ハルヒがバレンタインのようです


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120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/02/05(火) 20:43:11.93 ID:6N26gCIW0

今日が何の日であるか、なんてことはおそらく一部の男子学生にとっては本来は忘れ

ることなんかないわけで、まあ俺は去年未来的なあれやこれやで忘れていたのだが、

その方がどうかしていたというもんだ。
さすがに去年、あれだけのインパクトを持ってチョコを渡されたのだから、今年は嫌でも

期待してしまうというものだ。
朝比奈さんが受験まっただ中、という不安はあるが。

ハルヒの態度は去年同様、どこか不機嫌でメランコリーな日々を過ごしているように見えた。
しかし、この「シーズン毎にオンタイムな行事をしめやかに実行する組織」
と言った方がいいのではないかと思うSOS団の団長様が、みすみすこの行事を見逃すとも思えない。

どうせ、また宝探し的なイベントを企んでいるんだろ、そう思っていた。


さて、短縮授業を終えた放課後、俺はある種の期待と、期待を裏切られたときのための心の準備をしながら部室のドアをノックした。
しかし、俺が期待する朝比奈さんのエンジェルボイスで「ふぁ〜い」なんて返事もなければ、俺より先に行ったはずのハルヒの声もなく、
あまり聞きたくない超能力者の「どうぞ」という声のみが聞こえてきた。
畜生、なんでこいつの声に出迎えられなくてはならないんだ。ハルヒのうるさい声の方がまだマシだ。あれでも一応美少女だからな。

ドアを開けて中を見ると、声が聞こえない朝比奈さんとハルヒはもちろん、部室のオブジェと化しているはずの長門の姿さえ見えなかった。

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/05(火) 20:59:06.81 ID:6N26gCIW0

「あれ、お前だけか」
俺は相も変わらず微笑みをたたえたハンサム面に声をかけた。
9組という俺なんか頼まれても行きたくない、と言っても俺の成績で行けるわけはないのだが、
そのクラスにいるこいつはこの時期になると来年に向けて進路指導とかそういうのがうるさくなってきたらしく、遅刻が多いのだが、今日は何もなかったらしい。
「ええ、僕が来たときには既に誰もいませんでしたよ。その代わりにこれが置いてありましたが」

部室に入ったときから、俺の目にも入ってはいた。
長机城の古泉が座っている目の前と、いつも俺が座っている席の辺りに、それぞれ派手な包装紙でラッピングした包みが置いてある。もちろんリボンもしっかり付いている。
「何だ?」
俺は後ろ手でドアを閉めながらも首を傾げた。ハルヒがこんな認知度の高いイベントを見逃すとは思っていなかったが、それにしてもこんなあっさり渡すとは思えない。しかも、手渡しでもなくただ放置するとは。
「これは何かの罠か?」
「さすが、すぐにお分かりですか」
どういうことだ? やっぱり罠なのか? 古泉が知っているということは、一枚噛んでいるのか?
いや、そんなはずはないだろう。バレンタインの元の意義はともかく、今のこの国で行われている習慣はハルヒだってよく解っているはずだ。他のイベントならともかく、古泉に何かさせるとは思えない。

しかし、席について包みを良く見たとき、俺は納得した。これなら俺だってすぐに理解できるさ。

『団長命令! 家に持ってかえろうなんて考えちゃダメよ! ここで今すぐ開けなさい!』

「なるほどな」
古泉はニヤニヤ笑っている。
「先に開けても良かったのですが、あなたが来るのを待った方がいいかと思いまして」
「まさか爆弾が入ってるわけじゃないだろうな」
「さすがにそれはないと思いますよ。持ってみれば分かります」
古泉に促されて持ち上げてみると、なるほど包みの大きさから考えても随分軽い。まさか空っぽなのか? と思って振ってみると、わずかにカサカサと渇いた音がした。

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/05(火) 21:14:46.03 ID:6N26gCIW0

「一体何を企んでやがる」
箱を睨んでその場にいないハルヒに毒づいてみたが、それで何かが分かるわけでもない。
俺はあいにく透視能力なんか持ち合わせちゃいないし、俺の前にいる超能力者も残念ながら持っている能力も発揮できる場所もきわめて限定的で、この箱の中身を開けずに見ることなんか到底出来るはずはない……と思う。
超能力者のことはいまいち俺にはわからんが。
「ま、開けたから死ぬってことはないだろう」
ハルヒがこのイベント自体を楽しもうってんなら、この箱を開けたとたんに閉鎖空間へようこそ、なんてことにもなるはずがない。
ええい、ごちゃごちゃ考えていたって無駄だ。さっさと開けることにするか。
「少なくとも、チョコが入っているとは思わない方が良さそうですね」
古泉が箱にかかっているやけにファンシーなリボンを解きながら呟いた。同感だ。

「「…………」」

箱の中身は、空ではなかった。
確かに空ではなかったのだが、空であることと変わりないぞ。
「なんだこりゃ」
箱の大きさの割に軽いと思ったのも道理で、中にあるのは1枚の紙きれであった。
「どうやら手紙のようですね」
古泉は折りたたんだ紙を広げている。俺もそれに倣うことにしようか。

『残念でした! こんな簡単にお宝が手に入ると思ったら大間違いよ! バカキョン!!』

……あのアマ。
俺だって高校2年の男子だぞ。
この日にチョコがもらえるかどうかってのが気にならないわけないだろうが。
ああ、期待したさ。見事に手玉に取られたな、畜生!

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/05(火) 21:25:39.93 ID:6N26gCIW0

>>125
古泉は俺の落胆を察したのか、ニヤケ面を3割増しにして俺を見ている。
ていうか、古泉も同じ文面なのか?
「そちらに何を書いてあったのかは知りませんが、僕の方は僕とあなたの両方に当てた手紙のようです」
古泉はそう言って俺に手紙を差し出した。

『古泉くんとキョンへ。
 宝物が欲しければ、あたしたちを捕まえてみなさい。
 欲しい物を手に入れるためには、それ相応の努力と犠牲が必要なのよ!
 期限は下校時間まで。範囲は学校の敷地内。
 それじゃ、頑張りなさい!!』

「何だこの扱いの差は」
思わず文句を言ったのも無理はない。古泉は俺宛の手紙を見てニヤニヤ笑っている。
「まあ、あなたに期待させないと言うことを主眼に置いているようですね」
「何でまたそんなことを考えるんだあいつは」
「去年と同じですよ。あなたが期待していると思ってわざと素知らぬふりをしたり、こうやって期待を裏切ったりする。あなたをヤキモキさせる計画なのは去年と同じですが、どうやら今年は成功したようですね」
まったく、腹が立つ。これなら去年同様忘れていた方が良かったじゃないか。
いや、忘れていてもこの包みを見たら思い出しちまっただろうから一緒か。
ったく、相変わらず普遍的なことを嫌うやつだ。

「で、俺とお前はハルヒのかくれんぼに付き合わなきゃならないってことかよ」
俺の問いに古泉は手紙をもてあそびながら答えた。
「僕が涼宮さんの考えたイベントに参加しない理由はないでしょう」
まったく、たまにはハルヒに逆らって度肝を抜いてやればいいじゃないか。いつもいつもイエスマンじゃ疲れるだろう。
「考えておきますよ。ですが、僕も1男子学生であることをお忘れなく。機関も世界の安定も関係なく、このイベントは参加したいと思ってますからね」

お前なら山ほどチョコを貰ったんじゃないのか、と確認するのは俺のプライドが許さなかった。

195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 11:32:00.39 ID:WNlCJxxc0

>>131
「しかし、その割にはチョコをくれる気でいるらしいのを最後まで隠さないんだな」
強制的にかくれんぼの鬼にはされたが、とりあえず見つけたらくれるってことでいいんだろ。
「去年のことがありますからね。今年はどんなそぶりをしていても結局は渡すことがばれている、と考えているのでしょう」
言われてみれば確かに去年ほどハルヒの態度を気にしてはいない。
もっとも、去年はバレンタインとはまったく別の理由で気になっていたのだが。
「だったら普通に渡してくれればいいんだ」
それが出来るハルヒじゃないのは、俺が一番よく知ってるけどな。

「とにかく、学校全体が範囲となると時間が足らないかもしれません。早く探さないと涼宮さんがしびれを切らすことになります。早速始めましょう」
古泉は席を立つと、さっさとドアに向かった。
「待てよ、探すって、どっから探せばいいんだよ」
手当たり次第探してたら時間なんかあっという間に経っちまうぞ。何か効率のいい方法を考えなければ。
「今のところ手分けをする以外に方法はありませんね。僕はこの部室棟から探します。あなたは本館をお願いします」
古泉はにこやかに範囲の広い方を俺に押しつけると、今度は本当にと部室を出て行ってしまった。
後で覚えてろよ。

ここで恨み言を呟いていても仕方がない。
あの3人を見つけないと、今年もらえたチョコはお袋と妹のみ、なんて悲しい(中学まではいつも通りだが)結果が待っているわけだ。

しかし、学校中探索しなきゃならんのか。

俺は溜息を1つつくと、薄暗い廊下を階段に向かって歩いていった。

196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 11:42:27.30 ID:WNlCJxxc0

皆さんご存じの通り、北高は1学年9クラスもある。
それが3学年分あるわけで、教室だけでも27部屋あるわけだ。
本館には更に音楽室や美術室などの特別教室、職員室、生徒会室などもあり、全部回るのは一苦労だ。
しかし、よく考えれば、部室棟を回るには部活動中の各部室にお邪魔しなくてはならないわけで、目的を考えるとそれも恥ずかしい気がする。
古泉がそっちを回ってくれて良かったと考えるべきか。

などと考えながら、本館の4階、つまり最上階に到着した。
探索するのに上から下に降りる方が楽だろ。俺って頭いい。

と、その前に階段の一番上、屋上に通じるドアのところも探しておかなくてはならない。
ハルヒがSOS団結成を思いついた日に、俺のネクタイを引っ掴んで連れてきた場所だ。
だが、そこにはやはり誰もいなかった。
そんな簡単には見つけられないってことか?

「まったく、なんでこんなこと思いつきやがったのかね」
文句の1つも吐きたくなるってもんだ。
まあ、そのうち見付かるだろう。

そう高をくくって、俺は一番端の教室から虱潰しに調べることにした。

197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 11:54:15.54 ID:WNlCJxxc0

ああ、畜生、めんどくせえ。
各教室のドアを開けて覗くだけなら楽なんだが、去年のバレンタイン前を思い出し、いちいち掃除用具入れを確認したり教卓の中を覗き込んだりしているので、思ったより時間が掛かる。
はたから見たら単なる怪しい奴だよな。何やってるんだろう。
そう思いながら次に開けた教室は、去年、いやほとんど一昨年だが、俺が毎日通っていた教室、つまり、1年5組の教室であった。
まさか、ここにはいないよな。


その、まさかだった。
「何だよ、ここにいたのかよ」
1年のときだってSOS団で唯一のクラスメイトと言えばハルヒしかいないわけで、この教室の中程後方という中途半端な席で偉そうに腕を組んで入ってきた俺を睨み付けているのは、間違いなくハルヒであった。
しかし、こいつならもっとわかりにくい場所に隠れるかと思ったんだが。
「とりあえず見つけたからな。貰えるもんは貰えるんだろ」
俺は声をかけながら近寄った。だが、ハルヒは俺を睨み付けているだけで、微動だにしない。

何かおかしい。

この2年間、嫌と言うほど体験した異常事態のおかげで、俺の非日常に対する感覚は鋭敏になっていると言っていいだろう。
先ほどまでオールグリーンだった非日常センサーが、今は黄色点滅だ。
このハルヒは、本当にハルヒなのか?

俺の懸念は当たってしまった。
俺がハルヒに近づき、俺を見つめるだけで微動だにしないハルヒの肩を掴もうとしたとき、

────ハルヒが消えた。

198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 12:04:01.69 ID:WNlCJxxc0

「なっ……!?」
思わず声を上げてしまったのも仕方がないだろう。
確かにおかしな物を感じていなかったわけではないが、だからと言って目の前で消えるとは思わなかったのだから。
俺はしばし呆然とハルヒがいたはずの空間を見つめていた。

いやいや、落ち着け。
おかしいってのはハルヒを見たときから感じていたはずだ。
あのハルヒはハルヒではなかったのだろう。
「何が起こってやがる?」
自問自答してみるが、俺に答えが分かるわけもない。
こういうときに頼れるのは、長門か古泉か。
多分、未来的な何かは関与していないと見ていい。

と思ってふと窓際のいつもの席、進級しても俺とハルヒの定位置となっている窓際の座席を見ると、今度はそこにハルヒがいやがった。

そのハルヒは、やはり不機嫌そうに俺を睨んでいるだけで、まるで石像のように動こうとしなければ言葉を発しようともしない。
「何がしたいんだよ、お前は」
おそらく届いていない文句を呟きつつ、俺はそのハルヒに近づいていった。

「……やっぱりそうか」
俺がすぐそばまで近づいたとたん、再びハルヒは雲散霧消とばかりに消えてしまった。
果たして、これはハルヒが望んだことなのか、それともあの雪山のように誰かが仕組んだことなのか。
どちらにしても、こうなると俺の手には負えない。
ひとまず古泉と連絡を取るしかあるまい。

199 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 12:08:14.54 ID:WNlCJxxc0

以心伝心、なんて言葉があるが、これが朝比奈さん相手だったら使いたくなる言葉ではある。
だが、古泉と以心伝心なんて冗談じゃねぇ。
……なんて思わず文句をたれたくもなるようなタイミングで携帯が鳴った。
ディスプレイに表示されている文字は、言うまでもなく『古泉一樹』となっている。
まあ、こちらから掛ける手間が省かれたと思うことにしよう。

『もしもし』
この2年間でハルヒと1,2位を争うほどによく聞いた声が聞こえてきた。
「どうした? もしかして、お前の方でも何かあったのか?」
このタイミングで電話をかけてくるということは、古泉の方にもこの幻のようなハルヒが現れている、そう思ったんだが。
『ええ、長門さんを発見しました。部室棟の方は手早く済まして、もしかしたらと思って図書室に行ってみたんですよ』
古泉の声には不審さも不安さもまったくない。
てことは、古泉は何の問題もなく探索が進んでいるってことなのか。
まだ開始してから30分程度しか経ってないぞ。それで本当に部室棟を終わらせたんだろうな。
『ところで、僕の方でも何かあった、とわざわざおっしゃったと言うことは、そちらで何かあったんですか』
さすがに勘がいい。
「大ありだ。悪いが一度合流したい。長門の意見も聞きたいしな。今どこにいるんだ?」
古泉から場所を聞き出すと、俺は教室を飛び出し、そのまま階段を駆け下りた。


「それで、一体何があったんです?」
本館1階の廊下で長門と古泉は待っていた。
辺りは他に誰もいない。まだ昼前で、下校時刻までには相当の間があるが、教室のある校舎にわざわざ居残っている奴はそれほどいないのだろう。
「ハルヒがいたんだが……」
俺は言葉を切って長門を見たが、この季節を溶かし込んだような瞳は、今のところ何も物語ってはいない。
「涼宮さんがどうかしましたか?」
いつもの微笑が少し影を潜めた。
ハルヒに異変があるということはこいつにとって大いに関わりのあることのはずだから当たり前か。
「あれが何だか俺にはよくわからん。ハルヒがいたと思って近づいたら、消えちまった」

200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 12:21:49.48 ID:WNlCJxxc0

「それはそれは」
古泉もさすがに驚いたらしく、わずかに目を見開いたが、すぐに元の微笑をたたえた顔に戻った。
「驚きましたね。涼宮さんは本当にそこにいたのか、それとも幻か何かの類だったのか。それは分かりますか?」
「わからん。触る前に消えちまったからな」
俺の返答に少し考え込んでいるようだ。考えて答えが出る物なのか?
「今の話で長門は何かわかるのか?」
長門は先ほどと同じ瞳で俺を見つめていたが、
「改変されている」
と一言発した。何がだ。
「2人とも」
は? 2人?
長門は俺と古泉を交互に見ると、1ミリほど首を縦に動かした。
2人って、俺と古泉のことか。
っておいハルヒ! 一体俺に何をしやがった!!!
「涼宮ハルヒを認識する情報経路が遮断されている」
すまんがよくわからん。
「つまり、僕と彼は今、涼宮さんの姿を見ることも出来なければ声を聞くことも出来ない、と言うことですか」
俺が何も言えないうちに、古泉が口をはさんだ。
「そう」
「困りましたね」
そう言うわりには全然困っていない顔をしている。
「それでは僕たちは涼宮さんを捕まえることが出来なくなってしまいます」
「ちょっと待て」
あいつが何がしたいのかさっぱり分からんが、それにしてもおかしいだろうが。
「俺はさっきハルヒを見たぞ。あれは本物のハルヒじゃなかったんだろうが、それにしても見ることは出来たはずなんだが」
長門は俺の質問を予期していたように答えた。
「それは、涼宮ハルヒがあなたに送信している視覚情報。本物ではない」

211 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 12:45:45.15 ID:WNlCJxxc0

えーと、つまりだな。
「涼宮さんは彼にのみ、自分の姿を情報として送っている、ということですね」
割り込んでくるんじゃねえよ、この解説魔が。
「そう」
長門は相変わらず俺を見つめている。
いつの間にかその瞳には、案じているような色が浮かんでいた。
「何がしたいんだ、あいつは」
今日何度目かになる同じ質問を発してみたが、答えなんか見付かりゃしねえだろ。
「あなたはどこで涼宮さんを“見た”のですか?」
突然そんな質問をされた。そう言えば、俺は自分が何処にいたのかは言っていなかったな。
「1年5組の教室だ。最初は教室の真ん中辺りの座席で、次に窓際のいつもの席に突然現れた……ように見えた」
実際にそこにいたわけではないらしいから、現れた、というのは間違いか。
「1年5組ですか。なるほど」
古泉は興味深げに俺を眺めると、
「窓際はともかく、最初に現れた座席に思い当たる節はありませんか」
いつの間にかニヤニヤ笑いが増している。
最初に現れた席? 1年5組の……
何となく、俺にも分かってきた気がする。
いや、ハルヒが何をしたいのかはますます分からなくなってはいるのだが。

俺が最初にハルヒを見つけた、と思った場所。
それは、入学式の日、俺が一生忘れないであろう自己紹介をハルヒがした、まさにハルヒの最初の座席であった。

214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 12:52:40.76 ID:WNlCJxxc0

「どうやらお分かりになったようですね」
「全然分からねえよ」
入学式の日にいた座席から、その後の席替えで移動した座席。
「なんだ? 席替えのたびに変わった席を追いかけりゃいいのか? だったら次は2年5組の窓際に行けばいい」
「そう簡単にはいかないと思いますが」
何でだよ。
「僕たちに自分の姿を消した上で、あなたにだけ偽の情報を送っている。しかも、何かしらの法則がありそうだ。なぜだかわかりますか?」
分かるわけねえだろ。そもそもバレンタインにかくれんぼなんてネタを思いついただけじゃ、あいつは不満足だったっていうのかよ。
「結果から言うと、そういうことになるんでしょうね」
古泉は苦笑を浮かべて首を振った。
「とにかく、涼宮さんは最後まで見つけられたくない、とは思っていないはずです。ただ簡単には見付かりたくない、と思ってはいるようですが」
少し思案しているような顔になる。
「おそらく、涼宮さんを見つけられるのはあなただけでしょう。あなたは涼宮さんの影を追いかけるしかないですね。次に現れるのはどこでしょう?」
「知るか」
そういや、長門はハルヒがどこにいるのか知っているのか?
「知っている」
そうか、やはりな。事態がこうなっちまった以上、出来れば教えて欲しいんだが。
「拒否する」
長門の目が先ほどとうってかわって絶対零度の瞳になっている。
なんでそんな冷たい目で俺を見ているんだ? 俺、何か悪いことしたか?
「別に」
おーい、長門さん?
「あなたは、自分で涼宮ハルヒを発見するべき」
古泉がくくっと喉の奥を鳴らした。
「長門さんのおっしゃる通りですね。涼宮さんはあなたに発見されたいと思っているはずです」
ええい、ニヤニヤするな。
「僕は朝比奈さんを探します。あなたは涼宮さんを」
「わーったよ。しゃーねーな」
古泉にハルヒがまったく見えてないってのなら俺が探すしかないのだろう。
しかし、なんでこんな面倒なことになっちまったんだか。

216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 12:58:12.89 ID:WNlCJxxc0

「長門はこれからどうするんだ?」
そういや、全員一度に発見できるわけもないんだが、見つかった奴はどうするんだ?
「部室へ行く。そういうルール」
おい、ルールは参加者全員に伝えとけ、ハルヒ。隠れる側にだけ伝えるんじゃ公平とは言えないだろう。
「ルールと言えば、もう1点確認しておきたいのですが」
まだなんかあったっけか?
「あなた方、隠れる側は移動されるんですか? 1ヶ所に留まっているのですか?」
「涼宮ハルヒからは部室から出て学内のどこかに潜伏するという以外、特別な指示は受けていない」
それで図書室か。かくれんぼになってねえぞ。
「朝比奈みくる、涼宮ハルヒ両名とも既に移動はしていない。これからも移動する予定はないと思われる」
もう移動はしていない。それは俺たちにとって有利な話だな。
もっとも、ハルヒはどこにいようと今のところ見えないわけだが。

とにかく、さっさと探すとするか。どうすりゃいいのかさっぱりわかんねぇけどな。

「わたしはあなたたちにチョコレートを贈呈したい。期待してる」
そう言った長門は、1ミクロンほど微笑んだ気がした。


古泉、長門と別れた俺は、一旦1年5組の教室に戻った。
それにしても、長門がああもはっきり意思表示をするとはね。
初めて文芸部室を不本意ながらハルヒとともに奇襲して乗っ取ったときから考えると、随分変わったもんだ。
そして、それはとてもいい傾向だよな。
俺はこの2年近くの間に長門に現れた変化を思い出して思わず笑みを浮かべた。
……ん? 思い出す?

もしかして、ハルヒは入学したときからの思い出でもたどっているのか?

218 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 13:05:58.23 ID:WNlCJxxc0

それが正しいのかどうかはわからんが、他に思い当たることもない。
とりあえず、ハルヒが現れた順番は、入学式の座席→席替え後の座席、であったことは間違いない。
だとすると、次に現れるのはどこか。
俺はいつもは半分眠っている海馬をたたき起こして、高校入学以来の記憶を総ざらいすることになってしまった。

なんてな。

ハルヒの起こす型破りな事件のおかげで、ハルヒ関連の記憶はいちいち呼び起こさなくても簡単に思い出せる。
入学式の途方もない自己紹介。
髪型七変化。
何となく会話するようになったGW明け。
そして、SOS団結成を思いついて、俺の後頭部に損傷を負わせたわけだ。

この辺までが、教室でのことか。
だったら、次はなんだ?
言うまでもなく、SOS団結成だろう。

俺の次の行き先は、文芸部室ということになった。
しかし、これはどこまで続くんだ? まさかこの2年間にあったことをすべてトレースしなければならないのか?
いくら今日が短縮だったからってそんなことをしていたら放課後まで間に合いそうにないぞ。
それに、いくらハルヒやSOS団についてはよく覚えていると言っても限度がある。
すべてを覚えているワケでもない。
「俺が最後までたどり着かなきゃどうなるんだろうな」
あまり考えたくない。どうもニヤケ面がしかめっ面に変わったハンサム顔が思い浮かぶ。
止めてくれ。お前の顔なんかわざわざ思い出したくないんだよ。どうせなら朝比奈さんのエンジェルスマイルを思い浮かべたい。
いや、まあ今は関係ないのだが。……何も考えないことにしよう。

221 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 13:16:56.88 ID:WNlCJxxc0

出だしからいきなりしくじった。
文芸部室を一応ノックしてドアを開けると、そこにいるのは定位置で読書している長門だけであった。
「よう」
声をかけて部室に入ったが、俺の目に映る人物はあくまで長門だけであった。
俺は一応、団長机まで行ってパソコンを起動したりしたのだが、ハルヒの幻覚は現れない。
「ここじゃなかったのか?」
首を傾げてみる。教室でSOS団の結成を思いついて、文芸部室を強奪したんだと思ったんだがな。
その間に何かイベントがあったか?
「長門はなんでハルヒがこんなことをやっているのかは分かるのか?」
いくら考えても埒があかないので、そこにいる長門に聞いてみる。
長門は本から顔を上げ、俺をしばらく見つめていた。
「不明。推測は可能」
「どういうことだ?」
「教えない」
おい。推測はしているんだろうが。なんで教えてくれないんだよ。
「いやだから」
それだけを言うと、また本に目を落としてしまった。
さっき教室で思い出していた長門の変化を、あらためて感じてしまった。
こう言っている長門から無理に聞き出す気もないし、聞き出すことなど不可能だろう。

仕方がない、もう一度考え直すとするか。


そもそも、思い出をたどるって前提が間違っているってことはないか?
でも、それ以外に幻ハルヒの出現ポイントの理由に意味が見いだせない。
てことは、俺が何かイベントを見逃しているワケであって……。

223 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 13:29:30.88 ID:WNlCJxxc0

思い出した。やっぱり俺は海馬をたたき起こす必要があったみたいだな。
SOS団の結成を思いついたハルヒは、俺を引きずって屋上に出るとこまで連れて行ったんだっけな。
「協力しなさい」
俺のネクタイを掴んでそう言ったハルヒを思い出した。
って、さっきそこ行ったじゃねーか!
「やっぱり順番通りに行かなきゃならんのか」
いや、それより、また階段を下りて渡り廊下を渡り、本館の最上階まで登らなきゃならんのか。

終わるまで体力持つかな、俺。


そこからも順調だったわけではない。
屋上へ出る踊り場から、今度こそ文芸部室だろうと当たりをつけたのは正解だったのだが、その次がまさか2年2組の教室だと思いつくまでにあちこち行くハメになってしまった。
俺は自分の記憶からハルヒの行動をたどっているわけだが、ハルヒは当たり前だが自身の記憶を元にしているわけで、朝比奈さん拉致というイベントが2年2組の教室で起こったのはハルヒからしたら当たり前のことなのだろう。
……だんだん自信がなくなってきたぞ。これ、本当に終わるのか?

それからコンピ研の部室へ行ったり校門まで足を運んだり、1年9組の教室に行ったりしているうちに、俺の記憶もずいぶんと鮮明になってきた。
それにしても、我ながらよくこの団体に付き合っていたもんだよな。
無茶をするにもほどがあるぞ、ハルヒ。

いつの間にか睨むような顔から笑顔に変わっているハルヒの幻覚に向かって、俺は文句を言ってやった。

224 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 13:34:11.56 ID:WNlCJxxc0

ところで俺はハルヒの行動をある程度なぞっているわけで、ハルヒは当たり前のように同じところに何度も出現しやがる。
文芸部室と1年5組にはもう何度も足を運ばされ、いい加減嫌になってきた。
なんせ、どちらも本館と部室棟の最上階である。どんだけ階段を上ったり降りたりしなきゃならんのだ。
足も痛くなってきた。

一体、いつまでこんなことをやっていればいいんだ?

ただでさえ低気圧が近づいて湿ってくる空気のように重たくなってきた俺の気分を更に盛り下げることに、古泉から連絡が入ってきた。
『朝比奈さんを見つけましたよ。後は涼宮さんのみです』
畜生。出来ることならハルヒじゃなくて朝比奈さんを追いかけたかったぜ。
「どこにいたんだ?」
一応聞いてみる。
『それは言ってはいけないそうです。3人揃ったら教えるということでした』
なんだ? 長門が図書館にいたことはあっさり教えた癖に?
『それは後で分かりますよ。とにかく、あなたは涼宮さんを見つけてください』
もう10人くらい見つけてるよ。
『そうですか。おそらく、もうそんなには掛からないと思いますよ』
なぜそう言える。
『お昼を随分回っているからです。誰もお昼を食べていないそうですから。僕も正直言って、お腹が空きましたね』
そういやそうだった。短縮授業で昼前に終わったんだからな。
ハルヒも相当腹を減らしているんだろう。

俺も腹減ったな、畜生。

225 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 13:39:16.34 ID:WNlCJxxc0

腹が減っては戦など出来ない。って俺がやっているのは戦でも何でもなく、ただ哀れな男がチョコを貰うために奔走しているだけなのだが。
何か自分でやってることが凄く情けないことに感じてくるな。
とにかく、いい加減終わりにしたいと思ったのだが、ぷつりとハルヒの足取りが追えなくなってしまった。

どうすればいいか分からないときは部室か教室に行く、と相場が決まってきていたので、俺が最後に向かったのは部室であった。
確かにそこにハルヒがいた。
だが、それまで100Wの笑顔を向けていたハルヒはそれまでと打って変わって不機嫌な顔をしている。
それが、今のところ最後の幻覚だ。
教室、屋上の前、その他SOS団に関わりそうな心当たりを片っ端から探したのだが、どこにも幻は現れない。
他にどっか行ったっけか?
まさか朝倉が消えたときの長門のマンション……とも思ったが、ハルヒ自身が学校の敷地内、と言ったルールを破るとは思えない。
そういうところはやけにきっちりしたがる奴だからな。

ってことは?

…………俺は軽く頭を振った。ダメだ、思いつかねえ。
とりあえず校舎内から出てみるか。
そろそろしびれを切らしたハルヒが幻覚ゲームを終わらせてくれるかもしれない。

別に理由があったわけでもないが、冷たい空気で頭を冷やしたいのもあって、俺は校舎から外に出た。

226 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 13:46:00.45 ID:WNlCJxxc0

いた。

「なんでまたこんなところにいるんだ」
思わず呟くが、その声はやはり届いていない。

はて、SOS団関連でこんなところで何かやったっけか?

そこは、下駄箱から校門に続く石畳の通路である。
確かに毎朝通っている道ではあるが、なんでわざわざこんなことろに────

「やっぱ、あれか」

いや、理由は分かっている。
分かっているが、納得は出来ない。

「あれは、お前にとって夢なんじゃなかったのか?」

そう、この場所は間違いない。
あの5月、俺がハルヒと2人きりで閉じこめられた閉鎖空間で、俺が起こされた場所であった。
て、ここでも俺、後頭部強打させられたんだっけな。

「閉鎖空間ね……。てことは、あの時の足取りを追えってことか」

この夢の最後を極力思い出さないようにしながら、俺は校門に向かって歩き出した。

227 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 13:53:31.31 ID:WNlCJxxc0

校門から裏門へ、そして職員室へ。
あの夢は、夢だというのに未だに鮮明に覚えているわけで、その後の足取りを追うのに苦労はしないはずだった。
ハルヒは俺が思い当たる場所に現れては消えていく。
これでは、俺がハルヒに導かれているのか、俺がハルヒを追いかけているのか分からなくなってくる。
だが、部室で俺の思考は止まってしまった。

長門がいない。
朝比奈さんを見つけた古泉と、見付かった朝比奈さんもいない。

どこへ行ったんだ?
まさか、またいるのに見えなくさせられているなんてことはないよな!
俺は焦って携帯を取り出した。

どうやら、それは杞憂に終わったらしい。

『どうかなさいましたか?』
相変わらずの声が聞こえてきて、俺はホッとした。
「部室にいねえからな。どこに行ったんだよ」
見付かったら部室に戻るのがルールじゃなかったのか?
『涼宮さんから指示があったそうです。移動するように、と。ああ、ご心配なく。もう一度かくれんぼをするわけではありませんから』
また勝手なルール変更かよ、あの団長様は。
さっき、俺がゲームのルールは守りたがる方だと思ったのは勘違いらしいな。
いや、これはゲームの進行上問題ない部分のルールだからだろうことは俺にも分かっているのだが。
「どこにいるかは教えて貰えないのか」
『ええ、ダメだそうです』
「じゃあなんでお前はそこにいるんだよ」
『長門さんと朝比奈さんを見つけたのが僕だったからですよ。1人くらいは見つけなさい、と伝えるように言われました』
ったく、見つけたくても見つけられないようにしているのはお前だろうが。
くそ、いまいましい。

229 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 14:03:16.30 ID:WNlCJxxc0

部室から廊下に出ると、そこにもハルヒが立っていた。
ってことは、こっから先はあの《神人》が現れてからのイベントか。
だんだん思い出したくない最後が近づいてきている気がするが……逃れられないのか、畜生。

次に階段、中庭、と現れては消えるハルヒを追いかけながら、果たして俺はあそこで何をするべきなのかと考えずにはいられなかった。


そして、グラウンドへ出た。

校舎をウロウロしている間に既に気がついていたのだが、俺のような無意味な団体に所属している人間はともかく、青春に汗水たらしている連中がグラウンドを占領している。
さて、ここにも幻覚が現れているのか? と見回したが、ハルヒの幻覚は現れる気配がなかった。

そう、幻覚は。

「何やってんだ???」
あいつ、人にこれだけ苦労させておいて、一体何がやりたいんだよ。
いや、一部の方には期待させたかもしれないが、残念ながらあのいまいましい閉鎖空間での出来事をここで再現する必要はなさそうだ。

グラウンドの中程で、ラクロス部が練習している。
その中に、元気にラケットを振り回している我らが団長様が笑顔でラクロス部の連中をしごいていた。
見つかりにくいようにするためだろう、わざわざトレードマークの黄色いカチューシャもはずしてやがる。
俺は苦笑すると、そっちの方に歩いていった。

「おい、何やってんだよ」
「遅刻! 罰金!!」

俺とハルヒが互いに声をかけたのは同時だった。
遅刻って、期限は下校時刻までじゃなかったのかよ。

232 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 14:15:30.66 ID:WNlCJxxc0

「うるさいわね! こんなに待たされるなんて思ってなかったのよ! もうお腹ぺこぺこじゃない!」
腹ぺこなのは俺も同じだ。だいたい誰のせいでこんな苦労をしていると思ってるんだよ。
ハルヒは不敵にニヤリと笑った。
「あら、欲しければ欲しいほど、簡単に手に入った方がつまらないじゃない。それに、お腹空いた方が都合がいいのよ」
俺は欲しければ欲しいほど簡単に手に入れたいけどな。後、都合がいいって何がだ。
「それじゃ、ありがたみが半減でしょ!」
そう言いながら、ハルヒはラクロスのラケットをその辺にいた部員に押しつけると、俺の手首を掴んで走り出した。
「ほら、さっさと行く! きっと有希もみくるちゃんも古泉くんも、お腹空かせて待ちくたびれてるわよ!」
なぜかラクロス部の連中に生暖かい目で見送られながら、もう今日何度目になるのか数えたくもない、部室へと向かうことになった。

「そういや他のやつらはどこに行ったんだ?」
ハルヒに聞くと、ハルヒはニヤリと笑って答えた。
「調理室よ」
「調理室?」
何だか知らんが、今年のイベントはこの部室でやるんじゃないのか。
なんでわざわざ調理室に行くんだ?
「……みくるちゃんの希望よ」

なぜかそれまでの上機嫌が突然影を潜め、微妙な表情になったハルヒはそれ一旦口をつぐんでしまった。
「それより、着替えるんだけど」
その話はもういい、と言わんばかりだ。
そういや、ハルヒは運動部員に化けるためにジャージを着ている。
「昔は男がいようが平気で着替えてたくせに」
部室を出ながらそう言ってやると、鞄が飛んできた。
間一髪、俺がドアを閉める方が早かったぜ。ざまみろ。
「このエロキョン!!」
さすがのドアも罵声までは遮ることができなかった。

233 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 14:24:25.92 ID:WNlCJxxc0

で、調理室で何があるって言うんだ?
朝比奈さんの希望?

疑問が膨らむ。
俺だって調理室が何の目的で作られているのか分からないわけがない。
つまり、そこで何らかの料理が行われている、あるいは行われていた。
それが今日の日付と重なって、膨らんだ疑問はどうしても大きな期待へと変化してしまう。

「お待たせーーー!!! お腹空いたわね! キョンが遅すぎるから行けないのよ。後でみんなで罰金請求していいわよ!」
相変わらず俺の人権を無視したハルヒがそう言いながら調理室のドアを開けた。

「へえ」

ハルヒの人権無視など彼方に吹っ飛ばすくらいの光景に、俺は思わず簡単の声を上げた。
残念ながら俺はあまり知識がないのだが、これはイギリス式のティータイムってやつじゃないのか?

皿の上に綺麗に盛りつけられた大量のサンドイッチ、別の皿には小さめのチョコレートケーキが数種類、結構な数並んでいる。
そして、完璧なメイドさんによってオーブンから取り出されて湯気を立てているのは、確か「スコーン」とか言うイギリス菓子だってことくらいは俺も知っている。

てことは、朝比奈さんは最初からここにいたのか。
ここにいて、俺と古泉が走り回っている間、ずっと準備してくれていたのか。

「ケーキは昨日、長門さんの家でみんなで作ったんですよ。サンドイッチの下ごしらえもしてましたから、あたしは特に何もしてません」
いえいえ、それでもこれだけ準備するのは大変だったでしょう。
しかも、この準備が俺と古泉のためだと言うのだから、もうありがたいと言う以外に何を言えというんだ。
そういや、朝比奈さんの希望だって聞きましたけど。
「ええ、一度こうやってお茶会みたいなことをしてみたいな、と思っていたんです。せっかくの機会だから、一生懸命準備しちゃいました。どうですか?」
「お心遣い、本当に感謝します。ありがとうございます」
畜生、去年に続いてまた古泉に先を越された。あれだ、俺は感激のあまり言葉が出なかったってことにしてくれ。

236 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 14:29:48.47 ID:WNlCJxxc0

「みんなお腹ぺこぺこでしょ! じゃんじゃん食べるわよ!」
先ほど部室で見せた微妙な表情は消え失せ、元の真冬を吹っ飛ばしそうな笑顔を取り戻した団長様の宣言により、お茶会は開始された。

腹ぺこだったってことを差し引いても、用意された菓子もお茶もとても旨かったし、かいがいしく給仕してくれる朝比奈さんは眼福であった。
その一方で、やはりもてなしてくれるはずのハルヒと長門は、俺たちより食っていた気がするけどな。
それもいつものSOS団であって、俺はかえって安心する。

「それにしても」
俺は小声で古泉に聞いた。
「結局、ハルヒは何がやりたかったんだ?」
なんで俺がハルヒの幻を追いかけなければならなくなったのか。
ハルヒが自覚してやっていないのはもちろんだが、それでも何らかの理由があるはずだ。
「1つは、すぐに見付かりたくないという不安でしょう。さっさと見付かっては、準備が間に合わなくなる、と思ったに違いありません」
それはそうだな。いくら下準備をしていたからと言っても、これだけを準備するのは大変だろうことは想像出来る。
古泉は解説魔には違いないが、こういうときは役に立つと言ってやってもいいな。

ただし、たいていこの後余計な解説が続くんだが。

「もう1つは、おそらくですが、あなたと共有している思い出を確認したくなったんじゃないですか。あなたがちゃんと覚えているかテストしていた、と言い換えてもいいでしょう」
アホか。なんでわざわざあいつが俺に対してそんなこと確認する必要がある。
そんなわけねえだろ、と反論しようとした俺の声はハルヒの大声にかき消された。

「こらぁ! 何コソコソしゃべってるの! ちゃんと味わってありがたく食べなさい!」
言われなくても味わってるさ。がっついているお前よりはな。

「それと、ホワイトデーの企画なら、あたしたちのいないところでやりなさいよ!」
おい、それは大きな勘違いだ。って、それを考えなきゃならないんだったな。

確か30倍返しだったか。やれやれ。

240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 14:52:12.32 ID:WNlCJxxc0

そんなこんなで和やかにお茶会は終わった。
ハルヒは終始上機嫌だったし、長門は終始食べ続け、朝比奈さんは極上の微笑みで俺たちの飲み物を世話してくれていた。
そして、後かたづけについては手伝わされたというのも、まあSOS団にとっては規定事項みたいなもんだろ。

「なあ、何でまたラクロス部に紛れ込もうなんて考えついたんだよ」
後かたづけをしながら、何となくハルヒに聞いてみた。
確かにまさか他の部活に紛れ込んでいるなんて考えつかなかったかもしれないが、それでも場所としてはかなり目立つ。
って、なんでお前は顔を背けるんだ。
「別に、グラウンドを眺めていたら考えついただけよ。あの中にいたら気づかれにくいんじゃないかって」
なんでグラウンド? と聞いた俺をハルヒは睨み付けた。
「何だよ」
「何でもない」
なんだよ、さっきまでご機嫌にサンドイッチやらケーキやらをパクついていた癖に、なんでそこで不機嫌になるんだ。
「それよりお前」
もう1つ疑問に思ってたことを聞いてやる。
「何よ」
「もしかして、ラクロス部に紛れながら、入学してからのことを思い出してたんじゃないのか?」
俺の質問に、ハルヒは動きを止めた。
「……なんで分かったの?」
いや、何でと言われても、お前が無理矢理俺にそれを思い出させていたんだが。
自覚がないってのは厄介だな。自分から話をふっておいて何だが、どう説明すればいいのか困る。
「……なんとなくだ」
「ふうん」

それ以来、ハルヒは無口になってしまった。
せっかく機嫌がよかったのに何をわざわざメランコリーにしちまってるんだろうね、俺は。

247 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 15:07:25.17 ID:WNlCJxxc0

ハルヒの機嫌が浮き沈みする理由なんか、すぐに思い当たってもよかったはずなんだが、俺はその日の出来事に浮かれていた。
前半が大変だっただけに、尚更、な。
だから、帰り道にあらためて朝比奈さんにお礼を言ったとき、俺が多少自己嫌悪に陥ってしまったのも仕方がない。

「今日は本当にありがとうございました」
SOS団専属メイドさんは、俺がそう言うと嬉しそうな顔をしてくださった。
「いえ、わたしは今年で最後だから。本当は、涼宮さんは去年みたいにイベントをやりたかったみたいなんですけど、無理を言ってこんな形にしてもらったんです」
そう言えば、去年は巫女さんの格好をさせられて、チョコ争奪戦の景品扱いだったっけな。
その後時間がなくて大変だった。

それよりも。
気がついていなかったわけじゃないが、今日は色々あって忘れていた。
「今年で最後」、朝比奈さんはそう言った。
そうだ、朝比奈さんは本当はこんなこと準備している場合じゃないほど受験まっただ中だ。
月末には卒業式も控えている。
「大変な時期だったのに、すみません……」
俺は言いかけて、朝比奈さんの発言が更に重大な意味を帯びている可能性に気がついた。
「朝比奈さん、今年で最後ってことは……」
朝比奈さんは俺の言わんとするところをすぐに察してくれた。
「あ、いえ、そう言う意味じゃないんです! 純粋に、わたしは卒業だからという意味です」
慌てたように手をぱたつかせている。何か小動物みたいだ。
「その先のことは、まだ禁則事項です……ごめんなさい」
悄然としてしまった朝比奈さんに、今度も俺が謝る番だった。
「いえ、こちらこそ変な心配させてしまってすみません」
何をお互いに謝りあっているのか。思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 15:22:38.29 ID:WNlCJxxc0

いつもの交差点、全員がほぼ別々の方向に別れる交差点で俺は全員に別れを告げた……つもりだった。
俺は光陽園駅に自転車を停めているので、いつもここから駅に向かう。
長門は自分のマンションの方、古泉も朝比奈さんもそれぞれ別の方角へ行くし、ハルヒは県道を下っていくはずだ。
「おい、お前は家に帰らないのか?」
なぜか俺と一緒に駅に向かって歩き始めたハルヒに聞いてみる。
まれに買い物などで電車に乗るとき、駅まで一緒になることはあるが、たいてい事前に聞いている。
今日はまだ何も聞いてないぞ。
「ちょっと用事」
ハルヒはまださっきのメランコリーを引きずっているような表情で、前を見つめている。
少し思いつめたような表情をみて、俺は先ほどの朝比奈さんとの会話を思い出していた。
「今年で最後」
あらためて、この言葉の重さを感じる。
2年間、仲間として毎日顔を合わせていた人との別れ。
今日、こいつがやけにハイテンションだと思ったら、突然メランコリーになった原因はこれじゃないのか?

そして、今日の一連の事件──ハルヒの幻が次々に現れては消えた、あの現象も、それに起因しているような気がする。
朝比奈さんの卒業という別れを目前にして、思わず入学したときからのことを振り返りたくなったんじゃないのか。
今までのこいつが過去を振り返るとか己を顧みるとか、そういうことをしてきたのかどうかは知らないが、ハルヒだってこの2年間変わらなかった訳がない。
もしかしたら、今までのことを振り返るなんてことを初めてやったのかもしれない。

「ねえ、キョン」
そんなことを考えていると、ハルヒに突然声をかけられて内心驚いた。
「今日、なんとなくって言っていたけど……」
「何の話だ?」
突然言われたって思い出せないぞ。今日の会話でなんとなく、なんて言ったのはどれだったか。
「忘れるのが早いわよ。入学してたときからのことを思い出してたのか、って言われたことよ」

250 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 15:33:44.84 ID:WNlCJxxc0

ああ、あれか。
てか、まさに今考えていたことであって、察せない自分がちょっと嫌だ。
「正直言って、驚いたわ。あたしが考えていたことをキョンに気づかれるなんて思ってもみなかったから」
いや、気づいたんじゃなくて気づかされたと言った方が正解だな。もちろんそれがなぜかなんてことは言えない。
「去年あれだけ派手にやったんだから、今年はもっと派手にやってやろう、そう思ってたんだけど」
それはSOS団の話なのか、去年やったチョコ争奪戦の話なのか。両方かもしれない。
「みくるちゃんがね、頼んで来たのよ。今年は、SOS団のみんなでお茶会みたいなことをさせてくれって。最初はそれよりもっと面白いことあるんじゃないかと思ったんだけど」
ハルヒは長門が乗り移ったのかと思うほど表情が消えた。
「でも、『今年で最後になるから』って言われたら、あたしは何も言えなくなったわ。みくるちゃんはもうすぐ卒業するんだって考えたら、あたしは反対出来なくなったの」
この2年、一番変わったのは誰だろう。
長門は言うまでもない。
朝比奈さんも最初の頃とは違う。
古泉だって随分変わった。
そして、俺だって変わっているのだろう。
だが、一番変わったのはハルヒなんじゃないのか。
昔のハルヒなら、朝比奈さんがなんと言おうと自分のイベントに引きずり込んでいただろう。
卒業なんだから尚更今のうちにイベントに参加しなさい! なんて命令していたに違いない。

「あたしは何だかSOS団で過ごす毎日が永遠に続く物だと思っていたの。だから、当たり前なのに、卒業でみくるちゃんがこの学校からいなくなっちゃうんだってあらためて認識させられた」
ハルヒの独白はまだ続いている。
「これも当たり前なんだけど、あたしたちも来年は卒業よね。みんな離ればなれになっちゃうのかな、って考えたら、なんとなく今までを振り返ってみたくなったのよ」
昔を振り返るのは歳をとった証拠何じゃないのか、なんて揶揄しようとしたがやめておいた。
ハルヒの雰囲気は、そう言う冗談を受け付けないような気がしたからだ。

252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 15:50:53.13 ID:WNlCJxxc0

「あんたは普段、とことん鈍いくせに、時々鋭いわよね」
そうなのか? 俺は自分が鋭敏な人間だ、などと自惚れるつもりはないが、だからといって鈍感だとも思っていないんだが。
「鈍感でしょ。今日だってたぶん……」
何か言いかけたハルヒはそこで止めてしまった。おい、気になるじゃないか。
「それはいいのよ! それより、鈍感だと思ったらさっきみたいにあたしが考えてること言い当てたりするし」
いや、何度も言うが、いや言えないが、それはお前が俺に教えたことであってだな、って、これじゃ俺が鈍感だと認めているみたいだな。

そろそろ駅に着く。ハルヒは用事だと言っていたが、ここから電車に乗るのか?
「どうしようかな、って思ってたんだけど」
「何の話だ。電車に乗らないのか?」
「今日の話よ」
ますます意味が分からない。
長門といい古泉といい、このSOS団ってやつは俺に分かりやすく話してくれる奴はいないのか。
朝比奈さんはきっと禁則事項がはさまれなければもっと分かりやすく話してくれそうではある。
「今日って……、ああ、ありがとな」
さっき既に礼は言ったのだが、あらためて言ってもいいのだろう。
果たしてハルヒが言いたかったのがその話なのかはわからんが、礼くらいは何度言っても罰は当たらないはずだ。
「べ、別にお礼なんかいいわよ! あれはみんなで楽しむためにやったんだから、あたしだって楽しかったんだから!」
なんでお前は突然思い出したように照れ出すんだ。
「イベントを押さえなきゃ気が済まないのは知ってるさ」
俺が言ってやると、ハルヒはフンッと鼻を鳴らした。
「そうよ、SOS団団長として、こんなに広まっているイベントが目の前を通り過ぎるのを黙ってみてることなんか出来るわけがないじゃない!」
何か去年も同じようなことを言っていたな。
「そう、あれはSOS団としてのイベントよ。だから変な勘違いするんじゃないわよ!」
してねーから安心しろ。

そう言った俺をハルヒはじろりと睨むと、突然後を向いた。

255 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 15:57:45.42 ID:WNlCJxxc0

何だ?
回れ右して帰るのかと思ったが、その場に立ち止まっている。
って、何鞄の中をごそごそやってるんだよ。財布でも忘れたのか?
「やっぱり鈍いんじゃない、バカキョン」
だから意味が分からないんだが。

そう言って、ハルヒはまた俺に向き直った。

って、お前、その手に持っているのは何だ?

「今日のあれは、SOS団としてのバレンタインだったから」
ハルヒの顔はどう見ても怒っている。
だが、こいつはたいていどういう態度をとっていいか分からないときは怒って見せるんだよな。

「だから、これは、このあたし、涼宮ハルヒからよ、バカキョン」

そう言って、綺麗にラッピングされた包みを俺の手に押しつけると、そのまま回れ右をして、今度こそ走り去ってしまった。


俺はと言えば、ぽかんとアホみたいに口を開けたまま、その後ろ姿を見送るしか出来なかった……。

269 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 16:36:23.55 ID:WNlCJxxc0

さて、ここで問題だ。
ここに、明らかに贈答用にラッピングされた包みがある。
これをくれたのは多少性格に問題を抱えているとはいえ、れっきとした女性である。
そして、今日の日付はと言えば2月14日である。
更に、その女性は、おそらく何よりも大事にしているその所属団体とは関係なく、個人として俺にくれるなどとおっしゃった。

ええい、まわりくどい言い方をしてごまかしても仕方がない。

つまりハルヒは今日のイベントとは別に、俺宛にチョコレートを用意していた、ということになる。
いや、待てよ。
思い出せ、今日の放課後、あのラッピングされた箱の中身はなんだったのか。
そうだ、箱だけ豪勢に見せかけて中身は紙切れ1枚だったじゃないか。

これは重量からいって紙切れ1枚ということはないだろうが、それにしても中身がチョコレートだと言う保証は何もない。
そうだ、これはきっとドッキリだ。そうに違いない。

あのハルヒが、「個人として」俺にチョコをくれるなんてありえるわけがない。
だから、この包みを開けたとき、中から出てきたのがケーキの形をした油粘土であってもがっかりしてはダメだ。
油粘土より小麦粘土の方が色が綺麗で飾り物になりそうだな、はっはっは。

我ながら面白くない冗談で笑っているが、正直に言おう。
かなり動揺している。
だってそうだろ?
普段のハルヒの行動を考えてみろよ。
数々の俺に対する迷惑行為、今日だって思いっきり人権無視発言をかましやがった。
あれが好意を持っている人間のすることか? 違うだろ?

273 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 16:43:12.78 ID:WNlCJxxc0

これ以上ここで立ちつくして考え込んでいても埒があかない。
とりあえず家に帰ろう。

さすがにこの包みをここでゴミ箱に突っ込む、なんてことは出来ないからな。
家に帰ってありがたく開けることにするさ。
そして、中身を見て笑ってから、突っ込みの電話をかけてやるさ。
今頃お前は、それを楽しみに待ってるんだろ? ハルヒ。


俺の予測はまったく違う方向に裏切られた。
部屋に帰ってしばし包みとにらめっこして俺に透視能力がないことを再び認した後、思い切ってその包みを開けてみた。
何だって包みを開けるだけなのに俺はこんなに緊張してるんだよ、まったく。

そして包みの中から匂うカカオの香りに思わず安堵している俺がいる。
どうやら間違いなくチョコレートらしい。
これ、食っても大丈夫なんだろうな。
いや、さすがにそこまで疑っちゃ失礼というもんだろう。

だが、俺が先ほど考えていた行動予定は大幅な変更を余儀なくされている。
俺が「やっぱりそうか」と笑った後、一応がっかりしたフリをして抗議の電話をかける、そういうつもりだった。
だったのに。

ええと、状況を整理するぞ。
これはSOS団団長ではなく、涼宮ハルヒ個人が、バカキョンとか言う俺のために、バレンタインという日のためにくれたチョコレートである。

いい加減同じ状況説明ばかりでくどいから止めよう。
止めたのはいいんだが、俺は、包みの中を見直してとどめを刺されることになった。

277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 16:48:15.28 ID:WNlCJxxc0

おい、ハルヒ。カードってのはな、食べ物とは別になるように添える物であってだな、チョコレートと一緒に包みの中に放り込むものじゃないぞ。
そう、包みの中には小さなカードが1枚入っていた。
それはこういうプレゼントに添えるにはあまりにも自然で、しかし何もココアパウダーだらけになるのが分かっていてチョコと一緒に放り込むには不自然だろ、と突っ込みたくなる代物であった。
そしてカードには一言だけ。

『察しなさい!』

何をだ。
まったく、初めて会った日から今日まで、あいつのすることはわけがわからん。
素直じゃないとかひねくれているとかいうレベルじゃねーぞ、これは。
やっぱりこれは俺をからかうための罠に違いない。
でなきゃいくら何でもわけが分からなすぎるだろ。
もうちょっと分かりやすい意思表示をしてくれなきゃ俺だってどういう態度をとればいいのか分からないじゃないか。

「あれ〜? キョンくん、こんな時間にどこに行くの〜?」
なんて文句を呟きながら、なんで俺は上着を着て出かける支度なんてしちまってるんだろうね。
「少し遅くなるかもしれん」
妹にそう告げて、俺は自分でも理由がよく分からないまま自転車を飛ばしていた。

280 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 16:54:58.24 ID:WNlCJxxc0

で、俺は一体ここに来て何をしようとしているんだ?
勢い余ってハルヒの家まで来ちまって、どうしようって言うんだ。
俺は久々に緊急脳内会議を開いている。
しかし、寒い。この会議は家でするべきだったんだ。
ああ、仕方ないだろ。それだけうろたえてるんだよ、俺は。畜生。

やっぱあのチョコは本命と見るべきだろ。出なきゃわざわざ「涼宮ハルヒから」なんて言葉を添えるわけがない。
1人が言うと、別の奴はこう言う。
相手はあのハルヒだぞ。恋愛なんて精神病だ、なんて言っていたやつが、俺だろうが誰だろうが、本命なんかあり得るわけないだろ。
続いて別の奴。
じゃあ、あのメッセージは何だ? 「察しなさい」って、何を察しろと? ハルヒの気持ちってことじゃないのか?

って、まとまりゃしねえ。

いや、脳内会議なんかでごまかしている場合じゃないよな。
俺はどう思ってるんだよ、実際。
あれが本命であって欲しいと思ってるのか? 義理だった方が安心するのか?
どちらでもある、といえる。
俺はハルヒから本命チョコが欲しいと思っていたのか?
……わからん。
じゃあ、本命だった場合、お前はハルヒにどう言うつもりなんだ?
……考えてない。

本当に埒があかねえな、俺は。

283 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 17:01:31.24 ID:WNlCJxxc0

「あんた、そこで何やってんのよ!」

突然頭上から降ってきた声に、俺は口から心臓が飛び出るかと思った。
そりゃ、ここはハルヒの家の前なんだから、ハルヒがいてもおかしくはない。
つーか、こんなところでぐだぐだ考えていた俺が悪い。

だが、俺自身、なんでここまで来て、ここで何をするつもりなのかいまいち分かってはいないんだ。
さっきから考えているが、まったく埒があかない。

「いや、その……」
どう答えていいか分からなくて、言葉を濁す。

俺はハルヒに何を言おうとしてるんだ?
本当にわからねえのかよ、俺。
そろそろ読んでる人もイライラしているに違いないぞ、おい。

じゃあ聞くがな、俺。
なんでお前はここまで来たんだよ。
ハルヒからのチョコが悪戯じゃない、と思って、あのカードの文面を見て、なんでここまでわざわざ来たんだよ。

……だから、わからんって。

285 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/02/06(水) 17:02:54.93 ID:WNlCJxxc0

嘘つけ。
お前はあのカードを見て、「とどめを刺された」と表現しただろ。
それがどういう意味なのか、自分でわかってないのか。
お前は、あれを見て、ただハルヒに会いたくなったんだろ。違うか?
お前はハルヒの察しろ、という気持ちを瞬時に悟ってるんだよ。
鈍感を気取るのもいい加減にしたらどうだ。

そうだよな、俺。

……その通りだ。

ああ、畜生。
俺は普段あの唯我独尊暴走女に振り回されることにウンザリしているくせに、あのカードをみたらいても立ってもいられなくなったんだよ。
あんな非常識女のどこがいいんだよ。
迷惑かけられてばかりで、財布代わりにもされて、いい加減にしてくれ、そう思ってるさ。
だけどな。
それでも、俺はあいつの巻き起こす台風の中に飛び込まずにはいれなくなっているじゃないか。
それが非常識で非日常であっても、非常識な日常であったって変わらない。
これは中毒みたいなもんだろ。
今の俺は、いつのまにか世界がハルヒを中心に回っていることになっていたんだからな。

などと考えている場合じゃなかった。

333 名前:ID:WNICJxxc0[sage] 投稿日:2008/02/07(木) 10:45:43.48 ID:4OGtS7pL0

すみません、俺の使っているIPSはアク禁食らうと1ヶ月コースなんで、続きは投下出来ないと思います。
まさかスレが残ってるとは思わなかったwwww
一応、全文をテキストでうpしたので、読みたい人はどうぞ。
http://www.hsjp.net/upload/src/up10950.txt


「なあ、ハルヒ」
窓から顔を覗かせているハルヒに、俺は声をかける。
「お前がどう察しろというつもりかわからんが、俺は俺で勝手に察したつもりだ」
部屋の明りを背にしているハルヒの表情はよく見えない。
「だから、悪いが、あのチョコの返事を勝手にさせてもらいに来た」

我ながら急速に答えが固まった、と思う。
今日の午後、ハルヒの幻を追いかけていたときも、優雅にお茶会なぞやっていたときにもまったく考えていなかったことだった。

いや。

本当はある程度気がついていたんじゃないのか。
なぜ、ハルヒは隠れる場所にグラウンドを選んだのか。
なぜ、あの閉鎖空間でのあの場所が幻を追う最後に選ばれたのか。

あれはいくら鮮明であったとしても、夢であったはずだ。
俺にとってはSOS団に深く関わるきっかけになったと言ってもいいが、ハルヒにその自覚はないはずだ。

それでも、ハルヒは、あの場所を選んだ。

そうだ、本当ならあそこで気がつくべきだっただろ、俺。
いや、本当は気がついていたんだろ。
ハルヒが、あの夢の最後の場所を選んだ意味を。

だから。

「あのチョコは、ありがたく受け取らせてもらう。お前の気持ちと一緒にな」

て、かなり照れくさいな。
ハルヒ、否定するなら今のうちだぞ。
でなきゃ俺は都合のいいように勘違いしたままでいるからな。

「俺もお前のこと「ストーーーップ!!!」

……止められた。
もしかして、やっぱり勘違いだったのか?
「って、おい、お前何をやっているんだよ!!」
ハルヒは窓から出たと思ったら、そのまま軒を伝い、俺のほぼ真上までやってきた。
おい、危ねえって!!
「いいからしっかり受け止めて見なさい!」
言うが早いが、俺に向かってダイブしてきやがった!!

俺は何か特別な運動をしているわけでもない。
1戸建ての2階というのはたいした高さではないが、それでもかなりの衝撃が来た。

「いってえ……」
ハルヒを受け止めようとして、無様に尻餅をついちまった。下はアスファルトだ。
地味に、なんてもんじゃねえぞ。
めちゃくちゃ痛え。尾骨折れるじゃねえかよ。
「ゴ、ゴメン……」
なんと、あのハルヒが謝った。
「いや、何とか大丈夫だ」
何とかカッコつけるために取り繕う。
眉間に皺が寄るのは勘弁してくれ。

「まったく、お前の行動はいつも予測できん」
これくらいの文句は言ってもいいよな。
「予測出来ることなんか面白くも何ともないじゃない」
平然と言ってのけやがる。いいから俺の上からどけ。
「足が冷たいから嫌」
っておい。裸足だから当たり前だろ。だったらなんで玄関から出てこないんだよ。
それより俺の尻が冷たいんだが。
「早く来ないとキョンが言っちゃうじゃない」
いや、玄関から出るまで待つくらいは出来るぞって、行っちゃうじゃなくて言っちゃうと書くのか?
「そうよ。その先はまだ言っちゃダメ」
……また予測も理解も不能なことを言い出しやがった。
何がしたいんだろうね、こいつは。
「今日はバレンタインなんだから、返事は1ヶ月後。3月14日に30倍返しで返事を寄越しなさい!」
返事に何倍ってあるのか。いや、それより。
「お前が1ヶ月も待てるのかよ」
短気なくせにな。ところで、そろそろどいて欲しいのだが、また言っても無駄だろうな。
ハルヒは不敵な笑みを浮かべて俺を見下ろしている。
「欲しければ欲しいほど、簡単に手に入った方がつまらないじゃない」
なるほど。そうかい。
その1ヶ月程度で簡単じゃないと抜かすのか。
「それ以上は待てないわよ」
まったく、短気なのか気が長いのか、どっちなんだよ。
まあ、こいつがこう言い出したら俺は聞かざるを得ないんだけどな。
だけど、せっかくここまで来たのにそれだけじゃ悔しい。
「じゃ、1ヶ月ちゃんと待ってろよ」
俺はそう言って、出来るかぎりハルヒのようにニヤリと笑ってやる。
「ただし、俺は欲しければ欲しいほど簡単に手に入れたいけどな」

何よ、と怪訝そうに傾げた頭の後に手を回して引き寄せると、ハルヒの意志なんかお構いなしに唇を重ねた。
「────っ!!」
何か言いたそうだが知るか。
俺は欲しい物を目の前にして待てるほど人間が出来ちゃいないんだよ。

「ま、今のは『返事』ではないからいいよな」
「こんの……エロキョン!」
マウントポジションをとられた相手にちょっかいかけるのも命がけだ。
ハルヒは俺を殴り倒すと、そのまま家に駆け込んでしまった。

「だから、痛えって言ってるだろうが」
冷静になるとちょっと恥ずかしいぞ。
住宅地で何をやっていたんだろうね、俺たちは。

いや、それよりも。ホワイトデーに30倍返しで返事、かよ。


俺はもう一度ニヤリと笑った。自分でも、すっかりハルヒに染め上げられているのを自覚する。


面白い。やってやろうじゃねえか。
楽しみに待ってやがれ、ハルヒ。



ホワイトデーに続く。



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