

 今の話で脱力させられたぜ。この三日間の俺の苦悩は何だったんだ。

 古泉  「…先程の話を蒸し返すようで恐縮ですが、ここ最近の涼宮さんの精神面の成長には、

      僕ら『機関』の人間も目を見張るものがあったんです。

      昨日の閉鎖空間にしても、単発で、また発生する気配がありません。

      つまり彼女の内面で感情の自己処理が為されたものと考えられます。

      そこに至った切っ掛けをあなたから伺いたく思っていますが。

      それはいったん置いておくとして、確実に一人の女性として成長しておられます」

170 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 03:24:12.21 ID:XlvhQrS20



 古泉は親が我が子を見守るような目つきで俺を見た。まるで俺の目の奥にハルヒがいるみたいに。

 古泉  「いつかは我々もこの能力と使命から解放される時が来ると思います。

      それは自分達にとっても、また涼宮さんを中学生の時分から見守り続けた身としても、

      喜ぶべきことなのですが、一抹の寂しさも覚えます。

      彼女がそれほど成熟した大人になる、ということがね。

      そう思うと、僕らが最も忙しかった涼宮さんの中学時代さえ、

      懐かしく思えてくるから不思議です。それも、あなたの存在があってこそですよ」

171 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 03:33:46.04 ID:XlvhQrS20

 感慨深げな所をなんだが、また随分スケールの大きい話に飛んだな。

一体何年先を見てるんだ、お前は。

 古泉  「きっと、まだまだずっと先のことですね。去年の七夕の時のことを覚えていますか」

 覚えてるさ。四年前のハルヒに不法侵入と器物損壊の手伝いをさせられたからな。

172 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 03:43:03.79 ID:XlvhQrS20


 古泉  「それもそうですが、涼宮さんが伐ってきた竹の笹の葉に、

      願い事を書いた短冊を吊るしたでしょう。…あと十五年後、あなた方はどうなってるのでしょうねえ」

 そう言うお前はどうしてるつもりなんだよ。ハルヒのお守りという縛りが無くなったらさ。

 古泉  「…そうですね…」

 伏し目がちに物思いに沈んでいる。朝のハルヒも変だったが、お前も今日は感傷的だな。

 古泉  「失礼しました。恣意に任せて、とりとめのない話をしましたね」

 別にいいけどな。何となく原因は分かるから。

174 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 03:52:48.84 ID:XlvhQrS20


 衣装を買い終わっても、バス乗り場へ向かうには、まだまだ時間が残っていた。

そこで、主に女性陣の希望に応じて、アキバに限らず他の街々を巡ることと相成った。

この国の首都と定められているだけあって、張り巡らされた鉄道網には感服した次第だが、

度重なる乗り換えに朝比奈さんが目を回し掛けていた。そして俺も、

段々と増えていく荷物を双肩に担いながらの移動に汗ばんでいた。

おまけに病み上がりの古泉には、ハルヒから荷物持ち禁止令が出ているとくれば、

ひたすら早く夜になってくれ、と願うばかりだった。坂道続きの通学路に感謝したのは、

この時くらいだろうか。

175 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 04:14:33.40 ID:XlvhQrS20

ということです。ごめんキャラのせいじゃなく自分の都合ですね。

 予定の頃合いに、バスターミナルに着くと、どうしたことかそこには何と、

こなたと柊姉妹が待っていた。

 心配そうなこなたとつかさちゃんの間に、決然とした面持ちの柊さんが立っていた。

大き目のボストンバッグを足元に置いている。

 それを見た古泉は自分の荷物をちょっと頼む、と俺に渡すと、柊さんの所まで歩いていった。

俺もハルヒ達も何も言わずこの場で待っている。

176 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 04:22:27.40 ID:XlvhQrS20


 古泉  「わざわざ、見送りに来てくれたのですか」

 かがみ 「古泉くん。私もついていく」

 古泉  「おやおや、来て頂けるのは嬉しいですが、さして観光すべき所も…

      学校だってじきに始まりますし」

 かがみ 「学校のことはいいんです。違うの、だって、もう会えないんでしょう?」

 古泉  「…またこちらに買い出しに訪れる時にでも、ご連絡差し上げますよ」

 かがみ 「嘘は言わないで」

 古泉  「…」 

177 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 04:29:09.85 ID:XlvhQrS20


 古泉  「涼宮さんの心が落ち着いて、閉鎖空間が完全に発生しなくなるのがいいつか、

      それは誰にも分かりません。それまで、あなたの人生を棒に振ってほしくないのですよ」

 こなた 「ちょっとアンタ!こんな時まで、…かがみはね!!」

 かがみ 「こなた、いい。…続けて」

 古泉  「どうか、学校のことはいいなどと言わないで下さい。

      あなたは優秀な方だ。きっと自分の可能性をいっぱいに拡げて、

      人を守れる人になる。その頃にまた、会いましょう」

 かがみ 「…わかりました。こなた、つかさ行こう。古泉くん、ありがとう」

 古泉  「こちらこそ。ではまた」

 かがみ 「‥また」

178 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 04:32:22.58 ID:XlvhQrS20


 歩き出した柊さんの横で浮かない顔をしていたこなたと目が合った。

こなたは一瞬少し悲し気な微笑を浮かべて去っていった。

 古泉がこちらの方へ戻ってくる。

 古泉  「お待たせしました」

179 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 04:52:26.43 ID:XlvhQrS20


 暗いバスの車内で、一ヵ所だけカーテンを閉めてない窓から差す、

高速道路のオレンジ色の照明に横顔を照らされながら、古泉はいつになく沈んだ表情をしていた。

 キョン 「話は聞こえなかったが‥よかったのか」

 古泉  「あなたは」

 前の座席の背を見詰めながら突然言った。

 古泉  「戦友とも言うべき人を自分の目の前で失ったことがありますか。

      それもこの世でさえ無い場所で」

 キョン 「…」

 古泉  「この情報を盗み出せば、その持ち主がどうなるか知りながら、

      相手を裏切って潜入した組織から脱出したことは」

 キョン 「…」

 古泉  「すみません。暗い話をしましたね」

180 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 04:59:33.12 ID:XlvhQrS20


 キョン 「‥お前が何を言ったか分からないが、気持ちは柊さんに伝わってると思うぞ」

 古泉  「…我々の世界の神が、あるいは…いや。やめましょう」

 そう言って古泉は背もたれに身を預けて、窓の外を見やっていた。

 俺は通路側に身をよじって、離れた後ろの座席の方を見た。

話し声がしないからハルヒと朝比奈さんはもう寝たらしい。

長門は―手元照明が点いてるから多分本を読んでいる。

そう言えばアキバのアニメショップでも数冊の本を買い込んでいたっけ。

 俺も座席に寄り掛かりながら、あまり練れそうにないな、と思った。

いつの間にか意識がなくなっていたが。

181 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 05:04:06.09 ID:XlvhQrS20


 同じ頃、駅のホームで、黙って電車を待っている三人の少女の後ろ姿があった。

 やがて、おもむろに一人が口を開いた。

 「二人とも、タクシー代、ごめんね」

 両隣の二人が首を横に振る。

 「こなた、今日あんたん家、泊まっていい?」

 「うん、いいよ。つかさはどうする?」

 「私はいいよ。こなちゃん、ありがとう」

182 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 05:12:21.22 ID:XlvhQrS20


 早朝、帰りの夜行バスから降りた時には、元の世界に戻っていたことを、

長門からの目配せと僅かな頷きで、俺と朝比奈さんと古泉は知った。

ハルヒ自身が、コスプレ衣装の買い出しという非日常から、

日常に帰らなければならないと強く意識したためらしい。


こうして事態は収束の途を辿っただが、必ずしも全てが収まったわけではないことを、

恐らく団員全員が認識していた。

183 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 05:20:36.31 ID:XlvhQrS20


 古泉は部室でも窓の外の空を眺めていることが多くなった。一応、副団長として団活には合わせながらも、

気がつくと遠い空へ目がいくようだった。そんな古泉に、ハルヒは適当に用事を言いつけ、

或いは言いつけずに朝比奈さんや俺に任せたり、ミーティングの時にも、

古泉に適当に話題を振ったり、或いは振らずにいたり、要するに、

努めていつものようにしていることがバレないようにしていた。

 そして、団員の中でも一番辛そうなのは朝比奈さんだった。古泉の隣の席にいて、

自分の苦しさを悟られまいとしているようだった。

 ―だから、長門はいてくれるだけで有難かった。

184 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 05:28:59.10 ID:XlvhQrS20

ラストシーンです。

 ある日の放課後、部室棟への渡り廊下を歩いていると、

今出てきた校舎の屋上に人影が見えた。何となしに見るとどうやら古泉のようだった。

 屋上の扉を開けると、棒のように突っ立って東の方の空を眺めてる古泉がいた。

 キョン 「珍しいな。お前一人でこんな所にいるなんて」

 古泉  「おや。涼宮さんが呼んでますか」

 キョン 「ハルヒが呼んでるか知らんが…気づいてるぞ」

 古泉  「…」

 キョン 「あいつにしちゃ変に気を遣ってると思うが。

      お前から部室に来るまで、多分呼ばないだろうな」 

185 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 05:36:29.25 ID:XlvhQrS20


 古泉  「分かるんですね。涼宮さんが何を思ってるのか…」

 キョン 「…」

 古泉  「…」

 キョン 「なあ、古泉」

 古泉  「はい」

 キョン 「俺が言うのも何だが、柊さんに会いにいったらどうだ?何か方法あるだろ」

 すると古泉は吹き出して、久し振りにあの嫌味に爽やかな笑顔を向けた。

 古泉  「確かにあなたに言われたくないですねえ。いや、失礼。おっしゃる通り、

      柊さんに会いにゆけたら、と考えもしました。しかしどうやって。

      涼宮さんに頼んで、また異世界に連れていってもらいますか?」

 キョン 「…だからそれとなくだな」

186 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 05:42:20.50 ID:XlvhQrS20


 古泉  「僕はご免ですね。少なくとも自分からこの世を危険にさらすようなマネは。

      前にも言ったように、僕はこの世界が結構好きなんです。

      万が一にでも、涼宮さんがこの世界に帰って来れなくなっては困るのですよ。‥でも」

 古泉の瞳が一瞬キラリと輝いたように見えたが、またすぐに東の空を見つめ始めた。

187 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 05:49:32.08 ID:XlvhQrS20


 古泉  「それを改めて気づかせてくれたのが柊さんでもあります。

      それだけでなく彼女は僕の役目に一つ理由を与えてくれました。

      たとえ異世界に住む人であっても…。僕が神人を狩るのは、

      守るべき一人の人の為でもあると」

 そう言うと、まるで遥か富士山を眺めてるかのような晴れやかな顔をしていた。

 キョン 「お前がそれでいいんなら、それでいいんだろうよ」

 俺も東の方を見た。傾きかけた日に染まる、何十q先の、

排気ガスやら黄砂やらに覆われたビル群の影しか見えなかったが。

188 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 05:55:48.65 ID:XlvhQrS20


 すると突然、階下から怒鳴り声が聞こえてきた。見ると、

渡り廊下の窓からハルヒが顔を出している。

 ハルヒ 「キョン!!それに古泉くん!あたしが掃除当番片付けてやっと部室行こうと思ったら、

      何野郎同士屋上でにこにこたそがれてんのよ!

      あたしが部室行くまでに来てなかったら二人とも罰ゲームよ!!

      いい?わかったわね!!」

 言い終えるなり窓をピシャンと閉めて、すたすた歩き始めやがった。

お前の方が近いのに言うセリフか?

189 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 06:02:35.31 ID:XlvhQrS20


 キョン 「ハルヒが呼んでるぞ」

 古泉は苦笑しながら、

 古泉  「ええ。僕らも急ぎますか」

 小走りに出入り口まで向かい、屋上のドアを開けながらふと、古泉が後ろの俺を振り向いて、

 古泉  「そうそう、あなたもお気遣いありがとうございました。ただ、

     僕のことを気遣ってくれるのなら、涼宮さんともっといてくれると僕らも助かります」

 キョン 「お前はそんなに俺の墓碑銘を読みたいのか」

 古泉はウィンクすると、階段を折り始めた。
                         (完)

190 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 06:14:17.68 ID:XlvhQrS20


 (後日、文芸部部室にて)

 キョン 「ところでなあ古泉」

 古泉  「何でしょう?」

 キョン 「柊さんと閉鎖空間に入っちまった時、すぐに閉鎖空間の外に出ることは出来なかったのか?」

 古泉  「!!!…………」

 キョン 「お、おいそんなに肩を落とすな。朝比奈さん、古泉にお茶を!

      きっと神人を倒すまで外に出られないんだよな?そうだろう、長門?」

 長門  「確固とした結論は出せない。だが、『涼宮ハルヒの分裂』P165、及びP206から類推すると…」

 キョン 「おい、長門!お前、何持って帰って来てんだ!?」

191 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/10(土) 06:34:04.75 ID:XlvhQrS20

以上です。また空気を壊してしまったというか、途中まで読み続けて
下さった方を白けさせるようなこと書いて申し訳ないです。
でも、支援してくださった人、本当にありがとうございました、
特に>>88の方が保守してくださった時は本当に救われました。
書き方も教えてくれてありがとう。
>>91,>>97,>>122,>>148,>>149,>>150,>>169,>>173
一人で書いている凄く勇気が出ました。
そして、読んで下さりありがとうございました。



ツイート

メニュー
トップ 作品一覧 作者一覧 掲示板 検索 リンク SS:コナン「今日は>>5を使って>>10でもするか」