1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 21:29:08.90 ID:3BApBctN0
さて、こうして話を始めるとなると、
まず初めに俺が高校に入ってからこれまでにどんな事件に出会ってきたかだとか、
それに対していかにみっともなく対応してきたかだとか、
高校に入る前に俺がどんな中学時代を過ごしてきたかだとか、
その手のことをあれこれ知りたがるかもしれない。
しかし、はっきり言って俺はそんな話をする気にならない。
俺はそういった話をこれまでに何度かしてきているから、
改めてそのことを話すのは冗長だし、俺にとっても退屈なだけだからな。
それに俺としては何も、頭からそっくり自伝を話して聞かせようとか、
そんなつもりはまったくない。
今から俺が話そうとしているのはただ、
数年前の秋頃に俺の身に起こったとんでもないドタバタについてだ。
2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 21:31:15.47 ID:3BApBctN0
だからって、常識外れだとか、不思議なことだとか、
そんなことを期待されても困る。
イカレタ事態ということなら、これまでに語ってきたことの方が、
よっぽど不思議だし、常識外れな事件だったね。
しかし、イカレタことが起こってはいないものの、
ドタバタということでは今回話すことも引けはとらないだろうな。
ところで、少し長くなるだろうから、
何か急ぎの用事が有るってヤツはここでご退場願いたい。
またどこかで会う機会もあるだろうよ。
あとは、俺の語り口が苦手だと感じたら、
その場で出て行ってもらっても一向に構わない。
さて、どこから話したものか。
俺も含め大抵の人が一般的な月曜日としか感じなかったであろう日のことから話し始めよう。
3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 21:33:11.85 ID:3BApBctN0
野分の季節も過ぎ去り、山風なんかはすっかり秋めいて、
細くたなびく筋雲や鱗雲なんかを追い立てていた。
しかしながら、日中は肌寒いと言うほどでもなく、
防寒着が無くとも過ごしやすい爽やかな秋晴れの日々が続いている。
季節同様、台風の最中にいるようなイベントも何事もないわけはないものの無事に終了し、
北高にはこの日差しのような穏やかな日々が戻ってきたわけだ。
去年の春に北高に襲来した人型局所的超大型台風であるところの、
涼宮ハルヒその人も、季節の移り変わりと共に熱帯低気圧くらいには勢力を弱めている。
もちろん、あいつが燃え尽き症候群に罹るなんてことはありえず、
熱が冷めるまでには少し時間が掛かったのだが、
先ほども言ったように今ではすっかり落ち着き、
つまりはいつも通りの騒がしさに戻っている。
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 21:35:32.46 ID:3BApBctN0
ここしばらくは授業中に来年への構想を練ったり、
休日にも早くも準備に取り掛かったりしていたものの、
一昨日には不思議探索パトロールが再開された。
そこには恐らく、朝比奈みくるさんの一言が効いているのであろう。
「わたし、来年は卒業しちゃってるんですよね……」
先々週に朝比奈さんがそう寂しそうに、不安そうに語ったのを、
ハルヒはいつもの調子で盛大に笑い飛ばしてはいたものの、
それがハルヒの中で何かしらの反応を起こしたからこそ、
来年のことではなく目先のことにあえて集中し始めたのだろう。
一年先輩である朝比奈さんが俺たちより早く卒業することは当然のことであり、
俺もそれを忘れていたわけではないが、あえて考えないようにしていたのは事実だ。
朝比奈さんのいない一年間を考えると寂しい気持ちにならないわけはなく、
しかし、出会いがあれば別れもあるということは俺も理解しており、
そこで駄々を捏ねたところでどうにもならないことも十分に承知している。
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 21:37:30.14 ID:3BApBctN0
未来人であるところの朝比奈さんとは、
近いうちに今生の別れとなるかもしれないわけで、
まだそんな話を聞いていない俺は、卒業くらいならと受け入れているわけだ。
あの人の性格を考えれば言い出せずにいるという可能性もなくはないが、
そうだとしても、俺は朝比奈さんから話してくれるのを待つさ。
それまでに俺の中で覚悟なり整理なりしておけばいい。
ハルヒも卒業に伴う別れは避けられないことは十分理解しているようで、
あの唐変木な願望実現能力を発揮した様子はなく、
朝比奈さんが留年しそうだという話は今のところ俺の耳には届いていない。
そんなことをしても問題の先送りにしかならないしな。
8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 21:39:12.64 ID:3BApBctN0
限定的超能力者兼涼宮ハルヒ精神分析の専門家である古泉一樹の話だと、
ハルヒも最近はかなり落ち着き、あの閉鎖空間とやらもここしばらく発生していないらしい。
曰く、入学前や入学当初あるいは今年の春からは考えられないほどの落ち着きぶり、らしい。
ハルヒも我が侭放題のままではいられないってことだ。
一年半もすれば、あいつも俺たちの手から離れるだろうし、
更には五年半もすれば、立派な社会人だ。
そのときまであのままだったら苦労するのはハルヒ自身であり、
そのことはあいつも十分に理解しているだろうからな。
猫っ被りくらいはできるだろうし、どうしても我慢できないようであれば、
おそらく古泉や『機関』が何とかするだろう。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 21:41:13.97 ID:3BApBctN0
それに閉鎖空間でストレス発散させるくらいなら、俺に愚痴でも吐けばいいんだ。
その代わり俺の愚痴も聞いてもらうがな。
そうやって、いつまでもSOS団として繋がっていられるなら、
愚痴の言い合いでもストレス発散でも受けてやるさ。
未来人の朝比奈さんや宇宙製アンドロイドの長門有希は、
そのうち未来や宇宙に帰るんだろう。
しかし、何かの拍子に帰ってくることになって、
そのときにSOS団がありませんでしたじゃ可哀想だろ?
俺にできるのはどうやってでもSOS団を維持するであろうハルヒの手伝いくらいだが。
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 21:43:19.23 ID:3BApBctN0
そこまで思考が及んだところで俺は制服の上着を脱いだ。
「今頃鬼は抱腹絶倒の大爆笑だろうな」
過ごしやすい季節になったといっても、この長い坂道を歩けば額に汗が滲み始める。
授業中ならこの小春日和はいい感じに眠りやすくて大歓迎なんだが、
今はただ暑いだけなので、少し陰って欲しいと思う。
今の季節、陰ったら少し肌寒いくらいだが、
強制ハイキング中ならちょうどいいくらいの気温になるだろう。
そうは思うものの明日は雨が降るらしく、
そうなるとやはり登下校中も寒く感じる季節でもある。
月曜日の重たい身体を引き摺りながら、ようやく校門前までたどり着き、一息吐く。
これから六時間も授業を受けることを考えると憂鬱になり、
適当な場所で適当に時間を潰したいと思うものの、
そうも言っていられないのが学生という身分だ。
俺は鳴り響く予鈴を聞き、少し気を引き締めると、
昇降口へと走り出したのである。
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 21:52:29.88 ID:3BApBctN0
「間に合った」
岡部教諭との一方的な勝負に勝利した俺は、
既に指定座席のようになっているハルヒの前の席に座って息を整えていた。
そこで俺は気づかなくてもいいのに違和感に気付いてしまった。
いつもなら本鈴ギリギリに駆け込めば、
後ろの席の団長様から訓告が与えられるのだが、それが一向にやってこない。
それはそれで、俺としてはありがたいことなのだが、
どうにも調子が狂ってしまうのは俺がハルヒに毒されている証拠だろうか。
さりげなく確認してみると、ハルヒは頬杖を吐いたまま、
窓際という高物件を最大限利用して、窓の外を眺めていた。
窓の外に未確認移動物体でもいるのかと目を遣ってみるがそう言うわけでもないらしい。
ならどういうことなのかと考えているうちに岡部教諭がやってきてホームルームが始まった。
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 21:54:34.81 ID:3BApBctN0
一限目の授業中、不機嫌オーラこそ放っていないものの、
代わりに憂鬱な溜息の量産機となったハルヒのダウナーな気配を俺は一身に受けることとなった。
溜息だとか憂鬱な気配だとかに重さがあったとしたら、俺は間違いなく圧死していたね。
一限が終わって、俺がトイレから帰ってきたときも、
まだ、ハルヒの視線は窓の外に固定されたままで、俺が近づいてもピクリとも動かなかった。
しかし、容姿だけは無駄に良いこいつが微動だにしない様子は、
さながら一つの芸術作品のようだな。
名付けるならば『神様の憂鬱』ってところか。
そんな冗談はさておき、現状を打破せねば、
ただでさえ憂鬱な月曜日なのに更に憂鬱な気分になってしまいそうだ。
ハルヒの背中は話しかけるなと物語っており、
俺としては触らぬ神に祟りなしと無視を決め込んで放課後まで過ごしたいが、
だからと言って話しかけないわけにもいかない。
放っておいても古泉あたりからその任が回ってくるのは目に見えてるからな。
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 21:56:44.39 ID:3BApBctN0
どうせやらなければならないのならば、早いに越したことは無い。
やれやれ、就職しても我が侭な上司の扱いだけには困ることはなさそうだ。
俺は溜息を一つ吐くと、なるべく自然に聞こえるように話しかける。
変におべっかを使うのもおかしいが、
だからといって、機嫌を直してもらわなければそのうち俺が困ることになる。
「どうした、ハルヒ? 何かあったのか?」
いつもの俺から考えれば少し不自然になったが、
ハルヒは気付いていないと思う。
26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 21:59:12.18 ID:3BApBctN0
「……ほっといて」
少しの間のあと、ハルヒは目の前の蚊を追い払うように手を振ってそれだけ言うと、再び沈黙。
取り付く島も無いとはまさにこのことだろう。
この調子だとこれ以上何を言っても無駄であり、
逆に妹に構い倒されたシャミセンのごとく機嫌を悪化させかねない。
ならば俺にできることは何も無い。ここからは古泉の仕事だ。
俺は妹のようにシャミセンを構い倒すよりは、
ヤツにご飯を与えて、眺めている方が性に合ってるんだ。
「そうかい」
俺には古泉のように『機関』みたいな後ろ盾は無いから、
目の前に不思議をぶら下げるなんてできないため、
それだけ言うと、自分の席に戻って次の授業の準備を始めた。
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:01:14.73 ID:3BApBctN0
ハルヒの放つアンニュイな空気を多分に含んだ教室で授業を受けていると、
いつもよりも睡魔のヤツが二割増しほど手ごわくなったように感じる。
先ほどまでより少しは機嫌がよくなったのか、溜息を吐く割合は減ったものの、
それでも尚、憂鬱な溜息の回数はいつもより多い。
不機嫌かつトゲトゲしいオーラならば睡魔なんか一瞬で退散するんだがな。
危機感やら悩みに伴う頭痛によってでなければ、
お袋からの小言も減って大歓迎なのだが。
ハルヒの放つ雰囲気と授業中に訪れる睡魔との相関について考察しつつ、
俺は退屈な授業を消化していった。
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:03:25.15 ID:3BApBctN0
そんな調子で三限目も終わったところで、
学生ズボンのポケットに入った携帯を確認すると、
予想通りメールが一件届いていた。
送信者は古泉で、
内容は「昼休みに時間をいただけますか?」という簡潔なものである。
俺はそのメールに短く承諾した意の内容を打ち、送信する直前、
ふと、ハルヒの様子を確認した。
しかし、ハルヒの様子は一時間前とほとんど変わらず、
山の稜線にたなびく雲の観察を続けている。
俺も窓の外に目を遣るが、やはり未確認移動物体がいる様子はない。
窓から目を離し、送信ボタンを押して携帯をしまうと、
俺は次の授業の準備を始めたのだった。
32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:05:10.74 ID:3BApBctN0
その後も睡魔と戦いながら、それでも一応眠ることはなく授業をこなして、昼休みを迎えた。
古泉の呼び出しに応えるべく席を立とうとして、
珍しくハルヒがまだ自分の席についていることに気がついた。
いつの間にか机に突っ伏しているが、寝ているのではないようだ。
いつもならば、授業が終わったと同時に教室から消えているのだが、
今日は机に突っ伏したまま動かない。
体調が悪いのかとも思ったが、それならば自分で対処するだろうと考え直した。
そこまで意地を張るほどこいつも馬鹿じゃない。
俺は突っ伏したハルヒに話しかけることなく、
弁当を持って行くか少し悩んだ後、結局手ぶらで席を立った。
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:07:11.70 ID:3BApBctN0
一緒に弁当食べようと近寄ってくる国木田や谷口に適当に返しながら、
教室を出て少し歩いたところで、ふと気付く。
「どこに行きゃいいんだ?」
自分でも間抜けな話だが、昼休みに呼び出されただけで、
どこで会うのか聞いていない。
携帯を確認してみると、ちょうどメールが届いたところだった。
古泉も同じことに気がついたらしい。
俺はメールを確認し、携帯をしまうと、
とりあえず、購買か自販機に寄ろうと階段のほうへ歩き始めたのだった。
37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:09:10.83 ID:3BApBctN0
俺が自販機で購入したコーヒーを手に部室の扉の前に立つ。
とりあえずノック。
「どうぞ」
中からの応えに扉を開くと、声で判っていたが既にそこには古泉がいた。
「よう。悪い、待ったか?」
「少しだけですがね」
古泉がいつもの胡散臭い笑いを浮かべたハンサム顔で応える。
持っている湯飲みからまだ湯気が上がっているところを見ると、本当なんだろう。
古泉の湯飲みから視線を窓際に向けると、長門の無機質な横顔が目に入った。
今が放課後なのではないかと錯覚するくらいの自然さで、
長門はいつも通りの無表情でそこにちょんと腰掛け、黙々と読書をしている。
38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:10:57.36 ID:3BApBctN0
こいつは本当に授業を受けているのだろうか。
いや、それ以前に。
「お前ら、昼飯は食ったのか?」
「そう時間は掛からないでしょうから、僕はこの後に」
それは良かった。
長く掛かるようなら今からでも弁当を取りに行こうと考えていたところだ。
「…………」
長門は本から目を離さないものの、
小さく頷いたようでショートカットの髪がさらりと揺れた。
40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:13:00.15 ID:3BApBctN0
ちょっと待て。昼休みが始まってからあんまり経ってないぞ。
しかし、いったいどんな魔法を駆使したのかと訊いたところで、
理解できる回答が帰ってくるとも思えない。
長門の食べるスピードを考えれば、授業終了とともに食べ始めたなら、
カレーくらいなら食い終わっているくらいの時間ではあるし、
体育祭で使ったような瞬間移動を使えば、一番に学食に入ることもできるだろう。
そのくらいの理解で止めておかなければ、
SOS団のようなトンデモ人間その他の集団と行動をともにはできない上に、
長門に限って言えば、平凡な高校二年生に理解できない話が飛び出してくる可能性の方が高い。
どうせ理解できないのなら、訊くまでもない。
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:14:59.90 ID:3BApBctN0
それに、いい加減腹が減った。
さくっと古泉の話を聞いて教室に戻ろう。
俺はいつの間にか定位置となった椅子に腰を下ろし、
コーヒーを一口飲むと、同じく喉を潤していた古泉に話し掛けた。
「それで、何があった?」
閉鎖空間ができたから、ハルヒのご機嫌取りをしろって言うなら、既に実行済みだ。
機嫌は直らなかったみたいだがな。
そもそも、そういうのはお前らの役目だろう。
「確かに閉鎖空間は発生していますが、僕がここにいることから判るように、
規模も侵食速度も大きくはありません。
久々の発生ですから、状況把握に努めるようには言われましたがね。
それよりも、今、我々の頭上には星が降っているそうです」
古泉は揺らしていた湯飲みを置くと、そう切り出した。
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:17:00.07 ID:3BApBctN0
「は?」
思わず間抜けな声を出してしまった俺を誰が責められよう。
なんてったって、今は真昼間だ。
夜にこいつにそんなこと言われたとしても、それがどうしたとしか返しようもないが、
それが昼間なら、まず頭の調子を疑うね。
口説くんならその辺の女子にしてくれ。
むかつくがお前の容姿なら喜ばれこそすれ、
谷口みたいに断られることはないだろうよ。
43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:19:00.06 ID:3BApBctN0
それとも詩歌にでも目覚めたか。
雨と星を言い間違えたんだとしても、
雨が降るという予報は明日にしか出てなかったと思うぞ。
外を見ても雨が降っている様子はないが、
超能力者的比喩だってんなら俺が解らなくても仕方がない。
「事実を述べたまでですよ。
残念ながら、太陽光のために肉眼では確認できませんが、
夜ならば、さぞ美しい流星群が見えたことでしょう」
もったいないですねなんて古泉は笑ってはいるが、
天文学者にとっては一大事だろう。
44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:21:00.22 ID:3BApBctN0
「ハルヒの能力か」
「十中八九そうでしょう。
昼間とは言え、流星群の予報などありませんでしたから」
俺は右手で額を抱えて、首を小さく横に振った。
やれやれ。
どんなことを願ったら、星の降る昼なんてことが起きるんだ。
秋に桜を咲かせることもできるんだから、流星群を呼び寄せることもできるだろうが、
それならせめて、夜に呼び寄せたらどうなんだ。
いや、逆に昼だったからこそ大事にならずに済んだのか。
「それで、俺にこれから何をしろと?」
流石に天文的現象を止める術は俺にはないぜ。
頼むなら長門にしてくれ。
あいつの親玉ならできないことはないだろう。
「長門さんには既に話しました。
地球に害のあるものではそうですので、そこのところはご安心を」
45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:23:00.23 ID:3BApBctN0
俺は長門に目を向けたが、自分の話題が出たにもかかわらず、
何の反応も示さず、淡々と本のページを捲っている。
相変わらずこの宇宙製アンドロイドは読書が好きなようだ。
しかし、こいつのお墨付きがあるなら本当に安心なのだろう。
だったら、更に何のために呼ばれたのか解らない。
「特別何かをして欲しいから呼んだのではありません」
どういうことだ。
「久々の閉鎖空間の発生に加えて流星群です。
涼宮さんの精神が不安定であるのは疑いようもありません。
しかし、そのきっかけが解らない」
そこで古泉が湯飲みを口へ運ぶ。
俺も少し温くなったコーヒーで口を湿らせつつ、
その星を降らせるきっかけとやらに心当たりがないか考えてみた。
46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:25:01.06 ID:3BApBctN0
「そんなもの、俺にも解らん」
当然だ。
俺はこれまで流星群を昼に見たいとは思ったことなんてないからな。
テレビか何かの影響じゃないか。
「その可能性も考えられますが、どれも想像の域を出ません。
ですから、あなたには涼宮さんからそれを聞き出してもらおうかと」
なるほど、と言いかけて俺ははたと思い直した。
特別何かをして欲しい訳じゃないとか言ってなかったか。
「それは本当です。
何かしら話をして、聞き出せたら儲けものくらいに考えてもらえれば。
あなたはいつも通り涼宮さんと話をするだけです」
47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:27:00.07 ID:3BApBctN0
今度こそ納得した。
確かに、特別なことは何一つするわけではないようだ。
「しかしだな、あいつが拒絶するようなら、俺は会話すら成立せんぞ」
「それならそれで構いません。
対症療法はこちらの得意分野ですから、そちらはお任せ下さい」
それくらいなら協力しないことはないんだが、
それしかしないでいいとは何を企んでいるのやら。
「企んでるなんてとんでもない」
笑みを深めながらそういう古泉に、
俺のことをあだ名ですら呼ばないから信用できんと言ったらこいつはどうするだろうか。
口に出すなんて愚は犯さないがな。
それを言うなら長門もそうだし、そもそも考えるだけならタダだ。
今更、こいつを信用しないなんてことは無い。
49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:28:59.12 ID:3BApBctN0
ただ、全面的に信頼するには、笑顔が少し胡散臭すぎる。
この笑顔とお喋りが過ぎる以外は基本的に良いヤツなんだろうよ。
さて、話に集中して少し忘れていたが、俺は腹が減っていたんだった。
「それじゃあ、俺はそろそろ教室に戻る」
俺は最後の一口のコーヒーを胃に流し込むと、立ち上がった。
「涼宮さんの件、よろしくお願いします」
古泉が笑顔のまま言ってくる。
「お前も昼はまだだったんじゃないのか?」
50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:31:22.32 ID:3BApBctN0
「ええ。ですが、これを洗ってから戻ろうかと」
湯飲みを掲げる古泉になるほどと返すと、俺は紙コップを握りつぶしてゴミ箱に捨てた。
「じゃあな」
「また、放課後に」
「…………」
扉を片手で開けたまま、振り返って掛けた声に返ってきた声は一つ。
だが、視線はしっかりと二対だった。
しかしな、長門。
眼鏡を掛けなくなってそろそろ一年半が経つんだから、
眼鏡を直すようにこめかみに手を持っていく癖は直ってもいいんじゃないか。
51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:33:00.31 ID:3BApBctN0
俺は一度は教室に向けた足を途中で曲げて、購買に寄る事にした。
お茶を持ってくるのを忘れたことを、ふと思い出したのだ。
それに部室に向かう前の様子を考えると、
ハルヒは昼をまだ食ってない可能性もあるからな。
ついでに、何か買って行ってやるのも悪くはない。
俺が教室を出た後に学食に行っていたら、
部活中にお茶請けにすれば良いだけの話だ。
夕飯前に摘んでもいいし、何なら妹にやるって手もある。
処分の方法には困らない。
52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:34:59.67 ID:3BApBctN0
そんなことを考えながら購買にたどり着き、いざパンに目を向けると、
目ぼしいパンはあらかた売れた後のようで、少し悩んだ。
谷口が弁当じゃない時に買っているようなパンはカレーパンくらいのものだ。
「食ってしまえばみんな一緒か」
そう呟いて、適当に四つほどパンを選び、
紙パックの飲み物のほうに目を向けてもう一度悩んだ。
こちらも人気の商品は売り切れているようで、
緑茶とウーロン茶、紅茶にコーヒーしかない。
54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:37:00.19 ID:3BApBctN0
俺の緑茶は確定として、あとは何にするか。
手の中のパンに目を遣るとお茶かコーヒー辺りが合いそうではある。
「間を取って紅茶にするか」
お茶と名が付き、コーヒーのような側面もある。
我ながら悪くない思い付きかもしれない。
俺は選んだパンと緑茶と紅茶、念のためコーヒーを買って袋に入れて貰うと、
購買を後にして、今度こそ教室に戻ることにした。
55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:38:59.88 ID:3BApBctN0
教室にたどり着いて、まず目に入ってきたのは、
俺の弁当箱を勝手に開けているハルヒだった。
前にもこんなことがあったな。
確か鶴屋さんに鶴屋家所有の山から出てきたオーパーツの写真を見せてもらった後だ。
宝探しやその前後のドタバタの後に朝比奈さん(大)へのせめてもの抵抗として、
鶴屋さんに頼んでみたらビンゴだったわけだ。
あの時は、出しっぱなしだった弁当をハルヒが全部食ったんだったか。
そんなことを考えている場合じゃなかった。
教室のドアを開けた音でハルヒも気付いたようで、
俺の方を見て、少し不服そうな顔をしている。
どうせなら食った後に帰って来いとでも考えているんだろう。
56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:40:59.89 ID:3BApBctN0
俺はもう一度弁当箱に目を遣って、
箸が出ていないところから一応無事らしいことを確認するとハルヒに駆け寄った。
「おい、こら。それは俺の弁当だろ」
「解ってるわよ、あんたの鞄から出したんだから。
あたしだって知らない人のお弁当を無断で食べたりしないわよ」
「知ってるヤツのだからって勝手に食うなよ」
そうそう、確かこんなやり取りだった。
俺にも言えることだが、こいつは成長しているのか成長していないのか。
「まだ、食べてないわよ」
「まだってことは本気で食うつもりだったのか。
今日は学食に行かないのか?」
「今日は出遅れちゃったの。今から行ってもどうせ満員よ。
ここの学食は利用者対座席数が合ってないの。
しかも回転率も悪いから、出遅れると食いっ逸れるのよ」
57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:42:59.83 ID:3BApBctN0
これもどこかで聞いた覚えがあるな。
あのときは俺がが生徒会に打診すべきだとアドバイスをしてやったら、
あんなのに借りは作りたくないと返されたんだったか。
あの生徒会長だが、今は任期を満了し、
普通にかどうかはさておくとしても、受験生をやっているはずだ。
生徒会長選挙にハルヒが立候補して、
俺たちも生徒会役員にされるんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、
ハルヒにその意志はなく、むしろ、生徒会そのものを敵として認識しているようで、
新しい生徒会長にも、そのうち食って掛かるんじゃないかと予想している。
前生徒会長ほどではないにしろ、今期の生徒会長も煮ても焼いても食えなさそうなやつだからな。
それまでの毒にも薬にもならないような奴らよりは、
学校を良くしてくれるんじゃないかとは鶴屋さんの言だったりする。
いや、箸にも棒にも掛からないだったか。
去年は菱画餅だとか言っていたのは覚えてるんだがな。
58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:45:00.18 ID:3BApBctN0
どっちでもいいか。
それよりも今は目の前の弁当を取り返さねば。
何も無いならごね続けるかもしれないが、パンがあるから引いてくれるだろう。
もし、ごね続けるなら俺がパンを食っても良い。
どうせなら、弁当を食いたいがな。
さて、そろそろ弁当を食う時間が無くなることだし、交渉といこう。
59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:47:00.42 ID:3BApBctN0
「ところで、ここに購買のパンがあるんだが」
そう切り出すと、ハルヒは眉根を寄せた。
そんなに俺の弁当が食いたいのか、お前は。
「あんた、弁当があるのにパンも食べるの?」
さっきの表情はそういう意味か。
ハルヒの中にこれらのパンを食べるという選択肢は既になく、
既に俺の弁当をハルヒが食べるのは半ば決定事項なのだろう。
しかし、ハルヒのために買ってきたって言うのもなんか押し付けがましいし、
それ以上に、パシリと認めたようで腹立たしい上に、どこと無く気恥ずかしい。
60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:49:00.19 ID:3BApBctN0
「いや、お茶を忘れたんで購買に買いにいったんだが、そこで長門に会ってな。
なんでもあいつも学食に入れなかったから、パンやらを買ったらしいんだが、
買いすぎたらしくてな。余りそうな分を買い取ってきた。
部活中にでもお茶請けとして食べようと思ったんだが、よかったらいるか?」
だから、そんな言い訳じみた説明をしながら、パンと飲み物を並べていった。
緑茶、紅茶、コーヒー。
カレーパン、チーズパン、うぐいす餡パン、ゼリーパン。
緑茶は俺が飲むとして、ゼリーパン辺りはハルヒが俺に押し付けそうだな。
実際に食べ物が目の前に並ぶと空腹が際立つ。
シャミセンに「待て」をさせようとしたことを少し申し訳なく思った。
61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:51:00.18 ID:3BApBctN0
愛玩動物だからといって、
目の前に食べ物を置いてそれを食べさせないのは一種の虐待なんじゃないか。
確かにこれは、すぐに食べ始めてもおかしくはない。
「どうする? いらんなら、片付けるが」
待ちきれなくなって、俺はハルヒを急かしたのだが、
ハルヒの机の上には、まだ、俺の弁当箱があることを失念していた。
パンを並べる前にまず俺は、ハルヒから弁当箱を取り戻すべきだったのだ。
「あんたがこのパンを食べて、あたしがそのお弁当を貰うってのはどう?」
ハルヒの視線がパンの上を滑り、俺の弁当にたどり着き、
そこに完全に固定されたことで、俺はようやくそのことに気付いたのだが、
そのときには既にハルヒはそう言っていた。
63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:53:00.30 ID:3BApBctN0
視線で捉えるどころか、おかずが入ったほうはさりげなく左手で確保している。
だからと言って俺も「はいそうですか」と渡すわけにはいかない。
「悪いが、それは譲れん」
「もう一品食べちゃったから、全部食べるのも変わらないわよ」
鎌掛けようったってそうはいくか。
「嘘を吐くな。自分で詰めてるからなくなってるものがあれば判る」
「鎌掛けようたってそうはいかないわよ。
キョンがそんなことしてるようには到底思えないわね」
先に鎌を掛けようとしたのはそっちだろう。
それに俺のは鎌掛けじゃなくて事実だ。
「お前に俺がどう見えるかは知らんが、本当だ。
一人暮らしをするようになる前に栄養管理くらいは自分でできるようになれと、
親から言われてやるようになったんだが意外と楽しいもんだな。
そのうち、朝昼くらいは自分で作るようになるかもしれん」
もちろん、弁当を詰めるだけと作るのとでは違うってのは解ってるがなと俺は続けたのだが、
ハルヒは呆然として黙っていた。
64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:55:00.37 ID:3BApBctN0
そんなに俺が弁当を作ろうと思っているなんて言ったのが意外だったのか。
確かに無精者だと自覚はしているが、
いつまでも親の世話になるわけにもいかんだろうからな。
一人暮らしを始めてから困るくらいなら、今からやっておいたほうが良いだろう。
若いうちの苦労は買ってでもしろと言うしな。
妹のように、喜んでお袋の家事を手伝うなんて今となってはとてもできたもんじゃないが、
少なくとも、自分の身の回りのことくらいは、家を出る前に自分でできるようになっておきたい。
当面の目標は妹より早く起きることと自分で洗濯をすることである。
我ながら低い目標だ。
65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:57:00.25 ID:3BApBctN0
そんなことを考えていたのがいけなかったのだろう。
ハルヒは俺の箸箱から箸を取り出すと、まさにあっという間もなく弁当の唐揚げを口に入れた。
「あっ! 黙ったと思ったら、急になにしやがるっ!」
俺の言葉も気にせず、ハルヒは美味しそうに唐揚げを咀嚼して、
じっくり味わってから嚥下してしまった。
「これで一品食べちゃったわけだから、全部食べるのも変わらないわ」
それは無茶苦茶というもんだ。
どうして唐揚げ一個で弁当を全部やらにゃならんのだ。
確かにそれだけなら無茶苦茶な論理なのだが。
68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 22:59:00.45 ID:3BApBctN0
「それとも、何? あたしが使った箸を使いたいの? この、エロキョンっ!」
だからってな。
「お前は教室で何てことを言うんだっ!」
そう言って俺はは教室を振り返ったが、そこにはいつも通りの食事風景が広がっていた。
なんでお前らはそんな平然と昼休みを満喫しているんだ。
俺の方がおかしいのか。
そう考えていると、クラスを代表したように谷口がもぐもぐしながら、
箸を俺に向けて「キョン」と呼びかけてきた。
「今さらそれくらいのことで、このクラスの人間は驚かないし、何の反応も返しようがないぜ」
こいつは口に物を入れて喋るなって教わらなかったのだろうか。
71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:01:00.21 ID:3BApBctN0
そうではなく。
「そうだよ」
もはや、日常風景だしねなどと国木田が頷きながら、
谷口と違って箸の中ほどを左手で支えながら俺に向かって言う。
国木田よ、お前もか。
むしろクラス全体の雰囲気から考えれば、これがクラスメイトたちの共通認識なんだろうな。
俺とハルヒはワンセット。
だから、ハルヒが何かをしでかしたら、止めるのは俺の役目。
そこにあえて自ら首を突っ込む馬鹿はこのクラスにはいない。
誰も突きたくもない藪を突いてキングコブラなんか出したくないだろうからな。
72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:03:00.34 ID:3BApBctN0
しかし、谷口はハルヒとも長い付き合いだというし、
俺ともよくつるんでいるから、仕方なくといった風に反応はしてくれるし、
国木田も飄々としていて考えていることはよく解らないが、
俺の中学からの友人だし、リアクションくらいはくれる。
積極的に関わってくるのではないにしろ、
後は我関せずを貫いてるんだから、この二人がいるだけマシか。
「谷口、国木田」
ハルヒの方から歩み寄ればこんなこともなくなるのだろうが、
高校生活の半分が過ぎたというのにその気配はいまだ見えない。
阪中がいるグループは幽霊事件のおかげか少しの歩み寄りは見せているが、
それでもおっかなびっくりといった感じであり、
ハルヒの方も無視こそしないものの、いつもの饒舌さは鳴りを潜め、
長門の会話を髣髴とさせる短い返答をするのみである。
思うに、あいつはクラスメイトとの会話の仕方が分からないだけなんじゃないか。
きっかけさえあればあるいは、
SOS団に対するようなハルヒ本来の明朗快活な話し方ができるんじゃないか。
74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:04:59.91 ID:3BApBctN0
きっかけと言えば、ハルヒの不機嫌のきっかけを探るんだった。
クラスメイトへの歩み寄りのきっかけはそのうち見つかるだろう。
そういったもんは、大概その辺に転がっているもんなのさ。
そう考え、俺は当面の目標をこなそうと振り返った。
って、ハルヒ。
「ドサクサに紛れてなに食い続けてんだよっ!」
76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:07:00.16 ID:3BApBctN0
「ドサクサに紛れてなんてないわ。堂々と食べ続けてたのよ」
確かに、こいつから目を離したのは俺だし、妙に大人しいとは思っていたんだが、
だからって、食い続けてるとは思わなかった。
谷口も国木田も見てたなら教えてくれてったいいじゃないか。
責任転嫁はよそう。
しかし。
「もう半分くらいしか残ってないじゃないか」
俺はやれやれと溜息を吐くと、ハルヒに向かって言った。
「仕方ないから、俺がパンを食べるよ。
昼を抜いて午後の授業に挑むのは嫌だしな」
77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:08:59.90 ID:3BApBctN0
言い訳ではなく、元々俺がパンを食っても良いとは考えてたんだ。
お袋には悪いが、たまには購買のパンも食ってみたいとは思ってたからな。
それに、ハルヒの機嫌も直ったようだし、これはこれで良いとしよう。
「最初からそう言っとけば良いのよ。
それにお昼を食べないほうが、午後の授業に集中できるんじゃないの?」
俺の中で納得はしたものの、だからと言ってハルヒが威張られる筋合いは無い。
「まったく、盗人猛々しいぞ。
あと、昼を抜けば六時限の体育で死ぬ思いをする。
五時限の数学は眠くならんかもしれんがな」
せめて順番が逆ならなどとどうにもならないことを言いながら、
俺はカレーパンの袋に手を掛けた。
78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:11:00.51 ID:3BApBctN0
それから、ハルヒは俺の弁当を、 俺は購買のパンを胃に収めていきながら、
取りとめもない話をして、残り少ない休み時間は瞬く間に過ぎていった。
そして、甘みの強そうな菓子パンだからと最後に残していたゼリーパンを口にして、
俺はパンを適当に選んだことを後悔した。
形からして、和菓子にある寒天を固めたようなゼリーが挟まっていると予想していたのだが、
まさか、普通のカップゼリーのようなものが丸ごと入っているとは思わなかった。
これの発案者の頭の中も疑うが、
普通に販売しようと思った経営者の頭の中はどうなってるんだ。
利益を度外視しているか、一見さんのみ狙っているとしか思えない。
確かに、インパクトだけは他の追従を許していないが、これはいかがなものか。
そうして、その変な感触と後を引く甘さを流そうと紅茶を口にして、
その意外な甘さに紅茶を買ったことを更に後悔し、
無性に朝比奈さんの手ずから淹れたお茶が飲みたくなったのだった。
79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:14:26.98 ID:3BApBctN0
>>69
>>73
お察しの通り、前回書いたものの焼き直しです。
>>75
『ハルヒ「よろしくてよ」』でググってみてください。
まとめてくださっている方がいます。
読めと言うわけではありませんが、
視点が違うので感じが変わっていると思います。
80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:19:00.47 ID:3BApBctN0
このパンだけは二度と買うまいと考えながら、
何とか胃に押し込んだところで、五限の開始を報せるチャイムが鳴り響いた。
胃が膨れ、更に苦手な数学となると、いつもならすぐに眠気が訪れるのだが、
口の中に変な感触と嫌な甘さが残っているせいで、しばらくは眠くはならなかった。
しかし、授業を聞く気にはならないのはいつもと同じであり、
俺は授業を聞くことを早々に放棄すると、窓の外に顔を向けた。
窓際の席というのは、日当たり以外にも退屈な時に外を眺められるという点でも、
好立地だと俺は思うのだがどうだろうか。
更に、後ろから二番目ともなれば、授業とは関係ないことをしていても、
バレにくいときたものだ。
教師の視線が行きやすい場所でも有るのか、寝ていると起こされることも多いがな。
81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:21:00.30 ID:3BApBctN0
視線だけでハルヒを確認してみると、昼休み中にも思ったのだが、
嬉々として何かを書きなぐっており、機嫌は良好になっているようだ。
機嫌が悪かった理由は結局判らず仕舞いだったが、
機嫌が直ったのだから古泉も文句は言うまい。
書きなぐっているものが、
朝比奈さんが抜けた穴を埋めた上での映画の構想でないことを祈りつつ、
俺は午前中のハルヒのように見るともなしに、稜線に浮かぶうろこ雲を観察していた。
そうしているうちに、口の中も元通りとなり、
小春日和の温かい日差しに眠気を誘われ、
うつらうつらとしていると、いつの間にか五限目は終了してしまった。
昼休みに自分で言った通り、六限目は体育である。
一年次に行われた、今は無き朝倉のお達しが二年次となってもなぜかまだ生きており、
習慣としてチャイムがなると同時にいち早く教室から逃げ出すように撤退するため、
当然、板書を写す時間など無い。
82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:22:59.92 ID:3BApBctN0
「試験期間前でいいから、数学のノート貸してくれないか?」
だから、着替えながら俺は国木田にそう持ちかけた。
「試験期間前と言わず、明日にでもコピーを渡すよ。
かなり親にせっつかれてるんじゃない?」
ほう、よく判るな。
「何年キョンの友達やってると思ってんのさ」
「中学からだから、確かに短くはないな」
「でしょ?」
中学の時分に学習塾に通っていたことはもちろん知っているし、
お袋に学習塾に叩き込まれたことは零しているからな。
大学受験ともなれば、この時期にお袋が再び強硬手段に出そうだというくらいは、
国木田ならずとも、俺にさえ容易に推測できるな。
夏休みによく夏期講習に叩き込まれなかったもんだ。
84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:25:00.33 ID:3BApBctN0
周囲に勉強会を開ける仲間がいると、こういう時に助かる。
去年の二の舞にならないように、ハルヒがSOS団を挙げて押しかけてきた上に、
その話を聞いた佐々木が悪乗りして自分の夏期講習後にやってきたりしただけだがな。
性質の悪いことにハルヒと佐々木は俺に勉強をさせることにおいて、
旧知のように息を合わせてきやがる。
考えてみれば、夏休み以前からのハルヒの集中講義の成果によって、
俺の成績がハルヒや国木田のレベルまで急浮上こそしないものの、
少なくとも低空飛行からは脱したおかげでお袋も踏みとどまってくれたんだろうな。
これで授業態度さえ改まれば、俺の成績は急浮上するんだろうが、
身に付いた習慣というのは中々改められないもんだ。
ハルヒに頼りっぱなしっていうのも流石に悪いから、
そのうち改めなきゃいけないんだがな。
そんなことを考えながら、体操着に着替えた俺たちはグラウンドへと向かったのだった。
85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:27:00.11 ID:3BApBctN0
冬に備えた体力づくりと称したマラソンが授業の最初に行われ、
多少疲れたものの谷口と国木田と共に適当に走っていたおかげで疲労困憊にまではならず、
いい感じに眠気の飛んだ頭で放課後を迎えた。
掃除当番に当たっているハルヒと別れ、俺は一人部室へと向かった。
いつものようにノックの返事を待って部室に入る。
「あ、キョンくん。今、お茶淹れますね」
中に入ると朝比奈さんの可憐な笑顔と長門の瀬戸物のように無機質な横顔が目に入った。
ハルヒは掃除当番で、古泉もやはり掃除当番なのだろう。
慣れた手つきで急須に茶葉を入れている朝比奈さんは、
受験生にも関わらず毎日ここに顔を出し、律儀なことにちゃんと下校時刻までいる。
しかし、未来人でもちゃんと受験はしなければいけないのか、
先ほどまで朝比奈さんが読んでいた参考書らしきものが机に置いてある。
ハルヒが来ると片付けてしまうので、放課後はやはりあまり勉強はできていないと思うが。
帰ってからやっているのだろうか。
86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:29:00.22 ID:3BApBctN0
長門は一ミリたりともズレていないのではないかと思えるほど、
昼休みと同じ窓際の指定席にひっそりと座り、
夫婦間の心理学を書いてあるようなタイトルの分厚いハードカバーを、
膝の上に広げてそこに目を落としていた。
「…………」
不意に表情の無い顔が俺を向き、昼間俺が出て行く直前にやったように、
片手がこめかみに触れるように上がって、またすぐに降りた。
眼鏡を掛けなくなって長いとは言え、
眼鏡を掛けて過ごしていた時間の方が長いのだから、
やはり癖になってしまっているのだろう。
長門はそのまま再びびっしりと文字の書かれたページに視線を落として、
静かにページを捲る作業を再開した。
87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:31:00.11 ID:3BApBctN0
俺が荷物を置き、昼にも座った定位置に座ると、
朝比奈さんが湯飲みをお盆に三つ載せて、まず長門にお茶を渡した。
「ど、どうぞ」
「…………」
朝比奈さん(大)も長門が苦手だと言っていたから、
今の朝比奈さんもやはり長門が苦手なのだろうが、
そんなにおっかなびっくりしなくてもそいつはいきなり取って食ったりはしませんよ。
非常時には噛み付くことはあるでしょうが。
長門に湯飲みを渡し終えると、安心したように一息吐き、俺の方に近付いてきた。
「はい、お茶です」
「ありがとうございます」
俺はお茶を受け取ると、朝比奈さんにお礼と共に笑顔を向けた。
88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:32:59.92 ID:3BApBctN0
お茶を配り終えた朝比奈さんはもう一つのお茶を長机に置き、
お盆をいつもの場所に戻すと、参考書の置いてある席に座った。
それからしばらくは長門と朝比奈さんがページを捲る音と、
グラウンドから聞こえる運動部員の掛け声やボールの音だけだった。
俺はと言うと古泉のように詰め碁をやるでもなく、
だからと言って、朝比奈さんのように参考書を開くでもなく、
グラウンドから聞こえる掛け声に合わせて時折心の中で呟き、
一方的な一体感を得たりしてこの静かな時間を満喫していた。
たまには何に悩まされるでもなく、こんな静かな時間を過ごすのも良いもんだ。
むしろ、こんな穏やかなる日常を俺は望んでいたはずなんだがな。
宇宙人や未来人、超能力者に囲まれた、
毎日が年末のように気忙しい非日常のような日常も、
悪くはないと思うようになった自分さえも悪くないと思っているのは、
好転なのか悪化なのか。
89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:34:59.86 ID:3BApBctN0
そんなことを考えながら何を為すでも無い時間を過ごしていると、
けたたましく扉が開かれた。
「おっ待たせー!」
俺の穏やかな時間を妨害するヤツは決まっている。
こんな扉を蹴破るように開けるヤツも他にいない。
台風の中心、涼宮ハルヒだ。
暴風雨に囲まれながらも、その影響が極めて小さい点でもこの例えは適切だろう。
自分がそうとは知らず、風の集まる場所を探して走り回って、
自分の見えないところに被害を撒き散らすんだから性質が悪い。
しかし、こいつがいなければこんなトンデモ人間集団には関われなかったわけで、
ハルヒの向こう見ずなところさえ羨ましいと思ったことがないと言えば嘘になるんだがな。
92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:37:00.12 ID:3BApBctN0
「新しいゲームを思いついたから、早速明日やるわよっ!」
来る途中に出会ったらしい古泉を伴って現れたハルヒは、
朝比奈さんがお茶を淹れ終わるのを待たず、そう宣った。
なるほど。
午後の授業中に書き殴っていたのは、そのゲームとやらの構想か。
長門は本から顔を上げないし、
朝比奈さんはきょとんと古泉は微笑んでハルヒを見つめるが何も言わない。
ハルヒも質問が来るのを待っているようで、満面の笑みのまま黙っている。
つまり、必然的に俺がまず質問を投げかけることになるわけだ。
もはやいつもの構図であり、見事な役割分担と言えなくもない。
「明日? 週末じゃないのか?」
「学校でやるからこそ、面白いゲームなの」
95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:52:29.46 ID:+Ye7Oq1OO
ハルヒが暇を持て余して、ゲームを持ち出してくることは珍しいことではない。
しかし、学校外でやるわけでもないのに今すぐにと言い出さないのは比較的珍しい。
「どんなゲームだ? まずはそこからだ」
まずはとは言ったが、ハルヒが言い出したら聞かない性格なのは、
この一年半で十三分に承知している。
一応の予防線だが、どうやっても結局ゲームをやることになるんだろう。
「無くて七癖っていうじゃない?
人間誰しも癖じゃなくても、ついついやっちゃう習慣的なことってあると思うのよ」
そう始めたハルヒの説明を要約すると、
癖を意図的にやらないようにするってゲームであり、
それに沿うように他にも条件を付けて、最初にその癖を出した人が負けとなり、
逆に、最後まで出さなかった人が勝ちという、
言わばロールプレイングゲームらしい。
96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:54:01.81 ID:+Ye7Oq1OO
ハルヒの説明を聞いて、古泉くんはなるほどと頷いているが、
聞く限り、結構難しそうだ。
無くて七癖とハルヒが言ったように、人間には多くの癖があり、
その多くが知らず知らずの内に行っているものだったりする。
古泉は『機関』で訓練とやらを受けているだろうから軽くこなすだろうし、
宇宙製アンドロイドである長門は言うまでもない。
周りの反応を確認してみると、長門はいつの間にか本から目を上げ、
ハルヒの方をその無感情な瞳を向けているが、それ以外は無反応。
朝比奈さんはまだきょとんとしていたが、
ハルヒが目を向けると思い出したようにお茶の準備を再開した。
「いいじゃないですか。おもしろそうです」
ハルヒの言うことには基本的にイエスマンの姿勢を崩さない古泉は、
いつものニヤケスマイルを浮かべたまま、ハルヒにそう告げた。
97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:56:00.73 ID:+Ye7Oq1OO
そう、毎度毎度安請け合いをするんじゃない。
だから、ハルヒが調子に乗るんだ。
「でしょっ! 有希とみくるちゃんは?」
ほらな。
笑顔全開で午前中の不機嫌はどこへやらだ。
「いい」
長門が小さな首肯と共に言葉でも参加を表明した。
ハルヒが言い終わらないうちに、既に首肯していた気がする。
「ええと、よく解らないけど、面白そうですね」
話を振られた朝比奈さんは惚けたような気の抜けた返事の後、
ハルヒに同意する意で返した。
しかし、解らないのに面白そうというのはどういうことなのだろうか。
彼女が将来、詐欺師に引っかからないように切に祈るばかりだ。
99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/20(日) 23:57:59.60 ID:+Ye7Oq1OO
こうなると、外堀を埋められた大坂城のごとくジリ貧になり、
最終的に俺も参加せざるを得なくなるのだが、
ここで安易に参加を表明したら、後で痛い目に会うことがあるというのは学習済みだ。
「……それで、条件って言うのはどういうのだ?」
だから、俺は苦し紛れにゲームの具体的な説明を求めた。
逆に自分で内堀まで埋めた気がしないでもないが、
せめてもの抵抗なのだから仕方が無い。
恨むべくは巧く働かない自分の脳みそだ。
「有希の場合で言えば、読書が習慣、つまり癖ね。
で、条件は……そうね、明るくて活発な人間を演じるっていうのはどうかしら」
100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 00:00:04.45 ID:nzpv2Lk9O
「…………」
ハルヒはそう言うが、明るくて活発で読書をしていない長門は想像を絶する。
ハルヒと長門の中身が入れ替わったらなんて考えたこともなくはないが、
結局、想像だにできずに諦めたんだったか。
「僕の場合なら、笑顔が癖のようなものですかね。
条件は……そうですね、不良を演じるといったところでしょうか」
「それ採用!」
ハルヒは即答するが、似非不良ならこいつの近くにいるから簡単なんじゃないか。
そう言えば、ハルヒは前生徒会長の本性を知らないんだったな。
101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 00:03:00.38 ID:nzpv2Lk9O
「恐縮です」
古泉がそう言ったところで、朝比奈さんがお茶をハルヒと古泉に配っていく。
朝比奈さんは二人にお茶を渡し終えると、お盆を持って俺に近付いてきた。
「お代わりどうですか?」
「お願いします」
俺は残っている温くなったお茶を飲み干すと湯飲みを朝比奈さんに差し出す。
しかし、笑顔禁止で不良の古泉か。
いつも笑顔を崩さない好青年然としているから、どうなるか見ものではあるな。
朝比奈さんからお茶を受け取り、ハルヒに目を向けると、
ハルヒは朝比奈さんを見ているようだ。
102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 00:03:32.59 ID:KAMvg/Bn0
次は、朝比奈さんの禁止する癖と条件を決めるつもりらしい。
いつものようにお茶を一気飲みすることなく、一口飲んで息を吐きながら、
朝比奈さんを舐めるように見回している。
朝比奈さんはハルヒの眼力に押されて、アワアワとお盆で口元を隠した。
確かに学年が違うこともあって、朝比奈さんの癖っていうのはあんまり思いつかないな。
チャームポイントなら列挙できる自信があるのだが。
没個性というわけではなく、むしろハルヒや長門、古泉や鶴屋さんなど、
周囲が特徴的過ぎるだけかも知れない。
「そうだ」
お茶をチビチビ飲んでいたハルヒが急に声を上げた。
どうやら、朝比奈さんの癖を見つけたらしい。
「みくるちゃんはすぐ慌てちゃうのが癖ね」
104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 00:09:00.65 ID:KAMvg/Bn0
「ふぇ?」
朝比奈さんが再びきょとんとハルヒを見つめる。
口元にあったお盆がそれと同時に、胸元まで下がってきた。
しばらくハルヒと睨めっこを続けていた朝比奈さんだったが、
すぐにハルヒの眼力で我に帰ったのか、思い出したように給仕の真似事を再開した。
それにしても。
「それは癖なのか?」
十中八九、お前の言動が原因だと思うのだが。
「キョン、五月蝿い。あたしが癖だと言ったらそうなるのよ」
そうかい。
ならそうなんだろうよ。
105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 00:12:59.88 ID:KAMvg/Bn0
「で、条件とやらは?」
「落ち着いたお姉さんみたいに振舞ってもらうわ」
なるほど。
確かに、朝比奈さんは偶にお姉さん然とした物言いをすることはあるが、
基本的にその可愛らしい容姿に見合った可愛らしい仕種をされるからな。
「わたし、そういう人になれたら良いなって思ってたんです。
だから、明日だけでもやってみますね」
俺と長門にお代わりを配り終えた朝比奈さんはそう仰るが、
慌てなくともいずれ彼女が立派な大人の女性として落ち着いた物腰になることを俺は知っている。
おっちょこちょいは直っていないようだったがな。
しかし、こういうハルヒの思い付きによって朝比奈さんが、
ああいう風に成長したのであるなら、これはこれで悪くは無いのかもしれない。
106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 00:19:07.48 ID:KAMvg/Bn0
「残るはお二人ですか」
古泉がそう言ったことで俺は朝比奈さんから古泉、
そして古泉の視線を辿ってハルヒへと視線を移した。
「涼宮さんの習慣は不思議なことやものを探すことですかね」
いや流石にそれは。
「簡単すぎやしないか?」
調子の戻ったこいつが自ら不思議探しを止めるとも思えない。
ならば、別のを考えるべきだろう。
「キョンはさっきから口を挟むばっかりで、古泉くんみたいにアイデアを出してないじゃない。
異論を述べるんなら代案を用意してからにしなさい」
107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 00:22:00.83 ID:KAMvg/Bn0
確かに、正論だ。
内実、不思議探しを止めたくは無いが、
こいつは自分が完璧超人だと理解しているから、
自分の癖を挙げようにも思いつかないってところだろう。
ならば、俺が挙げてやるとしよう。
「そうだな……お前の癖は色々あるが、すぐに暴挙に出る、暴力に訴える、暴言を吐く。
まとめるとそんな感じか。
そんなのとは無縁なお淑やかなお嬢様でも演じるってのはどうだ?」
「あたしがいつそんなことしたのよ、このバカっ!」
目を吊り上げて、烈火のごとく怒って言ってくるが、バカっていうのも暴言の内だ。
108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 00:26:00.08 ID:KAMvg/Bn0
ハルヒもそのことに気がついたらしく、しまったという顔をしている。
「ほらな。無くて七癖ってやつだ。なんなら、奇行蛮行でもいいぞ」
「いいわ。やってやろうじゃないの」
ハルヒの挑戦的な目を見て、俺のはまだ決まってなかったことを思い出し、
先に自分のを決めてからにしておけばよかったと後悔したが、時既に遅しってヤツだ。
気付けば、ハルヒがしたり顔で口を開き始めていたんだからな。
「あんたはいつもダウナーオーラを纏っていて、すぐに眉間に皺を寄せて溜息と愚痴を吐くから、
凄い心の広い爽やかでつい人を手助けしてしまうお人よしの
いつも笑顔で人の頼みが断れない真面目な好青年を演じなさい」
ハルヒに対するいつもの古泉みたいだな。
しかし、なんか俺だけ条件が厳しすぎやしないか?
110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 00:29:59.95 ID:KAMvg/Bn0
それにだな。
「俺は片っ端から人の頼みを断るほど心は狭くない」
「なによ。団長命令に逆らったことはあるじゃない」
「俺だって要求の内容を選ぶ権利はあるさ」
俺の発言にハルヒはふうんと漏らし、スッと目を細めた。
何が言いたい。
俺に何か言いたげな顔をしていたハルヒは、
しかし、まあいいわとだけ言うと、部室全体を見回した。
「これで全員の条件が決まったわね」
111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 00:33:00.28 ID:KAMvg/Bn0
ちょっと待て。
「俺はまだやるとは言ってないぞ」
「ゲームの条件を決めたんだから、今更グダグダ言わないの」
断じて言うが「それとも、何? 負けるのが怖いの?」という、
ハルヒの安いっぽい挑発に乗ったわけではない。
ここで駄々を捏ね続けるのも大人気なく、しかしだからと言って、
簡単に参加を表明するとこいつを調子付かせるきっかけになりかねない。
「む。やってやろうじゃないか」
やりすぎるとただの天邪鬼になりかねないが、
ハルヒを一旦立ち止まらせる人間が俺しかいない以上、
こういうことは俺が所々で言っておかなければならない。
「公平を期するために明日は予鈴の三十分前に校門前に集合。
校門をくぐったところから、ゲームスタートね。
遅刻は罰金。以上」
ハルヒは説明終了を宣言するが、しかし、ちょっと待て。
112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 00:37:00.47 ID:KAMvg/Bn0
「何よ、集合時間が早いっていう文句は受け付けないわよ。
あんたもたまには早く学校に来てみなさい」
確かに、予鈴の三十分前っていうのは、
遅刻ギリギリまで布団の中にいたい俺としては辛いのだが、
早起きの練習としては悪くない。
「それもあるが、勝負がつかなかった場合はどうするんだ?」
このゲームは制限時間は一応学校にいる間なのだろうが、
それだけでは、勝負がつかない可能性だってある。
毎日続けていてはただのイメチェンにしかならない。
「そのときは、じゃんけんでもして順位を決めましょう」
ゲームと言ったらどうしても順位を付けたいらしい。
117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 00:59:03.14 ID:nzpv2Lk9O
恐らく、最下位には罰ゲームが待ってるんだろうな。
それなら最初からじゃんけんをすればいいとも思うのだが、
それはそれで面白みに欠けると考えるのがハルヒだ。
しかし、構想を練るような時間が少なかったからか、ハルヒにしてはルールの穴が多いな。
「あと、俺とお前は同じクラスだから互いにルール違反が無いか監視できる。
朝比奈さんも鶴屋さんに頼めば監視してくれるだろう」
あの只者ではないことが明確な髪の長いお方が、
二つ返事で了承してくれるのが目に浮かぶようだ。
しかし、問題は残る二人だ。
「でも、古泉と長門は別のクラスだし、どうするんだ?」
このゲームには審判がいない。
だから必然的にプレイヤーである自分たちが相互に監視することになるのだが、
俺とハルヒ以外はクラスがバラバラであるため、どうしても無理が出る。
118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:01:03.62 ID:nzpv2Lk9O
鶴屋さんのようにSOS団関係者が各クラスにいれば好都合だが、
それはそれで、この高校の将来が危ぶまれる。
長門なら全員の監視もできるだろうが、ハルヒにそれを知られるわけにはいかない。
さて、こういったハルヒのフォローはいつも古泉の役目である。
そう思って古泉に目を向けると、得意そうな笑顔で頷かれた。
お前とのアイコンタクトはお断りだ。
そう思いながらも、付き合いの長さで解ってしまう自分が憎らしい。
「それならば、長門さんのクラスの知り合いに監視を頼みましょう」
知り合いというのはおそらく『機関』とやらの関係者だろうな。
119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:03:00.94 ID:nzpv2Lk9O
前生徒会長といい、『機関』関係者はこの学校に何人いるのやら。
「僕の分は……」
古泉がそう続けながら、いつの間にか本に視線を落としている長門に視線を送る。
明日は本が読めないから、読み溜めだろうか。
長門も古泉の視線に気付いたのか、チラと古泉に視線を向けると、
すぐにまた本に視線を落とした。
「問題ない」
アイコンタクトが通じたのかは定かではないが、古泉の言に被せるように長門が口を挟んだ。
「わたしがやる」
こいつのことだから宇宙的パワーを駆使して、本当に自分でやるんだろうな。
120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:05:01.54 ID:nzpv2Lk9O
本来なら全員の監視ができるくらいだろうからな。
古泉だけなら朝飯前だろう。
「他に意見がある人は?」
先ほどのでルールの穴は大体埋まったはずだ。
終了時刻は言われていないが、下校時刻であろう事は想像がつく。
トイレなどの監視の目の届かないところもあるが、
ゲームの性質上、仕方ないこととも言える。
そこのところは、ゲームの参加者次第となるだろうが、
メンツから考えれば問題あるまい。
俺以外に意見のあるヤツもいないようだ。
「……鶴屋さんへの連絡はあたしからしておくわ。改めて、以上よ」
ハルヒそこまで言い切ったところで、下校時刻を告げるチャイムが鳴り、
それとほぼ同時に長門が本を閉じた音を合図に解散となったのだった。
121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:06:59.43 ID:nzpv2Lk9O
「一つ、賭けをしませんか?」
朝比奈さんの着替えを待ち、五人下校している途中、
隣を歩く古泉がいつもの笑みでそう切り出してきた。
ハルヒと朝比奈さんが肩を並べて先頭を歩き、
その数歩後ろを長門が本を開いて黙々と歩くのを、
そのまた数メートル後ろから眺めるように殿を務めるのが俺たち二人だ。
「ゲームの勝敗か?」
「最初に脱落する人のみを当てることにしましょう。
涼宮さんは罰ゲームを明言されませんでしたからね。
それくらいの方がスリルがあって、面白いでしょう?」
罰ゲームは有って当然と考えている可能性もなくはないがな。
ここで賭けに乗ってやるのも一興だろう。
「俺はハルヒが一番に落ちるのに賭ける」
122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:09:01.89 ID:nzpv2Lk9O
「根拠を訊いても?」
「ほとんど消去法だよ。自分に賭けるのは賭けとして面白みに欠ける。
お前はロールプレイは得意だろうし、長門も何とかしそうだからな。
残るはハルヒと朝比奈さんだが、条件が厳しいのはハルヒのほうだからな」
なるほどなんて頷いているが、お前は誰に賭けるんだ。
「なら、僕はあなたに賭けましょう」
「根拠は?」
「そう睨まないで下さい。あなたと同じですよ。
僕と長門さんはあなたが語った通りで、論じるまでもありません。
そして、涼宮さんは聡明な方ですからね。
あなたが考える以上にロールプレイは得意でしょう。
そもそも、あなたが五人中で一番条件が厳しいのですから、
消去法でなくともあなたを選びますよ」
123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:09:59.88 ID:KAMvg/Bn0
当然だろうな。俺がこいつでもそうする。
しかし、俺の条件以外でも、笑顔を見せないというのはかなり厳しい気もするし、
長門も本が読めないのは苦痛かもしれない。
そういうゲームだから仕方の無いことだがな。
こいつはハルヒが罰ゲームを言い出さなかったから、
俺にやる気を出させるために賭けを持ち出したんだろう。
さらさら負ける気は無いんだがね。
どうせやるなら勝ちたいと思うのもまた、当然のことだろう。
「それで、何を賭ける?」
「あまり大きすぎるのも何ですから、ジュース一本分くらいにしましょう」
124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:12:00.55 ID:KAMvg/Bn0
妥当だな。
あんまり大きくして賭けに負けた上に、
更にハルヒの罰ゲームなんて言われた日には泣きっ面にスズメ蜂だ。
「健闘を祈りますよ」
古泉を微笑みを湛えたままそう言うと、前を向いた。
その笑みを浮かべた横顔は明朗快活にも、偽悪的にも見えるのがこいつの困ったところだ。
そもそも今の流れで祈られても、勝って欲しいのか負けて欲しいのか判らん。
だが、ゲームはゲームとして楽しもうじゃないか。
「お前もな」
125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:14:00.23 ID:KAMvg/Bn0
俺も古泉と同じく前を向くと、話しながら歩いていたからか、
長門との距離が少し詰まっていた。
いや、本を読みながらだから長門の歩みがいつもより遅いのか。
やはり、読み溜めをしておこうという腹なのだろう。
この気付けば読書をしているような文学少女が、明日一日読書ができないのだ。
俺にはよく解らないが、そう考えるのも妥当なのかもしれない。
しかし、あんな分厚い本を歩きながら読んで、腕が疲れないのか。
それ以前に、前を見ずに歩いても大丈夫なのだろうか。
長門がソーダーやらレーダーやらを搭載していたところで今更驚かないが、
見ていて危なっかしいのには違いない。
一応一声掛けておくか。
127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:17:59.93 ID:KAMvg/Bn0
「長門、大丈夫なのか?」
少しだけ歩調を速めて古泉と挟む形で長門と並ぶと、俺はそう話しかけた。
「問題ない」
俺の発言に長門は本から視線を離さないどころか、
歩調すら乱すことなく、そう返した。
そうだろうな。
銅像になっているほど勤勉だったとはいえ、人間でもできることなんだ。
時代の違いこそあれ、こいつにできないことはないだろう。
俺の取り越し苦労か。
「朝倉涼子に用いられていた言動及び表情の情報をダウンロードする」
128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:21:00.40 ID:KAMvg/Bn0
そっちかよ。
思わずツッコミそうになって、俺は慌てて思いとどまった。
ハルヒの方に目を遣るが、こちらのやり取りに気付いた様子もなく、
朝比奈さんとの会話を楽しんでいるようだ。
朝倉は転校したことになっていて、
ハルヒはあの突然の転校を不信がっていたんだ。
今でも朝倉の話が出れば、飛びつくかもしれない。
長門と朝倉は同じマンションに住んでいたんだから何とでも言い訳はできるだろうが、
吐かなくてもいい嘘は吐かないに越したことはないからな。
ハルヒには聞こえていなかったようだから、とりあえず一安心して、
しかし、俺は少しだけ声をひそめて再び長門に話しかけた。
129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:26:00.86 ID:KAMvg/Bn0
「いや、そうじゃなくてだな」
俺がどう続けるか迷っていると、長門は少しだけ顔を上げ、
一ミリほど小首を傾げたかと思うと、すぐに元の角度に戻した。
ただ、歩いていてブレただけにも感じるが、
長門の目に一瞬不思議そうな光が宿ったように見えたから、
やはり、首を傾げたんだろう。
俺の見間違いかもしれないがな。
俺がそんなことを考えながら見ていると、長門は本に視線を戻してしまった。
「情報操作は得意」
そのまま本から目を離さずに言った長門の言葉を俺はどう取るべきなのだろうか。
事故に遭うことはないと取るべきか、事故に遭ったとしても大丈夫と取るべきか、
はたまた、違う意味を探すべきか。
長門を挟んで向こう側にいる古泉はいつものニヤケスマイルで俺を見ているが、
何を言うわけでもない。
130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:30:58.72 ID:KAMvg/Bn0
判らん。
長門の言葉の正確な意味も古泉の笑顔の含むところも、
俺にはサッパリ理解できん。
とりあえず、大事には至らないか、至ったとしても何とかなるんだろう。
俺は考えることを早々に放棄し、しかし、二人に問いただすこともしないまま、
長い坂道を下りきり、光陽園駅前にたどり着いた。
「また明日ね。遅刻したら罰金よ」
ハルヒは俺を睨みつけると、制服のリボンとスカートを翻し、
一番に背を向けたかと思うとすぐに踵を返して戻ってきた。
長門でさえも俺と古泉の間から動いていないという早業だった。
「そうそう、明日のゲームの罰ゲームだけど、
最下位の人は一位の人の言うことを何でも聞くことってことでどう?」
やはり、罰ゲームはあったか。
131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:37:10.05 ID:KAMvg/Bn0
古泉はいつもの笑顔でいいんじゃないですかなんて言ってやがるし、
長門は無言で頷いている上に、朝比奈さんも同意を返している。
しかし、わざわざ順位を決めるくらいだから、予想できなかったことでもない。
ハルヒ以外が勝てば、無茶苦茶な罰ゲームにはならないだろう。
ハルヒも時期から考えれば、クリスマスパーティでの一発芸くらいで済みそうだ。
いや、あれはあれで苦痛なのだが。
どちらにせよ、俺が最下位になることが決まっているわけでもなく、
ハルヒが一位になるとも限らない。
ならば、反対する理由もあるまい。
「解った」
俺の同意の声を合図に今度こそ本当に解散となったのだった。
132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:41:00.08 ID:KAMvg/Bn0
夜になって、晩飯だの風呂だのを済ませると、
俺は机について勉強道具を取り出した。
明日は早いから手早く終わらせよう。
眠気と戦いながら明日の予習だの、やりようのない数学以外の復習だの、
佐々木から直々に出された課題だのを終わらせたところで、
時計に目を遣り現在時刻を確認すると、午前二時十三分。
こんな日に限って、自分でも意外な集中力を出してしまったようだが、
さすがにそろそろ寝ないと明日が厳しいだろう。
机に噛り付いていたせいで凝り固まった身体を適当にほぐしながら電気を消し、
布団に潜り込むと、目は冴えているように感じていたが、
眠気はすぐにやってきて、俺は存外寝付きよく眠りに落ちたのだった。
133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:46:00.32 ID:KAMvg/Bn0
翌朝。
いつもより早めの目覚まし時計のアラームに叩き起こされた俺は、
一日の始まりの作業として横で丸くなって眠っていたシャミセンをまず床に転がして落とし、
次に自分の身体を起き上がらせた。
床に就く時間が遅かったせいかかなり眠い。
俺はなんとなくいつもより重い身体を引き摺りながら部屋を出ると、
眠気を飛ばすために冷たい水で思いっきり顔を洗った。
タオルで顔を拭くと、それなりに目が冴えてくる。
洗面台の鏡に目を遣るとそこには眠そうな顔をした冴えない男が一人映っていた。
134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:54:00.86 ID:nzpv2Lk9O
無論、俺だ。
やはりまだ眠いらしい。
ふと思い立って、古泉の笑みを思い浮かべながら、爽やかな笑みの練習をしてみる。
「こんな感じか?」
自分の笑顔ながら、どこかしらぎこちない上に、違和感が拭いきれない。
当然だ。
俺は鏡の前で笑顔を練習するような役者でもなければ、ナルシストでもない。
俺は古泉に笑顔の秘訣でも聞いておけば良かったなどと考えながら、
歯磨きを終わらせると、台所に向かった。
136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:57:01.50 ID:nzpv2Lk9O
弁当のおかずを作っているお袋の横で、牛乳を一杯飲み、トースターにパンを放り込む。
自分の分のコーヒーを淹れ、食卓に置くと、
台所に引き返して、弁当箱を取り出すと、ご飯を詰めた。
ちょうどパンが焼けたので、弁当箱をお袋の邪魔にならないような場所におき、
トーストを皿に移して、冷蔵庫からバターを取り出して、食卓に向かった。
トーストを食べ終わり、少し余裕があるため、
朝刊を読みながらコーヒーを飲んでいると、パジャマ姿の妹が顔を出した。
「わ。キョンくんが先に起きてる?」
妹よ、どうして信じられないものを見たような顔で首を傾げる。
そんな妹を見て、俺は今日の演技の練習でもしておこうと思い立った。
自分で見ると違和感があるかもしれないが、自分の顔などそうそう見ないのだ。
どうせなら、客観的に判断してもらった方がいい。
137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 01:59:01.81 ID:nzpv2Lk9O
「おはようっ」
とりあえず、笑顔を作って朝の挨拶をしてみる。
「キョンくん、変な顔ー」
妹の発言に少なからずショックを受けながら、
笑顔が引きつるのを自覚しつつ、尚も演技を続ける。
「今日も元気だねっ」
「おかーさーん。キョンくんがー頭おかしくなってるよー」
台所に向かってそう言うと、とっとっとっと妹は顔を洗いに行ってしまった。
さすがにそれ以上続ける気力もなく、俺は笑顔を作るのをやめた。
やはり、他人から見ても違和感があるらしい。
138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 02:02:03.55 ID:nzpv2Lk9O
今日一日なら何とかなるか。
そう考え直した俺は弁当の残り詰めて、制服に着替えると家を出た。
余裕があると思っていたが、家を出たのはいつも通り歩くと、
集合時間にギリギリ間に合わないくらいの時間だった。
俺はやはりまだ眠気が残っている重たい身体に鞭を打って少し駆け足になりながら、
鳥の鳴き声に少し上に目を遣って、ふと思い出した。
「おいおい。そういや、雨の予定はどこいったよ」
見上げる先には雨の気配のまったく感じられない、爽やかな秋晴れの空があったのだった。
139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 02:04:01.07 ID:nzpv2Lk9O
ハイキングからジョギングに予定を変更したおかげで、
いい感じに眠気が飛び、俺は長い坂道の途中で少し速度を緩めて上着を脱いだ。
時間にも余裕ができたため、そのまま歩いて坂道を登っていくと、
校門前には既に俺以外の四人の姿があった。
古泉が長門と朝比奈さんに何かを渡しているのが見えたが、
少し距離があったため何かは判らなかった。
ハルヒを初めとして全員が俺の姿を確認したのを見て、
俺は少し早足で四人の待つ校門へと急いだ。
近づくにつれ、古泉が何か白い棒状のものを咥えているのが見え、
一瞬、タバコかとも思ったが、煙が出ていないし少し細いようなのですぐに違うと判った。
140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 02:06:01.42 ID:nzpv2Lk9O
恐らく、ロリポップか何かだろう。
何でそんなものを咥えているのかは解らないが、演技に付随する小道具か何かだろう。
長門も咥えているところを見ると、先ほど渡していたのはこれか。
しかし、同じものを食べているにも関わらず、
長門は幸せそうな表情で、古泉は不機嫌そうな表情をしている。
既に役になりきっているのだろう。
古泉の不機嫌な面は顔が無駄に整っている分、少し威圧感があるが、
長門の幸せそうな表情のインパクトに比べれば、小さなものだ。
確か、朝倉の表情を真似てるんだったか。
141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 02:07:00.29 ID:KAMvg/Bn0
そう念頭において見れば、どことなく朝倉っぽく見えなくもない。
ハルヒの存在を見失った世界での長門の微笑みに俺は目眩を覚えたが、
あのときみたいな不意打ちのように長門のこんな表情を見せられたら、
俺は卒倒していたんじゃないかと思うね。
前もって教えてもらっていて良かったとつくづく思う。
そんなことを考えているうちに四人の待つ校門前までたどり着いた。
「遅い。罰金」
ハルヒは週末の不思議探索パトロールのときのようにそう宣言すると、
今日じゃなくて、今度の不思議探索のときに一回奢りねと付け加えた。
俺もいつものように適当に返しそうになったが、
古泉と長門が既に演技をしているなら、俺もしてやろうと思い直した。
「すまないねっ! 今週末に喜んで奢らせてもらうよ。
みんなを待たせてしまったわけだからね」
142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 02:10:00.11 ID:KAMvg/Bn0
妹に変な顔と評された笑顔を浮かべて俺はそう言ったのだが、
それを受けての反応は四者四様だった。
ハルヒは罰金を告げてきた仏頂面のまま固まっている。
「ふぇ……」
朝比奈さんは口をそう発した状態で開けたまま呆然としており、
長門は口の中で飴玉を弄んでいるのか咥えた棒を揺らしながらニコニコと、
何も言うことなくこちらを見つめている。
「よお、キョン」
古泉は組んでいた腕を解くと片手を挙げて、
しかし、眉根を寄せむっつりとロリポップを咥えたまま挨拶をしてきた。
表情が変わらないところを見ると、大して動揺しているようにも見えず、
不機嫌そうなこと以外は、元の古泉のままだな。
144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 02:14:00.06 ID:KAMvg/Bn0
あの未来人藤原と前生徒会長を足して二で割ったらこんな感じになるかもしれない。
「おはよう、古泉っ! みんなもおはよう!」
そんなことを考えながら、
俺なりの満面の笑みで好青年らしく爽やかに古泉と他三人に挨拶をした。
古泉のように敬語ではないのは、
以前あいつが同級生に敬語を使い続けるのは疲れると漏らしていたからだ。
その代わりに、鶴屋さんやハルヒ、あと妹の話し方を思い出しながらの挨拶である。
しかし、朝比奈さんとハルヒは固まったまま、
長門も幸せそうにロリポップの棒を揺らしているままで、特に反応はない。
朝比奈さんにここまで驚かれるのは、演技とは言えちょっとショックだ。
ハルヒはともかく朝比奈さんには愛想よく、
それこそ好青年のように対応してきたつもりだったのだが。
145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 02:17:59.89 ID:KAMvg/Bn0
俺が笑顔を崩さないようにしつつ、内面ショックに打ちひしがれていると、
ハルヒが思い出したようにグッと眉根を寄せ、古泉以上に不機嫌そうな面になると、
思わずといった感じに小さく一言漏らした。
「気持ち悪い」
俺はお前の言った条件に従っているだけだぞ。
だから、半歩ほど後ろに下がりながらそんなことを言われるのは心外なんだが。
何となく、お前が俺のことをどう見ているのか解った気がするがな。
「ぷっ」
眉根が寄りそうになるのを必死に耐えながら、
しかし、間違いなく引きつっている笑顔を維持していると、
どこからか噴き出すような声が聞こえた。
「アッハッハ!」
今度は純粋に楽しそうな笑い声だ。
146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 02:21:59.86 ID:KAMvg/Bn0
俺がその笑い声のする方向に目を向けると、
そこにはまさに抱腹絶倒という感じで爆笑している長門がいた。
咥えていたロリポップ手に持ったまま、本当に腹を抱えて笑っている。
側に机か何かがあったらバンバンと叩いているんじゃないかと思うほど、
いつもの長門からは考えられない勢いで爆笑しており、
去年の冬の長門の福笑いを見た鶴屋さんを髣髴とさせる。
何があろうと驚かないと思っていたくらいには俺の高校生活は濃いものだったのだが、
それでもこの長門の爆笑を見て、俺の経験もまだまだだったのだと思い知らされた。
長門を知る誰もがこいつの鶴屋さん並の爆笑を想像だにするまい。
朝比奈さんはさっき以上に呆然としているし、
古泉でさえも驚愕の滲む笑顔に戻ってしまっている。
流石のハルヒもこの事実に対処しきれていないのか、目をパチクリとしている。
状況の認識を放棄したのか、ハルヒはこちらを向いた。
147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 02:30:03.06 ID:KAMvg/Bn0
良かったな、ハルヒ。
爆笑する長門なんて珍しいを通り越してロアと言っても過言じゃないぞ。
それはともかく。
「折角、キャラを作ってきたのに『気持ち悪い』とは何だ。
あと、長門。笑いすぎだ」
この状況では、流石に笑顔を維持している気にもなれず、
演技をやめると、長門にそう言った。
「ククッ……だって、気持ち悪いって……」
長門の笑いながらのその言葉を聞いてハルヒが、
「あたしのせいなの?」と言いたげな目を俺に向けてきた。
俺の笑顔を見ているだけでは笑い出すことも無かったから、
お前の発言がきっかけだろうよ。
148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 02:35:00.01 ID:KAMvg/Bn0
しかし、笑いのツボから考えると、
実は長門は結構いい性格をしているのかもしれない。
「あなたがそこまで演技派だとは思いませんでした」
長門の笑いが少し治まってきたところで、古泉が元の笑顔でそう言ってきた。
やはり、こいつにはこの表情の方がしっくりくるな。
「参考になる人物が長いこと近くにいたもんでな。
そいつの真似をしてアレンジを加えただけだ」
俺は古泉にそう返しながら、故意に浮かべる笑顔が結構疲れるものだと判って、
それを一年半もの間続けている古泉に少し尊敬の念を持ちつつも、
今日一日だけで顔面筋肉痛になりそうだと考えていたのだった。
150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 02:39:00.25 ID:KAMvg/Bn0
「そろそろ、校門をくぐりますよ。皆さん、準備はいいですか?」
ハルヒが場の空気と共に、自分のまとう雰囲気を変えて、そう言った。
お淑やかと言うには少し高飛車な感じがするが、
女の子らしいお嬢様っぽい雰囲気は漂っている。
「いいわよ」
笑いの治まったらしい長門はロリポップを咥えて楽しそうな表情で返事をした。
いつもほぼ無表情で読書ばかりしているが、
このゲームではどんな表情を見せるのだろうか。
朝倉の真似だけをするんじゃなくて、長門自身の感情として楽しめればいいが。
151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 02:47:01.95 ID:KAMvg/Bn0
「いいぜ」
古泉は藤原のような憎々しげな笑みを浮かべる。
アナログゲームでは俺に負けているが、こういうロールプレイは古泉の方が得意だろうな。
ふっと笑みを消すと、ロリポップの棒が本当にたばこに見えてくるくらいには悪そうに見える。
「いいですよ」
朝比奈さん(大)のようなとまでは言わないが、
俺を嗜めるときのように大人びた雰囲気をまとった朝比奈さん(小)。
一緒に送る高校生活は残り少ないが、
このゲームを通してSOS団の年長者として自信が付けられれば良い。
「いいよっ!」
さて、俺も今日一日楽しませてもらおうかね。
152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 02:54:59.92 ID:KAMvg/Bn0
「やあ、手伝おうかいっ?」
そう満面の笑みを浮かべて言ったのはもちろん好青年を演じる俺であり、
その俺の満面の笑みに思いっきり硬直しているのは、
黒板消しを握りしめた今日の日直の女子生徒である。
一限目の授業中、ハルヒに渡されたノートの切れ端に日直を手伝うように書かれていたのだ。
あいつの好青年像はどんなものなのかね。
「え、黒板消し?」
俺は満面の笑みで頷いたのだが、彼女は明らかに戸惑っている。
153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 03:06:59.78 ID:KAMvg/Bn0
確かに俺はあのハルヒ率いる変人集団であるSOS団のメンバーだ。
俺がクラスでどのように認識されているかは想像に難くない。
俺としてはハルヒと同属扱いされるのはまことに遺憾だが、
SOS団にそれなりに帰属意識を持っているのは事実であり、
自分でも奇特な人間であることは十分に承知しているのだから、
俺にいきなり話しかけられて彼女が戸惑うのは仕方の無いことなのだと割り切れる。
確かに俺はあまり率先してこういったことをする人間ではないが、
俺個人の性質とのギャップで戸惑われている訳ではないと思いたい。
「俺は君の役に立ちたいのさっ」
日直の子が気持ち引いた気がして、少なからずショックを受けた。
同級生の女の子に引かれてショックを受けない男はいないだろう。
155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 03:16:00.15 ID:KAMvg/Bn0
「キョンよ」
俺が表面的には笑顔を浮かべながら内心でかなり打ちひしがれつつ、
黙って黒板消しを始めたところで、谷口が話しかけてきた。
いつもならこんな状況で谷口に話しかけられても、
適当に返すだけなのだが、今日はそうもいかない。
「何だい、谷口っ」
これはゲームだと自分に言い聞かせて、
テンションを無理やりに上げながら歯を見せて笑う。
いつもはやらないことなだけに、思っていた以上に辛い。
「どうしたんだ、お前。なんか気持ち悪いぞ」
ついむっとした表情を出しそうになって、慌てて笑顔で取り繕う。
156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 03:20:00.24 ID:KAMvg/Bn0
ハルヒに見られていないかと確認すると、
珍しく女子のグループに入って少なくとも表面上は楽しそうに会話を繰り広げており、
こちらの様子に気付いた様子もない。
そのことに安堵しながら、谷口に笑顔で応える。
「そうかい?」
谷口も俺がハルヒに視線を送ったことで何となく察してくれたらしい。
「お前も大変だな。何をやってるのか知らんが、まあ頑張れ」
そう言うと谷口は自分の席に戻って、つぎの授業の準備を始めた。
157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 03:23:00.33 ID:KAMvg/Bn0
会話をすればするほどボロを出す機会は増えるわけで、
条件を満たすための最低限の会話以外はできるだけ避けたい俺としてはありがたい。
「ありがとう、谷口っ」
俺はいつもは心の中だけで済ますであろう言葉を口に出してみた。
好青年なら応援されたら感謝の言葉くらい返すだろうからな。
「やっぱ気持ち悪いぜ、お前」
凍りついた教室と谷口の言葉にへこみながら、黒板消しを再開しつつ、
俺はクラス内での振る舞いを考え直そうと決めたのだった。
159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 03:27:00.28 ID:KAMvg/Bn0
二限目も無事終了し、
やはり若干引かれつつも日直の手伝いを終わらせた俺は、
トイレに向かっていた。
ハルヒの監視から逃れようとしたわけではないのだが、
笑顔を浮かべ続けるのに疲れており、
また、教室に居辛いという理由があったことは否めない。
しかし、ハルヒのヤツは自分もトイレに行くと称してついて来やがった上に、
女子というのはトイレに行くときは集団で行くものらしく、
クラスメイトの女子数人のオマケ付きである。
そのハルヒを含む集団に気を取られていたのがいけなかったのだろう。
俺は廊下ですれ違いざまに男子生徒に肩をぶつけてしまった。
160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 03:31:57.60 ID:KAMvg/Bn0
「やあ、すまないねっ。怪我は無かったかい?」
上履きのラインを見るに同学年らしいと判断しつつ、
俺はぶつかった時に崩れかけた笑顔を意識して維持しつつ、
ぶつかった相手が落としたであろうハンカチを拾いながらそう訊いた。
ハンカチを渡そうと顔を上げると、
そこにいたのは俺のクラスメイトである国木田だった。
「ありがとう。でも、どうしたの?
谷口も言ってたけど、なんか気持ち悪いよ。
変なものでも食べたんじゃないの?」
それなりに付き合いの長い国木田にまでそう言われるとは、
俺はいったいどんな風に思われていたのだろうか。
非常に気になるところでは有るものの、何となく返ってくる答えが予想できないわけでもなく、
更にその答えが俺の精神に多大なるダメージを与えることも予想できるので訊かないでおく。
161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 03:38:11.41 ID:KAMvg/Bn0
「そうかい? 変なものを食べた覚えはないよっ」
俺は国木田の俺に対するイメージを訊く代わりに、笑顔でそう返した。
ゲームだと答えないのは、ハルヒに口止めされているからである。
周りがゲームだと知っているとゲームとして面白くないからだとか言っていたが、
俺に対する周りの反応を見てハルヒが面白がるためであろう。
俺と国木田の横を通り過ぎる時に、
ハルヒが含みのある微笑みを浮かべたことからまず間違いない。
「ふうん。あ、ノートのコピーもって来てるから、後で渡すよ」
162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 03:44:11.05 ID:KAMvg/Bn0
谷口同様、国木田も薄々察してくれたのかそう言うと、教室の方へ歩き出した。
すれ違う時の俺との距離が若干広い気がするのは俺の気のせいだろうか。
「ありがとう。助かるよっ」
俺は国木田を振り返ってそう言ったのだが、
国木田は俺の方を見て苦笑すると教室の中へと消えていった。
国木田を挟んで反対側に見知った小柄な女子生徒がニコニコというよりは、
ニヤニヤと笑っている姿が見えたような気がするのもやはり気のせいだということにして、
俺は当初の目的を達するため、トイレへと歩き出したのだった。
165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:00:03.52 ID:aLG0GmrT0
そんなこんなで四限目。
真面目な好青年を演じるために、
三限まではキチンと授業をこなしていたのだが、
昨日床に就く時間が遅かったのと、窓際の暖かさ、
更には授業が解りにくいこともあいまって、眠気がピークに達してきた。
睡魔のヤツが瞼を重くしていくのにしばらくは抗っていたのだが、
気付けば俺は机に突っ伏して眠っていたらしい。
「キョンくん。起きてください」
背中を軽く叩かれる感覚と共に浅い眠りから目を覚ました俺が、
この言葉を聞いて、あの可愛らしい先輩を思い浮かべてしまったのは無理あらぬことであろう。
「んぁ……朝比奈さん」
166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:03:00.24 ID:aLG0GmrT0
「違います」
ひそめられつつも凛とした声でそう告げられて、
俺は慌てて立ち上がって振り返った。
「げっ……ハルヒ、どうかしたのかいっ!」
寝起きで寝ぼけた頭にも関わらず、
途中でゲーム中であることを思い出して取り繕えたのは、
自分でも大したものだと思うが、
それ以前に居眠りをしてしまっている事実に変わりはない。
俺がどう言い訳しようかと考えていると、小さな笑い声が俺の背後から聞こえてきた。
振り返ると、ほとんどのクラスメイトが半口をあけており呆然としており、
眉目を吊り上げた男教師はチョークを持った手を腰に当ててたいそうご立腹の様子であった。
谷口や国木田他数名のみが声をひそめて笑っている。
167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:06:13.23 ID:aLG0GmrT0
妙に静かだと思ったら、まだ授業中かよ。
どうせ起こすなら、授業が終わってから起こしてくれ。
これを狙って授業中に起こしたんだとしたら、性質の悪い悪戯だ。
しかし、心の中でハルヒに不平を言っている暇があったら、
この状況を何とかせねば。
「授業の邪魔をしてすみません。
少し居眠りをしてしまって、涼宮に起こしてもらったんですが、
それに驚いてしまいまして。どうぞ、授業の続きを。」
動顛して言わなくていいことまで言ってしまった気がする。
教師の注意とクラスメイトの笑い声をとりあえず浮かべた笑顔で受け流しつつ、
俺が席に座ったところで、ハルヒが声をひそめて話しかけてきた。
「真面目な好青年さんが居眠りですか?」
168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:13:06.83 ID:aLG0GmrT0
「あの……ええと、これは……」
そう言えば、ハルヒに対する言い訳を考えるのを忘れていた。
意味の無い言葉を羅列しながら、何か適当な言い訳がないか考えていたのだが、
俺が居眠りをしたと言うのは覆しようも無い事実であり、
そもそも、寝起きの頭で笑顔を浮かべるだけでも俺の寝ぼけた頭の容量は精一杯なのに、
そこで更に事実を覆すほどの言い訳を考えられるはずも無い。
だがしかし、ここで諦めてゲームに負けてしまうのは、
何だかもったいない気がする。
既に昼休み直前ではあるものの、部活中までこのゲームが続くのだと考えれば、
まだ制限時間の半分ほどしか過ぎていないことになる。
でも、やはり俺がルール違反を犯してしまったことには変わりないわけでなどと、
俺が当初の目的とは少し外れたところで思考の渦に巻き込まれていると、
唐突にハルヒが口を開いた。
170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:16:00.63 ID:aLG0GmrT0
「これは貸し一にしておきます」
ハルヒはそこで一旦言葉を切ると、
少し辺りを見回した後にこいつにしてはかなり小さな声で続けた。
「今週の日曜に買い物に行く予定なんですけれど、
その荷物持ちをしてくだされば、なかったことにして差し上げますが。
いかがでしょうか?」
俺の笑顔や好青年風の態度は主にクラスメイト二人に気持ち悪いと散々言われていたが、
ハルヒがお嬢様然として、穏やかな笑顔を浮かべて俺に対して敬語を使うというのも、
常にはありえないことだからか、妙に小恥ずかしいというか気持ち悪いというか。
しかし、こいつが自らルール違反を見逃すなんて、珍しいこともあったもんだ。
何か大変な裏があるのではないかと勘繰ってしまったが、
恐らく、こいつもまだゲームの脱落者を出すには早いと考えただけだろう。
そう言えば、脱落者が出た場合の対応は決めていなかったが、
鶴屋さんや古泉、長門たちなら連絡を回すなり、
ルール違反をした時間を記録しておくなり臨機応変に対応するだろう。
171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:17:59.90 ID:aLG0GmrT0
「ああ、そうしてくれると助かるよ」
俺はそろそろ慣れてきた古泉風の笑みを浮かべて、そう言った。
何にせよ、この一回だけだろうが、見逃してくれるなら儲けものだ。
代償がないわけではないが、買い物の荷物持ちくらいなら、
不思議探索パトロールでも何回かやらされているんだから、
罰ゲームが確定するのに比べれば安いものだ。
しかし、買い物ならば男である俺よりも、
女である長門を連れて行った方がいいだろうし、
俺で持ち運べるならあいつに持ち運べないことはないだろうから、
それで万事解決の気もするが、
ハルヒの笑顔を見ているとそれをわざわざ告げる気にもならなかった。
そんなことを考えているうちに、授業終了を告げるチャイムが鳴ったのだった。
172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:21:06.59 ID:aLG0GmrT0
四限の授業が終了すると、昼休みがやってくる。
一般的な高校生は昼休みに各々昼食を食べるのだが、
空腹に耐え切れなかったり、昼休みに用事があったりして、
昼休み前の短い休憩時間に弁当を食べてしまうヤツや、
中には授業中に教科書なんかで隠して食べるヤツなんてのもいる。
俺は基本的にはちゃんと昼休みの時間に食べるがな。
他の生徒の昼飯の摂り方はともかく。
昼休みになりいつものように谷口や国木田と一緒に弁当を食べようと、
鞄から弁当箱の包みを取り出して立ち上がろうとした俺は腕に抵抗を覚えて振り返った。
「学食に行きましょう」
ハルヒが袖をしっかりと掴んでいる。
そう言えば、お互いに監視しているわけだから、別々に昼飯を摂るわけにはいかないな。
襟首ではなく袖口を掴んだのはお淑やかなお嬢様を演じているからだろう。
173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:25:00.57 ID:aLG0GmrT0
俺は弁当持参であり、谷口や国木田と一緒に食べることに、
そこまで拘っているわけでもないから、
俺がハルヒの学食に付き合えば問題ないだろう。
しかし、ハルヒをして席を確保するのが大変と言わしめる学食で、
弁当持参でその必要が無い人間が席を一つ取ってしまうのはどうなのだろうか。
俺がそんなことを考えている間にも時間は過ぎており、
学食の座席はどんどん埋まっているのだろう。
ハルヒが袖を引っぱる力は次第に強くなっていることから、次第に焦っているのが判るが、
それでも、強引に引っぱって走り出したりはしない。
言葉で急かさないのは、焦ってつい命令口調になるのを防ぐためか。
どうせ頼まれたら断れないんだ。
俺は見ず知らずの生徒に気を遣うのが馬鹿らしくなり、
ハルヒに手を引かれるまま、もう一方の手には弁当をぶら下げて歩き始めたのだった。
174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:28:00.33 ID:aLG0GmrT0
教室から出たところで見知った顔に出くわした。
「学食に一緒に行こうかと思ったんだけど」
そう言ったのは長門有希である。
その隣には古泉一樹がすらりとした姿で伴われている。
いつもならば意外性のある組み合わせだと思わなくも無いが、
今日は俺とハルヒのように互いに監視している立場なのだから、
行動を共にしていてもおかしくはない。
しかし、この二人が並んで俺たちの教室にやってくると、
あの前生徒会長に呼び出された時のことを思い出すな。
176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:31:02.31 ID:aLG0GmrT0
「学食?」
長門の発言を疑問に思った俺の言葉はハルヒと見事に被った。
ハルヒも長門の言葉の真意を掴みかねているらしい。
なぜ今日は一緒に行こうと言うのだろうか。
SOS団のメンバーは放課後にはたいてい部室で同じ時間を共有しているし、
何か用事があれば昼休みにも一緒にいることはあるが、
課業中にはクラスが同じ俺とハルヒ以外は基本的に別々に行動しているように思う。
朝比奈さんはそもそも学年が違うから、
学年の同じ鶴屋さんと一緒に行動しているだろう。
長門は誰かと行動を共にするくらいなら一人で読書をするほうを選ぶ気がするし、
誘われても非常に事務的な対応をしそうな気がする。
177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:34:05.36 ID:aLG0GmrT0
ハルヒは教室で俺の目の届くところにいる以外は、
昼休みには学食にいるか、それ以外では学校内の散策をしているようだ。
古泉のヤツは知らん。
少なくとも俺とは一緒に行動することは、ハルヒに関するゴタゴタが無い限りはあまりないから、
SOS団のメンバーと一緒にいることは無いだろう。
かく言う俺は教室にいるときでも谷口や国木田とつるんでいることが多い。
前提として、俺の知らないところで密会などしてなければの話だが。
とにかく、待ち合わせもしていないのにわざわざ昼飯を一緒に食おうなんてことは、
これまでにあんまりないことだった。
それなのに、なぜ今日に限って学食に一緒に行こうなどと言い出したのだろうか。
179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:39:14.31 ID:nzpv2Lk9O
俺は最初に一言告げてからニコニコと立っている宇宙人っ娘を眺め、
三秒待って諦めてから古泉の不機嫌そうな妙に威圧感のある顔を見た。
「説明してくれるかい?」
「面倒だが、そろそろ学食に入れなくなるから手短にいこう」
古泉はそう前置きすると、俺とハルヒを交互に見て話し始めた。
「昼休みにお前は弁当を持って来ていて、涼宮は学食で食ってるのは知っていたからな。
別々の行動を取ろうとしてるんじゃないかと思って、長門と一緒にここまで来たんだが、
その様子だとちゃんと一緒に行動をしているようだな。
わざわざ足を運んでやる必要も無かったか」
長門の言葉の意味は解ったが、なんか癪に障る言い方だな。
ハルヒに対した前生徒会長みたいだ。
みたいと言うか、確実にそれを真似てるんだろうな。
180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:41:01.18 ID:nzpv2Lk9O
「せっかくだから、四人で食べればいいじゃない」
先ほどまで黙って立っていた長門が、
どう見ても演技には見えない完璧な笑みを浮かべて言った。
いつもこんな表情を浮かべていれば朝倉並にクラスの人気者になれんじゃないだろうか。
できるのにやらなかったってことは何か事情があるのかもしれないが、
しかし、魅力度四割増しになったように見えるのにもったいない。
「しかし、出遅れましたから、四つもまとまった席がないかもしれません」
長門にそう反論したのはいつの間にか俺の袖から手を離していたハルヒだ。
181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:43:01.04 ID:nzpv2Lk9O
確かに昼休みが始まってから少し時間が経ってしまっている。
四限終了と共に姿を消すこいつからすれば、かなりの出遅れだろう。
「なら、俺がここに残るよ。
谷口か国木田辺りに事情を説明しておけば、問題ないんじゃないかな」
元々学食を利用してないのは俺だけだからな。
ゲーム進行上の都合とは言え、
わざわざ長門と古泉が誘いに来たのに別々の席に座ることになるくらいなら、
その必要のない俺が辞退した方が良いだろう。
それは言い訳に過ぎず、ハルヒの監視下から逃れたいというのが本音だ。
182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:44:46.35 ID:nzpv2Lk9O
ハルヒが何を思って言ったのかは知らないが、
自然な流れでこいつの監視から外れられるのなら利用しない手はない。
誰かが一緒に来るように頼めば、それを断れない俺はついて行かざるを得ないが。
「……それがいいわね。そうしましょう」
少しの間の後、ハルヒはそう言ったかと思うと、スタスタと歩き始めた。
「長門さん、古泉くん。早く行かないと座れなくなりますよ」
一度立ち止まり振り返ってそう言ったハルヒは、すぐに廊下の角を曲がって見えなくなる。
「じゃあね」
ハルヒの消えた廊下の角を見つめて少し困ったような笑みを浮かべていた長門は、
俺にそう声を掛けると、「涼宮さん、待ってよ」なんて言いながら、
廊下の人ごみを器用に避けながら小走りでハルヒの消えた方に向かった。
183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:47:01.43 ID:nzpv2Lk9O
「…………」
長門が走って行った後も俺を不機嫌そうに睨んでいた古泉も、
不意に俺から目を逸らすと面倒臭そうに後頭部を掻きながら去って行った。
やれやれ。これでやっとハルヒの監視から離れられる。
だからと言って、いつも通りにしてるなんて卑怯な真似はしないが、
ハルヒに監視されてて尚且つ満面の笑みで完璧な好青年を演じていると胃に穴が開きそうだ。
谷口や国木田なら事情を話せばいつも通りに対応してくれるだろうし。
笑顔が面倒になってきたが、これはゲームだ。
仕方あるまい。
俺はつい吐きそうになった溜息を飲み込むと、少し気合を入れ直して、
弁当を片手に俺たちのやり取りを見ていたであろう谷口と国木田のもとへ向かったのだった。
184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:49:13.31 ID:nzpv2Lk9O
昼休みの教室。
谷口と国木田に話しているのを聞きつけたのか、
面白半分でこのゲームを利用してくるヤツが現れ始めた。
つまりは、「頼み事」というのをわざわざ作ってまで持ってくるのだ。
コンピ研の連中はこれまでの鬱憤晴らしのつもりか、
俺にとっては興味の無いパソコン談義をわざわざ俺を交えて始めやがった。
長門がコンピ研に顔を出すようになったことで前部長氏は満足だったようだが、
今年の部長はそれだけでは腹の虫が治まらなかったらしいと見える。
ともかく、SOS団が全校生徒に知られていることが災いして鬱陶しいことこの上ない。
185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:52:00.83 ID:nzpv2Lk9O
しかしながら、ルール上、その全てを笑顔で受け入れなければならない。
事情を話した谷口は爆笑しているし、
同じく国木田も微笑みを浮かべたまま、我関せずの姿勢を保っていて、
援護をしてくれそうなヤツはいない。
ハルヒと離れたことは失敗だったか。
後悔先に立たずとはこのことで、今からハルヒと合流しようにも、
既に食べ終わっているだろうし、どこにいるかなど見当もつかず、
学食にまだいたとしても、込み合っていて入れない可能性もある。
さて、どうするかと考えるまでも無い。
186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:54:00.21 ID:nzpv2Lk9O
三十六計逃げるに如かず。
頼み事は断れないとは決められたが、逃げてはいけないとは言われていない。
ルールの拡大解釈だがこのままストレスで胃に穴が開くよりはマシだ。
では、どこに行くべきか。
トイレ、は却下だ。
長く閉じこもっているのは何だか恥ずかしい上に、
谷口に付いて来られて出入り口で待ち構えられたら逃げ切れないかもしれない。
しかし、近寄りづらくて、尚且つ時間が潰せるなんて都合のいい場所あるわけ無いか。
187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:56:00.44 ID:nzpv2Lk9O
いや待て。
一箇所だけ俺は知っているんじゃないか。
混沌としていて、SOS団の噂を知っていれば近寄り難くなる場所。
そう、文芸部室兼SOS団アジトだ。
あそこなら鍵が掛けらるし、もし誰かがいれば谷口からも離れられるかもしれない。
しかも、学年が上がり部室と教室が近くなったので、
予鈴がなってから部室を離れても授業には十分間に合う。
俺は教室から逃げ出す方法を考えながら、
目の前で話し続けているコンピ研連中にいかにも聞いていますよという顔を見せつつ、
弁当の残りを胃に詰め込むのだった。
188 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 04:58:12.60 ID:nzpv2Lk9O
そうして、教室から這々の体で退散した俺が部室で目にしたのは、
当然のことながらメイド服姿ではなくセーラー服姿の朝比奈さんと、
そのクラスメイトにしてSOS団の名誉顧問である鶴屋さん、
そして長門の楽しそうに談笑する姿だった。
確かに部室の扉を開ける前から楽しそうな話し声は聞こえていたし、
ノックの後の返事から朝比奈さんがいることは判っていたが、
そこに長門まで混ざっていて、更には会話に加わっているとは思わなかった。
意外と言えば意外なその情景に、
女が三人寄ると姦しいだったかなどと考えながら、
俺が部室のドアノブに手をかけた状態で止っていると、
中々入ってこない俺を不思議に思ったのか、
長門が笑顔をそのままに誘うように手を振った。
「入ったら?」
俺はその動きに誘われるように部室に入り扉を閉めると、
いつの間にか定位置となったパイプ椅子に座った。
189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 05:00:58.70 ID:aLG0GmrT0
「楽しそうに話していましたね。何の話をしていたんです?」
外まで話し声が聞こえていたため、三人にそう話しかけたのだが、
何だか口調が古泉みたいになってしまった気がする。
今はゲーム中であり、自分から率先して真似をしているわけではないのだが、
何だか変な感じだ。
殊、朝比奈さんに対しては、
常から笑顔と敬語という今と同じ状態を心がけているのだが、
違和感が拭えないのはなぜなのだろうか。
「涼宮さんの話よ」
考え事をしていた俺は長門の発言に咄嗟には反応できなかった。
「……ハルヒの?」
朝比奈さんと長門がSOS団にいる理由はハルヒの監視なのだから、
情報交換をしていたところで不思議ではない。
朝比奈さんは長門に対して苦手意識を持っているようだが、
今の長門はいつもとはまるっきり雰囲気が違うため、
思い切って情報交換に乗り出したのだろうか。
190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 05:07:00.51 ID:aLG0GmrT0
しかし、それだったら鶴屋さんがいる理由が解らない。
外野というスタンスを保っていた鶴屋さんだったが、
直接情報収集に乗り出したのだろうか。
はたまた、俺の知らないところでまた何か起こっていたのか。
「そ。ハルにゃん、今日メイク変えてたらしいじゃないか。
わざわざメイクを変えるくらいなんだからやる気十分って感じじゃないかっ」
俺がつい寄りそうになる眉根を笑顔で誤魔化していると、
真夏の太陽のような笑顔で鶴屋さんはそう言った。
俺の考えは杞憂だったらしく、ただ単にガールズトークをしていたようだ。
「何事も形から入るのはハルヒらしいですね」
191 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 05:12:59.51 ID:aLG0GmrT0
いや待て。メイクを変えただと。
「よく考えたらあいつ、化粧してないじゃないですか」
そうだ。俺の記憶にある限り、ハルヒは化粧をしていなかったはずだ。
ただ単に俺をからかっているのか、
あるいは、やはり鶴屋さんを巻き込まなければならない何かがあって、
それを誤魔化そうとしているのか。
できれば前者であって欲しい。
そんなことを考えながら鶴屋さんのネタバラしを待っていたのだが、
ニヤニヤと笑みを浮かべるばかりで、
いつまで経ってもネタバラしだと告げてくれる気配はない。
鶴屋さんからのネタバラしを諦め、
長門に目を遣ってみても微笑みを浮かべたまま小首を傾げるだけで、
同じく口を開く気配はなかった。
192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 05:18:03.39 ID:aLG0GmrT0
最後の希望を込めて朝比奈さんに目を向けると、
とても悲しそうな、非難するような眼差しを向けられていた。
まるで歳の離れた親戚のお姉さんが悪戯の過ぎた幼児を諭しているような眼差しだ。
その表情のまま朝比奈さんが口を開いた。
彼女がなぜそのような表情をしているのかは解らないが、
できることならいつもの花が咲くような笑みで口を開いて欲しかった。
「キョンくん、ナチュラルメイクくらい気付いてあげて」
俺はその予想外の言葉にしばし呆然となった。
「涼宮さん、吊り目がちだから、
今日は役に合わせて目元を柔らかく見せるメイクをしてるの。
今朝会ったときに気付きませんでしたか?」
「……いえ」
普段のメイクは疎かそのメイクを今日変えていたことにも気がつかなかった俺は、
それだけ答えるのがやっとだった。
193 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 05:25:59.77 ID:aLG0GmrT0
「あなた、彼女とずっと一緒にいるのにこれまでどこを見てきたの?」
長門の朝比奈さんと同じく咎めるような顔と、
その言葉が追い討ちとなって心に深々と突き刺さる。
後になって冷静に考えてみれば、そう言われて俺がショックを受ける道理はないのだが、
しかし、これまでのことでストレスが溜まり、疲れていた俺にはその判断は下せなかった。
確かに俺はハルヒのどこを見ていたのだろうか。
あのエキセントリックな言動や唐変木な能力に気を取られて、
他の部分を見てこなかったんじゃないか。
いや、そもそもあの終わらない八月下旬のループの時には、
紫外線対策を怠って俺と一緒に真っ黒になっていたあのハルヒが、
化粧をしているなんて誰が思おう。
しかし、思い出してみれば、今年の夏にも勉強会の合間に遊びまわっていたが、
俺だけしか真っ黒になっていなかった気もする。
194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 05:29:59.69 ID:aLG0GmrT0
「わはははっ」
俺が長考する古泉のように笑顔のまま思案に耽っていると、
前方から非常に愉快そうな笑い声が聞こえてきた。
その笑い声に反応して顔を上げると、
鶴屋さんがニヤニヤ笑いを明朗な笑顔に変えており、
長門も先ほどの表情とは打って変わってくつくつと笑い声を立てている。
「そんなところもキョンくんらしいさっ。
でもでもっ、女の子ってのは小さな努力でも、
気付かれないよりは気付いてもらえた方が嬉しいもんだよっ。
今度、さりげなく言ってあげたらどうにょろ?」
さりげなく言ってみろと言われても俺は困るんですが。
男がさりげなく化粧について話し始められるタイミングというのを教えて欲しい。
195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 05:34:59.53 ID:aLG0GmrT0
「そうね」
その声に鶴屋さんに向けていた顔を少しずらすと、
俺の真正面に座る長門の白い顔が目に入った。
「それがあなただと言われたらそうなのかも。
でも、これで気付いたんだから言ってみたら良いじゃない。
ずっとこのままっていうのよりは、誰にとっても都合が良いと思うな」
その誰にとってもっていうのに俺は含まれていないと思うんだが。
「強制はしないさっ。何事も君次第ってことだけ覚えておけばいいよっ」
この状況にただでさえ閉口せざるを得なかった俺は、
鶴屋さんのその無邪気な一言によってますます無言となるのだった。
196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 05:39:59.53 ID:aLG0GmrT0
「……一つ訊いてもいいですか?」
朝比奈さんの表情が困ったような笑みに変わったところで、
俺は三人を視界に入れてようやく口を開くことができた。
「何かなっ」
「何でしょう?」
「どうぞ」
三者三様の応えを聞いて何とか話題を変えられそうなことに、
そっと胸を撫で下ろしながら俺は言葉を続けた。
197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 05:44:59.22 ID:aLG0GmrT0
「化粧って皆してるものなんですか?」
あまり話題は変えられていない気がするが、何となく気になったのだ。
俺から見たら三人とも化粧はしていないようにしか見えない。
クラスメイトの中には明らかに化粧をしていると判る女子もいないことはないが、
その数は比率としてあまり多いとは言えない。
しかし、ハルヒのようにすっぴんのようにも見える化粧をしている人たちがいるとすれば、
それは俺を含めた男子一同にとっては驚愕の事実となる。
特に谷口なんかは脳内ランキングの大幅な改変を迫られるのではないのだろうか。
いや、あいつのことだから化粧まできっちりとチェックしている可能性もあるな。
あのアホのことはさておくとしてだ。
俺の質問に対して最初に口を開いたのは意外なことに長門だった。
198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 05:49:59.57 ID:aLG0GmrT0
「わたしは普段、何もつけてないよ。基本はすっぴん」
確かに、長門ははそういうのに疎そうだからな。
なにしろ、出かけるときにも大抵の場合において高校のセーラー服というヤツである。
しかし、基本はっていうことは、つまり例外があるって事だよな。
「あたしは」
長門の例外について訊こうと思い俺が口を開きかけたところで、
鶴屋さんが先に口を開いたのでまたの機会にしておくことにする。
「ハルにゃんと同じで普段からナチュラルメイクくらいはしてるよっ。
これでも鶴屋家次代当主だからねっ。
公の場で失礼にならないようにばっちりするときもあるっさ」
その言葉に俺はじっと鶴屋さんの顔を見るが、
やはり化粧をしてあるようには見えない。
そうと知って見つめても判らないものをどうやって知ればいいのだろうか。
もしかしたら、社会経験を積むうちに判るようになるのかもしれない。
199 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 05:58:00.50 ID:nzpv2Lk9O
「女性の顔をそんなにじっくり眺めてると失礼になることもあるにょろよ?」
その言葉でいまだに鶴屋さんを見つめていることに気がついて、
俺は視線を少しずらし、椅子に深く腰掛けた。
気付かないうちに少し身を乗り出していたらしい。
鶴屋さんの頬は心なしか赤く染まっており、
普段から堂々としている彼女でも普通に恥らうことがあるんだななどと、
俺が取り留めも無く考えていると今度は朝比奈さんが口を開いた。
「わたしもお化粧はしてるんですよ?
と言っても、鶴屋さんに言われて始めたんだけど」
「だって、みくるってば可愛いってのに、
何もしてないって言うじゃないかっ。
なら、メイクをしたらどんだけ可愛くなるんだって思ってさ、
あたしがメイクやら何やらを手取り足取り教えたんだよっ。
可愛いものをより可愛くして後世に伝えるのは、今を生きるものの義務っさ」
200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 06:03:01.87 ID:nzpv2Lk9O
鶴屋さんが言うことも解らなくはない。
有名な絵画を修復する職業があるくらいだから、
美しいものを後世に残そうというのは当たり前のことなのだろう。
美術品の価値などは判るはずもない俺だが、
朝比奈さんが見るもの全てを魅了するほどの、
可愛らしさを持っているのは十分に判っているからな。
とは言え、朝比奈さんまで化粧をしているとは思わなかった。
鶴屋さんのように毎日会うわけではない人ならまだしも、
ハルヒと同じくほぼ毎日顔を合わせているというのに、
気付かなかったというのは情けない。
201 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 06:03:47.83 ID:aLG0GmrT0
朝比奈さん(大)が化粧をしているのは判ったのだが、
今改めて見ても朝比奈さん(小)が化粧しているようには見えない。
俺は鶴屋さんに言われたことを思い出して朝比奈さんから視線を外した。
「中には、有希っこみたいに何もしてない人もいるよっ。
でも、女の子にとって容姿って結構重要なポイントなのさっ。
今時は幼稚園児でさえメイクをする時代だから、
何にも努力をしてない人ってのは極少数じゃないかなっ」
鶴屋さんは長門をしげしげと見つめ、そして俺に笑顔を向けた。
「体型さえ標準なら誰でも向上の可能性があるからねっ」
この邪気のない上級生はその長い髪をかきあげると、
さらにこんなことまで言って俺を再び無言にさせた。
「女は魔性にょろよ? 女子の努力を舐めてるとそのうち痛い目見るかもねっ」
202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 06:09:02.31 ID:aLG0GmrT0
「キョンくん」
そろそろ教室に戻ると言う朝比奈さんと鶴屋さんを見送り、
職員室へ部室の鍵を返しに行った長門と合流したところで、
俺たちはハルヒと出くわした。
「涼宮さん」
「ハルヒか。どうしたんだいっ!」
さっきまで鶴屋さんと一緒にいたからか、
口調がかなり彼女に似てきているような気がする。
それはさておき、ハルヒはなぜこんな所に一人でいるのだろうか。
「教室にいないと思ったら」
なるほど、それで部室に俺を探しに行く途中というところか。
204 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 06:15:59.76 ID:aLG0GmrT0
「こんなところで何をなさっていたんですか?」
何をしていたと言われたら、
次から次へと「お願い」を持ってくるヤツらから逃れるために、
部室に避難していた帰りということになるのだが、
そんなことを言ったらまたペナルティを増やされるか、
最悪、ゲームから脱落ということになりかねない。
ここは適当に誤魔化しておくか。
「そこで長門に会ったから、ゲームの調子を訊いてたのさっ」
「そうなんですか。わたしにも聞かせてくださる?」
ハルヒが穏やかな笑みを浮かべてそう言うのを見て、
俺は自然な感じで長門に目配せをした。
頼むから口裏を合わせてくれよ。
「あたしも古泉くんもルール違反はしてないわよ。
古泉くんが豹変して、クラスメイトは驚いてるみたい。
彼みたいな人がいきなりグレたら、確かに驚くわよね。
不良を演じてるから、結構怖がられてるみたいよ」
205 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 06:19:58.94 ID:aLG0GmrT0
古泉の豹変もさぞ驚かれるだろうが、
長門の豹変はさらにクラスメイトたちに驚愕を与えていることだろう。
俺も事情を知らなかったら何が起こったのかと驚きつつも、
遠巻きに様子を窺うだろうな。
俺に対して「頼み事」を持ってくるヤツらが増えたことを考えると、
このゲームのことは既に校内に知れ渡り、
古泉や長門に対しての驚きは薄らいでいるんじゃないか。
SOS団のこれまでを考えれば、納得を以って受け入れてくれるだろう。
「そうなんですか。脱落していなくて何よりです。
どちらかが脱落ときは連絡をお願いします」
そういえば、脱落者が出たときの対応は決めてなかったな。
207 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 06:27:00.50 ID:aLG0GmrT0
「もう少し穏やかに話せませんか?」
部室へと避難していた後ろめたさと、
事情が知れ渡るごとに被害が増していくだろうという予測から来る憂鬱で、
つい力が入ってしまったようだ。
鶴屋さんっぽい話し方になっていたからか、
何だか暑苦しい喋り方になってしまっている。
「こんな感じでしょうかっ?」
古泉の真似をするのはどことなく癪なのだが、
参考となる穏やかな喋り方をするヤツの中で一番身近なのがあいつなので、
どうしても真似ることになってしまう。
それでもまだ、鶴屋さんみたいになってしまうのは仕方が無いことにしておこう。
「それなら、谷口くんに気持ち悪いって言われる割合も減ると思いますよ」
208 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 06:32:00.18 ID:aLG0GmrT0
お前は面白がってみているかもしれないが、
気持ち悪いと言われるのはかなり傷つくんだぞ。
俺の記憶によれば一番最初に気持ち悪いって言ったのはお前だったと思うんだがな。
ハルヒに対して言ってやりたいことは今日だけで結構あるのだが、
どれも愚痴になってしまいそうだから今は心の内に秘めておこう。
しかし、言いたいことが言えないというのはやはりストレスが溜まるな。
「彼はクラスでも気持ち悪いとか言われているの?
それだったら、ちょっと可哀想じゃない?」
長門はそんなことを言ってくれたのだが、
くつくつと笑い声を立てながらだから面白がっているようにしか見えない。
「ゲームが終わった後のフォローは、
SOS団を挙げてやりますから心配しないで下さい」
210 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 06:38:00.02 ID:aLG0GmrT0
SOS団を挙げられると長門や古泉がいるからと安心していいのか、
逆にハルヒがいるからと心配した方が良いのか判らないな。
そんなことを考えている俺を後目にハルヒは続けた。
「残りの時間も頑張ってくださいね。
あ、あと、校門を出るまでがゲームですから、
古泉くんにもそう伝えておいてください」
「解った、ちゃんと伝えておくわ。そっちも頑張ってね」
そう言うと長門は手をヒラヒラと振りながら去っていったのだった。
211 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 06:44:59.95 ID:aLG0GmrT0
昼からの授業は四時間目のようなことがないように気をつけようと心に決め、
俺は居眠りをすることもなく、
授業を少なくとも見た目上は真面目に受け続けていた。
話す機会が少なくなれば、笑顔だけを浮かべていれば良いのだから、
内心では教師に当てられないことを祈る。
しかし、そういうときに限って当てられてしまうのはなぜなのだろうか。
しかも、よりにもよって眠くなる古典の時間に教師から、
「人生」についてという非常に答えにくい質問をされてしまった。
俺はとりあえず立ち上がってどう答えようかと眠気でぼんやりする頭で考えていると、
後ろの席から一枚の紙片が俺の机の上に飛んできた。
言わずもがな、ハルヒの指令である。
四つ折りにしてあったそれを開いて、さっと目を通した瞬間、
自分でも笑顔が引きつるのが判った。
212 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 06:50:59.54 ID:aLG0GmrT0
げ、こんなのを読まなきゃいけないのかよ。
これを読むのは拷問以外の何ものでものでもないと思うのだが、
しかし、今の俺の役柄上、読まねばならない。
「人生で大切なのは『愛』です。そして『平和』。
世界中の人達にそんな人生を送って頂くことを常に願っています」
俺は笑顔が引きつるのを押さえ込んで、満面の笑みでそう言った瞬間、
教室はハルヒの自己紹介のときと同じように凍りついた。
流石に、ハルヒの好青年像を本気で疑いたくなったね。
213 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 06:55:59.62 ID:aLG0GmrT0
谷口、国木田。笑ってるんじゃない。
特に谷口はその爆笑のツケをゲームが終わったら払ってもらうからな。
あと先生、あなた教師なんですから明らかに引くのは止めてください。
教室全体から漂ってくる「気持ち悪い」とでも言いた気な空気に、
泣きそうになりながら俺は席に着いたのだった。
そんなこんながありつつも、俺はルールを破るようなことだけはせず、
また、他のメンバーが脱落したという連絡が来ることもなく、
六時間目が終わった時点では、勝負は部室に持ち越しになるかに見えた。
214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 07:00:59.58 ID:aLG0GmrT0
放課後、俺とハルヒはホームルームを終えた担任岡部が教卓を降りるのと同時に席を立ち、
とっとと教室を後にしたのだが、ハルヒは特別教室の掃除当番である。
「キョンくん、先に行っててくれる?」
ハルヒは鞄を肩掛けすると、廊下が下校時間で込み合っているにも関わらず、
滑らかな足取りで器用に人とぶつかるのを避けて去っていった。
ハルヒに言われるまでもなく、しかしのんびりと部室棟へと向かうことにしよう。
俺が最近ではすっかり重たくなった学生鞄を肩に担いで歩き始めたところで、
下校する生徒や部活へ向かう生徒でごった返している廊下を、
かき分けることも、ハルヒのように避けることもなく、
まるで聖書の出エジプト記に出てくる預言者のように、
こちらへと向かってくる人影が目に付いた。
215 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 07:06:00.16 ID:aLG0GmrT0
見覚えのあるツラの男子で、
颯爽とブレザーの裾を翻して歩いてくる姿は、
すっかり板に付いた似非権力フェイスだ。
「ご無沙汰だったな」
前生徒会長は俺の前で立ち止まると、渋い声でそう言った。
あいにくだがこっちはそんなにご無沙汰じゃない。
ただでさえハルヒを度々絶妙な角度で突いてくれた上に、
生徒会の引継式で長々と訓示と述べていた顔をそうそう忘れたりはしないさ。
「それは何より」
既に生徒会長は前職となっているはずなのに、
無駄に漂ってくる威圧感とダテ眼鏡は健在であり、
その姿がやけに様になっていて、未だに現職というような風情だ。
216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 07:11:00.11 ID:aLG0GmrT0
こいつは以前自分で言っていたように、
ペルソナを被り続けたせいで本当の自分とやらを忘れたんじゃないか。
そう思った俺の思考を読んだようなタイミングで、
前会長はニヤリとし、その正体の片鱗を覗かせた。
「何やら面白そうなことをしているそうじゃないか」
クレームでもつけに来たんだったら、お門違いも甚だしい。
それぞれのクラスメートを困惑はさせただろうが、
誰かに迷惑をかけているわけでもなく、
そもそも、現職ではない会長にクレームをつけられる筋合いはない。
「今となっては俺は前生徒会長という肩書きを持つ一生徒に過ぎん。
だから、お前らが何をやっていようと別に今さらとやかくは言わん」
なら、何しに来たんですか。
受験生なんだからこの時期に暇ってこともないでしょうに。
217 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 07:16:00.85 ID:aLG0GmrT0
「ところで、お前は今、どんな頼み事も断れないと聞いたのだが」
俺はその一言で、今まで浮かべていた笑顔が引きつるのがわかった。
こいつも噂を聞きつけてやってきた口か。
「その古泉以上に胡散臭いツラを見る限りは本当らしいな」
なるほど、SOS団にではなく俺に用事があったわけだ。
部室棟の方から歩いてきたのは先に部室に顔を出したからか。
わざわざ下級生の教室に足を運ぶとはご苦労なことだ。
昼休みのように逃げようにも廊下はまだ込み合っていて、
ハルヒやこいつのようにその中を進む技術のない俺は、
昼休みのように逃げることもできない。
219 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 07:20:59.93 ID:aLG0GmrT0
前会長がわざわざ足を運ぶくらいだから十中八九面倒なことなのだろうが、
断ることも逃げることもできない以上はやむを得まい。
まさか、引き継ぎが終わって隠さざるを得ない、
職権濫用の証拠隠滅を手伝えとか言うんじゃないだろうな。
「それで、用件は何です?」
俺のその言葉に前会長はズレてもいない眼鏡をくいっと直すと、
フッと笑うのを最後に悪党染みた顔を鉄仮面で覆い隠した。
「聞き分けがよくて何より。ついて来たまえ」
そう言うと前会長は俺の脇を通り抜けて、悠然と歩いていったのだった。
220 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 07:25:03.13 ID:aLG0GmrT0
結果から言おう。
俺の予想から外れることなく、会長の「頼み事」は非常に面倒なものであり、
且つ、こんなよからぬ予感ばかり当たることもなかろうに、
俺がまさかと思っていたものさえピタリと当たってしまった。
俺のことなんか気にも留めないようにずんずん歩いていく、
前会長について俺が行き着いた先は生徒会室だった。
前会長はノックをしてすぐさま入室する。
ノックの意味があまりないんじゃなかろうかとも思うが、
生徒会室で女子が着替えをしているなんてことは無いだろうし、
こいつのことだから、後任たちが会議をしているかどうかも知っていて、
ただ形式としてやっただけだろう。
それを証明するように前会長の肩越しに見える生徒会室は無人だった。
223 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 07:29:00.56 ID:aLG0GmrT0
しかし、生徒会室なんかに連れ込んで俺をどうしようと言うんだ。
「先日、やっと後任への引き継ぎが終わり、
ここともおさらばと思えば自らの意思で始めたものではないにせよ、
何かと感慨深いものがあるものだ」
前会長は言った。
俺にとってはこいつがここにどれだけ思い入れがあろうと知ったことではない。
前会長は入り口で立ち止まっている俺を気にすることもなく、
生徒会室の黒板の前までつかつかと歩いていく。
その黒板の下には括られた新聞紙の束が一つ二つ……多い。
「何をすればいいんです?」
俺は生徒会室の引き戸を閉めると、実は解っていたが、そう訊いてみた。
「キミに手伝ってもらいたいのはこの新聞紙の束の処分だ」
「なぜ生徒会室にこんな量の新聞紙があるのか、
それをまず教えてください」
「よかろう」
キミになら教えても問題あるまいと前置きをして始めた前会長の話を要約するとこうだ。
224 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 07:33:59.99 ID:aLG0GmrT0
生徒会長としての権力を利用して、
教師に目を付けられないギリギリのことをやってきたは良いが、
その職権濫用の証拠となる資料が生徒会室にかなりの量残っていて、
それを隠蔽しようにもいちいちシュレッダーにかけるのは面倒であり、
しかし、それを無関係の生徒に読まれてしまうのは、
非常にマズい内容のものも混ざっているため、
新聞紙に紛れ込ませて捨ててしまおうと計画したまでは良いが、
職員室に新聞紙が大量に溜まっていたことで、
それを教師に押し付けられてしまった、ということらしい。
226 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 07:39:00.91 ID:aLG0GmrT0
自業自得だとか因果応報だとかいう四字熟語が脳裡をちらつく。
「そして、執行部の連中に手伝いを頼もうと思っていた矢先に、
キミの噂を耳にしたというわけだ」
完全にとばっちりじゃねえか。
元々、こいつを生徒会長に据えたのは古泉なんだから、
あいつに頼めばいいだろう。
「常なら言えばやってくれないこともないだろうが、
今日は素直に無償で働いてくれるとは思えんな」
確かに。流石は元敏腕生徒会長だ。
優等生の心理をよく理解していらっしゃる。
「キミが今日中にこれを全て裏庭のゴミ捨て場まで運ばねばならんことに変わりはない」
俺の内心の皮肉に気付くわけもなく、前会長は続けた。
しかし、その言い回しを聞く限り、俺だけに運ばせるつもりのように聞こえるんだが。
「無論、私も手伝うし、喜緑くんも助っ人に来てくれると言ってくれた」
SOS団依頼人第一号にしてコンピ研前部長氏の元彼女、
今はどうかは知らないが、前会長の下で生徒会書記職にあった喜緑江美里さんも、
この尻拭いの手伝いを依頼されたようだ。
230 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 07:44:00.26 ID:aLG0GmrT0
前会長が気障ったらしい口調を崩さないことから、
彼女が実は既に生徒会室の中にいるのではと思って、
室内を見渡してみたがあの穏やかな微笑みが視界に入ることはなかった。
しかし、あのおとなしく清楚な感じの上級生に力仕事を頼むとは、
前会長も中々に酷なことを言う人だ。
「キミは何か勘違いをしているようだが、私から頼んだわけではないぞ。
彼女の方から手伝うと言ってきたのだよ」
長門や朝倉の仲間だということを考慮すれば、
見た目は当てにならないなんてことは十分に承知している。
ルールを破らない程度の報復さ。
あの人が宇宙的パワーを使えば俺が手伝う暇もなく終わるんだろうが、
前会長はその辺りの事情は知らないようだし、
わざわざ言うこともないだろう。
「お喋りはこれくらいにして、そろそろ始めるとしよう。
キミも無駄に長引くのは本意ではなかろう?」
そうして、前会長の一言を合図として、
珍しくSOS団とは直接関係のない強制無償労働が開始されたのだった。
233 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 08:15:35.73 ID:inChoN5O0
意外にも三十分足らずの労働で山のように見えた新聞紙はなくなり、
俺は裏庭にある旧焼却場の前でしゃがみ込んだ。
「ご苦労」
「お疲れ様です」
前会長と喜緑さんは疲れた様子もなく、俺の目の前に立っている。
喜緑さんはともかく前会長がなぜ疲れていないのかと言うと、
靴を履き替えるためにいちいち昇降口まで行く手間を省くために、
俺が生徒会室から裏庭に近い非常口まで新聞紙を運び、
それを二人が古紙回収用のプレハブまで運ぶという、
イジメのような役割分担を前会長に押し付けられたからだ。
しかも、最後の方は俺も靴を履き替えて、
プレハブに入れていく作業をしていた。
この状況で悪態は疎か溜息さえ吐けないの上に、
笑顔を維持しておくのはかなりストレスが溜まるのだが、
ゲームなのだから仕方ないと考えて何とか割り切ることにする。
234 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 08:20:00.44 ID:inChoN5O0
面倒な作業は俺に押し付けたとは言え、
ハルヒみたいに自分だけ働かないなんてことはなかったしな。
もし、そこまで傍若無人だったらゲームなんて無視して、
焼却炉の中に投げ込んでいたかもしれない。
「コーヒーくらい奢ってやろうと思うのだが、どうだ?」
労働を強制した割にはお優しいことだ。
そう思ったのが伝わったらしい。
「信賞必罰は人遣いの基本だ。
中国の故事に『人を使うに心をもってす』というのもあるからな」
使われる立場から言えば、
そういうことは胸に秘めておいて貰いたいもんだ。
それに中国の故事なんか持ち出されたところで、俺には理解できん。
238 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 08:28:05.47 ID:inChoN5O0
しかし、人遣いという観点から言うならば、
ハルヒとこいつは非常に似たような思考をしているんではなかろうか。
そんなことを言えば、両方から非難を食らうのは目に見えているから、
口に出す愚は犯さないがな。
さて、申し出自体は非常に有り難いんだがな。
「そろそろ部活に行こうと思うので、お断りさせて頂きます」
これは頼み事じゃないから、断っても別段問題はなかろう。
さて、既にハルヒは掃除を終わらせて部活に行ってるだろうな。
今日の帰りに小言を言われるくらいなら御の字だ。
明日以降に何をやらされるやら。
239 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 08:29:09.48 ID:inChoN5O0
「ふむ、そうか。では、またな」
前会長は偉そうなことを言った割には大してこだわりもなかったようで、
そう告げると踵を返してさっさと歩き去った。
「それでは、わたしもこれで」
前会長の影のようにこぢんまりと立っていた喜緑さんは俺に一礼すると、
新芽のような笑みを投げかけてから前会長の後を追うように姿を消した。
校舎の影となり、肌寒い裏庭にはかすかな百合のような芳香と、
他に誰もいないのに笑顔を浮かべる愚かな好青年が残される。
やれやれ、俺もそろそろ部活に行くとしますかね。
俺はゲームのせいで精神的に疲れている上に、
労働のおかげで身体的にも疲れた身体を持ち上げると、
制服に付いた砂を適当に払ったのだった。
240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 08:31:03.01 ID:inChoN5O0
「よお、キョン」
靴を履き替えるために昇降口に向かって歩き出したところで、
見知った人物がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
今日はいつものいかにも人畜無害そうなスマイル光線ではなく、
不機嫌オーラを放っている古泉一樹その人である。
口には朝にも咥えていたロリポップ。
「やあ、古泉っ。こんなところでどうしたんだいっ」
てっきりもう部室に全員そろい踏みだと思ってたんだが。
「ホームルームが長引いた上に」
これだ、と古泉が俺の目の前に突き出した手の中にはゴミ袋。
241 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 08:35:00.33 ID:inChoN5O0
なるほど。
俺が不良でも掃除はするんだななどと考えているうちに、
古泉はゴミ捨て場に持っていたゴミ袋を投げ入れ、
手を払いながら俺の方に歩いてきた。
並んだところで俺も歩き始めると、古泉が口を開く。
「お前は?」
俺は古泉と並んで歩きながら事のあらましを説明する。
「それは災難だったな」
まったくだ。
だが、その原因たるゲームも、
部活が終わればそこで終わりだと思うと少し気が楽になった。
242 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 08:39:00.57 ID:inChoN5O0
「でさっ。おっもしろいの」
俺と古泉が昇降口に入るとそんな言葉が笑い声と共に聞こえてきた。
学校というのはかなり雑音に満ちている場所ではあり、
意識しなければ他人の会話などその雑音の一部となってしまうのだが、
放課直後と下校時刻の下校ラッシュともいうべき、
混雑のピークの合間に当たるこの時間の昇降口付近はそれなりに静かであるため、
その場に響くその言葉は自然と耳に入った。
この声は今日の日直か。
その声が聞き覚えのある声だったこともあって、
聞き耳を立てるわけではないが、
俺はなんとなくその会話を聞いていた。
「今日、あたし日直だったじゃん?
提出物もってくのダルくてさ。
あの女に冗談で頼んだら『よろしくてよ』だってさっ」
古泉はその耳障りなほど大きな声に、
不機嫌そうな顔をさらに迷惑そうに歪め、
口の中のロリポップをガリッと噛み砕くと、
自分の下駄箱に向かって行った。
243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 08:43:00.18 ID:inChoN5O0
「あの女、今何しても笑ってるだけで、足掛けてやっても笑ってやんのっ。
元から頭おかしいのは知ってたけどさっ」
古泉と別れ、俺も自分の下駄箱に向かったところで、
再びバカ笑いをする大声が聞こえてくる。
俺は精神がささくれ立ってくるのが自分でも解った。
それを故意に無視しつつ、俺は上履きに履き替えて、
薄汚い靴を下駄箱に乱暴に押し込む。
「いっつも調子乗ってて、ウザいと思ってたんだよねっ。
キョンくんはあの女の奴隷じゃないってのっ」
そこにだけは同意してやってもいい。
だが、その言葉で俺はこの女子たちの言う「あの女」が誰だか解ってしまった。
「そうそう。
あの女、性格壊滅してるくせに顔だけは無駄に良くて、
ちょっと男子から人気あるからって中学のときからデカイ顔してさっ」
244 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 08:47:00.48 ID:inChoN5O0
クラスメイトだからまさかとは思っていたが、
本当に俺の悪い予感だけは良く当たる。
「それでさ、あたしらあの女と掃除一緒なんだけど、
あんたが昼休みにやったみたいに押し付けてやったんだよねっ。
ほら、あの教室無駄に広いじゃん。
先公も今日、来ないらしいし男子も適当に理由付けて追っ払ったから、
今頃まだ一人で掃除してんじゃないっ?」
そこで再び甲高い笑いが起こった。
同じバカ笑いでも鶴屋さんのように人を愉快にするわけでもなく、
むしろ、ただただ人を不快にしていく笑い声だ。
同時にその女子集団を俺の視界が捉える。
クラスの中で化粧をしていると明らかに判る女子のうち、
最もチャラチャラした風貌の数人だった。
「様見ろって感じだよねっ」
245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 08:50:11.15 ID:inChoN5O0
お前らが、お前があいつの何を知っている。
俺も高校に入ってからあいつに会ったから、
知らないところも多々あるだろう。
知っているのは唯我独尊・傍若無人・猪突猛進かつ極端な負けず嫌い、
だが、仲間思いで意外に女の子らしいところもあり、
そして、孤立しようが、
周りにどれだけ迷惑を掛けようが自分の信念だけは貫いていることくらいだ。
それなのに、お前らが何故そこまで笑える。
俺はそのクラスメイトの女子たちに近づいていった。
「ねえ、キミ」
俺は笑顔でそう言った。
「あ、キョンくん。どうしたの?」
先ほどまでバカ笑いしていたとは思えないような表情で、
今日の日直の女子が俺の声に反応した。
247 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 08:57:15.21 ID:nzpv2Lk9O
「ハルヒに謝れ」
俺は言いたいことを短く簡潔に言った。
そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
クラスメイトたちはその笑みを浮かべていたその表情を驚きに変え、
それから眉と目を吊り上げて怒りを露わにした。
今日の日直の後ろにいたヤツが口を開く。
「何で謝んなきゃいけないわけ?
別に悪いことしてないし、
あんたが一番あの女に迷惑掛けられてんでしょ。
聞けば、あの女の彼氏って訳でもないんだから別にいいじゃない」
248 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 08:58:27.02 ID:nzpv2Lk9O
聞いた瞬間、俺は頭に血が上った。
視界が赤く染まったような気すらした。
本気で頭にきた。
妙に冷静な部分がどこかでこんなことがあったななどと考えつつ、
そんな思考さえも一瞬で衝動に凌駕される。
それは無我の境地での反射的行動だと言って差し支えない。
俺の手首を誰かが握っていた。
古泉の野郎が憮然として小さく首を振っている。
俺の右手を止めているのを見て、
俺は初めて古泉が俺のすぐ側まで来ていたことを知り、
そして、自分が握り拳を振りかざしていることに気付く。
249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 09:00:01.65 ID:nzpv2Lk9O
俺は、自分が人を殴ろうとするほどに憤っていたことに驚いた。
見れば、女子たちの顔には恐怖が色濃く浮かんでいる。
それでも尚、気丈に口を開いた。
「何よ、殴る気?」
日直の後ろにいた女子が、俺を睨みつけていた。
「殴ったら、あんたただじゃ済まないでしょうけどねっ」
俺はその言葉に正気に戻り、殴ってしまった後のことについて考えを巡らせた。
男が女を殴るのだから、かなり大きな問題になるだろう。
停学で済めば良いところで、悪ければ退学まで有り得る。
250 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 09:01:02.14 ID:inChoN5O0
俺が躊躇を見せたことに勘付くとその女子はしてやったりと言わんばかりに、
ニヤリと笑みを浮かべていた。
「ほら、殴れば?
あたしがあの女のことボロクソ言ってたのが、
気に食わないんだったら殴ればいいじゃないっ。
あんな女にそこまでする価値なんて無いでしょうけどねっ」
再び俺の目の前が真っ赤になった。
このクソ女。放せ古泉。
「この、クソがっ」
俺は力を入れても古泉を振りほどけないことを悟ると、
そう悪態を吐きながら近くの下駄箱を力任せに蹴った。
251 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 09:05:12.03 ID:inChoN5O0
下駄箱の蓋がへこむのと同時に、
ガンッという大きな音が辺りに響き渡る。
古泉に片手を取られている体勢にもかかわらずそんな音がするのだから、
俺は相当怒っていたらしい。
何故かなんて自分でも解らない。
俺はただ純粋にムカついていた。
俺が下駄箱を蹴った瞬間、正面から小さな悲鳴が聞こえた。
女子たちの誰かが発したらしい悲鳴に、
そのクラスメイトたちが怯えていることに気付く。
先ほどまで俺に食って掛かっていた女子さえも青ざめ、
真正面にいた今日の日直の女子は目に涙を溜めている。
252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 09:10:19.64 ID:inChoN5O0
退学?
ゲーム?
んなもん知ったこっちゃねえ。
「殴りゃしないさ。その代わり、とことん追い詰めてやる。
あいつに何をしたって?
ああ、足を掛けたんだったか。それなら、階段から突き落としてやろうか?」
俺が一歩近づくごとに、女子たちは一歩後ろに引いていった。
気付かぬうちに、俺の腕を掴んでいた古泉の手は既に離れていた。
女子たちの目には明らかに恐怖の色しか浮かんでおらず、
気丈に振舞っていた女子でさえも涙を溜めている。
「俺が悪役か?
やったことをやり返されてから、
やっとその気持ちが解るんじゃ遅いんじゃないか?」
253 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 09:14:58.34 ID:inChoN5O0
やられた気持ちも解らないくせに好き放題喚いてやがったのか。
いつの間にか女子たちの後ろは壁となり、
もう下がることは出来ない。
後は、俺が追い詰めるだけ。
そして、俺が後一歩で、女子たちに触れる所まで来た。
彼女たちが恐怖で目を瞑る。
その瞬間だった。
254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 09:20:59.58 ID:inChoN5O0
俺の腕を後ろから誰かが掴み、ぐいとひねり上げられた。
その痛みを押して、後ろを振り向く前に、
目の前に真剣な表情をした鶴屋さんが横入りしてくる。
そして、有無を言わせずに。
パァンという小気味良い音が周囲に響き渡った。
一瞬、何が起こったのか、なぜ俺が殴られたのか理解できなかった。
そして、鶴屋さんが俺に平手打ちをしたのだとやっと理解できたのが、その数秒後。
「え?」
俺はほぼ無意識のうちに間抜けな声を上げて、
ジンジンと痛みを訴える頬に手を当てた。
255 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 09:24:13.79 ID:inChoN5O0
「やりすぎだよ、キョンくんっ」
こんな状況でも声は笑っているものの、目は真剣そのものだった。
しかし、俺の片手に古流武術系の技を施したままであっても、
平手打ちだったのは鶴屋さんなりの気遣いなのだろう。
気付けば叩かれた衝撃で俺の顔は横を向き、
正常に戻った俺の視界が見知った上級生を捉える。
少し離れた位置で朝比奈さんがうるうるとした瞳で腰を引かせていた。
俺はその朝比奈さんから目を逸らすように、
俺を真っ直ぐ見据える鶴屋さんに向き直ると、
その瞳の力に圧されるように俯いた。
256 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 09:27:03.35 ID:inChoN5O0
俺は何をしていた?
怒りに任せて威しつけるなど、こいつらと変わらないじゃないか。
「……うっ」
短い呻き声に少し顔を上げると、
そこでは俺が先ほどまで威しつけていた女子たちが泣いていた。
居た堪れなくなり、俺は再び俯く。
「わはははっ」
何故か鶴屋さんのいつもの笑い声が聞こえた。
そしてその直後、俺の腕が解放されたかと思うと。
257 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 09:30:24.91 ID:inChoN5O0
「うるさいっさ」
その声に驚いて顔を上げると、
鶴屋さんが一番気丈にしていた女子の胸倉を掴み上げていた。
「え?」
その声に反射的に顔を横に向けると、
朝比奈さんも涙の残る顔でポカンとしていた。
困惑しているのは俺だけじゃないらしい。
鶴屋さんは掴み上げていた腕を引き寄せ、その女子を間近で睨みつける。
「泣くくらいなら最初からしなきゃいいっさ。
家に帰って自分でやったこと考え直しなっ」
掴み上げられた女子は勿論、その他の女子たちも呆然としながら、
壊れたマリオネットのようにコクコクと頷いていた。
258 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 09:37:33.91 ID:inChoN5O0
鶴屋さん、男前です。
鶴屋さんが掴み上げていた手を放した後も、
女子たちはしばらくポカンとしていた。
いつの間に近づいてきたのか、古泉が一言二言彼女たちに告げる。
声が小さくて何を言ったのかは聞こえなかったが、
古泉が何かを言い終わると同時に、
女子たちは弾かれたように立ち上がり、慌てて逃げるように帰っていった。
それを見送ると鶴屋さんはくるりと振り返ると、いつもの笑みを見せる。
その笑みが今は怖い。
「キョンくん」
「はいっ」
反射的に姿勢を正す。
俺は正気に戻ったことで威勢を既に失い、
先ほどまでのように強気に出るどころか、
危うく女子を殴りそうになっていたところを止めてもらった負い目もあって、
普通に相対することさえできず徐々に俯き始めた。
260 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 09:42:15.56 ID:inChoN5O0
「さっきのはノーカンでもいいんじゃないかなっ」
はい?
鶴屋さんの上履きを見つめていた俺はその声に顔を上げる。
再び呆然とした俺はさぞ間抜けな顔を晒していることだろう。
「だからさ、今さっきのは無しでいいって言ってるっさ」
殴られた頬がジンジンと痛みを訴えてくる。
鶴屋さんが言っているのは恐らくゲームのことだろう。
「どうしてですか?」
俺が勝手に勢いに任せてぶちキれただけだ。
ただのバカだと罵られることはあれ、そのことを許される道理はない。
261 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 09:51:19.72 ID:nzpv2Lk9O
「…………」
しかし、鶴屋さんが俺の何故に答えることはなかった。
ただ親戚のお姉さんが幼児を見守るような笑みを浮かべたまま、
まるでその笑みが答えだとでも言うように口を閉ざしている。
少しの間の後、鶴屋さんが口を開いた。
「その代わり、殴ったのは謝らないにょろよ。
さっきのは自分でもやりすぎだって解ってるだろうからねっ」
「もちろんです。鶴屋さんも、気にしないで下さい」
鶴屋さんが止めてくれなければ、俺は多分彼女たちに何をしていたか判らない。
だから、むしろ。
「止めてくれて、ありがとうございます」
俺は謝罪と感謝の意味を込めて深々と礼をした。
ただでさえこの人だけには下がっていた頭が、
ますます上がらなくなってしまったな。
「いいっていいって」
だから、頭上げなよと言う鶴屋さんの言葉に従って俺は頭を上げた。
262 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 09:53:06.16 ID:nzpv2Lk9O
「有希っこもこっち来なっ」
鶴屋さんが俺の後方に声を掛ける。
振り返ってみると軽く腕を組んだ長門が、
いつの間にか下駄箱の横にもたれて立っていた。
その長門は鶴屋さんの呼び声に応えて笑顔を浮かべると、
スタスタとこちらに歩いて来る。
「みくるもいつまでもそんなトコにいないでさっ」
鶴屋さんは長門から俺を挟んで反対側の、
少し離れた場所にいる朝比奈さんにも呼びかけた。
朝比奈さんはまだ少しぼんやりしていたようだが、
鶴屋さんに呼ばれたことで我にかえったようで、
トコトコとこちらに歩いてくる。
263 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 09:55:31.39 ID:nzpv2Lk9O
「それじゃあ、状況の確認といこうかっ。
あたしらは途中から中途半端にしか解ってないしねっ」
鶴屋さんが自然と仕切っているが誰もそこに否やはない。
俺は四人にクラスメイトの女子たちの会話の端から推測される事態と、
今の状況について簡潔に説明した。
「あなたはもっと冷静な人だと思っていましたが」
既に演技を止めたのか古泉がいつもの口調でそう告げる。
それは前にも聞いた。
俺もそのつもりだったんだよ。
「今回と前回ではその意味合いが少しことなりますが。
兎に角、すぐにでも涼宮さんのところに行った方が良さそうですね」
すぐにでもと言いながら無駄口を叩いたのはお前だろうと言ってやりたかったが、
俺はこれ以上混ぜっ返す真似はせず、黙っていた。
古泉の言葉を聞いた鶴屋さんが頷いて、口を開く。
「そうみたいだねっ。じゃあ、早速みんなでハルにゃんの応援に行こうかっ」
264 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 09:58:14.82 ID:nzpv2Lk9O
「待って」
歩き出そうとした俺たちを制止する声が掛かる。
振り返ってみると長門が俺たちに笑いかけていた。
廊下の窓から差し込む夕日によって白い顔が紅く染まっている。
それを見て俺は長門の後ろに組んである手にナイフでも、
握っているのを想像し、それを慌てて打ち消した。
「このままじゃ、彼女たちがあまりにも可哀想じゃない?
だから、あたしは彼女たちにフォローを入れておくわ」
「…………」
俺は少しの間長門を見つめていたが、
長門は笑みを浮かべたまま黙っていた。
265 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 10:00:00.78 ID:nzpv2Lk9O
「じゃあ、頼む」
「任せて。こういうのは結構得意なの。
明日になったら何もなかったように過ごせると思うよ」
長門はウインクを一つすると、くるりと踵を返して下駄箱に消えていった。
それを見送ると俺たちもハルヒがまだ掃除をしていると思われる、
特別教室に向かって走り始めた。
フォローとは言っていたが、
状況から考えてフォローだけなら古泉がしてくれているだろうから、
恐らくは俺が威しつけた記憶を消去してくれるんだろう。
やれやれ、今日だけで鶴屋さんだけでなく長門や古泉にまで借りが増えてしまった。
それもこれも俺の軽率な行いのせいだと思うと非常に申し訳ない。
俺は心の中で二人に言い尽くせないほどの感謝の言葉を述べつつ、
なりふり構わず特別教室へ向かう廊下を駆けていったのだった。
266 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 10:02:13.95 ID:nzpv2Lk9O
人気の絶えた廊下で、特別教室の扉を前に俺たち四人は佇んでいた。
俺は深呼吸を一つ。
ケロッとしている鶴屋さんと古泉はともかく、
俺と朝比奈さんはそれなりに息が切れているから少し息を整えるためだ。
俺は息を吐き終えると、特別教室の扉に手を掛け、ゆっくりとその扉を開いた。
無言でほうきを動かしていたハルヒはその動きを止めると、
一呼吸置いてから振り返った。
ここで微笑みでも浮かべていれば、
その負けず嫌いを褒め称えてやろうと思っていたが、
あいにく振り返ったハルヒの眉はきりりと吊り上がっていた。
しかし、戸口に固まっている俺たちを見つけると、
その表情は呆然としたものに変わった。
どうやら俺たちがここにいるのはこいつにとって予想外だったらしい。
やれやれ、どうせ今日俺は「頼み事」を断れないんだから、
素直に俺に頼めば良いものを、
この団長さんは変なところで負けず嫌いのようだ。
ポカンと口を開けた間抜けな面を晒しているハルヒに向かって俺は口を開いた。
「一人で何やってんだ、ハルヒ」
267 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 10:03:09.44 ID:inChoN5O0
それを皮切りに他の三人も次々に口を開く。
「こういうときに助け合ってこその仲間だと思うのですが」
そう言ったのは古泉だ。
「ふえぇ……涼宮さん、こんな広い教室を一人で?」
涙混じりの声を上げるのは朝比奈さん。
「とりあえず、まだ掃除中みたいだから手伝うっさ!
あたしはゴミを出してくるよっ!」
鶴屋さんはいつもの元気な声でそう言うと、
教室にいくつかあるゴミ箱のゴミをまとめ始めた。
268 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 10:05:00.34 ID:inChoN5O0
俺たちの登場にいまだ呆然としていたハルヒは、
再び眉をきりりと吊り上げると俺をビシッと指差した。
「キョン、遅いわよっ!
団長のピンチには一番下っ端のあんたが真っ先に駆けつけないでどうすんのよっ!」
俺だけかよ。
むしろ、お前が何も言わなかったから気付くのに遅れたんじゃねえか。
何も言わなくて伝わるなんてのは超能力者の特権で、
一般人である俺は言葉にしてくれなきゃ解らねえんだよ。
愚痴は色々と浮かんだが、俺がそれを口に出すことはなかった。
「仕方ないだろう。これでも急いだ方なんだ」
主に俺のせいで時間が掛かったのだが、それも言うまい。
269 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 10:09:39.39 ID:inChoN5O0
一応、ゴタゴタの後にできるだけ急いだのは事実だしな。
ハルヒは俺たちの姿をじっと見つめる。
俺も自分の格好を見てみると走ってきたせいか、
ブレザーは乱れネクタイは曲がっていて、散々な格好だった。
そのままでは流石にみっともないので、
制服の乱れを少し直した。
そして、改めて顔を上げると、ハルヒはあっと声を上げた。
「ゲームはっ!?」
俺たちの登場に意表を衝かれて失念していたらしく、
今やっと、思い出したらしい。
272 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 10:14:59.67 ID:inChoN5O0
その楽しむことに対する情熱は見上げたものだが、
しかし、こんなことになってて、続けてるわけが無いだろう。
「とりあえず、掃除をやってしまいましょう?」
俺たちが会話している横で動き回っていた鶴屋さんを見た、
朝比奈さんの提案に従う形で俺は掃除用具入れから、
ほうきを出して古泉にも一本渡して、二人で床を掃き始める。
彼女自身は黒板を消し、黒板消しをはたき始めた。
少しの間、釈然としないものが残るのか、憮然とした表情を浮かべたまま、
その俺たちを見ていたハルヒだったが、すぐに自分も掃除を再開した。
ハルヒが半分ほど終わらせていたようで、
掃除はあっという間に終わったのだった。
274 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 10:19:34.67 ID:inChoN5O0
「みんなありがとね」
こいつにしては珍しい疲れたような笑みで、
ハルヒは俺たちに向かって礼を言った。
「困ったときはお互いさまっさ!」
それに対して、鶴屋さんが満面の笑みでそう言って、拳を突き出した。
ハルヒは一瞬驚いたような顔になったが、すぐにいつもの不適な笑みにも戻り、
鶴屋さんの拳に自分の拳を軽く合わせた。
ハルヒがこちらにも目を向けるので、
俺たちも頷いて鶴屋さんに同意する意を示す。
「ところで有希は?」
先ほどまで浮かべていた笑みを不思議そうな表情に変え、
キョロキョロと見回しながらハルヒがそう訊ねてきた。
275 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 10:21:59.03 ID:inChoN5O0
「あー……多分、部室にいるんじゃないか?」
まさか俺がぶちキれた後処理をしているとは言えないため、
適当且つ曖昧に答えてお茶を濁す。
「誰も呼びにいかなかったの?」
「これだけいるんだから態々呼ぶ必要もないだろう」
「それはそうだけど、有希だけ呼ばないなんて仲間はずれみたいじゃない」
こういうのは仲間はずれじゃなくて、要領が良いって言うんだよ。
本当は意外とSOS団としての仲間意識が強く、
宇宙的能力を持っている長門がこの場に現れないのはおかしいのだが、
ここは納得してもらうしかない。
276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 10:22:59.59 ID:inChoN5O0
しかし、まだ納得できないのかハルヒはむぅと呻っている。
「実は、長門さんには僕たちがゲームから脱落したことを伝えていないんです。
部活中もゲームは続けるということになっていましたから、
彼女の中ではまだゲームが続いていて、
我々が部活に来るのを待っているのではないでしょうか?
活発な性格を演じていますから、探している可能性もありますね」
俺の追加でフォローをする古泉は微笑みを浮かべて、
デタラメの上塗りとしか思えないことを言った。
こういう時には助かるのだが、そんなこと言っていいのか。
長門は外に出て行ったみたいだから、しばらく帰って来ないかもしれないぞ。
それを考えると、部室にいると言った俺の言い訳自体が、
少し無理のあるものだったのかもしれない。
277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 10:26:53.23 ID:inChoN5O0
しかし、俺の心配とは裏腹に、
どこかで会話を聞いていたんじゃないかと思えるようなタイミングで、
花が咲いたような笑みを浮かべた長門が姿を現した。
「みんな、中々姿を見せないから捜しに来ちゃったわよ。
それで、みんな揃ってるけど、どうかしたの?」
どうやら、長門は本当に会話を聞いていたらしい。
話を合わせてくれたのは非常にありがたいから文句は言わんがな。
「なんでもないぞ、長門。
あと、全員ルール違反でお前の勝ちだから、もういつも通りに戻してもいいぞ」
俺は他のメンバーが普段どおりに振舞っているにもかかわらず、
長門がまだ律儀にゲームを続けているのを申し訳なく思ってそう告げたのだが、
それが結果的にゲーム終了の合図となった。
278 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 10:28:59.75 ID:inChoN5O0
「そう」
長門は短く答えると、すぐにいつもの無機質にも思える無表情に戻った。
少し、もったいないことをしたかもしれない。
長門の笑みなんて今後いつ見られるか判らないんだから、
写真でも撮って残しておくべきだった。
しかし、その前に少しだけ残念そうな表情を見せたように思えたのは、
もう少し長門の笑顔を見たかったと思ってしまった俺の気のせいだろうか。
そんなことを考えつつ、すっかり無言の徒に戻り、
俺をじっと見つめている長門を見返していたのだった。
279 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 10:44:41.26 ID:nzpv2Lk9O
用事があるという鶴屋さんと別れ、俺たちは部室へと向かった。
朝比奈さんが着替えるために女性陣が先に中へ入り、
彼女の入室の許可で俺と古泉も部室への入室を果たした。
いつもならば一緒に廊下で朝比奈さんの着替えを待っているときには、
古泉は何かしら俺に話を振ってくるのだが、
今日はこいつにしては珍しくほとんど口を開かなかった。
いつも笑顔を浮かべていたから、不機嫌なツラをしていることで疲れたのだろうか。
部室に入ると、まず扉を開けた朝比奈さんのメイド服姿が、
そして、彼女に礼を述べてから奥へと進むと、
団長席にどっかりと腰掛けたハルヒが続いて目に入り、
窓際に目を向けると、長門が無言で読書にふけり続けているのが見えた。
280 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 10:51:09.38 ID:nzpv2Lk9O
いつもの光景についついホッと溜息が漏れてしまう。
この部室に辿り着いたときの安堵感を考えると、
俺がこの部室にいつの間にかかなり愛着を持っており、
自宅以外で帰ってきたと思える場所になっていることを実感する。
何となく感慨深く部室入った途端、俺の身体にドッと疲労感が押し寄せてきた。
どうやら今日一日で俺もかなり疲れていたらしい。
古泉がどんなゲームを持ち込んで来ようと、
毎度そのルールを覚えて相手をしてやっていた俺だが、
もう二度とこのゲームだけはやりたくないね。
281 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 10:54:57.21 ID:nzpv2Lk9O
「それで、誰が一番最初にルール違反をしたの?」
かなり疲れて自分でも気が抜けていると判る俺とは対照的に、
朝比奈さんはちょこまかとお茶の準備を始め、
それを横目にハルヒが口を開く。
いささか唐突な感じもしたがさっきまでゲームをしていたんだから、
その勝敗を確認するのは当然と言えば当然だよな。
少し考えて、俺は口を開く。
俺が考えている間に誰も口を開かなかったということは、
俺に判断が委ねられたと考えていいのだろう。
「……俺だろうな」
282 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 11:00:46.97 ID:nzpv2Lk9O
「そうですね。おそらく、あなたでしょう」
俺が名乗りを上げると、古泉が笑顔で頷き同意を示した。
「キョンと古泉くんは一緒にいたの?」
当然の疑問だな。
部室に一緒にいてルール違反をするのはおかしな話だし、
そもそも部室には長門がいたことになってるんだから部室にいたことにはできないだろう。
さて、どうやって誤魔化すか。
「ええ。彼がお手洗いで愚痴っているのに出会いまして」
283 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 11:04:39.13 ID:nzpv2Lk9O
なるほど、その手があったか。
「そうだ。独り言として呟いてたら、タイミング悪くこいつが入ってきたんだ」
独り言をトイレで呟いているのを想像すると、
何だか滑稽な気もするがこの際仕方あるまい。
「なら、有希。キョンに何か罰ゲーム。
何でも言うことを聞かせていいわよ」
ハルヒの言葉でボードゲームを取り出したところだった古泉と、
各自専用の湯飲みをお盆の上に載せた朝比奈さん、
そしてハルヒ自身も長門に注目した。
284 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 11:10:01.18 ID:nzpv2Lk9O
俺も自業自得だからと甘んじて受け入れ、長門の前まで歩いていく。
「長門、お手柔らかに頼むぞ」
「図書館」
みんなが注目する中、長門はすっかり元の口調で短くそう告げてきた。
先ほどまでの饒舌で笑顔を浮かべた長門も新鮮で良いのだが、
やはり、こいつは無口無表情の方がしっくり来るな。
「図書館に連れてけと」
せめて、いつかぐらいは決めて欲しいもんだ。
それとも俺が決めてもいいのか。
285 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 11:14:46.05 ID:nzpv2Lk9O
「日曜」
ん?
俺は長門の言葉に固まった。
そして、何故かハルヒも固まっている。
ハルヒ、日曜。何かあった気がするんだが。
俺が頼りにならない記憶中枢を漁っていると長門が急かすように口を開いた。
「ダメ?」
恐らく、本を読みたくて顔が下に下がりがちなのだろうが、
それでもここで上目遣いは反則だ。
ハルヒのように強引な命令口調ならば何だかんだと言えるのだが、
そんな上目遣いで言われたら断れる訳がないじゃないか。
286 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 11:19:37.10 ID:nzpv2Lk9O
断っておくが、命令口調で言われたいわけじゃないからな。
俺はSOS団に入ってからすっかりM気質になってしまったと感じているが、
それでもそこまで落ちぶれてはいない、と思いたい。
「ダメじゃないぞ!」
とりあえず、頭がうまく働かず、口が勝手に動いているような、
奇妙な感覚と共に俺は長門に向かって半ば叫ぶようにそう告げていた。
「え?」
そこで、か細い声が俺の耳に届く。
声の主の方を向くと、そこではハルヒがポカンとした表情を浮かべていた。
そこにいつもの挑戦的な笑みは無く、
目が俺に向けて「何で」と訴えている気がした。
287 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 11:24:34.45 ID:nzpv2Lk9O
その目を見て、俺は思い出す。
ハルヒと俺は約束したんだった。
今日の昼、日曜日にと。
長門の罰ゲームを受け入れた俺は約束を破ったことになる。
しかし、ハルヒがそこまでショックを受けるとは思っていなかった。
俺は心の中で一つ決意すると、長門に向き直る。
いくら罰ゲームとは言え、約束を破るわけにはいかない。
何よりも、ハルヒの目が、あまりにも痛かった気がした。
288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 11:29:33.92 ID:nzpv2Lk9O
「すまん、長門……」
その日は先約があると長門に告げようとしたとき、
高らかな笑い声が聞こえてきた。
「キョン、図書館デート楽しんできなさいっ!」
笑い声のする方へ反射的に目を向けると、
ハルヒが俺を指差してそう言った。
そして、再び笑い始める。
そんなハルヒを見ていると先ほどの表情が嘘のように思えるが、
しかし、何かがおかしい。
289 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 11:34:28.38 ID:nzpv2Lk9O
「ハルヒ?」
「もしかして、お昼のやつ、本気にしたの?」
そこまで聞いた時点で、
俺はハルヒに一芝居打たれたのだと気付いた。
しかし、ハルヒは今朝の長門のようにくつくつと笑い声を立てながら続ける。
「お生憎様。SOS団の団長は忙しいの。
まさか、あたしと一緒に街を歩けると思ったの?
残念でした。いい夢は見れた?」
そして、思いっきり爆笑してみせた。
290 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 11:39:39.47 ID:nzpv2Lk9O
「そうかよっ!」
これまでにかなりこいつに腹を立てたことはあったが、
俺を騙して喜ぶようなヤツだとは思ってなかった。
むしろ、俺は仲間内に方便こそ使うものの、
嘘だけは絶対につかないだろうと思っていた。
それは俺の思い違いだったらしい。
こいつはとことん自分勝手な女だ。
俺が睨みつけてやってもくつくつと笑うばかりで堪えた様子もない。
291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 11:44:53.23 ID:nzpv2Lk9O
俺は笑い続けるハルヒを視界から押し出し、長門に意識を集中させた。
「長門、日曜に図書館な。集合場所はいつもの駅前でいいか?」
俺がそう言うと、長門が一ミリほど顎を引いた。
判りにくいがこいつなりの肯定のサインだ。
一年の春には一ミクロンほどだったのだからそこからは千倍の進歩と言えよう。
そのかすかな動きを補うように長門が口を開いた。
「いい」
長門の返答に俺は一つ頷き返すと、古泉の正面の自分の席へと戻ったのだった。
293 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:01:15.51 ID:nzpv2Lk9O
そのあとは俺とハルヒが互いに無視しあっている以外は、
不自然なまでに自然な部活光景となった。
長門は黙って本を読み、
古泉はニヤつきながら将棋の準備を始め、
朝比奈さんはメイド服姿で給仕をしてくれている。
いつもなら何かわけの解らないことを喚いているハルヒは、
何を言うでもなくネットの海でサーフィンをし、
俺は古泉とともに将棋の駒を並べていた。
294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:05:48.28 ID:nzpv2Lk9O
しかし、俺と古泉が将棋の駒を最初の定位置に置き終わる前に、
パソコンの終了音が聞こえたかと思うと、
俺の視界の隅でハルヒが帰り支度を始めた。
鞄を肩に掛けてわざわざ遠回りをして古泉の後ろを通って扉の前まで行き、
ドアノブに手を掛けると振り返って口を開いた。
「今日は帰るわ。有希、鍵よろしく」
そう告げると、ハルヒは長門のいつもの小さな頷きを見届け、
部室から去っていった。
去り際のハルヒがいつもの挑戦的な笑みではなく、
しかし、不機嫌な顔をしているでもなく、
ただ長門のような無表情だったのが妙に印象に残ったのだった。
295 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:10:42.34 ID:nzpv2Lk9O
ハルヒが部室を去った後、誰もが沈黙の徒になっていた中で、
最初に口を開いたのは朝比奈さんだった。
「キョンくん。涼宮さんを追いかけなくていいんですか?」
朝比奈さんの声に反応し、反射的に彼女の方に向いた俺は、
しかし、その問いに首を横に振った。
「ハルヒが決めたことです。
朝比奈さんもハルヒの頑固さは知っているでしょう?
なら、俺が追いかけたところで逆効果ですよ」
「でもぉ……」
296 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:17:58.77 ID:nzpv2Lk9O
朝比奈さんはまだ言い募ろうとしていたが、
俺は顔を背け、聞く意思がないことを彼女に示した。
いつもならばそんな不躾な真似をすることは絶対にないのだが、
今日だけは例え朝比奈さんの言葉でも耳を貸すわけにはいかない。
朝比奈さんの顔を見ていると絆されそうだったから、
あえて顔を逸らすという行動に出たのだ。
説得を諦めたのか朝比奈さんが溜息を吐いたのが聞こえた。
それだけで悪いことをしているような気になって、
今すぐ朝比奈さんの方を向いて朝比奈さんの言葉に耳を傾けたくなったが、
俺はそれを必死に耐えて将棋盤に並ぶ駒を見つめる。
しかし、古泉は自分の番であるにもかかわらず、
一向に次の手を打つ気配がない。
こいつも俺に何か言いたいことがあるんだろうな。
そのまま動かない盤面を見つめていても仕方がないため、俺が渋々顔を上げると、
古泉はいつものニヤケスマイルで俺を見つめていた。
「さて、どうしてこのようなことになったのか説明していただけますか?
涼宮さんの発言から何となく察することはできますが」
てっきり古泉も俺を諭すような言葉を発するのだと思っていたが、
俺の予想を裏切り、古泉はそんなことを言った。
察しているんならわざわざ聞く必要もないだろうに。
297 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:19:00.52 ID:inChoN5O0
俺が古泉に対しても積極的な無視をしていると、
窓際から古泉の問いに答える声が聞こえてきた。
それに反応して俺と古泉、朝比奈さんはそちらに目を向けた。
「彼と涼宮ハルヒは日曜日に出かける約束をしていた」
長門の膝の上には毒々しいまでの真っ黄色の表紙の本が開かれているものの、
視線はその本ではなく俺に注がれている。
「いつのまにデートの約束を取り付けていたんですか。
あなたも隅に置けませんね」
古泉が再び俺にニヤケスマイルを向ける。
その笑顔だけ見ると、状況を楽しんでいるように見えなくもないが、
その言葉は俺を言外に責めている。
そのような約束をしておいて、なぜこのようなことになっているのか、
とでも言いたいんだろうな。
298 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:21:00.21 ID:inChoN5O0
だが、そんなんじゃない。
ただの荷物持ちだよ。
「長門さんはこのことを知っていたにも拘らず、あのような発言を?」
古泉はわざとらしく肩を竦めると、長門に続きを促した。
「知っていた。しかし、あのような発言をする気はなかった」
「なら、なんで……?」
長門の発言に俺たちを代表して疑問を投げかけたのは朝比奈さんである。
長門が殊ハルヒに関して、無意識のうちに、
何かやってしまうなんてことは、
恐らく、万に一つもないだろうからな。
299 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:23:00.26 ID:inChoN5O0
「涼宮ハルヒの能力によるものだと思われる」
「彼女がこのような状況を望んだということですか?
それにしては、彼女の機嫌は決して良いようには見えませんでしたが」
そう言えば、ここに古泉がいるということは、
閉鎖空間はできてないのだろうか。
「もちろん、できていますよ。
小規模なものですから、僕は状況の把握を優先していますがね」
そこで古泉は一旦区切り、お茶を一口含んでから、再び続けた。
「彼女の精神は昨日の午前中の方が、余程不安定でしたよ。
だからこそ、僕は疑問に思ったわけです。
このような状況になって尚、彼女の精神はなぜ微妙なバランスとは言え、
安定しているのかとね」
300 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:25:00.20 ID:inChoN5O0
「あいつの精神分析はお前の分野だろう?」
そこで俺も冷めかけているお茶を一口含んだ。
「昨日に関して言えば、俺でも解るがな。
ただのブルー・マンデーだろう」
昨日の時点ではこいつには解らないと言ったが、
すぐに機嫌が直ったことを考えると、強ち間違いでもないだろう。
「僕もこの状況が把握できていないんです。
だからこその、情報収集ですよ」
古泉はそこで言葉を切ると窓際に視線を送る。
301 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:27:00.45 ID:inChoN5O0
昼間は不機嫌な顔を維持していたが、
今となってはニコニコマークを顔にでも貼り付けているがごとく、
笑顔を一切崩さない。
「長門さん、涼宮さんの能力と言うのは?」
「わたしという個体が先ほど言ったような願望を持っていたのは事実。
しかし、情報統合思念体はそれを言語情報として発することは許可しなかった」
「にも関わらず、長門さんは願望をそのまま口にしてしまった。
ならば、そこには涼宮さんが介入しているでしょうね。
情報統合思念体でも彼女がこのように介入するとは思ってもみなかったでしょうね」
古泉が長門の言葉を解説して見せると、長門は少し上を見て、
間を持たせた後、そう、と小さく頷いた。
302 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:29:00.22 ID:inChoN5O0
「……うかつ」
「……そんなことをする理由が解りません」
そこで口を開いたのは朝比奈さんだ。
ハルヒがこのような状況を作ったということは長門の言で判ったが、
その理由までは説明されていない。
長門は説明する気がないのか、口を開かず、
しかし、本を読み始めるわけでもなく、ただ、俺を見つめていた。
俺が知っているとでも言うように。
その視線に圧されるように俺は口を開いた。
303 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:31:02.84 ID:inChoN5O0
「……罪悪感だと思います」
「罪悪感?」
俺の発言を復唱したのは質問を投げかけた朝比奈さんだが、
古泉も興味深げな笑みを俺に投げかけている。
「俺は四時間目に居眠りをしてしまったんです。
真面目な好青年を演じていたわけですから、ルール違反です。
でも、ハルヒは俺を失格にせず、交換条件を持ち出してきたわけです」
「それが、日曜日の荷物持ちですか。
罪には罰を、いかにも涼宮さんらしいですね」
そういうことだろうよ。
304 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:34:06.78 ID:inChoN5O0
俺の言葉に古泉は納得したようだったが、
朝比奈さんはどこか釈然としない表情をしている。
「でもぉ……そうだとしたら、涼宮さん、自分に厳しすぎです。
あの掃除の件だけで、十分じゃないですか」
「あれは、ハルヒの素行の問題ですよ。
最近は打ち解けてきていますが、最初のほうは無視でしたから。
それを気に食わないと思っているヤツは結構いますよ」
あれはあいつの自業自得、因果応報ってやつだ。
「そう思っている割には、
あのときのあなたは非常に憤っていたようにも思いますが。
僕は不良を演じていた訳ですから、僕が出たほうが良かったのでは?」
折角のゲームに水を差されれば、俺だってたまには怒るさ。
「確かに、役的にはお前が出た方が良かったんだろうが、
彼女たちへのフォローは俺にはできなかったと思うぞ」
305 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:36:59.71 ID:inChoN5O0
俺の言葉を聞いて古泉はひょいと肩を竦めやがった。
「あの時にも言いましたが、あなたはもっと冷静な方だと思ってたんですが。
鶴屋さんが来てくれなければ、あなたを止めれた気がしませんよ」
「あの時のキョンくん、ちょっと怖かったです」
朝比奈さんはその光景を思い出したのか、
腰を引かせて肩を震わせる。
それを見て、俺は少なからずショックを受けた。
朝比奈さん、あなたを怖がらせるつもりは小指の爪の先ほどもなかったんです。
俺は朝比奈さんのその様子から目を背けるべく、古泉に視線を戻した。
「俺もそう思ってたんだがな。
鶴屋さんが来てくれなきゃ、手が出てただろうし、
長門のおかげで大事にもならずに済んだだけだしな」
306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:37:59.82 ID:inChoN5O0
そこで俺は長門に向かって頭を下げた。
「長門、迷惑掛けた。すまんな」
「いい」
俺の謝罪に長門が短く答えるのを見て、古泉は一つ頷くと口を開いた。
「そのことに関しては、結果的に何もなかったことになったのですから、
良かったことにしましょう。問題は、これからのことです」
「やっぱり、キョンくんは涼宮さんに謝るべきだと思うです。
涼宮さんはああ言ってましたけど、約束を破ってるんですから」
「日曜日は彼女といるべき」
三人から見つめられて、
ハルヒに対して腹を立てていた俺も流石にたじろいだ。
309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:52:27.83 ID:nzpv2Lk9O
そんな状況で自分の意思を貫けるほど、俺は頑固というわけじゃない。
「……解りました。でも、ハルヒも頭を冷やす時間はいると思うんです。
ですから、明日の朝にでも謝ろうと思うんですが、良いですか?」
「それで良いです。ちゃんと謝ってくださいね」
指を立ててお姉さんっぽく言う朝比奈さんに、
俺はしっかりと頷いたのだった。
310 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 12:55:14.04 ID:nzpv2Lk9O
「とりあえず、状況改善の目途は立ちましたから、僕はバイトに行きます」
古泉はそう言うと、鞄を持って扉に向かう。
扉を開け、半身を廊下に出した状態で古泉がこちらを振り返り、口を開いた。
「あ、そうだ。賭けは僕の勝ちですから、また今度コーヒーでも奢ってください」
覚えてやがったか。
「ああ、解ったよ」
312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 13:01:08.66 ID:nzpv2Lk9O
ハルヒと古泉が帰ったことで、自然と部活は解散ということになり、
着替えのある朝比奈さんが鍵を返してくれるということで、
俺と長門は先に昇降口に向かっていた。
「罰ゲーム」
「ん?」
その声に反応して、横に目を向けると、
長門は俺にはギリギリ判るくらいに悪戯っぽく瞳を光らせた。
「改めて考える」
「そうかい」
「手加減はしない」
その言葉を俺は少し意外に思い、長門を見る。
しかし、俺の目に映るのは、
長門が既に前を無表情で見つめながら歩く横顔だけだった。
やれやれ、どうやら俺はまた面倒な事態を抱え込んでしまったらしい。
俺はまったく想像のつかない長門印の罰ゲームに嫌な予感を感じつつ、
明日、ハルヒにどうやって謝るかを考え始めていたのだった。
313 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 13:07:50.84 ID:nzpv2Lk9O
俺の話はこれでおしまいだ。
もし話そうと思えば、
俺がその後長門にどんな罰ゲームを課せられたかだとか、
ハルヒの買い物に付き合った日ははどんなだったかだとか、
その後、どんなことがあって今に至るのかなんて話をすることもできる。
だが、今のところそういう話をしようという気持ちになれない。
ただ、これだけは言っておこう。
初めの頃はとんでもないだとか、冗談じゃないと思っていた高校生活も、
終わってみれば妙に懐かしいと思っているんだから人生ってのは判らないもんだ。
まったく、打ち明け話なんてするもんじゃないな。
誰彼構わず懐かしく思い出しちまうんだから。
315 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/21(月) 13:14:44.57 ID:nzpv2Lk9O
まずはお読み頂きありがとうございました。
また、長文、駄文によるお目汚し失礼致しました。
『ハルヒ「よろしくてよ」』のキョン視点でした。
パソコンの機嫌が傾いたり、
さる規制に引っ掛かったりと、
非常に時間が掛かりました。
支援して下さった方々、ありがとうございました。