26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:42:26.26 ID:vKoslVmZP
平凡な日常というのは素晴らしいものであり、
俺はそれを愛しているといっても過言ではない極々一般的な高校生だ。
時にはそれがジジ臭いと言われはするものの、
放っておいてくれというのが正直な所だった。
平凡で、平和な日常こそは他の何ものにも変えがたい貴重なものである。
なあ、ハルヒ。お前もそう思わないか?
「な……なんなのよ、コイツっ!?」
聞いちゃいない。
まあ、それも仕方が無い事だとは思うが、
話しかけているというのに完全に無視されるというのも中々傷つくものなんだぞ。
だからな、今後は俺の話をちゃんと聞いてから行動してくれよ。
勿論言うまでも無いが、聞くだけ聞いてそれを全く取り入れないというのは論外だからな。
「下がってろハルヒ」
「何言ってるのよキョン!?」
ハルヒにしては珍しい、完全に虚を突かれて驚いた声が周囲に響いた。
しかしだな、アイツから逃げようと思ってもそれは無理だと思うぞ。
何せアイツの目はやる気に満ち満ちているからな。
ああ、ちなみにどうしてそんな事がわかるのか、
どうして逃げ切れないと思うのか、そして、どうして俺が落ち着いているのかは聞かないでくれ。
答えは――
「キョン?」
――すぐにわかるからな。
「……変身ッ!」
39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:57:43.59 ID:vKoslVmZP
体中の細胞の一つ一つが、それまでとは全く他の存在へと置き換わっていくのがわかる。
変身、と口にしてはみたものの、実際には俺は全く別の存在へと変化しているのかもしれない。
そう思うと少しは嫌悪感を抱きそうなものなのだが、
俺はこの姿になるのには不思議と生理的な嫌悪感というものを全く感じなかった。
感じるのは、精神的な苦痛だけ。
だってそうだろう?
自分の意思で他の存在になれてしまうなんて、人間じゃないからな。
「嘘、でしょ? ねえ、これって夢よね……キョン」
そうだな、確かに俺もこれが夢であって欲しいと思うさ。
だがなハルヒ、こいつは紛れも無い現実であり、
今、お前の目の前に立っているヒトの形をした別の存在はお前がキョンと呼んだ奴だ。
入学式のあの日、はじめて会ったお前は自己紹介でこう言ってたよな。
『この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上』って。
今でも俺は鮮明に覚えてるんだぞ、ハルヒ。
何せ、そんなおかしな事を言い出す奴がこの世に存在するのかと驚いたのが理由の一つ。
そして、もう一つの理由は、
やっぱり俺みたいな化け物はお呼びじゃないんだな
……っていう疎外感がもう一つの理由だ。
何の因果かお前に付き合わされてここまで来ちまったがね。
「これは夢じゃないぞ。……危ないから離れてろ」
俺は、平静を装ってハルヒに促した。
47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 15:23:56.58 ID:vKoslVmZP
背後でハルヒが移動したのを気配で感じ取り安堵した。
何せ、あのハルヒのことだから俺のこの格好を見て状況も考えずに
騒ぎ出すかもしれないという一抹の不安もあったからな。
だが、目の前に“化け物が二体も居る”という普段ではありえない、
不思議と言うには少々インパクトが強すぎる現状はお気に召さなかったらしい。
――さて、俺はこういった者なんだが、お前は言葉が話せるのか?
「GUU……OOO……!」
……やれやれ、出来れば話し合いで解決しようと思ったんだが。
と、言ってはみたものの臨戦態勢を取る相手から話し合いという言葉が出ても
信用はされないだろうな。
もっとも、お前は言葉が話せないようだったから土台無理な相談だったみたいだが。
「俺はお前にこれっぽっちの恨みも無いし、今でも出来れば戦いたくないと思ってる」
けれど、降りかかる火の粉を払わないと生きていけないというのなら、
俺は躊躇わずにこの力を使う。
例えそれが、平凡な日常とは完全にかけ離れたものであったとしても、だ。
50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 15:37:50.89 ID:vKoslVmZP
・ ・ ・
話は数時間前に遡る。
俺達は例によって例のごとく、我らがSOS団の偉大なる団長様の
人の迷惑というものを全く省みないワガママに振り回されていた。
「しかしだな、本当にツチノコなんてもんが居るのか?」
この台詞は今日何度目になるかわからない。
しかし、貴重な休日を居るかどうかもわからないツチノコの捜索に費やすのだから、
俺の心中は察して貰いたいものだ。
「それ、何度目?」
ハルヒは電車の窓に据え付けられた小さなテーブルに肩肘をつきながら、
なんとも不機嫌そうな顔で俺をにらみつけてきた。
聞き飽きた、って言うんだろう? 俺だって言い飽きたよ。
「ま、まあまあ良いじゃないキョンくん。ピクニックだと思えば、ね?」
俺達の間に流れる不穏な空気を感じ取った朝比奈さんが、
天使のような微笑と共に俺に話しかけてきた。
やれやれ、まるで駄々をこねているのは俺のほうじゃないか。
しかしまあ、朝比奈さんと一緒にピクニックというのはなんとも魅力的な休日の使い方だ。
そう思った俺は、笑いながら朝比奈さんの言葉に首肯し、楽しみですねと言ったのだが、
「遊びじゃないんだからね!」
ハルヒよ、お前は何が気に食わないんだ?
52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 15:50:18.86 ID:vKoslVmZP
楽しくなりかけていた気分を容赦のない叱責で凹まされた俺は、
気を取り直すべく一人だけ離れて座っている古泉に話しかけた。
「なあ、古泉。あとどの位で着くんだ?」
「そうですね。あと10分程度で到着すると思いますよ」
車窓から覗く青々と生い茂る木々をバックに、
いつものように不必要なまでに爽やかな笑みを浮かべながら古泉は答えた。
あと10分か。しかし、それは電車が到着する時間だろう。
「ええ。駅に到着してから目的地までは、
徒歩だと少なく見積もって二時間といったところでしょうか」
山登りをしながら徒歩で二時間、か。
なんとも面倒な不思議探索になっちまったもんだ。
それもこれも古泉、お前がハルヒにツチノコが捕獲出来るかもしれないと
吹き込んだからなのをわかってるのか。
なんて文句の一つでも言ってやりたい所なのだが、
時たまに古泉の機関から提供される娯楽の一種なのでこいつに言っても仕方が無い。
「…………」
長門、そろそろ駅に着くから弁当を食うのはやめておけ。
というか、お前はいくつ弁当をたいらげたんだ。
……ああいや、言わなくていい。聞いたらもうすぐ下車だってのに酔っちまうかもしれん。
「そう」
53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 16:07:32.15 ID:vKoslVmZP
・ ・ ・
正直、今回の不思議探索は面倒で仕方が無かった。
もしもこの提案をしたのが谷口あたりであったなら、
今頃俺はそれを一切聞き入れず今頃ベッドの上で気持ちよく眠っていただろう。
しかし、都会の喧騒から離れた田舎の空気が、こんなにも良いものだとは思わなんだ。
「うわぁ、とってもいい所ですね!」
俺の隣で朝比奈さんが目を輝かせながら言った。
そんな朝比奈さんの無邪気な様子はとても微笑ましく、そして非常に可愛らしかったので、
俺はまずその姿を目に焼き付けようと思った。
「ツチノコが居るかどうかはともかく、これなら楽しめそうですね」
ハルヒに聞こえないように、そっと朝比奈さんに耳打ちをした。
朝比奈さんも俺の意図を察したのか、同じ様に「ええ」と返してきた。
さすがに盛り上がってきた気分をハルヒに打ちのめされるのを望む程、
俺は被虐心が強くない。
「さあ、出発するわよ!」
ハルヒは俺達の先頭に立ち、こちらを振り返ることなく大声で宣言した。
こいつも大自然の雄大さに感動していてそれを誤魔化そうとしているのか、
それともこれなら本当にツチノコが見つかるかも知れないと思っているのかはわからない。
だがまあ、きっと後者に違いないんだろうな。
そして、涼宮ハルヒを団長とする俺達SOS団は目的地へ向け歩きだした。
その時は、まさかこれが俺の平凡な日常の最終日になるなんて夢にも思っちゃいなかった。
54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 16:25:20.80 ID:vKoslVmZP
・ ・ ・
駅から歩き出して一時間、一悶着はあったものの俺達は順調に目的地へと近づいていた。
一悶着というのは、朝比奈さんが途中で疲れてしまったため俺が荷物を
代わりに持つと提案した時のことだった。
それを聞きつけたハルヒが、それまでは林道の脇道に進んで逸れて貪欲なまでに
不思議を探そうとする程元気が有り余っている状態だっと言うのに、
「あたしの分の荷物も持ちなさい」
と不機嫌そうな顔で言い出したのだ。
自分で持てと言うのは簡単だったが、ここで言い争いになってしまっては
朝比奈さんが小動物のように縮こまってしまうのは簡単に予想出来た。
なので俺は仕方なくそれを受け入れたのだ。
命令を受け入れた途端、ハルヒは不機嫌そうな顔を俺に押し付けて子供のように笑ったのだが、
コイツは人を使うことに喜びを感じるのかね。
それ以降はまあ、楽しいと言っても差し支えのない行軍になった。
普段とは違う環境にはしゃぐハルヒに、途中で見つけた小川に感動する朝比奈さん、
何気なく言った俺の疑問に時点も真っ青な答えを返す長門に、それらを見ながら微笑む古泉。
そして俺はと言うと、自分の分も合わせて三人分になった荷物の重さも忘れて楽しんでいた。
途中で朝比奈さんに心配されなければ、思い出すことはなかったかもしれない。
気が緩んでいた、のだろう。
だから俺は、平気ですよと強がっている素振りをした。
55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 16:42:24.98 ID:vKoslVmZP
・ ・ ・
「――それじゃあ、あたしとキョン。みくるちゃんと有希、古泉くんの二組に分かれて捜索ね」
ツチノコが見つかった、と古泉の機関が“設定した”場所にたどり着いた俺達は、
いつものように手分けして不思議――今回はツチノコだ――を探す事になった。
そこは周囲を木々に囲まれた広場のようになっていて、
集合場所としては適していた。
恐らく、それを考えてこの場所でツチノコが見つかったという事にしたのだろう。
しかし、俺とハルヒがペアになるなんて珍しいな。
「何よ、あたしとじゃ不満だってわけ?」
ハルヒはアヒルのように口を尖らせながら、半眼で俺を睨みつけてきた。
その様子を朝比奈さんは苦笑し、長門は無表情で、
そして古泉は楽しいものでも見るかのように見守っていた。
とりあえず古泉、あとでちょっと話がある。
「別にそういう訳じゃない。ただ、珍しいなって言っただけだろう」
「ふん。どうせみくるちゃんと一緒が良いとでも思ってたんでしょ?」
完全に図星だったのだが、それを顔に出してしまっては益々団長様を怒らせてしまう。
これから数時間とは言え、二人きりで行動するというのにそれでは気まずすぎる。
そんな事態になるのは、なんとしても避けたいというのが本音だ。
だが、自分の心に嘘をつくのも精神衛生上よろしくないとも思うので、
可能な限りの知恵を振り絞り俺はこう言った。
「普通はそう思うだろ。だけどな――」
「もう良い!」
……おいおい、人の話は最後まで聞いてくれ。
57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 17:01:17.18 ID:vKoslVmZP
待て待て、一人でそんなに先に進むなっての。
「無理についてくる必要なんてないわ。あたし一人で十分だから」
そう言いながら、ハルヒはこちらを全く振り返らずに森の奥深くへと
地響きでもするんじゃないかと思うほどの勢いで進んでいった。
進む道は、ハルヒが変人だということを証明するかのように見事に道を逸れていて、
長ズボンを穿いていなければ今頃両足につく切り傷の数は数え切れなくなっていたに違いない。
良いから止まってくれ。何をそんなに怒ってるんだ。
「怒ってなんてないわ。あたしはただ、すぐに不思議を見つけたいだけよ」
だったら協力するべきだろう。
これじゃあ、なんのために二組に分かれたのかわからんぞ。
それに、明らかに怒ってるだろう……とは、火に油を注ぐようなものなので言わないでおいた。
「うるさいわね! あたしは、不思議が見つかればそれで良いの!」
ハルヒは急に立ち止まると、
それまで地の底で熱し続けていたマグマを思い切り噴火させた。
止まれ、とは言っていたものの急に立ち止まられるとどう反応して良いのかがわからない。
とりあえず声をかけた方が良いとは理性ではわかっているものの、
思考の方がそれに追いつかず何の言葉も浮かんではこなかった。
「…………」
長門が二人になり、そして二人きりになったらこんな沈黙が永久に続くのかもしれない。
俺は、美味いと思える程澄んだ風に吹かれながらザワリと音を立てる木々達に
責められているような気がしていた。
まあ、この光景を人に見られていても俺が悪いと責められるんだろうな。やれやれ。
59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 17:16:58.01 ID:vKoslVmZP
いつまでも無言のままで良いはずが無い、とは思っているものの、
こちらに背を向けながら放っているハルヒの「あたしは怒ってる!」という空気は
どうすれば解消されるのかわからない。
一瞬、本当にツチノコが見つかってくれれば良いのにとも思ったが、
本当に見つかってしまっては少々まずいことになってしまうだろう。
個人的には、ツチノコとはいるかいないかわからないからこそ興味を引くものであり、
動物園で見られたり、ましてやペットとして飼えるようになってしまってはロマンの欠片もありゃしない。
そして、そうなってしまう可能性があるのがハルヒの厄介な所なのだ。
と、暢気に考え事をしている場合ではないと今更ながらに気づいた。
「なあ、ハルヒ」
特に何の案もなかったが、とにかく話しかけないことには始まらない。
無視されるという可能性もあったが、幸いにもそうはならなかった。
「……何よ」
一度噴火してしまった火山はその勢いを若干弱めているようだったが、
いつまた炎を噴出しだすか予測はつかない。
ここは慎重にいくべきだ、何とか頑張ってと必死で脳にエールを送っていたその時、
「――ん?」
俺とハルヒを結んだその直線状の先で、風に揺れたのではなく、
明らかに何かによってガサリと音を立てて揺れる茂みが目に入った。
61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 17:29:38.92 ID:vKoslVmZP
まさか本当にツチノコが? とは微塵も思わなかった。
いくら古泉の機関でも、あらかじめツチノコを用意するなんて事は不可能だろう。
長門ならば可能かもしれないが、
ハルヒを楽しませるためだけにおかしな生物を生み出すようには思えない。
朝比奈さんに関しては……まあ、禁則事項ということで勘弁してくれ。
古泉からは何も聞いていなかったが、野ウサギでも居るのだろうか。
野犬や熊が居るんだったらあらかじめ注意をしてくるだろうし、
そもそもそんなものが出る危険な場所を勧めてはこないだろう。
タイミングが悪い――この場合は良いのか?――ことに、
冬眠から目を覚ましてしまった蛇の可能性もあるが、
それにしては茂みの揺れは大きすぎるように思えた。
まあ、野生の蛇なんて一度も目にする機会は俺の人生ではなかったんだが。
とにかく、これは会話をつなげる絶好の機会に代わりは無い。
いくら不機嫌とは言え、目的のツチノコが見つかったかもしれないとなれば
今の状況よりは少しはマシになるだろう。
「なあ、今そこの茂みが動かなかったか?」
そこ、とあえて位置を言葉で知らせなかったのは、
今に至るまで一切顔を合わせようとしないハルヒとなんとか目を合わせようという意図があった。
だから俺は間抜けな顔をしながら、ほらほらそこだと言わんばかりに問題の場所を指差していた。
結果、俺は二つの後悔をすることになる。
一つは、振り返ったハルヒの表情を見て。
一つは、指差した先から現れたモノを見て。
63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 17:45:18.83 ID:vKoslVmZP
勝手な想像にすぎないのだが、
ハルヒもこの状況をなんとかしたいと思ってくれていたんだろう。
でなければ、俺がなんと言おうと振り返る必要はないんだからな。
目的の珍生物が見つかったかもしれないからでも、さっきよりはマシだろう。
なんて考えは、ものの見事に木っ端微塵に打ち砕かれた。
「……っ」
ハルヒは、何かを堪えるようにして唇を噛み締め、
突付けば今にも破裂してしまいそうな、そんな顔をしていた。
感情を隠すなんて殊勝な真似を知らないSOS団団長様のその様子は、
俺に少なからず衝撃と動揺を与えるものだった。
そんな俺の心の振幅に反応したのでは勿論ないだろうが、
一際大きな風が吹き、目元にかかっていたハルヒの髪を取り払った。
眉間に寄った皺は、とてつもない怒りと一緒に何かを封じ込めているようであり、
いつもは騒々しいまでの活気に満ち溢れている瞳は頼りなげに揺れていた。
そんな顔を見せられて、上手く言葉を紡げる人間が果たしているのだろうか?
いたとしたら、そいつはとんでもない人でなしか聖人しかいないと俺は思う。
何も言えずに、とても情けない顔をしているだろう俺を一睨みすると、
ハルヒは俺が指差した先に目線を向けた。
助かった、と一瞬思ってしまったのだが、
それを自覚した瞬間にとてつもない情けなさが襲ってきた。当たり前だけどな。
64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 18:01:41.71 ID:vKoslVmZP
一度は正面からぶつかった俺とハルヒの視線が、
今度は少し離れた地点で再び交錯した。
その地点――俺の腰程の高さの茂みは、風がやんだ今も絶え間なく揺れ動いていて、
何かが居ることをひっきりなしに主張している。
普段のハルヒならば、一目散にその場所へ走り出してその正体を確かめようとするだろう。
だからこそ涼宮ハルヒは涼宮ハルヒであるのだが、
何故かハルヒは立ち尽くしたまま微動だにしなかった。
そして、いつもの俺だったら何が出るかわからないからとりあえずここから離れることを提案したに違いない。
しかし、その時俺は先ほど見たハルヒの表情が精神的な痛手を与えていたため、
日常というものの素晴らしさをほんの少しの間忘れさせていた。
それが運命を分けた。
動き続ける茂みをただ観察し続けていたのだが、
段々と大きくなっていたその揺れが突然ピタリと止まった。
そこにいただろうモノはどこかに行ってしまったのだろうか。
……そう思った次の瞬間――
「GYOOOAAAAAAA!!」
静けさを引き裂く、獣のような……いや、生き物ではないかのような咆哮と共に、
人では明らかにない、異形のモノが姿を現した。
65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 18:17:23.66 ID:vKoslVmZP
ソイツは、焦げ茶色の装甲を鎧のように身に纏っていた。
頭と思わしき部分には、人間の腕の長さ程もある長い突起が生えており、
まるで鬼の角のような凶悪さでもってこちらを威圧してくる。
大柄なプロレスラーよりも一回り程大きいその全体は、
熊に出会ったほうがまだ良いと本気で思える位の圧迫感があった。
装甲と言っても非常に生物的なものであり、薄く光るそれは圧倒的な硬度を予感させる。
簡単に言ってしまえば、巨大なカブトムシと人間の合いの子だった。
突然そんなものを見てしまったハルヒはどう思ったのだろうか。
個人的には気になる所なのだが、まあ、呆気に取られてるんだろうな。
しばしの間、突然現れた異形に目を奪われていたハルヒだったが、
ソイツは遠慮をすることなく産声を上げる赤ん坊のように叫び続けていた。
そして、ハルヒはゆっくりとこちらを振り向き俺に尋ねてきた。
「な……なんなのよコイツっ!?」
67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 18:39:15.30 ID:vKoslVmZP
・ ・ ・
目の前の化け物は、今にも襲い掛かってきそうだった。
だがしかし、戦いたくはないというのも紛れもない本心だった。
何せ、恐らく……いや、きっと俺とコイツは親戚のようなものなのだから。
今の俺には、人間らしい所はその基本的な体型位しか残されてはいない。
五体の全ては目の前に居るアイツと同じように外骨格に包まれ、
柔らかさなどは全く感じさせない。
四肢を動かすたびに、間接の隙間でそれが擦れ合いギチリと音を立てる。
視界は普段とは比べ物にならない程広く、
少し首を動かしただけで背後に居るハルヒの姿も捉えることが出来るだろう。
まあ、進んでそんな事をする気は毛頭無いが。
そして、自分の存在が別のものに変わったという実感が最もするのは、
体中に溢れる活力――生命力だ。
倦怠感というものは、この体には無縁のもの。
今すぐにでも動き出したいという衝動が湯水のように溢れてくる。
「GYOOOAAAA!!」
状況がほんの少しでも違えば、こうはならなかった。
例えば、ハルヒと長門が組んだ場合だったら、この事態も長門は何の問題も起こさずに処理しきったかもしれない。
逆に、長門以外とハルヒが二人ペアで行動し、コイツに遭遇していた場合は最悪の事態になっていたとも言える。
言っておくが、それは断じて古泉や朝比奈さんを馬鹿にしているわけでは無い。
コイツが俺と同じ程度だとしたら、コイツは長門以外には絶対に止められないからだ。
70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 18:57:52.08 ID:vKoslVmZP
コレが機関の仕掛けたドッキリだったらとは思わなかった。
もしも本当にそうだとしたら、意味がわからないし、色々な意味で笑えない。
それに何より、わざわざ閉鎖空間を発生させるような催しをするとは思えない。
まあ、この状況に至るまでにハルヒがイライラしたかどうかは俺のせいだが。
「GYUU……OOO……!」
そして、本能がこれは現実だと告げていた。
悪いな古泉。
お前が超能力に目覚めた時の感覚ってのを実は俺は知ってたんだ。
知っていて俺はすっとぼけてたんだよ。
だってそうだろう?
せっかく俺が一般人だと思ってくれてるのに自分から――化け物だって明かすのは、な。
やれやれ、これで“俺の”平凡な日常は終わりを告げた訳だ。
見てるかハルヒ。
お前が望んでるような非日常ってのは、どこも良い所なんてないんだぞ。
それと、知らないだろうがSOS団にはお前が自己紹介の時に言った奴らがもう居るんだ。
だけど悪いな。
俺は異世界人じゃあない。
異形生命体A、ってところだ。
「GYOAAAAAAAA!!」
威嚇ではない、突撃の咆哮と共に化け物――巨大カブトムシ男は草木をなぎ倒し、
触れた木にも大きな傷を残しながらこちらへ向かってきた。
――おいおい、せめて日常への別れの挨拶はゆっくりさせてくれ。
俺はもう平凡な高校生でいられなくなっちまったんだぞ?
……だって、神様に知られちまったんだからな。
73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 19:16:41.98 ID:vKoslVmZP
鈍重そうな見た目とは裏腹に、カブトムシ男は陸上競技で世界記録を
はじきだせるんじゃないかと思える程の速度でこちらに迫ってきた。
こちらと言っても正確には俺ではなく、
俺の後ろに控えるハルヒに向かって一直線に突進してきたのだが。
それは、カブトムシ男の複眼が全てハルヒに向けられていたからわかったようなもので、
俺をそのまま踏み潰し一気に両者を圧殺してしまおうと普通は思うだろう。
それ程までにカブトムシ男の勢いはすさまじく、小規模な森林破壊と呼べる程の移動だった。
「……やれやれ」
お前がそんな調子じゃ、なんのために俺がこの姿になったのかわからんじゃないか。
だからほら、とりあえず――
「止まれッ!」
カブトムシ男の巨体に潜り込むように姿勢を低くし、
体全体を、右肩を弾頭にした一つの砲弾にしてその前進とめるべく衝突させた。
まあ、進路を塞ぐ様に体当たりしただけなんだけどな。
「OGYUU……UUOOO……!?」
どうやらその試みは成功したらしく、カブトムシ男は呻くかのような悲鳴を絞り出した。
腹の部分は多少は柔らかいかと思ったんだが、
点に近い攻撃を受けても軽く凹む程度の傷しかカブトムシ男の腹にはついていなかった。
殴って止めようと思ったが、体当たりをしていて本当に良かったぜ。
普通に殴ってたら、さすがに今のこの姿の俺の腕でももげちまってただろうな。
80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 20:08:51.61 ID:vKoslVmZP
「GUU……OO……OOO……!」
しかし、どうやったらコイツを倒すことが出来るんだろうか。
ぶん殴ろうにも、こう硬くちゃ文字通り手が出ない。
「GYUOOOOOOO!」
なんて考えている内に、カブトムシ男は衝撃から立ち直り
今までとは違う、敵意と憤怒の入り混じった叫び声を上げた。
余計な事をしたとは思わない。
だって、あのままコイツをかわしちまってたら今頃ハルヒはどうなっていた?
考えるまでも無い。考えたくも無いね、そんなのは。
先ほどの交錯でカブトムシ男は理解したんだろう。
今度は衝かれないよう、今度は確実に進行出来るよう両手にあたる部分を地につき、
進行、蹂躙するために四速歩行の巨大昆虫となった。
勿論、その進行を切り開くのはカブトムシの最大の特徴とも言える巨大な角。
その例に漏れず、というか本能でわかっているのか、
カブトムシ男も自身の巨大な角を凶器と化して今度は間違いなく俺を跳ね飛ばす気でいるのがわかった。
「やれやれ」
お前はどうしてハルヒを狙うんだ。
俺個人に恨みがあるってんなら、まだ救いようがあったってのに。
お前がハルヒを狙ってたら――
「――やるしかないだろうが」
すまん、とは言わないでおく。
81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 20:27:51.55 ID:vKoslVmZP
勝負は一瞬。
相手の突進をかわして俺の攻撃が当たれば俺の勝ち。
相手の突進をかわしきれない、もしくはかわしただけなら俺の負け。
お前は俺を倒す必要は無くて、俺はお前を倒さなきゃいけない。
なんとも不公平な勝負じゃないか。
そうは思わないか?
「GYOOOAAAAA!!」
知ったこっちゃ無い、ってか。まあ、そりゃそうだろうな。
お前にとっちゃ、俺なんて目的を果たす道に立ちはだかった蟻んこみたいなもんなんだろうさ。
プチリと踏み潰して終わりとでも思ってるんだろ?
「ははっ……させるかよ」
こっちは日常を捨ててまでこうしてるんだ。
平凡で、平和で、平坦でも俺が何よりも愛していた日常をだ。
だから――させるわけにゃあいかないな。
対峙する二つの化け物の姿をハルヒはどう捉えているんだろうか?
頭の片隅でそう思ったが、すぐにそんな疑問は心の奥底に沈めた。
考え出してしまったら、俺は動けなくなってしまうだろうから。
最悪の答えを知ってしまったら、俺はどうにかなってしまうだろうから。
だから俺は虫になる。
やるべき事だけをやる、最も無機質に近い生物である虫になる。
俺は虫になった。
カブトムシ男が咆哮した。
83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 20:39:26.08 ID:vKoslVmZP
最初の突進とは違う。
一度目の突進とは、全てが違っていた。
速度、迫力、そして殺意。どれをとっても、同じ存在が繰り出したとは思えない。
「GYOAAAAA!!」
眼の前にあるものを残さず粉砕しながら進むその様は、
やはり通常の生き物の範疇からは逸脱している。
想像以上のその勢いに思わずたじろ――がない。
俺は迫りくる巨体と巨大な角を見据え、両手を前に差し出した。
普通の人間が見たら一瞬に思えるのだろうが、
俺には相手と接触するまでの時間がやけに長く感じれた。
集中していると時間の流れがゆっくりに感じられることがる
っていうのはこの事なんだろうかと思いつつも、すぐに関係がないかと思考を放棄した。
次の瞬間、俺の体は宙に浮いた。
85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 21:00:12.33 ID:vKoslVmZP
……いや、回転した。
尋常ではない速度の縦回転には、平凡な高校生の俺だったらとてもじゃないが耐え切れない。
しかし、今の俺は平凡な高校生ではなかった。
化け物と呼ぶに相応しい異形と能力を持った、平凡ではない、非日常の存在だった。
突進してくるカブトムシ男の最大の武器とも言える巨大な角を両手で掴み、
そのまま勢いを弱めさせようとせず、なすがままに近い状態で地を蹴った。
結果、俺の体はカブトムシ男の角を中心として円を描いた。
ある意味では、カブトムシ男が一直線にハルヒに向かっていってくれて助かった。
何故なら、いくらこの姿になったとは言え、
高速で不規則な軌道をする相手の体を掴むなんて芸当は不可能に近い。
しかし、コイツは一直線にこちらに向かってきた。
だからこそ、こんな曲芸みたいな真似が可能だったのだ。
円を描いた俺の体は、当然のようにカブトムシ男の頭部へ向かっていった。
膝を曲げていたため、空気抵抗に殺された遠心力は少なかった。
よしんば足を伸ばし、空気によって遠心力が大幅に削られていたとしても問題なかっただろう。
それ程までに、俺の体は高速で滑っていた。
カブトムシ男の角の長さは、俺の身長よりも短かった。
このまま回転しているだけでは全身を兜の部分で叩きつけられて終わる。
そうなってしまっては駄目なんだ。
だから、俺はカブトムシ男の額にある、兜と顔の継ぎ目の部分に向かって右足を突き出した。
パキリという硬質なモノが割れる音が響いた直後、柔らかいものを踏み抜いた感触が足にきた。
カブトムシ男は、その突進を止めた。
88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 21:14:02.53 ID:vKoslVmZP
多分、こいつは生まれてからそんなに経ってなかったんだろう。
なんとなくだが、そんな気がしてならない。
カブトムシ男の体に膝まで埋まった右足を引き抜きながらぼんやりと考えていた。
本当ならもっと他にするべきことがあるんだろうが、
何となくそんな気にはなれなかった。本当、なんとなくだけどな。
引き抜いた右足は粘性のある液体がこびりつき、
木々の間から差し込んでくる光を反射して赤黒く照りかえっていた。
それを見て、化け物でも血は赤いんだなと思い、
今の自分の血も赤いのだろうかと自問してみたが答えはわかるはずもなかった。
風が吹き付ける音が耳――あるのかわからないが、
聞こえるんだからそう呼ぶ――に響いた。
先ほどまでの轟音はなりを潜め、今はまた静寂がこの場を支配していた。
だけど、この静寂はさっきまでのものとは違う。
その場に居る奴の名前は一緒ではあるが、存在が決定的に違っていた。
この場に居るのは、俺とハルヒ。
当然の成り行きとして、俺は背後に居るハルヒの方へと振り返っていく。
さて、ハルヒ。
お前は、俺をどんな目で見る?
お前は、俺のことをどう呼ぶ?
なあ、ハルヒ――
90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 21:32:58.37 ID:vKoslVmZP
振り返っていたその途中で体が固まった。
あと10センチ、いや、ほんの5センチほど振り返ればハルヒの顔を見ることが出来るのにだ。
俺は知りたかった。
ハルヒがこの姿の俺を見て、どう感じたかを知りたかった。
そのためには振り向かなければいけないのに、
それなのにもう一つの思い――知りたくないという思いがそれを拒絶していた。
涼宮ハルヒは、非常識なようでいて実質とても常識的な人間である。
これは古泉の言葉だったが、俺も概ねそうだと思っていた。
少々破天荒すぎるにせよ、考えること自体は常識の範疇に収まるのがほとんどだ。
ま、夏休みをずっと楽しみたいなんてのはぶっとんではいるが、
むしろガキの頃だったら誰でも思うことなんじゃないかと俺は思う。
そんなハルヒが今の俺の姿、そして、化け物とは言え他者の命を平気で奪った光景を
目の当たりにしたらどう思うかは想像に難くない。
まず、間違いなく恐怖しているだろうさ。
俺はそのする必要のない答え合わせをするだけだと思ったつもりでいても、
期待せずにはいられなかった。
もしかしたら、ハルヒだったらまだ俺をキョンと呼んでくれるかもしれない。
けれど、やっぱり化け物だと罵られたら?
……ああ、それが鼻で笑うような考えだってのはわかっちゃいるさ。わかっちゃいるんだ。
だけど、そう願わずにはいられない。いられないんだよ……畜生。
150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/17(日) 14:14:45.07 ID:X0q78f+vP
「……ねえ」
ハルヒは、恐る恐るという全く持って似つかわしくない調子で言葉をかけてきた。
たったそれだけのことなのに、どうしてこんなに嬉しいって思っちまうのかね。
……ああ、答えはわかってるさ。
こんな姿の俺に話しかけてくれる奴が居たってのが無性に嬉しいんだよ。
俺のこの姿を人が見たら、すぐに逃げ出すのが関の山だと思ってたからな。
だからハルヒ、俺はもう十分満足した。
続くお前の言葉が、聞くに堪えない罵倒だったとしても俺は平気だ。
お前はそんな事を言う奴じゃないってのはわかってるが、
それ位お前が俺を言葉の通じない化け物でなく、
話の通じる存在だと思ってくれたことが涙が出ちまう位嬉しかったんだよ。
ま、この姿の俺には涙腺がないらしくそんな間抜けな格好を見せずに済んだけどな。
ハルヒは俺が何か返事をするのを期待しているようだったが、
生憎とこの状況で何を言えば良いのかは教わっちゃいないし、知りもしない。
だから俺はハルヒが言葉を続けるのを無言で待った。
俺は本当に満足していたのだ。
だから、今すぐにでもこの場から立ち去っても良かった。
いや、冷静に考えたらそうするべきなんだろう。
なにせ、コイツは考えたことを現実にしちまうとんでもない力の持ち主なんだからな。
本人が知らないってのがまだ救いだし笑えるが、この姿の俺を認識しちまうってのは良いことじゃないだろう。
しかし、俺は涼宮ハルヒという人間が何を言うのかが知りたかった。
152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/17(日) 14:29:51.70 ID:X0q78f+vP
ハルヒは俺に話しかけてきた。
ということはつまり、俺がなんらかの返答をしなきゃいけないような事を言うつもりなんだろう。
さて、お前は俺に何を聞くつもりでいるんだろうな、ハルヒ。
俺が何者か?――お前が見たまんまだ。
さっきの奴は何なのか?――悪いが知らん。
何故黙っていたのか?――プライバシーってのは大事だろう。
頭の中で色々な質問に対する答えを用意しながら、
俺とハルヒとの間を抜けていく風の音を聞いていた。
答えはとっくの昔に用意していたもんなんだけどな。
お前と出会ってから、俺は色々な非日常的な体験をしてきたんだぜ。
だから、遅かれ早かれいつかはこうなるんじゃないかと思ってたんだよ。
しかしだ、まさか一番最初にバレちまうのがお前だとは思ってなかったな。
気をつけちゃいたんだが、ああなっちまったからには隠し通すとくのは無理だった。
今さら言っても仕方ないとはわかってるさ。
付け加えとくとな、俺はこうなったことを後悔なんかしちゃいない。マジでな。
――なんて、とても他の人間に聞かれたら自殺もんのこっ恥ずかしい台詞を言うには、
俺は人生経験ってものを積んじゃないなかった。
まあいい……ハルヒ。
お前は何を聞きたいんだ?
「あんた……平気、なの?」
質問の意味がわからん。
155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/17(日) 14:46:41.37 ID:X0q78f+vP
とりあえず俺は至って冷静だぞ。
むしろ、お前が落ち着いてることの方が不思議でならん。
「何言ってんの?」
おいおい、なんだその疑るような声は。
まさかとは思うが、俺が嘘をついてるとでも思ってるのか?
言っておくが、いつかはこうなるってささやかにだが覚悟はしちゃいたんだ。
そうならなきゃ良いな、って期待してもいたんだがね。
「なによそれ、わけわかんない」
それはこっちの台詞だ。
お前が何がそんなに気に入らないのか、俺には見当のつけようもない。
顔を見たら多少は変わるのかも知れんが、そいつはやめておいてやるよ。
「ちょっと、ちゃんとこっちを向きなさいよ」
……やれやれ、お前は本当に人の気遣いってやつに無関心な奴だな。
俺は、今の俺の姿を正面から見ちまったらお前が怖い思いをするんじゃないかと気を使ってるんだぞ。
ああもう、こんなことを言わせるんじゃない。
それに、このままでも話をするには十分だろう?
「いいから、こっちを向けって言ってるの! 団長命令よ!」
逆らったら?
「死刑に決まってるじゃない」
お前、真性のアホだ。
157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/17(日) 15:02:27.35 ID:X0q78f+vP
「本当に良いんだな?」
「あたしが向けって言ってるの。拒否権があるなんて思わないことね」
どこまで唯我独尊なんだ、お前は。
ハルヒよ、今のお前が俺に命令出来るなんて思ってるとしたらお笑いだ。
このままでもわかるだろう?
お前の目の前に居るのが、見たことも聞いたことも無い不思議な化け物だってのがだ。
会話が成り立ってるのだって、奇跡みたいなもんだと理解しておけっての。
「早くしなさいよ」
そう、本当に命令するようなハルヒの強い語調は俺を従わせるに足るものだった。
情けないが、俺は骨の髄までコイツに振り回されるのが癖になっちまってるらしい。
やれやれ、どうにかならないもんかね。
俺は首を左右に振りため息をつきながら振り返り、ハルヒに正面から相対した。
しかし、ハルヒの表情を確認するのは躊躇われたため、視線は自らの足元に向けた。
宿題を忘れて先生に怒られる直前ってのは、こういう心境だったかもな。
人間の目とは違い、この姿の俺が有している大きな複眼は
ハルヒが首を上下させ隅々まで俺の姿を観察しているだろうことを嫌でも伝えてきた。
まるで昆虫採集の標本として飾られ、見られているように錯覚させられたが、
そいつがある意味では正解であり、ある意味では大外れだとハルヒが次に発した言葉が教えてくれた。
「怪我はしてないみたいね」
一瞬、ハルヒが何を言っているのか理解できなかった。
160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/17(日) 15:18:45.74 ID:X0q78f+vP
「良い。今度あたしの許可無しにあんな無茶な真似をしたらただじゃおかないから」
今にも崩れ落ちそうになる膝に力を込め、必死で立ち続けた。
気を抜けば震えだしそうな全身に喝を入れ、ぎこちなく頷いた。
「それにしても……一体何だったのかしら」
ハルヒ、お前は非日常的な不思議を求めているんだろう。
なのに、それなのにどうして目の前の俺について何も言わないんだ。
「そんなの決まってるじゃない。あたしは誰?」
そりゃあ、涼宮ハルヒだろ。
「なら、あんたは?」
……わからん。
「馬鹿じゃないの。SOS団の万年平団員のキョンでしょ。あたしが間違ったこと言ってる?」
俺が日常とはとても素晴らしいものだと思っているのは、今更言うまでも無いことだろうな。
何ものにも代えがたく、何よりも尊いもんが日常だ。
だから、俺は日常を愛している。
それを守るためだったら、何だってやってやるさ。
161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/17(日) 15:32:28.43 ID:X0q78f+vP
・ ・ ・
「結局、ツチノコは見つかりませんでしたね」
帰りの電車に揺られながら、朝比奈さんが俺達全員に向かって
今回の不思議探索の目的であるツチノコ捕獲について振ってきた。
まあ、正直本当に捕まるなんて思っちゃいなかったですけどね。
「しかし、中々に有意義な休日になったと思いますよ」
やれやれ、初めはそう思ったが後半は散々だったぞ。
田舎に暮らしたいって思う人が居るってのは知ってるが、
俺だったら一ヶ月もすれば音を上げるね。断言できる。
長門、お前も文化的な暮らしの方が性に合ってるんじゃないか。
空気は美味いとは思ったが、本も無いしあそこじゃ物足りないだろう。
「酸素が多かった」
長門は乗車する前にしこたま買い込んだ弁当から箸を一端離してそう言うと、
すぐに箸の動きを再開させた。
お前、趣味は読書と食事なんじゃないか?
その食べっぷりを見るとあながち間違っちゃいないと思うんだが。
「…………」
聞いちゃいねえ。
ま、ものを食ってる時には話せないから仕方ないのかもな。
いや、いいぞ長門。遠慮せず趣味に没頭してくれて構わない。
162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/17(日) 15:43:12.53 ID:X0q78f+vP
今回の不思議探索の感想をそれぞれ述べ合った後、
俺は一人離れて座りながら眠っているハルヒに視線を向けた。
山登りで体力的に消耗した上に、あんな事まで起こったハルヒの精神的な消耗は大きかったのだろう。
スヤスヤと規則正しく寝息を立てている今のハルヒは、
顔に落書きどころか全体を筆で真っ黒に塗りつぶしても起きないかもしれない。
「もう、キョンくん。そんなことしちゃ駄目だからね?」
わかってますよ朝比奈さん。冗談です、冗談。
大体、そんなことをしたら後でハルヒにどんな目に合わされるかわかったもんじゃない。
だからそんなことはしません、絶対にね。
「……一つだけ聞いても良いですか?」
何だ古泉。
まさか、お前がハルヒの寝顔に落書きをするからペンが欲しいって言い出すんじゃないだろうな。
だとしたらやめとけ。
リスクとリターンが全くつりあわないどころか、リターンの分銅が空に飛んでっちまう。
「いえ、そうではなくてですね」
だったら何だ。
前々から言ってるんだが、お前の話は前置きがながすぎる。
聞きたいのなら、ハッキリと言えばいいだろう。
「では、率直にお聞きします。僕達と別行動をした後、涼宮さんと何かありましたか?」
「特に何も。残念だが、ツチノコどころか蛇一匹見つからなかったぞ」
嘘だけどな。
163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/17(日) 15:54:38.52 ID:X0q78f+vP
・ ・ ・
三人とと合流するまでの道のりで、俺とハルヒは今後について話し合った。
本当ならゆっくり話し合いたいところだったのだが、集合の時間が迫っていたのだ。
時は金なりとは言うが、その時間を取るためにはどれだけの大金を積まなきゃいけないんだろうな。
俺達が、というかハルヒが出した結論は、
俺が変身出来るということ、そして、
化け物と出会いそれを撃退したことを皆に秘密にすることだった。
理由は至って単純。
そんな馬鹿げた話をしても信じてもらえないだろうし、
何より可能な限りその事実は広めないほうが良いというもの。
「あんた、皆に知られたいの?」
なんて言われたら、そのハルヒの提案には首を縦に振るしかないだろう。
だって、それを話すっていうことは朝比奈さん達の素性がバレちまうって可能性も含まれてるんだからな。
俺が変身出来ることを知ったハルヒがこの反応をしてるのだって、
何かの間違いかもしれないんだ。
ハルヒに世界を作り変えちまう力があるって露見しちまうのは避けたいしな。
164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/17(日) 16:09:35.70 ID:X0q78f+vP
・ ・ ・
「――やれやれ」
最後に念を押してきた時のハルヒの言葉を思い出し、
俺は堪えきれず笑いながらつぶやいた。
こうなってしまった以上、ハルヒにはわからないように三人には
俺が変身できるという事実を伝えたほうが良いと思うのだが、
一度しちまった約束を破るのはどうにも気が引けるからやめておく。
「あっ、やっぱり何かあったんでしょ?」
朝比奈さんが興味津々といった風に身を乗り出し、
何があったかを聞き出そうと目で訴えかけてきた。
しかし、俺の目線はその下にある朝比奈さんのもつ二つの凶器に
向けられていたのでなんとか耐えしのぐことが出来た。
勿論、視線を悟られないように注意したぞ。
「何があったんですかね」
悪いが、こればっかりは言えない。
もしも何か困ったことがあったなら言うかも知れないが、今はまだ必要ないさ。
何せこれは、「二人だけの秘密よ」とのことだ。
我らがSOS団団長、涼宮ハルヒに逆らうわけにはいかんだろう?
165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/17(日) 16:13:02.67 ID:X0q78f+vP
序 おわり
166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/17(日) 16:17:13.18 ID:X0q78f+vP
こんなくだらないもん最後まで読んでくれてありがとう
30行規制がウザったい
おやすみ