涼宮ハルヒの選択 - Endless four days - 2nd route 2週目 2日目


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442 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/07(月) 17:20:41.98 ID:bg0LfdQo

【二週目 二日目 朝 通学路にて】

翌日。
春の朝日に淡く白んだハイキングコースに相応しく和気靄然と歩を進める他の北高生徒とは対照的に、
俺は腸チフスとコレラとペストと重症急性呼吸器症候群を同時併発したのではないかと思えるほど
惨憺たる気分で足を引きずっていた。胃袋に無理矢理押し込んだパン一切れは早くも消化不良を起こし、
昨晩見た夢(内容は憶えていない)は繊維の硬いほうれん草みたいに思考回路に挟まって正常な情報伝達を阻害している。
一言で言えばコンディションは最低だった。正直な話、今すぐ踵を返して自宅に引きこもりたいね。

『課題やった?』
『全然。もうあきらめてる』
『休み時間に死ぬ気でやったら間に合うって』

また一人、また一人と後輩たちが俺を追い越していく。
四月上旬の頃はおどおどしていた一年生も、
今ではすっかり高校の雰囲気に慣れてそれぞれの高校ライフを獲得していた。
入学当初の高校に対する、期待と不安が入り交じった感覚。俺の今の心境はそれとよく似ていると思う。
クラスの中心的存在で誰からも慕われる委員長と、ナイフを片手に婉然と微笑む殺人鬼。
その二面性を知っていてしかも一度刺された経験のある俺に、復活した朝倉をフツーのクラスメイトとして扱うことができるのか。
朝倉の記憶がどうにもならないんなら俺の記憶を改竄してくれと長門に頼めば良かった。いや、それは無理な相談か――
なんてことを考えていると、

「よっ。辛気くせぇ顔してどうしたんだ。風邪でも引いたのか?」

谷口が現れた。いつもながらに脳天気な顔してやがる。

「ま、どうせ後で分かることだろうがな、」

俺は一瞬朝倉のことについて口走りかけて、

「いや、なんでもない」

すんでの所で思い留まった。
あいつは昨日帰国したという設定だ。今話せばどうして俺がその情報を知りえたのか後々ややこしいことになる。

451 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/07(月) 18:07:45.03 ID:bg0LfdQo

「先に行っててくれ」

谷口は哀頽のジェスチャーを取った後、

「はいはい分かりましたよ。でもよ、急がないとマジ遅刻するぞ」

すったかと他の生徒を追い越して走っていった。
腕時計を見て、駅に逆戻りしそうなほど遅滞化していた歩行ペースを若干早めることにする。
俺は豆粒になった谷口の背中に語りかけた。
たまには役に立つこと言うようになったじゃねえか。
そんなお前に朗報だぜ。あと30分もすれば、AAランク+の失われし美少女と再会を果たすことができるだろうよ。
担任岡部と共に現れた朝倉に、クラスは感動と興奮に沸き返り――

「あ……!」

そこまで言って、ある可能性に気がつく。
どうして今の今まで失念していたんだろうね。自分のことでいっぱいいっぱいだったからか?
いるじゃないか。朝倉の失踪に、ある意味谷口より注目していたヤツが。

「………長門には悪いが、やっぱ面倒なことになったなあ」

溜息を地面に吐き出しつつ、山のてっぺん目指して歩く。
折角速めた歩行ペースは、新たな懸案事項によって元の速さに戻っていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

さて、重い足取りで教室の框を跨ぎハルヒの水向けに上の空で返事をしつつHRを迎えた俺は、
これから十七年余の人生で最も予想の外れる午前中を体感するとは夢にも思っちゃいなかった。

「あー、皆にとても良い話がある。この度、うちのクラスに転校生がやってくることになった」

担任岡部がドアを開けると、爆発的にクラスが沸き返った。
随感の面持ちで教室に足を踏み入れた朝倉は、人懐こい笑みそのままに今回の帰国についての説明を含めた
これからよろしくね、といった感じのありきたりなスピーチをし、新設された席――教室の後方右側――に腰を下ろした。

457 名前:夕ご飯食べてた[] 投稿日:2008/01/07(月) 19:00:02.00 ID:bg0LfdQo

「休み時間までは静かにな」

岡部の一言で騒がしかった教室が沈静化する。
退屈な連絡事項が話されている間、俺は朝倉を盗み見ていた。
長い黒髪、太い眉、深い黒色の瞳、綺麗な唇。どのパーツをとっても、朝倉は以前の朝倉だ。
いや、正確に言うと体の部分部分は成長していたけれども。
朝倉は俺に一瞥もくれずに、岡部の話に耳を傾けていた。なんらかのアプローチを仕掛けてくるかと身構えていたが、
気が早すぎたということか。俺が一人になるまでは接触してこないつもりなのかもしれない。
俺はそれから暫く盗み見を続けていたが、同じく朝倉に視線を向けていた谷口と目が合って顔を背けた。

抑圧されていた所為もあるのだろう、際限なく高まっていた教室内のボルテージは、

「起立、礼」

現委員長の一言で、一気に破裂した。どっ、と朝倉の元に人が集中する。

『あっちでの話、詳しく聞かせてよ?』
『二年ぶりだよね。会いたかったんだ〜』
『朝倉さん、久しぶり!』

口々に質問を浴びせかけるクラスメイトに、朝倉は丁寧に応対していた。
二年間の空白期を感じさせぬその語りに、俺は記憶が継承されているという長門の説明を思い出した。

「――お父さんの仕事でね――しかたがなかったの――」

よく通るメゾソプラノの声が教室の端まで届いてくる。
クラスの半数以上が密集した一角を、俺は自席でぼんやり眺めていたが、

「朝倉も大変ねー。戻ってきた途端質問攻めに合うなんて」

後方から飛来したハルヒの声に、ガクリと頬杖を崩された。
どうしてお前が大人しく席に収まっているんだよ。
お前もあの一群の中に混じっているとばかり思っていたんだが。

466 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/07(月) 19:57:53.28 ID:bg0LfdQo

「あたしが席に座ってるのがそんなにおかしい?」

振り向く。ハルヒは訝しげな表情で首を捻っていた。

「いやだってお前、朝倉がいなくなったときはあんなに騒いでたじゃないか」

これは事件よ、なんて言い出して朝倉のマンションまで押しかけたことは未だ記憶に新しい。
あれほど行方を追っていた張本人と再会できたんだ。
お前のことだから当時の疑問を解消すべく、他のクラスメイトを蹴散らしてでも朝倉を質問攻めするんじゃないかと――

「あのね、あたしだってもう子供じゃないの」

まだ成人してないから子供だろ、というツッコミを飲み込んで相槌を打つ。
するとハルヒは一歩先のカリキュラムを学習している塾生みたいな得意顔で

「それぞれの家庭には事情があるんだし、無闇やたらに首を突っ込むのはよくないわ。
 確かに朝倉が突然戻ってきたことは気になるけど、ほとぼりが冷めてから訊いてみるつもりよ」

ハルヒらしからぬことを堂々と宣った。

「…………」
「…………?」

ややもすればハルヒの精神状態を大きく揺るがしかねないこの一大事件を、ハルヒは淡々と処理している。
今しがたの言葉が真実か否かは判別できないが――ここはその言葉を信じて安堵するとしよう。
こいつの妙な心理変化は古泉に尋ねるに限る。俺は暫くハルヒの顔を観察してから、そうか、と返して体を捻りなおした。


休み時間が終わって一時間目。新たな転校生を迎えてから初めての授業は英語だった。

472 名前:修正[] 投稿日:2008/01/07(月) 20:44:30.06 ID:bg0LfdQo

順当にクラスメイトが当てられていき、やがて朝倉の番になる。

「Unfortunately, since I intended to make payment.....」

可愛らしい唇が指定された英文を読み上げる。完璧な発音だ。
カナダで二年過ごしただけあって、さらに研きがかかっているような気がするね。
英語教師の絶賛とクラスメイトの羨望の視線に、朝倉ははにかんで席についた。
俺はそれを冷めた目で見つめていた。基礎学力なんて情報操作でどうとでも弄れるんだ。
どうせ二年前と同じように、高校三年の学習要項程度は余裕でこなせるようプログラムされているに違いない。
だが――俺は次の3コマで、その考えが偏見による思いこみであったと知ることになる。


二時間目の数学の授業。無作為に、或いは故意に当てられた朝倉に絶対の期待を寄せていたクラスメイトは、

「……分かりません」

手をもじもじさせてそう答えた朝倉を、呆気にとられた表情で見つめていた。

「ま、まあ、あっちとこっちじゃ勉強の進み具合に違いがあるからなぁ」

数瞬の間をおいて数学教師がフォローを入れたが、微妙な空気は変わらない。
それもそのはず、教師が質問したのは割と難しめの問題についてだったが、
基礎的な学習を済ませていれば十分答えられる問題だったからだ。もっとも、俺には到底理解できない質問だったが。

三時間目の現国でも、朝倉の不思議なミスは目立った。

「……わ、分かりません」

それが重なるにつれて、朝倉が答えに詰まるのは二年のブランクが原因だ、
ということで教師とクラスメイトの見解は一致したようだったが、
それを余所に、俺は一つの仮説を打ち立てていた。今ここで共に授業を受けている朝倉は、二年前消滅した朝倉のコピーverだ。
なら、こいつの学力は高校一年の春から一切向上していないことになるのではないか。
いや待て、それならそれで矛盾が発生する。北高にTFEIが潜入する上で基礎学力は高い方が良いに決まってるし
二年前の状態でも朝倉は国立図書館並の知識量を蓄えていたはずだ。もし今回復活させる上で情報統合思念体が
朝倉に手を加えていないとしても、朝倉が勉強についてこれない理由が見当たらない。

「――ョン、キョンってば。次、体育だよ」

国木田の声で我に返る。熟考に耽っているうちに、三時間目は終わっていた。

481 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/07(月) 21:34:47.33 ID:bg0LfdQo

「朝倉、可愛くなったよなぁ」

女子長距離走の様相をガン見しつつ、谷口が恍惚と呟いた。
ぽかんと開いた口からは今にも魂魄が漏れ出しそうで、俺はなんとなくその呟きを拾い上げてやることにする。

「再評価するとどうなるんだ。前回のAAランクプラスを上回るのか?」
「ったりめぇよ。伝説のSランクにも手が届くくらいだぜ……」
「お前の判断基準を共有することはできないから、是非ともどこがどう可愛くなったのか端的に教えてくれ」
「全部だ」

重症だな。俺は谷口に愛想を尽かして、休憩時間を一緒に潰す相手を探そうと辺りを見渡した。
そして男子の約九割が朝倉の魅了で廃人になってしまったことを理解した。
皆、ダウナー系のドラッグをキメたみたいに力無くへたり込んでいる。
虚ろな瞳が追っているのは幻覚の妖精さんではなく、とてとて走る朝倉だ。

「駄目だこいつら」

と、俺が男子クラスメイトの様子に危険を感じ始めた時のことだった。国木田が俺の横に座り込み、

「キョンは自分を保っているみたいだねぇ。
 谷口は……もうすっかり朝倉さんの虜になっちゃってるなぁ」
「お前はまともそうで安心したよ」
「僕の好みは年上だからね。それでも、久々に会った朝倉さんにはかなり心を揺らされたけど」

コンクリートを行進する黒蟻を眺めながら、何気なさを装って俺は訊いた。

「朝倉ってさ。二年前と比べてどこが可愛くなったんだ?」

すると国木田はさも失望したように溜息を吐いて、

「君の観察眼は相当曇ってるよ。
 本気で、彼女が獲得したあの崩壊美とも言うべき儚げで頽れそうな可憐さが分からないのかい?」

502 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/07(月) 22:11:59.02 ID:bg0LfdQo

分からないな。殺人鬼フィルターを通しているからだろうか、
外見上の秀麗さを理解することはできても、内面的な変化はどうにも窺い知ることができない。
現に俺はまだ一度もあいつと言葉を交していないし、さっき整列したときも無意識の内にあいつを避けていた。

「例を用いて説明してもらえるとありがたいんだが」
「仕方がないなぁ。でも君は運がいいよ。
 彼女のことを一番よく知っている僕にそれを尋ねたんだから」

いつしか陶然とし始めた国木田に憐憫の感情を抱きながらも、俺は続きを促した。

「いいかい? 二年前の彼女は才色兼備で容姿端麗と、まさに非の打ち所がない美少女だった。
 でもそれ故に、ちょっと、ほんのちょっとだけ近づきがたいイメージがあったんだ。
 女神を想像すればちょうどいいと思うよ」
「それで?」
「ところが。二年ぶりに帰ってきた朝倉さんからは、そのイメージが払拭されていたんだよ。
 以前は模範解答の連続だった数学が分からなかったり、現国の朗読で滑舌が乱れたり。
 要するに親しみやすさが増したってことかなぁ……あ、女子の長距離走、終わったみたいだよ」

男子共が嬉々として立ち上がる。俺は半ばつられる形でその視線を追ってみた。
するとそこには――

「………はぁっ、はぁ……」
「朝倉さん、大丈夫?」
「うん、……はぁっ……平気だよっ……はぁ」

地面にペタンと座り込んだ朝倉を、数人の女子が取り囲んでいた。
黒髪は艶やかに乱れ、頬は桃色に上気し、唇からは熱い吐息が漏れている。
情報制御空間で俺を殺そうとしたときはどんなに瞬間移動しても汗一つ流さなかったのに、
5km走っただけでこの消耗具合―――どう考えても演技だ。それも迫真の。

「茶番だな。まったく、朝倉も何考えているんだか」

俺は失笑した。そして恐らくは俺と同じ感想を抱いているであろう国木田の方に視線を戻した。


俺以外の男子は全員悶絶死していた。

538 名前:焦らしてたわけじゃないよw[] 投稿日:2008/01/08(火) 00:10:39.11 ID:zrFy.sUo

――――――――――――――――――――――――――――――

譫妄状態の男子共に肩を貸してやって余計に疲れた体育が滞りなく終了し、昼休みが訪れる。
だが俺は弁当箱を取り出さずに、机につっぷして体力を回復しながら今後の朝倉への対応を検討していた。
脳内に保守派と革新派のデフォルメキャラが登場する。

「いつまで彼女のことを避け続ける気ですか?」 あいつに近づくとトラウマが疼くんだよ。
「朝倉は何もアクション起こさねぇしほっといていいんじゃねえの?」 俺は保守派に賛成だぜ。
「長門さんのエラーについて話し合うべきことがあるでしょう!」 う、確かにそうだが話をするきっかけがないんだ。
「だーかーら。俺らが難しいエラー解析の話聞かされたって意味ねぇだろ」 だよ、な。意味ないよな。
「逃げるんですね?」 そ、それは違う。
「怖いんですか?」 お、俺は怖くなんかないぞ。
「あなたは畏れている。惨めに躰を竦ませて怯えている。
 それは裏を返せば、長門さんの言葉を信用していないということです」 うるさい!

革新派の猛追に耐えきれなくなった俺は、つい声を荒げてしまった。
クールになるんだ。ゆっくりと深呼吸をして目を開ける。
するとちょうど、制服に着替えなおした女子たちが教室に戻ってくるところだった。
中心にいるのは勿論朝倉で、仲良く他の女子とお喋りしている。午前中の間に、朝倉はすっかりクラスに馴染んでいた。

「キョン、はやくこっち来いよ」

女子の帰還がトリガーとなって、彼方此方で昼食が始まる。
俺は谷口に生返事をして、弁当箱を片手に立ち上がった。

ここは――
1、いつもどおり谷口たちと弁当をつつこう。朝倉に話しかけるのはもう少し先延ばしだ。
2、部室で食べよう。あそこなら朝倉も来ないだろうしな。
3、朝倉に話しかけよう。いつまでも懸案事項を遷延することはできない。

>>547までに多かったの

539 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/08(火) 00:11:32.16 ID:awb3aOYo



540 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 00:11:37.52 ID:RT5AHkAO

A

541 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/08(火) 00:12:09.54 ID:ImzQsGwo

KOOLwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww



542 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 00:12:13.97 ID:WJhOPMs0

2

543 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/08(火) 00:12:18.26 ID:IQ6F5cSO

3

544 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 00:12:19.22 ID:7n56z1g0

2

545 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 00:12:19.53 ID:td/Yxlko



546 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 00:12:28.24 ID:YHxhScDO



547 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 00:12:28.66 ID:29uNWaQ0

3wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

576 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 01:22:18.62 ID:zrFy.sUo

が、俺の足は谷口の方向とは別の、朝倉がいる女子グループへ向かっていた。
深層意識がそうさせているのだろうか。足は機械的に俺を移動させ、いよいよ朝倉との距離が3mに縮まる。
科白はまったく考えていなかった。台本は真っ白で、何について切り出せばいいのか分からない。
クラスメイトが密集するこの場で情報統合思念体なんて電波なことは言えないし、
二年前のあの日について語るにも朝倉が殺人未遂犯だなんてショッキングな事実を公表するわけにはいかない。
結局思考がまとまらないまま、俺は自分の足で朝倉の前まで連れてこられた。

「どうしたの? 何か用?」

俺に気づいた取巻きの一人が尋ねてくる。軽快な口調とは裏腹に、
目にはさっさと部外者を排斥したいという暗い願望が浮かんでいた。

「えーっと……、」

朝倉と二人で話がしたい。そう言えば済む話なのに、口から出るのはその場繋ぎの情けない言葉のみ。
朝倉が視界の外に追いやっているとはいえすぐ傍にいるという事実に、手汗がじっとりと滲んだ。
しかし取巻き達は俺の悲惨な内面状況を慮ることもなく、

「ねぇ、あたしたち今からお昼ご飯食べようと思ってるんだけど」

白地に棘混じりの言葉を浴びせかけてくる。
ええい、こうなりゃもう破れかぶれだ。俺は思春期真っ直中の恋する少年を模倣して
朝倉の手を強引に掴んで教室の外に飛び出ようと決心し、

「わたし、約束してたの忘れてたわ。今日は彼と一緒にご飯を食べるつもりだったの」

涼やかな声に蛮行を思い留まった。俺は貯蓄してあった勇気を全部はたいて声主を見た。

581 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 01:35:07.78 ID:zrFy.sUo

すると驚くべきことに、
朝倉が元委員長にあるまじき行為――即興の嘘――を並べ立てて、弁当を片手に立ち上がっている。
あのうすみません、彼って誰のことですか?

「ごめんね。また今度一緒に食べましょう?」

朝倉は女子グループの皆さんにぺこりと頭を下げると、

「それじゃあ、行きましょうか」

極自然な動作で俺の手を引いた。
情報操作的にではなく精神的に左手の指先から体が硬質化していくのが分かる。
展開が早すぎて脳の処理が追いつかない。
が、どうやら俺に朝倉と手を繋いで教室を闊歩する権限が認められていないことだけは確かなようで、

『――――なに調子ぶっこいてんの?――――』

教室内には、煉獄の蒼炎即ちクラスメイトの熱視線が俺を嬲ろうと渦巻いていた。
焼かれるのはご免なので、朝倉の手を逆に引く形で教室を脱出する。

「もう、強引なのね」

愉しそうに朝倉が笑う。廊下に出た瞬間、後方で悲痛な叫び声が木霊した。

「俺たちは友達じゃなかったのかよ! どこ行くんだよキョン!」

知らねぇよ。こっちが訊きたいくらいだ。
俺は滅裂な思考のまま走り出した。とりあえず『人目のない場所』を念頭において。

643 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 21:42:47.54 ID:zrFy.sUo

――――――――――――――――――――――――――――――

雲一つない青い空。眠気を誘う柔らかな日差し。
食事をするには絶好の場所である屋上で、しかし俺は重苦しい沈黙を紡いでいた。

「んむ……この卵焼き、とっても美味しいわ」
「……………」
「こっちの鮭もご飯に良く合うし」
「……………」

朝倉を人気のない屋上に連れ込んだのがつい五分前のことだ。
あれから朝倉は女子グループへの宣言通り、可愛らしくラッピングされた弁当箱の包みを開けて昼食を取り始めた。
極度の興奮状態にあった俺は十数秒その様子を第三者的に傍観し、
どんな心理が働いたのかは不明なものの朝倉の隣に座って質素な弁当をつつくことにした。
端からはさぞかし仲睦まじいアベックに見えていたことだろう。が、そんな平和的食事風景がいつまでも続くはずがない。
思考がクリアになるにつれて俺は徐々に隣人の素性を思い出し、
ちまちまと口に運んでいたおかずはたちまち喉を通らなくなって今に至る。

「屋上で昼食をとるのもいいわね。あ、でも夏はかなり暑くなりそう――」
「なぁ、朝倉」

既に役割を果たしていなかった箸を置いて、俺は終わりの見えない独り言を遮った。
すると朝倉は子犬のようなくりくりした瞳をさらに丸くして、

「なぁに?」

純粋な疑問をソプラノに乗せてきた。
俺は脳内悪徳業者から勇気を借りて一気に訊いた。法外利息は承知の上だ。

「なぁに、じゃねえだろ。俺にはお前に話さなくちゃならないことが幾つもある。
 それと同じで、お前にも俺に話さなくちゃならないことがあるんじゃないのか」
「……………」

長門に負けず劣らずの三点リーダが続く。それから朝倉はやんわりと微笑み、

「あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る」
「じゃあ死んで」
「死になさい」

なんて猟奇的殺人的科白の代わりに

「それは違う。あなたがわたしに問いかけることはあっても、わたしからあなたに話すことは何もないわ」

まるでこの会話を予め想定していたかのような自然さでそう言った。

681 名前:修正 もし安価なら↓[] 投稿日:2008/01/08(火) 22:46:44.50 ID:zrFy.sUo

思わずキョトンとしてしまう。
もし誰かが屋上の一角を隠し撮りしていたら、
そこには谷口も吃驚のアホ面で朝倉を見つめる男子生徒が映っていたことだろう。

「えぇっと、だな。それはつまり、お前は俺に一切興味がないと解釈してOKなのか?」
「そういうこと。わたしが再構成された理由は唯一つ、彼女の監視それだけよ。
 新しい命令がない限り、あなたに自発的に接触するつもりはない。
 でもまあ……潜入して半日も経たない内に、あなたと接触しちゃったわけだけど」

それが嘲弄に聞こえて、俺は柄にもなく唇を尖らせた。

「はん、矛盾してるな。お前は今自発的に接触する意志がないと言ったが、
 俺たちが今こうしているのも、お前が取巻き連中に嘘ついてまでして俺を教室外に連れ出したからだろ。
 まったく、おかげで俺の集団リンチは確定事項だぜ」

すると朝倉は小鳥の囀りのように清涼なクスクス笑いを響かせて、

「だって……あなたったらずっと独りであたしの前に突っ立ってて、なんだか可哀想だったから。
 確かにわたしに"TFEIとして"あなたと接する気はなかったわ。
 でもね? 困っているクラスメイトを助けるのは、元委員長として当然のことでしょう?」

随分と義理堅い宇宙人なんだな。
ま、過程がどうであれ二人きりで話をする場が設けられたのは事実だ。その配慮には感謝してやるよ。

「素直じゃないのね」

生憎俺は鈍感でね。感情表現が苦手なのさ。
こちらを覗き込んでからかう朝倉に、国木田の親しみやすさUP説を想起しつつ。
俺は質問事項を脳梁に並べて、どれから尋ねようかと吟味した。

ここは――

1、お前は二年前のあの日を憶えているか?
2、長門の監視について詳しく聞かせてくれ
3、若干、復活前の朝倉と仕様変更があるみたいだが……

>>680

680 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 22:45:36.72 ID:yDuWhXU0

3

725 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 23:57:40.40 ID:zrFy.sUo

ここは――午前の授業の端々で疑問に感じていたことを尋ねてみるか。

「今回再構成されるにあたって、仕様変更はあったのか」
「最初の質問から安全確認?
 あなたらしいわね。でも安心して。
 わたしの情報操作にはプロテクトがかけられていて――」
「はいストップ」

先走り始めた朝倉を静止する。
俺が訊きたいのは情報操作的なコトじゃなくてだな……
基礎学力や基礎体力のパラメータについてなんだ。
数学の授業でお前は答えに詰まっていたし、体育の授業では息を切らせていた。
以前のお前なら有り得ない失態だ。あれは演技だったのか?

「ん……」

先ほどまで会話のイニシアチブを掌握していた朝倉が急に俯く。
俺はそれを不審に感じたものの、

「もしも情報統合思念体がお前の基礎能力を改竄したのなら、それには理由があるはずだよな」

好機とばかりに追及した。すると朝倉は困ったように視線を泳がせて、

「あれは……基礎能力の減退はね……わたしが一つだけ思念体に要求したことなの」

俺の予想の遙か斜め上の事実を告白してきた。

「わたしには有機生命体特有の概念や感情に興味があった。
 情報統合思念体全体の調査対象だからではなく、一つの個体としてその正体を知りたかった。
 いうなれば、オリジナルのわたしが削除されるまでに抱いていた"夢"みたいなものかしら」

思念体にそうプログラムされていただけかもしれないけどね、と寂しげに微笑む朝倉。
俺はしばし逡巡してから質問を続けた。

「それとお前が能力を格下げすることにどんな関係があるんだ」
「あなたたち人間と対等に位置することで、新たに得られる情報があるのではないかと推測したのよ」
「ほう、それで成果はあったのか」
「ええ。莫大な未獲得の経験値を得ることができたわ」

740 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/09(水) 00:29:01.98 ID:ILVcstco

パッと顔を輝かせる朝倉に、一瞬の眩暈が俺を襲う。
危ない危ない。こいつの場合、こういう何気ない仕草が致命傷になるんだ。

「羞恥によると思われる体温上昇や、酸素の不足による心拍の加速化――
 どれもこれも初めてのことだらけ。まるでわたしが人間に生まれ変わったみたいで、とても新鮮だったわ」
「へぇ……」

その試みの所為でどれだけの男子が悶死することになるか、こいつは露程にも危惧していないに違いない。
俺は無垢とは無知という名の罪であるという名言を反芻しつつ、次の質問に移ることにした。
朝倉の仕様変更の理由は存外なモノだったが、長門の前例がある分、納得してやれんこともないしな。

腕時計に目をやると、朝倉と密談する猶予はもうあまり残されていなかった。
あと一つの質問ぐらいでで弁当を包み直さないと、午後の授業をバックレることになるだろう。


ここは―――

1、お前は二年前のあの日を憶えているか?
2、長門の監視について詳しく聞かせてくれ

>>749までに多かったの

741 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/09(水) 00:29:32.22 ID:uyvX516o



742 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/09(水) 00:30:02.91 ID:77lpv5.0

1

743 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/09(水) 00:30:26.32 ID:Z7T726AO

2

744 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/09(水) 00:31:08.48 ID:WOC2WJ20

1

746 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/09(水) 00:31:22.26 ID:qep84RA0



747 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/09(水) 00:31:42.16 ID:JCpS/6Uo



748 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/09(水) 00:31:55.18 ID:3v5XzYDO

2

749 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/09(水) 00:32:34.40 ID:Z7T726AO



790 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/10(木) 20:49:18.91 ID:DVsLcsIo

ここは――後回しにしていた本題に移ろう。
長門のエラー蓄積は朝倉復活の直接的な起因でもあり、いうなれば朝倉の存在理由である。
俺は核心に触れることによる朝倉の豹変に怯えつつも、虚勢を張って訊いた。

「……長門の監視について詳しく教えてくれないか」

すると朝倉は1ナノも顔のパーツを動かすことなく――つまり朗らかな笑顔のまま――質問を返してきた。

「あら、長門さんからはわたしが復活することしか聞かされていなかったの?」
「大まかなことは知ってる。
 あいつに不明なエラーが発生していることや、それがバグのトリガーとなる可能性、
 そしてお前が監視者として復活させられるまでの経緯……」
「なぁあんだ、ほとんど知っているんじゃない。それならわたしが話すことは極々限られてくるわよ」
「何でもいい。今はあいつに関する情報が少しでも欲しいんだ」
「ふふ、随分彼女のことを心配しているのね?」

情報提供をのらりくらり遷延する朝倉にイライラが募ってくる。
お前には理解できないかもしれねぇけどな。
人間ってのは、身近な人間が窮地に陥ってたら助けずにはいられないもんなんだ。
そしてそれは相手が宇宙人でも同じで、しかも長門は二年間一緒に過ごしてきた仲間ときてる。
俺があいつを心配するのは当然のことなんだよ。

「ふぅん」

なんだその人生経験の甘い坊やを窘めるお姉さんのような溜息は。

「気にしないで。ただ……あなたがちっとも変わっていないことが分かっただけよ」

801 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/10(木) 22:09:27.04 ID:DVsLcsIo

「失敬な。俺だってお前の不在期間に少しは成長したつもりなんだが」

なんとも説得力のない自己主張。それを朝倉は華麗に流して、

「………じゃあ、長門さんの監視方法について説明するわ。
 監視の理由や、他の監視者についてのことを除けばわたしが話せるのはそれくらいだし」
「監視方法、ね。喜緑さんの監視じゃ完璧にカバーできないっていうのが、
 距離的時間的な意味でないことは承知していたんだが、一体どうやってるんだ?」
「あなたの想像通り、四六時中ぴったりくっついているような原始的な方法ではないわ。そうね、分かりやすく例えるなら……」

朝倉は腕組みをして中空をにらみ、

「あなたたち人間が使うパーソナルコンピューターは、インターネットを介して繋がっているでしょう?
 それと同じようなもの。仕組みはあなたには理解できないから割愛するけれど、TFEIもリンクしているのよ。
 だからわたしは長門さんをモニタリングできる。彼女の行動、その行動原理、取得情報――それら全てをリアルタイムで参照できる」
「便利な能力だね。もっともその徹底した監視方法じゃ、プライバシーもへったくれもなさそうだが」
「プライバシー? あなたも長門さんと同じコトを言うんだ。
 彼女はその言葉を引き合いに出して、トイレと入浴時だけはモニタリングを停止するように要請してきたわ」

途端、俺の脳内でよからぬ化学物質が分泌され始める。
まずい。非常にまずい。いくら長門が沈黙の美少女だからといって
普段窺い知れぬプライバシーを想像して悦ぶのは絶対の禁忌だ。これじゃ谷口と同類になっちまう。
俺は硬く拳を作ってからそれを頭の高さまで持ち上げ、

「――ッ」

思い切り頭に叩きつけた。激しく頭蓋が揺れて、妄想.exeが強制終了される。

「データベースには高度な知性を持つ有機生命体各個人の私生活上の自由、とあるけれど
 わたしにはあまりその概念が理解できないの」
「ま、まあ、それはたくさんの人間と触れあう中で自ずと理解できてくるんじゃないか」
「……本当かしら?」

朝倉が眉を傾けて訝しむ。俺は可及的速やかに軌道修正を試みた。

「きっとそうだって。そんなことより今の話を聞いて思ったんだが、
 TFEIがリンクしてるってことは、長門は喜緑さんとも繋がっているんだよな?」
「ええ、その通りよ」
「なら喜緑さんだけでカバーできない理由は何なんだ。
 長門は多角的な監視が必要になるとかなんとか言っていたが、それだけの情報量を
 リアルタイムで監視できるなら一人で十分事足りるだろ」

810 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/11(金) 00:06:22.44 ID:tDjw7V2o

「事足りないわ」

即座の否定。俺は間髪入れずに訊いた。

「どうしてだ」
「あのさあ。あなたはTFEIが別TFEIをモニタリングすることを、
 友達同士がずぅっと携帯電話で連絡をとりあうのと同じようなものだと考えているんじゃない?」
「う……」

図星だった。

「やっぱりね」

俺が言葉に詰まったのを見て取った朝倉は、
携帯電話を高翌齢者に解説する携帯ショップ店員のような物腰になって、

「どんなに高性能なTFEIでも、他のTFEIをモニタリングするとそれなりの負荷がかかるの。
 特に長門さんの場合は初期モデルと比べて大幅に進化を遂げているから、データの遣り取りにも一苦労なのよ。
 それに加えて今回の監視は精密度が重視されているから、モニタリングする情報量は莫大になるし」
「……お前らも結構苦労してるんだな」
「そうよ。でもまあ、わたしと喜緑さんで分担するようになってからは幾分余裕ができたみたいだけど」

一人で監視していたときは物凄く大変だったでしょうね、と先輩TFEIを思い遣る朝倉。
なんでもかんでも情報操作で解決できると思っていた分こういう苦労話はとても新鮮で、
俺は思わず「へぇ」などの感嘆詞を吐こうとし、

「――あなたはまだわたしが怖い?」

瞬きのうちに距離を埋めた朝倉に、戦慄していた。
近い。擦れ合うといったレベルではなく、俺の右肩に朝倉の左肩がぴたりと触れている。

「ど、どうしたんだよ藪から棒に」
「喜緑さんだけでカバーできないのか、とあなたが訊いてきたとき、
 わたしはその質問に純粋な猜疑以上の意図が含まれていると感じたわ。
 そうね――それを言語化するなら、わたしが監視者として復活した現実を否定したい、といったところかしら?」

衣擦れの音が耳朶を刺す。上目遣いの双眸が俺の眼球を固縛する。
相手が普通の女子であれば一瞬で陥落しているというこの状況下で、俺の胸は焦燥に焼かれていた。
否応なしにフラッシュバックする忌まわしい光景に、心拍が跳ね上がっていく。

826 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/11(金) 01:20:46.72 ID:tDjw7V2o

「有機生命体の恐怖という感情は未だに理解できないわ。
 オリジナルのわたしが長門さんに削除された時でさえ、
 わたしが得たのは任務が遂行できなかったことによる内罰的考察のみだった」

朝倉の声が遠い。

「死という概念はそのまま恐怖に直結していて、臨死体験による恐怖はトラウマとなる。
 そんな話を彼女がしていたわ。トラウマ――ギリシャ語で"傷"という意味らしいけれど、
 やはり肉体損傷を畏れていないわたしにはその概念が分からない」

視野が黒に塗りつぶされていく。

「――――あら、ごめんなさい」

と、いよいよ意識が朧気になりはじめたところで朝倉が腰を上げた。
圧迫感が消えて呼吸ができるようになる。俺は肩で息をしながら、それでも朝倉の独白に耳を傾けようとした。

「でも、あなたがわたしに恐怖を抱く条件が存在するなら、わたしはそれを回避することができる。
 情報操作はしない、というよりできないし、昔のわたしと違って今のわたしは佩刀していない。
 なんなら身体検査でもしてみる?」
「いや……遠慮、しとく……」
「ふふっ、あなたならそう言うと思った」

朝倉は悪戯っぽく微笑みながら、

「今のわたしはね、あなたに簡単に組み伏せられるか弱い女の子なんだ。
 急進派の影響がないからあなたへの殺害欲は一切ない。原始的な手段を用いてあなたを傷つけたりはしない。
 自分で言うのもなんだけど、わたしは安全よ」

834 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/11(金) 01:34:39.44 ID:tDjw7V2o

ああ、それなら昨晩長門から嫌と言うほど訊かされたよ。
それで……さっきからゴチャゴチャといったい何がいいたいんだ、お前は。

「だからぁ、要するにわたしを怖がらないで欲しいってこと。
 無理に親しくしてとは言わない。でも、わたしを避けるのはやめて。
 そしてできるなら、初めて会った頃のように普通にお喋りして欲しいな」
「へ?」
「お願い。約束して?」

合掌してウインクする朝倉。
刹那のデジャヴが脳裏を駆け抜けたが、俺はそれに委細構わず首肯を返していた。

「え、あ、うん……それくらいなら」
「ほんとう?」
「あ、ああ」

済し崩し的に約束が交される。

「よかったあ!」

朝倉が眩い笑顔を作って小さく快哉を叫ぶ。
その様子を視界の端に捉えながら、俺は索漠とした違和感を感じていた。この会話、何処かおかしくないか。
決定的な矛盾があるはずなのにその正体が分からない――と俺が拙い思考回路故の葛藤に悶えていると、

「ん……あれ……?」

朝倉の寝起きみたいな声が聞こえてきた。
いつしか明瞭になった視界の真ん中で、朝倉がぐしぐしと目を擦っている。

「ご、ごめんなさい。わたし、ちょっとぼうっとしていたみたいで……」

何を言っているんだろうね、こいつは。
ついさっきまで、お前はあんなに饒舌に喋っていたじゃないか。

853 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/11(金) 21:30:09.58 ID:tDjw7V2o

「わたしが饒舌だなんて……あなたは何を言っているの?」
「それはこっちの科白だ。脅迫的に俺に約束を取り付けたこと、もう忘れたのか?」

やれやれ、といった風にこめかみを抑える。
質問に質問を重ねられた朝倉は、しかしそれに憤慨することもなく、

「約……束……? わたしは今の今まで、モニタリングを分担することによる処理軽減について話していたはずよ」

右手の人差し指を顎にあてて、視線を碧空に投げながら平然と答えた。
わけのわからんことを言うな、いくら生後1日だからといって冗談が過ぎるぜ、と言いたいところだが―――
ここ数年で培った俺の表情見識眼力は、朝倉が嘘をついていないと告げている。
朝倉がド忘れした可能性は……ないよな。こいつに限ってそんな間抜けを犯すとは考えられないし。
なら、俺が朝倉に情動を煽られた所為で白昼夢を視ていたというのだろうか。いや、それはもっと考え難い。

「……………?」
「……………」

疑問符を頭の上に浮かべる朝倉と、緘黙し懊悩に耽る俺。
そんな奇妙な膠着状態はしばらく続き、

「もうこんな時間。わたし、先に教室に戻ってるわ」

涼やかな予鈴に終止符を打たれた。
朝倉が弁当を片手に歩き出す。俺は数秒呆けていたが、朝倉がドアを開けた辺りで呼び止めた。

「おい待てよ! 話はもう終わりなのか?」

余りに中途半端すぎる。

「終わりよ。あとはほとんどあなたの既知情報だろうから、伝達したところで意味がないわ」

862 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/11(金) 22:23:29.75 ID:tDjw7V2o

「既知情報かどうかなんて一度聞いてみなきゃわかんねぇだろ。
 それに昨日の夜、長門に聞きそびれたことが、」
「あのさあ」

朝倉はしつこく言い寄る男をあしらうように飄々と言った。

「わたしは監視者として必要な情報しか与えられていないわけ。
 だから、あなたがもっと今回の騒動の背面に首を突っ込みたいなら、
 直接長門さん喜緑さんに本人に訊くことをお勧めするわ。
 二人とも同じ学校にいるんだもの、それはとても容易いこと」
「…………」

正論すぎて辟易する。
そりゃまあ、お前の言うとおりそれが一番確実な方法なんだろう。
でも長門の言葉を引用するわけじゃないが、ある事象を考察するとき、
複数の意見を統合することによって多角的な解釈が可能になったりするじゃないか。

「あんまりわたしを困らせないでよ。あなたにも話せることと話せないことがあるでしょ」

朝倉は俺に寸暇も与えず続ける。

「とにかく話はこれでおしまい。
 でも、最後に一つだけ確認したいことがあるの。
 長門さんは確かに自分の口で、不明なエラーが蓄積しているとあなたに言ったのね?」

俺はその質問の意図が掴めないままに首肯した。

「ふうん」

朝倉はそれからしばし瞑目して、

「分かったわ、ありがとう。………じゃあね」

どんなに魅惑耐性のある男でも一瞬で撃沈させられるに違いないウインクを魅せて、屋上を立ち去った。

867 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/11(金) 22:56:23.73 ID:tDjw7V2o

俺は完全に朝倉の気配が消えてからもしばらく屋上で時間を潰すことにした。
明らかになった監視事情、朝倉の一時的な変異と記憶喪失、未だ不明瞭な事態解決の糸口。
懸案事項は山ほどあるが、とりあえずそれらを脇に置いて空を仰ぐ。

雲一つない青い空。眠気を誘う柔らかな日差し。

訪れたときと何一つ変わらない風景に心癒されながら、俺は最優先課題の攻略に頭を捻った。
さて――恐らくは話し合いの余地なく斬り掛かってくる悪鬼ひしめく教室に、どうやって潜入しようか。

――――――――――――――――――――――――――――――

875 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/12(土) 00:33:57.63 ID:08e0lgco

放課後。俺は八つ裂きにされることもコンクリート詰めにされることもなく、
ハルヒ――いや守護神とでもいうべきか――と肩を並べて部室棟へ足を運んでいた。
俺の生存理由など省略して然るべきことかもしれないが、悪戯に衆目を集めている
ハルヒにガッチリ掴まれた右手から気を紛らわすためにも回想シーン的なものを挟むことにする。

つい数時間前のことである。極限まで悋気と嫉妬が蔓延し
地獄への廻廊的様相を呈していた廊下を渡りきり、這々の体で教室もとい地獄への扉を開けた俺は、

『よう。落ち込んだときはお互い様だぜ?』
『慰めてやるからこっちこいよ。まったく、お前も無茶するよなあ』

優しい言葉とは裏腹に晴々しく嗤笑する男子たちに迎え入れられた。
予想と全く違う対応に戸惑いつつ朝倉の姿を探すと、女子グループの中心で質問攻めにあっている。
時折、取巻き達が黄色い声を上げる。俺はニマニマ笑いがとまらない男子共と好奇心旺盛な女子を交互に見比べて悟った。
ああ――俺は朝倉に告白して玉砕したことになっているのか。
非常に忌々しいことだが、俺が逆の立場になった時のことを考えればそれも致し方のないことである。
いやむしろこれは幸運なのかもしれない。
こいつらが勝手に勘違いしてくれているおかげで俺は社会的に抹殺されずに済んだわけだしな
……と、俺が周囲の皮肉を聞き流しつつ胸を撫で下ろしていると、

『……………』

ある時を境に、教室内が油を流したように静まりかえった。
俺を含むクラスメイト全員の視線が、一点に集約する。

「ん、どうしたのみんな。あたしが学食行ってる間に何か面白いことでもあったの?」

黄色いカチューシャの少女は、あどけない笑みを浮かべて首を傾げた。
その時俺は知った。自分が、幸運という言葉では片付けられないほどの僥倖に恵まれていたということに。

893 名前:修正[] 投稿日:2008/01/12(土) 01:32:03.44 ID:08e0lgco

それからの顛末は皆様方の予想通りである。
共通意志の元に結束したクラスメイトたちは速やかに平常時モードへと移行し、
自然、自分だけ疎外されたと被害妄想に陥ったハルヒは一直線に俺の元に向かってきた。

「どういうことよ。なんであたしだけが仲間外れなわけ!?」
「さ、さあ。どうしてだろうな」

むくれ顔で詰問してくるハルヒに後退る。だが俺の背中が教室の端に張り付く直前、救世主は現れた。

「……あ! ほら、もう授業始まるぞ」
「むぅー」

ハルヒが渋々といった風に席に戻る。
それから放課後までの二時間、俺の上着はシャーペン攻撃の雨に曝されることになったのだが――
根拠もへったくれもない噂話でハルヒの機嫌が奈落の底に落ちるよりは遙かにマシだったと言えよう。上着の一枚や二枚安いもんだ。
それにいざ使い物にならなくなっても、古泉を通して機関に頼めば支給してくれそうな気がするしな。

とまあそんなわけで、幾つもの奇跡が重なったおかげで、今俺は生きている。
放課後辺りにはハルヒの頭から昼休みの一件は姿を眩ましSOS団についてのワクワク感が空いたスペースを席巻している、といった具合だ。
ちなみに冒頭でハルヒを守護神と呼称したのには理由がある。
いくら俺が玉砕したという設定になっているにせよ、変態的な朝倉ファンの方々の間では
俺が朝倉と手を繋いだだけでも万死に値するという見解が大半を占めているようで、窓外から、或いは廊下の影から時折刺すような視線を感じるのだ。
がしかし、流石にハルヒが隣にいる瞬間を狙って闇討ちしようとする肝の据わった輩はいないようで、
俺は守護神ハルヒの庇護のもと、生の充足を得ているというわけである。

閑話休題のつもりが随分長くなっちまったが――そろそろ到着か。軽く耳を塞いだ刹那、お馴染みの炸裂音が響き渡った。

「やっほー! 有希、お茶お願いね」
「……もう煎れてある」
「やるじゃない。でも、もし温かったりしたら罰則よ?
 そうね、この前買ったビキニタイプのニャンニャン衣装でも着て貰おうかしら――」

ハルヒが繋いでいた手を乱暴に解き、団長席に歩みよって湯飲みを取った。
そして例によって例の如く、なみなみと注がれていたお茶を一気のみする。

「………熱い。美味しいわね」

姑みたいなニマニマ顔から驚嘆の驚きに目を丸くしているハルヒを見遣りつつ、俺もパイプ椅子に座ってお茶を頂くことにする。
熱い。そして旨い。飲まなくても分かっていたことだった。長門がヘマるはずがないんだ。

897 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 02:12:55.56 ID:08e0lgco

長門の功績がまるで我がことのように誇らしくなった俺は
是非ともこの感慨を共有しようと俺の正面を定位置としている超能力者を探し、

「今日はあいつ、遅いんだな」

初めて古泉の不在に気がついた。

「おかしいわね。今日は古泉くんもあたしたちと同じ時間に授業が終わるはずなんだけど」

ディスプレイ越しにあまり心配していなさそうな声が届く。テーブルの端っこには、
持ち主の不在を寂しがるかのように、あるいは関心を向けられていないことを哀しむように無秩序に駒を散乱させたチェス盤があった。
そんなに哀愁を漂わせるなよ。どうせあいつが来た途端嫌でもお前で興じることになるんだからさ。
心中でチェス盤に慰めの念を送りつつ、朝比奈さんがいた時のことを回想する。
古泉が遅刻したときは、専ら朝比奈さんがボードゲームの相手になってくれていた。
最弱王古泉と違って朝比奈さんの実力は俺よりも少し弱いといった程度で、それなりに拮抗する勝負が多かった。
あぁ、懐かしの日々――だが朝比奈さんはもういない。一人でチェスはできない。
古泉なら教本片手に一人遊びに興じられるだろうが、俺はあまりそういう地味な一人遊びに熱中できない性質なのだ。

結局、手持無沙汰になった俺が辿り点いた結論はいつもと同じだった。

1、みんな自分のことで忙しそうだが、団員の誰かに暇つぶしを手伝ってもらうとするか。→長門
2、みんな自分のことで忙しそうだが、団員の誰かに暇つぶしを手伝ってもらうとするか。→ハルヒ
3、古泉の行方が気になるな
4、モノローグ対象人物自由指定「     」

>>907

907 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 02:16:59.44 ID:8R5MX62o

4 鶴屋さん

36 名前:最近ちょっと遅筆ぎみ……[] 投稿日:2008/01/12(土) 17:52:41.35 ID:08e0lgco

昨日の鶴屋家訪問を反芻する。

俺の謝罪を真摯に(?)受け止めて逆にお辞儀を返した鶴屋さんは
いかにも次期党首然としていて、何も知らない第三者の視点からは
俺と鶴屋さんの関係がさぞかし不思議なものに映ったことだと思う。
俺みたいな一介の高校生が、社会に足を踏み入れつつある鶴屋さんと気軽に談笑できる理由。
それは、鶴屋さんがSOS団とそこに所属するメンバーを特別に眷顧しているからに他ならない。
だからもてなしは常に一流だ。鶴屋さんは「お茶しかないけどねっ」なーんて謙遜していたが、
実際に運ばれてきた緑茶は、日頃からお茶を嗜んでいる俺の肥えた舌をも唸らせる妙味だった。
それは高級茶葉を使用したからだけではなく、鶴屋さんが今まで培った技巧を凝らし、心を籠めて煎れてくれたからこそできた味だ。
今俺の手にある煎茶も確かに旨いが、あの緑茶と比べたら――

「……………」

長門の瞳が、いつもより鋭利な琥珀色の瞳がこちらに動く。

「……………」

この比較は封印するとしよう。
勘違いされそうなのでことわっておくが、決して外部圧力がかかったわけじゃないぞ。
ええとそれから……鶴屋さんは俺にSOS団の近況報告を催促した。
あの時は歯止めが利かず、ついつい喋りすぎてしまったが……
今から思えば、俺の心は鶴屋さんが「うんうん」と相槌を打つ度に、堆積していた感情を吐き出していた。

42 名前:ご飯行ってた[] 投稿日:2008/01/12(土) 19:02:15.08 ID:08e0lgco

こんなことを堂々と言うのは憚られるが……恐らく鶴屋さんは、俺にとって最高の相談相手なんだと思う。
SOS団の内情をよく知っていて、でも一定の距離を保っていて、
どんなにシリアスな話も笑い話に変えてしまえるような深い器量を持っている。
そんな彼女に俺が多くを語ってしまったことは、ある意味必然だったのかもしれないな。

「……ん」

回想を中断して背伸びする。
小さく開けられた窓から吹き込む風を胸一杯に吸い込むと、初春の香りが失われつつあることが分かった。
ホワイトボードのスケジュール表は今が四月末であることを示している。
俺は早々に晴れ舞台を下りてしまった桜を思い出して少し切なくなった。
この街でまだ満開の桜が拝めるのは――鶴屋さんちの日本庭園くらいだろう。
ふと、耳に昨日の去り際に聞こえた言葉が蘇る。

『気が向いたらいつでも寄ってきなっ!』

鶴屋さんに話したいことはまだたくさんあった。
鶴屋さんはああ言っていたことだし、ここはその御言葉に甘えて、通りがかったのを言い訳にお邪魔するわけには――
って馬鹿か俺は。厚かましいにも程がある。
将来に向けて日々勉学に励んでおられる鶴屋さんを三日連続で邪魔すれば、
俺は朝倉ファンに闇討ちされるよりも早く鶴屋家の暗部に謀殺されること請け合いだ。

俺は今度こそ昨日の回想を終わらせてすっかり温くなった煎茶を飲み干した。
胸のあたりに生じた錘は、流されずに留まったままだった。

――――――――――――――――――――――――――――――

1、みんな自分のことで忙しそうだが、団員の誰かに暇つぶしを手伝ってもらうとするか。→長門
2、みんな自分のことで忙しそうだが、団員の誰かに暇つぶしを手伝ってもらうとするか。→ハルヒ
3、古泉の行方が気になるな

>>52までに多かったの

36 名前:最近ちょっと遅筆ぎみ……[] 投稿日:2008/01/12(土) 17:52:41.35 ID:08e0lgco

昨日の鶴屋家訪問を反芻する。

俺の謝罪を真摯に(?)受け止めて逆にお辞儀を返した鶴屋さんは
いかにも次期党首然としていて、何も知らない第三者の視点からは
俺と鶴屋さんの関係がさぞかし不思議なものに映ったことだと思う。
俺みたいな一介の高校生が、社会に足を踏み入れつつある鶴屋さんと気軽に談笑できる理由。
それは、鶴屋さんがSOS団とそこに所属するメンバーを特別に眷顧しているからに他ならない。
だからもてなしは常に一流だ。鶴屋さんは「お茶しかないけどねっ」なーんて謙遜していたが、
実際に運ばれてきた緑茶は、日頃からお茶を嗜んでいる俺の肥えた舌をも唸らせる妙味だった。
それは高級茶葉を使用したからだけではなく、鶴屋さんが今まで培った技巧を凝らし、心を籠めて煎れてくれたからこそできた味だ。
今俺の手にある煎茶も確かに旨いが、あの緑茶と比べたら――

「……………」

長門の瞳が、いつもより鋭利な琥珀色の瞳がこちらに動く。

「……………」

この比較は封印するとしよう。
勘違いされそうなのでことわっておくが、決して外部圧力がかかったわけじゃないぞ。
ええとそれから……鶴屋さんは俺にSOS団の近況報告を催促した。
あの時は歯止めが利かず、ついつい喋りすぎてしまったが……
今から思えば、俺の心は鶴屋さんが「うんうん」と相槌を打つ度に、堆積していた感情を吐き出していた。

42 名前:ご飯行ってた[] 投稿日:2008/01/12(土) 19:02:15.08 ID:08e0lgco

こんなことを堂々と言うのは憚られるが……恐らく鶴屋さんは、俺にとって最高の相談相手なんだと思う。
SOS団の内情をよく知っていて、でも一定の距離を保っていて、
どんなにシリアスな話も笑い話に変えてしまえるような深い器量を持っている。
そんな彼女に俺が多くを語ってしまったことは、ある意味必然だったのかもしれないな。

「……ん」

回想を中断して背伸びする。
小さく開けられた窓から吹き込む風を胸一杯に吸い込むと、初春の香りが失われつつあることが分かった。
ホワイトボードのスケジュール表は今が四月末であることを示している。
俺は早々に晴れ舞台を下りてしまった桜を思い出して少し切なくなった。
この街でまだ満開の桜が拝めるのは――鶴屋さんちの日本庭園くらいだろう。
ふと、耳に昨日の去り際に聞こえた言葉が蘇る。

『気が向いたらいつでも寄ってきなっ!』

鶴屋さんに話したいことはまだたくさんあった。
鶴屋さんはああ言っていたことだし、ここはその御言葉に甘えて、通りがかったのを言い訳にお邪魔するわけには――
って馬鹿か俺は。厚かましいにも程がある。
将来に向けて日々勉学に励んでおられる鶴屋さんを三日連続で邪魔すれば、
俺は朝倉ファンに闇討ちされるよりも早く鶴屋家の暗部に謀殺されること請け合いだ。

俺は今度こそ昨日の回想を終わらせてすっかり温くなった煎茶を飲み干した。
胸のあたりに生じた錘は、流されずに留まったままだった。

――――――――――――――――――――――――――――――

1、みんな自分のことで忙しそうだが、団員の誰かに暇つぶしを手伝ってもらうとするか。→長門
2、みんな自分のことで忙しそうだが、団員の誰かに暇つぶしを手伝ってもらうとするか。→ハルヒ
3、古泉の行方が気になるな

>>52までに多かったの

43 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/12(土) 19:04:00.68 ID:wO8ePEDO

2

44 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/12(土) 19:05:05.27 ID:z0qxn.go

朝倉派だけどここは1しかないか・・・

45 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 19:05:44.50 ID:8R5MX62o

2

46 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [] 投稿日:2008/01/12(土) 19:06:56.70 ID:F9yuJ2Y0

2

47 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/12(土) 19:07:25.78 ID:xLuwtuYo



48 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 19:08:20.08 ID:89mvEmg0

3

49 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 19:08:24.14 ID:HPsOLLU0

1
>>44よお俺

50 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/12(土) 19:09:05.01 ID:XhrWmUAO

1

51 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/12(土) 19:10:18.65 ID:.zEk7oko



52 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [] 投稿日:2008/01/12(土) 19:11:24.57 ID:z1JvdaI0

3

61 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 20:01:52.36 ID:08e0lgco

――――――――――――――――――――――――――――――

「お前ら、今暇か?」

本棚から取ったハードカバーの頁を数枚捲り、
机にびたりと張り付いて睡魔召還の儀を執り行い、
鞄からレポート課題を取り出してペンを握った後ものの数秒で挫折した俺は、
最後に私事に没頭しているお二方に問いかけた。
するとハルヒは俺の予想に寸分違わぬ、まるでチンパンジーが人語を喋ったところを目撃したような顔で

「暇なわけないじゃない。どうしたの?
 あんたの用事があたしの関心を引くもしくはSOS団存続に関わる緊急のものなら話ぐらい訊いてあげるけど?」
「残念ながらそれらには該当しないな」
「あっそ」

実に素っ気ない返事を残してディスプレイに視線を戻した。
忙しさゆえかいつもより酷薄なハルヒの態度に辟易しつつ、反応が梨のつぶてである窓際を窺う。
長門と目が合った。あー、お前はいつもどおり読書に励んでいるみたいだが……?

「……用件を言って」
「たまにはテーブルゲームでもどうかなと思ってさ。
 お前が嫌なら全然断ってくれてかまわないんだが、どうだ?」

長門は五つほど三点リーダを並べてから答えた。

「いい」

はて、この"いい"とは肯定と否定、どちらの意味なんだろうか――
と俺が久々に長門の返答を吟味していると、長門は徐ろに立ち上がり、

「……あなたの暇つぶしに協力する」

古泉の指定席に腰を下ろした。
どういった魔法だろう、テーブルの端に追い遣られていたチェス盤は、
いつのまにか整然と駒が並べられた状態で俺と長門の間に移動していた。

72 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 20:52:17.61 ID:08e0lgco

――――――――――――――――――――――――――――――

俺が長門とチェス勝負を初めて十数分後。
チェス専用スーパーコンピューター「Deep blue」のスペックを余裕で超過し
世界チャンピオンを赤子の手を捻るように倒すこと間違いナシの実力保持者長門に対し、
俺はそれなりに拮抗した勝負を繰り広げていた……というのはもちろん誤謬で、
実際は長門が持てる知力を大幅にセーブし手加減しているが故の拮抗状態だ。
もっとも、長門が俺を弄して悦楽するという嗜虐的趣向を秘めている可能性は完全に否定できないが――

「………うぅむ」

悩み抜いた末に最善手と思しき手を指す。
が、俺が手を引っ込める前に、

「あなたの番」

長門は次の一手を指し終えていた。毎度のことだが、なんつー速さだ。
しかも適当に駒を動かしているようでしっかり先を読んでいるから性質が悪い。

「定石を打ち合う序盤はもう終わってるんだし、そんなに慌てなくてもいいんじゃないか」
「わたしは落ち着いている。あなたがもっと速く指すべき」

無茶言うな、といいかけて口を噤む。
序盤は本のように、中盤は奇術師のように、終盤は機械のように。
上記はチェスの格言だが、あらゆる局面を瞬間的に処理できる長門にはやはり無縁の代物なのだろう。
俺は煮詰まった思考を一時緩めて、閑話を提供することにした。

>>80

1、昨晩の電話で聞きそびれたことを聞こう
2、朝倉との接触について話すか

80 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 20:55:50.23 ID:AmI/h2s0

1

103 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 00:05:18.11 ID:HU4uPfAo

「ところで、昨日の夜は悪かったな。妹の邪魔が入っちまってさ」
「………気にする必要はない」
「電話、途中で切れちまったけど、あれはお前が切ったのか?」

長門は躊躇いがちに首肯した。
おいおい、別にお前を咎めているわけじゃあないんだぜ。
誰だって受話器の向こうから奇声が聞こえてきたら受話器を取り落とすだろうよ。
ただ、もしかして俺が妹から逃げた弾みに切っちまったんじゃないかと心配していただけさ。

「………そう」

長門の唇から細く安堵の息が漏れる。
小さな誤解が解けたのを確認して、俺は会話を再開した。

「昨日は中途半端に電話が切れちまったから、今、続きを聞かせてくれないか?」
「…………」

しかし長門は言語機能を失ったかのように口を緘したまま目を伏せている。
情報統合思念体が解析できないようなエラーを、一体どうやって解析するつもりなのか。
その疑問は昨夜からずっと頭の隅に引っ掛かっていた。
だから面と向かって尋ねたことによってすぐにでも答えを得ることができると思っていた俺は、
困ったように首を僅かに傾げる長門に、苛立ちを感じざるを得なかった。

「ハルヒに聞こえるのを危惧してるのか?
 大丈夫だ、小声で話せば集中してるあいつには聞こえねぇよ」
「…………」
「それともなにか話せないような理由が――」
「……後ろ」

長門の瞳孔がナノ単位で開かれる。

114 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/13(日) 00:44:15.59 ID:HU4uPfAo

あぁ、鈍さに定評のある俺でも簡単に知暁できるね。こいつは最高によくない前兆だ。
俺は戦慄に躰を縮めつつ表情識別眼よりも気配察知能力を
レベルアップさせておけばよかったと後悔しつつ、何気なさを装って振り向いた。
ハルヒがいた。気難しそうな能面を貼り付け、腕組みをしてこっちを見下ろしている。

「忙しかったんじゃなかったのかよ?」

なんとか声は裏返らずにすんだものの、
どういった類の話題で盛り上がっていたのか追及されれば躱しきる自信はない。
それ以前に先の会話を傍聴されていたとしたら、その時点でジ・エンドだ。
俺が死刑判決を待つ容疑者のような心境でいると、ハルヒはへの字に歪めた唇を動かして、

「パソコンの方は一段落したのよ。
 だからちょっとあんたを見にきてやったんだけど……有希相手にチェスしてたのね」
「あ、ああ。それが長門のやつ、滅法強くてさ」
「有希がテーブルゲームに強いのは知ってるわ。どれどれ、あたしに見せてみなさい」

もう一つパイプ椅子を持ち出せばいいものを、その手間を惜しんで俺の指定席に割り込むハルヒ。
俺は狭いのと体側面に密着したハルヒによってリビドーが煽情されるのとでパイプ椅子からの脱出を試みたが、

「ちょっと、何処行く気よ!
 いくらあんたの頭じゃ勝ち目ないからって中盤での投了は許さないわ」

問答無用でパイプ椅子に引き戻された。

「あたしが協力してあげるから、最後までやるの。有希は二対一でも構わないわよね?」
「……かまわない」

お前も何了承してんだよ。フツーそこは卑怯だとか姑息だとかいって試合放棄するところだろ。
がしかし、そんな俺の心の叫びが現実に響くことはなく、

「有希もなかなかの曲者じゃない。でもその程度じゃ前年度チェス世界チャンピオンのあたしに勝つことはできないわよ」
「あなたの話は虚構。成績自慢ならわたしは秒間二億手先を読めるコンピューターを最短手で撃破できる」

126 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 01:12:53.81 ID:HU4uPfAo

最早突っ込む気力まで失せてきた俺だった。
ハルヒに情報統合思念体等の電波ワードを拾われていなかったことは
喜ぶべきことだし、上手い具合に注意をチェスに逸らせたのは幸運だったが――

すっかり自分が蚊帳の外に置かれたことを自覚し、頬杖をつきつつ思う。

昨夜の妹といい屋上での予鈴といい今しがたのハルヒといい、
どうして俺が核心に触れようとするたび邪魔が入るんだろうね。

「ぼけーっとしてないであんたも一緒に考えなさい!」
「俺はとっくに戦力外通知されたとばかり思っていたんだが」
「んなわけないでしょ。あたしはあそこがいいと思うんだけど……」

分かった。お前の言い分は分かったから、
躰をもぞもぞさせるな。内緒話をして耳に息をかけるな。そんでお前専用の椅子をもう一つもってこい。

「やだ、面倒だし」
「………やれやれ」


一人退屈を持て余していた30分前に帰りてぇ。
上辺でそんなことを願いつつも、俺は心の奥底では騒がしくなった現況を愉しんでいた。

時折俺たちから目を逸らす長門に、抑圧された感情の発露に、少しも気づかぬまま。

156 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 13:59:08.54 ID:HU4uPfAo

――――――――――――――――――――――――――――――

「終始手に汗握る展開でした。
 あのような名勝負に立ち会えたことを僕はとても光栄に思います」

黄昏時の昇降口で、靴に手をかけながら古泉が言った。
俺は先刻のチェス盤を想起しつつ、

「よく言う。途中から急に現れたかと思ったら散々戦局を引っ掻きまわしやがって」
「僕としては長門さんに最善の助言を呈したつもりでいたのですが……」
「あいつに助言なんて余計なお世話なんだよ。
 お前が口挟まなきゃ、俺たちはあと20手早くチェックメイトをかけられてたな」
「ふむ、そこまで貶められては僕も矜持が保てませんね」

言葉とは裏腹に、整った顔立ちは巧笑を浮かべた。
俺は反省の色が見えぬ超能力者に愛想を尽かして昇降口を出た。
ハルヒは一人、校門に向かう他の生徒たちを眺めていた。長門の姿はない。
なんでも今日は生徒会室に用事があるのだそうで、一緒に帰れないんだそうだ。
その旨を聞いたハルヒは生徒会長の御姿を思い出したのか苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、

『大した用件ではない』

という長門の言葉に三人での下校を決断した。
ちなみに俺は精々支給される予算についての連絡だろうと見当をつけていたので、さほど心配していなかった。
長門に手出ししようものなら瞬間的に蒸発して存在を完全抹消されること請け合いだしな。いやマジで。

「手間取ってしまってすみません」
「全員揃ったわね。じゃ、帰りましょ」

164 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:40:57.76 ID:HU4uPfAo

ハルヒが自分を真ん中に、右を俺、左に古泉を並べて歩き出す。
これでハルヒがドレスに着飾り俺と古泉が黒スーツに身を固めていたら
傍からは社長令嬢をガードするSP二人、といった具合に映っていることだろう、
なーんて実にくだらない仮想をしながら左の会話を傍聴する。

「―――不審者が――らしいんだけど―――古泉くんは会った――ある?」
「――――ませんね―――接見したいとは―――いるのですが―――」

二人は昨日聞かされた不審者の話題で盛り上がっていた。
北高周辺の情報は根こそぎ手中に収めているであろう古泉が、
あたかも初耳であるような驚嘆の演技をしている様に胸中でエールを送りながらも、
俺は首を反対方向に捻った。

一時の栄華を極めた桜の樹が、自身の薄命を嘆くように残りの花弁を散らしていた。

「…………」

微塵の前触れもなく、ここ最近の記憶がフラッシュバックする。
朱墨に染められた満開の桜、鶴屋さんとの紡いだ温かな会話、
監視者として再臨した朝倉、未だ解明されぬ長門のエラー、そして―――

俺は足を止めた。何故だろう。
このままハルヒたちと家路を共にするつもりだったのに、
表層とは違う内奥の意識が『直感で動け』と告げていた。

ここは――

1、鶴屋さんの家に行こう。社会常識が欠落した行動なのは承知の上だ。
2、生徒会室に行こう。あの人なら、欠けていた情報を埋めてくれる気がする。
3、ハルヒたちと帰ろう。現時点で急を要することは何もない。

>>184までに多かったの

165 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:42:05.17 ID:ZffTkYDO



166 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:42:32.97 ID:0r8ajoDO



167 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:42:38.16 ID:pEUuoRE0

2

168 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:42:39.06 ID:GcJdIQgo



169 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 14:42:42.98 ID:HYQnVa6o

2

170 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 14:43:29.76 ID:FxBxePw0

2

171 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 14:43:45.41 ID:dmq0mISO

2

172 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:44:07.17 ID:FMIipcso

1

173 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:44:36.67 ID:D2sS80s0

2しかない

174 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:46:08.78 ID:5pQziYDO

2

175 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 14:46:48.74 ID:dXwjCWEo

2

176 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 14:47:31.54 ID:mFHvP860



177 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 14:48:29.85 ID:fvg/e0Io



178 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:50:43.35 ID:04.yO2g0

1

179 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:51:10.14 ID:zDVKv1M0

いくらなんでも安価遠すぎる
2で

180 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [] 投稿日:2008/01/13(日) 14:51:48.89 ID:HaVS4S20

2しかないだろ

181 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:53:27.25 ID:eJl7tJ.0

2

182 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:53:48.08 ID:04.yO2g0

もう2決定じゃねーかwwww鶴屋さん派すくねーwwww

183 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 14:55:28.42 ID:WDbHc2DO

2!

184 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:57:29.82 ID:6dsG9Uco

2

195 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 15:51:08.93 ID:HU4uPfAo

昼休み。詰め寄る俺に対して朝倉は、『詳しいことを知りたいなら長門さんと喜緑さんに訊けばいい』と突っぱねた。
そして現在、都合のいいことに生徒会室にはその二人が揃っている。
いや正確には生徒会長が同席している可能性が高いが……それは瑣事だ。どうでもいい。

「どうしたの? 桜見つめて感傷に浸るなんてあんたには似合わないわよ?」

急に足を止めた俺に、ハルヒがいつもの調子で訊いてきた。
俺は一か八かの賭けに出ることにした。

「教室に教科書忘れたことにたった今気づいたんだ。
 俺は取りに戻るから、先に帰ってていいぞ」

口で嘘を並べながら目で困惑ぎみの古泉にアイコンタクトを送る。
たのむ古泉、察してくれ。

「忘れものぉ? そんなのどうだっていいじゃない」
「どうだってよくねぇよ。あれがなきゃレポート課題ができない」
「どうせ家帰っても勉強しないくせに。もうここまできたんだし、今日は帰りましょうよ」
「いやだからそういうわけには、」
「つべこべ言わずに一緒に帰るの! これは団長命令よ。絶対服従なのよ。逆らったら私刑だかんね」

怒濤の攻めに決心が揺らぎそうになる。だが、俺の決意があと少しで陥落するといったところで、

「涼宮さん。これはSOS団副団長としての申し出なのですが、
 先のお話で登場した不審者の出没場所を僕に案内してもらえないでしょうか?」

ハルヒの矛先が反らされる。グッジョブ古泉。
現れた助け船に、藁をも掴む思いでしがみつく。

「んー………」

ハルヒはそれからしばらく俺と古泉とを見比べていたが、
やがてこんなことにムキになっている自分に羞恥を感じたのだろうか、明らかに不満足そうな渋面で頷いた。

「分かったわよ。先に帰ってるわ」

201 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 16:22:06.68 ID:HU4uPfAo

「それではあなたもお気をつけて。
 噂によれば一人での下校は不審者の追跡対象となりうるそうですから」
「ご心配なく。知ってるよ」

二人に別れを告げて踵を返す。行き先は勿論教室ではなく生徒会室だ。
俺は助け船のお礼に今度新しいボードゲームを持参してきてやろう、なんて考えながら元来た道を逆行した。

校舎は夕陽に染められていた。"あの日"よりも淡い橙色だ。
昇降口で長門の在校を確認し、生徒会室への廊下に進む。
と、その時だった。廊下の薄闇のように、淡朦朧とした疑問が浮かぶ。

はて――"あの日"って一体、いつのことだったっかな。

さして重要ではない、しかし軽々しく捨て置くこともできない記憶の混濁。
結局それは廊下の最後の角に差し掛かる頃になっても氷解することなく、思考の隙間に埋もれていった。

209 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 20:01:26.36 ID:HU4uPfAo

――――――――――――――――――――――――――――――

キィ、という耳障りな音がシンとした廊下に響き通る。
最後の角を曲がろうとしていた俺は、本能的に躰を壁に押し付けた。
確証は持てないが、今の音は生徒会室のドアが開扉された音だ。顔を半分だけ出して様子を窺う。
どうしてこんな隠密行動をとっているのかは俺自身分からない。

「――――です――――だから―――」
「―――が――――――ある――――」

果たして生徒会室前に佇んでいたのは喜緑さんと長門の二人だった。
団活が終わって帰路に着き、俺が再び校舎にUターンしてくるまで
さほど時間は経過してしていないはずなのだが、長門の所用とやらはもう終わってしまったのだろうか。
二人は言葉を交しているが、声はその細さ故に聞き取れない。
と、俺がどうしたもんかなぁと二の足を踏んで様子を見守っていた、その時だった。

「――――必要は――ない――」

長門が喜緑さんに何かを告げて返答を待たずに歩き出した。
一瞬こちらに向かってくるかと焦ったが、その方向は逆だった。
意図的ではないにせよ、盗み聞きしてしまったことによる後ろめたさはある。
俺は罪の発覚を免れたコソ泥のように額の汗を拭い、

「――――――」

刹那後にはこちらにチラリと振り向いた長門に、戦慄を覚えていた。
気づかれたか? いやこの距離だ、隠れている俺を察知するのは至難の業だろう。
だが相手は長門だぞ、俺がここで盗み聞きしていた可能性は十分にある。

214 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 20:52:49.44 ID:HU4uPfAo

長門の視線を受け止めた眼球の奥が痺れを訴える。
一瞬だけ見えた長門の表情は、一年前のまだ表情識別眼が未熟な俺でも
分かるくらいに怒っていた……いや、苛立っていた。
あの風光を比喩するなら、普段はとっても仲良しな姉妹がいて、
珍しく妹が姉に持論を反対されて拗ねている、といったところだろうか。
いささかディティールに凝りすぎた気がしないでもないが。
そういえばおおよそ礼儀正しいとは言えない辞去を賜った喜緑さんは
どうしているんだろう。俺は廊下から長門の気配が消えたことを確認して身を乗り出した。
喜緑さんがいた。目と鼻の先10cmの距離に。

「こんにちは。それとも今はこんばんわ、でしょうか」
「……それはこの際気にしなくていいかと」

俺としてはあなたが携帯を使うような感覚で情報操作をしていることの方がよっぽど遺憾ですよ。
喜緑さんは窓外の黄昏時の風情を眺めて、

「やはりこんばんわの方が適切でした。
 ところで、生徒会室に何か御用ですか」

睡蓮を連想させる微笑みを浮かべた。
長門と入れ違いになってしまった所為で当初の計画は瓦解していた。
……ここは単刀直入に用件を伝えるべきなのだろうか。
と、呻吟する俺を見かねたのか、

「立ち話もなんですし生徒会室にいらしてください。美味しい紅茶があるんです」
「御言葉に甘えさせてもらいます」

即答した。お茶を誘われてそれを了承するのは極々自然な流れであって、
誘ってくれた人が滅多にお目にかかれない生徒会書記兼美少女TFEIとくれば尚更断る理由がなくなる。

221 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 21:55:20.10 ID:HU4uPfAo

さて。
喜緑さんの白皙の御手によって校内三大聖地にいざなわれた俺は、
デスクに足を投げ出し紫煙をくゆらせている生徒会長殿との対面を果たした。
その様はどこからどう見ても悪徳企業の重役かマフィアのボスそのものだ。
ただし、会長の右手にペンが握られデスクに審査書類が山積していなければの話だが。
会長が書類に没頭したまま言った。

「あー喜緑くん。かねがね尋ねようと思っていたのだが――」
「失礼します」

存在を主張する。会長と喜緑さんの間の私事に関することを勝手に耳にするのが憚られたからだ。
会長は憮然たる表情で面を上げた。

「キミは確かSOS団のメンバーの一人だったな。
 学内改革による恩恵を得られぬ三年生に進級したキミが、この生徒会室に何の用だ」

相も変わらぬ居丈高な語調に威圧されるものの、ここで踵を返すわけにもいかない。
だが俺がもっともらしい来訪理由を陳述する前に、

「応対はわたしがします。会長は引き続き、書類審査をしてください」

俺の背後から喜緑さんが現れた。会長の雰囲気が一気に引き締まる。

「そうだな。私がわざわざ手を煩わせることもあるまい」
「はい。それではこちらにかけて少々お待ち下さい。すぐに紅茶を煎れてきますから」

横柄な口調のまま喜緑さんの言葉に従う会長。
生徒会執行部筆頭と生徒会長の不思議な関係に思いを馳せつつ、俺は高級ソファに腰掛けた。
そういえば昨年の春と比べてこの部屋にもかなり備品が増えたな。
このソファもそうだが、書類棚の上に乗せられたくまのぬいぐるみや可愛らしいピンクのポットなど、
モノによっては生徒会室にまったく相応しくないものまで自由に置かれている。
SOS団の私物が散在する文芸部室をあれほど非難していた会長氏が、よくこの状態を認可したもんだ。

228 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/13(日) 22:50:06.52 ID:HU4uPfAo

「熱いうちにどうぞ」

カチャリという陶器が触れあう音。
いつの間にか喜緑さんが正面のソファに座り、上品な仕草で紅茶を味わっていた。
できるだけその所作を模倣してカップを手に取る。落ち着いた芳香が鼻腔を擽った。
口に付けると、フルーティーな風味が口蓋いっぱいに広がった。これは……レディグレイですか?

「正解です。あなたは紅茶に詳しいんですね。意外でした」
「立場柄、お茶関係に通暁せざるをえないんですよ。
 生憎俺には紅茶を嗜むような高尚な趣味はありません」

喜緑さんは俺の現実的な返答に気を害することもなく続けた。

「わたしは紅茶が大の好物なんです。
 往々にしてフレーバーとは低品質の茶葉に付加価値するための手法と見受けられがちですが、
 人工的に着香されたものを除けばフレーバーティーとはとても上品な味わいで、
 特にダージリンセカンドフラッシュを使用したアールグレイは―――」
「喜緑さん」
「はい、どうかしましたか?」

うーん、自覚がなかったのか。相当の紅茶好きだな。
でも俺がここに訪れた理由は紅茶談義に花を咲かせるためじゃない。
俺は早くもティーポットに手を伸ばしている喜緑さんにツッコムのを諦め、カップを置いて姿勢を正した。

1、さっき長門と何を話していたんです?
2、長門のエラー解析について訊きたいことがあるんですが
3、朝倉の復活について私見を聞かせてください

>>238までに多かったの

229 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 22:50:28.55 ID:Zu57ZVIo



230 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 22:50:55.14 ID:ahK5yoA0

3

231 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 22:51:29.21 ID:HYQnVa6o



232 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [] 投稿日:2008/01/13(日) 22:51:54.81 ID:H4ioquI0



233 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 22:52:21.76 ID:xYfwY2AO

2

234 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 22:53:28.85 ID:KRHnJmY0



235 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 22:53:39.72 ID:6blgk02o



236 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 22:54:23.04 ID:ZhXq/6AO



237 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 22:54:24.15 ID:9//w/Vgo



238 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 22:56:01.32 ID:pEUuoRE0

2

258 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/14(月) 00:47:54.34 ID:AmT.V1Mo

「俺が今日、生徒会室に来た理由をお話します」
「気が早いんですね。もう少し紅茶を味わってからでも遅くはないと思いますけど」

そう言った喜緑さんは、本心から俺の生徒会室滞在の延長を望んでいるようだった。
俺は煩悩を断ち切って訊いた。

「そういうわけにもいきません。長門について、いえ、具体的にはあいつの中に蓄積した――」

が、俺が全てを口にする前に、

「慌てないでください」

唇に人差し指をあてて顔を近づけてきた喜緑さんに、緘黙を余儀なくされた。
香水によるものかはたまた元から躰に纏っているものかは判別できないが、
嗅ぐ者を幻惑させるような芳香に思わずクラリとする。
その妖艶な仕草は以後封印すべきです。清純なあなたのイメージが汚れますよ。

「会長、少し席を外してもらえないでしょうか」
「私に隠れて密談かね?
 生徒会長としてその行為は感心できんが……」

喜緑さんが笑顔のまま会長氏を見た。煙草の先端が蒸発した。
どうやら最新型TFEIの視線には熱線に等しいエネルギーが籠めることが可能なようだ。めもめも。

「よかろう。ただし20分までが限度だ。書類審査を中庭ですることはできんのだからな」

会長が立ち上がる。俺はその威厳に満ちつつも寂獏感たっぷりの背中を見送った。
頑張ってください、俺は影ながらにあなたを応援していますから。

「これで傍聴者はいなくなりました。続きをどうぞ」
「えーと、長門の中に蓄積したエラーの解析方法について説明してもらえないでしょうか」

271 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/14(月) 01:33:39.56 ID:AmT.V1Mo

近づけば遠ざかり、手を伸ばせば阻まれた疑問の答え。
そこに到達するのが一筋縄ではいかないことは既に十分承知していた。
だから喜緑さんが表情を曇らせて黙っても俺は落胆しなかった。

「別にその仕組みを俺が理解できなくてもいいんです。
 それともなにか話せない理由でもあるんですか?」

喜緑さんは曇っていた表情を穏やかな春空に回復させつつ、

「あなたにエラーの解析方法を伝えることに躊躇はないんです。ただ………」
「ただ?」
「長門さんは――長門さんはそれを、あなたに伝えなかったんですか?」

俺は再三に渡る質問がうまいこと妨害されたことを語った。
最初に訊いた電話は妹との一騒動の合間に切られ、
復活した朝倉に尋ねたら詳しいことは長門と喜緑さんに訊けと言われ、
文芸部室で改めて長門に尋ねたら今度はハルヒに会話を遮られた。
まったく、今思い返してもむしゃくしゃするほど俺はお預けを食らっているね。
話を聞き終えた喜緑さんは、まるで担任教師に指摘されて初めて
学校では自己主張に乏しい娘の側面を知った親みたいな顔つきをしていたが、

「やはり彼女はあなたが論理的思考の段階を踏むことを畏れていたんですね。」

やがてそう呟いた。ろんりてきしこうのだんかい?
すみません、いきなりそんな言葉を使われても意味が不明なんですが。

「今のは忘れてください」

喜緑さんは一拍間を開けてから、

「長門さんのエラーを解析しているのはわたしです」
「あなたが長門のエラーを?」

自分で言うのもなんだが俺の疑惑はもっともだ。
情報統合思念体が解析不可のエラーを、どうしてその配下にあるTFEIが解析できるんだ?
そんな俺の心情を悟ってか、喜緑さんはとても分かりやすい説明してくれた。

「わたしは対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースとして彼女とほぼ同列の進化を遂げています。
 だから彼女のエラーを複雑な変換を経ずに解析することが可能なんです。
 あなただって、遠い親戚よりも身近な家族のほうが行動原理や感情変化をより深く察することができるでしょう?」

290 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/14(月) 02:53:10.78 ID:AmT.V1Mo

確かに言われてみればそうだった。
人間という有機生命体と干渉し経験値を得たことによる独自の進化は、
何も長門だけに許された特権ではなく、喜緑さんに起こっていたとしてもなんら不思議ではない。
古泉は喜緑さんを長門の「お目付役」と称していたくらいだし、
俺だって長門のことを一番良く知っているTFEIが誰かと訊かれたら間違いなく喜緑さんを挙げただろう。
喜緑さんの比喩を流用するわけじゃあないが、ある意味では
長門の姉的存在である喜緑さんがエラー解析に携わっているというのは当然の結果だ。
だが――それを認めてもなお矛盾は発生する。
答えを得てもそこが終着点ではない。疑問の探求とは往々にしてそういうものである。俺は追加で訊いた。

「なるほど、納得できました。
 では、あなたが再修正プログラムが組めない理由はなんです?」

喜緑さんは紅茶のカップに視線を落として答えた。

「わたしの処理能力では長門さんのエラー解析速度に限界があるんです。
 不完全なプログラムは彼女のエラーを助長するだけにすぎません」
「再修正プログラム完成の目処は?」
「まだ立っていません。
 ……本来、再修正プログラムとはエラーを確認したTFEI自身が組み上げるものなんです。
 情報統合思念体が作り上げたTFEIは大抵のエラーに自己対処出来るように作られています。
 よく病魔に冒された人間は自分のことは自分が一番良く分かっていると言いますが、
 わたしたちの場合はまさにそれが嵌入します」
「でも長門はそれができないんですよね」
「はい。長門さんは自ら外部、内部ともに同期を拒否するシステムプロテクトを構築していますし、
 わたしたちが未来に同期して長門さんの暴走の顛末を知り、それを現在の長門さんに伝えることもできません」

前者は長門から直接聞かされた分理解は容易い。
だが後者の理由はすんなり耳に浸透してはくれなかった。

「どうして長門に伝えることができないんですか」
「その情報そのものがバグのトリガーとなる蓋然性があるからです」

喜緑さんは言い聞かせるように続けた。

「あなたの眼には、長門さんのエラー解析にわたし一人で取り掛かるのが
 遅々とした対処行動に映るかもしれません。でも、これが最も効果的な方法なんです」

317 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/14(月) 21:39:31.40 ID:AmT.V1Mo

「そうなん……ですか」

漆黒を流し込んだような憂いの瞳が、真っ直ぐに俺を見据える。
今度は俺がカップと眼を合わせる番だった。
情報が頭中で錯綜している。一度整理してみよう。
長門のエラーを解析しているのは喜緑さんだ。
長門の近親者的立場にある喜緑さんは、情報統合思念体よりも
スムースにエラーを解析することができる。だがその処理速度にも限界があって、
今すぐに再修正プログラムを構築することはできない。時間がかかる。
そこで思念体は暫定的に監視者を設置することにした。
初めは喜緑さんがエラー解析と監視を並列して行っていたが、
今日から朝倉がバックアップを務めるようになった。
以上が事件の概略だ。

―――いや待て。まだ補完すべきところがあるんじゃないのか。

警告の囁きが思考を侵してくる。俺はそれを無視して明るい調子で訊いた。

「このままエラーの解析を続けていけば、いつかは再修正プログラムを構築することができるんですよね」
「それは保証します。必要なのは時間なんです………紅茶のお代わりはいかがですか?」
「あ、はい。お願いします」

喜緑さんは軽く髪を耳にかけてからティーポットを手に取った。赤銅色の液体が静かに流れ落ちる。
角のない所作に見蕩れているうちに、カップには紅茶が一杯目と同じラインまで注がれていた。

「どうぞ」

微笑と共にカップが差し出される。双眸から憂いの色は消えていた。
俺はカップに口を付けた。液体が喉を滑り落ちるごとに、あらゆる懸念は既往のものであるかのように感じられた。
紅茶が半分になったころには、先程の囁きは完全に沈黙していた。

324 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/14(月) 22:15:19.17 ID:AmT.V1Mo

これで――懸案事項の解消は終わりだ。
喜緑さんに話を窺ったことによって、長門のエラーに関して頭を悩ます必要はなくなった。
後は雑談するなり紅茶談義に花を咲かせるなりして、自由に喜緑さんとの時間を愉しむとしよう。
お暇するという選択肢はないのかって?
んなもんあるわけねーだろ。対面するのでさえレアなシチュエーションなんだ。
折角得られた対談の機会をポイと投げ出すなんて庸愚の極みだね。

「まだ時間は大丈夫ですか?」
「はい………」

喜緑さんは数秒瞑目し、

「大丈夫だと思います。
 会長はまだ屋上で黄昏れているようですし、わたしたちの密談を咎める者はいません」

常に清く正しい学校生活を心懸けましょう。
俺は今まで蔑ろにしてきたその訓辞を改めて胸に刻み直しつつ、口火を切った。

1、さっき長門と何を話していたんです?
2、朝倉の復活について私見を聞かせてください
3、ずっと知りたかったんですけど……どうして会長はまだ学校に留まっているんですか?

>>331

331 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/14(月) 22:20:10.17 ID:1k87uSMo



361 名前:修正ver[] 投稿日:2008/01/14(月) 23:27:53.29 ID:AmT.V1Mo

「そういや、どうして長門は生徒会室に寄っていたんですか?」
「わたしがそうするように連絡したからです。
 表向きの召還理由は文芸部への支給予算に関する最終確認ですが、
 実際は先程の件についてのちょっとした意見交換です」
「先程の件というと、長門のエラーに関してですか?」

一瞬だけ喜緑さんの表情に影が差したように見えたが――錯視だろう。
現に喜緑さんは一点の曇りもなき微笑を浮かべている。

「はい。といってもわたしが彼女の行動方針を確認したかっただけで、
 全然大げさなものではなかったんですけど」
「それは直接会って話さなくちゃいけないものだったんですか?」

朝倉はTFEIは互いにリンクしていると言っていた。
詳細は知らないが、莫大な情報を遣り取りできるなら意思疎通くらい余裕でできるに違いない。

「絶対の必要はありませんでした。
 でも実際に相対することによって情報を得ることには意味があるんです。
 人間の中にも、メールよりも電話、電話よりも直接会って話すことに重点を置く人がいますよね。
 それと同じです」

猛省する。今しがたの質問は無粋極まりなかった。
TFEI同士の肉声によるコミュニケートに意味がないと決めつけているようなもんだ。
が、適当な謝罪文句を構成しきる前に、眼窩に怒気を孕んだ長門の視線が蘇った。
俺は自然と訊いていた。

「去り際の長門の様子、なんかおかしかったですよね?
 表現しにくいんですけど、不機嫌っていうか拗ねてるっていうか……」

375 名前:また推敲忘れてたんです><[] 投稿日:2008/01/15(火) 01:03:10.43 ID:i2Dz/S.o

「あなたには長門さんの喜怒哀楽が分かるんですか?」

この三年間で俺の表情識別能力は一つの究竟に達しつつあったが、
遠距離での完全な識別はまだ如何ともし難いので謙遜しておく。

「ええ、少しくらいなら」

すると喜緑さんは教会で懺悔する罪人のように頭を垂れて、

「それなら誤魔化すことはできませんね。
 彼女は……あくまで推測ですが、怒っていたのではないかと思います」
「珍しいですね。ここんとこ発言量が増えていたとはいえ、
 あいつがあからさまに感情を露わにすることなんて滅多になかったんですけど」
「責任はわたしにあります。わたしは彼女の意見を尊重することを忘れていました。
 何が最善策で何が妥協策であるかは、当事者の彼女が決めるべきことだったのに……」

呟きがカップの端に落ち、滑落して紅茶に沈んでいく。
喜緑さんは長門とは極々近い派閥である穏健派に所属しているから、
本来意見対立は起こらないはずだ。しかも喜緑さんは"お目付役"として
何度も長門の静かな怒りを鎮めてきた実績がある。
長門が喜緑さんに真っ向から反抗するほどに譲れない行動方針とは、一体なんなんだ?
疑問を敬語に変換してから口にする。だが喜緑さんはかぶりを振って、

「ちょっとした意見の食い違いです。あなたが気に病むことはありません」

割とはっきりした干渉拒否を俺に告げた。
身近なTFEI同士プライベートで諍いが起こることもあるんだろうが、今の言い方には少し傷ついたね。
明後日からの二連休には感傷旅行に出掛けるとしよう。そうだな、できるだけ自然豊かで大きな湖のあるところがいい――
と俺がいじけていると、喜緑さんは俯いたままクスリと笑みを零した。

「それにしても、盗み聞きとはあまり感心できない趣味です。
 一人の女子生徒として、生徒会執行部筆頭として、あなたには処罰が必要かもしれません」

382 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/15(火) 01:48:14.90 ID:i2Dz/S.o

「え?」

戸惑いを隠せない。
よもやこのお方の口から"処罰"などという物騒な単語を聞く日がやって来ようとは。
半日常的にハルヒの私刑(主にシャーペン攻撃)を受けている俺でも喜緑さんの処罰内容が想像できない。
うーん、いったいどんな罰が下されるんだろう。そこ、卑猥な妄想は自重しろよ。

「あなたには明日の放課後、生徒会室に寄ってもらいます」
「その時に処罰が下されると?」
「はい」
「あのー、校則には盗み聞きが違背行為にあたるとは何処にもないんですけど」
「安心してください。わたしがたった今作りました」

俺は生徒手帳の校則欄を確認した。
"盗み聞きは重罰に値する"
あぁ、確かにあるな、ってそんな馬鹿な校則があってたまるか。
まったく……どこまでフリーダムなんだろうね、このTFEIは。

「一応訊いておきます。強制ですか?」
「強制です。拒否権はありません」

確固たる口調に辟易した俺は、カップに手を伸ばした。
若干冷めた紅茶を喉に流し込みながら窓に視線を移すと、外にはすっかり夜の帳が降りていた。
どうやら俺と喜緑さんは随分長いことお喋りに興じていたらしい。

「お代わりは――」
「もう結構ですよ。俺は十分味わいましたから」

このまま厚意に甘えていたら10杯くらい呑んでしまって、
以後レディグレイを胃が受け付けなくなりそうだ。
処罰も食らったことだしそろそろお暇するとしよう。
それにこれ以上の滞在は屋上で項垂れているであろう会長を精神的に凍死させることに繋がりそうで怖い。
残りの学校生活を円滑に過ごすには余計な恨みは買わないに限る。俺はすっかり重くなってしまった腰を上げた。

「今日はありがとうございました。美味しい紅茶まで御馳走していただいて」

415 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/15(火) 21:26:55.45 ID:i2Dz/S.o

「いえいえ。私のお話で満足していただけたならよかったです」

言って喜緑さんも腰を上げる。
俺は見送りを遠慮したが、喜緑さんは生徒会室までトコトコ足を運びドアまで開けてくれた。
廊下に足を踏み出すと、シンとした夜気に覆われた。寒い。
紅茶でぽかぽかしていた体が急速に冷めていくのが分かる。

「いつのまにか夜になっちゃいましたね」
「わたしも驚いています。
 あなたと会話した時間は、いつもよりも早く経つように感じられました」

恐らくは自覚なしの喜緑さんに失笑してしまいそうになる。
今の科白はもっと大切にとっておくべき科白でしたよ。
例えるなら、うら若き女性が想い人にそれとなく気持ちを告げる際に遣うような。
俺は笑いを噛み殺しつつ最後に会釈しようと振り向いた。そして見た。
ウェーブがかった細髪を透いた先――。
ティーポットの横で一つのカップがポツンと、蛍光灯の冷淡に照らされているのを。
俺と喜緑さんのカップは応接机の上にあるし、会長のカップはデスクの何処かにあるだろう。
となると、あれは長門の使用したカップということになる。

「…………ん?」

その時だった。

狭められた視界。
言葉を交わす二人のTFEI。
耳障りのない陶器が触れ合う音。
見つかってから生まれた明確な罪悪感。

さっき生徒会室を訪れたときよりも強烈な既視感に襲われる。
脳裏に鮮やかなイメージが浮かぶ。

428 名前:ルート分岐地点で手間取った すまん[] 投稿日:2008/01/15(火) 22:56:30.43 ID:i2Dz/S.o

比較的いつもよりリラックスした感じの長門に、喜緑さんが饒舌に語りかけていた。
まるで俺が居合わせていなかった時間の生徒会室の情景を再生しているみたいだ。
がしかし、それが実際に一時間前かそこらにあったことでないことも自明なわけで、
自然と俺の脳味噌は、何の指令も与えられていないにも関わらず勝手に憶測を構築しはじめていた。

喜緑さんは今日だけでなく……以前から長門と面談を重ねていた? 何のために?
喜緑さんの言葉を鵜呑みにするなら『長門の行動方針の確認及び意見交換』のためにだ。
しかしそれなら何度も面談する必要はないし、そもそも行動方針の確認とは余りにも穿ちすぎている。
喜緑さんは「ちょっとした意見の食い違い」と言っていたが、長門がどうしても譲れなかったこととはいったい――

「どうしたんですか?」

不意に喜緑さんが首を傾げる。

「………あ……いえ、なんでも………」

俺は急に気恥ずかしくなって、沸騰していた思考を冷却した。次いで顔を伏せる。
憶測に憶測を重ねた疑惑ほど自身を滅ぼす結末を生む。
デジャヴが出所の情報なんて谷口コラムよりも信用が置けないってのに、何を熱くなっていたんだろうね。
バカバカしい。俺は可及的速やかに先程のイメージを消去しようとし、

「…………」

見上げた先の喜緑さんの令色に、やっぱりそれを思い留まっていた。
先程の不可思議なデジャヴに関係なく、この人はまだ、俺に伝えていない情報を残していると感じた。

―――収集した情報には、まだ補完すべきところがあるんじゃないのか。

警告の囁きが再開される。

1、俺は無意識に避けていた。それは単純な、しかし罪深い"訊き忘れ"だ。
2、長門のエラーは喜緑さんに任せていれば自動的に解決される。結論は既に出ている。

ルート分岐安価

>>440までに多かったの

429 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/15(火) 22:57:36.98 ID:cgVsirso



430 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/15(火) 22:58:12.45 ID:hvCTXWQo

1

431 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/15(火) 22:58:19.84 ID:7WTCrR.0

1

432 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/15(火) 22:58:25.72 ID:lk.ACFUo

1

433 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/15(火) 22:59:02.24 ID:xeV.ITso



434 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/15(火) 22:59:15.21 ID:.nozn6s0



435 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/15(火) 22:59:15.75 ID:4qNtrzwo



436 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/15(火) 22:59:52.22 ID:OynTuLY0

1

437 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/15(火) 23:02:12.92 ID:cW2lkcSO

1

438 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/15(火) 23:02:45.37 ID:Kp.Nu0Y0

1

439 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/15(火) 23:03:27.36 ID:gVfw8UDO

1
これは1だろw

440 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/15(火) 23:03:40.06 ID:iOtE4QEo


圧倒的だな

457 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/16(水) 00:49:44.33 ID:Y4Mq33co

既に紅茶の甘い香りによる介在はない。
囁き声は砂漠に降る雨のように思考回路に浸透していった。
そして俺は気づいた。
欠けていた情報は意図的に隠蔽されていたわけではなく、
俺自身が得ることを無意識に避けていた、ということに。
それはとても単純で、同時にとても罪深い"訊き忘れ"だ。

「……喜緑さん」

言い訳の方法はいくらでもある。

或いは、その情報は自動的に与えられるはずだったのに与えられなかったから。
或いは、朝倉復活への対応で精一杯で頭が回らなかったから。
或いは、切迫感が無いことによって事を楽観視できる状態が出来上がっていたから。

でも――もしこれらの要因が意図的に作り出されたものだったとしたら?

最後に一つだけ訊いてもいいですか」
「………はい」

喜緑さんの表情が諦観に歪む。
俺は感情を殺して訊いた。


――――――――――――――――――――――――――――――

468 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/16(水) 21:14:01.56 ID:Y4Mq33co

――――――――――――――――――――――――――――――

「ただいま」

言った直後に身構える。が、どんなに待っても突き当たりのドアは開かない。
リビングに足を進めると、テーブルの上に一人分の食事が並んでいた。
妹はTVに夢中だ。どうやら家族団欒の夕食はとっくの昔に終わっていたらしい。

「いただきます、と」

合掌してからラップの包みを開ける。
途端、焼き魚の芳ばしい香りが広がったが、食欲は沸かなかった。
それは口に運んでも同様で、美味しいはずの食べ物は冗談のように味気なかった。
味蕾神経が狂ってしまったのだろうか――そんなことを考えながら
遅々と箸を動かしていると、妹が牛乳&コップともども現れて正面の椅子に腰を下ろした。

「キョンくん、いつかえってきてたのー?」
「ついさっきだ」
「ふーん。気づかなかったぁ」

両手をチューリップの形にして顔を支える妹。
新しい友達とはうまくいってるか? 先生には叱られてないだろうな?
等々いくらでも話題提起はできたはずだが、口から出たのは

「…………」

凋んだ風船のヘリウムガスみたいに虚しい三点リーダのみだった。
が、そんな情けない兄貴を見て機転を利かせようとしたのだろうか。妹は思い出したように手を叩くと、

「そういえば、きのうの夜にキョンくんに電話があったんだよ〜」
「誰からだ?」

476 名前:修正ver[] 投稿日:2008/01/16(水) 22:28:25.87 ID:Y4Mq33co

「おんなのひとー」

俺が訊いてるのは性別じゃねえよ。名前だ、名前。

「わかんなぁい。だってそのひと、すぐに電話切っちゃったんだもん」
「電話を切られる前にきいとかなくちゃ駄目だろ。
 そいつは俺に用があったんだよな? どうしてすぐ俺にパスしなかったんだ」

妹は飄然と答えた。

「キョンくんとってもいそがしそうだったから。
 伝えに行こうとは思ったんだよー? でも、ケータイのほうのでんわをじゃまするのもどうかな、って」
「お前の葛藤は嬉しいけどな。
 せめて携帯の方が終わってからでも教えてくれればリダイヤルできたのに、」
「…………」

軽蔑の視線が俺に突き刺さる。
昨夜携帯が鳴ってからベッドに潜り込むまでの行動を反芻する。
長門と長電話して、それに抗議してきた妹をお袋に預けて、自室に駆け上がって――
あぁ、妹が第二の電話を俺に伝えるチャンスは何処にもないじゃないか。
俺は謝罪の印に妹のコップに二杯目の牛乳を注ぎつつ、追加で訊いた。

「そいつの声や口調に憶えは?」
「んーん。あたしがその人の声を忘れてるかのうせいもなきんしもあらずだけどね〜」

急に難しい言葉を遣いだした妹に感心するのは後回しだ。
ふむ。俺の知り合いで女と言えば、SOS団の二人と現クラスメイトの女子、中学校時代の女友達くらいしか浮かんでこないが……
って結構な量だな。妹が知らないもしくは声を忘れているand俺に用件があるという条件を付加しても、絞り込むのはかなり難しそうだ。
ここは潔く諦めるか。そのうちまた掛け直してくるかもしれないし。

「今度掛かってきたときは名前を控えておいてくれ」
「うん、わかった!」

480 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/16(水) 23:29:26.25 ID:Y4Mq33co

席を立って台所に食器を運ぶ。
またお袋に迷惑をかけてしまうことになるが、今の俺が食器洗いをしても
皿の一枚や二枚簡単に割ってしまいそうで、結局はお袋に任せるという結論に帰結する。

「どこいくの〜?」

俺はドアノブにかけていた手を止めた。
さっきまで牛乳をコクコク呑んでいた所為だろう、妹の口の周りには見事な白髭ができている。

「もう二階に上がるつもりだが」
「じゃあおふろはいらないの? キョンくんきたなーい。ふけつー」
「おまえな……」

こういった暴言のレパートリー増大が、
妹の語彙強化を素直に喜べない所以である。まったく、誰に似たんだか。

「人様のこと不潔だの汚穢だのいうな。
 今日は疲れてるんだよ。明日の朝にでも入る。これでいいだろ?」
「朝におふろなんてむりに決まってるよ。
 キョンくん、あたしなしじゃ一人で起きられないのに」

殊勝な笑みが童顔に浮かぶ。
いたずらに不快指数を上げられた俺は、
最後に髭を撫でるようなジェスチャーを見せて居間を出た。
後ろから声が聞こえてきてもお構いなしで階段を駆け上がる。
――今頃あいつはぐしぐし口の周りを擦っているところだろうな。
してやった感とともに自室のドアを開ける。


薄闇と静寂。


虚構の糸が、ぷつりと切れる音がした。

488 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/17(木) 01:24:09.99 ID:Ikg4Xowo

押え込んでいた感情が汪溢しはじめる。
独りになった瞬間すぐこれだ。喜緑さんとの最後の会話がエンドレスリピートされる。
ははっ、一種の拷問だよな。考えなくちゃならないことは分かってる。
停滞することによって失われる時間の大切さも理解してる。でも――思考が追いつかない。
俺の稚拙なニューロン構造じゃ、最善策を選びとることは疎か選択肢を用意することさえできやしない。
俺は上着を脱いで椅子に腰を下ろした。帰り道に外灯を見て気を紛らわしていたのと同じように窓に視線を移す。
深い紺色の空に昇っていた月は、丁度薄い雲に覆われていくところだった。
携帯を開いてメモリを検索する。濃さを増した暗闇に、ぼう、と青い光が滲む。
しばらくすると目的の名前が見つかった。
俺は眼を閉じた。そして白じむ瞼の裏に先刻の情景が投影されるのを、拒むことなく受け入れた。

――――――――――――――――――――――――――――――

544 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/19(土) 21:45:17.76 ID:boDjiiAo

――――――――――――――――――――――――――――――

俺は感情を殺して訊いた。

「もし再修正プログラムが完成する前に
 長門がバグを引き起こした場合……あいつはどうなるんですか」

もっと早くに知ろうとしなければいけないことだった。

喜緑さんがエラーを解析して再修正プログラムを構築する。
監視者である朝倉と喜緑さんは長門を随時監視する。
特殊能力の欠片もない一般人である俺は、それを黙って傍観しているだけでいい。

巧すぎる話だ。
物事が何でも簡単に解決するわけがない。こいつら宇宙人に関する揉め事は特にな。
万事上手く済めばめでたしめでたしだ。だが予定外の事態が起これば結末は変わる。
安泰な日常に回帰するはずだった結末は、予測不可能な方向へと収束しはじめる。
そんな当然のことから俺は眼を背けていた。与えられた希望的観測が全てだと信じていた。
計画が破綻した場合のことなんて考えもしなかった。
いや、例え計画が破綻したとしても何かしら平和的な代案があるだろうと思考を捨てていた。
それはまるで――現実を畏れる小さな子供のように。
喜緑さんは淡々と言った。

「長門さんは然るべき方法によって処理されます」

動悸がする。聴きたくない。だが行動は意志と相反して、

「具体的に教えてくれませんか」

漠然とした予感が生まれてくる。悪い予感だ。
ありえない、そんなはずがないだろう――いくら否定してもそいつはひたすらに最悪の結末を囁きかけてくる。
一瞬の間があった。そしてその囁きは、喜緑さんの唇を透して現実の響きとなった。

「……彼女に暴走の兆しが見られた瞬間、彼女は削除されます。
 情報統合思念体は検討を重ねた結果、
 自律進化の可能性である一体のTFEIを捨て、自身に蓄積した莫大な情報を維持する道を選びました」

552 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/19(土) 22:50:28.47 ID:boDjiiAo

「…………そんな…………」

予期していたのに。思考が、地面に叩きつけられた銀細工みたいに砕け散る。

削除。

無機質な響きだ。不必要になったモノを廃棄する。
ただそれだけの意味を表す言葉が、こんなにも残酷だなんて知らなかった。
俺は放心していた。やがて芽生えたのは、怒りにも似た興奮だった。
長門を削除する? 冗談じゃない。
諧謔を弄するのも大概にしてくださいよ。
そんな生徒会執行部が弱小部を廃部にする感覚で
削除されたら長門の立つ瀬がないしあいつを知る人間みんなが困る。俺は畳み掛けた。

「長門は情報統合思念体にとって唯一無二の存在でしょう?
 削除なんて短絡的すぎやしませんか。せめて拘束とかもっと穏便なやり方があると思うんですが」
「彼女がバグを起こした際に時間的余裕はありません。
 削除と拘束、どちらが容易かつスムースに実行できるかはあなたもご存じのはずです」
「なら今から拘束すればいいじゃないですか。
 あいつの人権は無視されたも同然の扱いですけど、それでも削除よりはずっといい」
「できません。拘束行為そのものが彼女のバグを誘発させる可能性があります。
 思念体は長門さんの削除を決定しましたが、あくまで自律進化の可能性を捨てたわけではないんです。
 わたしたち監視者には、彼女がバグを起こすその瞬間まで観測することを義務づけられているんです」

爪が肉に食い込むことも構わずに拳をつくる。痛覚は既に別の感覚に凌駕されていた。
反吐が出る。あいつはこの三年間ずっと親玉のために働いてきた。
それをなんだ。ちょっと使えなくなったからって猶予も与えずに消しちまうのか。
しかも消すその直前まで役に立ってもらうなんて外道にもほどがある。
三流小説の悪役幹部でもここまで酷薄な態度を部下にとることはないだろう。
つまり一言でいうなら、情報統合思念体、お前は上司失格ってこった。
俺は一頻り心中で悪態を吐いた後、冷静を心懸けて続けた。

「長門を傷つけることを肯定するわけじゃありませんけど、
 機能停止にまで追い込めば削除の必要はないんじゃないですか。
 度合は違えど、結果的に長門の暴走は止まります」

561 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/19(土) 23:44:03.33 ID:boDjiiAo

「それもできません。
 繰り返しますが、情報統合思念体の出した結論は"削除"なんです。
 二年前の暴走時、思念体は事態の不透明性と原因と思しき彼女のエラーが想定可能であったことから、
 酌量処分として任務の続行を彼女に命じました。
 ですがそれは彼女に再度異常が発生しない、という前提での暫定的処分です」
「それじゃあ理由になってないですよ。
 今のところ長門はバグを起こしていない。前回は世界の書換えという大それた暴走でしたけど、
 今回のバグがどんな影響を長門に与えるかは、まだ分からないじゃないですか」

世界改変のような深刻な暴走かもしれないし、図書館の不法占拠みたいな矮小な暴走かもしれない。
どちらにせよ、それが分からないうちから削除を決定するなんて理不尽極まりない。
情動で塗り固めた冷静さが剥落しそうになる。それと相称するように反論の韻は平坦だった。

「あなたの持論はもっともですが、それで思念体の意向を翻すことができるとは思えません。
 鑑みてください。
 彼女は一度実際に世界を書換え、思念体を消滅させているんです。
 確かに彼女の暴走には様々な可能性があります。
 あなたの言うように些事で終わるかもしません。
 ですがその想定は同時に、再び彼女が思念体の消去に乗り出す可能性も示唆しているんです」
「……あいつにそんな思想があるとは思えない。
 日常に不満があるようには見えませんでしたし、むしろあいつはこの頃になって
 以前よりずっと愉しんでいるみたいで――」
「保証はありません。
 思念体は長門さんという名の崩壊因子を内包することを一度は許しました。
 しかし二度目はない。それが思念体の最終見解です」

573 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/20(日) 01:45:28.55 ID:AA0v9fgo

何が最終見解だ。検討の余地は完全になかったのか。
情報統合思念体ほどの知性の塊が、こんな安直な解決方法しか選べないなんておかしいだろ。
俺は昂ぶった感情をそのまま言語化しようとした。
だが口はパクパク開閉するだけで言葉を発しなかった。まるで鉄のようだと思った。
理路整然とした喜緑さんの言葉に綻びはない。どの角度から穿とうとしても跳ね返されるだろう。

――どうすればいい。

どうすれば理論武装した喜緑さんを、ひいては頑迷な思念体を説得できる?
一秒毎に焦りが増していく。
長門の削除を容認することは絶対にできない。
だが思念体の考えを覆すだけの説明をすることができないのもまた事実だ。
刹那、脳裏に黄色いカチューシャの団長様が浮かぶ。もう形振り構っていられなかった。

「もし長門がいなくなったら、ハルヒが黙っちゃいませんよ。
 ハルヒなら地の果てどころか宇宙空間にまで飛び出してでも長門を捜し出そうとするでしょうね。
 ただでさえそれなのに、もし長門が消されたと知ったらどうなるか。俺は想像したくありません。
 そしてそれは、あなたや情報統合思念体も同じはずだ」

理論的説得と対極に位置する感情的脅迫。
言い終えた後、俺は奇妙な感覚に包まれていた。
ハルヒを引き合いに出した時点で情報統合思念体に勝ち目がないことは明白だ。
なのに俺の心は自信を回復しないまま、喜緑さんを介した思念体の言葉を待っている。
漠然とした不安を払い落とすように、俺は脅し文句を続けた。

「俺にこういう科白が似合わないことは知ってます。
 でも言わざるをえません。普段ならハルヒの諫め役である俺ですけどね……
 長門が消えたら、俺だってハルヒと一緒に暴れますよ。なんなら"切り札"を使ってもいい」

あいつにはこう言うだけで事足りる。

『俺はジョン・スミスだ』

ハルヒに刺激を与えるにはこれで十分、いや十分すぎるくらいだ。
情報フレア、正規手法による世界改変――それがどんな結果を生むかは分からないが、
情報統合思念体に不幸がもたらされるのはまず間違いない。

600 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/20(日) 20:02:47.07 ID:AA0v9fgo

「俺は前にも一度、今言ったことをあなたの親玉に伝えました。長門を介してね。
 だから今度はあなたの口から、二年前のことを忘れちまった大馬鹿野郎に伝えてください」

そこで一旦言葉を切ってから、

「俺はおまえが長門を削除することを絶対に許さない、とね」
「……………」

言葉を探る風でもなく言い淀む風でもない、ひたすらな沈黙。
俺はそれを説得成功故の沈黙だと判断した。―――勝った。
強引であることは否めないがこれは俺の完封勝利だ。そう思った。
振り返ってみれば、俺が今回の件で"長門の削除"という選択肢に
思い至らなかった根因は、二年前の脅迫、ただそれだけに尽きる。
ハルヒという絶対最強の切り札をチラつかせることは、
一見単純な障壁のようで、その実、盤石の楯となって思念体の悪行を抑止していたのだ。
そしてそれは長門がSOS団の一員である限り、ずっと崩れることがない。
俺は盲信していた。
例えこの先何が起ころうとも、ハルヒの暴走防止>長門の削除という不等式は永久に不変なのだと。

「―――思念体はあなたの言葉を忘れたわけではありません」

ふいに、抑揚のない声音が耳朶を刺した。
高翌揚感が砂塵に帰す。確固たる自信が喪失されていく。

「二年前と今では状況が違うんです。
 あなたの脅迫は既に意味を失っています。
 長門さんが消えるのを涼宮ハルヒは静観するでしょうし、
 あなたは彼女に対して環境情報操作能力を喚起させることもありません」
「どうして………どうしてそんなことが断言できるんですか」
「思念体が既に予防措置をとっているからです。
 それによってあなたが先程口にした行動は完全に意味を失うでしょう」

603 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/20(日) 20:59:25.14 ID:AA0v9fgo

機械的な言葉に欺瞞は見受けられない。
激しく動揺していることを隠して俺は言った。

「思念体が用意したからには相当上等な予防措置なんでしょうね」
「いいえ、仕組みはとても単純です。
 長門さんは表向きは長期出国という形であなたたちの前から姿を消します。
 しかし朝倉の場合とは違い、長門さんには涼宮ハルヒを納得させるだけのファクターを用意してもらいました」

動揺した心からどす黒い感情が溢れ始める。
そのファクターはどうやって用意させたんだ。
まさか嫌がる長門に強要したんじゃないだろうな。
俺や古泉の身の安全を保証する代わりに、みたいな卑劣な手で――。
脳内に荒唐無稽な想像が浮かぶ。
しかし、あくまで口先は冷静を保っていた。

「どれだけ長門に協力させても無駄ですよ。
 あいつは長門を連れ戻しに行く。絶対にね。いつもあいつの傍にいた俺が言うんだから間違いありません」

継ぎ目を見取れないほど流麗に反論が紡がれる。

「確かにその蓋然性は大いにあります。
 だからあなたの力をお借りしなければなりません。
 彼女の環境情報操作能力の発現を直接止められるのは、あなただけですから」

嗤笑する。声高に笑うのではなく、唇を歪ませて、だが。
喜緑さん、あなたはとっても重要な前提条件を忘れていますよ。
俺は情報統合思念体の削除計画に協力する気は毛頭ない。
ハルヒの能力発現を止める? ありえないですね。
むしろ先頭に立ってハルヒの導火線に火を灯しますよ。
俺は明らかな敵意を持って意思表示した。それが、数刹那後に掻き消されるとも知らずに。

「あなたは必ず涼宮ハルヒを諫めます」

喜緑さんは同じ言葉を繰り返した。そして――

「何故ならそれが彼女の、長門さんの望みだからです」

606 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/20(日) 21:56:10.43 ID:AA0v9fgo

絶句する。

頭の中で興奮した"俺"が叫んだ。

望み? どういうことだ。
長門が自分の消滅を受け入れ、延いては俺がハルヒを止めることを認めるわけがないだろう。
あいつには未来がある。鬱な性格から少しずつだけど前進して、
最近は口数も増えてきて、人並に感情を発露するだけの性格も獲得して
ますます毎日が愉しくなってきているはずなのに、そんな破滅的な願望を抱くわけがねぇんだ。

次に冷静な"俺"が未来を見据えて言った。

ハルヒは一年前の一件からこっち、能力を行使することをやめている。
古泉の話じゃ閉鎖空間もまったく現れていないらしい。
つまりハルヒの精神は極めて平静な状態にあるわけだ。
そこで俺があいつに『俺はジョン・スミスだ』と告白すればどうなるか。
答えは火を見るよりも明らかだ。ハルヒが再び能力を発現し、平穏だった日常は崩壊する。
しかもハルヒを焚きつけたからといって、首尾良く長門を取り戻せるかどうかは分からない。
最悪の場合、今の世界が消し飛んでしまう可能性もある。

最後に現実的な"俺"が誰ともなしに呟いた。

長門の二度目のバグがどんな事態を引き起こすかは予測不可能だ。
それがこの世界に、いや俺たちにどんな影響を及ぼすかはあいつ本人でも分からない。
きっとあいつは怖かったんだ。
平和に回っているこの世界が、崩壊因子となりうる自分のせいで何度も危険にさらされることを。
だから最期まで思念体に隷従することを決めた。
自分が削除された後も平穏な日常が流れ続けて欲しいと、自分を探そうとするハルヒを俺に抑えて欲しいと願った――。

どれくらいの時間が経ったのだろう。やがて俺は溜息とともに吐き出した。

「卑怯ですよ……そんなこと聞いたら、俺は長門の望みに従うしかないじゃないですか」

623 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/20(日) 23:36:42.92 ID:AA0v9fgo

「先見の明をお持ちですね。
 長門さんはあなたの時折発揮される洞察力をとても高く評価していました」

そりゃ良かった。ま、ほんとに時折だから誇れるもんでもないんですけど。俺は訊いた。

「あいつの望みを、今、俺に話して良かったんですか」
「本当は彼女が削除された後、迅速にわたしが口頭で伝える手筈になっていました。
 彼女は現時点であなたが削除に関する事項を知ることを阻害していたようですが、わたしに制約はありません」

その言葉で確信する。
あいつは、俺がこの領域まで思考の段階を踏むことを遅延させたかったのだ。
再修正プログラムが間に合わなくなって自分が削除される、その時まで。
もしエラーの解析方法を知れば、その方法――喜緑さんによる解析――の速度限界に気づく。
そしてその発見はそのまま、エラー解析が間に合わなかった場合の長門の処理方法についての疑問へシフトする。

長門は最初の電話時、会話の途中で受話器を降ろした。
きっと妹とのゴタゴタなんて、所詮ただの言い訳でしかなかったんだ。
昼休み、朝倉は追及しようとする俺に「あなたにも話せることと話せないことがあるでしょ」と言って踵を返した。
それは、自分にプロテクトがかけられていることの暗示ではなかったか。
部活で改めて尋ねたとき、長門は俺の関心をハルヒに逸らした。
上手くなったもんだよな、昔はあんなに不器用だったのにさ。

――とにもかくにも非道い話だ。

最悪の場合、俺はあいつが消えたという事実を噛み締めたまま途方に暮れ、
しかし喜緑さんから伝えられた長門の"願い"に縛られたまま、
感情的に行動しようとするハルヒを押さえつけなくちゃならなかった。
本当なら今すぐ長門の部屋に猛ダッシュしてあいつを怒鳴りつけてやるところだが……

「長門は情報統合思念体の意向に同意した。
 ハルヒが長門を捜して放浪しないように細工をするのも、
 削除後に喜緑さんの口から俺にあいつの遺志が伝えられるのも、
 全てあいつが自分で決めたことなんですね?」
「はい」

短い返答。俺にはそれで十分だった。
見当違いの相手に敵愾心燃やして、俺が長門を護るんだと勢い込んで――ただの独りよがりじゃねえか。
俺はその背景にある長門の心情を、半分も理解してやれていなかったんだ。

652 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/21(月) 00:46:53.37 ID:6qZhkK6o

ずっと伏せていた顔を上げる。瞳に流れ込んできた情報に温かみは皆無だ。
框を隔てた向こう側。廊下の宵闇に侵された白い空間で、喜緑さんが変わらぬ姿勢で佇んでいた。
双眸には暗い色が滲んでいる。俺はその理由を知りながらも訊いた。

「長門を削除するのは……あなたですか」
「はい、正確にはわたしと朝倉で情報結合の解除を申請し、彼女のパーソナルデータを完全に抹消します」

今まで事務的だった口調が、辛そうに歪む。
それが演技なのか長門を失うかもしれない事実への純粋な感情故のものかは判別できなかった。
監視者。
これもまた、長門の言葉によって先入観を植え付けられたことによる思いこみだ。
監視者=削除者であることは、事態の濫觴を遡れば当然だった。
朝倉が復活した理由は単一だと誰が言った。
あいつは今のところ穏和な顔で長門の監視を続けているが、
長門にバグの兆しが見られた途端、あの狡猾な微笑とともに削除に動き出すに違いない。喜緑さんのバックアップとして。
昨夜、長門は是非を尋ねた。もし、その時に今回の真相を把握していたら――
果たして俺は、長門を破滅させるかもしれない死神の復活を許しただろうか。
ふと、喜緑さんの右手でナイフが燦めいた気がした。注視する。勿論そんなものはなかった。
だが再修正プログラムが間に合わなければ、今の錯視は現実のものとなって長門に襲いかかるのだ。
それを止める術はない。古泉レベルの超能力も行使できない俺は、
たとえ運よく長門と削除者二人の間に割り込んだとしても一瞬で爪弾きにされてしまうだろう。
背中に悪寒が走る。気持ちの悪い汗が滲む。
喜緑さんは悪くない。そう思っていても、長門の削除を犯すかもしれない目の前のTFEIと隣接することができない。
俺は一歩後退った。すると喜緑さんは、まるで失恋した少女がせめて自分を嫌わないで欲しいと懇願するかのように俺を見上げて、

「……色々と思い悩むことはあると思います。
 ですが明日、生徒会室にもう一度足を運んでください。
 これは生徒会執行部としてではなく、彼女の一人の友人としてのお願いです」

659 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/21(月) 01:29:33.23 ID:6qZhkK6o

俺は了承を示す言葉を探した。
だが憔悴しきったシナプスが探し当てたのは、保留を表す別れの言葉のみだった。

「――帰ります」

早足に生徒会室前を後にする。
振り返ることはなかった。ただ、俺の背中を見つめる喜緑さんの哀切の眸子を
猜疑の目で見てしまうことが怖かった。

帰路の分岐の一つで俺は足を留めた。
この先を進めば、長門と朝倉が暮らす高級分譲マンションがある。
長門は俺が全て知ってしまったことを知らない。
今の俺が赴いたところでできることは何もない。
感情だけで長門の意志をねじ曲げることはできない。
それは結果的に長門の決心を冒涜することになる。
俺はしばらく逡巡した後、結局帰途につくことにした。
そして最高に冴えない頭で、情報統合思念体でさえ辿り着けなかった
長門を削除しないで済む方法を何度も何度も模索した。
するとどういった理屈だろう。あれほど長かった通学路はあっという間に踏破され、俺は玄関の前に立っていた。


俺が答えを得るには、道程はあまりに遠すぎた。


――――――――――――――――――――――――――――――

携帯を机の上に置いて、半ば倒れ込むようにベッドに沈む。
堂々巡りの思考の再開は明日にしよう。
自分にそう言い聞かせて、波立っていた心の湖に静謐を取り戻す。
白塗りの天井は消灯しているのに薄明るく、俺はふと光源の探して視線を彷徨わせた。
淡朦朧とした光の正体は月光だった。窓外は暗闇に包まれていて、その中心で半月が煌々と輝いている。
雲はなく、しかし星もなく、月だけが昇っている空。ただただ索漠とした印象の、幻想的な風景が広がっている。
だから。微睡みの中で聞こえた

「―――おやすみ、キョン」

という声も、きっと、夢想の一部に違いない。



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