305 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/08(金) 20:23:50.44 ID:0GEXQXmHO
夏も終わり、世間の季節は秋に足を踏み入れようというとき、京都はまだ夏の鬱陶しさを残していた。
「ちょっとキョン! 何ぐずぐずやってんのよ! そんなに置いてかれたいの!」
涼宮ハルヒはそう言うと、彼の襟首を引っつかみ、清水坂をずんずんと進みだした。
「おいちょっと待てハルヒ、まずは手を離してくれ、それに大体、急いだところで清水寺は逃げたりしないぞ」
あと、かなり恥ずかしい。彼等とすれ違った人々はほとんどが彼等を見て笑っている。
騒がしいこともあり、中々目立つようだ。
つまり、涼宮ハルヒはそれだけ元気いっぱいだった。
307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/08(金) 20:48:37.22 ID:0GEXQXmHO
「何言ってんのよ、時間が逃げちゃうでしょ! いい? 私たちに残された時間は少ないのよ、しっかり使わなきゃ損じゃない!」
それはそうだが、今は観光に来てるんだ。急いで回る方が勿体無いような気もする。それに目的地はもうそこまで来てるんだ。だったらゆっくり観光したい。
「小泉、あとどれくらいだ」
そう言って彼は自分と同じ制服を着た、パンフレットを読んでいる小泉一樹に尋ねた。
「そうですね……、東大路通から清水寺までのこの清水坂が約1.2キロだそうですので、もうすぐだとは思いますが・・・」
「だ、そうだ、もう少しゆっくり行こう、ハルヒ。これじゃあまり観光にならん」
ふと小泉の横を見る。
そこには無言で本を読みふけっている少女、長門有希がいる。京都仕様なのだろうか。なにやら古めいた本を読んでいるので表紙を見てみると、「修学旅行殺人事件」と印刷されていた。
……彼女なりの洒落なのかも知れないが、彼女だからこそ洒落にならないので、なかなかツッコミ辛いものがあるので、ここはスルーを決め込んだ。とりあえずハルヒに見せなければそれでいい、そう彼は思った。
311 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/08(金) 21:13:49.75 ID:0GEXQXmHO
そして、その後ろ、さっきから少しずつ少しずつこの集団から遅れだして来ているのは彼らの学校の上級生、朝比奈みくるである。
さきほどから口数が少なくなり、今では「ふう…」か「ふええ…」しか言わなくなっている。
「朝比奈さん、大丈夫ですか」
そう言ってやると朝比奈は彼に向かって精一杯の笑顔を見せた。
「大丈夫です……。ありがとう、キョンくん」
彼は今まで何とも思わなかったこの坂が急に憎たらしくなった。何故彼女をここまで追い詰めるのだろう。もう少し緩やかな坂ならいいのに、そもそもなんでこんな高い所に寺なんぞ構えて、わざわざそこに観光しなければならないのか。
「おやおや、行叡居士をも殴り倒しそうな顔をしてらっしゃいますが、それは筋違いでしょう。今すべきことは彼女を説得し、ペースを落としてもらうことでは?」
という目をした小泉に、そんなことは分かってる。と言いたげな顔で、彼は相変わらず自分の襟首をぐいぐい引っ張り続けている涼宮の説得にあたることにした。
318 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/08(金) 21:49:27.56 ID:0GEXQXmHO
そんなわけで
涼宮を説得し、朝比奈を休ませるため、彼等は坂の途中いくつも並んでる土産物店の一つに入っていた。
「しかし、不思議なものですね」
土産を物色している女性三人を男二人で眺めていると、小泉は暇つぶしのように彼に話かけた。
「朝比奈さん達二年生が修学旅行というのならまだしも、僕達一年生も一緒とは、ね…北高で始めてのことじゃないでしょうか」
白々しい、そう彼は思った。どうせ今回もお前が一枚噛んでるんだろう、と。
「今回もまた何か仕組んであるんだろ? いつかの無人島みたいに」
「いいえ……我々がしたのは[ここまで]なんです」
小泉の目が鋭くなり、声を抑えつつ、話し出す。
「この地なんですが……どうも我々は介入出来ないようなんです。大きな、とてつもなく大きな、それこそ世界全体が関わっているような、そんな力が、この地にはあるそうなんです」
それなら日本全部がその大きな力とやらに包まれてるだろう。何故この京都だけなのか。
「分かりません。そして、これからのことも……全く……」
「正直不安でたまりませんよ」と小泉はおどけてみせた。
「ですので、今回の僕は何があろうとも手助けすることは出来ません。ここではただの高校生ですので、頼るなら長門さんにどうぞ」
そう言って小泉は三人組を眺める。正確には涼宮ハルヒを、眺める。
「……何も無ければいいがな……」
彼がそう言うと、小泉も「ええ」と頷いた。
321 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/08(金) 22:35:25.85 ID:0GEXQXmHO
「君達、修学旅行生か?」
急に、彼と小泉に後ろから誰かが声をかけた。
二人揃って振り返る、と、そこには女性が立っていた。
甚平を羽織り、長めの髪を後ろで束ねている。なかなかどうして、美人な女性だった。
「ええ…、まあそうですが…何か」
返事を返す小泉に、彼は、なんでお前が応えてるんだよ俺に先行させろよと思ったが、ここは堪えておくことにした。
「いや、別に、何か良くない顔をしてたからな、何かの縁だと思って声をかけた、ここで土産を買うのか?」
「いえ、ちょっとした休憩にと…、あ、あそこにいる三人の付き添いです」
そう言って小泉はまだ土産を物色している三人を指差した。
甚平の女性は三人を見て「ふむ、賑やかなものだ」とだけ言った。
「もしかして、ここの店員さんですか?」
取り合えず何か喋っておこう、そう彼は思い、質問してみた。
すると甚平の女性はバツの悪そうに、だがあっさりと
「いや、今クビになった」
と言った。
「……」
どうすんだよ……。
どうするんだよ! お近づきになろうとしたら遠ざかるなんて思わなかったんだ! 小泉も「やってしまいましたね」みたいな顔をするなよここでリカバーするのがお前の役目だろ!
「客と喧嘩してしまってな」
「はあ……」
「フリーターというのは何処も厳しいものだな」
聞きたくない。彼は全く聞きたくなかった。
「君達もこんな風にはならない事だ」
そういって甚平の女性は「では、また縁があればな」と、坂を降りていった
329 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[そうだよ古泉だった] 投稿日:2009/05/08(金) 23:12:46.70 ID:0GEXQXmHO
「さーて、それじゃあまたしゅっぱーつ!」
そんな元気な涼宮とは反対に、彼の気分は最悪なものだった。
「キョンくん、大丈夫ですか……?」
朝比奈が彼に声を掛けるも、立ち直る気配は全く無い。
「いいのよみくるちゃん、そいつは放っとけば勝手に元に戻るでしょ、どーせくだらないことやってたのよ」
そんなことないと彼は言いたかったが、よく考えてみると「ナンパして墓穴を掘って失敗」した訳だから、確かにくだらないかも知れない。
「いい! キョン! いつまでもそんな調子だったら清水の舞台から突き落とすわよ!」
そう言って、涼宮は彼の手を引っ張ってまたもずんずんと坂を上っていく。
そんな涼宮を見て、彼は少し気が紛れた。取り合えず、坂が終わるまでにさっきのことは忘れよう。
まだ飛び降りたくないからな。
336 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/08(金) 23:39:18.22 ID:0GEXQXmHO
それから
清水寺に着いた彼等はずっと騒がしかった、涼宮が彼を清水の舞台から落とそうとしたり、それを古泉がなだめたり、寺で朝比奈さんが拍手叩いてしまったり
長門はずっと本を読んでたり、地主神社で恋占いの石で朝比奈さんが転んだり、帰りに通った公園でひたすら虫を殺していた少女を涼宮が叱り、その後一緒に遊んだり。とにかく楽しんでいた。
楽しんでいた。
ここまではずっと
なんの問題も無く、平穏だった筈だ。
ここまでは
いや、もしかすると、最初からおかしかったのかも知れない。
京都に来た。その時点で。
だけどもう、今更何を言っても、戻れないのだ。
あの平穏は、戻ってこない。
354 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 00:28:04.31 ID:o1tTw8YXO
「今日はここでおしまいですね。あとはホテルに戻ってまた明日に備えるだけです。お疲れ様でした」
色々あって、今、彼等は祇園のとある茶屋にいた。創業1897年、焼き饅頭で有名な和菓子屋らしい。
そこを彼等は今日最後の観光とし、くつろいでいた。
「それもお菓子を奢ってまでいただいて」
「だったら頼むなよ……」
清水寺を出た後、涼宮は彼に向かって
「清水の舞台から飛び降りなかったんだから、今度は飛び降りたつもりでなんか奢りなさい」
なんて滅茶苦茶なことをいい、ここの払いは全て彼持ちとなっていた。
そして、女性陣の方には饅頭が山ほど積まれ、涼宮と長門がばくばくと、朝比奈は時折り喉を詰まらせそうになりながら小さな口で一生懸命に頬張っていた。
「まあ、僕もあなたも、何の異常も無かった。そのことに感謝しようじゃありませんか」
何に感謝するんだ。俺の財布の中身を減らしていってるハルヒにか? と彼は冗談交じりに言った。
「そうですね……、せっかくの京都です。神様に、なんてどうです?」
そりゃいいな、と、彼は笑った。古泉も笑った。
「まあ縁結びの神様の下でナンパして墓穴を掘ったなんてのもなかなかの笑い話ですよね」
「なんで掘り返すんだよ!!」
360 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 00:34:10.10 ID:o1tTw8YXO
「おや、君達は昼間の……」
声がして、振り返る。
「そこには、清水坂で出会った、ポニーテールの似合う甚平を羽織ったきっぷのいい美人な女性が立っていた」
「……」
「……」
「……あれ? 君達だったろう。あそこにいたの」
そう言って、甚平の女性は彼等の前に立った。
「しかしこうして縁があるとは、世の中狭いものだ」
「……」
「……」
言いたいことはもちろんある。だが先に無礼を働いたのはこちらで、許してくれたのは向こうなのだ、こうして声も掛けて貰えたのだ。ここはスルーが一番かもしれない。
「……自己紹介、ありがとうございます」
とか思ってたら古泉が突っ込んでいた。
彼は失礼なこと言ってんじゃねえよと古泉に突っ込みたかったが、甚平の女性は普通に「応」とだけ応えてくれた。
「えー、と、ここにはよく来るんですか?」
置いていかれるのはごめんだとばかりに、彼は甚平の女性に声を掛ける。
369 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 00:58:11.82 ID:o1tTw8YXO
「ああ、たまにな、で、今回は失業記念ということで、アパートの隣人が奢ってやるというので着いてきたわけだ」
そう言って甚平の女性は店の入り口を見ていると、男が一人入って来た。
「来たようだ、それじゃ、また縁があれば」
甚平の女性はそうして店の奥に消えていった。
そして
店に入って来たその男と
彼は
すれ違った。
「 」
「 」
彼は何かを喋った気がするし、向こうも何かを話したような気がした。
だけど彼は本当に話したかどうか解らない、おそらく向こうも同じだろう。
彼と彼は多分これからずっと会うことは無い。
もう一生会うことはない
もう二度と、そして、彼と甚平の彼女もだ。
もう三度目の縁も、起きないだろう。
だが、何かが始まるには、それで十分だった。
その後、涼宮は満足してくれたらしく、時間も遅いので、ホテルに戻ることになった。彼は財布の中身のほとんどを使い勘定を済ませ。茶店をあとにした。
379 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 01:22:55.85 ID:o1tTw8YXO
「それで、みいこさん、何頼みます?」
「この店で一番高いものから頂こうか」
「解りました」
「……なんだ、羽振りがいいな」
「ちょっといい仕事があったんで、懐には余裕あるんですよ」
「ふむ……しかし、いいのかお前」
「……? 何がですか?」
「あの、うにーの子、家にいるんじゃないか」
「ああ、あいつはいいんですよ、あいつの僕への愛は本物ですから、この程度じゃ何も起こりません」
「…………」
「……冗談ですよ、冗談です、冗談ですってば! 帰ろうとしないで下さいよ。今家にいないんです、何でもちょっとややこしいことがあったらしくて、本家にいるんです。そんで暇だったからみいこさんを誘っただけで、やましい気持ちは全くないんです。」
「ほう……」
「それに今アパートに居るのはあいつですよ。みいこさんも知ってるでしょう」
「ん……ああ、お前の友達の……」
「です」
「変な髪の変なピアスの変な服装した可愛い男の子」
「……」
387 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 01:50:48.67 ID:o1tTw8YXO
最初の異変を彼に伝えたのは古泉だった。
「長門が居ない?」
京都内某所のホテルで、それは始まる。
「ええ、さっき長門さんのクラスから報告がありました。今日の最終点呼が終わり、その後、クラスメイトの方々は誰も見ていないとの事です」
現在の時刻はもう今日とは呼べないくらいの時間になっている。最終点呼が八時頃だったことから、約四時間、長門は姿を消しているという。
「それで、俺達になんの連絡もないってのはおかしいな……」
彼女がこのような自体を起こした事はあったが、前回のは彼しか気が付かなかった。だが、今回は全員が気が付いている。
「はい、つまり、何かがあってここに居ない。そしてそれには、なんの不思議な力も働いていないんです」
「?……どうしてそう言える?」
「実は長門さんを見た人がいるんです。八時以降に。ロビーのフロントの方が、北高の制服を着た人物が出ていくのを見ていたそうです」
394 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 02:03:54.07 ID:o1tTw8YXO
「この自体は大変深刻です。そして何かがおかしい」
ホテルを出て、適当な道を探索する。
「まず長門さんですが、長門さん自身は自分で出ていかれたのでしょう。そこは普通です。いや、普通と言っていいか解りませんが……
とにかく、ここは置いておきます。おかしいのは周りの方々の反応です。まず長門さんのクラスメイトですが、〔まるで長門さんがいなくなるのが普通〕なような振る舞いでした。教師も同じです。長門さんがいない事を全く問題視していない」
とにかく、広いところへ。そう思って進むと、大きな川に出た。
川にそって、歩く。
「そして、ホテルのフロントですが、こちらは更におかしい。〔誰が入ろうが出ようが容認している〕。そんな風でした。おそらく今あなたがホテルを出ても何の注意も受けないでしょう。長門さんも注意されなかったわけですから」
397 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 02:16:35.52 ID:o1tTw8YXO
川沿いをずっと歩いていると、誰かが倒れていた。
「あなたがもし出ていかれるのなら、そうすればいい、ですが、僕は行くことは出来ません。僕の任務は涼宮ハルヒに関することなんですから。彼女の元を離れることは出来ません。」
街灯がスポットライトのように、倒れている人物を照らす。
「怨まれようと仕方ないことです。申し訳ありません。ですが、僕としてはあなたに出ていって欲しいとは思いませんね。あなたは涼宮ハルヒのキーであり。SOS団の団員なのですから。」
見慣れた北高の制服。
「そういう意味では、僕は長門さんも大事な方々の中にもちろん入ります。だからあなたを無理に止めようとは思わない」
灰色のショートヘア
401 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 02:28:04.09 ID:o1tTw8YXO
「ですから、あわよくば、あなたと長門さん、どちらにも戻って来て頂きたいものですね」
「……」
「つまり、十分気をつけて置いて欲しい。そういうことです。清水坂でも話しましたが、この、京都を覆う力はとてつもなく強大です。それも一つではない。詳しくは解りませんが、複数の力が働いています」
本が好きな、ちいさな女の子。
「もしかすると、長門さんクラスの方も、その強大な力の中にいらっしゃるかも知れません。ですが。僕は本心から、あなた方に帰ってきて頂きたいと思っていますよ。
それでは、頑張ってきて下さい。涼宮さんの心配はなさらずに。ああ、もう一度言いましょう。僕は、本心から、あなた方二人に、戻って来て頂きたいです」
「……古泉、……それは」
6 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 02:47:38.62 ID:o1tTw8YXO
――――――それは
「それは、無理になった」
彼は、膝から下が無くなったかのような感覚に教われ、血だまりに、べちゃり、と、飛び込んだ。
「――――長門」
ぎりぎり残った理性で、血の海を泳ぎ、少女の頭を
長門有希を抱きしめた。
12 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 03:05:16.43 ID:o1tTw8YXO
「長門……」
いつか、涼宮ハルヒが消えた時、長門有希はやり直そうとしたときがあった。
彼ともう一度思い出を作り、普通の人間として暮らそうとした。
だが、彼はそれを許さなかった。長門有希は彼にとって、SOS団の長門有希だったからだ。そして、処分される筈だった彼女を彼は救い。彼女は彼にありがとうと言った。
「長門……」
長門有希は人間では無かった。機械のように冷たく、ただのロボットのような。無機質な感情。
それでも、彼女は人間でありたかったのかも知れない。
彼女は人間では無く、宇宙人であり、ロボットであり、幽霊のようでもある。それでも
「ながと……」
「それでも俺は、お前は人間だと思ってるよ」
15 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 03:16:27.12 ID:o1tTw8YXO
彼は思う。こいつにはこれから先、どんな未来があったのだろうと。
彼女なりに頑張って、感情を手に入れることが出来たかも知れない。そして、笑い、泣き、怒り、喜ぶことが出来たかも知れない。そして、誰かを好きなって、誰かと幸せになったかも知れない。
そんな思いはすべて、今日、ここで終わってしまった
「――――なんで……長門、なんで……」
すべて空っぽになった気がした。
もうすべて無くなった気がする。
もう何もこわくないようなきがする。だから。
だから。誰でも殺してしまえそうな気がする。
そして、彼は自分を取り囲む人々を見た。
18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/09(土) 03:25:21.08 ID:o1tTw8YXO
十人ほどの人々に彼は囲まれた。いや、囲まれたのではなく。最初からそこにいた気がする。
男性もいれば女性もいる。子供もいれば老人もいる。
人々に共通することは、それは全身至る所にある血のあとだった。
長門の、血。
彼はそんな気がした。長門はこいつらにやられたのだと、そう思った。
長門は、色んな所が無かった。
腕の一部、髪の毛、指、服、足。
彼はただ人々に
それを返してもらおう
そう思った。
………
……
22 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 03:37:04.51 ID:o1tTw8YXO
気が付けば彼は死体のサークルの中心にいた。
真ん中のスポットライトを浴びた死体の隣に彼は寝転んで考えていた。
何故、長門が殺されたのか。
長門を襲った人々は、長門の失った所を持っていた。
正確には、食べていたので、返してもらうのに苦労した。
この人々は、元から死んでいた。頭を潰しても動くので、面倒になり。足をちぎって捨てた。死体だったせいだろうか、簡単にちぎれた。
だからこそ、腑に落ちない。
長門がこんな連中にやられたりするだろうか。長門はいうなれば超人と言っていい者なのだ。そんな彼女が、こんな連中にここまでやられるのはどう考えてもおかしい。もしかすると、他に誰かが―――
「何だか傑作な景色になってんな、ここは」
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/09(土) 04:02:36.24 ID:o1tTw8YXO
瞬時に跳び起きる。
そして、声の元に向かって最短距離で走―――――
「落ち着けよ。そんなぼろぼろな身体で俺と殺り合うなんざ、百年遅い」
身体が、動かない。
何か、身体中を覆っている。何か巻き付いている。
「一仕事やろうと思って来てみりゃすげえことになってっからびっくりしたぜ。あんたがやったのかい」
短パンにTシャツ、サバイバルジャケット、何より一番目立つのは顔面にまがまがしく存在する入れ墨。
「俺の名は零崎人識、あんた、名前は……ああ、いいや、名前を聞くとろくなことがないからな、それに」
零崎人識は
「あんたもう零崎に成ってるみたいだしな」
そう言って、彼の元に近づいた。
34 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 04:18:20.53 ID:o1tTw8YXO
「呪い名?」
「ああ、数ある殺し名の対なる存在。名前の通り呪いを扱うエキスパートだ。アンタんとこの宇宙人さんがどこぞの究極生命体だったとしても、下手すりゃ負けちまうかもな。」
「そんなものなのか?」
「そりゃそうさ、アンタがどんな感覚で強さってもんを知ってるかは知らないが。相性が悪けりゃ綺麗に敗北するぜ」
「ふん……」
あのあと。
彼と零崎人識は、円になった死体から財布を抜きとり、人識が血まみれだった彼の服を買い、今はとあるカラオケボックスに入って話しをしている。
220 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/09(土) 22:15:17.66 ID:o1tTw8YXO
「ところでさ、あんた、"それ"はどうするんだ?」
そう言って、零崎人識は、彼の隣に置いてある大きなボストンバッグを指差した。
「……こいつを、"それ"と呼ぶな」
長門有希は……、連れてきた。
死体から抜き取った財布で大きなゴミ袋とボストンバッグを買い、彼はその中に長門を入れ、ここまで運んできた。
「こいつは物なんかじゃないんだ」
「ゴミ袋に入れてバッグに押し込んだ奴の台詞とは思えないな」
……空気が、凍りつく。
が、それも長くは続かない。
「動くなよ。ていうか、動けないだろ?」
「……っ」
身体が、動かない。動かせない。
指は動くが、腕が動かない。
足首は動くが、膝が上がらない。
首は動いても、頭が動かない。
頭が動いたとしても、頭が働かない。
225 名前:>>220 ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 22:33:30.08 ID:o1tTw8YXO
「落ち着けよ。ここで揉めたって何にもならないぜ」
どの口が……そんな……
「言い方が悪かったな。俺が言いたいのはさ。さっさとそいつを離してやれって事さ、解るか?」
「……」
「俺に言えた口じゃないけどさ、死者に対する冒涜っか、その辺だよ。あんた、今のそいつが何に見える?」
ちらり、と、ボストンバッグを横目で見る。
肉の塊だ。ただの、重い肉。
「お前は、何に見えるんだ」
零崎は「ふん」と言って、彼の隣にあるバッグを開いて、眺めた。
長門だったものの顔がある。
「ただの死体だな、あんたの言ってることが本当だったとしても、宇宙人には見えないよ。血も赤いしな
立派な、人間の死体。
ただそれだけだ」
「……そうか」
彼は何故か、この殺人鬼に何かを救われた気がした。この肉の塊を、人だと言ってくれたことに、少し感謝した。そして、彼は思った。
「じゃ、どうしような、"これ"」
これはもう長門じゃない。そうしてしまおう。と。
232 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 23:02:36.69 ID:o1tTw8YXO
「それじゃ、話を戻そうか」
零崎人識はそう言いながら、夜の京都を歩きだした。
ちなみに、彼が持っていたバッグはカラオケボックスに置いて来た。重くて動き難いから、という理由で。
「呪い名の話だったな……あいつ等なんだが、正直、復讐なんて思いで挑むんだったら、関わらない方がマシだぞ、あんたみたいな新米じゃ、遣われてお終いだろうな。」
「遣われる……?」
「さっき死体が襲ってきたんだろ? ああなるってこと」
死体。
長門有希。
「しかし、それじゃ長門はどうなる? あいつはああ見えて宇宙人だぞ?」
人間じゃ、ない。
「だからさっきも言ったろ。あんたの知ってる宇宙人がどんなに強くても、相性が悪けりゃ負けちまう、そんなモンなんだよ」
「それに」と、零崎は続ける。
「呪い名ってのはあくまで俺の予想だからな、あんたにゃ解らんかも知れないが、今、京都にはありとあらゆる力が集まっているからな。別の勢力って線も捨てきれない」
『京都を覆う力はとてつもなく強大です。それも一つではない、詳しくは解りませんが、複数の力が働いています』
彼は、古泉一樹の言葉を思い出す。
237 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/09(土) 23:23:30.63 ID:o1tTw8YXO
「なあ、なんでこんなことになってるんだ? お前は何をしているんだ? そして―――――」
「―――――零崎ってのは、何なんだ?」
さっきから自分は何もかも置いてけぼりだ。彼はどうしても、今の状況を整理したかった。
そんな彼の前を先行していた零崎はけだるそうに振り返り、面倒くさそうに、言った。
「質問ならさっきのカラオケボックスで全部済ましとけよ……」
「しょうがねえな……」と愚痴りながら零崎は、近くにあった自販機でコーヒーを買い、近くにあったベンチに座った。
彼はブラックで、零崎はカフェオレだった。
「それじゃ、質問の順番通りに説明していこうか――――」
241 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/10(日) 00:01:36.10 ID:U9zfRauEO
「最初は小さな異変だったそうだ。だが、時間が経つごとに……、いや、そいつが近づいてくるごとに、と言った方がいいだろうな。とにかく、そいつが近づいて来るごとに、異変は大きくなっていった。
何があったか詳しくは知らないが、この地のありとあらゆる所がひっくり返ったみたいだぜ。そしてそれは、俺達の「暴力の世界」にも影響した。」
零崎は、気だるそうに説明を続ける。
「まあ、そんな、俺達をここまで、表の世界まで引っ張りだした馬鹿野朗を放っとくわけにはいかないからな。
そういうことで、俺達はここに集まった。そして、俺達七の殺し名六の呪い名が集まったことで、四神一鏡やら玖渚機関やら、そんなあんたが知ることも出来ない連中が集まった。
そんで今、そいつらは限界まで振りまくった炭酸ジュースみてーになってるってことだ。で、あんたの友達はその巻き添えみたいなもんだ」
そう言って零崎は、飲みきった空き缶を近くのゴミ箱にシュートする、空き缶は、吸い込まれるようにゴミ箱に収まった。
「だから俺はその、ここをひっくり返した馬鹿野朗を探していた。で、そこで――――――」
「あんたが零崎に成ったのを見たって訳だ」
243 名前: ◆tSOF7NFWbk [] 投稿日:2009/05/10(日) 00:25:50.14 ID:U9zfRauEO
「さて、最後に零崎について、説明してやる」
零崎は、ベンチから立ち上がる。
「零崎っつーのはな、殺し名七名の一つ、序列三位に入る一族の名前だ」
そして彼も何かを感じ取り、立ち上がる。
「知っての通り、俺の、殺人鬼の名前だ。俺達、零崎一族全体を指す」
目の前には、足取りのおぼつかない人影が、ちらほら。
「俺達はいつの間にか生まれる。そして理由なく殺す。」
十、二十、まだ増える。
「そして、零崎は「俺達が起こす行動」のことを指したりもする」
そして、彼等の周りは人だけとなる。
「まあそれは実際、今体験したほうが解り易い」
零崎人識はナイフを構える。
「さあて、それじゃお前等――――――」
殺して解して並べて揃えて晒してやんよ
殺人鬼はそうして視界から消えた。
64 名前: ◆tSOF7NFWbk[] 投稿日:2009/07/05(日) 00:12:48.76 ID:sKlM88M0
その後のことをすべて話す必要は無いだろう。彼は生きていて、零崎も無傷で生きている。それだけで十分な筈だ。そして今の彼等は、鴨川を、歩いている。
彼が殺人鬼となり、殺人鬼と出会い、大切な人を無くした場所へと、戻っているところだった。
「そんで? これからお前、どうするんだ?」
「……これから、ってのは、なんだ……。そして、俺は、何をすれば、いいんだ?」
何をどうすればいいか、彼はなんとなく理解していた。恐らく”それ”が一番の、最良の選択だと思っている。だが、その回答を自分に求めると、頭の中から黄信号と一緒にかん高いサイレンが鳴り響く。だからこそ、彼は”それ以外”を選ぼうとしていた。
だから、救いを求めるつもりで、彼は零崎に意見を仰いだ。
殺人鬼に、助けを請うた。
65 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/07/05(日) 00:19:13.80 ID:sKlM88M0
「これからはこれから、だ。まず、あんたが探しに来た友達はもういない。あんたの目的はもう、果たせない。そして、ここは今や、ありとあらゆるモノが集い、常識の通じない世界になっちまった。あんたに出来ることなんざねえよ」
お前に出来ることは何も無い。
零崎は、彼にはっきり、そう告げた。
「確かにあんたは零崎に”成った”。だが、あんたは、空っぽなんだよ。」
「……空っぽ?」
「そうだよ。俺達、零崎一賊は呼吸をするように…、いや、”呼吸をする為に[ピーーー]。”だが、あんたはどうしたもんか、”呼吸すら必要ない”、”なにも無くても構わない”、”何も必要としない”。そんな空っぽな、虚無の空間にいるような奴なんだよ。
だからあんたは何も出来ない。殺さない、いや。”殺さなくていい零崎”だなんてのは零崎には有り得ない。異端だよ、あんたは」
「……なら、お前は何故、俺の事を零崎と、そう呼んだんだ。それに……、何も出来ないってのは、なんだ…! このまま、長門を殺した奴を見逃して! 何食わぬ顔で戻れってか!!」
「戻れ? いいや、違うね。あんたの最善の行動は、このまま消えることだろうよ」
71 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/07/07(火) 10:10:46.79 ID:HFbPzok0
「……なんだと?」
零崎は続ける。
「あんた、今のまま戻ることが出来るだなんて思ってたのか? 殺人衝動に目覚め、死体とはいえ十の人間を切り刻んでおいて何を言う。あんたを何故、零崎と呼んだかって? 簡単だよ、すげーシンプルな答えだ。”それが零崎だからだよ”」
零崎は、彼を、彼の目をしっかり見据え、言う。
自覚させるように。
正確に、はっきりと。
「さっきも言ったろ? 零崎は突然生まれ、突然殺しだすってな。あんたはもう零崎なんだよ、俺には解る。いや・・・・・・”俺達だから解る”。もう一度言う、あんたは零崎だよ、空っぽだけどな。立派な殺人鬼さ」
「・・・・・・だから、何だよ。それは・・・、空っぽってなんだ。殺さなくてもいいんなら、戻ったっていいだろ!! 消えろってのは一体どういうことなんだ!?」
72 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/07/07(火) 10:11:42.35 ID:HFbPzok0
そんな彼を見て、零崎は呆れたように「やれやれ・・・」と首を振った。
「さっきから質問しかしねーなあんたは、聞かなきゃ何も解らないのかい。それとも、あんたの頭は飾りなのか? ああ、もしかしたらマジで空っぽなのか? だったら・・・・・・」
切り落としてやろうか。
「っ・・・・・・!!」
彼の身が強張る。いや、強張るなんて生易しいものではなく。金縛りにあったかのように、動かない。
今回は身体に何かをされているわけではない。彼はただ、零崎人識に睨まれている。ただそれだけで彼の身体は、動くことを諦めていた。
単純な、かつ絶対的な、戦力差。
それを彼は、ただ自分が睨まれているだけで、十二分に感じていた。
73 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/07/07(火) 10:13:41.76 ID:HFbPzok0
「あんた、自分がどれだけ危険か、解ってんのか? 殺さない零崎ってのは有り得ない。だがあんたは零崎だ、それは俺が保障しよう。だから、それが危険なんだ。俺が思うにあんたは多分、なんかが足りないんだ。だがもし、その”何か”が
あんたに備わったとき、あんたの中の零崎が覚醒したとき、どうなってしまうかは俺にも解らない」
零崎はゆっくりと、彼に歩み寄る。
手には鋭利なサバイバルナイフ。
「どんだけ危険か自覚したか? 消えろってのはそういう意味だよ。抜き身の刀は要らない、刺さればナイフで十分事足りる。だから、あんた――――――」
ここで消えろ
彼の目には、自分の胸にまるで最初からあったかのようなサバイバルナイフが写った。
85 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/07/25(土) 01:51:33.04 ID:EszuTEg0
彼は考える、自分の人生がここで終わる程のものだっただろうかと。
確かに、彼の人生は平凡だったかもしれない、何かが優秀だったわけではなく。何かが劣り過ぎていたわけでもない。ならば何処で終わろうと結果は同じかもしれない。
だが殺されて終わりというのはどうだろうか。
結構酷い。
というか有り得ない。
こんな、まるで脇役じゃないか。
主人公なのに。
残機は残ってるのか?
それともまさか……夢オチ?
本当の自分は何処かで自分なりにいつもの平凡な生活を送っているのだろうか。
「いつまでやってんだ馬鹿」
と、彼はその声で目を覚ました。
目の前には、零崎人識。
彼は地面に倒れ、零崎は彼を見下ろしている。
86 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/07/25(土) 01:52:31.03 ID:EszuTEg0
「見下ろすってのは本当に気分いいもんだなー、背のたけー奴はいいもんだ」
「……残機が残ってたのか……」
「ふざけたこと言わずにさっさと目え覚ませよスペランカー、今度は洒落じゃすまねえぜ」
「……」
87 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/07/25(土) 01:53:26.94 ID:EszuTEg0
のそり、と起き上がり、辺りを見回す。
場所は鴨川……、長門有希の最後の場所。
そして、零崎人識との始まりの場所。
身体は……動く。胸には何もない。刺さっていた筈のナイフどころか、血の一滴すらも見当たらない。
「アンタは、ここで死んだ
零崎は、kれ―――――――――――――――――――。
――――――俺に向かって、そう言った。
って事にしてやるよ。いや、まさか気絶するとは―――」
88 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/07/25(土) 01:54:35.14 ID:EszuTEg0
俺に、
何をした。
「……?」
零崎は、俺からの何かを感じ取り。後退する。
……怒り?
いや、ただ苛立っている。
俺はただ、零崎人識に対し、恐怖でも、憎しみでもなく。
俺を茶化したコイツの振る舞いに、ただ苛ついている。
「―――ハッ……。」
なるほど、なるほど。
そう言って零崎は、俺を、さっきと同じ目で、[ピーーー]ように見据える。
獲物を舐めるように、固めるように、睨みつける。
89 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/07/25(土) 01:56:14.01 ID:EszuTEg0
よりによって、この俺を―――。
その目で―――!
瞬間、俺の身体が、消える。
アイツの元へ、脳から全身に、最速で駆け抜ける為の信号が走り抜ける。
狙いは頭部。
目的は破壊。
その為に十二分の力を込め、信号の通り、最速の右拳を振るう―――。
「っ―――うおっ!」
その拳を零崎は、身体を捻るだけで回避する、そして離れ際に何本かのナイフを俺の足元に飛ばす。その牽制は有効で、俺の追撃を完全に封じた。
ただ、この身体から流れ出す、このおぞましい”何か”は止まらない。
90 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/07/25(土) 01:58:03.54 ID:EszuTEg0
冷たく、鋭く、ただ速く。
俺の全身を包み込む。
今なら俺は、全てを殺せる。
そんな錯覚に身体が覆われる。
目の前には零崎人識。
「まさか……、これで覚醒したのかよ。擬似的な死を乗り越えてパワーアップってか、何処の金髪戦士だよ……つっても、聞こえちゃいねえか」
目の前の者を[ピーーー]ために、足は前に進みだす。
「とんだ誤算だが……、ま、殺しゃあしねーよ。取り合えずもういっぺん眠っとけ」
家族を守るのは、当然だから
94 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/08/20(木) 00:10:26.97 ID:qNrK.f60
――――。
俺は今、多分気絶している。
死んではいない。何となくわかる。それくらいには、冷静で、思考出来る程度に、平静。多分そろそろ目が覚める辺りではないだろうか
……。
そもそも。
俺は、何を思って此処に居るのだろうか。
長門がホテルから居なくなったとき、俺は何も考えることなく、長門の捜索を決意した。
ここから既に何かがおかしい。
自分で言うのも何だが、俺も少しは考える頭を持っている。筈だ。それが今回、この行動……。
この、異変と殺戮が入り混じった地で、長門が居なくなった。長門有希というこちらの最高のカードを失っていた時点で、取るべき手段は待機と決まっている。冷静に状況を把握し、今ある手札を最大限使いこなし、現状を確保すべきだった筈だ。
そう、こちらから向こう側に攻め入るというのなら、俺達は長門有希に頼る他無い。
95 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/08/20(木) 00:12:11.23 ID:qNrK.f60
古泉一樹という超能力者でもなく。
朝比奈みくるという未来人でもなく。
勿論、俺と言う平々凡々な一般人でもない。
こちらの攻めは、長門無しでは成り立たない。
息を殺して時間の経過を待つしかないのだ。ハルヒに一切の情報を漏らすことなく。事が静まるのを待つべきだった。
……ハルヒ……、涼宮ハルヒ。
長門有希が最高のカードなのだとしたら、涼宮ハルヒは、いわば最強のカード。
いや、そんなものではない。あのハルヒが、あのSOS団、団長様が、その程度、最強の”カード”扱いで済むわけがないのだ。
96 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/08/20(木) 00:15:02.43 ID:qNrK.f60
全てをひっくり返し。
全てをかき回し。
どんな状況をも創り変える。
または……、破壊する。
完膚なきに。
粉微塵に。
世界を消滅させる。
絶対に、ハルヒだけは、動かしてはいけない。動かせない、使えない……いや、遣えない。
遣う事の出来ない最強では、何の意味も無いのだ。
涼宮ハルヒを動かすと言うことは、世界をひっくり返すか、それ以上の異変を世界に与えて……――
『最初は
小さな異変だったそうだ。』
97 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/08/20(木) 00:15:59.18 ID:qNrK.f60
……え?
『だが、時間が経つごとに……、いや、そいつが近づいてくるごとに、と言った方がいいだろうな。』
おい……。待て、まてまてまて。
『とにかく、そいつが近づいて来るごとに、異変は大きくなっていった。』
零崎から聞いた。裏の世界での異常な……、異変……。
『何があったか詳しくは知らないが、この地のありとあらゆる所がひっくり返ったみたいだぜ。』
まさか……俺達が訪れると同時に、なのか……この異変は。
そして、零崎は、その先に、なんと言った。
『そしてそれは、俺達の「暴力の世界」にも影響した』
……だから……。
『まあ、そんな、俺達をここまで、表の世界まで引っ張りだした馬鹿野朗を――――
――――放っとくわけにはいかないからな――――。』
98 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/08/20(木) 00:17:14.73 ID:qNrK.f60
だから……、つまり……。
あいつが追っているのは―――。
あいつの言っていた。”裏の世界”の住人が探しているという奴は―――まさか。
―――、涼宮ハルヒ……?
102 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 13:55:55.16 ID:XxV1Y7E0
もし―――。
零崎の標的が、涼宮ハルヒなのだとしたら、俺はこれ以上、こいつに関わるべきじゃない。
目を開けて、すぐに立ち上がり、こいつと別れよう。
思い立ち、すぐさま目を開き、立ち上がる―――。
「え……?」
立ち上がると、そこは戦場跡のような風景が広がっていた。
「なんだ……こりゃ」
零崎は……、いない。ここにいるのは俺だけだ。他には誰も―――、何も無い。
無事なものは何も無い。
外灯はへし折れ。
電柱はひび割れ。
地面は抉れ―――。
何かが戦った後が、そこにはあった。
103 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 13:56:52.29 ID:XxV1Y7E0
そして、俺の身体も、無事と言えるような状態ではなかった。
全身に、鋭い痛み。
身体中が、血塗れだった。
全身のあらゆるところが切り裂かれている。
血、自体はもう止まっている。また、痛む箇所と服に付いた血の量からして、どうやら全部俺の血らしい。
状況はそんなところ。
何があったのか、理解出来ない。
零崎に刺されてから以降が全く思い出せない。
何故俺は血塗れで、何故零崎が居ないのか、そしてこの光景は一体、何なのか。全く理解出来ない。
104 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 13:57:48.72 ID:XxV1Y7E0
「…………。」
とにかく。
冷静に、落ち着いて、状況を、整理する。
思い切り、深呼吸。
ありったけの空気を吸って、身体の隅々に叩き込む。
そして、思考。
この光景は、誰かが戦った跡だろう。
恐らく、零崎……と、何処かの誰かが戦ったのだ。
死体は無い、零崎も、零崎と戦った誰かも、此処にはいない。場所を移動したのか、それともどちらかがどちらかを連れ去ったのか。
とにかく、そんな、解りもしないことを考えても無駄だ。今は、俺はどうするのかが大事なんだ。他の事は後回しにする他ない。
105 名前: ◆tSOF7NFWbk[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 14:02:19.89 ID:XxV1Y7E0
……戻ろう。そう、戻らなければ。
ホテルに戻って、ハルヒを、守らなければ。
零崎は、このまま消えろと言ったけれど。
お前には何も出来ないと言われたけれど。
空っぽになったらしい、俺の心は。
何も無いはずの、この心は。
殺人衝動よりも、誰かを守りたいと思う気持ちの方が、ほんの少しだけ上回っているらしかった。
108 名前: ◆tSOF7NFWbk[今回これだけ、スマヌ] 投稿日:2009/10/23(金) 04:15:02.44 ID:KYTe0mQ0
これから起こることが予め解っているならば。
(深夜のホテル前)
未来はどれだけ簡単なことだろう。
(誰も居ない、静寂)
どんな危険にも対応し、回避できる。
(ホテルの入り口にある、水溜り)
数ある運命の中から、最良の選択をすることができる。
(赤い、水溜り)
過去を、やり直す
(地面に叩き付けた水風船が拡散したかのような飛び散り様)
未来を、改変する。
(そして、残骸)
そこにはどんな意図があるのか、解らない。
(そして、首)
あの幼い上級生が、何を考え、どんな過去をもっていたのか、解らない。
―――今となっては、何も―――。(幼い顔立ち、柔らかく、しなやかそうな髪、大きな瞳、それは、確実に……)
「本当に、何がしたかったんですか、朝比奈さん」
話しかけても、俺の声は彼女に届かない。
肺から脳への酸素供給を遮断され、心臓というポンプから全身に渡る筈の血は既に体外に飛散している状態で、届く訳もない。
何はともあれ確実に、未来人、朝比奈みくるは死んでいた。
113 名前: ◆tSOF7NFWbk[] 投稿日:2009/12/18(金) 06:13:47.65 ID:O7gZFMM0
「……。」
不思議と……、涙は無い。
ただ漠然と、自分の足元の肉塊を眺める。
朝比奈みくるであったモノを、見下ろす。
「……。」
潰れたようになってる所を見るに、上から降ってきたのだろう。真上に視線を向けると、ホテルの、何階か、とにかく、上から数えた方が早いであろう階、そこの窓が開いている。
恐らく、あそこからここまで、身体は落ちてきたのだろう。
首は、後からのようだ、傷一つない。後から誰かが、ここまで添えに来たのだろう。
……理解は、した。
「……なるほど?」
何の為にこんなことをしたか、なんてことは言いはしない。
ようするに、誘っているのだ。
誰でも、というわけでもなく、何処かの誰かでもなく。
オレを、誘っている。
ピンポイントに、オレのみを、誘っているのだ。
そうでもなければ、此処にある肉塊は、誰でもいい、誰だっていい筈なのだ。
オレ以外を誘うのであれば
ここにある肉塊は、朝比奈みくるである必要なんて、存在しないのだから
偶然でも何でもない、想像でも推理でも何でもなく、ただの確信でしかない。
114 名前: ◆tSOF7NFWbk[] 投稿日:2009/12/18(金) 06:15:38.89 ID:O7gZFMM0
「やれやれ……」
それはオレに、確かに伝わった。
後はオレが、それに応えよう。
「そんなに死にたいのなら、殺してやるよ」
こうしてオレは落ちていく
ハルヒの姿は何処にもない。
そんなモノは、朝比奈みくるによって消え去った。
長門有希によって、揺らいでいた、あの団長様の姿は
もう、見えなくなっていた。
そして、涼宮ハルヒによって繋ぎとめられていた。オレの殺人衝動を、オレの零崎を、封じていた鎖は。
完全に弾け飛んだ。
「……それでは」
足元の肉塊を、越える。
踏み越えて、ホテルの入り口へ。
「さようなら、朝比奈さん」
あなたのことは、よく解らなかったけれど。
あなたのことは、好きだったのかも知れないけれど。
もうすべてお仕舞いですね。
残念でした。
そして
零崎を、始めます。
118 名前: ◆tSOF7NFWbk[] 投稿日:2010/01/07(木) 14:45:28.40 ID:U8bljQk0
――――
―――
――
「なあ、長門、ちょっといいか」
放課後の文芸部・・・・・・もとい、SOS団部室で、俺はいつもの席で、いつもの様に読書をする長門に声を掛けた。
正直返事が返ってくるかどうか解らなかったし、さして返事に期待していた訳でもない。所詮はただの暇つぶしだったのだから。
ちなみに今、ハルヒや朝比奈さんや古泉は、少し前に帰宅している。よって、この部室には俺と長門の二人だけな訳だ。
別に、気まずい空気が流れている訳ではない。長門がまるで置物の様に喋らないのはいつものことであり、それに俺がいつも話しかけるわけでもない。
ようは本当にただの暇つぶしだ。だから、これからの会話は、何の意味もない、高校生という立場の、年相応の、無駄話でしかないのだ。
少なくとも、この時は、確かにそうだった筈だ。
「何」
長門は、長門有希は、本から視線を話さず、俺の声に応えてくれた。
「何でお前は、本を呼んでるんだ?」
長門は、本から目を外し、その目を俺に向ける。
無機質で、深く、黒い瞳が、俺に向けられる。
119 名前: ◆tSOF7NFWbk[] 投稿日:2010/01/07(木) 14:46:26.45 ID:U8bljQk0
威嚇するわけでもなく、警戒するわけでも、ただ、そのままの意味で、俺を見る。
そして、いつもの簡潔な答え。
「文芸部という、所属した部の活動として、読んでいる」
長門の視線は、また、本に戻る。
「・・・・・・じゃあ、お前が読みたくて読んでいるわけじゃないのか」
「そういうことではない」
今度は本から目を離さない。
「読書という行動は、私という存在を定義するための一部となっている。よって、読書は不要ではなく、必要な行動としている」
ページを黙々とめくりながら、淡々と話し出す。
「ふん・・・・・・? なら、お前は、読書という行動が大事なのであって、例えば今、お前の読んでいる、その馬鹿みたいに分厚い本の内容は何だっていいって、そういうことなのか」
また一ページ、めくる音。
「それは、少し違う」
120 名前: ◆tSOF7NFWbk[] 投稿日:2010/01/07(木) 14:47:18.66 ID:U8bljQk0
「・・・・・・少し?」
「少し」
栞を本に挟み、その本を閉じた長門は、自分の座っていた席を立ち、本棚に本を置いて、俺の前にあるパイプ椅子に座り、俺と向き合う形をとった。
「私は書物という媒体を通して、情報思念体という存在に、概念を与えようとしている可能性がある」
「可能性がある?」
長門は首を左に数ミリほど傾ける。もしかすると、悩んでいるのかも知れない。
「不明、よって、推測。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「私は、何かを求めている」
「・・・・・・」
「それだけは、確かなこと」
そう言って、長門は立ち上がり、部室を後にした
こうして話は、ここで終わる。
長門有希が何を求めて、何故本を読むのか、自分でもよく解らないと、あいつは言った。
だが、もしかすると、あいつは自身で解っていたのだと思う。
あいつは多分――――。
―――
――