古泉「魅力的な人だとは思いますが」


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1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:15:06.80 ID:ljfmG9rv0

全部じゃないけど、途中まで書き溜めある

困ったことにオリキャラ出てくる予定

しかもベタな使い方なんだぜ?

まあ付き合ってくれ

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:16:11.16 ID:ljfmG9rv0

「バイトがあるので今日は先に失礼します。」

にやけ面がドアから顔だけ覗かせ帰って行った。
一見すると日常に見える非日常のサイン。
それにしても、これから身体を張った面倒事が待っているというのに、よくもまあにやけていられるものだ。

「古泉君帰っちゃったの?この間のお礼に勲章をあげようと思ってたのに。」

古泉と入れ替わりに部室に現れたハルヒが残念そうに言っている。
ていうかくだらないことを考えるな。
副団長の腕章をもらったときに古泉がしてみせた気持ち悪いウィンクを思い出しちまったじゃねえか。


5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:18:29.94 ID:ljfmG9rv0

「まあバイトなら仕方ないわね。明日また渡すことにするわ!」

ハルヒは今日も上機嫌だ。
これというのも、先日の『脚本・監督:古泉・機関』『主演:俺』の恥ずかしいホワイトデー企画が功を奏したお陰なわけだ。
あれは本当に恥ずかしかった。詳細は・・・すまん思い出したくない。

しかし、ハルヒはこんなに機嫌がいいのに本当にいつものバイトなのか?

「なあ長門、ハルヒって今日機嫌悪いのか?」

俺は古泉の代わりにオセロの相手をしてくれていた長門に小声で確認を取ってみる。
ちなみに、こいつの打ち方はこいつの生活スタイルと1ミリもリズムが変わらない淡々とした打ち方だ。

「異常はない」

そして、その打ち方と1ミリも変わらない程に迷いの無い平坦口調での回答だ。
続けて訊いてみる。

「それなのにまたあのとんでも空間が発生してるのか?」

「発生は確認されていない」

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:20:40.83 ID:ljfmG9rv0

やはり1ミリも普段と変わらない口調。
こいつが嘘を付くわけがないし、万一嘘を付いていたとしても、長門検定師範級を自負する俺に何の違和感も感じさせないでこいつがそう言うんだ。
間違いないのだろう。

「じゃあ今日のバイトって何なんだろうな・・・」

まああのインチキ機関のことだ。色々やることはあるんだろう。
先月の森さんと新川さんなんかカーチェイスやってたもんな。
日頃から訓練とかもあるのだろう。
それにしてもあの時の森さん怖かったな・・・

「知・・・な・・・方がいい」

ん?何がいいって?
長門が何か言った気がしたが、そこには俺が石を置くのを待って普段と何も変わらぬ佇まいで本を読んでいる長門。
気のせいか。


7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:22:50.48 ID:ljfmG9rv0

俺は盤面を見遣りながら背もたれに体重を委ねる。
さて、どう考えてもこれは負けだ。こいつにはもう大分前から終局が見えていたんだろうな。
流石に古泉より1枚も2枚も・・・っていうか1000枚くらい上手だ。勝てるわけがない。
やっぱり俺には古泉くらいがちょうどいい。

ってあれ?
何で勲章は古泉だけなんだ?

「なあハルヒ。俺に勲章はないのか?」

俺だって頑張ったんだぞ?恥ずかしい想いをしながら。

「あんたはどうせ古泉君に従ってやっただけでしょ!指示に従うだけなら誰にだってできるわ!発案した人、企画した人が一番の功労者なのよ!」

ふむ、それも一つの考え方だな。
ていうかもらっても困るのが実際のところだ。

「あんたも古泉君みたいに気が利くようになりなさい!そしたら平団員に昇格させてあげるから!」

満面の笑顔で部下のやる気を鼓舞してくれているわけだが余計なお世話である。
平に昇格したところで結局は何も変わらないだろうからな・・・

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:24:40.00 ID:ljfmG9rv0

・・・
・・


とある墓地の一角
一本の樹と並ぶ一つの墓石の前にしゃがみ込み、手を合わせながら目を閉じてじっとしている少年の後ろに、一人の女性が歩み寄る。
一見若くも見えるが、その佇まいには明らかに見た目とは不均衡な奥行きを感じさせる。

「貴方が帰ってからと思って待ってたんだけどね。」

女性は少年の後ろから声を掛ける。
どうやら少年が用を済ませて立ち去るのを待っていたようだ。

「森さん・・・」

少年は振り向き、ぽつりと呟く。

「でも長過ぎよ。墓参りに1時間も掛けないでほしいわ。まったく、女性を待たせるなんて。」

微笑と揶揄を帯びた優しい口調から、決して非難を意図しているわけではないことは明白だった。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:25:29.80 ID:ljfmG9rv0

「済みません・・・」

少年もそれを介してか、短くあっさりと返す。

「・・・謝罪したいのは貴方に酷なことを強いている私の方よ。」

一変して女性が許しを請う。

「全くですよ。お陰様で毎日が目紛しく感じて仕方がありません。」

対して、少年は笑顔を張り付かせて応える。
言葉をその笑顔で解釈するなら、それは非難の形に見せた謝意の表明にも取れる。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:26:18.26 ID:ljfmG9rv0

「・・・そう。」

少年の真意は分からないが、女性は短く応えた。
女性がただとりあえず応えたのか、二人の間で共通認識があったのか、それは分からない。

しばしの沈黙が流れ、少年が再度向きを戻そうとすると、女性が口を開いた。

「あの樹・・・」

女性は、墓石の横に立つ、まだ未成熟とも言える大きさの樹を見ている。

「大きくなったわね。」

明らかに同調を求める口調であったが、少年が応えるのには数秒を要した。

「一年近く、経ちましたからね。」

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:27:16.20 ID:ljfmG9rv0

――
――――
―――――――

中学1年の夏頃、僕は奇妙な感覚に見舞われた。
昨日までは一切存在しなかった認識、過去に見たこともないはずの映像、過去に一度も経験したこともないはずの記憶、それらが自分の知る限り一切の因果もなく突如として自分の意識の中に現れたのだ。

何故自分が危険を犯してまでそんなことをしなければならないのか、何故自分なのか。
しかし、突如として与えられた認識は、いくら否定しようとしても、いくら夢だと思い込もうとしても、自分の中で頑固なまでの主張を持っており現実を突きつけて来る。
僕は錯乱状態に陥っていた。

また、それとほぼ時を同じくして、僕は分けの分からない組織間の争いらしきものに巻き込まれていた。
自分が最早普通の人間ではないことは否応無しに分かってしまっていたが、何故自分がこんなわけのわからない抗争らしきものに巻き込まれているのかはわからなかった。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:28:02.05 ID:ljfmG9rv0

いきなり車の中に連れ込まれたりする一方、真摯に誘われることもあると思いきや、別の人達が割って入ってくる。
本来であれば、自分の身に危険が及んでいることを理解するべきだが、それすら認識でき無くなっているほど、僕は自分に与えられた責務の重圧に翻弄されていた。

そんな中、ただ怯えながら濁流に流されるだけでしかなかった僕を最終的に毎度救ってくれたのは、決まって一つの数人組のグループだった。
もっとも、そのことを落ち着いて認識するのは日数が経ってからのことであったが。

そのグループは一人の女性を中心にしていて、僕が誰かに迫られたり、連れて行かれたりしては現れ、気がつけば僕は解放されている。
そういった出来事が何度反芻されたはわからない。その解放の手口は暴力や銃声と言ったものが付属していることもあり、それもまた恐ろしいものであったが、何故かその人たちは僕を解放してくれるだけで、一切僕を誘おうとはしなかった。
そして、いつしか僕の中では彼女達への安心感が芽生えていた。


18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:29:30.78 ID:ljfmG9rv0

「どうして皆、僕を必要とするんですか?」

時間が経ち、自分が自分らしきものを取り戻すに至った頃、僕はリーダー格の女性に訊いてみることができた。

「貴方にも目覚めた能力の自覚はあるのでしょう?」

そのことを貴方達も知っているのなら・・・

「どうしてお姉さん達は僕を誘わないんですか?」

お姉さんと言われたことに意表を突かれたのか、少し戸惑った様子を見せた後、口元に微笑を惑わせながら彼女は応えた。

「貴方はまだ幼い。」

それぞれ僕を必要としている人たちが、それぞれどういう目的を持っているかはわからない。この人たちが何を目的にしてるのかもわからない。
それなのに次の瞬間、何の考えも纏まっていないのに、何の覚悟もないのに、僕は口の端に上せてしまっていた。

「僕も一緒に連れて行って下さい。」

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:30:31.47 ID:ljfmG9rv0

女性はさらに戸惑った様子を見せたが、いつも僕を送ってくれる黒塗りの車に僕の手を取って何も言わずに優しく誘導してくれた。

どうしてこんなことを言ってしまったのかはわからない。
何度も助けてくれた恩返し?いや、それは本末転倒だ。
確かに何度も助けてくれたけど、それは僕を他に取られたくないからというエゴも含んでいる。
でも、少なくともこの人たちは、幼くまともな身寄りが無い僕を気遣っていてくれたことは間違いのないことだった。

何より、自分に安心を与えてくれるのはこの人達であると信じて疑っていなかったことも確かだ。
自分には、見たことも無いのに頭の中で鮮明に映し出される、あの化け物と戦う使命がある。
ただそれを理解しているだけで、何故自分なのかわからない。怖い。誰かに変わってもらいたい。
でも、この人たちはきっと僕を守ってくれる。
そう信じていた。


20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:32:58.25 ID:ljfmG9rv0

しかし、その期待は裏切られていた。
自分の周りで起こっている出来事に付いて行けていないのにも関わらず、環境だけは目紛しく変化する。
毎日新しく色々な人に出会い、挨拶をし、色々な説明を受ける。
誰が誰だかも分からない。何を言われたのかも、自分が何を言ったのかも記憶がない。
いつの間にか僕は元々通っていた中学校から転校していて、新しい住まいに住んでいる。
頭の整理が追い付かない・・・

ただ僕は安心が欲しかった。ただ守ってほしかった。
それだけなのに、時間は流れ、いつの間にか僕は立っていた。
閉鎖空間―機関の人たちがそう呼ぶ『彼女』の精神世界に・・・

薄暗い不気味な空間の中で、圧倒的な存在感を誇る青色の巨人が暴れ狂うだけの、現実とは思えない光景。
能力を持った人だけでなく、意味があるかは分からないが無能力の人たちも武器を携え戦っている。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:34:52.65 ID:ljfmG9rv0

怪我をしている人がいる・・・
それどころか下手をすれば怪我をする程度じゃ済まない・・
実際に目の当たりにして、恐ろしさで身体が竦み上がる。
喉が痛い、声が出ない、空気が足りない。
あんなのに僕が立ち向かうの?
守ってくれるんじゃなかったの?
何で僕が?何で僕なの?

空間が拡がっていくのが感じ取れる。
拡がり切った時、どうなるかを直感してしまう。
多くの同士が傷付いていくのが見える。
自分に与えられた責務の重さを改めて実感する・・・

僕は、自分の傍らに降り立った同士が悶絶しながら苦しみ始めたのを見て、情けない悲鳴を挙げた挙句、失禁していた。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:36:24.40 ID:ljfmG9rv0

やるべきことは分かってはいても、課せられた使命は僕に取っては重過ぎた。
漫画的・アニメ的な、世界を救う異能の力を持ち、悪と戦う英雄。
中学生である自分も含めた一般的な男の子が一度は想い描く妄想世界。
しかし、実際にその舞台に立たされようとした時、想い描いているように動ける子供は果たしてどれくらいいるのだろうか。

『幼いから仕方が無い』『こんな年齢で・・・可哀想に・・・』
僕は、そんな哀れみを持って応じられた。

ただ流れるままに連れて来られているだけなのにも関わらず、僕がちゃんと閉鎖空間まで来るだけで皆誉めてくれた。
何もしてないなくても、ただ閉鎖空間から帰ってくるだけで皆誉めてくれた。

しかし、それも初めの内だけだった。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:39:08.46 ID:ljfmG9rv0

組織はまだ完全じゃない。
指揮系統の未統一、構成員の意志の不徹底、情報伝達システムの不完全さ、人手不足、役割の未分担、能力への不順応・不覚悟、毎度毎度パニックにも似た慌ただしい対応。

そんな中でただおどおどしているだけで何もしない自分。


多くの同士が傷付き、疲弊し、憔悴し、互いに気遣う余裕も無く、互いに非難し合う状況。
おそらく自分の使命を完全に受け入れている人間も少なかったのだろう。

そんな中、ただ怯えているだけで何もしない自分。

本来、戦力として貴重な能力を持つはずなのにも関わらず・・・である。


いつまでも変わらないそんな僕に対して、無際限の優しさで応えてくれる人は少しずつ減っていった。

2ヶ月もした頃、少しずつ囁かれ始めた僕の評価 ―

『選ばれざる人』

僕は神に因って選ばれた身ではあったが、神に選ばれた人たちに因って『選ばれざる人』に選ばれた。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:41:42.68 ID:ljfmG9rv0

「大丈夫。何も気にする必要はないわ。そのうち見返してやればいいだけ。」

いつも励ましてくれる人も居た。

とは言え、いくら励まされたところで、分けも分からずこんな状況に至ってしまった挙句、日々非難を浴びせられる。陰口を叩かれる。不甲斐無い自分のせいで苦労する人がいる。傷付く人が居る。
でも、自分自身、好きでここに来たわけじゃない。
僕は一体何なのだろうか。何のためにここに居るのだろうか。

現状がはっきりと認識出来ずに得体の知れない自己嫌悪と不安に悩まされる中、はっきりと核として存在していたのは、会ったことも無い『彼女』への憎悪だけ。

数ヶ月の間で培われた僕の屈折した感情は、明らかに日常生活をも浸食していた。
鬱屈した性格と、その性格を反映したかの雰囲気を纏った内気な子供が、新しい同級生達の嫌悪の対象になるのには、それほど時間は要しない。
しかし、不思議と同級生へ向かう荒んだ感情は無かった。それは自分自身も自分自身が嫌悪の対象であったためであると思う。
同級生は自分の思念の化身、そう思えた。存在が目障り。見たくない。消えてほしい。同級生が僕に向けるものは全て自分が自分自身に向けているのと同じものだ。


そんな中で現れた転機―


それが彼女だった。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:45:03.65 ID:ljfmG9rv0

「ふうん。古泉一樹君か。良い名前だね。」

初対面での挨拶で彼女が僕に掛けてくれた言葉はこれだった。

「一樹、一本の樹か。懐の深さを感じさせる名前だよね。それに優しい感じがする。」

名前を誉められることなんて過去には無かった。
誰に付けられたのかも知らない名前だけど、でもそれは間違いなく自分のもの。

「大きな樹に育てば良いね。」

屈託の無い笑顔でそう言ってくれた。
素直に嬉しかった。

彼女は僕と同年齢で、僕より遅く機関にスカウトされてきた、感じのいい笑顔を持った少女。
こんな子が背負うには重過ぎる使命、誰もがそう考えていたと思う。
しかし、機関の人達にとっての予想はいい意味で裏切られた。

彼女は年齢にも性別にも容姿にも不釣り合いなまでの非凡な胆力を備えていた。
彼女は初陣にして臆することなく、見事に神人の片腕を消滅させる働きを見せたのだ。

同年代で、しかも少女、そんな彼女の参加は、僕に対しての風当たりが明らさまなものへと変わる転機ともなるはずだった。
しかし、僕とっても明らかな転機であった。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:46:59.06 ID:ljfmG9rv0

「何言ってるのよ?怖いに決まってるじゃない。」

僕は彼女に素朴な疑問をぶつけてみた。

「自分に課せられた責任、命を落とすかもしれない怖さ、不安・・・だけど・・・」

だけど?

「やらなければいけないってことが分かってしまうんだから、仕方ないじゃない。」

別に最後は予想できない言葉では無かったけれど、実際に言われて驚いた。
彼女は僕よりよほど成熟している。
どういった環境で育てばこの歳でこういった覚悟を決められるようになるのだろう。




34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:48:38.36 ID:ljfmG9rv0

「それとね、ここだけの話よ?」

彼女は周りを気にしながら顔を近づけ、小声で続ける。

「ちょっと不謹慎だけど、変身もののヒーローなんて面白いじゃない?」

『赤玉はちょっとかっこよくないけどね。』そう付け足しながら彼女は恥ずかしそうに笑っていた。

彼女は、突然放り投げられた非日常の境遇を、自分に突然課せられた過酷な使命を、ただ『面白そう』という言葉であっさりと片付けてしまった。

この言葉は、別に大した意味のある言葉ではなかっただろう。
だけど、なぜだろう
身が軽くなった気がした。


この日から僕に対しての評価は少しずつ変わり始めた。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:50:58.60 ID:ljfmG9rv0

・・・・・
・・・


月日は流れ、彼女と出会ってから僕の年輪は2つの輪を重ねていた。中学卒業は間近だ。

僕は一度落ち着きを取り戻してからは、当初の臆病さの質が変わり、年齢に見合わない思慮深さと慎重さを行動規範に持つ超能力者として、その立ち位置を明確にしていた。

周囲はこれを成長と言うが、これを成長と言うなら世の中には新しい辞書が必要だ。成長と妥協という語彙を再定義する必要がある。
理由も無いのにいつの間にか気にならなくなっていた自分の境遇や『彼女』への憎しみ、それに伴って変わった自分・・・これらは成長と言うよりただの妥協と言った方が的確だ。
自分は何も成長してなどいない。ただ投げ出しただけだ。妥協を繰り返しただけだ。

彼女はと言うと、こう言うと失礼かもしれないが、何も変わらない。
純粋に真直ぐで、許容性に富んで剛胆、それらは出会った頃と変わらない。変わらない上で磨きを掛けている。
彼女はあまり妥協を良しとせず、自分の芯はしっかり通す。
悪い言い方をするとただの我侭だが、彼女がそれで自分も周囲の人も納得させる力を持っていることを考えるなら、そんな簡単な非難の言葉には集約できない。
彼女を見ていると、年月を経て芯がいつまでも変わらないことこそ、本当の成長と言えるのではないかと考えてしまう。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:54:10.31 ID:ljfmG9rv0

こんなくだらないことを考えている僕に対して、彼女は

「一樹は中学3年で170センチ以上でしょ?あと10年も経てば3mくらいまで成長してるかもしれないね。大きな一樹、見てみたいなあ。」

なんて僕のそれのさらに上を行くくだらないことをくすくすと笑いながら返してくれた。
確かにそれなら成長に間違いない。
彼女はおそらく無意識に僕の思考を心地よく転換してくれる。

そんな僕らの相性はとてもいいらしい。
各能力者とも経験を重ね、個々の戦術・連携がしっかり身に付き神人倒しも手慣れたものになっていたが、殊に僕と彼女の連携は高い戦果を挙げており、僕と彼女はエース的な存在になっている。
超能力者は、感応力というか感受性というか、『彼女』に年齢が近い程その影響を受け易いらしく、その超能力が高く身に付く傾向にあることから当然の帰結とも言える。
それでも彼女は、少年少女が中心に世界を救うというシチュエーションに興奮を禁じ得ないらしく、「益々創作の世界みたいね」なんて言いながら喜んでいた。

ちなみに、機関は組織としての体裁がすっかり落ち着き、組織的な活動が十全に機能するようになっている。
活動に余裕を持った組織が、新たな事業に手を出すのは自然な流れなのだろうか。
閉鎖空間を余裕を持って消滅せしめることができるようになってきたことから、機関は活動の範囲を拡大し、『彼女』自身の身の回りにも積極干渉することを決めていた。
『彼女』が高校に上がり、『彼』と接触をする時を皮切りに、様々なプロジェクトが開始される予定だ。


38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:55:54.26 ID:ljfmG9rv0

・・


この頃の彼女との会話は、殆どが高校についてだ。

「ところで、一樹は北高でよかったの?一樹はもっとレベルの高いところに行くべきだと思うけど。」

僕達は『彼女』が北高受験を決めた時に合わせて、北高へ入学することが既に決定していた。
しかし、それは使命だし、そんなことを言い始めたら彼女にも言えることだ。

「あたしがもっと上にいけたっていうのと一樹じゃ全く意味もレベルも違うでしょ。上も気が利かないわね」

別に僕自身としては、どこの高校か何てことはどうでもいい。
何処でも良いとまでは言わないが、勉学について言うなら、最低限の設備とモラルさえあればあとは信念次第でどこに居ても同じことだ。
どこに居たところで、僕の知識欲が無くなるわけではない。僕の学業への姿勢が変わるわけでもない。
むしろ必要以上に強制させられるより、北高くらいに居た方が本来の自分を見失わずに成長が望める。

「そう言う辺り、一樹らしいのかもね。まああたしとしても一樹と同じ高校行けるわけだから文句なんて無いけどね。」

自分だってそうだ。
彼女と同じ学舎に通えるというのに、これ以上望むことは多くは無い。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 20:58:39.14 ID:ljfmG9rv0

・・・
・・


一番話題で多かったのは、彼女の高校生活についての期待だった。

「それにしても高校生活が楽しみね!まさか神と同じ高校で、しかもクラスメートになるのよ!?」

プロジェクトの一貫として、彼女は『彼女』と同じクラスで接触と監視、僕は別のクラスからの後方支援を任されることになっていた。
もっとも、彼女は仕事として以上に、『彼女』と接触できることに喜びを持っていたが・・・

「多分気が合うと思うのよね。絶対良い友達になれるわ。」

腕を組みながら自信満々に言う。
『彼女』のことは資料の上でしか知らないけれど、確かに気が合うかもというのは何となく納得できる。
彼女は変な剛胆さを持ち、日常や平穏より変化やリスクを好む。
それはまさしく僕が資料の上で知る『彼女』の性格に近いものがある。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 21:07:40.68 ID:ljfmG9rv0

以前、この指令の内示を受けてはしゃいでいた彼女に対して、『もう少し高校生らしい日々を夢見ても・・・』という類のことを言ったことがあった。
それに対しては、まあ予想通りと言うべきか『そんなのつまらない』という一言で終わってしまった。
『彼女』に訊いても同じことを言ってきそうだ。

「しかもしかも、『彼』も同じクラスになるかもしれないんでしょ!?」

『彼』とは、『彼女』の力の鍵となる存在。詳細は一切不明。
機関でも『彼』が何者なのかは様々な議論がされ、調査もされたが、結局は生物学的にも能力的にも系譜的にもただの一般人という結論しか出ていない。
しかし、『彼女』の能力の要であるということだけは分かってしまう『彼女』並みに謎の存在。

『彼』が同じクラスになることは、その後に何が起こるか予測が付かないため、機関としては避けたいことでもあった。
出来る限りの根回しもし、同じクラス云々以前に同じ高校に通うことが無いように手を打っていたが、それは何故が悉く失敗し、今に至る。
おそらくは『彼女』の無意識によって為された業だが、機関にとっては警戒してもし過ぎにはならない自体である。

まったく・・・『彼女』だけでなくそんな『彼』まで同じクラスに居るであろうというのに、それでも楽しそうだなんて、僕には一生かかっても持ち得ない感覚だろう。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 21:18:03.03 ID:ljfmG9rv0



・・・
・・


「ちょっと一樹!見た!?」

彼女が言いたいことはよく分かっている。
先日渡されたTFEI端末や未来人達等の資料についてだ。

「そうそう!何であの子達あんなに可愛いのかしら!」

確かに、資料に載っている女性達はどれも美形と言って言い過ぎではない容姿を備えている。

「特にこの未来人の子!実際の年齢は分からないけど、是非友達になりたいわ!」

TFEI端末と、というよりはましだが、どっちにしろ自重してもらいたいものだ・・・

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 21:30:19.74 ID:ljfmG9rv0


「超能力者代表の女性として気を引き締めて行かないとね!恥を晒すことになってはいけないわ!」

一体何の心配をしているんだ・・・

「『彼女』と『彼』だけでなくて、こんな宇宙人や未来人がいるんじゃ、考えるだけで楽しみが増すわよね!」

その異常なまでに光輝燦々とした目の輝きは何なんだろう・・・
頼むから少し自重してくれよ。思わず苦笑してしまう。
まあ『彼女』とは違っ常識的な行動規範を有していることが救いだ。せめて少しは慎重な行動を心がけてほしいものだけど。

「何も心配いらないわよ。いざって時は一樹がバックアップしてくれるんでしょ?」

でも、だからこそ、自分のような人間の後方支援が必要なんだ。
彼女もそれを信頼してくれている。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 21:37:06.15 ID:ljfmG9rv0

・・・
・・


そしてやってきたあの日。

この日は天気もよく、風も無い上に、異常なほどの静けさも揃えた日だった。
実際に周りが静かなのか、自分が落ち着いているだけなのかは分からない。

『何かを予感させる日だった。』そんなことは後になれば誰もが口を揃えて言いそうなものだ。
しかし、ただの虫の知らせというレベルものであったとしても、事前に今日という日に朝から違和感を持ってしまうことは超能力者としては看過できない。
今までは無くても、今日になって何かを予見する能力が身に付いても不思議ではない環境で生きているのだから。

そして、それは的中する。閉鎖空間の発生である。
しかし、昔はあんなに恐れた日常の中に隠れた非日常の閉鎖空間の発生、最早それも日常の中に組み込まれてしまっていたため、何だこんなことだったのかと胸を撫で下ろしてしまう自分がいた。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 21:43:31.62 ID:ljfmG9rv0

こんなことかと考えてしまう辺り、また成長というか妥協が一つ増えたのかなと思えてしまう。
彼女ならこの問にどう返してくれるのだろう・・・
そう思いながらいつぞや僕を機関に案内してくれたものと同じ黒塗に乗り、現地に赴く。

別に僕がもたもたしていたというわけではないが、他の能力者は既に集結し、開始しているとのことだった。
彼女もいつも通りあたかも狩猟でも楽しむかのように縦横無尽にその力を発揮しているのだろう。

車から降り、不可視ではあるが、はっきりと感じる空気の壁の前に立つ。
閉鎖空間に侵入する前、僕は一つ、そしてまた一つ深呼吸をする。
別に緊張しているわけではなく、頭を空っぽにした方が能力が強まるような気がする、そんな単なる願掛けだ。
深呼吸を済ませ、喧噪が通常より遠くに感じるようになった後、喧噪を置き去りに閉鎖空間に入った。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 21:48:13.11 ID:ljfmG9rv0

ここに来たとき、僕は決まって彼女を確認することから始める。
・・・しかし見つからない。
いつもは視認するより早く認識することができるのに、視認もできない。

いつもより赤玉の数が少ないような感じがする。いや、少ない。
何かおかしい。
僕は角度を変えてみようと少しずつ歩き始めた。

「古泉来るなっ!」

なんだ?
叫び声が聞こえた。
上の方ばかり見ていて気づかなかった。
声の方向に目線を落とすと、誰かが倒れていて、声の主が傍で傷の手当をしているように見えた。
再び沸き出した悪い予感と悪寒が一気に全身を駆け巡る。


55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 21:49:25.97 ID:ljfmG9rv0

僕は駆け出した。

「来ないでくれっ!!」

だから少しは慎重な行動をしろと言ったんだ。

「来てはだめだっ・・・!!」

だから僕のような後方支援が必要なんだ。

・・・

「何だこれ・・・」

駆けつけた僕の口から思わず漏れる。
そこに居たのは最早人間の態をしていない彼女だった。

「古泉済まない、俺の・・・」

嗚咽混じりに言っている。
別にそんなことはどうでもいい。

変だな、周りの瓦礫の崩れる音もしっかりはっきり聞き分けられる。
音がスローに聞こえる。
仲間の死は初めてではないことから慣れてしまっているのか、状況にそぐわない程に静かな自分がそこに居た。


56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 21:53:00.03 ID:ljfmG9rv0


「バックアップ・・・遅いぞ」

消えそうな声で彼女が言う。
僕はただ黙って彼女を見つめていた。

これはもう助からない
それは素人が見ても明らかなこと
そんなことを考えていた

「一樹の分析は・・・いつも正確だね」

思考を読み取られる。
この期に及んで取り乱さずにいる彼女の自制心には関心してしまう。

ここだけ見れば普段と何も変わらない遣り取りなのに、一方はもう人間としての活動が停止しつつある。

「高校生活…楽しみだったのにな・・・」

抱き起こしたくてもどこをどう触れていいのかわからなかった。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 21:56:33.63 ID:ljfmG9rv0

一体なんでこんなことになったのだろう。
彼女自身のミスか?それとも仲間の?違う。
そもそも遅参した自分?違う。
じゃあ一体この帰結は何から得られたものだ?

「『彼女』を…恨まないでね」

僕が最終的に至るであろう答えを彼女は導き出した。また僕が何を考えているのかを読み取ったのだろうか。いや、そういうわけでは無いだろう。
おそらくこれは事実上の遺言に近いもの。
しかし悪いけどそれには承服しかねる。

「あいつは、お前をこんなにしたやつだろ。」

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 21:56:46.89 ID:ljfmG9rv0

そうだ
そうだった
全ての元凶はあの女

「違うよ 神様・・・でしょ」

神様ってやつはよっぽど無能で醜悪で怠惰で驕慢で頑迷な存在なんだな
・・・だがそんなものを神様とは言わないだろ?

「出会…せてくれ・・たじゃ・・・」

彼女の声は消え行く。
表情を構成している筋肉は笑顔らしきものを主張しているが、目はただのプラスチックのように光り無く、それでいて下半身が無い異様な物体だけがそこに残った。

あっけない幕引きだった。
彼女の笑顔を見るのもこれで見納めだ。
残骸もここで消える。
閉鎖空間は崩壊する時、現実世界からの携行品以外の非生物は排出してくれない。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 21:58:47.96 ID:ljfmG9rv0

・・・・・
・・・


気づくと、僕は自分の部屋で横たわっており、謹慎処分を命じられていた。
あれから数日経っている。

「貴方が取ったという言動は、確かに誉められたものではないけど、気持ちはよくわかるわ。」

そうですか・・・

「だから機関も貴方に対してそれほど厳罰は処置は考えていないわ。」

どうでもいい

「月並みだけど、あの子が貴方に何を期待するかを考えてみなさい・・・」


61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:00:56.85 ID:ljfmG9rv0

・・・
・・


時々森さんだけでなく医者も診に来る。
とは言っても僕には外傷は無い。

医者はただ僕と雑談だけして帰って行く。
この雑談で僕を診療しているのだから不愉快極まりない。
とは言っても、雑談の中で医者に誘導されるのは不愉快であることは代わりは無いが、出せば出す程僕の気は楽になる。
なかなかどうして大したものだと認めざるを得ない。

呆然としていた意識は覚醒し始め、自分らしきものも取り戻す。
しかし同時に、嫌なことも思い出す。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:01:14.88 ID:ljfmG9rv0


・・・
・・・・・

現実世界からの携行品以外は排出されない?
ああ、何を言っているんだ僕は。
そうだよ、だったら僕が携行していれば持って帰れるじゃないか。

「古泉・・・何を・・・」

思ってたより軽いんだな・・・
まあ身体が半分無いんだし、これだけ血と内蔵が出てれば軽くなるか。
それにどっかの誰かの実験によると、死んだ者は魂が抜けた分だけ軽くなるとか言うし。

あれ、まだ中身が出てくるのか。
どうせならたくさん出した方が軽くなっていいな。
いつまでもびちゃびちゃ音立てて煩いし、全部出し切って置くべきか。
とりあえず振ってみるか。
・・・
色んな物が出てくるな。

「こ・・いずみ・・?」

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:02:08.33 ID:ljfmG9rv0

それにしても表情が笑ってても目が笑ってないぞ?今度鏡でも入れてやるか。
首も横に垂れてて表情と合ってない。がっかりしてるように見える。
でもそんなことはどうでもいいか。
使命が終わればまた一緒に笑って明日を迎えられる。

「古泉!!気は確かか!」

いつの間にか聞こえて来る声が増えている。
だがそんなことはどうでもいい。

じゃあ行こうか。


64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:03:22.81 ID:ljfmG9rv0

「古泉!どこへ行く気だ!」

どこへ?どこへ行くんだろう・・・
いや違う、決まっている、あいつのとこだ。
そうだ、アレは神なんかじゃない。アレはただの社会の害虫だ。ゴミだ。
そんなものは早めに駆除するに限る。
社会にはたくさん害虫と呼ばれるに相応しい者達がたくさんいる。
しかしそいつらは必要悪という意味も為しているし、アレに比べれば可愛い害悪だ。
そんなものより世界の平穏の為に即刻駆除されるべき害虫が身近にいる。
だがその害虫の存在に気づいている者は多くは無い。
駆除されるべきなのに誰も気づかない。
誰も気づいていないなら気づいてる者に与えられた使命があるはず。
駆除することで世界が負うリスク?そんなの関係ない。
外科手術を施す以上、リスクが付くのは当たり前だ。
これがアレから異能の力を与えられた者の本来の使命。
二人でなら倒せる。相手が神であろうと一緒なら戦える。
いつも通り、お前が遺憾なく力を発揮出来るように陽動・後方撹乱・防御は僕に任せてくれればいい。
そうすれば一緒に笑って明日を迎えられる。



65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:03:47.74 ID:ljfmG9rv0


「待てと言ってるだろ!」

僕が勇み足で出ようとすると、他のメンバーに後ろから抑え付けられた。
腕が完全に抑えられる。

「古泉・・・!落ち着け!」

止めろよ落ちたじゃないか。
これ以上傷んじゃ戦えなくなる。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:04:42.07 ID:ljfmG9rv0

僕が再度抱き上げようと抵抗すると、僕の身体から仲間の顔に血が飛び散り、服が赤く染まって行く。
僕が頭を振り、浮いた足をばたつかせる。
ただそれだけで周囲の仲間は赤くなる。
当然それは僕の血でも、抑え付けている仲間の血でもない・・・

じゃあいったい誰の血?

それを認識して、僕は感情の昂りに気づいた…一切の逃避も許さない、狭量な現実に気づかされた。

「落ち着け古泉!」

放せ…放せよ・・・

「アレは・・・!あの女は・・・・・・!!」

「殺されるだけのことをしたんだああぁぁあああぁああぁああ!!!!」

叫び声でひびが入ったかのような錯覚を起こす程のタイミングで、閉鎖空間が崩壊を始め、ひび割れた天頂の一点から明るい光が一瞬にして円形に広がっていった・・・


67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:06:00.62 ID:ljfmG9rv0

・・・・・
・・・


機関では、僕を参加させるのはやはり早過ぎんだたという意見が大半を占めているという。
そんな話が出たら責任を感じるのは当然森さんだ。

「貴方達を機関に入れたのは私・・・」

それは違う、精神的に未発達な僕を気遣う配慮を無視したのは僕だ。
森さんは悪くない。

「謝って済む問題じゃないけど、本当に申し訳ないと思ってるわ。」

違う、僕達は自分の意志で機関に入ったんだ。強制されたわけじゃない。
この期に及んで自分を言い訳に現実を拒否したくない。
彼女だって…彼女が入った経緯は知らないが、自らの意志であったであろうことは容易に想像できる。

「貴方の意志かどうかは問題じゃないの。それを静止するのが年長者の役目・・・」

散々僕を気遣ってきてくれた森さんが気にかけることではない。

「森さん、僕は聊かの後悔もしていません。本当に気にしないで下さい・・・」

「そう・・」

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:07:55.69 ID:ljfmG9rv0

・・・
・・


あれからどれくらい経ったか、もう暦は5月になっている。
謹慎はとっくに解けていたが、僕は相変わらず部屋から出られずにいる。
ただ、理由も無く億劫なだけだった。

「古泉・・・話があるわ。」

いつも通り顔を出した森さんが神妙な面持ちで言う。
また学校へ行けって話ですかね、ちょっとうんざりだ。

「今日は・・・いつも以上に嫌な話よ・・・」

・・・

「貴方達の代わりに涼宮ハルヒの身辺に近づく役目を帯びた者がいるのは伝えたわね。」

僕は表情だけで返す。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:08:16.72 ID:ljfmG9rv0

「でも、接近に失敗したようで、ただのクラスメートとしても認識されていないわ。」

「普通に話しかけたら見限られたなんて馬鹿にしてるわ。何でそんな行動を取ったのか・・・」

森さんは苛立ちを見せたが、それは明らかに作られた演出だった。
間が空き、森さんが本題に入るタイミングを窺っているように見える。
僕は平坦な冷めた表情でそれを見つめる。

そんな僕を見て、諦めたように溜め息混じりに続けた。

「報告によると、彼女は今同好会のようなものを立ち上げて、メンバーを捜しているわ。」

「その捜しているメンバーの条件は・・・『謎の転校生』」

そういうことか。

「貴方ならここまで言えばわかるでしょう。」

「今の時期に転校してくる学生は確かに謎でしょうね。」


73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:17:37.14 ID:ljfmG9rv0

模範解答を言い当てたというのに、森さんの表情は曇りっぱなしだ。
まあ森さんの心情を考えれば当然のことか。

「酷な指令であることは十分に理解しているわ・・・でも、色んな組織が主導権を巡って争っているというのに、機関には貴方以外に能力的にも年齢的にも他に適格者が居ない状況・・・」

森さんは痛哭を無理矢理押しつぶしたような表情を下に向けながら言った。

「本当にごめんなさい・・・でも、今回に限り拒否権を与えるわ。私が何とか上に・・・」

森さんが言い淀む。

そして僕はこの時、奇妙な感覚に見舞われた。
機関の指令に憤慨し始める自分を冷静に予想していたのに、その予想は外れていた。
こんなことを強制しようとする機関に怒りを覚えるのは当然のことなはずなのに、何も感じない。


74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:19:33.63 ID:ljfmG9rv0


「森さん。」

むしろ、自分に芽生えたこれは、この感覚はなんだろう。

「・・・何?」

「その同好会は何をするところなんですか?」

僕は一体何を訊いているんだ。
何故こんなことを?

「・・・世界を多いに盛り上げる為の涼宮ハルヒの為の団、略してSOS団。」

破天荒な名称だ。思わず笑いがこみ上げそうになる。
何でこんなに好意的に感じているんだろう。

「具体的な活動内容はまだ決まっていないようだけど、彼女のことだから外交的な超常現象研究会といったところと考えられているわ。」

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:22:19.57 ID:ljfmG9rv0

そうだった・・・

「そこには当然『彼』もいるんですよね?」

彼女は、『彼女』とは良い友達になれると、楽しみにしていたんだった。
彼女は『彼女』と『彼』が一緒の、使命は関係無い非日常の生活を夢見ていたんだった。
・・・でも、それは彼女であって、僕ではない。

「ええ。『彼』が『彼女』に働きかけて作ったみたいよ。」

こんな状況に楽しみを覚えるのは彼女くらいのもののはずだ。それなのに・・・

「しかも、『彼』だけでなく未来人朝比奈みくるや、TFEI端末の長門有希もいるわ。機関は完全に出遅れているし、状況は芳しくないわ。」

それなのに、今自分の中では確かに高揚感が貫いている・・・
不安や恐怖を越える程の、明らかに心地よい鼓動が込み上げている・・・


76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:23:11.29 ID:ljfmG9rv0


「でもね・・・」

こんな状況で楽しみを覚えるなんて・・・

「無理はしなくていいわ」

北高へ行くのが待ち遠しいなんて・・・

「古泉?」

まるで彼女が…僕の中にいるみたいじゃないか・・・

「どうしたの?」

・・


「行きます。北高へ・・・」

「謎の転校生として。」

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:24:51.12 ID:ljfmG9rv0

―――――――
―――――
――


本人は居なく、僅かな遺品が入っているだけでも墓は墓。
生者のただの自己満足で生み出された墓。
そしてただの自己満足で足を運ぶ僕達。
仏教の教義とは無縁の機関に、墓という形式美が必要だったのかもわからない。

彼女ならどんな心境でこの光景を見るだろう。
無駄…とは言わないだろう。
若くして世界を救う戦いで消えた、死して尚も惜しまれるヒロイン・・・なんて気分でいたら堪ったものじゃないな。思わず笑みがこみ上げる。

まあ悪い気分では居ないだろう。
こうして僕や森さんが足を運んでくれるわけだから。
それにしても森さんはどうしてこんなところに来たのだろう。

「懺悔、かしらね・・・」

懺悔?

「いつ暴れてもおかしくない貴方を、何故涼宮ハルヒの傍に置いたかわかる?」

そういうことですか。
ええ。分かっていますよ。
しかし、わざわざ言うことでもないでしょう?


78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:26:07.39 ID:ljfmG9rv0

おそらく、主な理由は二つ。
それだけ機関が切羽詰まっていたということは言うまでも無い。
しかし、何より機関には確信があったのだろう。

僕が、彼女と涼宮さん、共通した面を持つ二人を重ね合わせ、涼宮さんに手を出すようなことはしないであろうこと。

極めて歪んだ狙い。
事実、当初は二人を重ね合わせていたことも確かだ。
転校初日、彼女が言った言葉が思い出される・・・

「貴方には本当に酷なことを強いていると思っているわ…」

森さんのことだ、僕が気づいていないわけが無いことくらい気づいているのだろう。

「何のことですか?それに過ぎたことですし、僕は今の境遇に満足しています。それでいいじゃないですか。」

だが、音声化したところで誰も得などしない。
これが僕なりの謝意の表明。

「そう・・・」


81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:30:37.71 ID:ljfmG9rv0

第一、今となってはその狙いはもう関係のないことだ。
涼宮さんはとても優しく、豪快なようで実は繊細な女性だ。
もし自分の力が間接的にでも作用する事で誰かを傷つけ、命を奪っていたことを知ったら、それは当然自己嫌悪・・・というレベルでは済まないだろう。

そして、自分のその自己嫌悪でさらに力が作用し、誰かが傷つき、命を落とす可能性があることを自覚したら、何にも向けられない感情に自暴自棄になって自ら死を選ぶかもしれない。
それが分かるだけで十分だ。誰が悪いわけでもない、涼宮さんだって被害者だ。
恨む理由は何もない。

何より、日常の中に隠れた非日常を、僕は楽しんでいる。
日々を涼宮さんや彼達と楽しく日常を過ごす一方、自分や身の回りだけでなく世界崩壊の危機に曝される、こういったまさしく彼女が望んでいた生活そのものに楽しみを覚えている。

僕は相変わらず不安と怖さが残っているために彼女のような剛胆な行動はできずにはいるが、何かが起こった時に皆で解決の糸口を探す、そんな彼らとの非日常を楽しんでいる。
涼宮さんと、それを取り巻く劇場は、今になっては僕に取って掛替えの無いものだ。
今更感謝こそあっても、不満などあろうはずがない。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:33:48.18 ID:ljfmG9rv0

「おっと?」

不意二人分のバイブ振動が鳴り響く。
流石にこのタイミングで鳴るのは驚いてしまう。
僕はメールを読み終えると携帯を閉じ、森さんは通話を終えると僕に向き直って言う。

「また『彼』ね。もう少し自重するように促すことはできないの?」

森さんの表情が呆れ顔だ。
苦笑がこみ上げる。

「一応試みてはいるんですが・・・」

僕が肩を竦めてみせる。
確かに試みてはいるが、強くは言っていないのも確かだ。
腰に両手を当てた森さんは一度溜め息を付いた後、身を翻す。

「今日に限ってサボリを許可するわ。」

後ろ向きのまま森さんは言い放ち、そのまま歩き始めた。

さて、どうしようかな。
というのは嘘で、サボる理由なんて何処にもない。
SOS団との日常を楽しみながら、その裏に隠れた非日常をも楽しむ。
その一瞬一瞬は怖い想いも嫌な想いもたくさんするが、振り返れば笑って思い出せる。

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:41:16.55 ID:ljfmG9rv0


元々は彼女のものだったこの感受性は、二年間の彼女との触合いを通して僕へも染ったもの。
彼女は僕を通して、彼女が望んでいた生活を楽しんでいる。

僕はこれからSOS団の皆と日々を過ごし、これから数年間、場合によっては十数年、それ以上の付き合いになるかもしれない。
そしてそのうち僕は誰かと恋をして、彼女を思い出すことも少なくなり、いつかは無くなってしまうかもしれない。
それでも彼女が生きた証は、僕の人格の要素としていつまでも世界に生き続ける。

これが成長なのか妥協なのかなんてことはもうどうでもいい。
樹が妥協で大きくなっていくはずがない。
僕の過去の経験は絶えず増え続け、僕の行動規範は過去経験に依存して常に未来だけを選択するだけで、過去を選択したりはしない。
過去の経験というやつは、僕が生きている限りは無限に増える。
僕が成長していたかどうか何て言うことは、経験が尽きる時に考えればいい。それまで前を見ていればいい。


91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/29(水) 22:45:21.63 ID:ljfmG9rv0


「行くに決まってるじゃないですか。」

僕はそう呟き、彼女と、彼女の横に立つ、未成熟ながら去年見たときよりも大きくなっている一本の樹を一瞥した後、森さんの後を追いかける。

・・

「古泉」

森さんに追い付くと、横に並ぶ僕を見ながら森さんが声を掛けてきた。

「なんでしょう?」

「また、背伸びたわね。」



終わり



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