2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:03:11.99 ID:wVoacuk/0
「東中学出身、涼宮ハルヒ」
おいおい、やめてくれ。
「ただの人間には興味ありません。この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」
俺は垂直にすれば月まで届きそうな深い深い溜息をついた。
最初にこのセリフを聞いてから、間違いなく一年が経つはずだ。
なのに、なんで俺の後ろにいる長い髪の不機嫌そうな美少女は、同じセリフを繰り返す?
OK、認めよう。
ここは一年前だ。同じ一年を繰り返している。
おそらく、俺だけが。
3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:03:33.95 ID:wVoacuk/0
『ループ・タイム――涼宮ハルヒの憂鬱――』
4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:04:39.33 ID:wVoacuk/0
なにかを後悔したとき、人は必ず、「ああ、時間が戻ってくれたらなあ」なんて溜息を漏らすものである。
もちろん、時間が戻ってしまったとすれば、本人の記憶も失われ、結局は、同じ行動をとることになってしまうはずであり、
「いや、自分の記憶だけ残して云々……」などと言い出すと、願望は非現実的な方向へ、非現実的な方向へと突っ走っていくことになる。
このため、大人になるということは、過去を諦めるということである、と俺は悟りを開いている。
だからな、ハルヒ。
遣り残したこと、やり足りないこと、失敗を悔やむ気持ち。
よーくわかるが、ほんとに時間を戻してどうする、このアホ。
しかも、俺の記憶を残してどうするつもりなんだ、お前は?
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:06:18.55 ID:wVoacuk/0
『涼宮ハルヒの意図がどこにあるのかは不明。
現段階で、一年間の記憶を持っているのは、あなたと私だけ。
朝比奈みくる、古泉一樹、涼宮ハルヒの記憶は消去されている』
携帯に入れていた長門の番号は消えていた。四苦八苦して思い出し、宇宙人に助力を請う。
なんといっても、古泉はまだ転校していないし、朝比奈さんは、ハルヒが拉致ってくるまで、俺とは面識がない。
唯一、長門は、三年前に俺と会っている。それに、八月の時と同じなら、長門は記憶を保っているはずだ。
……長門、まさか、これも一万回以上繰り返している、なんてことはないよな。
『ない。このループは初めて観測される。
涼宮ハルヒの能力は次第に減少していたため、情報統合思念体は非常に興味を抱いている。
しばらく、私は観測に専念する』
6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:08:53.60 ID:wVoacuk/0
「そうか……もう一つ。朝倉のことだ」
教室で朝倉に「おはよう、私、朝倉っていうの。よろしくね」と微笑まれたときには血の気が引いた。
『情報統合思念体は、今回の時間の巻き戻しに影響されない。
朝倉涼子は、情報結合を解かれ、存在していない。
あれは、私が再構成したもの。情報操作の能力を持たない、ただの女子高校生……安心して』
わかった……俺はどうすればいい?
『なにが涼宮ハルヒに時空改変を起こさせたのか、現時点では不明。現状維持が望ましい。だから、朝倉涼子も復元した』
つまり、この一年間を、なるべくそのままなぞるってことか?
『そう……どこかで、時空改変を直す鍵が見つかるはず。それまでは静観』
なるほどな。じゃあ、そのうち、ハルヒと一緒に文芸部室に押しかけていくことになるだろうから、そのときは頼む。
『……また』
切れた。
俺はまた溜息をつく。前回は二週間で、夏休みにやり残したこと、という具体的なヒントがあった。
今回はどうだ。一年間とは、ちと長いんじゃないか、ハルヒ?
ともあれ、現状維持だ。なに、一年前の行動をなぞればいい。
俺は一年前の記憶が消えていないんだから、まあ、楽勝だろう。
8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:13:37.46 ID:wVoacuk/0
ハルヒに話しかける、最初のセリフといえば決まっている。古泉のような作り笑いも忘れてはならないな。
「しょっぱなの自己紹介、どこまで本気だったんだ?」
作り笑顔を浮かべ、ハルヒの方を振り返って言ってみる。
「全部」
ハエタタキを叩きつけるような答えが返ってきた。
……アレ?なんか違わないか。
ハルヒはそのまま口をへの字にして、腕を組んで黙っている。これで会話終了なのか?
冷や汗が吹き出てきた。
俺はセリフを間違えたのか。やばい。楽勝どころか、いきなり氷山にぶち当たった豪華客船のごとく撃沈しそうだ。
冷たい海に投げ出されたがごとく青い顔をする俺に、ハルヒは少し興味を示してきたようだ。
「なに、あんた深刻な顔して……もしかして、あんた宇宙人?」
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:15:00.14 ID:wVoacuk/0
「いや、俺は違う」
あわてて否定する。なんとか話を元の流れに戻さないと。
このあとハルヒは、だったら話しかけないで、時間の無駄だから、と言う筈……
「俺は?ふーん、知り合いには居るみたいな口ぶりじゃない」
げっ、食いついてきやがった!
「ち、違う、知り合いにもいないっ」
「妙に必死ねぇ……あんた、ますます怪しいわ」
こいつの驚異的なカンの鋭さを、すっかり忘れていた。まるでエスパー並だ。
ライオンに追い詰められたガゼルのように汗をだらだら流しながら沈黙する俺を見つめて、ふぅん、とハルヒはお宝を前にした海賊のような笑みを浮かべる。
直後、担任の岡部が入ってきたから救われた。
そろそろと辺りを見回すと、東中出身の奴らは、信じられない、と驚愕の目つきで俺を見つめていた。
うう、そんな、たまたま網にかかった珍奇な深海魚を見るような好奇の目で俺を見ないでくれ…。
10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:16:04.10 ID:wVoacuk/0
『……さほど問題はないはず。でも、なるべく、一年前を再現するよう努力して』
すまん、長門……。
だが、俺の失敗は続く。
昼休み、俺は屋上で長門に定期連絡を入れていた。
屋上に出るドアの合鍵は長門につくってもらった。ここなら、気兼ねなく長門に連絡できる。
普段はしっかり鍵がかかっているからな。誰も来ない。
「ああ、いまのところは問題ない。順調だと思う。……ああ、じゃあ、また報告をいれる。じゃあな」
ふう、やれやれと俺が電話を切って、携帯をポケットにしまったときだ。
「見たわよっ!!」
突如、ハルヒが現れた。
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:16:59.72 ID:wVoacuk/0
「あんたが怪しいから後をつけてたら、鍵がかかっていて出られないはずの屋上で電話してるじゃない。
それも三日連続!間違いなく、母船で待機している宇宙人との定時連絡だわっ!!」
ハルヒは脱兎のごとく逃げだそうとする俺にハイエナのように掴みかかった。
ハルヒが、「とりゃー」と掛け声をかけて放ったあざやかな脚払いを喰らって、俺はあっさりとコンクリートに倒れこむ。
ハルヒは倒れた俺に馬乗りになった。マウント・ポジション、逃げられん。
「これが端末ね……携帯電話に偽装してもわかるんだから!あたしによこしなさいっ」
「やめろ、正真正銘の携帯だ、ただ電話してただけだっ」
ハルヒは無情にも俺の手から携帯を奪い取る。
13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:17:54.51 ID:wVoacuk/0
「どれどれ……なにこれ、発信履歴が『長門有希』ばっかりじゃない。
ははあ、これが宇宙人の連絡要員に間違いないわね」
血の気が一気に引いた。なんたって当たっている、大正解だ。
必死にハルヒの手から携帯を奪い取ると、思いっきりハルヒのわき腹をくすぐってやった。
笑い出すハルヒが体を浮かせた隙に、ハルヒの体の下から脱出し、俺は逃げ出した。
「あ、こら待ちなさぁいっ!」
『……あなたと私が知り合いである、という設定にする。私たちは図書館で出会い、貸し出しカードの作成をあなたが手伝った。
私はお礼を言おうとしていて、同じ高校に、偶然あなたを見つけた。先ほどの電話は、また二人で図書館に行く相談ということにする』
つくづく悪い。俺のミスばっかりだ。
『いい。一年前と同じにならないのは、涼宮ハルヒの意志とも考えられる。ならば、多少の変更があっても問題ではない。それより――』
なんだ?
『いつ図書館に行く?』
14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:19:18.27 ID:wVoacuk/0
学校ではハルヒに追っかけまわされ、放課後には長門と図書館に行く、その繰り返し。
そうこうしているうちに、ゴールデンウィークが明けた。
本来、俺とハルヒの間に、はじめて会話が成立する時のはずだ。
しかし、会話が成立するどころか、学校での俺は、すでに四六時中ハルヒに監視されている。
俺は涸れた井戸の底のように暗い気持ちで教室のドアを開けた。
「おはよっ、キョン!!」
……この調子だ。だが、一応、言うべきことは言わねばなるまい。
満面に1000ワットの笑みを浮かべるハルヒに向かって、ボソボソと俺は呟いた。
「……曜日で髪型変えるのは、宇宙人対策なのか」
「そうよっ!どお、効果あるかしら?あんた、ビリビリと波動を感じたりしない?」
「しない」
「ふーん、じゃあ、切っちゃおっかな。あんた、ショートとロング、どっちが好き?」
「……ポニーテールが好きだ」
俺がそう言うと、ハルヒはげらげら笑い出した。
「あははは、だからあんた、火曜日になるとあたしのことをマジマジ見てるのね!」
15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:19:53.58 ID:wVoacuk/0
俺がどう答えたものか困っていると、担任の岡部が入ってきて、その会話は終了。
だが。
翌日、ハルヒの髪型は、見事なポニーテールになっていた。
少し顔を赤くしたハルヒが、俺を見ながら照れたように言う。
「どお?」
「……似合ってる」
おい、これが、ハルヒの望んだ流れなのか?
『……おそらく』
やれやれ。
16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:20:43.16 ID:wVoacuk/0
「全部の部活に入ってみたってのは……」
「そう、全部入ってみたけど、全然面白いのがないのっ!
まったく、ようやく長い義務教育時代が終わって期待してたってのに、高校には失望だわ。
ホント遺憾をおぼえるわね。……まあ、部活なんかより、よっぽど面白いことがあるからいいけどね」
なに、それ?
ハルヒは満面に笑みを浮かべて指差した。
「あんたよっ!」
「付き合う男をみんな……」
「ぜーんぶ振ってやったわ!どいつもこいつもホンット普通の人間よ。
電話なんかで告白してきて、日曜日に一緒に映画館行って、暗闇の中で手つなごうとしてきてまるで馬鹿みたい!
まったくつまんないったらありゃしないんだから。……ま、今度はなかなか退屈しないで済みそうだけどね」
なに、それ?
ハルヒは満面に笑みを浮かべて指差した。頬が少し赤い。
「あんたよっ!」
いやいやいやいや、ちょっと待てよっ!!
17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:21:33.04 ID:wVoacuk/0
谷口が、白昼堂々幽霊が歩いているのをみたような、驚愕の表情を浮かべて俺のところにやってきた。
「おい、キョン、お前、いったいどんな魔法を使ってるんだ?」
谷口、実のところ、俺にもまったく全然理解ができないんだよ……。俺が教えて欲しいくらいだ。
何がどうなったらこうなるんだ?誰か知ってる奴がいたらここに来てくれ。説明願おう。
「驚天動地だ。空前絶後だ。国士無双だ。あの涼宮とまともに付き合える人間がいるなんてな」
おい、俺とハルヒが付き合ってることは既成事実か?決定事項なのか?
「キョンは昔から変だからなあ」
こら、国木田、デフォルトとセリフが違うぞ。俺が変になってどうする。
「あたしも知りたいな」
谷口ランクAA+の美人委員長、朝倉涼子が顔を出す。そうだ、そういえば、こんな流れがあったな。
どうやったらハルヒと仲良くなれるのか、とかなんとか――
18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:22:09.05 ID:wVoacuk/0
……あれ、朝倉さん、心持ち、顔が赤くないですか?なんで?
「……キョンくん、涼宮さんのこと好きなの?」
朝倉、なんでそんな質問するんだ?
急に朝倉はまつげを伏せる。心なしか、少し表情が曇っているように見えるが。
「ううん、なんでもない……ごめん、気にしないで……」
だが。
翌日から、朝倉涼子の髪型は、これまた見事なポニーテールになっていた。
みんなアホばかりだ。
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:22:59.46 ID:wVoacuk/0
席替えである。引き当てた俺の席は窓際後方二番目。ハルヒは当然のようにその後ろに席を落ち着けた。
まあ、ここら辺は変更なしだ。いやあ、なんとなくホッとするな。
ハルヒがまったく憂鬱な顔をしていないで、「キョン、また前後ろの席ね!」とか言って、妙に嬉しそうなのが気にかかるが……。
さて、そろそろ、ハルヒが新しい部活を作ると宣言する時間だ。
俺は、いつ頭を机にぶつけるのか、電気椅子に座った死刑囚のように、ひやひやしながら英語の時間をすごしていた。
…………
あれ、いつまでたっても、ハルヒが手を伸ばしてこないぞ。おかしいな。
…………
英語、おわっちまうぞ!まさか、SOS団は結成されないのか?
「ハルヒ!」
焦った俺は、振り返ってハルヒの肩を掴んだ。
21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:23:57.10 ID:wVoacuk/0
「な、なによキョン。あ、まだ駄目だからね。あたし、キスは付き合ってから一ヵ月後まで許さないの。それで、三ヶ月目には……」
「いや、そうじゃなくて、その、ぶ、部活、部活はどうした?」
「へ?言ったじゃない。どれもこれもつまんなくて……」
「ないんだったら作ればいいんだ!」
思わず、俺は声を大きくした。SOS団だけは、なんとしても結成しなくてはならん。
「何を?」
「部活だ!!」
ハルヒは、軽く溜息をつくと、俺の肩に手をやった。
「……あとでゆっくり聞いてあげる。そのヨロコビを分かち合ってもいいわ。でもね、今は落ち着きなさい、キョン」
……いかん、これじゃ俺とハルヒの立場が逆だ。また冷や汗がたれる。
「授業中よ」
ハルヒは、泣きそうな英語教師に向かって手を差し出し、授業の続きを促した。
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:27:27.55 ID:wVoacuk/0
「部室のあてはあるの?」
昼休み、ハルヒは俺の顔を覗きこんだ。ポニーテールが揺れる。
あたしが部室を確保するわっ……と一年前のハルヒなら叫んでいたはずだが。
ああ、お前は変わっちまったなあ、ハルヒ。なんだか悲しくなる。
暴走族の先頭でブイブイいわせているようなお前はどこに行っちまったんだ?
俺はまたボソボソと言う。
「……文芸部に知り合いが居る。部員一名で、廃部寸前なんだ。そいつが唯一の部員で……朝倉ともそいつは知り合いだ……」
「ふーん……ま、いいわ。じゃ、いこっか、キョン」
ハルヒは笑顔で俺の腕をとって、自分の腕を絡めた。
恋人同士のように、ハルヒと腕を組んで部室棟に向かって歩きながら、俺はハルヒに引きずられて連行された一年前を懐かしんでいた。
なんだか、どんどんズレが大きくなっていくな……。
26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:28:53.07 ID:wVoacuk/0
文芸部室のドアを開ける。
ああ、懐かしい光景だ。長門が椅子に座って分厚い本を読んでいる。眼鏡がないのを除けば、再現率は100パーセントだ。さすが、長門。
「この子が、キョンの知り合いの文芸部員?へえぇ、可愛い子ね」
「長門有希」
む、とハルヒの表情が変わる。ハルヒの全身から怒りのオーラが滲み始めた。
「キョン、長門有希って……あんたの電話の履歴にあった子ね……同じ学校なのにあんだけ電話で話すなんて、よっぽど親しい間柄かしら?」
ハルヒが握っている俺の手が、ハルヒの握力に悲鳴をあげる。いたい、いたいから、ハルヒ!
「長門さん」
ハルヒが長門に向き直る。普段よりも半オクターヴほど下がった、非常に険悪な声だ。
「あなたとキョンの関係は……友達以上と捉えていいのかしら?」
「いい」
な、長門っ!?
「……わたしとキョンの関係は気にならないの?」
「別に」
まずい、まずいって!!
「ふーん……じゃあ、あなたをライバルと見なしていいのかしら?」
「どうぞ」
お前、他にセリフを用意してないのか!?
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:29:16.15 ID:wVoacuk/0
ハルヒの目が、なんともいえない強烈な光をギラギラと放っている。
部屋の体感温度が一気に5度は低下して、俺は寒気を感じた。
「ま、そういうことみたいね」
ハルヒは俺を親の仇のようにギロリと睨んだ。
「放課後、この部室に集合ね……あと、キョンは死刑だから」
わかったよ、死刑は嫌だから……って、決定事項かよ!
29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:30:30.68 ID:wVoacuk/0
「先に行ってるわっ!」
ハルヒは、陸上部から勧誘を受けるのも頷けるほど、見事なスタートダッシュで教室を出て行った。
その顔が引きつっているところを見ると、おそらく長門が気になるのだろう。
これから文芸部室で何が起こるのかと考えると、またまた溜息が出た。
『キョンのこと、どう思うの?』
『ユニーク』
『どんなところが好き?』
『ぜんぶ』
『……え、遠慮しないのね』
『わりと』
『……ふーん』
『……』
修羅場じゃねーか!
そんな、引火寸前のガスが充満しているようなところに、俺は、聖火のトーチを持って突入しなくてはならんのか。
朝比奈みくるの、勧誘である。
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:31:27.99 ID:wVoacuk/0
あー、朝比奈さんですよね。
「そうですけど……あなたは誰ですかぁ?」
キョンとでも呼んで下さい。突然ですが、涼宮ハルヒって知ってますか?
「あ、時間だん……禁則事項です」
あなたは、未来人ですね?
「……禁則事項です」
ハルヒのせいで、時間断層ができたんでしょう?
「……禁則事項です」
その涼宮ハルヒと一緒に、部活を作ったんです。宇宙人の長門有希もいます。朝比奈さん、あなたも入ってくれませんか?
「……うう、詳しすぎますぅ……あなた、本当にこの時間平面の人間ですか?」
まあ、事情があって、この一年間を繰り返しているんです。あなたに敵対する未来人ではないですから、安心してください。
「わかりました……これがこの時間平面での……」
「まあ、既定事項なんですよ」
きめのセリフを奪われた朝比奈さんは、ぷっと頬を膨らました。
ああ、可愛らしい。久々に朝比奈さんを拝めたのは何よりの幸福だ。
32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:32:40.77 ID:wVoacuk/0
さて、緊張の一瞬である。
文芸部室のドアの向こうに流れる気配は、尋常でなく重い。そして、絶対零度のように冷たい。
敏感な小動物のように、朝比奈さんがふるふると震えだしたほどだ。
ええい、破れかぶれだ!
「よお、遅れてスマン!捕まえるのに、手間どっ…ちゃっ……て……」
な、なんなんですか、なんて空気ですか、ここ、レバノンですか?
凍りつくような沈黙に閉ざされたハルヒがツカツカとドアに歩いてきて、黙ってガチャリと鍵をかける。
なんで、かか鍵をかけるんですかっ、ハルヒさん!!
「黙りなさい」
ハルヒの押し殺した声に、俺はびくっとなって固まった。
33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:33:14.84 ID:wVoacuk/0
「……すごい美少女を連れてきたのね」
ハルヒは、怯える朝比奈さんを眺め回す。
「しかも、すごい巨乳」
後ろから朝比奈さんの胸を揉みしだく。朝比奈さんは怯えてしまって、コブラに睨まれたアマガエルのように固まって動けそうもない。ハルヒのなすがままだ。
「ロリ顔で、巨乳?あんたの趣味?なんでこの子を入部させようというのかしら、キョン?説明が欲しいところね」
なんて言えばいい?まただらだらと冷や汗が……。
「こういう……マスコット的キャラも……必要かと……萌え要素が……」
ごっちーん!!
グーで頭を殴られた。ハルヒは怒りに燃えて、顔が真っ赤になっている。
「真性のアホね、あんたはっ!!」
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:34:04.75 ID:wVoacuk/0
…………
「で、この集まりの名前はどうすんの?」
うむ、これだけはゆずるわけにはいかない。思い入れもある。一年経って、愛着さえわいてきた名前だ。
頭がじんじんと痛むが、それをおして俺は立ち上がって宣言しようとした。
「もう考えてある……いいか、俺たちの団の名前は……」
と、俺が言いかけたとき、横から長門がすばやく言った。
「SOS団」
ハルヒが眉をしかめる。
「なにそれ、センスないわね」
……このやろう、一年前にお前が考えたんだよ、元はといえば
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:34:38.16 ID:wVoacuk/0
「……世界を、大いに盛りあげるための長門有希および、涼宮ハルヒの団。略して、SOS団」
あれ、ちょっと違わないか?長門。
「ふーん、まあ、いいわ。有希、みくるちゃん、よろしくね……………負けないから」
なんだ、ハルヒ、最後にボソッと呟いたのは!?
「なんでもないわよ、アホキョン!帰るわよ!!」
顔を赤くしたハルヒが俺の腕を掴んで、自分の腕を絡ませた。
これにて、今日の活動、終了。
『とにかく、SOS団が発足した。これは前進。問題はない』
問題はありありだと思うのだが……やれやれ。
37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:35:34.05 ID:wVoacuk/0
さて、パソコンである。
カマドウマ事件を引き起こしたり、閉鎖空間で、長門のメッセージを送ってきたり、世界改変での緊急脱出プログラムになるなど、非常に活躍が多いアイテムである。
SOS団の活動には、なくてはならない、と言ってもいい。
だが、果たしてコンピ研から奪い取ってもいいのだろうか?
奪い取らないとすれば、射手座の日というエピソードがまるまる消滅してしまう。
あれは、コンピ研の復讐が発端だったからだ。長門がその能力を遺憾なく発揮する機会も失われてしまう。
だが、奪い取ると、当然恨みを買い、朝比奈さんの胸がコンピ研部長氏にトラウマを生むことになる。
うーむ、どうしたものか。
『自分たちで買う』
それでいいのか?長門。
『問題ない。涼宮ハルヒが、パソコンを得るために朝比奈みくるを利用することは、現時点では考えにくい。だが、パソコンは必要。だから買う』
38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:36:24.85 ID:wVoacuk/0
まあ、長門がいうならそうだろう。だが、資金がないぞ。
『ある。十分な資金を私は持っている』
統合なんたらのくれた小遣いか?
『違う。競馬で当てた。超大穴、ハレハレユカイに10万円を投資』
こ、今世紀最大の大穴と言われていた、あの馬か!しまった、気が付かなかった。
『非常に儲かった』
……長門、やることはきっちりやっているな。
『明日までにパソコンを設置しておく』
翌日、見事に最新機種のパソコンが設置され、長門の手によってホームページも作られていた。
やれやれ、これでカマドウマ騒ぎはしなくて済みそうだ。
よけいな仕事がなくなって、きっと喜緑さんも喜んでいるだろう。
39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:37:07.96 ID:wVoacuk/0
ある日のハルヒと俺の会話。
「あと、団に必要なものはなんだろうな、ハルヒ」
「さあね、これ以上女の子はお断りよ」
「ぐうっ……謎の転校生とかはどうだ?」
「それが女の子ならお断りよ」
「……安心しろ。イケメンのエスパー少年だ。ホモだが」
「あんた、そっちの気はないでしょうね。たとえ男でも、あたしは自分の彼氏に言い寄る奴はぶっ潰すからね」
「俺は真性のヘテロ・セクシュアルだよ。」
「そして真性のアホってわけね。ま、そこがいいんだけどね。
キョン、あんたのお弁当もつくってきたから食べましょ。はい、あーんして」
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:38:33.32 ID:wVoacuk/0
「ちわー」
俺が部室に入っていくと、すでに長門と朝比奈さんが来ていた。ふう、と息を吐いて、俺は椅子に座る。
果たして、元の時間に戻れるのかね。最近、その目的を忘れがちだ。
なんたって、一年前の繰り返しのはずが、どんどんずれている。SOS団の活動二年目のような気さえしてくる。
そのせいか、もとの時間に戻らなくては、という危機感がわかないのだ。
長門はいつものように本を読んでいる。こいつは記憶を持っているから、落ち着いたもんだ。
一方、朝比奈さんは、ハルヒというより、むしろ俺を少し警戒しているようだ。狼にでも見えるのかね?
「やっほー」
ハルヒがでかい紙袋を提げて入ってきた。満面の笑み。はて、どこかで見た様な……
記憶の奔流がフラッシュ・バックする。
しまった、今日はハルヒがバニーガールの衣装を持ってきて、朝比奈さんとチラシ配りに出かけ、朝比奈さんが泣き出すというあの日だっ!
説明的なセリフを心の中で叫ぶ。……あれ、ハルヒの持ってる袋が三つだ。
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:39:45.11 ID:wVoacuk/0
「ハルヒ、それ、中身はチラシか?」
「は、チラシ?そんなのあんたが作って配ればいいじゃない。あたしが持ってきたのは、こーれ。じゃああああああん」
やはりバニーだ。おや、バニーは一着だけで、次に出てきたのはメイド服、そしてチアガール、巫女さん、ナース、
スチュワーデス、スクール水着、OL風の服、浴衣、ゴスロリ、ウエイトレス、鞭つきのは女王様、拘束具つきのは奴隷か。
「あんたが何属性なのかわかんないから、とりあえずいろいろネット通販で揃えたのよ。じゃあ、まずはバニーね。
キョン、着替えるから後ろ向いてなさい。振り返ったら死刑だから。……ま、ちらっとだったら見てもいいわよ」
ハルヒは制服をするすると脱ぎだした。俺は慌てて後ろを向く。
おい、それ全部自分が着るのか?というか、どこからそれだけの服を揃える金が出た。
俺は後ろを向いたままハルヒに尋ねる。
「有希がくれたわ。活動費だって」
そろそろと視線を動かして、本に没頭する長門の方を見る。
45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:40:27.88 ID:wVoacuk/0
「競馬。超大穴、エスパーマッガーレに、ハレハレユカイで得た資金を投資。また大儲け。」
あ、あの今世紀二番目の大穴の馬か!
「さらに、その資金を、超大穴、ミラクルミルクに投資。またまた大儲け」
あ、あの今世紀三番目……以下略だ。
「……笑いがとまらない」
ああ、長門も壊れていく。無表情で笑いが止まらないって、どんな状態なんだ、長門。
「さ、できたわ、キョン!こっちむいて、欲望に悶えなさいっ!!」
やれやれ。スタイル抜群、完璧なバニーガールが、満足げに俺を見つめていた。
48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:41:49.23 ID:wVoacuk/0
翌日、涼宮ハルヒの名前は、全校生徒の常識になっていた。
こともあろうに、ハルヒがバニーコスプレをいたく気に入り、その格好で俺と腕を組んで帰ったためだ。
ハルヒの大きな胸が腕にあたって気分は上々、じゃなかった、俺は真っ赤になっていた。
「ウブねぇ、キョン!」
なーんて言いながら、ハルヒは俺の腕をとって嬉しそうに歩く。
ところで、朝比奈さん、なんでメイド姿で下校なんですか。
「なんだか気に入りましたぁ。これから、私、部室ではこれ着てますね」
長門、ちょこんとした巫女さんは可愛いが、それで帰るつもりか。
「……そう」
こうして、ぞろぞろとコスプレ集団が一斉に下校し、SOS団の名前は校内に轟いたというわけだ。
50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:42:35.23 ID:wVoacuk/0
翌日の教室。
「キョンよぉ……、どうやったらあんなハーレムが作れるんだ?
涼宮に朝比奈さんだけでもすげぇのに、俺的美的ランクAプラスの長門有希もいたじゃねえか……」
谷口が羨ましげに言う。眼鏡なしの長門は、Aマイナーから二階級特進したようだ。
「昨日は驚いたな。キョンが可愛い女の子三人に囲まれて、しかも、みんなコスプレしてるんだもの。
メイド姿の朝比奈さんや、バニーガールの涼宮さんもよかったけど、巫女姿の長門さんも、素敵だったなぁ」
国木田も遠い目をする。
「なあ、キョン、ぜひ俺もそのSOS団に入れてくれ、頼むっ」
いや、まあ、すまん谷口。いろいろと厄介ごともあるんだ、こう見えて。そのうち、驚天動地の事件が起きて、俺は命を狙われたりするんだよ。
「ぶっそうなこと言わないで」
ポニーテールを揺らして、朝倉涼子までやってきた。いや、それはお前が……あ、この時間の朝倉は人畜無害なんだっけ。たしか長門がそう言ってたな。
「キョンくんに、なにかあったら……あたし……」
朝倉はそういって俯いた。
……可憐だった。
52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:43:21.81 ID:wVoacuk/0
そうこうするうちに、待望の転校生がやって来た。
まあ、そんなに待望していたわけではないが。ともかく、これでSOS団のデフォルトメンバーが勢ぞろいすることになる。
いやあ、最近、お前のことをすっかり忘れてたよ、古泉。
とりあえず、九組にいって古泉を探す。
どれどれ……人だかりができている。あの輪の中に、古泉がいるんだろう。
「おい、古泉一樹」
俺は人だかりの方に声をかけた。
「なんでしょう?はて、あなたは、どなたですか?」
すぐ教えてやるさ、エスパー少年。
………………
「いやあ、驚きですね。この一年が繰り返しているなんてぜんぜん分かりませんでしたよ」
「まあ、そうだろうな。俺と長門有希以外は、みんな記憶を上書きされたから」
「なるほど……わかりました。僕もSOS団に加わらせていただきましょう」
ああ。そうしてくれ。これで役者がそろった、ってやつだ。
………………
54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:43:58.44 ID:wVoacuk/0
「おまたせ、あー、こちらが謎の転校生君だ」
古泉は、例のハンサムスマイルを浮かべて挨拶した。
「古泉一樹です。よろしく」
じぃーっとハルヒが見つめる。
「あたしが涼宮ハルヒ。こっちで本を読んでいるのが有希で、この可愛い子がみくるちゃん。……古泉くん、ひとつだけ忠告しておくわ。」
「はい、なんでしょう?」
「……キョンに手をだしたら死刑ね」
やれやれ、実に物騒だ。
古泉も笑って肩をすくめる。
「ご心配には及びませんよ。僕には、ちゃんと決まったパートナーがいますから」
古泉の発言に、ハルヒはほっと胸をなでおろしたようだ。
「ふーん、そう、じゃあいいわ。それ、前の学校の人?」
「ええ、彼は教員でしたが。」
部室の空気が一気に凍りついた。全員、どうにも気まずくなって、その日の活動は終了した。
58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:45:22.54 ID:wVoacuk/0
その晩、ハルヒから電話がかかってきた。
『キョン、明日土曜日でしょ、一緒にデートしない?』
ああ、そうか土曜日か……はっ、また忘れるところだった!不思議探索をやっていない。
『不思議を探しにいく?まあ、楽しそうだけど……あたしは単にデートがしたいんだけどな』
あー、それは日曜にしようぜ。
『ま、いいわ。あんたがそう言うなら!じゃ、駅前に集合でいいかしら?』
ああ。じゃ、また明日。
『じゃね、愛してるから、キョン。おーばー♪』
顔が赤くなっちまった。なんだか無性にテレながら、長門、朝比奈さん、古泉に連絡をいれ、不思議探索は決行と相成った。
とはいえ、たいしたことがあったわけじゃない。当たり前だが、特に不思議なことも見つからず、組み分けではハルヒが俺を独占した。
ハルヒは実に上機嫌で、俺との散策を楽しんでいた。
長門、朝比奈さん、古泉の三人がどうしていたかは知らん。仲良くやっていればいいのだが。
翌日は、遊園地でハルヒとデートした。二人で乗り物を乗り回し、二人とも豪勢に買い物したが、長門が十万単位で活動費をくれるので、一向に苦にならない。
帰り際、少しはにかみながら、ハルヒが俺にキスをした。
うーむ。
閉鎖空間でファーストキスのはずなんだが。
予定がどんどんずれていくな……これでいいのだろうか?
あるいは、閉鎖空間に俺とハルヒがいくことがないとか?
60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:46:07.97 ID:wVoacuk/0
さて、今日は、懸案事項を片付けなくてはならない。
下駄箱に入っていた、呼び出しの手紙だ。差出人は書いていないが、朝倉涼子であると考えて、まず間違いないだろう。
長門が再構成したので、普通の女子高校生になっているはずだが……こういう行動は一年前と変わらないから不思議だ。
『大丈夫。彼女があなたに危害を加えることは有得ない。私とは独立して行動しているため、その意図は不明だが、あなたの安全は保証できる』
ありがたい長門の言葉をいただいて、放課後、俺は教室に向かった。
「遅いよ」
朝倉涼子が教壇に立っていた。
「やはりお前か……」
「そ、分かってたの?……入ったら」
俺は教室に脚を踏み入れる。長門のお墨付きがあるとはいえ、やはり体は恐怖を覚えているのか、動きがぎこちない。
「人間はさあ、よく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔するほうがいい』って言うよね、これ、どう思う?」
「ああ、よく言うな。」
たとえば、一年前のお前とか。
62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:47:10.03 ID:wVoacuk/0
「じゃあさあ、たとえ話なんだけど、現状を維持するだけではジリ貧になるのは解っているけど、
どうすれば状況がよい方向に向かうことが出来るのか解らないとき。あなたならどうする?」
日本経済の話ではないな、もちろん。言ってみただけだ。
「とりあえず何でもいいから変えてみようと思うんじゃない?どうせ今のままでは何も変わらないんだし」
「まあ、そういうこともあるかもしれん」
「でしょう?」
朝倉は、なんだか泣き出しそうな顔で微笑んだ。
「だから、変えてみようと思うの」
朝倉が俺に向かって飛びついてきた。とっさに体が逃げようとするが、反応が間に合わない。
俺は朝倉に押し倒され、床に倒れこむ。おい、長門、安全なんじゃないのか!?
だが、朝倉はナイフを振りかざすでもなく、俺の体に馬乗りになっている。形のいいポニーテールが揺れている。朝倉涼子の顔が赤い。
「好きなの」
へっ?
「キョンくん、大好き。お願い、私のことを抱いてほしいの!」
朝倉が俺の体に抱きつく。大きな胸が押し付けられて、朝倉の体温が伝わってくる。
「ままま、待てっ!!」
俺は何とか朝倉の体を押しのけた。
65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:48:31.86 ID:wVoacuk/0
「すまん、気持ちはありがたいが、俺には応えることができない。誰かもっといい男をみつけてくれ、お前ならすぐに見つかるさ!」
「うん、それ無理。だって……私は本気でキョンくんのことが好きなんだもの」
朝倉の瞳から一筋涙がこぼれた。
「もう、耐えられないよ……あなたは可愛い女の子たちに囲まれて……あたしのことなんか見てもくれないっ……えぐっ……
あなたが好きだから、ポニーテールにもしたのに……えぐっ……気がついてもくれない……うわああああああん……」
朝倉涼子は泣き出してしまった。ど、どうする?
とっさに、俺は朝倉を抱き寄せていた。頭を撫でて落ち着かせようとするが、朝倉はますます泣き出す。
「あ、朝倉、その、落ち着いて――」
がらっ
「ういーっす。Wawawa忘れ物……うぉわ!」
谷口……なんてまあ、お前はどんなタイミングで入ってくるんだ。
「すまん。……ごゆっくりぃぃぃ!!」
泣きながら谷口は帰っていった。ああ、どうすっかなぁ。俺はまた深い深い溜息をついた。
「キョンくん……」
いつの間にやら泣き止んでいた朝倉が、熱っぽい目で俺を見つめる。
「あたしも……SOS団に入れてくれないかな?お願い……せめて、あなたの側に居たいの……」
潤んだ瞳に見つめられて、思わず承諾してしまった俺を誰が責められよう。
こうして、SOS団に新たな団員が誕生した。朝倉涼子、AAランク+の美人委員長である。
いいのか?やばいか?これは……。
68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:49:17.01 ID:wVoacuk/0
翌日。
ハルヒはおもいっきり不機嫌オーラ全開だった。
原因は、言わずとしれた、朝倉涼子の加入である。
朝倉は、朝比奈さんとお揃いのメイド姿で、甲斐甲斐しくお茶を入れたり、部屋の掃除をしたり、お菓子を出したりと働きまわる。
そして、俺と目が合うと、照れたような微笑みを送ってくる……可愛い。なんといっても、AAランク+は伊達じゃないし、性格までいい。その上、ポニーテールだ。
一方、ウサギさんは非常に不機嫌である。
古泉が居ないのは、閉鎖空間が大発生しているのだろう。
このため、俺は、不機嫌なバニーと、忙しく働く二人のメイド、無口に読書を続ける文学少女に囲まれて、一人、椅子で体を固くしている。
「狭いわ、この部屋。ちょっと団員が多いんじゃないかしら?」
ハルヒ、そう露骨に朝倉をいじめるな。朝倉が俯いて泣きそうになってるぞ。かわりに古泉が居ないんだから、普段よりも多いことがあるかよ。
「問題ない」
長門が本から顔を上げた。
69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:49:58.36 ID:wVoacuk/0
「コンピ研は、すでにSOS団の勢力下に入った。いずれ、夏休みまでには工事を行って二つの部室をつなげる」
「おい、いつの間に?コンピ研は承諾したのか?」
「問題ない。……すでに私が部長になっている」
長門のやつ、コンピ研を乗っ取りやがった!いつのまに。
……まあ、それはいいとして、工事なんて、どこからそんな大金が出るんだ?まさか学校からじゃないよな。
「私が馬主となっている、サイレントユキがレースで活躍中。賞金が膨れ上がっている。工事のお金など、実に些細なこと」
最近、新聞を賑わしている無敵の競走馬が、まさか長門のものだったとは……。
道理で、この部室が豪華になっていくわけだ。エアコン、冷蔵庫、全員分のノート型パソコン、大画面の液晶テレビ、絨毯など、加わった備品を上げればきりがない。
長門の椅子も、粗末なパイプ椅子から、非常に豪華なふかふかの椅子に変わっているしな。
ちょっと機嫌を直したバニーさんが、俺のとなりに腰を下ろし、ぴったりと俺に体を寄せる。
「有希、だったらベッドも欲しいわね。夏といえば泊り込みだもの!あたしとキョンのは、ダブルベッドでお願いねっ」
朝倉が、ピクッと体を固くした。バニーとメイドの間で、パシッと火花が散る。
うう、毎日が修羅場だ。胃に穴が開きそうだよ、俺は。
SOS団の活動って、こういう感じだっけ?ある意味そうかも。
もはや軌道修正は不可能みたいだ。
70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:50:26.90 ID:wVoacuk/0
『私は非常に満足している。サイレントユキも絶好調。獲得賞金額は鰻の滝登り』
いや、満足しちゃまずいだろ。まだループの原因がわかってないぞ。下手すれば、この一年をまた繰り返すことになるぜ。
『あなたに託す』
おい、面倒くさがるなよ、長門!
『まだ、消化すべきイベントが残っている。涼宮ハルヒの閉鎖空間。あなたがそこに行けば、ヒントがつかめる……そんな気がする』
なんだか適当だな、お前らしくもない。
『それより、今週の日曜は図書館。予定を空けておいて』
やれやれ、わかった。
それにしても、ホントに閉鎖空間は発生するのかね?
72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:51:47.19 ID:wVoacuk/0
だが、しっかりと閉鎖空間は発生した。
「キョン、起きて……起きなさいっ」
「う……ここ、どこだ?」
俺は制服姿のハルヒに起こされた。いや、まあ、見覚えはあるさ。文芸部室の窓の外に広がっている灰色の空。
閉鎖空間だ。
やれやれ、これでハルヒにキスすれば、全部のイベントが終了だ。なんというか、非常に長かったな。
「なんなの、ここ?なんであたしはキョンと二人きりなの?」
神人や古泉が出てくる前に、さっさと終わらそうか。
「ハルヒ」
俺はハルヒの肩をつかんだ。
「なに、キョン?」
「実は、俺、ポニーテール萌えなんだ」
「知ってるわよ。だからあたしがポニーにしてるんじゃない」
ぐっ、と詰まるが、言葉を続ける。
「お前のポニーは、そりゃもう反則なまでに似合っているぞ」
「そ、そうかな?ありがと、キョン。嬉しいな、そう言ってもらえると」
ええい、調子が狂いっぱなしだ!ままよ、と俺はハルヒにキスをした。
74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:54:23.39 ID:wVoacuk/0
「んっ……」
ハルヒはどんな表情をしているのだろう。目を閉じているために、俺には分からないが。
「んくっ……」
そろそろ、ベッドから落ち、頭に衝撃が走って俺は目を覚ますのだ。
「んぷ……ちゅる……」
あれ、おかしいな……いつまでもハルヒの唇の柔らかい感触が消えない……。
「ちゅる……ちゅぷ……んん……ぷはっ」
俺は愕然として目を開けた。眼前には、顔を上気させたハルヒがいる。
「うれしい……キョン、とうとう自分からキスを求めてくるなんて……やっぱり、あたしのことを選んでくれたんだ……もう、どれだけ待たせたとおもってるのよ!」
ハルヒはしっかりと俺を抱く。おかしい、おかしい。
「キョン、大好きよ!!」
やばい、やばい、やばい。こいつはまずい、まずいぞ。ど、ど、どうすればいい?
「ちょ、ちょっとトイレ!」
「もお、じらすんだから……早くしなさいよ?」
ハルヒは、しゅる、とスカートを脱いだ。色っぽい目つきで俺を見つめる。
「……用意して、待ってるから、ね」
77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:55:30.77 ID:wVoacuk/0
俺は部室を飛び出した。どうする、どうしたらいい?
とりあえずコンピ研の部室に飛び込む。どこのパソコンでもいい、長門とコンタクトを取らなくては。
ふと、窓の外を見ると、赤い光が浮かんでいる。それは次第に古泉の形をとった。
「いやあ、仲間の力を借りて、やっとここまで――」
俺は窓をピシャッと閉める。いずれにせよ、古泉がトイレットペーパーで出来た傘並みに、まったく役に立たないことは間違いない。
窓を叩きながら、まだなにか言いたそうな古泉をほっといて、パソコンの電源をいれる。
黒い画面。やはり一年前と同じだ。カーソルが動いて文字を紡ぐ。
YUKI.N> みえてる?
『ああ』
見えてるぜ、長門……。
『どうすりゃいい?』
YUKI.N> 涼宮ハルヒは、あなたとのキス以上のものを望んでいる。これは確か。
したがって、その世界から帰還するには、彼女の欲求を満足させることが必須。
79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:56:09.63 ID:wVoacuk/0
『神人はどうする?あいつが部室を壊したら……』
YUKI.N> おそらく現れない。涼宮ハルヒは、行為の最中に邪魔が入ることを望まない。
『なるほど』
YUKI.N> まだ図書館に行ってない。約束。帰ってきたら、夕食にカレーを振舞う。
『楽しみにしておくさ』
YUKI.N> そして、そのあとは、私の部屋で
文字が薄れて消えていく。思わず、パソコンに手をかける。
「おい、長門っ!!」
最後に長門の打った文字が短く、
YUKI.N> sex
俺は頭を抱えた。
長門……これは、俺とハルヒのするべき行為の指示なのか?それとも、前の文章につながるのか?
80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:56:49.84 ID:wVoacuk/0
俺は、震える手で文芸部室のドアを開けた。
「遅かったじゃない」
そこには、ハルヒが、一糸まとわぬ姿で立っていた。髪だけは、ポニーテールのままだ。
「ふふ、緊張してるの?」
してるとも。なんたって、俺に世界の運命がかかってるからな。
「やだ……そんなにまじまじ見ないでよ……」
ハルヒが恥ずかしそうに手で大きな胸を隠す。胸を隠して股隠さず……
「す、すまん!」
無性に恥ずかしくて、俺は俯いた。急激に頭に血が上るのが分かる。
「キョン……こっち、こないの?」
すまん、足が緊張で固まっちまって動かないんだよ。情けない話だが。
「じゃあ……あたしが行くね」
ハルヒがゆっくりと近づいてくる。ハルヒの白い肌が妙にくっきりとして鮮やかだ。
顔を赤くしたハルヒが、俺のブレザーのボタンに手を伸ばした。
82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 20:57:31.62 ID:wVoacuk/0
「ま、まて、自分で脱ぐから」
「……うん」
俺は震える指でボタンをはずし、服を脱ぎ捨てた。トランクスを脱いだとき、横目で見ていたハルヒが、ビク、と体を震わせて、あわてて後ろを向いた。
「お、男って、みんなそんなに大きいの?それとも、キョンのが特におっきいの?そんなの……は、入るのかしら……」
いや、特別俺のが大きいというわけではないと思うが……やっぱり初めて見るのか?ハルヒ。
「エロ本以外では、初めて……」
「……じゃあ、お前のも見せてくれないか?」
こうなったら、なるようになれだ。ハルヒは、神妙な顔でコクンと頷くと、ピョン、と机に座って、足をそろそろと広げた。
手を伸ばし、自分でピンク色をしたそこを指で広げてみせる。
「触っても、いいか?」
「……やさしく、おねがい」
おそるおそる手を出す。熱くなったそこに触れた瞬間、んっ、とハルヒが呻き声をだした。
……もうしっかり濡れているみたいだ。
「その……あんたを待ってる間、我慢できなくて……自分で……だから、もういつでも入れていいよ……準備、出来てるから」
「分かった」
俺はハルヒを抱き上げると、ゆっくりと床に下ろした。床には長門が買ってきたふかふかの絨毯が敷いてあるので、肌に心地よい。
87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:00:25.96 ID:wVoacuk/0
「キョン……大好き。ほんとに大好き。……愛してるから」
ハルヒが目を潤ませて言う。
「俺もだ……ハルヒ、大好きだ」
ハルヒの両足を広げ、ハルヒのそこに自分の息子をあてがう。
ぬる、とハルヒの中に入っていく感触がある。すごく中は熱くて柔らかい。溶けてしまいそうだ。
「キョン……来て……中まで……」
「ハルヒ、行くぞ」
ズブ、と俺は腰を入れた。「ああああっ!!」と、ハルヒが叫び声をあげる。
ハルヒ、大好きだ……
……って、あれ?
気がつくと、周りの景色が変わっている。
文芸部室じゃない。ここは、このベッドは……
俺の部屋だ。
やれやれ、閉鎖空間から戻ったのか。
俺はふう、と息をついた。よかった、なんとか戻ってこれた。
……む、俺の横にある柔らかい塊はなんだ?
「うぉわっ!!」
隣で制服姿のハルヒが寝てるじゃねーか!な、なんで俺はハルヒとベッドで二人なんだ?
「キョン……らめぇ……はげしいよぉ……あん……いっちゃうぅ……」
ハルヒ……どんな夢を見てるんだ……さっきの続きか?
88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:00:47.68 ID:wVoacuk/0
やれやれ。
89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:01:50.28 ID:wVoacuk/0
ここから先は後日談となる。
といっても、時間のループについては何も解決していないがな。
夜中に目を覚ましたハルヒとの、熱い熱い一夜のせいで、俺もハルヒも寝不足のまま登校しなくてはならなかった。
朝から一緒に腕を組んで、どうみても一夜を共に過ごしたカップルそのものの姿で登校するとは思わなかったな。
朝食の時の、母親と妹の視線が痛いところだった。
それにしても、俺のベッドで寝ていた理由を、「寝ぼけたかな?」の一言で片付けたところは、さすがハルヒというべきか。とてつもない大物の予感がするよ。
さて、今日は土曜日、SOS団不思議探索の第二回目だ。
誰一人休むと言い出さないんだから、みんなよっぽど暇なのか、職務に忠実なのか。
俺が駅前に向かうと、すでにほかのメンバーは揃っていた。
91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:02:30.63 ID:wVoacuk/0
いつもの制服姿の長門。手に持っているのは……競馬新聞だな。
ふんわりした私服の朝比奈さん。俺を見ると、にこっと微笑んだ。
デニムのスカートが似合う朝倉涼子。こっちに気がついて小さく手を振っている。
ニコニコと笑う古泉。閉鎖空間でシカトしたことを、少し根にもっているようだが。
そして――涼宮ハルヒ。今日もポニーテールが素晴らしく決まっている。まあ、朝倉もだが。
「キョン、遅いわよ、しっかりしなさい!あんた、団長でしょ!」
そう、そして、SOS団団長――この俺である。
まだまだSOS団の活動は続くのさ。ハルヒの起こしたループの原因を解明しなくちゃならんしな。
まあ、万一、ループの原因がわからないまま、このメンバーで二年目に突入したとしたら……
それも悪くない、だろ?
おしまい
92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:04:50.97 ID:wVoacuk/0
/ ヽ \ \
,' / / l \ ヽ
! / / / ,' | l ハ ヘ、ヽ、_,
. | ! l l / / ,イ ! i ! l ヽ ',` ̄ 『ループ・タイム――涼宮ハルヒの溜息――』に続く
. l | l l ,/ 〃 ,/ /│ l j l│ ! l
ノ | ! │ | /_// // / ,' ∧ / | / j l│ 支援感謝
ノ l ァ| |尢/‐=乞t/ / /∠ニ「厂! / ,/ / リ
イ 八{´l !|<f{矛:下 ' イ孑代フ イ } /
. Vハ | r';;z j r';;zリ /}, '//
ヽ ', |  ̄ ,  ̄ チ' /
`ヘ lヽ _ 厶 ./
', {.代ト、 , イ | /
\_'i| > 、 _ , イ/ V l./
/ ヽj {`ヽ ′
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_, -‐ ´ l‐--‐、 _ -‐ | ` ー- 、
. r<\\ ヽ '´ ̄ ___ `ヽl| / /ヽ
y⌒ヽ \\ V  ̄ _ `ヽl| / / ∧
./ ヽ. \\ ∨ ̄ `ヽ | / / / l
{ ヽ \\ ヽ / / / / │
110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:36:18.39 ID:wVoacuk/0
「ねえ、キョン、学校生活において、もっとも重要なスーパーイベントって、なんだと思う?」
授業中、ハルヒがシャーペンで俺の背中をブスブスとつつきながら話しかけてきた。
「もし当たったら、何でも言うこと聞いたげるわよっ!ホラ、答えなさい!!」
「ハルヒ、確実に当ててやるから、前払いで言うことを聞いてくれ。シャーペンで突っつくな」
「あら、あたしが言うことを聞くっていったのは、ベッドでの話よっ。緊縛プレイだっけ、キョンがやりたがっていたのって?」
言ってねえよ、そんなこと!!
うう、クラス中から突き刺さる視線が痛い。睨むな、谷口。笑うな、国木田。
特に、涙を堪えるように、悲しげに俺を見つめる朝倉涼子の視線が、心の柔らかい部分を突き刺してくる。
やれやれ、お前が何を言いたいのかは分かってるさ、ハルヒ。およそ一年前からお見通しだ。
ちょうど、俺もそのことで頭を悩ましていたところなんだよ。
「わかんない?だったら教えてあげるわっ!キョン、それは――」
「……文化祭だろ」
「大正解っ!!キョン、もっと気合入れなさいっ!あたしたちSOS団は、すっごいのぶちかましてやるんだからっ!!」
ハルヒは、ソーラーカーがあれば時速160キロですっとんでいきそうなほどに、眩しく輝く笑みを浮かべて宣言した。
俺は、深い深い溜息をつく。垂直に立てれば火星にだって届きそうだ。
まあ、何とか頑張るさ。ハルヒを楽しませ、退屈させないのはSOS団長の務めだからな。
と、ハルヒが急にまじめな顔をした。
どうした、ハルヒ?
「……亀甲縛りって、どうやるのかしら?」
いい加減、緊縛プレイから頭を切り替えろ!
111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:36:31.90 ID:wVoacuk/0
『ループ・タイム――涼宮ハルヒの溜息――』
112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:36:55.94 ID:wVoacuk/0
夏合宿で行った孤島での殺人事件と推理ショー、花火大会にプールに虫取り、夏祭りなど、これでもか、いうほどにイベント山盛りの夏休みが終わる。
さらに、ハルヒ、長門、朝倉を筆頭としてSOS団メンバーが遺憾なくその身体能力を発揮し、大活躍した体育祭も終わった。
そして、ハルヒが言うところの、学生生活、最大のスーパーイベントである、文化祭がやってくる。
といっても、俺と長門にとっては二回目の文化祭だ。ハルヒの超自然的パワーのせいで、俺たちは同じ一年を繰り返しているためだ。
ハルヒの起こした時間ループの原因は、一体何なのか?その鍵は、一向に見つかっていない。
ともあれ、ハルヒがやり残したことが分からないために、俺と長門は、少なくとも去年のイベントは、余さず実行しようと誓ったわけだ。
そういうことで、俺たちSOS団は、決められたイベントを忠実に実行し続けている。
さて。
その文化祭であるが……どうしたもんかね?
114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:37:40.39 ID:wVoacuk/0
『映画の製作』
やはりそれか、長門。
『それが妥当と思われる』
まあ、予想はしてたがな。なんたって、ハルヒが去年、映画をとりたがってたんだから。今年も映画は撮るべきだろう。
『……だが監督は私』
意味ねえだろ!お前が映画を撮りたがってどうするんだ。
『問題ない』
ハルヒが監督をやりたがったらどうするんだ?あいつ、絶対に、「監督はあたしよっ」とか言い出すぞ。
『……私に秘策がある』
なんだ?その秘策って。
『言えない。……秘策だから』
電話が切れた。
115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:38:29.35 ID:wVoacuk/0
「映画の製作を行う」
コンピ研の部室を乗っ取り、あまつさえ文芸部室とコンピ研の間にある壁を工事でぶち抜いて広げ、
コンピ研部員たちを、物置と化していた教室に追いやったことで広くなったSOS団の部室である。
文化祭に向けて、俺は『第一回SOS団文化祭企画会議』を招集していた。
いつものように、おのおのコスプレに身をかためた女性陣と、変わらぬ制服姿の古泉と俺が、一様に神妙な顔で巫女さん衣装を着た長門の宣託を聞く。
エアーズロックのごとく揺ぎ無い長門の言葉に、一同反論も出ようはずもない。
団長である俺もしかりだ。完璧にリーダーシップをとる長門の前では言葉もない。
……長門、もしかして、SOS団団長の椅子を狙っているのか?
いつでも譲るから、欲しくなったら即言ってくれ。
「自主制作映画ですか……なるほど」
いつものように、わかったような面で古泉が頷く。一体なにがなるほどなんだ?一度じっくり聞いてみたい気もする。
「ふうん、映画ね……いいじゃないっ、あたしはもちろん――」
バン
――と長門が机に分厚い冊子を置き、バニーガールに扮したハルヒの言葉を断ち切った。
116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:39:11.88 ID:wVoacuk/0
「脚本」
手回しがいいな、長門。人数分がコピーされて、冊子の形でホッチキスでとめてある。
団員たちは脚本をそれぞれ手に取った。俺も一冊をメイド姿の朝倉涼子から受け取り、パラ、とページをめくる。
「…………」
はっきりと言おう。俺は頭を抱えたね。
表紙をめくって、最初に目に飛び込んできたページには、こう書いてあった。
製作著作…SOS団
総指揮/総監督/脚本/演出/撮影…長門有希
主演女優…長門有希
主演男優…キョン
助演男優…古泉一樹
脇役…朝比奈みくる
監督どころじゃねぇ!!ほとんどが長門じゃねえか。
主演女優…長門有希、脇役…朝比奈みくるってのは、主演女優を朝比奈さんに取られ、脇役に甘んじた去年の復讐か?
一年間、仕返しの機会を伺っていたとは……。
いや、大事なのはそこじゃない。それよりなにより……。
117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:40:02.80 ID:wVoacuk/0
♪ ジャーンジャンジャジャン ジャンジャジャン ジャンジャジャン ♪
宇宙一凶悪な剣士、ダース・ベイダー卿のおなじみのテーマが部室に流れる。古泉の「機関」連絡用携帯の着信メロディーだ。
「アルバイトが入りました」
電話を取った古泉が、うっかりエアロックをあけてしまって、真空中に放り出される宇宙船の乗組員のように、猛烈な勢いですっ飛んでいった。
超巨大閉鎖空間が誕生したことはまちがいないな。お疲れさん。
俺は、おそるおそる、ちらりとバニーガールの方を見てみる。
ハルヒからは、親友の地球人を凶悪な宇宙人にばらばらにされた戦闘民族のような、巨大な怒りのオーラが放たれていた。
露出の激しいバニーさんは、ポンペイを灰で埋めたベスビオス火山のように、こみ上げる怒りで体をぶるぶると震わせている。
その横では、やはり自分の名前をキャストの中に発見できなかった、部室専属のメイド朝倉涼子が、グランド・キャニオンに突き落とされたように、がっくりと落ち込んでいる。
やばい、朝倉の瞳が潤んで、今にも大粒の涙の雨が降りそうだ。
「こら、長門!ハルヒと朝倉の名前がないってのは、どういうことだ!?ちゃんと説明しろ!!」
巫女さん衣装の長門は、俺のセリフには無言のまま、つと立ち上がると、とことことハルヒと朝倉の所まで行き、ごにょごにょと何ごとかを囁いた。
途切れ途切れに、「……目立つ」とか、「……サプライズ」といった言葉が聞こえる。
120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:41:12.79 ID:wVoacuk/0
すると、ゲージのてっぺんにまで上りつめて、そろそろ溢れそうになっていたハルヒの怒りは次第におさまっていった。
絶望のどん底からレスキューのヘリで救出されるように、朝倉の落ち込んでいた気分も回復していく。
「なるほどね……ま、じゃあ仕方ないわね!有希、キョン、映画は任せるわっ!あたしと涼子は、他にやることがあるからっ!!」
ハルヒが満面に、とびきりの笑みをたたえて言った。
「うん、クラスの方もあるけど……何とかやりくりしてみる」
朝倉もにっこりと笑顔をうかべて頷く。
うーむ、すごいな。長門、どんな魔法の言葉を使ったんだ?
「それは秘密」
122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:42:05.98 ID:wVoacuk/0
さて、朝倉が「クラスの方」といったのは、もちろんのことだが、俺とハルヒ、朝倉が所属するクラスの出しもののことである。
ちなみに去年は、誰一人リーダーシップを発揮せず、何の案も出されず、
担任岡部の苦肉の策、アンケート調査といういかにもヤル気が感じられないものに落ち着いたが、今回はそうはなるまい。
SOS団が誇る生粋の美人委員長、朝倉涼子が率先して仕事を行っているからだ。
現在、ホームルームで、文化祭でなにをやりたいか、提案と投票が行われている。
「はーい、喫茶店、やりたいのね」
「えっと、阪中さんの提案ね……喫茶店と。他には、なにかあるかしら?」
教壇に立っている朝倉涼子は、黒板に「喫茶店」ときれいな字で書いた。朝倉なら、SOS団の書記も任せられそうだな。?
「決めたわっ!」
ハルヒがルビコンの渡河を決断したカエサルのような面持ちで、決然と立ち上がる。いや、これから決めるんだよ、アホ。
「バニー喫茶よっ!女の子は全員、バニーの格好でウエイトレスやるの!」
おおおお、と男子がどよめく。これまた、男子の煩悩を刺激する企画だな……。
128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:48:22.69 ID:wVoacuk/0
「え、えと、バニーガール喫茶ね……」
朝倉が顔を赤らめながら黒板に書いた。
「うおお、それでいいぜ、決定だー!」
吼えるな、谷口。谷口だけじゃない、男子一同、目がウサギを狩るハイエナのようにぎらぎらと燃え立っている。
……だがな、俺はちょっとハルヒと付き合いが長いせいで、お前たちより、もう少し勘が働くんだよ。
「ハルヒ、女子はバニーとして、男子はどんな格好をするんだ?言ってみてくれ」
「決まってるじゃない、男子もバニーよ!バニー喫茶なんだからっ!」
やはりな。
ええええ、と男子がどよめく。お前ら、世の中はそんなに甘く出来てないんだよ。
結局、バニー喫茶に投票したのは、ハルヒと谷口の二人だけだった。
谷口、その執念だけは尊敬したい。
……というわけで、我らがクラスの出し物は、喫茶店で決定した。
132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:53:54.65 ID:wVoacuk/0
そういえば、長門のクラスは何をやるんだ?また占いか?
『そう』
ふうむ。あの魔法使い衣装か。
『違う。今回は、巫女の衣装を着て、御神籤を引かせる』
ああ、そっちの方が占いらしい雰囲気がある。なんというか、前回のは、ありゃ予言だったからな。
……あー、あと、もうひとつ。頼みたいことがあるんだ。
『なに?』
ENOZのことだ。ハルヒもクラスの喫茶店に参加するから、去年みたいにENOZのライブに飛び入りは難しいと思うんだ。
ハルヒが教室でウエイトレスをやってたら、生徒会やENOZの面々に会わないだろ。
なんとか、ENOZがオリジナルメンバーで演奏できるようにしてやれないか?
『可能。一時的に肉体損傷の修正プログラムを注入する』
頼んだぜ、長門。
電話を切る。
そのとき、ふと思った。
ハルヒの演奏姿が見られないのは、少し、残念だな。
あんときのハルヒは、すごくかっこよかったから。
133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 21:54:37.02 ID:wVoacuk/0
映画の撮影が始まった。
休日の学校でロケを行うために、俺と朝比奈さん、古泉、そして総監督にして主演女優、長門有希は、SOS団部室に集合した。
「今日はアクション・シーンの撮影を行う」
そう長門は言った後、おもむろに高速で呪文を唱えだした。おい、ハルヒがいないからって、いきなりそれか。
閉鎖空間に入ったときのように、奇妙な感覚が、一瞬、体を通り過ぎる。
「この空間を情報制御下においた。これで、私たち以外は立ち入り出来ない。撮影に専念することが可能」
俺は長門の呪文も、空間の情報操作も見慣れているが、古泉と朝比奈さんはぽっかりと口をあけて唖然としている。
そういえば、このループではカマドウマ事件がなかったからな。長門の超能力を見る機会はそうなかったはずだ。
………………
134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:00:24.95 ID:wVoacuk/0
「小道具」
続いて長門が持ってきたダンボール箱にはいっていたのは、大量のモデルガンだった。ためしに一つを取り上げて持ってみると、重量感があって、手にずっしりと来る。
すごいな、まるで本物みたいだ……。
「ふあ、すごいですぅ……ここが引き金ですか?……えいっ」
パンッ
乾いた音とともに、朝比奈さんが反動で吹っ飛んで尻餅をついた。
「ふえぇ……なな、なんですかこれぇ……なんなんですかぁ……」
朝比奈さんはおびえたハムスターのように、ふるふると震えて泣き出してしまった。
おそるおそる見ると、壁には、まごうことなき弾痕が……
「それは本物」
うぉい、長門おーっ!!!なにやってんの!!
「リアルな映像を追求したい」
136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:01:06.95 ID:wVoacuk/0
………………
銃撃戦とカンフーシーンの撮影がすべて終了するころには、夕方になっていた。
長門さん、あなたがカンフーシーンで回し蹴りを放つたびに、スカートの中がばっちり映るように思うんですが、それは仕様ですか?
学校は、度重なる銃撃シーンのせいで、いたるところが弾痕だらけとなって、膨大な数の窓ガラスが割れている。
だが、それも長門の高速呪文による再構成で、あっという間に元通りとなった。
やれやれ。疲れた……カンフーで古泉と戦ったせいで、体中が筋肉痛になりそうだ。
帰り道に、俺がそう言うと、長門が俺の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
長門は、俺に近寄ると、背伸びをして、いきなりほっぺたに軽くキスをした。
わ、な、なんだ、長門?ひょっとして、筋肉痛を回避するプログラムの注入か?
「……おまじない」
注視していないとわからないぐらい微かに顔を赤らめて、小走りで去っていく長門を、俺はぼんやり見つめていた。
………………
翌日、強烈な筋肉痛が俺の体を襲った。
137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:02:14.62 ID:wVoacuk/0
激しい戦闘シーンの撮影は終わり、長門と俺の会話や、古泉の登場シーンなどの撮影をこなしていたある日、撮影現場にひょっこり朝倉涼子が顔を出した。
「撮影、お疲れ様。キョンくん、ちょっといい?」
どうした、朝倉?そういえば、ハルヒとお前の方は、いったい何をやってるんだ?
「ふふ、まだ秘密。そのうち分かるから……ねえ、今夜、ちょっとうちに来てくれない?喫茶店で出すメニューの試作をしてみたから、食べて欲しいの」
ああ、クラスの出し物があったな。分かった、じゃあ、一緒に帰るか。
「うん、じゃあ、また撮影が終わったころに来るね」
朝倉涼子は、そういって引っ込んでいった。
………………
帰り道、朝倉はなんだか落ち着かないみたいだった。顔をほのかに赤くして、下ばかり見ている。
時々、顔を上げて、何か言いたそうにするのだが、俺と目が合うと、あわててまた下を向く。
結局、マンションに着くまで、朝倉は一言も喋らなかった。
………………
138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:03:09.42 ID:wVoacuk/0
「これ、喫茶店のメニューなの。コーヒーと、お紅茶。あと、サンドイッチ。本当は、ケーキにしたかったんだけど……」
いや、うまいぞ。十分うまい。すごいうまい。
夕食前で、臨界点まで腹が減っていた俺は、思わず朝倉手製のサンドイッチを貪り、紅茶とコーヒーを胃に流し込む。
「そお、良かった……キョンくん、ちょっと待っててくれる?その……、私、ちょっとシャワー浴びて、着替えてくるから」
朝倉は立ち上がると、少し頬を染めて部屋を出て行った。すっとドアの向こうにきえる白い靴下が、なんだかまぶしくて、俺は妙にどきどきしてしまった。
いかんいかん、素数を数えろ、冷静になれ。
59まで数えて心を落ち着けていたとき、朝倉のベッドの脇においてあるシンプルな写真立てが目に入った。
夏休みにおきた、合宿での孤島殺人事件、そのときの写真だ。
たしか、古泉のお仲間、メイドの森さんが撮ってくれたんだな。
俺の腕を取って、笑顔が満開のハルヒ。ふわふわとほほえむ朝比奈さん。
例の如才ないハンサムスマイルを浮かべる古泉。特に表情を作らない長門も、なんだか楽しそうに見える。
片手をハルヒに掴まれ、その上、妹に後ろから抱きつかれて、困惑している俺。
そして――
139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:03:53.28 ID:wVoacuk/0
朝倉涼子が居た。
白いワンピースを着て、横を見ながら少し困ったように微笑んでいる。隣の俺が、妹に飛びつかれた拍子に、朝倉に体を寄せているからか。
……そういえば、この頃からだろうか、朝倉が髪形をポニーテールにしなくなったのは。
あれ?
俺はふと思った。
同じ写真は、俺も持っている。だが、妹を背中から下ろして、森さんに撮り直してもらったやつだ。
そっちの写真では、朝倉はカメラを見てにっこりと笑っていたし、俺も朝倉にもたれかからず、ちゃんとまっすぐ立っていた。
なぜ、朝倉は、どう見ても失敗したほうの写真を飾っているのだろう?
そう思うと、なぜか胸がちくりと痛んだ気がした。
………………
140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:04:39.59 ID:wVoacuk/0
「キョンくん」
おわ、びっくりした。ドアから顔だけ出して、朝倉がこっちを見ていた。シャワーを浴びて、上気したような顔をしている。
まさか、下はバスタオル一枚なんて、そんなベタなことは断じてあるまいが……。
「あの……ちょっと恥ずかしいから、目をつぶっててくれないかな?」
まてまてまて朝倉っ――と言おうとして、朝倉がドアを開けたので、あわてて俺は目を固く閉じる。
ま、まさか、ホントにバスタオルだけとか……。
急激に頭に血が上った。やばい、自分の顔が真っ赤になるのが分かる。
「はい、いいよ。目、開けてみて」
俺は、恐る恐る目を開ける。
そこに居た朝倉は――
もちろんバスタオル一枚でも、一糸まとわぬ姿でもなかった。
「それ……喫茶店のウエイトレスの衣装か?ひょっとして」
朝倉は、顔を赤くして頷く。
141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:05:07.89 ID:wVoacuk/0
「作ってみたの。今日は、これの感想も聞こうと思って……」
「…………」
はっきりと言おう。すごい、いい。正直、たまりません。
黒を基調とした上下に、白のエプロンにはレースで縁取りがされている。胸元には大きなリボン、頭にもレースの髪飾りをつけている。
「ちょ、ちょっと、スカート丈が短いかな、ってあたしは思うんだけど……」
朝倉涼子は、太腿が露になるのが恥ずかしそうに、ぎゅっ、ぎゅっ、とスカートの裾を下に引っ張る。
「いや、すごくいいぞ。似合ってる」
俺がそう言うと、朝倉は、赤い顔でにっこりと微笑んだ。
「よかった、気に入ってもらえて……ありがと、キョンくん」
いやいや、こちらこそ眼福です。
………………
142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:05:52.48 ID:wVoacuk/0
朝倉は、とすん、と俺の側に座った。
触れるか触れないか、というぐらいに、俺の肩に寄りかかる。俯いて表情は見えないが、首筋がほのかに赤くなっているから、きっと顔を紅くしているのだろう。
なんとなく緊張して、俺はあわてて話題を探した。
「……あ、朝倉、そういえば、なんでポニーテールやめたんだ?」
朝倉は、ゆっくり顔を上げて俺の方を見る。その表情は、なんだか泣き出しそうなのを、無理に押し殺したような無表情で、指でつつくと、すぐにも壊れて涙が零れそうだった。
「……ほんとはね、気がついてるの。キョンくんと涼宮さんの間に入るなんて無理だって……」
いきなり、爆弾だ。
「ポニーにしてると、どうしても自分と涼宮さんを比べちゃうから……それが嫌だった。だから、前の髪型に戻したの」
むりやり作ったような笑顔を、朝倉は俺に向ける。
「でもね、諦めたわけじゃないよ?あなたと涼宮さんの間に割って入って、涼宮さんの居る場所に立とうとするのをやめただけ。
……私は、反対側で、あなたと寄り添っていようって……思って……」
手、つないでいい?と聞く朝倉に、俺は黙って頷いた。
朝倉は、自分の指を俺の手に絡めて、しばらくじっと握っていたが、やがて、抱えたひざに額を寄せて俯くと、押し殺した声で静かに泣き始めた。
143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:06:59.21 ID:wVoacuk/0
「……遅かったじゃない」
俺が朝倉のマンションから帰って、自分の部屋に入ると、ベッドに寝転んでいたハルヒが、俺めがけて言葉を投げつけた。
……ハルヒ、なんでここにいるんだ?
「あんたが居なかったから、妹ちゃんに言って待たせてもらったのよ。あんた、どこ行ってたの?」
ベッドから跳ね起きたハルヒが、俺に詰め寄る。
こういうとき、ハルヒに隠し事をしても無駄であることは、俺は経験上痛いほど分かっていた。
正直に朝倉との一件を話すと、ハルヒは、なんだか間違えて変なものを飲み込んだような、なんとも複雑な表情をして、ふぅん、と言った。
「分かった……誰が悪いわけでもないもの、何も言わないわよ」
なんだか、ハルヒが大人になったような気がする……一年前なら、縛り首にでもされてそうだが。
「でも、もう涼子のこと泣かしちゃ駄目よ、あの子、すっごくいい子なんだから……」
ふう、とハルヒは溜息をついた。やっぱりこいつも朝倉のことが好きなんだろう。
144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:07:13.32 ID:wVoacuk/0
「……全力を尽くすよ」
「それに、あたしだって、キョンが居なくなったら泣いちゃうから。三日三晩ワンワン泣いて、涙を拭いて、新しい人生を歩き出すから」
あ、立ち直るんだ。
「嘘よ。とにかく、キョン、心に刻みなさいっ、あんたがいなくなるなんて、絶対に嫌だからっ!」
言い終わると、ハルヒは俺の首に手を回して、ゆっくりと口付けした。
「ん……ぷはっ」
ところで、ハルヒ、何しにきたんだ?
ハルヒは、顔を真っ赤にさせて、嬉しそうに呟く。
「エッチ」
やれやれ。
157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:27:21.35 ID:wVoacuk/0
全撮影日程が終了し、現在、長門の手によるCG処理と編集作業が行われている。
コンピ研とのゲーム対戦で見せた、長門の超高速タイピングを見るのは久しぶりだ。
キーボードが壊れるんじゃないかというスピードで、長門はCG処理を施していく。
古泉と朝比奈さんは茫然自失して、目が点になっている。まあ、気持ちはわかるよ。
それにしても、さすがにコンピューターはお手の物だな。下手すると、本当にハリウッドから長門にスカウトがくるんじゃないか?
俺と古泉、朝比奈さんは、撮影が終わった時点でお役ごめんとなり、ぽかんと口をあけて長門の編集作業を見守るのみだった。
ちなみに、古泉が俺の撃った銃弾をすばやく避けたり、古泉が長門のまわし蹴りを食らったり、古泉が長門によって銃で撃ち抜かれたりするのは、すべて実写である。
ものの一日で、長門はCG製作及び編集作業を終えた。
やれやれ。あとは、文化祭を待つばかりだな。
158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:28:03.50 ID:wVoacuk/0
で、文化祭、当日である。
俺とハルヒ、朝倉の三人は、午前中はクラスの喫茶店の仕事に追われていた。
ハルヒは俺のウエイター姿に爆笑し、ひーひー床を転げてた。おい、パンツ見えるぞ。あ、白だ。
こっちも笑ってやりたいが、残念ながら、ハルヒのウエイトレス姿は完璧に決まっていた。
朝倉と二人で立つと、それだけで神々しさに、この空間に光が満ちるようだ。
こりゃ、朝比奈さんところの焼きソバ喫茶のウエイトレスと、グッドデザイン賞を争うな。
谷口と国木田も、全てを忘れて二人をぽかんと見つめている。
ときおり、思い出したように、俺を恨めしそうにギロリと睨み、またデレデレと二人の美少女ウエイトレスに見入っている。
「お飲み物は、お紅茶ですか、コーヒーですか?」
首を傾げてオーダーをとる朝倉。実に可憐だ……。SOS団部室での朝倉のコスプレは、メイドからウエイトレスに変更して欲しい。
「ほら、サンドイッチよ、さっさと金をよこしなさいっ!!」
ハルヒ……黙っていれば完璧なんだが……。
「キョンよぉ……マジで羨ましいぜ……あの涼宮が恋人で、朝倉が専属のメイドだろ?ちくしょう、頼む、俺もSOS団とやらに入れてくれっ!」
「長門さんは巫女さんなんでしょ?ぜひ間近でみたいなぁ。キョン、僕の入団も、考えておいてよ」
やれやれ、谷口。国木田。
「なんだ?」「なに?」
「お前ら、仕事しろ」
159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:28:49.82 ID:wVoacuk/0
ようやくシフトが終わり、俺たちSOS団のメンバーは、クラスの仕事から解放された。
「キョン、二大美女がいなくなったら売り上げがた落ちだぜ」
……と言った谷口が、怒り狂った女子達にボコボコにリンチされる間に、俺は制服に着替えて教室を出た。
ハルヒと朝倉は、シフトが終わったと思ったら、どっかに消えている。
さて、長門と古泉、朝比奈さんのところに顔を出して、体育館に行くか。
ENOZのライブがある。長門、ちゃんとオリジナルメンバーで公演できるようにしてくれたか?
160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:29:34.62 ID:wVoacuk/0
「……引いて」
適当に棒を引くと、13番だ。やれやれ、いきなり縁起が良くない。
ちょこんとした巫女さん衣装に身を包んだ長門は、御神籤をとりに棚までいき、そこでしばらくごそごそやっていると、13番の御神籤を持ってきた。
長門が持ってきたのは、御神籤というか、普通の紙にたった一言、
『大吉』
とだけ書いてある。うーむ……この筆跡には覚えがあるんだが……。
「長門、書き直さなくてもいい。ホントはなんだったんだ?」
長門は、ばつが悪そうに、後ろ手に隠していた御神籤を差し出す。うむ、やはり大凶か。
『たすけはこず、まちびときたらず、たびはよせ、さがしものはなんですか』
この御神籤を作った奴、ふざけているとしか思えない。
「引きなおす?」
長門が俺の顔を覗き込む。
「なに、いいさ」
教室に持ち込まれた鉢植えの木の枝に大凶の結んで、なんとなくさっぱりして教室を出た。
161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:30:02.80 ID:wVoacuk/0
古泉は、一年前と同じく、なんだかよく分からん劇のなんだかよくわからん役をやっていて、女子たちの憧れの視線を集めている。
古泉が俺に気付いたかは分からんが、軽く手を振って教室を出た。どうせENOZのライブで会えるだろ。
「あっれー、キョンくん!みくるならいないにょろよ?」
あれ、そうなんですか、鶴屋さん。
残念、朝比奈さんのウエイトレスのお姿を目に焼き付けようと思っていたのだが。
「まあ、あたしじゃ、みくるには敵わないけどねっ、どう、めがっさ似合ってると思わないかいっ!?」
ええ、それはもう。実に素晴らしいですよ、鶴屋さん。
「あっはははははは、ありがとっ!またSOS団にお邪魔するからねっ!!そんときはヨロシクッ!!」
162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:30:35.23 ID:wVoacuk/0
体育館に着いたとき、演奏していたのはDMCもどきのバンドで、「SATUGAIせよ!SATUGAIせよ!」というフレーズが客の少ない体育館に響いていた。
確か、ENOZの出番は次だ。
やがて、DMCが人文字を作って退場し、ENOZメンバーが入ってくる。
一人……二人……三人……四人。
よかった、ちゃんとみんな揃っている。長門はきちんと仕事をしてくれたようだ。
ENOZのオリジナルメンバーの歌を聴くのは初めてだ。
ハルヒがやったときも、曲と歌詞に感動した記憶がある。楽しみだ。
…………………
163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:31:23.45 ID:wVoacuk/0
一言で言うと、うん、すごく良かった。
やっぱり、なんだかんだ言って、四人の息がぴったり合っている。
それに、みんなすごく楽しそうで、とてもリラックスしていた。MCでも冗談を飛ばし、観客を沸かせていた。
まあ、一年前、ハルヒがカチンコチンだったのは仕方ないさ。飛び入りだったんだからな。
観客たちは最高に盛り上がっていたが、はて、俺がいまいち乗り切れなかったのは、なんでだろう?
――などと考えるまでもない。一年前、ライブをやって、満足したような、でもどこか不満だったような、複雑なハルヒの顔を思い出していたからだ。
そして、今年は、そんな興奮を、ハルヒに経験させてやれなかったからだ。
……来年は、SOS団でバンドでもやるか。
俺は心の底からそう思った。
ハルヒに思いっきり歌わせてやりたい。案外、それが原因でループになっているのかも知れないな。
『これで、体育館公演のプログラムを終了いたします……』
アナウンスが響く。やれやれ、これで今年の文化祭もお終いだ。
165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:32:46.69 ID:wVoacuk/0
瞬間、体育館の照明が消えた。
真っ暗になった体育館に、観客たちの混乱したどよめきが響く。
どういうことだ、なにが起きた?
そのとき、俺の頭の中で、いくつかの光景が高速でフラッシュ・バックした。
ハルヒに耳打ちする長門。頷くハルヒ。「サプライズ」というセリフ。ハルヒの満開の笑顔。
そこに、長門の持ち出したダンボール箱に入った大量の銃器の映像が割り込んだせいで、俺の背筋は凍りついた。
まさかとは思うが……体育館の占拠?立てこもり?銃撃戦?亡命?
SOS団で独立国を作るために、ハルヒが武装して体育館の観客を人質に取ったとか?
『えー、テス・テス・テス』
そのハルヒの声が、体育館に響いた。
『あんたたち、この体育館は、私たちSOS団が占拠したわっ!!立ち上がって、後ろを向きなさいっ、いい、逆らったら死刑よっ!!』
ハルヒ、やめろ、やめてくれ、犯罪だけは洒落にならんぞ。
観客たちははなんのことやら飲み込めずに、ざわざわと後ろを向く。
俺も後ろを振り返った。
166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:33:26.94 ID:wVoacuk/0
スポットライトがあたり、体育館の後ろにステージが照らし出される。
おかしい、こんなステージなかったはずだ。
そして、ステージの真ん中に立っているのは……赤いコスチュームのバニーガールだ。マイクを握り締めて、緊張のあまりプルプルと小刻みに震えている。
『み、みなさんっ、これから、SOS団による、ゲゲゲリラ・ライブを行いましゅっ!!司会は、赤いバニーの、私、あああ朝比奈みくるですっ』
朝比奈さん、なにやってるんですか!?
観客は巨乳のバニーガールに、ただ呆然としている。
『ふえ、ええと、バンド名は……バニーズですぅ!!』
その言葉と同時に、バニーガールたちがステージに上がってきた。
177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:37:58.69 ID:wVoacuk/0
『く、黒いバニーさんは、涼宮ハルヒさんですっ!』
ハルヒが大きく手を振りながら登場する。その抜群のプロポーションに、観客の温度が、一気に五度は確実に上昇した。
黒いバニーガールは、手に持ったギターをぶんぶん振り回している。
『白いバニーさんは、な、長門有希さんです!』
とことこと出てきた長門は、真っ白のバニーコスチュームに身を包んでいる。やばい、可愛い。
ハルヒに歓声を送ったのとは違う趣味を持つ観客層が、うおおおおおと怒号を発する。
やはり長門の担当はギターか。あの超絶テクを披露したら、観客たちは度肝を抜かれるだろうな。
『ブルーのバニーさん、朝倉涼子さんですぅ!』
女子たちが黄色い歓声をあげた。朝倉は自分の着ている露出度の高いバニーコスプレに、顔が茹でたロブスターのごとく真っ赤だ。
ハルヒに劣らぬ完璧なプロポーションと、恥らう顔のギャップがたまらない……はっ、何言ってるんだ、俺は。
朝倉は、ベースを持っているようだが……まだドラムが登場していない。朝比奈さんってことはないだろう。マイクを握る反対の手で、タンバリンを握り締めている。
鶴屋さん?まさか、さっき会ったばかりだ。
古泉だったら帰ってやる。断固として帰ってやる。
『グリーンのバニーさんは、特別ゲストですっ!』
その人が、微笑みを浮かべてステージに上ってきた。露出の激しい緑のバニーガール。
ああ、なるほど。
やれやれ。この人なら、超絶ドラムテクが期待できそうだな。
『喜緑江美里さんっ!!』
178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:38:54.53 ID:wVoacuk/0
…………………
五人のバニーガールが勢ぞろいしたところで、ハルヒが自分の前のマイクで喋りだした。
『こんにちは、バニーズですっ!!』
観客は、既に熱気に包まれている。ハルヒは、嬉しそうに頷く。
『さあて、早速だけど、一曲目行くわよっ!オリジナルつくる暇がなくてカバーだけど、耳の穴かっぽじってよーく聴きなさいっ!「LETTERBOMB」!!』
長門のギターの轟音が響く。アップテンポのイントロ。ハルヒが、すう、と息を吸って、叩きつけるように歌いだした。一気に観客が歓声に包まれる。
「いやあ、実にうまいですね。素晴らしい」
古泉、いつの間に居やがった。
「おや、あなたがぼんやりと口をあけてステージを見ていた、さっきから居ましたよ。
ああ、あのステージの設置は大変でした。コンピ研の部員さんたちと僕が、かりだされて作ったんです。
直前まで、長門さんの情報操作で屈光シールドを張って隠していたんですよ」
179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:39:25.34 ID:wVoacuk/0
お前も一枚かんでいたのか。とすると、SOS団でこのライブのことを知らなかったのは俺だけじゃないか?
「その通りです。なんといっても、サプライズ企画ですからね」
だからって、同じSOS団メンバーに隠すこともないもんだ。
古泉は、やれやれといった表情で、肩をすくめる。
「おやおや、皆さん、別に観客を驚かせるためにやっていたわけではありませんよ。もちろん、驚かせたかったのは……ま、それは本人達から聞いてください」
無性に古泉を殴りたくなった。いや、別に怒ってなんかいないさ。
単に、めちゃくちゃ嬉しくて、それが気恥ずかしかっただけだ。
…………………
180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:40:04.82 ID:wVoacuk/0
あっという間に、ライブの時間は過ぎていった。
ハルヒも、朝倉も、長門と喜緑さんも、タンバリンを叩いて踊っている朝比奈さんも、みんな実に楽しそうに演奏していた。
ああ、ハルヒは、こういうバンドをやってみたかったんだろう、きっと。
だが。
ふと考える。これが、ハルヒのループの鍵になっているとしたらどうなる?
時間が戻って、俺たちは、SOS団活動二年目の春にスキップされるのか?
そのとき、朝倉はどうなるのだろう?
朝倉涼子は消えちまうのか?ここにいる朝倉は、長門がこの世界で再構成したのだから、普通に考えればそうだ。
あるいは、この一年で、やり残したことをやって満足したハルヒが、世界を崩壊させちまうかもしれない。
はたまた、このメンバーのままで、二年目に突入するのかも知れない。
……そうであって欲しい。
俺は、そうなることを、祈らずにはいられなかった。
お前も、そう思わないか、ハルヒ?
…………………
182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:40:47.56 ID:wVoacuk/0
『さて、そろそろ最後の曲よっ!!』
観客からあがる、ええええという不満の声。
『文句言わないっ!!また来年やるから、そのときに会いましょっ!!じゃあ、ラストソング!』
ハルヒが曲名を叫ぶ。
有名な曲だ。音楽を大して聴かない俺でさえ知っている。
観客からも大合唱がわき起こった。
そう、たぶん。
俺なんかに、お前を救えるかは分からないけどな。
結局のところ――
ここがループする時間の中を彷徨う、俺たちの終着地点なのかもしれない。
『おしまいっ!!……ふう、どう、驚いたでしょ?キョン!』
歌い終わったハルヒが、満足そうに付け加えた。
『愛してるからね、キョン。じゃ、おーばー♪』
186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:42:53.63 ID:wVoacuk/0
ともあれ、後日談はささやかなものだ。
長門がコンピ研の活動として製作していた、「The Day Of Sagittarius4――Ender’s Game――」が、めでたく全国で一斉に公式発売の運びとなった。
「The Day Of Sagittarius3」とは比べ物にならない、豪華なグラフィックスと大規模な宇宙戦闘を売りにした、宇宙戦略シュミレーションゲームである。
発売元は、長門が裏で社長を務める「サイレンス」だ。サイレントユキの賞金を元に、株式で利益を上げて立ち上げたらしい。
…………………
で、今日が、その発売日。
さっきから俺が駅に向かって急いでいるのは、こういう訳だ。
「おっそい、キョン!!もうみんな来てるわっ!さあ、有希が作ったゲーム、みんなで買いに行くわよ!」
ハルヒが俺の腕をつかんで、ズンズン歩き出す。
やれやれ、そう、ハルヒの言うとおりだ。
SOS団、みんなで。
俺の隣で、長い髪を揺らして、朝倉涼子がにっこりと微笑んだ。
おしまい
187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/14(金) 22:46:23.49 ID:wVoacuk/0
/ ヽ \ \
,' / / l \ ヽ
! / / / ,' | l ハ ヘ、ヽ、_,
. | ! l l / / ,イ ! i ! l ヽ ',` ̄
. l | l l ,/ 〃 ,/ /│ l j l│ ! l
ノ | ! │ | /_// // / ,' ∧ / | / j l│ 『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』に続く
ノ l ァ| |尢/‐=乞t/ / /∠ニ「厂! / ,/ / リ
イ 八{´l !|<f{矛:下 ' イ孑代フ イ } / 小休止。保管庫が生き残ってるとするとこのスレの存在意義が問われる
. Vハ | r';;z j r';;zリ /}, '//
ヽ ', |  ̄ ,  ̄ チ' /
`ヘ lヽ _ 厶 ./
', {.代ト、 , イ | /
\_'i| > 、 _ , イ/ V l./
/ ヽj {`ヽ ′
. _ / 「´ ヽ} \
_, -‐ ´ l‐--‐、 _ -‐ | ` ー- 、
. r<\\ ヽ '´ ̄ ___ `ヽl| / /ヽ
y⌒ヽ \\ V  ̄ _ `ヽl| / / ∧
./ ヽ. \\ ∨ ̄ `ヽ | / / / l
{ ヽ \\ ヽ / / / / │
289 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:21:25.41 ID:icODRiKt0
今日も地球は凍えそうに寒い。
アリのように勤勉なシベリア寒気団によって、日本列島は寒さに震えていた、というのが言いすぎだとしても、俺が寒さに震えていたのは間違いようもなく事実だ。
「……寒いね。キョン、手、つないでもいい?」
ああ。俺はハルヒの冷たい手をとると、自分の手と一緒に、コートのポケットの中に突っ込んだ。
「ふふ、キョンのポケットの中、あったかいっ」
ハルヒは、にっこりと笑うと、ポニーテールを揺らして、俺に体をぴったりとつけた。反対の手には大荷物を抱えているが、ハルヒは嬉しそうにそれをブンブン振り回している。
俺は、その上にセリフが書き込めそうなほど、真っ白な息を空中に吐き出した。
「いっやあ、いつ見ても、おあついなぁ、お二人さんよぉ!」
後ろからアホの声がすると思ったら谷口だ。ハルヒは、停止を示す信号のようにパッと顔を赤くすると、谷口に噛み付く。
「馬っ鹿じゃないのっ!寒いからこうしてキョンで暖まってんじゃないのっ!!
そんなんだから、あんた、いっつもテストが赤点ギリギリの低空飛行なのよ。あんた、ちょっとはキョンを見習ったらっ!?」
「くうっ……キョン、なんでお前はそんなに勉強ができるんだ……頼む、俺にも秘訣を教えてくれ」
テストの話題が出た瞬間、谷口はシュンと空気を抜いた気球のようにしぼんでしまった。恨めしそうに俺の方を見る。
「……特にないな、スマン」
まさか、ハルヒの起こした時間のループのせいで、学校の科目はどれもこれも既に習っているから、とは言えまい。
クリスマスまで、一週間を切った12月18日――
いつもと変わらないような朝。
それはすでに――密かに始まっていたというべきなんだろうか?
290 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:21:58.01 ID:icODRiKt0
『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』
291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:22:37.18 ID:icODRiKt0
このループする一年間、俺と長門は、SOS団のさまざまなイベントを、懸命に蜜を集める働き蜂のようにこなしてきた。
SOS団が二年目に入ろうとしたとき、なぜか突然時空改変を起こしたハルヒが、「やり残したこと」のためにもう一度ループさせてしまうことがないようにだ。
その結果、朝倉涼子がSOS団に加入したり、ハルヒに代わって長門が文化祭の映画の監督をやったりと、さまざまな部分で変更点が生まれてしまった。
だが、まあ、これまではなんとかSOS団としての活動をこなして、ハルヒを満足させてこれたかな、と思っている。
だが、一つ。
俺としては決して繰り返したくないことがある。
もちろん、長門の世界改変だ。
世界改変後の世界で出会った、眼鏡をかけた、内気な文芸部員の長門。
その長門に向かって銃を構えた時の、長門の怯えた表情。
今でも、その小さな姿がくっきりと記憶の底に焼きついて残っている。
まあ、ついでに言えば、情報統合思念体の急進派が派遣した朝倉涼子に、腹をぐりぐりとぶっ刺されたことも、強く記憶に残っているが。
こっちの記憶のほうは、長門によって無害に再構成された、今の朝倉を見ていると、どんどん薄れてきているのが幸いだな。
292 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:23:13.41 ID:icODRiKt0
「どうしたの、キョンくん、ボーッとして……?」
文化祭で作ったウエイトレス衣装で、胸の前にお盆を抱えた朝倉涼子が、俺の顔を覗き込んでいた。
おっと、いかん、SOS団の会議をはじめなくちゃな。
「えーと、今年もSOS団恒例の、クリスマス鍋パーティーを行う」
ニヤニヤ笑うハンサムエスパーは、ちょっと肩をすくめた。
「まだ、結成してから一年経たないのに、恒例の……ですか。なるほど」
うるさい、クリスマスといえば、部室で鍋パーティーだ。これは一年前からの既定事項なんだよ。
それに、長門の改造によって、部室にはほぼ完璧なキッチンが設置されている。これで料理をしないのはいかにももったいないじゃないか。
ちなみに、女子用の更衣室も小さいながらある。まさに至れり尽くせりのSOS団である。
「鍋ぇ!?クリスマスなのに?まあいいけど。あ、あたし、蟹は嫌だからね。あれ、身をほじくるのが面倒くさいったらありゃしないんだからっ!いっそのこと――」
「……甲羅まで食べられる蟹は存在しない」
はい、長門、その通り。先手を取られて、ハルヒは、うっと言葉を詰まらせる。
293 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:23:51.86 ID:icODRiKt0
「有希……。まだ、何も言ってないじゃない」
「だが存在しない」
「むー……」
ハルヒが例のアヒル口になった。SOS団の部室は暖房設備が行き届いているとはいえ、さすがにこの季節だバニーガールの衣装では寒すぎる。ハルヒは北高の制服姿だ。
「ハルヒ、それより、持ってきたものがあるだろ」
俺の言葉に、ハルヒはスイッチを切り替えたようにパッと顔を輝かせると、朝の大荷物をごそごそとかき回した。
「うんっ!クリスマスグッズ揃えてきたわっ!!クラッカー、ローソク、ミニツリー、雪だるま人形、モール……あ、あったあった!みくるちゃんっ、これっ!じゃじゃーんっ」
ハルヒが得意満面で取り出したのは、もちろん、サンタクロースのコスチュームである。
こちらは季節と関係なくメイド姿の朝比奈さんが、ビクリと体を震わせる。
「ふえぇ、ここここれ、下のズボンはないんですかぁ?み、短いかと……」
「当然っ!!さ、着替えてきなさいっ」
サンタ服を押し付け、朝比奈さんを更衣室に放り込んだ後、ハルヒはごそごそと、とんがり帽子を取り出し、
ふかふかの椅子に深く腰を沈めて本を読んでいる長門の頭にポンと乗っけた。
やれやれ。と、俺は溜息混じりに苦笑した。こんなところまで一年前と同じだな。
パラ、と長門がページをめくる。巫女さんの衣装に、いつもの無表情。
……だが、心の中では、何を考えているんだろう?
294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:24:45.32 ID:icODRiKt0
『……改変の恐れはない』
そうか……すまん、なんだかんだ言って、気になってな。
『万が一、私が改変を行ったとしても、あなたは、一年前と同じように行動すれば良いだけ。問題ない』
……お前が、緊急脱出プログラムを組まない可能性は?
『大規模な時空改変が起きたとき、涼宮ハルヒたちSOS団員が部室に集合することで、緊急脱出プログラムを起動させるよう、既にパソコンにプログラムしてある。
その場合、時空改変の起こる一時間前の私の部屋に、あなたを転送するようセットした』
まるでシステムの復元だな。
『そう』
やれやれ。そこまで長門が用意していてくれたら、心配することはなさそうだな。
『もし、改変が起きたら、文芸部の私に、やさしくして欲しい』
もちろんだ。怖がらせるような真似はしない。あと、改変防止のプログラムは、出来たら銃の形はやめてくれ。あっちの世界の長門が怖がっていた。
『考えておく。……あと』
なんだ?
『ゴムを付けてくれれば、改変を行った私との結合を許可する。やさしくしてあげて』
俺が反論の言葉を考える前に、長門は電話を切った。
ゴムの用意か……はっ、いかん、いかん!あっちの世界の長門を襲うなんてことができるかっ!
296 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:25:39.29 ID:icODRiKt0
さて、翌日。
朝出会った谷口は、しっかりと白いマスクをしていた。いつもは陽気な谷口が、流行の重い風邪でどんよりと苦しんでいるようすは、見ているこっちも辛いものがある。
やれやれ。
俺は日本海溝のように深い深い溜息をつく。
昨晩の長門の言葉に反して、しっかりと改変は行われたようだ。
まあ、俺があたふたと騒いでも仕方がない。周りの人間に、痛い痛い電波を受信しているやつだと思われるのがオチだ。一年前の経験が、そう教えてくれる。
今回は、長門がきっちり緊急脱出プログラムを組んでくれていることだし、その発動条件も分かっている。
ハルヒ、朝比奈さん、古泉、長門、俺、朝倉、六人のSOS団メンバーを文芸部室に連れて行けばいい。
まあ、焦ることはないさ。フライパンに乗っけられたアヒルみたいにうろたえるのはごめんだ。
クラスで風邪が流行っていてどうのという谷口の話にも、俺は適当にあわせて相槌を打つ。
教室に入ったら後ろの席にはハルヒが居ないんだろうな。おそらく、古泉と一緒に別の学校に飛ばされたはずだ。
……そうだ。丁度いい、確認しておくか。
「谷口、涼宮ハルヒって知ってるか?」
「知ってるもなにも、ゴホ……東中出身であいつのことを忘れてるやつがいたら、まず間違いなく若年性のアルツハイマーだな。断言してもいい。
面のほうは、すっげえ美人なんだが、とにかく頭の中が年中あったかくて……」
「いや、涼宮の武勇伝はいい」
俺は谷口を遮る。
「今、そいつはどこの高校に行ってるんだ?」
「光陽明学院だよ……。駅前の進学校だ。ゲホ、あいつ、頭はおかしいのに成績はよかったからなぁ……」
やれやれ、間違いなさそうだ。
301 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:28:22.95 ID:icODRiKt0
「なんだぁ、キョン、どっかで涼宮に一目ぼれでもしたかぁ?忠告するぜ、やめとけ」
谷口、ニヤニヤしてるのが、マスク越しにもわかるぞ、気持ち悪いからやめろ。
「お前の女房が悲しむじゃねえか、だろ?」
女房?
なぜかエプロンをつけた長門の姿が頭に浮かんできて、あわてて頭を振って打ち消した。
教室に入ると、ハルヒが座っているべき俺の後ろの席には、ポニーテール姿の美人委員長、朝倉涼子が座っていた。
……まあ、想定の範囲内だな。
俺が入っていくと、朝倉は飛びっきりの笑顔で出迎えてくれた。一年前とはえらい違いだ。
まあ、当たり前といえば当たり前か。いまの朝倉は、長門が無害化して再構成した、普通の高校生だからな。
「おはよ、キョンくん!」
「ああ、おはよう。朝倉、風邪は大丈夫か?」
朝倉はちょっと顔を赤らめて、にっこりと微笑んだ。ポニーテールがふわふわ揺れる。うーん、やっぱり朝倉にはポニーが似合う。
「うん、ようやく治ったみたい……心配してくれてたの?」
嬉しいな、と小さく呟くと、朝倉は、頬を染めながら、俺の耳に口を寄せた。
307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:31:57.79 ID:icODRiKt0
「……ね、今日、一緒に帰らない?おでん作ったから、晩御飯、食べさせてあげる」
おでん、おでんか……ああ、よだれが出そうだ。一年前、朝倉が作ってくれたおでんは、死ぬほど旨かった。そして、実際そのあと死にかけた。
「ちょっと、放課後、用事があってな。そのあと、お前の家に行ってもいいか?」
「ううん、じゃあ、この教室で待ってる。キョンくん、用事って?」
「文芸部に仮入部」
朝倉涼子はまじまじと俺を見つめて、亀が甲羅を脱いで走り出したかのを目撃してしまったように、実に意外だという表情をした。
やれやれ、そんなに俺は本を読んでいるイメージがないのかね?
312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:32:57.19 ID:icODRiKt0
放課後、部室棟に向かう途中、朝比奈さんと鶴屋さんが仲良く向こうから歩いてきたのに行き当たった。
こんにちは、朝比奈さん……
「……?えっと、どなたでしたっけ……」
しまったっ!朝比奈さんは俺のことを知らないんだったっ。
鶴屋さんが、まじまじと俺の顔を見つめて、何かを悟ったかのように、ポンと手を打ち合わせた。
「ははあ、少年っ!さてはみくるファンクラブの会員だねっ!?うん、一年生かなっ?」
鶴屋さん、相変わらずのハイ・テンションだ。だが、ナイスフォローです。
「……ま、そんなとこです。キョンとでも呼んでください」
とたんに、朝比奈さんは顔を赤らめる。恥ずかしがってプルプルと首を振る仕草が可愛らしい。
「ふえ、そそそんな、ファンクラブだなんて……その、あ、ありがとうございます……えっと、キョンくん……?」
一年前、朝比奈さんが心底怯えて、俺のことを拒絶する目で見ていたことを考えれば上出来だ。俺は笑顔をつくって頷いた。
「おやおや、みくるっ!赤くなっちゃって、可愛いなっ!!あはは、キョンくん、うちの娘をよろしく頼むさっ!」
「つつつ鶴屋さんっ!もうっ」
朝比奈さんが顔を真っ赤にして、プッと頬っぺたを膨らます。
「また、そのうちお会いするかもしれません。そのときは宜しく」
「あ、はぁい。さよなら、キョンくん」
「じゃあねっ、少年、大志を抱きなっ!!」
314 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:35:55.41 ID:icODRiKt0
文芸部のドアの前で、俺は一つ大きく深呼吸をした。
久しぶりの、こちらの世界の長門有希との再会だ。頭に、眼鏡をかけた内気な文学少女の姿が浮かんでくる。
俺はドアに手をかけ、思い切ってドアを開けた。するとそこに――
いた。
長門有希。
座っていた粗末なパイプ椅子から立ち上がって、じっと俺を見つめる、驚いたような表情。
その端正な顔には、眼鏡が――
あれ?
眼鏡が――ないぞ。
ど、どういうことだ?俺はまじまじと長門を見つめ、一年前との違いにようやく気が付いた。
手に持っているのは分厚い本じゃなく、薄っぺらな新聞。そして傍らに置いたラジオ。イヤホンが片耳に伸びている。
そして、眼鏡のつるがかかっているべき耳には――
赤鉛筆だ。
俺は絶望的な気持ちで溜息をついた。
競馬狂、長門有希がそこにいた。
315 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:36:52.03 ID:icODRiKt0
俺がいきなり入ってきたので、一瞬立ち上がった長門は、すぐまた椅子に戻り、視線を競馬新聞に落とした。
まるでスプーンを曲げようと試みる5歳児のように真剣な目つきだ。
「あのー、長門、さん?」
長門は、ちら、とこちらに、草むらに隠れた路傍の石でも見るような視線を送った。
「なに」
それっきり、また競馬新聞に没頭する。
「ちょっと、その……話があって……」
「あと」
戦場で聞かされたら、相手の戦意を完全に断ち切るような即答だ。
「レースが始まるから」
長門は、イヤホンに片手を当て、ラジオから流れる実況に耳を澄ましているようだ。
やれやれ……。
俺はひょいと、長門の手元にある競馬新聞を覗き込んだ。
びっしりと赤鉛筆で、予想やデータが書き込まれている。相変わらずのきれいな楷書体だ。
317 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:37:32.16 ID:icODRiKt0
と、そこで昨日の記憶がフラッシュ・バックする。
たしか、昨日、SOS団の巫女さん長門も競馬新聞をチェックしていた。何でも、今世紀四番目の大穴がでるから、資金をまわすとか……。
あいつの場合は、実際に結果を知っているのだから、予想ではなくただのインチキなのだが。
はて、そのとき、長門が赤丸で囲んだ馬は……たしか……。
「……長門さん、この、アサクラアサシンって馬が一着になると思うぞ」
長門有希は、幸運を呼び込む壺を売りにきたセールスマンを見るように、胡散臭そうに俺をみて、ばっさりと袈裟切りで切り捨てるように断定的に言う。
「ない」
「いや、でも……」
長門はやれやれといった表情になる。古泉だったら肩の一つもすくめるところだ。
「不可能。無理。素人考え。……火傷をする前に馬はやめたほうがよい」
このやろう……いいだろう。未来を知っている人間の強さを見せてやるよ。
「…………………」
レースが終わり、長門有希は三点リーダを大量生産しながら、俺の顔を穴が開くほど見つめている。
その視線は、先ほどまでの、石ころに向けるような無感動なものから、うって変わって、驚嘆と尊敬に満ち溢れてきらきらと輝いている。
「……師匠」
こら、誰が師匠だ。
319 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:39:38.64 ID:icODRiKt0
調子を狂わせられっぱなしの俺は、ようやく本題を切り出した。……とはいえ、この分じゃ期待はできないがな。
「あー、長門、お前、俺と会ったことがあるか?」
「ない、師匠」
そうか……やはりな。こちらの世界の長門有希が、読書狂じゃなくて、
競馬狂になっているんだから、図書館で俺に出会った記憶がないってことは、まあ、不自然じゃない。
「……でも、師匠のことは知っている」
ああ、まあ同じ学校なんだから、見たことぐらいはあるだろう――
「師匠は、私と同じマンションに住む、朝倉涼子の婚約者」
324 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:41:54.61 ID:icODRiKt0
「あ、いたいた」
そのとき、当の朝倉涼子が、ドアを開けて文芸部室に入ってきた。
い、今、長門はなんと言った?婚約、俺と朝倉涼子が?
谷口の言葉が頭を掠める。女房。あれは、朝倉のことだったのか。
朝倉はにこやかに、黙り込んでしまった俺を長門に紹介する。
「長門さん、こちら、キョンくん。知ってるよね、あたしと同じクラスの……。彼、文芸部に入りたいんだって」
その一言で、長門は、納得したようにこっくり頷いて、パタパタと棚に歩いていくと、入部届けの用紙を持ってきて、俺にさしだした。
「今、部員は一人」
長門は、ちょっと頬を赤らめた。そして、微かにだが、笑ったように見えた。
なんだか、あれほど見たいと思っていた長門の笑顔さえ、異質なものに思えてしまう。
変だぜ、この世界。競馬狂?
「師匠で、二人目」
325 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:42:54.57 ID:icODRiKt0
俺と朝倉と長門は、三人で朝倉の家まで帰った。
うーむ、思考が上手く働いてくれない。あと、長門、頼むから師匠って呼び方はやめて欲しい。
朝倉が俺の腕に、ごく当たり前のことのように自分の腕を絡めてきたのも、俺の思考を停止させるのに一役買ったと思われる。
これじゃまるで恋人同士じゃねーか――と、突っ込んでみても、事実、この世界ではそうなのだから仕方がない。恋人どころか、既に婚約しているのだ。
SOS団にいるときのような、少し翳のある笑顔ではなく、
心の底から喜んでいるようないい笑顔をつくる朝倉涼子の顔を見ていると、なんだか、俺のほうまで変な気持ちになってくる。
まるで、ずっと前から朝倉が恋人だったような――
やめろ、俺。元の世界にかえれば、俺にはハルヒがいるだろうが。
しかし……
俺はちらりと横を見る。
長門は、すっかり尊敬のまなざしで、俺のことをその黒曜石のような瞳でじっと見つめている。
そう見るなよ、俺には予想師の才能なんてまるでないんだから……。
「師匠、聞いて欲しい」
なんだ、長門?
「この長門有希には夢がある――いつか、馬主になりたい。自分の馬で、レースを勝ち抜いてみたい」
……その馬につける名前も、もう決まっているんだろ?
長門はコックリと頷く。
俺と長門は同時に言った。
『サイレントユキ』
やれやれ。
328 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 00:50:23.59 ID:icODRiKt0
長門の大食漢ぶりは相変わらずで、すっかり腹の減っていた俺も、朝倉の作ったおでんを貪り食う。うむ、うまい、やはり絶品だ。
あっという間に夕食を平らげると、長門有希は、つと立ち上がった。
「長門さん、帰るの?」
長門は無言で頷く。そして、俺の方を見て言った。
「師匠、また明日、部室で」
そう言い終ると、長門はするりと玄関から出て行った。
「ふふ、意外だな、キョンくんが、長門さんと仲良くなるなんて」
長門を見送った俺に、朝倉が嬉しそうに言った。
まいったね。
いずれにせよ、明日、ハルヒと古泉、朝比奈さん、朝倉を連れて、文芸部室に行けば片がつくことだが。
元の世界に戻ったときに、長門にじっくり話を聞いてみたい。何考えてんだ?
「じゃあ、俺もこれで――」
と腰を上げてかけると、朝倉は助けた亀に殴られた浦島のように、びっくりして目を丸くした。
「ど、どうしたの、キョンくん。なにか特別な用事でもあるの?」
い、いや、そんなものは別にないが。
「じゃあ、いつもみたいに泊まっていくんでしょ?一緒に、お風呂はいろうよ」
お風呂?いつもみたいに?お風呂?一緒に?
急に、朝倉はクリスマスプレゼントが貰えなかった子供のように、悲しそうな目になる。
349 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/15(土) 02:38:43.15 ID:icODRiKt0
ま、いいや。誰も居ないし寝ます
乙でした