キョン「ここが私立光坂高等学校か…」


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25 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 01:02:51.86 ID:nL41DFug0

リベンジの念も込めて俺にやらせてくれ

26 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 01:18:22.97 ID:nL41DFug0

転入初日から遅刻とはな。
それにしても、なぜ校舎というものは示し合せたように高い位置へと在りたがるんだろうか。
いや、校舎に疑問を投げかけるよりも建設に携わった人間に直訴するべきだとか、
そもそも今さら不平を述べたところで状況は改善されないとかそんな話は俺も十二分に承知している。
とにかく、俺が主張したいのは毎朝せっせと歩かされる身にもなって欲しいというものであり……

「この学校は、好きですか?」

下らない思惟に耽っていた俺は、なんの前触れもなく聴こえたその声によって振り向かされた。
上り坂の途中、時間が時間というだけに俺の他には誰もいない。
呟いたのは、とっくに過ぎ去った人波から一人だけ取り残されるように佇んでいた女生徒のようだ。
これはつまり、俺に話しかけてきたということを示しており、
延いては俺が何らかの回答をせねばならんということなのか。

27 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 01:30:24.81 ID:nL41DFug0

意を汲み難い質問に相対した俺は、
やがて下手な波風を立てるべきでないという解答に達した。

「いや別に、取り分けては」

無難にいこう。
というより、むしろ俺がこの街に来たのはほんの数日前なので、これ以外の答えようがないのだ。

「わたしは好きです」

おいおい、自己完結かよ。

「そうかい、そりゃ良かった」

さてと、用が済んだところで俺は先を急がせて貰うぜ。
走ればまだ、ホームルームの尻には間に合いそうだしな。
「慣れない道に迷いました」というベタな言い訳にも有効時間というものがあるものさ。
悪く思わないでくれ。
再び長い坂を上るべく高みの校門を見据えた俺だったが、
やはり引っ掛かるものを感じ、女生徒のほうを振り返ってしまった。

「あんまりもたもたしていると不味いんじゃないのか?」
「えっ……?」
「ほら、いこうぜ」

手を引いてのエスコート、なんてことは流石に俺もしなかったが、
腕時計を見せつつ声を掛けたことが功を奏したのか、彼女は再び歩き出したようだった。

俺の背後数メートルの位置を、付かず離れずに。
小刻みな足音を響かせながら。

29 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 02:05:28.05 ID:nL41DFug0


こうして俺達は登り始めちまったらしい。

長い、長い坂道ってやつをだ。


32 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 02:10:51.35 ID:nL41DFug0

物事には往々にして転機ってものがあるように見受けられる。
季節の移り目だとか、年の初めだとか、長期休暇の入りだとかそういった時節的なものから、
理由もなく精神的に晴れ渡ったその瞬間が、その時だって場合もあるのかもしれない。

ともかく、現在は桜乱れるこの季節。
入学シーズンという転機の定番でもあるのだが、そんなことなど俺には一切関係なく、
御覧の通りの転校が、俺にとっての転機だったということらしい。
不況の煽りだかサブプライムだかは知らんが、
親父が急な転勤で外国へと飛んでいき、ついでに母親まで後を追って行った為、
俺は遠く離れた親戚を頼りにこの街へと越してきたわけだ。
だからって私立へ転入させるのもどうかというものではあるが、
ここらの近場にはもとの学校と肩を並べられる程度の進学校がなかったということと、
俺がもう三年である為にあと一年程度しか高校へと通わないこと、
さらには当の居候先でもあり俺達がお世話になっている方からの有難い援助が背中を押した形となった。
正に至れり尽くせりというものだ。

何れにせよ、両親が自宅を売り払うなどという暴挙に出てしまった後だったので、
住む場所を変えるという選択は避けられなかったというのが実情である。
それに俺には妹もいる。
俺と二人もとの街でアパートなぞを借りて不安定に荒みそうな生活を送るより、
この街での親戚を仮初の親代わりと認め、学費は奨学金とアルバイトで凌ぐ方が断然マシとの判断だ。
これでも俺は、妹思いで名が通っていたからな。
まあ半分以上は嘘だが。

などなどと、面倒な事情を長々据え終わったところで、
俺は今日から世話になる見慣れない教室の扉を開け放つこととなったわけだ。

34 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 02:21:19.07 ID:nL41DFug0

「すみません、見慣れない道に迷ったものでして」

配属がD組になることは予め知らされていたので、
俺は遠慮がちに扉を開けると、如何にも地味で無難な切り出しを以って許しを請うた。
迷ったというのも事実ではあるが、遅刻の決定打となったのは、
信号を渡り切れずに迷っていた婆さんに手を貸そうとしたら逆に絡まれた、
などという俄かには信じ難い話の所為だ。
婆さんはどうやら落とした硬貨を探していたらしく、
俺が手を貸そうとしたことで「盗まれる」とでも思ったのか、
結果的には親切心が裏目に出た形となり、無駄な時間を食わせられたわけだ。

「じゃあ君の席は、窓際の奥から二番目ね」

俺が回想している間に自己紹介も滞りなく済み、
なんの因果か、もとの学校と同じ窓際の席という定位置に案内されたのだ。


35 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 02:30:27.06 ID:nL41DFug0

まず疑問なのは、背後の席と隣の席が空席だということ。
机が余っているだけかと思いきや教科書類は突っ込まれたまま。
これは何を現しているのかと思案し始めたところで、

「あの、はじめまして」

という助け船が寄越された。
ショートカットの髪にリボンを結いつけた、いかにも控え目な様相。

「どうも、よろしく」

俺も初日で調子が掴めないので、相手に合わせて返したところ、
幾許か安心したように自己紹介を施された。

「わたし、藤林椋といいます。
 一応はD組の委員長です……その、よろしくお願いします」

言うなり必要十分以上に礼儀正しく頭を下げられた。
感動したね。
何故かはわからないが、この素朴さに俺は心底からの感嘆を覚えたのさ。

38 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 02:41:46.95 ID:nL41DFug0

朝のホームルームも終わり、一校時目まで僅かに時間が空いたというのに、
俺に対して好奇の目を向けてくる奴は今のところこの委員長くらいだ。
転校生ともなればもっと優待されるようなイメージがあったものだが、
ここの校風なのか或いは三年というグループ観念が凝り固まった時期の影響か、
別状、思っていたほどの騒乱も巻き起こらないらしい。
期待していた訳ではないが、些か寂しさを感じてしまうのも事実だ。
まあいいさ、じきに溶け込めればな。

「ところで、俺の後ろとその隣の席のことを訊ねてもいいか?」
「えっ……」

なんだその困ったような顔は。
開かずの扉ならぬ呪いの席というものでもあるまいに。

「いえその、少しばかり癖のある方たちでして……えっとぉ……」

昼までにはわかるとおもいます。
という謎の言葉を残し、藤林は足早に自席へと戻っていった。

39 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 02:53:13.53 ID:nL41DFug0

一時間目。
転校を控えていた俺にとって、一番の不安が何だったかというなれば、
間違いなく学業についてである。
即ち、前の学校とこの学校で致命的なほどに学力差があるとすれば、
三年という時期も相俟って、飲み下せないほどの辛酸を舐めさせられる恐れがあったからだ。
だがそれも杞憂に終わったらしい。
なんてことはない、普通の進学校だ。
むしろ俺のもといた所より若干ではあるが手を抜けるのでは、というほどの具合。

これでもそれなりに学業には励んでいたしな。
ここらの人口が少なさが学業分野にまで関係しているのかは定かではないが、
割りと住み良い環境であることは何となしにわかった。

ならば、あとは普通に過ごしていければそれでいい。

41 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 03:03:36.09 ID:nL41DFug0

適当に授業をこなし、空いた時間でクラスメイト達に挨拶回りを行い、
それなりの手応えを感じた始めた三時間目の終了直後。
教室内の空気が一変、しんと静まりかえった。

「おいおい……」

思わず俺も零しちまったね。
ここは進学校だろう?
なのになんだあれは、乱暴に教室扉を開け放ったのが、
だらしなく制服を着こなした金髪野郎と、
見てくれは良いが何処か目付きの悪い男子生徒二人組の御登場だ。

なぜこんな時間に?
なぜ金髪?
なぜ威圧感を携えている?

そのような様々な疑問が浮かんだものだが、
教室中の忌むような視線に怯むことなくその二人は俺の方へ――
つまりは”あの空席”へと腰を据え、頬杖をつくなり無言の重圧を振りまき始めたのだ。

どうするべきか。
いや、答えは決まっている。
こちとら転校生。

挨拶回りは平等に、だろ?

45 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 03:16:55.99 ID:nL41DFug0

「おはよう、転入してきた――」
「見ない顔だねぇ、君?」

氏名を述べようとした金髪が俺の言を遮り、ニヤリと不敵な笑みを湛えていた。
目付きの悪い方は俺の後ろの席で依然、頬杖をついたまま興味なさげだ。
やれやれ、出鼻を挫かれちまったが郷に入りては郷に従え、
ここは相手のペースに合わせるか。

「名前は……へぇ、なるほどねぇ」

金髪は馴れ馴れしくも俺の机に掛けてあった鞄を探ると、

「キョン、か。変な名前だな」

ああ、我が妹の呪縛がこんな所まで続くとはな。
新たな学校へと通うと聞き付けるや否や、
俺の身の回りの物に仇名を書きなぐってはいたが……
あの時、叱ってでも止めさせるべきだったか。
いいや気を取り直そう、

「これから、よろしくな」

48 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 03:28:53.62 ID:nL41DFug0

「ま、よろしく」
金髪に続き、
「ああ」
溜息にも似た裏席の男の頷き……で、いいんだよな?

「僕は春原。春原陽平。
 スノハラは、春の原っぱと書くという事をくれぐれも憶えておくように」

金髪が要らぬ注釈を交えて述べると、
「岡崎朋也」
目付きの悪い男もぶっきらぼうに告げ……

沈黙が訪れた。

さて、俺はどうすればいいんだ?
ハイさようならとしようにも、俺の席とこいつらの席は隣同士。
下手に拗れちまえばこれからのことに響きそうである。
かといってこの雰囲気。
言ってしまえば非常にやりにくいのだ。

仕方なく、俺が最近見たお笑い番組でも肴にするかと口を開きかけた時、
再び助け船の再来となったのだ。

49 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 03:42:23.96 ID:nL41DFug0

委員長の藤林だ。

「あの、岡崎くん。新学期早々、遅刻はよくないと思います」

その態度は相変わらず遠慮勝ちであるが、
他の生徒達が一様に距離を取るなかにおいては果敢にも見える。

「……」

対しての岡崎は沈黙。
おいおい、女性相手にそりゃないだろう。
このままいくと藤林が泣きだしてしまうのでは、という俺の懸念とは裏腹に、

「配布物のプリントです」

朝の時点で配られていた紙切れを差し出すと、
岡崎も観念したように受け取っていた。
健気だね、まったく。
もしかするとこの二人の間には、
新参者の俺に理解不能な何らかの繋がりがあるのかもしれない。

そう思い立ち、ここ暫くは様子を見る方向で過ごそうと俺は心に決め、
その後の学校生活も特に問題なく消化していった。

51 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 03:53:10.21 ID:nL41DFug0

その日の放課直後。
俺を呼びつけていた先生を訪ねるべく、俺は生徒指導室を訪れた。

「失礼します」

生徒指導という名称だけで、なんとも緊張するものだが、
狭い室内に居たのはたった一人の老教師だけのようだった。
彼は俺の姿に気が付くなり柔和な笑みを浮かべ、曲がった腰を叩きながら出迎えてくれたので、
転入初日も重なって張りつめていた俺の緊張は何処へともなく散っていった。

「どうだったかの?」
「どうだった、と言われましても」

正体不明の微笑みで問われても、どう答えようもない。
しかしこの老教師、幸村先生は、俺が転入する際に色々と手を回して頂いたのだ。
俺が厄介になっている親戚の家の知り合いだとも聞かされた。
ぞんざいに扱う気など毛頭ないが、下手な受け答えて気を悪くされても困りものである。

「面白い二人だとは思わんかね?」

面白い……はいいとして、二人?

52 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 04:08:07.89 ID:nL41DFug0

思い当たる節などない。
なんて叫べるほどに鈍感な奴は、この世の中にはいないだろう。
俺は思い当たった名前を挙げる。

「岡崎と春原ですか?」
「曙と朝青龍?」

どこの関取だ。

「すまんすまん、どうも耳が遠くて。岡崎と春原だった」
「まさか幸村先生が仕組んだと?」
「うむ、捻じ込んだ」

捻じ込んだ?

「何故に」
「面白そうだったから」

なんとも他人事ですこと。
出来ることならばもう少しばかりでいいので、
溶け込みやすそうな連中の所へ捻じ込んで欲しかったものなのですが。

「そう嫌な顔をするもんじゃあない」
ホッホッホ、とどこぞの黄門さまよろしく優雅に笑い終えてから先生は付け足した。

「言いたいことはそれだけだったからの。君も上手くやっていけてるようで、何よりというもの。
 困ったことがあれば何でも相談してくれるといい」

果たして頼りになるのかならないのか。
要するに、俺には理解し難い人だということだけは悟った。

55 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 04:22:04.07 ID:nL41DFug0

下校路。
共に歩く友人など、当然ながらまだいない。
ともなれば自然に風景へと目が移りゆくものらしい。
普段はそこかしこ勝手気ままに生えている街路樹も、
見慣れない街で見るそれは、いつもとは少し違った一面を覗かせてくれている。

なんてガラじゃないだろ、俺。
なんだかいやに落ち着かない。
この街へ越すに至って身辺の整理と共に心の切り替えも済ませたはずなのに、
やはり何処かで引っ掛かってしまう。

「はぁ」

溜息と共に、二つ折りの携帯電話を取り出してみる。
だが光は灯らない。
電源どころか電池パックを抜き出しているから当たり前だ。

今すぐ叩き割ってやろうか?

思い立って両手で握ってみる。
力を込めればいとも簡単に真っ二つと出来る自信はある。

やるか?

…………。
いや、後にしよう。
今は家に帰らねば。
一刻も早く、アルバイトを探さなければならないからな。

57 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 04:37:50.12 ID:nL41DFug0

「キョンくんおかえり」

敷居を跨ぐなり明るい声を掛けてきたのは、
つい先日から晴れて中等部へと足を踏み入れたばかりの我が妹だ。
中学生にもなり制服を着込むようになると、それなり大人びて見えるものらしい。

「ただいま、学校はどうだったか?」

そう訊ね終えたあとに、
俺自身が幸村のジイさんと同じ質問を妹へ投げかけたことを自覚し、苦笑してしまった。
しかし妹は俺の表情を意にも留めずに首を捻り、

「ふつー」

なんともいえない微小を浮かべた。
どうやら上手くはやっているらしいな。
そもそも中学校へ上がるという、切りにいい節目の転校ならばそう弊害も出ないものだろう。

「そうか、それは何よりだ」
「キョンくんは?」

俺か。

「ふつーだ。至って平凡なもんだぞ」

例の二人組など、大いに許容範囲内ってものだからな。

59 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 05:01:56.49 ID:nL41DFug0

その後、夕食の席で俺はアルバイトを探す旨を申し出たのだが、
「学生は学業が本業でしょう? 金銭のことは気にしないでいいから」
という一辺倒の押しによって譲歩せざるを得なくなり、さらに粘ってみたものの、
「どうしてもというのなら、今の学校に慣れてからにしなさい」
という折衷案に落ち着く形となった。

正直、なぜこの母役を買って出てくれた人がこうにも良くしてくれるのか、その真意は定かではない。
俺の母は遠い親戚と言っていたものの、当の俺は一度も顔を合わせた覚えがないし、
歳不相応に若く見えるのが余計にその不可解さに拍車を掛けている。
既婚者ではあるあらしいが、単身赴任とのことで夫も姿を見せてはいない。
そう、この人は割かし広い家に猫一匹と共に暮らしているのだ。

かのような様々な要因から来る一種の不信感、とでもいうのだろうか。
自分でも恩を仇で返すような考えだとは思うが、今までの経験からどうにも勘繰ってしまい、
それ故に「おばさん」などと軽々しく呼べないのが俺の現状である。
妹は馴染んでいるようだけどな。

「寂しいものなのよ、一人は。久し振りに賑やかになって、わたしも嬉しいわ」

などと屈託なく笑う顔を信用していいのか悪いのか。
若しくは、俺が統合失調症などを患っているかもしれない可能性を疑うべきなのか。

なんにせよ、今は保留だ。
なにもかもな。

60 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 05:15:46.48 ID:nL41DFug0

翌日。
前日の二の轍を踏まぬようにと心がけていた俺は、
晴れてホームルームに余裕をもっての登校を果たしていた。
もちろん自慢できることなどではなく、至極当然のことではある。

同じく当然の如く、といえど二日目ではあるが、
各所からの噂どおり岡崎と春原は未だ不在とのことらしい。
クラスメイトも委員長の藤林を除けば、取るに足らないといった面持ちのようだ。
変わったクラスだな、と今更ながらに思えど、
それがここの仕来りなのだとすれば、俺もそれに倣うべきなのだろうか。

などと俺は意味のない思案をはじめ、一時間目に片足を突っ込んだ頃に岡崎が姿を見せたのだ。

62 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 05:25:43.79 ID:nL41DFug0

「よっ」

小声を掛ける。

「よお」

一瞬、意外そうな顔を見せたようにも思えたが、岡崎は返してきた。
ぶっきらぼうだが反応はする奴らしい。
感触を得た俺は、教師の目を盗んで続けた。

「やけに早いじゃないか」
「まあな」
「藤林の叱責も無意味じゃあないらしい」
「そういう訳ではないけどな」

妙に歯切れが悪い。
そう感じ取れたので訊ねた。

「なにかあったのか?」
「いや、別に何かというほどでもない」
「そう勿体ぶられると、こっちとしても余計気に掛かってしまうものだ」
「面倒な奴だな……」

うんざりを隠そうともせず露にし、岡崎は続けた。

「校門のとこで変な奴と会ったんだよ」

65 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 05:38:28.76 ID:nL41DFug0

この学校に措いての変な奴は、お前と春原だ、
なんて皮肉ればせっかく拡がり掛けた間口を閉じ兼ねない。
それに校門というフレーズには俺も思い辺りがある。

「この学校は、好きですか?」
「なんだそりゃ」

俺のモノマネに岡崎が吐き捨てる。
校門の奴も同じフレーズを繰り返すということはしなかったらしい。
ならばこうだ、

「坂の途中で止まっていたりはしなかったか?」
「してたな」
「で、気弱そうで敬語で、小走りで……」
「ああ、それからあんパンが好きらしい」

あんパン?
そいつは初耳だ。

「まあとにかく、そういうこった。俺は寝るからお前は勝手に授業にでも励んでくれ」

言うなり突っ伏した岡崎が、さらに一言。

「そうだ、藤林は泣かすなよ。面倒なことになるからな」

これまた意味深な何かを伝えてくれやがった。
俺がそういうことをする人間に思えるのかってんだ。
にしても、後ろで堂々と寝息を立てられると真面目にやっている俺としてはやり辛いんだがな。

67 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 05:55:42.86 ID:nL41DFug0

「そんじゃな、春原が来たらよろしく伝えておいてくれ」

一校時目終了のチャイムが鳴るや否や、
岡崎が後ろ手に振って教室から出ていった。

「あっ……プリント……」

という呟きで立ち尽くしたのは、
入れ替わるように席へとやってきた藤林だ。

「残念ながら、遅かったようだな」
「そうみたい、ですね」
「ここへ来たばかりの俺が言うのも変な気がするが、
 どうして藤林はそこまで岡崎に入れ込むんだ?
 だってそうだろ、」

他の奴等はこうにもクールなのに。という言葉は辛うじて呑み込んだ。
出過ぎた真似は不味いだろう、俺。かつての先例に学べ。
藤林は俺の言葉をどう解釈したのか、遠慮がちな態度をさらに縮めてから言った。

「岡崎くん……春原くんもですけど、二年生の時から出席が悪くて進級ギリギリだったようですし、
 だからその、三年生となってまだ始めのうちに何とかできないかなと思いまして……」
「へぇー」
「あの、委員長としてですよ?」

そう念を押さなくとも、しっかりと伝わっているんだが。

69 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 06:10:28.97 ID:nL41DFug0

「仕事熱心だな」
「そうでもないです、不器用ですから」

照れたように笑う藤林の仕草は、
先ほどの岡崎と相対している時とは全く異種のものだ。
緊張成分が抜けているというかなんというか。
まあ、俺が察したところここは行儀のいい校風ではあるし、
金髪、延いては不良とレッテルを張られているという噂も流れている始末の二人と、
会話を交わせる人間がいるだけで奇蹟的なのかもな。

という主旨を、柔らかい言葉へと変えて伝えた。

「でも、キョンくんだって早くも二人と打ち解けてますよね?」

俺の呼び名は初日の春原の所業で触れまわされたから最早よしとしよう。
だが、打ち解ける?
二言三言に毛の生えた会話しかしていない、この俺が?

「いえ、その、なんというか、岡崎くんも春原くんも排他的というか、
 近寄りがたい雰囲気を持ってらっしゃいますので……」

言いたいことはなんとなく伝わってくるが。

「二人とも悪い人ではないので、よろしくお願いします」

委員長に言われては仕方がない。
特別なことをする気など毛頭ないが、顎をしゃくる程度の善処はしてみるさ。

73 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 06:20:24.84 ID:nL41DFug0

二校時目の古文。
ともなればあの老教師、幸村のジイさんの出番である。
が、その授業内容を単に形用するならば、のらりくらりといったそのものだ。
なんたって教科書を読み上げる際、傷の入ったCDのように何度も復唱しているからな。
恐らく行を読み違えているのだとは思うが……
持ち芸なのだろうか、それとも御歳を召したがための真性なる過失なのだろうか。

そういえば春原もまだ姿を見せていない。
岡崎も帰っては来ない。大方、ふけているのだろう。
前の学校ではそんな人種が居なかったので、些か興味深く感じてしまう。
と、好奇心を抱いてしまうのは俺の悪癖だったな。

戒心せねばなるまい。

74 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 06:33:48.66 ID:nL41DFug0

授業終了でお開きかと思いきや、
ジイさんが俺の元へとのんび〜りやってきていた。

「どうかね?」

どうと問われてもな。

「まあ、ぼちぼちですよ」
「そうかいそうかい」

なんだ一体?

「特に用は無い。怪訝な顔をせんでもよかろうて」

教師に歩み寄られたことで教室内の視線を集めてしまっているのが心地悪い。
と感じ始めたところで、岡崎が帰ってきたようだ。
それを目に留めた幸村ジイさんが鋭い眼光を――なわけないか、俺の気の所為だろ。
ともかく諭すように訊ねていた。

「サボりかな?」
「あ、いや、実は腹の調子が悪かったから一時間中トイレへ……な?」

……え、まさか俺に振っているのか?
というより一時間中トイレって無理があるだろう?
ま、まあ、確かにそうですね。岡崎の奴、朝から顔色悪かったみたいですし。

「ふむ、そうかそうか、食中毒には気を付けんとな。健康第一とは言ったものだからのう」
「ああ、昨夜のあんパンがどうにも悪かったらしくてな」

やがてジイさんは何やら嬉しそうに笑いつつ、幕引きとばかりに教室から去っていった。

76 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 06:47:06.59 ID:nL41DFug0

「ナイスアシスト」

僅かに口元を歪ませる程度の笑み。
思えば、岡崎の感情を初めて目にしたような気がする。
しかし腑に落ちない。

「あれでよかったのか? 誰がどう考えても不自然だろ?」
「いいんだよ、あれで」

のっしと椅子と壁により掛かり、お決まりの頬杖。
そういう自堕落なポージングが変に様になるな、こいつは。
ところで、

「どうして急に戻ってきたんだ?」
「一応だけどな、数学は受けておかなくちゃ不味いということを経験上知っている。
 あいつは厳しいからな、去年は補講とやらで苦労させらたものだ。お前も気を付けておけ」

「微塵すらもありがたくはない豆知識だな」
「悪かったな」

やがて突っ伏し、

「んじゃ、俺は寝るんでよろしく」

沈黙してしまった。
何がよろしくなのか説明くらいしろというものだ。
気の毒に、藤林の奴がタイミングを見計らえずに右往左往しているぜ。

78 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 06:57:29.11 ID:nL41DFug0

寝る、か。
わからんでもないさ。
俺も一年次の頃はそういった態度を取っていたからな。
ゴタゴタしていて純粋に疲れていたので、仕方がなかったってのが要因ではあるがな。
けれども二年も後半となるとそれなり真面目に取り組み始めたのだ。
高校へ入学した時点と比べて、成績が二次関数ばりに急降下してちゃあ、
流石の俺でさえ笑うもんも笑えなかったしな。

だけどな、そろそろ危ないんじゃないのか?
学期始めならばまだまだいくらでも取り返しの付けようがある。
ここらで心機一転……

「って、聞いているのか岡崎?」

うんともすんとも言わねぇ。
俺の小言に意も介さずとは、大層な筋金が血管のように張り巡っているのかもしれない。
委員長、すまないが俺には手にあまりそうだ。

83 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 07:11:29.44 ID:nL41DFug0

三校時目終了、と同時。

「じゃ、俺は出掛けてくる」
「今度は何処へだ?」
「本当に口煩い奴だな。旧校舎の方だよ、あっちは静かだからな」

そのポケットに手を突っ込んだ後ろ姿を俺は見送った、
後で、しまったなと気が付いた訳だ。

「プリント……」

そうだった。
プリント配布要員、藤林を忘れていた。
俺が声を掛ける暇もなく、藤林は崩れおちるように岡崎の席へと座り込むと、
打ちのめされたボクサーのように俯き、肩を震わせ始めた。

っておい、まさか泣いてなんかいないだろうな?

「わたし、やっぱり駄目なんでしょうか……」
「お、おい、急にどうしたんだ?」
「だって、去年のお姉ちゃんなら何事も上手くやっていたのに……」
「落ち着こうぜ、些細なことであまり思い詰めるなよ」

俺が安否を気遣うべく肩に触れようと手を伸ばした直後だ、
そう、「今、さらっとお姉ちゃんと言わなかったか?」という疑問に行き当たった瞬間。

俺の頬を掠めるように何かが飛び去って行き、
遅れて風圧を感じ、次いで怒号が響いてきたことに俺は戦慄を覚えた。

88 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 07:23:56.89 ID:nL41DFug0

「くぉーらぁ〜! ともやー!!」

怒り肩とはこういう様相を指すのだな、という塩梅で、
爆発寸前のニトログリセリン並の気迫を以って女生徒がツカツカと歩み寄ってきた。
で、一言。

「じゃない!」

否定句らしい。
よほど意外だったのか、両手に携えていた漢和辞典と和英辞典を取り落としていた。
ところで誰なんだ、こいつは。

「誰よアンタ!?」
「こっちが訊きたい」

そんな俺の疑問を解消させたのは藤林だった。

「お姉ちゃん……」

なんだって?
この品性の欠片もなさそうな奴が、藤林の姉だって?

そうかいそうかい。

……冗談だろ?

91 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 07:35:30.37 ID:nL41DFug0

「あの、こちらキョンくん。転入してきたって話したよね?」

ピリピリと張り詰めた空気のなか、藤林が矢継ぎ早に紹介する。

「キョン〜? 今時アイドル気取りかこのモミアゲがぁー!」
「ほっとけ」

さらに藤林が割って入る。
といっても姉妹なのだから両方藤林なのだろうが、
ここでは穏やかな方の藤林を藤林と定義しておく。
いかん、ごっちゃになりそうだ。
とにもかくにも藤林が、

「それで、こっちがわたしのお姉ちゃんの杏です」

丁寧なご対面、加えてご紹介預かりまして誠に感謝致します。
ところでこのキョウお譲のキョウは、凶行の凶なのでしょうか?
でしたらば、殺村凶子というニックネームなぞ――

「アンタ今さ、下らないことを考えていなかった?」
「いいえ全然、露ほどにも」
「じゃあ訊くけど、漢和辞典と和英辞典、どっちがお好み?」
「敢えて言うなれば、どちらも好みでない」
「そう……」

ちょっと待て、なぜ両手を振り上げているんだ?

99 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 07:54:50.63 ID:nL41DFug0

数分後。
一度は俺の眉間にめり込み掛けた辞典(凶器)も、
今ではすっかり元の鞘(カバー)へと収められたようで、

「ふーん。で、アンタは椋の味方ってわけ?」
春原の机に腰掛け、足を組むという大胆なのか単に素行が悪いのか、
要するには高圧的な態度で杏が問い掛けてきたのだ。

「そうだ、俺が悪者には見えないだろう?」
「どっからどう見ても悪人ヅラじゃん」
「知るか。少なくとも俺は今までの人生の中でそう言われたことは一度もない。
 人様を見かけで判断しないでくれ。
 むしろ初対面の人間に躊躇なく辞書を投げ放った、お前の人間性を疑うね」
「アンタの概評なんてゴミ以下よ。なんの価値もないから」

こいつ……。
いや抑えろ、こういうタイプは一番係ってはならない人間だ。
深入りするな、俺。

「とにかく、はい!」
「なんのつもりだ?」
「見て分かるでしょ? プリントよ、今すぐ朋也に渡してきて」
「なにゆえ?」
「アンタは椋の味方なんでしょ? それともさっきのは上辺だけの嘘?
 もしそうだとしたら、アンタは男としてのプライドを捨てるとともに、椋を泣かせた罪で――」

――命も捨てることになるわ。

どうやら岡崎の「藤林を泣かすな」は、本物の忠言だったらしい。
今さら思い返したところで、それこそ後の祭りだがな。

102 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 08:09:22.66 ID:nL41DFug0

畜生、チャイムが鳴りやがった。
なんの因果で転入二日目にして授業怠慢せにゃならんのだ。
俺はこれでも真面目な部類に辛うじては入れるくらいの人間性を、
自他共に示してきたはずだ。
それがどうしてこうなる。

あの姉も姉だ。
見てくれと口と勢いだけではなく、
男のプライド云々という交渉術だか揚げ足取りだかまで織り交ぜてきやがる。
退くに退けないという状況に追い込まれたのが心底憎い。

「ちっ」

おっとと、舌打ちなんかしてどうしちまったんだよ俺。
焦ったところで仕方がないだろう。
サボりを問われちまったら問われちまったで、あんパン食中毒を語ればいい。
あの効果は岡崎が実証してくれたからな。
岡崎にできて俺にできない訳があるまい。
たぶんな。

それは置いておくとして、岡崎の奴は旧校舎の方へ行くと言っていたが……
果たして旧校舎のどこなのだろうか。
そもそも、旧校舎の内部構造すら知り得てはいないというのに。

103 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 08:17:00.90 ID:nL41DFug0

探索の掟、だかなんだかを本で読んだことがある。
アタリがある場合を除けば二度手間を避けるため、
端から探っていけとのことだ。
呼び方は別に一人ローラー作戦でもいいが。
要は、地道にやれってこった。

まずは一階からだろう。
なになに、ここは資料室か。
廊下には人気もなさそうだしサボるには持って来いとも取れる。
これは一発目から当たりを引けそうかもしれない。

では、念の為にノックを二度行い、

「お邪魔します」

進入。

「いらっしゃいませぇ〜」

迎えられる嬌声。

「失礼しました」

退出する俺。
どうやらここは、何かの店を営んでいたらしい。
後回しにしよう。

108 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 08:38:43.86 ID:nL41DFug0

一階を探るも手応え無し。
腕時計で確認を取ると、授業開始後早くも十分が経過していた。
その事実にうんざりしつつも途中で投げるわけにはいかない。
乗っちまったものは仕方がないのさ、一度やり始めたら男のプライドが邪魔をするからな。

しかし、出過ぎた真似は災禍を招くと予め念慮していたというのに、
結局俺はというと、トラブルの方から飛び込んでくる体質を備えているらしい。
やれやれだよ、まったく。

溜息交えに階上へと向け探っていく。
時間短縮の為に鍵がかかっているであろう場所は素通りし、そんなこんなで最上階へと至った。
階段登ってすぐ右手に演劇部室。左手には長く伸びる廊下。
取り敢えず演劇部室より奥は廊下の突き当たりだったこともあって、そこから探ってみたものの、
室内は雑多な物が累々と積み上げられており、
床には埃すら舞っていたので、長らく使われていないのだろうと悟った俺は早々に切り上げることにした。

次いでの左手方向は、
空き教室、空き教室、空き教室……
と変わり映えもなく続いていき、そのまま終了。
途中、やけに小柄な生徒らしき影を目撃したような気もしたが、
もう一度目を凝らした時には姿がなかった為に、俺の心労から来る幻視なのだということで納得しておいた。

さてと。
おいおい、どこにも居ないんじゃないのか?
残りは何処かあったかな。あとは鍵が掛かってそうな場所ばかりしか残ってはいないが。
まさか、先ほど通り過ぎた図書室だったりするのか?
そんな、授業中に鍵を開け放っておくなど……

などと胸中でぼやきつつ、駄目もとで図書室の扉を引いたところ難なく開いた為、
俺は自身の詰めの甘さを呪わざるを得なかった。

118 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 08:58:53.35 ID:nL41DFug0

図書関連の場所は、あまり好きになれない。
それをこの場に措いてとやかく言った所で仕方がないものではあるが。

まあいい、当初の目的は果たせそうだ。何しろ見付けたんだからな。
ついでに小言を告げねばならんだろう、この状況は。
まずは何処からツッコミを入れるべきか。
ええい、面倒だから全部いこう。

「岡崎、お前のせいで俺の頭が飛散しそうだったんだぞ?
 それからな、全国にごまんと存在している図書室は八割方、飲食禁止という方針を打ち出しているはずだ。
 そこへ授業中忍び込んで堂々と弁当ランチに勤しむってか。
 まあそれはこの際いい、学校で鍋食ったことがある俺が言えた義理でもないしな。
 しかしだな、なんだそれは?
 授業を抜け出したかと思えば、これまた輝かしいほどの女生徒と逢引か?
 更には一つの弁当をつつき合っていると来たもんだ。
 おい、そこの君。そのクッションはなんだ。床に座るな、椅子があるだろう?
 御本を読み易いようにと温かな配慮を施され、用意されている椅子に座らずしてなぜ床に座る?
 それに見合う合理的な理由を単刀直入に聞きたいね、俺は」

これで足りたか?
いや、床に散りばめられている本にはまだ触れていなかったな。
よし!

「ちょ、ちょっと待てよ、落ち着け!」
俺の口を塞ぐべく先手を取った岡崎が、神妙に切り出した。

「俺にも良くわからないんだよ、この状況の意味が」

お前にわからないんなら、今し方ここへと誘われた俺には輪を掛けて理解しようがない。
なるほどな、この場は岡崎に委ねるとしようか。

122 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 09:12:30.09 ID:nL41DFug0

いい加減に疲れて腰が痛い
遅蒔きだが起点を書かなきゃ芽が出ないってことで勘弁してくれ
ということで休憩
CLANNADやったの数年前だから書いてて懐かしすぎる

242 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/09(火) 23:57:30.79 ID:nL41DFug0

すまんね、暇だと思ってたのに予定が一日ズレたもので
で、今読み直してるからもう少々待っといて
元々ココア飲みながら読む物語を目指してたんで、
読む方もそんな風に心構えてくれればこれ幸い

261 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 01:42:52.64 ID:u7GLEB/s0

「なんだそりゃ」

岡崎の釈明を一通り聞き受けた俺は、そう呟くほかなかった。
その内容はこうだ。

例によって授業を抜け出していた岡崎が安息の地を探していたところ、
偶然、通りかかった図書室の扉が開いていることを見取り、
「珍しいこともあるものだな」という思いから中の様子を伺った。

するとどうしたことか。

なんと、用意周到にも持ち前のクッションを床に敷き、女生徒が堂々にも鎮座しているではないか。
さらには外国語で書かれた小難しい本を読み耽っている。
不可思議に思った岡崎は、すぐさま訊ねた。

「何をしているんだ?」

しかし全くの無反応。
嗚呼、無常かな。
まるで空気のように扱われたため、一抹の寂しさが岡崎青年を襲ったのだ。
それでもめげない青年は、その後も執拗に女生徒を視姦し続けていたのだが。

ここで事態急変!

女生徒がおもむろにハサミを取り出すと、
「ハサミー!」
と叫びつつ蔵書を切りぬき始め――

265 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 01:58:29.20 ID:u7GLEB/s0

「お前、少し黙れよ」

岡崎が俺の語りを制した。
まあ、冗談交じりに半分近く誇張してしまった部分は謝ろう。
だがな、俺だって転入二日目にして立派に授業を抜け出すという荒技を、
否応も無くやってのけさせられたのだ。
こうでもしなきゃ、とても憂さは晴らせない。
岡崎だって、少しは同情してくれてもいいだろう?

「俺が知るかよ。
 文句があるなら直接的に杏に言え、俺だってあいつにゃ手を焼いているんだからな」

そりゃ至極ごもっともな見解だ。
とはいえ、俺が杏相手に不平を述べたところで、
新品のトラブルをオーダーしちまうことは公式ばりに自明の域まで達している。
あいつとは僅かばかりにしか対面していないが、
ああいうタイプの特性は、人様にとやかく説明されるまでもなく解ってしまうからな。

「やれやれ」

また溜息を吐いちまった。
それもそうさ、もう授業開始から20分少々経過している。
今さら戻って教室中からの視線を集めるより、
保健室にでも行っていたのだと、適当な方便を用いて切り抜けるべきな時間帯だ。

一体どうなるものかね、俺の行く末は。
転校初日の「普通の進学校だ」という確信と、「無難に過ごそう」という俺の想いは、
現在進行形でピシリとした音を立てつつ崩れ去っているような気がするぜ。

269 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 02:18:01.57 ID:u7GLEB/s0

かのようにして手持無沙汰となってしまった俺は、
小ぶりの弁当片手に俺達を眺め上げていた女生徒へ訊ねてみることとした。

「顔に似合わず、堂々と授業を抜けるとは何者だ?」

女生徒は無言のままキョトンとした眼を揺らし、同時に両頭の髪飾りも転んだ。
そのあまりに無防備な仕草は、まるで外敵を一度も見たことがない草食動物とでもいうべきか。
端的にするならば、おっとり……いや、のんびりとでも形容すべきか?
違う、もっと別の常人らしからぬ雰囲気だ。

浮世離れ。

そう、正にこの言葉が一番しっくりきそうである。
出で立ちも、肩甲骨辺りまでのセミロングヘアで、両サイドは丸く子供染みた髪飾りで留めており、
体型がふっくらというか、まあつまりは男にとって大事な部分が得盛りであり、
故にそのアンバランスさは、子供と大人の境界線、無知でいて博識、強硬でしなやか、
などという対極にあるべきものを同時に兼ね備えているようにも思える。

と、このように、俺が長々と観察できるほどの間が空いてしまったのだ。
つまりは、彼女は俺の質問に答えちゃくれなかったのさ。

岡崎も、さぞ辛かったろうに。
うん、俺も辛い。

270 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 02:28:35.94 ID:u7GLEB/s0

この重い空気をどのようにして吹き換えるべきか。
俺が本気で悩み始めた頃だ。

「ことみ」

妙に透き通った清流のような声で、彼女が呟いていた。
俺はその言葉の意味を探ろうと頭のなかで検索してみるも、どうにもヒットしない。

「ええと、つまり?」

パードゥンの意を伝えてみる。よく聞き取れなかったからな。
もう一度聴けばわかるだろうと俺は踏んだのだ。
しかし彼女は視線を落とし、首根を抑えて黙り込む。
そこでようやく気が付いた。

「すまん、見下ろしていた」

雰囲気に呑まれて当たり前の気遣いも出来ていなかったことを恥じ、
俺もしゃがみ込んで視線を合わせる。
岡崎もなぜか俺と同様にしゃがんだ。
さて、

「つまり?」

273 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 02:44:16.36 ID:u7GLEB/s0

「おとといは兎を見たの。昨日は鹿。今日はあなた」

女生徒は俺――ではなく、
俺の隣にいる岡崎に視線を合わせて語りかけた。

って、ちょっと待て。
さっきとは文脈が全然違うし、そしてやはり意図が掴めない。
まさか俺の日本語が通じていないのか?

「でもあなたは余計」

今度は俺に視線を合わせての一言だ。
それにより、どうやら俺は余計らしいということが分かった。
さらに微妙な間を置いてから女生徒が続ける。

「わたしはことみ。みらがなみっつでことみ。呼ぶときはことみちゃん」

……で、静寂が訪れた。
彼女は僅かな満足感を表情に浮かべているので、これにて寸劇は終幕という方向らしい。

なるほどな、ことみというのはこの女生徒の名前だったのか。
たったそれだけの自己紹介に、こちらがどれほどの時間と労力を割いたことか。
まあいいさ。

「俺は――」
「岡崎朋也。こっちがキョンな」

またかよ。偶には俺にも名乗らせてくれ。

279 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 03:01:03.56 ID:u7GLEB/s0

その後も岡崎が二言三言交わし、漏れ聴こえてきた情報から、
女生徒の苗字が”一ノ瀬”であるらしいことを知った。
さて、取り敢えずは図書館の主らしき人物と一通りの挨拶は済ませたのだ。
プリントも岡崎に渡したので他にやるべきこともない。
時間を潰すとしよう。

そうそう、不良には見えない女生徒が何故、授業中だというのにここに居るのか。
それが気に掛からないといえば嘘になるが、
かといって上手く進行しない会話に労力を注ぐ必要性も思い当たらない。
それに変に深入りするのも妙だしな。
好奇を持って首を突っ込むと大抵ロクな結果を招かないことは、経験則からも則れる。

かくして俺は近場の椅子へと腰掛け、適当に目に付いた本に目を通していくこととなった。
ふむ、桃太郎か。
懐かしいぜ。
ひとつ、朗読でもしてやりたい気分だ。

はぁ。
授業中に何やっているんだろうか、俺は。

280 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 03:17:07.67 ID:u7GLEB/s0

昼休みまで残すところ十分となると一ノ瀬がクッションを片付け始め、
それに倣って俺も本を片付けることとした。
不覚にも俺は読書熱が再燃し掛けていたので、
桃太郎だけには留まらず、金太郎にまで手を出しおり、
あまつさえ先が気になり始めたところだったが致仕方あるまい。

一ノ瀬が身辺を片付け始めたということは、
そろそろ俺たちもここから出なければならないということを指しているのだろうからな。
きっと、昼休みになると大勢の生徒達が図書室へと遊びにくるのだろう。
恐らく、それを避けるべくの行動なのだと察する。

「朋也くん、起きてくださいなの」

いつの間にか整理整頓を終えていた一ノ瀬が、机に突っ伏している岡崎を揺すっていた。
よくよく考えてもみれば岡崎のやつ、寝てばかりだよな。
何か原因があるのだろうか。

「おい岡崎、そろそろ起きないとまずいんじゃないのか?」

一向に起きないので、俺も一ノ瀬に加勢した。
それによりようやく目覚めたらしい岡崎は寝ぼけ眼を擦りつつ、

「なんか夢を見ていたような」

という呑気な呟きを残してくれたわけだ。
こいつは授業をサボることに対しては、最早なんの躊躇もないらしい。

284 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 03:41:53.58 ID:u7GLEB/s0

一ノ瀬と別れ、岡崎と共に一般生とより少し早目に学食へ。
正式にはまだ昼休みではないのだから当然ではあるが、
広いスペースに並べられた席は、そのどれもがガラリと空いている。
俺としてはこんな時間にこんな場所をうろつくのは憚られるんだが、
お利口にもチャイムがなるまで何処かに隠れているのも何か情けないし、
人が混み合って鬱陶しくなる前に食事を済ませておきたいのが本音でもある。

かくして、この学校での”当たり”はどれなのかと食券販売機を眺めていた俺に、
岡崎がぶっきらぼうに呟いたのだ。

「俺、牛丼でいいぜ」
「阿呆かお前は、こちとら転校してきたばかりで金がないんだよ」
「チッ……」

端から見れば恐喝の現場のように思えるが、これはこいつなりの冗談のはずだ。
自分で言うのもなんだが、俺は他者の思惑を見抜くことにおいては、
全国区の平均点より上を狙えるんじゃないかと思っている。
決してそうなることを俺が望んだ訳ではないが、まあそれなり色々な憑拠があるわけで。
……やや話が逸れたので元に戻そう。
ともかく岡崎の冗談は、受ける人によってはそれが間違いのない敵対心だと錯覚させてしまい、
衝突のキッカケになりえるには十分なほどの攻撃性を孕んでいるのだ。
火薬庫みたいなやつとでも言えばいいのか。

「あ、牛丼で」
俺が給仕のおばちゃんに券を差し出すと、
「おや、不良仲間が増えたのかい岡崎くん?」
などと嬉しくもない笑みを投げかけられてしまった。
こんな時間にここへ居ることに対してのお咎めが無いのを喜んでいいのか悪いのか。

ある意味、新鮮だ。

287 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 04:04:00.31 ID:u7GLEB/s0

「で、なんでお前はこんな時期に転校してきたんだ?」

うどんをひと啜りした岡崎が訪ねてくる。
俺も箸を止めて答える。

「まあ、色々あるのさこっちにも。俗に云う、家庭の事情というやつだ」
「けど結構遠くから越してきたんだろ?」
「そうだな」
「だったら、金がないのにどうして私立へ?」

変に鋭い奴だな、こいつは。
俺はそれらを説明するべく、手短に纏めて伝えた。

「公立から私立って……住屋が無いからって、普通そこまでするものなのか?
 それに、学費やら学校具やらで却って金を食いそうな気もするんだけどな」
「そこらについては妹だとかなんとか、口にするのも面倒なほどに雑多な理由があるんだよ。
 幸いにも、こっちで世話になっている家主さんも良い人みたいだったしな。
 加えて、制服やら鞄やら値の張る日用品については、
 家主を通じて幸村先生が前期生をあたってくれたようで、無償で手に入ったんだ」
「やけに風向きがいいな」
「ま、俺の日頃の行いが良かったのさ。親が転勤した時点で悪いだろ、というのはナシだ」

そこまで俺が話したとき、昼のチャイムが鳴った。

290 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 04:28:05.95 ID:u7GLEB/s0

ぞろぞろと巣へ戻ってくる蟻のような人波で、食堂が賑わいをみせ始めた。
その蟻の群のなかに一人だけ、やけに目立つ髪色があったかと思うと、
それがこちらへと歩み寄ってきた。

「おはよー! やっぱりここに居たかー!」

よう、キョン。
俺の名前はオマケのように付け足す、春原だった。

「今はもう、こんにちはだ」
すぐさま皮肉った岡崎に、
「もっともだな」
俺も賛同する。
しかし今まで寝ていたのか、こいつは。
もはや毎日遅刻だなんていうレベルじゃあないな。
にしても、
「よくここだと分かったもんだな」

俺が微妙な感心を述べると春原は陽気に笑いながら答えた。

「僕と岡崎の仲だしね。それに岡崎が昼に教室にいないとなると、あとはここくらいのもんだし。
 ついでに僕がさっき教室へ鞄を置きに行ったらさ、杏の奴が、
 『行方不明の朋也を追うべく、捜索隊員のキョンを派遣した』なんて言ってたんだよ。
 キョンが一緒にいるんなら益々、昼メシ食べにここへ来るはずだからな。
 ってことで、とりあえず僕もなんか頼んでくるか」

おいおい、俺はいつから捜索隊に配属されたんだよ。
まるでこれから先も働かなくちゃならんと示唆されているようじゃないか。

293 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 04:46:04.28 ID:u7GLEB/s0

春原が大盛りカレーを抱えて席へと座った着いたところで、
俺は先ほど岡崎にされた質問タイムの仕返しだとばかりに訊ねた。

「お前達二人っていつも眠そうにしているよな。
 夜通しのアルバイトでもやっているのか?」

もし良ければ紹介して貰いたいという思いも込めての質問だったが、
肩透かしの内容を返したのは口数の多い春原だった。

「べっつにぃ〜。今はやってない。
 前にやってたスーパーのレジ打ちですら、人通りが多いせいもあって……というか、
 たぶん僕達に怨みを持った生徒が告げ口したんだとは思うけど、
 結局は見つかって謹慎食らわされちゃったからね。
 ここの学校って比較的真面目だから、バイト禁止だし」

だけど、許可を取ればいいんじゃないのか?

「まあそうだけど、僕や岡崎が『家庭の事情で』なんて言って信用して貰えると思うか?」
「その許可を決定的に駄目にしたのがお前なんだけどな」

岡崎が割って入り、右手で何かを握るような仕草を見せるとクイと回した。
なるほどな。アルバイトで得た金を元に、パチンコやっているところを目撃されたと。

「そういうこと」

岡崎が重く息を吐く。

296 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 05:09:47.19 ID:u7GLEB/s0

さらに春原。

「それからも何度か転々としてはみたけど、その度に見つかるわ処分が厳しくるわでさ、
 ただでさえ悪い評判がさらに悪くなっちまって、次やったら後が無いとまで言われる始末。
 まさか、こんな僕達が涙ぐましくも新聞配達なんかに汗水垂らす訳にもいかないでしょ?
 割も良くないし、何より僕は朝が苦手だからね。
 となると、ここらで夜に、そして発覚しにくいという意味で安全に働けそうな場所っていうと、
 あとは居酒屋くらいのもんでしょ?
 だけど万が一、そんな店で働いているのがバレた時にゃあ……ねぇ?」

間違いなく、学校には居られなくなるだろうな。
それに噂とはこの街にいる以上、必ず漏れるものだ。
例えば居酒屋を訪れた人物の子供がここの在学生であり、
その情報が親を介して子へと伝えられた末に、またも告げ口なり世間話の延長線上なり、
まあそれら全部のパターンを挙げれば切りがないが、
とかくして伝わったものが最終的に教師陣へと至って――ジ・エンド。

「流石にさ、僕も岡崎も三年になって退学なんか出来ないからね」
「当り前だろ」
そうなのか、お前達はお前達で苦労したんだな。
なんにせよ、俺には少しばかり遠い話だ。

「キョンは僕達と違って真面目くんっぽいからね。雰囲気的にだけどさ」

まあ、今日少しばかりではあるが、道を踏み外し掛けちまったがな。

「ははっ、それもいいじゃないか。面白そうだし」

サラリと怖いことを言わんでくれ、春原よ。
俺は平穏で無難に生きたいんだから。

300 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 05:30:59.98 ID:u7GLEB/s0

で、結局俺は最初の質問へと戻るわけだ。

「今はアルバイトをやっていないんだろ?
 だったら、授業に出席するくらいはしたらどうだ?」

春原が梅干しのように顔を顰めた。

「もう僕たちの習慣になっちゃってるしね、このスタイルが。
 それに真面目に受けるのもかったるいし、大体やってもわかんないし、
 眠いのはマジだからしょーがないんだって」

なんで眠いんだよ?

「いやぁ、日課というかなんというか、夜になると寮で岡崎と駄弁ってるからさ。
 あ、寮ってのは学校付属のもんで、僕が住んでるところね。
 それで、気が付きゃ深夜、それから寝てたらアラ不思議!
 必然的に昼になっていましたとさ、めでたしめでたし」

めでたしめでたしを最後に付ければ、何でもハッピーエンドになると思ったら大間違いだぞ。
さっき読んだ桃太郎だってな、鬼側にしてみりゃ凄惨たる有様だし、
花坂爺さんだって、瘤取り爺さんだって、悪役を担わされた爺さんは気の毒なもんだ。

「なに昔話相手に熱くなっちゃってんの?」

さっき読んだら懐かしかったもんで。
……すまん、話の腰を折っちまった。続けてくれ。

305 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 05:44:04.28 ID:u7GLEB/s0

「キョンって変な奴だよな、やっぱり」
「俺もそう思うぜ」

唐突に二人して俺を変人扱いしないでくれ。
これでも至ってノーマルな一般人であることを自負しているんだから。

「だって変じゃん」

進学校に存在する唯一の金髪野郎に言われてもな。
供述にはせめて理由くらい並べておけ。

「安心しろ、俺も保障しておいてやるよ。二対一の多数決で可決ってやつだ」

なんだ岡崎、そのニヤリとした笑みは?

「さあな」

やれやれ。
変人認定的なポジションなんて、微塵もありがたくはないね。

308 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 06:00:32.77 ID:u7GLEB/s0

「さぁ〜て、そろそろ教室にでも戻りますかぁ〜!」

俺が食い終わのるとほぼ同じくして、
大盛りカレーを見事に平らげていた春原が、意気揚揚と宣言した。

「いちいちオーバーリアクションなんだよ、お前は」

岡崎がすかさずツッコむ。
その岡崎のポジションこそが、本来の俺だとは思うんだけどな。
まあ変な贅沢は言うまい。

「御馳走さんでした」

俺が食器の片付けついでに給仕のおばちゃんに述べると、

「あんまり悪さはしないようにね」

という微妙な気遣いを施されてしまった。
一緒にいただけで誤解されているのかよ。

「そんなんじゃありませんよ、今日は偶々ですからね。俺はただの転校生です」
「そうなのかい?」
「そうですとも」
「まあそうは言っても、どっちにしたって何も変わらないんだけどね。
 じゃあね、また来て頂戴な。岡崎くんと春原くんも一緒にね」

うぃっす、という具合に体育会系のような返答を両名が行った。
この慣れよう。
二人は、学食の常連だということか。

311 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 06:26:34.14 ID:u7GLEB/s0

俺の昼休みがフライングで始まったせいか、
教室へ戻って時計を見ると、時間にはまだ充分の余裕があるようだった。
そんな俺の肩をポンと叩きながら一声。

「御苦労」

振り返ると歩く危険物、杏が腕組みしていた。
腰ほどまでのストレートな髪。左頬側には特徴的な白のリボン。
本人にとっては常態なのだろうが、
常に意志の強そうな眼光と、大胆不敵な微笑を秘めており、
それらが俺にとってはどうにも苦手と映ってしまうのだ。
俗にいう、口を閉じ淑やかにしていさえすれば、可愛いと持て囃されるタイプ。
故に俺は顔を合わせる度に、自身へと強く言い聞かせるのだ。

「そりゃどうも」

当たり障りなく応対し、こいつとは深く関るべきでないと。
こいつは厄介の代名詞なのだと。

「素っ気ないわねぇ、アンタ」
「これが性分なもんで」

本当は言い返してやりたいんだがな。

「ふーん、ならいいけど」
じゃあねぇ〜、と軽やかな足取りで教室から出ていった。

何しに来たんだよ一体。
妹の様子でも見に来ていたのか、或いは俺の働きの視察にでも来たのか。
どちらにせよ、俺にとっては迷惑な話であることに変わりない。

316 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 06:53:59.52 ID:u7GLEB/s0

「面倒な奴に目を付けられちまったようだね」

俺が自席に戻るなり、窺っていた春原が呟いた。
蛇足ではあるが、この台詞だけ聞けば格好良く思えるのかもしれない。
しかし杏が俺の傍に居た間、肝心の春原は、
杏から十二分な安全距離を取っていたのがなんとも情けない。
とはいえ、仮に俺と春原の立場が逆だったとしたら、俺も春原と同じことをしていたであろう。

「あいつは戦神の生まれ変わりだから、せいぜい首を刎ねられないように気を付けることさ」

春原が得意気に語るのは、これまで実際に受けて来た仕打ちからくる、経験則なのだろうか。
しかしだな。

「そういうことを軽々ながらも口にすると、危ないと思うぞ?」
「へっ、どうせ聴こえやしないさ」

ここにきて頬杖をついていた岡崎も口を挟んできたようで、
「ほら、よく言うじゃねぇか。壁にナントカって」
その岡崎の二の句を継いだのは春原だ。
「それってアレだろ、壁に耳あり障子に――」

――メアリー……

だが春原の言わんとした内容を改変し、強引に三の句を受け継いだ奴が居た訳だ。
春原の背後に差し迫っていたそいつは続けざまに、低く地鳴る声で宣告した。

「あたしメアリーさん、今あなたの後ろに居るの」

フゥー、と春原の首筋に息を吹きかけ、春原が竦み上がり……。
あとのことは俺が語るまでもないだろう。

320 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 07:14:41.32 ID:u7GLEB/s0

結局、この日にあった出来事の中で、めぼしいことといえばそれくらいなもので、
終礼を交わした後の俺は一人で帰途を辿り、適当に課題をこなし、
一応、抜けていた分の授業内容を取り戻すべく、適当な自習を済ませた。

さてというように、あとは寝るだけとなりベッドに寝転がった俺は、
机の上に置かれた携帯電話を眺めながら今日のハイライトを回想していた。

岡崎が遭遇したという、上り坂に佇む少女。
大人しく謙虚な妹と、その反動の塊のように凶暴な姉。
謎の資料室。
図書室にいた浮世離れな女生徒。
そして岡崎と春原。

なんてこったい。
こうやって考えてもみりゃあ、アクが強い連中ばかりじゃないか。
とはいえ、なんだかんだで大して驚いていない俺も客観的にみればどうかと思うがな。

やれやれ。
どうなることやら。

頼むから面倒ごとだけは勘弁してくれよ?
それさえ起こらなければ、俺は他に高望なんてしないんだからな。


以上のようなことを何度も考えているうち、俺は眠りへと堕ちていった。

321 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 07:18:19.03 ID:u7GLEB/s0


疲れたので休憩
良くも悪くも原作を意識しているつもりなんだが、どうにも難しいらしい

373 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 15:42:19.57 ID:u7GLEB/s0

俺に意識があることを自覚した時には既に、
重い、息苦しい、という二つの体感覚に苛まれており、
それらによって俺は、微睡みのなかから強制的に引きずり起こされることとなった。
その原因が何かのかを理解し終わるよりも早く、ボヤけた視界のまま体を起こしてみると、
コロリと布団の上へ転がり落ちた奴がいたもんだ。

家主の猫である。

白をベースに、四足の先や耳、鼻の周りと尻尾などが焦茶色という野良ではあまり見掛けない風体。
スラリと伸びた体躯は上品なシャムネコを思わせるが、その性格は至って乱暴であり、
ここで世話になる際、一緒に連れて来ざるを得なかったシャミセンは連日のように追い回されている。
ちなみにメス猫だ。

「みゃぅー」

なんて具合に掛け布団の上で、のびっと四肢を張り、欠伸しつつの気の抜けた鳴き声。
すると俺の布団のなか、足元の辺りに潜り込んでいたシャミセンがビクリと震えたのが伝わってきた。
やれやれ、お前達動物界でも引っ越し騒動は大変なんだな。

「ほれ」

猫の前に人差し指を突き立ててみる。
慣れていれば摺りよってくれるのだが……

「みゃうん」

ツンと鳴かれたかと思うと、ピシャリと猫パンチによって拒絶の意を示された。
どうやらまだ住人としてはまだ認められていないらしい。
それでも、こうやって近づいてくるようになっただけで進歩ってことなのかもしれないが。
まあ、この家の住人として認められるのが、果たして良いことなのか悪いことなのか、それも定かではないがな。

375 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 15:59:51.26 ID:u7GLEB/s0

「おはようございます」

身支度を済ませ階下へ降りるなり、やんわりとした声に包まれた。
家主のものだ。

「おはようございます」

俺が今ひとつ心を許せないといえど、
挨拶を無視したり等という、子供染みたあからさまな態度を取るようなことは当然しない。
そもそも世話になっているのは事実だからな。
客観的に一般論を以って論じてみりゃ、こうやって警戒する俺の方が不審ってもんだ。

「朝御飯、もう出来ているわよ」
「すみません、何から何まで」
「いいの、気にしないで。賑やかなのはいいことだと思うから」

頬に手をあてた婉然たる笑み。
良心をそのまま具現化したような人物像。
それを前にすると俺の心も僅かに揺らぎそうになるが、やはりスタンスを変えようとまでは思わない。
なにより俺自身が、そう思い込もうとしているからだ。
注意を払うべきだと。

「お弁当は、必要ないの?」
「ええ、学食の味も見ておきたいもので」

というのが適当に並べたてた御託であることは自明だ。
あまり深入りすべきでないとの考えから、この受け答えが常と化している。

377 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 16:11:30.39 ID:u7GLEB/s0

「そう」

家主が漏らしたその一言には、どのような意味が込められているのか。
言葉としてよりも表情で語る部分の多い人なので、
俺にとってはどう受け取るべきなのかが今一つはっきりしない。
曲解すれば、見せかけの笑顔、ともとれる。
いや、それは受け取る側である俺が捻じ曲がっている所為なのだろうが。
と突然、階段を駆け下りてくる足音。

「おはよーございますっ!」

次いでの気勢のいい挨拶は、俺の妹のものだった。

「あら、おはよう」
「よお」

俺と家主で返す。
それから三人での朝食の席となり、当たり障りのない会話を肴に箸を進めていき、
やがて俺は登校するべく家を出る形となった。
そうそう、日課のように妹へ中学校の様子を尋ねたところ。

「だいじょーぶだよ」

と満面に笑っていたので、
相変わらず我が妹は上手く世を渡っていけているのだと俺は安心した。

380 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 16:28:55.75 ID:u7GLEB/s0

蛇のように矢鱈めたら曲折している登校路を辿っている最中、
ふとこんな考えが過ぎった。

俺が前住んでいた街中と比べれば、相対的にこの街はかなりの田舎に値する。
故に人の手が入りきっていない部分が多く、言ってしまえば自然が多い。
そこかしこに林があり、鬱蒼と木々が茂った場所が存在しているのだ。

もし、これらをすべて斬り払って直線的な道に挿げ変えれば、
登校に掛かる時間を一体どれだけ短縮できるのであろうか。
これを毎日往復するのだから、合計時間に換算すればそれなりに浮くはずである。

大体、一往復に掛かる時間が……

と計算し始めたところで馬鹿馬鹿しくなって俺は思考を停止させた。
朝っぱらからエネルギーを無駄遣いするのも癪だし、
計算したところでどうにかなる問題でもないのだ。
それにここが如何に田舎といえど、何れは発展していく運命にあるのは確実。
現に街のそこかしこでは道路舗装だとか区画整理が目に付くし、
これから何十年後かには、俺の街となんら変わらない程度にまでにはなるのだと予想もできる。

もしもその時の俺が暇だったとしたら、その時に実測すればいいだけさ。
恐らく、やらんがな。

考える事がなくなったので溜息交じりに携帯電話を取り出すと、
手持無沙汰を埋めるように開いてみた。
光が灯らない画面には、代わりに俺の顔がぼんやりと映り込んだだけだった。

383 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 16:40:33.06 ID:u7GLEB/s0

朝のホームルーム後、一校時目までの空いた時間のことだ。
珍しくも不良二人組の登校(それでも遅刻だが)を認めた俺は、ぶしつけにも訊ねていた。

「こういうことを言うのもアレだが、お前達って良くこの学校へと入れたもんだな」

本当に何という不躾な質問をしているんだろうな、俺は。
まだ出会って三日ばかりしか経っていないというのに。
だがしかし、これくらいならば許されると思えてしまうのも妙だ。
現に、春原は笑いながら回答してくれたのだから。

「ぶっちゃけた話、僕と岡崎は馬鹿だからね。
 だけど、うちは進学校であると同時に、割かし部活動でも強豪が揃っているんだよ」

そうか、改めて考えてもみればこの学校は私立校じゃあないか。
つまりは公立校に比べて潤沢な資金を自由に動かせる為、施設の拡充を賄える訳だ。
私立校ってのは言ってもみれば一般的な商店と同じで、
いわば金目当てに経営している、というと些か語弊があるのかもしれないが、
ともかくそうやって特色を付けることで生徒、つまりは客を呼び込み次へと繋げていく性質を持っている。

だからスポーツだけに限らず、何らかの特色を持っている場合が多いのだ。
ってことはだ、
「お前達って、スポーツ特待生とかなのか?」
「御名答」

人差し指をピンと立てた春原。

「まあ、速攻で辞めたんだけどな」

それに続いた岡崎が、流れを断裁した。
なんだ駄目じゃないか。

388 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 16:53:01.33 ID:u7GLEB/s0

とはいえ、これで朧げながらも浮き上がってきたように感じられる。
この二人が、こうにまで自堕落な原因と、周りから忌み嫌われている理由が。
だから俺は言った。

「そりゃまあ、推薦なりで入学しておいて辞めちまえば教師陣からも疎まれちまうわな。
 だけど何があったんだ?
 今は部活をやっていなくとも、元々特待生に選ばれるくらいだったんだから、
 運動も出来たんだろうし、それなりにスポーツも好きだったんだろ?」

ここまで訊ねた時だ。
不意に俺は、空気が重くなったような錯覚を覚えた。
だが、春原はいつもの調子を保ったままで続けていく。

「ま、大したことじゃないさ。
 僕はサッカー部だったんだけどね、縦繋がりがあまりに下らな過ぎたんで辞めてやったんだ。
 ただ、そんだけ」

素っ気なくだ。
となると、次は自然と岡崎に視線が移ったのだが……。

389 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 16:53:23.60 ID:u7GLEB/s0

「俺の方も大した話じゃない。春原と似たようなもんだ」

やや遅れての回答は、吐き捨てるようなものだった。
すぐさま春原が補足する。

「まあ、岡崎はバスケをやってたんだけどな。
 そこもなんというか縦がな、その、面倒くさかったんだよ、特に」

春原の曖昧に返答する姿を見て、俺はこの質問を軽々しく口にするべきでなかったと反省した。
たかだか顔見知りに毛が生えた程度だというのに、
愚行にも俺は抱いてしまっていたのだ、慢心を。完全に失態だ。
すまん、二人とも。

「いいっていいって、気にすんなよ」

謝罪の意を示した俺に、春原は相も変わらずだった。

392 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 17:04:03.87 ID:u7GLEB/s0

返す刀で春原が訊いてくる。

「そうだ、そういやキョンはどうなんだよ?」
「何がだ?」
「お前も、前の学校で何かやってたりしなかったのか?
 まさか顔に似合わず超有名選手だったりしてなっ!」

顔は余計だろうが、

「そんなんじゃねぇよ」
「ま、そうだとは思ったけどね」
「有り来たりな文芸部だ、単なるな」

ふーん、と春原がしたり顔で笑い、続けた。

「まあ、なんとなくだけど口調に出てるからな」
「溢れ出んばかりの知性がか?」
「馬鹿か、面倒くささと小難しさがだよ。
 時々、言葉の意味がわかんないしな」

「そりゃお前の知能が足りてないからだ」
との辛辣な意見を突き刺したのは、岡崎である。
「なら、今度からは読み仮名でも振っておくようにするさ」
俺も続ける。

「一言も二言も多すぎるんですけどねぇ、二人とも!」
春原は激高し、
「はぁ……キョンが来てから、岡崎が二人に増えたみたいだよ」

そう零した。

401 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 17:18:27.35 ID:u7GLEB/s0

「あのぉー……」

控え目に窺う声。
ともなれば、それは藤林なわけだ。
どうやら、今朝方のホームルームで配られたプリントを手にしている。
健気だねぇ、まったく以って今どき、貴重な人種だよ。

「ああ」

岡崎が面倒に受取り、机の中へと捻じ込んだ。
それを目にした藤林の表情には、少しばかりの影が差したように見えた。

「それ、保護者へ向けての内容なので、一応は家の人に見せておいてください」
「……」

沈黙し表情の硬い岡崎を前に、おっかなびっくりの藤林だが、やはり彼女も退かない。
やがて岡崎は根負けしたのか、
「わかったよ」
またも頬杖で承諾の意を示した。
これで藤林も席へ戻るかと思いきや、さらに続けていた。

「でも、安心しました。二人とも、ちゃんと出てきてくれたみたいで」

まあ、こいつらが今日に限って早めに出て来たのは、
本日提出しなきゃならん数学の課題対策として、俺のを写すためだったんだがな。
昨日俺が言った「今からでも間に合う」という話の弾みで、勉学について僅かにだが助力する、
という旨を伝えていたからこうなったんだが。

ま、やり方はアレにせよ、課題を提出する意志を見せただけ良しとするか。
「補講が嫌だから」という目先からの逃避が動機であるにせよな。

407 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 17:33:40.27 ID:u7GLEB/s0

一校時目。
まだ温まりきっていない静かな空気のなか、
教師が淡々といった様子で知識を授けようと画策している。

らしい。

らしいというのは、岡崎、春原の両名が居眠りしているというのに、
当の教師は注意すら行わず、居ないものとして扱っているから、
俺の眼には少なくともそのように映ったのだ。
察するに、この学校で永らく過ごしてきた人間からすれば、
それが当然のようにそこに在るべき風景の如く、
意識しなければ視認できないように見えてしまうのかもしれない。

ちょうど、この街へ来たばかりの俺が、風景の味の違いに気付かされたようにな。

こんなことを思案したところで仕様のないものであるが、
どうにも勝手が違っている。違いすぎている。
俺がもといた学校とはな。

岡崎達に限らず、様々な事象が、良い悪いは別として、何もかもがだ。

「はぁ……」

また溜息が漏れちまった。
考えているうちに元の学校での担任教師、岡部の顔を思い出したからだ。
あいつならばきっと、こいつらを叩き起こして上で、ローリングソバットを喰らわせていただろう。
なんだかんだで、転校する際には俺も世話になったからな。

その計らいに対し、改めて礼を述べなければならないと気が付いた時には、
俺がもう街を離れてしまった後だったが。

411 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 17:41:26.97 ID:u7GLEB/s0

物資が切れたので買いだしてくる
ついでに一言

キョン=岡崎でCLANNADをやるという構図は当然ながら俺も思い付いたが、
俺はCLANNADもハルヒの憂鬱の両作品ともが好きな故にできなかった
そもそもCLANNADは岡崎が居なければ成り立たない物語であり、
そこを改変してしまえば、それはCLANNADではなくなってしまい、延いてはその意味も掻き消えてしまう

っていう理由を見繕ってみたんだが、どう?

437 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 19:18:15.02 ID:u7GLEB/s0

で、今日こそは災難を勘弁してくれという俺のささやかなる願いも虚しく、
狙い澄まし、嘲笑うかのようにこの学校では騒乱というものが巻き起こる訳で。
一校時目が終了した直後の休み時間のことだ。

「おい……なんかヤバいのが来てるぞ……?」

クラス連中が騒ぎたて始め、一様にベランダへと飛び出していった。
まあ、そうなるだろうな。
こうにもバイクの排気音が鳴り響き、
ベランダ側に面した校庭を縦横無尽に走り回られてはな。

「面白そうなのが来たみたいだ」

気色を得た春原に続き、俺と岡崎もベランダへと移った。

「1、2、3……」

春原が指を折ってバイクと、それに跨る人数を数えている。
俺も心内でざっと数えた。
どうやら狼藉者の数は、十に満たない程度のようだ。

442 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 19:30:10.23 ID:u7GLEB/s0

バイクの奴等は何かを叫んでいるらしいが、
自身が生みだしている騒音に掻き消されてしまっては、聴き取るのも不可能だ。
伝えたいんだったらエンジンを止めりゃあいいのに。
でなけりゃ、プラカードなりカンペなり用意してこいよ。

「まったくだな」

岡崎も俺の意見に意を連ねたようだ。
しかしこうなると厄介、教師陣が出てくるのを待つほかあるまい。
俺にはどうすることも出来ないからな。
そう踏んで、傍観を決め込もうとした時だ。

「おおっ!」

という歓声が沸いた。
同時、校庭へと続く道のりを、
一人の女生徒がストレートの髪を揺らしながら堂々と歩んでいた。
BGMとして威風堂々でも掛けてやりたいくらいのその様。

「智代だ、智代が出て来たぞ!」

智代……?
あいつの名前か?
いや、そんなことはどうだっていい。
一人であんな奴等の輪の中に飛び込んだりすれば、危ないに決まっている。
まさかダンスの誘いにでも来たわけじゃあないんだから。

「おい!」

すぐさま俺が二人の肩を叩いて意志を伝え、俺達は階下へ向かって走り出した。

449 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 19:38:26.45 ID:u7GLEB/s0

走りながらの道中、春原が笑った。

「やっぱ、面白いものは特等席で目にしなきゃなっ!」

アホか。
そんな下らん野次馬根性で動いているわけじゃない。

「だったら、どうしてキョンは?」

だったらどうして。
その言葉の答えに、俺は窮した。
駆け付けたところで俺にどうすることもできないのは事実。
仮に出来たとしても、それ即ち面倒事へと首を突っ込むことになるだけだ。

「知らん」

結局、それが答えだった。
そもそも、女性一人が痛めつけられる所をただ傍観しているのも癪だしな。
それが動機ってことでいいだろ?

「キョンは真面目くんだねぇ〜」

春原が茶化すように笑い、

「ま、こいつは優等生だからな。課題の答えを写すのすら難しいほどに」

岡崎に皮肉られた。
すまんな、字が汚くて。

456 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 19:46:51.48 ID:u7GLEB/s0

それでだ。
俄かには信じ難いことになるんだろうが、
俺達が一階の校舎から飛び出した時には、既に片付いていたのだ。

「ありゃ?」

春原が素っ頓狂に首を捻る。
もちろん俺もだ。
校庭を走り回っていた人間達が砂地へと寝そべり、
バイクは乱暴にも倒れ伏してカラカラと車輪が回っている。

ただ一人。

縁を描く様に並び、崩れおちた狼藉者達の中心部で、
先程の女生徒が髪を掻き上げては腕を組み直していた。

グラウンドで体育に勤しんでいた生徒達も、隅に避難したまま唖然呆然。
いや、歓声を控えているといったほうが正しいのかもしれない。

「とにかく、行ってみよう」

春原が納得しなさそうに先導し始めたので、俺もその背中を追う。

459 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 19:56:12.58 ID:u7GLEB/s0

といっても、この状況下であの円の中心部へと立ち入る勇気はない。
俺にも恐怖心はもちろんある。
だがそれ以上に、全校中の視線を集めたあの中へ、
果たして俺が割入ってもいいのか。

答えはノーだ。
とのことで、情けなくも俺は他ギャラリーの中の一部として混じった。

「へっ、面白そうじゃないか」

春原が不敵に笑っては拳を鳴らし、その円の中へと歩みだした。
おお、流石は我が校切っての不良だ。
真面目くんの俺とは出来が違うな。
だが俺が感心し掛けたのも束の間、

「てめぇ……」

倒れ伏していた狼藉者の一部が起き上がった瞬間、
春原は両手をポケットに突っ込んでクールにUターンを決め込んでいた。

「お前って、毎度ながら期待を速攻で裏切ってくれるよな」

俺は嘆息した。
岡崎はというと、特に何の感情もないように無言のままであったが。

465 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 20:10:35.59 ID:u7GLEB/s0

対峙。
女生徒と、恐らくは狼藉者グループの頭領である体格のいい男。
互いに一体一、サシでの勝負だ。

「舐めやがって」

男が吐き捨てる。
女生徒は風で棚引く腰ほどまでの髪を払うと、凛とした声色で断言した。

「もうやめておけ。また痛い思いをするだけだぞ」

それによって俺の思考は、益々混迷の一途を辿っていった。
これ、普通に考えるとギャラリー、つまりは俺達が止めに入るべきだよな?
俺も一人では無理だが、少しでも人手があれば多勢に無勢という姑息な手段が選択可能となり、
無言の重圧なり、それを応用して僅かでも尽力できればとの思いで算段を立てていた訳なのだが。

しかしなんだこりゃ?

ギャラリー達の期待に満ちた眼差し、もとい、勝利を確信したような表情は。

ってことはやっぱりあれか?
あの女生徒がたった一人で、ここまでやってのけたってことになるのか?

かのように、俺がどうするもこうするも出来ないでいるなかで、
頭領の男が鋭い唸り声を上げたかと思うと、砂煙が渦巻くように地を蹴った。

475 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 20:29:47.41 ID:u7GLEB/s0

落雷だ。
遥か上空で発光した直後には、地へと到達しているあの現象。
例えるならば、あれに近かった。

男が向かってくるという意志を見せ、一歩目を踏み出した途端、
女生徒が一陣の疾風のように低い姿勢でその懐まで潜り込み、
溜めに溜めた脚力を以って飛翔――男の鳩尾に膝蹴りが炸裂していた。

電光に撃たれたように動きを止めた男の背後に女生徒が流れ込むと、
絡め取った腕を捻り上げ、妙な武術なのか足払いと共に投げ落とし、
グラウンドの上へ叩き付けられた男は大の字を描いて、動作と威勢を失ってしまった。

その立ち合いが幕を下ろした後で、俺は一連の音を認識できたのだ。

「今の、なに?」

俺に聞かれてもな。
これには流石の岡崎も反応を示したようで、

「へぇー」

という平坦な一句を詠みあげていた。
お前はもう少しでいいから、何かを述べるべきだと思うぞ。

482 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 20:50:07.66 ID:u7GLEB/s0

「こらー! 何やっとるんだー!」

今さらながらに登場した教師陣。
その、片が付くまで待っていたのでは?
と疑わざるを得ないほどのタイミングに俺は辟易としながらも、
狼藉者達が再び立ち上がり女生徒へ一挙に襲いかかる、
というまさかの事態に備えて、飛び出せる態勢だけは崩さなかった。
教師との共闘ならば、俺だってノミ程度の役には立てるはずだからな。

だがそれも憂慮だけと終わった。
もはや頭領が倒れ、こいつには敵わないと理解するなり、
士気の下がった狼藉者達は互いを抱え起こしてバイクへと跨って、

「いつまでも良いツラしていられると思うなよ」
捨て台詞を残して散っていった。
ようやくして、抑えられていた衝動が爆発したのだろう。

「智代さぁ〜ん!」
ギャラリーからの歓声が、そこかしこで沸きあがった。遠く離れた校舎側からもだ。

「一体、何者なんだあいつは?」
俺がそう漏らしたのを、隣に居た観客の女子に拾い上げられた。

「誰って、二年生の坂上智代さんですよ、知らないんですか?
 一年のわたしでも知ってるくらい有名なのに。
 才色兼備、文武両道、おまけに人望も厚いという凄い方ですよ!
 この春から転校してきた人なんですけど、数日にして有名人になっちゃったんですからっ!」

熱の入った紹介ありがとう。
しかしこりゃあ、ひょっとすると女生徒から色んな意味で慕われてそうだな。

488 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 21:09:28.31 ID:u7GLEB/s0

事なきを得たのであれば、俺がここに居る理由もない。
騒ぎ出した生徒達と、それを抑え込む教師陣。
そして戦場から悠々と帰ってくる坂上。

それらを認めたところで、俺はこの場からの退散を二人に向け提案した。
もうすぐ授業も始まるしな。

「ま、そうだな」

岡崎も生返事で踵を返したが、
春原だけは依然、坂上を睨みつけていた。
俺は訊ねる。

「どうしたんだ?」

けっ、と春原が毒づいてみせた。

「気に入らないね、ああいうの」
「お前はターンは上手いが、坂上とは実力が違いすぎるからな」
「おいキョン、僕のことを何か勘違いしていないかい?
 巷では眠れる獅子、春原陽平と噂されているけど、実はこの僕のことなんだぜ?」

通り名で本名を語ってどうする。

「へっ、今に覚えてろよ」

どうやら、春原の中に眠っていた要らぬ部分を刺激してしまったらしい。

493 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 21:18:23.19 ID:u7GLEB/s0

二校時目に奇跡が起きた。
その退屈な授業中、俺の陰でせっせと課題の複写に励む岡崎と、
腕組みし、しかめっ面一辺倒で微動だにしない春原。

それぞれが授業中に起きていたのだ!

……って、これくらいで感動しそうになってどうするよ、俺。
どことなく授業を仕切っている教師の顔にも満足感が窺えるものの、
残念、それは貴方の思惑違いですよ。
俺が思うに、要らんことばかりを考えている人間どもですからね、こいつらは。

まあ、俺も先程の出来事が頭の中を駆け巡ってしまい集中できないんだから、
こいつらと全く以って同じなんですが。

そして俺の勘繰り通り、二校時目の休み時間には春原が拳を振りあげたのだ。

497 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 21:31:29.74 ID:u7GLEB/s0

「わかったぜ、岡崎にキョン!」

何がだよ?

「トリックだよ、トリック」

急に何を言いだすんだ、お前は?

「女が男に勝てるわけないでしょうが。だったら答えは簡単だ。
 あれは智代が人気取りの為にバイク野郎どもと示し合せていた、見世物なのさ!」

早くも智代という下の名前で呼ぶ春原の馴れなれしさが、微妙に煩い。
現に、岡崎もさも面倒そうに課題を写す手を止め、

「黙ってろ、俺はいま勉強中なんだからよ」

顔に似合わないどころか漫才のネタなのかと揶揄したくなるような言を、
まあともかく、そういう主旨の冷たい返答をしやがったわけだ。
となると今度は俺に絡む絡む。
妙に磁力を高めたせいで、向き合わせてくっつけると取れなくなる強化磁石のように、
トリックだのなんだのと、俺が顔を逸らす方向へ回り込んでは力説一色。

なんという面倒すぎる性格をしているのだ、こいつは。
休み時間だというのに却って疲れてどうするよ。

513 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 21:48:24.63 ID:u7GLEB/s0

三校時目の授業中にまたもや唸っていた春原は、
チャイムが響いて自由が利くようになると勢いよく立ちあがった。
すると俺に嫌な予感が走るのだ。

「行くぜ、二人とも!」
春原に手を差し出される。

「おう、行ってこい」
「帰りにコーヒー牛乳な、パックのやつ」
俺、岡崎の順で送辞を与えた。

「冷たすぎるだろお前等!」

いい返し方だ。
そういう所は割と好きだぜ。

「ふざけるなよ、僕達は一挙両得だろ!」

多分だとは思うが、一蓮托生無と言いたかったんだろうな。
俺に言い換えさせるなら、一髪千鈞を引きそうな悪寒を感じてはいるが。

「ねぇ〜ねぇ〜岡崎ぃ〜キョン〜」

あーもう、うざったい奴だな。

「よし、春原を頼んだぞ。俺も春原に付き合ってやりたいのは山々だけど、
 どうにも課題で手が離せないので仕方がなくてな……」

おい岡崎、なんだその尤もな顔と言い訳は。
なあ岡崎、ちょっ、春原待て、おい引っ張るな――!

529 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 22:03:29.71 ID:u7GLEB/s0

「じゃあなー、お前等ー」

岡崎が完全に投げやがった。

「って、お前は来ないのかよ!」

一応ながら春原もツッコんでいるが、既に同行の獲物として俺は捕獲されているので、
その顔には嬉しさが一杯に拡がっている。

くそっ、なぜこうなる……!

俺の右手が教室扉から引っぺがされ、最後に目撃できた室内の光景は、
トランプらしきものを携えて岡崎の側へと歩み寄っていく、藤林の姿だった。

春原の奴は俺のネクタイを掴み、
まるで鵜飼のような強引さでぐいぐいと引っ張り続けるので、
俺は抗いようもないまま校舎内で通り過ぎていく人々の視線を、存分に集めてしまった。

しかしだな、今さらながらではあるが。
春原が腕っ節を誇っていたのは、強ち冗談でもないらしい。
こいつは俺より数センチ程度は身長が低いのだ。
体格もガッシリというわけではなく、むしろスリムな方であろう。
なのに俺はこういう現状なわけだ。
やはりスポーツ特待生になれたほど長い間、培ってきたアドバンテージは、
部活動を辞めてしまったあととなっても簡単には立ち消えないようだ。

「智代ちゃん何処?」

春原は、二年の生徒達を捕まえて所在を尋ね、
どうやら彼女がB組であるらしいことを突き止めたようで――

538 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 22:14:50.48 ID:u7GLEB/s0

「なんだお前達、わたしに何か用か?」

春原の金髪を目にしてだろう。
びくと怯えた案内役、B組の男子生徒を春原が解放すると、
代わりに目的となる人物が御登場なすったのだ。
ちなみに案内役には俺から謝っておくと共に、
春原という奴の駄目駄目な人間性を吹き込んでおいた。

「ちょっと面を貸してもらうぜ」

そうこうしているうち、春原が悪役っぷりを如何なく発揮し始める。

「そんな暇はない」

智代、一蹴。

「残念だったな春原。帰ろうぜ、坂上も忙しいところ済まなかった」

俺は春原の肩に手を置いてまっこと遺憾の意を演出してはみたが、
春原のやつも「ハイそうですか」とはいかなかったのだ。

「人気取りも大変そうだな、智代ちゃんよ?」

その一言で身を翻した智代がさらに反回転を決め、

「どういう意味だ?」

艶のある髪をさらりと揺らした。
無論、それに伴った鋭い眼光もだ。

545 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 22:28:39.41 ID:u7GLEB/s0

なんでこうなっちまうのかね。
人は争わなくては生きていけないのか。
嗚呼、無常。

などと俺が、使い古された演出で悲観に浸りたくなるほどに、この場の空気は最悪だ。
とはいえ、火が点いた春原の奴はもう退いてくれそうにはない。
だったらば、春原の足りない言葉で下手に話が拗れるよりも、
俺が代わりに単刀直入として話をつけるのが得策である。

「手を煩わせて申し訳ないとは思っている。それで実はな――」

春原のトリック論やら、坂上に喧嘩を吹っ掛けようとしている旨、
延いてはこいつが馬鹿であるということを掻い摘んで説明していった。

「仕方のない奴だな」
「その通り、こいつは仕方のない奴なんだよ」

智代の呆れに俺も乗ると、

「ちょっと、キョンはどっちの味方なんですかねぇ!?」

と来たもんだ。
俺は言ってやったね。

「女性の味方」
自分で言うのもなんだが、今の俺って割かし様になっていないか?

「お前も仕方の無い奴だな」

しかし智代は嘆息し、我に返った俺は眉間を必死に押さえるのだった。

557 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 22:44:38.50 ID:u7GLEB/s0

人気のない場所へと移動、となれば旧校舎方面だ。
実際、望みどおり人気もないようだしな。

「あと5分程度しかないんだけど、大丈夫か?」

ガラリと空いた廊下で対峙した二人に、俺は問うた。

「問題無い」

智代は自信たっぷりだ。
いや、自信という意志すら見せずに、「いま、微風が吹いたかな?」程度の変化具合。
元スポーツ特待生の金髪に絡まれているというのにこの表情なのだ。
こいつは鋼の心臓でも持っているのか?

「僕も問題ないね。降参するなら今のうちだよ?」

こちらも意気揚揚、心身充溢。
女性相手にその心意気、男として最低の人間だな。

「うるさいよキョン」
「悪かったな」

智代は髪を纏めるべくの黒色カチューシャの位置が気に入らないのか、
俺達のやりとりなど興味なさげにお色直し中であり、やがて。

「やるのは構わない。しかし面倒事にするのはやめて欲しい。
 言い訳の為にも、お前の方から掛かってきてくれ。証言は頼んだぞ、そこのお前?」

智代の眼光を俺が受け止めて頷き、それが合図となったわけだ。

561 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 22:47:15.81 ID:u7GLEB/s0

地の文にミスがあった

×智代
○坂上

571 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 23:03:49.13 ID:u7GLEB/s0

春原とは、勝負事に措いては一切手を抜かない奴らしい。
俺の方を向いて気が逸れていたであろう坂上を認めるなり、
弓を引くが如く、右拳を引き絞りながら駆け寄って行った。
まあその際、

「隙ありぃ〜〜〜!」

などと意味もなく叫んだことで、隙を衝いた意味がなくなったわけではあるが。
ともかく春原の拳は容赦なく坂上の顔面めがけて邁進していき、
俺ですらその容赦の無さに寒気を覚え始めた頃合いのこと。

坂上が旋風を巻いた。

春原の拳を自身の掌で掴むように受け流して軌道を逸らし、くるりと一回転。
相撲でいう引き落としに近い技によってバランスを崩した春原が前へとのめり込み、
身長差があるはずの坂上が春原の背中をとる形。

間断なく、そして一切の無駄な動作もなく、飛び上がっていた坂上が、
竜巻のように中空で転回し、鎌のようにしなった踵を春原の首筋に叩き落としたのだ。

奏でられたのは表現するのも嫌になるような、鈍く重い音だった。

それから二歩、三歩……恐らく十歩程度だろうか。
春原が妙な体勢で有らぬ方向へ走って行ったかと思うと、
足を滑らせた子山羊のように頭から転げ、そのままでんぐり返って地面へと仰向けに倒れ伏した。

ちょっと待てよおい、これってまさかとは思うが……

「ヤっちまったんじゃないのか?」

576 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 23:20:47.82 ID:u7GLEB/s0

「大丈夫だ。手加減はしてあるし急所も外してある」
「しかし見ての通り、ピクリともしないぞ?」
「当然だ。起きあがって粘られでもしたら、授業に遅れる」

数分立てないようにしただけだ、との診察結果を申し渡された。
しかし相変わらず華麗な身のこなしだな。
先手をとった春原の攻撃を防ぎ、そして崩し、さらに反撃。

この間、僅か三秒。

いやいやこれは比喩などではなく、
間近で見届けていた俺ですら状況がよく掴めなかったのだ。
実際、「くるりと一回転」が本当に一回転だったかと四択で問われれば、
俺は解答に躊躇し、オーディエンスなりテレフォンなりを求めることだろう。

「では、わたしは失礼する。
 お前からもこいつに良く言い聞かせておいて欲しい」
「オーケイ、手間取らせて悪かった。
 暴力事件として提訴された折には、この俺が証言台に立つから安心しておいてくれ」

ずっと無表情に近かった坂上だったが、ここにきて控え目にも頬を綻ばせた。

「面白い奴だな、お前は」
「これでも普通であるように心がけているんだけどな」

やがて俺は、風のように去って行く坂上の背を見送っていた。
切れの良い眦、凛とした声。正に清く正しく美しくという評語の具現化形。
あくまでそれは表向きであり、その実は誠に猟奇的。

やれやれ、またクセのありそうな奴と出合っちまったぜ。

581 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 23:31:51.44 ID:u7GLEB/s0

「おい、いい加減に起きろ」

床でオネンネでしている春原のモミアゲを引っ張ると、身を捩らせて反抗の意を示したので、
どうやら春原にはまだ命が宿っているのだと、少しばかりではあるが安堵を覚えた。

で、またもやだ。

「あー……鳴っちまったじゃねぇか畜生……」

四校時目、授業開始のチャイムってわけだ。
こうなると教室へ戻り辛くなることは、前日学んだばかりだというのに。

しまったもんだ。
温情を捨て、春原を近くのロッカーにでも隠匿し、俺だけでも先に戻るべきだった。

「はぁ」

何度目だろうな、俺のため息も。
ここ三日だけでひと月分を使い切りそうだ。

588 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/10(水) 23:50:48.65 ID:u7GLEB/s0

春原が目を覚ましたのは、それから優に十分後のことだ。
結局、俺はこいつを置き去りにする事が出来ず、
取り返しが付かなくなり始めた時間帯まで看病してしまった。
坂上が加減はしたと言えど、もしもの場合も考えられる。
容体が急変して息を引き取ったりなんかすれば、
俺だって寝覚めが悪いもんだし坂上にしたって気の毒なものだ。

そうだ、あんなに優等生で生徒の鏡のように慕われている人間が、
こんな一方的な不幸によって災禍の中へと呑み込まれるなんて間違っている。

ああ、間違っているさ。
自分が原因ならまだしも、一方的で避けられない不幸なんてな。

「どうしたんだ?」

春原はようやくして上体を起こせるようになったらしく、
今一つ優れない声と同時に首を捻ってみせた。

「別に何も」
「なんか怖い顔してなかった?」
「お前の所為で授業に出遅れちまったからだ」

ほどなくして春原は立ち上がると、こう言いやがった。

「油断してたぜ」

どこをどうみりゃそんな口が利けるんだよお前は。
女相手に不意打ちを狙っていたくせに。

591 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 00:00:13.25 ID:aPAdbmbY0

「それで、どうするんだい?」
「サボる」

思わず即答してやったね。
こうなりゃもう、ヤケってやつだ。
それに春原と二人で教室に戻ったりなんかすれば、
必然的にその理由を問われ、春原があらぬこと――坂上との決闘だが、
を滑らせてしまう恐れがある。

忌むべき事態は、避けねばなるまい。
との考えによる俺の機転だったわけだ、先の一言はな。

「お前もだいぶ、板についてきたんじゃないのか?」
「なにが?」
「僕達の世界で生きる術がさ」

笑い掛けるな気色悪い。

「そうカリカリすんなって、いいじゃないか授業くらいさ」
「どこがだよ」
「偶にはパァーっと気晴らしするもんだぜ、真・面・目・くん?」

うぜぇ。

「で、どこで時間を潰そうかねぇ?」
「だったら俺は、昔話シリーズでも読破してやるよ」
「お、いいねぇ!」

着いてくるのかよ。

598 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 00:13:29.34 ID:aPAdbmbY0

じゃあ移動するか、と俺達が踏み出そうとした時だった。

ガタン!
という物音が聴こえたのは。

「なんだ今の音?
 結構近かったみたいだけど」

春原が辺りを見回す。
俺も同様にしてはみたが、探るまでもなく廊下に人気など皆無だ。
というよりだな、

「この中から聴こえなかったか?」

この中というのはつまり、空き教室のことである。
文字通り使われなくなってしまった教室のことだが、
椅子や机などはそのまま、俺達のクラス同様に並べられているはずだ。

摺りガラスで仕切られた窓。
そして閉め切られた出入り口。

いずれにせよ、ここからでは窺えない。
室内に何かが、あるのだろうか?

611 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 00:27:33.64 ID:aPAdbmbY0

鍵は開いていた。
そりゃそうさ、昨日俺が岡崎を捜索しにここへ来た際にも空いていたんだからな。
ほどなく、先陣を切った春原の手によって、滞りもなく扉は開かれたわけだ。

「んー……特に何もないようだけど」
「入口を塞ぐな」
「おう、ごめんよ」

春原を追いやってから俺も室内への進入を果たしたが、結局はこう言ったのだ。

「そうだな、何もない」

昼時の温かな光が、やんわりとした日溜りの空間を創り上げていただけだった。
緩やかに熱せられた空気と、年季の入った室内用具が醸し出す独特の懐かしい臭気。
それらすべてが見事に調和し、あまりにも相俟って俺へと訴えかけてきたため、

「この教室って昼寝するには良さそうだよな」

なんて一端にも口走ってしまった。
今のは無意識下での失言というものだ。
春原なんかに影響されるな、しっかりせねばならんだろうよ。

「うーん、あと何かがありそうだとすれば……」

頭を掻きつつの春原が教室後ろ側へと歩み寄り、

「ここくらいかねぇ?」

ピンと掃除用具入れを指差し、俺に疑問顔を向けてきた。

613 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 00:37:28.30 ID:aPAdbmbY0

「なんでやねん」

俺は関西弁でツッコんでしまった。
だって考えてもみろよ、

「そんなところに何があるっていうんだよ」
「いやぁ、案外そうでもないかもしれないぜ?」

不意に、春原の顔色が一変した。
掃除用具入れのノブに両手をあて、
そのノブ位置が低い為にへっぴり腰という何とも情けない姿ではあるが、
横向きなまま俺へと向けられた春原の表情は、
今まで俺が目にしたことがないほどに真剣さで塗り固められていた。

「どういう意味だ」

情けないことではあるが、思わず俺もその表情に誘われちまったね。
すると春原は低い声を以って呟き、続けざまに語り出したのだ。

「この学校に伝わる伝説――」


――人食いロッカー。

618 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 00:52:28.05 ID:aPAdbmbY0

その昔ね、この学校に一人の生徒がいたのよ。
でね、それでね、その子はとってもお利口で優秀なんだけど、どうにも好き嫌いが多くってさ。
あ、好き嫌いってのは食べ物のことだからね。
鯛焼きとかイチゴサンデーとか牛丼とかアイスとか――

「なんでそう例えに向かなそうな食べ物ばかりを挙げるんだ?」

うるさいよキョン。
せっかくノッてきたんだから、黙って聴いていてくれよ。

「すまん」

とにかく、給食だよ。
困るのはそう、皆と食べる給食の時間なんだよ。
選べないからね、自分じゃ選べないからね?
運ばれた奴は食べなきゃ駄目じゃん、残したらアレだよ、干されるよ?
その子は優秀な生徒だって思われてるのに掌一転、カラッカラのペラッペラに。
それはいけない。それは嫌だ。
当然、思った訳よ。

「ここは高校だろ、なんで給食があるんだ?」

うるさい。三分も掛からないんだから口を閉じていてくれよ。
それともあれですかい?
アンタは常に喋ってないと溺死しちまう鮫ですか?
え、魚類なんですか、えぇ!?

「すまない、俺が悪かった。もう喋らないから気のすむまでやってくれ」


621 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 01:02:18.15 ID:aPAdbmbY0

うぉっほん。
とにかく、その子は駄目だったんだよ。
嫌いな物を食べた途端、全身がブツブツに腫れ上がって他界しちゃうから。

「そっちの――」

え、なに?
いまなにか言おうとしたよね?
なに急に口を閉じちゃったの?
多分だけど、「そっちのほうがホラーだろ」なんて言おうとしなかった?
ねぇ……聴いてた、僕の話?

次、喋ったら全身にブツブツが出来るまで爪楊枝で突っつくからね。

……でね、その子はクラスメイトの眼を盗んではロッカーに嫌いな物を捨て始めたんだよ。
そんなこんなな日々が続いていって、ある日のことさ。
その子は教室に遅くまで残ってて、気が付きゃ一人。
辺りには誰もいなく、日は傾いて暗く、なんとぉ〜も嫌ぁ〜な雰囲気。

するってぇとどうしたことかい?

トントントントンン……
トントントントンン……

聴こえるじゃあないか。
あれぇ〜おかしいなぁ〜どうしたのかなぁ〜……
思ったわけよ。

なぁ〜んか教室の後ろのほうが煩いなぁ〜って。
気になっちゃったわけよ。

623 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 01:11:42.79 ID:aPAdbmbY0

ロッカー。
普段は掃除用具が入っている場所。

そこがどうにも怪しい。
どう考えたって他に物音がして見えない場所はないんだから、
そこしかないんだって確信してさ、でね、それで。

トントントントン……

鳴ってる場所へ向けて、

コツコツコツコツ……

歩いてったわけ。
耳を当ててみると、やっぱりそのなかから音がしてる。
こりゃ間違いない。
今まで自分が嫌いな物の捨ててきたこの場所から、
なにか物音がしてる……。

その子ね、気付いちゃいなかったんだ。
食べ物を与えてたうちにロッカーが味を覚えちゃってたことに。
色んな物を食べるうち、もっと別の新しいものを食べたいなって、そうなってたことに。

でもそんなことを知らなかったからさ、その子。
ロッカーに両手を据えると――

626 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 01:22:40.70 ID:aPAdbmbY0

「わぁぁぁぁああああああああ!!」

うわっ、ロッカーからなんか出て来た。

「ぎゃぁぁあああああああああ!!」

タックルを受けた春原、絶叫。
思わず俺も一歩後ずさっちまった。
早くも春原は腰を抜かして床にヘタリ込んでしまっており……

その頭を叩く、叩く。

ロッカーの中から出て来た奴が、貝を割るラッコのように、
春原の金髪をコッツコッツ、コッツコッツ。
何か非常に硬い物を手にした両手で万遍なく、
そりゃもう春原の頭をかち割ればごちそうが出てくると云わんばかりにだ。

「食べられてしまいますっ、
 風子、自らロッカーのなかに誘い込まれてましたからっ!」

女生徒だった。
相変わらず読解不明な言葉を喚きながら、しかしその手は一向に休めない。
あ、もしかするとこのショックで春原の頭が良くなる可能性もあるな。
俺は少し、傍観していようか。

「助けて、どうかお助けを!
 キュウリを捨てた僕が悪かった、だから食べないでくれぇ〜!」

お前、捨てたことがあるのかよ。

632 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 01:33:46.18 ID:aPAdbmbY0

無限ループ。
放っておけば何時まで経っても終わらない拷問。
流石に俺も、春原が気の毒に思えてきていた。
先程、坂上に受けた首への一撃と重なって、致命傷へ至る可能性もあるからだ。
なので妙に小柄な女生徒の手に握られていた、謎の凶器を抜き取り、
そのあとで訊ねた。

「なにをやっているんだ?」

無反応。
というより、俺が視界に入っていないらしい。

「おい、もう凶器はないんだからその手はいい加減に止めないか?」

口で言っても駄目だろうと踏んだので、今度は両手を拘束し、
女生徒と目線の高さを合わせてから問い掛けた。
この目線を合わせるというのは、一ノ瀬の時に学ばされた技術だがな。

「モミアゲお化けですっ!」

なんだこいつは。
イヤイヤと両手を振りほどき、さらに背中に手を回したかと思うと――

目線を合わせるべく姿勢を低くしていた俺の頭上から、
新たに抜きだされた凶器第二号が振り下ろされていた。

639 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 01:45:12.14 ID:aPAdbmbY0

火花が散った。

同時に、世界中の電灯が落とされたかのように視界が暗がりに落ち始め、
今まで感じられていた音や、自分自身の体感覚が、次第に遠いものへと変わっていった。

ゴツリゴツリと、容赦なく何度も襲い来る衝撃。
でもなんだかそれが心地良い。

これを払いのけるのが一般論であり常識だとしても、
自分がそれを望むのならば、それはそれで自身に措いては正論なのだ。
故にこのままでいい。

それになんだか体が重いし、
仮に抗おうとしたところで手足一本を動かすのすら億劫というもの。

いいじゃん、これで。
バイバイ、皆。

「ってキョン! しっかりしろよ!」

誰だい君は?
もう、僕のことは放っておいてくれよ。

「なんか一人称が変わっちゃってるんですけどー!」

642 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 01:55:54.74 ID:aPAdbmbY0

数分後。

「アンタ、打たれ弱すぎでしょ?」

床に胡坐をかいて座る春原が、やや心配そうに言った。

「俺は造りが普通だからな。むしろ、お前の方が丈夫すぎんだよ」

俺も足を崩して床にヘタっている。
まったく、まだ頭がズキズキしやがるぜ。

「それで、お前はなんなんだ?」

春原が話を振ったのは、先ほどロッカーの中にいた小さな女生徒へ向けてである。
今は落ち着きを取り戻したようで、床に正座し、それによって反省の色を示しているようだ。

「最悪ですっ!」

全然違った、ちっとも反省してやがらねぇ。
こりゃあ人を凶器で殴る危険性について、長々と小言を垂れねばなるまい。

646 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 02:11:01.33 ID:aPAdbmbY0

俺が十七年近くの間に溜め込んできた知識、経験、失敗、美談。
それらと共に感じてきた心境や、明日を生きる方法論。
さらには持論と一般論を御多分に混ぜ込み、展開させ、
最終的に自己PRを加えたことで、俺の話は終章を迎えた。

「すげぇ、すげぇよキョン……」

お前が感心してどうする。
肝心の女生徒はというと、

「何が言いたいのか全然わかりませんでしたが、取りあえずありがとうございました」

その容姿通りの子供染みた声で、
これまた生意気にもそっぽを向いてツンとした猫のような風体を以って、
心が微塵も篭っていない謝意を述べてくれやがった。
感心できんな、

「少しくらい反省したらどうだ。
 少なくとも、頭を下げるべきなのがどちらかという事くらい判断が付くだろう?」
「風子は、怖い話を聴かせてきた、こっちの変な頭が悪いと思います」

ピッ、と春原を指差してみせる。

「まあ、そいつが悪い奴であることは坂上の件で明白ではあるが、」
「うるさいよ!」
「ともかく、俺は一般人だ。ならどうするべきだと思うか?」

風子が悩む。
別に悩むほどのことじゃないと思うんだがな。

652 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 02:25:59.96 ID:aPAdbmbY0

やがて女生徒は肩を竦め、
小さな体をより縮めてから俯き加減に囁いた。

「ごめんなさい」

口を尖らせての、聴きとるのにも苦労する弱々しさ。

「よし、許す」

俺は特にあれこれとは言わず、それを認めることにした。
こいつがどんな奴なのか知り得てはいないが、
謝罪するだけににこれだけの時間を要したことから察すれば、
これがこいつなりの精一杯であることは明白だ。
だったら、とやかく言うのも気の毒というもの。

それに体格的に、そして性格的に見ても、
中学に入りたてである俺の妹並に幼いので、強く責めるのも気が引ける。
俺は妹思いだって言っただろ?

ともかく、俺は女生徒の頭を撫でてみた。
そうしたほうが良いように思えたからだ。

「軽々しく触らないでください」

そして手厳しい反撃を受けた。

656 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 02:41:24.39 ID:aPAdbmbY0

ようやく必要なことが済んだので、次の段階へと移ることにする。
いや、考えてもみればこれを初めに訊ねるべきだったのだろうが、
どうもこの学校では時間の枠に対してフリーダムな人間が俺を含めて多すぎたため、
一般常識からくる感覚が麻痺していたのかもしれない。

かくして、俺は訊ねた。

「どうしてお前は、授業中だというのにこんな場所に居るんだ?」
「それは風子のほうが訊きたいです。
 どうしてあなた達は、授業中だというのにここにいるんですか?」

質問を質問で返すなよ。
まあいい、先攻も後攻も変わるまいて。
と考え、俺は春原を指差してから答えた。

「俺はこいつに巻き込まれて、成るべくしてなっちまったんだよ」
「やっぱり、変な頭の人は悪い人です」
「そうだ、その認識は正しいぞ」

春原が割って入る。

「アンタら二人して僕に怨みでもあるんですかねぇ!?」
「俺はあるぞ。転入後三日目にして、晴れて二回目のサボりを果たしたんだからな」
「風子もあります。怖い話を聴かされました」

春原は悶絶し、それきり黙りこくった。

658 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 03:01:52.64 ID:aPAdbmbY0

「それでもう一度訊くが、どうして授業中に?」

女生徒は瞳を右往左往させ、膝上に重ねた両手の指が落ち着かなく蠢き、
ありありと動揺の色を振り撒いたあとで一言。

「教室を間違えました」
「お前、その言い訳を考える為だけに数秒も時間を使ったのか?」
「酷い人です。風子のことを信用しないなんて、酷すぎます」
「おいおい、ここは旧校舎だぞ?
 どこの世界を探せば、自分の教室を探し間違えた末に、校舎ごと間違える奴がいるんだよ」
「ここに居ます」

女生徒が、今度は自分を指差した。
いや、それを認めれば言い訳は真となれど、代わりに多大な犠牲を払うことになると思うんだが。


660 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 03:11:20.91 ID:aPAdbmbY0

しかし、それもこの際は放っておこう。

「で、なんだこれは?」

俺は女生徒が携えていた凶器、もとい星を拾い上げた。
形が星なだけでありその造りは木製で、所々が不格好で歪になっており、
表面には彫刻刀などで削り取った際に出来る独特の模様が走っている。
などと俺が観察に耽っていたところ、女生徒が俺の手から星を奪い取り、
同じくしてその表情が喜色満面に一転した。

「ヒトデですっ」

……はい?

「これは風子がヒトデへの溢れるような想いをこめて彫りました。
 ヒトデは良いものなんです、とってもとっても良い物でそれはもう……」

おい、お前大丈夫か?
おーい、笑顔のまま固まっちまってぞー?

「反応ないね」

春原が呟いたので俺は身を乗り出し、
開けっ放しとなっている女生徒の眼前で指を振ってみるも、
その瞳が一切つられることはなかった。

「こりゃ、遠い世界へ旅立っちまったようだな」

にしてもだ。結構怖いんだぞ、制止した笑顔って。
無駄にいい笑顔なだけに余計にな。

665 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 03:22:18.33 ID:aPAdbmbY0

どうしたものかと思案したのだが、
これといって良い解決法も思い浮かばなかった為に、
俺達は最終手段を用いることとした。

「待とう」
「おう」

春原も同意すると立ち上がり、
「じゃあ、キョンに任せるよ」
と教室から出ていく。

「ちょっと待てよ、お前はどうする気だ?」
「いや、喉が乾いちゃったしさ、ジュースでもと思って」
「なんだ気が利くじゃないか」
「なんですか、その僕が奢らなきゃならないような空気は!」
「ジョークだから怒るなって。
 後でちゃんと払うから代わりに買ってきてくれ、見張りはやっておくから」

へーい、と残して春原が出ていったことで、
空き教室内には俺と、彫刻と化した女生徒の二人だけとなった。
やることもないので、なんとなくその表情を窺ってみる。

……この上なく満面な笑みが、そこに張り付いていた。

おい、冗談抜きに恐いぞ。
生きた人間が物音一つ起こさずに、笑顔で固まっているんだからな。
どこかの国の門番じゃああるまいし、冗談だとしたらそろそろ辞めて欲しい。

切実に願う。

671 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 03:40:08.33 ID:aPAdbmbY0

「ただいまー。
 優しい僕は、その子の分も買ってきてやったぜ」

春原が戻ってきたというのに依然、進展なし。
にしてもなんだよこの紙パックジュースは。
どろり濃厚なんて、口にするには少しばかり躊躇しそうな文字が書いてあるではないか。

「まだ固まってんの、この子?
 いっそ、こいつで叩けば目を覚ますんじゃない?」

仕返しとばかりに春原が”ヒトデ”を持ち上げたので、
俺はストローを突き刺す動作を中断するほど慌て、その手を制止させた。

「そう慌てるなって。僕だって女の子相手に手はあげないさ」
「ほんの小一時間前、坂上に全力で向かっていったお前が何をいうか」
「勘違いしないでほしいな、あの時の僕は全力じゃなかったんだぞ。
 それにアレは女とは思えないくらい強いのは確かだし、
 女だと思って僕が油断さえしなければ……」

春原が何かに思い当たったらしい。
念仏のように、

「女じゃない、女じゃない、女じゃない……」

何度も繰り返し、ようやく終結点についたのか叫んだ。

「そうか、そうだったのか!」

謎が解けたらしいが、俺は面倒だったので訊ねないことにしておいた。
うん、意外といけるな、このジュース。

675 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 04:00:53.41 ID:aPAdbmbY0

俺がジュースを飲み終えるほど時間が過ぎても、状況は全く以って好転せず。
また、春原が見せた珍しき施しによって用意された女生徒ぶんのジュースも、
外気温との差で汗をかき始めていた。

でだ。

魔が差した、というべきか。
ふと、俺はその女生徒用のジュースで何か出来ないか――いや、違うぜ。
その紙パックジュースの液体を、ストローを介して鼻の中へと注入し、
延いては鼻から口、口から喉、喉から胃へと流し込んでみたい、という衝動に襲われた。

テレビなどで目にしたことはあるが、
実際に鼻から飲料物を摂取できるのかと問われれば、それは怪しいものだ。
もしかすると、アレはテレビが創り上げた都市伝説なのかもしれないからな。
そうだ、そうかもしれない。
つまりは今ここで俺が女生徒とジュースを用いた実験を行うのは後学の為でもあり、
今後の発展に向けての偉大なる一歩ともなるはずである。

小さな一歩。
しかし偉大な一歩。

俺は、やるぜ?

676 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 04:02:41.41 ID:aPAdbmbY0

「待てよキョン、それはその子の分だぞ?
 僕って結構怖がらせちまったみたいだし、これで水に流して貰おうって思ってんだからよ」
「まあまあ、考えてもみろよ。
 このままこいつが目覚めるまで待ってちゃ、折角のジュースが温くなっちまう。
 やっぱり美味いものは最高のコンディションで味わうべきだろ?」
「えっと、そりゃ言われてみればそうかもしれないな……」
「なら、鮮度が落ちる前にだ。要するにいますぐ飲ませてあげるのが道理ってもんだろう」
「なーるほど、お前って頭いいよな」

へへっ、春原程度を丸めこむのは余裕だぜ。

「ちょっと待てよキョン、なんで鼻からなんだ?」
「呼吸が停止したり重症な人間には、鼻からチューブを通して薬液なりを打つだろ?
 これはアレの応用でな、こいつの停止状態ではこうするしかないんだよ」
「やっぱ頭いいな、お前」

ちょろいもんだぜ。

679 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 04:10:39.24 ID:aPAdbmbY0

セット完了。
深々と突き刺さったストローが、その時を待つ俺の期待で震えていた。
あとは、この紙パックを握るだけ。
ほんのちょっとだけでいい。
あと少し俺の右手に力を込めれば、それで結果へと導かれる。

高みへと登れる!

「覚悟はいいか、春原?」
「なんの覚悟だよ」
「よし、良いらしいな」
「僕、何も言ってないんすけど」

助手の了解も得て、GOサインも獲得。
さあいくぜ。

「喰らえっ!」

俺はひと思いに紙パックを握りしめた。

683 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 04:25:46.82 ID:aPAdbmbY0

「あうっ!」

ああっ、こいつ動き出しやがった!
もう少しだったのに。

「なんですか、なんなんですか!?
 なんだか鼻がムズムズしてますっ!」

小振りに咳を一つ、女生徒は取り出したハンカチで入念に鼻周りを拭いていた。
俺はその様子を観察し、絶望感に打ち拉がられながらも一縷の想いを抱いて訊ねてみる。

「飲めたか?」
「……なんのことですか?」

くそっ、俺の負けだ!
俺は高みへとは登れなかったんだ。
結局は岸壁へと弾かれ、叩き落とされた若輩の一身。
所詮は凡人、その域を超えることはできなかったのだ。

「お前、喰らえとか言わなかったか?」

春原が不信感露わにしていた。

「気のせいだ」
「そうだったのか?
 なんかお前、時々人が変わったようになるから、見てて怖く思うことがあるんだけど」
「これからは気を付けておく。
 ほれ、春原からの差し入れだ。これで水に流してほしいとのことだ」

俺が女生徒にジュースを手渡すと、女生徒は眉を潜めつつも受け取ってくれたようだった。

685 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 04:46:31.44 ID:aPAdbmbY0

さてと。
一通りのことを話し終わってはみたが、そういえばまだだったな。

「僕は春原陽平、こっちはキョンな」

お前、また勝手に人の仇名を広めやがって。
まあいい、今さらどうこう言う気力すらないさ。

「キョン……外国の方でしたかっ!」
「違うに決まってるだろ」
「変な名前です! 変な名前の人ですっ!」
「復唱しなくとも伝わっている。落ち着け」

すぐにヒートアップしてしまいそうな女生徒を宥め、
それから俺は相手の名前を求めた。
とはいえ、さっきから何度も口にしている一人称が恐らく、名前であろうがな。

「わかりました」

と、何故か気合いを入れるように両手をぎゅっと握ってみせ、
立ち上がってはほどよく離れた位置まで歩いていき、くるりとスカートを翻してピタリと向き直った。
それに連れ、毛量が多く長い髪が揺れ、
背中ほどで流れを一つに纏めた大きく特徴的なリボンが、ふわりと風に舞った。

女生徒は意外にも思えるほどに行儀良く、両手を前で重ねてからハキハキと述べた。

「伊吹、風子です。風の子と書いてフウコです。気軽に風子と呼んでくださいっ!」

ペコリと精一杯に思えるほに頭を下げ、髪が遊ぶほどの勢いで元に直ると、
やはり高校生には思えないほどに幼い顔で、しかし可愛らしく笑った。

692 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 05:02:22.19 ID:aPAdbmbY0

風の子か。
言われてみりゃあ、正にイメージ通りだな。

「なんか、今の部分だけやけにしっかりしてたように思えたんだけど」

春原がぼやいた。俺も同感だ。
所謂、やればできるってタイプなのだろうか。
って、なんだかフーフー言っていようだが大丈夫か?

「緊張しました」
「どうしてだよ」

問いかけた春原に、風子が平らな胸を撫で下ろしながら返した。

「緊張するんだから緊張するんです。だから仕方がないんです」
「さっきまで僕達と普通に話したり、暴れたり、固まったりしてたくせに」
「風子、話もしましたし、多少なりともは暴れもしました。
 それは認めてさしあげましょう。ですけど、固まってはいません!」

変なところで意固地な奴だ。
なんにせよ名前を知っちまったもんは仕方がない。

「よろしくな、風子」
「……」

少しばかり迷うような仕草を見せた風子は、数瞬のあとに決心したようで。

「はい、よろしくです! 変な人達!」

大声で俺達を変人呼ばわりしてきやがった。

696 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール7日・9日投票[] 投稿日:2008/12/11(木) 05:28:15.30 ID:aPAdbmbY0

これでまた、『クセのある人物集』に記念すべき1ページが刻みこまれたのだ。
俺はちいとも嬉しくはないがな。
おっと、風子が何かを言わんと口を開いたぞ。

「風子、わかってしまいました。お二人ともは、なんだか爪弾き者っぽいです。
 そこはかとなく匂ってくる言葉の荒々しさが、
 その駄目っぽさに可憐な一連の華を添えているといった感じです」

意味がよく分からない表現技法を織り交ぜるな。
しかし春原は当然として、俺の言葉が荒々しいだと?

……言われて思い返してもみれば、確かにそうかもしれない。
岡崎、春原の両名と行動しているうちに、
多少なりとも口調や言動が移ってしまったという自覚が俺にもある。
そうだ、転入初日はもっとマトモだったはずだ。

いや、マトモってなんだよ。
それではまるで、今の俺が狂っているとでも言わんばかりじゃないか。

ともかくだ、もう少しくらいは控え目であったようには思える。
うーむ、いかん。なんだかんだで授業をサボっているし、トラブルは断続的に招くし、
そして今もこうやって呑気に話し込んでいたわけだ。

改めて自重し、自戒せねばなるまい。

「おっとと、そろそろ昼休みになりそうだね」
春原が背伸びするように床から立ち上がり、埃を払ってから続けた。
「んじゃまあ、ぼちぼち戻って昼飯とシケ込みましょうか」

そうだな、俺も特に異存は無いぞ。腹が減って鳴りそうだ。

967 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/13(土) 03:23:19.04 ID:yImU7by80

ありゃ?
三日経ったからてっきり落ちてると思ってたが、三日ルールまた消えてたのか
まあいいや、スレの容量も少ないから現状と予定だけ手短に書いておく

1.パー速はつまらんから次もvip
2.しかし、今すぐ建てた所で書き続けるのに十分な時間がとれない(保守頻度が高くなる)
3.ゴールは一応見えてはいる(でなきゃ線を張れ訳ない)が、道のりが遥か遠く曲折

大体こんな感じ
なので後日って形になるとは思うけど、飽きて投げないという保障は出来ない
そんときゃ>>886>>921>>924辺りの優秀な人達に任せる
で、CLANNADの原作知ってる人にゃ予想がつくだろうけど、次は岡崎が廊下から中庭を見下ろすイベントだね
せめてそこまで書いて登場人物を揃えておきたかったんだけど、間に合わなかったのが正直残念なところ

という訳で、長い間保守させちゃってすまんかった
縁があったらまた今度、それと便座カバー

972 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/13(土) 03:45:17.56 ID:yImU7by80

そうだった書き忘れてたよ
スレッドタイトルは既存のスレタイに、

CLANNAD another side plus KYON

を縮めて足して、

キョン「ここが私立光坂高等学校か…」 (CLANNAD Ans.+ KYON)

みたいになると思う
原作ですら名前が出ていない”光坂高等学校”じゃCLANNADって判り難いからね
あくまで大体そんな感じってことで、
”CLANNAD”と”キョン”は絶対入れるつもりだからそれで検索して貰えればおk

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 00:51:19.46 ID:DS7gQuyB0

                             //  \ l __\-――‐- .
                                ,|| -―‐.:.ヘ|.:.:.:,、:.\:.:.:.:.:.:.:.:.`丶
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                            /,. -ァ|'´/:.:.:/.:/.:.:.:.i.:.:.|:.:.:.\.:\.:.:.
                         ///.:.:!/.:.:.:.:/.:.:./.:.:.:.:.:';:.:.|:\.:.:.:.:.:.:\
                          〃 /.:.:.:..:ハ:.:.:/.:.:.:.ハ.:.:.:.:.:ヽ|.:..:.ヽ.:.:.:.:.:.:.:
                      /' /.:.:.:./.:.:.:.:V:.:.:.:.:.l.:.:!.:.:.:.:.:l.:l.:.:..:.:.:ヽ.:.:.:.:.:.
                          /.:.:.:./.:.:.:.:.:/、.:.:.:./l.:.|.:.:.:.:.:|.:.l.:.:}.:.:.:.:.\.:.:.:
                            l:.:.:./.:!.:.:.:./.:l.:.`メ、レ'ヘ.:.:.:.:|、:ト、ヽ.:.:_ - 、.:.:
                            |:.:.:.|:.:|:.:.:.:|:.:.l:.:.メ 、 \ V:.:.| ヾ-‐ ´ \.:.:.:.:
                            l:.:./l:∧.:.:.|:.:.l:.:.l弋歹` V:.|   弋Z歹\:.:      ハ〜イ毎度ありぃ〜
                , '⌒ヽ、        レ  リ l.:.:|、ハ {      ヽ|          ,ヘ
            /    ,. -ヽ             |:.:.| \V     i        /_ノ
     __     | 、    ノ__           ヽ:l  ハ     '       /:.:./         ご来店ありやとぉ〜ございやす
 /´    `ヽ._/   `ー/´  ヽ._           / \  r_==-、     ,.イ/レ'、
/            \  /       / `ヽ、      /   l >'´/ー-‐'  /'   r
{        ,.     y′     /   /ヽ ̄ ̄ ̄ 7 , -、| `'’ヽ、 _ .. ´ /,    ハ
丶. _ .. -‐ ヘ    /       /    /   }    / /  |}         / {    ハ
          ヽ            /    /   l、    / /   /|、      / 人  ,′
           ` ー、                ハ   ,′/ i / l \.    / / / ノ\
            ヽ.__         /! |  l /   l \ ト、 `>‐ュ' ´  / 〈
              / 丶--―‐-- ´ /  ト、 |/    l   ゙| \{  } //   ヽ

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:00:09.67 ID:DS7gQuyB0

突然の転機。

雑多な事情を抱えた俺は、一路、妹や飼い猫ともども引っ越すこととなり、

高校生活三年目の春にして私立光坂高等学校へ転入することが決まった。

元の街からは遠く離れ、ほどよく田舎染みたこの街で、

真面目に、そして無難に過ごしていこうという俺の思惑とは裏腹に、

登校三日目にして早くも二回目の授業怠慢を働いてしまっているこの現状。

願わずして出会ってしまった一癖も二癖もある輩達。

やれやれ、どうなることやら。

この調子じゃあ先が思いやられるね、まったく。



CLANNAD another side plus KYON


キョン「ここが私立光坂高等学校か…」
ttp://jfk.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1228747891/

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:01:41.56 ID:DS7gQuyB0

昼休みの訪れを告げるチャイムまではまだ十数分ばかりあるが、
昨日も同じ時間帯に校舎内部を練り歩いていた俺にいわせれば、
それをわざわざ待っている必要性も然しては感じられないというものである。
要は俺の初志と反して、感覚的には着々と現状に適応し始めているということらしい。
加えて、午前中だけで色々ありすぎたせいで空腹は限界、あれこれ考えているよりも先に腹を満たしておきたい。
自分でもどんどん駄目な方向へ突き進んでいるような気がするのは、まあこの際捨て置いておくとしよう。

「どこで食べる?
 って、訊いても学食か、もしくはパンを買って教室かしかないけどな」

空き教室から出たばかりの静かな廊下で、間を埋める雑談がわりの質問。
なんの意味もないその問いに、春原も「何を今さら」との様子で答える。

「やっぱり学食だろ、今なら空いているだろうしね」

ま、そうなるだろうな。

「風子も異存はありません。
 ですが、しいて言うなればパンの方が好みですからパンにするべきです」
「ちょっと待て、なんでお前が話に入ってくる」
「何を言うんですか。風子もお腹が空いたからに決まってます!」

御尤もな顔で意見を主張してきた風子に、俺は意表を衝かれたね。
なんでこいつが付いてくるんだよってな。
そのように考えたのは、どうやら俺だけでなく春原もだったらしい。
奴は面倒そうな顔を二倍近く面倒にして、風子へと言い聞かせたのだ。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:04:13.20 ID:DS7gQuyB0

「あのな、僕達とお前はなんの関係もないの。たまたまここで会っただけだ。
 真面目くんは真面目くんらしく、一年生教室でお仲間達とじゃれ合ってな」

恐らく、風子の容姿が金髪を携えている自分とは大きく違ったからであろう。
春原は言うなり、右手で「しっ、しっ」と払う仕草を見せた。
しかしだな、俺だって春原に真面目くんと呼ばれている訳で、
その俺を完全に失念しているとは、こいつの論理展開は普段の動向と同じく穴だらけということになるぞ。

「おいキョン、なんか僕を蔑むような眼をしていないか?」
「勘違いだろ。きっと、腹が減ったからそういう目付きになっていたんだよ。
 俺は腹が減ると顔に出易いと人に言われるからな」
「なるほどな、僕も前々からそう思っていたんだ」

なにがなるほどだ、嘘をつけ。解っていた様に適当なことをいうな。
お前と飯を食ったことなんて、生涯、昨日一日だけしかないじゃないか。
しかも俺が半分ほどを平らげた頃に、悠々と遅刻して現れやがったくせに。

「……やっぱり、僕を馬鹿にしてない?」
「それはお前の気のせいだ」

などと不毛な議論を終えてから気がついたんだが、風子がいやに大人しかったのだ。
つい先ほどまでのヤンチャな振る舞いとは打って変わっての電池が切れたような沈黙。
それを目にした春原も、怪談話の件で風子を脅してしまったことを反省していたのか、
若干ながらも焦燥感を抱きはじめたようで、やや困惑気味に窺い始めている。
意外だな、春原がそういう顔をするとは。
こいつは見掛けによらず案外優しかったりするのだろうか?

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:06:39.23 ID:DS7gQuyB0

「春原、顔が気持ち悪いぞ」

思わず言ってしまったのは不可抗力というものである。

「うるせぇよ、目付きの悪いモミアゲなんかに言われたくはないね」
「お前が似合わない表情なんかをするからだ」
「何がだよ!? どういう意味だよ!?」
「お前が醸し出す優しさの匂いを嗅ぐと、どうにも背筋が寒くなってしまう」
「なぁキョン、僕のことを何か勘違いしていないかい?」

またそのセリフかよ。
坂上の時は俺の予想通りにお前は伸されたから、勘違いしていたのはお前のようだったが。

「これでも僕は妹思いで名が通っていてね、小さな女の子には優しくするタチなんだよ」

妹想いを自ら公言する兄とは痛い奴だな。
……あ、俺もだった。他人のふりを見て我がふりを直さねば。

「でもその割には、こいつと一年違いの坂上へ容赦なしに殴り掛かっていた気もするが」
「お前は馬鹿だなぁー。あいつは女じゃないんだよ。僕はそれを見抜いてしまったのさ」

また訳のわからないことを。

「にしてもだ、春原に妹がいるだと?」
「まぁな」
「大変そうだな――」
「ああ、手間のかかる奴さ」
「妹さんが」
「やっぱり僕を馬鹿にしてるだろっ!?」

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:09:36.16 ID:DS7gQuyB0

一応ながらも俺が謝罪の意を示すと、
ふん、と鼻を鳴らしてから春原は逸れた話を纏めに掛かった。

「とにかく、そういうことだから。お前は一年なんだから真面目くん達とキャッキャウフフやるといいさ」
「そうだぞ、でなきゃ春原みたいになるからな」
「いちいち一言多いんすよアンタは! 岡崎の親戚かよッ!」

だが春原の言葉には頷ける。
誇っていたはずの部活動から追い出され、勉学からも落ちこぼれ、クラスどころか学校中から疎まれ、
完全に居場所を失ってしまったという、こいつの経緯を浅はかながらも知っていれば、
その短い言に含まれた真意も読み解ける。
一年生が何を好んで、この入学直後という時期にサボりを働いているのか。
そしてそれを行っているのが、春原や岡崎とは正反対の位置にいるであろう小柄な女生徒。

このままでは、僕の二の舞になるぞ。

短く有触れた言葉に隠された、春原なりの警笛……
なんてものは俺が極限まで独善的に解釈した結果であり、
従って春原はそういう奴なのだ、などと早合点してしてしまうのは愚策というものである。
大体、春原はそこまで考え込める人間じゃあないしな。
ここ三日ばかりの行動結果と印象を見てりゃあ後者の方が正しいだろうというのは歴然だ。

一方、風子のとった行動はこうだ。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:12:09.65 ID:DS7gQuyB0

「…………」

沈黙の訴え。
オマケに、ぷくーっと頬を膨らませては、不満露わに俺を睨んでくるのだ。
やれやれ、小学生かよ。昔の俺の妹を思い出すじゃないか。
そういえば最近のあいつはだいぶ合理生が身についてきた気がするぜ。
いつからか毎朝の日課であった寝起きのニードロップも無くなっていたからな。
俺としてはそれが嬉しくもあり寂しくもあるような。
って、そんな思い出に浸っていても仕様がない。

早いところ、こいつのトゲトゲしい視線をどうにかせねばならんだろう。
このまま歩くたびに跡をつけ回されては、どうにも居心地が悪いしな。

「よし分かったよ、お前もこい」

それを伝えた直後、風子が膨らめていた頬を戻し、にんまりな愛嬌モードへと豹変した。
いいだろう別に、昼食を一緒に摂るくらいは。減るもんじゃあないしな。
春原の奴も先程の視線を浴びるのが嫌なのか、溜息一歩手前で肩を竦めているだけのようだし。

「急がないと学生食堂が混んでしまいますっ!」

ぴょんと跳ねて一足先を歩きだした風子に、俺達は手招かれる。

「それから、風子のことは”お前”ではなく、風子と呼んでください!」

細かく口煩い奴ではあるが、ちゃんとしていれば可愛いもんじゃないか。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:14:49.17 ID:DS7gQuyB0

階段を降りた直後。

「おっ?」
「ありゃ?」

疑問を発したのは俺、春原の二人。

「よお」

悪びれもなく返してきたのは、なぜか図書室方面から現れた岡崎。

「何をやっているんだよ? お前、授業はどうした?」
「ああ、あれな……」

岡崎が手にしていたノートと、俺のノート(数学の課題を済ませたやつだ)を見せ、

「授業中に写していたらな、教師にイチャモンつけられちまってよ。
 面倒になったんで抜けてきてやった。ここなら邪魔も入らずやり易いってもんだろ?」

なにやってんだよお前は。
珍しく一校時目から授業に顔を見せていたから、俺や藤林共々感心していたってのに……。

「まあいいじゃねぇか、お前だってサボってたんだから細かいことは言うなって」

俺は仕方がなかったんだよ、春原のせいでな。
それにしても度し難い奴だ、こいつらは。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:18:24.08 ID:DS7gQuyB0

「ところで、そのちっこい奴は何だ?」

岡崎が指差したのは、いつの間にか俺の背後へ隠れて様子を窺っていた風子のようだ。

「まあ、さっきちょっと知り合ったんだよ」
「こんなナリして授業抜けてやがったんだぜ、こいつ」

春原が補足した。
ほれ、と俺が風子の背中を押すと、風子はよたよたと前へ歩み出ていき、
おっかなびっくりにも先例に倣って両手を組み合わせたあとで自己紹介を始めた。

「一年B組の伊吹、風子です。風の子と書いてフウコです。気軽に風子と呼んでくださいっ!」

ペコリ、とお辞儀。
大きなリボンが再び舞った。

「なんだこいつ?」

いいから岡崎も名乗っておけ。風子に喚きだされると面倒だ。

「ちっ……岡崎朋也。三年D組。そこの二人と同じクラスな」

相変わらずぶっきらぼうな奴だ。

「よろしくです、変な人!」

こっちも相変わらずだな。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:23:40.44 ID:DS7gQuyB0

「あ、そうでした!」

風子がハッとしたように顔をあげる。
それからゴソゴソと何かを探り、

「よろしければ、風子のお友達になってくださいっ!」

アレを差し出してきた。
俺と岡崎へ向けてだ。

「なんだこりゃ?」

岡崎が半ば押し付けられる形で受け取った木彫りの星を眺める。
俺も同様、正直言って一分も嬉しくはないが、断ると面倒な事になると判っているので受け取っておく。

「それはとてもよいものです」
「星でも模して創ったのか? やけに不格好だな」
「違います、お星様じゃありません。なんで風子が星を彫らなきゃいけないんですか。
 大体、星ならもっと丸い形をしているはずです。それが不格好なのはリアルさを追求した為なんです」
「いや、俺にそうあたられてもな……じゃあ、これはなんなんだよ?」
「その言葉を待っていました。それはですね――むぐっ!?」

次なる事態を予測していた俺は、慌てて風子の口をふさぐ。
ここでヒトデ議論を始められるとまたもや機能停止に陥ってしまう。話題を変えねば。

「その話は後だ。取りあえず今は学食へ……って、これが邪魔だな」

贈呈されたばかりの木製ヒトデを眺め、俺は想像してみた。
俺や岡崎がヒトデを抱えて人混みの中を練り歩くという図をだ。
おい、気味が悪いぞ。周りからは頭でもトチ狂ったのかと後ろ指を差され兼ねないくらいにな。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:29:11.58 ID:DS7gQuyB0

ならこうするしかないだろう。

「春原、すまんが学食の席を取っておいてくれ。俺と岡崎は一旦教室に戻る」

それに岡崎の奴は課題という荷物も持っていることだしな。

「え、僕が?」
「お前のせいで俺は授業を受けれなかったんだぞ。それくらいは埋め合わせてくれ」
「へいへい、わかったよ。にしても僕の分のそれはないのか?」

ヒトデが欲しいのかよ。

「まだ二個だけしか用意できていませんでした。お望みなら、今度にでも差し上げましょう」
「別に欲しくもないね」
「そういうこと言う人、風子、嫌いです」
「嫌いで結構。だいたいお前はなぁ――」

またまた言い争いを始めそうになる二人へ向け、俺は腕時計を示して伝える。

「二人とも、急がないと授業が終わっちまう。学食の席が埋まる前に頼むぞ」

ふと思ったが、サボった授業が終わることを焦っている俺って、端から見ればどうなんだろうな。
完全に何かを見失っている気がするんだが。
まあいいや、春原も了解してくれたようだし。

「わかったわかった、こっちは僕と風子に任せときな」
「それなりに期待しておいてください」

言い合いながらも春原は風子と肩を並べて歩き始めた。その様子がなんとなく兄妹に見えんこともない。
さて、こっちもこっちで教室に戻るとしよう。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:31:44.62 ID:DS7gQuyB0

道中。
チャイムがならなければ教室へは入れないので、俺と岡崎は遅歩みになっており、
それを待つべくの暇潰しがてらに訊ねてみることにした。

「図書室ってことは、また一ノ瀬が居たのか?」
「いたな」
「どうだった、例によって無反応か?」

俺の問いに対し岡崎は若干考えるように窮し、
その様子から俺は、言葉にするのも微妙な具合だったのだと悟った。

「そうかやっぱりか。しかし授業に出なくていいのかねぇ、あいつは」
「いや、その点についてなら問題ないらしい」

岡崎、即答。

「どうして?」
「小耳に挟んだんだけど、あいつは成績がずば抜けて良いらしい。
 必要最低限の授業出席数さえ取ってあれば、あとは自主学習ってことで教師共々黙認だとよ。
 現に、お前から借りていた数学の課題だってな、間違っている部分を瞬間的に指摘してきたぜ。
 まあ解説されたところで俺には全然、理解できなかったんだけどな」

なんてこった。俺達とは違って授業怠慢を許された人間なのかよ。
どうりで浮世離れしたような匂いを感じた訳だ。
つくづく、特殊な人間が揃っている学校だと認めざるを得なくなってきたぞ。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:34:31.14 ID:DS7gQuyB0

「そうそう、春原と智代の勝負はどうなったんだ?」

今度は岡崎が訪ねてきたので、俺は溜息と苦笑交じりに答えた。

「三秒だった」
「やっぱりな」

どちらが敗者なのかは言わずして伝わったようだ。

「藤林の占いでは春原が圧勝と出ていたんだけど、何か怪しいと思ったんだよ」
「占い?」
「そうだ、占いだ。藤林が俺の前まで歩いて来たかと思えば突然、床にトランプをぶちまけてな。
 何をやるかと思えばそれをじっと眺めて……その結果で占うという意味不明な占いだった」

そういえば俺が教室から連れ去られる際、藤林がトランプを持ってたっけ。
あいつにはそんな趣味があるのか。らしいと言えばらしい気もするけどな。

「暇だったら今度お前も占って貰ったらどうだ?
 女の子は遺伝子レベルで占いが好きだとかなんとか、珍しく強気に主張していたし」

そういった類は信じないことにしているんだが、

「暇だったら頼んでみるさ」

親睦を深める意味でならそれも悪くはないだろう。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:36:50.85 ID:DS7gQuyB0

チャイムが鳴った。
念の為、俺達の教室から教師が出ていくのを確認したあとで室内へと入ったところ、
心なしか生徒達の視線を集めているような感触に包まれた。
ヒトデのせいだろうか。それとも授業を抜けていたせいだろうか。或いは、それらとは別の何かが要因か。

「ところで、これは何なんだ?」

岡崎がヒトデをお手玉にし、残像が見える程に勢いよく回転させている。

「さあな。心の籠もった贈り物ってことで大事にしてやれ」

それが星ではなくヒトデであるということは、なんとなく面白そうなので黙っておこう。

「かさ張るから邪魔なんだけどな、これ。結構でかいし」
「だったら岡崎はゴミ箱にでも捨てるのか?」
「そうしてもいいけど、貰ったばかりの物を捨てるってのも気の毒だろ」
「まあな、俺もそう思う」

との結論に達し、互いに鞄の中へと放り込むことにしておいた。
家にでも飾っておけばシャミセンの爪砥ぎには使えるかもしれない。

「さて、そんじゃまぁ学食にでも行くか」
「そうだな」

ざわめき出した教室を後にする。
そのかつては耳慣れていた筈の喧騒が、俺には何故だか遠いものに感じられた。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:43:46.11 ID:DS7gQuyB0

教室から出た直後だ。
学食へ向かう途中にふと、窓から階下を窺った岡崎が、その足を止めていた。
窓の下には中庭があるはずではあるが?
怪訝に思い、俺も岡崎に並んで視線の先を探ってみると。

……居た。

あいつだ。
坂の少女。
俺が転校初日にして出会った、あの気弱そうな女生徒。
誰も彼もが過ぎ去り、遅刻の時間帯となり始めた坂の途中で、
一人取り残されたように佇んでいた女の子。

あいつが居た。

陽光が注ぎ、数多くの生徒達が和気靄靄と昼食に勤しんでいるなか、
たった一人で大木が植えられている花壇に腰を掛けていた。
何かを懸命に食べていた。
またも、周りから取り残されていた。

「あいつ――!」

岡崎が駆けだした。

「おい、どうする気だ!?」

俺は呼び止める。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:47:21.76 ID:DS7gQuyB0

「……何が?」

岡崎が威勢よく振り向く。
その仕草からは焦りの色が僅かに感じられる。

「何がと聞かれても困るが、あいつの所へ行くのか?」
「ああ」
「どうして?」

岡崎は黙り込んだ。
けれども数瞬の後に短い回答を呈してきたのだ。

「知るか」

それは今朝方、坂上の喧嘩騒動に駆け付ける時に俺が発したものと同様の動機だった。
だからこそ俺は何も問わないことにし、その代わりとしてこう返した。

「お前って、変わってるよな」
「……」

またも瞬間的に黙考へと浸った岡崎は、やがて至極、真っ当な貌で切り返してきた。

「お前に言われちゃ世話がないだろ。俺や春原に係ってくる、真面目くんに言われちゃあな」

じゃあな、春原には適当な用事で誤魔化しといてくれ。
岡崎は振り返りざまにそう残すと足早に去っていった。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:50:20.27 ID:DS7gQuyB0

俺は中庭の女生徒を眺めながら考え始める。

俺に言われちゃ世話がない、だって?

どういう意味だよ。
しかし、その答えは案外単純なものだった。
一番のキカッケは昨日の学食での出来事だ。
あの時、給仕係のおばちゃんは俺を見て何と言った?

――おや、不良仲間が増えたのかい岡崎くん?

初めて相対したというのにあれだ。
さらにその後にはこうだ。

――あんまり悪さはしないようにね

別れ際にも同種の文句。
岡崎と一緒に居ただけで躊躇なく貼られた印象。

不良というレッテル。

そういうことかよ。
頭の良い連中なら間違いなくそれを避け、同族とされることを嫌う。
現に、俺達がいるクラスどころか、学校中に居る生徒が岡崎達に対してそう思える行動を取っている。
まあ、その原因には当然のごとく、春原(岡崎は知らんが)の素行の悪さも含まれているのだろうが。

やれやれ。
一番面倒そうな厄介事とは、俺の一番身近にいた奴が諸手に抱えていたらしいな。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:53:15.87 ID:DS7gQuyB0

「なにやってんの?」

軽い口調の、俺にとっては嫌な声が聴こえた。
振り向く。

「黄昏てんの? こんな昼間っから?」

思った通り、杏だった。

「そんな訳あるかよ」
「じゃあ、こんなに人通りが多い場所で何してんのよ?」

口で説明するのも面倒だったので俺が中庭の女生徒を指差すと、
ちょうど岡崎がインターバル中の陸上選手のように走り寄っていくのが見て取れた。

「……朋也?」
「その通り」
「誰よ、あの子?」
「知らん」

それきり黙りこんでしまった杏は、状況を森閑として見守り始める。
俺は下二人の様子も気になったのだが……それ以上に、どうしてだろうか。

普段とは一線を画し、黙然として視線を外さない杏の様子に興味を惹かれていた。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:55:30.07 ID:DS7gQuyB0

いや、正しくは。
ある種の予感を悟ってしまったというべきなのか。
その杏が持っていた視線の色に、どうにも見覚えがあったからだ。

「意外だな」
「何がよ?」
「お前が黙り込むことがあるなんて」

勿論、俺は杏がなんたるかを知り得ている訳ではない。
ましてや出会って一日と半日程度であり、従って親しい間柄ということでも当然ながらない。
しかし、初対面時のこいつの態度からは、沈黙なんて想像し得なかったから先のように口にしたのだ。

「そんなの、あたしの勝手でしょ」

ここにきてようやく、杏が俺の方へと向き直った。
微妙に成分が違うものの、いつもと同じく媚びなど一切含まれないその強い眼差し。
頼む。そういう視線は俺へと向けないでくれ。

「待って」

反射的に踵を返そうとした俺だったが、すぐさま背後から呼び止められてしまった。
できれば無視で通したいところであるが、こいつの性格上そうもいかないのは俺も解っている。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 01:58:19.84 ID:DS7gQuyB0

「今度はなんだ?」
「アンタさ、あの子と話したことはある?」
「一言程度なら」
「だったら、今すぐ下へ行きなさい」
「お前が自分で行けばいいだろ?」
「それでもいいけど……」

暫し沈黙。

「やっぱあたしじゃ駄目」
「何故?」
「面倒くさいからよ」

言葉通り気怠そうに呟き、再び沈黙。
その視線も元に直って中庭へと注がれている。
くそっ、好き勝手に言いやがって。

「これは貸しだからな」

他に答えようがなかった。
今の杏を前にしては承諾以外の選択を、俺は、選べなかったのだ。
正確には、承諾することを俺自らが選んだともいえる。

「あたしに貸しだなんて随分と大きく出たものね。悪いけど、あたしって忘れっぽいのよねぇ〜」
「実は俺もなんだよ。この分じゃあ放課後には、忘れているだろうな」

その意味のない交渉を動機として、俺は足早に階下を目指すことが決まった。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 02:06:06.64 ID:DS7gQuyB0

青々とした空から注いでくる光と明るい声で、中庭は隆々と満たされていた。
その談笑一杯の世界から切り取られ孤立したように並んでいた二人は、嫌でも俺の目に留まることになった。

坂の少女。
そして、その少女の頭に手を乗せている岡崎。

校舎の出入り口付近にいる俺は、さっきまで俺と杏がいた場所である階上の窓を探ってみた。
杏がいた。俺には目もくれず、微動だにもせず、その様子を見つめていた。
俺はそれから視線を逸らすと努めて偶然を装い……
って、偶然もひったくれもないのは岡崎相手にゃバレバレだがな、
とにかくそういった演技を意味もなく振りまきながら二人の元へ歩み寄って一言。

「よお」

もっと気の利いたことは言えないのか。
自身のボキャブラリーの少なさを恨みながらも、それだけを伝える。

岡崎が振り向く。
少女も振り向く。

「あなたは……」

少女の第一声と同時、ざぁっと吹いた風で大木が揺れ、木漏れ日が踊り、やがては凪いだ。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 02:11:09.18 ID:DS7gQuyB0

「あの、先日はどうもありがとうございました」

手にしていたパンを縁に置いてから腰を上げ、急ぐように頭を下げられた。
伴って、肩までのピン止めしたセミショートの髪が揺れ、
体質から来るものだと思える、やや赤味がかっている髪色が木漏れ日に当たり一層に色めきをみせる。
別に、俺は礼を言われることをしたような覚えはない。
俺がした事といえば、腕時計を見せ、時刻を示した程度のほんの些細なことだ。

「お陰様で助かっちゃいました」

えへへ、と頬を綻ばせられる。

なんなのだろうかこの雰囲気は。
どうしようもなく、ありきたりだ。
他の誰も彼もと比べると、そう、俺のクラスに所属している全ての人間と比べて、
なんの遜色もなく、逆に特色もない。
見た目も地味で、気弱で、引っ込み思案そうで、大人しそうな外見。
特にこれといって秀でた特徴が感じられない。

だが、それらがこのようにして一目で伝わってくるほど、裏表がない人の良さという雰囲気を纏っている。

ただ一つだけ気に掛かった点を挙げるとするならば、女生徒は、か弱かった。
身体的だけでなく、内面から滲み出ている何かがだ。
強風に晒されれば折れてしまう小枝のように、消えてしまう灯火のように。

何かが決定的に、頼りなかった。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 02:17:06.99 ID:DS7gQuyB0

「お前も結局はここへ来たのか」

岡崎が「やれやれ」といった様子で首を捻っていた。

「まあな」
「お前なら、そうするだろうと思ったよ」
「そうかい」

杏のことは口にすべきでないと悟り、俺は噤んだ。
すると、女生徒が継ぎ手を取る。

「あの、わたし、三年B組の古河渚っていいます。よろしくお願いします」

突然の自己紹介。それを柔らかな物腰で丁寧に述べられた。
どうしたものかと迷った俺も無意識的にそのような態度をとってしまい、丁寧に氏名とクラスを伝えた。

「こいつのことはキョンって呼んでやりゃあいい。本名じゃあ、伝わらないからな」

すさかず岡崎が余計なことを付け足しやがった。
いっそのこと俺の本名をキョンにでもしちまおうか。

「面白いニックネームなんですね。由来なんかがあったりするのでしょうか?」
「最初の名付け親は俺の祖母だったかな。まあ、色々あって」
「そうなんですか」
「そうなんです」

どうしてこの相手は、こうにも距離を感じてしまう敬語で話すのだろうか。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 02:19:24.04 ID:DS7gQuyB0

いや、それ以上の疑問点がある。
なのにそれを訊ねるのは憚られてしまう。

なにを目的として、一人きりで中庭にいるのか?

だからといって、その疑問を投げかけるのは流石に酷な気がする。
そうならざるを得ない状況だからこそ、そうなっているのだろうから。

「それで、さっきの続きだけどな」

岡崎だ。

「どうするんだ?」
「……」

なんの話だ?

「ああ、こいつな……
 そのさ、俺はさっき、どうしてこんな場所に一人で居たのか訊ねたんだよ」

お前はもう少し空気を読め。
と、これは俺の内なる声である。

「それでな……」
「あの、わたしが話します」

古河が取って替わる。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 02:22:29.47 ID:DS7gQuyB0

「この学校は、好きですか?」

俺が入学してきた日と何ら変わらないフレーズ。
しかしあの時とは違い、今度は俺へと真っ直ぐに向けた質問のようである。
俺は僅かだけ考えた後、正直に回答した。

「二日前に転入してきたばかりだから何とも言えない。でも、嫌いじゃない」
「えと、それでしたら前の学校は?」

前の学校か。まさか、そうくるとはね。

「どうだろうな」
「そうですか」

古河が溜息のように間をとってから続ける。

「わたしは、好きです」
それはこの前にも聞いた気がする。
「でも、なにもかも……変わらずにはいられないです。楽しいこととか、うれしいこととか、ぜんぶ」

この会話を眺めていた岡崎が再び横やりを入れる。

「って、そこからやり直してどうするんだよお前は。その先から入ればいいじゃないか」
「そうでしたか?」
「アホの子かお前は」

どうやら岡崎によって古河の特徴が一つ、発掘された瞬間らしい。
古河はアホの子のようだ。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 02:25:01.37 ID:DS7gQuyB0

「それで、結論から言うとなんなんだ?」

紆余曲折しそうな会話を避けるべく、俺は岡崎に向け単刀直入に訴えてみる。

「ああ、こいつな……っと、言ってもいいか?」

岡崎が古河へ了解を求めると古河はこくりと頷き、
それによって再び、岡崎は言を取り直した。

「ダブってんだよ」
「ってことは、留年か?」
「そう、留年」

意外過ぎた単語だった。
真面目で堅実そうな女生徒が、留年?
まさかとは思うが、

「実は喧嘩に明け暮れていたとかか?」
「馬鹿かお前、こいつがそんな奴に見えるのかよ」
「見えんな」

俺が即座に掌を返すと、岡崎は内緒話をするように声のトーンを落とした。

「体が弱いんだとよ。去年はそれで長期的に休んじまって、出席日数が……ってことらしい」

それが、か弱さの正体だったのか。
赤味がかった髪色とも加えて、そう理由付けられると妙に納得できてしまう。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 02:29:33.24 ID:DS7gQuyB0

続いて古河。

「それで、今年こそはと思って復学したのですが。
 この学校には、わたしの知っている人達は、もう……」

三年生か。
この真面目な学校に措いて留年する奴なんて、それこそ稀有なもんだろう。
つまりはそこで足を滑らせてしまえば、同期の奴等なんて文字通り人っ子一人いなくなっちまう。
誰だって他人の為に残ろうなんて考え、持つはずがない。置き去りにしてさよならだ。本人がそのように願わずともな。
さらにはだ、留年したやつが次年度の面識のない相手と一緒のクラスにされたって、
岡崎や春原がクラスで高い壁を崩せないよう、今の時期においてわざわざ御近付になろうって奴もいないと推測できる。
現に転校生という多大なアドバンテージを持っていた俺だって、
能動的に声を掛けて来てくれたのは委員長の藤林くらいのもんだ。
その後、俺は積極的にクラスの奴等に話し掛けたからそれなりの関係は築けたものの、
古河のように消極的、さらにはそこにダブりという後ろめたさが加われば――

俺だって二の足を踏んじまうかもしれない。

「だけどさ、そう深く考える必要もないんじゃないのか?」

岡崎が左掌を返して空へと向け、

「ほら、あそこでお前を見てる奴等がいるだろ? 明るく笑い掛けりゃあ打ち解けられるさ」

それから校舎の階上を指差した。
俺はそれに釣られつつも無意識のうちに杏の姿を探していたが、もう、その姿は何処にも見当たらなかった。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 02:34:11.53 ID:DS7gQuyB0

「ほら、手でも振ってみたらどうだ?」
「え、えと」

岡崎に言われ、古河がゆるりと手を振ってみる。
直後、その生徒達はそっぽを向いて消え去ってしまった。

「あっ……」
「ま、まぁこういうこともあるさ……」

気不味っ!
余計な思い付きを言うもんじゃあないぜ、岡崎。

「お前うるせぇよ、そういう手前にゃ何か考えがあんのか?」
「部活に入るとか」
「今さら入ってどうすんだよ、運動部の三年は引退試合間近じゃねぇか」
「ま、まあそうだけどな」

ここで古河。

「実は、部活動に入ろうと考えていました」

ほ、ほらな。俺の言った通りだろう?

「お前って、ほんと調子いいよな。春原の親族か?」
「お前ほどじゃあない。あと先程、その春原にお前の親戚認定を受けたところだ」
「そうかい」
「そうだい。で、古河はなんの部活に?」

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 02:38:13.14 ID:DS7gQuyB0

古河がやや恥ずかしそうに呟いた。

「演劇部です」

俺と岡崎、唖然。
演劇といえば人前に出てナンボの世界だ。
なのに消極的そうな古河が、そのスポットライト差す舞台へ出向こうとは何事なんだろうか。

しかし一つ憂慮すべきなのは。俺は知っていたのだ。
前日、岡崎を探しにいった時に目にした光景。演劇部室がどうなっていたのかを。
雑多に荷物が積み上げられ、床は埃まみれになり、そこには人の気配がなかったことを。
恐らく、今現在は廃部しているであろうことを。

俺は知っていた。けれども口にすることはできなかった。
沈鬱としていた古河が僅かばかりであるが、夢を語る子供のように明るく微笑んでみせたからである。

「そうか、そりゃあ面白そうだな」

だから俺は嘘を吐いた。それがすぐに暴かれる仮初の甘言であろうとも。
その事実を知るまでは古河が前向きな気持ちでいられるのなら、それを瞬間的に潰す必要もないと考えたのだ。

「部活ねぇ……」

岡崎が呟く。
なぜだか露骨に嫌そうな顔をしている。

「あの、わたしにはやっぱり似合わないでしょうか?」

その岡崎の様子に、古河も不安顔へと移り変わる。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 02:40:52.65 ID:DS7gQuyB0

だが。

「ま、いいんじゃないのか?」

岡崎は投げ遣りにも思える調子で結論を下した。
さらに、はぁ、と息を吐いてからもう一言。

「見つければいいだけだろ。なんにせよ、な。
 次の楽しいこととか、うれしいこととか。そういったもんをさ。
 お前にとっての楽しいことは、一つだけじゃないんだろ? 違うよな」

そう語った後で、岡崎はやはり怪訝な顔をみせていた。
まるで自分自身に解せないという想いを抱いているかのように。

「……はい、そうなのかもしれません。いえ、そう、思います」

けれども古河は直向に頷いてみせた。
弱々しくも、その瞳には決意の光が灯っている。
その瞬間に俺は、また一つ古河の特徴を垣間見たような気がした。

こいつは限りなく脆い。
だがその反面、決して折れそうにはない。

見掛けとは相容れない芯の強さ。
錯覚なのかもしれないが、少なくとも俺は、そう感じ取っていた。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 02:45:28.30 ID:DS7gQuyB0


っと、ここで俺は当初の目的に思い当たっちまった。
俺は腹が減っていたんだ。そして春原と風子に席を取っておくよう命じたままだ。

「そろそろ学食に行かなきゃならん」
「あーそういや、春原達も待ってるんだろうなー」

岡崎はなんとも悠長な様子だ。
古河も先ほど縁に置いたパンを再びその手に収め、俺達を窺っている。

「岡崎はどうするんだ?」
「俺か?」

思案。
そして。

「俺はいいや。さっき図書室に行った時さ、ことみから少し分けて貰ったからな。
 まあ、適当なパンでも買っといてくれりゃあそれでいい」
「そうかい。後で金は払えよ?」
「わかってるよ、春原じゃないんだしな」

流石に今し方の話を聞かされたあと、古河を独りにするのは気が引けるからな。
岡崎が居てくれたので(空気を読んでくれたのだろうが)こちらとしても助かったというものだ。
にしても、一ノ瀬には図書室で飯を食うなとあれ程……。

「じゃあな、二人とも」
「おう」
「はい、また」

こうして俺は、二人と別れた。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 03:15:23.55 ID:DS7gQuyB0

いい加減に腹が減りすぎて胃痛がしそうだとの思いで学食まで辿り着くと、
これまたおっそろしく混んでいやがった。当たり前か。昼休みの中ほどだしな。
えーと、金髪は一体……あ、見つけた。目障りな髪色も、こんな時には役に立ってくれるらしい。

「おっす」

片手で挨拶をする。

「遅い!」
「遅いです!」

ユニゾンだ。さらに、

「このちっこい奴と二人だけで食べるの、恥ずかしかったんだぞ!?」
「この変な頭の人と二人だけで食べるのって、恥ずかしかったんですよ!?」

同種の罵倒。それも互いに互いをだ。
まあ悪いのは俺なので謝らなくてはな。

「すまん、急な野暮用で遅れた」
「岡崎は?」
「あいつはちょっとした用事だ」

それを期にまたも二人して、

「これだから岡崎は」
「これだから岡崎さんは」

春原はわかるが、風子。面識を持ったばかりのお前が何を知ったように言うか。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 03:18:43.74 ID:DS7gQuyB0

それから俺は昼食を選ぶべく食券販売機を眺めてはみたが、残念ながらその殆どに赤字が灯っていた。
選択権なし。売り切れか。ロクなもんがないぞ。
なんとか残っているのは、この”日替わりおにぎりセット(味噌汁と沢庵ついてます)”のみ。
仕方がない、これでいいか。
おばちゃん頼むぜ。

「はいよ、今日はまた別のお仲間かい?」
「まあ、ちょっとした知り合いってものですよ」
「そうかい。フライングしてくる人は、そんなに居ないからねぇ」
「でしょうね」

世間話を交わしつつも、パンコーナーで売れ残っている物から品定めし、岡崎用にとコッペパンを購入した。
俺はどちらかというと米派なので、出来ることならばパンは避けておきたい。
しかしどうして、おにぎりセットは売れ残っていたのだろうか。

「はいよ、おにぎりセット。今日の具材はアボガドよ。
 売れ残ってたし、たっぷり入れておいたからね」

それが原因かよ。
なんて挑戦的な具材を入れやがるんだ。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 03:24:25.59 ID:DS7gQuyB0

「おにぎりセットとはチャレンジャーだな」

春原がニヤリと笑う。

「何か知っているのか?」
「ここの学食に措いてのおにぎりセットは、実験食だからね。
 昔、口にした生徒達が次々と倒れたという噂があるくらいに」
「危なすぎるじゃねぇか」
「ちなみにこれ、光坂七不思議のうちのひとつ、食虫食堂だから」

よくもまあ嘘臭い話を次から次へと。
というか、人喰いロッカーのネタをまだ引っ張ってやがったのか。
その調子じゃあ、残る五つの内にトンデモナイ物が出てきそうな気がするぜ。
とはいえ頼んでしまったものは食さねばならない。
まずは一口。

「どう?」

春原が興味深々。
風子も固唾を飲んでいる。

「……如何ともしがたい」

中途半端。
案外、それが一番困ったりもするものだ。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 03:26:33.87 ID:DS7gQuyB0

さて、今から昼食タイムに入る俺が、待たせていた二人を尻目に無言で食べるのも流石に気不味い。
とのことで、既に食べきっていた春原の食器を見ながら訊ねた。

「お前はまたカレーなのか?」
「まあね、ここのカレーは折り紙つきだから。値段も安いし量も多いし」
「なぜかグリーンピースだけ皿の端に除けられているのが気に掛かるな」
「僕は嫌いなんだよ、グリーンピースが。鼻の穴に詰めて遠くへ飛ばしてやりたいくらいだ」

いろんな意味で器用な奴だ。しかしだな、食べ物を粗末にするんじゃあないぞ。
やがて春原と一通りの会話が終わると、次はパンを齧っていた風子を主眼へ捉える。

「お前はパン派なのか?」
「しいて言うなればです」

なぜ意味もなく誇らしげに胸を張る?
淋しい胸を張ったところで、自分が寂しくなるだけなのに。

「そうか、俺は米派なんだよな」
「だからなんなんですか?」
「いや、特に意味はないけど」

話の流れを容赦なく堰き止められてしまった。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 03:32:10.91 ID:DS7gQuyB0

と思いきや、風子が勝手に語りだす。

「和食が嫌いというわけではありません。パンが好きなだけです。
 風子は昔からよくパンを食べていましたから。アレはいいものです」
「へぇー、どうして?」

本心を述べれば大して興味はないが、またも流れを立ち切らては話題に困る。
だから俺は相槌で繋ぐことにした。

「面白い形をしていますし、甘いですし、ふんわりしていますし、他にも良い所を挙げれば切りがありません。
 なにより美味しいんですから、それだけで十分です。でもハズレもありますが」
「ハズレ?」
「そうです、ハズレです。とても画期的で酷く壊滅的な味でした。
 パン屋の人が売れ残ったものをオマケとして付け足してくれるのですが、それらは大体危ないんです」

食の安全が叫ばれる昨今であるが、パン分野においてもそれは変わらずなのかもしれない。
しかし風子の話がいやに具体的だな。

「ここらの近場にパン屋でもあるのか?」
「あります。そこから風子のお姉ちゃんがよく買ってきてくれるんです。そして毎回、ハズレを掴まされます。
 買おうとした量の2倍近くのオマケを渡されれば、それがハズレを示すサインなんです」

恐ろしいパン屋だな。そんなにハズレを量産して一体何がしたいんだろうか。
無謀なチャレンジ精神からくる実験食のなれの果てか、それとも単なる悪意からか。
どっちにしたって逆に興味を惹かれてしまうような、危ない魅力すらも感じるぞ。

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 03:38:08.47 ID:DS7gQuyB0

そうこうしているうちに。

「ごちそうさまでした」

風子が律義に手を合わせた。
変なところで礼儀正しいやつである。

「それじゃあ、そろそろ僕達は教室へ戻るか」
「そうだな」

席を立って春原と共に食器を片付けていると、またも給仕のおばちゃんに茶化されたので、
弁解するのも面倒だと思った俺は受け流し続けることでその場を凌いだ。

「じゃあな、風子。ちゃんと午後の授業は受けろよ」
「そうだそうだー」
「春原、お前もだ」
「へぇーい」

風子は春原の態度が不服だったのが眉を顰めて睨み返し、
それを合図として俺達と風子は別々の方向へと別れた。

春原と二人になった俺は、教室へ戻るついでに坂上の件で春原に釘を刺しに掛かる。
だが一向に聞く耳を持ってくれなかったのは、言うまでもないことなのであった。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 03:41:33.52 ID:DS7gQuyB0

昼休みも残り僅かとなった教室に戻ると、
涼しい顔をした岡崎のやつが喧騒から取り残されたように自席で頬杖をついていた。
すぐさま春原が質問を投げかける。

「お前、どこに行ってたんだ?」
「ちょっとな」

平然と茶を濁す岡崎の態度を見た俺は、岡崎が古河のことは隠す方針を採ったのだと悟り、
頼まれていたコッペパンを渡すついでに口を挟んだ。

「こいつはな、さっきの授業を抜け出していただろ?
 あれが原因で、昼休みになって教師に呼ばれていたんだよ」
「ま、そういうこと。って、コッペパンかよ……」
「遅れた所為でそれしかなかったんだよ。俺だって実験食で我慢したんだから文句言うな」
「そりゃそうか。サンキューな」

ぴっ、と手首を捻りつつの端的な感謝。
古河のことも含めて「ナイスアシスト」、ということなのだろう。
ところでだ、

「春原、お前は数学の課題をやらなくていいのか?」
「五時間目だっけ? いいのいいの、あんなもん」
「テストで駄目なお前はこういう所で稼いでおかなきゃ、後で泣きをみることになるぞ?」
「そんなもんは後で考えるさ。明日から本気出す」

典型的なダメ人間思考だ、こいつ。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 03:45:24.15 ID:DS7gQuyB0

さらに俺。

「しっかし、よくもお前等ってそれで三年に上がれたよな。
 藤林に聞いた感じでは二年どころか一年の頃から危なかったんだろ?」

春原が笑う。

「一年の頃は緩いから、割と適当でも進級できるのさ。
 途中までは部活をやってた頃でもあったし、それの恩恵ってのもあるだろうけどね」
「だったら二年は?」
「二年はそれなり危なかったなっ!」

春原が岡崎へ陽気に笑い掛け、岡崎も「だったな」と笑い合う。
おいおい、もう少し危機感は持ってくれよ。奔走している委員長の藤林が気の毒すぎるじゃねぇか。

「それなら、二年の時はどんな魔法を使ったんだ? カンニングとかか?」
「カンニングはリスクが大きすぎるだろ。ほら、ここってさ……」

春原が意味ありげに辺りへ視線を振り撒く。
なるほど。怨まれている自分らは他の生徒からも見張られているから、その目を掻い潜るのは不可能ってか。
アルバイトの時と同様だな。あ、そういや俺もアルバイトを探している最中だったんだ。
なら、下校途中にでも雑誌なり募集チラシなりを探してみるか。小さな町だから果たして都合よく見つかるかは不明だが。
おっと、思考が逸れてしまった。

「だとしたら尚更、二年の時はどうやって?」

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 03:49:09.68 ID:DS7gQuyB0

「煩い奴がいたんだよ」

春原がぼそりと呟く。その声がやけに小さい。まるで何かを警戒しているようだ。
それに取って代わり、岡崎が頬杖のままに続ける。

「二年の時に俺達と同じクラスだった学級委員長だよ。
 そいつが留年しない程度にゃ勉強しろと煩くてな。テスト前なんかになると御叮嚀にも先生気どり。
 というより、そこらの先生以上に熱が入っていたから、ある意味では本物の先生だったと言えるのかも」

将来、本当に先生になったりしてな。
そのように付け加えてから岡崎は再び苦笑した。

「誰なんだ、その奇特な委員長ってのは?」

俺は春原へと向けて訊ねた。すると。

「杏」

短い一言。
ああ、だからお前は声を落としていたのか。下手に騒ぐとメアリーさんが来ちまうもんな。

そういや、よくよく考えればこれで繋がったわけだ。
前に藤林が「去年のお姉ちゃんなら何事も上手くやっていたのに」と漏らしていたが、
つまるところ杏のやつは二年次における藤林ポジションだったわけで、
それを妹の藤林が引き継いだことで現在のような関係が出来上がっているんだな。

この調子じゃあ杏ですら手を焼いただろうし、つくづく藤林の立ち位置には同情を禁じ得ない。
俺がその負担を幾許かでも減らしてやれればいいんだけど。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 03:52:22.60 ID:DS7gQuyB0

五校時目を告げるチャイムが鳴りはじめた。
昼休みで湧いていた教室も、数学という重要にして避けたい科目を前にして、
瞬く間にしゅんと静まり返っていくのが伝わってきた。
まだ教師が現れていないというのにこのお膳立ての良さ。
やっぱりこの学校はお堅いなと再三認識させられる。

相も変わらずなのは、のんびりと複写済みの課題を用意する岡崎と、
「さて、智代をどうやって出し抜いてやるかな」
と、またもや不毛な争いを生み出すべく奸策し始めた春原くらいのものである。

それらを目にした俺は、またも溜息が洩れてしまった。

やれやれ、授業時間の方が心安らぐ俺もどうかと思うぜ?

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 03:57:19.64 ID:DS7gQuyB0

それからは特に問題もなく進み、時間が飛んで放課後となる。

「じゃあな」

俺は早々に席を立つ。と、すぐさま春原が絡み付いてくる。

「待てよー、今から智代んとこへ勝負を付けにいくんだからよー」
「だから、坂上は迷惑そうにしているって言っただろうが」
「僕が油断していたにせよ、負けたままじゃ男が廃るだろー?」
「もう救いようがないほどに廃り切っているだろうが。とにかく、今度は岡崎に頼め」

俺は言うなり岡崎を窺ってみたのだが、奴は無表情のままに返してきたのだ。
「悪い、俺は用があるんだ。昼の続き」
昼の続き、ともなれば古河関連だろう。何かあったのか?
俺だって演劇部のことで気に掛かっていたところだし……なら、岡崎を駆りたてるのは避けておくべきだろう。

「そうかい」

岡崎に残して俺は歩き出し、溢れる人波を縫いつつ玄関へと至り、
それでも尚、付かず離れずだった春原へ向け、しっかりと靴を履き替え終えてから言ってやった。

「じゃあな」
「って、来ないのかよっ!」
そのセリフも2回目だな。
「坂上はやめてくれと言ってたんだ。俺はお前に注意もした。従って、俺がお前に付き添わにゃならん謂れはない。
 それに俺だってバイトを探すという死活問題を抱えてんだ。やるなら一人で責任を持て。男なんだろ?」

適当に御託を並べたてて春原を黙らせ、相手が攻勢に移るよりも早く、俺はその場を後にした。

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 04:03:40.84 ID:DS7gQuyB0


なんこったい。困った。お手上げだ。
懸念してはいたものの、この小さな街においてはアルバイト情報誌など意味をなさないらしい。
さらには求人広告などという割と身近な物ですら機能していそうにない塩梅。
となると、自発的に探さなければならないことになるのであるが、
俺はこれまでにアルバイトをやって来た経験がないので、それを探すアテが付けられないのだ。

それでも、いくつかの有効な手段は思い浮かぶ。

そのなかでの最適解は、他人からの紹介である。
が、この街へ来て間もない俺にはそんなコミュニティなど毛頭ない。
そればかりか街の地理すらも把握できていないので、どこに働ける場所がありそうかの見当も無し。
まさに現状は暗夜行路といった状態。

いや、俺は諦めないぜ?

ようやくにして探し当てたコンビニへ入店。
その際、「コンビニなのに閉店時間が存在する」という都市伝説が脳裏を過ぎったものの、
あれはやはり都市伝説だったのだと俺が心底からの安堵を憶えたことを一応ながらも明記しておく。
で、だ。俺は真っ先にレジにいたおっさんへ訊ねてみた。

「すみません。アルバイトを探しているのですが、ここは募集をされていたりはしないのでしょうか?」
「ウチ? んー……今はやってないね。人手も足りてるからさ。ついさっきも断ったばかりなんだ」
「そうですか、ありがとうございました」
「君って高校生?」
「ええ、越してきたばかりでして」
「引っ越しか……大変そうだけど、ま、がんばんなよ。ほれ、これでも飲んどけ」

断られ、励まされ、さらには商品棚から持ち出したホットコーヒーを手渡される。
俺は遠慮したものの「いいから」と笑顔で念を押されたので、丁重に礼を述べてから退店した。

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 04:09:43.94 ID:DS7gQuyB0

初対面の人に御裾分けするのは、俺が元居た街じゃありえないよな。
これは田舎だと割と普通な行為なのだろうか……
などと俺が人口密度による街人心理の差異について推察しつつ、
店先に出てから頂いたコーヒーに口を付けていると。

「はぁ」

俺の隣で同種のコーヒーを飲んでいた若い人が溜息を洩らしていた。
肩掛けのバッグを背負い、その手には履歴書が握られている。
そういえば店の人が「断ったばかり」だと言ってたっけ。

「あの、もしかしてアルバイトを?」
「えっ? ……あ、はい」

なんとなく親近感が沸いたので話し掛けてみたところ、どぎまぎと答えられた。
ところでこの相手は男なのだろうか、或いは女なのだろうか。
声も見掛けも中世的なのでどうにも判断がしづらいのだ。
髪は女性でいうショートで歳は俺と近いようであるが、変に小ざっぱりとしていて清潔感が感じられる。
そんな相手であるが、どうやら俺の状況を察してくれたらしい。

「えっと、君も?」
「ええ、今しがた断られまして」

俺は苦笑い気味にコーヒー缶を揺すって見せた。

「あらら、だからコーヒーを」
「そうです。勝手に商品を渡してもいいんでしょうかね」
「どうだろうね?」

相手も肩を竦めて笑った。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 04:13:08.07 ID:DS7gQuyB0

春とはいえ、まだ肌寒い季節。
温かなコーヒーが喉を通ったあとの溜息は、薄色に空気と混じり合ってから溶けていった。

「アルバイトって、どのようにして探せばいいんでしょうか?」

なんとなしに質問。
別に、何か有力な情報が得られるかもしれないという駆け引きの為ではなく、
偶然ながらも同じ場所へ同じ目的で居合わせたという状況から来た発言である。

「そうだねぇ、僕は足で探すかな」
「ということは歩きで?」
「そう、歩き。手当たり次第に目についた場所へ、ってこと」
「状況はこちらと変わりませんね。何分、俺は越して来たばかりでして」
「越して来たばかり?」

相手が僅かな喜色を覗かせてから続けた。

「実は、僕もこの街へ来たばかりでさ。住み込みのバイトを探してたんだ」
「住み込みって……コンビニでは住めないんじゃ」
「そうらしいねっ」

いや、そこは事前に確かめておくべきだと思うのだが。
それにしてもこの人、よく見ると体系がやけに細いな。ますます性別の判断に迷うぞ。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 04:14:58.10 ID:DS7gQuyB0

「ま、お互いいい所が見つかるといいね」

コーヒーを飲み終えた相手がバッグを背負いなおした。
これにて雑談は終了ということらしい。

「そうですね」

俺も缶をゴミ箱へと放り、学校鞄の持ち手を確かめる。

「それじゃあね」
「はい、では」

それぞれに背を合わせて歩き出す。
さて、次はどこをあたろうか。

遠くなった相手の背中を一度だけ振り返ってから。
俺は再び、前を向いた。

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 04:19:48.24 ID:DS7gQuyB0

学校を出たばかりには高かった日差しも次第に翳っていき、
俺の脚底がジワジワと疲労性の痛みを訴え出す頃になると、
役目を終えた夕陽の代わりに街灯に明かりが点り始め、やがてそれが夕闇の訪れの合図となった。

俺のアルバイト探しの成果を結論から言うと、まるで暖簾に腕押ししているようなものであり、
春原や岡崎との会話から得られていたスーパーマーケットや、その他の場所をあたってはみたものの、
その何れもが人員募集を行ってはおらず、面接云々以前の問題で脆くも望みは打ち砕かれてしまったのだ。
そもそも街の地理が分からない状態では探す効率も悪いというもの。
やはり誰かからのツテを利用して動かなければ、小さな街でアルバイトを探しあてるのは苦戦を強いられるのかもしれない。
大体、俺は高校生なので働ける時間も夕方から夜と限られている。それが大きな足枷でもあるのだ。
もちろん深夜に入るという方法も物理的には不可能ではないが、それだと学校側の許可を得られないことになる。
つまりは春原達の二の舞となってしまい、延いてはバイト禁止令を出されるという憂き目が生じてくる。

どうしたもんかね。

公園の隅で煌々と輝く白色灯を眺め上げてはみても、別段ナイスなアイディアなどが浮かぶはずもなく、
必死になにかを考えようとしてもすぐに行き詰まってしまう。どんづまり状態。
とはいえ、まだ探し始めて一日目だ。そう簡単に上手くいくほうがおかしい。
今日はもう日も暮れちまったし、続きは明日にでもやることにするか。

以上のように思考を切り替え、俺は疲れた体に鞭打ちながら帰途を辿ることにした。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 04:25:31.82 ID:DS7gQuyB0

それにしても暗い。
俺が元いた街と比べると街灯の量も少なく、交通量も限りなく少ない。
表通りではなく住宅地域を歩いているせいもあるのだろうが、
この夕食時という車両の流れが最も活発になる時間帯ですら静かなものだ。

いやに緊張するよな、こういう雰囲気は。
念の為に学校鞄の内ブタは開きっ放しにしているが、
あまり見知らぬ土地を一人きりで夜分に出歩くのは、得策じゃあないような気もする。
例えばそこの電柱の陰に誰かが潜んでいたり――

するわけないよな、うん。
用心の為に離れて通り過ぎ、さらに死角を窺ってみたがなんてことはない。単なる電柱だ。
チラと銃器らしき物を手にしたオッサンが目に映ったような気もしたが、
冷静に考えてもみりゃそんなバレバレな変質者がいたりすれば速、通報レベルだろ。従って有り得ない。

仮にプロがいたとすりゃ、もっと上手く、巧妙な手口で内側から攻めてくるだろうしな。

それでも俺は油断なぞしないが。
ま、要らぬ気苦労ばかりを重ねても仕方がない。
さっさと家へ帰ろう。

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 04:28:35.50 ID:DS7gQuyB0

家主の猫によって屋内から追い出されたのか、玄関前にはシャミセンがいた。
誰かが扉を開いた隙に中へ入ろうと待っていたのだろう。

「よお」

一応、労いのニュアンスを込めて声を掛けてはみたが、
「にゃおん」という平時通りの返答から察するに伝わったかは怪しいもんだ。
それを示すように俺が扉を開けると目も呉れず、真っ先に居間へと行っちまったしな。

「シャミおかえりー」

奥から妹の声が聞こえてきた。
次いでこっちへ足音が近づいてきて。

「あ、キョンくんもおかえり」
「ただいま」
「やけに遅かったね」
「色々やっててな」
「いろいろ……ってなに?」
「色々だ」

俺が言うと、妹はニンマリとした表情を顔一杯に拡げた。
なんだその顔は。何を言いたいのかは、だいたいわかるが。

「とりあえずさぁ、ご飯もう出来てるから早くきなよ」
「部屋に鞄を置いてからな」

俺は足早に二階自室へ行くなり着替えを済ませ、再び階下へと戻った。

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 04:32:25.35 ID:DS7gQuyB0

夕食の席にて。

「で、彼女?」

妹ときたらいきなりこれだ。
俺はもう相手にするのも面倒だと知っているので右から左へ適当に流しておく。
そのやり取りを眺める家主はというと、終始にこやか。
俺としてはせめて助け船くらい寄越してほしいものなんだが。

「でも、随分と遅かったようだけど」

家主も心無しか楽しそうに切り出してくる。
おいおい、変な勘違いをされても困るぞ。

「所用があったんです。それで、そのことについて後でちょっとお話が」
「なにか重要な話なのかしら?」

アルバイトのことはこの人にも話しておかなければならないだろう。
学校側の許可を貰うには、まず保護者側の承諾も必要となるからだ。

「わたしにも聞かせてよぉー」

お前が邪魔だから「後でちょっとお話が」になったんだよ。
中学一年生に変に首を突っ込まれても、余計な閑話に逸れちまうのが関の山だからな。

「ところでお前、学校はどうなんだ?」

考えを纏めた俺は、妹を黙らせる為にも質問返しを行う方針へ則った。

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 04:35:31.91 ID:DS7gQuyB0

「ふつーだよ」
「ふつー、ねぇ。お前の学校って、変な奴が多かったりしないか?」

なんとなしに訊ねてみた。
無論、岡崎や春原、杏や風子などの顔ぶれがハイライトのように浮かんだのは言うまでも無い。

「どうしたの急に」
「いや、もしかしたらこの街じゃあそれが普通なのかもしれないと思ったからな。
 だから、お前の所にもそういう奴が多かったりしないかって」
「キョンくんのとこ、そんなに変な人が多いの?」
「そういうわけじゃないさ」

まあ、実際はそういうわけなんだけどな。
妹は俺の内心など気にも留めず、自身の頬を指で突いては思案し、さらりと切り返してきた。

「べつに居ないけど」
「けど?」
「噂ならあったかも。クラスの友達伝手だけど」

若干、当初の質問とは異なるが、そう引っ張られては気に掛かってしまう。

「なんだそりゃ?」
「うーんとねぇ、何年か前だったかは忘れたけど、わたしの学校で交通事故にあった人がいたって話。
 ここらへんって田舎だから事故も少ないでしょ?
 だからそういった話があると、それなりに噂として残るみたいだよ。
 多分そのせいなんだろうけど、校長先生も事故には気を付けなさいって朝礼の時に何度も言ってたから」
「それで?」
「事故にあった子は、どうやら入学してすぐに轢かれたんだって。
 残酷な話だよ。時期も悪いし、かなり重症だったらしいから」

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 04:37:10.79 ID:DS7gQuyB0

「で、そいつはどうなったんだ?」
「わかんない」
「わからない?」

妹が一呼吸を置いてから続ける。

「だってそのあと、その子のことを詳しく知ってる人もいなかったらしいし。
 大体さ、入学してすぐ入院したんだったら面識の深い人も居ないはずでしょ?
 ついでに、事故に遭った本人に負担を掛けないようにさ、
 普通は個人情報を公けに触れまわすより、隠す方面へと力が働くよね?
 わたしが通ってた小学校でも事故に遭った人がいたんだけど、
 わざわざ学校中で騒ぐような真似はしなかったし、
 それ所か他のクラスじゃ知らない人ばっかりだったよ」

我が妹ながら流石だな。
事実に憶測を交えつつ、さらに根拠と例証まで示してやがる。

「それで全部か?」
「うん、そうだよ。中途半端だけど、これは全部わたしのクラスの友達から聞いた話なの。
 でもそんな気の毒な噂を話の種にするのは良くないって思って、深くは聞かなかったもん」

気配りもできるとは良い人間に育っているようだ。兄として嬉しいぞ。
できればその調子で、もう少し淑やかになってくれれば申し分ないんだがな。

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 05:14:23.26 ID:DS7gQuyB0

しかし妹の風説には一つ腑に落ちない点がある。

「なんで噂になっているんだろうな?
 事故に遭った奴には悪いが、そうやって持ち越すほどに特別な話ではないとも思えるし」

これには妹も頭を捻った。

「言われてもみれば、そんな気もするかなぁ。
 結末だって不明だし、その人が命を落としたという話も聞いてないんだよね。
 でも噂になってるってことはさ、キョンくんの言う通り特別な何かがあったのかも」

妹、黙考。
それからもう一度、頬をチョイとつっついてから宣言した。

「キョンくんが余計なことを言うから気になってきちゃったよ。
 あんまり気は進まないんだけど……謎は、解き明かさなくちゃね」

妹は探究心露わに、早くも算段を立て始めたのか指折り眺めている。
その様子を目にした俺は、「好奇心は余計な事態しか招かないぞ」、
との忠言を与えるべきか迷ったものの、結局は控えておくことにした。

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 05:19:18.55 ID:DS7gQuyB0

そして夕食後となり、妹が風呂へいった隙を見計らった俺は、
台所で洗い物に勤しむ家主の背中に向けて例の件を話し始めた。

「アルバイトのことで相談があるのですが、
 この辺りで人員募集をしている店舗などについて、心当たりはありませんか?」

家主は慣れた手つきで皿を捌きつつ、背中越しに答える。

「アルバイトに手を出すのは、この学校に慣れてからでもいいでしょう?」

水の音で聞き取りづらいが、相変わらず包容力のある声色であり、その内容も以前と同じものだ。

「いえ、もう慣れましたから。三日も通えば十分ですよ。
 そりゃあ、もとの学校とは少しばかり勝手が違いますけど、取り立てて慌てるほどでもなかったので」
「でも、まだ三日じゃない。新学期早々は静かなものかもしれないけれど、
 ふた月弱もしないうちに中間試験や行事毎のようなものがあるんじゃないのかしら?」
「その程度のことなら問題ありませんよ。上手くやれます」

俺がここまで伝え終わると家主は考えるように言を止めた。
それでも洗いものは着々と積み上げられていく。
やがて。水道を止め、俺のほうを振り向くと同時、

「認めません」

僅かに強い語調で否認された。

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 05:25:05.25 ID:DS7gQuyB0

「どうしてですか?」

俺もある程度は家主の回答を予測していたのだが、
確たる理由も無しに正面から真っ向否定されたことにより自然と語気が盛ってしまった。

「わたしには、あなたが大丈夫なようには見えないからです」

意味がわからない。
俺はそんなに信用できなそうな人相をしているというのか?

「紅茶は如何でしょうか?」

俺がなんと答えるべきか迷っているうちに家主はもとのやんわりとした態度へと直り、
食器棚から用意したティーカップに二人分の紅茶を淹れ、その片方が俺へと差し出された。

「……どうも」
「いいえ、いいのよ。それで、前々から思っていたんだけど」

家主は紅茶から立ち昇る湯気と薫りを観望するように黙し、一言。

「何をそんなに焦っているの?」

テーブル正面の椅子に腰を落ち着けるなり、俺を直視してきた。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 05:29:25.65 ID:DS7gQuyB0

俺が、焦っているだって?

確かに、岡崎や春原をはじめとした強烈な個性を持つ輩や、
引っ越し直後で地理関係の把握すらままならない街や、
新たな環境での新しい生活、などなどの諸要素が重なっているために、
俺自身も幾分かは心理的焦燥感を抱いてはいるだろう。それは認めよう。

だがな、俺は転入当初から平穏無事に過ごそうという一心を抱いているではないか。
まあ予定が狂って現在のような形になっているにせよ、
俺は誰にも振り回されてはいないし、逆に迷惑を掛けている覚えもない。
疲弊したりなどは以ての外だ。

つまりこの人はわかっちゃいないんだよ。
ちいともわかってはいないのだ。俺のことを。

「あらぬ当て推量はよしてください。俺は至ってふつーで万全ですから」
「本当に、そうなんですか?」
「ええ、もちろんです」

荒い押しの一言を期に、室内が静まり返った。
壁の向こうでは、風呂場方面へお湯が流れていく音がする。
家主の表情は穏やかなままではあるが、その眼光は俺を捉えたまま。
俺に言わせれば、互いに見つめ合うというより睨み合っているようにすら感じられる。
それらに妙な緊張感を覚え始めた頃、ふっと、俺から視線を外した家主が紅茶をひと啜りした。
緊迫していた空気から逃げるように、俺も紅茶を口にする。
温かに拡がった橙赤色の液体が、程無くあっさりとした香りと柔らかく穏やかな味を残して流れ去り、
紅茶について詳しくない俺であっても、茶葉の値が張りそうだということだけは感じ取れた。

106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 05:34:22.72 ID:DS7gQuyB0

「なぜそうまでして、アルバイトに拘るんですか?」

家主の問いに、俺は頭の中を整理してから理由を述べていく。

「こうしてお世話になっているというのに、自分だけがのうのうと暮らしているのが嫌なんです。
 それに俺の家庭が不安定だという事情もありますし、これから先を考えるにしても、
 いずれお金が必要となるのは目に見えています。進学するにせよ働くにせよです。
 ついでに、遊ぶための小遣いという面から見てもです。他にも理由を挙げていけば切りがありません」

家主は真摯に聴き受けるように頷きつつ、それから返してきた。

「高校生のうちから色々なものを背負い込みすぎるのは、あんまり感心できないわ。
 ご両親だって時間が経てば戻ってこられるでしょうし、わたしだって力にはなれます。
 こうゴタゴタしている時期に、そう考えすぎるのって……見ている側としては不安になるから」

あなたが良い人だってことくらい、客観的にみりゃわかるさ。
でも俺は嫌なんだよ。そうやって世話になるだけって関係がな。
俺の立場になってくれればわかるだろ? なあ、そうだろう?
あんたのような俺にとっては見ず知らずの人間に世話になっている、俺の立場になればな。
こんな素性すらよく解らん相手に命綱を握られているような関係、俺は御免だね。
現状で何もしないって方が、俺にとっては余計に負担なんだよ。それくらい判ってくれよ、頼むから。

電流のように様々な想いが脳裏を駆け巡ったものの、それを上手く伝える為の言葉が生みだせず、
俺はただぽつりと、

「大丈夫ですよ」

努めて明るく、和やかさを装った定句を零すことしかできなかった。

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 05:38:48.30 ID:DS7gQuyB0

「でしたら、いくつか約束事を交わしてください」

一旦は間が空いたものの、いつも通りに近い優しい様子で家主が取り直した。
俺は無言でその先を待つ。

「まずアルバイトについてなのですが、
 わたしは別に、高校生がお仕事に励むのを悪いことだとは思っていません。
 それどころかきっと、良い経験になると考えています」
「なら――」
「ですが、何事にも始める時期というものがあるとも思うんです」

転機、か?

「わたしの我儘なのかもしれません。
 けれども、今すぐというのはやめておいたほうが良いような気がするんです。
 自分では大丈夫だと思い込んでいても、不測の事態が起こらないという保障は何処にもありません。
 先程、妹さんの話に出ていたような事例もそのうちの一つです」

家主が一瞬だけ視線を落とした。過去、経験した何かを思い返したのだろうか。

「一月ほど、様子を見るというのはどうでしょうか。
 それまでにお金が必要なことがあるのなら、わたしに言ってくれれば工面しましょう。
 なので暫くは普通に学生生活を送ってみて、それで大丈夫だと思ったのなら、
 そのときからアルバイトを始めればいいと思います。それからでも遅くはないでしょう?」

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 05:55:20.00 ID:DS7gQuyB0

家主の如何にも人畜無害そうな表情を眺めていると俺の背中に脂汗が伝い始め、
伴って、溢れだしそうなった黒く渦巻く感情を必死に抑えるべくに多大な労力を割くこととなった。
この人に当たり散らしたところで仕様がない。妹共々、世話になっているのは事実なのだから。
この人が居てくれなくては俺と妹は行き場を失ってしまうのだろうから。
だから、抑えろ。今は感情を捨て、損得という理性だけで考えろ。

演じろ。

俺は両腕をテーブルに立て、その手の甲に顎を乗せて考えるフリをしながら心を落ち着けるよう、
何度も何度も、繰り返し繰り返して言い聞かせ続ける。飽きるほどにだ。
大丈夫。笑えばいい。家主の言葉通り、それに従えばいい。
客観的にみればこの人は良き親代わり。俺と妹は転校生で、この人の世話になっている。ただそれだけ。

今は、後回しだ。
他の些細な事柄など、考えるべきではない。

いつもの手順で感情を抑えこんだ俺は、平常通りの俺としてやっていく準備を済ませ、
以降で有利な受け答えをする算段をざっと立ててから、冷静に考え始めた。

113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 05:58:16.89 ID:DS7gQuyB0

まずは一月という猶予について。
その程度ならば然したる差異もないようには感じられる。
そもそも保護者の了解が必要な事柄を押し通すのも難しいものだし、
俺の眼前で柔和に微笑んでいるこの人に強くあたるのもお門違いといえる。

「わかりました。暫くはお言葉に甘えさせてください」

ならばこう言うしかないだろ?
それを聞いた家主も少しばかり険しかった表情が消え、胸の支えが取れたように婉然たる笑みを浮かべた。

「わたしもね、ご両親からあなたを預かっている身なんですから。
 もしものことがあったりすれば、示しが付かないの。でも、わかって貰えて安心しました」

家主に与えられている仮初の親としての務め。
それが後付の理由なのか、敢えて最後まで口にしなかったのかまでは、俺には判別できない。
ともかくこれで俺の相談は終了だ。切り上げるとしよう。サボった授業分の自主学習が今夜もあるしな。

「あ、ちょっと待って!」

席を立とうとして呼びとめられた。

「まだわたしの話は終わってないの」

そうやって手を差し出して慌てる仕草なんか初めて目にしたぞ。
あと、服の裾で紅茶が零れそうですよ?

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 06:03:06.51 ID:DS7gQuyB0

「ええと、なんですか?」

端的に訊いてみる。

「大したことじゃあないんだけど……」

家主は言葉を選ぶようにやや口籠ってから続けた。

「あまり他人行儀には構えないでください。
 あなたは礼儀正しいですし、素行も良い人なんだと知ってはいるんですけど、
 それを差し引いても距離を感じてしまうから。そうねぇ、遠慮とでもいえばいいのかしら」
「そりゃまぁ、俺はあなたと面識が無きに等しかったものでどうにも……」
「そうかもしれませんが」

一寸ほどの寂しげな表情が窺えた。そして。

「あなたには両親がいますし家族もいます。
 ですが今、この家で暮らしている限り、わたしたちも家族のようなものなのですから。
 家族それそれが他人行儀では、心の休まる場所が無くなってしまう気がするんです。
 だからといって無理強いをするつもりもありません。
 だけど、このことを頭の片隅にでも留めておいて貰えると、わたしとしては嬉しいんです」

その言葉通り、俺はこれまで家主に対して他人行儀な態度をとってきていた。
ただし、それは遠慮などから来るものなんかじゃ決してないがな。
とはいえ、ここで拒絶を露わにしても無意味だ。漕ぎ付けた船を自ら沈めるなど、究極の間抜けだからな。

「まあ、いくらかは善処してみます。といってもいきなり態度を変えるのも却って難しいので、
 そっちの方もアルバイトと同じく暫くは様子見期間ってことにでもさせておいてください」

116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 06:05:48.96 ID:DS7gQuyB0

「ええ、ではわたしもそうするわね」

家主が冗談交じりに頬を綻ばせた。
それと同じくして、壁の向こう側から聴こえていたお湯の流れる音が止まった。
どうやら妹が風呂を上がったらしい。俺の前へ着替えて出てくるまでにそう猶予はないだろう。
つまり、このまま俺がここに居れば、「一緒にゲームしよー」なんて具合に絡まれるのは必至。
それは困る。春原のせいで抱えた授業の遅れを取り戻す為にも、この場から御暇するとしよう。

「それじゃ、俺は勉強しなきゃなりませんので」
「あら、優等生さんなのね。授業のほうは難しいの?」
「そんなことはないんですけどね。
 ちょっとした発端からバカに付ける薬の研究について、文献を纏めている最中でして。
 明日までに実益的な効果を発揮できる段階まで持っていかなきゃならないんですよ」

でなきゃ、今後も春原に絡まれ続ける坂上の心労が計り知れないからな。

「面白そうな研究だと思うわ。完成したら、是非わたしにも分けてください」
「考えるに、相当な劇薬になるでしょうから一般公開は控えさせて頂きます」

おっと、贅語は後にして今は急がなきゃな。

「では、妹が来る前に部屋へ戻ります」
「遊んであげないの?」
「俺なら今度の休みにでもでいいでしょうから。それに明日に向けての用意もありますしね。
 なのでもし暇でしたら、俺の代わりにあいつの相手をしてやってください。
 あいつは明るく振る舞ってはいますけど、なんだかんだで友達と別れる時には泣いてましたから」
「あらあら、大変だったのね。だったら、妹さんのことはわたしに任せておいて。
 賑やかなのはいいことだと思うから。あなたも、無理はしないようにね」

そのように家主が残したのを確認した俺は、階上の自室へと戻った。

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 06:24:10.99 ID:DS7gQuyB0

自室へ戻るなり、俺は電気も点けずにベッドへと座りこみ、
家主の言葉は表情などを反芻しつつ、それらを追いやるように長い溜息として吐き出した。

家族、ねぇ。
あんたの本心がどうかは知らんが、その提案、俺は真っ向から願い下げさせて貰うぜ。
といっても表向きはこれから先も、いつも通りに上手く渡り歩いて行くつもりだがな。

にしても、俺が他人行儀だと?

当然じゃあないか。
あんたのような人の良さそうな笑顔を浮かべている人間に限って、
その心内では何を考えているのかは知れたもんじゃあない。
それを隠すべくの笑顔というマスクなんだろうからな。故に、そういった人間ほど信用ならないんだ。

信用しちゃいけないんだ。

心を許せば許した分だけ、心が変わった時の反動は大きくなる一方なのだから。
何倍も、何十倍もの反作用。
言葉では言い表せないような鬱屈としていて、且つトドメは刺されない生殺し状態。
それがただひたすらに長く続く、急激な坂道を歩かされているような苦行を強いられるだけだ。

もう一度溜息をつく。これで心を切り替えよう。

ベッドから立ち上がる際にふと机のほうを確かめると、帰るなり机の上に置いていた携帯電話が、
月明かりによって金属フレーム部だけ浮かびあがり、青白く柔らかに輝いていた。

さあ、そろそろ妹が来るかもしれない。
明日のこともあるから、今は抜けた授業分の埋め合わせでもやっておくことにしよう。

120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 06:28:03.42 ID:DS7gQuyB0

それから数分後。

「キョンくーん、あそぼー」

やっぱり来やがった。
予測していた俺は、広げていた教科書類をまざまざと見せつけてやる。

「悪いな、俺は忙しいんだ」
「いーじゃんそんなのさぁ。せっかく友達からビデオ借りてきたんだから、三人で観ようよー」
「ビデオ?」
「これ」

妹が手にしたビデオテープの飾りを見て、俺はとてつもない既視感に襲われた。
それって毎年一回は地上波で放送されている奴じゃないか。俺は今までに何回も視聴した経験があるぞ。
ストーリーだって割と鮮明に憶えている。確か、こうだったはずだ。

かつて精鋭部隊に所属していた主人公は若くして軍から隠居し、山荘で一人娘と暮らしていた。
だが、突如として表れた武装集団に娘を攫われてしまい、
「娘を返して欲しければ大統領を暗殺しろ」と命ぜられた主人公は、飛行機に乗せられる。
ところが機転を利かせた主人公は飛行機の中から脱出し、その際に得た情報から娘の居所を割り出す。
やがて、愛娘を助け出すべくありとあらゆる銃火器で武装した主人公は、
武装集団が待ち構える島へと単身潜入し、一人きりの第三次大戦を開戦するのだった……

「ってやつだろ? しかも主人公は撃たれまくってるのに被弾しないし、
 やたら建物が大爆発するし、最終決戦では銃を使わずに肉弾戦で挑むんだよな」
「そうそう、主人公の俳優さんも若い頃だけあって迫力が違うって映画通の友達も言ってた!」
「だよな! よし、観るか!」
「うんっ!」

馬鹿だな、俺。

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 06:30:27.02 ID:DS7gQuyB0

そして翌日。
麗かなる春、というにはまだ寒すぎるような気もするが、
とにもかくにも晴れ渡った空から注いでくる陽光に包まれていれば自然と志気も高まってくるものであり、
登校中の多数の生徒達に混じってのらりくらりと校門を目指し坂を登っていた俺は、
その高まった心意気を抑えることができずに見知った人影へ声を掛けてしまったのだ。

「よお、なにやってんだ?」

そいつは、早くも散り散りと翳っている桜並木を見上げていた。
登校時間だというのに、わざわざその足を止めてだ。さてそいつであるが、
黒カチューシャで止めてあるさらりとした髪を揺らしてから、振り向きざまにピシャリと決め文句。

「朝はおはようだ」

ヒュー、決まってるねぇ。マブいねぇ。
下級生だというのにその態度。いや、今さら上級生ヅラを主張するのも変だからしないけどな。

「おはよう」
「うん、おはよう」
「で、なにやってんだ?」

再度振り出しへ。

「見てわからないのか? 桜を眺めていたんだ」

そりゃ見て分かるさ。
しかしそうじゃないだろう、俺が言わんとしていることは。

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 06:33:32.32 ID:DS7gQuyB0

だってな、この面倒臭く長ったらしい坂で何度も見せつけられることを余儀なくされちゃあ、
いくら桜が舞っていようが、いい加減見飽きるだろうに。
それを証明するかの如く、他の生徒達は桜並木なんかにゃ目も呉れず、
ひたすら一心に早朝坂道ウォーキングに挑んでいらっしゃるぜ?

つまり某がお訊ね申したのは、貴殿が如何なる心境を抱かれたが故に、
かのような振る舞いをしておられたのかという、情緒的な部分へと訴え掛けた問答である次第で候。

「なぜ古臭い喋り方なんだ?」

そこに突っ掛かってくるのかよ。
だったらむしろ、お前こそなんで男言葉なんだと訊きたいね。

「わたしの習癖にケチを付けられても困る。
 お前だってその面倒臭い言い回しにケチを付けられては困ってしまうだろう?」
「悪かったな面倒臭くて」
「冗談だ。そう拗ねるな」

拗ねちゃいねぇよ。しかし本当に下級生らしからぬ奴だな、こいつは。

「お前、本当は学年が三年だったりするんじゃないのか?」
「どうしてだ?」
「いや、その言い草というかな……ああ、めんどい。全部が全部だ。存在自体がだ」
「酷い言われようだな。
 お前が何を目的としているのかは理解できないが、わたしが学年を偽っても仕方がないだろう。
 それに、わたしは二年生でなくてはならないのだ」

127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 06:36:14.41 ID:DS7gQuyB0

「なんで二年でなくちゃならないんだ?」

俺はその質問を投げかける際、一呼吸ついでに周りを窺ってみたのだが、
どうも敵意を孕んだ視線を集めている感が否めない。こいつの知名度はそれほどだということなのか?
可能なら、あまり長居はしたくないな。せめて歩きながらにして欲しい。
しかしそれらや俺の胸中など意にも介さずに坂上は続けていく。

「生徒会長を目指しているからだ」
「……お前がか?」
「わたしの他に、ここに誰がいるという」

いや、そうではあるが。
とはいえ生徒会長ねぇ。うーむ。

「その顔、わたしには似合わないと思っているのか?」
「全然。それどころか、天職といっていいほど似合いそうな気がする」
「そうか、それは良かった」

句読点を意識して読み上げるような口調を以って、坂上は薄く微笑んだ。

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 06:39:33.16 ID:DS7gQuyB0

ちくしょう、やはり周りからの視線が気になって仕方がない。
坂上には変な人望がありそうなので、
下手に近付きすぎると不幸の手紙が年末の広告のように、大挙として届けられる恐れがある。
そうなってしまえば環境に悪い。俺はエコ派なのだ。たった今からな。

「とりあえず、そろそろ行かないか?
 生徒会長候補さんが、のんびりし過ぎたせいで遅刻なんかしちまえば目も当てられないだろ?」

「それそうかもしれないな。なら、そうしよう」

坂上は名残惜しそうに一瞥しつつも、流れゆく桜並木に目を映らせ歩いている。
俺としてはここで別れても良かったのだが、どうせ顔を合わせたのならばと春原の件で確かめたいことがあったのだ。
昨日、あの後また何かをやらかさなかったのかということについてな。

「ところで、あの金髪のことについてだが」

先手を打ったのは俺では無く坂上だった。
ってことは、予想通り放課後にも何か仕掛けやがったなあいつ。

「すまん。春原には釘を刺しておいたんだけどな」
「別にお前が謝る必要はないと思うぞ」
「奴と出会って三日の俺には荷が重かったようだ。ネジが足りないどころじゃないからな、あいつは」
「お前、春原と出会ってまだ三日なのか?」
「ああそうだ。なにぶん転入してきたばかりでな。俺には拒否権すらなく、あいつと係わっちまったってことらしい」
「転入って……お前もだったのか?」
「そういえば坂上もなんだっけ。色々ありすぎて忘れていたが、乱闘の時に一年の子が力説していたような憶えがうっすらとあるな」
「わたしもその通り、転入生だ。だとしてもお前、その割には春原と馴染んでいたように思えたが」
「勘弁してくれ、俺は真面目で無難にありたいんだよ。しかしどうにも運命とは皮肉なもんで、
 次々と騒動に巻き込まれるわ春原や岡崎に感化され始めているような自覚があるわで、末怖ろしくなっちまう」

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 06:42:52.40 ID:DS7gQuyB0

「春原に、岡崎?」

そう確かめるように呟かれると、こちらとしても訊き返さない訳にはいかない。

「お前、春原はともかく岡崎も知っているのか?」
「知っているも何も、そいつらは筋金入りの遅刻常習犯なのだろう?」
「なんだ詳しいじゃないか」
「この学校であのような手合いがいれば、いやでも目に付いてしまうものだ。
 最近になってその噂を聞き付けたので、わたしも何とかしなければと考えていたんだ」

まさか、坂上があの二人を何とかしてくれるというのだろうか?
喜べ藤林、朗報だ。最強の女生徒が味方についてくれそうだぞ。

「なにを嬉しそうな顔をしている?」
「いや別に。報われない努力が報われるという歴史的瞬間を、近いうちに拝めそうだと思ってな」
「そのような言い回しが面倒だと言ったんだ」
「悪かったな面倒で」
「冗談だ。すぐに拗ねるな」

だから拗ねちゃいないって。
おっと、話が逸れてしまっていたな。

「それで元の話に戻るけど、昨日の放課後、春原の奴には何を仕掛けられたんだ?」
「昨日か」

133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 06:45:47.73 ID:DS7gQuyB0

坂上は若干、悲しげに俯いた。

「わたしが女ではなく、男だと言われた」
「……はい?」

思わず間抜けな声を出しちまったぞ。
あー、そういや春原がそんな動向を示してはいたようだが、それをマジで実行するとはね。
どうやらあいつはホームラン級のバカってことらしい。

「それでさり気なく男子トイレへと連れ込まれて……」

なにやってんだよあいつ。
というか、さり気なく男子トイレに連れ込まれるお前もお前だ。

「気づいた時には、春原をダストシュートへ放り込んでいた」

怖っ。
って、その様子じゃあ春原のやつ、またもホームラン級のキツい一撃をお見舞いされたのかよ。
いくら自業自得だとはいえ、あの華麗な踵落としとそれを受けた春原の仮死状態を目撃した身としては、
心ばかりの同情の念を抱かざるを得ないというもの。あいつ、生きてるかな。

「わたしって、そんなに女の子らしくないのだろうか?」

いきなりそう問われてもな。まあ、正直に答えてやるか。

137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 07:12:16.61 ID:DS7gQuyB0

「どっちかというと女だろ」
「どっちかというと、という部分に嫌に力を込めたな」

顔が怖い。これは訂正しておかねば。

「冗談だよ。お前が二度も俺に難癖を付けてきたから仕返してみたくなっただけだ。
 お前は女の子らしいぞ。うん、そうだぞ、女の子らしいぞっ! カワイイ!」
「そう言われると余計に腹が立ってしまいそうになる」
「まあ、なんだかんだで変わった奴を数多く目にし過ぎてな。
 お前程度の個性なんざ、ソウメンとヒヤムギくらいの些細な違いでしかないんだよ」

ちなみに両者とも材料は同一であるが、ヒヤムギの方が僅かに麺が太かったりする。

「そういうものなのか?」
「そういうんもんだ。春原の妄言なぞに耳を貸すだけ無駄なのさ」

と、大きく無駄話へ移行してしまったが為に、我に返ってみれば玄関まで坂上に付き合っちまった。
一応、こっちにも釘を刺しておくか。

「よかったら、春原についてはもう少し手加減をしてやってくれ。
 あいつもそこまで話の解らない奴ではないだろうし、悪意ではなく競争心から来る行動なんだろうから」

それじゃあな、と俺は片手をあげて別れの挨拶とした。

「うん、それじゃ。春原については、わたしも善処するように心掛けておこう」

颯爽と肩で風を切るように歩き去って行く坂上。
対して、周りから一斉に注がれてきた視線に物怖じしそうになる俺。

どう考えても、男と女の役回りが逆転しているような気がしてならない。

139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 07:16:02.77 ID:DS7gQuyB0

坂上と一合を交えた俺が教室へ入るなり、室内に満ち足りた新鮮な空気を感じた。
というのも、やはり不良二人組がいなかったというのが大きな要因であろう。
お、藤林みっけ。

「よお」

――朝はおはようだ

「おはよう」

坂上の残滓がリフレーンしてきたので自然と言い直してしまった。
どうやら俺は、外的要因による影響を受けやすい人間なのかもしれない。

「おはようございます」

藤林が穏やかな良い表情で返してくる。
この表情が、放課後までには八割方曇ってしまうのだから救われない。
おい春原に岡崎、お前等が原因なんだぞ?

「あの、岡崎くんや春原くんは……?」

俺は静かに首を振った。
早速、藤林降水確率に10%が付加される。ちなみに100%でメアリーさんの御登場だ。
そもそも、岡崎や春原のことを俺に聞かれても困るものだ。
藤林にしてみれば俺がよく、あいつらと一緒に居るから訊ねてきたのだろうが、
生憎、朝っぱらから肩を並べるほどの仲じゃないんでね。奴等の住居も訪れたことがないしな。

140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 07:20:16.54 ID:DS7gQuyB0

そういえば藤林は占いがどうとか岡崎の奴が言ってたっけ。
なら、藤林の気晴らし程度に興じてみるのも悪くはないかもしれない。

「岡崎に聞いたんだけど、藤林って占いができるのか?」
「ええと、できるってほどじゃありませんけど……一応は」
「もし良かったら、占ってもらえないかな?
 実は俺、こう見えても占いには煩くってさぁ、毎日気にしているんだよ」

まあ、朝のニュースに付随している占いだけどな。

「わかりました、わたしで良ければやってみますね」

パタパタと意味も無く慌てては自席からトランプを抜き取り、
俺の前まで戻ってきてバッ、とカードを扇状に広げられる。鮮やかな手つきだ。

「この中から、4枚のカードを抜き取ってみてください」

岡崎の話とは違って床にぶちまける占い方式じゃないんだな。日替わり制なのだろうか。
とりあえず、適当に間を空けて選んでみよう。

「あっ」
「ん、どうした?」
「いえ、なんでも」

なぜ藤林が呻きを漏らしたのか。
その謎は、俺が4枚のトランプを確認した瞬間に氷解した。

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 07:28:06.98 ID:DS7gQuyB0

ハートの4。クラブの4。スペードの4。ダイヤの4。
「なんだこりゃ、とてつもなく不吉な予感しかしない」
或いは俺に革命でも起こせというお導きだろうか。
早くも落胆ムードに浸り始めた俺に対し、藤林は明るい声で第一声を放った。

「良い兆候ですね」

嘘を吐け。さっきお前、「あっ」とか言ってたじゃないか。
あんな明らかに焦ったような顔を前にして、今さら良い兆候だなんて思えるわけがないだろ。
……いや待てよ、こいつは占いを嗜んでいるのだ。少なくとも俺より知識が豊富なのには違いない。
良薬口に苦しという諺もある。一見ダメダメそうでも、実は凄い結果だったりするような逆転劇もあり得る。
ここは藤林を信じてみるのが賢いのかもしれないな。
そのように考えなおした俺の期待の眼差しに応えるかのように、藤林は胸を張って解説を始めた。

「考えてもみてください、同じカードを4枚も引き当てるという確率を。
 54枚もあるカードの中から同数字の物を引き当てる確率は、えと……」

計算はいいから先へ進んでくれ。

「あ、はい。とにかく物凄いことなんです。ポーカーだと大抵勝ちが決まってしまいますし。
 それに絵柄違いの同じ数字が集まっているということは、近種、即ちあなたの身近にいる人達を暗示しています。
 つまり、あなたの身近にいる人と行動を共にしていれば、きっといい事がたくさん降りかかってくるはずです。
 4という数字も一見すると死を暗示している不吉なものとして捉えられがちですが、
 死というものは常に再生と隣り合わせているのだとも言われています。そうです、起死回生なんです」

普段の藤林とは相容れない饒舌さと積極性が面白くはあるが、その占いの結果って信じてもいいものなのか?

「たぶん!」

おいおい、その一言ですべてが台無しになったぞ。

144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 07:30:49.83 ID:DS7gQuyB0

だからといって、こちらから依頼した占いの結果について抗議するのも憚られる。
念の為に頭の中で一番使わないような部分へと、記憶を刻み込んでおくか。

「ま、まあとにかく、ありがとな。お陰様で胸が一杯になりそうだ」

つっかえそうなくらいにな。いろんな意味で。

「あの、あまり信用しないでくださいね。わたしは、その……あはは」

その微妙な表情にツッコミを入れるのはよしておこう。今日は朝から飛ばしすぎている気がするからな。
このままいくと不良二人組が姿を現した頃には、一日ツッコミ可能量を使い切っている恐れがある。
そうなると春原が調子に乗ってしまうから好ましくない。

あ、そうだ春原と坂上だ。

「藤林、ちょっとトランプを貸してくれ」

カードを手から受け取ると、俺は先の藤林に倣って扇状に拡げていく。

「一枚どうぞ」
「占い、できるんですか?」
「俺は占いに煩いということを、さっき言っちまったからな。有言実行ってやつさ」
「はあ。では、一枚引かせて頂きます」

占い時以外はもとの遠慮がちな態度に戻るようで、藤林はおずおずとした様子でカードを一枚抜き取った。

146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 07:34:58.10 ID:DS7gQuyB0

「見てもいいんでしょうか?」
「いや、見なくていい」

別にカードの中身なんてどうでもいい。
第一、俺は占いの”う”の字も知らないんだからな。

「うーんとな……よし。近々あなたの元へ心強い味方が現れることでしょう。
 その味方はものすんごい猟奇さと華麗な足捌きを以って、
 文字通り、あなたの悩みの種を一蹴してくれることになります。なかでも、主に金髪が一蹴されます。
 これまで抱えていた諸問題もあら不思議、霧散するかのように一掃されることでしょう」

こんなもんか?

「変に具体的な部分があるんですね」
「これは予言といってもいい。今朝方お告げが下ったんだよ」

坂上本人からな。正確には事前通告というのだろうが。

「味方、ですか。どんな方なんでしょう」
「細かい部分はその時のお楽しみってことで。ともかく、占いの館はこれにてお開きにしよう。
 ほれ、カードを片付けるから手札を渡してくれ」
「あ、はい」

藤林が持っていた1枚のカードを受け取る際、俺はその絵柄をなんとなしに覗き、
それを認めたすぐ、相手に気取られないようトランプ束を入念に切ってからケースへと収めた。

「ほら、返す。占いありがとな」
「こちらこそ」

藤林が引いていたトランプの絵柄は、ジョーカーだった。

148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 07:42:17.31 ID:DS7gQuyB0

せっかく書き溜めた所で何回も猿っちまえば世話ないね
ともかく疲れたんでサヨナラ

それと、高校じゃなくて中学だろって言いたい人には「わざとやってる」と明記しとくよ
タイトル通りAnother Sideなんだしね
まあ完結するかは知らんが

150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/21(日) 07:43:33.78 ID:DS7gQuyB0

中学と高校が逆だった、目が疲れてんな



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