1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/20(土) 19:11:40.55 ID:Kxhggd1S0
――まだ春というには早いこの時期、朝はまだ冷える。
俺はこの朝も、当たり前のように部屋で妹の急降下爆撃によって覚醒し、いつものように支度をし、メシを食い、いつものように登校した。
そうしていつものように、1年5組の教室へ入ったわけだ。
先に来ていたハルヒが俺の顔を見るなり、待っていたかのように「あ……」と言って立ち上った。
いつもの気の強い、俺の顔を見るなり「!」が語尾につく調子で何かを言ってくる風情は……ない。
ハルヒ「…キョン」
明らかにいつもと様子が違う。
4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/20(土) 19:13:00.37 ID:Kxhggd1S0
キョン「何だよ、ど、どうした何かあったのかよ?」
ハルヒ「…キョン。実はあたし、引っ越さなきゃ…ならなくなったんだ」
キョン「えっ!?」
ハルヒはそれだけ言うと、力が抜けたようにガタンと椅子に腰を落とした。
俺は自分の席まで歩いてカバンを置くと、立ったままでハルヒに声をかける。
キョン「引越しっておまえ突然…どこへだ?」
ハルヒ「…○○。って言っても母親の実家があるとこだから、かなり山の方らしいわ」
ハルヒは俯いたまま、普段ならあり得ないほど凹んだ態度でそうつぶやいた。
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:14:57.86 ID:Kxhggd1S0
キョン「○○か……」
ハルヒ「ゆうべ11時過ぎてたかしら。母親がね、あたしに話があるって…。いきなり聞かされたのよ、両親の離婚って事実をね」
キョン「…離婚!?…」
ハルヒ「そう、もうずいぶん前から話し合ってたんだって。落ち着いて、ゆっくり丁寧に話してくれたわよ」
キョン「そうなんだ」
俺はそこで椅子に座り、半身をハルヒに向ける。
ハルヒ「お母さん、仕事から帰ってくるの遅いのよ、最近特に。心配していつも起きてるんだけど、いつもは簡単に会話して寝ちゃうんだけど。昨日は話があるからって言われてさ……まさかあんな話になるなんて」
10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:17:25.41 ID:Kxhggd1S0
ハルヒは顔を上げたが、目は逸らしたままで元気がない。
キョン「でも…何でそんなことになっちまったんだ?」
ハルヒは俺の方を見ないまま、頬杖をついて一気に話し出した。
ハルヒ「わかんないわよ、あたしにも…。大人の事情ってことで、もう決まったことだって。あたしんち、いっつも両親が留守で――あんたも知ってるでしょ?」
キョン「まあそれくらいは……詳しくは知らん」
ハルヒ「昔っから父親は海外出張ばっかで年に数回しか顔を合わせないし。母親はここ数年忙しくなって、あたしが起きる頃には出勤してて、あたしが寝る頃に戻ってくるって生活」
ハルヒはそこまで話すと、頬杖をついたまま窓の方へ視線を向ける。
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:19:18.20 ID:Kxhggd1S0
ハルヒ「……すれ違い夫婦だったってことね」
これまで、こいつの家庭環境など深く聞いたことは無かった。
両親が共稼ぎで留守がちということくらいしか知らない。
確かハルヒは料理はうまいのに、弁当を持って来たことはほとんど記憶にないな。いつも購買か食堂だし……。
――ハルヒは家で、ほとんど一人だったってことか……。
キョン「そう……だったんだ」
俺は当たり障りのない相づちを打つのが精いっぱいだった。
ハルヒ「今の家は父親の名義で、離婚にあたっては争いもないんだって。……ていうか、お母さんが……『いらない』って言ったそうよ」
ハルヒは相変わらず遠くを見たような目のまま、ボソリとそう言った。
13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:21:34.24 ID:Kxhggd1S0
ハルヒ「正直、両親が不仲なのは知ってたわよ。でも、そんなところまで進んでたっていうのは――ううん、気付いてたんだけど、気付かないふりしてただけだったのかも」
キョン「おまえ……」
ハルヒ「ど、同情ならいいのよっ。お母さん『ハルヒと一から出直すから、前向きに考えましょ!』ってガッツポーズなんかしてさ。あたしのためにずいぶん色々我慢してたんだな、って思ったわ」
キョン「何も知らなかったよ、すまん……」
ハルヒ「あんたが謝ることじゃないわよ。あたしももう、子どものためとか言って仮面夫婦を続けるの、見たくないし」
16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:24:37.66 ID:Kxhggd1S0
ハルヒは無理にさばさばした表情を作っているのか、こちらを向いて笑みさえ浮かべ、まくし立てる。
ハルヒ「でね、お母さんは、どうせ今でも▲▲市内まで電車通勤してるから、○○にある実家からでも大して変わらないって。とりあえず家から出ることは決まったし、次の家をゆっくり探す時間もお金ももったいないしね。善は急げでもう、決めちゃったのよ」
俺はもう、何も言えなかった。
――ハルヒが……引越? 転校?
――俺たちは、SOS団はどうなるんだ?
キョン「…いつなんだその…引越は」
ハルヒ「金曜の朝」
キョン「えっ? って今日月曜じゃないか」
21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:28:19.74 ID:Kxhggd1S0
ハルヒ「しょうがないのよもう。学校には親がもう連絡してあるし、編入先の手続き関係やら大変らしいわ。こっちもこれから荷造りとかで大変よ…」
ハルヒは机に突っ伏してしまった。
そしてボソリと何か言った。
ハルヒ「…………」
ほとんど聞き取れなかった。
――その後、ずっと何も喋らなかったハルヒに俺はかける言葉もなく、放課後になった。
ハルヒが「職員室に寄る」と言って姿を消したあと、部室へ向かう。
ドアを開けると、すでに3人とも揃っていた。
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:30:19.78 ID:Kxhggd1S0
古泉が長門、朝比奈さん、そして入口を閉めた俺と順に視線を走らせて、口を開いた。
古泉「――皆さん、もう?」
全員が頷いた。
キョン「ああ、知ってる」
古泉「しかし突然で驚きました。あまりに急な事態で」
みくる「本当です、びっくりしましたぁ……」
キョン「俺もな、今朝突然だったから」
古泉「僕たちは長門さん経由で詳細を聞きましたよ」
長門「情報…、情報収集も得意」
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:32:40.03 ID:Kxhggd1S0
古泉「今回の件は、涼宮さんにとっても急展開でした」
古泉が部室のドアを気にしながら、少し早い口調で話す。
古泉「『嫌だ、ダメだ』と思う暇もないまま、もう仕方のないことなのだと……自分を納得させてしまったようです」
キョン「でもあいつ、ずいぶんヘコんでたようだったがな……」
古泉「それはそうでしょう。転校イコールあなた…我々との別れということなんですから」
キョン「あの、朝比奈さん。今回のことは、未来では」
みくる「禁則ですけど……今のところは著しいイレギュラーではない、とだけしか。ごっ、ごめんなさい」
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:35:05.56 ID:Kxhggd1S0
長門「わたしの方は情報として、このことが昨晩の時点で母親から既決事項として涼宮ハルヒに伝達されたという事実関係、及びその際の若干の付帯情報しか、得ていない」
古泉「我々としても、ふだん涼宮さんご本人のことばかり注意していましたが、家庭環境のことやご両親のことまで……思いが至りませんでしたね」
キョン「ああ……、そうだったな。でもあいつに振り回されることへの対応で手一杯ってことはあったし」
古泉「とにかく、現実に涼宮さんが引越、転校してしまうことを察知できませんでした。迂闊でした」
古泉は苦渋の表情を一瞬浮かべて、両手で顔を拭うような仕草をする。
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:38:37.44 ID:Kxhggd1S0
キョン「でも! ……さ。ここと○○なら、両方の間取って片道1時間ちょいだし…普通に会え…るけどな、はは」
俺は現実味のありそうで無さそうな、どうでもいいようなことを言ってしまう。
こういうことを……おためごかし、って言うんだっけ。
古泉「確かに、二度と会えないわけではありませんし、あなたの言うように週末顔を合わせるくらい、物理的には何ということのない距離と言えなくはないでしょう、けれど」
キョン「いや解ってるさ。今まで通りのような…付き合いというか、感覚は無くなってしまうんだろう…な」
古泉「そう、なってしまうかも知れませんね。何しろ僕たち高校生にとって、学校という存在はとても大きなものです。家庭、家族よりも重要だという人もいるくらい」
26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:42:07.18 ID:Kxhggd1S0
古泉は初めて笑顔を作って、続けた。
古泉「小さい頃は人間関係も社会認識も親兄弟が全てでした。それらが広がっていくにつれ、人は成長していくとも言えるでしょう」
長門「……」
古泉「僕たちはまだ、大人の「社会」には出ていません。つまり社会的な関係性においても、学校が最も重要な場所であり、人間関係も当然ここを中心に形成されていくのが常です」
キョン「言ってることは解るよ」
古泉「二つの集合が交わる部分…同じ学校における人間関係や、経験した日常や出来事の共有部分が…小さくなるのは避けられませんね」
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:44:44.35 ID:Kxhggd1S0
みくる「でもそれって…寂しいですよね」
もう涙声じゃないですか朝比奈さん…。じっと俯いて思い詰めたような表情で。
みくる「あの、何とかならないんでしょうか、もう…」
古泉「こればかりは僕らにはどうすることも。…そのことは朝比奈さん、あなたもご存知でしょう?」
古泉は残念そうに、しかし諭すように小柄な先輩に優しく声をかけた。
みくる「はい、はいっ。でも…ぐしゅっ」
皆、一様に自然と俯き加減になる。
みくる「あ、あのう」
朝比奈さんがおずおず、という様子で声を発した。
29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:48:16.84 ID:Kxhggd1S0
古泉「なんでしょう」
みくる「涼宮さんが、こんなのは嫌だ、ここに居たいと強く願ってくれれば……いいんじゃないですか?」
キョン「そうだ古泉、ハルヒが今回のことを嫌だと思えば」
古泉「それはそうなのですが、何しろ今回は急転直下過ぎました。涼宮さんは昨晩、いきなりご母堂から『もう結論の出た話』を聞かされ、彼女なりに納得をしてしまった」
長門「……そう」
古泉「涼宮さんはそこで自分が感情を露わにし、ダダをこねることで、ご母堂を困らせてはいけないと……自制したのでしょうね」
あいつ、妙に物わかりがいいというか諦めの早いところがあるからな…。
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:51:04.20 ID:Kxhggd1S0
古泉「とにかく、涼宮さんは受け入れるしかないという選択を、自分でされたんです。彼女のご母堂が…涼宮さんを支えることで日常どんなご苦労をされてきたか、他ならぬ彼女自身が最も近くで見ていたわけでもありますし」
キョン「お母さんの気持ちも慮って…か」
みくる「涼宮さん、可哀想です……」
長門「……そろそろ」
古泉「おっと、そうですね」
長門の声に古泉が少し驚いて時計をチラと見た。
ほぼ同時に部室のドアが、ガチャリと音を立ててゆっくりと開いた。
ハルヒ「みんな…いるわね」
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:54:21.07 ID:Kxhggd1S0
ハルヒは無理矢理に作った笑顔でそう言ったが、いつものアイツじゃないことはドアの開け方で誰でも気付いたことだろう。
ハルヒがゆっくり「団長席」へ腰を下ろすと、同時に朝比奈さんが立ち上がった。
みくる「あの、お茶…淹れますね」
みんなその間、ひたすらに無言だった。
朝比奈さんが丁寧に淹れてくれた日本茶が、そっと皆の前に配られる。
ハルヒは手元の湯飲みをじっと見てから顔を上げ、話し始めた。
ハルヒ「あのね、みんなに重要な報告があるの」
朝、俺に話した事実関係に、ほんの少しだけ詳しいディテールを加えた、簡潔かつ明快な説明だった。
33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 19:58:12.87 ID:Kxhggd1S0
両親は共稼ぎで、ずっとすれ違いが続いていたこと。
そのことによる小さい頃からの自分の寂しさ。
それでも両親には感謝しているということ。
両親はハルヒの知らぬ間に離婚協議に入っていたこと。
それが双方の合意により、ほぼ決まったということ。
結果、母親とハルヒは今の家を出るということ。
そして母親の実家に引き上げること。
つまり引越と転校がもう、「既決事項」だということ…。
もちろん、実はハルヒ以外のみんな、もう充分その事情を理解している。
が、ハルヒは、噛みしめるように説明することで、他ならぬ自分自身にこの事態を「避けられぬこと」だと、言い聞かせているようだった。
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:02:18.05 ID:Kxhggd1S0
――
月曜の部室で報告を受けた翌日から、ハルヒは学校を休んだ。
谷口や国木田、阪中はハルヒの具合でも悪いのかと聞いてきたが、俺は風邪だと聞いていたことにした。
誰にも言うなと言われていたから。
実際、引越が決まった日から、荷造りやら母親のサポートで忙しいと聞いていたので、こちらからも連絡は遠慮しておいた。
ハルヒの方からは、その間何度かメールはあった。
ただ、そのどれもが「部室に持ち込んだ私物は寄贈するから」とか、「パソコンはコンピ研に返しといて」とか、こちらが「わかった」とか「了解」とだけ返せばいいような、短いものばかりだった。
37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:05:44.91 ID:Kxhggd1S0
俺は一度、返信がわりに電話をかけようとした瞬間があったが、忙しく、疲れているだろうと思い結局そのままでいた。
何しろ今生の別れというわけではない。ましてや、電話など引っ越した後でもいくらだって出来るわけで……。
そんな状態のまま、あっという間に金曜日の朝が来てしまった。
俺がいつもより早めに教室に着くと、ハルヒはまだ来ていないようだった。
おかしいな、今日は来るはずなんだが。
ハルヒは自分が転校するということを、俺たち限られた人間にだけ話して、あとは「金曜の朝まで誰にも言わないように」と厳命していた。
ホームルームの時間になった。
ガラリと教室のドアが開き、岡部がハルヒを伴って入って来た。
ハルヒはいつも通りの制服姿だった。
39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:08:47.49 ID:Kxhggd1S0
何となくざわつく教室。
朝の挨拶のあと、岡部はハルヒを隣へ来るように呼び、転校の事実を皆に告げた。
ああ、そりゃもうクラスは騒然となったさ。
あちこちから沸き上がる「ええ〜〜っ!?」という声が重なり、一気に教室内が喧噪に包まれる。
谷口「ちょっ、おい、キョンお前知ってたのかよ!?」
国木田「どうして黙っていたんだい? …涼宮さんらしいと言えば…らしいけどさ」
キョン「いやまあ、言うなって言われてたもんで、すまん」
岡部「こらこらー、涼宮からお別れの挨拶がある! 静かに聞け−、注目!」岡部がパンパンと手を叩いた。
その間ハルヒはにっこりと「作った笑顔」で、黙ったまま教室を見回していた。
40 名前:ガンバル[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:12:06.01 ID:Kxhggd1S0
岡部は「急な話なんだが、今日、このまま向かうそうだ。じゃあ、涼宮」と言ってハルヒを促す。
ハルヒは水を打ったように静まった教室のクラスメイトたちを睥睨すると、口を開いた。
「みんな、またねっ!」
ひと言だけだった。
すぐに笑顔で手を振り、岡部にペコリと頭を下げると、ホンの一瞬だけ俺を見た。
気のせいかとも思える刹那だけ、コンマ何秒か…視線を俺に向けると、すぐに満面の笑みに戻り、こちらを振り向かずに教室を後にした。
教室のみんなもボーゼン…見送るだけだったよ。
余りにあっけない別れの挨拶に、岡部も言葉を失ったようだった。
ドアが閉められた後、何とも言えない表情のままゆっくり、こちらを向く。
俺と目が合った。
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:15:01.01 ID:Kxhggd1S0
はい、俺も今日あいつがその足で引っ越し先へ向かうんだってことは、すでに聞いていましたよ。
あと、「誰も見送らないで」ってことも。
ホームルームは終了した…というより、岡部がその後時間を持て余したように何も言わず、挙げ句去って行っただけなのだが。
クラス内にざわざわと、いつもの喧噪が蘇る。
谷口が何か言いたそうに立ち上がりかけたので、俺はトイレに行く風情を装い、廊下に出た。
校門が見える廊下まで小走りに移動する。
しばらくすると、遠目にすたすたと早足で校門に向かうハルヒが見えた。
途中、いったん足を止め、こちらを見上げた。
俺がここから見ているのを察知したのか?
その時1時限目の開始を知らせるチャイムが鳴った。
ハルヒはまた早足で歩き出し、校門に乗り付けられていた迎えらしいタクシーに乗り込むと、車はすぐに走り去った。
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:18:00.77 ID:Kxhggd1S0
あっけない「別れ」だった。
――
ハルヒが北高から去ったこの日の放課後、俺が習慣のように部室へ寄ると、先に待っていたのはやはり長門だった。
いつもと変わらず本を読みながら座っていたが、俺を認めると顔を上げ、いつもの口調でこう言った。
長門「涼宮ハルヒの両親の離婚による転居・転校はもう既決事項。ついては彼女の観測を今後どのように行うべきか、情報統合思念体は検討を行っている」
キョン「……そうか」
長門「わたしがここに居るための理由、最も優先度が高くかつ重要な根拠を失った。このままこの場所に留まる可能性は低いと思われる」
43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:20:55.45 ID:Kxhggd1S0
キョン「じゃあ、どうなるんだ?」
長門「今は検討結果と指示待ち」
長門はそう言うと膝の上に開いていた本を静かに閉じた。
長門と会話している間に入って来た朝比奈さんは、明らかに困り顔だった。
もちろんメイド服への着替えもせぬまま椅子に腰を落とすと、「わたしも、上の方からの指示待ちで……」と作り笑いを浮かべる。
直後に古泉も到着し、珍しく笑顔抜きで慌てたように言う。
古泉「皆さんお揃いですね。……状況報告をしても?」
キョン「ああ、頼む」
古泉「ここ一週間、機関内は侃々諤々の論争が続いています」
44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:23:36.45 ID:Kxhggd1S0
キョン「論争って?」
古泉「彼女は再重要人物ですからね。もちろん監視体制は万全ですが、今後僕も含め、そのシフトをどうしたら最善なのか、という議論です」
キョン「そんなに大変な話か」
古泉「……僕が、このまま涼宮さんを近いところでサポートしたいと申し出たからです」
古泉は俺に向けていた目線を斜め下に逸らしながら、そう呟いた。
こいつにしては珍しい、ものの言い方だ。
キョン「あいつが転校する先はもう解ってるんだろ?」
古泉「ええ、それならとうに。○○市内の公立高校の、分校です」
キョン「そこに機関から『協力者』を送り込みゃいいだけじゃないか」
古泉「ですから、それに僕が志願したんですよ」
古泉は苦笑しながらそう言った。
45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:27:29.09 ID:Kxhggd1S0
みくる「古泉くん……」
長門「……」
キョン「おま……」
古泉「僕の機関では、上の方で『いくら何でも転校先にのこのこくっついて行くのは不自然だ』という意見と、『涼宮ハルヒの願望によって選択されたということの重要性』を説く意見がぶつかっておりまして」
キョン「それで論争になってるってわけか」
古泉は「はい」と言って肩をすくめた。
古泉「言っておきますが、僕の個人的な感情ではなく、あくまでも任務の遂行を第一と考えてのことですよ。中途半端なところで任を解かれるようなことはされたくない、責任と言いますか」
古泉は笑顔を崩さずに早口で言うと、「ふっ」と一息ついてからパイプ椅子の背にギシリと体重をかけた。
古泉「それに。……僕たちは、涼宮さん自身に選ばれた結果、ここに集まって共に活動してきたんです。そうでしょう?」
46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:30:51.16 ID:Kxhggd1S0
キョン「そうだな、その通りだ古泉」
古泉と俺のやり取りを聞いて、長門はなぜか俺の顔をじっと凝視しながら言った。
長門「そしてあなた自身も、自分の意志で『この世界』を選択したはず」
――う……その通り、です。
でも長門…何か怖いぞ。
みくる「色々ありましたけど……みんなでこうしていたことって、楽しかったんですよね。涼宮さんはもちろん、私たちも」
朝比奈さんがうつむきながら、しみじみ言う。
一番ムチャされていた人のセリフがこれか……何と心の広く美しいお方だ。
俺は……俺はどうなるんだろう。
このまま、ハルヒと離ればなれになる。
47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:33:38.33 ID:Kxhggd1S0
最初のうちは電話やメールでやりとりがあって、たぶん、これまでのように休日にはどっちかへ集合したり、間を取って会ったりするのだろう。
それでも、そのうち、月曜の部室で古泉が言ったように、俺とハルヒ二つの集合の、重なっている部分より、重ならない部分が大きくなっていく。
相対的に集合の重なりは小さくなり……やがて「かつて共有した思い出」になってしまうんだろうか。
――俺はそれで、いいんだろうか?
古泉「今後の対応に関しては、長門さんも朝比奈さんも、僕も『上』の決定次第です。一応、先ほどお話したように、僕は自分の希望は伝えてありますが」
古泉は俺を見透かすような目でじっと見つめて、そう言った。
古泉「あなたの、意志はどうなんですか」
古泉は笑っていなかった。
48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:36:58.68 ID:Kxhggd1S0
古泉の射るような視線が痛い。
目を逸らした先にあった長門の視線も。
キョン「俺は……わからない。まだ実感がないというのが本音なんだ」
長門「そう」
なぜか長門が相づちを打った。
みくる「し、仕方ないですよ。突然のことだったし、何も出来ませんでしたし、私たちも」
古泉「確かに。あなたの場合は僕たちと違って、『上の指示』というある意味『言い訳』はありませんからね」
古泉は笑顔に戻り「いえ皮肉とか嫌味ではありませんよ」と慌てて付け足した。
キョン「わかってるさ、すまん。何つうかその…どうしていいか解らん」
長門「そう」
いやっ、だから長門なぜおまえが。
49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:40:26.14 ID:Kxhggd1S0
――その後、何となく部室内の空気が重くなっちまった。
古泉は「少し出過ぎた物言いだったでしょうか」と気にする様子を見せたので、「そんなことはない」と何度か否定しておいた。
むしろアイツに色々と示唆的なことを言われて、普段いくら唐変木で鈍感と言われる俺でも、自問するところがあったと感謝しているくらいだ。
古泉「とにかく……今のところ、小規模な閉鎖空間が数回発生しただけで、それもすぐに消滅しました。我々が向かうまでもなく、です」
そのことが何を意味するか古泉が説明してくれなくても、皆もうじゅうぶん理解している。
会話が途切れて数分、長門が静かに立ち上がったのをきっかけに、俺たちは解散することにした。
帰り道、いつも朝比奈さんと並んで賑やかに会話しつつ、先導していたハルヒはもういない。
50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:43:52.79 ID:Kxhggd1S0
俺たちの足取りはどうにも重いように感じたのに、あっという間に分岐点に着いてしまった。
「じゃあ」「また」
そんな短いやりとりで俺たちは別れた。何となく目線が下に落ちがちな気がする。
自転車で自宅へ帰り、普通に家族と会話をしてメシを食い風呂へ入って、当たり前の時間を過ごして部屋に戻る。
――アイツは今ごろ、どうしてるかな。
ベッドに転がって天井を眺めていると、自然とハルヒのことが頭を過ぎる。
その時、机の上の携帯が震動した。
サブディスプレイの色からメール着信じゃなくて、電話だと解った。
すぐにベッドから転げ落ちるように携帯へ手を伸ばす。
52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:46:30.18 ID:Kxhggd1S0
キョン「……はい?」
ハルヒ「……あたしよ。今……大丈夫かしら」
キョン「ああ、もう寝るだけだ。てか、こっちの状態を気にするなんてお前らしくないな」
ハルヒ「う、うるさいわね。それよりあんた、あたしが居なくなって寂しくて泣いてたんじゃないの?」
キョン「そんなバカなことあるか。まあ何というかアレだな、心地良〜い開放感に浸るっていうのか? 放課後の部室でみんな集まってな、おしゃべりをして、それからつつがなく解散をして、平和に帰宅したぜ」
ハルヒ「……」
――しまった。またやっちまったか? 俺……。
54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:49:33.53 ID:Kxhggd1S0
ハルヒ「ふうん……そうなんだ」
キョン「いやっ、ていうか、おまえの話で持ちきりだったってことだよ」
ハルヒ「そっ、そうなの? そりゃ、そうよねっ」
キョン「そうだとも。何しろ急な話だったしな、お前もバタバタしてると思ってろくなお別れも出来なかったのを、みんな残念がっていたんだぞ」
ハルヒ「湿っぽいお別れは嫌だったからいいのよっ。ほら、その……みくるちゃんとか泣いちゃったりしそうじゃない?
キョン「そ、そうだな。うん。きっとそうだったと思う」
ハルヒ「だから、寂しいだろうけど落ち着いてから会えば、ねっ」
55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:52:38.63 ID:Kxhggd1S0
キョン「そうだな。で、今お母さんの実家なんだろ? どうなんだ」
ハルヒ「ん、こっちは真っ暗。○○市内って言ってもずいぶん山奥よ。寒いし……寂しいところだわ」
キョン「そっか。ええと、ご家族は」
ハルヒ「母親の母親、おばあちゃんが一人。古い家だけど広くて部屋はあたしたちが来ても余ってるくらいなのよ。逆にそれが寂しいくらいね」
キョン「そうなんだ。夜なんか、怖いな」
ハルヒ「やっ! やめてよねっ。トイレ端っこにあって……けっこう寂しくて…ううん…こわい、かも知れないんだから……」
キョン「へへえ、季節はずれの幽霊が待ってるかも知れんなこりゃ!」
ハルヒ「やめなさい! 聞こえないわ! 切るわよ!」
56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:55:31.31 ID:Kxhggd1S0
キョン「いいよ、切っても別に俺は」
ハルヒ「あんた……憶えてなさいよっ」
キョン「ふふ、そうだ、引越の作業は済んだのか」
ハルヒ「荷物を積んだトラックは明日の朝到着の予定。だから今日はお風呂入って寝るだけってところよ」
キョン「それで退屈して電話してきたわけかい」
ハルヒ「そうよっ、今頃あんたが寂しがって泣いてるんじゃないかって心配してね、親心ってやつよ!……へ、へっくちっ!」
キョン「親心って違うだろ。それより何だ風邪か」
ハルヒ「ちが……へくち! 風呂上がりなんだけど、この家無駄に広くて寒いのよ、ずるっ」
キョン「ふうん。じゃあ早いとこ布団入ってあったまれよ。じゃあ、切る……」
ハルヒ「まっ、待ちなさい! 誰が切っていいって言ったのよ。ずるっ」
57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 20:59:00.94 ID:Kxhggd1S0
キョン「いいからハナかめよまず」
ハルヒ「うっさいわね! ぢーん!! ぶはっ!」
キョン「汚ねえ音聞かせんなよなあ」
ハルヒ「何笑ってんどよバガキョン!」
キョン「ははは、鼻声じゃねえか。……風邪ひくなよ」
ハルヒ「……ん……。じゃあ、き、切るわよっ。あんたも夜更かししてんじゃないわよ!」
キョン「へいへい」
ハルヒ「あり…がと……」
キョン「えっ?」
ハルヒ「何でもない! おやすみっ ブツッ」
キョン「……切りやがった。何という一方的な」
58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:03:08.05 ID:Kxhggd1S0
俺はしばし携帯のディスプレイを見つめたあと、折りたたんで充電器に差し込み、ベッドに座り直す。
今の電話の会話を反芻するが、何てことのないもんだった、うん。
でも。
――あいつ、「寂しい」って単語何回使ったかな。
俺は……あいつが居なくなって。
「寂しい」、か。
――
翌日、土曜日は当然ながら我が団恒例の「不思議探索」は行われなかった。
招集をかける団長様が居ないんだからな。
今日はきっと朝から引越の荷物を積んだトラックが来て、荷下ろしや荷ほどきで大変な状況だろう。
俺はだらだらと、休日の惰眠を貪った。
59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:06:04.49 ID:Kxhggd1S0
日頃、平日の朝は妹に叩き起こされ、休日も「予定」のために早起きが多かったな。
何にも予定のない日も、突然ハルヒに電話で呼び出されたり……よくぞ俺たちはその都度断りもせず、付き合ってきたものだ。
こんなにゆっくり布団でぬくぬくしてられるなんて……久しぶりだな。
寝だめは出来ないというが、昼近くになって腹が減って起きるまで、何と半日近くベッドに居たのには自分でも驚いた。
妹はとうにどこかへ遊びに出かけたらしく留守で、俺は母親が用意してくれた朝昼兼用のトーストとカフェオレ、目玉焼きに昨日の残りのポテトサラダを食った。
そのままリビングのソファに移動し、寝転がって昼のくだらぬテレビを眺めていると、再び睡魔が襲ってくるのが情けない。
あれだけ寝たってのに……。
60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:09:03.82 ID:Kxhggd1S0
けど、こんな休日もいいもんだ……重い瞼を無理に開きつつそんなことを思っていると、尻ポケに入れてあった携帯が震えた。
古泉「どうも、今、よろしいですか?」
キョン「ああ、暇で寝ちまうとこだった」
古泉「涼宮さんからその後、連絡はありましたか?」
キョン「えっと……、ゆうべ寝る前に電話があったぞ」
古泉「そうですか。やはりあなたのところだけ、なんですね」
キョン「そうなのか?」
古泉「ええ。どんなご様子だったか、教えていただいても?」
61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:11:00.09 ID:Kxhggd1S0
キョン「ああ。何つうか、用がある感じじゃなかったな。んーと…俺たちが寂しがってないか、とか」
古泉「ほう。それだけでしたか?」
キョン「ああ、雑談だったな」
古泉の用件はそれくらいで、あとは軽く世間話をして電話はすぐに終わった。
機関とやらから聞けと言われたんだろう。
あいつも大変だな、いろいろと。
俺は携帯をテーブルの上に置いて、テレビのリモコンを特に目的もなくあちこち押しているうちに、本当にまた寝てしまった。
――その夜、またハルヒから電話があった。
62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:14:52.89 ID:Kxhggd1S0
ハルヒ「まったく、今日は大変だったわよ」
キョン「お疲れ。ちょっとは落ち着いたのか」
ハルヒ「まあね。何しろ無駄に広い家で、とりあえず荷物下ろすだけ下ろしてもらって。片付けはゆっくりやってるわ」
キョン「ふうん。おまえんちって、旧家なのか」
ハルヒ「古いことは古いわね」
キョン「その意味の旧家じゃねえよ」
ハルヒ「わかってるって、ジョークよジョークっ! バカキョン」
キョン「そっちの家の周りって、どんな様子なんだ?」
ハルヒ「んー、今は真っ暗ね。畑ばっかで灯りはぽつんぽつん、薄暗い街灯がところどころにあるだけ。寂しいとこ」
63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:18:02.55 ID:Kxhggd1S0
キョン「退屈だろうな。何か考えないとな」
ハルヒ「でもここはね、畑もあるし鶏飼ってるし、おばあちゃん元気だから野菜でも作るの手伝おうかって思ってるのよ」
キョン「いいじゃないか、健康的でさ。そういうのちょっと憧れるぞ」
ハルヒ「ふふっ、手伝いに来させてやってもいいのよ!」
キョン「まあたまーになら、土と戯れるのも吝かじゃないな」
ハルヒ「そ、そうよねっ、いいじゃない? いつ来る?」
キョン「おいおいちょっと待てよ。おまえんとこまだ片付いてないだろ」
ハルヒ「うっ、うん。まあいいわ。落ち着いたらねっ、手伝わせてやるから!」
キョン「へいへい。じゃあな…」
ハルヒ「ちょまっ! あっ、あたしの部屋ね、20畳もあるのよっ」
64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:21:09.95 ID:Kxhggd1S0
キョン「へえ! そりゃすげえな! どうすんだそんな広くて」
ハルヒ「へへーん、驚いたでしょ! ベッドとか机とか、一通り運んだんだけど。でも真ん中に空間がありすぎて、まだ寂しいくらいよっ」
キョン「ふうん。羨ましいな。畳の部屋っていいよな」
ハルヒ「あんたも和の心が解るんじゃない。広くて畳の匂いがプン、として。嗅がせてやるから来なさいよ」
キョン「ああ、落ち着いたらな」
ハルヒ「フローリングとか、新建材とかじゃなくて、本物の木とか畳、土とかもいいもんよ! いつ来るのよ?」
キョン「あ、ていうか……みんなと相談してなあ」
ハルヒ「…ふうん。…じゃ、じゃあ。そんな感じだから。切る、わよ……」
キョン「ああ、じゃあな、おやすみ」
ハルヒのやつ、新しい家けっこうお気に入りのようじゃないか。
65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:24:02.37 ID:Kxhggd1S0
まあでも、暖かくなったらみんなでアイツのところへ野菜作りを手伝いに行く、なんてのはオツなもんかもな。
――
翌日、日曜日。
ゆうべはハルヒの電話のあと、ずっと前に長門から借りていた長編SF小説をついつい読み始めてしまい、気が付いたら3時半だった。
夢中になって読んだはいいが、読み切れなかったばかりか、後半ほとんど眠気で内容を憶えていないのが情けない。
まあでも、そんな「無駄」も休日の過ごし方としてはいいのかも知らん。
この日は午後すぐに妹が遊びから戻ってきて、夕飯までゲームに付き合わされた。
夕飯を終え、風呂から上がると、古泉から電話が入った。
また、ハルヒの様子を聞いてくるという内容だった
68 名前:支援感謝[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:27:50.94 ID:Kxhggd1S0
キョン「おまえが電話して聞けばいいじゃないか」
古泉「これまで僕たちから涼宮さんにかけたことは皆無とは言いませんが、ほとんどありませんよ。かかってきたことは何度かありますがね」
古泉が電話の向こうで、軽く溜息をつくのが解った。
古泉「涼宮さんは自分だけが離れてしまったことを、懸命に受け入れようとしているんですよ。あれから閉鎖空間も生まれていません」
キョン「まあ決まっちまって、どうしようもないことだからな」
古泉「……彼女なりに耐えているんですよ。僕たちが気を使って、いつもとは違う行動……つまり大丈夫か、心配だ、などとご機嫌伺いをするようなことは逆効果だと控えているんです」
キョン「そっか。おまえ本当に、いろいろ考えてるんだな」
古泉は何も言わなかった。
69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:31:00.96 ID:Kxhggd1S0
電話を切ったあと、俺はベッドに転がってまた、天井を見上げた。
今晩も、ハルヒから電話がかかってくるんだろうな。
――
それから毎日、夜になるとハルヒから電話があり、他愛のない会話をしては一方的に切られるというのが日常になった。
そして日中、学校のある時は放課後、古泉からその内容を聞かれるのも。
俺たちはSOS団が正式に「解散」されていないので、律儀に放課後部室に集合していた。
長門も朝比奈さんも古泉も、それぞれ「上」からの指示が決定しておらず、言わばモラトリアム状態である。
朝比奈さんはさすがにコスプレをしなくなったので少し寂しかったが、おいしいお茶で我慢するとしよう。
長門はいつものように窓際で静かに本を読んでいて、俺と古泉はハルヒの動静を話し合った後はゲームをやり、朝比奈さんは編み物をしている。
穏やかで何の事件も起こらぬ、平和な日々が続いていた。
70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:34:28.02 ID:Kxhggd1S0
ハルヒの方は、週明けから新しく編入した学校のことを毎日報告してきた。
やれ「分校」なんで農家の子ばかりだとか、基礎学習以外の実習や行事になると、マイクロバスで市街の「本校」へ行くのがかったるいとか、グチが多くなった。
そうしてハルヒが新しい学校に通い出して、一週間ほど経った。
俺たちの電話は夜11時、あいつから着信というのが暗黙のルールになっていた。
あ、それともう一つ。
電話を切るのもあいつから、ということも。
俺はその頃には大概眠くなっているのだが、何とか頑張って起きているようにした。
寝ぼけて頓珍漢な相づちを打って、怒鳴られることもたびたびだったが。
71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:37:29.58 ID:Kxhggd1S0
土曜の夜。
俺はこの日、朝から妹のところへミヨキチが遊びに来て、ゲームに付き合わされたり、母親に言われて二人に外で昼飯を食べさせたり映画を見せたりと、けっこう疲れていた。
夕飯を終えて風呂から上がると、もうそのまま寝てしまいたいほどで、実際着替えるとすぐベッドに転がった。
ハルヒからの電話に備え、携帯は開いた状態で枕元に置いておく。
すぐに猛烈な睡魔が襲ってきた。
――おそらく11時きっかりだろう、枕元の電話が震動した、ような気がした。
もう無意識で体が反応する。
キョン「へいへい……」
ハルヒ「……何その声。寝てたんじゃないでしょうね」
キョン「いやそんなことはないぞ……」
72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:40:10.74 ID:Kxhggd1S0
ハルヒ「団長様の定例近況報告なんだから、ちゃんと正座して待ってなきゃダメじゃない!」
キョン「それじゃバカの人みたいじゃねえか」
ハルヒ「あんたはバカで鈍感…トロいんだから、それくらいしてなさいってこと!」
キョン「トロいっておまえ、人を何だと思ってんだ」
ハルヒ「あんたもたいがいよねっ。……そういやこっちにも一人トロい子がいてね」
キョン「おまえのクラスの子か?」
ハルヒ「ううん。近所の子。まだちっちゃいんだけど、女のコ」
キョン「俺からそれを連想するかよ」
ハルヒ「いいじゃない、可愛い子なのよ。うちの畑によく野良猫が来るんだけど、その中の一匹がお気に入りらしくて、着いて歩いては迷子になってんの」
73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:43:36.43 ID:Kxhggd1S0
キョン「はははっ、可愛いな。いくつぐらいだ?」
ハルヒ「4,5歳ってとこね、小学校上がる前だから。このあたり、夕方になると寂しいし。だから暗くならないうちに帰らせないと心配じゃない? 世話がやけるのよね」
キョン「おまえが小さい子の世話ねえ。ふふっ」
ハルヒ「何よっ! あたしは元々世話好きで心優しい人格者なんだからねっ! 笑ってると殺すわよ!」
キョン「それが人格者の言うセリフかよ……」
ハルヒ「うっさい! …ああ、やっぱりあんたに大声出さないとすっきりしないわ」
キョン「やれやれ、そうですか団長様」
ハルヒ「あんたみたいな貴重な雑用係はそうはいないからねっ」
キョン「そうかい。……そういや、クラスに友達とか出来たのか?」
ハルヒ「……ん、えっと。……まだ、よ」
74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:46:43.65 ID:Kxhggd1S0
キョン「そ、そっか。まだ一週間だしな」
ハルヒ「ほら、言葉微妙に違うし…ね、田舎だと色々…あるから」
キョン「そうだな。まさかおまえ、ぼっちになったりしてないだろうな」
ハルヒ「なっ、そんなわけないじゃない!」
キョン「いやマジで心配して言ってるんだぜ?」
ハルヒ「……!……」
キョン「ハルヒ? どうした?」
キョン「そりゃ、あたしだってその、突然こんな…ことになって。さ、寂しいって…思うわよ…ぅ」
75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:48:40.73 ID:Kxhggd1S0
キョン「ハルヒ?」
ハルヒ「……っ」
キョン「おい、ハルヒ? どうした?」
ハルヒ「な、なんでも、ないっ…グス」
キョン「おまえ、泣いて」
ハルヒ「泣いてなんか、いないも……ん…う、うぐ、う、ううううう」
キョン「ハルヒ……」
ハルヒ「寂しく、なんか、ないもの…え、う、ひぐっ、ううう……」
76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:51:13.81 ID:Kxhggd1S0
キョン「寂しかったんだな、おまえ……」
ハルヒ「う、うあああん! キョン、バカキョォン!!!!」
キョン「すまん、ハルヒ…俺。何も気付いてやれなくて…ごめんな」
ハルヒ「ああああん! 寂しい、よキョン、あ、たし……えぐっ、ううっ、うっ」
キョン「すまんすまん、ごめんな、ハルヒ、ごめん」
ハルヒ「あああん! キョン、寂しい、よう! 会いたいよ、すぐここに来なさいよう! え、ええん、ひぐっ、うえええん!!」
77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:52:47.09 ID:Kxhggd1S0
キョン「泣くな、ハルヒ、泣くなよ……」
ハルヒ「ああああん、寂しいよお、こんな……とこ、嫌だよう……ぐすっ、うえっ、え、ううっ」
キョン「ハルヒ、俺も、おまえが居なくて寂しいぞ!」
ハルヒ「キョン? ぐすっ、ほ、本当…? う、うわああああん!」
キョン「本当だ。虚勢張って、何となく深く考えてなかっただけで……本当にすまん」
ハルヒのやつがこれほどまでに号泣するとは、いったいどれほど辛かったのだろうか?
そしてそれを一人で必死に耐えていたのかと思うと、正直自分の愚鈍さに腹が立った。
78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:55:55.46 ID:Kxhggd1S0
ハルヒ「キョン、寂しいよう。会いたいよ……う、うううっ、えぐっ」
キョン「俺も……お前が居なくて寂しい。みんなも同じだ」
ハルヒ「うん、SOS団の、みんな一緒に……えぐ、ひぐっ、うっ」
キョン「ハルヒ、みんな一緒に、俺たちまた」
ハルヒ「う、うあ、あたし…さ、さみし…みんなと……また……一緒に……わああん!」
キョン「ごめんな、もう泣くなよ。俺が悪かった」
ハルヒ「いいってば、もう…うぐっ、嬉しいよキョン…ぐすっ」
古泉が忠告してくれていたってのに、情けない男だよ全く。
79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 21:58:22.86 ID:Kxhggd1S0
でも……これであいつは、俺たちも寂しがっているということを理解してくれたはずだ。
自分の気持ちもはっきり「寂しい」と泣きながら俺に吐き出した。
もう、我慢する必要なんてないんじゃないか?
そりゃあ家庭の事情、夫婦の事情は大変だろう。
「大人の事情」ってやつが、俺たちガキにゃいかんともし難いものなのは知っているさ。
でも子どもにも、子どもの事情ってもんがある。
子どもにも子どもなりの「人生」ってもんがあるんじゃないのか。
幸福を願って何が悪い?
――俺は今晩「改変」が行われ、きっとSOS団がまた、集結することを確信した。
81 名前:支援御礼[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 22:03:10.19 ID:Kxhggd1S0
顔が見えないことが、かえってお互いを素直にさせたのかも知れない。
その後はお互い、ほとんど寝ているような、最後は相づちをお互いにうち続けるような、夢の中のような会話をしばらく続け、電話を切った憶えもないまま、気が付いたら朝だった。
俺は枕に頭の右側を下にして、横臥していた。
ゆうべ俺はいつの間にハルヒの電話を受け、いつの間に寝たのか、定かじゃない。
ぼんやりと視界に入ってきたのは、自分の部屋……ではなく、障子の格子だった。
――なんだこれ?
82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 22:05:35.98 ID:Kxhggd1S0
俺は頭を動かさず、目の前には寝る前と同じく開いたままになっていた携帯に手を伸ばす。
うわ、空気が冷てえなこの部屋。
やけに室温が低い。ひんやりとした空気に包まれたこの部屋……ってここどこ?
俺が目を醒ましたのは、いつもの自分の部屋ではなかった。
頭が混乱する。
まだ眠気も残っている。
横になった姿勢のまま、枕元の携帯を見ると、まだ7時。
混乱する頭ですぐに履歴から古泉を呼びだし、電話する。
ワンコールで古泉が応答した。
83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 22:08:40.57 ID:Kxhggd1S0
古泉「おはようございます。今、お目覚めですか?」
キョン「……はああ?」
俺は携帯を耳に宛てたまま、半身を起こして左側……目を醒ました側と反対を見た。
古泉が布団の上で同じように半身を起こし、携帯を耳に宛てていた。
キョン「こ、こいずみ……君? 何で? てかここどこ?」
古泉は寝起きには似つかわしくない爽やかな笑顔で携帯を閉じて、こう言った。
古泉「ここは、涼宮さんのご母堂の、ご実家ではないでしょうか……」
キョン「へ? いやだって来た憶えないし……いやしかも何でお前と同じ部屋で寝て」
85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 22:12:11.30 ID:Kxhggd1S0
俺はそこまで携帯で話しながら、とっくに古泉が通話を切っていることに気付いて、自分の携帯を閉じた。
古泉「僕は明け方、ニワトリに起こされましたよ」
古泉はそう言って愉快そうに笑う。
キョン「笑い事じゃないだろ……でもここって、確かにあいつから聞いてたお母さんの実家の様子と同じなんだが」
部屋は20畳ほどの広さ。
古い木造の日本家屋で、俺たちの布団が並べられている右手、障子の方からは朝の日射しが室内を照らしている。
正面には襖があり、恐らく今発注したら恐ろしく高いであろう、見事な欄間が見える。
古泉側の壁には床の間があって、何だか読めないが掛け軸と、しゃれた花瓶が置いてあった。
86 名前:しえん感謝[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 22:15:03.51 ID:Kxhggd1S0
キョン「どういう……ことだ?」
古泉「それよりゆうべ、何かありましたよね?」
古泉は寝癖のついた後頭部を撫でながら、尋ねる。
キョン「ん、あ、ああ。といってもいつもの電話だけどな。ただゆうべは、あいつやっぱり寂しいって言って大泣きしたんだ」
古泉「ほう」
キョン「で、またみんなでSOS団をやろうって……」
古泉「そういうことでしたか、ははっなるほど」
キョン「どういうことだよ、だから」
古泉「どうやら涼宮さんが元の北高に戻るものだと思っていたら、我々が呼び寄せられたんですねえ」
87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 22:18:12.56 ID:Kxhggd1S0
キョン「そんなアホな……」
「あのう……」その時、襖の向こうから聞き慣れた声がした。
キョン「!? あさひな……さん?」
みくる「そうです。ここ、開けても、いいですか?」
キョン「ええ、もちろん。どうぞ」
襖を開けて入って来たのは朝比奈さんと、何と長門も一緒だった。
長門「二人の話し声が聞こえたので起床したと判断した」
朝比奈さんはピンク色の冬用パジャマになぜか褞袍(どてら)を羽織っており、長門はリボンのついたワンピースのパジャマに、下はスパッツだった。
89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 22:20:37.38 ID:Kxhggd1S0
二人は布団を並べて同じように半身を起こしている俺たちに向かい合う形で座った。
みくる「それにしても……伝統的日本家屋って寒いんですね」
朝比奈さんは褞袍を着ているのに、ぎゅっと両腕で自分を抱くようにしている。
古泉「全員集合、ですね」
古泉は愉快そうだ。長門は……言うまでもなく無表情だな。
古泉「では、ゆうべのお話をもう少し詳しくと、あなたのご意見をお聞かせ願えますか?」
キョン「ん? ああ、解った。――ゆうべの電話でな、確かにハルヒはもう黙って自分だけが我慢しなくていいってことを、自覚したと思うんだ」
古泉「ふむ……」
91 名前:支援感謝 スパッツは神[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 22:23:22.99 ID:Kxhggd1S0
キョン「俺は、当然……ゆうべ寝てる間に、かってのような閉鎖空間が出来ると思っていたんだよ。そしてハルヒはそれを夢だと思い、目が醒めたら世界が改変されて」
そこまで言って、おかしいと自分でも思った。
……うう、いや待てよ。
古泉「いえ、あなたの言うことは間違ってはいません。昨晩、11時頃から1時間ほど、この地方に閉鎖空間が出現したと聞いています」
キョン「え? そうじゃなくて、その時間俺はハルヒと電話で」
――じゃああれは……夢?……
93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 22:26:07.10 ID:Kxhggd1S0
古泉「僕にも連絡がもちろん入りましたが、ここまで来るとなると相当時間がかかりますから、とりあえずこの地方の近隣の人間に向かわせて、すぐに森さんたちと連絡を取ったんです」
キョン「俺は……寝てたってのか?」
古泉「どうでしょう……。とにかく僕たちは集合する間に、閉鎖空間になぜか普通に進入できないという報告を受けました」
長門「昨晩生み出された閉鎖空間は特異なもので、涼宮ハルヒの欲求不満、現状への苛立ちから出来たものではない」
古泉「それで数人まとまって進入するよう指示をして、すぐに我々も向かおうとしたのですが、さらに閉鎖空間内で《神人》が暴れている気配がないという報告が入ったのです」
94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 22:29:31.51 ID:Kxhggd1S0
キョン「そりゃどういう意味だ? じゃあなんでその閉鎖空間が出来た、その発露は何なんだ」
古泉「恐らく、優しい気持ち、切ない気持ち、そして……強い願望、それらが入り交じったもの、ではなかったでしょうか」
そう言ってチラリと俺を、いわくあり気な目で見る。
キョン「うっ。……解るような、解らないような表現だな」
古泉「その後、我々はひとまず待機していたわけですが、結局1時間ほどで消滅したということでした」
キョン「電話もそんなもんだったかも……」
古泉「もう真夜中でしたしね、何も無ければいいかと、事後調査は現地に任せて我々は解散したのですよ」
98 名前:さる食らってた・・・[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 23:03:58.68 ID:Kxhggd1S0
長門「しかし、その午後11時から約1時間の間、あなたと涼宮ハルヒはこの次元空間から姿を消していた」
長門がまっすぐに俺を見てそう言った。
キョン「じゃああの電話はやっぱり……」
古泉「そうですね。《神人》が暴れた形跡も結局、ありませんでした」
長門「大規模な世界の改変は行われていない。我々SOS団員が空間移動をさせられ、身近な者の記憶に若干の改変が行われているだけ」
みくる「じゃ、じゃあ私たち、涼宮さんちにお泊まりさせられただけってことですか?」
長門「そう」
100 名前:支援・保守感謝(涙[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 23:07:42.61 ID:Kxhggd1S0
キョン「よくこんなことだけで済ませてくれたな」
古泉「まだはっきりしたことは解りませんが、涼宮さんは引っ越す前の状態……つまり北高で我々と高校生活を送っていた時に戻すような大規模な改変を、無意識で回避したのでしょう」
キョン「何で……」
――あっ、あいつ……。
キョン「お母さん、だな」
古泉「おそらく。気持ちが離れ、すれ違ったままの夫婦生活を、娘のためだけに続けていた。離婚話を母子で話したとき、そんな偽りの家庭はやめて出直そうと、お二人は確認し合ったんですね」
キョン「何で話の内容を知ってるんだ? と、盗聴?」
古泉「そんなことはしません。あなたが教えてくれたんじゃないですか」
古泉は少しだけ心外、という具合に顔を曇らせた。
101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 23:10:35.33 ID:Kxhggd1S0
……あ、そうだった……すまん古泉。
最初にあいつから教室で転校の話を聞かされた時のことは、あとで詳しくみんなに話したんだっけ。
古泉「とにかく、その話を胸に刻み込んだからこそ、涼宮さんは今回の転校を受け入れた。しかし寂しくてたまらない。でも」
キョン「元の世界、前の暮らしに戻るのは母親が可哀想だと思った、わけだな」
古泉「おそらく、想像ですけどね」
古泉は我が意を得たり、という口ぶりで即答した。
昨日の電話での、あいつの言葉を反芻する。
それだけじゃなく、これまでの電話……会話も。
102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 23:13:27.95 ID:Kxhggd1S0
何故か、あいつが学園祭で歌った歌の歌詞を思い出した。
<大好きな人が遠い 遠すぎて泣きたくなるの――>
くそっ、何だあいつ。
<明日目が醒めたら ほら 希望が生まれるかも Good-night>
いいじゃないか、今度は自分が犠牲にならなくたって。
おまえの思った通りに、誰も不幸にならない世界に改変すりゃあいいじゃないか?
キョン「あいつが願ったのは、こんなちっぽけなことか」
長門「……週末を、またこのメンバーで楽しく過ごしたいと希望した」
みくる「涼宮さん、あたし……いつだって会いに来るのに」
朝比奈さんは涙声だ。
104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 23:16:35.55 ID:Kxhggd1S0
古泉「今日は、日曜日、ですね」
キョン「……ああ。そうだな」
古泉の発したのどかな言葉とは裏腹に、俺たちは皆それぞれ、黙って……やりきれない気持ちでいた。
俺は……。
俺は何をすべきか。俺しか出来ないことを。
……あいつに……あいつが最も幸福な世界を、望んでもいいんだ、むしろそれがお母さんにとっても幸せなんだということを、伝えてやりたい。
そして……。
107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 23:19:51.96 ID:Kxhggd1S0
――その時、障子の向こうでパタパタと足音がした。
ハルヒ「キョンー、古泉君、もう朝だからそろそろ……」
ガラリと障子が開けられた。
ハルヒはすでに、今すぐ外出するかのような格好に着替えていた。
そして俺たちが四人向かい合ってるのを見ると、驚いた顔で言った。
ハルヒ「なっ、なによみんな! 起きてたんなら声かけてよねっ」
キョン「いやあ、悪い悪い。広くていい家だな、なんて話をな」
ハルヒ「何朝からお世辞言ってんのよ、さあ、みんな顔洗って! ご飯食べましょ!」
キョン「へいへい」
俺たちは顔を見合わせて微笑んだ。あ、長門は無表情だったがな。
109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 23:23:18.54 ID:Kxhggd1S0
ハルヒ「洗面所はこっちよ。あ、二人同時に出来るから、女子は先にトイレ使う?」
ハルヒはてきぱきと指示すると朝比奈さんと長門を連れ、廊下を先に歩いて行った。
障子が開けられた向こうは回廊のようになっていて、外とはさらにガラス戸で隔てられてはいるが、外気はぐっと冷えていることが解る。
古泉「じゃあ、僕らは洗顔に」
俺たちは寝ていた和室を出て右手に、ハルヒたちに遅れて進む。さらに右に回廊を曲がり、突き当たりがトイレだそうで、俺と古泉はその手前の洗面所へ向かった。
古泉「あれ……僕の旅行用歯ブラシですね」
キョン「あ、俺のもある?」
目の前には家族のものとは別に、コップがちゃんと4人分色違いのものが揃っていて、それぞれに歯ブラシケースが刺さっていた。
110 名前:>>108 キョン→ハルヒ、でしたねw[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 23:26:08.22 ID:Kxhggd1S0
キョン「こういうのも、たぶん」
古泉「きっと、僕らは昨日遅くにお泊まりに来て、用意をして寝た……ことになってるんですね」
そう言いながら俺たちは並んで歯を磨き、顔を洗った。タオルも自分のものがちゃんと畳んである。
古泉は「それならきっと……ワックスも持って来てあるはずですねえ」
古泉は寝癖をなでつけながら、呑気なことを言っていったん部屋に戻っていった。
俺はそのまま洗顔を終え、顔を拭いて鏡に向き直って……驚いた。
ハルヒが背後に立っていた。
キョン「うわぁっ!!」
111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 23:29:15.42 ID:Kxhggd1S0
心臓が口から飛び出るほど驚く、とはよく言ったものだ。
キョン「お、驚かすなよ!」
ハルヒ「なによ。失礼ね、人を幽霊みたいに言わないで…って自分で言って怖くなっちゃったじゃない。この家まだ慣れてないんだから」
キョン「それはいいけど……ええと、ゆうべのことだが」
ハルヒ「ゆうべ? ゆうべは真夜中に突然あんたたちがハイヤーで乗り付けてきて……びっくりしたわよ。とにかくみんなの荷物を片付けて、布団敷いて…」
キョン「あ、そうだった、な。わ、悪かったかな夜中に突然」
ハルヒ「そっ、そんなこと……ないっ、わよ。おばあちゃんも喜んでたし、今日はお母さんも休み……だったし」
113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 23:34:11.20 ID:Kxhggd1S0
キョン「おまえにな、みんな無性に会いたくなってさ。驚かそうと思って、その、古泉の知り合いに頼んで、スッ飛ばしてきたんだ」
ハルヒ「な、何よ。あんたにしちゃ……行動力あったじゃない…の」
キョン「ああ。ちょっと寝不足だけど、やる時はやるんだぜ俺も」
俺がそう言うと、ハルヒはなぜか突然真っ赤になって、早口でまくし立てた。
ハルヒ「あっ、あたしだって何か変な夢見て……寝不足なのに早起きしたんだから、さっさと支度しちゃいなさいよねっ」
キョン「それ……どんな夢だったか聞いてもいいかな?」
ハルヒ「なっ! 何であんたにそんなこと教えなきゃいけないのよっ!!」
ハルヒはそこにあったバスタオルをいきなり俺の顔に押しつけてきた。
く、苦しい。
115 名前:1 また、さる・・・[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 23:50:29.26 ID:MEJ9J11n0
俺がタオルを奪い取ると、あいつはハッとしたような顔をして、すぐにプイと横を向いた。
そして、こう言った。
ハルヒ「……あんたと、携帯で話してた夢っ!」
ハルヒは真っ赤に頬を染めたまま、怒ったような表情のままだ。
キョン「あの、内容を教えていただいてもよろ」
ハルヒ「教えるわけ、ないでしょうがぁあああっ!!!」
バスタオルを棒状に丸めたバットが、見事に俺の横っ面にヒットした。
キョン「はぐぁっ!」
俺はもんどり打って倒れそうになるのを、何とか持ちこたえた。
116 名前:1 ◆8JJfvTJa6A [sage] 投稿日:2010/03/20(土) 23:52:35.02 ID:MEJ9J11n0
ハルヒ「お味噌汁、あたしが作ったんだからねっ。早く来なさい…よ」
ハルヒは真っ赤な顔でそう言うと洗面所から出て行こうとする。
キョン「なあ! ハルヒ!」
ハルヒ「…な…何よ?」
キョン「今日はみんなで思う存分、遊ぼうぜ!」
振り向いたハルヒの顔が、パアッと明るくなった。
ハルヒ「も、もちろんよ! 容赦しないんだからねっ!」
〜END〜
117 名前:1 ◆8JJfvTJa6A [sage] 投稿日:2010/03/20(土) 23:54:40.75 ID:MEJ9J11n0
書き溜めがスレタイあたりで終わった後は
さるさんとの戦い……
疲れた……
支援保守ありがとう。
最近ハルキョン少ないな、とお嘆きの貴兄に――
変態からほのぼのまで極端に触れる男心がお送りしました。