696 名前:修正ver[] 投稿日:2008/01/22(火) 22:12:16.12 ID:17Lq/uwo
――――――――――――――――――――――――――――――
人間とは不思議なもので、悩み事に没頭するほど雑事をテキパキとこなすことができる。
その言葉が人類全てに当て嵌まるかどうかは定かではないが、少なくとも俺はそれが適用される人間の内の一人だった。
朝。妹にボディプレスを食らう前にベッドから躰を起こし、間違って箸を咀嚼することなく朝食を終え、
スウェットの上に制服を重ね着することなく身支度を調えた俺は、ゆったりと愛機に跨った。
客観的な視点からなら、それはとても優雅な登校風景に映ったことだろう。
でも実際は違った。冒頭通り、俺の頭が昨夜の会話のことで埋め尽くされ、
日常生活の行動全てが自動化されていただけ。断じて覚醒作用のあるクスリを服用したわけではない。
緩傾斜の坂道を上りながら思うのは、通学路への愚痴ではなく長門のことだ。
―――不明なエラー――再修正プログラム―――監視者――削除―――
春の空気に全然似付かわしくない単語が、脳裏に浮かんでは沈んでいく。
病的なまでにスムーズな教室までの行程と同じく、思考は病的なまでにループを繰り返していた。
俺は正常な意識を置いてきぼりにしたまま教室のドアを開けた。
すると、まるで俺が来ることを心から待ち望んでいたような愛情に満ちた声が届いた。
「おはよう!」
「……あぁ、おはよう」
どう比べても不釣り合いな返事。
眠いわけじゃない。ただ、その時の俺にとって挨拶なんて恒例行事はどうでもよかった。
声音からして女子だろうが、俺に挨拶してくれるなんて変わったヤツもいるもんだなあ、などと思いながら
俺は自席に足を運んだ。しかしその途中で足が強制的に縺れさせられた。
堪らず蹈鞴を踏む。誰だ? 言いかけて口を噤む。こんな子供じみた嫌がらせをするやつは一人しかいない。
俺は溜息と一緒に欠伸をした。すると俺に足を掛けた犯人――谷口――は悪びれた風もなく俺を睨め付けて、
「寝惚けるのも大概にしろよ、キョン。
朝倉の元気いっぱいの挨拶を無碍にするなんて、おまえも随分と偉くなったもんだよなぁ?」
と言い、親指を立てて肩口から覗く男子軍団を指差すと、
「あんまり無礼が続くようなら、朝倉親衛隊が黙っちゃいないぜ」
大仰な口調でそう宣った。やれやれ……いつか結成されるとは予想をつけていたが、朝倉帰国二日目で結成されるとはね。
706 名前:指摘thx! 修正ver[] 投稿日:2008/01/22(火) 23:17:02.21 ID:17Lq/uwo
俺はわざとらしく肩を竦めて言った。
「怖いな。じゃあお前らの前では迂闊に朝倉に近寄れないというわけか」
「おうよ。特にキョン、お前はブラックリストに載ってるから気をつけた方がいい。これは親友からの忠告だ」
俺も甘い男よ、と自己陶酔する谷口。
組織構造、プロパガンダ、ヒエラルヒーの有無などなど、
"朝倉親衛隊"について訊きたいことは結構あったが、谷口に教えを請う自分を想像すると
虚しくなったので諦める。俺は谷口曰く「俺に元気いっぱいの挨拶をした」らしい朝倉を目で探した。
……いた。教室の一角で、女子達と情報交換に勤しんでいる。
情緒豊かな表情、巧みな相槌。
それらが織り成す会話に取巻きは大満足のご様子だ。時折、朝倉の形の良い唇から笑みが零れる。
そしてそれは、不意に俺の方へ向けられた。
「――――――!!」
大蛇に睨まれた子鼠のように身震いした俺を、もう一度朝倉がクスリと嗤う。
硬直した目を動かそうと瞬きすると、朝倉は談笑の輪に視線を戻していた。
「でよ、メンバーはいまんとこ13人で………」
内部情報をリークする谷口を余所に考える。
あの笑みは、対角線上にいた取巻きの一人に向けられたものだったのかもしれない。
或いは、純潔な親しみが籠められた微笑を俺が悪い方向に曲解してしまっただけなのかもしれない。
でも――その可能性を抜きにしても、俺には朝倉の心象悪化を止めることができない。
たとえどんなに俺を傷つけないと主張しようとも、長門に暴走の兆しが見られた瞬間、長門を抹消しようとするのは朝倉だ。
二年前。あいつは俺を排除するために、大量の槍で間に立ち塞がった長門を串刺しにした。
長く伸ばした腕で長門の小さな躰を貫いた。
顔に降りかかった鮮血の温かさと感触は、今でも肌が憶えている。
727 名前:風呂で間隔あいてごめん[] 投稿日:2008/01/23(水) 00:35:39.40 ID:MiPEObco
あの時は長門が崩壊因子とやらを仕込んでいたから
朝倉は返り討ちになったが――人間よりもずっと優秀なTFEIが轍を踏むとは考えがたい。
それに何より、長門は削除者に対して抵抗しない。
もし仮にバグのせいで長門が反撃を起こしたとしても、
喜緑さんと朝倉の二人を同時に退けることは叶わないだろう。
ふと、眼窩に情報制御空間の光景が映し出された。
傷つき、たくさん血を流した長門が倒れ臥す。
攻性情報を使い果たし、自己修復もままならない長門に影が差す。
朝倉だ。大きく振りかざしたナイフは、一直線に長門の喉元に向かって――
馬鹿なことを考えるのはやめろ。長門の削除は許さない。
俺は昨日、喜緑さんに、その背後にいる思念体にそう断言したじゃないか。
悪い夢を忘れるときにするように頭を振る。最悪の結末は予想せずにすんだ。
「……というわけだ。どうだ、お前も入りたくなってきただろ?」
我に返った瞬間に聞こえてきたのは谷口の熱弁だった。
おいおい、ブラックリスト入りしてる俺に勧誘をかけてもいいのかよ。
「やめとく。俺の所属する組織はSOS団だけで十分だしな」
あとお前、その親衛隊とやらに一つ重大な欠陥があるのには気づいてるか?」
「欠陥だぁ? んなもんあるわけ――」
「お前らは朝倉が好きだから親衛隊を結成したんだよな。
なら、お前らは同時にライバルなわけだ。誰が最初に朝倉の心を射止めるか競争だな」
最初はいい。だが、誰かが先走って告白しようものなら――
一瞬で組織は崩壊、仲間意識は敵対意識へと様変わりし、親衛隊員は互いにバチバチと火花を散らしあうことになるだろうぜ。
今から哀れんでやるよ。ま、精々頑張るといいさ。
「う、うそだ……」
「マジだよ。つーかこんなの、少し考えたら分かる話だろ」
厳しく現実を突きつける。それから谷口は譫言のように「嘘だ」をくり返していたが、やがて
「WAWAWA分からず屋〜」
と叫びながら国木田の元に駆け込んでいった。
こちらに苦笑する国木田に同じく苦笑を返して、今度こそ自席に向かう。
729 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/23(水) 01:30:23.62 ID:MiPEObco
三年間俺の後方を指定席にし続けてきた少女は、
俺の接近にとっくに気づいているはずなのに窓外観察に汲々としていた。
俺は話しかけた。とにかく今は、隙あらば浮かび上がろうとするさっきのイメージを忘れてしまいたかった。
よう、ハルヒ。今日はご機嫌斜めなのか?
「あんたがあたしの精神状態を一目で読み取れるようになったことは褒めてあげるわ。
でもね。もうちょっとオブラートに包む努力をしたらどうかしら」
ハルヒは頬杖の上の横顔を微動だにさせず、
大きな瞳をこちらに動かして憤慨を表現した。
そりゃ三年も一緒にいたら嫌でも分かるさ。
それで団長様、恐縮ですが不機嫌の理由をお聴かせ願えないでしょうか?
俺の問い掛けにハルヒは数秒硬直していたが、
やがて頬杖を解いて体ごとこっちに向くと、
「最初にいっとくけど、あたしは別に不機嫌なわけじゃないの」
と断りを入れてから、
「団員の素行不良に辟易してたのよ。
あんたいつから朝倉と仲良くなったの?
あの子が日本に帰ってきてからまだ三日と経ってないのにさ」
辟易するのは俺の方だ。
まず俺は朝倉とはこれっぽっちも仲良くなんかないし、今のところ親密になる予定もない。
それに素行不良とはなんだ、素行不良とは。
俺が朝倉と仲良くなったらSOS団に害悪が及ぶっていうのか?
「だって………」
と、言い淀むハルヒ。
「だって?」
オウム返しに尋ねると、声のトーンはぐっと小さくなった。
「だって、朝倉は顔立ちも整ってて胸もおっきくてスタイルもよくて、
帰ってきたら前よりもかわいらしさ50%増しで……」
くぐもりすぎて何を言ってるのかさっぱり分からん。俺は復唱を依頼した。
が、ハルヒは机にびたーんと張り付いて倦怠感を演出しつつも、
「とっ、とにかく! あたしは団員の不純異性交遊は認めないからね!」
結構真剣味のある声音でそう言った。はいはい。
確か恋愛は精神病の一環なんだったな、お前の持論によると。
755 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/23(水) 21:26:10.46 ID:MiPEObco
俺は美少女たちに囲まれながらも色恋沙汰とは無縁だった
これまでの高校生活と、残り僅かな青春時代を憂いて言った。
「百も承知だ。お前が眼を光らせている限り、俺に誰かと恋仲になる機会が訪れないってことはさ」
「ふぇ?」
すると今し方の科白に不可解な点でもあったのだろうか、特大の瞳がパチリと瞬く。
否定の仕草と言えなくもない。俺はまさかな、と思いつつ、
「ん、前言撤回してくれるのか。そういやもうお前の脳内学会で新説が発表されてもいい頃合いだよな。
異性との清廉なお付き合いは学生の本分である、とか。
恋愛によって生まれる感情の奔流は非日常的出来事によって得られる感動に匹敵する、とか」
ハハハ、と冗談めかして笑う。だが反響は至って真面目なものだった。
ハルヒはまるで占いはインチキだと決めつけていたのにも関わらず駅前の易者に心を見透かされてしまった現実主義者のように
ビクゥ、と肩を震わせて、
「あ、えと、さっきのはね……なんというか、その、あんたがあまりにも素直だったから……
じゃなくて、……ほら、あたしの考え方もそれなりの変化を遂げたっていうか、……ううん、やっぱり今の嘘」
お前は何度語尾に否定語をくっつけたら気が済むんだ。
「……あんたも、その、SOS団の一員である前に男子生徒なわけで……、
いや勿論あたしからしたら平団員もいいとこなんだけど……」
ハルヒはそれからしばらくゴチャゴチャになった科白を組み立てていたが、
やがて面倒になったのだろう、出し抜けに顔を上げた。
「つまりあたしは――!」
「HR始めるぞー」
まさにジャストタイミング。
ハルヒの演説の腰を折った回数は数知れず、
北高でもっとも空気の読めない熱血教師、担任岡部の登場だ。
779 名前:指摘thx! 修正[] 投稿日:2008/01/23(水) 23:10:29.59 ID:MiPEObco
「起立」
凛とした委員長の声に、憮然とした態度で立ち上がるハルヒ。
ははあ、これはHRが終わった瞬間に襟首つかまれて椅子ごと体を反転、
先程の話の続きを聞かされるパターンだな。
岡部の話が終盤に差し掛かったあたりで俺はせめて頭を机の角にぶつけないようにと首を引いた。
が、HRが終わり、一時限目が始める直前になっても襟首は掴まれない。
我慢できずに振り向く。
ハルヒは授業の準備を終えて窓の外を眺めていた。冷たい目がじろり、とこちらを見遣る。
俺は安堵と失望が交ざった複雑な気分になって首を捻りなおした。
つくづく思う。……どうして俺の悪い予感ってやつは、どうでも良い時に外れてここぞという時に当たるんだろうね。
――――――――――――――――――――――――――――――
さて、高く昇ったお日様の陽気と数学教師の起伏のない講説が
睡眠導入剤を満遍なく散布し、教室が睡魔の温床と化した三時間目中盤のことである。
学習意欲のないクラスメイトがばったばったと睡魔にやられていく中、俺は意識を保っていた。
といっても、黒板の内容を理解しようとしながら頭の隅で長門について考えを巡らすというのは
俺のシングルコアの処理能力ではいっぱいいっぱいの並列作業であり、
居眠り.exeなんて起動しようものなら一瞬でフリーズ、俺は二度と再起動されることなく机上死するに違いないからで、
実際のところはかなりの瀬戸際だ。後ろの方に耳を欹てると、
「すぅ、すぅ」
と、幽かに寝息が聞こえてくる。なんとも心地よさそうな響きだね。
いっそのこと俺も昼休みまで惰眠を貪ってやろうか――と自棄な頭で考えた、その時だった。
1、携帯が鳴った。授業中に古泉からメールなんて珍しいね。
2、………朝倉の方から視線を感じる。
3、背中に鋭い痛みが走る。どうした、寝てたんじゃなかったのか
>>773までに多かったの
765 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/23(水) 22:54:40.56 ID:YuiUz..o
2
766 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/23(水) 22:55:11.31 ID:8XZKxPAo
1
767 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/23(水) 22:55:46.67 ID:zPVsgsSO
1
768 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/23(水) 22:56:45.70 ID:WWYYyDAo
ここは……悩ましいな。
1
769 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/23(水) 22:56:48.57 ID:cuK04EDO
1
770 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/23(水) 22:57:19.01 ID:PIrK2pM0
2だ!
771 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [] 投稿日:2008/01/23(水) 22:57:28.95 ID:2JAFWGc0
悩むな・・・・
3ではなく
2
772 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/23(水) 22:57:44.45 ID:8j7yLmAo
2
773 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/23(水) 22:58:16.00 ID:wFaENIAO
1
790 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/24(木) 00:26:28.46 ID:7GSH05ko
ポケットがぶるぶると震えだす。授業中はマナーモードが基本だ。
俺はさして慌てることもなく、教室の空気を一切乱していないことを確認してから緩慢に携帯を黙らせた。
サブディスプレイにはメール一件の表示。
いったい誰だなんだろうね、俺が授業中だと分かっていてメールを寄越すような非常識野郎は。
ジャンクメールの類なら一瞬で削除してやるからな。
心中でぼやきつつ携帯を開く。
from:古泉
朦朧としていた意識が若干回復した。
古泉からメールとは珍しい。しかもあいつは本年度から理系街道まっしぐらの特進クラスに在席している。
名門大学合格者を増やすべく躍起になっている教師たちの眼を盗んでまでメールしてくるとは、
余程切迫した用件なんだろうか。俺はメールを開けた。――眩暈がした。
subject:お話ししたいことがあります
我々機関が情報統合思念体等の宇宙的存在と折衝を重ねていることは
既にご存じですよね。一昨日のことです。
僕は長門さんと帰路を共にし、そこで以前削除されたパーソナルデータが復活する可能性を知らされました。
驚愕でしたよ。一度削除されたTFEIが再び現れるなど、前代未聞でしたから。
――――――――――――
中略
――――――――――――
僕としては昨夜の内に済ませておきたかったのですが
電話やEメール等を媒介するよりも実際に話す方が良いと思いまして、
こんな時間にメールを送らせていただくことになりました。
お昼休みに中庭で待っています。よければ昼食も持参してください。
それでは後ほど。
夥しい文章量。まったく、下スクロール長押しでENDバーまで10秒以上かかるなんて小論文を軽く超越してるじゃねえか。
これだけの文字を打ち込むのにあいつはどれだけの時間を要したんだろうな。ラスト二行で十分だってのにご苦労なこった。
813 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/24(木) 21:33:30.43 ID:7GSH05ko
溜息を吐きつつ携帯を閉じる。
すると勢いが強すぎたのか、パチン、と鋭い音が鳴った。
教師の視線が突き刺さる。
なんでもありませんよ。それにたった今寝れない事情が出来たんで、午前中は真面目に授業を受けるつもりです。
「はは……」
と愛想笑いを浮かべて姿勢を正す。
後ろの団長様といえば相も変わらず夢の中で妖精と戯れているようで、深い寝息を立てている。
今年は受験だというのにこの余裕綽々っぷりはなんなんだろうね。忌々しい。
俺はいよいよ一つの大きなピクトグラムに見えてきた数字と記号の集合体を睨みながら、
買ってからというもの、インクの減りが芳しくないペンを握った。
黒板を写す気は毛頭無いが、それでもぐーすか寝息を立てている谷口よりはマシだろう?
――――――――――――――――――――――――――――――
古泉が俺の姿を認めた後、切れ長の目を細ませて言った。
「やぁ、お待ちしていましたよ。
どうしてなかなか、あなたも時間厳守を心懸けるようになったんですね」
なんだその俺がつい先日まで遅刻魔だったような物言いは。
「皮肉に聞こえるから毀誉褒貶ははっきりしろ」
「これは失礼。ですが、あなたが予想以上に早く来てくださって喜んでいるのは事実ですよ。
お話する時間を気にせずに済みますし、何より……
独りで長時間中庭のテーブルを占有するというのは、憐憫の衆目を集めかねません」
どうぞあなたもおかけ下さい、と椅子を勧める古泉。
その様はどう見ても常に心配りを忘れない模範的優等生で、
俺はさり気なく白い歯を覗かせるアルカイックスマイルとそれを湛えるに相応しい端正な顔立ちに
激しく嫉妬しながら訊いた。
「お前が独りで飯食ってたら逆に女子共が勝手に沸いてくるだろうさ。
樹液に集る昆虫みたいにな。ところで、話したいことってなんなんだ」
「概要はメールに記載したので、単刀直入に申しますと――「待て」
緩やかに静止する。
「あのメールは最初と最期の数行にしか目を通してない。詰め込みすぎなんだよ。
お前さ、メールでも長広舌になる癖、どうにかした方が良いと思うぞ」
821 名前:ちょい気になったので修正ver[] 投稿日:2008/01/24(木) 22:46:33.35 ID:7GSH05ko
古泉はがっくり肩を落として、
「以後留意します」
と言い、しかし反省する風もなくテーブルの上で指を絡ませると、
「では、メール内容を更にかいつまんで説明するとしましょう。時間は有限ですから。
一昨日、僕が長門さんと帰路をともにしたことは、まだあなたの記憶に新しいと思います。
あの時僕は彼女から、新規TFEIが北高に配属される可能性を聞かされました」
元より機関と情報統合思念体にはパイプがあったことを知っていた分、
古泉が事前に朝倉復活の情報を手にしていたことに驚きはなかった。
だがこれはメールの冒頭部を読んだ時にも感じたことなんだが、
どうしてそういった情報が組織の末端部で遣り取りされるんだろうな。
俺は未だに機関や思念体の内部構造を把握しちゃいないが、
フツー組織というものは上層部が先に情報を手に入れてから、末端構成員に伝達されるもんだろう?
「語弊があったようですね。
長門さんが僕に涼宮ハルヒの精神状態に関する考察を尋ねられた、と言った方が正しいかもしれません」
古泉は右手の人差し指をこめかみに当てて、
「彼女は危惧していました。
朝倉涼子の転校は得てして、未開の湖畔の如き静逸を保つ涼宮さんの心境を乱す恐れがあるのではないか、とね」
納得する。ハルヒの突拍子な行動、消沈した気概を誰よりも素早く分析できるのは古泉だ。
朝倉復活による影響を計るにはお前を介するのが最適だったということか。
「理解が早くて助かります」
「で、お前はその質問になんと答えたんだ」
826 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/24(木) 23:27:01.67 ID:7GSH05ko
「………」
三点リーダが三つ分くらい流れた。
その刹那に古泉は思案顔を爽やかスマイルの裏側に仕舞い込んで、
「絶対の保証はできないが問題ない、と答えました。
前述したとおり、涼宮さんは表面的な性格変化はなくとも、
内面は"普通"の女子高生のそれに近づきつつありますからね。
朝倉涼子の再登場程度では、彼女の心を乱すことはできないと推論したんですよ。
これは過大評価ではなく、僕の正直な気持ちです。
そしてその推量が正しかったことは、あなたもご存じの通り、二十四時間内に証明されました」
自分に言い聞かせるような大きめの声でそう言った。
閉鎖空間に敏感な古泉が言うなら間違いない。
これで、ハルヒが上辺で無反応なフリして実は動揺してる、といった可能性は潰えることになる。
「ところで」
と、古泉はまるで友人の恋愛遍歴を穿り返す性悪男のような笑顔になって訊いてきた。
「朝倉涼子とは上手く折り合いをつけることができましたか?」
「どういう意味だ」
「彼女は一度ならずとも二度もあなたを殺そうとした。
両方とも未遂に終わっているにせよ、
あなたには彼女との再会に、相当の抵抗があったのではないかと想像したまでですよ」
胸中を見透かされたような気分になって、良い具合に風化した木製テーブルに視線を降ろす。
朝倉が転校してから二日。長門のお墨付きがあり、
また"自分は安全だ"と告げてきた朝倉が二年前の朝倉とは別モノであることはもう理解していた。
だが、あいつとの会話に緊張が伴わないかと訊かれればそれはNoで、
できれば必要以上の接触は避けたいというのが本当のところだ。
それに……いくら改心したといっても、長門がバグを起こした瞬間に、あいつは――
「すみません、不躾な質問でした」
842 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/25(金) 21:47:57.51 ID:HEkLEjoo
後悔を帯びた声に我に帰る。……気にすんな。
お前にPTSD患者に接するような態度を取られることの方がよっぽど俺の矜持が傷つく。
「しかし――」
と、言い淀む古泉。その"らしくない"執着に苛立ちを覚えて、
俺は自動販売機で購入した缶コーヒーのプルタブを開けつつ、
「朝倉とは割り切って付き合っていくつもりだ。
そりゃあ正直な話、最初は滅茶苦茶ビビったけどさ。
いつまでも拒絶反応起こすほど俺はヘタレじゃないつもりだぜ。
……さ、話を進めてくれ」
そう言って、口元で缶コーヒーを傾けた。
手によって遮られていた視界が開けたとき、
影が差していた古泉の顔には完璧なアルカイックスマイルが再塗布されていた。
絵に描いたように均整のとれた唇が動いた。
「あなたはずっと朝倉涼子を畏怖していた。少なくとも三度目の邂逅を望まない程度には。
何度もお聞きしますが、それは確かですね?」
首肯する。
「昨日、朝倉涼子は帰国子女として北高に再潜入しました。
しかし涼宮さんと同様、あなたの情緒にも乱れは見受けられませんでした」
古泉は絡み合わせていた指の二つを手の甲から離し、
「とすると、あなたは事前に彼女の転校に関する情報を得ていたということになる。
貶めるわけではありませんが、あなたには高位の宇宙的存在とコミュニケーションする手段がない。
必然的に、その情報源は身近なTFEIだという結論に至ります」
必要以上に回りくどい台詞廻しに、苛立ちを通り越して呆れ始めた俺だった。
推理小説で名探偵に追い詰められる犯人のような気分だよ、まったく。
857 名前:修正ver[] 投稿日:2008/01/25(金) 23:27:01.71 ID:HEkLEjoo
「ですが――」
と、不意に古泉は仮初の困惑顔を作って言った。
「ここで疑問が生じるんですよ。これまでの行動を鑑みれば……
情報統合思念体がTFEIを介し、事前に朝倉涼子の転校をあなたに知らせるとは考えがたい。
何故ならあなたは既に幾度も修羅場をくぐりぬけてきたわけですし、
例え彼女を見て恐れ戦いたとしても、それが涼宮さん、
延いてはクラスメイトを含む枠外の人間に影響を及ぼす可能性は皆無だからです」
そうだな。もし仮に何も知らされていなかったとして、
俺が現実逃避に走るあまり卒倒しても誰も介抱してくれないに決まってるよな。
「少々焦点がズレていますね。
まあ良いでしょう。とにかくあなたは事前に情報を得た。身近なTFEI、つまり――長門さんから」
事実確認ばっかで眠たくなってきた。ほとんど義務的に首肯する。
「では長門さんが自らの意志で、その情報をあなたに伝えた理由とは何でしょう? 以下は僕の憶測ですが……
彼女は慮っていた。朝倉涼子がトラウマを持つあなたに与える心理的影響を懸念していた。
だから彼女はあなたに、あなたが安心し、納得するだけに足りる朝倉涼子の復活理由を述べた。
どうです、ここまでに間違いはありませんか?」
あぁ、間違いないぜ。お前の言うとおりさ。
あいつは復活の理由を伝えるどころか、俺が承諾しなければ朝倉を復活させないとまで譲歩してきた。
もっともその時の長門の説明は完璧じゃなくて、後々に喜緑さんによって補完されることになるんだけどな。
そう言いかけて口を噤む。
―――長門はさもそれが当然の行為であるかのように、俺に朝倉の復活理由を教えてくれた。
が、今一度考えてみるとおかしな点がある。
あいつが、自分が削除される可能性を俺に辿り着かれたくなかったのなら、
"朝倉が復活する理由はわからない"とか"思念体の実験的復活"とかいくらでも嘘をつけたはずだ。
俺はただ、"復活する朝倉に危険はない"と伝えられさえすれば大丈夫だったんだから。
頭中の疑問格納スペースがまた一つ埋まる。俺は惰性で首肯した。
すると古泉はアゲハ蝶を捕獲した蜘蛛の如き笑みを浮かべて、
「そうですか。では、ようやく本題に移ることができますね」
と言い、
「単刀直入に窺いましょう。
朝倉涼子が復活した理由とは何ですか」
表情とは正反対の、虚偽を許さぬ口調で問いかけてきた。
880 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/26(土) 21:32:41.09 ID:EFe1lkAo
喉を流れ落ちていたコーヒーが逆流する。
今更その質問かよ。状況によっては削除者となることならまだしも、
朝倉が"長門のエラーを監視するため"に再構成されたことは、
とっくにお前や、その大本である組織の掌中にあると思っていたんだが。
俺は噎せ返りながら聞いた。
「えっと……お前は一昨日、長門に相談を受けたんだよな。
あいつはその時、お前に朝倉の復活理由を伝えなかったのか」
「ええ、何も。
彼女は僕の推量を聞いた後、物言わぬ貝のように口を閉じられまして。
執拗に問いかけても返事は梨の礫、
仕方なく僕は諦めて、お互い無言のまま分岐路まで歩を進めました」
長門はお前の長広舌に辟易したんだよ、きっと。
「それは有り得ません。量より質。
彼女と言葉を交わす上で、それが最も重要視されることはとっくに学習済みですから」
ジョークを真面目に返されて戸惑う俺を余所に、
古泉は思考に耽るとき特有のポーズをとって続けた。
「次の日――つまり昨日ですが――僕は朝倉涼子の転校を知った後、
喜緑さんと朝倉さん本人に、直接事態の説明を求めました。
しかし彼女らは口を揃えて仰いました。
組織内部の事情が関係しているから情報呈示できない、とね」
僕も随分TFEI三人娘から嫌われたものです、と肩の高さまで手を挙げて苦笑する古泉。俺は訊いた。
「お前には話せなくても、機関には情報がいっていたんだろう?」
「えぇ、もちろんです。
訳あって一度削除したTFEIを再構成し北高に潜入させるが、現在の勢力図を乱すつもりはなく、
また涼宮ハルヒに実験的接触するつもりもないので黙認して欲しい。
それが情報統合思念体からの連絡内容でした。かなり要約しましたが」
891 名前:修正ver[] 投稿日:2008/01/26(土) 23:19:43.97 ID:EFe1lkAo
と、ここに来て喉が渇いたのか。
古泉は俺が待ったをかける間もなく俺の缶コーヒーを勝手に飲み始めた。
この野郎、涼しい顔して俺のカフェインを略取しやがって……!
俺はすぐさま奪い返そうとして、やっぱり自制することにした。
この件は後で猛抗議するとして、今は情報統合思念体が機関に対し、
何故明確な理由を告げずに、黙認して欲しいと伝えたのか考えるのが先決だ。
これまで二つの勢力は、円滑な協力関係を築いてきた。(古泉談)
なら何故情報統合思念体は情報を出し惜しみする必要があった?
長門のエラーが原因だと伝えれば余計な機関の詮索や衝突を生まずに済む。
それをしないということは、情報呈示することによる機関の反応の方が
思念体にとっては不都合だ、ということだろうか。
三秒じゃそこまで考えるのが精一杯だった。古泉は缶コーヒーを初期位置に戻すと満足げに喉を鳴らして、
「話を続けます。機関の上層部はその連絡を受けた後、
情報統合思念体の要望通り黙認することを決めました」
随分あっさりと決まったんだな。
「一昨日の22:43頃に突然、構成員の一人を介して連絡が入り、
機関が検討の機会を設ける間もなく、朝倉涼子は涼宮さんの前に姿を見せた。
そして事実、彼女の精神に揺らぎは生じなかった……。
済し崩しに上層部の見解は"TFEIの再配属を黙認する"方向で一致したんです」
「どうしてお前はそれに従おうとしなかったんだよ。
上司の意向に逆らってまで情報収集に勤しむなんて疲れるに決まってるのにさ」
古泉は事も無げに答えた。
「直感ですよ。あんな超常空間に二年もいれば、否応なしに第六感が冴える。
その感覚はあなたもよくご存じでしょう?」
否定できない。俺は無言で耳を傾けた。
「朝倉涼子の復活の裏には、後々機関、いえ、SOS団に関わる大きな理由が存在する。
僕はそう推理しました。論拠の欠片もありませんがね」
893 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/26(土) 23:34:10.59 ID:EFe1lkAo
「大した推理だな」
「僕もそう思います。ですが、あながちその推論は暴論でも空論でもないようにも思えるんですよ」
古泉は静かに目を伏せて、
「僕は機関から独立して情報収集に当たった。
結果は先程の通りです。
その時は手詰まりに陥ったかに思えましたよ。
しかし僕は、あなたが情報を得ている可能性に考え至りました。
そしてあなたは僕の予想通り、
長門さんから、個人的に、朝倉さんが復活した理由を聞かされていた」
話し初め、古泉が誘導尋問紛いのことをしていた理由にようやく気づく。
大方こいつは俺が長門から口止めされてやしないかと疑っていたんだろう。周到なヤツだ。
と、俺が舌を巻いていると、おもむろに古泉は伏せていた目をこちらに向けた。
「さぁ――そろそろ答えてください。
朝倉涼子が復活した理由とは何ですか」
蒼く鋭い眼光が眼球を差す。目を逸らしてしまいそうになる。
俺は……
1、詳しいことは知らない、朝倉が安全であると聞かされただけだと答えよう。
2、エラーのことだけ話す。長門が話さなかったということは、古泉に自分の削除をその時まで知られたくなかったということだ。
3、全て話す。長門が削除されずに済む方法に関して何か助言してくれるかもしれない。
>>905までに多かったの
895 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [] 投稿日:2008/01/26(土) 23:34:56.83 ID:96JaRN60
1
897 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/26(土) 23:35:39.08 ID:rETHJwAO
2で
898 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/26(土) 23:36:00.84 ID:iBBgugko
3
899 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/26(土) 23:36:07.69 ID:.6qaeK.o
1
900 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/26(土) 23:36:45.68 ID:fnd4HdAo
2
901 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/26(土) 23:37:00.26 ID:TuAh69ko
2
902 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/26(土) 23:37:47.27 ID:6dIRawDO
2
903 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/26(土) 23:37:48.42 ID:pCWDeWgo
2
904 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/26(土) 23:38:14.00 ID:9jYVKJgo
2だな
905 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/26(土) 23:38:38.50 ID:NgHJnuk0
2
922 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 01:43:47.12 ID:bclS5Ygo
情報統合思念体の意志を尊重するならここは口を噤むべきなんだろうが、
そんなことをしたら先程の会話の辻褄が合わなくなって余計に怪しまれる。
下手に誤魔化しても古泉の炯眼には通用しないだろう。
ここは洗いざらいぶちまけてしまおうか……と安直な思考に走り始めたその時、
黄昏時の帰路を古泉と連れだって歩く長門の姿が脳裏に浮かんだ。
情報統合思念体は別にして。長門が何も話さなかったのは、
俺と同様、古泉に自分の削除を、その時まで知られたくなかったからかもしれない。
とすると俺がしようとしているのは、長門の予想の範疇を超えた情報流出ということになる。
それが二大勢力の関係性、そして長門の描いた未来図に
どんな影響を与えるかも分からないまま、全てを話してしまってもいいのか。
――――答えはNoだ。
古泉になら長門を削除されずに済む方法の手掛かりを見つけることができるかもしれないが、確証はない。
情報は古泉を通して機関に伝わる。機関の上層部が長門の消滅をどう捉え、
またそこからどんな行動に出るかは予測がつかない。ここで賭けにでるのは危険だ。
「いいぜ、話してやるよ。
これは朝倉が復活する一日前、つまり一昨日の夜のことなんだが……」
俺は口火を切った。もっとも話すのは『長門に不明なエラーが蓄積している』ことをアレンジした情報だけだが。
如何に鋭い直感といえども、あくまで勘。
拙い説明で古泉の探求心を満足させられるかどうかは分からないが、
それ以上を追及されることもないだろう。俺はそう、高を括っていた。
――――――――――――――――――――――――――――――
「再修正プログラムの完成の目処は?」
「まだ立っていないそうだ」
「完成までに彼女の不明なエラーが許容量を超えた場合の対処方法は?」
「さ、さぁな、そこまでは知らない。でも解析作業は着々と進んでいるから俺たちが心配することはないだろう」
シームレスに繰り出される質問。俺は高校三年の春にして、
この超能力者が秀才という言葉では片付けられないほど優秀な頭脳を持っていることを悟った。
古泉は寒気がするほど淡々と質問から得た情報を分解、再構築し、
「バグの症状が確定していない以上、対処は即時的な手法が取られると考えた方がいいですね。
とすると長門さんの機能停止、もしくは削除が有り得ますが――いや、それでは涼宮さんの精神に著しい影響を与え、
環境情報操作能力を喚起させる可能性がある。思念体はリスクを最小限にしようとするはずだから
もっと穏便な手法を用いると思考するのが妥当か」
こちらにニコリとした笑顔を向けた。
937 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 14:26:21.79 ID:bclS5Ygo
最後の最後で推理と事実は乖離したが、
もし長門と思念体がハルヒに対策をとっていることを教えていたら、
古泉の解は完璧だったに違いない。
俺はいつもの気怠そうな表情を取り繕ってから言った。
「俺も同じ考えに行き着いたよ。
だから静観することにしたんだ。
二年前の時と違って今度は事前にエラーの発生が分かっていて、
その解析も順調ときてる。俺や機関が出る幕はない。そうだろ?」
「確かに。また、それなら思念体が情報呈示を拒んだことにも頷けますね。
いたずらにTFEIの不具合を公表せず、
自己解決してから既往の件とすれば、余計な干渉を受けずに済む」
と、古泉は絡め取るような視線を外すと、
「やれやれ」
俺の常套句を平然とパクり、
「結局は杞憂だったということですか。
すっかり事件の真相を暴く探偵役になりきっていましたが、
どうやら僕は、三流喜劇の道化師よりも酷い醜態をさらしていたようだ」
芝居がかった科白を長々と吐いて、
「この件からは手を引きましょう。
勿論、今お聞きした情報は機関に持ち帰らせて戴きますが、
あなたと同様、上層部の意向は"静観"のまま微動だにしないと思われます」
諦めたことを強調するかのように溜息をついた。
941 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 15:04:50.34 ID:bclS5Ygo
その様子を逐一眺めながらも、俺は古泉の言葉に確信を持てずにいた。
このアルカイックスマイルに何度騙されてきたことか。
古泉の口先と内心が真逆であった前例は数知れず。
自然、俺は古泉の本心を見透かそうと目を細め、
「長門さんの不明なエラーの原因とは一体何だったのでしょうか。
今となってはそれだけが唯一、僕の興味をそそります」
席を立ちながらの一言に、意識を持って行かれていた。
長門のエラーの原因。
そりゃあいつが「不明」というからにはとことん「不明」なんだろうさ。
二年前の不明なエラーは抑圧された感情によるものが原因だった、と俺は考えている。
長門に直接訊いて確証を得たわけじゃないけどな。
だが今回のエラーはそれとは別モンだ。あいつはもう、陰気で鬱な性格を克服してる。
遅々としたスピードでだが、確実にあいつは感情を表に出すようになってきているんだ。
だからこそ俺には不明なエラーの原因が分からない。
あいつが現在の状況の何処に不満を感じているのか、全然思いつかない。
閉じた瞼の暗闇の中。長門の姿の輪郭が、はっきりしてはぼんやりするを繰り返していた。
と、沈黙を続ける俺に痺れを切らしたのか、
「こんなことが出来たら苦労しない、と笑われてしまうかもしれません。
ただ待つだけで事態が解決するというのなら、このような思考自体が無意味なのかもしれません。
ですが言わせてください」
軽い語調とは裏腹に、抑揚のない声が響く。
「彼女のエラーの発生原因を潰してしまえば、
再修正プログラムの完成を待たずとも、この件は解決できるのではないでしょうか。
もっとも、情報統合思念体ほどの知性を持つ存在が手を拱き
長門さんと同じく独自進化した喜緑さんに解析を任せるほどのエラーだ。
一筋縄ではいかないに違いないですが――」
そこで言葉は一旦途切れ、
948 名前:修正ver[] 投稿日:2008/01/27(日) 16:21:00.76 ID:bclS5Ygo
「高次の知的生命体が我々人類にとっては未知の物理法則を易々と理解できたように、
数多の制限に縛られた有機生命体の方が解を得やすい事柄も、多々あるのではないか。
僕はそう考えてしまうんですよ。ふふっ――戯言でしたね、忘れてください」
はっとした。俺はずっと"長門が削除されない方法"に固執していた。
だが、もし最悪の結末を迎える前に、長門のエラーを許容量を超えるまでに消滅させることができたら?
あいつがバグることはない。監視者も削除者も存在意義がなくなる。
今現在、あいつのエラーを消滅させるべく頑張っているのは喜緑さんだ。
それは彼女が長門と同様、感情を獲得した人間に近しい存在だから。
うんざりする。思考放棄していた自分にだ。
長門の心に刺さった棘。
それ自体を消滅させることはとてつもなく難しいらしい。情報統合思念体でさえ苦戦するほどに。
だが棘を抜くだけなら――感情に通暁した人間の方が適しているんじゃないだろうか。
自惚れているわけじゃないが、誰よりも長門の機微に触れられる俺になら、
あいつのエラーの発生原因を突き止められるかもしれない。
古泉の言うとおり一筋縄には行かないだろう。でも、それでもやってみる価値は十二分にある。
「長門に不満は見受けられないないから、エラーの発生原因は分からない」だって?
ロクに考えもせずに何を馬鹿なことを口走っていたんだろうな、俺は。
未来に起こりうる長門のバグや削除なんて関係ない。
長門は不明なエラーが蓄積していると言った。
なら俺は先ず何よりも、あいつのエラーの発生原因を調べようと躍起になるべきだったんだ。
「――――っ」
深く内省して瞼を開く。
穏やかな春風が広葉樹を揺らして、木漏れ日がテーブルの対面に、綺麗な模様を描いていた。
超能力者の姿は既にない。予鈴が静かに鳴り始めた。
ありがとよ、古泉。お前にとっては蛇足でも、俺にとっては最高の助言だったぜ。
956 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/27(日) 17:08:39.68 ID:bclS5Ygo
手つかずの総菜パンを手に席を立つ。もし古泉に全てを――
長門が自ら削除を受け入れ、事後に俺がハルヒを宥めることを望んでいると
話していたら、古泉とその背後にある機関は、どうするつもりだったのだろう。
また一見無矛盾なこの説明に納得したかに見えた古泉は、
あのペルソナの裏で、長門の不明なエラーは放置しても構わないと、本当に結論付けたのだろうか。
疑問は尽きない。……だが道標はできた。これでメビウスの輪から抜け出せる。
朝からこっち、頭の中にどんよりと広がっていた雲から、天使の梯子が降りてきたような気がした。
立ち去り際、俺はテーブルの上の缶コーヒーを思い出した。
耳元で軽く左右に振ってみると、小さく水音がする。
中庭の一角には屑籠が設置されている。
俺は結構な距離があるにも関わらず、思い切り缶を投げやった。
何故そんな勿体ないことをしたのかって?
俺には古泉と間接的にであるにせよ唾液交換する趣味はないし、
缶コーヒー如きに貧乏性を発揮するのもどうかと思ったからだ。
それになんとなく、今なら一発で入れられるような気がしたのさ。
優美な放物線を描く缶コーヒー。その行方を最後まで確かめることなく、踵を返す。
数瞬遅れて――カコン、という小気味よい金属音が響いた。
――――――――――――――――――――――――――――――
16 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/27(日) 20:42:53.65 ID:bclS5Ygo
午前中一睡もしなかった代償のツケを午後にしっかりと支払い、
俺は3時間分の記憶の空白を抱えたまま放課後を迎えた。
終礼が終わるや否やハルヒは余程団活を心待ちにしていたのだろう、
収納のプロも唖然の手早さで荷物を纏め、ついでに俺の私物の整理整頓もやってのけると、
「さっ、急ぐわよキョン。今日は重大発表があるの!」
瞳を紅玉のようにきらきら輝かせてそう宣った。
重大発表。こいつと出会って間もない頃の俺なら、
ハルヒが口にする危険Wordベスト3に入るそれを聞いた時点で
自身の暗澹たる未来を想像し憂鬱になっているところだが、
久しく耳にしていなかった分、好奇心が膨れてくる。俺はオウム返しに訊いた。
「重大発表?」
「そ。勘のいい古泉くんならもうあたしの発表を予見してるかもしれないけど、
あんたは想像もしてないでしょうね」
そりゃ平団員の俺が聡明な副団長様に敵いっこないさ。俺は少しムッとして、
「また面倒事じゃあないだろうな」
「違うわ。それを聞いた瞬間、団員はみんな狂喜乱舞するに違いないもの」
「へぇ、楽しいことなのか」と俺。
「すごく楽しいことよ」とハルヒ。
おもむろにハルヒの手が俺の右手に伸びる。
俺は咄嗟に両手をポケットに突っ込んだ。危ない危ない、あと一瞬判断が遅れていたら
俺は否応なしに捕縛され、SOS団発足当初を彷彿とさせる浮き足立ちのハルヒに文芸部室へ連行されていただろう。
ハルヒは怪訝な顔になると俺の顔を覗き込み、
「どうしたのよ。早く行きましょうよ。
時間は有限なのよ。悠長に教室で時間なんか潰してたら、有希や古泉くんを待たせることになるわ」
「いや……それがさ」
「それが?」
言い淀む俺と、追及するハルヒ。
俺が渋っているのには理由があった。
『明日、生徒会室にもう一度足を運んでください。
これは生徒会執行部としてではなく、彼女の一人の友人としてのお願いです』
昨日、生徒会室を去り際に言われた言葉。
それが俺に文芸部室にまで一直線に足を運ぶことを躊躇わせていた。
20 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/27(日) 21:34:30.40 ID:bclS5Ygo
喜緑さんとは今まで、折に触れて接触を繰り返してきた。
睡蓮のような優しい笑み、春陽影のように柔らかい物腰。
俺が喜緑さんに対し、好印象を抱いていたことは確かだ。でも――。
あの人は分岐する未来の一つで、長門を削除しようとするかもしれない。
その可能性が、喜緑さんに再接触を要求された事実に警鐘を鳴らしていた。
喜緑さんは悪くない。削除者という役割は、長門の望みが、思念体の意向が彼女に与えたものだ。
そう頭で理解していても、心に浮かぶ猜疑を拭い去ることができない。
と、その時だった。顔のすぐ近くに気配を感じて、俺は視線を上げた。
するとそこには、間隔5cmという至近距離でこちらを睥睨する女子生徒が。
おいおい、クラスメイトにキスしてると思われたらどうするんだよ。いくらなんでも近すぎるぜ。
不機嫌そうな顔が一転、朱紅に染まる。やべ、ちょっとデリカシーがなさすぎたかも。
「あんたねー……」
条件反射的に身構える。
しかし激昂するかに思われたハルヒは腕組みし、
右手の人差し指で左の二の腕をパーカッションしながら、
「今朝からずっと何悩んでるの?
珍しくあんたが起きてると思って横から覗き込んだら、
授業なんて上の空で悶々としてるし、昼休みが終わって午後の授業が始まったら、
思い出したように爆睡し始めるし、今は今でまたあの悶々顔に戻ってるし」
「別に何も悩んでねえよ。お前の思い違いだ」
俺は自分でも不自然に思えるほどの速さで即答した。
「ホント?」
「ホントにホントだっての」
「嘘っぽいわ」
「嘘っぽい根拠を言え」
口が裂けても長門の件については話せない。
ハルヒはそれから怪訝な顔で俺の疑似アルカイックスマイルを凝視していたが、
やがて聞き出すことは無理だと判断したのだろうか、
「もういいわ。時間の無駄よ」
と捨て台詞を吐いて引き下がった。
ハルヒが腰に根を生やした俺をおいて、大股で歩き出す。
俺は――
1、文芸部室に向かおう。喜緑さんと会う気にはなれない
2、生徒会室に向かおう。約束は約束だ。
>>30までに多かったの
21 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 21:35:15.75 ID:Dv14IgDO
2
22 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/27(日) 21:35:43.04 ID:Xrof8Roo
2
23 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 21:35:56.87 ID:WF1s012o
2
24 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/27(日) 21:36:26.06 ID:YvTm8EDO
これは2
25 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 21:36:51.44 ID:Pt0MBDIo
2で
26 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 21:36:54.11 ID:2jGi.Rw0
あえて1
27 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/27(日) 21:37:12.13 ID:JhOnWj6o
2
28 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/27(日) 21:38:01.33 ID:W.sq9FMo
2
29 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/27(日) 21:38:15.03 ID:Q1aaxWAo
2
30 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 21:38:32.83 ID:kFzRuuc0
2
65 名前:修正ver 課題? 真っ白に燃え尽きたぜ……[] 投稿日:2008/01/28(月) 22:08:19.28 ID:GvxIV9Ao
生徒会室に向かおう。保留にしていたとはいえ、喜緑さんの要望を無碍にすることはできない。
あの人が無意味な用件で俺を呼び出すとは考えがたいし、
『彼女の一人の友人としてのお願いです』という言葉も気になるしな。
もし喜緑さんが「処罰を言い渡します♪」なんて言い出したら、
その時はその時で、丁重かつ迅速に辞去すればいいだけのことだ。
俺は黄色いカチューシャに向かって投げかけた。
「あー……、所用があるから、先に行っていてくれないか」
すると絶賛不機嫌中らしいハルヒは無言でツカツカと歩を進め、
しかし教室のドアを開けたあたりでピタリと挙動を止めると、
「……どれくらい遅れるの?」
「ちょっとだけだ。多めに見積もっても20分くらい」
「何度も言うけど、今日は重大発表があるのよ。もしそれ以上遅れたら――」
分かってるさ。
「私刑、だろ?」
科白を奪われたハルヒは、しばらくそのまま硬直していたが、やがて
「そうならないように急ぎなさいよね」
とぽそぽそ呟くと、ダダッと廊下を走っていった。
さぁて、ちゃっちゃと用件を済ませて、ハルヒの重大発表とやらを拝聴するとしますかね。
綺麗に纏められた荷物を手に腰を上げる。
教室を出際、朝の時同様に
「バイバイ」
と別れの言葉が聞こえたが、俺は体の姿勢をそのままに片手を上げて返事とした。
生徒会室の門を叩いた後の第一声は何が良いだろう、
喜緑さんに普段通り接することができるだろうか――などの懸念で席巻された俺の頭では、
まともに声紋認証を働かせることができなかったからだ。
76 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/28(月) 23:08:13.66 ID:GvxIV9Ao
――――――――――――――――――――――――――――――
さて、それから数分後に事件は起こった。急展開である。
俺が生徒会室前に立った瞬間独りでにドアが開き、
ああまるで自動ドアのようだなと感心していると、死角から現れた黒い影に首根っこを掴まれ、
俺は拉致シーンお決まりのクロロホルム使用済みハンカチで口元を覆われることを覚悟し、
「またお前か……いい加減にしてくれ。
これ以上うちの書記の機嫌を損ねられると俺の身がもたなくなる。
お前らはそんなに俺の胃に穴を開けてぇのか」
ドスの利いた、それでいて哀切漂う心中吐露を聞いていた。解放される。
辺りを見渡すと、どうやら生徒会室には俺と会長の二人しかいないようだった。
あのーすみません。俺、喜緑さんに用があるんですけど。
「てめぇ、さっきの話を聞いてなかったのか!」
素の自分をさらけ出して詰め寄ってくる会長にたじろぎつつ俺は反論した。
「いきなり拉致紛いのことされてそんなこと言われても、何が何だか分かりませんよ。
俺には喜緑さんを意図的に不機嫌にした憶えはないし、それに『お前ら』ってどういうことですか?」
「自覚がないとはお前も相当鈍感だな。
お前らっていうのは、アレだ。ほら、あの脳内お花畑女のグループに所属してる長門有希とやらも含めてってことだ。
あいつはここ最近頻繁にここを訪れてる。そしてその度に――」
とそこで会長はクシュン、と盛大にくしゃみをし、
「俺が山積した書類の審査やら仕分けなどの雑務を任されるというわけだ。
やってらんねぇぜ。しかもお前の場合はもっと酷い。
喜緑め、俺に盗み聞きのつもりがないことを知ってる癖に室外退去を命じやがって。
おかげで俺は風邪を引いた。長門と話すときは俺の同室を認めるってのに、どういうわけだ」
さあ、俺に聞かれてもね。本年度から学年上では会長と同等になり、少し調子に乗っている俺だった。
86 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/29(火) 01:08:41.86 ID:znzMtEUo
お前らの世間話に興味はないがな、と断ってから会長は内ポケットから煙草を取り出し、
「喜緑はお前が帰った後、とても哀しそうな顔をしていた。
それは例えば、自分のしていることが正しいのかどうか判断しかねているような――。
俺にはそれが我慢ならん」
煙を明後日の方向に吐き出した。俺は副流煙を懸念しつつ訊いた。
昨日あなたは結局いつ屋上からの帰還を果たしたのか、という質問は自重しておくとして。
「えらく細かい比喩ですね。どうしてあなたにはそれが我慢できないんですか」
「喜緑はいつも自分の行動に確固たる自信を持っていたのに、
それが揺らぐことによって、俺に不都合なことがたくさん起こるからだ。
長門がここにやってくるようになってからというもの、あいつは思い悩むことが多くなり、必然的に俺の負担は倍加した。
何故この俺があいつのために紅茶を買いに行かなくちゃならねぇんだ。
どうして俺があいつの書記としての仕事を請け負わなくちゃならんねぇんだ。
俺はあいつの代理人かっつーの」と会長。
俺はテンポ良く相槌を打った。
「でもあなたはそれを快く引き受けていますよね。それは何故?」
「俺が喜緑に惚れているからだ。
もしなんとんも思ってなかったら俺は即刻こんな高校生活を放棄していたに違いねーからな」
仰天告白したことにも気づかず会長は続ける。
107 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/29(火) 22:08:05.84 ID:znzMtEUo
「初めて顔を合わせてから、もうかれこれ一年になるが……
あれほどガードの堅い女は他にいねぇだろうな。
愛想のいい笑み浮かべた裏で、しっかり周りの人間との距離を測ってやがる。
大抵の女は俺がちょいと気をかけるフリをしただけで落ちるがあいつは別格だ。
ま、それでこそ攻略のしがいがあるってもんだが――」
と、そこまで言って自分の多大な失言に気づいたのだろう。
会長は電光石火の勢いで俺の胸ぐらを掴むと、
「何言わせんだこの野郎。
いいか、今のは虚言だ。妄語だ。絵空事だ。
分かったなら頷け。分からないなら俺自らお前の記憶消去を手伝ってやる」
極道の方々も失禁すること請け合いの眼光で睨め付けてきた。
煙草の灯が目と鼻の先にある。俺は素直に首肯した。
本気の森さんを知った俺に恫喝は効かないが、みすみすほっぺたに火傷をもらうのも癪だからな。
後々、目聡いハルヒに言及される危険性も含めて。
すると会長は
「話を元に戻すぞ」
と言い、俺を乱暴に突き放して、
「お前らはあいつの情緒を乱す。
役職以外の喜緑に用があるなら生徒会室の外で済ませろ。
ただでさえ留年したという事実に懊悩している最中だというのに、これ以上心配事と厄介事のタネを増やすな」
「―――遅れてしまってすみません。先生の都合で授業が延長されてしまったんです」
まるで最初からそこにいたかのような違和感のなさで、背後から凛と声が響いた。
そういえば会長の留年理由をまだ訊いていなかったなぁ、などと悠長なことを考えてた俺は直ぐさま振り返り、
ドアの前で佇む喜緑さんを認めてからこれまたすぐに会長に視線を戻す。懸念は杞憂にすぎなかった。
「早速だが君に客人だ」
喜緑さんは俺と会長を交互に見比べて、
「わたしがいない間、会長が応接を?」
「そうだ。生徒会の在り方や今後の学校運営の希望など、建設的な意見を多く得ることができた」
あの小言のどこが建設的だったのだろう。
しかし俺の視界には、感情を露わにする哀れな留年生の代わりに
どこまでも鉄面皮な生徒会長の御姿がある。達人級の早業だった、と表現する他ない。
112 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/29(火) 23:14:28.92 ID:znzMtEUo
「さあ、彼の相手をしてやりたまえ。
わたしは教員室に用事がある。数分で済むだろう」
会長はそう言うと、俺に一瞥をくれてから足早に生徒会室を後にした。
実に手際がいいね。ドアが閉じられる直前、喜緑さんが
「それなら後でわたしが――」
と声をかけたが、会長の耳には届かなかったらしい。
今一度生徒会室を見渡すと、静かに微笑を浮かべる喜緑さんの他には誰もいなかった。
さて、これでようやく当初の目的を果たせるわけだが。
昨夜の会話が尾を引いて躰を緊張感がかすめる。
俺が言葉を探していると、喜緑さんはその場から一歩も動かずに、
「あなたなら約束を守ってくれると信じていました。
もし忘れられているようなら帰路で偶然を装って接触するつもりだったんですけど、要らぬ心配だったようですね」
サラリと怖いことを言い、
「昨夜の時点で詳細が決まっていたら良かったんですが――。
あなたには今夜、何か予定がありますか?」
脳内スケジュール帳を紐解くと今日の欄は真っ白だった。俺は質問を深読みせずに答えた。
「ありませんけど」
すると喜緑さんは破顔して、
「なら大丈夫ですね。一度帰宅された後、あなたに来て欲しい場所があるんです」
どこからともなく現れた万年筆とメモ帳。
長門のマンションの部屋番号――知らない数字の並びだ――が綴られる。
紙片を受け取って再度眺めてみても、その数字に憶えはなかった。
それにしても達筆だな。俺のミミズがのたうったような文字とは大違いだ。
123 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/30(水) 01:57:47.80 ID:AL4I6moo
――って、感心している場合じゃねえ。
麗しい先輩から目的不明のまま場所だけを告げられて、
そこに何の疑いもナシにホイホイ足を運ぶのは、後先を考えない間抜け野郎のすることである。
俺は「別段意識していませんけど」といった風を装い尋ねた。
「ここで何があるんですか」
「秘密です。着いてからのお楽しみということで」
ふふ、と艶笑する喜緑さん。
秘密と言われてもな。いつもの俺なら得意のポジティブシンキングでえっちぃ妄想を膨らませるのだが、
如何せん今は長門の件と関連づけて、その言葉の裏側を洞察しようとしてしまう。
返答に窮する俺を見かねたのか、喜緑さんは
「無理強いはしません。あなたがどうしてもわたしを信用できないというのなら、無視しても結構です。
ですが、その選択をした場合、あなたは必ず後悔することになると思います」
譲歩のようで強制を示す追撃をしかけてきた。あっさり突き崩される俺。
「分かりましたよ。でも一つだけ訊かせてください。
その部屋がだいぶ前の事件の時みたいに局地的非侵食性融合異時空間に通じているとか
ドアを開けた瞬間情報制御空間に飛ばされるとかの危険はないんですよね?」
プライドを保つための質問は、しかし喜緑さんにとっては予想外だったようで、
「ふふっ、面白い人。いえ、先程の言い方では誤解されても仕方ないかもしれませんね。
訂正します。わたしはあなたに来て欲しいんです。それに、決してあなたが不愉快になるコトは起こりません」
「じゃ、今から夜を心待ちにしときますよ。
あなたがそういうのなら、そのイベントとやらはきっとすごく楽しいんでしょうから。
―――で、俺が呼び出された理由はこれだけですか?」
143 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/31(木) 21:15:29.45 ID:MlokVJYo
喜緑さんは首を僅かに傾げて言った。
「ええ、これだけです」
正直拍子抜けだった。おっと、勘違いするなよ。
それは俺がマゾヒズムに開眼し、
昨日申し渡された『処罰』を心待ちにしていたからでは断じて無く、
昨夜の再現とも言うべきこの状況下で、
喜緑さんが長門の件に再び触れるのは必至だと思っていたからだ。
自然な微笑を湛える喜緑さんに対し、精一杯無表情を形作る俺。
会話に空白が生まれる。昨夜に全ての情報を呈示し終えたが故の沈黙か――?
そんな邪推をしてみたところで、俺に水を向ける勇気が残っているはずもなく。
「それじゃあ……失礼します。喜緑さんもお仕事があるでしょうし」
言いながら足を動かす。
が、俺がドアの前に立ち塞がる形で佇む喜緑さんを迂回しようとした刹那、
「待ってください」
喜緑さんが視線で俺を静止させた。そして時計も見ずに、
「今は三時過ぎです」
と言い、
「紅茶は如何ですか?
もちろん今日はレディグレイとは違った種類のものを煎れるつもりです。
アップルシナモンも持ってきたんですよ。少しはお茶会らしくなると思って」
承諾してもらうことが前提の笑顔をこちらに向けてきた。
ここは――
1、遠慮しよう。ハルヒの重大発表とやらに間に合わないし、何より長門のことが気になる。
2、御言葉に甘えよう。俺が喜緑さんに勝手に抱いている抵抗感を、さっさと拭うためにも。
>>150までに多かったの
144 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/31(木) 21:17:04.62 ID:GL8SPqM0
1
145 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/31(木) 21:17:28.82 ID:6SX1QsYo
1
146 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/31(木) 21:18:08.06 ID:uBERH2AO
1
147 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/31(木) 21:18:38.04 ID:0jSiNYAO
2
148 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/31(木) 21:19:07.57 ID:bwMkjW20
2
149 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/31(木) 21:19:17.03 ID:LFShPag0
1
150 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/31(木) 21:19:36.27 ID:zpOUV4go
1
156 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/31(木) 22:23:07.00 ID:MlokVJYo
喜緑さんはもうすっかり俺をお茶友に認定してくれたようである。……が、しかし。
普段なら喜んで首を縦に振るところでも、今は遷延不可のタイムリミットがある。
もしここで御言葉に甘えて紅茶を一服、ゆるゆると雑談に流されてしまえば、
ハルヒの重大発表を聞き逃し、加えて昼休みに決心したコト――長門のエラー原因究明――を実行する機会が減ってしまう。
俺は心を鬼にして、
「すみません、実はハルヒのやつに――」
用件を済ませた後は迅速に文芸部室にくるように言いつけられていることを伝えた。
すると物わかりの良い喜緑さんは肩を落とし、
「そうなんですか。では、また別の機会に。わたしは放課後は大抵ここにいます」
お誘いを受けるのはやぶさかでないんですが、その度に会長を邪険に扱うのはやめてあげてください。
あの人、高慢ちきで厚顔ですけど、あなたの言葉や行動に対しては結構繊細みたいですから。
そう言いかけて口籠もった。無粋な真似はよせ、と自戒する。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもないっすよ。やば、もうとっくに20分すぎてる」
喜緑さんが身を引いた。俺は軽く会釈をしてから、生徒会室を後にした。
「今夜の約束、忘れないでくださいね」
廊下を出た瞬間、まるで耳元で囁きかけるように聞こえたこの言葉は……やっぱ幻聴の類じゃないんだろうな。
――――――――――――――――――――――――――――――
「遅い!」
鼓膜を突き破らんばかりの一喝。
頭蓋を右から左へ筒抜けする教師たちの怒鳴り声と違って、
ハルヒのお叱りが脱脂綿に滴下した液体の如き浸透力で髄脳に染み渡るのはどういった理屈なんだろうね。
これは毎度思うことだが、いっそ教師になればいい。
167 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/02/01(金) 00:42:37.79 ID:qMsS3NYo
俺は愛用パイプ椅子に腰を落ち着けながら弁明した。
「まぁまぁ、そう怒るなよ。時間もほとんど間に合ってるしさ……」
しかしハルヒは団長席を立ち、俺の隣のパイプ椅子にどっかと座り込んだかと思うと、
「絶対間に合ってない!
あたしが与えた猶予は20分だったから……」
「4分28秒52の遅刻。プランク単位での計測も必要?」と長門。
「さっすが有希ね。でも単位は秒までで十分よ」
なぁ、長門。如何に的確かつユーモア溢れる秀逸な相の手であろうと、
ハルヒには無駄な加速燃料にしかならないことくらい分かってるはずだよな?
俺は非難を籠めた視線で窓際を見遣った。口を緘した文芸部員はこちらをチラリと見ようともしなかった。
なんともはや、冷たいね。
「――さあキョン、何かあたしたちに言うことがあるんじゃないの?」
いつぞやの元気注入時のようにジーッと俺の瞳を凝視してくるハルヒ。はいはい観念しましたよ。
「俺が悪かった。今日はえーっと、その、団長様から重大発表があるのにみんなを待たせちまってさ」
「謝罪文句としてはギリギリ及第点だけど、まぁいいわ。
団員の怠慢は団長の責任だし、これからはもっと厳しくしていかなくちゃね」
ハルヒのニマニマ笑いによって背筋を走った悪寒に堪えていると、
テーブルの上に俺の湯飲みを見つけた。中には緑茶がなみなみと注がれており、
白浪から立ち上る湯気からそれが熱々であることが分かる。
はて、長門はいつお茶を煎れてくれたんだろう。俺はとりあえず一口分を喉に流し込み、
「………なんだその高級ドッグフードを目の前に、
美人のお姉さんに抱きかかえられて足をバタつかせているミニチュアダックスフンドを見るような目は」
「あなたは本当に直喩がお好きですね。もっと簡潔に、同情と羨望が半々の視線、と表現されてはどうでしょう」
珍しく右手でチェス駒を弄んでいない古泉に気がついた。
羨望については解せないが、同情される覚えはないぞ。
最近はとんとご無沙汰だったが、ハルヒの横暴っぷりに振り回されるのには慣れているんだ。
216 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/02(土) 22:28:42.55 ID:F8Cffw6o
「ははあ、あなたは一つ勘違いしていますね。
僕は同情の対象があなたであるとは一言も言っていません」
「ならその対象を言え」
古泉は俺の左隣と窓際を交互に見比べ、
まったく責任感の感じられない薄い笑みを浮かべると
「できません。諸所の事情でね。
しかし僕が答えを言わずとも、消去法で考えていけば答えはすぐに出るでしょう。
それともなんですか。その方法でさえ思い浮かばなかった、と?
なるほど、それならあなたにも同情の余地がある」
うぜぇ。どれくらいうざいかというと、小学生時代、
無垢な俺の話題提起を「だから?」「で?」の二つで徹底的に潰してきた同級生よりもうぜぇ。
俺は古泉を睨め付けつつ、気分を落ち着けようと手でお茶を探した。
が、いつまで経っても湯飲みの感触が見当たらないので視線をズラすと、
ハルヒがごくごくと飲み干していた。やがてぷはぁ、と満足そうな溜息が漏れる。
「それじゃみんな揃ったことだし始めるわ。
今更だけど、今日は団長であるあたしから発表があります」
演説前に喉の調節をするのはフツーだが、
どうしてこいつは自分のお茶よりも人のお茶の方から先に飲んでいくんだろうね。理解に苦しむ。
俺の心中を察することなく、ハルヒは団員の顔を眺め回して言った。
「その内一つは嬉しいことで、もう一つは楽しいことなんだけど……
みんなはどっちから先に聞きたい?」
「どっちもほとんど一緒じゃねぇか」と正論を述べる俺。
「悩みますね。僕は涼宮さんにお任せしますよ」とフェミニスト全開の古泉。
「……………」と三点リーダでハルヒに選択を委ねた長門。
この三人の中で誰が冷ややかな視線に曝されたかは言わずもがな。
ハルヒはふむ、と考え込むフリをして、
1、楽しいことから話し始めた
2、嬉しいことから話し始めた
>>221
221 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/02(土) 22:37:20.21 ID:m8IXCeA0
2で
255 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/03(日) 16:20:59.62 ID:SehH/6Yo
「じゃあ前者から話すわ。順序的にも話しやすいし。
あ、でも話す前に一つだけ忠告。最後まで静かに聞くこと。
質問は後で受け付けるわ。特にキョンは狂喜乱舞して部室の備品を壊さないように」
んなことしねぇっての。
ほら、勿体ぶらずにさっさと言え。
お前が地球外生命体とのコミュニケートに成功したとか
昨晩寝てる間にESPに覚醒したとかなら俺もそれなりに喜んでやるからさ。
「もっと現実的なことよ」
ハルヒは不敵な笑みのままに言った。
「みくるちゃんが帰国するらしいの」
へぇ、朝比奈さんが帰ってくるのか。
そりゃ確かに素直に喜べる知らせだな。お前が重大発表と銘打っただけのことも………え?
あたかも文芸部室内の空気が根こそぎ奪われ、思考が丸ごと真空状態に投げ出されたかに思われた。
朝比奈さんが今年の春で北高を卒業し、アメリカの名門大学に留学したというのは表向きの設定だ。
実際はハルヒの監視という任期を終えて、この時間平面上から元の時間平面に帰還した。
未来の時間管理局とやらがどんな組織構造かは分からないが、
今までの前例を鑑みるに、ちょっと遊びに行ってきます、みたいな理由で時間渡航することを許すとは考えがたい。
つまり朝比奈さんは、何かしらの事情を携えて"帰国"を果たしたことになる。俺はオウム返しに訊いた。
「……朝比奈さんが帰ってくる?」
「ふふん、驚きでまともに言語中枢が働いてないって顔してるわね。
昨日の夜にみくるちゃんから電話で連絡があったの。
急な用事で帰国することになったんだけど、もし時間に余裕ができたらあたしたちとも会えるんだそうよ」
前もって連絡してくれたら色々準備できたのにねー、と喜色満面のハルヒ。
俺はそれにちぐはぐの愛想笑いを返し、横目で残りの団員二名の様子を窺った。
262 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/02/03(日) 17:41:10.44 ID:SehH/6Yo
長門は本を閉じてその上に両手を重ねたまま、
いつもの無表情で耳を傾けている。
ただしこちらに向けられた琥珀色の瞳だけは、
ハルヒの言葉の真偽を確かめているといった風で、いつになく透き通っていた。
テーブルの正面に視線を移すと、古泉はちょうど口元を塞いでいた右手をどけるところだった。
「あれからもう二ヶ月ですか。光陰矢の如しとはよくいったものです」
補足しておくと、古泉のいう"あれ"とは朝比奈さんのお別れパーティのことだ。
古泉は常の爽やかスマイルに深みを持たせた顔で、
「朝比奈さんのことは今でも鮮明に思い出すことが出来ます。
いやぁ、こんなに早く再会できるなんて、今から心が躍りますね」
「でしょでしょ?」
そこでハルヒは俺の方を見て、
「キョンは照れてるのか静かだけど、古泉くんは自分の気持ちに正直で助かるわー」
それはお前が古泉の神がかった演技に騙されてるだけだろうが。
俺は黙って団長と副団長の遣り取りを眺めることにした。こういう時は口を噤んで古泉に全部任せるに限る。
「そんな古泉くんに朗報よ。みくるちゃんが時間をとれるとしたら、明日なんだって。
良かったわね、これで心が躍り続けで過労死することもないわ」
「明日ぁ!? いくらなんでも急すぎないか」
自戒は10秒と持たなかった。
「キョンうるさい。最初にあたしが言ったこと、もう忘れちゃったの?
質問はあとに――」
「恐縮ですが、僕も彼と同感です。
どういった経緯で彼女が帰国したのか詳しく説明していただけないでしょうか」
267 名前:飯挟んだ[] 投稿日:2008/02/03(日) 19:24:10.13 ID:SehH/6Yo
僅かに真剣味を含んだ声が割り込んできた。
まったく、副団長殿のメリハリの付け方にはいつも舌を巻かされる。
ハルヒは椅子にきちんと座り直して、
「……あたしも詳しくは知らないのよ。
なんかみくるちゃん、大学の研究の調べ物で、日本に戻らなくちゃならなくなったらしいの。
最初は急がしくて、どうせ会えないなら連絡しないでおこうと思っていたらしいんだけど、
明日一日だけならなんとかなるかもしれないってことになってあたしに電話してきた、ってわけ」
一気にぶちまけた。その話を非常識的単語を置き換えるとこうなる。
朝比奈さんは時間管理局(今更だがこの呼び名は便宜的なもので正式名称は知らん)の任務を帯びて、
再びこの時間平面を訪れた。最初はその任務が忙しすぎて俺たちとの再会を諦めていたが、
いろいろあって、明日一日だけなら俺たちに時間を割けるかもしれなくなった。
かなりテキトーだが間違ってはいないだろう。
複雑めの表情を一瞬のうちに笑顔に塗り直した古泉が言った。
「なるほど、研究の資料収集ですか。しかし一つ気になることが。
情報化社会の現代、必要な情報は望めばいつでもどこでも手に入れることができるはずです。
それなのに彼女が日本にわざわざ足を運ぶ理由とはなんなのでしょう」
ぐるり、と切れ長の双眸が意見を求めて部室を眺め回す。
ミステリアスな雰囲気が漂いつつあったが、しかし刹那後にはハルヒによって吹き飛ばされた。
「別にどうだっていいじゃない。
あたしたちにとって大切なのは、みくるちゃんと再会できるということよ」
「まさにそのとおりでした。
どうも僕には話題の焦点をズラしてしまう悪い癖があるようです」
「そんなことはみんなとっくに知ってる」
と、疎外気味だった俺は会話への参加を試みた。
271 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/03(日) 20:47:18.61 ID:SehH/6Yo
「なぁ、ハルヒ。
帰国経緯は脇に置いておくとして、明日はどうやって朝比奈さんを迎えるつもりなんだ。
お別れパーティのときみたいな催しは今から準備しても間に合わないし、
かといっていつもどおりの不思議探索に加わってもらうだけってのもお前が許さないだろ?」
「心配ご無用。ちゃーんと考えてあるわ」
チッチッチ、と人差し指を左右に振るハルヒ。
「明日は鶴屋さんちが造ったテーマパークに行こうと思うの。
これならあたしたちが何か用意する必要はないし、いつもの不思議探索よりずっと楽しめるでしょ?
ちなみに、重大発表の内の楽しい方がこれだったのよ」
一昨日辺り谷口らに見せられた特集記事を思い出す。
えーと、明日が正式オープンだったっけ。
お前が何も言わないから、てっきり混雑を避けてある程度ほとぼりが冷めてからかと思っていたんだが。
俺は朝比奈さんが未来から時間渡航してくることを忘れたまま訊いた。
「それ、朝比奈さんにかなりのハードスケジュールを強いることになっちまわないか。
明日のテーマパークは滅茶苦茶混んでるだろうし、帰国した直後の体には堪えるんじゃ、」
「それもきちんと考えてあるわよ」
ハルヒはテーブルの上に投げ出した鞄から5枚の紙片を取り出して、
「これなーんだ?」
「テーマパークにお馴染みの優待チケット……に見えるな」
「ただの優待チケットじゃないわ。どんな待ち時間も一発スルーの最強チケットよ!」
「おいおい――」
そんなものを一体何処で手に入れたんだ、と問い質しかけて、
俺はSOS団最強のスポンサーを失念していたことに気づいた。
あの人のことだ、突然のハルヒの我儘にも二つ返事でOKしてくれたに違いない。
また今度お礼言わなくちゃな。
「どう? これならみくるちゃんもあたしたちも、
ストレスフリーで快適かつ待ち時間で疲れることなくアトラクションを楽しむことができるわ」
283 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/03(日) 21:46:20.02 ID:SehH/6Yo
「勿論あたしは一日中遊ぶつもりなんだけど、一応聞いとくわ。
明日の夜に予定がある人はいるかしら? 古泉くんはどう?」
「僕は一日中空いています。
偶然にも予備校が教員研修で臨時休業中なんですよ」
古泉は即答した後、俺にしか見えない角度で唇の端を歪めた。
何の意思表示かは分からないが、とりあえず気持ち悪いので見なかったことにする。
「有希は?」
「……問題ない。明日は一日中ひま」
「そう。それにしても古泉くんも有希も、SOS団の活動を断った試しがないわよねー。
古泉くんはルックスもいいし性格も清涼感があって優しくて、
有希は口数少ないけど寡黙な美少女って感じなのに……二人とも誰かと付き合ってたりしないわけ?」
「交際の申し出を受けたことは何度かありますが、
多忙を理由に断っているうちに、すっかり女性陣から一線を引かれてしまいましてね。
最近はバイトも減り、そろそろ伴侶を見つけてもよいと思った頃には受験生になっていました」
笑わるぜ。お前がこの一ヶ月で少なくとも5人の新入生後輩女子から告られたという情報は
北高男子ネットワークに流出済みだっての。それにお前ぐらいの頭脳なら受験なんて片手間にクリアできるだろ。
――と、俺が平凡及び平凡以下なルックスの男子生徒一同の想いを代弁しようとした、その時だった。
「恋愛関係を強要されたことはある」
寡黙な美少女と評された長門が、こいつにしては大きめの声で、
まるで誰かに自分の身の潔白を証明するかのように断言する。
「……しかしそれらは一方的なもの。わたしは例外なく断った」
―――長、門?
本日二度目の、空気の流動が停止した錯覚に囚われる。
長門が自分の被告白履歴を語るのは、そこら辺の女子が恋バナに花を咲かせるのとはわけが違う。
いちはやくフリーズ状態から回復したハルヒが訊いた。
306 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/02/04(月) 01:10:12.39 ID:45.Kh9co
「め、珍しいわね。
有希がこういう話をしてくれるだなんて……。
告ってきた男の中に、一人くらい付き合ってもいいなぁって思えるヤツはいなかったの?」
どもっているあたり、こいつもまさか長門が返事をしてくれるとは思っていなかったのだろう。
質問の仕方もかなり慎重だ。長門はフリフリかぶりを振った。
先程の発言同様にダイナミックな動きで。
「そ、それはどうしてかしら?
も、もしかして他に好きな人がいるから?」
その質問が終わった刹那、俺を耳に全神経を集中し限界まで可聴域を広げ、
どんな呟きも聞き漏らすまいとした。正面を見ると、古泉までもがポーカーフェイスはそのままに耳を欹てていた。
「……………」
沈黙が会話に舞い降りる。
無限に続くかと思われたそれは、
「わたしは――」
しかし長門の細々とした声に破られて、
「なーんて、有希の心を射止められる男がいるわけないわよねー、あはは、はは……」
ハルヒの豪快な笑いによって覆い尽くされた。
こいつめ、よくも良いところで止めやがったな。
「マジ空気読めよ……」
「くそ、あともう少しだったのに……」
歯軋りがハモる。古泉、今ならお前と結託してやってもいいと思えるぜ。
でも――。憤慨する自分とは別に、長門の好きな人を知らなくて良かったと安堵している自分もいて。
結局は寸止めさた方が幸せだったのかもしれない。
もし長門の挙げたヤツが、どこぞの馬の骨ともしれぬ不逞の輩であったなら――
俺は数時間以内に憤死していただろうからな。
324 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/04(月) 21:50:29.53 ID:45.Kh9co
細目で長門の様子を窺うと、長門はハードカバーに没頭していた。
やはりというべきか、先程の話題を煮詰める気はハルヒの横槍によって失せてしまったらしい。
「話を戻すわ」
と、ハルヒが気を取り直して言った。
当然俺は前の二人と同様に水を向けられることを期待した。
「あたしはいつも土曜日は予定入れてないし、
古泉くんと有希もオッケーなのよね。うん、それじゃあ明日の集合時刻だけど――」
あー、久々の感覚だね。
このまるで息をするような自然さでシカトされ蔑ろにされた時のやるせなさ。
「ちょっと待て。俺には土曜日の予定の有無を尋ねないのか?」
するとハルヒは、まるで噛み癖のある飼い犬がまさに予想通りのタイミングで噛みついてきたのを確認し、
お叱りという名の虐待を加えることに喜悦しているといった風に表情を歪ませて、
「あんたが土曜日暇なのは既定事項だから必要がないのよ。
それに――あんたには休日を一緒に過ごす彼女なんていないでしょ?」
勝手に決めつけてんじゃねぇよ。俺は反論しようと不思議探索以外での休日の過ごし方を模索した。
しかし悲しいかな、俺が今までずっと土曜日をSOS団の活動に献上し、
また彼女と甘い休日を過ごす機会に恵まれなかったことは紛れもない事実なわけで、
「そりゃまあ、確かにお前の言うとおりなんだけどさ……」
「なら話に水を差さないでちょうだい」
俺を返り討ちにしたハルヒは、再び全体を見渡して明日の予定の詳細について語り始めた。
332 名前:修正ver そして 風呂 間隔 空く[] 投稿日:2008/02/04(月) 23:07:00.54 ID:45.Kh9co
結局、話はそれから20分くらい続いた。ハルヒが集合時間と集合場所を宣言したのち、
やれ最新型アトラクションだの、やれ謎に包まれたディナーショーだのテーマパークについて熱弁をふるい、
しなくてもいいのに古泉が相槌をうってやったからだ。勿論そのくだりの描写は面倒なので割愛する。
「――話すことはこれくらいね。あ、今夜中に明日のことについて纏めたメール送るから」
最後にハルヒがそう締めくくりミーティングは解散と相成った。
とはいうもの、ハルヒが定位置の団長席に戻っただけで他のメンバーの位置に変わりはないんだが。
――――――――――――――――――――――――――――――
さて残す本日の主要イベントは喜緑さんに言い渡された帰宅後の約束のみとなり、
俺はそれまで焦って精神を摩耗させることもあるまいと、緑茶をちびちび呑みつつ長門を観察していた。
"そんな悠長に構えていていいのか?"
なんて厳しい意見が飛んできそうだが、まあ聞いて欲しい。
いくら最悪の未来が用意されているとはいえ、
ここで俺が自分の才量もわきまえずに先走って自爆したら元も子もない。
表向きは普段通りに過ごし、裏で長門のエラー発生原因について考察するのが、
パトロンも特殊能力もない俺ががとれる最善手なのではないか。
朝からこっち、ずっと空回りしていた俺の思考回路はいつしかそんな結論を出していた。
時間の経過や古泉からの助言、そして部室でなんの変哲もない長門を見たことが、
長門の件に関して暴走気味だった頭に、鎮静剤を投与するに値する役割を果たしてくれたらしい。
「…………………」
どこまでも起伏のない緘黙の上を、ページを捲る音が単調に奏でられていく。
今日も今日とて、指先と目線以外は微動だにしない読書スタイルを貫き通す長門。
所作に不和はなく。表情に乱れはなく。双眸が映すは整然とした文字列のみ。
一昨日の電話を初めとする長門に纏わる話が、
全て俺の空想であったのではないかと思えるくらいに窓際の少女は"いつも通り"だった。
338 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/02/05(火) 01:13:50.98 ID:Ausg8e6o
「あなたの番ですよ」
親切心に満ちあふれた声が意識をゲーム世界に連れ戻す。
「あぁ」
俺は上の空で答え、マウスを動かしてディスプレイの中の石を摘んだ。
適当なところでドラッグを解除すると、石が位置を補正されて設置された。
自動的に石が裏返っていき、盤面は一気に黒優勢になる。
オセロがデジタル化したことに対する感動はなかった。
理由は単純、リアルからバーチャルの世界に移行したところで
古泉の弱さは不変だし、半年ほど前にコンピ研から再度強奪され、
それ以来へボい処理ばかりさせられている最新型ノートパソコンが不憫でならないからだ。
「そう来ましたか………。
今の一手は、この試合で僕が勝利する確率を二割弱にまで落としました」
そんなややこしい確率を瞬時に計算できる割に、
何故テーブルゲームのロジックを解き明かせないのか理解に苦しむ。
「角を三つとられていますが、勝機とは自ら作り出すもの。
さぁて、本番はここからです。これから最高の逆転劇を展開して見せますよ」
ねぇよ。この状況からどうやって勝つつもりなんだ。
俺は早期投降を促そうとしたが、それよりも早く古泉はカーソルを動かした。
石は見当違いなところに置かれて、局面に与えた影響はほとんどなかった。
俺は溜息を吐こうとした。しかし小さなポン、という電子音にそれを思い留まった。
ディスプレイの右下にチャットメニューのようなものが表示されており、メッセージが届いていた。
from:古泉
お手柔らかにお願いします^^
内容は果てしなくどうでもいいが――この機能は密談にうってつけといえる。
傍目にはオセロをしているようにしか見えないからカモフラージュもばっちりだ。
355 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/02/06(水) 20:44:07.66 ID:wrWIziQo
to:古泉
却下だ^^
俺は以上の通りに打ち返してから目頭を押さえた。
――さて、これからどうしたもんかね。
成すべきことは明瞭なのに、それに辿り着くのを妨害するように、
あるいはそれを暈かすかのように、不可解な出来事が散在している。
取捨選択をミスるわけにはいかない。ここは――
行動対象自由安価(部室内の人物)
>>360
360 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/06(水) 20:59:06.10 ID:ITLM.k2o
長門
368 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/02/06(水) 22:17:15.29 ID:wrWIziQo
やはり長門のエラーの原因解明が、何よりも優先するべき事柄だ。
再度窓際をチラ見する。長門は30秒前と寸分も姿勢を変えることなく読書に勤しんでいた。
しかしそれも、今一度考えてみれば当然のこと。
普段から情緒変化を表に出さないこいつが、
俺には自分が削除される可能性があることを、古泉には不明なエラーについてさえも悟られまいとしているのだ。
距離をとって眺めただけで手掛かりを発見できるかも、と期待する方が失礼だろう。
かくして。
俺は盤石の砦に罅を入れるに足りる話題、もしくはそれに準じるものを探し、
結果、もっとも適当であると思えるアイテムを鞄の中から見いだした。
あんまり効果はなさそうだが、まぁいつか渡そうと思っていたモノだし。
長門が喜んでくれるなら、それはそれでよしとしよう。
チャットメニューに
to:古泉
しばらく長考してろ
と打ち込み、ノータイムで急所に石を放り込んでから、
「なあ、長門。今話せるか?」
控えめに訊いてみる。すると長門は視線を文字の上に踊らせたまま、
「………少しならいい」
「すまん、読書の邪魔しちまって。
ところでさ、俺の記憶が正しければ――お前の今読んでるその本は、この前図書館で借りたやつだよな?」
「そう」
指差す俺を見ようともせずに、コクリと首肯した。
俺はどこか台本を読んでいるような作業感を感じつつも続けた。
「もう読み終わりそうに見えるが」
「……………」
「どうだ、それは読書家のお前から見ておもしろかったか?」
「……わりと」
373 名前:風呂 間隔[] 投稿日:2008/02/06(水) 23:14:11.27 ID:wrWIziQo
長門の受け答えがいつにも増して無機質に感じられるのは俺だけではないはずだ。
……ただの思い違いだといいんだが。俺は若干の寂しさを胸に立ち上がり、
「それなら俺の足労も無駄じゃなかったってことか。
良かった良かった。実はその本の続編、つい最近図書館で見つけてさ――」
窓際のパイプ椅子に歩み寄って、
「ちょうどいいと思って借りてきたんだ。
読み終わったら俺に返してくれればいい」
ほらよ、と本を差し出した。
ここに来て初めて面を上げた長門が、本と俺の胸当りを交互に見比べる。
表情に揺らぎはない。しかし――これは決して思い上がっているわじゃないんだが、
気紛れに開く隻眼が、長門の無表情が無感動とは違う、
むしろ相反する感情がせめぎ合っているが故の表情だと告げていた。
カーディガンに半分覆われた手が、すっと伸ばされる。
その時だった。
まるで計っていたかのようなタイミングで、一陣の春風が窓から吹き込んでくる。
そしてそいつはそのまま、長門の本の頁をメチャクチャにしようとして、
「危ねー。あとちょっと遅かったらどこまで読んだかわかんなくなってたな」
頁を押さえつける、大きさの異なる二つの手にそれを阻まれた。
手の甲から伝わる長門の手の平の感触が心地よい。あぁ、まるで子猫の肉球みたいだ。
俺は瞬間的に加速した思考でそんなことを考えていたが、理性が追いつくのにそう時間はかからなかった。
俺は何だ? 平々凡々の一般人だ。
目の前の少女は何だ? 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースだ。
ならどうして、俺は長門よりも早く春風の悪戯に気づくことができた?
俺には予知能力なんて便利な力はないし、ハルヒのような超人的な反射神経も持ち合わせていない。
まったくもってわけがわからん。説明しろと言われても、無意識の内に体が動いたとしか――
378 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/02/07(木) 01:59:02.25 ID:vFJIRmIo
誰に状況説明を求められているというわけでもないのに、
弁解の科白を口の中でもぐもぐしながら視線を上げる。絶句した。
夜深の闇を凝縮し、その上に星を幾つかちりばめたような瞳が目の前にある。
「―――あ」
次の刹那、俺は自分の口から飛び出る言葉の奔流を、
理性を総動員して封さつしなければならなかった。
俺はこの"長門"を知っている。忘れるはずがねぇ。
二年前に改変された別世界で――長門はごくごく普通の、寡黙な文芸部員として生きていた。
その長門は俺が良く知る長門よりも少しだけ情緒豊かで、感情表現は苦手だったけれども、
誰にでも分かるような反応を示してくれた。
そう、例えば……羞恥に頬を染めたり、目の焦点を適当なところで固定して、周囲に気を払っていないフリをしたり。
そして今現在俺が懐かしさのあまり放心しているのは、まさにその例を、眼前の長門が再現しているからである。
ほんのりと色づいた頬、春風が吹く前に何か言いかけてそのままの唇、
抑えた頁の反対側の文字を頑なに映す双眸……
俺は屈み込んだまま、下から覗き込むように長門を観察した。
何か長門らしからぬ反応を期待したものの、
「………もう大丈夫。手をどけて」
いつもの半分くらいの声量が、耳に、延いては脳梁に追憶を促す。
手をどけて? お前さ、それお願いする前にすることあるだろ。
まず"お前の手"からどけてくれ。じゃなきゃ俺の手が脱出できん。
「うかつ」
堅い言葉とは裏腹に、優しく手がスライドされる。
俺は言い表しようのない名残惜しさに歯噛みしつつ体を起こした。
レアなんてレベルじゃない。こんな長門は、余程上手くファクターが組み合わさらない限り相対することができないだろう。
411 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/09(土) 21:27:41.91 ID:nS/0eOIo
俺は五秒に一回の割合でこちらを見上げてはすぐに視線を逸らす長門に、
一時的に眼鏡を再構成してくれないか、と頼みたい衝動を抑えながら考える。いったいどうしちまったんだろう。
予め春風が舞い込むことを知っていたかのような俺の行動に驚いたからか?
それとも偶発的にであるにせよ、俺と手が触れあって照れているとか…――まさかな。
前者の可能性は、余程のことが無い限り無表情を崩さない普段の長門が否定しているし、
後者はそれこそ、二年前、俺の手首をカプリとやったこいつに限って有り得ん。
「あまりじろじろ見ないで」
とか
「あなたは早く自席に戻るべき」
とかなんとかを譫言のように呟いている長門を無視してジッと眺めていると、
案の定、団長様の団員その一に対してのみ遺憾なく威力を発揮するレーダーがレッドアラートを鳴らしたようで、
「あ、ああ、あんたってば何やってんのよ!
部室内で、しかもこの団長の目の前でセクハラなんて万死に値するわ」
勢い良く団長席を立ち上がり、
「おい落ち着けって――、ぐふぉっ」
俺を足蹴にしつつ長門の手を優しくとりあげるハルヒ。
どうしてこいつの思考は常人のそれよりも何倍も飛躍する傾向にあるんだろうね。
俺は当然憮然とした面持ちで元のパイプ椅子に戻り、二人の遣り取りを眺めることにした。
ハルヒが訊いた。
「さぁ有希、エロキョンに何されたか話して頂戴。辛いだろうけど」
それに長門はただ一言、幾分穏やかな色づきに戻った唇で答える。
「本を借りただけ」
「ホントのホントにそれだけ?
有希があんなになるなんて珍しいから……」
「それだけ」
「ふぅん………まぁ、それならいいんだけど」
腑に落ちない様子のハルヒは一旦こっちに流し目を送り、
「なんだ。誤解は晴れたんだろ?」
俺を鮮やかにシカトして自席についた。やれや――
「やれやれ」
誰だ、俺の常套句を俺よりも先に使用したヤツは。
発声源を辿ると、古泉がノートパソコンの向こう側で、いつものアルカイックスマイルに揶揄を溶かしたような顔でくつくつ笑っている。
それが例えようもなくムカつくので、最適箇所を思案しマウスを動かす。石を置くと同時に盤面は黒一色に染まった。ざまあみやがれ。
414 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/09(土) 21:49:11.06 ID:nS/0eOIo
が、俺が勝利の余韻に浸る間もなく(まぁ浸るつもりもなかったが)、第4局目を開始する古泉。
俺は対局者に聞こえるようわざと大きく溜息をつき、しかし了承ボタンをクリックしてやった。
その時の俺には――さっきの強烈なデジャヴと、
長門のエラー発生原因の因果関係に思い当たることができなかった。
改変世界の長門に再会したような気分になった頭の中では、
当初の目的が随分稀釈化されてしまっていたからだ。
――――――――――――――――――――――――――――――
五局目に差し掛かろうと、古泉の劣勢に変わりはない。
そろそろオセロと時折交わされるチャットでのメッセージに飽きてきた俺は――
>>420 行動安価自由記入(ただし帰宅以外で あまり鬼畜すぎるとBADだぜ)
420 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/02/09(土) 21:57:10.19 ID:RYd3v3Ao
古泉に長門の話を振る。核心には触れずに。
425 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/09(土) 22:26:25.66 ID:nS/0eOIo
チャット機能を使って、古泉に再び長門の話を振ってみることにした。
古泉は長門を削除という未来から救う術を既に呈示してくれたが、
それでも尚手詰まり気味の俺にアドバイスを施してくれるかもしれん、と考えたのだ。
俺はチャットメニューを開いてタイピングした。
勿論確信には触れず、昼休みに教えた情報のみでアドバイスを得るつもりだ。
to:古泉
昼休みの話の延長なんだけどさ……ちょっとばかし、話を訊いてくれないか?
このチャットなら長門やハルヒにも聞こえないだろうし。
エンターキーを押す。
その気になれば長門がチャットメニューをモニタリングするなど
俺がTVのチャンネルを変えることくらいに容易なことだろうが、
今は長門が読書に夢中になっていることを願うばかりである。返事はきっかり10秒後だった。
from:古泉
構いませんよ。昼休みの話は既に僕が身を引くという形で決着したとばかり思っていたのですが……
何か腑に落ちない点でも?
即座に打ち返す。
to:古泉
お前は情報統合思念体みたいなハイレベルな知的存在にしか分からないこともあるし、
有機生命体のようなあいつらに比べりゃ庸愚もいいとこな存在にしか分からない事柄があると言ったよな。
俺はあれから考えてみたんだ。長門のエラーの発生原因についてさ。
でも一向に分からない。そこで、お前の目から見た長門に、何かおかしな点がないか教えてもらおうと思ったんだよ。
あくまで興味本位で長門のエラーの発生原因を知りたいといったスタンスを崩さないままの問い掛け。
ディスプレイの向こう側で、俺専属のアドバイザーは3mmほど目を細めた。
459 名前:修正ver[] 投稿日:2008/02/10(日) 22:06:49.59 ID:lVO6xSYo
from:古泉
長門さんの表面的な変化からエラーの発生原因を突き止めるおつもりですか。
僕が言えたものではありませんが、それは困難を極める作業になるでしょうね。
to:古泉
重々承知してるさ。二年前の時、あいつは微塵も前兆を見せなかったからな。
それとも何か、お前はあいつの内面に触れる方法を知ってるていうのかよ?
すかさず電子音が響く。
from:古泉
いいえ
二つ目の電子音は、それから若干の間隔を開けてからだった。
from:古泉
しかし……僕の視点から見た彼女の情報を伝えたところで、
それがあなたの"好奇心"を満たすための補助材料にはなるとは考え難い。
所詮、僕とあなたの思考はまったくの別物です。
僕が彼女に対して感じた、ここ最近の"記憶に留めるに値すること"が、
そのまま、あなたの推理の境界条件の一つになるとは限りません。
俺は気が短い。こいつに対しては特に。
to:古泉
あー、御託はいいからさっさと私見を聞かせろ。
さもなくば今キーボードの上で踊っている十指が
まとめてお前の綺麗なお目々にサミングを食らわすことになる。
まんざら嘘でもなかった脅迫文はそれなりの効果をもたらしたらしく、
マシンガンの連射音さながらのタイピング音が響き始める。返信は30秒後のことだった。
from:古泉
あなたの質問に対する回答を、簡潔に以下に簡潔に纏めてみました――
ふぅん、簡潔に纏めてみました、ね。突然だが、ここで脳内辞書を紐解いてみたいと思う。
【簡潔】
表現が簡単で要領を得ていること。くだくだしくないこと。
く だ く だ し く な い こ と
実にインテリジェントな辞書だ。俺が識りたいと思った単語がすぐに飛び出してくる。
さて、今の単語解説を踏まえた上で、もう一度古泉のメッセージを見直してみよう。
小さなチャットメニューに、思わず身を引いてしまいそうな程の所狭しと詰め込まれた文字、文字、文字。
これを"簡潔"であると表現するのはいささか語弊があるんじゃないかと俺は思うのだが、皆はどう思う?
……………。耳を澄ませたところで、届くのは虚しい沈黙だけ。
俺は二重の意味で辟易し、チャットメニューを拡大化した。
三時限目のメールの時みたく結論だけ読んでポイしてしまいたいが、
質問が質問だ、全文に目を通す必要がある。あぁ忌々しい。
470 名前:9デイズ観て風呂入ってたら大幅に遅れたorz[] 投稿日:2008/02/11(月) 01:26:30.79 ID:gnFj4N2o
―――長門さんの発言量が時間の堆積に比例していることは、
僕よりもあなたの方がずっと早くに気づいていたのではないかと存じます。
これは彼女が僕たちとの接触を繰り返す中で(最近ではクラスメイトの方々ともお話をされる機会があるようですが)
感情を獲得したが故の当然の帰結ですから、今回のエラーとは関係ないでしょう。
それではいよいよあなたの質問への直接的な回答ですが……
ここ最近、僕は彼女がただのTFEIではなく、"人間の少女"だと錯覚するようになりました―――
長門がTFEIだということを普段忘れている俺には、
古泉の遣った「錯覚」という言葉があまりピンと来なかった。
―――あなたは意識していないでしょうが、これはちょっとした驚異ですよ。
分かりやすく説明するために敢えて"機械"という単語を用いますが、
決して彼女を卑下しているわけではありませんので、気を害さないでください。
「人間のように有機的な機械」と「機械のように無機的な人間」。
この二つのに対し、あなたはどういった感情を抱きますか?
一見これらは、背反する二つの特徴――人間的・機械的――とが相殺しあい、
プラスマイナスゼロになることによって、等式で結ぶことが可能なようにも思える。
言葉の上では、ね。しかしその考えに至った時点で、実は大きな落とし穴に嵌っているのです―――
全然分かりやすくねぇよ。こんな哲学めいた命題に頭を悩ませるのは、哲学者もどきのお前の仕事だろ。
俺は疑問符と苛々とを満載した目で、ディスプレイの向こう側を睨付けた。
が、まるで俺が何処まで読み進めたか行単位で把握してそうな古泉のニヤニヤフェイスにあっけなく敗北、
大人しく続きを読むことを余儀なくされる。
―――恐らくあなたはこの時点で理解を諦めかけているでしょうから、まず先程の二例を更に噛み砕いて
「経験を得ることによって人間らしくなった少女型アンドロイド」と「感情発露が苦手で口数の少ない少女」とします。
どうです、この二つをあなたは"似ている"と思いますか? 僕にはそうは思えません。
何故なら例えどんな特徴を付加されようとも、片方は機械で片方は人間であることに変わりはないからです―――
どんなにシュールな場面でも至上のロマンチストであり続けたヤツが、こうも夢のない科白を吐くとはね。
苦笑しつつ次行に視線を移す。俺の反応は予想されていた。
――現実的で酷薄な考え方だ、と後ろ指を指されるかもしれません。
しかしその言葉は、結局は僕の主張を肯定していることになる。
さて、そろそろ話を元に戻しましょう………。長門さんは僕の中で、ずっと先例の前者の位置に立っていました。
僕の目は彼女を"TFEI"としてしか映さなかった。
どんなに彼女が感情を表面化させても、それが僕たち人間のそれと同質であるとは認められなかった。
一応書き添えておきますが、悪い方向に勘違いしないでくださいよ?
僕は彼女を、機関や思念体の関係を無視し、SOS団という枠組みを取っ払った上でも、唯一無二の大切な存在だと思っています。
彼女にとっては、一方的で押しつけがましい仲間意識かもしれませんがね―――
616 名前:Visual C++導入に手間取ったZE[] 投稿日:2008/03/07(金) 21:34:13.48 ID:K/DjY1co
わぁーってるよ、そう何度も確認しなくても、
お前が長門を卑下してるなんて俺はこれっぽっちも思っちゃいないさ。
全ての柵をとっぱらった上でも大切な存在、って部分が気になるが……まぁいいか。
俺はスクロールバーを進める。
――彼女は一年前の冬の時点で、感情を持ち、その奔流を扱いきれない場合があることを明らかにしました。
思えば僕の錯視は、その時からゆっくりと進行していたのではないかと思います。
彼女はTFEIという枠組みを超えて、徐々に人間の少女へと近づいていった。そして――
数行の改行を挟んで、
――彼女は僕の瞳に、人間の少女そのものとして映るようになったんですよ。
無論、姿形のことではなく、感情発露、仕草に関する面で、ね。
まだ時折ですが、このまま彼女の情緒が開拓されていけば恒常的にその錯視は起こり、
結果として、彼女がTFEIであると認識できる人間との差異は情報操作のみになるかもしれません――
要は長門が人間と変わりなくなっちまうってコトか。
大いに結構じゃないか。それは長門にとっても俺たちにとっても喜ぶべきことだろう?
――彼女の進化は加速しています。それも幾何級数的に。
あなたは喜緑さんや朝倉さんの、情緒豊かな性格に触れることによって、
長門さんがそれと同様になることに疑問を抱いていないはずです。むしろ喜んでいるはずだ。
ですが考えてみてください。
彼女たちの性格はあくまで"プログラム"されたもの。
初期条件が異なっているんですよ、それは即ち、彼女たちの感情表現がプログラムに則ったものであることを意味している
では、長門さんが獲得した"感情"とはプログラムに類するものなのでしょうか?
人間と同様に思考し、葛藤する……それはきっと、プログラムよりもずっと複雑で、単純なんです。
僕が錯視するよりもずっと早くに、あなたは彼女の機微に触れることができていた。
ならば、現時点であなたが長門さんの変化に気づけない理由は一つです――
一度は共感を誘ったものの、再び難解単語が並び始めた長文章。
いよいよ頭がオーバーヒートしてきた。俺は「だから何なんだ?」と叫びたい気持ちを抑えて視線を画面に戻した。
次の段落は、たったの一行だった。
さぞかし膨大なパラグラフが待ち受けているんだろう、と予想していた分、
俺の視線は滑りに滑ってから、その一行を読み上げる。
――あなたの長門さんに対する意識が、彼女の成長に追いついていないからですよ――
624 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/07(金) 22:21:45.52 ID:K/DjY1co
ふむふむ、俺の長門に対する認識が足りていない、と。
で、勿論続きがあるんだろうな?
俺はいっぱいにスクロールバーを引き下ろした。が、無情なエンドバーはそれ以上のスクロールを許してくれなかった。
――ふざけんな。おい古泉、散々小難しい文章並べて、最後に矛盾孕みまくりの一言残して、
挙げ句、主題である"お前の目から見た長門の変化"を置いてきぼりにしたまま締めくくるなんてどういうことだ――
エンターキーを叩く。返信の速さから見るに、返事は予め用意されていたようだ。
――鈍感なあなたの頭には、あれ位に抽象的な方が、逆に浸透しやすいと思いまして。
何度か読み返して貰えれば、適時適時に、先程の文章の一節が役に立つはずです――
あの文章をもう一度読めと? どんな拷問だよ。
――さっきの要約話をあと十回くらい要約してから俺に送ってくれ――
条件反射的にそう打ち込んで、俺は待った。十秒待った。二十秒待った。三十秒待った。
だが、デミゴッド級のタッチタイピングを見せた古泉は、いくら待てども返事を返さない。
しかもディスプレイ越しに送ってきた流し目には、
"限界まで要約したつもりです、これ以上の圧縮はできません"などと書かれている始末だ
そうこうするうちにお馴染みのパタン、という音が部室に響き、俺は泣く泣くPCをシャットダウンした。
「さ、早く出ましょ。今日は久しぶりに皆と一緒ね〜」
二日ぶりの全員下校なだけで浮き出し合っているハルヒ。
その雰囲気に押し出される形で俺たちは帰途についた。
道すがら、俺は古泉にさっきのチャットの続きを訊こうとしたが、
ハイなハルヒのお相手に忙しい副団長様に平団員が会話を挟めるはずもなく――
俺は必然的に、長門の隣で歩調を合わせることになる。
1、モノローグ「自由記入」について
2、話題を振る「自由記入」について
>>629 番号と自由記入部分を書いてね
629 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/07(金) 22:26:02.59 ID:OsElPREo
1長門の感情について考えつつ、長門観察
633 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/07(金) 23:18:06.84 ID:K/DjY1co
――――――――――――――――――――――――――――――
しょうもない話題を数打ちゃ当たるの要領で投げかけ、
たまに長門が食いつく、といった風に進めていた従来の長門との下校風景だったが、
俺の舌は今日に限って絶不調だった。
それを補うべく長門が健気にも疑問符つきの言葉を投げかけてくれる――なんてこともないから、
必然的に俺と長門の間には穏やかな沈黙が流れ出す。横目でチラ見する俺に、
「………………?」
上目遣いで見返す長門。俺たちは暫くそうして見つめ合っていたが、意外にも先に折れたのは長門の方だった。
なんだかなぁ。喋る時はびっくりするくらい自分の意見をずばずば(声の抑揚は平坦だが)言うようになったが、
無口な時はとことん無口な長門である。長門が近い未来に削除されるかもしれないことや、
長門のエラーの発生原因の解決の目処がまったく立っていないというのに、こうして実際に並んで歩いてみると、
それらをどこか遠くの国で起こっている紛争のニュースみたいに捉えてしまって嫌だ。
――――長門の感情。機微。
古泉曰く、俺はそいつが成長するスピードを見誤っているんだとか。
裏を返せば、長門の情緒は俺の認識よりもずっと人間の女の子に近づいているということになる。
なんだか複雑な気持ちだね。
極端な喩え方をするなら、ずっと子供だと思っていた娘が思春期を飛び越えて大人になってしまったような、そんな気持ちだ。
でも、それを理解した上で気づける変化って何だ?
割と白地に長門を観察してみる。
するとさっきの視線合戦で敗北を喫した後、長門は上目遣いを密かに継続させていたようで、
「…………あ」
視線がピタリと交錯した。俺が言葉を探すよりも先に、長門の頬が面白いように色づいていく。
俺は暫くその鮮やかなグラデーションを目に納めていたが、
このままでは腕章をつけたハルヒ刑事に視姦容疑で逮捕されかねないので、眼窩に焼き付けてから視線を逸らす。
それにしても、
「……あなたは歩行に集中するべき」
なんて真顔で言われたら笑うしかないぜ。
山積した課題を思い返せば、お前とはシリアスな雰囲気を醸さなきゃいけないっていうのにな。
646 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/08(土) 20:09:22.20 ID:ncHljz2o
が、流石にからかいすぎたらしい。
ここんとこ偶然長門と視線がかち合うことが多く、
俺はその度に長門の照れ隠しの意味不明発言にツッコミを入れていたのだが、
当の本人は至って真面目にそう言っていたようだ、
「…………」
ご機嫌斜めの噤口状態に逆戻りしてしまった。
もしかしたら長門は、俺に何か伝えたかったのかもしれない。
俺はフォローの意味合いも兼ねて咳払いをしてから、
「どうしたんだ? 何か言いたいことでもあったのか」
「…………別に」
あれだけガン見して何もない、ってことはないだろう。
それにもし本当に用件がなかったにしても、「別に」なんて言い方は突っ慳貪すぎやしないか?
「わたしの態度は当然の帰結。
あなたはもっと自己観察能力を向上させた方がいい」
自業自得ってことですか。
1ナノ――いや、数ミリ単位で頬を膨らませている長門。
このままじゃ一言も交わさずに分岐路についてしまいそうだ。
俺は早歩きになった隣のTFEIの癇癪を鎮めるべく……
1、エラーの蓄積レベルについて尋ねることにした
2、明日の、朝比奈さんの未来からの来訪について尋ねることにした
3、不意にわき起こった感情のままに、尋ねた
>>649
649 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/08(土) 20:14:31.33 ID:i6GjTUMo
悩むが3でどうだろう
654 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/08(土) 21:11:21.42 ID:ncHljz2o
頭をポフポフしてやろう(←全然反省してない)と手を伸ばした。
だが見慣れた小さな横顔が、夕陽の逆光で一瞬霞んでしまった刹那、
「長門」
俺は、子供時代に忘れてきたはずの切ない情動に襲われて、
「お前は、消えたりしないよな」
それに促されるままに、唇を動かしていた。
後で思い返しても、おおよそ理性的と言えない質問だったとは自覚してる。
でも、構わなかった。
夕焼けの色に決して混じらない深くて温かみのある目とか、
ちょっと伸ばし気味の、猫みたいに細くて柔らかい髪とか、
とにかく俺は、それらが失われてしまうことが、理由無しに許せなくなったのだ。
――自ら消滅を受け入れたりするな。
――例え喜緑さんたちが間に合わなければその時だ。
――抗って抗って、それでも無理ならバグればいい。
が、絶対に口にしちゃいけない部分まで口走る前に、
長門は魔法の言葉を呟いた。
「大丈夫」
向けられた双眸に、我に返る。
「わたしはいつも、あなたの傍にいる」
659 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/08(土) 21:46:55.85 ID:ncHljz2o
安心感が、どっと押し寄せてくる。
俺は心の中で長門の言葉を繰り返しながら、失言を取り繕った。
「そう……だよな。すまん、変なこと聞いて。
ほら、いつも身近にいる存在がふいに消えちまうんじゃないかっていう幻覚を起こす
ダウナー系のドラッグをつい30分前に服用したばかりでさ、
どうやら今頃になってキマッてきたらしいんだ――」
「いい。気にしていない」
「本当になんでもなかったんだ、忘れてくれ」
「………あなたがそう言うなら忘れる」
言って、長門はととと、と前の二人組との初期間隔まで戻っていった。
忘れてくれとは言ったものの、長門の記憶から先程の問い掛けが綺麗さっぱり消える、なんて
都合のいいことは起こりえない。でも、例え長門が、さっきの質問から俺が
"長門が消去される可能性を知ったこと"を推し量ったところで、別にその時の俺にはどうだって良かった。
「だいじょうぶ」の一言は、索漠とした不安と一緒に、目先の懸案材料も一緒に覆い隠してしまったからだ。
長門の隣に並び直す。
それから分岐路で分かれるまで、俺たちはもう一言も喋らなかった。
今から思えば。
その時の俺の眼線は、規則的な足音ばかりを追っていたように思う。
黄昏時を終える空。それと対比するように曖昧模糊になる長門の輪郭。
俺はきっと、畏れていたのだ。
もう一度長門を直視して、偽りの魔法を自ら解いてしまうことを。
666 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/08(土) 23:53:57.46 ID:ncHljz2o
――――――――――――――――――――――――――――――
現在時刻18:26。一番星が浮かび始めた空の下、
俺は自転車を漕ぎながら、生徒会室での遣り取りを思い出していた。
『あなたに来て欲しい場所があるんです』
そう言って喜緑さんは、俺に一枚の紙片を手渡した。
そこには長門が住んでいる高級分譲マンションの一室を示す番号が
記入されていたが、俺はその番号にまったく憶えがなかった。
当然俺は怪しい臭いがぷんぷんするそのお誘いの詳細を尋ねたのだが、喜緑さんは
『秘密です』
と言い、ついでに
『ついてからのお楽しみということで』
俺の好奇心と恐怖心をくすぐるに留まった。
……喜緑さんの意図が掴めない。
長門の件もあって警戒されていると知ってなお、
俺を俺が知らない場所に、"帰宅してからすぐ"と時間を指定してまで
呼び出したい用事とは何なのか。その部屋で何が行われるか、ヒントくらいくれたっていいだろうに――
と、そうこうする内に自転車がマンション前に到着した。
手際よくマンション内の駐輪場に自転車を留めて、
何食わぬ顔で住人の背中にくっついて、マンションの認証ロックを通過する。
長門に開けてもらうという手もあったが、後々何用で訪れたのか言及されたら面倒なので除外した。
「さて、と。
喜緑さんの言ってた部屋は……」
部屋番号を復唱する。
紙片は上着のポケットにくしゃくしゃになって突っ込まれているが、
数字の並びは脳裏に刻み込んでいるのでノープロブレムだ。
677 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/09(日) 00:44:47.37 ID:DAXHbyUo
エレベーターに乗り込む。
上昇しはじめる瞬間、黒に半分塗りつぶされた小窓に、
買い物袋を両手に提げた女が映ったような気もしたが、
俺は差して気に留めずに目的のボタンを押した。
密室の小箱に、やけに重たい駆動音が響く。
マンションに来るまでの道程が短く感じられたのに対して、
十数メートル昇るだけのエレベーター内での時間が、ゆっくり経過するのは何故だろう。
まぁ今の俺にとっては好都合だ。
目的のドアを開けた後について、想像をめぐらせてみる。
ここ何日かの喜緑さんとの接触原因からして――可能性が一番高いのはやはり長門の件についてだ。
一応喜緑さんと俺の間で決着はついたが、
その後、俺が長門を救う方法を手当たり次第に模索していることを知って、
情報統合思念体が俺を危険因子と判断したとは十分に考えられる。
何の能力もない人間でも、長門の感情を動かし、結果統合思念体の意志に抗わせることはできるのだ。
思念体は、俺が長門と接触しないように説得しろと、喜緑さんに命令したのかもしれない。
ただ、もしそうだと仮定するなら色々とマズい問題が発生する。
先日の話し合いは俺が感情的になっていたにせよ終始穏便に進行していたが、
今度の説得は「話し合い」では済まないかもしれない。
喜緑さんに朝倉を加え、鋭利な刃物がチラつく恫喝紛いの会談になっても不思議ではないのだ。
最悪、コトが全て終わるまで、俺を情報制御空間に幽閉する、なんてコトも――
チン。
はい、到着。
「馬鹿な妄想はやめろ、そんな物騒な話を長門が許すわけねぇっての」
誰ともなく呟いて外に出る。直ぐさま一階に逆戻りした小箱におさらばして、
俺は廊下を探索した。
部屋は……えーっと……ここか。長門の部屋がある階と何ら変わりない外観だが、
ドアの右側にはピンクを基調にしたフラワーアレンジメントが飾られていていた。
とても春らしくていいですね。鮮やかな色合いはまるで瑞々しい生花のよう。
手で仰げば花弁が揺れ、フローラルな香りが鼻腔をくすぐり――さ、ジョークもここらにして。
目の前のドアがどこでもドアじゃないことを祈りながら、俺はドアノブに手を掛けた。
680 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/09(日) 01:15:29.91 ID:DAXHbyUo
ぐつぐつぐつぐつ。
食欲をそそる音をふんだんに奏でる鍋を囲み、俺たち四人は合掌した。
「「「「いただきます」」」」
同じく四つの声がハモる。だが、そこからの行動は見事に二分化した。
鍋の中身――おでん――を争奪する側と、それを傍観する側だ。
俺は勿論後者である。朝倉が、見るからに熱そうなこんにゃくを平然とかじって言った。
「美味しい! 味も良い感じに染みてるし、食感も最高よ」
それに喜緑さんが、これまた熱そうな大根に口をつけて答える。
「同感です。いつも美味しいけれど、今日のは格別に美味しく感じますね」
芳しいにおいと、気泡に押されて踊るおでんたち。
俺はついに食欲に負けて箸を伸ばした。
もくもくと立ち上る湯気の向こう、蜃気楼のように揺れる長門の瞳が、ジーっとこっちを睨んだような幻覚があったが、
無視してたまごを摘み、口の中に放り込む。熱い、火傷しそうだ、でもっ――
「はふっ、はふはふっ……こりゃウマイ!」
食べる前から分かっていたことだが。
TFEI三人娘のつくったおでんは超絶旨かった。
さて、先走った状況描写はここまでにして――。
呉越同舟では語弊があるものの、少なくとも和気靄々と同席できないはずのメンバーが
仲良くおでんを突いている、という背反したこの状況に至るまでの経緯を、簡単に説明するとしよう。
結論から言えば、ドアの先で俺を出迎えてくれたのはエプロン姿の長門有希だった。
709 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/10(月) 16:43:39.93 ID:VFd3Qcko
半分ほど開いたドア。
そこから覗いた長門の目が、俺を認めて丸くなる。
どうしてお前がここにいる?
それとも俺が部屋を間違えたってのか?
もしかして喜緑さんに俺を待ち受けるように言われたとか?
いくつもの質問が優先順位を争って口に押し寄せ、
結局、飛び出したのは拙い誉め言葉だった。
「よう、似合ってるじゃねえか。
いっつも制服姿だから、こーいうエプロン姿も新鮮で可愛いな」
なまじ経験を積んでいるだけに、予測不可の出来事にも冷静に対応出来てしまう俺である。
しかし、長門の方は俺ほどに状況を飲み込むことができなかったらしい。
パタン、とドアを閉めると、とてとてと走る音が聞こえ――って、おい!
ったく……いったいどうしたってんだ。
この世界で長門を慌てさせることができる人間なんて、精々ハルヒくらいだと思っていたんだが。
いや、それ以前になんでここに長門がいるんだ。
いつまでもドアの前に突っ立っているワケにもいかないので、もう一度ドアを開ける。
流石に鍵までは掛けなかったようだ。つーかこれでもし掛けられてたら、完璧不審者扱いされてるってことだよな。
「おじゃましまーす」
挨拶しつつ足を踏み入れると、フツーにそこは玄関だった。
物騒な雰囲気はなく、むしろ玄関と同じように花が飾られていて、
俺はついつい気を緩めてしまう。まずは長門を見つけなければ。
――と、俺が忍び足で歩を進めていくと、腹の虫を活性化する香りと一緒に二人分の声が聞こえてきた。
「………彼がここに来た理由を説明して」
「わたしが呼んだからです。朝倉さんの復帰パーティ参加人数は多い方がいいでしょう?
彼女も彼が来ることを喜んでいましたし」
「わたしは彼が来ることを知らなかった」
「すみません、ついうっかり忘れてました」
「……………確信犯」
714 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/10(月) 17:28:57.59 ID:VFd3Qcko
口調や声音から、
それが喜緑さんと長門の会話であることが分かる。
だが……俺は居間に入る一歩手前で迷っていた。
さっき「朝倉の復帰パーティ」なる言葉が聞こえたが、
それは即ち、この先に朝倉がいて、俺が朝倉の復帰を祝うメンバーの一人になるということである。
俺は改変世界で、長門と朝倉と一緒におでんをつついた経験があるが、
あの時の気まずさといったらそれはもう、おでんの味が分からなくなる程だった。
今度の復活で、朝倉と少しだけ打ち解けることができたにせよ、
やっぱりあいつは長門の監視者で、削除者だった。
俺が心からあいつの復帰を祝えるか、と聞かれたら――Noだ。
それに、こういうお祝いは、仲間内だけでするべきだとも思う。
「本当に言い忘れてたんです。
それじゃあ聞きますけど、あなたは彼が来たことを快く思っていないんですか?」
「そ、それは違う」
「なら、彼が来ることに何か問題でも?」
「…………」
「あらあら、エプロンの裾なんか握り締めてどうしたんですか?
言いたいことは言わないと体に毒、TFEIにエラー、と聞いたことがあります」
「…………もういい」
二人は仲良く(?)お喋りを続けている。
今の内なら、気づかれずに部屋を後にできるだろう。
ここは――
1、踵を返して帰ろう。俺は場違いだ
2、約束は勝手に破れない。それに、朝倉は俺の参加を喜んでいるらしいし――
>>718 この安価はキョンの心情左右安価 結果は同じ
718 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/10(月) 17:33:43.40 ID:YeGGi1Yo
2
725 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/10(月) 18:14:04.08 ID:VFd3Qcko
今の内なら、気づかれずに部屋を後にできるだろう。
でも――ここで帰ってしまうのが、本当に俺が取るべき行動なのだろうか。
喜緑さんとの約束を無断で破ってしまうことになるし……
いや、それは言い訳だ。
俺が足をここに固定しているのはそんな理由じゃない。
ここで帰ってしまえば、結局は、同じコトの繰り返しなんだ。
朝倉から逃げて、何かと距離を置こうとして。
俺はそんな自分にいい加減愛想を尽かしていた。
喜緑さん曰く――、朝倉は俺の参加予定を喜んでいたらしい。
自分自身に向かって言い聞かせる。
参加してやってもいいんじゃねえか?
大層な祝辞の言葉を述べるわけでもないんだ。
例えあいつが長門の削除者であっても――あいつがもう一度この世界に生を受けて、
それを喜んでいるなら、一晩でもあいつへの負の感情を忘れてやっても悪いようにはならんだろ。
眦を決すのにそう時間は要らなかった。
俺は一応上級生の喜緑さんもいるということで、
「チャイムもなしに上がってしまってすみません」
敬語でそう言ってから、台所に立つ二人の少女に声を掛けた。
「こんばんは、喜緑さん。長門も、さっきはどうしたんだ。
いきなりドア閉められてちょっと傷ついたんだぜ」
長門は俯いたまま喋らない。その様子に首を傾げていると、
喜緑さんが長門の代わりに答えた。因みに喜緑さんの着ているエプロンは長門の色違いだ。
二人で一緒に買い物にいったのかもしれない。
「わたしが悪いんです。
長門さんに応対を任せたんですけど、肝心のあなたが来ることを教えるのを忘れていて……
きっと長門さんは、もう一人の方だと思ったんでしょうね」
恨めしげに喜緑さんを睨む長門と、悪戯っぽく唇を三日月型にする喜緑さん。
730 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/10(月) 18:57:09.91 ID:VFd3Qcko
二人の暗闘には気づかないフリをするとして、もう一人の方、とはどういう意味だろう。
俺はこの部屋に居る筈の朝倉を探した。どこにも見当たらない。
喜緑さんが、俺の方に向き直って言う。
「ところで……あなたにまだ、ここで何をするか伝えていませんでした」
それどころか、ここが何処かも聞いてません。俺は訊いた。
「ここは私の部屋ですよ。言ってませんでしたっけ?」
喜緑さんがサラリと答える。
言ってなかったも何も、あなたが「秘密です♪」なんて言って教えてくれなかったんでしょうが。
でも、それで得心した。ドア前や靴箱近くに置かれていたフラワーアレンジメントは、
確か生徒会室にも同じようなモノが飾られていた気がする。
「今日はちょっとした夕食会に参加していただきたくて、あなたを誘いました。
人数はわたしと長門さん、あなたと――もうすぐ、朝倉が帰ってくると思います」
朝倉と言った辺りで喜緑さんが俺の顔色を窺ったが、
俺はポーカーフェイスを保ったまま答えた。
「御馳走になってもいいんですか?」
「もちろんです。三人で丹誠込めてつくったんですよ」
俺はさっきから俺を見ようとしない長門に尋ねた。
「喜緑さんや朝倉はともかく、
お前が自分で料理するなんて珍しいな。どんな味か楽しみだよ」
「…………そう」
そんなに俺が来たことが嫌だったのか、長門。俺は落ち込みながら、
「そういや、喜緑さん。なんでわざわざ秘密にしてたんですか?
夕食会なら夕食会って教えてくれれば、昼飯抜いてお腹空かせて来たのに」
「特に意味はないんです。強いて言えば、あなたを驚かそうと思っていたんですけど……」
あなたは普段通りでした、と笑う喜緑さん。冗談めかしてはいるが……、
喜緑さんはきっと、俺の「一度行動してしまえば成り行きに任せてしまう」性格を利用して、
俺を朝倉復帰パーティに出席させたかったのだ。この時点で全容を明らかにしていないのも、
俺にはただの夕食会という認識のままでいて欲しいからかもしれない。
そんな気遣い、もう要らないのにな。
736 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/10(月) 21:02:25.04 ID:VFd3Qcko
もう話すことがなくなって、会話に空白が生まれる。
喜緑さんが壁時計を見上げて溜息をついた。
「遅いですね。もう彼女が出発してから結構な時間が経ちました」
「待たせて悪かったわね。だってこれ、滅茶苦茶重たかったんだもん」
耳元に息がかかる。
一刹那遅れて、ふわりと甘い香りが漂う。
うわっ! 朝倉、お前いつの間に!?
「今晩は、キョンくん。今日は来てくれてありがとう」
「あ、ああ。今日は御馳走になる」
朝倉は俺の肩口から顎を外すと、
重い重いと言っていた割に軽々と巨大ビニール袋を運んでいった。
同時に背中から柔らかい感触が消えたが……いかんいかん、煩悩は身を滅ぼす。
「飲み物くらいちゃんと用意しとかなきゃ駄目じゃない、生徒会書記さん」
「役職とわたしの不注意は関係ないです」
朝倉に憤慨しつつも、
「重っ……」
ビニール袋の重さに顔を顰める喜緑さん。
喜緑さんが長門に手助けしてもらっている間に、朝倉はエプロンを装着した。
エプロンは勿論、先の二人の色違い。
もっと詳しく言うなら、長門は浅葱色で喜緑さんは淡い草色、朝倉は深い群青色だった。
と、俺のネチっこい視線に気づいたのか、長門が二人の袖をついついと引っ張って、
「………彼はお腹を空かせている」
いやいや、勘違いしないでくれ。俺は別に催促しているわけじゃあなくてだな――
三人娘が一斉に向き直る。
「確かに悠長にお喋りしてる時間はなかったわ」
「とりあえずおでんを完成させましょう」
「……あなたはテーブルにかけて待っていて。すぐに持って行く」
俺は放心したまま呟いた。
「はい、いつまでも待ってます」
あぁ。これを眼福と言わずしてなんと呼ぼう。
神話の三大天使が現世に顕現したとしたら、
こんな姿をしているに違いないと思えるほど、目の前のエプロン姿の少女たちは愛らしかった。
俺は久々に思った。生きてて良かった、と。
740 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/10(月) 21:42:06.46 ID:VFd3Qcko
―――――――――――――――――――――――――――――
とまぁ、そんな感じで話は先走り描写に戻ってくる。
俺の実に分かり易い感想で、三人娘は顔を綻ばせた。
朝倉と喜緑さんは元よりパクパクおでんを頬張っていたが、
今まで箸を置いたままだったままの長門も、ようやく安心した風に頷いて食べ始める。
それからはもう、争奪戦だった。
テーブルの三辺から絶え間なく箸が伸び、ひょいひょいおでんが攫われていく。
「あっ、その巨大たまご楽しみにとってたのに!」
「残念でしたね。わたしはたまご独占権をもっているんです」
「………わたしには関係のないこと」
「「あっ!」」
三人の掛合いは見ているだけで笑えた。
俺はこの状況を愉しんでいる自分に気がついていた。
改変世界の記憶が落としていた暗い影は消え去り、
笑顔の朝倉や具を取られて不満げな喜緑さん、そして少し得意げな顔の長門が、新しい記憶になる。
途中からは俺も遠慮しなくなり、ばくばく食べた。
「いただきます」
「あっ、あなたまで……、卑怯です!」
「人聞きの悪いこと言わないでください。実は俺もたまご独占権もってるんすよ」
おでんは食べても食べても減らず、途中、俺は情報操作という名の魔法がお鍋にかかっているのでは、
と疑いをもったが、胃でたぷたぷ揺れるおでんの重みが増していくことから、鍋の中身にも限りがあるようだ。
大量の具の隙間から、鍋の底が、見えてきた。
――そして、おでんパーティ開幕から30分が経過した。
――――――――――――――――――――――――――――――
「もう食べられません」
「わたしも無理。有機生命体はどうして満腹になると
目の前の食べ物が急に美味しそうに見えなくなるのかしら」
「それ以上胃に詰め込んだらやべー、って頭が警告ならしてんだよ。ま、こいつは例外みたいだけどさ」
「………?(もぐもぐもぐもぐ)」
俺たち三人の視線を真っ向から受け止め、長門は新たにこんにゃくを摘む。
……やれやれ、こいつの胃袋はホントにブラックホールだな。
743 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/10(月) 22:37:23.39 ID:VFd3Qcko
と、俺が今晩何度目かの感嘆をしていた時だった。
喜緑さんがコテン、頭をテーブルに落とす。そしてジーッと俺を見て、ニコリと笑うと、
「はいはいーい、キョンくんに質問です。ちなみに拒否権はありませぇん」
えーと、誰だっけこの人。該当の声音と口調が見事に一致しない。
喜緑さんの黒檀みたいに堅い瞳は、今じゃトロンと蕩けてしまっている。
「え? ちょ、急にどうしたんですか喜緑さん!?」
「いつものことよ。そろそろ酔いが回ってくる頃だとは思っていたけど……今日はちょっと早いなぁ」
面食らって一種の譫妄状態にハマった俺を助け出してくれたのは、朝倉だった。
朝倉は自分のグラスを片付けながら、
「彼女、昔から酔いやすいタイプなの。
お酒強くないのにがぶがぶ呑んじゃって、次に起きたときは酔っていた間の記憶の一切が抜け落ちてる。
かなり性質が悪い酔い方よ」
「……あっ」
そう言って、喜緑さんの手からもグラスを取り上げた。
なんだか手慣れてるな……。朝倉が消去される前も、喜緑さんの悪酔いに付き合わされた経験があったのだろうか。
『わたしたちはみんな、お酒が強いんですよ』
喜緑さんはそう嘯いていたが、目の前の酩酊少女はどう見てもお酒に強いようには見えない。
あぁ。八面玲瓏才色兼備のイメージが、音を立てて崩れていく。
俺は改めて喜緑さんを見た。うわ、朝倉にお酒を取り上げられてちょっと拗ねてる。
物欲しそうに朝倉さんの方を見つめている喜緑さんは、俺にチワワを連想させた。
しっかし、TFEIもアルコールで酔ったりするんだな。
おでんに酒はつきものと言ってどこからともなく日本酒を持ち出したときは(勿論俺は断った)
長門みたいなウワバミっぷりを発揮するのだとばかり思っていたが、
TFEIが酒豪というのは、所詮、何処ぞの馬鹿の妄信だったようである。
今度古泉に教えてやろう――と、俺が一人物思いに耽っていると、喜緑さんの関心が再びこちらに向いた。
「キョンくん?」
「は、はい。なんでしょう?」
人懐こい、それでいて婀娜な笑みが俺を強襲する。
そして俺が怯んでいる間に、喜緑さんは飛んでもない質問を繰り出してきた。
1、「キョンくんのタイプをおしえてくださぁい」
2、「キョンくんは付き合ってる人いないのかなぁー?」
3、「わたしたち三人の中で付き合うとしたら誰がいい?」
>>752までに多かったので
744 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/10(月) 22:39:24.29 ID:VO7mTSE0
3
745 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/10(月) 22:39:48.40 ID:qfiFew60
3
746 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/10(月) 22:40:11.42 ID:PFc8zYSO
どれがいいんだ
とりあえず3で
747 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/10(月) 22:40:56.65 ID:nA92YEco
1!1!!
そして朝倉と答えてくれぃ!!
748 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/10(月) 22:41:08.98 ID:8bsw56SO
1
750 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/10(月) 22:42:43.67 ID:kD5xACM0
3
752 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/10(月) 22:43:53.13 ID:zNQtLkSO
1
763 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/11(火) 00:39:07.49 ID:Knra/CAo
「わたしたち三人の中でー、付き合うとしたら誰がいいですかぁー?」
付き合う? 俺が? 目の前の美人三姉妹の内誰かと?
はは、妄想するのも烏滸がましい仮構ですね。馬鹿にするのはやめてくださいよ。
俺は咄嗟に答えた。隣で朝倉が無音でグラスを爆砕し、
長門が口にこんにゃくを詰め込んだままフリーズしていることにも気づかずに。
「俺ごときにそんな選択権は勿体ないですよ。高価すぎる」
「じゃあじゃあ、わたしたちに魅力がないから
誰とも付き合えないっていうんですね?」
ぐす、と喜緑さんが涙を拭うフリをする。
困った人だ。流石は朝倉のお墨付きを貰っただけのことはある。
「それは違います。
みんなとっても魅力的ですし、付き合いたいと思う男はごまんといると思いますよ」
「はい、論点をズラさないでください〜い。
わたしが訊いてるのは、キョンくんが付き合うとしたら、の話ですよぉー?」
「はぁ……俺が、ですか……」
呂律の回ってない喜緑さんだが、論理的思考は失っていないようだ。都合がいいね、まったく。
俺はそろそろ助けを求めようと、テーブルを見渡した。――四面楚歌だった。なんてこった。
「わたしもその質問の答え、気になるな。同じクラスメイトとして」
好奇心に燃える紺青色の瞳が二つ。
「…………答えるか否かはあなたの自由」
期待と諦観の間を揺れる琥珀色の瞳が二つ。
「ほらほら、言っちゃいましょう。優柔不断はいけましぇえん」
もはや結果に辿り着くまでの過程を愉しんでいる浅緑色の瞳が二つ。
合計六つの瞳が、俺の答えを今か今かと待ち望んでいた。
784 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/11(火) 20:29:43.33 ID:Knra/CAo
……弱ったな。
最初は酔った喜緑さんの問い掛けなんぞに律儀に答えることもないだろう、
と高を括っていた俺だったが、ギャラリーがその気になれば話は違ってくる。
差し切るプレッシャー。種々様々な思惑を乗せた視線。
刻々と時間は過ぎてゆく。一言で言えば、俺に拒否権は存在しなかった。
ええい、なんで俺がこんな質問に答えなきゃならんのだ。
腕組みをして目を瞑る。せめてもの時間稼ぎになればと考えてそうしたものの、
いざ目を瞑ると質問について真面目に考えてしまうのは、俺の意志が未熟な所為だろうか、それとも情報操作の所為だろうか。
――考えるまでもなく俺のせい、だよな。
さて、一度考え始めた以上は一応の結論を出すとしよう。
因みに諸々の非常識的事情は面倒なので割愛する。
ジャカジャカジャカジャカ、デデーン!
エントリーナンバー1番、北高三年の元委員長にして転校生、
流麗な黒髪と眉目秀麗な顔立ち、グラマラスボディがクラスメイトを魅了する――朝倉涼子!
エントリーナンバー2番、生徒会執行部の影の支配者、
ミステリアスな雰囲気と、清楚と凄艶のギャップが生徒会長をも悩殺する――喜緑江美里!
そして……エントリーナンバー3番、読書大好き本の虫、文芸部部長にしてSOS団の実力者、
可憐な仕草と庇護欲そそるいじらしさが、見るもの全てを虜にする――長門有希!
優劣つけがたい美少女たち、果たしてこの中でトップに躍り出るのは誰なのか!?
……はぁ。俺はいったい何をやっているんだろうね。溜息が出る。
がしかし、自分のアホさに呆れている場合でもなさそうだ。
寸劇を脳内で繰り広げている間に、
「まーだっかなー、まーだっかなー」
喜緑さんのテンションは20%増しになっており、
「キョンくん、いつまで引っ張るつもり?」
朝倉は貧乏ゆすりのペースを速め、
「……………」
長門は所在なさげに、おでんの鍋と俺を交互に見つめていた。下唇をちょっとだけ嚼んで。
タイムリミットが近い。答えるしか、ねぇんだよな。
「俺は――俺が、付き合いたいなぁ、と思うのは――」
1、長門
2、朝倉
3、喜緑
>>790までに多かったの
785 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/11(火) 20:31:00.52 ID:bvp0TGUo
1
786 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/11(火) 20:31:55.26 ID:Lax4KNoo
1!!!
787 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/11(火) 20:32:19.35 ID:R3XMrYSO
1
789 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/11(火) 20:33:36.53 ID:8hANhkDO
1
790 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/11(火) 20:34:39.07 ID:GSSI53co
2
793 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/11(火) 21:18:56.72 ID:Knra/CAo
言いながら三人の顔を眺める。
最初に喜緑さん、次に朝倉、最後に長門を見て――、そしてそこで、視軸は急に滑らなくなった。
「…………!」
視線が交錯する。長門が静かに息を呑む。俺とはいえば、汗ばんだ手をジーンズで必死に拭っていた。
正直な話、この期に及んで、俺に明確な答えを出すつもりはなかった。
適当にはぐらかして、早々にお暇しよう、と考えていたのだ。だからこの事態は予想外だ。
でもいくら頭が沸騰していようと、俺の視線が長門に釘付けになっているのは事実なわけで。
「キョンくんが付き合いたいと思うのわぁー?」
喜緑さんが、谷口に勝るとも劣らないニヤニヤ顔で続きを促す。
顔は完熟りんごみたいに真っ赤だ。
「……………ん」
モジモジしながら、小さく胸を上下させる長門。俺はその光景にデジャヴを感じながら自己考察した。
優柔不断がモットーのこの俺が、頭ン中であーだこーだ言いながらも
長門の方を見ているっていうのは、とどのつまり、こいつと付き合いたいと思っている本心の現れなんじゃないか。
それにしても喉が渇く。おでんを食べ過ぎたからだな、きっと。
――さぁ、さっさと言っちまおう。
「俺が付き合いたいと思っているのは、」
声の抑揚に乱れはなく、視線は揺れず真っ直ぐなまま。
想いを伝えるにはおおよそ相応しくない淡々さで、俺は核心部分を口にしようとし、
がたん。
突然立ち上がった長門に、科白を言う機会を奪われていた。
「…………もういい」
804 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/11(火) 23:37:28.46 ID:Knra/CAo
「へ?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
もういい? 何がだよ?
「そろそろお開きにした方が良い。
明日の集合時間は定例より若干早め。
このまま喜緑のくだ巻きに付き合えば、睡眠時間が削られてあなたは遅刻する」
長門は俯いたまま、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
いきなりんなこと言われてもな。お前はそういうけど、まだ時間は八時を過ぎたあたりだぜ?
俺は頭をかきながら、
「そう遅くまで喜緑さんの部屋に居座るつもりはなかったんだが……」
壁時計を指差した。長門は黙りこくった。
表情が見えないので、長門が俺の話に割り込んできた理由が推測しようにも推測できない。
俺の言わんとしていることをいち早く察知し、仮定論であるにせよ、迷惑だから先手を打ったとか。
喜緑さんに絡まれた俺の困惑ぶりを見て、助けようとしてくれたとか。
いくつかの憶測が脳裏を掠め、結局、朝倉が一連の流れを引き取った。
朝倉は一瞬、怪訝な顔を長門に向けてから、
「彼女の言うとおりだわ。遅くならないうちに片付けましょう」
鍋をひょい、と持ち上げた。
あれほどさっきの質問に興味津々だったってのに、
随分と話題転換がスムーズなのな、おまえ。
「それじゃ長門さん、持って行きましょうか?」
長門はコクと頷いた。すかさず申し出る。
「俺も手伝うよ。御馳走になったんだし、片付けくらい――、」
「いいのよ。すぐに済ませちゃうから、キョンくんはちょっとの間、ソファでくつろいでいて。
ついでに喜緑も連れて行ってくれると助かるんだけど……任せてもいいかな?」
ああ、それくらいならお安い御用だが……。
俺はこのややこしい状況の仕立て人であるにも関わらず、
「我関せず」といった風にすぴすぴ寝息を立てている喜緑さんの躰に手を掛けた。
思っていたよりも軽い。対になったソファの片方に喜緑さんを寝かせて、もう片方に腰を落ち着ける。
何気なく台所を眺めると、エプロン姿の長門が洗い物をしていた。
なんだか、無性に気分が落ち着かない。どうしてだ?
808 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/12(水) 00:10:10.97 ID:mpGEGb6o
独りごちる。もち、台所には聞こえない程度の声の大きさで。
「やれやれ、また難題が一つ増えちまった。
これ以上はいくらなんでも俺の処理能力を超えてるぞ」
俺はついでに問うてみた。
「俺を悩ませているコトに関連性があって、一つ解決できれば連鎖的に解決していく、
なんて期待は、やっぱ、天文学的確率以前に絶対有り得ない希望的観測なんですかね?」
「………ん、………ふ…あ……」
無駄にエロい寝言が帰ってくる。喜緑さんはごろりと寝返りを打った。
ま、最初からまともな返事が貰えるとは思ってなかったからいいんだけどさ。
――――――――――――――――――――――――――――――
外は当然真っ暗だった。
満腹なお腹をさすりさすり、俺は――
1、一人でエレベーターを待っていた
2、朝倉と二人でエレベーターを待っていた
>>814
814 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/12(水) 00:17:44.53 ID:uB0BCOoo
2
831 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/12(水) 01:12:05.24 ID:mpGEGb6o
満腹なお腹をさすりさすり、俺は朝倉と二人でエレベーターを待っていた。
温まった体に夜気が心地よかった。肘が触れあう距離に朝倉がいることも忘れて、他愛もない会話を紡ぐ。
「おでん、本当に美味しかった?」
「マジで旨かったよ。お袋には悪いけど、今まで食べたどのおでんよりも美味しかったぜ。
世界一、いや宇宙一といっても過言じゃない」
朝倉はクス、と笑って言った。
「お世辞じゃないの?」
「俺が最初におでん口に放り込んだ時のリアクション、お前も見ただろ。
お前の目にはアレが演技に映ったってのか?」
「ううん、そうは見えなかった。でも宇宙一なんて大げさよ。そんなこと言われたら、わたし――」
チン。その音に会話を切断されて、俺たちは密室に乗り込んだ。
お互いに自然と口を閉ざす。
朝倉には内緒だが、さっきのと似たような会話を、実は長門とも交わしていた。
元はバックアップとその主という関係だった二人のTFEI。やはり似るところがあるのだろうか。
一足先に部屋を出た朝倉と、それを追う形で玄関で靴紐を結んでいた俺。
その時。喜緑さんの部屋にお邪魔してから今に至るまで、ほとんど受動的だった長門が静かに問うた。
『………おでん、美味しかった?』
俺はしゃがんだまま、背後の長門に答えた。
『ああ、文句なしの出来映えだったぞ。また食べたい』
『どうして? わたしのつくったおでんよりも、もっと美味なおでんは存在するはず』
おいおい、今夜はお前まで酔ってるのか?
『俺はさ、三人が――長門がつくったおでんがもう一度食べたいんだよ。
味云々の問題じゃない』
『……そう』
靴紐を結び終えて首だけを後ろに捻る。
案の定、長門の手はエプロンの裾を握っていた。俺は長門の顔を見ないままに立ち上がって、
『それじゃ、俺は帰るけど。本当に喜緑さん任せても大丈夫なのか?』
『だいじょうぶ』
『そっか。じゃ、今日はご馳走様でした』
俺は、部屋を後にした。
………うへぇ。今反芻してみてもぜんっぜん俺らしくない科白だと思う。
美味しい料理じゃなくて長門の手料理が食べたいだぁ? お前は何処のキザ野郎だっつーの。
このコトを話したら、常ニュートラルの古泉でも抱腹絶倒するだろうな――
と、俺が羞恥のあまり悶えていた、そんな時だった。
「あぁーあ。どうしてなかなか、シナリオ通りに現実は進まないものね」
朝倉が、冴え凍った一言を床に落として、砕く。
846 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/12(水) 20:41:03.53 ID:mpGEGb6o
ぞくりとした。
胃袋に詰まったおでんが急冷剤になったかと思うくらいに、体の芯が熱を失いはじめる。
「思念体の計算能力も、"人間"の乱数性の高さには所詮無意味だわ。
感情の巧緻さ、カテゴリの繁雑さの解読にはもううんざり」
寒気がするほどの無機質さが、
つい先程まで、人情味溢れる科白を吐いていた唇から漏れていた。
俺の横に立っているのは誰だ?
10数秒前の記憶がもう手繰り寄せられない。
俺はふと、これと正反対なようで酷似した状況を想起した。
そういえば、穏やかな春空の屋上で――
朝倉が半歩退いた態度から、一気に距離を詰めてきたことがある。
あの時の朝倉に俺は、どこか新しく手に入れた人格を扱い切れていない、多重人格者のような錯覚を覚えた。
「量子学的にもっとも確率の高い方法を選ぶことは可能だわ。
けれどあなたたちの前では、正解も不正解も、全てが平等なの」
話の意図の大半を咀嚼できないまま、俺は上辺だけの返事をする。
「神様はサイを振らない。
森羅万象がお前らの思うとおりに動くわけがないだろう?」
世界の全ての物質の移動位置予測が可能なら、この宇宙の終焉だって映像化できる。
でも、この世界にそんなことができるヤツはいないんだ。
もしいるとしたらそいつは、ハルヒの力を本人に自覚させることなくコントロールできる化物ということになるからな。
何が可笑しいのか朝倉は嗤った。
「ふふっ、その通りよ」
そして一拍置いてから、
「思念体はラプラスの魔には成り得ないわ。
自律進化の拠り所を見つけて、究極的な個体に昇華したその時は、或いは、同等の力を手に入れているかもしれないけど。
でもね――時間は待ってはくれないの」
「どういう、ことだ?」
絞り出した声は、譫言のように擦れていた。
それに対して、朝倉は自動音声読み上げ装置のボイスによく似た声で言った。
「長門さんのエラーが許容値ギリギリまで差し切っているのよ。
"私"と喜緑はいろいろと画策したみたいだけど、結局のところ、彼女の余生を縮めただけだったみたい」
854 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/12(水) 22:01:59.72 ID:mpGEGb6o
寒気を通り越して怖気がした。
階層表示板に目を移す。落ちていく感覚とは無関係に、数字は減っていなかった。
焦りの代わりに、冷えた密室に似合わない、熱い怒りが沸いてくるのを感じた。
結果的に長門の余生を縮めた?
「縁起でもないこと言うな。
今日のおでんパーティで、長門がエラーを溜める要因なんてなかったじゃないか。
お前や喜緑さんと一緒におでんをつくって、俺も加わってみんなで鍋つついて――」
そこまで捲し立てて、俺は緘黙した。緘黙せざるをえなかった。
よく考えてみろ。長門は本当におでんパーティを愉しんでいたのか?
未来ある同僚と、未来を消去される自分。将来自分を殺めるかもしれない二人のTFEIと談笑していた俺。
そんな現状を改めて直視させられて、あいつは何を思い、そしてその想いをどこに仕舞ったのだろう。
「落ち着きなさい。現実を見るのよ。原因が何であれ、
彼女があなたの目に映らない場所でエラーを積み重ねていたのは、紛れもない事実なの」
朝倉が強引に振り向かされて、俺は暗い憶測を中断した。感情のない微笑みが目の前にあった。
「彼女にもあなたにも、もうあまり時間は残されていないわ。
感情にあと一度でも大きな振幅が生まれればその時点で、
たとえ今の状態を維持したとしても三日以内に限界が来るでしょうね。
そして彼女がバグを引き起こした瞬間、わたしたちはプログラム通りに行動する」
その冷徹な口ぶりは、とても仲間の薄命を嘆いているようには聞こえない。
ただ、言葉の一つ一つが、ナイフよりも鋭い痛みで日和っていた心を醒まさせていった。
俺が手間取っている間に長門はバグって、削除される。それも早ければ一日以内に。
これは現実なのだ。
「喜緑のエラー解析はまず間に合わない。
長門さんのバグは奇跡でも起こらない限り必至よ。あなたに奇跡のアテはあるのかしら?」
俺は力無く首を振った。すると朝倉は微笑みを崩さずに、
「なら、自分で奇跡を起こすしかないじゃない?」
おぉん、と静謐な棺桶のふたが開く。表示板の数字はいつの間にか変わっていた。
一歩外に踏み出した朝倉が次に振り返ったとき、
微笑みながらも死人のようだった能面には、可愛らしい笑顔が咲いていた。
朝倉は何事もなかったかのように、
「キョンくん」
しかし口元に少しだけ憂いを滲ませて別れを告げた。
「次のおでんパーティ、楽しみにしててね」
859 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/12(水) 23:26:27.97 ID:mpGEGb6o
――――――――――――――――――――――――――――――
エレベーターから降りた俺は、重い足取りで駐輪場に向かった。
壊れた蓄音機みたいに、先刻の朝倉の告白が頭の中で回っていた。
「はぁ」
と俺は溜息をつく。四月の夜は暖かで、息は白く染まることなく散っていった。
朝倉め、最後の最後に俺を失意のどん底に突き落としていきやがって。
毒づいてみたところで得られたのは虚無感だけ。あいつに責任がないことは重々理解していた。
あの夕食会が、朝倉復帰祝いのためだけに企画されたものではなかったらしいこととか、
朝倉が長門のエラーの蓄積レベルについて無条件に情報提供してくれたこととか、
その時の朝倉の性格が目に見えて分かるほど反転していたこととか――
不可解な点は多々あるものの、今の俺に全ての疑問に答えを出している余裕はない。
「あと一日、か。いくらなんでも短すぎるよなぁ」
圧倒的に時間が足りなかった。
――絵柄のない大量のピースを抱えたまま、冷徹に時を刻む時計をぼうっと眺めている。
それが、今の俺を形容する最も適切な喩えだ。ついでに言うなら、俺にはピースを設置する台紙さえ用意されていない。
過剰に明るいマンションの外灯に目を細めつつ、愛機と共に夜道を駆け出した。
なんとなしに仰いだ薄墨色の夜空に、長門の顔が浮かぶ。
たとえ何があろうとも、明日のテーマパークに長門は参加するだろう。
そしてひっそりと明日という日を終えるのだ。
ハルヒも古泉も朝比奈さんも気づかないまま。ただ、俺だけが認知したまま、長門は消える。
ふいに、心が折れそうになった。
もう諦めよう。
間に合わなかった。
遅すぎた。
情報が足りなかった。
仕方がなかった。
当然の帰結だ。
こうなったのは俺の所為じゃない。
自責なんかしなくていい。
でも、それは一瞬だけで。
――ふざけんじゃねえ、長門が消えるのを黙って見ていられるわけねえだろうが。
朝倉と喜緑さんに長門を削除させたりしない。
どんなに絶望的な状況でも、俺は諦めちゃいけないんだ。
長門はいつも俺を守ってくれた。なら、今度は俺がなにがなんでもあいつを守ってやらないと。
そう自分に誓ったとき、計ったかのように、朝倉の最後の言葉が耳の奥で残響した。
『なら、自分で奇跡を起こすしかないじゃない?』
ぐちゃぐちゃだった思考が、少しずつ、少しずつ固まり始める。
それは凝固剤で無理矢理形にしたみたいで不細工なことこの上極まりなかったが――それでも、家に着くころには一つの形になっていた。
880 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/13(木) 19:55:23.31 ID:KozqAdgo
――――――――――――――――――――――――――――――
晩飯を抜かした理由をしつこく問い質してくる妹を躱して自室に籠もった後、
俺は携帯のフラップを開けた。新着メールの表示があった。予想するまでもなく差出人はハルヒだ。
from:ハルヒ
to:朝比奈さん 古泉 長門 俺
明日の予定を説明するわ!
集合場所はいつもの喫茶店
時間は少し早めだけど、8:30にします
正式オープン初日で前代未聞の大混雑が予想されるから――
それからも数行ほど当日の行動に関する
小学校の遠足しおりみたいな文章が綴られていたが、俺は途中でクリアを押した。
必要なのは時間と場所だけだ。
「……ん?」
新着表示が消えていない。メールはもう一着あるらしかった。
送信者はまたもやハルヒ。重複メールだろうか。とりあえず開いてみる。
from:ハルヒ
キョン、明日はぜーったいに遅刻したら駄目だかんね
もし遅刻したら、あんたの惨憺たる遅刻履歴に特大の×を書き加えてやるから
あいつ、俺が知らないところでそんな表つくってやがったのか。
ま、PC大好きのハルヒのことだ。Excel管理されているとしてもちっとも驚かないが……
返信するべきか、否か。俺は煩悶した。
メールの文面からは、明日の予定にワクワクしているハルヒが容易に想像できた。
明日が楽しみで眠れない、といった高翌揚感が携帯を通じて伝播してきそうでもある。俺は返信フォームを開きかけて、
1、思い留まった。
2、……とりあえず、返しておくことにした。
>>885
885 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/13(木) 20:02:59.49 ID:RHHd/6Eo
1
887 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/13(木) 21:10:01.00 ID:KozqAdgo
俺は返信フォームを開きかけて、思い留まった。
重ねる嘘は少ないほうがいいに決まってる。どちらにせよ、ハルヒを裏切ってしまうことに代わりはないんだが。
それから俺は古泉と朝比奈さんに、それぞれメールをした。
古泉の返信はこうだ。
from:古泉
彼女の突発的な行動には慣れっこですが
相手があなたとなると正直、驚きを隠せませんよ
機関の立場から意見するなら、あなたの独断を容認することはできません
ですがSOS団の一員として、一人の友人としてなら、話は別です
僕はあなたに全幅の信頼を置いています
明日の行動によって伴うリスクを、あなたは誰よりもよくご存じだ
その上で決めたことならば、僕は喜んで協力しますよ
古泉の慧眼が捉えている距離を推測できないまま、俺はただ「ありがとう」とだけ返信した。
朝比奈さんの返信はこうだ。
from:朝比奈さん
わかりました
最大限の努力はすると約束します
でも、過信はしないでください
わたしたちの抑止力がどれほどもつかは
その時になってみないと分からないから
約一ヶ月ぶりのメールなのに、こんなお願いをしてしまって申し訳なかった。
俺は謝意を込めて返信した。
to:朝比奈さん
無理な頼みを押し付けてしまって本当にすみません
朝比奈さんと再会できないのが、残念です……
円滑に下準備が進んでいく。
猛反発を想定したのだが、二人ともこれが予定調和であるかのように承諾を返してくれた。
俺の恣意的な独断をすんなり認めてくれたのは、水面下の事情を看過しているからだろうか?
そう勘ぐってみたものの、古泉と朝比奈さんに俺の意図を掴むとっかかりがないことは明白だ。
特に朝比奈さんは、ここ数日の流れを一切把握していないはずなのだから。
俺はスタンド型充電器に携帯を差し込んで、ベッドに横になろうとした。と、その時だった。
894 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/13(木) 22:08:19.49 ID:KozqAdgo
ぶるぶると携帯が震動して、新たな着信を告げた。
俺は消灯しようとしていた手を止めて、再度フラップを開けた。
「どういう意味だ?」
知らず、そう呟いていた。
from:朝比奈さん
ううん、キョンくんは謝らなくていいんです
わたしの時間渡航の遠因はその行動の延長線上にあるの
だからキョンくんは、キョンくんが思うとおりに行動してください
そうすれば、そう待たずとも次の再会の機会が訪れると思うわ
直感的に解釈できるのは三行目のみだ。他の行は変換なしには読み解けない。
そして俺は、そのためのツールを持ち合わせていなかった。
ただ、未来から現在への干渉を示唆していることだけは、なんとなく分かった。
俺は携帯の電源を落としてもう一度充電器に差し込んでから、今度こそベッドに横たわった。
ナイトモードで淡く時間表示する時計が、あと数分で日付が変わることを示していた。
暗闇に明日を思い描く。
これは賭けだ。
袋小路に追い込まれた俺の、エゴと焦燥に塗れた解決策。
罪悪感はあった。でもそれを覆い尽くすほどの不安が、胸の中で存在感を膨らませていた。
成功確率は零に近く、失敗すれば悔悟に押し潰される。
あいつの最後の時間を独占して、共有して、結局それを無価値に過ごしてしまったその時、俺は自分をどう赦せばいいんだろう。
「何女々しい泣き言吐いてんだ、てめえは」
カチ。
淡泊な音とともに、零が四つ、時計に並ぶ。
自分を勇気づける言葉を見つけられないまま、俺は眠りに落ちた。