つかさ「お姉ちゃん、今年も桜、きれいだね」


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1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 20:36:53.18 ID:0eUCbQVw0

「ねえつかさ」
聞きなれた声に顔を上げると、ベッドの上で姉が手を拱いていた。
私はそばにあったテーブルに剥き掛けのりんごを静かに置き、立ち上がった。
「なぁに、お姉ちゃん」
真っ白い、不健康そうな、殺風景で、静かな病室には私と姉だけがいた。
清潔感のあふれるシーツベッドに腰掛ける。
少しの間姉は私を見つめると窓の外に目をやった。
「みて、ほら桜」
病院の傍の桜並木は例年通りに満開となり、手をつないだカップルや子供連れでにぎわっているようだ。
この病室は6階だから外の様子がよく見える。
春の日差しが暖かい。
「きれいだね〜」
私の口からは自然と言葉がこぼれる。
「うん、そうね…」
そういうと姉はさらに遠くに目をやった。
透き通るような青い空に、建物の影にちらほら見える桜のほのかなピンク色、
そして遠くにぼんやりと映った高層ビルはまるで一枚の絵のようだった。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 20:46:27.20 ID:0eUCbQVw0

しばしの沈黙の後、姉が口を開いた。
「ねぇつかさ、こなたやみゆきさんから連絡は?」
私はポケットから携帯電話を取り出した。
そして電源を入れようとしてあ…と小さくもらした。
「あはは…ここじゃ電源入れられないや。病院だもん」
「あ、そうか。そうよね…うん…」
姉もあはは、と笑った。
どことなくさびしげで元気のない姉の笑い顔。
この病院に来てすぐはこの笑い方があまりにも辛くて辛くて、嫌いだった。
でも何時の間にか慣れてしまっていて、毎度毎度に暗い気持ちになることはなくなった。
一方まつりお姉ちゃんは今でもこの顔を見るたびになきたくなる、といい、病院にあまり顔を出さなくなっていた。
「連絡が来たとしてもすぐにここに来られるわけじゃないし…」
私は元のいすに腰掛けると再びりんごを手に取った。
「きっとこなちゃんやゆきちゃんにも色々と都合もあるんだよ」
しゃりしゃりという音と共にだんだんと長くなっていくりんごの皮。
今日は途中で切れないといいな。
その長さが長ければ長いほど、なんとなくうれしい気持ちになれる。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 20:59:35.69 ID:0eUCbQVw0

「つかさは手が器用でいいわね」
姉は私の手元を眺めながら言った。
「私だったらそんなに長くはならないし、
 なんか出来上がったりんごがいびつな形になっちゃうのよねー…
 こう…均等に剥くのって難しいわ。あたしのは無理ね」
「お姉ちゃんも練習すればできるようになるよ?」
そういい終えたとき、りんごの皮はとうとう底に到達した。
「やったー!全部つながったよー」
私は丁寧にりんごの皮を持ち上げた。空中できれいに螺旋を描く。
そのままチラシの上に乗せると私はりんごを4等分するとお皿の上に載せた。
「明日はうさぎさんやってみようっと…はい、お姉ちゃん」
芯をとったりんごの形ってなんかかわいらしいと思う。
「ありがとうつかさ、いつもいつも悪いわね」
楊枝を手に取ると白いりんごを口元に運んだ。
「…うん、おいしい」
姉の言葉に小さくうなずくと私は手帳を取り出すとぺらぺらとページをめくる。
最後のページに到達すると、張ってあった高校時代にとったプリクラが目に留まる。
もうこんな生活が始まって早くも4ヶ月が経とうとしていた。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 21:10:15.60 ID:0eUCbQVw0

高校卒業後、こなちゃんと私は同じ大学に通うことになった。
ゆきちゃんと姉、つまりかがみお姉ちゃんは偏差値のさらに高い国立大学に合格した。
文系の学科に入った私は比較的暇をもてあそんでいたため、
同じく文系のこなちゃんと特に行動を共にすることが多くなった。
姉もゆきちゃんも共に充実した大学生活を送っていたようだが、次第に変化が現れ始めた。
今思えばもう1年目の夏休みから様子がおかしかったんだろう。
あの時…そう、4人で海に行った次の日、姉は体のだるさを訴えて一日寝ていた。
昼過ぎにおきだした私は当然起きていると思って姉の部屋に入ったらカーテンがしまったままで、
そのうえ照明もついておらず、姉は暗い部屋のベッドの上で横になっていた。
きっとお姉ちゃんもはしゃぎすぎて疲れちゃったんだな、そう思って私は姉をそのままにしておいた。
その後どこかに遊びに行ったり体を動かした後は大抵次の日寝込むことが多くなり、
とうとう何もない日にも体の調子が悪いといって大学を欠席することも多くなった。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 21:21:38.78 ID:0eUCbQVw0

私は姉に病院にいくことを薦めた。
しかし姉はそんな大げさなもんじゃない、大丈夫と言って聞かなかった。
本調子じゃないだけ、新しい環境に体が合わなかったのよ。
そんな訳がなかった。
入学して3,4ヶ月は姉はいつもにもまして活き活きしてみえた。
それなのに今になって体調を崩すなんて絶対におかしい。
それでも姉は病院に行くことをかたくなに拒み続け、1月を迎えた。
ある日姉は部屋から出てくるなり私に助けを求めてきた。
どうしようつかさ、私、変だ…
口の周りが赤く染まっていた。
いのりお姉ちゃんに姉を託すと私は姉の部屋に着替えを取りに行った。
そしてあまりの光景にその場から動けなくなった。
シーツの柄がわからなくなるほどに黒く染まったベッド。
姉は吐血していた。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 21:34:03.26 ID:0eUCbQVw0

その後事態は崖から転がるように展開した。
救急車で運ばれた姉はそのまま緊急入院し、精密検査を受けた。
搬送中に意識を失った姉は2日間眠り続けた。
姉はとても重い病気を抱えていた。
なんだか聞いたこともないような難しい病名だった。
病院にかけつけたゆきちゃんやこなちゃんに聞いてみたものの、
やはり両者とも知らないという答えが返ってきた。
「みさきちや峰岸さんには私が連絡しとくからさ」
こなちゃんが泣きじゃくる私の背中をなでながら言った。
「きっとかがみんの事だから大学にはいってはりきりすぎちゃったんだよ…」
「そうですよ…そんなに深く考えてはいけませんよ、つかささん」
病室に来る人みながそう慰めの言葉をかけていく。
でも私と姉は双子。言ってみれば片割れ同士のようなものだ。
姉がいまどんな状況であるかなんていうことは一番よくわかっている。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 21:48:09.44 ID:0eUCbQVw0

姉の精密検査が終わると私は姉の病室で一人りんごを剥いていた。
どんなときでも食欲だけは旺盛な姉が、いつ起きだしても大丈夫なように、と。
そんなことを考えながら手を動かしていると、何時の間にかタッパーがりんごだらけになっていた。
「柊!柊ぃ!」
不意に廊下に騒がしい音が響いた。
「柊ー!あ、部屋間違ったか?す、すぁーせん…ひ、柊ー!」
ガラッとドアが開いてみさおさんが入ってきた。
どこかで試合中だったのだろうか、運動着のままだ。
「ひ、ひいだぎぃー!あっ柊の妹!」
みさおさんはそのまま崩れるように姉のベッドに飛びついた。
「はぁ、はぁ、柊ー!なにやってんだ、目ぇ覚ませ!」
パジャマ姿の姉の襟をつかむとがくがくと前後に振る。
「みさおさん…みさおさん落ち着いてよ…!」
私は後ろから彼女を引き剥がそうと必死に引っ張った。
「はなせ!妹ぉ!柊がおきないじゃんかよぉ!」
「お、お姉ちゃんは疲れて寝てるだけだから…!点滴が抜けちゃうよ!」
みさおさんは不意に手を止めるとわれに返ったようにおねえちゃんの首元に手を当てた。
そしてそのままゆっくりおろすと一歩後ろに下がった。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 22:05:19.41 ID:0eUCbQVw0

「あ…わ、悪かった…柊の妹…」
そのままふらふらと壁に寄りかかるとその場でひざを抱えて座り込んだ。
姉のほうを見る。もうかれこれ半日は寝たままだ。
私は姉のパジャマを調えるとみさおさんを見下ろした。
「柊…柊…死ぬなぁ…」
顔は見えないが彼女は泣いていた。
「大丈夫だよ…おねえちゃんが死んじゃうわけないよ…」
ふと気づくと背中を冷たい風がなでていた。
開け放たれた病室の扉を閉めると私はみさおさんの隣に座った。
「柊の妹…ごめんなぁ…」
「うぅん…別に大丈夫だよ?」
「…こんな柊始めてでさ…ちょっとあわてただけだ…ごめん」
「うん…」
ふと窓の外を見ると空は曇り、雨が降り出していた。
そのしとしとという音と、ガラスに雨粒があたる音を聞いているうちに、
なんだかとても心細くなっていって…いつのまにか私も泣いていた。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 22:30:03.83 ID:0eUCbQVw0

みさおさんは1時間ほど病室にいたが、そのうち姉が起きたら連絡をくれ、絶対に、と言い残して帰った。
柊をよろしく、言った彼女の顔は泣きはらして真っ赤になっていた。
きっと姉の事を心の底から信頼していたんだろうなぁ、と思うと余計に悲しくなる。
私はとにかくなにも考えないようにと部屋の中をうろうろして、できるだけ一点に集中しないように心がけた。
1時間もするとあやのさんがやってきた。
「柊ちゃんは…?」
彼女はみさおさんとまったく同じように息を切らして病室へ入ってくると、一目散に姉に走りよった。
みさおさんほどではなかったが彼女の慌て様もずいぶんひどかった。
「お姉ちゃんは…」
私はふと、こんな言葉をつぶやいた。
「お姉ちゃんは本当にいい友達にめぐまれてるんだね…」
姉はきっとこの話を聞いたら喜ぶに違いないだろう。
でもきっと友達に心配をかけたことをものすごく悔やむと思う。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 22:44:32.35 ID:0eUCbQVw0

2日すると姉は目を覚ました。
すぐに家族や友人に連絡を回すと病室は一気に活気付く。
姉が回復したわけでもないのにみんな病室ではしゃぎまわっていた。
うれしそうに机上に振舞う姉の姿にひと時は安心したものの、それは本当に「ひと時」に過ぎなかった。
3日ぶりに家に戻った私はすぐにいのりお姉ちゃんとまつりお姉ちゃんから部屋に来るように言われた。
なんとなく告げられることの予想はついていた。
「かがみの事なんだけど…」

その言葉の後の記憶はない。
覚えているのは猛烈な吐き気に襲われたことと、
いのりお姉ちゃんが私の部屋でずっと私の手を握っていたこと。

   すべてが夢だったらいいのに。このまま朝がくればいいのに。

でも私にやってきた朝は、紛れもない「現実」の朝だった。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 22:55:01.77 ID:0eUCbQVw0

その日から私は毎日手帳のカレンダーにチェックを入れる事が日課になった。
それはあまりにも残酷なカウントダウン。
「余命半年」
よめい。今までどおりの生活をしていれば、たぶん一生縁のなかったであろう言葉。
余命。あまりの命。あまりにも短い命。
かがみお姉ちゃんが、かがみお姉ちゃんでいられる残りの時間。
私と姉が、片割れ同士でいられる長さ。家族でいられる長さ。
この感じ二文字と書き込まれるチェックは、たくさんの意味を持っていた。
そして当の姉はそのことを知らないだなんて…残酷すぎる。

病院から出ることのできない姉は退屈そうにベッドの上で一日を過ごす。
たまにこなちゃんが持ってきてくれるノベルをぺらぺらとめくっては窓の外を眺めていた。
しかし姉は決して外に出たいとは言わなかった。
つかさやこなた、みゆきさん…それに峰岸や日下部がいてくれればそれでいいよ。
彼女はいつもそう言っては、窓の外を眺めていた。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 23:05:22.80 ID:0eUCbQVw0

そして話は冒頭に戻る。
今日も姉は窓の外を眺めていた。
灰色が半分を占める地面と、残り7割程度を占める青い空。
ほんの1割にも満たないけれども暖かさをほのかに感じさせる桜の色。
遠くで踏み切りの音が聞こえる。
よく姉と通った踏み切りがあった。あの場所にも桜の木が生えていた。
春になると電車が通るたびに桜の花びらが舞い散るきれいな場所だった。
高校の入学式に、父と母と一緒にあの桜の下で写真を取った気がする。
「校門でもないのに…お父さんったら気が早すぎよ!」
「ははは…あまりにもきれいなもんでね、つい」
「本当にきれいね」
「あははー、お姉ちゃんもっとこっちによりなよ〜」

そうか…もう4年前になるのか。
大学に通うようになってからあの踏み切りはあまり通らなくなった。
そんな昔に思いをはせていると、不意に病室の扉が開かれた。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 23:15:20.69 ID:0eUCbQVw0

「おっす、こなたにみゆきさん」
入ってきたのはいつもの二人だった。
「やっほー、こなちゃん、ゆきちゃん」
私もできるだけ明るく挨拶をした。
「やぁーかがみん、私がいない間さびしくなって泣いたりしなかった〜?
 かがみはこう見えても寂しがりやさんだからね〜」
「うっさいわねー、あんたが居なくても私は全っ然平気よ?」
「こんにちはかがみさん。これ、お花をもってきました」
ゆきちゃんの腕の中には大きな花束が抱えられていた。
「わぁ、すごいやゆきちゃん、私花瓶を用意するね」
チューリップやポピーなど色とりどりの花は殺風景な病室ではあたたかいアクセントになる。
「あと、これもそうなんですが…」
ゆきちゃんが手渡したのは一本の桜の枝だった。
「泉さんがきっとかがみさんが喜ぶから持って行こうっていわれたんですよ?」

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 23:23:40.44 ID:0eUCbQVw0

「え…こなたが?」
姉の顔が少し赤くなるのがわかった。
「うん、かがみんいっつも病室から桜見てるじゃん?
 だからもっと近くで見たほうがいいんじゃないかなーって」
さすがはこなちゃん、姉の事を本当によく観察していると思う。
「まぁ…本当はいけませんけど、一本ぐらいならきっと大丈夫でしょうし…」
「あ…あり…がと…」
「いやー、そうやって顔を背けて恥ずかしがるかがみん萌えー!」
「うっさいわね!」
「あらあら、かがみさん随分気に入ってくれたようで何よりです」
「あーもう、みゆきまでえ!」
病室に笑い声が響く。
姉はいつになく元気そうで私はほっと胸をなでおろすのだった。
1年前にはまったく考えもしなかった。
よかった…今日も無事に一日過ごせそうだ、なんてこと。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 23:38:19.36 ID:0eUCbQVw0

6時を回るとこなちゃんとゆきちゃんはまた来るからね、と病室を出てゆく。
この病院は一般の面会は8時までだ。私もそれまでにはここを引き上げる。
「ねえつかさ」
「なーに?お姉ちゃん」
「車椅子…かりてきてくれない?売店に行きたいんだけど…」
「うん、わかったー」
私は病室を出ると静かに扉を閉めた。
ナースステーションで折りたたまれた車椅子を借りるとその場で広げて使えるようにする。
姉は絶対に二人が居る前では経ったりどこかに行きたいと言ったりはしない。
たぶんそれはだんだん弱っていく自分を悟られないようにしているんだと思うけど…
それでも日に日に落ちていく体力は、少しずつ少しずつ、目に見えるものとして表れる。
「大丈夫おねえちゃん?一人で移れる?」
「このぐらい平気よ。夜は一人で歩いてるんだし」
そういう姉ではあるが、実際のところ動作の一つ一つが頼りない。
ベッドを降りるのも入院当初に比べて慎重になったし、
最近姉は私が居る前でもトイレに行かなくなった。
たぶん…もう…一人で歩けないんじゃないかな、と私は思う。
「なんだかんだ言って車椅子って楽なのよねー。
 それになんか優越感に浸れるって言うか…ね」
姉はそう強がりを言うけれども、きっと本当は優越感どころか罪悪感に悩まされているに違いない。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 23:50:04.28 ID:0eUCbQVw0

姉は前と変わらず夜になるとお菓子を食べながら本を読んでいるらしい。
変える間際になるとかならず一緒に売店に行ってお菓子を選ぶ。
「うーん…ほとんどのお菓子ためしちゃったんだよね…
 ねえつかさ、今度来るときには外からお菓子もってきてくれない?」
こんな小さい売店なのだから品揃えが薄いのは仕方がない。
「うん、いいよー、どんなのがいい?」
「そうねえ、やっぱりビスケットとかがいいかな」
「はーい、ここにないようなやつならなんでもいい?」
「あぁうん、かまわないわよ。
 てか私が頼んでる以上そんな贅沢はいえないわよ…
 ま、きょうのつなぎは…これでいっか」
姉はチョコレート菓子を手に取ると裏側を気にしている。
「太っちゃうかな…まぁいっか!」
そういう姉の背中は以前よりも細くなっていて、幾分かさみしい感じがした。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/09(水) 23:59:11.87 ID:0eUCbQVw0

姉を病室まで送り届けると私は病院をあとにした。
バスに乗り込むと空いている席に適当に座って窓の外を眺める。
街頭に照らされて桜並木がぼんやりと妖しく浮かび上がる。
静かにバスに揺られながらうとうとと目を細めた。

あぁ…桜ってこんなにきれいだったんだなぁ。

ぼんやりとした頭で考える。
高校のころは毎日二人一緒に通っていた道も、ここ最近ではほとんど一人で通る。
お姉ちゃんが入院してからは私が暇さえあれば病院に行って看病するようになった。
お母さんは二人居なくなった分の家事をしなくちゃならないし、お父さんも仕事。
いのりお姉ちゃんもまつりお姉ちゃんも色々と手が離せない時期だ。
最近は近所の人に会うと高確率で「毎日看病えらいわねえ、しっかりしてて」とほめられる。
今までは姉が主にほめられて私はおまけ程度だった。
姉が居なくなったとたんに私がしっかりするなんて…皮肉だな、と思う。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/10(木) 00:11:42.98 ID:+2sNkecJ0

次の日、私は午前中に講義がすべて終わってしまったため、病院に早めに行こうと教室を出た。
お昼が近い、そうだな…ご飯だけたべてっちゃおうかな。
私は友人と分かれると食堂へ向かった。
昼の食堂は相当混み合う。
「おー、つかさー!こっちこっち!」
食器を持ってもたもたしていると不意に名前を呼ばれた。
こなちゃんがテーブルに座っていた。
「いやー、それにしてもよくこむネ〜、まぁ聖地ほどではないけどさ」
「あははー、こなちゃん、それ行ったことがある人じゃないとわからないよね…」
「うぅ〜、つかさだって行ったくせに〜!ふんだ、私はどうせ特殊な人種ですよ〜だ…」
相変わらずチョココロネをこよなく愛するこなちゃん。全然変わってないなぁ。
「つかさはこれから講義あんの?」
「あ、えっとね、休講になっちゃったからこれから病院行くことにしたんだ」
「あぁ〜、姉思いの妹かぁ、いいねいいねぇ、お姉さんそそられちゃうよ〜」
「もう、こなちゃんってば…」

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/10(木) 00:20:03.51 ID:+2sNkecJ0

「こなちゃんはこれから講義あるの?」
「あぁうん、これから1限だけあるね〜。総合科目だしサボってもバレないんだけどさ、
 とりあえず出席して単位もらえるなら出席するだけしとこうかなと思う訳でサ」
こなちゃんと一通りの会話をするとそれぞれ別れて食堂を出る。
「またあとでね〜」
「うい〜、かがみんにヨロシク!」

学校から病院までだいたい1時間とちょっとぐらいかかる。
私はその間明日の授業にかんするメールをしたりして時間をつぶす。
でも大抵途中で話題はそれて漫画の話になったりおいしいケーキ屋さんのはなしになったりする。
「そういえばおねえちゃんにお菓子頼まれてたんだっけ」
あぶないあぶないと私は財布の中身をチェックするとポケットにしまう。
そんなに高いものは買えないけど、あの売店にないものを買うことぐらいはできるだろう。
途中スーパーマーケットにでも寄っていけばいいか。
私はそんな考え事をしながら電車を降りた。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/10(木) 00:28:08.24 ID:+2sNkecJ0

病室ではいつもと変わらず姉が窓の外を眺めながらベッドで音楽を聴いていた。
「お姉ちゃん、昨日言われたお菓子、買って来たよ」
私はベッドの端にお菓子を置くと自分もその横に座った。
姉はそれをまったく気にも留めない様子で外を眺めていた。
「お姉、ちゃん…」
遠くを見据える、透き通った目。
「ねぇ、つかさ」
「え…なあに?」
「死ぬって…どういうことなのかな?」
何を…いいだすのだろう?
「今…私はここに居る。
 ここにこうして座って外を眺めてつかさとおしゃべりができる。
 でもこれって言うのは私に感情や、五感があるからできることなのよね」
お姉ちゃん…どうしたの?
「でも死ぬとどうなるのかしら?」
あ…えっと…
「いつかは自分も必ず死を体験する瞬間が来るはずよね?
 宗教とかだと来世があるとか、魂が別の場所に移動するっていうわ。
 でもそれっていうのは…きやすめでしかないんじゃないかしら」

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/10(木) 00:35:35.20 ID:+2sNkecJ0

「生きている以上、死を迎える。
 今までそんなこと感じずに生きてきた。
 こなたがいて、みゆきがいて、峰岸がいて、日下部がいて、
 そして父さんがいて母さんがいていのり姉さんとまつり姉さんがいて、そしてあんたがいて」
お姉ちゃん…そんなこと…
「でも、死ぬとそういう記憶が全部なくなっちゃうのかな?
 なにも…感じなくなっちゃうのかな、真っ暗になっちゃうのかな?」
やめて…やめて…
「闇の中で一人になって…でも一人になってもなにも感じなくなっちゃうのかな?
 死んだら意識がなくなる…それってどういうことなのかな?」
姉がこっちを振り返る。
ないていた。恐怖と悲しみと寂しさで、ないていた。
「つかさ…どうしよう…私死ぬのかな…」
「お姉ちゃん…おちついてよ…」
「いやだ、私まだ死にたくない…
 死にたくない、死にたくないのに…
 怖い…死ぬのは怖い…つかさ…どうしよう…」
こんなにも死に対する恐怖に襲われていても、姉はあんなにも気丈に振舞っていたのか…
姉は頭を抱えて大粒の涙を流す。
「死ぬなんて…いや…」

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/10(木) 00:42:39.03 ID:+2sNkecJ0

「つかさ!」
突然抱きつかれて私はバランスを崩しそうになる。
「助けて…怖いよ…私こんなに死ぬのが怖いなんて考えたこともなかった…」
「お姉ちゃん…もう、やめてよ…」
「つかさ…いやだぁ…」
私はどうすることもできずに姉の頭を抱いて、ただ頭をなでるぐらいしかできなかった。
死ぬ…そんなことを真剣に考えたことなんて一度もなかった。
日々弱っていく自分の体に恐怖を覚え、とうとうこらえきれなくなったんだろう。
声を押し殺して泣く姉に私はかける言葉を失っていた。
咲いたものはいつかきっと散る日がくる…桜もそうだ。
それは儚くも美しい、生命の神秘である。
そんなきれいごとでは済まされない。
死ぬ。ただそれだけだ。無になる。なにも残らない。
それというのは姉と2度と会えなくなることをも意味した。
この恐怖は美しいものでもなんでもない。ただの「恐怖」にしかなり得ない。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/10(木) 00:53:49.50 ID:+2sNkecJ0

夕方、こなちゃんとゆきちゃんが来るころには姉も随分落ち着いたようだ。
いつもの様にこなちゃんにからかわれて、顔を真っ赤にしていた。
私はそんな姉の様子を見守ることしかできなかった。
なんだか話の輪の中に入ることがとても怖く感じられた。
ただ時々会釈やまわりにあわせて笑顔を作っていたけど…
「いまお姉ちゃんとしゃべったら、たぶん私は絶えられずに泣き出してしまう…」
そう自覚していた。

こなちゃんとゆきちゃんが帰った後で今日も姉と一緒に車椅子で病室を出た。
「つかさ…ちょっと生きたい場所があるんだけど…いいかな?」
「うん…いいよ…」
そういうと姉はエレベーターの1Fを押す。ちなみに売店は3Fにある。
姉の指示で車椅子を押していくと病院の中庭に出た。

その刹那、私はその美しい風景に飲み込まれそうになる。
巨大な一本の桜の木が中庭いっぱいに花びらの雨を降らせていた。
暗くなりかけた桜の木がライトアップされ、美しい空の色と対照的なコントラストを描く。
振っても振ってもやむことのない花びら。ゆっくりと地面に舞い落ちる。
「ねえつかさ」
声をかけられわれに返る。
「きれいでしょ?この病院に来て割とすぐに見つけてさ」
「すごくきれいだね…」
「うん。春になったら一度は見に来ようと思って、
 今まで言うの忘れちゃったから今日思い出したし行こうと思ったのよ」

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/10(木) 01:01:42.57 ID:+2sNkecJ0

「…つかさ、さっき私死ぬのが怖いっていったでしょ?」
「…うん」
「今でもその考えに変わりはないわ。怖いもんは怖い。
 でも…もしかしたら、私はいなくならないのかもしれない、って思ったのよ」
「…え?」
「私っていう存在自体は消えるけど…
 でも、みんなから私の認識が消えることはないんじゃないかと思ったの。
 一人はさびしいし、みんなとお別れになるけど…でも私はきっとそこにいる。
 心の中で生きてる…とかそういうなんかさ、さもさもらしい事を言うつもりはないんだけど、
 でもなんか…うーん、説明しにくいけどとにかく私はそこにいるのよ。絶対に」
「お姉ちゃん…」

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/10(木) 01:08:32.12 ID:+2sNkecJ0

「だから…私が私であり続けるために…
 つかさ、私からの最後のお願いね」
「さ、最後だなんてへんなこと言わないでよお姉ちゃん…」
「あ、ごめん…じゃぁ一生のお願いってことで、いい?」
「…うん」
「何があっても…私のこと、ちゃんと覚えておいてほしい。
 この先私に何があっても、今のありのままの私を覚えておいてほしいんだよね。
 な、なんかものすごく痛いこと言ってるみたいで恥ずかしいんだけど…」
「そ、そんなことないよ、大丈夫だよ」
「あっはは…あ、このことはギリギリまでこなたには内緒にしといて。
 アイツのことだからもし回復したときになんて言われるか分かったもんじゃないわ…
 かがみんは中二病で入院してたんだよ〜なんていわれた日にゃ…それこそ死にたくなるかもね」
あははは、と姉はさも面白そうに笑った。
「こなちゃんならそういうかもねー。」
私もつられて笑う。
「でも…」
「ん…何、つかさ?」
「でもきっと一番よくお姉ちゃんのことわかってるのは…こなちゃんとゆきちゃんだと思うよ」
それを聞くと姉はうん、と大きくうなずいた。
「そうね…あ、峰岸や日下部も多分そうね。
 …なんか若干名記憶を改ざんしそうなやつも含まれてる気もするが…まぁいいか」
私たちは顔を見合わせて笑った。
空に向かってそびえる桜を眺める。
「次…もしもうまれ変わったら…また、一緒に生まれるといいわね…」
「うん…でもきっとそれは遠い未来の話だよね…」
私はこの日を絶対に…忘れない。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/10(木) 01:21:48.99 ID:+2sNkecJ0

「柊ってこの色のリボン好きだったよなー」
「うーん、リボンに限らず柊ちゃんは黒が好きだったんじゃないかしら?」
「そーそー!かがみんはパンツも黒が多かったからネ〜」
「うー、こなちゃんどんだけ〜…」
「随分懐かしい言葉が出てきましたね。あれは確か2007年の流行語だったはずですが」
「おぉー、さすがはみゆきさん、よっ、生き字引、乳字引〜!」
「おいチビッコ、そろそろシモネタからはなれろよ〜」
「何を言うか!下ネタは全世界共通の笑いの種なんだよ!」

翌年4月上旬。よくはれた心地よい午後。
桜が満開の並木道でわいわいさわぎながら歩く数人の人影。
ひらひらと舞い降りる桜の花びらはまるで雨のようだった。
それはとても暖かな雨で…まるで私たちを包み込むようだった。
「あ、ちょっと先にいっててくれる?
 私ちょっと寄りたい場所があるんだぁ…」
「おk、把握〜。じゃあ家の鍵渡してくれる?」
「はい。なくさないでね、こなちゃん」
「おい、チビッコなんかに渡さずにあたしにくれればいーのに…
 チビッコだとなんかたよりねーぞ」
「むぅ、みさきちが何を言う!」
「その名前で呼ぶなってヴぁ!」
駆け出す二人の後を落ち着いた様子で二人が見守っている。
私はその光景を見守った後に、道路をそれて目的地へと一人足を運んだ。

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/10(木) 01:32:31.63 ID:+2sNkecJ0

白い塀で囲まれた病院。
つい一年前はその不健康なまでの清潔感がいやだったがいまはむしろ爽やかに感じられる。
受付を抜け、診療棟を越える。
突き当たりのガラス戸を開くとそこには昨年と同じように桜が私を待っていた。
「…お姉ちゃん、今年も桜、きれいだね」
私はひとりそうつぶやくと空を見上げた。
去年私はここでまた来年も一緒に桜が見れるといいな、そう思った。
どんな姿になっていてもいい。
お姉ちゃんはきっと桜の季節と共にどこか遠くへ行ってしまった。
いや…もしかしたら桜を追いかけて行って、またここに戻ってきたのかもしれない。
「つかさ…」
誰かに呼ばれた気がして後ろを振り向く。
その瞬間に大きな風が吹き、桜ふぶきが空高く吹き上げられた。
そして新たに散った花びらに加勢するように落ちてゆく。
「お姉ちゃん…」
多分きっといまのはあの気丈で、優しくて、寂しがりやな姉だったんだ。
「ねぇ…お姉ちゃーん」
誰にともなく声をかける。


「空から見る桜は…きれいだった?」

                          END

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/10(木) 01:47:08.38 ID:+2sNkecJ0

本日はくだらない文章にお付き合いいただきありがとうございました。
やっぱり某氏に影響されまくりです。桜とか。



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