ハルヒがクリスマスに不満のようです


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3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 10:17:03.01 ID:GrDgC34a0

街頭は緑と赤に彩られ、吹く風も今日ばかりは落ち着いている。
家々に電飾の色が踊り、僕はここ数日で見飽きたはずのその光をしばし見つめた。
吐く息は白く、悴みは紺色の手袋を通り抜けて両手を弄ぶ。

12月24日――クリスマスイヴ。

道行く人々が浮かべる表情は様々でも、空が浮かべる色は一様に灰色。聖夜は白く彩られるかもしれない。
涼宮さんの精神状態もここ最近は落ち着いている。彼の努力のおかげだろうか。
……できれば今日を機に、あの微妙な関係からもう一段階進んでいただけるとありがたいのだが。

普通の学校では12月24日はすでに冬休みであり、そしてうちの学校もその例に漏れないのだが、
他の学生と比べて僕が一つ例に漏れるとすれば、このSOS団という団体に所属していることだ。
というわけで僕は今、この寒い中、部室の扉を叩くことと相成っている。

「遅いわよ、古泉くん」

すでにいつもの席に着席していた涼宮さんは、少々不機嫌そうに僕の方を見やった。
他のメンバーはまだ来ていないようだ。

「これは失礼いたしました」

後ろ手に扉を閉めながら、少しの微笑みに詫びを添えておく。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 10:30:26.47 ID:GrDgC34a0

部室は去年と同じように様々に飾り付けられていて、クリスマスの雰囲気を味わうにはこと欠かないと言っていい。
すでに電源の入れられた電気ストーヴの音が少し大きくなる。ようやっと温かみを放ちだしたところだろうか。

「まだ他の方々は来ていないようですね」

見れば分かることをわざわざ確認する。
涼宮さんは不機嫌な声で応じた。

「困ったもんだわ。団長と副団長を待たせるなんて」
「ハハ……寒いですからね。みなさん、なかなか布団から出られないでいるんじゃないですか?」

彼に関しては案外冗談とも言えない。寒いのは苦手といっていた。
気温は一桁。布団の魔力が増すのも不思議ではない。かくいう僕も、いささか躊躇した。

「なってないわね。SOS団員としてもう少し自覚を持って行動してもらわなきゃ」

いいながら彼女は、億劫そうにパソコンの電源をつけた。
無機質な起動音が、電気ストーヴの奏でる音とあいまってなんとも言えない雰囲気をかもし出している。

告げられた集合時間まであと10分。僕が時間に遅れていないのは事実だ。
しかし、団長を待たせたということもまた事実のはず。しかし、涼宮さんはそのことを指摘しない。
副団長だからというオブラートに包んで。

これで来たのが彼だったならば、あれこれと小言を言うことだろう。長門有希しかり。朝比奈みくるしかり。
しかし僕にはそれがない。

つまるところ、僕は涼宮さんに一目置かれているのだ。
――それはもちろん、悪い意味で。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 10:42:33.79 ID:GrDgC34a0

同性である長門有希と朝比奈みくる。二人と仲良くするのは自然なことだ。
そしてもちろん彼。鍵である彼は、間違いなく彼女に一番近い存在だろう。

では僕はどうか。
謎の転校生。四番目の団員にして副団長。
……肩書きはもはや属性と化し、記号以上の意味を持たない。

「あたしさ、クリスマスってなんか嫌いなのよね」

唐突な声で、僕は思考世界から引きずり戻された。
涼宮さんはパソコンの画面から目を外すことなく続ける。

「なんかみんな訳もなく浮かれちゃってさ。恋人恋人って。別にキリスト教を信じていない人もね」

彼女が言うと僻みには聞こえない。彼女は、まあ俗に言う「もてる」女性であって、
その気になれば恋人の一人二人は簡単に作れるからだ。

「雰囲気というものがありますからね。みなさん、なんとなくいい気分になるんでしょう」

クリスマスは別にキリストの生まれた日ではないという話を聞いたことがあるが、
まあ今涼宮さんが言っているのはそういうことではないだろう。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 10:51:32.74 ID:GrDgC34a0

「それがいやなのよ。テンション上がるなら上がるでちゃんと
 明確な理由を持ちなさいよって言ってやりたいわ」

彼女らしいといえば彼女らしい発言だ。

「なるほど。まあ、日本人は宗教観が薄いですからね。
 悪く言えば節操がないということかもしれません」

言いながら僕は立ち上がり、味の程度が目に見えているお茶を淹れるべくコンロに向かった。
朝比奈さんのお茶とは比べるべくもないが、温まるくらいの効果はあるだろう。

「涼宮さんもお飲みになりますか?僕の淹れたものでよければ」
「そうね。いただくわ」

お茶を自分で淹れるのは久しぶりだ。
朝比奈さんが自分で仕入れたという「雁がね」なるお茶の缶を見つめながら、
僕は再度思考の海に沈んでいった。

僕は彼女にとってなんなのだろう。
SOS団副団長。それは間違いない。
だがそれは肩書きだ。「人」としての評価ではない。

僕はなぜ、ここにいる?

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 10:58:33.84 ID:GrDgC34a0

たとえば一人の少年がいたとして、その少年にある日突然力が与えられる。
力を与えた方の人物はそのことを知る由も無く、しかしその少年を仲間に引き入れる。
その少年の仕事は、その力を与えた人物のストレスを取り除くこと。

彼はどう思っているだろう。今の自分の立場を。
朝比奈さんや長門さんは?

与えられた運命に弄ばれているという感覚を持っているのは僕だけだろうか。


「古泉くんは何か信じてる?」

再び声が僕を呼ぶ。
お茶を淹れる作業を続けながら、僕は答えた。

「それは……特定の宗教を、ということでしょうか」
「そうよ」

なんと答えるべきか。
まさか「あなたを神と崇めています」なんて言えるはずも無い。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 11:07:28.05 ID:GrDgC34a0

「特にありませんよ」
「ふーん。そっか」

対して興味はなさそうだ。
……少なくとも、今の質問に関しては。
しかし、僕自身には興味があるはずなんだ。
……少なくとも、僕の手を引いて部室まで連れていってくれたあの日には。

実際、僕は特にの宗教を信じていない。
むしろ、特定のベクトルに傾くことは危険だとすら考えている。
それは僕の意志か、はたまた機関の意志か。
もう僕はすでに所属しているのだ。ある意味もっとも熱狂的な宗教に。

「涼宮さんは何か信じていらっしゃらないですか?」

沸いたお湯を急須に注ぎながら、僕は問い返す。
逡巡などないだろう。目に見えている。簡単な答えだ。

彼女は、自分以外を信じなどしない。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 11:20:46.96 ID:GrDgC34a0

答えを聞く前に扉が開いた。
小動物のような体を暖かそうな防寒着でまとって、朝比奈さんが立っている。

「お、おはようございま〜す」

時間的にはもう昼なのだが、涼宮さんが触れたのはそこではなかった。

「遅いわよみくるちゃん!」

まあ、言うまでも無いことだが、彼女も時間に遅れてなどいない。

「すすす、すみません……あっ」

思い切り動揺しながら、朝比奈さんは扉を閉めた。

「あ、そ、そうなんです。実は急遽病院にいかなくちゃならなくなって……。
 そのことを言いに……」

彼女はますます小動物のような雰囲気を出しながら、
遠慮がちに涼宮さんの方を見てそう告げた。

「なに、みくるちゃん、風邪でも引いた?」

さすがの涼宮さんも病院といわれては強くは出れないらしい。

「は、ひあ、はい。だから今日の活動はちょっと……」

メールでも事足りるであろうことをわざわざ言いに部室まで来るとは、律儀な人だ。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 11:30:57.34 ID:GrDgC34a0

「分かったわ!お大事にね。みくるちゃん」

朝比奈さんは「は、はい!」と、最後まで落ち着かない様子で帰っていった。
涼宮さんもいくらか元気になったようだ。

扉のしまる音が部室に響いて、再び静寂が躍り出た。
窓をうつ風の音が少し強くなっているようで、時折ガタガタという音が部室の空気を震わせている。
空は依然として灰色。冬の色は深まって、太陽の姿は未だ見えない。

「みくるちゃん、大丈夫かしら」

パソコンの画面を見ながら、涼宮さんが考え込むように言う。
僕としては、むしろ風邪ではなく、他に用事があったように思えるが……、
しかしそれならばますます部室まで言いに来る必要はない。

「冬は風を引きやすいですからね。涼宮さんも気をつけてください」
「うん、古泉くんもね」


――答えを聞いていなかった。
彼女が何を信じるのか。

まあいい。どの道答えは見えている。

……それにしても、彼はともかくこの時間になっても長門さんの姿が見えないのはどうしたことか。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 11:42:59.08 ID:GrDgC34a0

ゆのみを二つ取り出す。
お茶をそそぎ、片方を涼宮さんの前へ。

「うん。キョンの淹れた奴よりは全然おいしいわ。さすがにみくるちゃんのには負けるけどね」

口に出る彼の名前。いや、名前ではないか。
彼がいなくて、さぞ涼宮さんも退屈していることだろう。
さきほどからの不機嫌さの一端を担っているのは、間違いなくそれだ。
どうやら僕がお相手では不足らしい。

「おほめに与り光栄です」

微笑んで、僕もゆのみに口をつける。なるほど、飲めなくは無いが、
やはり朝比奈さんの淹れたそれには遠く及ばない。


涼宮さんの心を埋められるのは彼だけであり、僕はそのサポートと後処理が仕事。
それはこの学校に来たとき、そしてこのSOS団に入ったときから分かっていた。
あくまで僕は影の役者。心を殺して仕事をしなければならない。

これが運命であり、僕はそこから逃れられないとするならば。

……悲しいほどに、僕は道化だ。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 11:49:29.04 ID:GrDgC34a0

選ばれたかったわけではないのに。
このような立ち位置を望んだわけではないのに。
それでも僕は、ここにいる。

楽しくないわけではない。
でも、満たされてはいない。

涼宮さんに罪は無い。
いや、罪の意識が無いと言った方が正しいか。
それが彼女が望んだことならば、従うしかない。

……と、今までの僕は思っていた。


聖夜の熱気にあてられて、少し浮かれているのかもしれない。
彼女の心を埋められるのは、本当に彼だけなのだろうかと、思ってしまっているのだから。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 11:57:32.34 ID:GrDgC34a0

運命に抗う気になったのは久しぶりだ。
機関に入れられた当初は、かなり反抗していた。
自分の力に、機関の使命に、そして、運命に。

いつからだろう。運命を享受するようになったのは。
いつからだろう。抗うことを諦めたのは。

本当の望みを忘れ、流れに身を任せてばかり。
今までの僕は、「生きて」いなかった。

ゆのみのお茶はいつの間にかなくなり、僕は次の一杯を求めるべく立ち上がった。
急須の茶葉を捨て、新しいそれを淹れる。

「あ、古泉くん、あたしのもお願い」

僕に渡されてすぐに飲み干したのであろうそれをさしだして、涼宮さんが言う。
僕はそれを受け取り――そして運命への抵抗を始めた。


「涼宮さん、これからどこかへ出かけませんか?」

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 12:06:10.51 ID:GrDgC34a0

もともとくぐもっていた部室の空気がさらに固まる。
きょとんとした顔で、彼女は僕を見つめた。

「え……と、これからって……あたしたち二人で?」
「ええもちろん。二人きりでです」

「二人きり」という部分を強調して返す。
顔は彼女のほうへ向けず、お茶を淹れる作業を続ける。
この作業が、無駄になることを願いながら。

「うーんと……でも……」
「……大丈夫ですよ」

先回りして彼女の言を奪う。
彼女のようなタイプは、普段自分が周りを引っ張っているだけに、会話の主導権を握られることになれていない。

「あの二人には、今日は休みになったとでも連絡すればいいんです」

端から考えればとんでもない我侭だが、そんなことは関係ない。
なぜなら今ここには、僕と彼女しかいないのだから。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 12:16:41.11 ID:GrDgC34a0

「でもそれは……」
「たまには団長と副団長で、ゆっくりとお話しませんか」

自分を副団長と称することに今や虫唾が走るまでになっていたが、
あらゆる過程の是非は得られる結果の前に沈黙する。

「うーん、それは確かにいいかもしれないけど……」
「彼らは団の活動に遅れているようですから、今日は謹慎の意味でお休みでもあげたらいかがです?」

普段の僕からは考えられない理由付けだ。
変わりすぎた物言いに、我ながら笑いそうになる。

「そ、そうね!団長を待たせたばかりか時間にも遅れて来るなんて団員としてなってないわ!」
 じゃあ二人に電話するわね」

理不尽さはいつもと変わらない。彼女がそういう理由で、今ここに向かっているかもしれない彼らに
「休みだ」と言い渡しても、何も不思議には思われないだろう。

「連絡したわ。じゃあ古泉くん、出かけましょうか」

……趨勢は決した。
なかなか面白いよ。運命への抗いは。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 12:30:55.87 ID:GrDgC34a0

冷えに冷えた空気が顔を撫でる。
部室で感じたとおり、風はやはり来た時よりも強くなっているようだ。
灰色に笑う空に優しさはないが、今の僕に彼女以外の優しさなど必要ない。

「で、どこにいく?」

学校を出た僕らは、坂道を下りつつ話し合った。
余談だが、僕らは今制服だ。学校には制服でないと行けなかったのでしかたないのだが、
さて、どうしたものか。

「涼宮さん、僕らは今制服なんですが……、どうしますか?一旦着替えますか?」
「そんなこと関係ないわよ。格好がどんなのでも別にいいじゃない」

実に彼女らしい、気持ちのよい答えだ。
こう返ってくるということが予想できないとは、やはり僕の頭はこの雰囲気で少しばかり舞い上がっているらしい。

「では、時間も時間ですし、まずは昼食でもとりましょうか」
「あ、そういえばこんな時間か。うんわかった。お昼にしましょ」
「どこか行きたいお店はありますか?」

おそらく希望はあるだろう。もしかしたら、彼と一緒に行きたいと考えていた店かもしれない。
まあ、彼女が希望の店を特に持ち合わせていなくてもかまわない。
なかったらなかったらで、僕のおすすめの店を紹介するだけだ。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 13:21:49.58 ID:GrDgC34a0

「そうね〜。特にないわね。古泉くんの行きたい所でいいわよ」

なるほど。希望はないと。考えられるのは、希望が本当に無いか、
あってもそれは彼と行きたいところだからといったところか。

「僕の行きたいところですか。では、僕がよく行く店を紹介しましょう」

そこは、最寄り駅から電車で二駅という、まあ食事をするということだけを考えれば
少々遠い場所にあるイタリア料理店。といっても別にたいそうな格式高い店というわけではなく、
学生の男女二人が制服で入ることにぎりぎり違和感を感じさせない程度の店だ。

この遠出にあたり、いくつか注意しなければならないことがあった。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 13:26:37.10 ID:GrDgC34a0

まず、できれば彼や長門さんには出会いたくないということ。

これは決して二人で歩いているのを見られると僕が恥ずかしいからということではなく、
涼宮さんの精神状態を不安定にさせないためだ。
特に、この状態で彼と出会ってしまうという事態が涼宮さんに与えるであろう影響ははかりしれない。
なんとか避けたいところだ。

二つ目に、これには特に慎重にならなければならないのだが、機関の目にとまらないことだ。

涼宮さんと鍵である彼の仲を安定的にとりもち、神人の発生を最低限に抑えるべき僕が、よりによってその神と
楽しげに出歩いているという状況は、機関の目には良くは映らないだろう。
機関のメンバーがどこにいるかは完全には把握できないが、たとえ見つかったとしても、
「団の活動の一環」と印象付けなければならない。

……いや、実際、涼宮さんはこれを「団の活動の一環」と考えているだろう。
少しばかりの下心を孕んだ僕はいささか醜いかもしれないが、自嘲はあとでいくらでもできる。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 13:34:42.36 ID:GrDgC34a0

電車の窓を曇らせながら、彼女は外を見ている。
目的の駅までほんの4、5分だ。無理に話すことも無いのだが、
僕よりも窓の外の方が気になるのかと思うといささか気分が暗くなる。

電車を降りて、改札を出る。
再び浴びた冷気に身を振るわせつつ、僕は例の店へと足を運ぶ。

「来年はいよいよ受験ね」

唐突に涼宮さんが切り出した。

「そうですね。朝比奈さんはもうすぐですが……大丈夫でしょうか」
「みくるちゃんなら大丈夫だと思う。でも学校を卒業しちゃうのは少し悲しいけどね」

少しでも今の状況を壊したくないと考えている彼女の思いがにじみ出ているような気がして、
僕はただ、沈黙で答える。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 13:39:11.13 ID:GrDgC34a0

たどり着いたレストランの中に人はまばらで、問題なく奥のテーブルを確保できた。
古風なデザインの小さい店で、レストランというよりは喫茶店といったほうがいいかもしれない。
わざわざ電車にのってまでここに来たのも、機関や他の団員の目にとまらぬようにするためだ。

料理を待ちながら、料理をたべながら、話すのはSOS団のことばかり。
今後の予定。明日や年末は何をするか。
会話は弾んだが、僕の心は弾まない。
もともとそのことを理由に連れ出したというのに、それでも僕は思ってしまう。

涼宮さんにとって、僕はあくまでも「副団長」なのだと。


料理の味には満足してもらえたようで、「また来ようかな」という評価をいただいた。
表に出た僕たちは、再びこれからどうするかを話し合う。


彼女は笑って今日のことを話す。
僕は微笑みながら、明日からのことを考えていた。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 13:49:47.09 ID:GrDgC34a0

会話は彼女の魅力を引き立たせる。
放たれる一つ一つの言葉が、大雑把でいながらその実、洗練されていて、
一挙手一投足から溢れる魅力は例えようもなく僕の心を揺さぶった。

「鍵」は、彼でなければならないのだろうか。
たとえそうだったとしても、彼女と共にあるのは彼以外ではいけないのだろうか。


――いや、この世に絶対はない。


彼女が彼を選び、彼も彼女を選ぶ。
鍵が神をつなぎとめ、世界の平和は保たれる。
僕らは晴れてお役御免となり、今は未来へとつながっていく。

この一連の流れを運命というならば……なんと抗いがいのあるシナリオだろう。

誰もがおそらく望むであろう、最良のシナリオ。
そうであるべき選択。


それに背いて生きるとき、世界は僕を裁くだろうか。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 13:56:22.54 ID:GrDgC34a0

宇宙人。
未来人。
そして僕たち超能力者。

与えられた力と役割を、ただ享受して遂行する。
彼女がそう望んだ結果この世界がそうなったのだとしたら、なんとも悲しい、脱力感すら覚える事実だ。
だが、それが事実だとしたら、僕も今、ここに「望まれて」存在することになる。
望まれて、彼女の側に馳せる4人のうちの1人に選ばれたことになる。


ならば、僕はこの運命を喜んで受け入れるべきなのかもしれない。
――神の膝元で、世界を揺さぶる権利を得たのだから。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 14:03:20.43 ID:GrDgC34a0

「……泉くん。古泉くん!」
「あ……すいません。なんでしょう」

僕を思考の海から呼び覚ますのはいつも彼女の声だ。

「どうしたの?なんか難しい顔してるけど」

電車の中だ。今度は椅子に座れたので、二人並んで端の方に腰掛けている。
今は、先ほど行くことに決まったショッピングモールへと向かっている。
今度は電車で20分ほどかかる場所だ。

「すみません。何を買おうか考えていまして」
「別に無理して買わなくてもいいんじゃない?見て周るだけでも結構楽しいし」

全くその通りだと僕は思ったが、それは単に、彼女と一緒にいられるからだった。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 14:19:07.29 ID:GrDgC34a0

「涼宮さんは何か買うあてはあるんですか?」
「う〜ん、そうねー。あるわよ」
「おや、なんでしょう」
「秘密よ!」

僕は微笑みで返す。
いつもの笑顔で彼女も僕を見る。

その笑顔がまぶしすぎて僕は思わず顔をそらし、
窓の外の灰色を目に焼きつけることに集中した。

ショッピングモールは最近できたばかりの大きな建物で、
この不景気だというのに中にはかなりの人がいた。

家族連れに混じってカップルも散見され、
今日が聖夜の前日なのだということを思い出させる。

明るい黄色で塗られた壁に白い柱がマッチしている。
どの店先にも一様に緑と赤の飾りがつけられ、色とりどりの電飾が楽しげに光をはぜていた。

涼宮さんは僕の手を引き、洋服を扱う店に入った。
僕は、年末セールとあいまって溢れんばかりにつまれているマフラーの山を見ながら、
すぐ隣を歩いていく家族連れの子供の楽しそうな声を聞いていた。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 14:36:59.37 ID:GrDgC34a0

「おまたせ!古泉くん。あたしはもうほしいものは買ったから、
 あとは古泉くんの行きたいところにいきましょ」

嬉しそうに袋を抱えて、涼宮さんが言う。
中身はなんだろうか。もしかしたら彼へのプレゼントかもしれない。
別にそうだったとしても構わない。なぜなら、彼は今、ここにはいないのだから。

僕の行きたいところといっても、僕は涼宮さんがいればどこでもかまわなかった。
といってもそんなことを口に出せるわけも無いので、とりあえずぶらぶらと歩こうということになった。
このショッピングモールは広いので、先ほど彼女が言ったようにただ歩いて周るだけでも面白い。

僕らは、端からみればカップルに見えるだろうか。
涼宮さんがそんなことを気にするとは思えないが、僕はそれなりに気になった。
制服姿でショッピングモールというのもなかなかないだろうが、
それ以上に涼宮さんと二人でいるということがまず余り無い。

「ねえ古泉くん……」

話しかけてくれるだけで嬉しかった。
いつもは、彼女の相手は彼だから。

僕には普段SOS団の事務的な話以外ではあまり話しかけてくれない彼女が、
今はこうしてたわいないことで話しかけてくれる。


幸せとはささいなことだと、僕は思った
ささいな幸せでいいと、僕は思った。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 14:57:48.27 ID:GrDgC34a0

歩いているだけで結構な時間がたった。
あちらこちらに散りばめられた緑と赤の彩りは、本来ならもう食傷気味になりそうなほどだったが、
そんなことが気にならないのはクリスマスイヴのムードどいうものだろうか。


夜の帳がおりてきて、空一面の灰色は橙を経て黒にすりかわる。
人々の笑顔がやがて街灯に照らされるようになり、明るい空気が闇に映える。
寒風はその冷たさを増しているはずなのに、なぜか仄かな暖かみを孕んでいるような気がした。

「もうこんな暗くなっちゃったの?冬はホント夜が早いわね」

ショッピングモールを一通り周り終えた僕らは今、あちこちに配置されているベンチのうちの一つに座っている。
すぐ近くに窓があるので、外の暗さがよく見えた。

「時間は……6時ですか。どうしましょう涼宮さん。もう戻りますか?」

心にも無いことを訪ねる。
涼宮さんが否定してくれることを祈りながら。

「うーん、せっかくこういう場所まで来たんだし、夜ご飯もたべていっちゃわない?」
「わかりました。では、今度は涼宮さんのご希望の所に」

エレベーターの横にある案内板に向かい、それを眺めながら、
僕は涼宮さんならどの店を選ぶだろうかと予想していた。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 15:16:04.21 ID:GrDgC34a0

結局、僕らはチェーンのファミリーレストランで食事をすることになった。
この時間、ここらの料理店は予約をしていないと入れない店が多く、おまけに
僕らが制服だということが大きな制約となった。

気軽に入れる店ということで選んだこのレストランだったが、味も特に問題は無いレベルだった。
というよりチェーンなので、今までに何回か入ったことのある店だったのだが。
僕にとっては何を食べるかよりも、誰といるかのほうが重要だった。
そしてその望みの人は、今僕の目の前にいる。

昼の喫茶店よりは大分にぎやかな中で、僕らはまたいろいろなことを話し合った。
その内容が、SOS団のことではなくお互いのことだったのは嬉しかった。

昼のとき、僕は副団長だった。
……では、今は?


ショッピングモールの外に出る。
人はその数を減らすことなく、ただ賑やかさを若干増している。
色を深めた冬の空は、なぜか今にも泣き出しそうに儚く見えた。

「古泉くん、ちょっと歩かない?ここらへんてあんまり来たこと無いから」

電車の駅はすぐ近くだったが、もちろんことわるわけもない。
楽しそうに少し先をゆく涼宮さんの後を追いながら、街に踊る明かりに目を細めた。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 15:36:57.97 ID:GrDgC34a0

この一角は最近再開発されたようで、道や街灯が綺麗だ。
先ほどのショッピングモールもその再開発の一環として作られたものらしい。

僕らは同じくその一環で整備されたらしい公園に向かった。
公園にいたのはほとんどがカップルで、その中心には大きなクリスマスツリーがそびえている。
夜だというのににぎわった公園は、クリスマスツリーを中心にデートスポットになっているようで、
空いているベンチを見つけられたのはなかなかの幸運だった。

冷たいベンチに腰掛ける。
さきほどのレストランと違い、ここには暖房も何も無く、風が拭けば震えるのはとめられない。

「古泉くん、これ」

座ってしばらくして、涼宮さんがおずおずと取り出した小さな袋。
……先ほど、ショッピングモールの店で買ったものだった。

「え、これは……」
「副団長にプレゼントよ」

下を見ながら頬を赤らめて僕に袋を手渡すその姿は、とても綺麗で、
いつもの微笑が崩れて見惚れてしまいそうになる。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 15:49:29.53 ID:GrDgC34a0

「あ、ありがとうござます」

動揺を隠せず、僕は答える。
受け取った包みを、震える手で抱えながら見つめた。
なにせ、彼へのプレゼントだということはあっても、まさか自分にくれるものだとは思っていなかったからだ。

「開けてもよろしいですか?」
「うん」

許しを得て、袋をゆっくりと開く。
中から出てきたのは、赤い手袋。

「古泉くんのしてる手袋ってなんか薄そうだからさ、ちょっと分厚いのにしてみたの」

たしかに僕の手袋はどちらかといえば薄いほうだ。
しかしまさかそんなところまで見てくれていたとは……。

「つけてみてもいいですか?」
「もちろん!」

紺色の薄手の手袋を外し、赤の手袋を両手につける。

「……とても暖かいですよ。ありがとうございます」

心からの、言葉だった。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 15:59:39.09 ID:GrDgC34a0

「じゃあそろそろ帰ろっか」

急に立ち上がった彼女は、赤くなった表情を隠そうとしているようで、顔をこちらに向けない。
でも、それは僕も一緒だった。

「ええ、そうですね」

立ち上がる。
幸せをかみ締めながら。

歩き出す。
突き出された彼女の手を握って。

明日を考える。
彼女のいる明日を。

公園をあとにして、歩道を歩く。
笑顔が自然と顔に浮かぶ。





大きな音がした。

視界が崩れて、からだが飛ばされる。

強い衝撃とともに、意識が遠のいていく。

――それでも、ただ僕はその手を離さずに。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 16:06:36.30 ID:GrDgC34a0

黒の世界から目を覚ましたとき、僕は白い部屋で横になっていた。
だんだんと、目が見えてくる。

……病室?

僕は……

ガラッという音がして扉が開き、誰かが入ってきた。

「古泉さん!気づきましたか」

知らない人だ。白い服に身をまとっている。


……そうだ、僕はあの時……。


涼宮さんは……?

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 19:48:38.76 ID:72uyCDhS0

「あの……」
「はいはい、ちょっとまってくださいね」

看護婦らしきその女性は、僕が質問をし終える前に病室を出て行った。
窓の外に広がる風景に見覚えは無く、どこの病院にいるのかすらわからなったが、そんなことは今はどうでもよかった。

涼宮さんは……?

やがて白衣を身にまとった医師らしき人がやってきた。
脈をとったり色々とやっているが、言葉を発してもいいものだろうか。

「あ、あの……、僕と一緒にいた女性はどうなったんでしょうか?」

無事であって欲しい。
怪我は免れていないかもしれないが、せめて生きていて欲しい。


しかし返ってきた答えは、信じられないものだった。


「女性?君は一人で道路に倒れていたと聞いているが」

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 19:53:33.77 ID:72uyCDhS0

思考が完全に停止した。
言葉を返すことができない。
景色がぐらりとゆがんで、僕は思わず目を瞑った。

一人で倒れていただって……?

「大丈夫かね?古泉くん」
「待ってくださいよ……」

一瞬の間を置いたあとは、頭の中で言いたい言葉が次々と紡がれていった。

「涼宮さんはどうなったんですか!?事故があったところに、僕と同じ年齢くらいの女子生徒がいたでしょう?」
「落ち着いて、古泉くん。事故とはどういうことかね?」
「涼宮さんは……え?」

事故とは……?

「君は事故にあったんじゃない。道端で転んで脳震盪を起こしたんだよ」

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 20:09:08.39 ID:72uyCDhS0

「そんな……そんな馬鹿な!」
「君、鎮静剤用意して」

いやな響きだ。そんなものは必要ない。
落ち着かなければ。落ち着かなければ。

「いえ、すみません。大丈夫です。取り乱して申し訳ません」
「本当に平気かね?脳震盪後の一時的な記憶の混乱はままあることだ。
 とにかく今はもう一度ゆっくり休みなさい」

「はい」と、この場は素直に引き下がる。
二人は心配そうな目で僕を見ながら、扉を開けて出て行った。

僕は天井を見つめる。
決して綺麗とはいえない、少しばかりくすんだ白。

落ち着け、落ち着け、考えるんだ。
涼宮さんは僕と一緒にはいなかった……。
それどころか、僕は脳震盪で倒れたということになってるらしい。

なぜだ?そもそもここは……。

そうだ。そもそもここにいるのがおかしい。
僕に何かがあれば、機関が動いて速やかに僕を回収するはずだ。
病院に入るにしても、機関の息のかかった病院に入るはずなのに……。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 20:24:24.15 ID:72uyCDhS0

僕は一人だった。脳震盪を起こした。
どれも記憶にあわない。
僕の記憶が混乱しているから?そんなはずはない。

……そんなはずはない……はずだ。


病院では携帯電話も使えないため、他の団員や機関に連絡を取ることもできない。
とりあえず、退院が叶うまでは大人しくしていることにした。

僕が目覚めたのは12月25日の夕方だったようで、ほとんど丸一日寝ていたらしい。
僕が退院したのは、その翌日のことだった。

病院を出た僕の顔を、二日ぶりの冬の風が撫でる。
看護婦さんがまとめてくれた荷物の中から、携帯電話を取り出した。


ここでまた、僕は愕然とする。
入っていないのだ。SOS団団員の番号も、機関のメンバーの番号も。

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 20:45:03.96 ID:72uyCDhS0

もう何がどうなっているのか全く分からない。
これから帰ろうとしている家は本当に僕の家なのだろうか。
僕は本当に古泉一樹なのだろうか。

風は優しさを少しもはらむことなく、僕を笑うように吹いていく。
携帯電話をコートのポケットにしまい、荷物の中を再びあさる。
やわらかいものに触れた。

赤い……手袋だった。

嬉しくて、涙が出そうになる。
やはりあの日のことは夢ではないし、記憶の混乱の産物でもない。
本当にあったことなんだと信じられる繋がりを手の中に感じて、僕は安堵の溜息をもらした。


翌日、学校に向かう。覚悟はできていた。
廊下で彼を見つけ、さりげなくすれ違ってみる。無反応。
僕と彼は知り合いではない、ということになっているらしい。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 21:00:27.86 ID:72uyCDhS0

この様子では、長門さんや朝比奈さんもきっと同じだろう。
続いて、部室棟の文芸部室に向かう。

寂れた感じのその部屋には、鍵がかかり、扉にSOS団の文字も無い。
決定的だ。どうやらこの世界では、そもそもSOS団が結成されていないらしい。


僕がこの異常な状態をあくまで「この世界の話」と認識できるのは、ひとえに僕が涼宮さんの力の
存在を知っており、その力が行使された結果起こりうる改変のレベルをこの事態の異常性が越えていないからに他ならない。
彼女が世界を変える力を持っていると知らなければ、今頃は気が狂っているかもしれない。

こんな事態に、心当たりが無いわけでもない。去年の今頃、彼もこのような事態に陥ったと聞いた。
そして、彼は無事に元の世界への帰還を果たしている。
……いや、決して無事だったとはいえないかもしれないが……戻ってこれたのは確かだ。
だからといって自分もちゃんと戻れるとは限らないのだが、なんとなく、自信は湧いてくる。

さて、あと確かめるべきことはなんだろうか。
……そうだ、僕の力。これはその有無を確かめておくべきだろう。

だがこれに関しては、確かめるにあたりいくつか問題が出てくる。

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 21:21:10.09 ID:72uyCDhS0

まず、この世界でも僕に力があったとして、それをどのように知るか。
閉鎖空間が発生してくれて、なおかつそれを感知できれば話は簡単なのだが、
まず閉鎖空間の発生の原因たる涼宮さんがこの世界にいるかどうかが分からない。

そして、例えいたとしても、閉鎖空間を発生させてくれるともまた限らない。
僕は今閉鎖空間の存在を感知できていないが、それは「単に僕の力がなくなっているから」か、
それとも「今現在、閉鎖空間が発生していない」だけか、あるいは「閉鎖空間などというもの自体が
この世界に存在していない」からかは分からないのだ。

こういうとき、僕の能力が特殊な条件下でしか使えないことが悔やまれる。
仕方が無い。能力の有無の確認は後回しにしよう。

次に機関についてもたしかめなければならない……が、
携帯電話に連絡先が入っていない以上、SOS団と同様にこちらも存在していない可能性が高い。


昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
いつのまにか体が冷え切っていたことに気づき、僕は急いで教室に戻る。
その途中、鶴屋さんとすれちがったが、彼と同じように彼女も僕には目もくれなかった。

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 21:31:31.61 ID:72uyCDhS0

不幸中の幸いというべきか、クラスの交友関係はそのまま残っていた。
友人達は一様に心配の声をかけてくれる。
僕は答える。

「大丈夫です。たいしたことはありません」

微笑みを、顔から消すことなく。
ペルソナを壊さぬように慎重に。

病院にいたときにくらべればいくらか落ち着いたが、僕の精神状態はまだまともじゃない。
仮にも機関のメンバーとして、それなりに、少なくとも僕と同年代の学生達よりは
修羅場を潜り抜けてきたつもりだが、正直、今回の事態にはかなり参っている。

だが、迷っている暇は無い。あせっているわけではないが、なぜ行動しなければいけない、そう感じていた。
奔り回っていなければ、世界に置いていかれるような気がして。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 21:59:02.05 ID:72uyCDhS0

ここで僕は気づいた。もし涼宮さんに関わっていることが全てなくなっているのだとしたら、
彼はともかくとして長門さん、朝比奈さん、そしてほかならぬ僕自身は存在していないのではないか。

そうなれば次にすべきことは、長門さんと朝比奈さん、この二人がこの世界に存在しているかどうかを確かめることだろう。
二人が存在していなければ、この世界に涼宮さんはいない可能性が高まる……、が、必ずしもそうとはいえない。
涼宮さんがこの世界の自分自身を「何の力も持たぬ普通の少女」として構築していた場合、
この世界における二人と涼宮さんの間に相互的な関連性は無くなる。

二人がこの世界にいたとしても涼宮さんがいるかどうかはわからないし、
涼宮さんがこの世界にいたとしても二人がここに存在しているとは限らないうわけだ。

一縷の望みをかけて、とりあえず二年生の教室に向かう。
栗色の髪をした愛らしい上級生の姿を探す。

……いた。

間違えようも無い目立つ髪の色を揺らしながら、鶴屋さんと談笑している。
ここで慌てて駆け寄ったりなどしてはいけない。
いきなりかけよって鶴屋さんに手痛い仕打ちをうけたという彼のケースは詳しく聞いている。
わざわざ同じ轍を踏むこともないだろう。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 22:20:11.10 ID:72uyCDhS0

その場は静かに退いて、僕は一旦自分の教室に戻る。
授業の合間の10分休みを利用して様子を見に来たのだが、朝比奈さんの教室を探すのに手間取って
長門さんの教室へ行く余裕はなかった。

放課後、この時間になったら、教室にいくよりも文芸部室に行ったほうがいいというのは分かる。
本校舎よりも一段と冬の寒さを味わえるという嬉しくない特典を味わいながら、
僕は部室棟を歩き、その一室の前で立ち止まった。

静かに、扉を叩く。
音が冷たい空気を渡ってあたりに響いた。

ノックをしてから気づいたのだが、相手が長門さんでは中にいようがいまいが無言が返ってくるはずだ。
……予想通り、沈黙。

しかし、中からもれる明かりとさっきと違って開いている鍵が、中に確実に誰かがいることを証明していた。

「失礼します」

そう告げて、闖入者の立場をわきまえゆっくりと扉を開く。

灰色の髪は微塵も揺れていない。
見なくなって久しいめがねを鼻の上に乗せて、長門さんはやはりそこで本を読んでいた。

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 22:32:02.58 ID:72uyCDhS0

部室の様子は僕が知っているそれとは大きく様変わりしていた。
というより、これがもともとの文芸部室だったのだろう。
僕が入団した頃にはすでに置かれていた色々な器具が、ここにはない。
もちろん、クリスマスの飾りつけも。

「こんにちは」
「……」

沈黙がもはやここちよい。それが、長門さんが長門さんである証拠だから。
さて、あとは記憶のほうだが……。

「あなたを待っていた」

……そちらの方も問題ないようだ。


一気に力が抜けた気がした。
安堵感で胸が満たされていく。

「座っても?」
「構わない」

無駄が一切省かれたやりとりを懐かしみつつ、いつのものパイプ椅子に腰を下ろす。

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 22:47:08.77 ID:72uyCDhS0

「いきなり本題で申し訳ないのですが……」

遠まわしな表現など必要ないだろう。
僕は静かに切り出す。もっとも長門さん相手に前置きも無いのだが。

「この世界のこと、教えていただけますか」
「この世界は、あなたが元々いた世界の情報を元に一部の特異対象を変化、
 消失させて構築された異世界同位存在」

長門さんは流暢に言葉を連ねる。
分かりやすさなど鼻であざ笑うかのような説明だ。

「つまり……やはり超常の力を持ってして形作られた世界であると」
「そう」

そこまでは予想できていた。問題は原因と帰還方法だ。

「具体的には……どのような過程を経て涼宮さんはこの世界を創ったのでしょう?」
「違う」

予想外の返答だった。質問に違うと返されるとは。

「……何が違うんでしょうか?」
「この世界を創造したのは涼宮ハルヒではなく、わたし」

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 23:08:20.93 ID:72uyCDhS0

話が見えなくなってきた。

「ちょっと待ってください。整理しましょう。まず長門さん、あなたは情報統合思念体に造られた
 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースということで間違いないでしょうか?」
「間違いない」

長門さんはやはり属性的に「宇宙人」とするに足る存在だ。これは元の世界と違っていない。

「少々失礼ですが、あなたは自分が去年の今頃に、涼宮さんの力を借りて世界を改変したことを覚えていますか?」
「……覚えている」

記憶は一致。細部まで確認する必要はないだろう。
そして最後に、僕はもっとも重要でもっとも怖い質問をぶつける。

「あなたは、僕が元いた世界の長門有希さんですか?」
「そう」

良かった。とりあえずこの長門さんは僕の知っている長門さんだ。
しかし……だからこそ解せない。

「ではなぜ……再び世界の改変を?」
「…………」

長門さんが、初めて僕の顔から目を背けた。

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 23:33:46.48 ID:72uyCDhS0

少しの間を置いて、長門さんは再びこちらに目を向けた。

「これから話すことはあなたには辛いことかもしれない。でも聞いて」

長門さんの口から「辛い」などという感情的な言葉が出てくるとは思わなかった。
相当の覚悟をしなければならないのかもしれない。

「分かりました。聞かせてください」
「わたしが世界を改変したのは、朝比奈みくるに頼まれたから」

どういうことだろうか。朝比奈さんに世界を改変するような理由があるとは思えないし、
ましてや長門さんがその要求を簡単に聞くとも思えない。

「どのような理由でですか?」

長門さんはまたも目をそらした。
なぜだろう。その表情にためらいすら感じられるのは。

一呼吸置いて、長門さんは言葉を紡ぐ。


「原因は、あなた」


風の音が――強くなってきた。

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 23:40:54.46 ID:72uyCDhS0

ごめん寝る
ごめんね書くの遅くてごめんね
のっとりだから許してねごめんね

朝残ってたら続き書きますので…

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 11:05:14.94 ID:PMMjRZG/0

「僕……ですか」

不思議と驚きは少なく、事実を受け入れるのに余り抵抗はなかった。
少なくとも、この世界が今までの世界と違っているということを知ったときよりも、落ち着いているように思う。

「あなたは運命に逆らった」

さっきまであんなに聞きたいと思っていたのに、今はもう、これ以上のことを聞きたくない。
事実を受け入れることに抵抗がなかったからこそ、すんなりと心が抉られていくような気がした。

「涼宮ハルヒは『鍵』である彼と一緒にならなければならなかった。それが、規定事項」

定まった未来のために踊る道化。

「あなたが涼宮ハルヒにアプローチしたことによって規定事項への連結にゆらぎが生じた」

未来の前に、過去は無力だ。

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 11:15:53.12 ID:PMMjRZG/0

「朝比奈みくるは未来からの指示により、あなたの行動によって生じた分岐点よりも先の未来を
 片方の構成情報だけで再構成することを試みた。 端的に言えば、あなたが元いた世界を別
 の情報によって上書きするということ」

なぜ僕は過去の人間なのだろう。

「それをやったのが……あなたということですか」

おどろくほど、僕の声はかすれていて、前に言葉を発したのが何年も前のような気がした。
長門さんの顔に、浮かぶはずのない何かを感じる。

「……そう」

ポツリと、まるで空気が抜けるような音で漏らされたその言葉に力はなくて、
僕はただ、下を向くことしかできない。
黒く塗りつぶされていく世界を思い、自分の行為を省みる。

僕は超能力者。
僕はSOS団副団長。

属性と肩書きのみが存在意義ならば、僕という「個」はどこを漂うのだろう。

132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 11:35:23.57 ID:PMMjRZG/0

「過去は……無力ですね」
「……」

何を言っているんだ撲は。
無力なのは自分じゃないか。

「僕はどうすれば良かったんでしょうね」

思いと裏腹な言葉が止めようもなく溢れる。
止めるつもりはない、止める力もない。

「シナリオどおりに踊るのが僕の仕事ですか」
「そうですよ」

柔らかな声が、部室を閉め忘れていたことを思い出させる。
入り口の近くで立っているその女性は、見たことのあるような人だった。
年月の流れを感じさせる体つきではあったが、長い髪とその色は変わっていない。

「こんにちは、古泉くん」

朝比奈さんは僕の知っているそれよりも若干低い声で、僕の名を呼んだ。

134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 11:55:10.72 ID:PMMjRZG/0

「そこからはわたしがお話します」

僕の知る朝比奈さんの独特の愛らしさはその残滓をとどめるのみとなっていたが、
似ていることは間違いない。というより本人なのだから当然か。

「あなたは僕の知る朝比奈さんよりも……もっと未来の朝比奈さんですか?」
「そうです。察しが良くて助かります」

喋り方はあの頃と比べようもない、事務的なそれに変わっていた。

「古泉くん、あなたはもっと冷静な人だと思ってました。まさか一時の感情に流されてあんな行動に出る人だとは思わなかった」
「なんとも思ってくれなくて結構です。あなたに僕の心理が分かる訳がない」

言葉に敵意が乗せられていることに相手も気づいたのだろう。
朝比奈さんは少し驚いたように目を見開いた。

「……怒ってるみたいですね」
「…………」

そう。僕は怒りを感じていた。自分の都合のいいように未来を書き換えるその女性に。
世界のことを考えずに行動したのは自分のはずなのに、今の僕にはそんなことはどうでもよかった。

139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 12:49:08.62 ID:XcMWHxp+0

「あなたは仮にも涼宮さんを『神』と崇めている組織の一員でしょう?」
「僕自身はその意見には懐疑的でして」

反論しながらも、時折彼女のことを「神」として扱うことがあったことを否定しきれない僕がいるのはたしかだ。
朝比奈さんは僕の言葉など気にかけていないかのように続ける。

「……涼宮さんと鍵であるキョンくんとが一緒になることが規定事項のはずでした。
 しかしあなたはその規定事項に介入した。普通はできないはずなのに。
「あなたがた未来人の考えなど知ったことではありませんが……それが困るというならどうしてあの時僕をとめなかったんです?
 僕と涼宮さんが部室にいるとき、あなたも入ってきたじゃありませんか。
 あのときのあなたに「僕を止めろ」と指令をだせば良かったのではないですか?」

言葉が勝手に紡がれて口から吐き出されていく。
しかしあろうことか、朝比奈さんは微笑んだ。

「あのときにあなたを止めても、あなたはまた涼宮さんにアプローチをし続けるでしょ?
 だからわたしたちは、あえてあなたを泳がせて世界がどうなるかを教えてあげることにしたの」
「……」

なにもかもがうまく行き過ぎているような気はした。

「機関の人たちや他の団員のみなさんに逢わなかったのもあなたがたの根回しによるものですか」
「……そうですよ」

やはり微笑んでいる。その微笑に面影を感じてしまうのが残念でならない。

140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 13:11:17.12 ID:XcMWHxp+0

「ごめんなさい。言い訳をするつもりはないけれど、これも世界のためなの。
 唯一手を回せなかったのは涼宮さんだったけど、彼女に関しては問題はなかった。
 涼宮さんがあなたの誘いに乗ればそのまま計画を続行するだけ。涼宮さんがあなたの誘いを断れば、
 それはそれで規定事項どおりに話が進むだけですから」

柔らかい声に優しさはなくて、その言葉の一つ一つが僕の絶望を深めていく。

「大切なのは、今後の危険因子を摘むこと。つまりあなたに『涼宮さんに手を出す』ということを諦めさせるのが目的だったんです」
「そのために世界を一つ消したと?」
「勘違いしないでください。原因はあくまで『あなた』なんですから」

沈黙がしばらく続いた。
長門さんは、朝比奈さんが入室して以降一度も口を開かない。
もう、自分の役目は終わったということだろうか。

唐突に、疑問が浮かぶ。

「それならなぜ僕をあの世界と一緒に消さなかったんですか?」
 僕がいなくなればそれで万事がうまくいくんでしょう?」
「それは」

朝比奈さんは微笑を崩さない。

「あなたが、涼宮さんに選ばれた人だから」

143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 13:33:03.04 ID:XcMWHxp+0

「あなたはもう規定事項に組み込まれているんです。あなたがいないと規定事項は達成されないけれど、
 そのあなたが規定事項を乱そうとしている。このジレンマ、分かりますか?」

僕が涼宮さんに選ばれた。そう、そんなことは分かっているはずだった。
でも、僕は本当に分かっていたんだろうか。

「涼宮さんに余計なことをしないでもらえますか?簡単にいえば、そういうことです」

朝比奈さんの言葉が頭を揺さぶる。
やっとのことで僕は言い返す。

「自分の今を守るために過去に干渉するんですね」
「醜いと思いますか?」

意外なことを聞いてきた。
微笑んだまま、自らを醜いかと問うその女性は、冷たさを仄かにはらんだ通る声で続ける。

「自分のために他に干渉する。見ていて気持ちの良いものではありませんよね。
 でも、それが人間というものじゃないですか?」

そして畳み掛けるように、僕の後悔の種を撫でた。

「古泉くんも、世界に危険が及ぶと知っていながら涼宮さんに手を出したでしょう?」

148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 15:42:38.32 ID:8/ITg5Qo0

長門さんが、さきほどからしきりに僕の方を見ている気がする。
その透き通るような感情の無い目が、何を訴えかけているのかは分からないが、なぜか……。

「……それで、あなたはこれから僕をどうするつもりですか?」
「そうですね……。わたしも別にあなたをどうこうしようというつもりはないんです。というよりそんなことはできません。
 涼宮さんに選ばれてしまっているんですから。あなたも、そしてわたしも」

わたしもという言葉がいやに耳に響く。
あの朝比奈さんが、こんなに事務的にな、悪く言えば冷徹で自己中心的に動く人になるとは。
しかし、彼女が先ほど言った言葉を否定はできない。

人は醜い。僕はそれを知っている。なぜなら、彼女の言うようにやはり僕も、自分のためにあるべき世界を……。
その「あるべき世界」の方が彼女の望む世界と一致しているなら、まだ彼女の行動のほうが筋が通っているのかもしれない。

「だから、わたしはあなたに、またあの世界の過去に戻ってもらおうと思ってます」
「……どういう意味です?あの世界は上書きされたはずでは?」

疑問が口をついて出た、先ほど、いやというほど突きつけられた現実だったから。

「それはあなたがこの世界に来た以降の未来です。分かりますか?
 あなたの行動により、あの世界には分岐点ができた。あなたが辿った道をAのルートとしましょう。
 あなたは涼宮さんに手を出し、その結果『鍵』であるキョンくんとの繋がりは阻害され、規定事項に
 揺らぎが起きました。なので、わたしが長門さんに頼んでその未来を上書きしてもらいました」

長門さんの方をちらりと見る。
無言を貫くその姿は、例えば一年の初めに涼宮さんが文芸部室を借りに来なければこうなっていたのだろうなという表情を思わせる。

151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 16:03:36.66 ID:8/ITg5Qo0

「この長門さんの情報操作により、Aルートにはあなたが意識を失って以降の時間軸は存在していません。
 その部分に上書きされたのがこの世界です」

つまり僕は意識を失っている間に元のAルートの世界からこの世界に移行させられたと。

「ではあなたはどこから来たんですか?」
「わたしは……もっと先の未来から来ました。ただし、あなたが辿らなかったほうのルート、Bのルートの未来です。
 だから、わたしは自分達の未来、あるべき未来が消えないようにあなたの行動を諌めに来たんです」

諌めに……ね。

「ではこの世界は……具体的にはなんなんですか?」
「この世界はまさに規定事項の外にある世界です。わたしが長門さんに無理を言って創造して貰った世界ですから。
 いわば、繋ぎ役、臨時世界とでもよぶべきでしょうか」

繋ぎ役の世界。一時的な避難所。
それにしては……。

「ではそこに彼や学生の頃のあなたがいて、涼宮さんがいないのは?」
「あなたに絶望してもらっては困りますから、あなたの友人関係はなるべく残しておいたんです。
 ただしもちろん、SOS団に関する記憶はありません。古泉くんは慎重な人ですから大丈夫だとは
 思ってましたけど、万が一自殺でもされたら困ります。わたしや長門さんの方からあなたにコンタ
 クトをとるのは禁則事項でしたしね」

自殺……。たしかに目覚めた当初の絶望感はひどいものだった。

「涼宮さんに関しては、あなたが出会っていないだけでこの世界にはいます。
 涼宮さんの力を借りて創造されている以上、その主体の存在しない世界を創ることはできないそうです」

もっとも、この世界の彼女にはなんの力もありませんけどね、と、朝比奈さんは付け加える。

152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 16:18:24.68 ID:8/ITg5Qo0

「で、元の世界の過去に戻るとは……?」

いよいよ疑問の核心に触れる。

「さっきも言ったとおり、あなたが辿ったAのルートにはあなたが意識を失った以降の時間軸は存在していません。
 しかし、それ以前の時間軸は存在しているんです。本当は存在していないほうがいいのだけれど……。
 その時間軸の人がした選択によって生じた分岐までは、わたしたちの力では操作できませんから」

憂うような瞳をしながら、朝比奈さんは説明を続ける。

「ですから、正直に言ってしまえば、古泉くんの行動によって生じた分岐点から長門さんが上書きを行うまでの
 Aルートは存在していますから、古泉くんが過去の世界に戻った時に、また同じ行動をとって同じルートを辿ることも可能です。
 でも……分かってくれますよね、古泉くん。もう……同じ轍を踏まないで欲しいの」

自分の行為を否定され、世界のためにならないからするなと諭される。
なんという屈辱だろう。しかし……事実なんだ。

「そうですか……。そうなんですね」

――そうするべき……なんですよね。

156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 16:59:54.69 ID:8/ITg5Qo0

「ごめんなさい。時間遡行の方法は禁則だから」

朝比奈さんに言われて、僕はパイプ椅子に腰掛けている。
長門さんが感情のこもっていない目で僕を見ているが、今はそれほど気にならない。
これが世界にためなんだということを再確認させられた今、僕はその指示にしたがうしかなかった。

以前彼に、時間遡行に付き合ってみたいと申し出たことがあるのを思い出す。
どうだろう。今の僕は、楽しみだと考えているだろうか。

「長門さんはどうするんですか?」
「時間を置いてわたしがそちらに送ります。そうだ!長門さん……ううん、長門さんに限らず、
 今回の話は周りのみなさんとはなるべくしないでください」
「なぜですか?」
「このことを知らないみんなに話しても混乱を招くだけだし、それに長門さんには……あまり思い出させてあげたくないんです。
 過去に悔いたはずの世界の改変をわたしがおしつけた形になっちゃったし……」

その目には、なんともいえぬ光が宿っていた。

「目を閉じてください。少し気分が悪くなるかもしれませんけど、すぐに治りますから。
 あとわたしはそちらには行けないので、あとはよろしくお願いします」
「ちょっと待ってください。今現在元の世界の過去に存在しているはずの僕との関係はどうなるのでしょうか?」

不安がふと胸に踊った。
僕はもう一人の自分に出会った覚えは無い。

「今回の遡行は、簡単に言えば記憶だけの遡行です。だから、元の世界のあなたに、『その時間軸から今までのあなたの記憶』が
 プラスされるだけなんです。ですから、古泉くんはこちらの世界から消失しますが、
 元の世界に古泉くんが二人存在するということにはなりません」

157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 17:05:44.38 ID:8/ITg5Qo0

――気づくべきだった。

「じゃあ目を瞑ってください」

――微妙にかみ合わぬシナリオに。

「じゃあ始めます」

――世界の不自然さに。

「未来のこと、よろしくお願いしますね」


体が宙に浮くような気分がして、胃がひっくり返るような感覚に襲われる。

目を開いたとき、そこにある世界でするべき選択を頭の中で反芻しながら、僕は時間の海に落ちていった。

158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 17:25:55.61 ID:8/ITg5Qo0

クリスマス一色に染まった街を抜けて、坂道を登る。
夏場なら、どうしようもない文句を頭の中で並べ立てて汗にまみれながらながら登るこの坂道も、
冬にはまあ、いい運動になるってもんだ。

クリスマスイヴだからかは知らんがなぜか寝坊してしまった俺なのだが、当然ハルヒがそんな理由の遅刻を許すはずも無く、
電話をしても怒鳴られるだけだし、かといって活動をサボればさらなる怒りの鉄拳が飛んでくることは間違いない。
ゆえに俺は、ハルヒに何を言われてもいいような覚悟を固めつつ、この坂道を登っているわけだ。

と、噂をすればというか、携帯が震え始めた。なるほど、やはりそちらから来るか。
案の定相手がハルヒだったことはいうまでも無いのだが、言われた内容は予想外のものだった。

「キョン!あんた今日一日謹慎!」

呼びつけておいて当日に謹慎を言い渡すとはなかなかの暴挙だが、まあハルヒにおいてはなんら珍しいことではない。
しかし活動自体を自粛させるとは思い切ったな。

へいへい、と適当な返事を返しつつ謹慎命令を拝領した俺は、電話が終わったあとにさて、どうしようかと考え……
ようとしたのだが、またも電話。今度はなんなんだ?

160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 17:36:24.87 ID:8/ITg5Qo0

少々めんどくさくなりつつも携帯のディスプレイを見る。
おっと、これは出なければなるまい。

「もしもし」
「あ、キョンくん」

思えば今日も朝比奈さんのお姿を見るために布団から頑張って脱出したんだ。
残念ながらその労力は無駄になりそうだし、せめて声だけでも聞いておくとしよう。

「実は……その……、今からちょっと会えますか?」
「え、今からですか?それはもう、もちろんですよ」

なんと朝比奈さんからの呼び出しだ。どうしたことだろうか。
嬉しいのは確かなのだが、トラブルの匂いはぬぐえないな。

お互い学校の近くにいるということが分かったので、校門前で待ち合わせることにした。
坂道を登ってきた労力が無駄にならなかったことを喜ぶべきかは分からないが、とにかく急ぐとしよう。

校門前に朝比奈さんの愛らしい姿を認めた俺は、片手を上げて挨拶する。

「どうも、朝比奈さん」
「キョンくん……」

会って早々暗そうな顔。どうやらトラブルは免れそうにない。

162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 17:50:42.91 ID:8/ITg5Qo0

「どうしたんですか?」
「実は……未来からの指示があったんです」

とたんに思い出されるのは、今まで俺にさまざまな指示を与えてきたあのお方。
直接的に、あるいは間接的に下された指示の数々は、たいていにおいてその場では意味の分からないものだったが、
まあとにかく俺は朝比奈さん(大)の顔を思い出したわけだ。

「ああ、そうなんですか。今度は何です?ちょうどいいですよ。電話でも言ったとおり、ハルヒに謹慎を食らっちまいましたから」

なるべくいやな表情をしないように言う。朝比奈さんと行動できることは素直に嬉しいのだが、正直、未来からの指示内容自体が
「楽しいもの」だった記憶は無い。

「その前に、長門さんのところに行きたいんです。多分彼女も、なんらかの理由で今日は来なくていいと涼宮さんに
 言われているはずです。いえ、言われてなければそれがいいんですけど……」

謹慎の命令にもまゆひとつ動かさずに座っている長門のすがたが用意に思い浮かべられる。

「分かりました。とにかく長門の家にいって話しましょう」

もしかしたらもうすでに学校に向けて出発しており、その途中でハルヒに来なくていいと言われたんじゃないかとも考えたが、
長門ならすぐにきびすを返して自分の家に帰るだろうから、結局俺たちが行く頃には戻っているだろう。

174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 20:06:14.71 ID:w/PHw0UN0

案の定、長門は家にいた。一階に据え付けられたインターホンからは、部屋番号を押しても何も聞こえないのだが、
「俺だ」と言うとすぐに扉が開いた。

「よう」
「……」

出迎えてくれた長門はやはり制服姿だったが、それでいて今帰ったのかずっと家にいたのかは少しも分からない。
俺と朝比奈さんの顔を怪訝そうに見つめると、身を引いて俺たちを部屋に入れた。

「それで朝比奈さん、未来からの指示ってのはなんですか?」

数少ない家具の一つであるこたつに入り、会議……のようなものを始める。
朝比奈さんは長門の顔をチラッと見てから、ゆっくりと話し始めた。

「キョンくんと長門さんは、涼宮さんから今日は団の活動に参加しなくていいというようなことを言われたと思います」
「長門もやっぱり言われたのか?」

一応確認する。長門は液体ヘリウムのようなをこちらに向け、ゆっくりとうなずいた。

「これは、涼宮さんが古泉くんと二人で出かけるためのものなんです」

178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 20:23:44.25 ID:w/PHw0UN0

「ハルヒが古泉と?」

思わず聞き返す。SOS団の中でありそうにない組み合わせでもおそらく上位に入るだろう。
いや、団長と副団長という点を考えれば二人でいても決して不自然ではないはずなのだが、
二人きりで出かけるとなるととんと想像ができない。

「はい。それがわたしたちを遠ざける理由です」
「でも……なんでそんなことが分かるんですか?」

混乱していた俺は、答えの分かりきった質問をぶつけていることに気づかなかった。

「未来からの指示の中にそうありました。その中では、近いうちに規定事項に抵触するような事態が発生すると……」

窓を打つ風は、時折意識を外に向かせる。
空はどんよりと暗く、いつ雪をふらせてもおかしくないような、そんな色だ。

「うーんと、つまりそれを阻止するために動かなきゃならないと?」
「あ、はい。そうです」

結局いつものパターンになって来るんだよな。
朝比奈さん、つまり未来人関連の問題ってのは大抵がこの「規定事項」とやらを守るためのものだ。
もちろんこの愛らしい小動物を思わせる朝比奈さんには面と向かってはいえないが、
未来人の問題なんだから自分達でなんとかしてくれよと思わないでもない。

179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 20:34:09.21 ID:w/PHw0UN0

「それで、具体的には何をすればいいんですか?」
「はい、えーと……まず、わたしと一緒に過去に行って欲しいんです」

ああ、また過去への旅か。
タイムトラベルが絡んでくることにたいして驚かなくなっている自分が怖い。

「どれくらい過去に行くんですか?」
「うーんと、四年前です」

またこれだ。
四年前の話はもういやというほど聞いたし、それに四年前にはいやというほど行ったんだけどな。

「四年前のどこに?」
「長門さんの家……です」

つまり四年前のここか。
そこには当然長門がいて、いわゆる待機状態というやつになっているはずだったな。

「えーと、四年前の今日でいいんですか?」
「はいそうです。それで、長門さんも一緒に行って欲しいんですけど……」

180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 20:45:18.54 ID:w/PHw0UN0

朝比奈さんが自分から長門をさそうとは珍しい……が、これも指示によるものなんだろう。

「長門、そういうわけだ。一緒にいってくれるか?」
「……構わない」

首肯にいつもの短い言葉を添えて、長門は承諾の意を表した。

「それじゃあ、こっちの方に来て目を瞑ってもらえますか」


時間遡行はすぐに終わった。
ああ、またこの感覚を味わうことになるとは。
いまだに慣れない。慣れてしまったらおしまいだという気もするが。

質素な部屋だ。
長門の部屋には初めの頃に比べていくつか生活感のある置物が増えたが、ここにはそれがない。
俺が四年前の七夕にここを訪ねたときと同じ簡素さだった。

「……長門」

あの時と同じ服装。あの時と同じ表情を浮かべて、長門はそこにいた。

182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 20:56:48.80 ID:w/PHw0UN0

今この部屋には長門が二人いるんだが、過去にそういう場面を見た事が無いわけではないので
別段その光景には何も感じなかった。

「…………」

沈黙を以って俺たちを見つめる長門。驚いては……いないんだろうな。

「突然邪魔して悪いな長門。えーと、俺のことは覚えてるか?」
「……」

首肯。

「よかった。またちょっとやるべきことができちまってな。ちょっとの間お邪魔させてもらってもいいか?」
「……構わない」
「そうか。ありがとよ」

とりあえず長門に許可を取る。
次いで状況を説明しようと思ったのだが、よく考えればこれからどうすべきかを聞いていない。

「朝比奈さん、これからどうすればいいんでしょうか?」
「あ、えーと、とりあえずここで待っていればいいみたいです。えと、あ、そうだ。
 長門さんに、あの、前に使ったわたしたちを見えなくする障壁を張って欲しいんですけど……」

二人の長門が同時にうなずいた。

183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 21:06:39.42 ID:w/PHw0UN0

「長門、どっちも意気込んでるところ悪いんだが、とりあえずどっちかで事足りると思うんだ。
 ですよね?朝比奈さん」
「あ、は、はい」

朝比奈さんはおどおどしながら答える。長門に慣れてきたとは言え、
まだ二人の長門がいるこの状況には慣れないんだろう。

「そういうことだ。じゃあとりあえず、俺と一緒に来た方の長門にやってもらいたいんだがいいか?」
「……分かった」

俺のよく知るほうの長門がうなずく。といっても、眼鏡をかけていないということ以外に違いなどないのだが。

この部屋の主のほうの長門は黙って身を引く。眼鏡のほうの長門が俺と朝比奈さんの前に立ち、
とうてい聞き取れそうに無い何かを高速詠唱した。

「これで問題ない。わたしたちの姿はまわりからは見えなくなった」

以前のそれでもそうだったように、おそらさすがの長門もこのフィールドの外にいる限り俺たちは見えていないんだろうな。

「あとはしばらく待てばいいはずです……」

持久戦だな。どれくらい部屋のすみで体を動かさずに固まっていられるだろうか。

185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 21:25:24.78 ID:w/PHw0UN0

どれくらいたっただろう。
いい加減腰がいたくなってきた。
何が起こるか、いつ起こるのかわからないというのは精神的に結構きついものがある。

朝比奈さんは、フィールドが展開される前に、こちらの世界の長門に何事かをささやいていた。
その内容は気になったが、おとなしく待てといわれるならば待つしかないだろう。

――どすん

何かの音が部屋に響いた。
顔を挙げ、音の聞こえたほうを見る。

俺たちは長門のいるこたつの部屋の隣の部屋にいたのだが、こたつの横に、もう一人の人間がいた。
顔は見えない。しかし……。

次の瞬間、長い髪をしたその女性は長門に触れたかと思うと、こちらを振りむくことなくその場から消失した。
長門と一緒に。

「あ!」

朝比奈さんが小さな声を上げる。俺も一緒に声を出しそうになたっところだ。
二人が消えた……。

何の余韻も無く、しばし呆然としていた俺だったが、ふいに気づいて長門に声をかけた。

「長門、とりあえずフィールドを解除してくれ。それから朝比奈さん。あっちの長門に、さっきなんていったんですか?」

おろおろした声で、朝比奈さんは答えた。

「え、えと……『誰かに何かをいわれたら、その通りにしてください』と……」

188 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 21:44:14.27 ID:w/PHw0UN0

解せない指示だが……。今は長門がさらわれたといってもいいような状態だ。
それにあの女性は……。
一刻も早く……。

「朝比奈さん!次の指示を!」
「ひゃ、ひゃい!え、えと次は、四年後より先に移動……?あ、あれ?」

朝比奈さんが泣きそうな顔になってしまった。

「だめです。できません!四年後より先にいけなくなっちゃいましたぁ……」
「え?それは時間移動ができなくなったってことですか?
「違うんです。正確には、わたしたちが出発した今から四年後の12月24日の夜以降にいけなくなっちゃったんです」
「えーと……まさか前みたく、必要な道具をなくしたとかは……」
「ありません!」

何もかもが急に起きすぎた。
少し落ち着こう。

「朝比奈さん、大丈夫です。一旦落ち着いて考えましょう」

どれくらいまともでいられるか、自分でも不安ではあったが。

189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 21:58:10.39 ID:w/PHw0UN0

「長門、お茶を頼む」
「……分かった」
「朝比奈さん、とりあえずお茶でも飲みましょう」

ますます小動物のようなおびえかたというか戸惑いを隠しきれていない
朝比奈さんを落ち着かせ、俺は頭をフル回転させ始めた。


まず朝比奈さんへの指示が、全くもって不可解すぎる。
そりゃあ今までの指示でその意図が分かりやすいものなど無かったが、今回のは意図以前に指示内容が不自然だ。

最初の指令は、俺たちに四年前の長門の部屋に行けというものだった。
そしてその通り俺たちは四年前にやってきた。
しかし次の内容がおかしい。例のフィールドを展開して待つというのは分かるが、
いくらなんでも待つ時間を持たせすぎじゃないだろうか。

おそらく俺たちがここにきてから、例の事件が起こるまで、少なくとも数時間はあったはずだ。
わざわざフィールドを展開させて様子を見ろと指示してきたということは、おそらく相手に気づかれること無く
俺たちに「何か」を見せるのが目的だったんだろう。その「何か」が先ほどの長門誘拐事件だったとすれば、
その時間に間に合うような時間に遡行させればいいことだ。しかし、その指示された遡行先はその数時間前だった。

……もしかして、指示してきた人間には、その事件が起こる正確な時間が分かっていなかったのだろうか。
だから余裕を持たせて、早めの時間に俺たちを遡行させたのかもしれない。

だが、そのあとの指示はさらに解せない。

194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 22:22:00.67 ID:w/PHw0UN0

「誰に何を言われてもその通りに動け」

そして、

「四年後よりも先への遡行を試みろ」

この時間軸の長門にたいしての前者の命令。これじゃまるで、相手にされるがままにしろといっているようなものだ。
何かが起きるとわかっていたのに、なぜ長門にあんな命令を?

そして、四年後よりも先への遡行。これではあまりにも指定が曖昧だ。

「朝比奈さん、四年後よりも先ならどこでも良かったんですか?」
「はい……。とにかく私たちがもといた日の夜、もっと正確に言えば午後9:13分以降への移動を試みろと……」

つまり、四年後より先ならばどの時間軸に飛ぼうとしても結果は同じだと分かっていたのか?

長門がお茶を持ってきた。長門が入れるお茶を飲むのは久しぶりだ……、
と、ここで俺はとうに聞いておくべきだった質問を思いつく。

「長門、さっきいなくなったお前がいまどこにいるか分かるか?」
「分からない。同期できない」
「同期できないってことは、つまり……」
「可能性は二つ。いくつかの接続条件の変更がなされた先の時間軸にいったか、あるいは、
 さきほどのわたしがこの世界から消失したか」

195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 22:39:03.03 ID:w/PHw0UN0

思い沈黙が部屋に立ち込めて、空気をよどませる。

「だが長門、お前はここにいる。そうだろ?」
「……」

希望を込めて、俺は続けた。

「もしあの長門が消えてしまったとしたら……、そもそも……そうだ。お前は俺たちと会う前、四年前の今日に
 こんな事件に巻き込まれたことがあるのか?」
「ない」
「じゃあなんでこんなことが……お前が経験していない出来事が起こってるんだ?」
「あ、あの〜」

朝比奈さんがお茶を手に持ちながら口を挟んだ。

「つまりそれが規定事項から外れているってことなんだと思います……。
 さっきの事件はいわば完全なイレギュラー。本当はなかったはずの出来事なんです」

しかし、実際に事件は起きている。
そして極めつけの一点。
あの後姿は……間違いなく、朝比奈さん(大)のそれだった。

198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 23:01:46.09 ID:w/PHw0UN0

なぜ朝比奈さんが長門を?
俺に何もいうことなく?これも規定事項のためなのか?

そもそも朝比奈さん(小)がいる状況に自ら出向いてくるなんて……。
あれほど自分は昔の自分の目にとまってはいけないと言っていたのに。
結局この朝比奈さんはあの女性が誰なのかを確認できなかったようだが、なぜ朝比奈さん(大)はこんな危険をおかしたのだろう。

「朝比奈さん……次の指示は来ていないんですか?」
「はい……。最後の指示以来音沙汰なしです……」

ということは、やはり未来との繋がりは断絶されているのだろうか。
四年後より先にいけないとなれば……。
ん、待てよ。

もしそうなら、仮に俺たちがあのまま四年後の時間軸に残っていたとしたら、俺たちはどうなっていたんだろうか。
それを確かめるのは……危険だが……。

「あっ!き、来ました。指令です!」

朝比奈さんが耳に手を当てて叫んだ。
真剣な顔で、何事かを聞き取っているような、そんな仕草だ。

「つ、次の指令は……、わたしたちが出発した時代に戻って、す、涼宮さんたちを……尾行する?」

207 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 23:54:16.26 ID:w/PHw0UN0

「元の時間へ……」
「はい。そこで涼宮さんを尾行するのが次の指令です……」
「いい気分はしませんね。こそこそと他人のあとをつけまわすなんて」

本心だった。でも、俺がそう言ったのは、果たしてモラルの問題だけを鑑みてのことだろうか。

「しかし俺たちにばれないようにやれるんでしょうか」

今のハルヒをつけるということは、さっき朝比奈さんが言ったことが確かなら
十中八九古泉も一緒につけるということになる。
ただでさえ勘の鋭いハルヒだけでなく、仮にも機関のメンバーであるあの古泉の後を、簡単に尾行できるとは思えない。

「それは……その、また長門さんの力を借りるわけには……」

ああなるほど。しかし……。

「俺が思うに、おそらく指示された以上のことはやらないほうがいいと思います」
「そ、そうですね」

ちらりと、長門の顔を見やる。お茶をすする長門の顔に考えは見て取れない。
長門が頼りになるのは確かで、そして長門になるべけ頼りたくないという俺の気持ちがあるのも確かだった。
それは、あの長門の世界改変からずっと。

209 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 00:09:50.58 ID:jBETsdtf0

「じゃあ目を瞑ってください」

再び、時間の海に放り出される。
またあのつかみ所のない最高にいやな感覚が俺を支配する。
そういえば今日は昼飯を食っていないなということに気づいた俺は、
腹が減ったなと思いつつゆるやかに俺にとっての現代に着地した。
多少残った乗り物酔いのような感覚に苦しむ俺の横で、長門は何事もなかったかのように涼しい顔だ。

思えば最初の時間遡行のときは朝比奈さんのひざの上で目覚めたんだっけな。
一人で地面に降り立てるようになったことが悲しいような嬉しいような……、いや、やっぱり悲しいな。
さっきも思ったがこんなもの、慣れるもんじゃない。

長門の部屋ではいつの間にか暗くなっていたはずの空は、またいまにも泣き出しそうな灰色に戻っている。
ここは……北高の校門か。しかし……、もちろん計算済みなんだろうが、時間旅行から帰ってきた瞬間を
もし他人にみられたらと思うとぞっとする。「マジックの練習をしていた」程度ではごまかせそうに無い。

「キョンくん!こっちです」

朝比奈さんが少し離れたところで手招きしている。
ああそうか。ハルヒたちに見つからないよう隠れなきゃならないんだったな。

俺たちは校門の近くにあるしげみの後ろに隠れ、SOS団の幹部ふたりが現れるのを息を殺して待った。

211 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 00:29:48.34 ID:jBETsdtf0

二人はすぐに現れた。
端から見れば美男美女。
まさに理想のお二人さんといったところか。
うーん、カップルという言葉を使うのはなぜか憚られる。

二人は談笑しつつ、俺たちの前を通り過ぎて校門から出て行った。
困ったことに、障害物のほとんど無い例の坂道は、尾行を、まして三人で行うには最高の難所だった。

おそらくだが、あの二人は坂道を最後まで下りきるだろう。
途中に寄れるところなど無いからだ。
俺たちはそうあたりをつけ、かなり離れたところから尾行をすることにした。


後姿が、談笑で揺れる。
……はっはー。なかなか楽しそうじゃないか、お二人さん。


坂道を下り終わって、街に入る。
ここからが尾行の正念場だ、と、素人にもかかわらず意気込んでみる。
ところが、その意気は、予想外の形で空回りに終わることになった。

「三人とも、止まって」

街中で、後ろからの声に振り向く。
ふわふわとしたマフラーと手袋、黒いサングラスに身を包み、朝比奈さん(大)が口元に笑みを浮かべていた。

237 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 12:13:22.85 ID:eeV35rIm0

正直戸惑った。
まただ。今度は決定的。こともあろうに朝比奈さん(小)といるときに声をかけてくるとは。

「あれ……あなたは……」

朝比奈さんが怪訝そうな顔で目の前の女性を見つめている。
かろうじてというべきか、幸い髪の色以外に朝比奈さんと断定できる特徴は無い。
マフラーとサングラスで顔は隠れているしな。朝比奈さん(小)もまだ気づいてはいないらしい。

だが、その問題を抜きにしても朝比奈さん(大)には聞きたいことがたくさんある。

「あの、えーと……」

まさか朝比奈さんと呼ぶわけにもいかないし、なんと呼ぶべきだろうか。
お姉さん?いやいやそれじゃただのナンパだ。

「とりあえず尾行は中止して」
「え?」

自分で指示しておいて何を言っているんだこの人は。

「でも……」
「シッ」

朝比奈さん(大)は口にその綺麗な指を当てて言った。

「質問はナシよ」

238 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 12:35:52.25 ID:eeV35rIm0

そう言われてはこちらに返す言葉は無い。

「えーと、じゃあこれからどうすれば……」
「何もしなくてOKです。このまま解散してください。もう必要なことは全てやってもらいましたから」

釈然としない。

「あの……さっきの……」
「ごめんなさい。わたしはすぐに行かなければならないので……。
 色々ありがとね」

朝比奈さん(大)はそういうと、俺たちに背を向けて歩き出し、人ごみにまぎれて姿を消した。

「えーと……今のキョンくんのお知り合いですか?」

朝比奈さんが不思議そうな目で俺の顔を見る。
どう答えたものか……。

「前にあったことがあるんです。なんでもあの人も未来人の駐在員だとか」

やむをえない。尾行の話をしてしまった以上、一般人では通せないだろう。
文句なら朝比奈さん(大)が引き受けるべきだ。

「ええー!あんな人わたし知りませんでした」

それはそうでしょう。今まであの人はあなたに会わないようにしてきたんですから。

239 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 12:58:06.03 ID:3Ej/oZMv0

「これからどうしましょうか」

余りこの話を長引かせたくなかったので、俺は話題を変えることにした。
あながち本題ともいえなくない案件だ。

「えーと、うーん……」

朝比奈さんは頭を少し斜めに傾けて考え込んでいて、
その横では長門が無表情で突っ立っている。

「朝比奈さん、まだここより先の時間にはいけませんか?」
「えーと、はい。駄目みたいです……」

ということはやはりこの時間と未来は未だ断絶されているということだ。
ということは、俺たちがこのまま今日の……午後9:13分だったか?その時間を迎えちまったら、
俺たちは消えちまう可能性が……高いよな。

「朝比奈さん、未来と連絡がとれないということは、
 これから俺たちが好き勝手に時間を移動してもいいっていうことにはならないですか?」
「え、そ、それは……あっ!」
「どうしました?」
「また指令です!。今度は……また四年前の……さっきの部屋に行けと」

おいおい、俺たちは何回長門の部屋に行かなきゃならないんだよ。

241 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 13:09:04.68 ID:3Ej/oZMv0

三度訪れた長門の部屋。

この時間で二回。俺たちの時間で一回。
いい加減見飽きてきたな。

「ふみゅう」

と、いきなり朝比奈さんがよく分からない声を上げたかと思うと、その場にくずおれる。
急いで支えようとしたが、その前に別の人間の手が朝比奈さんの腰に手を回していた。

「お疲れ様です」

さっき会ったのと少し服装は違うが、それはまたもやまぎれもなく朝比奈さん(大)だった。
今の服装は、俺の良く知る、あの最初に会ったときに着ていたのと同じ服装だった。

「朝比奈さん……」
「ごめんなさい。何も説明せずにあちこちに行かせてしまって」

それはよく考えればいつものことのような気もするが、今はそれよりも大事なことがある。

「聞かせてもらえますか。今回の一連の行動の意味を」

朝比奈さん(大)は少し悲しそうな目でうなずくと、隣の部屋に布団を出すように俺に言い、
朝比奈さん(小)をそこに寝かせた。

242 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 13:21:44.34 ID:3Ej/oZMv0

「まず、キョンくんたちは、今回の行動の過程で何回かわたしにあったと思います。
 その様子を詳しく聞かせてもらえませんか?」

朝比奈さんはこたつに入り、ゆっくりと話し始めた。
俺と長門も同じように座っている。

「最初に……、これは会ったといえるかは分かりませんが、この部屋で長門をその……連れ去るのを見ました。
 そして、ついさっき、今から四年後の12月24日にも会って、指示にあったハルヒたちの尾行を止める様に言われました。
 そして、今が三回目です」
「ありがとう。わたしもまだ完璧に全容を把握しているわけではありませんのできちんと説明はできませんが、
 とりあえずあなたがこれまでに二回出会った朝比奈みくるは、今あなたの目の前にいるこのわたしではありません」

……なんだって?

「それは……どういうことですか?あれは……二回ともきちんと見えなかったとはいえ、朝比奈さんだったことは間違いないと
 思います」
「ええ、確かにわたしだったんでしょう。でも。このわたしとは違うんです」

朝比奈さんは自分の胸に手を当ててそう言った。

「その朝比奈みくるは、わたしと似て非なる存在。わたしと別の未来の朝比奈みくるです」

246 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 14:06:47.72 ID:T8on389a0

別の未来。
前に話を聞いたことがあるような気はする。

「詳しくお願いします」
「……わたしたちが、規定事項を遵守していることは知っていますよね?
 規定事項は、今という時間がわたしたちのいる未来に正しくつながるための大切な道標です。
 彼女は、別の未来からこの時間に干渉することによって規定事項を揺さぶり、自分達の未来を正規のルートにしようとしたんです」

……なんとも複雑な話だ。俺の頭の程度は学校の授業についていけるかどうかの瀬戸際にあるがゆえに、
これから先の朝比奈さん(大)の話を理解できるかどうかとても不安になった。

「わたしたちは、現在の時間の規定事項にゆがみが生じる可能性があると知りました。
 その方法は、詳しくはお教えできませんが、涼宮さんがかつて発生させた大規模な時空振動を観測した時の
 それと同じようなものと思ってください」

去年の春、朝比奈さん(小)に公園で告げられた話が頭によみがえる。

「この時間にゆがみが生じることはわかったけれど、誰が生じさせようとしているかは分からなかった。
 わたしたちとしては、自分達の今、つまりキョンくんたちにとっての未来ですけど、そこにつながるための規定事項
 にゆがみなど起こさせるわけにはいかなかった。ここまでは分かりますよね?」

すでに大分怪しいが、分かったということにしておこう。

247 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 14:28:43.73 ID:T8on389a0

「時間の流れにの中には、いくつかの分岐点があります。その時点で選んだ選択肢があとに続く道を決める分かれ道。
 彼女が狙ったのは、そのうちの一つだったんです。分岐点というものは、たいていがゆがみの原因になりますが、
 実際に規定事項に影響をおよぼすことはほとんどないんです。今回のように、イレギュラーな存在が干渉を試みない限りは」

イレギュラーという言葉に、力がこもっているような気がした。
朝比奈さんは真剣な顔で続ける。

「彼女が今回利用しようとした分岐点、それは、古泉くんにまつわるものでした」

古泉に……?現状の維持を何よりも優先するあいつがまさかそんな役回りにつくとはな……と、
軽く考えていた俺の頭を、朝比奈さんの次の言葉が貫いた。

「古泉くんは、涼宮さんとお付き合いをしようとしたんです」

長門がもし俺たちにお茶を振舞っていてくれて、なおかつ俺がそれを口に含んでいたなら、
確実に噴き出していただろう。

古泉が……ハルヒに?

「何でそんなことが分かるんですか?」

少しばかりきつい口調で、俺は朝比奈さんに詰め寄る。
しかし、朝比奈さん少しの間目を瞑った後、再び開いた目で俺を見据えて言った。

「ごめんなさい。今はここまで。これから、古泉くんのところに行きます」

249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 14:54:06.74 ID:T8on389a0

「古泉って……いつの時間のですか?」
「その前に一つ。キョンくんたちがさっきこの時間にいたときに見たわたしは、この時間の長門さんを連れ去った
 ということで間違いないですね?」

黒い瞳に真剣なまなざしが宿っている

「はい。間違いないです」
「ということはやっぱり……うん。今からいくのは、四年後の12月24日午後9:13分以降の世界です」
「ってことは……。いや、でもそれは……」

その先の世界とやらにはいけないはずだ。

「それにあたって、長門さんの力を借りたいんです」

話題に出されても、長門はほとんど表情を変えない。

「彼女がこの時間の長門さんを連れて行ったのは、四年後の12月24日の午後9:13分以降に新しい世界を創るためです。
 正確には、世界改変の上書きです。ですから、そこに行くには長門さんの力でないと入れないんです……」

252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 15:25:00.21 ID:T8on389a0

「長門、いけるのか?」

こちらから話しかけなければ会話に加わってくれそうに無いので、長門に声をかけてみる。
長門は俺の目を見つめて、ポツリと言った。

「可能」
「ありがとう長門さん」

やわらかく、朝比奈さんは微笑んだ。

「でも……本当にそこに古泉がいるんですか?」
「はい。長門さんに頼んで世界を改変してもらったとしても、規定事項を乱すためには古泉くんに働きかけなければなりませんから」

ってことはなにか。古泉はそこでもう一人の朝比奈さんに誘惑されてるってのか。

「時間軸はわたしが設定しますが、残念ながら長門さんが改変を行った世界の時間軸までは指定できません。
 でも、自分に都合の良い選択を古泉くんにしてもらうために働きかける以上、向こうのわたしは必ずもう一度古泉くん
 を元の時間に戻そうとするはずです。そして時間移動を行えばその振動をわたしは察知できますから、その時間軸に
 うまく飛ぶことができれば古泉くんと、この時間の長門さん、そしておそらくもう一人のわたしに出会えるはずです」

もはや完全に理解の外で話が回っていたが、まあ長門は理解したようなので任せることにしよう。

253 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 15:48:04.38 ID:T8on389a0

朝比奈さんと長門がなにやら打ち合わせをしているが、意味の分からない単語ばかりが聞こえてくるので
聞き流すことにしている俺である。

古泉がハルヒと……。
俺は何を考えているんだろうか。

規定事項とはなんなのだろうか。

「じゃあ始めます、キョンくん」

朝比奈さんの声で我に帰る。

「この子はここに置いていきます。まだしばらく目覚めないだろうから」

俺の良く知る朝比奈さん(小)の頭に手を置いて、朝比奈さんは言う。
いつものように、俺は朝比奈さんの前に座って目を瞑った。

「長門さん、打ち合わせどおりに」

隣の長門は何も言わなかったが、おそらくうなずいたんだと思う。
またあの感覚が襲ってくるのを感じ、俺は目をさらに固く閉じた。




「キョンくん。もう大丈夫です」

声に引かれて目を開く。辺りにを見回す。久しぶりの部室だ。
俺の右隣には長門。左には朝比奈さん。目の前には椅子に座った古泉と長門、そしてもう一人の未来人がいた。

255 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 16:03:48.98 ID:T8on389a0

俺が今まで話していた朝比奈さんと全く同じ顔をしたその女性は、大きく目を見開いて口を少し開けていた。
古泉も同じく、まるで目の前で死人が蘇ったのを見たかのような顔をしている。
無反応さが売りの長門は、今回も無反応だった。俺のとなりにいる長門との違いはやはり眼鏡の有無だけだ。

「こ、これは一体……」

憎らしいほどの冷静さと微笑をその特徴としてきた古泉だったが、今回ばかりはその仮面は外れてしまったらしい。
俺の隣の朝比奈さんと自分の後ろの朝比奈さんを交互に見て、状況把握に努めようと懸命のようだ。

「まさか……そんな……」

俺の良く知っているのでない方の朝比奈さんの驚きはそれ以上だったらしい。
狼狽という表現がふさわしい表情をうかべながら、二、三歩後ずさりしたかと思うと、
そのまま後ろにあったパイプ椅子に座り込んでしまった。

「あなたがイレギュラーですね」

こちらの朝比奈さんは落ち着いた声で言い放つ。
その目には、仄かな怒りすら感じられた。

256 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 16:12:19.31 ID:T8on389a0

「彼の時間遡行を妨害したのね……」

多少落ち着いたのか、もう一人の自分をにらみつける余裕ができたらしい。
あちらの朝比奈さんはこちらの朝比奈さんの顔を鋭いまなざしで見ながら、やはり俺の良く知る声でそう言った。

「わたしたちに最初にしかけてきたのはあなたでしょう?」

こちらの朝比奈さんはかすかに口元に笑みを浮かべてはいたが、声は冷たい。

「ちょっと待ってください」

優男が自分を取り戻したらしい。
微笑がその顔に宿るにはもう少し時間が必要みたいだったが、とにかくこの二人の会話に割り込もうというのだから
たいしたものだ。俺ならちょっと遠慮したい。

「状況がつかめないのですが……とりあえずどこからどう見ても
 同じ人間がこの場に二人いる理由を説明していただけますか?」

やれやれ、一旦落ち着くととことん丁寧なやつだ。

「わたしが説明します」

こちらの朝比奈さんが古泉の声にこたえる。

258 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 16:23:51.01 ID:T8on389a0

こちらの朝比奈さんが古泉に説明をしている間、あちらの朝比奈さんは何も口をはさまなかった。
なされている説明が正しいからか、あるいはやはり反論する元気を失ってしまったのか。

古泉は、黙ってその説明に耳を傾けていたが、規定事項の下りで口を挟んだ。

「少しよろしいですか?僕はこちらの朝比奈さんに、僕の行為は規定事項を破ることになると諭されました。
 そして、お恥ずかしい話ですが僕もそこに不自然な点はないと考えています。僕は確かに、これが世界の
 平穏を乱す可能性があると知っていながらも自分の意志を優先しました」

古泉の意志。こいつの望み。今まで、こいつはいくつの願いを我慢してきたんだろうか。
それが世界のためだという、ただそれだけのことで。
朝比奈さんたちの話とは関係ないところで、俺の思索は色を深める。

「でも今のあなたの話では……」

そうだ。そうなるよな。なぜ……不思議に思わなかったのだろう。

「そうです」

朝比奈さんは優しい声で、古泉の後に言葉を継いだ。

「古泉くんが涼宮さんと一緒になりたいと思うこと。そちらの方が、本当の規定事項なんです」

261 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 16:50:47.49 ID:T8on389a0

数十秒の間、誰も言葉を紡がなかった。
古泉は俯いて、少しばかり顔をゆがめている。

「あなたは色々な点でうまく立ち回りました」

朝比奈さんの声がまた冷たくなり、その顔がまたあちらの朝比奈さんの方に向けられた。
さっきまで怒りを孕んでいたその瞳には、今はどこか憂うような光を放っている。

「古泉くんは未来人の存在を知っています。だからもしわたしの姿で目の前に姿をあらわしさえすれば、
 自分が『朝比奈みくる』だと明かした上で古泉くんを説得することは可能と考えた。
 そして古泉くんの使命感をくすぐり、あなたに都合のいいほうの選択を選ばせようとした。
 古泉くんからすれば、まさか自分が涼宮さんと付き合うべく行動することが規定事項だとは思わないでしょうから、
 あなたの言うことを信じてしまっても不思議ではありません」

古泉は固い表情を崩さない。何を考えているのかは読み取れないが、もし自分の行動を省みて
後悔しているのだとしたら古泉、そんな必要はないと俺は思うぞ。

「あなたは涼宮さんと古泉くんの一日が円滑に進むように動きました。
 全てはこの世界で古泉くんを諭すときに、自分の話に説得力を持たせるためです。
 時間遡行ができる以上、あなたが行動した順番は特定できませんが、
 慎重に、かつすばやく動くことが必要だったでしょうね。
 もたもたしていればわたしのような他の未来のエージェントが自分を探しにやってくると、
 あなたは分かっていたでしょうから」

262 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 17:17:41.27 ID:T8on389a0

朝比奈さんの話は、まるで今まで我慢していたものを吐き出すかのように続く。

「最大の難関はおそらく世界の改変と上書きだったと思います。もちろんあなた自身にはできないことですし、
 涼宮さんの力を使うにしても自分に都合のいい改変など行えません。考えた挙句、あなたは四年前にいる、
 生み出されて一年目の長門さんの力を借りることにしたんです」

自分の名前が出されると、ほんの少しだけ二人の長門の間に違いが見て取れた。
四年前の長門の方はほとんど無反応だったが、俺の良く知る方の長門がぴくりとまゆを動かしたのを
俺は見逃さなかった。

「長門さんはそれ以前に朝比奈みくるという人間と面識があったし、たとえ長門さんといえど、
 『古泉くんが涼宮さんと一緒になるべく行動すること』が規定事項ではない言われれば、疑う理由はありません。
 万が一、不自然な点があると思われたとしても、いざというときにキョンくんや涼宮さんに危害が及ぶなどの
 実害的な事象が起きない限り、情報統合思念体が静観を貫くというところまで計算に入れていたんでしょう?」

朝比奈さんが少し言葉を切った。
かといって代わりに喋り始める者がいるわけでもない。

あちらの朝比奈さんも相変わらずのだんまりを決め込んでいて、その鋭い眼光をこちらの朝比奈さんにぶつけるばかりだ。

266 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 17:46:07.06 ID:T8on389a0

「何か言ったらどうなんですか?」

さらに冷たさを上積みして、朝比奈さんが言い放つ。
その言葉を聞いて、俺の中で何かいやなものが膨れてくる。

「そんな……どうして……」

唐突にあちらの朝比奈さんが慌てだした。

「時間遡行を行おうとしたみたいですけど、無駄ですよ。
 ここに来てすぐ、長門さんに情報凍結を行ってもらいましたから」

さっきの打ち合わせにはそのことも入っていたのか。

「あなたにわたしの何が分かるの……」

朝比奈さんのものとは思えない、重い声。

「分かりませんよ」

ようやく微笑を浮かべて、朝比奈さんが言う。

「でも、あなたがこういう行動に出た理由なら少しだけ分かります。
 わたしも今、似たような理由でここに立っているんですから」


それが未来人なんだと、俺は思った。

268 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 18:28:36.66 ID:T8on389a0

「彼女にはわたしと一緒にわたしの未来に来てもらいます。
 色々と迷惑をかけて本当にごめんなさい」

こちらの朝比奈さんはそう言って深々と頭を下げた。

「……いえ、大丈夫ですよ」

釈然としないものを抱えたまま、俺は答える。
心に蟠る重みが、少しずつ大きくなっていく気がしていた。

「その人、そのまま連れて行って大丈夫なんですか?その……何かのきっかけで成り代わりでもされたら……」
「ふふ、大丈夫よ。未来の個人特定の技術は現代のそれとは比べ物にならないから」
「あの、僕からも質問なのですが」

久しぶりに古泉が口を開く。

「僕らはこれからどうすればいいんでしょうか」

なるほど。たしかにしておくべき質問だ。

270 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 18:50:26.05 ID:T8on389a0

「そうですね……。それをいわなくちゃいけません」

朝比奈さんは答える。

「とりあえず四年前の長門さんの部屋に戻りましょう。
 ただし、どちらかの長門さんに、ここにもう少しだけいてもらいます」
「えと……なぜですか?」
「これからわたしたちは四年前に戻ります。わたしはそこに残りますが、
 キョンくんたちにはもう一度ここにきてもらわなくちゃいけません。
 それに際し、この世界改変を行ったほうの長門さんと、こちらに残る長門さんで、同期を行ってもらいます。
 同じ情報を共有することによって、キョンくんの時間の方の長門さんにも
 こちらの世界とあちらの世界の行き来ができるようになりますから。
 とりあえず長門さん、お願いできますか?」
「……了解した」

片方の長門がそう言って、もう片方の長門に近づいた。

283 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 20:39:15.85 ID:GMkfIzTW0

二人の長門が、再び互いに距離を置く。
同期は恙無く完了したようだ。

その様子を確認して頷きを一つ、
朝比奈さんは説明を続ける。

「これでどちらの長門さんもこの改変世界に来れるようになりました。これからわたしたちは四年前に戻り、
 あちらで眠っているわたしを目覚めさせます。もちろんわたしはその前に姿を消します。そこでわたしたち二人の朝比奈みくると、
 四年前の時間軸の方の長門さんとはお別れです。キョンくんたちにはそのあとこの世界にもう一度戻ってきてもらい、
 あちらのわたしと長門さんの力で世界を元に戻す作業に入ってもらいます」

教師のような格好にふさわしい、テキパキとした指示だ。
しかしそれでも、胸の奥で、蟠りが燻るのを俺は確かに感じていた。

「こちらに戻ってきてからのことは長門さんに話してあります。では目を瞑ってください」

ここ一日、いや、あちこちの時間を移動したのでよく分からなくなっているが、少なくとも一日はたっていないだろう。
とにかくここ最近の繰り返しの時間移動で、いい加減この感覚に慣れてしまいそうで怖い。

285 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 20:46:51.86 ID:GMkfIzTW0

簡素な部屋にまた降り立つ。
朝比奈さん(小)は俺たちがここを立った頃と全く変わらない位置でぐっすりと眠っていた。

「わたしはここの時間軸に残り、未来との断絶の解消を確認し次第、自分の時代に戻ります」

そう告げると朝比奈さんは、もう一人の朝比奈さんを連れて玄関に向かった。

「朝比奈さん」
「なんですか?」

振り向いた朝比奈さんの顔に、一瞬のためらいを覚えるも、俺は話した。

「全部終わったら、もう一度俺たちの所に会いに来てくれませんか?」

一瞬怪訝そうな顔をして、すぐに微笑を浮かべる朝比奈さん。

「分かりました。ではその時に、また」

朝比奈さんはそう言って、玄関口から姿を消した。
扉がガチャンという音をたてて閉まるまで、俺はその玄関を見つめていた。

286 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 21:00:57.19 ID:GMkfIzTW0

「朝比奈さん、朝比奈さん」
「ふ、ふぇ?」

ゆっくりと体を揺さぶりながら声をかけると、
かわいらしい声を上げて朝比奈さんは目を覚ました。

「あ、あれ?わたし……」

それから朝比奈さんに一部始終を説明するのにはなかなかの苦労を要した。
なにせ俺自身、まだ今回の出来事の流れや理屈を今ひとつ理解で来ていないのだ。
古泉と長門にフォローを入れてもらいつつ、自分でも整理するように事を説明していく。

ちなみに、朝比奈さん(大)のところは他の未来人の駐在員、別の未来から来たという朝比奈さんの方は
別の未来から来たただの未来人としてぼかしておいた。古泉が朝比奈さんの姿だからこそ信じたという局面の説明においては、
正直言ってかなりの事実の歪曲を施さざるを得なかったが、まあ仕方あるまい。
事前に朝比奈さんに受けていた簡単な手ほどきが、少しは助けになった。

「じゃ、じゃあこれから、わたしはキョンくんたちと一緒にその……改変された世界に行って、
 世界をもとに戻せばいいんですね?」

さすがは未来人だけあって、時間移動に関する理解は早かった。多分俺よりもちゃんと分かっているんじゃないだろうか。
もっとも、いくらか俺たちの手で編集された事実ではあるが。

287 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 21:11:45.27 ID:GMkfIzTW0

「長門、いろいろありがとうな」

あの世界に発つ前に、長門に別れの挨拶を言う。
思えば、こいつは今回の騒動でも一、二を争う被害者だ。

その液体ヘリウムのような目に感情がともるのはもうしばらく先のことになる。
俺たちに会うまで、もう少し待っててくれな、長門。

「それじゃあ、三年後の春に」

長門の首肯を確認し、俺はもはや何回目かも分からぬ時間旅行に旅立った。


再び、あの俺の知る今の部室とはにても似つかない部屋に到着する。
さっきは余り気にする余裕は無かったが、こうしてみてみるとやはりいろいろなものがないな、と思う。
というより、今の部室にいろいろなものがありすぎるのだが。

「それで朝比奈さん、これからどのように世界を元に戻すんでしょうか」

いまやすっかりスマイルを取り戻した古泉が朝比奈さんに尋ねた。

289 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 21:32:57.26 ID:GMkfIzTW0

「あ、はい。えーと……この世界は、わたしたちの元いた時間軸のあの午後9:13分以降に上書きされています。
 この『上書きされたという歴史』をなかったことにするには、この世界の情報を長門さんに元の世界と同じように
 書き換えてもらって、その後にこちらのルートを生み出す原因になった分岐点の前まで戻らなくちゃいけません。
 一旦そうしてしまえば、何をしても、たとえまた同じ道を辿ろうとも、このような改変世界を作り出して上書きを
 行おうという人がキョンくんたちの行動によってもう存在しなくなっていますから、問題なく未来につなげていけます」

なるほど。いや、なるほどといっても完全には理解できていないが、とりあえずうまくやれそうな雰囲気はする。
古泉は「ああなるほど。そういうことですか」とか言っているが、お前本当に分かってるのか?

「情報の再構成を開始する」

唐突にそうつぶやいた長門が、またあのわけのわからん呪文のようなものを唱える。

「……完了した」

……別段、変化があったようには見られない、が、まあ、長門がそういうんだから間違いない。
俺の目に見える範囲など世界にとっては些細なものだ。

「あ、ありがとうございます長門さん。それじゃあ、分岐点である12月24日の朝に戻ります」

長かった……。いやしかし、さっきも思ったが実際は一日もたっていないんだろうな。
おそらくこれで、今回の出来事の中では最後の時間旅行と相成るだろう。
嬉しさと仄かに潜んだ蟠りを併せ持って、俺は時間の海にダイブした。

290 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 21:47:54.55 ID:GMkfIzTW0

太陽の光がまぶしい。
久しぶりに日の光を浴びた気がする。

「現在午前11:00。移動完了です」

朝比奈さんが言う。
午前11:00か。これから1時間もすれば、空はねずみ色の雲に覆われて、いつ降り出してもおかしくないような
様相になるだろう。

ここは……、やっぱり学校の校門か。
こんな真昼間から学校の正面玄関に降り立つなんて、さっきも思ったがつくづく心臓に悪い。

「じゃあわたしは戻りますね。今日はたぶん……団の活動には行かないほうがいいと思うから……。
 えーと、こんなこというのもなんだけど、お疲れ様でした」

ふっと、悲しげな目をして朝比奈さんは俺たちに背を向ける。
一つ、聞きたいことがあったのを思い出して、俺はその後姿に呼びかけた。

291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 21:53:32.53 ID:GMkfIzTW0

「朝比奈さん!」
「はい?なんですか?」
「朝比奈さんは……やっぱり俺たちが規定事項に従うべきだと思いますか?」

朝比奈さんはやわらかそうな髪を揺らしながらしばし黙考する。

「やっぱり、わたしはできれば規定事項を守って欲しいと思います。
 それが、わたしたちの未来につながることになるから……」

やっぱりそうなのか……。それが未来人の考え方なのか。
落胆に似た気分を俺が味わいかけていると、
朝比奈さんはその後に続けた。

「でもね、そう考えてるのは未来人としてのわたし。SOS団の団員としてのわたしは、
 実はあんまりそういうの気にしてないんです」

気持ちがぱっと明るくなる。
朝比奈さんはそれよりも明るい笑顔で付け加えた。

「だって……四年前、涼宮さんの力が現れたことが、
 ――すでに規定事項なんかじゃないんですから」

292 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 22:03:14.78 ID:GMkfIzTW0

朝比奈さんが去ると同時に一陣の風が吹いた。
踊るように坂道のほうに転がっていく小さな葉が、やけにきれいに見える。

「さて、では僕たちは……やっぱり部活にいくべきでしょうね」
「…………」

古泉が意見を述べ、長門が沈黙を奏でる。

「ああ、じゃあ昇降口にいくか」

俺は密かな予感を胸に、こがらしの吹く校門からの道を歩いて昇降口に入った。
自分の下駄箱のところに行き、中を確認する。

……やっぱりな。


そこには、見覚えのある便箋。
今まで何度もここに入っていて、俺をトラブルに巻き込んでくれた、
あの朝比奈さんからの呼び出しの手紙だった。

294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 22:15:53.92 ID:GMkfIzTW0

記されていた場所は、いつもの公園だった。
学校から近いとはいえないが、もちろん行かないという選択肢は無い。

長門と古泉にその旨を伝え、三人並んで坂道を下る。
公園につく頃には、からだは芯まで冷え切っていた。


朝比奈さんは、前にここで会ったときと同じあのベンチに腰掛けていた。
今は教師スタイルの上に防寒着を着込んでいるようだ。

「俺からもう一度会うといった以上、必ずハルヒに会いに行く前に会いに来てくれると思ってました。
 古泉にもう一度、釘をさすためにね」
「ふふ、あくまで確認です。決して古泉くんの意志を捻じ曲げようとしているわけじゃありませんよ」

いつもは見せない妖艶な微笑だった。

「俺がもう一度会いたいと申し出たのは、あなたに言いたいことがあったからです。
 朝比奈さん」
「なんですか?キョンくん」

朝比奈さんの目から視線を外すことなく、俺は続けた。

「今更いうことでもないかもしれませんが……、今回の出来事は、俺たちが解決したんじゃない。
 あなたが俺たちをうまく使って解決した、いわば囮捜査ですよね?」

298 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 22:35:04.15 ID:GMkfIzTW0

朝比奈さんの顔の微笑が一瞬揺らいだ。

「まあ、悪く言えばそうなるかもしれません」
「おかしいと思ってたんです」

俺は今まで抱えていたもやもやを少しずつ表に出し始めた。

「あなたの最優先の仕事は、あちらの朝比奈さんを捕まえることじゃなかった。
 いや捕まえられればもちろんそれに越したことはなかったんでしょうけど、一番の目的は
 あの人が『別の未来から来たもう一人の朝比奈みくる』だということを確認することだったんじゃないですか?」

朝比奈さんの微笑は消えない。

「続けてください」
「……あなたは少しあの人を泳がせすぎた。いえ、確実に捕まえるチャンスが無ければ動かないというのは
 間違っていることではないですけど、それのために俺たちに下した命令が余りにも不自然すぎました。
 例えば、四年前の長門の件。長門に『何を言われてもその通りにしろ』という風に命令させたのは、
 あちらの朝比奈さんが長門を使って大きく動くのを待っていたからじゃないですか?」

一旦言葉を切る。
朝比奈さんはいまだに反論をしない。

301 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 22:49:43.80 ID:GMkfIzTW0

「そして俺たちに下した指令もそうだ。『ハルヒを尾行しろ』
 あれは、俺たちがハルヒと古泉を尾行していることに気づいたあちらの朝比奈さんが、
 尾行をやめさせるために俺たちの前に出向くことを期待しての命令だったんですよね?」

俺がまた言葉を切ると、今度は古泉が喋りだした。

「実は彼に話を聞いて、僕も不自然に思っていたんです。四年前の長門さんの部屋で
 朝比奈さんが指令を受けた、という事実。おかしくないですか?なぜならその時、その時間
 から四年後よりも先の未来との繋がりは断絶されていたんですから。しかしあなたは指令を下すことが出来た」
「理由は簡単です」

再び俺が言葉を継ぐ。

「あなたは俺たちがあちらの朝比奈さんに尾行の中止を告げられて、解散しようかと考えているときに
 俺たちの前に姿を現しましたが、本当はもっと前からあの時間にいたんですよね?あなたはほとんどの
 指示をこの時間軸から出していた。そして、俺たちにあちらの朝比奈さんが接触してくるのをずっと待っていた」
「……なるほど」

ようやく朝比奈さんが口を開く。
その声には、先ほどあちらの朝比奈さんに向けて放たれたものほどではないものの、
微妙に冷たさを孕んでいた。


「おおむね正解です。よく気づきましたね」

304 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 23:06:03.89 ID:GMkfIzTW0

否定もせず、悪びれもせず、ただ俺たちのまくしたてた主張を静かに受け入れる。
朝比奈さんの顔には、未だ微笑が浮かんでいた。

「おおむね、というのはどういう意味でしょうか」

一方いつもの微笑を顔から消している古泉が朝比奈さんに問う。

「推理というのは動機まで当てて初めて完成です。キョンくんたちには分からないと思いますけど」

朝比奈さんはそういうと、俺たちから目をそらして遠くを見つめる。
まあ正直推理なんて大層なもんじゃなく、ただ不自然なところを今更ながらにあげつらっただけなんだけどな。

「前々から理論上、あのようなイレギュラーは存在しうるとされてきました。
 別の未来からの刺客とも呼べるものでしょうか。普通、規定事項にゆがみが生じることはほとんどにありません。
 今回、このようにはっきりとしたゆがみが観測されたことで、わたしはすぐ、これはイレギュラーによる干渉ではないだろうかと
 考えました」

306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 23:19:27.60 ID:GMkfIzTW0

「イレギュラーが存在するとすれば、それは間違いなく別の未来からの使者。
 そして、未来人、あなたたちにとってのですけれど、その中で一番強くその使者と
 関係しているのはおそらく自分だろうと、わたしは考えたんです」
「なぜ、そう思ったんですか?」

古泉が言葉を挟んだ。

「だってそうでしょう?涼宮さんの一番近くにいた未来人はわたしなんですから。
 涼宮さんの影響を受けて現れる以上、その身近にいるものとイレギュラーが関係
 していてもおかしくはない。その証拠に実際、彼女は別の未来のわたしだったし、
 長門さんを利用したし、古泉くんを篭絡しようとしたでしょう?」

少し言葉を挟む必要が出来たみたいだ。

「ちょっと待ってください。そのイレギュラーはハルヒの影響を受けて現れたんだから
 身近な俺たちに関連付けられる可能性が高いってのはなんとなく分かりましたが、
 その前提条件であるハルヒの影響を受けてってのはどうして分かるんですか?」

純粋な疑問だった。
ここでハルヒが関係してくるとは少し意外だったしな。

308 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 23:36:43.81 ID:GMkfIzTW0

俺は言葉を続ける。

「そりゃハルヒが望んだことはなんでも実現しちまうのかもしれませんが、今回のことが
 ハルヒの望んだこととは限らないでしょう?」
「ああ、そっか。まだイレギュラーについてちゃんと説明していませんでしたね」

朝比奈さんはまるで必要な公式を教える前に練習問題を解かせようとしてしまった数学教師のような
感じで答えた。

「イレギュラーが別の未来から来た存在だということは分かってもらえたと思います。
 ここで別の未来とは、たとえば分岐点の片方を選んだ結果がわたし達のいる未来だったとした場合、
 もう片方の選択肢を進んだ結果得られる未来のことです。分かりますか?その先にそれぞれ広がる道を
 長い間進んでいくと、やがてまったく違う場所についてしまいますよね?」

分かれ道の先に連なるくらい道を俺は想像した。

「もちろん、そうならない場合もあります。というより、そうならない場合のほうが多いです。
 人類の歴史を超長期的視点から見たとき、本当に決定的な違いをもたらす分岐点などほんの一握りですから。
 さて、その決定的分岐点の先の道を行った結果たどり着いた世界。この時点において、
 もはやそれぞれのルートに相互関係はなく、どちらかの無意識的な行動がもう一方に
 影響を与えることはありません。このとき、まったく別の空間となってしまったお互いの存在を、
 我々がなんと呼ぶか分かりますか?

全く見当もつかないでいる俺の横で、長門が静かに答えた。


「異次元の世界における存在。異次元同位体。通俗的な概念を使用すれば、異世界人」

309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 23:48:41.43 ID:GMkfIzTW0

思い出されるのはあの演説。
忘れもしない、俺が今まで聞いた中で間違いなくもっとも強烈だった自己紹介。

「ただの人間には興味ありません!」

大きな声でそう言い放ったあと、あいつは続けて電波な――少なくとも当時は俺はそう思っていたのだが――
とにかく、その手の名を連ねた。そしてその中に確かにそれはあった。


――異世界人――


「ではあの人は……あの朝比奈さんは異世界人で……そして涼宮さんに望まれた存在だったということですか?」

さすがの古泉も驚きを隠せなかったらしい。
声にいつもの調子は無く、俺と一緒で目を見開いている。

「そうなります。間違えないでほしいんですが、さっきわたしは『全く違う場所』という表現を使いましたが、だからといって
 その内容までがかけ離れているとは限らないということです。あのイレギュラーの彼女は、こちらのわたしとは全く違う人生を
 歩んできたのかもしれませんし、そうでないのかもしれません。もっとも我々のことに詳しかったようですし、たいして違う人生は
 歩んでいないかもしれませんが」

朝比奈さんは一旦言葉を切り、一呼吸置いて続けた。

「でも、異世界人であることに違いはありません。もう分かってもらえたでしょうか?
 わたしの目的を」

311 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/27(土) 00:03:14.19 ID:1HaaXR+M0

余りのことに本題を忘れていた。

「現在涼宮さんの周りに存在している三大勢力。宇宙人、未来人、超能力者。いずれも、涼宮さんが
 堂々とその存在を望んでいることを宣言した勢力です。まだ登場していない異世界人の手掛かりを
 つかみ、さらにその存在を確認できたなら、それがこの拮抗した勢力図の中でどれほど大きな意味を持つか分かりますか?
「まず確実に一歩ぬきんでた存在になるでしょうね」

古泉が冷たく言い放つ。

「お前らのところもそういう手掛かりを探してるのか?」
「ええ、まあ。なにせ涼宮さんが高らかに呼び上げた四つの非常識な存在の中の一つですから」

そうなるか。
まあつまり、今回の異世界人の干渉は未来人勢力にまんまと利用されたわけだ。

「満足いく結果は得られましたか?」

俺の声まで冷たくなっているのが分かった。
ここに来る前に抱えていた蟠りが、さらにその形をはっきりとさせる。

「……ええ」

朝比奈さんは微笑を絶やさない。

313 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/27(土) 00:12:46.47 ID:1HaaXR+M0

吹く風はそれほど強くないが、空模様は次第に怪しくなってきた。

「……朝比奈さん」
「なんでしょうか」
「俺たちには、あなたに従う義務は無い」

怒りがこもっていたかは分からないが、声がいささか低くなっているのは分かった。

「この時間軸は、あなたにしてみればただの過去なんでしょうが、俺たちにとっては大切な『今』なんです」
「よく分かりますよ」

穏やかな口調で返される。

「自分達の都合のいいように過去をいじるなんて、ちょっと傲慢な話じゃないですか?」
「そうです。未来は過去に対して常に傲慢なんですよ。でもそこに、過去を蔑ろに意図はありません。
 例えばわたしに言われてキョンくんが行ったことが、めぐりめぐってキョンくんたちの道を作り出すことだってあるんですよ?」
「そうしてあなたのところまで連れて行かれるんでしょう、朝比奈さん」

古泉も俺に負けず劣らずの声だ。

「僕らはあなたに助けられなくても、自分達の道は自分達で創ります」
「……そうですか」

さびしげに、朝比奈さんはそうつぶやいて目を伏せた。

「わたしは、それで構いません」

316 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/27(土) 00:22:30.15 ID:1HaaXR+M0

「キョンくんや古泉くんがどんな意志を持とうと、わたしには関係ありません。
 わたしは、わたしの『今』を守るために行動するだけです」

朝比奈さんは顔を上げてそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。

「また、俺たちに指示を下すことがあるんですか?」
「どうでしょうね。近いうちにあるかもしれませんし、二度とないかもしれません」

歩き出す朝比奈さんの背中を、俺たちは見つめる。

「楽しいお話が出来てよかったわ。ありがとう。それでは、また会うときがあれば」

渇いた口調でそういい残し、朝比奈さんは公園から出て行った。


あとに残された俺たちを沈黙が襲う。
未来人の思惑と、俺たちの今。
規定事項。あるべき事象。

それでも……。

「古泉、俺は……俺たちの生きる今が、あの朝比奈さんのいる未来にはつながらないんじゃないかと思ってる」
「……僕らの良く知る朝比奈さんが、あのような考え方を持つようになるはずはないから……ですか」
 

318 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/27(土) 00:32:24.91 ID:1HaaXR+M0

笑顔で俺の言葉に答えた古泉は、さらに続ける。

「あの朝比奈さんではないほうの朝比奈さん、未来人に言わせれば異世界人の朝比奈さんに、こんなことを言われました。
 『自分達がやっていることは醜いかもしれない。でも、それが人間でしょう』と、ね」
「その言葉がもし正しいとすれば、だ」

俺はゆっくりと歩き始めながら、自分に言い聞かせるように言った。

「やっぱり俺たちの道も自分で創っていくもんだろ」
「それが……人間」

俺の言葉から少しの間を置いて、長門がポツリと言葉をこぼした。

「……ああ、そうだよ」

――それが、人間だ。





「古泉、お前はこれからどうする?」
「そうですね。そろそろ涼宮さんが待ちかねている頃でしょうし、学校に戻ります」
「そうか。じゃあ古泉、俺は今日は休むと言っといてくれ」
「涼宮さんに何を言われるか分かりませんよ」
「そのことは言われたときに考えるさ」

結局、俺たちにはハルヒに振り回されつつも、自分で道を創って生きていかなきゃならないんだろうな。
たとえそれが、醜い道だとしても。

323 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/27(土) 01:02:53.58 ID:1HaaXR+M0

彼と長門さん。
二人の背中が遠くに消える。

坂道を登りながら、これまでのことを反芻する。
去り際、彼は言った。

「古泉、自分の行きたい方の道を行けよ」

例えばそれが、あるべき選択ではないとしたら?……それを知らない僕にどうしようもない。
見える未来に価値は無く、ゆえに過去への干渉は自分達の色を失わせる。決まりきった道を作り出して何が楽しいというのか。

登る坂道。自分の手に息を吐く。
白く色づいた吐息は、冬の風に煽られてどこかへ消えていった。
僕はポケットから赤い手袋を取り出す。巻き戻された歴史の、唯一の遺品。
例えばこれも、自分の選択の結果の代物だった。

校門の前に立つ。仰ぎ見れば灰色の空。流れゆく雲が僕を嗤っている。
それはあるいは、これから僕がなそうとする選択を哀れんでか。はたまた楽しんでいるのか。

靴を履き替えて、部室の扉の前に立った。
電気がついている。やはり彼女はもう中にいるようだ。

324 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/27(土) 01:03:59.31 ID:1HaaXR+M0

扉をノックする。

「どうぞー!」

開いた扉の先には、あの人がいる。

「遅いわよ、古泉くん」
「これは失礼いたしました」

彼女が神ならそれもいい。


人は何のために選ぶのか。
――自らの責を忘れぬために。


胸に刻む。
――未来との訣別を。


逡巡する。
――自分の道はなんのために?



――――今までも、そしてこれからも、僕らは僕らの道を往く。





327 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/27(土) 01:12:03.75 ID:1HaaXR+M0

いたずらに話を複雑にした結果、あんまり動きの無い話になってしまったような…
スレタイとか回収できてないしね
乗っ取りでこんな話にしちゃうとかちょっと…
てか自分でもよくわかんない話になっちゃった

しかし何よりこのアホみたいな遅筆を詫びたい 申し訳ないです
アラも色々あるだろうけどとりあえずこれで終わりです

あとスレのどこかに過去に書いたのあったら教えてってのがあったと思うんだけど、
とりあえず前作は『キョン「ハルヒに暇を出された」』ってやつです これものっとりだけど

保守&読んでくれてありがとうございました



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