ハルヒ「あんたの口の中、おいしくない」


メニュー
トップ 作品一覧 作者一覧 掲示板 検索 リンク SS:涼宮ハルヒの陰毛

ツイート

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 00:42:50.66 ID:BlNRxzwV0

「何おう?」

 俺の顔からほんの2cmほどまで迫ったところでハルヒが口を尖らせている。
 違う違う。今そんな顔をするべきなのはお前じゃなくて俺だ。
 いきなり予告も前触れもなしに人の唇を奪っておいて、何て言い草だ。

「すっぱいやら甘いやら辛いやらが混ざってもう意味わかんない。キスは甘酸っぱいレモン味なんてやっぱり都市伝説に過ぎないわね」

 すっぱいだけは当たってるじゃねえか。あいにく、俺のすっぱさはおそらくさっき食べた梅干によるものだろうがな。


 昼休み。学校の屋上。
 立ち入り禁止のそこに忍び込んで、一緒に昼食をとり、たまにこうやってその、なんだ、いちゃついたりする。
 俺とハルヒは、もう大分前からこんな関係になっていた。

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 00:50:32.87 ID:BlNRxzwV0

「一応俺の名誉のために弁解しておくが、さっき弁当を食べたばかりなんだ。色んな味がまざってんのはしょうがないだろ」

「ふっふ〜ん。言ったわね?」

 俺の言葉にハルヒはにやりと唇を吊り上げた。

「つまり、俺の本当の味はこんなもんじゃないんだ〜! って言いたいわけね? 大した自信だわ」

「いや、そこまではうごっ!!」

 突然何を思ったかハルヒは俺の口にペットボトルを突っ込んできた。ミネラルウォーターがたっぷりつまったやつだ。
 当然、俺の口の中には台風で荒れ狂う川の濁流を思わせるように、ミネラルウォーターが流れ込んでくる。

「ごほっ! ごほっ!!」

 むせた。
 注ぎこまれた水の八割がたが口の中で暴れるだけ暴れてまた外に出て行った。
 何てこったい。アフリカの子供達に申し訳ないぜ。

「何しやがる!!」

 なんて抗議の言葉は最後まで言えなかった。
 ハルヒがまた何の予告も前触れもなしに俺の唇を奪ったからだ。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 00:56:10.99 ID:BlNRxzwV0

 またこいつはいきなり…なんて思ってる暇も無い。
 ハルヒの舌が俺の口の中に潜り込んできた。
 抗議の意思を込めてハルヒの舌を、俺の舌で押し出す。
 しかしあっさり絡め取られた。これじゃ自ら舌を差し出したのと同じだ。やれやれ。

「ん…ふ……」

 舌だけでなく、ひとしきり俺の口内を舐り尽くしてから、ハルヒはようやく口を離した。
 俺の舌からハルヒの舌へ、唾液が糸を引いていく。

「ふん! やっぱりおいしくないわ!! どこまでも無味無臭、アンタの存在と同じねキョン!!」

 キスの余韻を微塵も感じさせぬ素振りでハルヒはきっぱりと言い放った。
 なーんで俺だけ頬を赤く染めなければならんのだ。
 役割が逆だとゆーのに。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 01:03:19.41 ID:BlNRxzwV0

 季節はそろそろ暑くなる新緑の頃合いだが、風の通る屋上は涼しい。
 コンクリートの床に胡坐をかいた俺の脚の上にハルヒが頭を乗せて仰向けに寝転がっている。
 だから逆だ、役割が。

「いい天気ね〜」

 青い空を流れる白い雲を眺め、ハルヒが呟いた。

「そうだな……」

 別に返事を求めていたわけじゃなかろうが、相槌を打ってみる。
 ふと、ハルヒの指に絆創膏が巻かれていることに気がついた。
 あいにく、今日の俺の弁当はいつも通りのおふくろお手製の弁当だ。
 ラブコメにありがちな甘酸っぱいエピソードなどはまったくもって登場しまい。

「ハルヒ、指どうした?」

「わかんない。何か血が出てたから」

「ふ〜ん、虫か?」

「さあ? どうでもいいわ」

「さよか」

 それで話は打ち切られた。何のエピソードも無くては会話も膨らむまい。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 01:09:08.16 ID:BlNRxzwV0

 しばらく無言の時が過ぎた。
 かといって、息が詰まるような気まずさは感じない。
 むしろ心地よい沈黙だった。

「昼休みに二人でお弁当……笑っちゃうくらい、普通ね」

 ハルヒがそんなことを言い出した。

「普通か? そのわりには俺たち以外屋上には誰もいないが」

「根性無しが多いだけよ。教師に怒られるのの何が怖いかわかんないわ」

 そりゃ、お前はそうだろうよ。
 入学早々バニーでビラ配りなぞやってのけたお前だ。
 今さら立ち入り禁止の屋上に入ることなど何ともなかろうさ。

「こうやって、昼休みはアンタと過ごして、放課後になったらみくるちゃん、古泉くん、有希とSOS団」

 ふっと、短いため息。

「すっかり定番になっちゃったわね」

「ご不満かい?」

 つい興が乗って聞いてみた。
 ハルヒは少しむくれた顔をした。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 01:13:27.17 ID:BlNRxzwV0

「どうなんだ?」

 調子に乗って追撃してみる。
 がばっと立ち上がって蹴り飛ばしてくるかと思ったが、意外にもハルヒは俺の胡坐の上から頭を動かさなかった。

「そうね、すっかり定番の、普通の毎日」

 ハルヒはゆっくりと身を起こし、にかっと俺に笑ってみせた。

「でも、こんな普通なら悪くないわ」

 俺はつい呆気に取られて、ぽかんとハルヒを見つめちまった。
 まさか、こいつの口からこんな殊勝な言葉を聞けるとは。
 ボイスレコーダーに録音して、入学したてのお前に聞かせてやりたいぜ。
 いや、それより先に古泉に聞かせてやろうか。
 きっと小躍りして喜ぶはずだ。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 01:19:45.45 ID:BlNRxzwV0

「じゃ、今日は私が先に戻るから」

 ハルヒはそのまま立ち上がると、スカートの尻をパンパンと払った。
 (おそらくはバレバレなのだが)俺たちの関係はクラスの連中には内緒にしている。
 だから、俺たちはわざと教室に戻る時間をずらしていた。
 ちなみにバレバレだと俺が確信しているのは、谷口に毎日のように小言をくらうからだ。
 あいつも早く彼女を作って落ち着いて欲しいもんだ。


 バタン、と音を立てて屋上のドアが閉まる。
 ハルヒが俺の足の上でそうしていたように、仰向けに寝転がってみた。
 ふわふわと流れる雲。穏やかに流れる日常。
 これだよこれ。俺が望んでやまなかったのはこういう時間なんだ。


 とまあそんなことを考えていて油断しちまったのか。
 俺の意識は流れる雲に追いつこうとするように、あっさりと船を漕ぎ出してしまった。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 01:22:48.58 ID:BlNRxzwV0

 どうして俺はいつもこうなんだろうな。

 いつだって世の中は、俺の望んだ方向と逆のほうに突っ走ってしまう。

 しかも、俺はいつだってそのことに気が付くのが遅くって。

 気付いたその時にはもう事態は手遅れになってしまってるんだ。




 どうやらこの日、何でもない日常の一部だったはずの今日。

 俺が寝ている間に、地獄の蓋が開いてしまったらしい。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 01:24:18.86 ID:BlNRxzwV0




 ※鬱、グロ注意

 涼宮ハルヒのSS   『死に至る病』




17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 01:31:19.10 ID:BlNRxzwV0

「ん…っと……寝ちまってたか」

 むっくりと身を起こし、シャッキリしない頭を振る。
 しぱしぱした目をこすって、大きくひとつ欠伸をした。

「体いてえ…コンクリの上でマジ寝するもんじゃないな」

 寝入る前とは明らかに太陽の位置が変わっている。
 どうやら寝てた時間は10分20分じゃきかないようだ。
 今何時かと時計を探しても、当然立ち入り禁止の屋上にはそんなものは備え付けられていない。
 あいにく俺は腕時計もしていない。
 つまり、時間を確かめるためには校舎の中に戻らなければならないわけで。
 そんなことは関係なく一刻も早く戻らなきゃならんことに遅まきながら気が付いた。
 やっぱり、寝起きは頭が回らんな、こりゃ。
 また出てきた大欠伸を誰にはばかることなく吐き出して、俺は屋上のドアを開けた。

 ギィ…バタン。

 薄暗い校舎内に目が慣れるのにほんの一瞬の間。
 息を呑む。
 世界が一変していた。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 01:36:25.99 ID:BlNRxzwV0

 死体。

 死体。

 死体。

 廊下に幾人もの死体が転がっている。

「な…んだこりゃ」

 意識せず声が漏れた。目の前のこの情景は、俺のちんけな脳みその理解の範疇を超えている。
 ぴちゃ、と足音。

 廊下に水溜り?

 疑問に思って足元に目を向ける。
 水溜りには違いない。正確に言えば、血溜りだが。
 すぐ足元に倒れている女生徒。
 その女生徒の、真一文字に裂かれた喉がどうやら水源らしかった。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 01:41:09.92 ID:BlNRxzwV0

「おえ…!」

 こみ上げて来た吐き気に抗えずしたたか吐く。
 びしゃびしゃと音を立てて、まだ消化しきれていなかった母お手製弁当の成れの果てが廊下に広がった。

 何だ? 何が起こってる?
 目が覚めてみたら、学校中が死体だらけでした。
 なんだそりゃ? どこぞのB級ホラー映画のようじゃないか。

 映画?

 ぴんときた。そうか、そういうことかよ。
 まったく相変わらず手の込んだことをしやがるぜ。

「古泉! いるんだろ!? 出て来い!!」

 俺はこの件の首謀者に当たりをつけ、ずかずかと廊下を歩みだした。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 01:46:33.80 ID:BlNRxzwV0

 廊下に転がる死体(おそらくはよく出来た人形)には目を向けない。
 時折、ひどく見知ったヤツがいたような気がして嫌な気分になるからだ。
 しかし古泉よ、いくら最近面白い事件がなかったからって、こいつはやりすぎだ。
 見つけたら一発殴っちゃうからな。おふくろの弁当の仇だ。

「うわあああああああああ!!!!!!!」

 男の悲鳴…いや、絶叫が廊下に鳴り響く。
 いよいよ演出が始まったか。
 俺がにやりと笑ったのには理由がある。
 俺は、その声によく聞き覚えがあったからだ。

「中々演技派じゃないか、谷口」

 くすくすと笑いながら、俺は声のした方へ駆け出した。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 01:54:13.42 ID:BlNRxzwV0

 思ったとおりだ。
 悲鳴の主は谷口だった。

「キョン!?」

 谷口も俺を見つけた。俺の傍に駆け寄ってくる。
 谷口の制服はぼろぼろだ。
 破けた制服から覗く肌からはどくどくと血が流れている。

「いやあ、リアルだな」

「何言ってんだ、お前…?」

 まじまじと谷口の傷(メイク)を観察している俺を、怪訝な表情で見下ろす谷口。

「お前…状況理解してんのかよ!!」

 谷口が声を張り上げた。
 凄いなお前、そんなに演技うまかったのか。
 文化祭で映画を撮ったときの大根っぷりが嘘みたいだぜ。
 しかしすまんな谷口。俺もお前に付き合って真面目に振舞いたいが、どうにも頬が緩んじまう。

「あれ? キョンだ。今までどこにいたの?」

 殺人者役が国木田ってのは、ミスチョイス過ぎるだろ。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 01:59:58.97 ID:BlNRxzwV0

 国木田はその手に赤く染まったカッターナイフを握っていた。
 下手にナイフとかじゃないあたり、凝ってるじゃないか。

「嬉しいなあ。会いたかったよ。とっくに殺されちゃってたかと思ってた」

 国木田はまるで奇跡的に再会した戦場の恋人に語りかけるように、俺に声をかけてくる。

「いやあ、ほら、キョンって妙に大人っぽいっていうか達観してるっていうか、とにかく変わってるでしょ?」

 カッターナイフの刃先を指でくりくりといじりながら歩み寄ってくる。

「だからさ、どんな中身してるのかなって。見たかったんだ」

 国木田の幼い顔がにこりと歪む。
 背筋が凍りつくような笑み。
 迫真の演技だ。迫真の演技のはずだ。
 いつのまにか俺の顔からは笑みが消えていた。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 02:04:22.33 ID:BlNRxzwV0

「それじゃあ、いくよ?」

 国木田が駆け出してきた。
 俺の喉めがけて繰り出されるカッターナイフ。

「危ねえキョン!!」

 俺の前に谷口が立ちふさがった。
 国木田のカッターは谷口の肩口に突き刺さる。

「あ、がああああ!!!!」

 谷口の絶叫。演技じゃない。確信した。
 谷口が庇ってくれなければ国木田のカッターは俺の喉を切り裂いていた。
 カッターを突き出してきた国木田の姿がアイツと重なった。
 かつて俺の命を狙った、あの朝倉涼子と。
 本物の殺意。それが国木田にはあった。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 02:11:33.91 ID:BlNRxzwV0

「そんな…マジなのか……?」

「マジなんだよ!! いいかキョン! お前は何にもわかってないようだから教えてやる!!」

 谷口は呆然とする俺を怒鳴りつけてくる。

「現実だ、現実なんだ! そこに転がってる死体も、この狂っちまった国木田も、全部全部本当なんだよ!! 何でこんなことになっちまったのかはわかんねえ! 俺だって教えてもらいたいくらいだ!」

「ちょっと谷口、邪魔しないでよ」

 国木田が谷口の肩に刺さったカッターを捻った。

「いってえええええええ!!!!!!」

「やめろ国木田ぁ!!」

「来るなキョン!!」

「…! 谷口!?」


36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 02:17:18.04 ID:BlNRxzwV0

「お前は先に逃げろ…! こいつは二人がかりでも敵わない、何でかは知らんがすげえ力が強くなってるんだ」

「んな、それじゃなおさら!!」

「いいから!!」

 谷口の剣幕に押される。二の句が告げなくなる。

「かっこつけさせろよ! 心配すんな! 俺も何とか逃げるから!!」

「谷口…!」

「……涼宮を見つけてやれよ」

 ぽつりと、呟いた一言。
 谷口を目が合った。そうか、そうなのか、谷口。
 俺はこくりと頷き、背を向けた。

 すまん、谷口。
 すまん、谷口。
 すまん、谷口。

 心の中で、何度も何度も詫びながら。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 02:21:32.46 ID:BlNRxzwV0

 廊下には見渡す限り死体、死体、死体。

 これらは全て本物なのだ。

 ああ、そう思ってよく見れば、確かに見知った顔がいる。

 生前の面影は、もうどこにもないけれど。




 行くべき所は決まっている。

 あの場所へ。SOS団の部室へ。

 最善は全員無事でそこに集まっていることだ。

 だが最悪でも、お前だけはそこにいてくれ。

 長門。

 

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 02:24:59.60 ID:BlNRxzwV0

 SOS団の部室。
 こんな事態だというのに、ついいつもの癖でノックしてしまう。

「だ、誰ですかぁ〜?」

 あぁ。心底から安堵する。
 無事でいてくれた。少し間延びした、舌足らずの声。
 マイラブリーエンジェル朝比奈さん。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 02:27:18.94 ID:BlNRxzwV0

「俺です、朝比奈さん」

「キョ、キョン君!? い、いま、いまいまあけますね!!」

「待ちなみくる!!」

 ん? もうひとつ声が聞こえる。
 明朗快活なこの声にも覚えがある。
 俺の安心度数はさらにひとつ上がったぞ。

 鶴屋さんだ。鶴屋さんがいる。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 02:30:59.55 ID:BlNRxzwV0

「キョン君、悪いけどひとつだけ確認させてもらうっさ」

「つ、鶴屋さ〜ん」

「みくるは黙ってて!!」

「はうぅ!」

 肩をびくりと震わせる朝比奈さんが容易に想像できた。
 思わず頬が緩む。
 にしても鶴屋さんは警戒心を隠さない。
 あの人にしては珍しいことだ。もっとも、それも当然だと思うが。

「キョン君…キミは、『マトモ』かい?」

 鶴屋さんの問いに、

「はい」

 俺は短く一言だけ答えた。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 02:35:45.60 ID:BlNRxzwV0

「ドアを開けて。まだ部屋には入ってきちゃ駄目だよ」

 鶴屋さんの言うとおりにドアを開ける。
 目に飛び込んできたのはこちらに向けてモップを構える鶴屋さんと、その背中でおどおどと震える朝比奈さんの姿だった。

「そのまま、後ろを向いて。ドアは閉めちゃ駄目だよ」

 鶴屋さんの要求には一切逆らわず、俺は鶴屋さんに背中を向けた。
 要求されてはいないが、ついでに両手も上げておく。

「うん…ポケットにも妙な膨らみはないようだね…信じるよ、キョン君」

「ありがとうございます、鶴屋さん」

 ほっと息をつく。朝比奈さんがお茶を運んできてくれた。
 さすがにメイド服になる余裕はないのか、制服姿のままだ。

「また会えてよかったです、キョン君」

「俺もですよ、朝比奈さん」

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 02:40:52.08 ID:BlNRxzwV0

 朝比奈さんに一言礼を言ってお茶をすする。
 緊張していた体がゆっくりとほぐれていくようだ。
 だらしなく口を開けてほ〜と息をつく俺を見て、鶴屋さんがくすくす笑っていた。

「どうしたんです?」

「駄目だよキョン君。いくら信じてもらいたいからって、無防備すぎるっさ。もし私達が異常者だったらどうしてたんだい?」

「う…それは……」

「ま、だからこそ信じる気になったんだけどね」

 今度は口を開けてケラケラと笑う。
 まったく、この状況下にあってこの人の明るさには救われる。
 死体だらけのこの学校で安らげる場所など、もうここが最後なのではないだろうか。

 などと、落ち着いてばかりもいられない。

「鶴屋さん。今この学校で何が起こってるんです?」

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 02:49:47.94 ID:BlNRxzwV0

 俺の言葉に、鶴屋さんは首を捻ってみせた。

「それが、私達にもよくわからないんだよ。昼休みが終わって普通に授業受けてたら、突然一人の男子生徒が教室に乱入してきてね」

「一番前に座ってた女の子を、刺したんです」

 自分で言っておいて思い出してしまったのか、朝比奈さんは肩を抱いて目に涙を浮かべた。

「よしよし」

 鶴屋さんはそんな朝比奈さんの頭を優しく撫でている。

「それで、先生と何人かの男子が取り押さえようとしたんだけど、皆返り討ちにあっちゃってもうパニックさ。
 それが多分、私達のクラスだけじゃなく、全校中で似たようなことが起こったみたい。もうみんなてんでバラバラに
 逃げ出しちゃって、廊下は押し合い、へし合いになっちゃってさ。私、そこでみくるとはぐれちゃったんだ。
 今は無事こうして合流できたけどね」

「待って下さい。昼休みが終わってすぐ?」

 俺は時計を確認した。4時を回ろうとしている。

「どうしてあなた達は学校から逃げ出さないんです? そういえば、谷口もそうだった」

 俺の疑問に鶴屋さんは首を振った。

「……学校から出られないんだよ」

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 02:53:30.79 ID:BlNRxzwV0

 学校から出られない?
 Why? 何故?
 真っ先に浮かんだのは、かつてハルヒと共に来た灰色の世界のことだった。

「校門をぐるりと囲むようにね、見えない壁があるんだよ。出ようとしても、ぶつかっちゃうんだ」

「朝比奈さん…?」

 俺は朝比奈さんに視線を向けた。
 ふるふると首を振る。
 わからない、ということだろう。

「話を続けるね。あ、みくる、私にもお茶くれるかい?」

「は、はい」

 朝比奈さんが入れたお茶で唇を潤し、鶴屋さんは話を続けた。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 03:00:50.40 ID:BlNRxzwV0

「もうその時点で皆のパニックは頂点さ。まともに物を考えることが出来る人間なんて、ほんの一握りしかいなくなっちゃった。
 そして…それが原因かはわからないけれど……増えだしたんだ。『人を殺したい』っていう人間が」

「増えた…? 増えたって……」

「私達のクラスの委員長がね、しっかりした男の子だったんだ。散り散りになった皆を集めて、この地獄を生き抜こうとしてた。
 でも……突然彼は言い出したんだ。『血が見たい』。『内臓が見たい』。『君たちの中身が見たい』」

 ごくり、と思わず唾を飲む。
 脳裏には狂ってしまった国木田の姿が蘇っている。

「彼は殺した。一緒にいた三人の女の子を。喉笛を食いちぎって」

 鶴屋さんの顔が歪む。

「私は…何とか逃げ出せた。みくるがいなくて逆によかったのかもしれないよ。あんなの…みくるが見たら、きっと耐えられない」

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 03:06:35.75 ID:BlNRxzwV0

 鶴屋さんがここまで顔色を悪くする光景なのだ。
 それは想像を絶するものだったのだろう。
 ん? またひとつ疑問が生まれた。

「二人はいつ合流したんです?」

「実は、ついさっきなの」

 今度は朝比奈さんが説明を始めた。

「それまで、私は古泉くんと一緒にいたんです」

「何だって!?」

 思わず立ち上がってしまった俺に、朝比奈さんはびっくりして肩を竦ませる。

「あ、すいません」

「い、いえ…」

「それで、あいつは今どこに? まさか…?」

「……わからないんです」

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 03:12:53.59 ID:BlNRxzwV0

「わからない? わからないって…」

「ごめんなさい…私の、私のせいなの……」

 朝比奈さんの瞳から涙がぽろぽろとこぼれ始めた。

「私が…私を…守るために…古泉くんは……!」


 朝比奈さんの嗚咽交じりの説明を要約するとこうだった。
 鶴屋さんとはぐれ、校内をさ迷っていた朝比奈さんは奇跡的に古泉と再会。(二人とも文芸部室を目指していたのが幸いしたと思われる)
 以降、共に行動して知り合いを探していたのだが、そこで運悪く正気を失った人間と遭遇してしまった。
 そして、古泉は自分にそいつを引きつけ、朝比奈さんを逃がした。


 ―――泣きじゃくる朝比奈さんを責める事など出来ない。
 俺もまた、同じように谷口に救われたのだから。

 谷口。そういえば、あいつは無事に逃げ出せたのだろうか。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 03:16:53.54 ID:BlNRxzwV0

「それで、私と合流してからその場所に見に行ったのさ」

 嗚咽が止まない朝比奈さんにかわって鶴屋さんが説明を引き継いだ。

「けど、そこに古泉くんはいなかった。死体も、なかった」

 つまり、アイツは無事その場を切り抜けたってことだ。
 ちくしょう、さすがだなアイツは。

「それで、私達は取りあえずここに身を隠してたってわけ」

 そう言って、鶴屋さんは説明を締めくくった。
 ふむ、わからないことだらけだ。
 ひとつ、整理しなくては。
 泣き止まない朝比奈さんにハンカチを差し出しつつ、俺は考えをまとめ始めた。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 03:20:19.74 ID:BlNRxzwV0

 現状の把握。
 今この学校には何人もの殺人鬼がうろついているらしい。
 しかも厄介なことに、今までまともだった者も突然豹変する可能性があるというのだ。
 一体、何がきっかけで豹変してしまうのか。
 何か原因があるはずだ。
 それを探らなくては。
 俺が、鶴屋さんが、朝比奈さんがどうにかなってしまう前に。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 03:24:23.53 ID:BlNRxzwV0

 SOS団を含む知り合いの安否。

 谷口、不明。あの場から無事逃げおおせてればいいのだが。

 国木田、殺人鬼。出会ってはならない。

 鶴屋さん、無事合流。目立った外傷無し。

 朝比奈さん、無事合流。腕に包帯を巻いている。襲われたときに怪我をしたとのこと。
 鶴屋さんがこの部室に備えていた救急箱で応急処置を施したという。

 古泉、不明。傷を負った可能性は高い。早く合流しなくては。

 長門、不明。一切の情報無し。

 ハルヒ、不明。一切の情報無し。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 03:26:33.54 ID:BlNRxzwV0

 何故このような事態になったのか。

 鶴屋さん、朝比奈さんの説明だけでは原因を特定できない。

 だが、ひとつだけはっきりしていることはある。

 校門から外壁伝いに発生した見えない壁。

 すなわち超常現象。

 間違いなくハルヒが関わっている。

 ハルヒを探さなくては。

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 03:32:39.17 ID:BlNRxzwV0

「これからどうしましょう?」

 朝比奈さんが泣き腫らした目で呟いた。

「最終目標は生きてこの学校を出ることだね」

 鶴屋さんが顎に手を当て口にした。

「そのためには、やっぱりもっと仲間がいる」

 俺は頷いた。

「鶴屋さんのクラスの委員長の例もあるから、一概に集まるほうがいいとはいえない。でも、まずは殺人鬼になってしまう原因を探らなきゃ、対策の立てようが無い。
 SOS団の残りのメンツを集めましょう。古泉も、長門も、ハルヒも頼りになる奴らです。それに、出来るだけ多くの知り合いを俺は助けたいと俺は思っています」

 とりあえずその筆頭は谷口だ。
 ちくしょう、無事でいろよ。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 03:37:10.49 ID:BlNRxzwV0

「キョン君、ちょっといいかな?」

 鶴屋さんが顔を寄せてきた。

「みくるの傷ね、あの子は平気そうにしてるけど、けっこう深いんだ。出来れば、もっとちゃんと治療してあげたいよ」

 その案には俺も賛成だ。
 とすると、向かうべきは保健室。
 もしかしたら俺達と同じように傷の治療に来ている誰かと合流できるかも知れない。
 もちろん、それを狙って殺人鬼が来ているかも知れないから、十分に注意が必要だ。

 決まりだ。目標は保健室。

「行きましょう」

 俺の言葉に、鶴屋さんと朝比奈さんが頷いた。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 03:41:03.37 ID:BlNRxzwV0

 廊下の曲がり角、壁に身を寄せて慎重に辺りを伺う。
 扉や柱の陰まで注意深く目を凝らすため、どうしても転がる死体を注視せざるをえない。

「うう…」

 朝比奈さんがふらついた。無理も無い。
 俺たちは死体の海を掻き分けて進んでいるようなものなのだから。

「みくるはあまり見なくていいよ」

 鶴屋さんが優しく声をかける。

「うん…ありがとう、鶴屋さん」

 しかし、目を逸らせというのが無理な話なのか、朝比奈さんはその後も何度も足をふらつかせた。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 03:43:48.55 ID:BlNRxzwV0

 今、生き残っている生徒は何人くらいなのだろう?
 廊下に転がるおびただしい量の死体を見ていると、もう俺たち以外誰も残っていないんじゃないかという錯覚に囚われてしまいそうになる。

 馬鹿な、そんなはずはない。
 古泉が、長門が、ハルヒが、あいつらが殺されたって死ぬもんか。
 谷口だってきっと生きている。ああいうやつはしぶといって、相場が決まってるんだ。

 そうだろう? ハルヒ。

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 03:48:35.93 ID:BlNRxzwV0

 奇跡的にも誰にも遭遇することなく保健室にたどり着いた。
 鍵は…よかった。開いている。
 カラカラと音を立てないようにドアを開けて中を覗き込む。

 心臓が大きく震えた。


 誰か、いる。


 保健室のベッドに誰か腰掛けている。
 もそもそと動いているのは傷の治療をしているからか。
 カーテンに遮られて、顔は確認できない。
 ただ、シルエットからして男のようだった。

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 03:51:20.62 ID:BlNRxzwV0

 俺が開けたドア、その隙間から吹き込んだ風がカーテンを揺らした。
 ベッドに腰掛けていた人物と目が合う。

「…キョン?」

「谷口!!」

 谷口だ。よかった、本当に良かった。
 この野郎、ちゃんと生きていやがった。

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 03:54:52.31 ID:BlNRxzwV0

「谷口…無事だったのか…! よかった…!」

 不覚にも涙が滲んできた。
 悔しいから絶対にばれないようにしてやる。

「キョン、お前も無事だったんだな。まあ、お前なら大丈夫だと思ったけどよ」

「ぬかせ、この」

「キョン君?」

「誰かいたのかい?」

 鶴屋さんと朝比奈さんが中に入ってきた。
 谷口の目が点になる。

「こ、このやろう! 北高のアイドル二人と一緒に過ごしてたってのか!! うらやましすぎるぜこの野郎!!」

 谷口にヘッドロックをかけられた。
 いてえ、この野郎本気だな。

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 03:58:27.11 ID:BlNRxzwV0

 そのまま谷口と二人もつれこんでベッドに倒れる。

「涼宮は? まだ見つけてないのか?」

「ああ、まだだ」

「そっか、そりゃ残念だ」

 谷口は俺よりいち早く身を起こし、ため息をついた。

「国木田は? あいつは今どうしてるんだ?」

「ああ、安心しろよ。ちゃんとぶっ殺してやったから」

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 04:03:51.00 ID:BlNRxzwV0

 ――え?

 思わず言葉に詰まる。
 谷口が俺を見下ろしていた。

「いやあ〜あいつの持ってたカッターを奪って逆に刺してやった時は痛快だったぜ! とりあえず仕返しによ、あいつが俺を刺したとこ、全部刺し返してやったんだよ!
 あいつよぉ、何て言ったと思う? 『うぐぅ』ってよ、豚みてえな声だしやがんの!!」

 ケラケラと谷口が笑う。
 いつの間にか谷口は俺の上に馬乗りになっていた。

「そうかぁ〜、涼宮はまだなのか。残念だ。まあ、お前と、北高のアイドルが二人とも揃ってるっていうんだから、これ以上贅沢言っちゃばちがあたるな!」

「谷口、何を…!」

 谷口の手が俺の首に伸びる。

「なあキョン」

 谷口が顔を寄せてきた。

「お前はどんな声で鳴くんだ?」

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 04:09:15.13 ID:BlNRxzwV0

 谷口の手が俺の首を締め上げる。

「か…は…!」

 何て力だ。本当にこいつは谷口なのか。
 自慢じゃないが俺は未だかつてこいつに腕相撲で負けたことはないというのに。

「キョ、キョン君から離れるっさ!!」

 鶴屋さんの体がぐるりと横に一回転し、きれいな回し蹴りが谷口に叩き込まれた。
 なるほど、鶴屋さんがこれまで生き抜いてこれたのはこの力故か。
 だが、谷口はまったく意に介さない。

「じゃ〜ますんなよ先輩ィ!! キョンが終わったらちゃんと相手してやっからさ!!」

 もうその顔は俺の知っている谷口の顔では無かった。
 ぎりぎりと鬼のような膂力でもって谷口は俺の首を締め上げる。
 鶴屋さんが必死で谷口を俺から引き剥がそうとしている。

 目の前が真っ白になってきた。

 やばい――……死…ぬ……

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 04:14:19.89 ID:BlNRxzwV0

 突然、ふっ、と首にかかっていた負荷が消えた。

「かっ…は!! ごほ、ごほ!!」

 大きく咳き込み、息を吸い込む。
 危なかった。何とか生きてる。
 でも、どうして……
 身を起こし、辺りを見回す。


 谷口がベッドの下に転がっていた。
 その背中から、こぽこぽと赤い水溜りが広がっていく。
 びくびくと痙攣していたその体は、最後に大きくビクッ、と跳ねると、それから動きを止めた。

 谷口が――死んだ。


「私…私……!」

 血に濡れた包丁を持って、朝比奈さんは震えていた。

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 04:18:57.89 ID:BlNRxzwV0

 そういえば、聞いたことがある。
 保健の先生は、まな板と包丁を保健室に持ち込んで、お昼はそこでサラダを作って食べるという変わり者だと。

「み、みくる……」

「朝比奈さん……」

「ち、違う、私は……!」

 包丁に付いた谷口の血が、朝比奈さんの手を伝っていく。
 朝比奈さんの目は、その血の流れを凝視したまま動かなかった。

「血…血が……赤い、赤い血が……!」

「朝比奈さん落ち着いて!!」

 震えるその小さな肩を抱きしめようとして――


 ガラリ、と開いたドアの音に俺は動きを止めた。


 長門がそこに立っていた。

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 04:21:24.18 ID:BlNRxzwV0

 長門…

 長門。

 長門!


 よかった、ようやく会えた。
 助かった、助かったんだ俺たちは。
 ようやく、悪夢は終わるんだ。


 だが、俺のそんな願いは虚しく―――

「朝比奈みくるから離れて」

 長門は冷たい声でそう言い放った。

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 04:25:14.85 ID:BlNRxzwV0

「長門!?」

「彼女はもう手遅れ」

 長門はあくまで機械的にそう言い放つ。
 いつもは頼りになるその冷静さが、俺は腹立たしくてしょうがなかった。

「手遅れって…何がだよ!!」

「彼女はもう既に感染している」

 朝比奈さんの肩がびくりと震えた。
 感染? 感染って、どういう意味なんだ長門。

「言葉通りの意味」

 いや、わからんから聞いてるんだ。
 頼むから噛み砕いて説明してくれ。

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 04:33:29.59 ID:BlNRxzwV0

「この学校で起きている異常事態は既にあなたたちも認識しているはず。その原因は、ウイルスのようなもの」

「ウイルス…の、ようなもの?」

「厳密にはウイルスとも異なる未知の生命体。ただ、ウイルスと捉えたほうがおそらくあなたたちも理解はしやすい」

 で、そのウイルスが何だっていうんだ。

「ウイルスに感染した者は、時期に個体差はあれど、必ず殺人衝動を発症する。血を好み肉を食む性質を無理やりに付加される…それは、人の意思では決して抗うことは出来ない」

 じゃあ国木田は、谷口は、そのウイルスにかかっておかしくなっちまったっていうのか?
 そして、朝比奈さんもそのウイルスにかかっちまったっていうのか。

「そう」

 長門は頷いた。

「このウイルスは、傷口から空気感染する性質を持つ」

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 04:37:29.55 ID:BlNRxzwV0

 思わず朝比奈さんを凝視する。
 朝比奈さんは腕に巻かれた包帯を隠すように、包丁を持った手を後ろに回した。

「違う…違う……」

 涙を流しながら、ひたすらに首を振る。

「朝比奈さん……」

「違う!!!!!!!!」

 朝比奈さんが駆け出した。
 長門の横を通り抜け、保健室を飛び出す。
 長門はまったく引きとめようとしなかった。

113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 04:42:05.64 ID:BlNRxzwV0

「みくる!!」

 鶴屋さんも後を追って保健室を飛び出す。
 それに続こうとした俺の腕を、長門が掴んで制止した。

「離せ! 長門!!」

「駄目、許可できない。朝比奈みくるは近いうちに必ず発症する。今この場を離れたのは既にその兆候を自覚しているからに他ならない」

「長門!!」

 長門は俺から目を逸らさない。
 強い意思で俺の腕を掴んでいる。

「くっ…! 長門…!!」

「駄目……お願い」

 俺は、その手を振り払うことが出来なかった。

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 04:59:38.63 ID:BlNRxzwV0

「長門…今、この学校で何が起こっているんだ」

 俺の言葉に、長門はわずかに首を振った。

「わからない」

 マジかよ長門。お前にそんなことを言われちゃ俺はもうどうしたらいいのかわからんぞ。

「時間を追うごとに私の力が制限されてきている。あなたの位置情報を特定できなかったのはそのため」

 つまり、ハルヒの居所も、古泉の居所も。

「わからない」

 そうか、八方塞がり…だな。
 沈黙が落ちる。息苦しい。
 黙っていることが出来なくて、俺は口を開いた。

「これは……ハルヒが引き起こしていることなのか?」

120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 05:04:35.80 ID:BlNRxzwV0

「何故?」

 何故そう思うのか? ということだろうか。
 明らかに語数の足りない長門の言葉を脳内で補完する。

「鶴屋さんと朝比奈さんから聞いた話なんだが、この学校を覆うように見えない壁が出来ているらしい。
 ……いつかの閉鎖空間と同じだ。だから……」

「違う」

 長門が俺の言葉を遮った。

「この学校を外界から切り離したのは、私」

 耳を疑った。眩暈がした。
 何だと? 嘘だろ?
 お前が、俺たちをここに閉じ込めたっていうのか?

 長門はこくりと頷いた。

121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 05:08:05.04 ID:BlNRxzwV0

 一瞬、視界が真っ赤に染まった気がした。
 この感覚は覚えがある。
 いつかの映画撮影のとき、俺は朝比奈さんをおもちゃにするハルヒに同じような感情を抱いた。
 ああ、そうか、つまり。
 俺は、長門と出会ってから初めてこいつに怒っているのだ。
 感情のままに腕を振りかぶる。
 馬鹿、ここにお前を止めてくれる人間、古泉はいないんだぞ。
 振り下ろされる腕を、何とか理性が押し留めた。

「…ごめんなさい」

 長門の小さな呟き。
 目が覚めた。

 こいつが、何の理由も無くこんなことをするものか。

124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 05:15:03.30 ID:BlNRxzwV0

「理由が…あったんだろ?」

 振り上げた腕をそのまま自分の頭に振り下ろす。
 ゴチンといい音がした。いい戒めだ。
 あ、長門が目をパチクリさせている。これは珍しい。

「今、この学校に蔓延しているウイルスは非常に感染性が高く、その存在がヒトという種に与えるダメージは甚大なものになると予想される」

 確かにそれは納得できる。こんな物が世界中に広まったら、もう世界は終わりだ。
 もし、『核兵器』のスイッチを持っている人間なんかに感染したりしたら、一巻の終わりというわけだ。

「情報統合思念体は涼宮ハルヒに限らず、ヒトという種には注目している。故に、今回はヒトの種そのものの保全を優先した」

 なに? つまりそりゃ、ハルヒが死んでも構わないって判断をしたってことか?

「違う。この状況下でも涼宮ハルヒは必ず生き残る。情報統合思念体はその可能性に賭けた」

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 05:19:09.13 ID:BlNRxzwV0

「でも…」

 長門が言葉を続ける。

「実行したのは私。皆をここに閉じ込め続けているのも私。もう、壁は私の力で解除することは出来ない。今の私にはその力も無い」

「じゃあ、ここからは出られないってことか?」

「私という個体が生存活動を止めれば、或いは」

「二度というな。悪趣味な冗談だぜ」

 長門は一瞬、言葉に詰まったような素振りを見せたが、やがて小さくこくりと頷いた。

「もう言わない。ありがとう」

145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 09:15:42.51 ID:BlNRxzwV0

 さて、これからどうするか。
 このままずっと保健室にいても埒があかない。
 もしかしたら知り合いが現れるかもしれないが、事態はそこまでのんびりした作戦を取るなんて許しちゃくれない。

 やはり、仲間を探さなくては。

 最優先で探し出すべきなのはハルヒ、そして古泉だ。
 長門が能力を失いかけている今、この状況をなんとか出来るのはハルヒしかいない。
 古泉は、あいつのことだ。何かしらの情報を掴んでいる可能性は高い。

「いくか、長門」

 長門はこくりと頷いた。

147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 09:20:15.77 ID:BlNRxzwV0

 なるべく死体を踏まないようにして廊下を歩く。
 もうズボンの裾は赤黒く染まってべたべただ。
 歩きながら考える。もし、生存者がいたとしたら、そいつらはどこへ向かうだろう。

 武器を求めて化学室? 食糧を求めて家庭科室?
 あるいは隠れるところを求めて体育館に行ったやつもいるかもしれない。
 行き先は慎重に決めなくては。

 そう思っていた矢先だった。

「きゃあーーーーーーー!!!!」

 女の悲鳴が聞こえた。

 近い。


148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 09:24:21.90 ID:BlNRxzwV0

 長門と目を合わせる。

「行くぞ、いいか?」

 長門は首を振った。

「推奨はしない。今の声は涼宮ハルヒのものでも、朝比奈みくるのものでもない」

「それでも行くんだ!!」

「対象が傷を負っていた場合、救出しても手遅れ。助けてもいずれ敵に回る」

 駆け出そうとした足が止まる。くそ、どうする?


「誰か、誰か助けてえ!!!!」

 再び、今度は明確に助けを呼ぶ声が聞こえた。
 ええい、全部後で考えろ。なるようになれ。

 今度こそ俺は駆け出した。

149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 09:28:36.96 ID:BlNRxzwV0

 遅かった。
 既に声の主は一目で致命傷とわかるほど、頭が陥没してしまっていた。
 死にたくなるほど後悔した。
 もっと、もっと早く駆けつけていれば。

 声の主はクラスメイトの阪中だった。

 いつかの、飼い犬騒動でSOS団を頼ってきた、犬好きの大人しい少女。
 その阪中が、顔の左半分をひしゃげさせ、倒れている。

150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 09:33:13.94 ID:BlNRxzwV0

「ママ……ルソー……」

 息がある。

「阪中!!」

 俺は阪中を抱き起こした。

「あれ…キョン君だあ。キョン君だよね? よく見えない」

 阪中は左目をこすろうとした。

「…? 目が無い、あれ、どこ?」

 阪中の左手が必死にひしゃげた顔を撫でさすっている。
 ぐしゃぐしゃに叩き壊された顔面に、左目はもう存在していなかった。

152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 09:39:13.05 ID:BlNRxzwV0

「いやだ…やだ…やだぁ!!」

 阪中の、残った右目から大粒の涙が流れ始める。

「死にたくない!! 死にたくないよお!! 何で!? 何でぇ!?」

「阪中…!」

「あはは、キョン君、今度ねルソーが結婚するの。結婚式開こうって、今日はママとその準備しにお買い物に行く予定だったの」

 空ろな瞳で俺に語りかけてくる。
 俺は黙って阪中の言葉を聞いていることしか出来なかった。

「何で? どうして? どうして死ななきゃなんないのかな? 私、悪いことしたのかなぁ!!」

 何も答えを返してやることが出来ない自分が心底歯がゆかった。

「暗い…やだ……」

 やがて、阪中の声はぽつぽつと呟くようなものとなり、

「こわい……」

 その言葉を最後に、阪中は息を引き取った。

154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 09:42:18.58 ID:BlNRxzwV0

 阪中の体をそっと横たえる。

「くそ…!」

 後悔してもしきれない。
 あの時、迷うことなく駆け出していれば。
 ひょっとしたら、間に合っていたかもしれない。

「あなたは悪くない」

 いいよ、長門。慰めはいらない。
 だが、こんな思いはもう真っ平ごめんだ。
 次に助けを呼ぶ声が聞こえたら、俺はすぐに助けに向かう。どんなに長門が止めようとも。
 俺は、そう決心した。

155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 09:47:14.69 ID:BlNRxzwV0

 疑問がひとつ。
 阪中のすぐ近くに倒れていたこの男。
 喉を真一文字に裂かれ絶命しているが、まだ新しい血で濡れたバットを持っている。
 喉から噴き出している血を見ても、まだ殺されて間は空いていないようだ。

 阪中を殺したのはこいつか?
 ではこいつを殺したのは誰だ?
 そして、コイツを殺して、阪中を見逃したのは何故だ?

 もちろん、阪中はすでにコイツのバットで致命傷を負っていたから無視したというだけの話かもしれない。
 だが、谷口や国木田の様子を見る限り、殺人ウイルスに冒された人間がそこまで理性的に物を考えることが出来るとは思えなかった。

157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 09:51:46.61 ID:BlNRxzwV0

 ぐちゃ…ぐちゃ…ぐちゃ…

 音が聞こえる。

 なんだろう? 肉をかき混ぜるような音。

「たす…助……けて……」

 その合間に聞こえる弱々しい男の声。
 音が漏れている教室の表札を見上げて絶句した。

 音は、生徒会室から聞こえていた。

160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 10:03:29.14 ID:BlNRxzwV0

 さるさんくらってた。


 長門を見る。長門は俺のすぐ傍まで歩み寄ってきた。

 開けるぞ、とアイコンタクト。

 長門はこくりと頷いた。

 その間にも音は絶え間なく聞こえている。

 ごくりと唾を飲み込んで、俺はゆっくりとドアを開けた。


164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 10:09:12.61 ID:BlNRxzwV0

 ぐちゃ…ぐちゃ…ぐちゃ…

 ウェーブがかかった緑の髪が揺れている。
 こちらからでは背中しか見えないが、おそらく間違いはあるまい。

 喜緑さんだ。

 喜緑さんが腕を振り上げ、降ろす。
 ぐちゃり。
 また音が聞こえた。

「ぎ…」

 同時に、掠れるような男の声。
 喜緑さんが再び腕を振り上げる。

 喜緑さんが握っているあれは……ドライバー、か?

 振り下ろす。ぐちゃり。肉の音。
 肉の正体は生徒会長だった。

167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 10:14:30.63 ID:BlNRxzwV0

 喜緑さんは、何度も何度も何度も何度も生徒会長の体にドライバーを突き立てていた。
 生徒会長の両手はもう原型を留めていない。
 どうして逃げ出さないのかと思っていたが、合点がいった。

 恐らくは、両足も潰されているんだ。

 カタカタと上下の歯が音を鳴らす。
 これまでとは異質の感情。
 これが、本当の恐怖。


 長門と同じヒューマノイドインターフェイスであるはずの喜緑さん。

「あら…見られちゃった」

 くるりとこちらを向く。狂気に、いや、狂喜に満ちた目が俺たちを見据えている。
 発症している。喜緑さんまで。

173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 10:19:01.49 ID:BlNRxzwV0

「あー…あー…」

 恐らく生徒会長はもう正気を保ってはいまい。
 一体どれだけの時間、こうやっていたというのか。
 喜緑さんが立ち上がる。
 生徒会長の頭を踏みつけた。

 ぱきゃん。

 まるで、夏の浜辺で無慈悲にも叩き割られたスイカのように、生徒会長の頭が弾けた。

「嬉しいわ。ちょうどこの人に飽きてきた所だったの」

 喜緑さんが笑っている。
 俺の足は震えていた。

「逃げて」

 長門が呟く。

「お前は?」

「彼女を足止めする」

「馬鹿野郎! そんなこと認められるか!!」

176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 10:24:48.60 ID:BlNRxzwV0

「はやく!」

 俺は吐き出そうとしていた言葉を飲み込んだ。
 まさか、長門が叫ぶなんて。

「ふふふ…ふたりとも逃がさなぁい」

 ピシピシと音を立てて、生徒会室の扉が消失する。
 いつかの朝倉がやってみせたように、入り口だった部分はただの壁と化していた。

「馬鹿な…能力は使えないはずじゃ…」

「まあ、これくらいはね。情報連結の解除とか、そういった大掛かりなことは出来ないけれど」

 口をついた俺の疑問に喜緑さんは律儀に答えてきた。

「嬉しいなあ。あなた達をぐちゃぐちゃに出来るなんて。これも、せっせと任務を遂行してきた私に対するご褒美かしら」

 目を細めて笑いながら、喜緑さんが一歩歩み寄ってくる。
 長門が俺の襟首を掴んだ。

185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 10:34:27.49 ID:BlNRxzwV0

「涼宮ハルヒを探して」

 短く一言だけ呟いて、長門は凄い力で俺を元々入り口だった壁に投げつけた。

「ちょお!!」

 衝撃と激痛を予感して歯を食いしばる。
 だが、予想に反して俺の体は壁をすり抜け、廊下へと躍り出ていた。

「あいて!」

 尻餅をつく。慌てて立ち上がった。
 生徒会室が消えている。
 元々生徒会室があったはずだったそこは、廊下側から見てもただの壁と化していた。

「長門ーーー!!!!」

 声を限りに叫ぶ。返事は無かった。

『涼宮ハルヒを探して』

 長門の言葉がリフレインする。
 俺はのろのろと歩き出した。

186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 10:38:29.55 ID:BlNRxzwV0

 俺の足は自然とSOS団の方に向いていた。
 そこにハルヒがいるかもしれない、なんて思っちゃいない。
 ただ、この狂った世界から逃げ出したかった。

 あの場所だけは、この狂った世界から切り離されている。
 そういう風に思えたから。

 扉を開ける。


「あ、キョン君」


 部室には朝比奈さんがいた。

191 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 10:44:29.47 ID:BlNRxzwV0

 何だ? 何か違和感がある。

「今お茶入れますね」

 何か意識の底で必死に警鐘が鳴らされているような気がしたが、度重なる衝撃に麻痺した頭は働いてくれなかった。

「今日は、紅茶に挑戦してみました。いっつも日本茶ばっかりでしたけど、たまにはいいかなって思って」

 そう言って朝比奈さんは俺の目の前に湯飲みを置いた。
 赤い液体が湯飲みの中で揺れている。

 紅茶――にしては赤黒過ぎやしないだろうか。

 それに、既に嗅ぎなれたこの匂いは……

「これ、お茶請けです」

 小皿に、白いお餅が二個。

 違う。




 眼球だ。 

193 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 10:47:38.35 ID:BlNRxzwV0

 急速に頭が冴えた。
 違和感の正体にも気付いた。


 朝比奈さんはメイド服になっている。


 何故わざわざこの状況で着替える必要があった?

 湯飲みに入っているのは血だ。間違いない。

 小皿に転がっているのは眼球だ。それも間違いない。




 では、誰のだ?

199 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 10:51:23.63 ID:BlNRxzwV0

 部室を見回す。

 掃除用具入れ。

 パソコン。

 ほこり被ったストーブ。

 ハルヒが持ち込んだ校則違反のオンパレード。

 冷蔵庫。

 冷蔵庫?

 何故か目に留まった。
 駆け寄る。冷蔵庫のドアに手をかける。

「もう、こんな時ばっかり勘がいいんですね」

 からかうような朝比奈さんの声。




 鶴屋さんがいた。

207 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 10:57:29.98 ID:BlNRxzwV0

 いや、恐らくは、と付け足そう。

 一番下のスペース。広く取られたそこに頭が転がっている。

 目をくり貫かれた頭部はだらしなく舌が垂れ下がっていて、長く美しかった髪はぼろぼろに毟られていた。

 下から二番目。二本の腕が押し込められていた。

 下から三番目と一番上。よくわからない肉の塊。
 ああ、わかった。足だ。大きくて入らなかったから細かく切ったのか。


「胴体はどうしても入らなかったんで、ここに置いてます」


 朝比奈さんはにこやかに掃除用具入れを開けた。
 首もなければ手足も無い胴体がモップや箒と一緒に押し込められている。


「苦労したんですよ? 包丁だけじゃ無理でしたぁ」


 朝比奈さんの手には赤く染まったのこぎりが握られていた。

211 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 11:00:41.71 ID:BlNRxzwV0

「やっぱり鶴屋さんはきちんと体を鍛えていたから、切るの大変でした」

 朝比奈さんが歩み寄ってくる。
 その顔にはいつもなら存分に癒されるはずの朝比奈スマイル。

 今はただ俺の背筋を凍らせた。


「キョン君は、どうなのかなあ?」


 俺は部室を飛び出した。

215 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 11:05:46.88 ID:BlNRxzwV0

「うふふ、逃げないでよキョン君」

 朝比奈さんが追ってくる。
 速い。馬鹿な、どうして。

 急に力が強くなった谷口を思い出した。
 そういうことかよ、チクショウ。

「待って待って〜」

 朝比奈さんは笑顔で俺を追ってくる。
 ちくしょう、これが夕暮れの海岸だったりしたらどんなにいいか。

 夕日に染まった赤い海と砂浜。

 赤い血溜りと、赤く染まった肉の群れ。


 ああ、比較にもなりゃしない。ちくしょうめ。

220 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 11:12:00.51 ID:BlNRxzwV0

 つまずいた。最悪だ。
 馬鹿なこと考えて集中力を切らすからだばかたれ。
 誰かも分からぬ死体の上に転がる。

 咄嗟に身をひねった。

 朝比奈さんの振るったのこぎりが死体に突き刺さった。
 危ない。あのままじゃ俺がやられるところだった。

 立ち上がろうとして、制服が重くなったことに気付いた。
 血で濡れている。制服が真っ赤だ。
 綺麗だな。なんて馬鹿なことを考えてる暇があるか。
 ああ、服が貼りついて動きづらい。ただでさえ死体だらけで動きづらいというのに。

「あれえ、抜けないよぉ」

 朝比奈さんはぐいぐいと死体に刺さったのこぎりを引っ張っている。
 今だ。今のうちに逃げなければ。

「は? …冗談だろ?」

 笑いが漏れた。立ち上がれない。
 腰が抜けている。

228 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 11:18:15.24 ID:BlNRxzwV0

「うんしょ、うんしょ」

 ぎこぎこぎこと、朝比奈さんはのこぎりを前後に動かし始めた。

「もうちょっと待っててくださいね。すぐに行きますから」

 朝比奈さんはこちらを気遣うように微笑みかけてきた。
 いいえ、お気になさらず。どうぞごゆっくり。

 すぽん。

 願い儚く、朝比奈さんはついにのこぎりを誰とも知れない死体から引き抜いた。

「待っててくれたんですね。やっぱり、キョン君は優しいなあ」

 ゆっくりと朝比奈さんが歩み寄ってくる。

「実はね、私キョン君のこと、ちょっとだけ好きでしたぁ」

 何だって? そりゃ嬉しいな。
 出来れば伝説の桜の木の下で聞きたかったですよ朝比奈さん。

「だからね、お願い」

 朝比奈さんは可愛らしくぺろりと舌を出した。

「キョン君の中、見せて?」

 ああ、そんな言葉は聞きたくなかったですよ朝比奈さん。

232 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 11:23:39.67 ID:BlNRxzwV0

 ああ、いよいよおしまいか。

 まあ、誰かもよく分からんやつに殺されるより、朝比奈さんにやられるというだけでよしとしよう。

 …ハルヒ、最後にもう一度会いたかった。

 お前は無事に、このくそったれな悪夢から逃げ出してくれ。

「さよなら、キョン君」

 俺はゆっくりと目を閉じた。




 痛みは、こない。

「勝手に諦めてもらっては困ります」

 きざったらしい声が聞こえる。
 目を開けた。
 ああ、ちくしょうめ。どこまでカッコイイ役どころなんだお前は。


 古泉が朝比奈さんののこぎりを受け止めていた。

240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 11:28:17.34 ID:BlNRxzwV0

「あなたが諦めてしまってはゲームオーバーなんです。もはや、最後の希望はあなたしかいない」

 朝比奈さんののこぎりをぶっといアーミーナイフで受け止めながら、古泉はこちらにウインクしてみせる。
 おいおい、何なんだそのナイフは。

「今日はたまたまです。いつも持ち歩いているというわけではないんですよ?」

 ホントかよ。まったくもって怪しいね。

「古泉くん…」

 朝比奈さんが凄い形相で古泉を睨みつける。
 古泉は朝比奈さんの視線を正面から受け止め、やれやれと嘆息した。

「あなたも発症してしまったのですね。残念です」

243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 11:32:18.74 ID:BlNRxzwV0

 古泉が来てくれた事で安心したのか、俺の腰も入ってくれた。
 これで2対1、いくら朝比奈さんの力が強くなっていても、二人がかりなら抑えることができるはずだ。

「古泉…」

 古泉に加勢しようとして、俺は立ち尽くした。



「さようなら、朝比奈さん」

 古泉は優しくそう呟いて。
 アーミーナイフを一閃した。

245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 11:34:49.68 ID:BlNRxzwV0

 シュパッ、と鋭い音。
 朝比奈さんの喉が真一文字に切り裂かれる。

「かひゅ」

 朝比奈さんが漏らした声は、口から出たのか喉から出たのか。

 赤い噴水が朝比奈さんの喉から噴き出している。


「ああ、やはりあなたの血はお綺麗だ」


 古泉は嬉々としてその血を浴びていた。

251 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 11:37:49.14 ID:BlNRxzwV0

 ぐるん、と朝比奈さんの瞳が回転した。
 どう、と朝比奈さんは音を立てて崩れ落ちる。

「古泉…お前……」

 がくがくと膝が震える。
 戻ったはずの腰がまた抜けそうになる。

「ええ、お察しの通り」

 古泉はポケットからハンカチを取り出すと、血で濡れた自分の顔を拭った。
 ハンカチは、元の色が判別できないほど血に染まっている。

「発症していますよ、僕は。もうとっくにね」

262 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 11:43:04.63 ID:BlNRxzwV0

 どうする、どうする?

 混乱した頭は有効な手立てを考え付いてはくれない。

 古泉の手に握られたアーミーナイフ。今までのちゃちな凶器とはワケが違う。
 そもそもが、命を奪うために作られた代物。
 しかもそれを操るのはウイルスで身体能力が強化された古泉。

 対する俺は運動神経も極平凡な男。しかも丸腰。

 ちくしょう。
 俺の頭は働いたら働いたでろくな答えを出しはしなかった。
 古泉はそんな俺の思考を読んだかのように、

「ご心配なく。僕はあなたには手を出しません」

 そう言った。

269 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 11:48:00.21 ID:BlNRxzwV0

「どうやら僕は他の皆さんとは違って、少しは衝動に自制がきくようです。超能力者だからでしょうかね?」

 古泉はそう言って笑ってみせた。
 いつもの古泉に見えるが、そうじゃない。
 こいつは朝比奈さんを殺した直後にこうやって笑ってみせている。
 きちんと狂っているのだ、こいつも。

「警戒心を解く気はないようですね。まあ、それくらいでちょうどいい。あなたは決して死んではならないのですから」

「どういう意味だ、古泉」

「この悪夢から皆を解き放つことが出来るのはあなただけ、ということです」

 ……説明しろ。

274 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 11:53:41.62 ID:BlNRxzwV0

「いいですか? 涼宮さんはまだ生きています。これが僕の考えの大前提です」

「根拠はなんだ?」

「この世界がまだ存続していること、でしょうか?」

「ちっとも根拠になっちゃいない気がするが、まあいい。続けろ」

「さて、ここであなたに質問です。今のこの惨状、涼宮さんが望んだものだと思いますか?」

 昼休みに交わしたハルヒとの会話を思い出す。


『そうね、すっかり定番の、普通の毎日』

『でも、こんな普通なら悪くないわ』


 俺は断言した。

「無い。そんなことは、絶対に」

280 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 12:01:05.74 ID:BlNRxzwV0

 古泉がにこりと笑う。

「ええ、僕もそう思います。しかし、現実として今この惨劇は引き起こされている。涼宮さんの願いで無かったことにされてもおかしくないと、そう思いませんか?
 恐らく、今のところ涼宮さんの理性のほうが勝ってしまってるんです。これは夢に違いない。しかし、この血の匂い、転がる肉の塊、夢であるはずがない、と。
 であれば取れる手立てはもう、最終手段であるあの手しかないでしょう?」

 成程、合点がいった。それで必要なのが俺の存在というわけか。
 いや、というよりも……

「そう、切り札はジョン・スミス、つまりはあなたという存在です。涼宮さんにあなたが正体を明かし、力を自覚させ、今日この日をなかったことにする。
 現に涼宮さんは過去夏休みを繰り返しています。あなたもよくご存知のように。今日一日をなかったことにするなど、造作も無いことでしょう」

283 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 12:07:05.25 ID:BlNRxzwV0

 つまり、俺たちはとにかくハルヒを見つけなければならない。
 他の発症者達にハルヒが捕まってしまう前に。

「俺たち、ではありません。あなたが一人で探すんです」

「一緒に行かないのか?」

「ええ、自制がきくといっても限界はあります。太陽がじりじりと照りつける砂漠で、隣に水がめを持った誰かが歩いている。
 あなたなら我慢できますか?」

 一瞬見えた古泉の瞳を見てぞっとした。
 古泉は一見柔和ないつもの面をしているが、その実、目は一切笑っていない。

「正直ね、別にこのままでも構わないとすら僕は思っています」

 古泉は床に倒れ付す朝比奈さんを覗き込むようにかがみ込む。
 そうして、突然みぞおち辺りにナイフを突き立てた。

288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 12:11:19.45 ID:BlNRxzwV0

 そのままグリグリと下腹部に向かって刃を進める。
 強烈な匂いが立ち込めてきた。

「見てください」

 古泉は躊躇うことなくその中に手を突っ込み、内臓を引っ張り出した。
 大腸か、小腸か、俺にはその区別がつかない。

「素晴らしいですよ。朝比奈さんは外面もさることながら、内面も美しい。そう思いませんか」

 赤くぬらぬらした血を垂らし、朝比奈さんの内臓はピンクの輝きを放っている。
 俺は、何故か目を逸らす気になれなかった。

299 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 12:18:13.11 ID:BlNRxzwV0

 ひとしきり朝比奈さんの体を弄び、満足したのか古泉は立ち上がった。

「さて、僕は感染者としての立場で出来うる限り事態の収束に寄与することにしましょう。
 感染者を殺し、出来るだけ数を減らします。感染者の数が減れば、その分あなたや涼宮さんの危険が減りますからね」

 そう言って古泉は歩き出した。

「ああ、最後に本音をひとつ」

 思い出したように振り返る。

「絶対に僕より先に涼宮さんを見つけてください。恐らく、僕は涼宮さんを目にしたら、この衝動を抑えることが出来ない」

 最後に、とんでもない爆弾発言をかましやがった。

「それでは」

 手をひらひらさせて、今度こそ去っていく。


 ハルヒを探さなければ。

304 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 12:24:18.81 ID:BlNRxzwV0

 校舎の中をあてどなく歩く。

 時刻は5時を回った。

 もう死体をよけるのも面倒になって、踏みつけて進む。

 時々ポキポキ音が鳴るのを小気味良く感じるのは、いよいよ俺の神経も参ってきているからか。

 見つからない。もうどれくらい歩いた?

 手近な教室で時計を確認する。

 5時15分。

 まだ大して時間は立っていなかった。

 まずいな。体力が限界になってきているのかもしれない。

307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 12:29:51.14 ID:BlNRxzwV0

 よくよく思い出してみれば、俺は折角食べた昼飯を盛大に戻してしまったわけだ。

 そりゃあ、エネルギー切れもするだろう。

 喉が渇いた。ここから一番近い水道はどこだ?

 ああ、くそ。我慢できない。早く水道を探さなければ。

 ぴちゃりと足音。

 足元にはこんなにもたくさんの赤い液体が満ちている。

 朝比奈さんに差し出されたお茶を思い出した。

 赤い赤い液体。恐らくは鶴屋さんのもの。

 ごくりと唾を飲んだ。

 ぞくりと体が震えた。

308 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 12:31:37.84 ID:BlNRxzwV0



 ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ。


 ごく、ごく、ごく。









 存分に喉の渇きを潤してから、水道の蛇口を止めた。

312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 12:34:18.48 ID:BlNRxzwV0

 しかし、どうしてハルヒに出会えない。

 もう随分探して歩いたというのに。

 まさかあいつも俺を探してうろちょろしていて、行き違いになっているんじゃなかろうな。

 冗談じゃないぞそんなの。頼むからじっとしててくれ。

 お姫様を迎えに行く王子様の役くらい譲ってくれよ。

316 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 12:38:14.77 ID:BlNRxzwV0

 時刻は6時を回った。

 さすがに腹が減ってきた。

 そこら中に肉は転がっているというのに、腹立たしい。

 家庭科室に食糧は置いていたっけな。

 いや、それよりも職員室だ。カップラーメンの買い置きなんかを置いてる先生がいるかもしれない。

 俺は職員室に行くことに決めた。

 ここからそう離れてはいない。2、3分もあれば着くだろう。

319 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 12:42:52.88 ID:BlNRxzwV0

 職員室についた。

 担任の岡部の机をごそごそと探る。

 ちなみに岡部は机に突っ伏して死んでいた。

 机を探るのに邪魔だったからどかしたが。

 引き出し一番下の大きな引き出しを開ける。ビンゴ。

 『赤いきつね』と『緑のたぬき』が入っていた。

 独身貴族の寂しさを垣間見た気がする。

 どっちを食べようか。ふむ、こっちにしよう。

 『赤いきつね』の包装を破り、お湯を注ぐ。

 時計は6時15分を指していた。

325 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 12:48:25.41 ID:BlNRxzwV0

 腹ごしらえを済まし、再び校内を徘徊する。

 しかし、静かだ。

 もう、生き残ってるのは俺だけなんじゃないかって気さえしてくる。

 誰かの断末魔が響いた。

 男の声だ。

 よかった、ハルヒじゃない。

 ほっと胸を撫で下ろし、進む。

 自分以外の生存者の存在を知るのが、そいつの上げる断末魔の叫びだっていうんだから始末におえない。

 教室を覗き込む。いよいよ6時半を回った。

 校舎の中が夕焼けの赤い光に染まる。

 これでどこもかしこも赤だらけだな。

 心中そう呟いて笑った。

347 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 13:11:29.07 ID:BlNRxzwV0

 時計を確認するためにたまたま覗き込んだ教室。

 俺の視界の端でもぞり、と何かが動いた。

 全身が緊張する。

 誰だ。誰だ。

 いや、重要なのはそこじゃない。

 コイツは、どっちだ。

349 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 13:15:43.81 ID:BlNRxzwV0

 教室の入り口横に置いてあった掃除用具入れを開け、モップを一本取り出した。

 窓際に座り込むソイツは逆光のせいでシルエットしか確認できない。

 小柄だ。女か。短く切られたショートカット。

 いや、待て。このシルエットには見覚えがある。

 手をかざして目に入る夕日を遮った。少しだけ視界がクリアになる。


「…長門!!」


 壁に背を預けていたのは、長門だった。

355 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 13:21:53.73 ID:BlNRxzwV0

 よかった。本当によかった。
 無事だったのか、長門。
 心底ほっとする。
 喜緑さんからはなんとか逃げ出せたんだな。

「……」

 長門は何も答えない。
 おかしいな、どうしたんだ?
 嫌な予感がしてきた。

「長門!」

 俺は慌てて長門に駆け寄った。
 それでも長門はぴくりとも動かない。
 傍まで寄って、ようやく逆光線から外れた。
 鮮明になった視界の中で、長門の体を観察する。
 目立った外傷は見られない。

358 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 13:25:39.70 ID:BlNRxzwV0

「長門?」

「……」

 馬鹿な、そんなまさか。気が動転する。
 こんなときは、どうするんだったっけか。
 いや、俺は本当に動転していたに違いない。

 呼吸を確かめるとか、手首の脈を測るとか、他にやりようはいくらでもあっただろうに。
 あろうことか、俺は長門の胸に耳を押し付けていた。

 えろい下心は無かったぜ?
 当たり前だ。そんな余裕あるもんか。


 本当だぞ?

365 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 13:29:22.33 ID:BlNRxzwV0

 長門の心臓はしっかりと動いていた。
 トクン、トクンと心地よいリズムが耳に響く。
 よかった、意識を失っているだけか。
 ほっと息を吐いて俺は長門の胸から顔を離した。

 ぬる。

 頬に妙な感触。
 指で触る。

 ぬるぬる。

 既に慣れてしまったこの感触は―――血だ。
 俺が顔を押し付けたことで滲んだのか、長門の制服が赤く染まり始めている。

375 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 13:35:45.84 ID:BlNRxzwV0

 長門の制服を捲り上げる。
 左のわき腹辺りから血が出てきていた。
 長門の白いお腹に噴き出た血が幾重にも筋を作っている。
 メロンの白い筋みたいだ。
 場違いな感想を漏らした。

『私の能力は極端に制限されてきている』

 長門の言葉を思い出す。
 つまりは、もう自分で傷を修復することも出来ないんだろう。
 傷はそこまで大きなものではない。
 血が滲んでしまったのも、俺が押し付けてしまったからだ。


 だが、傷の大小は問題ではない。

379 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 13:39:13.77 ID:BlNRxzwV0

 生徒会長を呻く肉の塊に加工した喜緑さんの姿が脳裏に蘇る。
 このウイルスは、長門や喜緑さんのようなヒューマノイドインターフェースでも抗うことは出来ない。

 ドクン、ドクン。
 心臓がうるさいくらい鳴っている。
 長門は意識を失っている。

 今なら。

 今なら。




 今なら、苦もなく殺せるぞ。
 頭の中で誰かが囁いた。

384 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 13:42:06.06 ID:BlNRxzwV0

 何を馬鹿な。
 頭の中に浮かんだ考えを一蹴する。

 そんなことが出来るか、くそったれ。

 じゃあお前が長門に殺されるか。

 うるさい、古泉みたいに抗うことが出来るかもしれないじゃないか。

 どうかな。喜緑さんは無理だった。

 うるさい。うるさい。


 うるさいうるさいうるさい!!!!

392 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 13:46:56.63 ID:BlNRxzwV0

 なあ、思い出せ。

 俺の脳裏に語りかける声は止まない。

 朝比奈さんの体は綺麗だったなあ。

 綺麗なピンク色だった。


 なあ。


 長門の中はどんなだろうな?


「う…ん…」

 長門がもぞもぞと体を動かした。
 口の端から、赤い血が一筋零れ落ちる。
 顎を伝い、首筋を這って、鎖骨に沿って流れを変えながら、長門の白い肌に赤いラインが引かれていく。




 プツン、と頭の中で音がした。

394 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 13:48:22.64 ID:BlNRxzwV0




※マジキチ注意





402 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 13:52:24.09 ID:BlNRxzwV0

 長門の唇に舌を這わせ、赤い血液を舐め取る。

 ああ、素晴らしい。もっと、もっとだ。

 長門が目を開けた。

 突然目の前に迫っていた俺の顔を見て目を白黒させている。

 知らなかった。こんなに可愛かったんだなお前。


 整った鼻筋に、拳を叩き込んだ。


「あぐっ」

 小さく漏れる長門の呻き。

 拳に走る痛みよりも、長門の顔が変形する感触に身が震えた。

413 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 13:57:28.75 ID:BlNRxzwV0

 拳についた血を舐め取る。

 甘い。得体の知れない渇きが収まっていく。

 だが、もっとだ。

 もっと、もっと、もっと。

「まさか…あなたも……」

 血が噴き出す鼻を押さえながら、長門が驚愕の表情で俺を見つめている。

 ああ、いいぞ長門。そんな顔も出来たんだなお前。

 長門の口が動き出す。

 覚えがあるぞ。呪文の高速詠唱ってやつだ。

 何だ何だ。もう力は使えないんじゃなかったのか、嘘つきめ。

 おしおきだ。

 俺は傍らに置いていたモップを手に取り、長門の顔に向かって振るった。

425 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:03:20.29 ID:BlNRxzwV0

 モップ白いふさふさを固定してある金属部分、その角を長門の口に向かって叩き込む。

「……!」

 悲鳴も上げれない。そりゃそうだ。モップが口の中にあるんだもの。

 べりべりと音を立ててモップが長門の口から吐き出される。

 白いモップが、長門の口に入ったところだけ赤く染まってる。

 よし、これで呪文の詠唱は止まったな。

 今度はモップを真上に振り上げて、長門の頭に向かって叩き落す。

 ガツンといい感触。

 ああ、なんて気持ちよさ。

 この世にこんな快楽が存在したなんて。

「う…ぎ……」

 長門、頑丈なお前にありがとうと言っておくよ。

 もっと、もっと俺を楽しませてくれ!!

434 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:07:07.88 ID:BlNRxzwV0

 叩く、叩く、叩く。

 ただひたすらに長門の体目掛けてモップを振り下ろす。

「ぎゃぅ」

 長門は殴られるたびに可笑しな悲鳴を上げて芋虫のように床を這い回る。

 逃げようとしてるのか? ダメダメ、逃がしゃしないって。

 長門が這いずった後に、血の後がくっきり残る。

 訂正、芋虫じゃなくてナメクジみたいだな、長門。

445 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:10:07.93 ID:BlNRxzwV0

 モップが折れた。

 もう、使えないなこれ。

 何か無いか、殴るもの。

 ああ、いっぱいあるじゃんか。

 これでいいや。

 俺は机の足を握った。

「……」

 長門はすでに動きを止めている。

 だが、生きてはいる。なら十分だ。

 俺は机を長門の体に向かって振り下ろした。

450 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:14:07.37 ID:BlNRxzwV0

 時計を見る。

 ―――7時半を回っていた。

 ようやく我に返った俺は机から手を離した。

 既に、六台目となる机だ。五台の机は足の折れた無残な姿で床に転がっている。

「……長門」

 ぽろぽろと涙が零れてきた。

「長門、長門、長門ぉぉぉおおおおおお!!!!!!」

 喉が張り裂けるくらいに名を叫ぶ。

 もちろん、答える声は無い。

456 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:17:52.06 ID:BlNRxzwV0

「長門…うぅ…長門……!」

 名を呼びつつ、ふと疑問に感じた。



 長門―――?



 目の前にはぼろぼろになった肉の塊が床一面に広がっている。



 ―――どれが?




「あひゃっはははは!!!!!!!! ヒィーッ、ヒィーッ!! フヒャ、アハはははハハはははハははハ!!!!!!!」


461 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:21:43.42 ID:BlNRxzwV0

 これが、殺人衝動。これが、殺人快楽。
 だが、俺は傷ひとつおってはいない。感染したのは何故だ?

 なんつって、答えは俺の中で既に出来ている。
 例えばこう仮定しよう。

『もし、このウイルスに最初に感染したのがハルヒだったら』


470 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:28:55.15 ID:BlNRxzwV0

 古泉は言っていた。

『この世界は素晴らしい。元に戻す必要は無い』

 もし最初に感染したのがハルヒで、あいつがこんな世界を望んだとしたら。
 ある程度つじつまが合ってくる。

 ここは、やっぱりある種の閉鎖空間だったのだろう。

 それならば、長門達の能力が限定され、古泉だけが殺人衝動にある程度耐えることが出来たのも説明がつく。

 ハルヒが一体いつこのウイルスに感染したのかはわからない。
 ただ、昼休みの時には既に感染していたはずだ。
 そうでなければ、俺にウイルスが感染する心当たりが無い。
 俺は皆に救われたおかげでまったくの無傷だったのだから。


 傷口から空気感染するほどの感染力。
 粘膜同士で直接接触して、うつらないと考えるほうが不自然じゃないか。

 ハルヒとのキス。あれが俺への感染経路。

472 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:31:03.22 ID:BlNRxzwV0




 ガラガラガラと、ドアが開く音がする。

 振り向かなくても、そこに誰が立っているのかは何となくわかった。

「ようやく会えたわね、キョン」

 ああ、ようやく会えたな、ハルヒ。




482 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:36:05.94 ID:BlNRxzwV0

 ハルヒはその左手に古泉の頭を持っていた。
 右手には、古泉から奪ったであろうアーミーナイフ。

「有希はアンタに殺されちゃったのね。残念。どんな声出すのかすごく興味あったのに」

「お互い様だ。あの常時おすまし顔の古泉がどんな過程を経てそんな顔になっちまったのか、興味は尽きないぜ」

 俺はハルヒが左手にぶら下げた古泉の首を指差しながら言った。
 ふと窓の外に目をやると、何人かの生徒が校門を飛び出していくのが目に見えた。
 ああ、長門が死んだから『壁』が消えたのか。

 これでめでたく人類はゲーム・オーバーってわけか。

488 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:39:47.76 ID:BlNRxzwV0

 ハルヒに会ってやるべきことはなんだったか。
 だらしなく舌を垂らした古泉を見て思い出す。

 ああ、確かジョン・スミスを名乗ってハルヒに力を自覚させ、今日のこの日を無かったことにするんだっけか。

 ふん、馬鹿馬鹿しい。
 何故血と肉に溢れたこの素晴らしい世界を、あんなクソくだらない世界に戻さねばならんというのか。

 なあ、ハルヒ。ここは俺達にとっての理想郷だ。そうだろ?

「ええ、まったくもってアンタの言うとおりだわ」

 ハルヒはいつもと寸分違わぬ自信の笑みで、はっきりとそう言い放った。

497 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:42:20.30 ID:BlNRxzwV0






「ねえ、キョン。私アンタのこと好きよ。大好き。今まで面と向かって言ったことなかったけど」



「俺だってそうさ。お前を世界で一番愛しているといっても過言じゃないぜ」







503 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:44:20.78 ID:BlNRxzwV0






 ―――だからね、見たいの。アンタの中を。



 ―――ああ、俺だって、そうさ。







514 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:49:01.39 ID:BlNRxzwV0

 ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ。

 少女は、少年の口の中をむさぼっている。

 一心不乱に、ひたすら無心に。

 だって、少女は少年を愛しているから。

「ねえ、キョン」

 少女は恍惚の表情を浮かべ、呟いた。

「あんたの口の中、おいしい」






ttp://up2.viploader.net/pic/src/viploader1017708.jpg


 涼宮ハルヒのSS 『死に至る病』 DEAD END

520 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:51:48.91 ID:BlNRxzwV0

ってなわけでwwwwおしまいwwwwww

展開予想はwwww勘弁してwwwwwハードル上がりすぎるとこけちゃうからwwwwwww

530 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 14:53:14.53 ID:BlNRxzwV0

ちなみにwwww誤解されたくないからwwww言っておくけどwwwwwwww


俺はハルヒも長門もみくるも古泉も大好きです。
長門ふるぼっこシーンは吐きそうでした。

550 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 15:00:15.60 ID:BlNRxzwV0

>>532
いかにもwwwwwでもwwww反転の人って言われるのwwww微妙wwwwww

いやwww調子乗って反転シリーズなんてやっちゃったけどwwwww俺は名無しでいいよwwwww名無しがいいよwwwwwwww


解答編なんてwwwねーよwwwww

着信アリとかwwwwリングとかと一緒でwwwwwwホラー系の伏線明かしはwwwwつまらんっしょwwww



ツイート

メニュー
トップ 作品一覧 作者一覧 掲示板 検索 リンク SS:提督「舞風って陽炎型の中で浮いてるよね」 舞風「」