1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 17:56:51.77 ID:wDYMhP9r0
試合までの時間が迫っているというのに、俺は505号室の玄関に突っ立っていた。
「……なぁ朝倉よ」
「なあに?」
「お前の右手に持っているものはなんだ?」
「何って……、包丁だけど?」
「何のためにそれを持っているのか、今すぐ教えて欲しい」
「あら、もしあなたの想像するような回答が得られたらどうするの?」
そんなの決まってるだろ、7階に駆け込むだけだ。
「ふふ、そんなに怖がらないでよ。わたしが料理をしているところにあなたが訪ねてきたってだけなんだから」
客人を迎えるために包丁を置くという機転が利かなかったなどという楽天的な考えに望みは持つまい。
朝倉の心から愉しむ様な笑顔に、ある一つのことを気付いてしまった。
ああ、この宇宙人は根っからのサディストなんだなと……。
3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 17:57:38.97 ID:wDYMhP9r0
※このスッドレは『涼宮ハルヒの分裂』に登場した僕っ娘『佐々木さん』がファイターズを応援するスレでした。
※原作『涼宮ハルヒの驚愕』までのネタバレがあるかもしれません。アニメだけしか観ていない人はご注意ください。
※話の流れは実際の試合展開に順じます。
→ CS「日テレG+」などで視聴可能です。
【主な登場人物】
・キョン:読売ジャイアンツファン
・朝倉涼子:埼玉西武ライオンズファン
・佐々木さん:北海道日本ハムファイターズファン
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 18:02:02.19 ID:wDYMhP9r0
「なんだ、先発は涌井じゃなかったのか」
「そうすると岸−涌井って、右ピッチャーが連続しちゃうのよ」
「そんな理由で石井にしたのか」
「わたしもこだわらない方がいいと思うんだけどね。去年も右左って分散させてたから、監督の好みなのかもしれないわ」
「まあ、こっちとしては嬉しいけどな」
「わたしとしては、外野にGGとブラウンがいることを問題視してるわよ……」
朝倉が顔をしかめるほどだから、ほっぽどなのかもしれないな……
6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 18:07:06.90 ID:wDYMhP9r0
一回表 巨0−0猫 チェンジ P:藤井
片岡 三邪飛
栗山 みのさん
中島 みのさん
「見事なまでに右バッターを揃えたもんだな」
「ふふ、オカワリ君って左ピッチャーを特異にしてるから、今日は楽しみだわ♪」
「まあ、中村まで回らなかったけどな」
「うふふ、あなた『口は災いの元』って言葉を知ってるかしら?」
朝倉、物騒なことを言うな……。
8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 18:12:23.15 ID:wDYMhP9r0
一回裏 巨0−0猫 チェンジ P:石井一
坂本 右飛
長野 右飛
小笠原 からさん
「心配してたわりにはGGも普通に守備してるじゃないか」
「レギュラーシーズンでも守備機会があるから、GGはまだいいのよ。問題は……」
問題は?
「レフトよ……」
うちのレフトよりひどい守備が見られるかもしれん。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 18:20:15.99 ID:wDYMhP9r0
二回表 巨0−0猫 チェンジ P:藤井
中村 みのさん
ブラウン 中飛
GG からさん
「今日の藤井はずいぶん調子がよさそうだな」
「そうみたいね、去年の対戦していたからあまり苦手意識はなかったんだけど……」
俺としてはこのまま抑えて欲しいもんだよ。
10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 18:23:59.13 ID:wDYMhP9r0
二回裏 巨1−0猫 二死 P:石井一
ラミレス 遊ゴ
阿部 中ホームラン!
谷 中飛
「石井もなかなか良さそうじゃないか?」
「そうね、カーブが高めに浮くのが気になるけど――そんな……」
「おお、すげえな慎之助」
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 18:30:26.40 ID:wDYMhP9r0
二回裏 巨1−0猫 二死一二塁 P:石井一
矢野 よんたま
エドガー 左安
「ちょっと、またピンチじゃない……」
「得点圏に進んだとはいえ、こっちも藤井だからなぁ」
「早く抑えて欲しいのもね」
気のせいだだろうか、朝倉がそわそわと落ち着きがないように見える。
サドっ気のある宇宙人も、自分が責められるのは苦手なのかもしれん。
14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 18:33:01.06 ID:wDYMhP9r0
二回裏 巨1−0猫 チェンジ P:石井一
藤井 みのさん
「よかった……」
大仰にも朝倉が溜息をついている。
ふだんやられっぱなしのこいつに復讐するチャンスかもな。
「何かしら……?」
うむ、何事も調子に乗ると痛い目を見るよな。ここは自重すべきだ。
15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 18:37:19.56 ID:wDYMhP9r0
三回表 巨1−0猫 二死一二塁 P:藤井
平尾 中安
細川 右飛
石井 犠打失敗
片岡 死球
おいおい、藤井何やってんだよ。
「あら、あなたのチームって面白いことするのね」
朝倉のテンションが上がっちまうだろ……。
16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 18:39:32.82 ID:wDYMhP9r0
三回表 巨1−0猫 チェンジ P:藤井
栗山 一ゴ
「あーあ、残念」
この試合初めてのチャンスだったからな、朝倉が残念に思うのも無理はあるまい。
「乱闘にならないなんて」
おい。
19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 18:45:04.99 ID:wDYMhP9r0
三回裏 巨2−0猫 P:石井一
坂本 右ホームラン!
「えっ……?」
「おお、よく入ったな」
「あなた、何かしてるんじゃないでしょうね?」
んなわけねえだろ。一般人の俺を、お前と同列に扱わないでくれよ。
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 18:48:17.71 ID:wDYMhP9r0
三回裏 巨2−0猫 無死一三塁 P:石井一
長野 左安
小笠原 右安
「もう! なんなのよ!」
「石井も失投って訳じゃないのによく打ったな」
「ここで四番なんて、最悪だわ」
朝倉が不安そうに画面を凝視している。
頼むぞラミレス! ここで打って、俺の恨みを晴らしてくれ!
21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 18:54:13.17 ID:wDYMhP9r0
三回裏 巨3−0猫 無死一二塁 P:石井一
ラミレス 左タイムリー!
「よっしゃ! ナイスだ!」
「……」
朝倉も見事なまでに凹んでいるようだ。
「捕球した後にボールをこぼすなんて、やっぱり左翼手ブラウンはないわね」
そっちかよ!
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 19:03:56.29 ID:wDYMhP9r0
三回裏 巨5−0猫 二死二塁 P:石井一
阿部 からさん
谷 からさん
矢野 中二(悪送球)
「ここで連続三振かよ……」
「うふ、石井も調子を戻してきたかしら」
「このまま終わるっちまうと流れが――って、矢野ナイスだ!」
「もう! 序盤で五点差なんて、試合が決まっちゃうじゃないの!」
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 19:05:45.95 ID:wDYMhP9r0
三回裏 巨7−0猫 二死 P:石井一 → 野上
エドガー 右2ランホームラン!
「初球ホームランかよ、すげえな」
「……」
静かになった朝倉が少し心配だ。
26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 19:10:16.18 ID:wDYMhP9r0
三回裏 巨7−0猫 チェンジ P:野上
藤井 左安
坂本 中飛
「藤井までヒットなんて、ちょっと空気読めないんじゃないの?」
朝倉、大差のついた試合ででピッチャーが打つのはマナー違反だと思うが、
今のおまえが言うと悪態をついてるようにしか見えんぞ。
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 19:17:18.34 ID:wDYMhP9r0
四回表 巨7−0猫 チェンジ P:藤井
中島 中飛
中村 中飛
ブラウン 右二(フェンス直撃)
GG からさん
「ああん、もう! おしいわね!」
あぶねえ、入ったかと思ったぜ……。
「GGも凡退なんて……」
野球には流れってものがあるみたいだが、これはちょっとひどいな。
朝倉に少し同情してしまいたくなる……かもしれん。
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 19:22:20.52 ID:wDYMhP9r0
四回裏 巨7−0猫 二死一塁 P:野上
長野 一邪飛
小笠原 右飛
ラミレス 中安
「この回はすんなりいくと思ったのに……」
まあ、流れの悪い時はそんなもんだろ。
こいつの逆鱗に触れるかもしれんから、口には出さないけどな。
33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 19:32:03.73 ID:wDYMhP9r0
四回裏 巨7−0猫 チェンジ P:野上
阿部 死球
李 中飛(栗山好捕!)
「スンヨプ惜しかったな。入ったかと思ったぜ」
「そうね、栗山はよく捕ってくれたわ」
「流れを変えるプレーになるかもな」
「だといいけど……、わたしもちょっと疲れちゃったわ」
朝倉、あえてツッコミを入れるが、それは応援で疲れたってことだよな?
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 19:40:10.50 ID:wDYMhP9r0
五回表 巨7−0猫 チェンジ P:藤井
平尾 からさん
細川 からさん
野上 → 阿部 からさん
「三者連続三振だなんて……」
「藤井も絶好調だな」
「六回以降崩れだすから、それに期待するわ」
まあ、いくら藤井でもこの点差なら大丈夫だろ。
39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 19:50:33.59 ID:wDYMhP9r0
五回裏 巨9−0猫 チェンジ P:田中
矢野 中安
エドガー からさん
藤井 犠打
坂本 左2ランホームラン!
長野 右安
小笠原 左飛
「なんだか、毎回得点圏に進められてる気分だわ……」
「そんなことねえだろ? 初回は石井だってちゃんと――お、坂本まで打ったか」
「もう! 本当になんなのよ!」
しかし、応援しているチームとは言え、容赦ねえな。
いいぞ、もっとやれ!
40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 19:55:35.14 ID:wDYMhP9r0
六回表 巨9−0猫 チェンジ P:藤井
片岡 中飛
栗山 二ゴ
中島 右飛
「この回も三凡か。藤井はすげえな」
「いいのよ。残り三回あるんだし、三点ずつ取れば……」
朝倉、その点数じゃ勝てないぞ。
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 20:04:15.09 ID:wDYMhP9r0
六回裏 巨9−0猫 チェンジ P:田中 → 岡本
ラミレス よんたま(代走:工藤)
阿部 二併殺
李 投ゴ
「なんかあっさり終わっちまったな」
「これだけ点差がついてるんだもの、いいじゃない」
「まあそうなんだけどさ」
もう少し、朝倉の凹む姿を見たかったぜ。
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 20:11:34.60 ID:wDYMhP9r0
七回表 巨9−0猫 二死一二塁 P:藤井
中村 遊ゴ
ブラウン 二ゴ
GG 中安
平尾 右安
細川 → 高山
「あら、これってチャンスよね」
「そうだな」
「ふふ、せめて反撃くらいして欲しいわ。やっぱりやられっぱなしってのは気分が悪いもの!」
43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 20:13:58.10 ID:wDYMhP9r0
七回表 巨9−1猫 二死一二塁 P:藤井
高山 右タイムリー!
「やったわ! 高山よく打ったわね!」
「うまく外野まで運ばれちまったな」
「この回あと二点よ!」
だからその点数じゃ勝てねえっての。
45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 20:19:33.95 ID:wDYMhP9r0
七回表 巨9−1猫 チェンジ P:藤井
岡本 → 佐藤 からさん
「ああ、もう……」
「藤井にしては後半までよく粘ったもんだ」
「今日の藤井の出来じゃ、涌井を温存して正解だったかもしれないわね……」
朝倉も諦めモードに入ったらしい、まあ終盤でこの点差じゃ仕方ないか。
46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 20:24:17.65 ID:wDYMhP9r0
七回裏 巨9−1猫 一死一塁 P:谷中
矢野 よんたま
エドガー 左飛
「ブラウンの守備は本当に怖いわね……」
「ブラウンの動きで、ホームランかと思ったくらいだぞ」
「そうね、あなたに同意するのも癪だけど、わたしもそう思ったわ……」
47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 20:32:41.87 ID:wDYMhP9r0
七回裏 巨9−1猫 チェンジ P:谷中
藤井 → 由伸 一ゴ
坂本 よんたま
長野 遊ゴ
「フォアボールも出したけど、よく抑えたわね」
「あと2イニングか」
「勝てとは言わないけど、もうちょっと意地を見せてもらいたいところね」
この後も試合があるわけだしな。朝倉の気持ちもわからんでもない。
48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 20:37:56.47 ID:wDYMhP9r0
八回表 巨9−1猫 一死二塁 P:越智
片岡 一ゴ
栗山 左ニ(フェンス直撃)
※阿部 → 越智(投)
由伸 → 鶴岡(捕)
「栗山に打たれちまったか」
「それにしてもフェンスに激突した工藤は痛そうだったわね」
朝倉のツッコミどころがわからん……。
51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 20:44:08.90 ID:wDYMhP9r0
八回表 巨9−1猫 チェンジ P:越智
中島 二ゴ(進塁打)
中村 からさん
「今日のクリーンナップは不発みたいだな」
「昨日だって打ってたのは中島とブラウンくらいだもの。ちょっと心配になっちゃうわね」
打撃は水物っていうし、心配しすぎだろ。
こっちは昨日あれだけ抑えられてたんだからな。
55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 20:50:22.48 ID:wDYMhP9r0
八回裏 巨9−1猫 チェンジ P:星野
小笠原 左飛
工藤 からさん
古城 遊ゴ
「ここはあっさり抑えてくれたわね」
「やっと最終回か」
「そうね、なんていうか『やっと』って感じだわ……」
60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 20:58:24.25 ID:wDYMhP9r0
九回表 巨9−1猫 試合終了 P:山口
ブラウン 投ゴ
GG 三内安
平尾 右飛
吉見 三ゴ
「勝ったか」
「負けちゃったわね……」
「まあ、これでイーブンなんだ。首位決戦にしてはいい結果だろ」
「あ、そうそう」
「どうした?」
「原監督が500勝目らしいわね。おめでとう」
朝倉にこんなことを言われるなんて思わなかったってわけでもないのだが、少しばかり放心してしまった。
朝倉、その笑顔は反則なんだ。あんまり俺を混乱させないでくれよな……。
61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 20:59:22.03 ID:wDYMhP9r0
「おい! 原が500勝のウイニングボールを客席に投げちまったぞ!」
「え!? ちょっと、どうしてよ!」
68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 21:18:11.34 ID:wDYMhP9r0
お疲れ様でした!
セパ首位決戦だったのですが、
両試合ともやや一方的な展開となったのが意外でした。
次回ですが、05/18の日本ハム対巨人戦にてスレ立てしようと思っております。
よろしければご覧になってくださいませ。
最後になりますが、ご支援ありがとうございました!
71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 21:37:32.27 ID:wDYMhP9r0
試合も終り、朝倉謹製のシチューにがっついていた時の事だ。
テーブルの対面に座る朝倉が何の脈絡もなしに水を向けてきた。
「ねえ、去年の十二月のこと憶えてる?」
忘れるはずないだろ。
去年の四月以降、俺の周りではわけのわからん異常事態の目白押しだったが、あれはベスト3に入る大事件だったんだ。
まあ、ベストかワーストか、判断に迷うところではあるがな……。
「じゃあさ、長門さんの手によって世界が改変された時、どうしてわたしがあの場所に居合わせたと思う?」
それは少し気になっていた。消失事件の渦中にいた頃はそんな余裕もなかったため、気にも留めていなかったのだが――
72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 21:43:12.46 ID:wDYMhP9r0
改変される前の世界に、朝倉は存在しなかった。
つまり、あの場所に居合わせたということは、世界が改変された直後、こいつが北高付近に出現したということになる。
では誰がそう仕向けたのだろうか? その被疑者は一人しか存在しない。そう、世界を改変した張本人だ……。
「ふふ、何か考えてるみたいね。わたしが当ててあげようか?」
そんな俺の表情を読み取ったのか、朝倉はこちらをじっと見据えながら語りだした。心の深淵を見透かすような瞳で、
「長門さんは、自ら計画した世界改変を阻止する人物が現れることを予期していた」
「そして、改変の邪魔をする者が現れたら排除するようにわたしを再構築し、その人物を――」
「長門がそんなことするはずねえだろ!」
「……なによ。あなたが想像しそうなことを言ってみただけじゃない。そんなに怒らないでよ」
「でも、安心して。あの場所にわたしが居たのは長門さんの意思によるものだったけど、わたしの行動は彼女が望んだことではないの」
「正直に告白しちゃうと、あの時のわたしも今のあなたみたいな想像をしてたんだけどね」と罰の悪そうな顔をする朝倉。
かくして宇宙人による二夜連続の長広舌が始まったのである。
73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 21:52:16.57 ID:wDYMhP9r0
「あのさ、ふと気がついたら変な場所に一人で居たとしたら、あなたはどうする?」
「えらく混乱するだろうな。それまでの記憶を辿ってみるかもしれん」
「どうしてそこまでやってきたのか、どうしてここに来ようとしたのか、全然心当たりがなかったら……、それってすごく怖いことなんでしょ?」
朝倉は人間の感情についての理解がまだ不足しているようだな。人間だったら明白であることに確認を取ってるくらいなんだ。
ただ、今は朝倉について考察を深める場面ではない。俺は『そうだな』という短い相槌で、その先を促すにとどめた。
「仮にあなたがそういう状況に陥ったとしたら、誰に助けを求めるかしら?」
「親か、それに近い存在じゃないか」
「そう! そうなの!」
俺の適当な相槌が的を射たのか、朝倉は飛び跳ねるような勢いで、
「長門さんはね、生まれ変わった直後の自分をわたしに託してくれたの。新しい世界の案内役として」
ドラマの主役を射止めた新人女優のように目を輝かせていた。
75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 22:01:39.86 ID:wDYMhP9r0
長門は朝倉に対してずいぶんと信頼を置いてるんだな。
生まれたての無防備な状態を任せるほどなんだ。俺には想像もつかないような冒険活劇で、朝倉との友情を深めていたのかね。
「あなたと長門さんの付き合いはまだ一年ほどだけど、わたしはそれ以上の期間、長門さんと接していたのよ」
だとしてもだ。あの世界で黒子役ができたのは、お前か喜緑さんくらいだろ?
SOS団の面子は鍵として設定されちまってて、最大の信頼を置いていたとしても頼れる状況じゃなかった。
そういったことを考えれば、あの時の長門が朝倉を頼ったとしても、お前を一番信頼していたとは言い切れないじゃねえか。
「あらそう。じゃあ、わたしと長門さんがどれだけ仲がいいのか特別に教えてあげるわ。ふふ、嫉妬しても知らないわよ?」
76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 22:12:05.72 ID:wDYMhP9r0
「わたしが長門さんのバックアップだってことはあなたも知ってるわよね?」
そうだな。一年前の教室でも聞いたし、つい一ヶ月ほど前にこのマンションの近くでも聞いた話だ。
お前やハルヒに比べて、いくら俺が物覚えの悪い高校生だとしても、それを忘れるほど馬鹿じゃねえよ。
「長門さんがメインで、わたしがバックアップ。どんな働きをするかは面倒だから説明しないけど、最も活動時間を共にする関係だと思ってくれればいいわ」
長門が改変しちまった世界で、お前は長門の世話焼き女房みたいな役回りをしていたが、この世界においてもそんな感じだったのか?
「そうね……、うん、あの時とほぼ同じね。あなたも知っているでしょうけど、あの世界で人格を改変されたのは唯一長門さんだけだったし」
「そうか」
あの時、三人で囲んだ晩餐を思い出す。
あの朝倉はお姉さんのように長門を世話していたようだし、眼鏡をかけた長門も朝倉に懐いていた気がする。
そんな関係を三年も続けていたのかと思うと、長門が朝倉を信頼するに足る基盤があったのではないかと思わずにはいられなかった。
77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 22:19:53.56 ID:wDYMhP9r0
「長門は三年……いや、四年前からあんな感じだったのか?」
「そうね、わたしたちのパーソナル――個性は基本的に不変だから、無口で内向的ところは変わってないわ」
「それに出不精だったわね。特にあなたと朝比奈さんを抱え込んでからというもの、長門さんは以前にも増して外出しなくなってしまったの」
四年前の七夕を思い出す。あの日タイムマシンを紛失した朝比奈さんは、俺とともに長門に保護を求めたのだ。
そして、その後三年間長門の客間にて眠り続けることとなった。時間を凍結させるという荒業をもって。
「あの状態――エマージェンシーモードを維持するためには仕方のないことだったんだけど、わたしは長門さんが心配だったわ」
「このままじゃ、涼宮さんと接触するまでに人間的な生活習慣を何一つ習得できないんじゃないかって……。そしたら任務にも大きな支障が出ることは目に見えてるでしょう?」
「だからね、わたしは考えたの。外界に触れることなく、人間的な習慣を学習する方法を」
得意気に髪をかきあげる朝倉。その仕草が気に障ったというわけでもないのだが、なんとなくその先を言ってしまいたくなった。
やれやれ、長門と朝倉の意外とも思えるほどに篤い友情が、俺の嫉妬心を鼓舞しちまったのかね……
「長門の読書癖はお前が発端だったのか」
勿体つけた答えを言われてしまったせいだろうか。朝倉はやや不機嫌そうな声で、
「そんな大層なものじゃないわよ、わたしはきっかけを与えただけだもの」
78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 22:24:55.94 ID:wDYMhP9r0
「最初はどんな本がいいのかなんてわからなかったから、失敗したりもしたわね」
なんとなく興味をそそられる。
人間社会にそつなく解け込んでいる朝倉が、どんな失敗をやらかしたのかということにも興味はあるのだが、
北高に入学する以前、こいつと長門がどのような生活を送っていたのか純粋に知りたかった。
「それでどんな失敗をしたんだ?」
「絵本よ。長門さんに子供向けの絵本を買ってきたの」
長門に絵本? なんだそりゃ。『豚に真珠』のアントニムにはぴったりの表現だな。
「だって人間の基本的な生活習慣を覚えるにはうってつけの教材でしょ? わたしたちには有機生命体としての素養もなかったんだから」
「それなのに長門さんたら怒っちゃったのね……。絵本を渡してから一週間くらい部屋に入れてもらえなかったわ」
絵本を渡され無表情で怒る長門と、部屋から閉め出され途方にくれる朝倉が、俺の脳内空間で再現されている。
三年寝太郎と成り果てた俺の傍らでは、宇宙人によるコミカルな日常が繰り広げられていたのかもしれない。
「それにご飯も作ってあげたりしてたわよ。あの人ってよく食べるくせに料理には無関心だったから」
それからしばらく、長門と朝倉による日常コメディーを聞く事となった。
長門の無知によるボケと、教育者朝倉のツッコミ。多少の誇張はあるのだろうが、長門や朝倉の意外な一面を垣間見たような気がして楽しかった。
79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 22:29:55.69 ID:wDYMhP9r0
朝倉の話を聞いて、自分の認識が少し変わったことに気付いた。
なんというか、朝倉は生命に関する常識が――文字通りの意味で――致命的なまでに欠如してはいるが、
その行動規範については一定の理解を見出すことが出来る……気がする。
だとすれば、二度目の殺人未遂は何が原因だったのか、少しばかり気になってくるところだ。
一度目の凶行は、(なぜかはわからないが)俺が長門を苦しめたから。
では二度目は? 文芸部室での一件はもはや弁解の余地がない程にギルティであるが、二日後に起こるそれを予め知っていたというのだろうか。
情報統合思念体の居ない世界でどうやって知り得たのか? それとも、その件を朝倉は知らず、別の要因があったとでも言うのだろうか?
「じゃあ、どうして俺はナイフを突き立てられにゃならなかったんだ?」
「そんなの当然じゃない」
朝倉の回答は簡単明瞭であった。
「長門さんに向けて銃を構えているのよ? それだけであなたを刺すには充分な理由になると思うけど」
80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 22:34:31.48 ID:wDYMhP9r0
……なんだかなぁ。
思わず天を振り仰いでしまった。
罪科を追及するつもりが、実際やっていることと言えば朝倉の弁護ではないか。
事情を知らない人物があの場面を目撃していたら、俺が麻薬中毒の異常者か何かで、可憐な眼鏡少女に向けて凶弾をぶっ放そうとしているようにしか見えないだろう。
たまたま現場に居合わせた朝倉は、たまたま手に持っていたナイフで、そのキチガイを制圧したというだけであるらしい……。
最寄の警察署から感謝状が贈られるくらいの大活躍だよ、まったく……。
「あの世界であなたがどんなことをしたのか、情報統合思念体が正常化してから知ったのよね」
「あなたを刺す前に知っていたら、もっと痛い目にあわせてあげられたのに。ふふ、残念」
なぁ、長門。今更こんなことを言うのも何なんだが、あの改変プログラム、もうちょっと穏便な形にしてくれても良かったんじゃないか?
そうすれば俺も痛い思いをせずに済んだかと思うと、もう一声かけておくべきだったと今さらながら後悔してしまう。
そうだな、例えば腕時計型短針銃とかさ。
81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 22:41:30.44 ID:wDYMhP9r0
――ピンポーン
はて、こんな時間に誰だろうか? 夜遅くに宅配便や郵便配達員が来るとは思えない。
であるとすれば、親しい友人か、ご近所さんと言うことになる。
「…………」
さて突然だがここで問題だ。
朝倉の一番の友人は誰であろうか? ――長門有希である。
では、その長門は朝倉の近所に住んでいるか? ――同じマンションの二階上に住んでいる。
俺と朝倉は、先ほどまでどんな話をしていたか? ――長門の可愛らしい失敗談で大いに笑っていたな。
その話は長門本人にどのような感情を呼び起こすだろうか? ――もしかしたら怒るかもしれないな、場合によっては烈火の如く……
82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/13(木) 22:50:21.94 ID:wDYMhP9r0
――ピンポーン
「朝倉……」
「な、なによ……」
朝倉の強張った返答が、いやがおうにも緊張感を高めてしまう。
「お前は空間制御が得意とか言ってたな。だとしたら、この部屋の情報を封鎖してたのか?」
「あなたを連れ込んでおいて、そんなことできるはずないじゃない! 長門さんや喜緑さんに気付かれたら更迭モノの行為よ!」
「じゃあ、もし……もしもだぞ、長門がこの部屋で起きたことについて知ろうと思ったら――」
「……筒抜けね」
――ピンポーン
「まさか長門が、おまえの部屋を覗き見するようなマネはしないだろ?」
「仲間想いの長門さんが、かつての殺人未遂犯と二人っきりにすると思う?」
――ピンポーン
俺と朝倉は、メドゥーサに魅入られたように身動き一つできなかった。
その時の俺にできたことといえば、ドアが開くまで侵入者への言い訳を考えるだけだった。――もちろん何も思い浮かばなかったがね。
<セパ交流戦 巨人対西武・おわり>