涼宮ハルヒの憂鬱 another


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1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/09/24(水) 18:29:57.95 ID:H8kHiPKL0

需要なんてないだろうが、勝手に書いていくぜっ


「I'm so happy」

冬休みも間近に迫った、ある日の放課後

「今年も残すところ、あと半月ほどですね。」
爽やかフェイスの副団長様が、感慨深げに言った。
ああ、もう今年が終わるな。気苦労の多い一年だったよ全く。
来年は、ハルヒの奴がもう少し落ち着いてくれると嬉しいんだがな。

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/09/24(水) 18:31:11.62 ID:H8kHiPKL0

「それは無理な注文というものでしょう。その根拠と言ってはなんですが、既に終業式後から年明け後までスケジュールがいっぱいですよ。」
古泉はやや苦笑めいた声で、しかしどことなく嬉しそうな顔をするのであった。
ん、言葉とは裏腹に少し嬉しそうじゃないか?古泉よ。いつからお前はマゾになったんだ。
俺としては、活動の度に財布が軽くなっていくから、出来れば御免蒙りたいところなんだがな。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 18:33:43.29 ID:H8kHiPKL0

「それはあなたが決められた集合時間に来ないからでしょう。5分10分と経過していく中で、涼宮さんの顔がまるで鬼の形相になっていくんですよ?
僕の携帯がいつ鳴り出すかと気が気でなりませんから、今後は遅刻しないように努力願いたいものですね。」
遅刻したくて遅刻してるわけじゃないんだぞ?一応、目覚まし時計をセットするなど、起きる努力もしている。
だけどな、この時期は朝がとても寒く、夢心地に毛布に包まるのが何よりも気持ち良い。
至福の時を享受できるのは、今だけなんだ。仕方ないだろう。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 18:36:08.61 ID:H8kHiPKL0

「おかしいですね。僕の記憶では、あなたと知り合ってから最近に至るまでずっとそのような状態にありましたが?」
ぐうの音も出ない。それもそうだ、認めたくはないが俺はSOS団の財布係と言っても差し支えないだろう。
それほどの遅刻常習犯だ。くそ、何で誰も遅刻しないんだ。そもそも、ハルヒが罰金なんて言い出すからいけないんだぞまったく。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 18:37:31.60 ID:H8kHiPKL0

「あなたって人は・・・。」
なんだ古泉よ。俺は悪くないだろう?お前が遅刻すれば俺は奢らなくて済むから、次回から遅刻してくれよ。

「丁重にお断りさせて頂きますよ。僕もアルバイトをしてるとは言え、高校生ですからね。残念ながら、そこまでの余裕はありません。」
おいおい、俺なんてバイトもしてないんだぞ?幼気な少年から、僅かばかりの小遣いを毟りとって心が痛まないのかね。

「ルールはルールですから。あ、時間もないですし、そろそろ本題に移らせて頂きます。
今度のクリスマス会について計画の立案をしようと思うのですが。」
忘却の彼方に追いやっていた記憶が蘇ってくる。
そう、数日前にハルヒがクリスマス会の催しを行うことを宣言し、その計画を練りなさいなんて俺と古泉に押し付けやがった。
まったく、人使いの荒い団長様だ。無駄だとわかりつつも、少しばかり抵抗の意を示したが当然の如く却下された。
やれやれ、せっかく忘れていたのに思い出させてくれるなよ。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 18:39:08.08 ID:H8kHiPKL0

「それでですね、開催場所についてですが───」
俺の愚痴など全く意に介さず、古泉は話を進めていく。
俺は、立案に対し、ただただ頷くばかりであった。うん、めんどくさいしな。あいつに任せておけば、とりあえず大丈夫だろう。
くれぐれも、夏合宿の時みたいに殺人事件なんて起こさないでくれよ?
Xmasは、キリストの誕生を祝う祭日だ。そんな日に、殺人事件なんて罰が当たるぞ。
と言っても、俺は敬虔なクリスチャンではないし、信じてもいない神から罰が当たるのか甚だ疑問ではあるが。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 18:40:17.63 ID:H8kHiPKL0

「それは心得ていますよ。いくら我々がクリスチャンでないとは言え、そのような事をするのは気が引けます。
しかし、信じても居ない神の誕生を祝うと言うのも、おかしな話ですね。
最近では、その事実すら知らずにXmasというイベントに興じる人も多いようですが。」
仕方ないと思うがね。日本じゃ、Xmasは年末商戦と称して企業に利用されるだけの都合の良いイベントだからな。
本来持つ意味などどうでも良いのだろう。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 18:41:50.50 ID:H8kHiPKL0

「随分と冷めた・・・いや、冷静な分析ですね。サンタクロースが泣いてますよ。」
お褒めの言葉有難うよ。
しかし、そのサンタクロースにしたって、コカ○ーラ社の印象操作じゃないかって言われてたりするしな。
まぁ、これは事実ではないらしいが。Xmasというイベントは、知れば知るほど夢を奪われていく気がするね。
これでも幼い頃はロマンティシズムに溢れてたんだぜ?歳はとりたくないものだ。
先に断っておくが、俺がまだ高校生で、このような発言をすることに対してツッコミを入れるのは許可しないからな。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 18:44:07.38 ID:H8kHiPKL0

「あなたは聞き上手だとは思っていましたが、話し手としても優秀なようだ。ふふ、実に有意義な時間を過ごせましたよ。
残念ながら、帰宅時間を既にオーバーしていますので、続きはまた今度としましょう。」
ああ、もうそんな時間か。窓にかかるカーテンを開け、外を見ると、暗闇が支配する中で眼下には家々から発せられる光が広がっていた。
いつもならとっくに帰宅の徒についてる時間だ。なぜ気付かなかったのか、少し思慮した後、長門が居ないからだとの結論に達した。
実は、今日は古泉から重要な話があると言われ、放課後より二人きりでうちのクラスを使用して談義に花を咲かせていたのだ。
いつもなら、長門の帰宅時間を告げる本を閉じるという行為があるが、今日はこれがなかった。
ああ、そういえば朝比奈さんが淹れたお茶も飲めなかったじゃないか。受難だ。

古泉の奴が「あなたがクリスマス会を忘れてるから───」なんて抗議の声をあげていたが、それを軽く受け流し、校舎外へと歩を進める俺であった。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 18:46:39.57 ID:H8kHiPKL0

今日は冷えるな・・・。
首に巻いたねずみ色のマフラーが、その寒さを少し和らげてはいるが、それでも寒いものは寒い。


「暖かそうじゃないですか、そのマフラー。手編みですか?」
ん、そういえば古泉、今日はマフラーしないのか?いつもしてただろう。
「ああ、一昨日のアルバイトで破れてしまいましてね。まだ買っていないのですよ。」
そうか。これからまた、一段と寒さが厳しくなるから早めに買った方がいいぜ。
風邪引いてちゃ、アルバイトも出来ないだろうしな。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 18:48:10.20 ID:H8kHiPKL0

「出来れば、アルバイトなどないほうが良いのですがね。」
苦笑気味にあいつは言った。
まぁ、それもそうだな。せめて年末年始くらいは、ゆっくりしたいだろ。

と、閑談しつつ、坂下の三叉路で古泉と別れた。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 18:49:35.01 ID:H8kHiPKL0

───Xmasか・・・

俺は、自宅へと自転車を漕ぎながらふと昔のことを思った。


それは、まだ俺が中学3年生の時の話だ。

当時、俺は受験真っ只中にあった。春先から、2年次の成績に不満を持っていたお袋により、塾通いを強制され、勉強漬けの日々。
・・・というわけでは決してなかったが、小遣いを減らされない程度に勉強に励んでいた。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 18:50:54.56 ID:H8kHiPKL0

12月中旬

世間ではXmasだ正月だと騒ぎ賑わっているのにも拘らず、当然そんなこととは無縁の生活である。
いや、別に残念だってわけじゃあないぞ。
仮に受験がなかったとしても、そのようなイベントに積極的に参加する性分でないのは俺自身理解しているところだからな。
特に前者のイベントなど、世間一般で持つ意味においては、俺と一生縁がない類のものであることは自明の理である。

金曜日の塾帰り、あいつと二人乗りをしながら、季節柄このような話をして帰宅の徒についていた。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 18:52:43.78 ID:H8kHiPKL0

「くっくっく。そう卑下しないでくれ給えよ、キョン。」
自転車の荷台に乗っているそいつは、得意の喉奥で鳴らす独特の笑い声をあげながら言った。
「キミだって、歳を重ねていけばそういう機会に巡り合うこともあるさ。
ただ、今年は高校受験という手前、そのようなイベントには参加すべきでないし、誰かに誘われてもほいほいとついて行ってしまってはダメだよ?」
ああ、わかってるさ佐々木。さすがの俺も、受験当日まであと3ヶ月弱といった時期に遊び呆けたりはしない。
なんだその眼は?おいおい、信じてくれよ。さすがに小遣い減らされるのは困るから俺なりに勉学に励んでるんだぞ。

「ふむ。それは、キミのご母堂も喜ばしい限りだろう。成績が伴ってくれれば言うことはないと思うのだがね。」
う、痛いところを突きやがる。
そりゃあ、俺はお前ほど勉強してないし、頭も悪いけどな、そこまではっきり言われると傷つくものがあるぞ。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 18:54:28.94 ID:H8kHiPKL0

「これは失敬した。悪意はないから、許して欲しい。」
佐々木は本当に申し訳なさそうに謝ってきた。
いや、別に大して気にしてないから良いんだけどな。そういえば佐々木、お前この前の模試は結果どうだった?
って、聞くまでもないか。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 18:57:17.24 ID:H8kHiPKL0

「キミは僕を買被り過ぎだよ。それなりの努力はしてるつもりだがね。」
そう言って、俺の得点より遥かに成績の良い模試の結果表を読みあげられた。
頭の出来が根本的に違うんだな。俺じゃ逆立ちしたってそんな点は取れんぞ。

「くっくっく。キョン、キミは自分に対して低評価過ぎる。もっと自信を持つべきだと思うよ。」
お前の模試の結果を聞いて更に自信がなくなったとだけ言っておこう。

「そうか、では自信を喪失させてしまった責任をとって、僕がキミ専属の家庭教師になろう。そのくらいの謝意は受けとって貰えないだろうか?」
おう、貰えるものは何でも貰うぞ。ただ、勉強関連なのが残念だ。
他の物なら諸手を挙げて喜べるんだがね。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 18:59:10.35 ID:H8kHiPKL0

「くっくっく。実にキミらしいね。では、さっそく明日からキミの家か、僕の家で勉強をしよう。」
なんだか、悪いな。傷ついたって言ったのは、ほんの冗談のつもりだったんだが。
第一、自分の勉強は良いのかよ。俺なんかの勉強見て、試験落ちられても責任取れないぞ。
まぁ、お前のことだから、そうは言っても絶対に受かると思うが。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:00:14.25 ID:H8kHiPKL0

「もちろん、僕も勉強するし、落ちる気はないから安心してくれ給え。同じ部屋でやるのだから、わからないところがあればお互いに聞こう。
でも、万が一、落ちてしまったら責任は取っておくれよ?くっくっく。」
俺はお前がわからない問題を解ける自信などないぞ。
なんたって、俺の成績はお前のそれより遥かに下だからな。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:01:21.79 ID:H8kHiPKL0

「もしかしたら、僕が知らなくてキミが答えを知っている場合があるかもしれないよ。
それにね、キョン。他人に物事を教えるということは、自身の研鑽にもなるからとても有意義なことなのだよ。」
確かにそうかもしれんな。まぁ、明日から宜しく頼むよ。
俺の家でやる時は、お茶と菓子くらいなら出すぞ。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:02:43.36 ID:H8kHiPKL0

「くっくっく。殊勝な心がけだね。では、明日はキミの家でやるとしよう。実に楽しみだ。」
勉強するのがそんなに楽しみなのか?変なやつだ。
俺はしなくて良いというなら、勉強なんてしないんだがな。受験だから仕方ない。

「・・・キミは本当に朴念仁だね。」
はて、なんのことやら。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:05:10.10 ID:H8kHiPKL0

それにしても今日は冷えるな。雪でも降ってきそうだ。
「天気予報によると、今日は降雪はないそうだよ。ちょうど、XmasEveに降るらしい。」

ほう、今年はWhiteXmasか。といっても、俺には関係ないわけだが。
浮いた話のひとつでもしてみたいもんだ。やれやれ。

「キ、キ、キョン!?」
ん?なんだ佐々木よ。

「いや、何でもないよ。ははっ」

程無くして、佐々木宅の前に着き、玄関まであいつを見送った後、そのまま自宅を目指してペダルを漕いだ。
(後ろに佐々木が居ないと、背中が冷えるな・・・ブルブル)

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:06:38.22 ID:H8kHiPKL0

───もう家か。
記憶の海に囚われてたせいか、いつもより自転車に乗っている時間が短かった気がした。

そういえば、あの頃、塾がある日はこのくらいの時間に帰宅してたんだよな。
あいつは今なにをしているのだろう。

自転車を降り、自宅に入った俺は、いつもと変わらぬ日常へと戻っていった・・・はずだった。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:08:07.04 ID:H8kHiPKL0

その日の深夜、俺はどうにも寝付けず、帰り道に思い出した昔日について、記憶の集合体からそれを掬う作業へと再び神経を集中させていくこととなる。

・・・

・・・・・・

「キョン君!お客さん───!」
うぐっ。妹よ、朝からボディプレスするのはやめなさい。いや、日中でも夜中でもしないで欲しいが。
お兄ちゃんは、お前の将来が心配だぞ。
「だって、キョン君呼んでも全然起きてこないんだもん。」
だからって、ボディプレスはないだろ。もっと優しく起こしてくれよ。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:09:27.32 ID:H8kHiPKL0

まだ眠いが、客が来ているとあっては行かないわけにもいくまい。
眼をこすりつつ、服を着替え、欠伸をしながら玄関に向かう。
それにしても誰だ?土曜の朝っぱらから、俺の睡眠を邪魔する奴は。
相手如何では謝罪を求めるぞ。まったく。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:10:40.52 ID:H8kHiPKL0

階段を下りてすぐ、居間のほうから声がした。
「やぁ、キョン。約束の時間は9時だったと記憶しているが、現在9時15分過ぎだよ。どういうことかね?」
ん、なんで佐々木がここに居るんだ?それに約束って。
ああっと・・・

すまん、佐々木よ。悪気はないんだ、許してくれ。
「キョン、キミってやつは・・・キミってやつは・・・。」
佐々木さんはとても不機嫌なご様子だ。
それもそうだろう、15分待たされた挙句、昨日の今日で約束を忘れられていたのだから。
いや、本当に申し訳ない。俺の為に来てくれたのに。

埋め合わせはするから機嫌を直してくれよ。俺が出来る範囲でのことだが。
「考えておくよ。」
そう言って、佐々木は少し機嫌を直してくれたみたいだ。良かった良かった。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:11:58.21 ID:H8kHiPKL0

さて、その後、俺の部屋で3時間ほど勉強に励んだわけだが、さすがに疲れてきた。主に俺が。
そこで昼食にしないかと提案したところ、佐々木も腹が減っていたらしく、快く了承してくれた。

「キョン、実はね、サンドウィッチを持ってきたんだ。僕の手作りだからね、よく味わって食べてくれ給え。」
佐々木は、トートバックの中から水筒とサンドウィッチの入った容器を取り出しながら言った。
おお、タマゴとハムとレタスのこれ、凄く美味しいぞ。やっぱりお前は料理上手だな。
将来お嫁さんとして引く手数多なんじゃないだろうか。その口調直せばだがね。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:13:33.06 ID:H8kHiPKL0

「くっくっく。この口調を改める気は更々無いよ。キミがどうしても女口調で話して欲しいと言うなら、キミの前でのみそうなることも吝かではないが。」
俺は別にそのままで構わんが。
あー、佐々木、そういえばここが判らなかったんだ。教えてくれ。

「ここはだね、変形して───移行すると・・・───」


こうやるのか。よし、できた。
・・・ううむ。やはり授業中に惰眠を貪っているツケなのか、教えて貰うまで全く判らなかったぞ。
「くっくっく。教えて貰ってすぐ出来ると言うことは、キミ本来のスペックはやはり高いのだよ。僕と同じかそれ以上かもしれないね。」
俺を褒めたって何も出てきやしないぞ。木に登ったりもしないからな。
と、軽口を叩きつつ、また目の前の問題集に取り掛かる。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:15:05.63 ID:H8kHiPKL0

4時間後

なぁ、佐々木よ。少し休憩にしないか?疲れただろ。俺は疲れたぞ。
「そうだね。もう4時過ぎだし、一度休憩を挟むとしようか。」
ふう。なんとか休憩を貰えたが、あいつはどうしてああも集中力が続くのかね。
本当に同じ人間なのだろうか。神は俺たちに対して、あまりに不平等だ。


なんてことについて考えていたら、また佐々木を怒らせてしまった。
「キョン!人がさっきから話しかけてるのに、何も反応してくれないとはどういう了見だね?」
ああ、すまん。少し考え事をしていてな。
で、何用だ?

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:16:26.45 ID:H8kHiPKL0

「キミってやつは・・・。そんなことだと、いつか刺されるよ?」
何故だろう、妙にお腹がちくちくと痛い。言霊と言うやつだろうか?
それとも前世で、刺された経験でもあるのかね。わからん。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:17:28.90 ID:H8kHiPKL0

「何をぶつくさ言ってるんだね?」
いや、こちらの話だ。話を聞いていなかったのは本当に悪かったよ。
良ければもう一度お聞かせ願えないだろうか?
「まったく。じゃあ、もう一度だけ言うから良く聞くんだよ。キョン、キミは12月24日のスケジュールは空いてるかね?」
あいにく、その日は自宅学習の予定が入ってるな。お前もだろ、佐々木よ。

「僕も午前中は、自宅学習の予定が入っているのだけれど、夜はそうでもないんだ。
実は、僕の父がとあるホテルのディナー招待券を貰ってきてね。それに行くことと相成っているんだ。」
ほう、それはまた豪勢だな。ホテルでディナーなんて羨ましいことこの上ないぞ。
俺なんて、例年通り家でいつもと変わらない食卓となること請け合いだ。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:19:05.42 ID:H8kHiPKL0

「本来は家族水入らずで行く予定だったのだけれど、両親共通の知人の訃報が届いてしまってね。
12月23日より葬儀に行かなくてはならなくなったんだ。」
それはそれは・・・。この時期に大変なことだな。
お前は行かなくて平気なのか?
「僕はその人と面識はないからね。それに受験もあるから留守番することになってるのさ。
そこでだよ、キョン。僕と一緒にディナーへ行ってくれないか?」
これはまた突然だな。お袋達が許してくれるかわからんぞ。
「キミのご母堂には、既に了承を頂いているよ。ちなみに、券の代金は要らない。父が無料で頂いたものだからね。」
お前、いつの間にそんな話したんだ。
ていうか、お袋はそんなこと一言も言わなかったぞ。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:20:18.59 ID:H8kHiPKL0

「それで、行くのかね?行かないのかね?僕としては、キミと四方山話などをしつつ食べたいのだけれど。」
美味しい物が食べられるんだろ?
滅多にないチャンスだ、連れて行ってくれるというなら、喜んでお供させて貰おう。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:21:25.13 ID:H8kHiPKL0

あれ、でも、昨日塾の帰り道で、この類のイベントには参加すべきでないとか言ってなかったか?
「い、いや、たまには息抜きも必要だと思うよ?それにキミは最近とても頑張っているじゃあないか。
根を詰めすぎのは良くないんじゃないかな。」
そんなものか?俺としては、勉強をしなくて良いわけだから願ったりだが。
親公認だしな。

「では、3日後駅前広場の噴水前に18:00待ち合わせとしようか。時間通りに来てくれ給え。」
ああ、さすがに18時なら寝坊することはない。了解だ。
あ、午前中は一緒に勉強するか?ん、用事があるのか。じゃあ、仕方ないな。

(キ、キョンとデ、デート/// 服はなにを着ていこう・・・)

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:22:43.68 ID:H8kHiPKL0

ん、佐々木よ。どうした、顔が真っ赤だぞ。
熱でもあるのか?

「いやなに、キミへの思慕の思いで頭がいっぱいなだけだよ。」
(思慕ってなんだったか。思い慕う・・・親友か!)
ああ、俺もだよ。お前とは会話も弾むしな。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:24:05.18 ID:H8kHiPKL0

「キ、キ、キョン??そ、それは、どどどういう意味かな?!」
対面に座っていたはずの佐々木が、いつの間にか俺の隣に居る。
どういう意味って?言葉通りの意味でしかないぞ。
俺はお前みたいに回りくどい言い方は出来ないしな。

「え、ええっと、僕のことが好きと受け取って良いのかね?」
ああ、お前は最高の親友だと思ってるよ。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:25:18.55 ID:H8kHiPKL0

「・・・キ、キョンのバカー!この朴念仁!!」
痛い、痛いぞ佐々木。そんな分厚い参考書で叩かないでくれ。
なんで、俺が叩かれなきゃいけないんだ?俺は断じて叩かれるようなことは言ってないぞ。
神に誓っても良い。

その後、あいつを宥めるのに30分ほどの時間を要した。3日後に財布が軽くなるのも規定事項となった。
女心と秋の空。今は冬か。さっぱりわからんね。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:26:24.45 ID:H8kHiPKL0

勉強もそこそこに。
窓の外を見ると、もう陽が落ちるところだ。夕暮れの、赤と黒のコントラストがとても綺麗で、少し見とれてしまった。

なぁ、佐々木。今日はうちで夕飯食べていくか?
もう遅いし、食べ終わったら自転車でお前の家まで送っていくぞ。
夜に女性の一人歩きは危ないからな。
「くっくっく。一応、キミは僕のことを女性だと認識してくれているんだね。嬉しいよ、キョン。
しかし、毎度毎度そのような恣意的提案をすることには悪意すら感じるね。キミは唐変木を装って、僕を弄んでるだけなんじゃないかと疑ってしまうよ。」
佐々木よ、俺はそんな難しい言葉を立て続けに並べられても理解できないぞ。
で、夕飯は食べるのか、食べないのか。どうするんだ?

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:27:50.23 ID:H8kHiPKL0

「そうだね、ひさしぶりにキミのご母堂の手料理を食べたい。良ければ、その方向で調整を行ってくれないだろうか?」
もちろん、僕も微力ながら手伝わせていただくよ。と佐々木は付け足した。

そうと決まれば、お袋にこの事を伝えなくてはならない。
よっこいしょっと・・・何だ、その顔は。爺くさい?ほっとけ。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:28:54.23 ID:H8kHiPKL0

佐々木と共に階下にある、居間まで降りる。
お袋は、既に夕飯の支度を始めているようだった。妹は、TVアニメを見てケラケラと笑っている。
気楽なもんだねえ、小学生は。こっちは毎日、勉強で四苦八苦してるってのに。

ああっと、お袋、佐々木に夕飯を食べていって貰おうと思うのだが、大丈夫かね?
「はいはい。もう遅いから、そうして貰おうと思ってね、佐々木ちゃんの分も作ってるわよ。
帰りは、ちゃんとお家まで送ってあげなさい。あと、親御さんが心配するといけないから、ちゃんと連絡を入れておいてね。」
その辺は佐々木も抜かりない様で、既に連絡を済まし、了承を貰っているようだ。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:30:56.25 ID:H8kHiPKL0

「おばさま、私も手伝います。」
と、佐々木は俺と会話する時とは別の慇懃な挨拶をし、台所に立った。
あらあら、悪いわね。なんて、言うもののお袋は嬉しそうだ。

それもそうだろう、妹は女の子でありながら、炊事を手伝うなどという思考を持ち合わせていない。
いつも、家事全般をお袋が一人でやっているからな。手伝って貰えると楽なのだろう。

それにしても、あいつ、エプロンが似合うな。
・・・ああ、妄言だ。忘れてくれ。
などと、脳内で繰り広げられていた時のことだ。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:32:17.29 ID:H8kHiPKL0

「佐々木ちゃんが、あの子のお嫁さんになってくれたら───」
ぶふっ。先程自分で淹れて、啜っていたお茶を噴出してしまった。
ゴホゴホ・・・はぁはぁ。気管にお茶が入ったのか、10秒ほど息が止まった気がする。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:33:25.92 ID:H8kHiPKL0

お袋、一体何の話をしてるんだ。佐々木が顔を真っ赤にしてるぞ。
大体、俺と佐々木はそんな関係じゃねえよ。迷惑になるから、そういうことは言わないでくれると嬉しいのだが。
「あら、良いじゃない。私は大歓迎よ。」
当人同士の意見は無視ですか。
やれやれ・・・また財布が軽くなるなこれは。後で小遣いupの要求をしようかね。

お袋が冗談ともつかない話をしたせいで、食事中の雰囲気は何とも微妙なものとなった。
が、それでも二人の作ったハンバーグはいつも食べるそれよりも美味しかった。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 19:34:23.60 ID:H8kHiPKL0

「佐々木ちゃん。また、一緒にお夕飯作りましょうね。」
食事を済ませ、小休止した後、佐々木を自宅へと送ろうと玄関を出ようとしたときに後ろから声がした。

「はい、おばさま。またご指導のほど宜しくお願いします。」
佐々木よ、そんなに律儀に答える必要はないぞ。お袋の顔に、お前が手伝ってくれると楽できて助かるわって書いてあるしな。
「キョン、これは僕の意思に基づく発言だよ。おばさまの味付けを覚えておきたくてね。」
なんで、お前がうちのお袋の味を覚えたがるんだ?
「そ、それは───」

「ほらほら、あんまり喋って遅くなるとご両親が心配なさるから、早く送ってあげなさい。」
ああ、そうだった。自転車持ってくるから、少し待っててくれ。
佐々木がほっとしたような表情を見せたのは、たぶん気のせいだろう。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 20:08:30.78 ID:H8kHiPKL0

保守してくれた人有難う。


寒風が身に染みる。
きっと、気温は氷点下を下回っているのだろう。肺へと吸い込んだ空気が痛覚を齎す。
後ろに座っているあいつはスカートを履いているわけだが、寒くないのだろうか。
俺が前に居ることで、直接風が当たらないから少しは寒さが和らいでいるのかね。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 20:11:05.37 ID:H8kHiPKL0

「ねぇ、キョン。」
ん、なんだ。
「いつだか僕が、恋愛は精神病の一種なんて言ったことを覚えているかい?」
荷台の佐々木は、俺の背中に頭を凭れかけながら言った。
ああ、覚えてるよ。
「実は、最近その精神病を患っているみたいなんだ。」
お前でも誰かに対して、特別な好意を向けることがあるのか。
幸せなやつだなそいつは。羨ましいことこの上ないぞ。
「キョン、それは本気で言っているのかい?」
ああ、本気も本気だぞ。お前に、好意を寄せられて疎ましく思う男など居ないだろう。
居るとしたら、そいつは男性愛者か目が節穴だとしか思えないな。もし、そいつがそうだったら連れてきてくれ。説教してやる。
「そういう意味ではないのだけれど。まぁ、キョンらしいと言えばキョンらしいのかな。くっくっく。」

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 20:15:37.37 ID:H8kHiPKL0

「あ、悪いのだけれど、少しここで自転車を止めてくれないだろうか。」
どうした?まだ、お前の家までは随分あるんだが。
「キミさえ良ければ、少し寄り道をしたいのだがね。どうかな?」
そうだな、どうせ家に帰っても布団の上に寝そべってそのまま寝ちまいそうだし、構わないぞ。
で、どこに向かえば良いんだ?
「ありがとう、キョン。では、僕の家の側に、小さな公園があるのは知ってるかな。そこまでお願いしたい。」
了解だ。
でも、あの公園には草木とベンチくらいしかなかったと思うのだが。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 20:20:10.14 ID:H8kHiPKL0

佐々木は、この後、公園に着くまで無言だった。
後ろを振り返ってみると何か考え事をしているように見えたが、長時間勉強をして俺の思考回路は既にオーバーヒートしているからして、それを探るのは早々に諦めた。


公園に着いたものの、進入禁止を前面に打ち出す防護柵によって自転車が入れない。
この前までこんな柵なかったじゃないか。
仕方ないので、公園近くにあるコンビニの前に自転車を止めることにした。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 20:22:22.18 ID:H8kHiPKL0

佐々木、悪いんだが少し公園のベンチで待っててくれないか。自転車を置いてくる。
「すまないね、僕のわがままのせいで。」
いや、気にする必要はないぞ。今日はずっと家に居たし、少しくらいは外に出ないとだめだろう。
じゃあ、置いてくるよ。すぐ戻る。

うーむ、とは言ったものの、何も買わずにコンビニの店先に自転車を置くのは俺の理に反する。
皆も、週刊誌を立ち読みしに行ったのに、何となく悪い気がして特に必要のない物を買ってしまったりしないかね?
って、俺は誰に話しかけてるんだ。やれやれ。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 20:25:35.13 ID:H8kHiPKL0

とりあえず、コーヒーを2つ購入し、佐々木の待つ公園へと足を早める。
(うぅーさむっ・・・ブルブル)
店内は暖房が効いていたので、外がやけに寒く感じた。

すまん、待たせたな。
「遅いじゃないか、キョン。僕はとても寒い思いをしたよ。これで風邪でも引いたら、どう責任を取ってくれるんだね?」
そのときは、お前の家に行ってつきっきりで看病してやるさ。
ほら、どちらでも好きなほう選んでくれ。
「!! キョン、キミはいつからそんなに気が利く人になったのだね?」
せっかく買ってきてやったというのに、酷い言いようじゃないか。
これでも、周りからは紳士だね、ジェントルマンだねなんて呼ばれたかったりするんだぞ。
「そう呼ばれたいのなら、呼んであげるよ。ただし、その唐変木を治してからだけどね。Mr.Gentleman?くっくっく。」
いや、丁重にお断りしておこう。それに、俺は唐変木などでは決してないぞ。
現に、お前が寒がっているだろうなと思って、こうやってコーヒーを買ってきたじゃあないか。

「キョン、本当に気が利くなら、女性に缶コーヒーはやめたほうが良いかもしれないね。」

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 20:27:58.91 ID:H8kHiPKL0

缶コーヒーに、何か不都合でもあるのか?
「世の女性は、缶に直接口をつけて飲むことをあまり好まないようだよ。口紅がついて気持ち悪かったりするらしいね。」
お前は口紅をつけてないから、その点は大丈夫じゃないか?
「キミは、今大変失礼なことを言ったよ。僕だって、そのうち口紅をつけることもあるだろう。
今はリップクリーム程度のものだけど、覚えておいても損はないんじゃないかな。」
すまん、俺が悪かった。
謝るから、そのフグみたいに膨らましたほっぺたを萎めてくれないだろうか。
せっかくの美人が台無しだぞ。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 20:31:54.99 ID:H8kHiPKL0

今度は頬を紅潮させ始めた。まったく器用なやつだ。
「キ、キ、キョンがそんなこと言うからいけないのだよ。人の気も知らないで。」
はぁ、今度はそっぽを向かれてしまった。
こうなっては、俺にはお手上げ状態である。女性心理というやつはよくわからないものだ。やれやれ。

精一杯の謝意を伝えたところで、佐々木の機嫌が直るのをじっと待つ。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 20:35:01.10 ID:H8kHiPKL0

ああ、今日は雲が出ていないから、オリオン座や冬の大三角が見えるな。
星座等については、小学生の頃に習った知識であるが、我ながらよく覚えていたもんだ。
この記憶力があれば、高校受験も安泰だろう。根拠はないが。

ん、あの星なんて言う名前だったっけか。
シラス・・・違うな。シトラス・・・なわけないし。かなり有名な星だったはずなんだが。
前言撤回。高校受験危うしだ。

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 20:36:40.73 ID:H8kHiPKL0

視線を地上に戻し、佐々木のほうを見る。
「!! な、なんだね、キョン。急に見ないでくれ給えよ。」

なぁ、お前はあの星の名前知っているか?
「急にどうしたんだい?」
いや、星を見ていたんだが、どうしても名前が思い出せなくてな。
物知りのお前なら分かるだろう。

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 20:40:25.23 ID:H8kHiPKL0

「期待に応えられるかわからないけれど、努力してみよう。どの星だね?」
ああっと、オリオン座があるだろ?
あれの一番左上が、冬の大三角形へと繋がっているわけだが、その大三角形の一番下の部分の名前が知りたい。

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/24(水) 20:42:27.65 ID:H8kHiPKL0

「キョン、明日から勉強時間を2時間ほど増やそうか。
僕は、キミの将来を楽観視していたけれど、今ので悲観的な見方が強くなったよ。」
おいおい、今日だって9時から19時近くまでやったんだが。
さらに2時間も増やしたら、娯楽に費やせる時間がなくなってしまうではないか。
それは佐々木にしてもそうだろう?

「僕はキョンの為なら、睡眠時間を削っても良いと思ってるよ。なんなら、今日キミの家に泊まるのも吝かではないが。」
それ洒落になってないぞ。徹夜で勉強なんて、定期試験前だけにしてくれよ。まったく。
ああ、神よ。従順なる私めに、どうか安らかな眠りを授けたもう。
「キミってやつは・・・キミってやつは・・・。どこまで唐変木なんだね!」

128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/25(木) 12:31:39.47 ID:V2WVz1zO0

悪かったな、唐変木で。ここ数日、何度も言われていることなのできっとそうなのだろう。
それに否定しようにも、あいつが言葉を発するのは理論武装が完全に済んでからだ。
孫子曰く"算多きは勝ち、 算少なきは勝たず。而るをいわんや算無きに於いてをや。"ってやつだな。

「てっきり、反論されるかと思って、色々思案し論破する準備をしていたのだけれど、杞憂に終わったようだね。」
危なかった。無条件降伏していなければ、あいつのお小言に1時間は付き合わされることになっていただろう。
「何か言ったかい?」
いえ、何も申しておりません。どうか平にご容赦の程をお願い奉る。

「何だねそれは。キミはときどき突拍子もないことを言うね。くっくっく。」
そう言うと佐々木は、いつもの屈託ない笑顔を見せるのだった。
ん、いや、まぁなんとなくだ。気にしないでくれると有難い。

130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/25(木) 12:48:43.17 ID:V2WVz1zO0

「先程コーヒーを奢ってもらった事だし、この件については不問にしてあげるよ、キョン。」
うむ、奢った甲斐があるというものだ。
「勉強時間は増やさないとダメだがね。」
ニコニコしながらそう言うあいつは、有無を言わさぬ迫力を帯びていて、俺は再び地獄へと突き落とされた。

せ、せめて、年明け、三が日が過ぎてからにしないか?
お前も、初詣とか行くだろう。俺なんかの勉強に付き合わしちまったら悪いしな。
「ふむ、確かに僕は今年も初詣には行くつもりだ。では、こうしよう。一緒に初詣へ行った後、僕の家で勉強をする。」
おいおい。俺は正月三が日は、家でごろごろとして一歩たりとも外出しないのがポリシーなんだが。
初詣なんて、人がいっぱいで疲れるだけじゃないか。

「そのようなポリシーは今すぐ撤廃することをお勧めするよ。キミは、人並みに勉強しているようだけれど、先程の質問から察するに志望する北高へと進学できる可能性は100%じゃなさそうだからね。
初詣に行って、普段信じてもいない神様にでも、進学祈願をしたほうが良いのではないかね?」
と一息に言い切り、俺に反論の余地すら与えてくれなかった。
あいつに成績のことを言われてしまったら、俺はうんともすんとも言えないのだ。

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/25(木) 13:00:45.28 ID:V2WVz1zO0

───暫しの沈黙・・・。

所謂友達という関係であれば、この沈黙はとても苦になるものだろう。
どちらともなく、それに耐えられなくなったほうが、あるいは二人同時に何か言葉を発しようとするはずだ。
しかし、佐々木とはそうじゃない。この沈黙すらどこか心地よさを感じさせる。
あいつが同じように感じてくれているか、それは俺には判りかねるが、少なくとも沈黙が苦痛とはなっていないように見受けられた。

「キョン、先程の質問だけれど。」
そういえば答えを聞いてなかったな。確か、頭文字はシだったと思うのだが。
「うん、そうだね。あれは、シリウスと言うのだよ。」
ああ、それだそれ。なぜ、忘れていたんだか。
天体の中では、最も有名なうちの一つなんだけどな。若年性アルツハイマーなのだろうか。

133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/25(木) 13:13:20.78 ID:V2WVz1zO0

「キョン、人は一度知ってしまったものとは二度と別れることはできないのだよ。
長い間使われなかったそれは、湖のそこに溜まる沈殿物のように、奥底にあるだけなんだ。
だから、周期的にそれを掬いあげてやらないと、忘れるという状態に陥ってしまうらしい。先程までのキミのようにね。」
なかなか、興味深い話だな。
記憶の湖、そのようなものが俺の脳内にあるとすれば、俺はどれだけの沈殿物を溜め込んでいるのだろうか。

「では、キミの湖に少しその沈殿物を増やしてみても良いかね?」
ああ、お前の薀蓄なら大歓迎だ。聞いてて飽きないしな。
「そう言ってくれる人が居るというのは、話し手にとって凄く幸せなことだよ。ありがとう、キョン。」
どう致しまして。で、今日は何の話をしてくれるんだ?
唐変木の由来についてなら勘弁して欲しいんだが。

「くっくっく。それについては、また今度話すこととしよう。」
お前、本当に博識なやつだな。
そんなのことを知っている中学生は、日本中探してもお前だけだと思うぞ。
「お褒めの言葉と受け取っておくよ。」

135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/25(木) 13:28:57.09 ID:V2WVz1zO0

それから佐々木は、シリウスについて語り始めた。
おおいぬ座に所属しているとか、地球からの距離が約8.6光年であるとか、伴星の白色矮星を持っていて、それが判ったのが1862年だとかな。
俺も男だから、この広大な宇宙にロマンを感じないわけではない。
あいつの語るこの話は、俺のちっぽけな脳みその知識欲を満たすのに十分過ぎるほどの内容であった。

疑問に感じたことについて聞けば、あいつは俺が満足いく回答をしてくれたし、また俺の言葉から、あいつが新解釈を説いたりする。
このような関係は今後の人生において二度と構築することは出来ないだろう。断言できる。
そう感じるとともに、俺はこいつとこれからもずっと一緒に居ることが出来るのだろうかという漠然とした不安が生まれた瞬間でもあった。

(ササキトハナレル・・・?)

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/25(木) 13:43:35.51 ID:V2WVz1zO0

「・・・ン・・・キョン!どうしたの?」
あ、悪い悪い。ちょっと、考え事をしてしまってな。
「呼びかけても全然反応がないし、目の焦点があってないから心配したじゃないか。」

あ、やばい。公園の時計を見ると22時をとっくに回っている。2時間程、ベンチの上で過ごしてしまったようだ。
佐々木、今日はもう帰ろう。親御さんが心配してるだろうからな。
「いつの間にか、こんな時間になってしまったようだね。時の歩みは人が違えば速さも異なるなんていうけれど、僕たちは同じ時間を共有できたのだろうか。」
ん、それはどういう意味だったっけか。シェークスピアと記憶してるが。

「キョン、キミは受験に関係ないこと、雑学については博識だね。」
それは、褒めてるのか貶しているのかどっちだ。
「さぁ、どっちだろうね。くっくっく。」
まったく。やれやれだ。

138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/09/25(木) 13:57:56.86 ID:V2WVz1zO0

その後、佐々木を徒歩で家まで送り届け、コンビニで自転車を回収したのち、家路へと着いた。
帰宅した俺を待ち受けていたのは、鬼のような形相の母親であったことは言うまでもない。

ああ、今日はよくよく人に怒られる日だ。
め○ましテレビの占いもたまには当たるもんだね。

小一時間の説教と、来月の小遣い減額を言い渡され、すっかり傷心の俺は早々に寝床へついた。

───明日は佐々木の家で勉強か。
遅刻するとまた不機嫌になるから、遅刻しないようにしなくては。

などと、考えてるうちに俺は深い眠りへと落ちていくのであった。



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