涼宮ハルヒの惨劇


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1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:10:21.41 ID:VOnqm7D20

俺が彼女に出会ったのは、夏の真っ只中、8月のことだった。
彼女の名前は涼宮ハルヒ。都会の高校に通う高校1年生だ。
もちろん都会だ田舎だなどというのは相対的な物言いに過ぎないが、
とにかく彼女が興宮を見て漏らした感想はただ一言、こうである。
「田舎ねー!」

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:11:34.07 ID:VOnqm7D20

俺が経営する民宿に、久々の予約の電話が入ったのは7月の半ばを過ぎた頃。
電話口の声は柔らかな物腰で、8月の17日から3日ほど、空室はあるでしょうかと尋ねた。
いつ来て頂いてもお部屋は用意できます、と告げてから、宿泊する人数、氏名、
電話番号を聞く。本当はそんなもの必要ないのかもしれなかったが、
そうしたほうが客側が落ち着くのもまた事実だ。形式的にいつも聞くことにしていた。
「アサヒナミクル、です」
「朝、比奈……みくるというのはどういった漢字で…」
「あ、平仮名です」
「わかりました。朝比奈みくる様ですね」
「はい。……あの、団体名は必要ないですか?」
「団体名……。……あるんですか?」
「あっ! いえっ! 無かったですっ!」
「…? そうですか、それじゃあお待ちしてます」

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:12:59.10 ID:VOnqm7D20

少し不思議に思いはしたが、変な客だ、とまでは思わなかった。
そもそも、俺の民宿に来る泊り客は絶望的に少ない。
その数少ない比較対照の中で言えば、今回の客は割と普通なほうだと言えた。
声も可愛かったしな。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:13:59.69 ID:VOnqm7D20

8月の17日になると、俺は客を駅まで迎えに行くことにした。
迎えにいくと言っても、Tシャツにジーパンにサンダル、煙草をくわえながら徒歩で、だが。
それでもこの糞暑い日差しの中をわざわざ迎えに行く気になったのは、俺にとっては稀有なことだった。
何か理由があったわけではないが、まあ、たぶん俺は、退屈していたのだ。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:14:42.07 ID:VOnqm7D20

興宮というこの半過疎の町は、ゆっくり静養するにはうるさすぎて、
ただ遊びに来るには静か過ぎる。要するに観光地としてまったくなっちゃいないのだが、
それでも年に数回は俺の宿にも客が入るのは、結局のところ、興宮が抱える“負の遺産”のおかげだった。
前方に見えている興宮の駅から、ぐいっと曲がるようにして伸びる1本の道。
興宮の端っこをかすって山の方に続くその道を進み、やがてそれが舗装されていない
(そしてもう永遠に舗装されることのない)砂利道に変わった頃、先に見えてくるのが
廃村・雛見沢。
日本全国でも有数の、大廃墟群である。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:16:56.49 ID:VOnqm7D20

いっそのこと「雛見沢廃村ツアー」でも企画すれば、もっと旅行客が集まるのではと思ったりもしたが、
興宮の人間は、あの村を見世物にすることにあまり乗り気ではないようだった。
その理由は、推し測れないでもない。
かつて大勢が(という言葉だけではとてもあらわせないほどの人間が)死んだ。
「雛見沢大災害」がどれだけ有名で集客効果があるにしても、
雛見沢に親戚を持っていた興宮の住民にとっては、観光業のネタにできるほど軽いものではないのだろう。
……だろう、と他人事のように言ってしまえるのは、実際に他人事だからだ。
俺は元々、気ままな余所者だった。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:17:58.21 ID:VOnqm7D20

駅に着くと、まだ電車は到着していなかった。
駅員に軽く挨拶をして、ホームのベンチに座らせてもらう。
やることもなく煙草をふかしていると、俺とそう年の変わらない駅員が、やる気なさげに話し掛けてきた。
「……誰か待ってんのかい?」
「ああ。客だよ」
「客?出版社の人?」
「……いや、宿のね」
「宿の!?珍しいこともあるもんだね。あんた、自分が民宿をやってるってこと自体忘れてたんじゃないのかい?」
「余計なお世話だよ、大体、」
更に文句を言おうとしたところで、踏切の音が聞こえてきたので、俺は口をつぐんだ。
よどんだ町には換気が必要だ、というのは誰の言葉だったか、もしくは誰もが言う言葉なのかもしれないが、
その町の空気如何に関係なく、電車は風と共にやって来る。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:19:02.20 ID:VOnqm7D20

「田舎ねー!」
彼女は電車から飛び出すなり、何の遠慮もなくそう言い放った後、
上機嫌そうな顔で伸びをした。
俺は煙草をもみ消してあたりの煙を払い、咳払いをした後、声をかける。
「ようこそ」
「?」
一瞬きょとんとしたと思ったら、すぐに目を細めて眉をしかめ、俺の顔を不躾に眺める。
「……誰だったかしら」
「いや、俺は……」
言いかけて、もう一度咳払いをする。
「朝比奈さんですか?」
「ちがうわよ」
あ?違うのかよ。
……そういや、電話の女性は、もっと繊細で、遠慮がちな話し方をする人だった。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:20:10.31 ID:VOnqm7D20

「みくるちゃんはこっち」
彼女はそう言って、電車の中から何かを引っ張り出した。
半ば、というか完全に引きずられるようにして出てきたその女の子は、
それでも健気に微笑んでから、こんにちは、と挨拶をくれた。
思わず微笑み返してからこちらも挨拶を返し、とりあえず一行を見やる。
電車からは、微笑を浮かべた優男が1人、初老の男が1人、最後に本を片手にショートカットの女の子が出てきた。
初老の男が歩き去るのを見てから、朝比奈みくるに尋ねる。
「5名って言われたと思ったんだが」
「あ、1人来られなくなっちゃったんです」
「そうかい。じゃあ、案内するからついてきてくれ」
電話だと丁寧な敬語で対応するが、直接話す場合にはそんな面倒くさいことはしない。
民宿と言えば、慇懃な対応よりフレンドリーなコミュニケーションだろう?
大体、このギャップに気付く客なんていない。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:22:01.18 ID:VOnqm7D20

俺が先に立って歩き、後ろから「田舎ねー!」の彼女がキョロキョロと辺りを見回しながら、
朝比奈みくるがトテトテと音が鳴るような可愛らしい足取りで、
腹が立つほど完璧なルックスを持った男が笑みを顔に貼り付けながら、
ショートカットの、不気味なほど無表情な女の子が音も無く、
それぞれの個性を際出せて付いて来る。
俺は歩きながら煙草に火をつけた。
紫煙は吐き出されると同時に左に流れていく。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:23:03.59 ID:VOnqm7D20

人数が1人減りはしたが、部屋は2部屋、食事なしの素泊まり、この部分に変更は無い。
部屋に案内してから前払いで3日分の宿泊料(1人1泊1500円)を受け取り、とりあえずの連絡事項を伝える。
食事は外で済ませてもらってかまわないが、夕食に関しては20時を過ぎるとほとんどの店が閉まってしまうので早めにとること。
ただしコンビニですますことも可能だし、
もしくは、手狭ではあるが台所はあるので、そこで自炊してもらってもかまわない。
スーパーの場所、商店街の場所。
入浴はいつでも可能だが、浴槽に湯が入っている時間は18時から翌朝の8時まで。
ただし湯が冷めても温めることはできないので、風呂に浸かりたいのならできるだけ早めに入浴すること。
風呂はひとつしかなく、もちろん男湯、女湯の区別も無い。入浴中は、扉に「入浴中」の札をかけること。
洗濯は自分ですることも可能だが、俺がまとめて洗濯しておくこともできる。
その場合は、脱衣所のかごに洗濯物をいれておくこと。………かごに入っていた場合は、(例え女物の下着であっても)
許可無くまとめて洗濯する。
部屋には玄関を通らず、直接外から入れるようになっているので、門限は無い。
以上。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:24:48.34 ID:VOnqm7D20

何か聞きたいことはあるかと尋ねると、それまで黙っていた優男が微笑みながら口を開いた。
「失礼ですが、他に宿泊客は?」
「いないよ。……正直言うと、あんたらは随分久しぶりの客なんだ。他に客はいないから、さっき言った決まりは
 形式的なもので、大概自由にやってくれていい。ただし、帰るときは一声かけてくれ。延長するときもな」
優男は満足げに頷くと、ありがとうございます、と丁寧に言ってまた微笑んだ。
なんだこいつ。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:25:41.60 ID:VOnqm7D20

「そんなに客がいないのに、生活していけるの?」
「す、涼宮さん失礼ですよ……」
涼宮と呼ばれた少女が当然とも思える疑問を口にするのを、朝比奈みくるが窘める。
もう大体このグループの役割分担は分かってきたな。
ただ、まだ一言も発していない例外も1人いるが。
「副業がある。それに、親が随分多く財産を遺してくれたんでな。それを食い潰しつつってとこだ」
「ふーん。そ」
途端に興味をなくしたのか、それとも元々興味など無かったのか、とにかく涼宮はそれだけ言って、
それ以上深くは追求してこなかった。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:28:13.80 ID:VOnqm7D20

4人は荷物を置いてから、すぐに出かけたようだった。
行き先は分からないが、「雛見沢は……」と話しているのが耳に入ったので、
恐らく、そういうことだろう。
まあ、そんなことはどうでもいい。
フレンドリーなコミュニケーションは終了だ。

俺は自室に戻り、途中だった原稿に取り掛かった。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:28:48.69 ID:VOnqm7D20

『雛見沢の怪奇〜オヤシロ様の祟り〜』

安っぽいタイトルをつけたそのテキストデータは、それに相応しい安っぽいオカルト雑誌に載せるためのものだ。
あちらの依頼は、「できるだけオカルティックに」つまり非科学的にということだったが、
俺はどうもその手の記事が苦手だった。
よって、原稿の進みはいつもより遅い。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:30:20.81 ID:VOnqm7D20

現地がすぐ隣なので取材は簡単なのだが、(俺にこの仕事が回ってきたのもそれが理由だろう)
正直取材をしても何も得るものは無い。
あの大災害があって以来、雛見沢に関する記事は(オカルト非オカルトを問わず)大量生産され、
今更何か目新しいことを見つけるのは不可能に近かった。
俺があの廃村を見に行って気付いたことは、人が住まない家の劣化が早いというのは本当なんだな
ということぐらいだ。
オヤシロ様については、興宮でもある程度の情報を得ることができるが、もちろん何も目新しいものは無い。
ということはもう、適当にでっち上げるしかないのだ。
俺はそれに、四苦八苦していた。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:31:42.28 ID:VOnqm7D20

気付くとあたりはもう薄暗く、そろそろ風呂を沸かさなければならない時間になっていた。
立ち上がって伸びをしてから、客室のほうを見やる。
電気がついていないということは、まだ雛見沢にいるのだろうか。
暗くなる前に帰るべきだということぐらいは、忠告すべきだっただろうかと思いはしたが、
結局、そんなことは常識の範疇なのだし、忠告しても気にしないやつは気にしない。
くだらない原稿の疲れもあって、俺はそんな投げやりな思考をしてから、吸殻の山が出来ている灰皿を持って、自室を出た。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:33:36.83 ID:VOnqm7D20

あたりが完全に暗くなってからしばらくして、静かに雨が降り出した。
朝比奈みくるたちはおそらく、雨具を持っていないだろう。
時計はもうすぐ10時を回ろうかというのに、彼女らが戻ってくる気配は無い。
探しに行こうか、と一瞬考えてから、俺は苦笑してその考えを打ち消した。
そこまでする義理はない。
大体、俺が原稿に集中している間に戻ってきて、もうとっくに部屋で眠っている、という可能性も、もちろんあるのだ。
原稿に意識を戻して、煙草をくわえる。
もうひとふんばりだ。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:36:47.71 ID:VOnqm7D20

そもそも、オヤシロさまの祟りというものは、件の大災害の際に広く認知されるようにはなったが、
この界隈ではそれよりももっと以前、実に4年も前から、その存在が単なる噂以上、そして信仰以上のものとして意識されるに至っていた。
それにははっきりとした原因がある。ひとつは、言わずもがな、雛見沢に古くから(起源まで遡ることは到底できない)ある、「オヤシロさま信仰」。
この信仰の概要については省略するが、このオヤシロさまが、この現代においても「祟る」神だったことは重要である。
そしてもうひとつの、直接的な原因が、「雛見沢連続怪死事件」。
この時期、雛見沢では、4年連続で、同じ日に、一人が消え、一人が死ぬ という「連続怪死事件」としか呼べないものが起こっていた。
この事件について、警察の見解は不明である。
また、これに関連する新聞記事は驚くほど少なかったので、認知度はゼロに等しかった。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:38:02.90 ID:VOnqm7D20

しかし、住民にとって「雛見沢連続怪死事件」は、現実に起こった「祟り」であり、
オヤシロさまの証明でもあったはずだ。更に、この怪死事件が起こる日が決まって、
オヤシロさまの祭りである「綿流し祭り」の日だったため、この認識はより強固なものとなった。
警察は、やっきになってこの事件を追っていただろう。
村を実質的に牛耳っていた園崎家が疑われていたという情報もある。
だが、その正否もわからぬまま、5年目の「綿流し」から幾日か経ったある日、
突如有毒な火山ガスが村全体を襲い、園崎家を含めた村人ほぼ全員が、死亡した。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:38:46.41 ID:VOnqm7D20

これをオヤシロさまの祟りだと言う声はよく聞こえる。
確かに、そう考えたくなる気持ちは否定できないだろう。
これは明らかに人為的なものではありえない。凄まじく巨大な力、すなわち自然の脅威に、
上位のものの意思を見るのは、人間の古来からの性質である、と言ってもいい。
古の昔から、人は恐怖に神を見た。
ここには、そんな古い神が確かに棲んでいたのだ。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:40:01.21 ID:VOnqm7D20

だが、
「だが、それだけではない……」
俺は呟いて、ディスプレイから目を離した。
これはインターネットなどでも話題になっていることだが、「有毒な火山ガスが発生した」という事実は
実は疑わしい。
これには様々な根拠があるが……

と、そこまで考えたところで、窓のあたりに何か気配を感じて、俺は振り返った。
暗くてよく見えないが、おそらく何もいない。
一応窓を開けて外を確かめたが、見えるのは街灯の少ない興宮の町で、
聞こえるのは段々と激しくなってきている雨音だけだった。


そして
次の日になっても、朝比奈みくるたちは帰ってこなかった。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/09(木) 18:40:51.81 ID:VOnqm7D20

※体験版はここまでです
ありがとうございました



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