1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 14:21:21.25 ID:PKCihI6J0
「今度単位落としたら、あんたのせいだからね」
私はいつものようにそいつに話しかけた。
私の部屋の机に立てかけてある、白黒写真に。
髪にアホ毛のついた、そいつに。
季節は夏。外では、セミが威勢よく羽音を立てて鳴いている。
今日私は、前期最後の試験を受けに行く。
正直言って、あまり勉強は足りていない。
「行ってきます」
私は家を出発し、大学に向かって歩き出した。
そういえば、あいつがいなくなってからどのくらい経つっけ。
・・・確かそう、一ヶ月くらい。
それは、一ヶ月前のことだった。
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 14:23:39.23 ID:PKCihI6J0
その頃、私はいよいよ始まる大学初の試験に、いささか燃えている所だった。
小さい頃から、つかさを始め勉強のできない人間に囲まれて暮らしていた私は、
不遜ながらも自分の学力にプライドを持っていた。
それは大学でも相変わらず。周りよりいい成績をとることに必死だった。
大学の講義が終わり家に帰ってきた私は、真っ先に自分の部屋に行き、
机にテキストとノートを広げ、試験勉強に打ち込んでいた。
暫くすると夕食の声がかかったので、階段を降り、家族とご飯を食べる。
その日は確か冷やし中華だった。
食事を済ませた私は、お風呂も済ませ、再び机に向かっていた。
その時である。プルルルル、と電話が鳴ったのは。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 14:27:33.03 ID:PKCihI6J0
何となく私が出なきゃと思い、部屋を出て、玄関前にある電話の受話器を取った。
「もしもし柊です」
「あ、もしもし。かがみちゃんか」
声はこなたの父、そうじろうさんだとわかった。
「え、はい、そうですけど。どうしたんですか?」
「・・・ええとな、・・・その」
「?」
この時、私はおかしいと思った。
そうじろうさんには、以前お会いしたことがある。
こなたの家に遊びに行ったときに。とても陽気な人だったはず。
どう考えても、陽気な人の話し方ではなかった。
「あの・・・こなたが・・・」
「こなた?どうし・・・・・・たんですか」
返事をしながら、気付いてしまった。私は自分の顔が引きつっているのを感じた。
13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 14:34:04.80 ID:PKCihI6J0
「・・・死んだんだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・あ、・・・そ、そうなんですか」
「・・・・・・ん、・・・心筋梗塞・・・で」
「・・・あ、・・・わかりました」
「ああ、ん・・・じゃあ」
「では・・・」
「あ、あ、えっと、葬式だけど、明後日な」
「あ、はい・・・失礼します」
電話を切った。・・・いなくなった、あいつ。
その時、何やら人の気配を感じ、私は素早く右を向いた。
そこには、主人がいなくなって不安になっている犬のような表情で、
つかさが立っていた。
16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 14:36:36.66 ID:PKCihI6J0
私が急に振り返ったのにびっくりしながら、つかさは言った。
「・・・あ、あ、え、こな、ちゃん?何?どうしちゃったの?
お姉ちゃんすごくな、何か真剣だったけど?」
慌てるつかさに、私は一言こう言った。
「・・・あんたもわかっちゃったんじゃない」
すると、つかさは項垂れて、くるっと向きを変え、
とぼとぼ自分の部屋へと戻っていった。
その時から既にすすり泣くような声が聞こえていたが、
私が部屋に戻った頃には大泣きに変わっていた。
いのり姉さんやまつり姉さん、そしてお父さん、お母さんと、
次々につかさの部屋に急ぎ走る音が聞こえてきた。
4人とも、精一杯つかさを慰めているようだった。
私はこれっぽっちのことで、泣いてなんかいられない。
だって試験で高得点を取らなきゃいけないんだから。
しかし、机に向かっても全く勉強に集中できなかったので、
その日はもう寝ることにした。
19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 14:39:06.73 ID:PKCihI6J0
翌日、私はいつもより異様に寝覚めの悪い朝を迎えた。
こんなに体の重い朝は今まで経験したことがない。
眠い目をこすり、カーテンを開けると、外はひどい雨だった。
──ああ、なるほどね。雨のせいで起きにくかったのか。
それにしても、なんで雨?
まさか、あいつが死んだから、空が泣いてるとでも言うのかしら。
だとしたらとんだ演出ね。
リビングへ降り、朝食のパンを食べた。
何だか、あんまり味がしないわね。パンはすぐ食べ終わった。
大学が始まるまでまだ時間があったので、
私は今度こそと勉強に励もうとした。
しかし、相変わらず頭が働かない。
まるで、勉強を私の脳が拒否しているみたいに。
一体なぜ?まだ昨日のことを引きずってるっていうの?
21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 14:40:59.48 ID:PKCihI6J0
そろそろ家を出る時間になった。
私は支度を済ませ、玄関に向かった。
つかさが電話を物悲しそうに見つめながら立っていた。
「行ってきます」
私はつかさに言った。
するとつかさは、
「あ、うん。・・・お姉ちゃん、強いね」
・・・少しびっくりした。
まあね、といい加減な返事しかできなかった。
ドアを閉め、歩き出す。
強いね、か。私って強いのかな。
そうね、強くなくちゃ。つかさとは違うんだから。
そんなことを考えながら、私は大学へ急いだ。
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 14:44:10.14 ID:PKCihI6J0
今日の講義は、はたして全くわからなかった。
私の耳が、講師の言葉を聞き取ろうとしていない。
講義中、私は起きているでも寝ているでもなく、
ただひたすらボーっとしていた。
試験前で、講義の終わった科目が2つもあって良かった。
夕方、まだ雨は止まず、地面にうるさく打ち付けていた。
大学から帰って来た私は、半ば諦めたような気持ちで机に向かう。
しかし、結果は予想通りだった。
どうしても、勉強が身に入らない。
どうしようもなくなって部屋を見回すと、床が少し散らかっていた。
よし、とりあえず部屋の片付けでもするか。
私は手当たり次第に、散らばっている洋服類やプリント類、
昔の教科書などを、あるべき場所に戻していった。
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 14:47:31.17 ID:PKCihI6J0
ささやかな快感を覚えながら部屋を綺麗にしていく。
気がつくと、既に全ての物が整ってしまっていた。
私は何だかもの足りなくなり、押入れにも手をつけることにした。
開けてみると、ハンガーに掛かったまま落ちている服に、
雑に積み上げられた大量の古い段ボール箱。
見た目が悪いのが、さらに意欲を増した。
てきぱきと、まとまりのない段ボール箱を取り出していく。
重いもの、軽いもの。上の段に置いてある箱は、取り出すのに苦労した。
そうして何個か取り出していると、一つだけやけに重い箱があった。
他の箱とは比べものにならないほど、ずっしりと腕に来る。
私は乏しい腕力を精一杯使い、やっとの思いでそれを取り出し、
床に安置することが出来た。
少し中身が気になったので、開けてみることにした。
29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 14:53:17.44 ID:PKCihI6J0
まず目に入ったのは、高校のときの卒業アルバムだった。
うわ、懐かしいなあ。
見てみようと思ったが、何となくはばかられた。
次に見えたのは、修学旅行で京都に行ったときの、お土産。
本当はこんなアニメのポスターなんて欲しくなかったんだけどな。
誰かさんと一緒に、選んだんだっけ。
誰って、まああいつのことだけど。
次々と懐かしいものが出てくるのが楽しくなり、
ポスターを傍らに置いて、さらに段ボール箱を漁ってみた。
すると、奥の方に何か小さな、橙色の物を見つけた。
何だろう、ととても気になり、それを手に取った。
17歳の誕生日にあいつからもらった、「団長腕章」だった。
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 14:57:13.55 ID:PKCihI6J0
私はとても不思議な気分になった。
懐かしさのような、もらった時の怒りのような、喜びのような、
得体の知れない感情。
私はそれを左腕に着けてみた。
・・・何も変化はない。似合っているかどうかもわからない。
いや、普通の私服にこの腕章。似合っているわけがない。
しかし外そうとは思わず、暫く腕に着けた腕章を眺めていた。
ポタッ。
何かが腕章に落ち、橙色を濁らせた。水滴ね。雨かしら?
そんなわけはない。ここは室内だ。
じゃあ、雨漏り?いや、雨漏りもしていない。
しかしそうして周囲を見渡そうとした時に、気付いた。
その滴は、私の目からあふれ出ていた。
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 15:00:30.07 ID:PKCihI6J0
左腕で涙を拭った。腕章の橙色は更に滲んだ。
再び涙が溢れてきた。声も密かに漏れ始めた。
涙が溢れるたびに腕で拭っていたら、橙色は完全に濃く染まってしまった。
その時、私の中で何かが崩れ落ちた。
私は耐えられなくなり、ついに大声で泣いてしまった。
両膝を突いたまま、前に伏せた格好で。
なんで、あんたはもういないの!?
ネトゲばっかやってたからじゃないの!?
だから、心筋梗塞なんかになったんじゃないの!?
もうバカ!ほんとバカ!あんたは本当に・・・バカ!!
33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 15:06:25.26 ID:PKCihI6J0
10分くらい経った頃だろうか。
私は誰かの気配を感じ、ふと上を見上げた。
そこには、ぱっちりと目を開け、ぽかんとした表情のつかさがいた。
私が見上げるなり、
「・・・あ、えっとごめん、じゃあね!」
と言い、さっさと自分の部屋に戻っていった。
不覚だった。まさかこんな情けない所をつかさに見られるとは。
しかしそれよりも、自分の感情の方が気になっていた。
今まで心の中でつっかえていた何かがふと消えたような感じ。
少し新鮮で気持ちよかった。
なんだかんだ言って、結局私も悲しかったのね。
強くなんかない。つかさと同じ。いや、つかさ以上かも。
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 15:09:45.66 ID:PKCihI6J0
その次の日、私やつかさはこなたの葬式に参加した。
成実ゆいさんや、ゆたかちゃんが来ていた。
みゆきもいた。黒井先生も見えていた。
まずそうじろうさんからの挨拶があり、
私は友人代表として弔辞を読み上げた。
挨拶の文章は急いで作ったので自分ではいまいちだと思っていたが、
参加者の皆さんは結構泣いていたような気がする。
それよりも、火葬の方が辛かった。
こなたが炎を上げて燃えていく姿が、一ヶ月経った今でも鮮明に浮かび上がる。
トラウマになるくらい。いや、本当にそうなっている。
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 15:15:51.85 ID:PKCihI6J0
大学から帰ってきた。
やっぱり、というか出来は良くなかった。
これも、毎日あんたのことが気になって仕方なかったからよ。
あんたの遺影が届いてから、私毎日あんたの世話をしてやってるんだから。
話をしたり、頭撫でてやったり。
「単位落としてたら、あんたのせいだからね」
そう言ってそいつのおでこを人差し指でつついてやると、
私は明日から始まる家族旅行のために、着々と準備を進めていった。
36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/08/10(日) 15:18:13.22 ID:PKCihI6J0
以上です、読んでくださった方どうもありがとうございますm_ _m