キョン「男子校だと……?」


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1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/11(木) 02:44:02.91 ID:tu28C7b+O

人生、なにをどう間違えるのか分からないものだ。
まだ春だというのに異様に眩しく照り輝く太陽に汗をかかされながら長い坂道を歩き、どこで道を踏み間違えたか自分が犯してきた過ちを振り返る。

「……」

考えるまでもない。
去年の受験の失敗、あそこから歯車が大きく狂った。
どうして勉強を真面目にやらなかったか、それが悔い悔やまれる。
特に数学と理科。
正直言って俺は高校受験なるものをかなりなめていた。
その結果あの不合格通知を見て、15にして初めて社会の厳しさを思い知った。
我が目を疑ったもんな。
俺が受験したのは別に進学校でもなんでもない普通の県立校だ。
街中にあるので交通のアクセスも楽で、学内も広くはないが二年前に行った立て直しで新しい施設が調ってることで有名だった。
無事合格した旧友の話によると学食も旨いらしい。
全くもって不愉快な話だ。
市内にあるその中堅校にわずか二点差で落ち、あろうことか補欠合格すらされなかった
そして若さゆえの根拠のない自信で合格を何故か確信していた俺は滑り止めを一校しか受けないという愚行を犯してしまった
しかも県内でも随一と馬鹿にされてる男子校をだ
そうそれが今汗だくになりながらたどりついた俺の目の前にそびえ立つ学校、北高である。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 02:46:59.98 ID:tu28C7b+O

きったねえ……

第一感想はその一言に尽きる。
色とりどりのスプレーで書かれた下品な落書きで埋めつくされている壁、どこにでも落ちているタバコの吸い殻、自然のまま一面に雑草の生えたグラウンド。
先輩方の髪型もすんげー個性豊かなものばかりで、チャリ置き場には、いかついマフラーにどこをつかんで走るのか分からないような曲げられたハンドルのバイクが無作為に並べられていた。
入学当初は場違いな場所に来たものだと、本気で後悔し悩んだ。
中学からの連れの国木田とすぐに仲良くなった谷口がいなかったら即刻辞めていたかもしれない。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 02:51:48.10 ID:tu28C7b+O

校門に入る頃には汗で背中一面を濡らし、俺は過去のあまり芳しくない思い出を見つめ返し溜息をついた。

「ようキョン」

校舎の玄関口で馬鹿の谷口に出会った。
名ばかりの玄関でわざわざ上履きに履き代えるやつは誰一人としていない。

「おう」

チラっと一見してそっけなく返事を返す。

「……おいおい、それだけか?」

谷口はなにやら不満そうな顔をした。
何故お前に社交辞令をする必要がある。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 02:55:49.22 ID:tu28C7b+O

「なんだ財布でも忘れたのか? あいにくだがこの学校では俺は余分な金を持たない事にしてる」

「ちがう、ちがーう! そりゃないぜキョン。確かに俺の財布にも札は野口さんが一枚しか入ってない。しかしそうじゃねえ。新たにカラーリングした俺の髪を見ろってことよ!」

よくよく見てみるとかすかに前より薄く茶色くなってる気がする。
派手好きなこいつが原色に近い色合いに染めなかったのは、ただ単に目立って先輩に締められたくなかっただけだろうな。

「前とあんま変わってねえな。染める必要有るのか?」

「ふぅ……これだからお洒落心のないやつは」

イラッとくるやつだ。
谷口ごときにお洒落を語れるとは思わないし、わざわざこんな山の上の学校で格好つける価値もないだろ。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 02:59:42.07 ID:tu28C7b+O

「そんなんだから、街で女の子に逃げられるんだぜ? ははははっ」

「お前にだけは言われたくねえよ」

谷口の生意気な笑い声を聞きながら、そんなこともあったなとあの出来事を思い出す。

事が起きたのは先週の話だ。

放課後何もすることがない俺はいつものように国木田と谷口と三人連れで街に出てぶらぶらしていた。
目的がない散策は歩き疲れるものだ。
一通り回るとそこら辺にある店前の喫煙ペースみたいな場所でだべって人混みを眺めていた。
何を話していたかなんて覚えていない。
それぐらいどうでも良い時間だった。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 03:05:13.72 ID:tu28C7b+O

ぼんやりと前の道を行き交う人々の流れを眺めていると、側で女子高生の鞄からなにかヒラヒラしたものが落ちたのがふと見えた。
拾ってみると小さな桜の花をレリーフに彩った白く薄い生地のハンカチ。
持ち主らしい女子生徒の格好は目立つ黒いブレザー姿で、近くにあるお嬢様女子校光陽園学院の生徒だということはすぐに分かった。
ここらへんに住むやつらなら誰でも分かる話だ。
そこで親切心から走って、落としものに気づいてないその女子生徒に届けてやったのだ。

俺はその女子高生の肩を軽く叩く。
振り向いたその子は、茶色い柔らかそうな髪に子犬のような黒目がちの眼をした小さな女の子だった。

……可愛い。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 03:10:37.23 ID:tu28C7b+O

「あの、すみません」

「はい?」

彼女はキョトンした顔でこちらに向いた。
正面から見ると制服ごしにも小さな体格なのに異様に胸が大きいことが分かる。

「……ひぃ」

俺の姿を見ると彼女は二歩後ろに下がった。
よく見ると、怯えて潤んだ眼をして若干震えている。
ひい?

え?なんか俺悪いことしたっけ?

思いがけない反応に動揺しながらも俺は彼女に落としたハンカチを見せた。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 03:17:28.77 ID:tu28C7b+O

「あの……これ落としましたよ」

「あっ……」

その女の子は目を丸くしてハンカチをじっと見つめ、恐る恐る手にとった。
まるで人に出会ったことがない野良猫が、恐々と人から餌を初めてもらうようなそんな警戒ぶりだった。
そしてちらっと俺のほうを見たあと下を向いて俯き、なにか言いたげな様子でもじもじしていた。

問題はそこから起きた。

「みくるー。どこにいたのさあ」

後ろから凛とした女性の透った声がかけられた。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 03:24:15.42 ID:tu28C7b+O

どうやら彼女の友達が追いかけてきたらしい。
黒く艶のある髪を腰より伸ばした長身で、まさに和風美人という形容に相応しいその女子生徒はハンカチを落とした彼女同様にとても魅力的であった。
快活な笑顔で友人のもとに向かっていたが、近くにいる俺の姿を見た瞬間に目つきが変わった。
野性の獣が自分のテリトリーに敵の姿を確認した時のような目を俺に向ける。

「北高の生徒がうちのみくるに何か用? ナンパならお断りだよっ!」

「えっ……いや……」

いきなり喧嘩を売られているかのような剣幕にたじろい、続きの言葉が出ない。

「みくる危ないよ。早く行こう」

「あっ……」

小さく声を出し彼女はなにか俺に言いたげではあったが、そのまま友達に腕を握られ連れられて行ってしまった。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 03:28:53.51 ID:tu28C7b+O

途中、彼女が申し訳なさそうにこちらを振り返った気もするが、そんなことはもうどうでも良かった。

危ない? 俺の?? どこが???

世間の認識と自分が持つ認識のズレというやつは、思った以上に開きがあるらしい。
そしてそれは自分の存在を否定してしまいかねないほど深刻なものもある。

まあ単直に言えば結構へこむって話だ。

うなだれて後ろを見てみれば谷口は笑ってやがるし、国木田はドンマイとでも言いたげそうな俺を哀れむ顔をしていた。

これが先日起きた事件の全容である。
と言っても今となってはそう気にはしていない。
数日はたしかにブルーな気分になったが、学内抗争や揉め事から我が身を守るために気を使うことに比べたらたいしたことのない話だからな。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 03:34:15.39 ID:tu28C7b+O

ぐだぐだと谷口としゃべりながら教室に向かう。
一応朝の登校時間は8:40と決まってはいるものの、日直などするものはいなく日誌をつけるものがいないため、一限目の授業に間に合えば遅刻にはならない。
朝のHRに顔を出す物好きはほとんどいないといえる。
というより一限の授業に顔を出すやつも指で数えられる程度でほぼ一桁だ。
担任の岡部もさぞやりがいのないことだろう。
そんな学校としてイマイチ機能していないような場で三年間、中学生の時とほとんどレベルの変わらない授業を受ける。
入学して一週間もしたらすぐに見切りはついた。
ここは勉強をする場所じゃなくて寝る場所である。
廊下側にある自分の席に座ると、教師が授業を始める前から机に俯せ俺はいつものように睡眠をとることにした。
最近は夜更かしが当たり前の生活になり、夢の世界に入るのも早くなった。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 03:39:56.58 ID:tu28C7b+O

―――
「ねえキョン。キョンってば」

誰だ?

視界がぼやけている。
目の前が全体的に白い靄がかかっている感じで、前に立っている人物がよく分からない。

「起きてんなら返事ぐらいしなさいよ!」

徐々にその人物の輪郭がはっきりとし、同い年くらいの女の子だということが分かる。
周りの様子はまだよく分からない。

えらい美人そうだな。
気も強そうだけど。

「はあ? 寝ぼけんのもいい加減にしなさい。もう帰る時間よ。団活中に寝るなんて気が抜けてるにもほどがあるわ」

ダンカツ?

てかこんな制服見覚えがないぞ。
セーラー服が指定の高校なんて市内にないしな。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 03:42:24.08 ID:tu28C7b+O

「SOS団の活動だから団活。頭悪いわね」

頭は悪いさ。
だから北高みたいな学校にいる。

「なにそれ? あたしまで馬鹿にしてんの?」

目の前にいる女の子がアヒル口をして不機嫌な顔をする。
可愛くねえ。

てかエスオーエスダンってなんだ?

「はあ……」

大袈裟に溜息をついて、目の前にいる女は手を振りかぶった。

「いい加減に目を覚ましなさいバカキョンっ!」

バシンッッ

―――

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 03:50:48.27 ID:tu28C7b+O

「いてえ!」

誰かに平手を食らわされた感じがした。
頬に痛みを覚えたのは確かだったはずだ。

が目の前には誰もいなかった。


どうやら教室に俺一人残されていたらしい。

遠くの部室棟のほうからバイクを吹かす音や、トランスかなにか良く分からない音楽をスピーカーから大音量で流しているのが聞こえる。
携帯で時間を確認してみるとすでに4時を大きく回り、下校の時刻を越えていた。
メールもいつの間にか来ていた。
谷口と国木田の二人は起こしても起きない俺を置いてすでに日課である街の徘徊に出掛けたらしい。

そろいもそろって暇なやつらだ。

「ふぅ……」

何度ついたか分からない溜息をついて、窓の外を見た。
妙に青過ぎる春の昼空が寂しく感じる。
何故かさっき見た夢の女の子が懐かしく思えた。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 03:56:48.00 ID:tu28C7b+O

自問しても答えが出るわけがなく、何がしたいかも分からず俺はいつもどおりあいつらの後を追うことにした。

帰りの坂道、三人ぐらいの先輩がたグループに絡まれてるやつがいた。
もう見慣れた光景だし、ただのカツアゲかなにかだとその時は思っていた。

自分を守るということはいざこいごとに手を出さないことである。
校訓にでもすべき言葉だ。

いつもどおりご愁傷様と心の中でそいつの身を按じ、見て見ぬふりをして道の端を歩き、通り過ぎようとした。

「ちょっと何するさー。離してよ!」

女の怒る声がした。
聞き覚えのあるその声に反応し、体が止まる。

派手な頭をした先輩がたの体の隙間から見えるのは、黒いブレザー姿。
細身のモデル体型に凛々しく調った綺麗で小さな顔。
腰まで伸ばした可愛いおでこを見せるそのヘアスタイルには見覚えがある。
俺をナンパ野郎呼ばわりしやがったあの光陽園学院の女生徒だ。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 04:01:22.90 ID:tu28C7b+O

「北高に用が有るんだろ? 連れてってやるっつってんだよ。人の好意は素直に受けとくもんだぜ?」

先輩がたはえらく上機嫌なようで、ニヤニヤしながら女の子の周りを囲んでいた。

「いいから離してよっ!」

その女生徒が手をふり払って顔をあげた瞬間、俺と目が合った。

「ああっ! 君はあの時のー」

なんで関わっちゃうかな俺。

「おい、お前誰だよ。一年坊が首突っ込んでんじゃねえよ!? シバくぞこら!?」

そこにいる女の子が困った目をして、俺を見ているような気がした。
まあ後になって勘違いだったって分かるんだが、それだけで俺の正義感を沸き上げるのには十分だった。
男って単純なもんだよな。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 04:05:32.19 ID:tu28C7b+O

「あの……すみません僕の彼女がなにかしましたか? 悪気はないと思うんですよ。どうか気を悪くしないで見逃してくれませんか? あははっ……」

「彼女ぉおお!?」

あれ?
もしかして……


なんかスイッチ入れちゃった感じ?


先輩方のこめかみに青筋が浮き上がってるように見えるのは気のせいだろうか。
眉間にもえらく深いしわを寄せてらっしゃる。

男前が台なしですよ皆さん……

ビキビキッと擬音が聞こえそうな先輩方のその様子に俺は恐れおののき後退する。


そして言うまでもなく……
案の定ぼこられた。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 04:08:54.95 ID:tu28C7b+O

「大丈夫かい?」

フランス料理のフルコースなみに一通りとしっかりとぼこられた俺の体はどこを動かそうと悲鳴をあげていた。

「いってぇな……くそっ、今度会ったら倍返しだ」

「ははっ。君にそんなことはできないさー。暴力得意そうじゃないしねっ」

そう言うと彼女は体を屈めて、道路にはいつくばってる俺に手を差し出した。
白く細い女性の手だ。

「掴まりなよっ。肩貸してあげるさ」

俺は素直にその綺麗な細腕を掴んだ。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 04:12:16.16 ID:tu28C7b+O

「よいしょっ!」

一声出して彼女はその細い体のどこにあるのかという女の子とは思えない力で、俺の体を引き起こした。

「ははっ……そんな力が有ったなら俺の助けなんていらなかったんじゃないですか?」

「まあねー。こう見えても黒帯持ってんだあたしっ」

ハンカチを落としたあの子と一緒にいた時みたいにニコッとした元気な笑顔を俺に向ける。
本当にこういう笑顔の似合う人だと思う。

「まったく助けて損しました」

俺も笑って肩をすくめてみせた。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 04:16:00.43 ID:tu28C7b+O

「ははっ。それはあたしのことを許可なく彼女と言った罰だねー。そりゃこんな美人が彼女の子に嫉妬しない男の子はいないさー。」

「かもしれません」

「本気にしないでさー。恥ずかしいにょろ」

おおげさに彼女は手で顔を隠す動作をした。
本当は照れてはいないのだろうが、彼女はそういう仕草をとることによって人と気さくな関係を築けることを知っているのだろう。

「それとも本気で付き合ってほしい?」

舌をぺろっと出して上目を使ったちょっと挑発的な顔を見せる。


「へへっ。冗談だよっ。君とはまだ名前も知らない仲だしさ。今日ここに来たのは君に謝りに来たんだ」

「謝り?」

「前にさ。みくるにハンカチ届けてくれたそうじゃない? なのにあたし勘違いしちゃって……本当にごめんなさい」

彼女は腰を深々と折って丁寧に詫びた。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 04:18:57.96 ID:tu28C7b+O

「いいですよ。気にしてませんから」

「それに今日は助けてくれてありがとね。みくるも君に感謝してたよ。本当は一緒に来たがってたけど、危なっかしいから置いてきたんだけどさ」

「ははっ、正しい判断ですね」

「あっ……」

そう言うと彼女は顔を近づけてきた。

本当に小さい顔だな。
同じ人種か?

「ここ切れてるねー。痛そうだー。ちょっと待ってて」

今時の女子高生にしてはえらく薄い鞄から、絆創膏を出して、俺の額に貼った。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 04:22:12.11 ID:tu28C7b+O

正直に話せば、こういうことをされるのは初めてなので少し、いやかなり胸がドキドキした。

「もう大丈夫だね。消毒してないから、家に帰ったらすぐ洗い流すんだよー。」

ニコッと笑いながら俺の額をさする。

もし優しいお姉さんが俺にもいたらこんな感じだったのかもな。

「あとこれみくるから。今日は楽しかったよ。あたしの名前は鶴谷ってんだ。また縁が会ったら会おう少年!」

小さな手紙の封筒を俺に渡し、春の爽やかさそのままの笑顔を俺に向け、手を振りながら彼女は去っていった。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 04:25:28.77 ID:tu28C7b+O

なんだろうこれ?

封筒を開けてみる。

『この前はハンカチを届けてくださいましてありがとうございました。
 あの時は緊張しちゃって声が出なくて、ずっと言えなくて……
 友達にも勘違いさせちゃって、本当に本当にごめんなさい。
 できれば会ってお礼をさせてもらいたいのですが、メールをくださいませんか?
 待ってます。』

こうした文面が可愛らしい丸っこい字で綴られ、その下には朝比奈みくるという名前とメールアドレスが書かれてあった。
あの茶色い柔らかそうな髪と黒目の大きな小動物みたいな瞳を思い出す。
まさに天使みたいな女の子だったな。
こんな申し出を受けない男がいたら、そいつはゲイかインポだと断言できるね。
少しずつ胸の動悸が速くなるのが分かる。

空を見上げてみると、もう先程までの青空はなく、すでに太陽は西に向かい赤く染めていた。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 04:29:44.80 ID:tu28C7b+O

谷口達と合流する時にはすでに七時を回っていた。
人影がほとんどない小さな街中の公園のベンチで二人はだべっていた。

「なにやってたんだキョン? うわっボッコボコ……」

「ひどいねこれは……」

分かりきった反応を示すやつらだ。

「ちょっといざこざに巻き込まれてな」

「キョンはそういうの避けて生きるの上手だと思ってたんだけど意外だね」

国木田が本当に珍しいものを見たといった感じで目を丸くしている。

「家帰って休んだほうがいいんじゃね? 無理してきてもなにもやることないんだしな」

谷口もそれなりに気をつかってくれてるようだ。
まあ確かに来たはいいもののやることはなにもねえな。
話そこそこにして、二人に別れをつげ駅に向かった。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 04:32:40.90 ID:tu28C7b+O

駅のホームは夜もかなり遅くなっているため学生の姿は見当たらなかった。
帰宅途中のサラリーマンが多いようだ。
手持ち無沙汰なので、缶ジュースを自販機から買い、駅の待合室みたいな場に座る。

おっと……
前言撤回。

先客に短く髪を切った小柄な女の子が本を読んでいた。
黒いブレザー姿。
この子も光陽園学院の生徒らしい。
にしてもここの女の子はレベルたけーな。
本の向こう側から見えるその顔は、これまた綺麗で端正な顔立ちをしていた。

俺の視線に気づいたらしく、その子は本で顔を隠して俺から遠ざかるように席をひとつ隣にずらした。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 04:36:26.25 ID:tu28C7b+O

こういう反応も繰り返されると慣れてくるものだな。
今日は殴られてとくに変な顔になってるし、当たり前と言ったら当たり前か。

各駅の電車が停まると彼女は本を閉じ、鞄に入れて乗り込んでいった。

各駅ということは近くに住んでいるのだろうか?

なにか神秘的な雰囲気をもったその女の子に軽く興味をもち思案に耽ていると、ほどなくして目当ての電車がすぐに来た。

その電車に揺られて寝過ごし終着駅まで行ってしまったことは、まあどうでも良い話だ

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 04:39:20.37 ID:tu28C7b+O

それから数日これといった出来事はなかった。

朝比奈さんにはメールを送り、今度の休日に会う約束をしたのは俺の人生的に大きな事件と言っても過言ではないが、社会的にはありふれた日常なのだろう。

気になるのは学校で見た妙に偉そうな口をきく女の夢をよく見るということだ。
何故だか分からないが、その夢を見ている時はものすごく心が楽になる。
そこでは無駄に虚勢を張る必要もなく、喧嘩もグループ間の抗争もなく人を傷つけたり傷つけられることもない。
北高の生徒ということで白い目で見られることももちろんない。
そして谷口や国木田と一緒にいても得ることはできない充実感を感じた。
なにに満たされていたのかは分からない。
だが確かにそこでは自分がいるに価値があるように思えた。
目覚めの時は何故かいつも口が渇き鼓動が速まる。
体が現実の世界に起きることを拒んでたんだろう。
いつしか俺はそこに『帰りたい』と思うようになっていた。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 04:43:13.32 ID:tu28C7b+O

次の休日、朝比奈みくるさんとの約束の日。

テンション上がるよな、そりゃ。

俺はいつもより気合いを入れて鏡の前で服装をチェックする。
まあ他のやつらから見たらいつもと変わらない服装に見えるだろう。
ある程度カジュアルに、気さくさを兼ね備えるのが狙いだからな。
それで良いのさ。

待合場所は駅前の広場で10:00。
十分前には着くように余裕をもって行く。
自転車を漕いで切る春の風がとても心地良かった。
彼女がどんな性格でどういう子かも俺は良く知らない。
だが女の子は知らない時のほうが胸は弾む。
たぶんそういうものなんだろう。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 04:46:17.59 ID:tu28C7b+O

家からそう遠くないその駅前の広場に十五分前には着いた。

ペダルを漕ぐ足どりが妙に軽く感じたのは気のせいじゃなかったようだ。

彼女に会ってまず第一声になんと声をかけようか考えながら、自転車をいつもの場所に置く。

コンコン

「あのぉ」

自転車を置いてる途中肩を叩かれ後ろから声をかけられた。
振り向けばそこに彼女はいた。
女の子らしいフェミニンな色合いの服装を甘すぎないようにシックな大人びた小物でおませに飾っている感じが、いかにもお嬢様といった感じだった。

というよりむしろ天使だなこりゃ。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 04:49:45.47 ID:tu28C7b+O

「すみません。もしかして待たせちゃいました?」

「うぅん。あたしも今来たところです」

彼女は俺に優しく微笑みかけ答えた。
可愛い過ぎるのも困ったものだ。
そういう表情をされるとかなり照れる。

「ええっと……朝比奈さんって呼べば言いんですかね?」

「みくるでも良いですよ。好きなように呼んで下さい。あたしはキョン君って呼んで良いのかな?」

人差し指を淡い桃色の唇にあて首をかしげる。
可愛い。

「俺も好きなように呼んでもらってかまいませんよ」

出だしから割と良い空気を持って談笑は進んだ。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 05:09:02.21 ID:tu28C7b+O

それから俺と彼女は駅前の喫茶店に入り、間食及び世間話をした。
女の子が興味ある話なんて良く分からないが、朝比奈さんはお茶やガーデニングといったそういうものを趣味にしているらしい。
お茶については飲みたいと俺が言ったら眼を輝かせて今度会う時に煎れてくれると約束してくれた。

喫茶店でのひと時も終え、映画かショッピングかなにか街中でできるデートコースを提案したが、彼女はそこら辺の散歩で良いといったのでそうすることにした。

近くの河川敷を昇るコースをたどる。
縁に並ぶ桜はかなり前に散っていて青々とした葉が木を覆い尽くしていた。

「なんかこういうの良いですね」

「ふぇ?」

何を話していいか分からずとりあえず声をかけてみたが彼女は他のことを考えていたようだ。

「ごめんなさい。ぼぉっとしちゃって……良い天気だからつい」

「ははっ、謝らないで下さい。それより足は疲れてませんか?」

「大丈夫です」

季節外れの桜がここにあるかのように彼女は綺麗な笑顔を見せた。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 05:14:00.80 ID:tu28C7b+O

それからも牛歩のように遅い足どりで道を歩く。
あまり言葉を交わさなかったが、時折彼女の表情を見てみると明るい表情をしていたし、つまらないといったわけでもなさそうだった。
俺の視線に気づくと、少し顔を赤らめ下を向くのも可愛いらしかった。

歩き始めてどれくらい時間が経ったのだろう。

途中ちょうどよくベンチを見つけた俺達はそこに座った。
道を行き交う老夫婦や犬を連れて歩く人達を見て彼女は頬を緩める。
穏やかなその一時に時の流れを忘れ、そこにいることすら忘れそうになる。

「すぅすぅ……」

ん?

隣を見てみたら彼女は瞼を閉じて、小さな寝息を立てていた。
赤ん坊みたいな無垢過ぎる表情に見ているこちらも頬が緩む。
ほどなくするとポンっと俺の肩に頭が乗っかった。
たぶん辛い思いばかりしている俺へのささやかな神様からのプレゼントなのだろうか?

それならそうとありがたく受けとっておくとしよう……

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 05:17:31.32 ID:tu28C7b+O

―――
「キョンっ! また寝てんの?」

またこいつか。

目の前にはあの女がいた。
白くぼやけて周りの様子はまだ良く分からない。

うるさいやつだな、まったく。
もう少し寝させろよ……

「みくるちゃんが入れてくれたお茶も冷めちゃってるじゃない。申し訳ないと思わないの?」

みくるちゃん?
朝比奈さんのことか……
なんでお前が彼女を知ってるんだ?

「はあ……またボケキョンが始まったわね」

お前にボケ呼ばわりされる覚えはない。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 05:20:32.70 ID:tu28C7b+O

「ねえ? 本当に熱でもあるんじゃない? 良い病院紹介してあげるわよ」

うるさい。
たしかに頭は悪いが、病気じゃねえ。
それより朝比奈さんとお前は知り合いなのか?

「はあ……私が連れてきたSOS団のマスコットなのに知るも知らないもないわよバカっ!」

ひとつ溜息をつくと、その女は腰に手を当て目を吊り上げてまたもやアヒルの口をして唾を飛ばす。
可愛くねえ。

お前が連れてきたマスコット?
どういうことだ?
朝比奈さんは“こちらの世界”の人だぞ。

「いい加減にしなさいっ!!」

バチンッ!!

予備動作もなくその女は強烈な平手打ちを俺に食らわした。

―――

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 05:23:51.14 ID:tu28C7b+O

ガクッと体を揺らして寝ぼけ眼で周りを確認する。
どうやらまた夢の中に入っていたらしい。

「あっ……起きちゃいました?」

隣ですやすやと眠っていたはずの朝比奈さんはすでに起きていたらしく、爽やかに俺に微笑みかけた。

「すみません。俺もつい気持ち良くて寝ちゃってました」

「……キョン君もってことは、もしかしてあたし寝顔見られちゃいました?」

「ははっ、ばっちりです」

そう俺が言うと、彼女は真っ赤になった顔を両手で隠した。

「うぅ……恥ずかしいです。変な顔してませんでしたか?」

本気で恥ずかしがるそのそぶりにほほえましさを感じる。
そう可愛い様子を見せられたら悪戯したい心も沸くものだ。

「秘密です」

そう答えると彼女はハムスターのように頬を軽く膨らませて怒ったふりをした。

「良いですもうっ。わたしもキョンくんの寝顔見せてもらいましたから」

と彼女は子供みたいに拗ねた様子で答えた。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 05:27:52.97 ID:tu28C7b+O

時刻を見てみるとすでに3時近くになっていた。
ベンチはいつの間にか木陰に入っており、時折涼しい風が吹いていた。

今日の朝比奈さんとのデートはそんな感じで終わった。
それからの話は単純で、川辺の散策をそこで終えると、メールをまた送る約束をして駅で別れた。

そこからは一人なにをするでもなく、街をぶらついて過ごした。
今日一日で日頃たまっている表面的なストレスは解消できたように思う。
歩行者の顔がいつもより明るく見えるのは俺の気分の問題だろう。
可愛い女の子と二人で一緒の時を過ごすというのはいいものだなと、さっきまでの時間に思いを馳せ歩を進める。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 05:33:02.62 ID:tu28C7b+O

少し進んでみると飲食店の間の小さな路地に腰をかがめてる女の子の姿が見えた。

ん?

肩にかからない程度に短いショートカットに人形のように綺麗な造りの顔立ち。
なにより光陽園学院の黒いブレザー姿から、前に駅であったあの女の子であることはすぐに分かった。
なにをしているのか気になり近寄って見てみる。
薄暗い路地の隙間に、少し痩せた三毛猫が女の子の前で横になっていた。
その女の子は横に立っている俺に気づくと、顔をあげじっと見つめ返し、また猫のほうに視線を戻した。

「病気なのか? その猫?」

俺は彼女に尋ねた。

「……」

彼女はなにも答えず、ちょっとした沈黙の時間が流れた。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 05:35:24.34 ID:tu28C7b+O

「……分からない。でもずっと動かない」

初めて聞いたその声はとても細く小さな声で、なにか悲しげな印象を持つ。
俺は彼女の横に座ると、その猫の喉を撫でてやった。
人に馴れているらしく、ごろごろ声をあげて喜ぶ。

「ははっ、病気じゃないみたいだ。安心だな」

そう俺が彼女に笑いかけると、何故か丸い目をして驚いた表情をしたあと俺にかすかに笑い返した。

「猫好きなのか?」

そう問い掛けると、彼女は小さく頷く。

「飼ってるのか?」

今度は小さく横に振った。

「ペット禁止のマンションだから飼えない」

彼女はそう言って、猫に初めて手を伸ばした。
三毛猫は珍しそうに彼女の小さな手に近寄り顔を擦り付ける。
その様子に彼女は幸せそうな顔を浮かべ猫の喉をさすってやっていた。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 05:37:56.77 ID:tu28C7b+O

「あなたは優しい人」

俺の眼をまっすぐに見て、彼女は話す。

「北高の生徒だから恐い人だと思っていた」

「覚えてたのか」

コクンとまた小さく頷く。

「あなたもあたしの事を?」

首を傾げて不思議なものを見たといった様子で彼女は問う。

「ああ、可愛い子は全員記憶に残る頭なんだ。ははっ」

笑って彼女のほうを向くと、また目を丸くし驚いた表情を見せた後、今度は耳を赤らめ猫のほうに視線を落とした。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 05:42:10.77 ID:tu28C7b+O

「今日は制服だけど部活かなにかか?」

「そう」

「楽しい?」

沈黙の時間が流れる。
なんか地雷踏んだかな俺?

「……本を読むのは好き。ただ少し寂しい」

「学校の友達とかは?」

「一人だけ」

彼女は見た目通り人付き合いが苦手な奥手の女の子らしい。

「ははっ、じゃあ俺は二人だから俺の勝ちだ」

Vサインを作って彼女の前に出す。
ちょっとした冗談のつもりだったが全く受けなからしい。
無表情のまま顔をじっと見つめられた。

「んんっ、こほん……」

咳ばらいをして場の空気をごまかす。

「まあ、今日から俺とこいつが友達だから三人だ。ん? 二人と一匹か。まあそんなことはどうでも良いか。ははっ」

俺がそう彼女に語りかけると、彼女は今日一番表情を柔らげ微笑みかけてくれた。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 05:44:00.78 ID:tu28C7b+O

それからの話を省略すると、彼女は猫が気になって仕方ないらしくその場から家へ帰ろうとしなかったため、この三毛猫は俺ん家に連れて帰り飼うことになった。
昔からなにか縁でもあったのだろう。
名前は彼女のつけたシャミセンに決定した。
何故こんな悪ノリ漂う名前にしたかは分からない。
なにかしら天のお告げがあったのだろうか。
そして一枚、本に挟む栞を俺に渡してくれた。
そこには彼女の名前とメールアドレスが書いてあった。

長門有希それが彼女の名前らしい。

北校での学校生活はずっと変わらないままだったが、それでも二人の女子生徒と交遊関係を持ったことは学期始めから荒んでいた俺の心を休めるのに十分だった。

しかし以前としてまだなにかが足りない、ずっとなにかを喪失している感じが漠然としていた。

俺の“居場所”はここじゃない。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 05:47:29.70 ID:tu28C7b+O

すまんこれで終わり

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 05:53:26.43 ID:tu28C7b+O

不良男子校とかどうでも良かった
ただ単にブレザーのお嬢様女子校っていうステータスを長門や鶴屋さんにつけたかったがために書いた
食いつきの悪さに後悔はしてるw



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