1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 08:36:31.27 ID:mcG+W0gbO
長門「…」ペラ
長門「…」ペラ
長門「…」ペラ
ガチャ
キョン「よう長門。調子はどうだ?良くなったか」
長門「…ない」
キョン「そうかい…ハルヒの奴が今週の探索はまた長門の見舞いに来るって騒いでたぞ」
長門「…」
キョン「アイツ、病院を何だと思ってるんだか…」
長門「…ケン、ケン」
キョン「っと、大丈夫か長門」さすさす
長門「大丈…ケン、げほ、げほ」
キョン「…」さすさす
長門「げほ、げほ!!かはっ…ヒュ…ヒュウ…ケン…げほ」
キョン「…ここ最近、ひどいな」
長門「ごめん…なさい」
キョン「謝る必要なんかないさ。早く治しちまおうぜ」
長門「そう…また、図書館に」
キョン「あぁ。いくらでも付き合うぜ。じゃあそろそろ帰るよ。元気でな」
長門「…そう」
バタン
長門「治らないのは彼が1番よく知っているのに……優しい人」
3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 08:46:24.77 ID:mcG+W0gbO
朝倉「長門さん」
長門「…涼子」
朝倉「出入り口でキョン君とすれ違ったわよ。彼、毎日来てくれるわね」
長門「…」コク
朝倉「ふふ、好きな人に心配してもらえるなんて幸せね。羨ましい、なんて言っちゃいけないかな」
長門「私は…ケン…幸せ」
朝倉「そう。こんな幸せな気分で終われたら良いね」
長門「…」コク
朝倉「…残り時間は、約300000秒か…ごめんね、あのウィルス除去出来なくて」
長門「(フルフル)貴女達は最善の努力をしてくれた。天涯領域も消滅した。私一人の生体活動など安い代償…」
朝倉「長門さん…」
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 08:53:12.35 ID:mcG+W0gbO
朝倉「ちゃんと10000秒を切ったら痛覚レベルを切るのよ?ショック死しちゃうから…」
長門「…わかった」
朝倉「…怖い、よね」
長門「少しだけ」ブルブル
朝倉「ごめんね…長門さん…」ギュ
長門「…涼子…怖い…」ギュ
朝倉「代われるなら代わってあげたいよ…」
長門「…」フルフル
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 09:02:50.87 ID:mcG+W0gbO
長門「…こうして終わりが近付くと、4年余りでも満足できる人生だった」
朝倉「そう…本当に、心が生まれたんだね」
長門「皆のおかげ。そのせいで消滅が怖くなったが、後悔はしていない」
朝倉「……消滅…」
長門「でもせめて…最後は綺麗に死にたい…、涼子、彼に最後の時間は教えないで」
朝倉「キョン君と会わないまま終わりで良いの?」
長門「残り1000秒を切った時点で私は理性をなくすほどの苦痛を味わうと予想される」
朝倉「その姿を彼に見て欲しくないのね…」
長門「…」コク
長門「彼に会えないのは…悲しいけど」
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 09:18:16.09 ID:mcG+W0gbO
朝倉「わかったわ…キョン君には秘密にしておく」
長門「感謝する…ありがとう涼子…ケンケン、げほ、…ヒュウ」
朝倉「さぁ、もう横になって」
長門「…」コク
朝倉「じゃあ私も帰るわね」
長門「…わかった」
朝倉「ちゃんと寝るのよ。おやすみなさい」
長門「…おやすみなさい」
バタン…
キョン「残り三日なのか」
朝倉「キョン君!?帰ったんじゃ…」
15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 09:32:03.71 ID:mcG+W0gbO
キョン「長門が何か隠してるような顔してたからな…帰るに帰れなくて」
朝倉「まったく…盗み聞きとは趣味がよろしくないわよ」
キョン「すまん」
キョン「本当に…どうしようもないのか」
朝倉「えぇ、残念だけど…私達や古泉君達も最善の手は尽くしたわ」
キョン「だったら…残り3日間、黙って見てろって言うのかよ」
朝倉「そうよ」
キョン「朝倉…!」
朝倉「長門さんが望んでる事なのよ。何も出来ない以上…貴方の隣で静かに過ごしたいと…!」
キョン「…!」
朝倉「…長門さんに、応えてあげて」
キョン「……どうする事も、出来ないのか……くそ」
16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 09:41:31.96 ID:mcG+W0gbO
朝倉「最後は長門さんを一人にしてあげてね」
キョン「…」
朝倉「彼女は貴方の事が好きなの。今更気付いてないなんて言わないでね」
キョン「…ああ、気付いてるよ」
朝倉「長門さんはもうただの恋する女の子なのよ。好きな人に苦しんで醜く死んでいく姿は見られたくないの」
キョン「俺に出来る事は、可能な限り長門の傍にいる事…ぐらいか…」
朝倉「そうね。彼女の体力はもう並の人間の10分の1もない。どこかに連れて行く事も無理よ」
キョン「…明日から、学校には行かない。ハルヒに断っといてくれ」
朝倉「…わかったわ」
17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 09:48:28.28 ID:mcG+W0gbO
残り3日半 夜
キョン「長門の為に…なにか出来る事はないのか」
キョン「はぁ…散々助けられて、いざ長門が大変な時に何をしてんだよ俺は…」
キョン「明日からはずっと長門の傍に居てやろう…」
カチカチカチ
『おやすみ長門』
キョン「っと…送信」
キョン「おやすみ長門」
長門「げほ、げほっ!う…ウエエ…!!」ビシャビシャビシャ
長門「はぁ、はぁ…うぇほっ、えほっ、げほ!…ヒュウ…ヒュウ…」
trrrrr
長門「…!ぜぃ…ぜぃ…」
『おやすみ長門』
長門「…おやすみ…なさい…」ケンケン
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 10:40:25.80 ID:mcG+W0gbO
残り三日 朝
キョン「行ってくる」
キョン(何か食べる物を買って行こうか…果物で良いかな)
ガチャ
キョン「おはよう長門」
長門「…」スー…ヒュウ…
キョン「…寝てるのか」
長門「…」スー…ヒュウ…
キョン「こうして見ると…本当に可愛い顔してるんだな」
キョン「あと3日で居なくなっちまうなんて…信じられないな」
シャリシャリ
シャリシャリ
長門「…」パチ
キョン「…」シャリシャリ
長門「…」ボー…
キョン「…」シャリシャリ
長門(…彼…?)
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 10:48:26.22 ID:mcG+W0gbO
キョン「…よし、と」
長門(…彼が来てくれている…)
キョン「起きたら食べさせてやるか。なんだかちっこいリンゴになっちまったな」
長門(……うれしいのに…恥ずかしくて起きられない)
キョン「…まだ起きないか…もう昼前なのに」
長門(……寝たフリをしておく)
長門「…」
キョン「…長門、ごめんな…なんにもしてやれなくて……」
長門「…」
キョン「あとちょっと…一緒に居るだけしかしてやれないけど」
長門「…」
キョン「せめて一緒に居させてくれ」
28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 10:59:01.71 ID:mcG+W0gbO
静かな病室に眠る長門。どこか寂しい静寂の中で、リンゴの皮を剥く軽い音だけが響く。
長門はまだ目を覚まさない。
こけた頬。長い睫毛。軽く結ばれた口。いつもの表情に目を閉じただけみたいな寝顔だ。
こんなに長い間コイツの寝顔を見るのも珍しい体験だな。
見れば見る程に、あぁコイツはこんなに綺麗な顔をしてたんだと改めて思う。
痩せてしまった顔が、儚さをさらに浮き彫りにさせている。
吹けば消えてしまいそうだとは、まさにこんな時に使う表現なんだろう。
「…」
軽く頭を撫でてみる。
「…ゴクリ」
ん?長門、今唾を飲み込む音が…
ひょっとして起きてないか?
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 11:09:34.39 ID:mcG+W0gbO
ちょっと探りを入れてやろうか。
「なぁ長門…起きてるだろ」
「…」
ほお、あくまで寝たフリを続けると言うんだな。
「寝てるか…」
「…」
「昨日な、部室のPCに気になるフォルダを見つけたんだ」
「…」ピク
数ミクロンだけ眉が上がった。確定だな…ちょっと意地悪してやろうか。
「確かフォルダ名がkだったかな」
「……」
ここまでは本当だ。kフォルダの存在は天涯領域の件以前から知っていた。
起きないならここからは可哀相だが嘘を聞いてもらう事になるぜ?
「昨日たまたまコンピ研の部長氏が部室に来てな。そのフォルダを開いてもらったんだが…」
「…」ムク
「おはよう長門」
「……おはよう」
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 11:35:05.54 ID:mcG+W0gbO
「いつから起きてたんだ?」
「…貴方が、リンゴを剥いてくれている時…」
「寝たフリするなよ」
「ごめんなさい…」
「はは、リンゴ食べるか」
「…」コク
おはよう、と言い合うだけで、こんなに満たされる。
少しだけお茶目になった長門は正直可愛い。
本当に、こんなに他愛もない時間で幸せだと感じる。
残り時間が、もう少しだけでも長くなれば良いのに。
「…ごちそうさま。美味しかった…」
「ん?リンゴ苦手だったか?一口かじっただけじゃないか」
「…違う。食べられないだけ…顎や口腔に痛みが発生する」
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 11:36:59.88 ID:mcG+W0gbO
天涯領域の件は長門が瀕死になってる原因
天涯領域が攻撃してくる→長門が相殺→長門重傷の流れで詳細は妄想してくれ
もちろん書いてくれても可
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 12:36:32.58 ID:mcG+W0gbO
あの長門が、リンゴのひとつも食べられない。
カレーが大好きで、見かけによらず大食いで、食べている時は俺じゃなくてもわかるくらいに
幸せそうな顔で、リスみたいに頬を膨らませて…
なんでもないような幸せだった時間がフラッシュバックする。
あの長門見る事は、もうないんだな…
「長門、口移しは嫌か?」
「口移し」
「口移し」
言葉を知らない子供のように俺の台詞を繰り返す。
「俺が噛んでからお前の口に移してやるよ。それなら食べられるだろ」
「…」
俯いてしまった。流石に嫌だったか…いや、残念とか思ってないぞ。断じて。
純粋に親切心で言っただけだ。
43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 12:53:01.05 ID:mcG+W0gbO
「もちろん長門が嫌じゃなかったらの話だが…」
「…」フルフル
長門は俯いたまま首を振る。
嫌じゃないという事か、やめてくれと言う事か…
どっちでも取れるな。
「嫌って事か」
「嫌ではない」
「…じゃあ、やろうか?」
「……免疫力が落ちて、口腔内が爛れているから…醜い…見て欲しくない」
「なんだ、そんな事か。俺はそんな事気にしないさ。それでも嫌なら目を閉じてやるさ」
56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 15:01:17.74 ID:mcG+W0gbO
保守thk。再開
我ながら上手く出来たとは言い難いリンゴを口に含む。
これから長門と粘膜同士の接触があるってのに、不思議と性的な興奮や緊張は一切ない。
ただ静かに、長門のために。その思いだけが俺を動かしている
…少し、酸っぱいかな。
「長門、口開けてくれ」
「…」
いつもの無表情に少しだけ紅が差しているのは、体調のせいか、照れているのか。
小さい唇の間から覗く口内には、爛れて出血していたり無数の口内炎があったり…
確かにこれは、食べられないな。
57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 15:08:06.55 ID:mcG+W0gbO
音も無く口づける。
長門の体温と俺の体温、その少しの違いが愛しい。
お世辞にも柔らかいとは言えない、かさついてひび割れた唇の感触が愛しい。
舌で半固体状態になったリンゴを長門に移す。
…鉄の味がした。
「…」
そして音もなく唇を離す。名残惜しむ事もなく。
次のリンゴを口に含む。
長門に移す。
単調な作業の繰り返しなのに、会話は一切なかった。
もう何切めかわからないリンゴを移し終えた時、長門に変化が起こった。
59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 15:14:25.96 ID:mcG+W0gbO
「…う…」
長門の頬に一本の筋を作り、顎から雫が垂れていた。
「痛かったか?すまん」
「……」フルフル
ただ長門は首を振る。
涙を流しながらイヤイヤと首を振る姿は、どこか幼く見えた。
そういえば、長門はまだ4年しか生きてないんだよな…これが普通の反応なんだろう。
その姿が俺の胸を締め付けるには十分な威力を持っていたのは、言うまでもない。
60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 15:21:16.86 ID:mcG+W0gbO
「私の…願いが叶ったから…」
「長門…」
それはきっと、俺とキスをしたかった、と。そういう事なんだろう。
その願いが叶ったのが、こんな風になってしまってからだなんてな…
「ごめんな、長門」
「…貴方はさっきから…謝ってばかり。どうして」
「もっと早く叶えてやればよかったと…そう思ってな」
「…(フルフル)私は今、とても幸せ…ケホ…」
「…長門…」
お前があんまりにも幸せそうな顔でそんな事を言うから、俺は泣いちまったんだぞ。
「…泣かないで」
「…フ、グ…す、すまん…」
65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 15:32:09.29 ID:mcG+W0gbO
きっと俺は今どうしようもなく情けない顔をしてるんだろう。
わかっていても、涙ってやつは止まってくれない。
俺が弱いからとかじゃないよな。目の前で瀕死の長門が幸せそうに笑ってるんだ。
この風景を笑って見られる奴なんて居ないだろう。
そう思うと、悪いイメージばかりが膨らんでしまう。
今幸せそうに笑っている長門が消えたベット。持ち主の帰らないマンション。部室の隅で畳まれたままのパイプ椅子…
それらがもう、目の前にまで迫っているんだ。
70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 15:39:55.64 ID:mcG+W0gbO
「長門」
「なに」
「何か…したいことはないのか。行きたい所、見たい物、なんでも良い」
「…」
このままここで終わりなんて、あんまりにもひど過ぎる。
きっと何か、俺が長門に恩返し出来る何かがあるはずだ。
なぁ長門。なんでも言ってくれ。
「ここに居て」
それで良いのかよ。どこか行きたい所は?
「良い。貴方の横がいい」
「長門…」
76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 16:12:46.20 ID:mcG+W0gbO
「…貴方の隣に居させてくれれば…それでいい」
「長門…」
「私は貴方の事が好きだから」
「…」
わかっていた。長門が俺を好いてくれちいる事。わかっていながら、気付かないフリを続けてきた。
別に彼女にしたくないとか、他の女の子の事を考えていたとかじゃない。
ただ…恋愛に慣れていなかっただけなんだ。
「知ってたよ」
「…え」
でも、そんな俺の考えが…俺が逃げていたせいで、長門にはもう時間がない。
77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 16:32:35.90 ID:mcG+W0gbO
「俺も、長門が好きだ」
「…」
不思議と恥ずかしさや照れ臭さはなかった。素直に自分の気持ちをコイツに伝えたかった。
「…残り少ない時間だが、俺が隣に居ても良いか」
「…うれしい」
そうする事でしか、俺は許されない気がした。何度も助けてもらった恩人への、せめてもの恩返し。
そうする事でしか、コイツは救われないと思った。残り3日というあまりにも短い時間…
せめて、人並みの幸せを感じて欲しかった。
その日は結局、どこにも行かず、他愛もない話をした。
長門は珍しく饒舌で、まるで4年の人生を慈しむように語った。
生まれてからの待機がどれほど淋しかったか。
皆と出会い、心が生まれていくのがどれほど嬉しかったか。
終わらない夏休みが、どれほど辛かったか。
そして…俺をどれほど好きだったか。
枯れた声と喉を潰す咳に邪魔されながらも、大切に、大切に語ってくれた。
82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 17:15:11.13 ID:mcG+W0gbO
こんな時間が、せめて一秒でも長く続けばいい。
そう思う俺を知ってか知らずか、長門は語り続ける。
「そろそろ帰るよ」
「…帰るの」
「もう追い出される時間だした。明日も朝一で来るよ」
「…ありがとう。また明日」
これが、俺が見た元気に話せる長門の最後の姿だった。
88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 17:29:55.29 ID:mcG+W0gbO
残り3日 夜
彼が、私を好きだと言ってくれた。
初めての口づけ…
隣に居てくれた時間…
本当に幸せだった。
彼が触れてくれた唇を撫でてみる。荒れて、ひび割れだらけになってしまった唇。
こんなになってしまった私でも、彼は優しく触れてくれた。
「長門さん」
「涼子…もう面会時間は…」
「ふふ、そんな事気にしないの」
私は泣いた。涼子の腕の中で泣かせてもらった。
もっと早く私が想いを伝えていれば。
私が勇気を持って彼に話していたら。
そうしたら、もしかしたらこの幸せな気持ちをもっと長く味わえたかも知れないと。
欲深い私の、醜い後悔を、涼子は受け入れてくれた。
「涼子…ウ、ヒック、う、ううううう…!!」
「長門さん…よしよし」
「…怖い……死ぬのがぁ…ヒッ、グゥ……怖い……うあぁ、…ゲホ、ゲホ……」
「…長門さん」
「せっかく、せっかく…か、彼が…私を…ウグ、好きだと…!ケホ、ゲホ…」
涼子は夜遅くまで私を抱いていてくれた。
泣きつかれてしまったのか、いつの間にか私は眠っていたらしい。
涼子は帰ったようだ。
そう思った直後、強烈な吐き気と痛みが私を襲った。
91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 17:45:33.84 ID:mcG+W0gbO
残り2日 朝
「おはよう長門」
「…ヒュウ…ヒュウ…」
「長門…?」
病室で寝ている長門は、確実に昨日よりも痩せ細っていた。
意識はあると思う。目の焦点はあっていないが、俺の声に反応は見せた。
眼下の隈は深く、こけた頬は昨日よりも弱々しい。不自然に浮き出た鎖骨。
絶望的な状況である事はわかっている。そして、どうしようもない事も…
だったら俺に出来る事はなんだ。少しでも長門の苦痛を軽減させてやる事だけだ。
「大丈夫か、長門…」
「…ヒュウ…ヒュウ…」
手を握る。僅かな力だが、確かに握り返してくれた。
…冷たい手だ。
97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 17:57:34.78 ID:mcG+W0gbO
「なぁ長門…昨日はいっぱい喋ってくれてありがとうな」
「…ヒュウ…ヒュウ…」
「今日はお前にプレゼントがあるんだ…もうじき届くから楽しみにしててくれ」
心なしか握り返してくる力が強くなった気がする。
色を無くした顔に、少しだけ笑顔が戻った。
「ヒュウ…ヒュッ…ゼィ…………かはっ」
長門が顔を横に向ける。
「…?どうした長t」
「ウ……ウエエェ」
バシャバシャバシャ…
もはや身体を起こす事も出来ない長門は、血の混じった吐瀉物を垂れ流す…
俺に出来る事は、窒息しないように背中をさすってやる事だけだ。
無力を呪えば良いのか、不幸を呪えば良いのか。
113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 19:25:01.80 ID:mcG+W0gbO
こうまでなってしまうと、俺の用意したプレゼントも意味がないかも知れないな…。
「ウゥ…ヴエエ…」ゲロゲロ
「長門…」
ガチャ
「キョン君!」
「古泉…遅いぞ」
「すみません…それよりも長門さんが…!」
「良いんだ、もう俺達に出来る事はない…頼んだ奴を持って来てくれ」
俺達に出来る事は何もない…これほど悔しい事があるなんてな。
それでも今出来る事をするしかないんだ。
古泉が機関の人間数人を連れて入ってくる。
「長門、見えるか?プレゼントが届いたぞ」
「…ヒュウ…ヒュウ…」
「これだけ運ぶのは苦労しましたよ」
そりゃそうだろうよ。長門が今まで読んだ本全部なんて、何百冊になるか想像もつかん。ご苦労さん。
117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 19:42:37.25 ID:mcG+W0gbO
「見えるか長門…古泉が運んでくれたんだ」
目だけを動かして本を眺める長門。
自分でもこんなに読んでたなんて知らなくてびっくりしてるんじゃないか?
「…ヒュウ…ヒュ…」
懐かしむように本のタイトルを眺めている長門。
一冊、一冊、内容を思い出すように。
喜んでくれてるみたいだな…。
「サンキュー古泉。長門は喜んでくれてるみたいだぞ」
「そうですね…もう長門さんと話す事は叶いそうもありませんが、せめてこれくらいはしないと」
「…ヒュ…ヒュ…」
「ありがとう、古泉……」
「恐縮です。貴方は長門さんの側にいてあげて下さい」
118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 19:54:09.83 ID:mcG+W0gbO
「ヒュ…ヒュウ…」
「…長門、聞こえてるか」
「…ヒュウ…」
「もう、普通に話す事も出来ないけどな…今まで本当にありがとう。もうすぐ終わっちまうけど、本当に…」
「…ヒュウ」
「お前は、幸せだったのか…それが聞きたい…」
「…ヒュウ…ヒュウ」
もう長門は返事も返せない…。
目だけで俺を見つめ返すが、もう俺には長門の表情が読めない。
疲れと苦痛で歪められた長門の表情は…
120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 20:02:25.78 ID:mcG+W0gbO
「ヒュ…ヒュウ…」
「…長門、聞こえてるか」
「…ヒュウ…」
「もう、普通に話す事も出来ないけどな…今まで本当にありがとう。もうすぐ終わっちまうけど、本当に…」
「…ヒュウ」
「お前は、幸せだったのか…それが聞きたい…」
「…ヒュウ…ヒュウ」
もう長門は返事も返せない…。
目だけで俺を見つめ返すが、もう俺には長門の表情が読めない。
疲れと苦痛で歪められた長門の表情は…
「じゃあ帰るよ…長門、また明日も来ていいか」
「…ヒュウ…」
明日は朝倉の言っていた、最後の日…
俺には見られたくないというのが長門の願いなんだよな。
「じゃあな長門…」
バタン
130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 20:30:32.26 ID:mcG+W0gbO
残り2日 夜
今日も彼が来てくれた。
古泉一樹が私が読んできた本を持って来てくれた。
夜には涼子も来てくれた。
なのに私は…もう話す事も出来なくなってしまった。
でも私は今、とても幸せ。
苦しくて、痛くて…死んでしまいそうだけど。
彼が私を好きだと言ってくれた。
それだけで、私はもう満足…
『幸せだったか?』
私は、とても幸せ。
人間でもない私を…愛してくれる貴方が居たから。
伝えたかった…
私は幸せだ、と。
残り時間は、約60000秒…。
怖い。苦しい。悲しい。彼に会いたい…。でも、醜い姿は見られたくない…。
きっと、彼に会うのは今日が最後。
明日はきっと涼子が彼を止めてくれるはず。
涼子に言われた通り、痛覚レベルを切らないと…
残る望みは…静かに消える事。せめて、彼を想いながら。
…あれ
痛覚レベルが…落とせない…?その体力も…もうないの…?
涼子…痛覚レベルが落とせない…涼子…!
あぁ、苦しい………
139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/26(木) 20:40:48.00 ID:mcG+W0gbO
最後の日 長門生命活動停止まであと3時間(10800秒)
朝倉が言っていた痛覚レベルを落とさなければいけない時間か…。
昨日一晩考えた結論。長門にはもう会わないでいよう。
一緒に居たい…そんなのは当たり前だ。
それでも長門が、見られたくないと言うのなら…
会わないで居るのが、長門のためなんだろう。
それならせめて…長門が安らかに、静かに逝けるように祈ろう。
こんな結末を長門に与えた、残酷な神がもし居るのなら。
「キョン君…」
「朝倉か」
「行かないでくれるのね…」
「長門の望みだから…な」
朝倉も辛いはずだ。
自分の無力を感じながら、見届ける事も出来ない状況にあるのは、朝倉も同じだからな…。
240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 01:23:37.50 ID:V3O47CaYO
最後の日 長門生命活動停止まであと9000秒
「なぁ朝倉。これで本当に正しかったんだろうか」
「…キョン君が正しいと思うのなら、それが正しいのよ」
今頃一人病室で、長門は何を思うのだろう…。
静かに、昔を懐かしみながら逝けるだろうか。
なぁ長門。
お前は本当にそれで良いのか…。
242 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 01:27:49.94 ID:V3O47CaYO
「泣かないで、キョン君…」
「朝倉だって…」
残り僅かな時間…せめてあと一回でも、愛してると伝えられたら。
長門は淋しくなくなるんじゃないか…。
いや、それは俺のエゴか。
素直になろう。生きている間に、長門にもう一度会いたい。
「朝倉…」
「なに、キョン君」
「長門に会いたい…」
「……」
「もう一度だけ…アイツの顔を見たいんだ」
「…あなたに任せるわ。私は行かない…今の話も聞いてない」
「…悪いな」
243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 01:31:20.61 ID:V3O47CaYO
最後の日 長門生命活動停止まであと3000秒
走れ!走れ!一秒でも早く、長門の元へ…!
わがままでもなんでも良い…生きている間に長門に会いたい…!
245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 01:33:50.52 ID:V3O47CaYO
最後の日 長門生命活動停止まであと2000秒
やっと着いた…!長門、頼む…
なんとか無事で居てくれ…!
そして…苦しんでいてくれるなよ…!
最後の日 長門生命活動停止まであと1880秒
妙な焦躁感が俺を急かす。
一刻も早く長門に会わなければ…
こんな時に限ってエレベーターは最上階にある…!
くそ、階段しかないか…!
日頃の運動不足がこんな所で足を引っ張るとは思わなかった…!
最後の日 長門生命活動停止まであと1600秒
一歩、一歩近付く事に長門の存在感が大きくなるのがわかる。
まだ死んでない…!
遠くの方で悲鳴が聞こえた。
1階上がる毎に悲鳴は大きくなる。
悲鳴だけではない、何かが暴れているような物音も混じっている。
247 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 01:36:58.93 ID:V3O47CaYO
最後の日 長門生命活動停止まであと1500秒
もう確信に変わっていた。
悲鳴をあげて苦しんでいるのは長門だ。
ドアの前まで来て、開けるのを躊躇してしまう。
中の長門の姿は想像に難くない…アイツが見られたくないといったまさにその姿だろう。
良いのか、本当に…!?
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
ガタン!ガタン!
くそ…長門…!!
開けるぞ、長門…!
そこには…俺の想像なんて軽く越えてしまった光景が広がっていた。
248 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 01:43:32.49 ID:V3O47CaYO
最後の日 長門生命活動停止まであと1400秒
長門…
部屋に入った瞬間、確かに時間が止まった。
視界に焼き付いた光景…
痙攣を起こして暴れる長門、床とベットに撒かれた血、散らかった本…
長門の目からは涙、鼻と口と耳からは血が流れる。
膝はガクガクと奮え、手は苦しそうに胸元と首を掻きむしっている。
きっと、一生忘れる事は出来ないだろう光景だった…。
251 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 01:48:11.06 ID:V3O47CaYO
「あ゛あ゛ー!う゛あ゛あ゛!!」
一瞬遅れて、時間が動き出した。
完全な静寂から混沌へと部屋の空気が変わる。
「ごろじで!!も゛う゛ごろ゛じでえ゛え゛え゛!」
ゴボゴボと血と体液を吐きながら悲鳴を上げる長門を見て、俺はやるべき事を一瞬で悟った。
躊躇している暇はなかった。
259 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 01:56:43.06 ID:V3O47CaYO
最後の日 長門生命活動停止まであと800秒
細い細い首。片手でも済んでしまうんじゃないかと思う程に細い。
ああ、俺、こんなに握力あったんだな。
痩せこけてしまった顔が朱く紅く膨脹していく。
俺の手首を長門が掴む。抵抗する意志はないみたいだな…
長門の瞳がゆっくりと上に移動していく。
とうとう瞼の裏に隠れ、完全に白目を剥いた。
口から赤い泡が吹き出してくる。
鼻から新しい血の筋が流れる。
俺の手を掴んでいた長門の手が落ちる。
暴れていた両足が落ちる。
…俺は手を離す。
長門の目から、新しい筋が生まれた。
最後の日 長門生命活動停止
268 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 02:09:39.73 ID:V3O47CaYO
「…愛してる」
静寂。
「…愛してる!」
静寂。
「愛してる!!!」
目の前に横たわる長門。
ほんのちょっとの間で、随分変わっちまったなぁ。
やっぱり、眼鏡かけてないほうが可愛いよ長門。
なんでそんなに苦しそうに死ぬんだよ。
痛覚を切るんじゃなかったのか?
俺に来られて迷惑だったか?
俺に殺されて悔しかったか?
なぁ長門。
お前は、幸せだったのか?
なぁ、聞いてくれよ長門。
俺、お前が好きなんだ。お前も好きって言ってくれたよな。
なぁ、返事しろよ長門。
軽くなっちまったなぁ長門。ほら見ろ、俺でもお姫様だっこ出来ちまうぜ。
長門。なぁ長門。
長門…
「長門おおおおぉぉ!!!!」
272 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 02:23:01.62 ID:V3O47CaYO
長門が死んで数年。
俺達は大人になっていた。いや、俺以外は…か。
皆もう家庭を持ち、立派になってる。
俺は仕事に就く気にもなれないし、家庭を持つ気にもなれない。
時々ハルヒ達が俺の世話を焼いてくれるけど、正直どうでもよかった。
ここ数年間、ずっと考え続けてきた事…
俺は、正しかったのか。
長門は、幸せだったのか。
275 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 02:31:48.03 ID:V3O47CaYO
あの最後の長門の姿…
忘れたくても、消えない。
苦しかっただろう…なぁ長門。
お前は…あれでよかったのか。
いくら考えた所で、答えなんかあるハズがない。
だから俺はこうして、長門に会いに行く。
目を閉じて、何も食べず、何もせず。
ほら、長門…長門が見える。
なぁ長門。どうしてそんなに幸せそうに笑うんだ?
お前を殺した俺を憎んでないのか?
…まぁ良いか。
目の前に長門が居るんだ。幻覚だとわかってる。
それでも一緒に居られれば俺はそれで良い。
277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 02:38:17.74 ID:V3O47CaYO
「なぁ長門、図書館に行こうか」
「今日は何が食べたいんだ」
「なぁ長門、どう思う」
「長門」
「長門」
「長門」
今日も、長門が隣に居る。俺は幸せだ…
380 名前:1[] 投稿日:2008/06/27(金) 22:37:01.48 ID:V3O47CaYO
気付いたのはいつだっただろう。
長門の死を受け入れられず、生きる事を諦めてしまった頃…。
きっとそれは、緩慢で消極的な自殺だったんだと思う。
それでも俺は満足だった。
長門が近くに居てくれるのが、幸せだったんだ。
381 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 22:45:41.21 ID:V3O47CaYO
長門が死んで数年。あれから何が変わっただろう。
部室に長門が来なくなった。隅で畳まれたままのパイプ椅子が、妙に淋しく思えたな。
長門のマンションには、あれから一度も訪れていない。
もう誰も居ない部屋を見ると、リアルに押し潰されそうで…怖かった。
383 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 22:46:33.49 ID:V3O47CaYO
「なぁ長門」
幾度繰り返したかわからない問い掛け。
「お前は幸せだったか」
「俺は間違っていなかったか」
期待する答えなど返って来るはずがない。わかっていても、俺はこれだけを考えて生きてきた。
ハルヒ達はとうの昔に立ち直り、今は立派に家庭を持ち働いている。
俺だけが、長門が死んだあの日に取り残されてしまっていた。
吹っ切らなきゃならない事はわかってる。
生きなきゃいけない事はわかってる。
でも未だに目は、耳は、両手は…あの日の事を鮮明に覚えていた。
386 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 22:51:15.47 ID:V3O47CaYO
信じられないほど細い首…
色をなくした顔…
血と吐瀉物に汚れた服…
聞いているだけで苦しくなる叫び声…
最後に流れた一筋の涙…
お前は最後、何を思ったのだろう。
俺はお前を、苦しみから解放してやれたんだろうか。
最後の望み…静かに消える事すら叶わなかった。
なのに長門は、何を怨む訳でもなく、何に怒る訳でもなく、自分の死を受け入れた。
お前は…本当にそれでよかったのか?
390 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 23:00:49.13 ID:V3O47CaYO
答えのない問い掛けをいくら繰り返しても、誰が救われる訳でもない。
もう俺がお前にしてやれる事は、なにもない。
いや…もともと、何もしてやれなかったか。
お前にもらった物を、何も返してやれなかった。
それならばそれで、もういい。
救われなくても、長門を助けてやれなかったという事実も、これからの俺も。
そして…長門を愛したという事さえも。
もはや、俺にとってはなんの意味も持たないものばかりだ。
何も持たないまま、何もしないでいよう。
もう何も見たくない。
もう何も食べたくない。
もう誰も会いたくない。
「…ごめんな、長門」
399 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 23:10:51.11 ID:V3O47CaYO
今は夜か、昼かな。
カーテンも閉ざされた光の届かない部屋で、俺は一人眠っている。
何もせず、出来るだけ何も考えず。
どれくらいここから動いていないだろう。
食事なんてここ最近とった覚えがないな。
「起きて」
幻聴だという事は瞬時に理解できた。
なんて柔らかく、なんて綺麗な、なんて静かな…
まるで、SOS団が1番楽しかった頃…まだ元気に部室の隅で本を読んでいた頃のような声…。
忘れようもない、あの声だ。
403 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 23:18:27.28 ID:V3O47CaYO
「長門…?」
幻聴だとわかっている。
それなのに、俺の声は震えていた。
顎が奮え、涙が溢れていた。
あぁ…まだこの身体から涙が流れるんだな。
「起きて」
お前に言われたら起きるしかないよな。
だけどな…身体がめちゃくちゃ重いんだ。
しばらく何も食べてないからな…。
「問題ない。ご飯もあるから…起きて」
ご飯?
「お米しかなかったから…おにぎりしか作れなかった」
404 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 23:24:04.30 ID:V3O47CaYO
重い頭を持ち上げ、痛む身体を引きずり…
見上げた先に居たのは、紛れもない…
「長門…」
幻聴でも幻覚でも、なんでも良い。
もしかしたら俺があの世に踏み入っちまったのかも知れない。
そんな事、どうでもよかった。
散らかった部屋に佇む長門。余りにも似つかないその光景に、俺は確信した。これは…幻覚だ。
はは、ご丁寧にもテーブルにおにぎりが置かれてる。俺の妄想力もたいしたもんだ。
「幻覚ではない…」
「そんな事どうでも良いさ」
「本当。朝倉涼子が申請していた再構成がさっき受け入れられた」
414 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 23:31:26.45 ID:V3O47CaYO
再構成。
聞き慣れたその言葉に、俺は息を飲んだ。
「…本当に、長門なのか」
「そう」
「……」
懐かしい無表情。
懐かしい猫っ毛。
懐かしい制服。
懐かしい瞳。
頭を撫でてみる。ピク、と一瞬瞼を閉じ、上目使いで俺を見上げる。
あぁ…長門が、ここに、居る。
「…」
お互い言葉はなかった。あの病室での口移しの作業のように。
ただただ、再会を喜び合い、抱き合った。
…あぁ、長門だ。
421 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/27(金) 23:39:13.05 ID:V3O47CaYO
「…細くなった」
長門が胸の中で俺を見上げる。
「…危険な状態。早急に手当が必要」
「…大丈夫だ…」
「ダメ。早く手当を」
そう言って、長門は例の早口言葉を唱えだした。
余りにも長門らしい姿だ…あらためて実感する。
お?身体が…軽くなった?
「とりあえず体力だけは回復した。おにぎりを食べて」
「ありがとう長門…」
長門が作ってくれたおにぎりは、美味しかった。
大きさはサッカーボール大。長門らしい、長門らしいよ…
あぁ、生きている。長門も俺も生きている。
445 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/28(土) 00:18:41.35 ID:okPtUPVHO
「待って」
その一言でサッカーボールを食べるのに必死だった…とは言えまだ100分の1も食べていなかった俺を止めた。
「私の番」
…この長門の言葉を一瞬で理解出来たのは、さすが俺と言うべきだろう。
両手でおにぎりを抱え、小さな口をリスみたいにもにゅもにゅさせている長門の姿は…正直、堪りません。
でも長門…。その一口は…すごく…大きいです…。
長門の顔が近づいてくる…どうしてだろうな、俺がする時は全然恥ずかしくなかったのに。
いざされるとなるとこんなに違うのか…。
音もなく口づける。
長門から俺に半固体のおにぎりが流されてくる。
そして、音もなく口を離す。…少しだけ、名残惜しみながら。
こんな幸せな時間が、永遠に続くと良い。そんな事を思った。
448 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/28(土) 00:30:37.83 ID:okPtUPVHO
そして、そんな俺の思いを知ってか知らずか、長門は淡々と作業を続けてくれた。
食事が終わり、俺は長門にひざ枕をしてもらいながらまどろんでいた。
「長門、聞いていいか」
「なに?」
「…お前は、…幸せだったか」
「…」コク
長門は頷く。少し微笑んでいるように見えたのは、俺の気のせいではないだろう。
「最後の日…貴方に伝えたかった。私は幸せだったと。ずっとお礼を言いたかった」
「…」
「…最後まで優しくしてくれて、ありがとう。…キョン」
「……グ、……ヒグ」
俺は間違って居なかった。
それだけで十分だった。
長門は幸せだと言ってくれた。
「…泣かないで」
「…う、えうぅ…!!長門……会いたかった…淋しかった…!」
「私も…」
「…うあぁあ…長門……よかった……!!」
「いっしょ。もうずっと…泣き止んで。もう離れないから…」
455 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/28(土) 00:41:34.68 ID:okPtUPVHO
有希が死んで数年。あれから何が変わっただろう。
部室に有希が来なくなった。隅で畳まれたままのパイプ椅子が、すごく淋しかった…。
そしてキョン…。
アイツは、…きっと、立ち直れない。それだけ有希の事を大切に思っていたんだね…。
家で一人、誰とも話さず、何も食べず…。
無理矢理押しかけてご飯を食べさせても、
『お前は幸せだったか』
『俺は間違っていなかったか』…
有希が大切なのはわかるわよ。だけど、アンタまで壊れちゃダメじゃない!
もう有希は居ない…アイツを助けなきゃいけない。
だから私は…時間を見つけてはキョンの家に押しかけて、無理矢理にでも身の回りの世話をした。
459 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/28(土) 00:47:26.89 ID:okPtUPVHO
「キョン!入るわよ!!」
その日もいつもと変わらず、キョンにご飯を食べさせてやるつもりで行った。
カギはポスト。もう幾度繰り返したかわからない作業。
私だけじゃない。みくるちゃんも古泉君も、キョンの世話はしてくれてたみたい。
この前来たのは、たしか1週間前。ここ最近は忙しくて来れてなかった。…皆は来てくれてたのかな。
465 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/28(土) 00:55:16.00 ID:okPtUPVHO
玄関に入ると、強烈な臭いが私を襲った。
食べ物が腐った臭い…?
アイツ、何か自分で作ったのかしら。てことは、少しは元気になったのかもね。
廊下で、異様な物を発見した。
まるで炊飯器をそのままひっくり返したようなご飯の固まり。
腐りはじめてから随分経ってるみたい…一体何合炊いたのよ。
臭いの正体はこれか…。
とりあえず掃除は後回しにしよう。先にキョンの部屋に行かないと…。
だけど…アイツの部屋に近づくに連れ、臭いは更にキツくなっていく。
「まさかね…」
493 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/28(土) 01:11:17.40 ID:okPtUPVHO
キョンは、幸せそうに、笑っていた。
虚空を抱きながら、ただ静かに…笑っていた。
一体どんな事があれば、こんな顔が出来るんだろう。
「キョン」
臭いなんてもう忘れてた。
キョンの頬に、腐った米粒がついていた。
…アンタ、幸せそうな顔してないで、答えなさいよ。
「キョン」
…不自然なカタチで固まった両手。
アンタ、どうせ有希を抱いてる夢でも見たんでしょ。
全く…このエロキョン。
………よかったじゃない、有希に会えて。
「キョン…」
アンタ、本当にそれでよかったの?それで本当に幸せだったの?
そんな幸せそうな顔してないで、…起きてよ。
「…キョンーーー!!!」
507 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/28(土) 01:21:28.95 ID:okPtUPVHO
気付いたのはいつだっただろう。
…俺が、もう生きていない事に。
長門の死を受け入れられず、生きる事を諦めてしまった…。
きっとそれは、緩慢で消極的な自殺だったんだと思う。
それでも俺は満足だった。
長門が近くに居てくれるのが、幸せだったんだ。
今なら長門の気持ちがわかる。
好きな人を想いながら…終わる。
それもまた、一つの幸せのカタチだ。
なぁ、長門?
お、ハルヒが来てくれたぞ。
泣かせちまって…ごめんなハルヒ。今までありがとう。
幸せだったか?本当にそれでよかったのか?
そんなの、決まってるじゃないか。
俺は…俺達は、この上なく幸せだったさ。
なぁ、長門?
516 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/28(土) 01:27:57.71 ID:okPtUPVHO
おしまい。
期待を裏切ってしまってすまん。
一応後半の1レス目に終わりの雰囲気は予告しておいたんだが…
でも、ただの鬱エンドで済ませて欲しくないんだぜ
幸せの一つのカタチとして受け入れてやってくれ
キョンのせめてもの幸せを受け入れてやってくれまいか
539 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/28(土) 01:47:04.20 ID:okPtUPVHO
放課後の部室。窓から夕焼けが差し込み、部屋を紅く染めている。
…なんだ、この違和感は。
どうして俺は泣いてるんだ。って、オイオイ…ハルヒ、お前もか。
「…ハルヒ、どうした」
「アンタだって…!」
「僕は…一体…」
「わ、わたしもですぅ…なんだか…悲しくて……」
「……」
何がどうなってるんだ…?
長門まで泣いてるじゃないか。
一体どんな事があればあの長門の泣き顔なんて拝めるんだ?
541 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/28(土) 01:54:54.76 ID:okPtUPVHO
パタン
長門が静かに本を閉じる。言わずもがな、帰宅の合図である。
各々が妙な違和感を感じながら帰宅の用意を進めるなか、長門が俺の裾を引っ張ってきた。
どうした長門?
「…話がある。とても大切な事」
長門は、数年後に悲劇が起こったというなんとも矛盾の生じる説明してくれた。
つまりそれでハルヒの改変が行われ、今に至ると。そういう事だな?
「…そう」
それがこの気持ちの正体って訳か。
一体どんな事が起こったんだ?
「貴方は、知らなくて良い」
542 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/28(土) 02:00:53.51 ID:okPtUPVHO
「…とっても辛い事」
「…そうか。長門は覚えてるのか」
「…」コク
またコイツは一人で…辛い事を全部抱え込もうとしている。
その未来の出来事は知らないが…
ここで長門一人に抱え込ませてはいけない気がする。
未来で学んできた事だったりしてな。
「…長門。一人で抱え込むな。俺も一緒に…辛い事なら覚えておくから」
長門は一度頷き、俺を見上げた。
何かの決心めいたものを感じる。
「私も、学んで来た事がある。二度と同じ過ちは犯さない」
「…なんだ、長門」
「私は、貴方の事が好き」
551 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/28(土) 02:08:27.37 ID:okPtUPVHO
不思議と、驚きも照れ臭さもなかった。
まるで、前から知っていたかのように、当たり前の事に聞こえた。
「あぁ、俺もだ」
未来でどんな悲劇があったのかはわからない。
でも、俺がやるべき事はただ一つ。
「今度は、絶対にお前を守ってやる」
「…うれしい」
ああ、なんとなくだが、わかる…。
今ここで長門が居る事の奇跡。
もう一度チャンスをもらえる事の奇跡。
二度と失敗は繰り返さない。
長門、もう一回ここからやり直そう。
きっとまだ、遅くはないはず。
今度は胸を張って言えるように。
俺は…俺達は、この上なく幸せだった、と。
なぁ、長門?
554 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/28(土) 02:12:35.94 ID:okPtUPVHO
おしまい☆お粗末さまでしたー
557 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/06/28(土) 02:15:47.77 ID:okPtUPVHO
追記
自殺=幸せは違うという意見、まさにその通りです。
自分の考えの未熟さに気付かせてくれてありがとうございました。
更に腕を磨いてまた新しいのを書きたいと思います。
また次回作もよろしく
支援・保守thxでした