2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:00:24.70 ID:ceUh6wV60
永い事眠っていたような気がする。期間はわからないが、己の持つ睡眠時間は記録更新だな、と思った。一体今はいつなのだろう。ベッドから身を起こすと殺風景な部屋にいた。いや、無機質な、の方がしっくりくるな。
眠気眼であたりを見回すと、ここは俺の部屋ではないということはわかった。しかし、やけにボロっちぃ部屋だな、なんて暢気にそんなことを思えるほど俺の経験値は積み重ねられていたらしい。
――またハルヒ関係か?
イマイチパッとしない頭でそんなことを考えている。そうだ、まずは古泉に電話をしてみよう。
3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:01:15.44 ID:ceUh6wV60
…今まで気付かなかったが、おれの携帯はどこにあるんだ?
もう一度、今度は若干冴え始めた眼であたりを見回すと、何もない。
収納スペースすらない、この無機質な部屋に違和感を覚え始めた。あるのは、扉とベッドとカーテンのかかった窓だけだ。
うん、これはまいった。実にまいったね。外部との連絡手段がないわけだ。
俺は一つ大きな溜息をつくと、窓辺に寄り、カーテンを左右に広げた。
俺は自分の目を疑ったね。何故なら窓から見えるその光景は、おれの知っている風景ではなく、どこの世紀末だ、と言わんばかりの廃墟だったからだ。
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:02:19.44 ID:ceUh6wV60
うぅん、まいった。これは実にまいったぞ。今の状況はあまり芳しくない。何故かはわからない。でもそう思った。まぁ、直感だな。俺の直感を甘く見ない方がいいぞ。
何てったって今まで不思議な経験は、そこらの奴より体験したからな。
――携帯はつながらないし、外も世紀末…。お手上げだな。せめて長門がいれば話は別なんだが…
いかん、また長門を頼るところだった。今回は俺自身の手で、この非日常を日常に戻すしかないのだ。といっても、現状、長門との連絡手段はないのだが。
とりあえず、何故俺がここにいるのか、それを思い出そう。俺は少し痛みの残る頭で最後の記憶を思い出すのであった。
6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:03:04.09 ID:ceUh6wV60
あれは、普段通りの何ら変わりのない週末。つまり、不思議探索の日だった。まぁ、不思議探索が普段通りかどうかは置いといて、だ。
あの日もいつも通り俺が遅刻をしたんだっけ。それでアイツはばかでかい声で俺をどなったんだ。
「遅ーーい! 罰としてキョン、皆に奢りなさい!!」
へいへい、そう返事をして俺達は店の中に入り、席に着いた。
って、ハルヒ、お前はもっと遠慮ってものを知りなさい。
「何よ、別にいいじゃない。そんな間柄でもないでしょう? それに、奢ってくれるって言うんだから、遠慮をしたら失礼じゃない」
誰も自主的に奢るなんて言ってないんだがな。まぁ、それはいつものことで別にいい。一体こいつらは何時に集合しているんだ?
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:05:17.82 ID:ceUh6wV60
じゃんけんで負けた古泉が缶ジュースを抱えて俺の隣に座る。近い。
古泉は俺の顔を見ると「おっと、これは失礼」そう言って、尻一個分横にずれた。
何が悲しくて休日の公園で、しかも男同士でこんなに寄り添わなくてはならんのだ。もしかして、俺をからって楽しんでいるのか?
缶ジュースを一口啜り、何を考えているか全くわからないニヤケ野郎に視線を当てる。
「最近あいつの様子はどうだ?」
古泉は一瞬目を見開き、すぐにいつも通りのニヤケに戻った。
「珍しいですね。あなたから涼宮さんの事を聞くなんて」
「別に。ただ、最近お前のバイトとやらもあまり聞かないからな」
「まぁ最も、あなたと四六時中いるわけではありませんからね。それなりに呼び出しはありますよ。ただ、以前よりかはかなり少ないですが。彼女の精神も安定している証拠ですよ」
ふぅん、と小さく答え空を仰いだ。清々しい蒼穹だな。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:06:35.95 ID:ceUh6wV60
昼食を済ませた俺達は、また籤を引く。今度はハルヒとペアか。
「俺とハルヒだけのペアってのも珍しいものだな」
「そう? そんなことはどうでもいいわ。私が探しているのはどうでもいい珍しいことなんじゃないんだから。わかってる? 私が探しているのはもっと大きな――」
「不思議、だろ?」
ハルヒは少しむくれジトっとした目で俺を睨んでくる。やめろ、そんなに睨まれると穴があく。
「キョンの癖に生意気ね…」
へいへい、すまんね。今後気つけるよ、団長様。何に気をつけるかはわからんが。
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:08:16.71 ID:ceUh6wV60
そんな二人のやり取りを見てか、古泉が「さぁ、そろそろ行きましょう。そうしないと不思議が逃げてしまうかもしれませんよ?」とハルヒをなだめるように言った後に「…くれぐれも気を付けてくださいね」と困った表情をしながら小さく俺に囁いた。
わかってるよ。お前に迷惑が蒙らないように精進するさ。
今日は休日ということもあり人通りが激しい。周りにはカップル、カップル、カップル…。まぁ、あまりいい光景ではないな。はぁ、隣にいるのがハルヒではなく朝比奈さんだったらどんなに良かったことか。
そもそもこいつも黙っていれば美人なんだが、性格が少し難点だな。いや、だいぶか。
13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:09:18.20 ID:ceUh6wV60
「なによ、さっきから人をじろじろ見て。私を見る暇があれば、不思議を見つけなさい!」
「いやいや、俺はそんなに見ていないだろう。とんだ言いがかりだ。」
「そんなに? じゃあ私を見ていたというのは事実じゃない!」
ハルヒは胸を張り、ふふんと鼻を鳴らすかのように言った。そんな鬼の首を取ったように言わなくても…。まぁしかし、ここで朝比奈さんだのさっき思っていたことを言えば火に油だな。ここは話をそらそう。
15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:11:05.70 ID:ceUh6wV60
「まぁ、な。ちょっと疑問に思ったことがあってな」
ハルヒは「何よ」と首をかしげた。俺を見上げるその表情はなかなか綺麗だ…。
いや、妄言だ、忘れてくれ。
「午前の不思議探索はなにをしてたんだろう? って、思ってな」
「そんなこと? 相変わらずくだらない質問ねぇ…」
うるせぇ。とっさにしてはいい方だとおもうぞ。
俺の表情を少し見てハルヒが言葉を続けた。
16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:12:23.01 ID:ceUh6wV60
「まぁ、特別に教えてあげるわ。みくるちゃんの衣装を探したり、有希の服を見たりね」
「全然不思議探索してないじゃなか!」
「うるさいわねぇ。不思議探索ならしたわよ! それにどこに不思議が潜んでるかわからないじゃない。だから、服屋に行っても何ら不思議はないのよ!」
「それは詭弁だ。それに朝比奈さんの衣装探しって…。朝比奈さんで遊ぶのはいい加減やめろよな」
さっきまでの空気が嘘のように、ピンと張ったのを感じた。しかし、俺は間違ったことは言っていない。
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:16:38.39 ID:ceUh6wV60
「別にみくるちゃんは嫌がってないわよ!」
「それはお前にはわからないだろ。実際これまで何回朝比奈さんに迷惑をかけた?」
人目を気にせずハルヒは立ち止まり俺を正面に見据えた。正確には、信号が赤に変わり止まらざる得なくなったのだが。
もうこれはどちらかが折れるしか解決しないだろう。しかし、俺は折れる気などさらさらない。
「何よ、あんた。『朝比奈さん、朝比奈さん』って。口を開けばみくるちゃんって。馬鹿じゃない?」
言うに事欠いて馬鹿じゃない、だと? 馬鹿はどっちだ。
21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:19:09.15 ID:ceUh6wV60
そろそろ信号が変わる頃だろうが、そんなのはお構いなしで口論を続ける。
「それはお前が朝比奈さんに酷い事をするからだろう。今回ばかりは言わせてもらうけどな、お前はもっと常識を持って行動した方がいいぞ!」
古泉よ、こいつのどこが常識を持っているというのだ。あ、そうだ。古泉スマン。またお前に迷惑をかけるかもしれない。しかし、俺にも引けぬところがあるのだ。わかってくれ。
「酷い事なんてしてないじゃない!! 私はみくるちゃんが可愛いからそれに似合う衣装を選んでいるのよ!? 人を異常者みたいに言わないで!」
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:20:31.79 ID:ceUh6wV60
ハルヒの声が震える。もちろん泣きそうだからではない。この勝気な女が泣くはずがない。つまりこれは心底怒っているんだろうな。
「それが玩具にしてるって言ってるんだ!! もういい。自分の悪いところがわからないお前と話していても意味がない。俺は帰るからみんなにはそう伝えておいてくれ。じゃあな」
――ちょっと待ちなさい!!
そんな言葉を背中で聞いたが、かまわず歩みを進める。
聞こえてきたのは高い音と高い叫び声。
衝撃が体を叩き、俺の視界は黒く染まった。
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:24:02.34 ID:ceUh6wV60
……そうか。俺はあの時車に轢かれたのか。おそらく、最初の高い音はブレーキ音で、叫び声はハルヒのものだろう。
しかし、身体は無傷に近い。特にどこが悪いなんてない。もしかしたらあれは夢だったのか? だが、夢と思うにはあまりにも鮮明な記憶すぎる。
うぅむ、わからないことが沢山あるな。今すべき事は、 1,現状確認。それはした。 2,情報収集、これだな。
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:25:26.59 ID:ceUh6wV60
団員との連絡手段をもたぬ俺では、ここにいるだけでは何も得られない。とりあえずあの瓦礫が散乱する街に繰り出すとしよう。
外に出て、今出た建造物を見上げる。どうやら俺がいた場所は病院らしい。色落ちした十字のマークが寂しげに自己主張していた。
と言うことは、俺は事故にあってから病院に運び込まれたんだな。おそらく機関の息のかかった病院、か…。
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:27:29.46 ID:ceUh6wV60
踵を返し、病院の敷地から出る。おいおい、本当にここは日本なのか? 見渡す限りコンクリートの墓と化しているじゃないか。
病室から見下ろした時にはあまり感じなかったが、自分の目線で見ると迫力があるというか、絶望感があるというか…。どっちにしたっていい光景ではない。
ガラン、と後方で音がした。重いコンクリートが崩れる音。鼻を突く獣臭。ゆっくりと振り返るとそこにはやせ細った犬がいた。
犬の散歩のときはちゃんとリードをして他人に迷惑がかからないようにしろよな、なんて内心おどけてみたが、あの双眸は暢気なものじゃあない。冷汗が頬を伝う。
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:31:27.18 ID:ceUh6wV60
やせ細っているといっても、あれは大型犬。喉を噛まれれば華奢な俺の首は赤い涙を滝のようにながすだろう。名前はたしかハスキー犬だっけ? 目を逸らさないようにしてゆっくりと距離をあける。
汗が顎から地面に落ちる。それと同時に俺と一匹は一気に駈け出した。
あの大型犬に勝てるとは思っていない。だから逃げた。それに逃げ切れるなんて微塵も思っていない。ただ、あの時の俺の脳みそは、逃げることが一番安全だとはじきだしたのだ。
28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:33:11.89 ID:ceUh6wV60
こんなことなら、もっと身体を鍛えておけばよかった。ただでさえ体力は人並みなのに、それに加え足場の悪い道を走り、俺の心臓は今にも爆発しそうなくらい鼓動が速くなっている。
だんだんと犬っころの鳴き声が近くなってくる。それはそうか。犬と俺では体力が根本から違う。あんなに痩せていても腐っても犬、だ。全然笑えない。
振り返るとすぐそこに犬がいた。もっと早く逃げなくては。俺が前を向くと、道がなくなっていた。
嫌な浮遊感と共に、俺は奈落に落ちて行った。
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:35:44.73 ID:ceUh6wV60
「痛たた…。なんなんだ、一体……」
上から犬の遠吠えが聞こえる。どうやら、地面が切れていたらしい。おそらく何らかの理由で地面が陥没したのだろう。ベルリンの壁のように連綿と大地が切れていた。
へっ、おととい来やがれってもんだ。なんて思っていても、体中が痛い。息も上がっている。
立ち上がろうとしたが、足に激痛が走り、とてもじゃないが立てそうにもない。状況は絶望的だ…。たとえ五体満足であったとしても、10メートルはありそうな高さの壁は登れそうにもない。
32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:37:57.51 ID:ceUh6wV60
「ははは……」
無意識に笑いがこぼれる。悲観的な、自嘲的な笑いだ。今にも気が狂いそうだ。気が狂えたなら、どれだけ楽だろうか。ギリギリのところで平常心を失わなかったのは未練だろう。まだ何もわかっちゃいない。全てを理解するまで死んでも死にきれん。
「畜生……、俺は…ここで終わるのか? ハルヒ…、長門…、朝比奈さん…、古泉…。一体どういう状況だよ…」
壁にもたれて空を見上げた。灰色の空は今にも落ちてきそうだ。
暫く動けずにいた。いつの間にか黒くなり始めた空。俺は呆然と膝を抱えて闇を見据えていた。
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:39:22.66 ID:ceUh6wV60
ガラン、ともう一度瓦礫の崩れる音がした。緊張が走る。まさか、あの犬が? それとも別の何かか…? どっちにしろ歓迎はできそうにもないな。
「クソっ! なんで俺がこんな目に…!!」
絶望に支配された俺は、音のした方向を睥睨した。それが唯一の攻撃手段なんて、なんて情けないことだろう。
「そこにいるのは…誰?」
その声は…。まさか、あなたですか? クソ、声が出ない。
恐る恐る、というのが質量をもって俺にぶつかるように弱々しく、もう一度声を発した・
「そこに誰かいるの……?」
「さ…なさん…」
声が震える。こんなところ彼女に見られたくない、という気持ちと、早く会いたいという気持ちがせめぎ合っている。
…嘘だ。見られたくないなんて思っていない。そんな自分の格好なんて考える余裕なんてなかったからな。
36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:42:51.87 ID:ceUh6wV60
「あのぉ…。……!!!」
ひょこっ、と顔を出した朝比奈さんは驚いた表情をして駆け寄ってきてくれた。
「キョン君だぁ…、キョン君だぁ…!!」
泣きながら朝比奈さん(大)は抱きついてきた。おおう、なんて役徳だ。さっきまでの疲れが嘘のようだ。もう心残りはない。
犬には追いかけられるものだね。まさに、仕事が終わってからの一杯のような気分だ。もっとも、俺は未成年だから酒はどうとかいわないが。まぁ、そんなことはいい。今、俺はSOS団の天使、朝比奈さん(大)と出会ったのだ。
38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:47:23.29 ID:ceUh6wV60
何かの研究所のようなところに運ばれた俺は、朝比奈さん(大)から話しを聞いた。積もる話しはいくらでもあるのだが、今のこの状況のことを。
今の時代は朝比奈さん(大)の時代らしい。なんと、俺達の時代から約千年も先らしい。嘘みたいだろ? でも俺はこの人が嘘をつくような人にはみえない。だから、それは本当なのだろう。
と言うことは、ここは日本なんですか? なぜこんなに廃墟と化しているのですか?
「えぇ、そうよ。ここは日本なの。キョン君は信じられないかもしれないけど、今から10年前に地球に隕石が落ちたの。各国は隕石を核での爆破を試みたのだけれど、
隕石は小さくなっただけで、地球に降り注いだの。どうやら、その時アメリカには核が3個、中東から誤射されたらしいわ。らしいというのは、今それを確認する方法がないから。
日本にも核が落ちてきたのよ」
39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:49:17.78 ID:ceUh6wV60
朝比奈さん(大)は、仕事の影響か、俺に抱きついてきた時のようなあどけなさを感じさせないように喋っていた。まぁ、これはこれでありなのだが。
「そうですか、そんなことが…。なんか実感がわきませんよ」
「そうでしょうね。私もそうよ。…とりあえず、ゆっくりしていってね? あまりいいものは出せないけど、キョン君の為なら私、腕によりをかけてお料理しますから」
そう言ってほほ笑んだ朝比奈さんは、あの頃のままだった。俺は、心から思ったね。この人に出会えてよかったって。
40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:53:33.31 ID:ceUh6wV60
朝比奈さんの料理は旨い。こんな環境だから取れる作物は多くはない。しかしながら、やはり料理はどんな食材をつかうかではなく、誰が作るか、だね。
「ところで、どうして朝比奈さんはあそこにいたんですか?」
あそことは、もちろん俺達が再開した場所のことだ。偶然か、はたまた必然か。おそらくあの時の朝比奈さんの反応からすると偶然だったのだろう。
「あの時病院跡で、突然磁場が変動しているのが観測されて、その磁場に現れた不定因子を追っていくとキョン君がいたの」
朝比奈さん(大)ではあるが、こうして知人と会話ができるのはなんて幸せなのだろう、しかも、二人きりで…などと思っていると自然とほほが緩んでしまう。この艶然とした朝比奈さんもなかなか、いやしかし、あのあどけなさを残す朝比奈さんも捨てがたい…。
っと、いかんいかん、安心から思考が変な方向にいってしまう。気をつけなくてはな。
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:55:07.32 ID:ceUh6wV60
朝比奈さん(大)はそんな俺の様子を不思議そうに見つめている。やめてください、そんな眼で見つめられたら、罪悪感が募ります。
「じゃあ、この時代に俺が出現することは規定事項ではなかったんですか?」
朝比奈さんは少し考えるそぶりをして、自己解決したかのように「そう、ね…」と呟いた後に俺に語りかけた。
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 16:57:56.78 ID:ceUh6wV60
「本当はこれは禁則事項なんだけれども、キョン君がこの時代にいるから話しても大丈夫よね。うん。実は、この時代が数ある時代の先頭なの。
だから、これより先の事はわからないし、行けないの。だから、あそこでキョン君が現れたのは本当にびっくりしたわ」
なるほど。つまり、ビデオのコマ割りで言う、一番最初に撮られた状態のわけだな。
一番新しくでもあり、一番古い状態なわけだ。なんとまぁ、逆説的だな。たしか、時間平面理論だったっけか? まぁ、昔の俺なら理解できなかったかもしれないが、今の俺には何となくだがわかる。
43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:00:16.34 ID:ceUh6wV60
「へぇ…。あ、そうだ、朝比奈さん。俺が事故にあった後に何が起きたか教えてもらえますか? そして、よければ何故俺がここにいるのかも教えて欲しいのですけど…」
一瞬暗い表情になり俯いた朝比奈さんは弱々しく教えてくれた。
44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:01:10.67 ID:ceUh6wV60
「キョンが…キョンが…」
ハルヒは半ば放心した状態で副団長の古泉に電話をかけた。普段勝気な彼女からは想像できないほど弱々しい声を聞いた時に古泉は異常事態だと察するのに時間はかからなかった。
「彼が…どうかしましたか?」
のどが渇く。粘着質になった唾を古泉が飲んだ。
「キョンがぁ…、キョンがぁ…」
「彼がどうかしたのですか!?」
はじめて聞く古泉の怒声にみくるは肩をすくめた。長門ですらその瞳を古泉にむけたまま動かない。
「はい…、はい…わかりました…。すぐに向かいます」
電話を切ると古泉の表情は酷く翳ってみえた。そして、長門とみくるに視線を当てると「彼が、車に轢かれたらしいです…」と言って、みくるに驚く暇も与えずに「行きましょう」と促した。
45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:04:07.82 ID:ceUh6wV60
現場に着くと、涙で顔を濡らしたハルヒと、血まみれでぐったりとして動かないキョンと項垂れている車の運転手がいた。
その光景を見ると、みくるは泣き始め、長門は静かに佇んだままキョンを見下ろしている。
「長門さん!! 彼を助けることはできませんか?」
古泉の表情は今にも崩れそうで、長門に懇願するその姿は普段の姿とは異なっている。
「情報操作での止血を試みている。…でも」
「でも、なんですか?」
「一命を取り留めても、彼が目覚めるかどうかはわからない」
46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:06:24.05 ID:ceUh6wV60
それでもいい。彼さえ無事ならばそれでもいいと古泉は言った。これはキョンが鍵としての機関の立場からではなく、純粋に友人としての言葉であろう。
「情報統合思念体も万能ではない…。すまなく思う」
長門に比はあるはずもない。しかし彼女は謝った。今出来得る、地球人には到底できない最善の治療をしているにもかかわらずだ。そんな長門の表情――もっとも、一般人には表情の変化を確認できないが――を見て古泉は心苦しくなった。
キョンが病院に運ばれた後も、ハルヒは「私のせいで…」と自分を責めていた。
「彼の無事を祈りましょう」
と古泉はハルヒに言った。今、キョンが助かる方法は神頼みしかないのだ。ハルヒが望めばあるいは…。
47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:08:58.62 ID:ceUh6wV60
しかし、いくら時間が経ってもキョンが目覚めることはなかった。傷はもうどこにも見当たらない。無傷に等しい状況だ。なぜキョンの意識が戻らないかは不明で、医者はもちろんのこと、長門でさえ分からなかった。
ハルヒは日に日に窶れ、以前のような元気はない。学校が終わるとすぐに病院に行く日々が続いた。ハルヒは目覚めないキョンの傍らでずっと話しかけた。今日の出来事、TVの話し、他愛のない事をずっと。そして最後には謝罪の言葉を。
48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:11:20.03 ID:ceUh6wV60
ある日、キョンとハルヒが忽然と姿を消した。
機関も探したが消息は知れず、思念体ですら、二人の存在は関知できなかった。ハルヒとキョンが姿を消してから数日後…。
「神を失った機関はしばらくすると消滅するでしょう。僕は彼と涼宮さんの消息の手掛りを探します」
「情報統合思念体は、自律進化の可能性を失くしたと判断した。私ももうすぐ消滅する…」
「涼宮さんが居なくなった今、私の任務は終わりました…。私も未来に帰還します」
この三人の会話を最後に文芸部の部室からは活気は失われた。事実上SOS団は解散となった。
49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:13:17.84 ID:ceUh6wV60
涙を溜めながら朝比奈さん(大)は語ってくれた。女性の涙はどうもにがてだな。得意な野郎は地球上には数えるほどしかいないだろうが。
「…そんなことが。でも、俺達は幸せ者です。なぜならこんなに心配してくれた仲間がいたからです。ありがとうございました」
そうか、俺達は謎の失踪をしてしまったのか。あの情報なんちゃら思念体でも消息はつかめなかったらお手上げだな。しかし、突然俺だけがこんな未来で目覚めたのだろう。うぅん、謎は深まるばかりだな…。
50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:14:43.29 ID:ceUh6wV60
…ん、俺だけ? 一体誰がそう決めた。そうだよ、ならハルヒも目覚めている可能性だってあるはずだ! ハルヒさえいれば元に戻れる可能性も出てくるじゃないか!
「朝比奈さん! 俺以外の場所で磁場が変動?した場所ってないのですか?!」
思わず大きな声が出たが気にしない。朝比奈さんは人差し指を顎に当ててしばらく考えてから、
「ありませんでした。でもどうして?」
俺に訊ねた。
「俺が現れたってことは、もしかしたらハルヒも現れてもおかしくはないと思ったんですよ」
51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:15:30.48 ID:ceUh6wV60
朝比奈さんは手をポン、と叩いたそのあとに申し訳なさそうな表情をした。どうやら望みは潰えたらしい。でも気にするか。今まで何度もそんなことはあったからな。己を鼓舞した後にもう一度思考を巡らせる。
いつもならこういうときは、古泉の長ったらしい推測をきかされるか、長門に訊くんだが、結局俺は他人に頼りっぱなしなんだな、と痛感させられる。
「長門の情報思念体とやらも、古泉の機関とやらも今は残ってないんですか?」
「情報統合思念体は涼宮さんの一件以来、姿は見せてないよ。機関は……」
52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:16:44.14 ID:ceUh6wV60
足の傷が癒えてから朝比奈さんの下を離れた。朝比奈さんにも同行してほしかったのだが、今の機関とはあまり仲はよろしくないらしい。地図と食料を少しだけ分けてもらい俺は機関があるとされる場所を目指した。
どうやら此処がそうらしい。まさか北高の近くだとは思いもしなかった。と言うより、まだあったんだな。俺達の時代の建築技術もあながち捨てたもんじゃあない。
そもそも、俺達の時代でも、1000年くらい建っている木造建築物もあるくらいだから、当然っちゃあとうぜんか。
っと、本来の目的を忘れるところだった。俺は今の機関とやらを見なければならないんだったな。
53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:17:58.38 ID:ceUh6wV60
その入口らしき場所は一見はただの瓦礫に埋もれた場所だ。入口らしきところを潜り抜ける。瓦礫の中にポカンと穿たれたような通路は人一人がぎりぎり通れるような細いもので、少しでも触れば全てのバランスが崩れそうで怖い。
今俺のことをチキンヤロー、だとかビビりだなぁ、だとか思った奴は想像してみろ。失敗すれば死に至るイライラ棒を。どうだ、わかったか?
数分歩いてくると、読経のようなものが聞こえ始めてきた。一定の旋律を低い声で延々と奏でる、あまり心臓によろしくない音楽とでもいうべきか。
薄暗かった光景にだんだんと揺らめく光が差してきた。おそらくこれは、電気とかではく炎の明かり、か。
気の利いたサウンドはだんだんと大きくなり、通路を抜けて大きな空間に出た時、驚くべきものが眼に入ってきた。
54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:22:02.70 ID:ceUh6wV60
…神人の周りに人が跪き、祈祷する姿。
おいおい、何てオカルティな光景なんだろう。
もちろんあの神人は動かない。なぜなら“人が創りだした物”だから。しかし、でかい。俺がかつて見た神人よりかは少し小さいが、それども10メートルはあろうか。
かつては敵とみなし自ら世界の安寧の為に狩っていた神人を祀っているなんてな。
おそらく、神人は神の象徴。ハルヒの力の象徴とでも言うべきものだから、それが曲がり曲がって神がいたという証拠となり、拝むべき存在になったのだろう。
55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:23:00.28 ID:ceUh6wV60
どんなに科学が発達しても、いつの時代にもカルトな宗教はあるんだな。ましてや、こんな時代だ。心のよりどころをかつて神と崇めた人物の生み出す化け物に預けるなんて皮肉なもんだ。これがあの機関の末路だと思うと無性に悲しくなった。
「す、すいませ〜ん」
恐る恐る声をかけてみる。こんなカルトじゃあ殺されるかもしれないが、情報は欲しいからな。
どうやら聞こえていないらしい。もう一度、今度は少し大きな声で。
「すいませ〜ん。お尋ねしたいことが……」
やかましかった読経はピタリと止み、ぎょろぎょろとした眼が一様に俺に向けられる。
「あるんですけども…」
はは、少しちびったかも…。誰も俺を責められないし、責めさせない。この恐怖は俺にしかわからないだろう。
56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:24:50.80 ID:ceUh6wV60
次第にあたりはざわざわとし始め、視線は突き刺さるような殺気に変わるのを感じる。本当にやばいかもな…。一度古泉にこの光景を見せてやりたい。「お前らの機関の未来は、単なるカルト集団だ」ってね。
逃げようかどうしようか迷っている時に、人々が二つに割れた。まるでモーセの十戒だな。なって思っていると、現れたのは初老の男だった。
「お前は誰だ」
居丈高にドスの利いた声ですごまれた。その瞬間に口にした言葉が、
「キョンです」
って、緊張していたとは言え、俺までついに自分の事をあだ名で呼んでしまった。クソ、なんてこったい。
しかし、その効果があったのかどうか、周りはどよっと声を上げた。
57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:27:25.31 ID:ceUh6wV60
初老の男が周りを鎮めると、俺に懐疑の視線をあてがい、
「ほう、キョンと申すか。ここが、どのような所かわかるかね?」
「さぁ、わからないですね。少なくても俺の知っている機関とはだいぶかけ離れているんで」
男はくつくつと笑い、周りは憤怒の気配を見せている。
「どこがどうかけはなれているのかね?」
「俺の知っている『機関』はこんなにカルト染みた存在じゃない。そこで神々しく祀られている神人を拝むような集団ではなく、そいつらと戦っていた気がしますね」
58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:30:01.63 ID:ceUh6wV60
轟、と現機関の連中が吠えた。あぁ、俺もここまでか、そう思っていたのだが、目の前にいる男の「やめろ」の一言で鬼気はなりを潜めた。
そして、もう一度俺を見やると「こっちに来い」と言って、奥の部屋に招かれた。
内心、死ぬんじゃないのか、と思っていたがそうではないらしい。もっともまだ油断はできないが。
男が向かった先は、六畳くらいの部屋だった。先ほどの禍々しい空間とは異なり、部屋の真ん中に重厚なテーブルが一つと、その周りにソファーが囲み、壁には美術の教科書で見たことがあるような絵画飾られ、骨董品などが並べられていた。
男がソファーに座ると、俺は向かいに座る。男の後ろには女が一人だけ立っている。ボディーガードかなんかか? とてもじゃないが、彼女が活躍するような事態にするつもりはないのだが。
59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:32:03.64 ID:ceUh6wV60
「キョン、と申されたな」
男が顎の下で手を組み、俺に問いかけてきた。ていうか後ろの人、そんな敵意に満ちた眼を向けないでください。息が詰まります。
「はぁ、そうですけど。なんで俺はこんなところに連れてこられたんですか? もしかして、消されたり…?」
「口を慎め! 目の前におわす方が誰だ知らぬわけではあるまい!」
本当にびっくりした。なんで俺がいきなり怒鳴られなくてはならんのだ。それにこんなおっさん知らん。もちろんそんなことは言えない。なぜなら、まだ死にたくないからね。
「そう凄むな」
「しかし…」
「………」
男の無言で女は黙った。へ、いい気味だ。あれ、この人心が読めるの? ごめんなさい、睨まないで。
61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:35:54.62 ID:ceUh6wV60
「君を消すつもりはない。君はさっき面白い事を言っていたからな」
よかった。俺は消される心配はないんだな。そうわかると、どっと肩の力が抜けた。潜入してからずっと緊張していたからな。
それにしても、面白いこと…? はて、そんなことを言った覚えはないのだが。
「面白いこと?」
「まずは君の名前だ」
俺はまだ本名を教えてはいないのだが…。まさか、あだ名が名前か? 俺だってこのあだ名を甘受しているわけではない。
友人のほとんどがこの忌々しいあだ名で俺を呼び、あまつさえ肉親である妹ですら俺をそのあだ名で呼ぶ。せっかく親からもらった名前が泣いているよ。
62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:39:36.94 ID:ceUh6wV60
「あぁ、キョンはあだ名で、俺の本名は―――」
「それはどうでもいい。『キョン』にこそ意味があるのだ。…どうも我々が崇拝する神に従えた人間にそういう名前の使者がいてな…」
俺の本名が全否定された。なんだよ、こいつ。親が聞いたら泣くぞ。いや、泣きたいのは俺だ。
……にしてもこの男、変なことを言わなかったか?
「俺が…神に従えた使者…?」
笑っちまうだろ? 確かに俺はSOS団に入れられ、ハルヒに振り回されていたが、神に仕えたことはないぞ。
63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:42:16.91 ID:ceUh6wV60
「君が、かどうかわまだ分からないが。…君もさっき見たであろう我々が崇拝する神には四人の人間が従っていたという。その中の一人に君と同じ名前の者がいる。実に興味深いではないか」
何を言っているんだ、こいつは。頭のネジが全部抜けているのではないのか?
「だったら人違いです。俺はあんな化け物に従えた記憶はありませんし」
「化け物だと!? 貴様!!」
もう、後ろの女の人を退室させて。
「落ち着け」
ドスのきいた声で一喝すると、女は今にも地団駄を踏まんとする表情で、後ろに下がった。へ、いい気味だ。
64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:44:54.02 ID:ceUh6wV60
「それは興味深いな…」
一つ間を開けて男は俺を見やる。さっきの続きが聞きたいようだ。俺は早く帰りたいのだが。
「さっきも言った通り、俺達はあんな化け物に従った覚えはない。俺も、朝比奈さんも、長門も、古泉も!! 俺達が慕っていたのは、わがままで、自分勝手で、でも団員達のことを常に思っている心の優しい普通の女の子だ!」
我ながらクサイ台詞だ。こんなところ、メンバーの誰かに聞かれたら生きていく自信がない。誰か俺の記憶を消してくれ。
「なるほどな、わかった」
男は髭を掻くと、一人で納得していた。それっきり黙ってしまったもんだから、
「で、他の『面白いこと』とは?」
男は俺を見据え「いや、もういい」それだけ言うと数瞬だけ黙し、「君は私に何か尋ねたいことがあったのではないのか?」と、初めて笑顔を見せた。
すっかり当初の目的を忘れるところだった。危ない危ない。
65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:48:16.11 ID:ceUh6wV60
「ここ最近で変った事はありませんでしたか? 例えば、突然俺くらいの年頃の女の子が現れた、だとか。最近不思議なことが起こった場所がある、だとか…」
「ふむ…。君くらいの年齢の女子が突然現れたというのはないな」
男はしばらく考えそう答えると、ただ、と付け足し、
「坂の上に建物があるだろ? 何故だがわからんがあの建物は朽ち果てることがないらしい。そして、ここ数日のうちに、何故か建物に侵入することができなくなったと聞く…。君が求める『不思議』はそこにあるのではないのだろうか?」
それだ! そこにハルヒがいる! 俺は男に礼を言うとその場からすぐに立ち去った。
扉を開けると、そこには無数の人の壁…。
66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:50:38.13 ID:ceUh6wV60
まさか、俺を返さない気か? どけよ。あいつに、ハルヒに会えるんだ。こんな大人数に勝てる気はしないけど、俺はここを通らなければならないんだ。
一歩足を出す。そしてもう一歩。
すると、人の壁は二つに割れ、さらに人々は跪く。
来たときは歓迎されなかったのだが、どういうわけかここの連中は“状況を理解している”らしい。後ろを向くと、あの女がフン、とそっぽを向いた。彼女の仕業か…。ありがとよ。
俺は割れた人の海の中を全力で駆けていた。
67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:51:29.05 ID:ceUh6wV60
ハルヒに、ハルヒに会えるんだ。
俺は全力で走った。北高に辿り着くまでのあの坂を。
時代が変わっても、日本が変わっても、あの頃と変わらない坂を。俺もあの頃と変わらない姿で、おそらくお前もあの頃のままで、変わらぬ校舎を目指した。
千年ぶりに昇る坂は、相変わらずかったるいが、止まらずに走った。
息を切らし、頂上に着いた。呼吸を整え、門を潜る。
懐かしい。懐かしい光景につい、目頭が熱くなる。今まで何一つ知らなかったこの時代で、唯一知っている景色を見たんだ。そして、校舎の前にいたのは…
71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:55:32.36 ID:ceUh6wV60
「長門…!!」
長門が立っていた。俺は急いで長門の傍による。もはや、涙を我慢するのは限界かもしれない。
「待っていた」
長門はずっと待っていたのだ。千年もの間、ずっと一人で。いつ来るかもわからない俺をずっと待っていたのだ。そう理解した時には、俺の涙腺は崩壊した。
「千年ぶりだな」
情けない顔で抱きしめると長門は、
「ユニーク」
一言だけそう言った
73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:56:45.69 ID:ceUh6wV60
校舎に入り、部室棟を目指す。
「なぁ、長門。2、3質問があるのだが…。いいか?」
「いい」
「なんで俺達が忽然と姿を消したかわかるか?」
「おそらく、涼宮ハルヒがそう願ったから」
ハルヒが? なぜ? どうして? そんなことをする意味があるのか?
「涼宮ハルヒはあなたが目覚めるまで今の状態でいることを願ったから」
「どうしてだ?」
「謝るために」
謝るために、か。まさか、ハルヒも千年もかかるとは思わなかっただろうに。
「そして、千年経ち、意識が回復したために、病院にいたと推測される」
74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:58:07.12 ID:ceUh6wV60
そうか、そうなのか。あいつもまた千年もの月日を待っていたのか。
「次の質問なのだが、長門は俺達が消えた後、宇宙に帰ったんじゃなかったのか?」
「…そう」
短く言う長門はやはり、長門だった。しかし、どうしてここにいるのかを説明してほしいものだ。
「私はあの後、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスを捨てて、思念体の一部となるはずだった。
しかし、私という個体はそれを拒みもう一度この星に降り立った。そして、実体をもたないまま1000年と3ヵ月16日と13時間46分39秒この校舎に居続けた。
しかし、情報統合思念体から外れた私は、力を使うことが限定されたために、校舎の老朽化の阻止及び、人が入れないようにする遮断シールドを張ることしかできなくなってしまった。
さらにあなたが現れたために対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスを再構築したため、力は少ししか使えないと推測する」
75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 17:59:32.22 ID:ceUh6wV60
すらすらと、噛まずに言える長門はやはりすごいな。久々に聞けて安心する俺がいる。
しかし、なぜ長門は北高を守り続けたのか。俺達の消息は情報なんたらですらつかめなかったはずなのに、何故俺とハルヒがここに来ることがわかったのだろう。
「…勘」
これはいい。長門の口から勘という言葉が聞けるとは思わなかったよ。久しぶりに腹の底からわらったような気がする。
そんな長門は不思議そうな眼で俺を見ている。
「最後の質問だが、もし違う場所ならどうしていた?」
「…もしものことは、考えていない」
そうだ、それでいい。こうして俺達は出会えたんだ。だから、それでいい。
76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 18:00:59.23 ID:ceUh6wV60
鼓動が激しくなる。俺はついにたどり着いたのだ。薄暗い校舎の中に文芸部部室は佇んでいる。長門の方を見やると、微かに首を振った。
「ここはあなただけで行くべき」
静かに見つめながら、長門は答えた。
長門なりの気遣いだろうか。わかった。長門がそう言うなら俺は一人で行くさ。
深呼吸をしてドアノブを捻る。鍵は…、掛っているはずはないな。軋みながら部室の扉は開かれた。
埃の臭いと、懐かしい臭いが鼻孔を衝く。何も変わらない、あの頃のままだ。
朝比奈さんの衣装。ノックをしてはいるのが習慣だったな。時々、し忘れて朝比奈さんが叫んでいたっけ…。
77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 18:01:57.61 ID:ceUh6wV60
俺が汗水たらして運んだストーブ。冬場は大活躍で、夏場は…、まだ使っていないな。
長門の本棚。だんだんといろんな種類の本が増えているな。まぁ、俺には理解できないのだが。
古泉としたボードゲーム。あいつは本当に弱かった。久々に一局願いたいものだ。
そして、パソコンの置かれた団長机。ここにはいつもうるさいハルヒが…。
あの日のまま。ここだけ時間が止まっている。さっきみっともなく泣いたばかりなのに、また泣きそうだ。こんなところあいつに見られたら何を言われるか。
俺は一つ一つに手に触れ、そして最後にハルヒの椅子に座った。
突然起動されるパソコン。驚くことはない。あの閉鎖空間に行った日も、外部との連絡手段だったのはこのパソコンだけだったから。
薄暗い部屋で唯一つ明かりのついたディスプレイ。
79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 18:03:59.54 ID:ceUh6wV60
「よう、久しぶりだな」
「久しぶりね…」
千年ぶりの再開だ。ディスプレイ越しではあるが、積もり積もる思い出話を語り明かしたいものだな。
数瞬の沈黙の後に、口を開いたのはずっと俯いていたハルヒだった。
「……ごめんなさい」
おいおい、開口一番にそれか? 涙まで流して、天下の団長様もしおらしくなったものだな。
「私は…、私は…」
「もういいんだ、ハルヒ。俺は怒っちゃいない」
ハルヒが涙を流すのを見られるのは、この先千年はなさそうだ。それだけで十分だ。
80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 18:06:25.82 ID:ceUh6wV60
「…でも、私のせいキョンは―――」
「なぁ、ハルヒ…」
俺はお前のそんな姿は好きじゃない。いつものように元気で、わがままなお前が一番なんだ。
「本当に久しぶりだな」
「えぇ、そうね」
鼻を啜り、初めてハルヒが顔をあげた。
手で何度も涙を拭うハルヒを見て思ったことがある。やっぱりお前は、いや、モニター越しに出会ったハルヒは、千年前より何倍も―――
「…綺麗だ」
「…何言ってるのよ、馬鹿キョン」
鼻を赤くしたハルヒは微笑んだ。全てが、報われたような気がした。俺はこいつに振り回されっぱなしだったけど、楽しかった。
81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 18:08:11.49 ID:ceUh6wV60
「あぁ、馬鹿さ。大馬鹿さ。どんなに振り回されても、俺は懲りないからね。お前が一人ぼっちになっても何度でも、何度でも必ずお前を見つけ出して傍に立ってやるよ。地球上探したって、そんな奴は俺しかいないからな」
とめどなく涙が流れる。もはや俺には止めることはできない。ハルヒの前で泣き顔をさらすのは不本意だが、どうすることもできない。
「…変な顔」
「お前も、変な顔だぞ」
俺達は泣きながら、声を出して笑い合った。
ハルヒとは長いこと喋っていたと思う。何を話したか覚えていないけど、今まで俺がしてきた不思議体験や、SOS団メンバーのことも。ハルヒは「またその話?」と言っていたけど、今回はちゃんと聞いてくれた。
82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 18:10:01.30 ID:ceUh6wV60
「残念だけど、ここまでみたいね」
ひとしきり笑い、ひとしきり泣いた後にハルヒはそう言った。
冗談だろ? まだまだ話したいことが沢山あるんだ。
「私が冗談を言う女に見える?」
見える、見えるね。また俺を困らせようとしてるんだろ?
「ねぇ、キョン。最後のお願い聞いてくれる?」
最後ってなんだよ。最後なんて言うな。お前らしくもない。
「私ね、いつかの夢でキョンに口唇を奪われたの。でね、夢の中のキョンが強引に口唇を奪ったくせになんて言ったと思う?」
…………
「『実は俺、ポニーテール萌えなんだ』って。ほんとあんたって夢の中までバカ。どうしようもないバカよ。まぁ、次の日短い髪で無理やりポニーテールにして学校に行った私もバカだけど…」
…知っているさ。口唇を奪ったことも、俺の一言でハルヒがポニーテールにしてきたことも、全部知っている。
83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 18:12:12.46 ID:ceUh6wV60
「でね、私の最後のお願い。キスしてくれる? もししてくれたらあんたの願いが叶うように祈ってあげるから」
なんだ、それじゃあ俺が割に合わないじゃないか。俺の願いはかなう保証はないだろ?
「保障ならあるわ。だって私の『キス』という願いは叶うんですもの」
…あぁ、わかった。
俺とハルヒは、二度目の口づけを交わした。モニター越しの擬似的なキスだけど、一つになれたような気がした。
パソコンのディスプレイは暗くなり、俺は名残惜しむように席を離れた。
「終わったぞ、長門…」
「…そう」
84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 18:14:36.94 ID:ceUh6wV60
「そう言えば、俺が事故った時に閉鎖空間はでなかったのか?」
校舎から出て、正門まで歩いているときに長門に訊いた。
「しばらくは大規模な閉鎖空間が発生した模様。しかし、それも数日で縮小し、消滅した」
「そうか、世界は改変されなかったんだな」
長門が足を止め、俺を見据える。
「涼宮ハルヒはあなたを待つことにした。だから、世界は崩壊しなかった」
「じゃあ、目的が果たされた今、世界はどうなる?」
「おそらく崩壊されると予測される」
85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 18:15:33.08 ID:ceUh6wV60
なんてこった。ここにはいろんな人の暮らしがあるんだ。それがつぶされるのか…?
「“外部”は心配いらない。今の涼宮ハルヒの世界はこの小さな学校」
そうか、そうなのか。再び歩き始めた俺はふと疑問に思ったことがある。
「ところで、長門、これからどうするんだ?」
正門を出たあたりで振り返ると長門は敷地内にいた。
おい、どうした長門?
「私の役目は終わった」
おい、冗談はよせ。また俺の前から大切な人がいなくなるのか?
長門に駆け寄ろうとするが、見えない壁に阻まれて中に入ることはできない。
地響きとともに崩壊する校舎。まて、待ってくれ! まだ中に長門がいるんだ!!
「私と言う個体はあなたたちに会えたことをうれしく思う。今まで―――」
轟音と共に大量の砂煙にまかれ視界が茶色一色となる。
86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 18:17:03.74 ID:ceUh6wV60
クソ。結局俺は何もできないじゃないか。長門を守ることも、ハルヒを救うこともできないじゃないか。クソっ!
長門は俺の為に犠牲になったのか! それじゃあ、あんまりじゃないか…。最後まで俺は長門になにもできなかったじゃないか。
長門の最後の言葉「ありがとう」。礼を言うのは俺の方だ。最後まで迷惑かけっぱなしだったな。すまんな、長門。俺の方こそ、ありがとう…。
空を見上げる。相変わらずここの空は澱んでいて、好きになれない。一人取り残された俺は、一体どうすればいい。
87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 18:18:38.86 ID:ceUh6wV60
長いこと眠っていたように思う。嫌なほどに眩しい光が目蓋を通り越して俺の目に直接攻撃をする。勘弁してくれ。あと10分だけ眠らせてくれ。
なんだ、やけに騒がしいぞ。もっと静かにしてくれないか。
「先生ぇ! キョンが! キョンが!」
この声はハルヒか? まったく、騒がしいやつだ。もう少し静かにしていれば綺麗なもんなんだがな。
と言うより、先生にキョンと言ってもわからないだろう…。
「えぇい! うるさいぞ!」
目覚めると涙でくしゃくしゃなハルヒが俺を見つめていた。
そうか、戻ってこれたのか。ハルヒは俺の願いを祈ってくれたんだな。
よかった。これで、『もう一度SOS団のメンバーと遊ぶ』ことができるな。
88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/07(月) 18:20:21.34 ID:ceUh6wV60
オワタwwww
叩かれまくりわろたwwwwwwww
でもwwwwおれwwww負けなかったwwww
途中から、ディスプレイ見れなかったwwwww
否、見えなかったwwwww
不快な気持になった人いたらすまんね。そんじゃ。